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2026/05/04

立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ  薊の花のすきな子に Ⅲ 窓下樂

[やぶちゃん注:この再起動版に就いては、初回の冒頭注(詳細なプロジェクトの経緯及びオリジナルな特徴を述べているため、かなり長い)を見られたい。過去にランダムに電子化注したものは、「窓下樂   立原道造」である。これは、現在の国立国会図書館デジタルコレクションの、昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いたもので、編者に拠る読みのルビが、多数、加えられてあり、道造の誤表現(後述する)も直されてある。表題は道造の造語であるが、その読みは、中村氏の「さうかがく」で適切と思われる。

 今回の底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いる。総標題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む)とあり、本篇はここで、編註はここである。それに拠れば、初出は『「文藝汎論」第60号 昭和11年8月号(8月1日刊)』とある。

 なお、第四聯一行目の「あはてて」は、註にはないが、道造の誤り(慣用表現)であることが判明した。底本の全集を横断して調べたところ、彼は詩篇に限らず、書簡でも、しばしば「あはてて」と誤記していることが確認出来た。

 

  Ⅲ 窓下樂

 

昨夜は 夜更けて

步いて 町をさまよつたが

ひとつの窓はとぢられて

あかりは僕からとほかつた 

 

いいや! あかりは僕のそばにゐた

ひとつの窓はとぢられて

かすかな寢息が眠つてゐた

とほい やさしい唄のやう! 

 

こつそりまねてその唄を僕はうたつた

それはたいへんまづかつた

昔の こはれた笛のやう! 

 

僕はあはてて逃げて行つた

あれはたしかにわるかつた

あかりは消えた どこへやら?

 

 

[やぶちゃん注:第一聯一行目の「昨夜」は、私は、うっかり「さくや」と読みかけたが、中村氏のルビの「ゆふべ」が、確かに、しっくりくる。

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