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2026/04/05

立原道造下書き草稿篇 始動 (僕は冷い草の上に⋯⋯)

[やぶちゃん注:お約束通り、立原道造の「下書き草稿」なるものの電子化注を始動する。但し、今年に入ってから、道造の草稿に入れ込んでしまい、別プロジェクトの「和漢三才圖會」植物部や(こちらは「漢籍リポジトリ」の不具合が長く続いたことに依る)、「淸國輸出日本水產圖說」、及び、「怪奇談集Ⅱ」等が滞っているので、今までのようには行かないのは、お許しあれ。

 底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第六卷 雜纂」(一九五七年刊)の「下書き草稿篇」(扉はここ)を視認してタイプする。凡例は、今年のプロジェクトの最初の冒頭注を見られたい。

 本篇はここから(但し、そこでは、上下二段組であるので、画像を大きくしないと、視認し難い)、底本の注記はここから視認出来る。その本パートの最初に以下のようにある。編者は今までと同じ、同全集の「資料擔當」者である堀內達夫氏である。

   《引用開始》

 本篇には、参考のために第一巻の「後期草稿詩篇」編集の際、詩的純度において下書き或は下訳と見做したものを集めたが、更に最近発見した草稿詩も加えた。すべて新収であるが、「とほくの空」のみは「文學」昭和四十二年十月号(解説・森公兒)に紹介されたものである。その殆どは無罫紙使用か裏書きのもので、いずれも署名ならびにノンブルを持たない。

 収録のうち異文性の濃い初稿詩が二篇あるが、他の僅かな語句の異文稿や初稿および部分詩稿は除いた。

   《引用終了》

とある。

 私が、強い違和感を持つのは、まず、堀内氏の『詩的純度において下書き或は下訳と見做したもの』の「違い」の違い、則ち、正規の草稿見做しと、「下書き」見做しの基準は、一帯、那辺に線引きしたのかということが、正直、全く、判らないのである。さらに、述べられ乍ら、直後に新発見の草稿も加えられてあるとあることが、結局、「下書き」と「草稿」の厳然とした分離が行われていない――それは、取りも直さず、堀內氏自身が、その区別が出来ないことを露呈しているのだと、言わざるを得ないのである。無論、氏のご苦労は想像を絶するものであったろう。裏表・上下左右にごちゃごちゃに記されている他者が読むことを、まず、予想していない草稿群(私は、実物の原稿を写した写真を幾つか見たことがある)の整理は、地獄に近い。しかし、やはり、納得出来ないことは、変わらないのである。

 さて、本篇の注には、『以上の二篇』(次の「別れ⋯⋯秋」を指す)『の用紙は、昭和7年9月頃の制作と想定する詩集『さふらん』に使用のものと類似の和紙で、』『同寸法である。筆蹟は昭和7年夏制作と想定する松屋製二百字詰草稿』『に酷似の中細ペン、ブルー・ブラック・インク使用の角ばった書体である。』とあり、それ以外に、『昭和7年7月――8月制作の』『(A・Ⅲグループ)』の『草稿』『に見る散文詩形との類似および表題とした<秋>に拠り』、『昭和7年9――10月頃と想定する。』とあった。詩集「さふらん」は、杉浦明平氏の詩集を漢字を恣意的に正字化したものを「さふらん (全)」として電子化してある。また、『(A・Ⅲグループ)』というのは、「前期草稿詩篇」の「迷子」「流れ」「休暇」「公園」「(少年が⋯⋯)」である。]

 

  (僕は冷い草の上に⋯⋯)

 

僕は冷い草の上に寢轉んだ

僕は草の吐息を嗅いだ

碧空詩集のかいまから僕に迫つて來た。

 

 

[やぶちゃん注:「冷い」「つめたい」。

「碧空」音で「へきくう」であろう。訓の「みどりそら・みどりぞら」では音数律が如何にも悪い。]

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