立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ 薊の花のすきな子に Ⅲ 窓下樂
[やぶちゃん注:この再起動版に就いては、初回の冒頭注(詳細なプロジェクトの経緯及びオリジナルな特徴を述べているため、かなり長い)を見られたい。過去にランダムに電子化注したものは、「窓下樂 立原道造」である。これは、現在の国立国会図書館デジタルコレクションの、昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いたもので、編者に拠る読みのルビが、多数、加えられてあり、道造の誤表現(後述する)も直されてある。
今回の底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いる。総表題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む)とあり、本篇はここで、編註はここである。それに拠れば、初出は『「文藝汎論」第60号 昭和11年8月号(8月1日刊)』とある。
【二〇二六年六月二十九日注修正・増補】表題「窓下樂」は、調べてみると、オーストリアのウィーン出身の世界的ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler 一八七五年~一九六二年)が、フランスの作曲家フランソワ・クープランの様式をもとに作曲した一九一一年のヴァイオリン曲“ Aubade Provençale ” :フランス語・音写「オーヴァード・プロヴァンサル」・逐語訳「プロヴァンスの朝の歌」)があるが、この曲は、日本語に訳された古い楽譜では「プロヴェンス人の窓下樂」と邦訳されていたことが、「CiNii」のここで、確認出来た。東京芸術大学 附属図書館蔵で、この出版社はセノオ音樂出版社、出版年は大正一五(一九二六)年二月発行である(この曲はYouTubeのKochan's Channel氏の“"Aubade Provençale in the style of Couperin" by Fritz Kreisler”で視聴出来る)。その「窓下樂」は、また、国立国会図書館デジタルコレクションの「音樂と詩歌との境」(『音樂叢書』第四編/アムブロオス著・辻莊一訳・岩波書店大正一五(一九二六)年刊)のここに、『窓下樂 Ständchen』という下りがあった。しかし、このドイツ語、平凡社「世界大百科事典」の「セレナード Serenade // Serenatka[イタリア])」の解説の中に(コンマは読点に代えた)、『元来は、夕べに恋人の窓の下で歌う歌であるが、ここに含まれる〈夕方〉〈野外〉〈下から上にささげる〉といった意味から派生した各種の芸術音楽の総称となっている。〈夜曲〉〈小夜曲〉と訳されることがある。楽曲の形式を規定せずに演奏の方法や機会を指す名称であるため種類は非常に多いが、大きく次の三つに分けることができる。』『第1は、元来の〈夕べに男性が窓の下で恋人をたたえて歌う〉セレナードで、ルネサンス期のヨーロッパ全体に広まった習慣だった。曲は単純な民謡風のものからポリフォニックな重唱曲にまで及び、求愛する人物自身がリュート、ギター、マンドリンなどで伴奏する場合も多かった。18世紀以後モーツァルトらのオペラの一場面として,あるいはグノー、トスティらによって芸術歌曲として作曲された場合も、伴奏にはしばしばこれらの楽器か』、『楽器特有の音型が用いられる。また』、『このような歌曲を模したバイオリンやピアノの小品も作られている。19世紀ドイツではこの種のセレナードをシュテンチェン Ständchen といい、シューベルトの作品をはじめ』、『多くの歌曲・合唱曲がつくられた。』とあったので、こちらのドイツ語で「小夜曲(セレナーデ)」を意味する言葉と解説された方が、我々には(私には)、すんなり納得でき、また、道造は建築の関係上、ドイツ語を選んでいることから、この単語には、親しかったものと考えられる。因みに、私は、当初、見慣れぬ熟語で、読みに戸惑ったが、所持する昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」のルビの『さうかがく』で適切と思われる。
また、第一聯一行目の「昨夜」は、私は、嘗つて、うっかり「さくや」と読みかけたが、の「ゆふべ」が、確かに、しっくりくる。
なお、第四聯一行目の「あはてて」は、底本の編註にはママ表記がないが、道造の誤り(慣用表現)であることが判明した。底本の全集を横断して調べたところ、彼は詩篇に限らず、書簡でも、しばしば「あわてて」を「あはてて」と誤記していることが横断検索で確認出来た。]
Ⅲ 窓下樂
昨夜は 夜更けて
步いて 町をさまよつたが
ひとつの窓はとぢられて
あかりは僕からとほかつた
いいや! あかりは僕のそばにゐた
ひとつの窓はとぢられて
かすかな寢息が眠つてゐた
とほい やさしい唄のやう!
こつそりまねてその唄を僕はうたつた
それはたいへんまづかつた
昔の こはれた笛のやう!
僕はあはてて逃げて行つた
あれはたしかにわるかつた
あかりは消えた どこへやら?
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