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2026/04/06

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「鬼巖」

[やぶちゃん注:底本はここから。段落を成形し、句読点を附加・変更した。表題「鬼巖」であるが、寺の名前は、現在の読みで「きがんじ」であるが、往々にして、寺の名とは、差別化することが多く、そもそも以下に見る通り、本文中の封じられた『魔魅』(まみ)は、広義の「鬼(おに)」であり、民間伝承に於いては、この「鬼巖」(きぐわん)ではなく、「おにいは」と読むべきであろうと考える。十年以上前の藤枝市のニュース記事の痕跡で「おにいわ」のルビを検索で確認してある。]

 

 「鬼巖《おにいは》」 志駄郡《しだのこほり》鬼岩寺村《きがんむら》、楞嚴山鬼岩寺《りやうがんさんきがんじ》【眞言。】境內にあり、「鬼岩」と號《なづ》く。經《まは》り八間[やぶちゃん注:十四・五四メートル。]計《ばか》りの巨巖《きよがん》也。當山の麓、崖の如き所に、あり。此岩の腹に、小穴、數多《あまた》あり。穴中《あななか》に小石を投《なぐ》れば、轉《ころ》び入《いる》音、あり。寺傳云《いはく》、

『弘仁年中、弘法大師、東國巡行の時、近隣に、魔魅、徘徊して、人民を、なやます事、あり。里民、此由を、歎き、訴ふ。大師、是を聞《きき》て、自《みづか》ら、五大尊を畫《ゑが》き、一七日《ひとなぬか》の間《あひだ》、眞言祕密の修法《しゆほふ》を以て、魔魅を、此《この》巖中《がんちゆう》に封窂《ふうらう/ふうろう》す。時に、雲霧《いんむ》、起り、雷電、震動する事、夥しく、方遠《はうゑん》に響《ひびき》けり。大師、行《ぎやう》、終《をはり》て、忽《たちまち》、快晴し、鳴鎭《なりしづま》る。此巖穴《いはあな》は其遺蹟也。云云《うんぬん》。』。

 

[やぶちゃん注:「志駄郡鬼岩寺村」平凡社「日本歴史地名大系」に拠れば、『静岡県』『藤枝市鬼岩寺村』は『現在地名』『藤枝市音羽町(おとわちょう)一丁目・茶町(ちゃまち)一―三丁目・藤枝一―三丁目・鬼岩寺』とし、『東海道藤枝宿の北、若王子(にゃくおうじ)村の西に位置し、鬼岩寺山南麓に立地する。東海道が通り、瀬戸谷(せとのや)街道の分岐点にあたる。志太(しだ)郡に属する。東遊歌神楽歌の駿河舞の第四句にみえる「いはたしたえ」の岩田(いわた)は藤枝の旧称とされ、岩田山は鬼岩寺山のことという(掛川誌稿)。また「したえ」は志太江とされ、現藤枝市・島田市の南に広がっていた入海の浦浜の総称という(駿河記)。室町時代から鬼岩寺山麓にある鬼岩寺の門前町として栄え、戦国期には市も開かれていた。』とあった。鬼岩寺は現在は藤枝市藤枝三丁目である(グーグル・マップでここ)。高野山真言宗。当該ウィキに拠れば、神亀三(七二六)年に『行基によって開山された。寺号』『は、弘法大師空海が法力で鬼を封じ込めたと伝えられる裏山の巨岩・岩穴に由来する』とある。なお、「ひなたGIS」の戦前の地図で旧町名としての「鬼岩寺」が確認出来る。同寺の公式サイトは存在せず、当該ウィキや(神亀三(七二六)年に行基によって開山されたとし、鬼岩については、裏山にある、としかない)、藤枝市のサイトを見ても、あまり収穫がない。豈図らんや、静岡市葵区にある『結婚相談所「静岡恋活デートめぐ婚」』のサイト内の「【良縁結び・恋愛成就お寺巡り】恋に仕事、人生も。所願なら静岡県藤枝の鬼岩寺をお参り。」に、大きな画像がずらりと並び、解説も非常に詳しい。それを見ると、この「鬼岩」は現在では、岩に鬼が爪で引っ掻いた痕(あと)があり、「鬼かき石」となっている。写真キャプションを引く。『左が弘法大師こと「空海」が巨岩に閉じ込めた鬼の爪あとの「鬼かき石」。7本ほど爪跡があり、爪跡を3回なでてお参りで所願とのこと。特に手芸事上達にご利益があり。』とあった。しかし、本文の岩の大きさは半端ないから、ウィキの言うように、寺の裏山に本体の岩はあるんだろうなぁ。判らんけど。郷土史研究家の方の御教授を乞うものである。]

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