立原道造草稿詩篇 (どこの空だつたのだらう⋯⋯)
立原道造草稿詩篇 (どこの空だつたのだらう⋯⋯)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、本パートの初回のこちらを見られたい。本篇はここから、底本の注記はここから視認出来る。それに拠れば、『無題』で、『自然描写は盛岡滞在を思わせ、南への志向を主題としていることにより、昭和13年10月初め頃の制作と想定する。』とある。盛岡滞在の内容は、先行する「(地のをはりの⋯⋯)」の私の冒頭注、及び、そこでリンクを張った底本全集の「年譜」に詳細に書かれているのを、参照されたい。
この草稿は、以前に電子化したが、削除し、仕切り直しとした。]
(どこの空だつたのだらう⋯⋯)
I
どこの空だつたのだらう。もうおぼえてゐない。美しい夕映えがかかつてゐてその下に菫色の山の影繪がジグザグの線を切り拔いてゐた。そして、ひとりの靑年が靑い上衣を着て、みねの上に立ちつくしてゐるのがその風景のなかからはみだして見えた。この靑年は彫像のやうにしづかに步いた。氣溫はつめたくなつてゐた。長いこと、その固い透明な時間がつづいた。鳥が一羽西の空から南の空へ大氣の磁器にひびいらせて飛んだ。それに耐へかねて夕闇が急に落ちた。家の內部に洋燈がともつた。靑い上衣の靑年がみねの上をゆるやかな足取りで降りて行くのが見えた。月がそれを照らしはじめたのだ。
Ⅱ
長い長い白い道だつた。石はすべて渇いてゐた。空靑く澄みとほつてゐた。脊の高いポプラの木が日にキラキラと光つてゐた。眞晝だ。
どこへ行くのだらうか。海はないだらうか。海があつたら、どうするのだらうか。船はないだらうか。船があつたら、どうするのだらうか。どの問ひにも答へはなかつたから、くりかへしくりかへしたづねてゐた。どこへ行くのだらうか。⋯⋯
かぎりない曠野であつた。脊の高いポプラの木が日にキラキラと光つてゐた。地は靑い草に蔽はれ、熱い草いきれに、風景は歪んでゐた。眞晝だ。
太陽と光とだけがあつた。
どこへ行くのだらうか。
[やぶちゃん注:「I」の後半にある「洋燈」は「ランプ」と読みたい。所持する、道造の親友であった杉浦明平氏の編になる一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」でも、杉浦氏は「ランプ」とルビを振っておられる。ここで言っておくが、杉浦氏のもの以外の先行する有象無象の道造の詩集群のルビは、信頼が置けないものが多い。読みを参考にするなら、当該文庫が、最も信頼出来ると私は考えている。]

