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2026/05/04

立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ  薊の花のすきな子に Ⅳ 薄明

[やぶちゃん注:この再起動版に就いては、初回の冒頭注(詳細なプロジェクトの経緯及びオリジナルな特徴を述べているため、かなり長い)を見られたい。過去にランダムに電子化注したものは、薄明   立原道造である。これは、現在の国立国会図書館デジタルコレクションの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を用いたものである。

 今回の底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いる。総標題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む)とあり、本篇はここで、編註はここである。それに拠れば、『「文藝汎論」第66号 昭和12年2月号(2月1日刊)』とあり、さらに、『第二聯第四行 ルビママ〈かほり〉』とある。底本全集の横断検索でも、詩集・物語・雜纂に、この表記があり、道造の慣用誤記であることが判る。]

 

  Ⅳ 薄明

 

音樂がよくきこえる

だれも聞いてゐないのに

ちひさなフーガが 花のあひだを

草の葉のあひだを 染めてながれる 

 

窓をひらいて 窓にもたれればいい

土の上に影があるのを 眺めればいい

ああ 何もかも美しい! 私の身體の

外に 私を圍んで暖く香(かほり)よくにほふひと 

 

私は ささやく おまへにまた一度

――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ

うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ! 

 

やまない音樂のなかなのに

小鳥も果實(このみ)も高い空で眠り就き

影は長く 消えてしまふ――そして 別れる

 

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