立原道造草稿詩篇 優しき歌 / 優しき歌 (添え題:「旅のをはりに」) (カップリング電子化)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、本パートの初回のこちらを見られたい。本篇はここと、ここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、『以上二篇については『優しき歌Ⅱ』の編註を見よ。』とある。それは、ここの左丁の下段中ほどからで、実に二コマ続く長いものである(同じく堀內氏に拠るもの)。この二篇に就いては、終り近くのアスタリスク二個の前にリストされてある。注記に戻ると、先の『「夜の歌」』(ここ。「後期草稿詩篇」の七番目)『以下これまでにのものの筆蹟は、すべて他の草稿にに例を見ない走り書きに近い同じ特徴を持ち、昭和13年9月15日より10月18日に至る盛岡への旅の中で、または直後の制作と推定される。』とある。
この草稿は、以前に一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編)の「後期草稿詩篇」を元に、恣意的に漢字を正字化して「優しき歌 立原道造」(杉浦氏による読みが加えられてある)と、「優しき歌――旅のをはりに 立原道造」とで、電子化したが、ここでは、正規表現の底本をもとに、ここで、親和性が極めて高いことから、差別化するために、カップリングして電子化注した。「※」は私が打った。]
優しき歌
それを 私は おもひうかべる
暑いまでに あたたかかつた 六月の叢に 私たちの
はじめての會話が 用意されてゐたことと
白銀色に光つた 靑空の下のことを
そして
物音も絕えた しかし
にぎやかだつた あのひとときに
あのひとことが 不意に 私の唇にのぼつたことを
おまへは 拒まなかつた⋯⋯
私は いま おまへを抱きながら
閉ぢられたおまへのうすい瞼に あの日を讀むやうにおもひうかべる
それはあやまちではなかつたらうか いまもなほ悔ゐではなかつたらうか
だが しかし ゆるやかに 私たちの眼ざしの底から
熱い夢のやうな しあはせが 舞ひのぼる 陽炎のやうに
[やぶちゃん注:「悔ゐ」はママ。]
※
優しき歌
旅のをはりに
かへつて來たのが
いけなかつた?⋯⋯私らは
曇り日の秋の眞晝に 池のほとりの
丘の上では いつかのやうな話が出來ない
黃ばんだあちらの森のあたりに
明るい陽ざしが あればいいのに!
⋯⋯なぜ こんなに はやく 私らの
きづいたよろこびは 消えるのか
手にあまる 重い荷のやうに
昨日のしあはせは 役に立たない
私の見て來た 美しい風景らが
おまへの眼には とほくみなとざされた⋯⋯
私らは 見知らない人たちのやうに お互ひの
足音に 耳をすませ 最初の言葉を待つてゐる
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