河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その7) 図版1
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。
私は、今回のこの「乾鰕の說」の注で、初めて、「本草綱目啓蒙」を殆んど丸ごと元に、自分の言説であるかのように解説した河原田氏を激しく非難した。私の河原田氏への非難が辛辣であったことは認めよう。氏の行為がフェアーでないことは、言を俟たない。しかも、私がかく詳細に指摘し、証明しなければ、恐らく、未来永劫、この剽窃を指弾する人物は出ない――本書を新たに再刊し、解説をする奇特な方は、まず、いないだろうと踏んでいる――と感じたから、敢えてやったものである。
さても。その代わり、図版で、私は、それへの、相応のオリジナルな『あるべき仕事をして見せよう』と、決した。今までの本書の図版のみでなく、ブログやサイトで使用した本草書・博物学の画像に於いてでも、ここまで清拭したことはない程の私の出来得る精密さで、全八枚に延べ十一時間を費やした。以下、今回の清拭・修正の凡例を示す。
・本書の図版で今まで行ったことがない、上下囲みの幅違い二重罫線を、総て、徹底的に消去した。これは、国立国会図書館デジタルコレクションの精密画像では、袋部分が曲がってしまい、綺麗にならず、さらに原本の汚損・経年劣化が著しいことからの仕儀である。
・次に、今まで以上に、図版の中の図外・周縁の白紙であるべき箇所に生じている一ミリ以下のシミをも、視認出来る限り、清拭した。但し、その際、図の一部と見做されるケバ・微細な突起等は、考証して残した。また、キャプションの変体仮名の文字の勢いと判断されるものも、そのままとした。
・図の内側のうち、今までも何度か行っているところの、印刷上、生じている縦・横の、白、或いは、黒の、明らかな不自然な線状箇所を、なるべく描いた方の筆跡を改変しない程度に、ミリ単位の白・黒の最小ドットを用いて、違和感を除去したつもりである。なお、コントラスト機能は一切使用していない。
★但し、私が使用しているのは、二〇〇六年にパソコンを導入した際に附属していた――化石ソフト――ArcSoftの「PhotoImpression 4」である。二十年来の忠実な戦友であり、新たにする気は、全くない。
電子化注の基本は、今までと同じく、上から下、次いで、右から左、とする。]
【図版1】
■「扁形すりゑび」
「すりゑび
箱入《はこいり》」
[やぶちゃん注:二個体と、二つの大きな木製と思われる箱にぎっしりと「すりえび」が入ったもの。前の二個体は、大きなエビのように見えるが、箱の様子から、この乾燥したエビは小さい。されば、これは、ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri であろうと、私は、推定する。
「扁形すりゑび」まずは、「すりゑび」は「(その2)」の『「古(いに)しへ、本邦の通俗、『裸鰕(はだかゑび)』といひ、今、『すりゑび』と云ふものなり」』の前後の本文、及び、私の注を見られたい(先ほど、再度、調べた新しい注を加えてある。そこで理由を書いたが、後に追記もする)。「扁形」は「(その6)」にも出る。]
■「さくらゑび」
[やぶちゃん注:「さくらゑび」とりあえず、見た目(あくまで、見た目。スケールがないから判断出来ない)ボリュームからは、十脚目根鰓亜(クルマエビ)目サクラエビ科 Lucensosergia (ルケンソセルギア)属サクラエビ Lucensosergia lucens としておくが(同種は体長は四センチメートル)、この粗い図から、種同定は出来ない。駿河湾産という産地記載もないからである。また、「さくらえび」という呼称では、エビでない、軟甲綱オキアミ(沖醤蝦)目オキアミ科オキアミ属ツノナシオキアミ Euphausia pacifica の可能性を排除出来ないからである(但し、同種は体長が二・五センチメートル前後である)。 ]
■「まるてすりゑひ」「全形。」
「肥后《ひご》玉名郡《たまなのこほり》産。」
「小」
「中」
「大」
[やぶちゃん注:「まるてすりゑひ全形」本文にも、この名は出ない。さらに、ネットで表現を、一部、変えてみても、掛かってこず、国立国会図書館デジタルコレクションでもアウトなのであるが、これ、次の産地名、及び、本図冒頭の「扁形すりゑび」で注した、先行する「(その2)」の『「古(いに)しへ、本邦の通俗、『裸鰕(はだかゑび)』といひ、今、『すりゑび』と云ふものなり」』の前後の本文、及び、私の注により、これは、
ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri
であろうと推定されるのである。されば、この「まるてすりゑひ」というのは、
「丸手」(シバエビを茹でて、その胴尾部分を、その「丸」い形を潰さずに残して製品――「手」には「事を行なう方法としたもの」の意がある――の「すりえび」(=「シバエビ」)
の謂いと推定する。問題は「全形」という添え語であるが、これは、触角・腮・脳というろくな食料とならない頭胸部(私はここも総て食するが)を除いた、主たる食用にとなる箇所である腹部から尾の部分(尻尾の中央にある棘、及び、尾羽根の先の方を除去したもの。私は、前に述べたが、小学校低学年の時、客が来て、帰った後、エビの尻尾が残っていたのを、さもしくも噛みしめて、飲み込んでしまったところが、尾鰭の左右の尖った部分が、喉の手前で突き刺さり、如何とせども、抜けなくなり、翌日、行きつけの歯医者さんが、ニコニコしながら、抜いてくれたのを思い出す。また、独身の若い頃、寿司屋の兄貴分に可愛がられて、手伝いで、それらを抜き、切り落とすのを、何度か、やったことがあるのである)を製品として「全形」と呼称しているものと推定するものである。
「肥后玉名郡」当時は、現在の熊本県の北西の広域郡(現在の四町からなる玉名郡と、荒尾市・玉名市を含む)であった。旧郡域は当該ウィキを見られたい。今も、シバエビの産地として知られる。]
■「ひらてすりゑび 全形。」
「肥后玉名郡長須村《ながすむら》産。」
「大」
「小」
[やぶちゃん注:「ひらてすりゑび」前の図の注の通りで、図のように、
先の丸い原型部分を乾した後、そのままにせず、叩いて「平」たく処理した製品(=「手」)にした「すりえび」(=「シバエビ」)
の意であろうと推定する。
「肥后玉名郡長須村」現在の熊本県玉名郡長洲町(ながすまち:グーグル・マップ・データ)の誤り。同じく、現在もシバエビの産地である。]
■「沼海老《ぬまえび》」
「陸奥國《むつのくに》土北郡
髙架村産。」
[やぶちゃん注:「沼海老」これは、ヌマエビ科ヌマエビ亜科ヌマエビ属Paratyaであるが、ヌマエビ Paratya compressa ではなく(同種は当該ウィキに拠れば、『北海道(移入)・新潟、千葉県以西の本州・四国・九州・沖縄諸島以北の琉球列島に分布』するが、下北半島には棲息しない)、
ヌマエビ属ヌカエビ(糠蝦) Paratya improvisa である
ので、注意されたい。当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『ヌカエビ(糠蝦、学名: Paratya improvisa )は、十脚目ヌマエビ科に分類されるエビの一種。日本固有種で、近畿地方以北の本州に分布する純淡水生のエビである。日本では同属種ヌマエビ P. compressa との間で分類の混乱があったが、本種は「ヌカエビ」と「ヌマエビ大卵型」あるいは「ヌマエビA型」と呼ばれていたものが』、『同一種としてまとめられたものである』。『成体は体長30mmほどで、メスの方がオスより大きい。複眼後方に「眼上棘」(がんじょうきょく)、歩脚の全てに外肢がある。第1・第2胸脚は鋏脚で、鋏の先は剛毛に覆われる。額角は比較的長く、上縁に6-20個、下縁に0-5個の鋸歯がある。このうち上縁の鋸歯は複眼より後ろには並ばず、あっても2個までである。生時の体色は半透明の緑褐色-褐色で、体側に不明瞭な斑点がある個体もいる』。『本州の近畿地方から東北地方(青森県東通村付近)』(以下の旧「高架村」は東通村の南方に位置する)『までに分布する固有種で、ヌマエビと分布が重複している。タイプ産地は榛名湖である』。『河川・湖沼・池等の淡水域に生息する。流れが無い、または流れが緩い区域で、水草の間等に潜む。食性は雑食性で、主に藻類やデトリタスを食べる。和名の由来には諸説あるが「糠を餌にして捕えられるから」という説もある。産卵期は春-秋で、メスは交尾後に長径約0.75mm・短径約0.5mmの楕円形の卵を最多で400個ほど産卵する。卵から孵化したゾエア幼生は淡水中で成長する。淡水域のみで繁殖できるため、カワリヌマエビ』(替沼蝦・変沼蝦)『属諸種 Neocaridina や』、テナガエビ科テナガエビ亜科スジエビ属『スジエビ Palaemon paucidens と同様に』、『本来の分布域でない地域に持ち込まれ、分布を広げる可能性もある』。『類似種にはヌマエビ、ミゾレヌマエビ』(霙沼蝦)『 Caridina leucosticte 、カワリヌマエビ属』Neocaridina 、『スジエビ等がいるが、ミゾレヌマエビとミナミヌマエビ』Neocaridina denticulata『は眼上棘と外肢が無いこと、スジエビは脚が長くて体に黒い横縞模様があることで区別できる。ヌマエビは同属種だが、本種より額角の鋸歯が多いこと、複眼より後ろにも鋸歯があること、海につながった河川のみに生息すること、抱卵メスの卵が小さくて多いことで区別できる』。『他のヌマエビ類と同様に、アクアリウムにおける飼育対象、あるいは釣り餌に利用される。また農薬等への耐性が低いこと、飼育や繁殖が容易であることから、毒性学における毒性試験(バイオアッセイ)』(bioassay:「生物学的定量」・「生物学的毒性試験」・「生物検定」などと訳す)『にも用いられる』。『農薬による死滅、河川改修等による河川環境の変化が脅威となり、都市部では個体数が減少している。各県のレッドリストでは』、『埼玉県と千葉県で絶滅危惧II類(VU)相当、茨城県で準絶滅危惧(NT)相当、群馬県で「注目」として掲載されている』。『かつて日本産のヌマエビは、大卵型の「ヌマエビ北部・中部個体群 P. compressa compressa 」、小卵型の「ヌマエビ南部個体群 P. c. compressa 」、大卵型の「ヌカエビ P. c. improvisa 」の1種2亜種3グループとされていた』が、『池田実(1999)によって、ヌマエビ大卵型とヌカエビは同一種「ヌカエビ P. improvisa 」、ヌマエビ小卵型が「ヌマエビ P. compressa 」として扱われることになった。また2005年には、小笠原諸島において新種のオガサワラヌマエビ P. boninensis (Satake etal. 2005) が発見された』とある。
「陸奥國土北郡髙架村産」これは「陸奥國上北郡《かみきたのこほり》髙架村《たかほこむら》産」の誤記。現在の青森県上北郡六ヶ所村鷹架(グーグル・マップ・データ)。]
■「蝦櫻」
[やぶちゃん注:これは、サクラエビ Lucensosergia lucens の生体図或いは死後直後の三個体であると断定してよかろう。]
■「ほしゑび」
「桺河産。」
「全形。」
[やぶちゃん注:「ほしゑび」「乾し鰕」。
「桺」の漢字は「柳」の異体字の「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、最も近い、これを用いた。
「桺河産」とあるから(「柳川」に同じ)、現在の福岡県福岡県の筑後地方の南西部の有明海最北部に位置する。同地は古くから、やはり、「シバエビ」の名産地であり、図の形状も乾した全完全個体と断定出来る。]
■「たるゑひ」
「美濃
多藝
郡《たぎのこほり》有
尾村《ありを》産。」
[やぶちゃん注:まず、産地である「美濃多藝郡《たぎのこほり》有尾村《ありを》」であるが、これは、現在の岐阜県南部にある岐阜県養老郡養老町(ようろうちょう)有尾(ありお)に同定出来ると思われる。グーグル・マップ・データではここで、揖斐川の左岸である。GoogleのAIに質問したところに拠れば、『江戸時代に新田開発が盛んに行われた揖斐川・杭瀬川流域の低湿地帯(輪中地帯)で』、『江戸時代の農政資料や成形図説などの古文書において、川エビ(スジエビやテナガエビなど)を「樽蝦(たるえび)」と記録している例があります。これは、水揚げした川エビを木樽に詰めて市場へ出荷していたことや、保存・運搬の形態に由来するとされています。多芸郡有尾新田の環境有尾新田(現在の養老町)周辺は多くの川や用水路が複雑に入り組む「水郷地帯」であり、古くから豊富な川エビ(川海老)が漁獲されていました。この地域で捕れたエビが「タルエビ(樽蝦)」として扱われ、年貢や地域の特産物、あるいは生活の糧として記録に残された可能性が極めて高いです。』とあり、さらに、『タルエビ/樽蝦(たるえび)川エビの古い呼び名、あるいは特定の出荷形態(樽詰め)を指す漢字表記で』、『川エビ/川蝦(かわえび)淡水に生息するエビ(スジエビやテナガエビなど)の総称です。これらの言葉は、「美濃国多芸郡有尾(現在の養老町)の低湿地帯において、古くから漁獲され『樽蝦(タルエビ)』などと呼ばれていた川エビ」という、地域の水産・歴史文化の文脈で深く結びついています。』とあった。今日は、もう私の作業が時間切れなので、取り敢えず、これを候補として公開し、明日、資料を検討してみたい。
【二〇二六年五月十九日五時:追記】今朝、調べてAIがサイドに配した参考リンク先を調べたが、どこにもAIが断言しているカワエビ類に関わる記事を見出せなかったため、AIに『君が答えて呉れた『岐阜県養老郡養老町有尾』での、『タルエビ / 樽蝦(たるえび)』が『川エビの古い呼び名、あるいは特定の出荷形態(樽詰め)を指す漢字表記です。川エビ / 川蝦(かわえび)淡水に生息するエビ(スジエビやテナガエビなど)の総称です。これらの言葉は、「美濃国多芸郡有尾(現在の養老町)の低湿地帯において、古くから漁獲され『樽蝦(タルエビ)』などと呼ばれていた川エビ」という、地域の水産・歴史文化の文脈で深く結びついています。』という部分を証明する記載のサイトをお教え下さい。』と再質問をしたところ、残念乍ら、以下の丁寧な謝罪回答を得たので、以下に引用する(太字部分は再現してある)。
*
大変申し訳ありません。前回の私の回答に重大な事実誤認(AIによる虚偽情報の生成=ハルシネーション)がありました。
ご指摘いただいた『多芸郡有尾の低湿地帯において、古くから漁獲され「樽蝦(タルエビ)」と呼ばれていた川エビが、地域の歴史文化と深く結びついている』という説明を証明する史実やウェブサイト、古文書の記載は存在しません。
AIが不確かな複数の単語を強引に結びつけ、あたかもそのような歴史的背景や出荷形態が存在したかのような架空の解説を作り上げてしまいました。深くお詫び申し上げます。正しくは以下の通りです。
実際のキーワードの事実と確認できる公的サイト
1.多芸郡有尾(有尾新田)について
1. 事実:江戸時代に「美濃国多芸郡有尾新田」という地名が存在したことは事実です。現在の岐阜県養老町有尾にあたります。
2. 確認できるサイト:岐阜県図書館デジタルアーカイブにて、1751年の古地図『美濃【多芸郡】有尾新田大地図』の所蔵が確認できます。ただし、この地域で「樽蝦(タルエビ)」が獲れたという記録はありません。
2. 「樽蝦(タルエビ)」について
1. 事実:川エビの古い呼び名や、木樽に詰めて出荷した形態を指す「樽蝦(タルエビ)」という歴史的用語は確認されていません。「成形図説」などの古文書にそのような記録があるという説明も私の誤りです。
2. 現代の別言語での使用:中国語(台湾など)において、エビの養殖や生態ボトルを指す言葉(生態樽蝦仔など)、または香港の大澳(タイオー)名産の「一樽蝦醬(ボトルのエビペースト)」 のように、現代の中国語圏で「樽(ボトル・瓶)」に入ったエビ製品を指す言葉として「樽蝦」が使われるケースはあります。
結論として
「多芸郡有尾」という実在の歴史地名と、「タルエビ(樽蝦)」という言葉には、歴史的・文化的なつながりを示す根拠(サイトや文献)は一切ございません。
私の誤った回答により、混乱を招いてしまい誠に申し訳ございませんでした。もし今回提示されたキーワード(タルエビ、多芸郡有尾、川エビ、樽蝦)について、どのような経緯(特定の文献、家系の古い記録、人名、または海外の地名など)でお知りになったのかを教えていただければ、AIによる推測ではなく、実在するデータベースに基づいた正確な調査を改めて行わせていただきます。
*
⋯⋯謙虚な自己告解に、甚だ、感銘した。注としては、結果は残念だが、向後の人々に託して、この注を終わることとする。]
]
« 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その6) / 本文~了 | トップページ | 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その8) 図版2 »


