阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「翡翠啄佛像」
[やぶちゃん注:底本はここから。句読点を附加・変更し、段落を成形した。脱字の「□□」は、底本では長方形で一個。]
「翡翠啄佛像《かはせみ ぶつざうを ついばむ》」 志駄郡《しだのこほり》靑島村《あをじまむら》□□山光正寺《こうしやうじ》にあり。傳云《つたへいふ》、
「當寺の靈像は、土作《つちづくり》の不動尊也。丈《たけ》一寸五分計《ばか》り。
安永《あんゑい》年中、里長《さとをさ》靑島某《あをしまなにがし》、庭前《にはまへ》の小池より、翡翠《かはせみ》、佛像を啐出《くはへいで》て、巖上《いはほのうへ/がんじやう》に止《とま》る。
あやまつて、池中《いけなか》に落《おと》す。
翡翠、再び、池中に入《いり》て、啼出《なきいだし》て、芝生《しばふ》の上に落《おと》し、去る。
奴隷《どれい/しもべ》[やぶちゃん注:下僕(しもべ)。]、あやしみ、取《とり》て、主人《あるじ》に告ぐ。
主人、
「不祥《ふしやう》。」
として、當寺に納む。
住持の僧、水晶塔の佛龕《ぶつがん》を造りて、佛殿に置く。
或日、翡翠、飛來《とびきたり》て、客殿の花甁《くわびん》に止《とま》り、居《を》る事、半時《はんとき》計《ばかり》にして、飛去《とびさり》、後《のち》、再び來らず。云云《うんぬん》。」。
[やぶちゃん注:「志駄郡靑島村」ウィキの「靑島町」に拠れば、読みを『あおじまちょう』とし、『静岡県の中部、志太郡に属していた町で』、『現在の藤枝市南部、藤枝駅周辺にあたる』とあった。グーグル・マップで、藤枝駅をポイントした。
「□□山光正寺」この寺は、現在の藤枝市には見当たらない。木村文輝氏の論文「静岡県中・東部地方における曹洞宗の廃絶・転宗寺院の歴住世代 ⑶」(PDF。「愛知学院大学機関リポジトリ」のものだが、同サイトがメンテナンス中で接続出来ず、掲載誌等は不明である。)の(74)、ノンブル―289―で、発見した。それに拠れば(一部の漢字を正字化・太字化した)、曹洞宗で、福峰山(福聚山)光正寺、「旧所在地」は『志太郡下青島村(藤枝市下青島)』とあり、「現況」は『不明』とあり(廃寺で、再興・移転されていないものと思われる)、「開山年」は『天明年間(1781-1789)』で、「本尊」は『観世音』・『聖観音』・『不動』(但し、この土作りのそれと同一かどうかは、不明。但し、本書の伝承から見ると、同一の可能性は高いか、とも思われる)とあり、「統廃時期」を『明治9』(一八七六)年『廃寺』とする。さて、「ひなたGIS」の戦前の地図の「下靑島」地区を見ると、駅名『ふじえだ』の左部分に「卍」があるが、ここには、現在では、寺は、ない。この地図は昭和七(一九三三)年のものであるから、廃寺の二年前であるから、これが「光正寺」である可能性は、私は、高い、と思うものである(誤りであったら、お教え下さい)。
「安永年中」一七七二年から一七八一年まで徳川家治の治世。
「里長靑島某」「里長」であって村名の「靑島」を名乗っている以上、かなり昔からの有力者であることが判り、相応の知者であったものであろう。だからこそ、カワセミが土で出来た不動尊の像を銜えて自宅の庭に落として去ったのを知って、何らかの不吉な兆しを感じ取り、寺に奉納したものである。
「翡翠」美しい色彩を持ち、目立つ、水辺をテリトリーとするブッポウソウ(仏法僧)目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ Alcedo atthis 。当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、『標準和名は「カワセミ」とされ、『日本鳥類目録』(1974)、『世界鳥類和名辞典』(1986)などではこの名前で掲載されている。「セミ」は昆虫のセミとは関係なく、元々は「ソニ」「ソビ」などと呼ばれていたものが、「ショウビン」を経て』、『転訛した説が有力とされており、江戸時代の複数の文献、たとえば『大和本草』、『物類称呼』、『倭朝禽類異名』ではこの説を採っている。本居宣長の古事記伝にも同じような記述があるという』。『江戸時代の博物図鑑『大和本草』では』、十五巻に「魚狗」の項目名で登場し、読み仮名に「カハセミ」を当てている。「魚狗(カハセミ)」には大小2つがあり、小さいものが本種を指すが、大きなものは全く別の鳥であるミゾゴイ』(ペリカン目サギ科ミゾゴイ属ミゾゴイ Gorsachius goisagi )『を指していた』(似てねえぜ!)。『カワセミを指したい場合は「小さい魚狗」、「翡翠綱目の魚狗」のように区別していたようである。ただ、「大きな魚狗」がミゾゴイを指すというのは』、『体型や食性はやや似るが』、『体色が大きく異なることから』、『疑問視され、大きいカワセミ科』Alcedinidae『の別の鳥を指していたのでは』、『という説もある。また、「ミサゴ」』(タカ目ミサゴ科ミサゴ属ミサゴ Pandion haliaetus :漢字表記は「鶚・雎鳩・鵃・魚鷹」)『という音が似ていて』、『魚ばかり食べるタカもいる』。『『水谷禽譜』ではカワセミを指す漢字として「釋名鴗」、「天狗」、「水狗」、「魚虎」、「魚師」、「翡翠鳥」などを挙げている。「翡翠」という名前は』、『中国からの影響が強い名前で、室町時代以降の文献に見られる。翡翠は必ずしも本種を指していたわけでなく、アカショウビン』(カワセミ科ショウビン亜科ヤマショウビン属アカショウビン Halcyon coromanda :漢字表記は「赤翡翠」)『などを指す場合もあったとされている。日本古来の呼び方は「ソニ」で』、『字は「立つ鳥」の「鴗」を使い、青いという言葉への枕詞でもあった』。『地方名は非常に多く『鳥類ノ方言』(1925)には多数収録されている。全国的に多いのは、青い体色、魚を食う鳥、川沿いで見られることなどに因むものである。古いと言われる「ソニ」系の名前も大正、昭和頃までは』、『関東や山陰の広い範囲で比較的よく残っていたようである。変わった名前として東北に見られる「ヂゴグドリ」「ザッコドリ」「シナゴドリ」、熊本県周辺に見られる「ヘビノイシャ」「ビッシィ」などがある。逆にアカショウビン、ホトトギス、カワガラスを指して「カワセミ」と呼ぶ地域もあるという』。『種小名 atthisは』、『ギリシア神話に登場する鳥の姿に変えられた人間の女に由来する。属名 Alcedoはラテン語で「カワセミ」を意味する単語で、もとはギリシア語のhalkyonという単語からだという』とあった。
「不祥」「近世民間異聞怪談集成」では『不詳』となっているが、それは、書写した人物の崩し字の判読の誤りか、或いは、編集者のトンデモ・ミスだぜ! 次の注も、見てみぃナ!
「佛龕」仏像・経巻等を納置する厨子(ずし)。さても、「近世民間異聞怪談集成」では『仏墨龕』となっているが、それは、書写した人物の崩し字の判読の誤りである。恐らく、「龕」の字を判読するに際して、最初、誤って「墨」と書いたものを、誤りと気づいて、「龕」を下に記したのである。本来なら、「見せ消(け)ち」をすべきところを、忘れたものであろう。同書では、何らの注も附しておらず、底本選びは勿論乍ら、今までの誤りが多くって、やはり注が、ない。前にも言ったが、この本、一万八千円もするが、他の作品の別人の校訂でも、とんでもないミスだらけで、腹が煮えくり返った(誰のどれ、とは言わぬが、調べたら、編集担当の学者は、ネットでは、いっかな、見当たらない。消えてよかった部類の奴だ!)この本は決して買わぬがマシだ!!!]
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