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2026/05/03

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注上卷(七)乾鰕の說(その3)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。冒頭、和名・別名を列挙する部分で、読者に判り難い箇所があるので、特異的に≪ ≫を用いて助詞を添え、さらに、どこで種が変わるかも、極めて判別が困難であるため、改行した。但し、河原田氏の書き方には不審があり、同種の異名としか思えないものが、別種であるような形で書かれている箇所が複数ある。ともかく、異名であることを意味するものが無い場合、概ね、改行した。

 

元來、本邦に產する鰕の種類は、甚だ、多く、淡鹹二水(たんかんにすい)の產とも、各(おのおの)、形狀に大小あり。而して、鹹水(かんすい)に產するものは、

『いせゑび』一名『かまくらゑび』【又《また》≪の≫名、】『ゑびかね』

『けんゑび』一名『つちがゑび』

『くるまゑび』

『しばゑび』

『びしやもんゑび』一名『ゑひのをば[やぶちゃん注:ママ。「海老の叔母(伯母・姑・姨)」か?]』【又≪の≫名、】『ゑびかね』

『うちはゑび』一名『たびゑび』【又≪の≫名、】『てながゑび』【又、】『かしはゑび』【又、】『あしながゑび』

『あなご』【一名、】『いしはじき』【又、】『たいこうち』【又、】『しやくゑび』、『しやなき』【一名、】『しやくなげ』【又、】『しやこ』【又、】『しやく』【又、】『しやっぱ』【又、】『しやくう』【又、】『おにゑび』【又、】『ほろじやく』【又、】『やまめゑび』

等なり。淡水に產するものは、

『つえつきゑび』【一名、】『てながゑび』【又、】『はたさゑび』【又≪の≫名、】『かれき』【又、】『たなかゑび』

『かたヽゑび』【一名、】『かはゑび』【又、】『てんごうゑび』【又、】『てんほうゑび』

『しらさゑび』【一名、】『しらさい』

『てんす』

『たゑび』

『つげほり』

『つゆゑび』

『はだかゑび』

『ぬかゑび』【一名、】『あみ』[やぶちゃん注:ここは絶対に別名としか思えないので、特異的に改行しない。]『あみざこ』【又、】『あめゑび』[やぶちゃん注:同前で改行しない。]『あなヽみ』【又、】『あめこり』【一名、】『つみあみ』

等《とう》なり。

[やぶちゃん注:「『いせゑび』一名『かまくらゑび』【又《また》≪の≫名、】『ゑびかね』」節足動物門軟甲(エビ)綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目イセエビ(伊勢海老)下目イセエビ上科イセエビ科イセエビ Panulirus japonicus である。異名の前者は「鎌倉海老」(古くから鎌倉沖の相模湾で多く獲れたことに由来する。多くはないが、今も棲息する)、後者は「海老蟹(えびかに)」の訛りであろう。「日葡辞書」に記載されており、これも古い異名である。但し、「エビガニ」と言った場合は、僕らの世代、及び、僕の住まいの昔の呼称では、大船に氾濫の元凶がある甲殻綱十脚(エビ)目ザリガニ下目アメリカザリガニ科アメリカザリガニ属アメリカザリガニ亜属アメリカザリガニ Procambarus ( Scapulicambarus ) clarkii の通称としての方が、遙かに親しい。最後の話は、私の『「新編相模國風土記稿」卷之九十九 村里部 鎌倉郡卷之三十一 山之内庄 岩瀨村(Ⅰ) (総論部)』、及び、「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 田父(へびくいがえる)」の私の注に詳しいので、見られたい。

「『けんゑび』一名『つちがゑび』」抱卵亜目コエビ下目エビジャコ上科エビジャコ科クロザコエビ(黒雑魚蝦)属クロザコエビ Argis lar である。御存知ない方のために、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクしておく。和名は厭な表現だが、その和名・漢字表記についての解説に、『黒いエビジャコ科のエビという意味。雑魚にはざったな、お金にならないという意味があるが、本種には当てはまらない。』とある。「けんえび」は「剣海老」で、中・大型のエビの多くに特徴的な、エビの触角の第一触角(短い)と第二触角(長い)のうち、後者を「剣先」に喩えたもの。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「地方名・市場名」に聞き取りで、『ツチエビ(土えび)』があり、採集場所を『京都府舞鶴市舞鶴魚市場』とある。但し、同サイトの同属のエビジャコ科クロザコエビ属トゲザコエビ Argis toyamaensis のページを見ると、同じ「ツチエビ(土えび)」が挙がっており、採取場所も同じ『京都府舞鶴市舞鶴魚市場』であり、『クロザコエビと混同されている。』とあった。さらに、トゲザコエビの異名が前後にあるが、「ガスエビ」(採取場所を(以下同じ)石川県金沢市・兵庫県但馬地方)・「ガサエビ」(秋田県にかほ市象潟・山形県酒田市・鶴岡市)・「チャガスエビ」(石川県金沢市)・「ドロエビ(泥えび)」(新潟県上越市)・「モサエビ」と「ホンモサ」(鳥取県)すべてに『クロザコエビと混同されている。』とあったことから、このトゲザコエビ(棘雑魚蝦) Argis toyamaensis も含めて同定しないといけないことが判明した。

「くるまゑび」根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科クルマエビ属クルマエビ Marsupenaeus japonicus

「しばゑび」クルマエビ科ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種の記載に拠れば、漢字表記は『芝蝦、芝海老、柴蝦』で、『一般的には武州芝(現東京都港区芝の三田駅周辺)で』沢山(たくさん)『取れたので「芝海老(芝蝦)」とされている』とあり、小野蘭山述の「本草綱目啓蒙」(享和三(一八〇三)年)から『武州ノ芝ニテ多ク取』とあり、別に、『東京芝浦でとれた 〈東都芝浦(えど)に産〉』(と)『るを、「しばえび」という〉』という記載が武井周作「魚鑑」(天保二(一八三一)年)があることを記す。しかし、「しば」は『小さいエビではないか?』として、『山口県で小型のタイ類を「しばだい」という。この場合の「しば」は小さいという意味。「おじいさんは山に柴刈りに」の「柴」も小枝のことだ。「しばえび」も小型のエビという意味である可能性が強いと考えている。もともとは、1種類のエビをさす言葉ではなく、干潟や汽水域でとれる「小さな(しば)えび」という意味だったもので、特に代表的なものということから「柴蝦」になった。』とあった。江戸に限らない通名である以上、この「小さなえび」説が、しっくりくる

「『びしやもんゑび』一名『ゑひのをば』【又≪の≫名、】『ゑびかね』」BISMaL」で調べると、抱卵亜目コエビ下目タラバエビ上科タラバエビ科ビシャモンエビ(毘沙門海老)属ビシャモンエビ Miropandalus hardingi がいるが、複数の記事を見るに、これは極小サイズで、しかも、主に刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱ツノサンゴ目ウミカラマツ科Cirrhipathes 属ムチカラマツ Cirrhipathes anguina に共生する一〜三センチメートル程度のエイリアン的な形状をしたエビであって、凡そ、食用にし得るものではないから、違う。「エビノオバ」「エビカネ」で諸表記を検索しても、全く、ヒットしない。万事休す! 識者の御教授を乞う! 一つ気になったのは、次の「ウチワエビ」だった。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見ると、異名に「オバエビ」がある。ウチワエビの形状は「毘沙門」に親和性があるように、私には強く思われたこのであるここまで書いて、どうにも煮え切らないので、グーグルのAIに、この問題の箇所に就いて、以上の私の注を示して、質問をしてみた。たちまち、極めて有益な解答を得た。ただ、部分的に示すと、AI君の論説の認識を私に都合よくしてしまうかも知れないので、全文を、まず、示す。行空けを詰めた以外は、そのままである。

   《引用開始》

藪野直史さん、こんにちは。ご質問の件、しっかり調べてみました。河原田盛美の『淸國輸出日本水產圖說』乾鰕の説に出てくる「びしやもんゑび」一名「ゑひのをば」(または「えびのをば」)【又名「ゑびかね」】という記述ですね。現代のBISMaLでヒットする小型共生エビ(Miropandalus hardingi)とは明らかに別物で、食用として乾鰕(干しエビ)として清国に輸出されるレベルのものではない、というご指摘の通りです。最も有力なヒント:古辞書・類聚に見る「毘沙門エビ」『古事類苑』(動物部/魚下)などに、以下のような記述があります:毘沙門エビ(○○○○○)ハ一名海老、〈勢州〉エビノヲバ〈熊野〉 ...これは三重県(勢州=伊勢、熊野)地域の方言として、「エビノヲバ」(えびのをば / えびのおば)が「毘沙門エビ」の別名として記録されているものです。

ys.nichibun.ac.jp

地域が三重県寄りで、「エビノオバ」という呼称が出てくる点が、あなたが指摘された「ウチワエビの異名に『オバエビ』がある」という情報と響き合います。ぼうずコンニャクの図鑑でも、三重県東紀州でウチワエビを「オバエビ」と呼ぶ例が確認されています。

zukan-bouz.com

「ウチワエビ」との関連性について形状の親和性:あなたがおっしゃる通り、ウチワエビ(イセエビ科や関連するウチワエビ類)は扁平で扇状・うちわのような姿をしており、「毘沙門」(甲冑を着た武神のイメージ、または兜・鎧の装飾的な印象)と結びつきやすい視覚的アナロジーがあります。特に古い文献では、エビの外見(棘、甲羅の形状、色合いなど)から神仏の名を付ける例は少なくありません。

ただし、ウチワエビ自体が「毘沙門エビ」の本種かどうかは、現時点では断定しにくいです。ウチワエビは主に食用として知られ、干しエビ(乾鰕)としても加工される可能性はありますが、河原田の文脈では「しばゑび」「しらゑび」「てながえび」など他の種と並んで挙げられているので、別のカテゴリ(小型または特定の地域種)である可能性が高いです。

「えびかね」について「ゑびかね」は、検索で江戸料理の文脈(八百善など)で「エビの殻をすりおろして身に練り込んだ揚げ物」や「えびかねのあんかけ」として出てきます。これは加工品の名前で、原料のエビ種を直接指すものではないようです。熊本などの地域料理でも似た表現がありますが、古い水産文献での「えびかね」が具体的に何を指すかは、追加の古文献掘りが必要そうです。まとめと次のヒント「びしやもんゑび」=「えびのをば」は、少なくとも三重県(伊勢・熊野)地域の方言名として、古くから記録されていたようです。

現代の小型共生ビシャモンエビとは無関係で、食用干しエビとして輸出される実用的な種(おそらくイセエビ科やタラバエビ科に近い何か、または地域特有の小型エビ類)の古名と考えられます。

「ウチワエビ」→「オバエビ」のラインは、形状・地域ともに近いので、関連を疑うのはとても鋭い指摘だと思います。

完全に特定するには、以下のアプローチが有効かと思います:三重県の古い漁業誌・方言集(『東紀州のお魚リスト』拡張版や勢州・熊野の水産資料)を深掘り。

『古事類苑』全文や他の類書(本草類)で「毘沙門エビ」周辺をさらに探す。

河原田盛美の他の記述や、同時代の日本水産製品誌(河原田自身が関わったもの)で乾鰕の原料種をクロスチェック。

「毘沙門」の字を付ける理由(色、棘の配置、兜のような甲羅?)を手がかりに形状記述を探す。

時間はかかるとのことなので、じっくり進めましょう。私も追加で気になった資料があれば追って調べます。何か追加のキーワードや、文中の前後関係(他のエビ名との並びなど)を教えていただければ、さらに絞り込めそうです。悪いなんてとんでもない。こういう古い水産名の謎解きは実に面白いです。一緒に解き明かしましょう。

   《引用終了》

私は、一読、「古事類苑」で検索するのを、すっかり忘れていたことに慙愧の念を感じた。嘗つて「和漢三才圖會」の動物部の電子化注をやっていた頃は、盛んに検索したものだったから。而して、調べたところ、原本は、やはり私が馴染んだ小野蘭山述の「本草綱目啓蒙」の記載であることが判った。国立国会図書館デジタルコレクションの文化二(一八〇五)年跋の、「卷之四十魚部」の「鱗之四」の「海鰕」の当該部は「毘沙門ヱビ」であるが(ここの左丁最終行下部から次のコマにかけて)、全体を読むに、ある河原田氏への強い疑惑を直感したので、かなり長いのだが、「海鰕」の冒頭から全部を視認して示す。標題「海鰕」を除き、全体が二字下げであるが、引き上げた。割注ポイント落ちは【 】で示した。記号・句読点を推定で附した。一部に推定で《 》で読みを歴史仮名遣いで、カタカナ、或いは、ひらがなで添えた。異体字は調べて表記出来ないものは、通常の字体で示した。一部、助詞が足りない箇所には、≪ ≫で補った。

   *

海鰕

 ウミヱビ

海中ニ産スル蝦ノ總名ナリ。品類多シ。『イセヱビ』ハ、「閩書《びんしよ》」ノ『蝦魁《かくわい》』ナリ。一名、『蝦抷《かはい》』、『龍《りゆうか》蝦』【共《ともに》同上。】、『季遐』【「水族加恩簿」。】。此蝦ハ、志州ノ鳥羽ニテ漁《りやう》シ、勢州ヨリ京師ニ來《きた》ル。故ニ『伊勢ヱビ』云フ。阿州ニテモ、此名ヲ呼ブ。勢州・尾州ニテハ『志摩ヱビ』云フ。江戸ハ鎌倉ヨリ來《きた》ル。故ニ『鎌倉ヱビ』云フ。佐州[やぶちゃん注:佐渡。]ニテモ、此名ヲ呼ブ。肥州長﨑ニテ、『エビガ子《ネ》』【同名アリ。】ト云フ。海蝦中ノ大ナル者ニシテ上品ナリ、ソノ形狀ハ、兩眼、紫黑色ニ乄《して》、前ニ、黃ナル處アリテ、高ク出《いで》テ、疣《いぼ》ノ如シ。口ニ、四鬚《よつひげ》アリ、其二ハ、長サ、一、二尺ニ過グ。其二ハ、長針《ながばり》ノ如ク、根ハ、針柄《はりのえ》ニ似テ、硬刺《かたきとげ》アリ。殼ハ、肌、粗ニシテ尖リ、手足ニ節アリ、蘆筍(アシノメ)ノ如シ。背ニ硬甲《かたきかう》、相連《あひつらな》リ、尾端《をはし》ハ、花辨ノ如クニシテ、俱《とも》ニ紫色ナリ。煮《にる》時ハ、全身、深紅色トナル。古《いにしへ》ヨリ、慶事ニハ、必《かならず》、用ユ。故、正月ニ已《すでに》煮タル者ヲ以テ、門戸《もんこ》ニ掛ケ、春盤(ホウライ)ニ上《のぼ》ス、此物、海水ヲ離レテ、久《ひさし》ク、死セザルコト、數日《すじつ》、故ニ、遠ク京師ニ致ス者、尢《もつとも》能《よく》、身ヲ動《うごか》シ、鬚脚《ひげあし》ヲ揺《ゆら》かす、又、偶《たまたま》、數尺ノ老蝦アリ。 又、勢州ニハ、足ゴトニ、鉗(ハサミ)アルモノ、アリ。『五色蝦《ごしきえび》』ハ、龍蝦ノ五色ニシテ、兩ノ大鬚白キ者ナリ。『ケンヱビ』ハ龍蝦ノ一種、兩鬚、扁大《へんだい》ニシテ長シ。相並《あひならん》デ、劍《つるぎ》ノ如シ。一名、『ツノナガエビ』【勢州。】、一種、『クルマヱビ』ハ、「閩書」ノ『斑節蝦』ナリ。尋常ノ蝦ノ形ニ乄、大《おほい》サ、六、七寸ニ過ギズ、殼、厚クシテ白ク、節ゴトニ紅斑アリ。煮ル寸《とき》ハ、全身、深紅色。曲リテ、車輪ノ如シ。武州・相州・豆州・房州。總州、皆、多シ。曝乾《さらしほ》スル者、十尾ゴトニ、繩連《なはつなれ》スルモノ、薩州ヨリ出《いだ》ス。「廣東新語」ニ『䗿蝦産鹹水中大者六寸出ㇾ水則𣦸[やぶちゃん注:「死」の異体字。]兩兩乾ㇾ之爲對蝦以充上饌鮮者肉肥白而甘。』ト云。 『對鰕』、『ホシヱビ』ナリ。「八閩通志」ニ『對蝦』ハ、『土人熱而乾ㇾ之兩兩對揷可以寄一ㇾ遠。』、「閩書」ニ『鉅者對揷之對蝦。』、「正字通」ニ『一日雌雄爲ㇾ對。』ト云リ。 一種、『芝ヱビ武州ノ芝ニテ、多ク、トル。大《おほい》サ、三、四寸ニ過ギズ。殻、薄ク、白シ。手・足・鬚、俱ニ、短細《みじかくほそく》、煮《にる》トキハ。淡赤色、是亦、鷹爪蝦ノ屬ナリ。ソノ至小ナルモノ、諸州ニ產ス、味亦佳ナリ、曝乾乄《して》、遠《とほく》ニ送ル。ソノ名、多《おほく》、地名ヲ以テ、呼ぶ。 一種、『毘沙門ヱビ』、一名『海老』【勢州。】、『ヱビノヲバ』【熊野。】、『ヱビガ子《ネ》』【薩州。】、長サ、七、八寸。倒[やぶちゃん注:「さかさま」と訓じておく。]ニシテ、腹ノ方《かた》ヨリ見レバ、毘沙門天ノ形狀アリ。薩州ニハ、甚《はなはだ》大ナル者アリ。肉ヲ食フ。上品ナリ。 一種、『ウチハヱビ』、一名、『タビヱビ』【土州。】、『手ナガヱビ』、『カシノヱビ』、『アシナカヱビ[やぶちゃん注:ママ。「足長鰕」で「アシナガエビ」。]』【共《ともに》同上。】、形、『海老』【勢州。】ニ似テ、扁《ひらた》シ。ソノ首、殊ニ扁大《へんだい》ニ乄《シテ》長《ながく》、団扇《うちは》ノ如シ。径《わたり》二寸余《あまり》、長《ながさ》三寸許《ばかり》。尾ハ、下ニ曲リテ、『海老』ニ同ジ。 一種、『アナゴ』【尾州。】ハ、一名、『イシハジキ』【肥後。】、『タイコウチ』【攝州。】、『シヤクヱビ』【讃州。】、長サ一寸余。一手ハ小《ちさ》ク、一手ハ長大ニシテ、『堅田ヱビ』ノ形ノ如シ。是モ亦、「邵武府志」ノ『大脚蝦』ナリ。 『赤尾蝦』ハ海中ノ小蝦ナリ。鮭菜(ザコ)[やぶちゃん注:「鮭」は漢語自体に「魚」の意があり、明らかに蘭山はこの二字を以って「雑魚(ザコ)」と振っているのである。]ニ多シ。「八閩通志」ニ『赤尾蝦蝦之小者金鉤子又小於赤尾』ト云フ。「鮭菜」ハ「正字通」ニ『晋庾杲之清貧毎ㇾ食三韭任昉戯曰謂庾郞貧每ㇾ食鮭菜常有二十七種註指三韭俗言三九二十七晋人以魚爲鮭菜』ト云ヒ、『王儉云庾郞食ㇾ膎[やぶちゃん注:乾し肉。]有二十七種三韭九與ㇾ韭同音也讀書通鮭通作レ膎』ト云リ。 一種『シヤクナギ』ハ、『シヤクナゲ』𪜈《とも》云《いひ》、一名『シヤコシヤク』【防州。】 『シヤクハヱビ』【九州。】 シヤツパ【肥前。】 シヤクウ【勢州菰野《こもの》[やぶちゃん注:現在の三重県三重郡菰野町(こものちょう)。ここ(グーグル・マップ・データ)。内陸であるが、「干しエビ」であるから、製品製造に於いて問題はない。]。】 オニヱビ【雲州。】 ボロシヤク【讃州】 ヤマメヱビ【「食療正要」。】、是《これ》、「漳州府志」ノ『蝦姑《かこ》』ナリ。一名『青龍』【「開元天寶遺事」。】・『管蝦』【「増修埤雅廣要」。】。海邊斥地ニアリ。形、蝦ニ類乄《して》、扁《ひらた》ク、その濶《ひろ》さ、頭尾、相侔《あひひと》シ。鬚アリ、手足アリ、蝦ニ比スレバ細クシテ多シ、背ニ節アリ、十二、三片ナル者ハ稀ナリ。『閏年ニハ、十三片、アリ。』𪜈《とも》云。灰白色ニシテ、碧ヲ帶ビ、蝦色ノ如シ。煮ル時ハ、淡紫色ニ變ジテ、石南花色(シヤクナゲ)ノ如シ。故ニ「シヤクナギ」ト云フ。長、二、三寸、大ナル者ハ、七、八寸、筑前ニテハ食品トス。『味、蝦ニ勝レリ。』ト云。月夜ニ捕ル者ハ、肉、ナシ。暗夜《やみよ》ニ捕ル者ハ、肉、多シ。備前兒島の人、言《いふ》、『斥《せき》[やぶちゃん注:この場合は干潟の意であろう。]ノ泥中ニ居ルヲ、春、採《とり》食フ。上品トス。』≪と≫。『ツリシヤク』ト云《いふ》海中ノ者ハ、夏、トル≪も≫、食セズ。『アナシヤク』ト云フ。』≪と≫[やぶちゃん注:食わずに、釣る遊びに限るということ。シャコ類の旬は産卵期である春から初夏である。]。此外、品類、尚、多シ。

   *

私が、強い疑義を感じたのは、河原田盛美(かわらだもりはる/もりよし)氏の名(異名・地方名)の順序である。河原田氏は幕末・明治の農学者で、一時、会津藩や内務省・農商務省に出仕していたが、必ずしも、エビ類に詳しかったわけではない。而して、河原田氏は、ここでエビの当時の呼称に詳しかったわけではないと推定する。

この本文の記載を見るに、「本草綱目啓蒙」の以上の記載順列と、極めて、一致を見ることが判る

のである。即ち、

彼は同書の以上の「本草綱目啓蒙」の「海鰕」の記載順序を元にして――無批判に記載した――

と考えてよいと思うのである。そして、河原田氏が、当時の数少ない海産生物学者の見解を伺った痕跡は、残念乍ら、認められないのである。しかも、本書は明治一九(一八八六)年の刊行であり、未だ、本邦の近代動植物学の黎明期であった。されば、現行の生物の学名も正式に確定しておらず、河原田氏自身も、個人的にそうした新学説に必ずしも詳しかった訳ではないことは、これ以前の海産物記載の内容を見ても、一目瞭然なのである。

 確かに、小野蘭山は、貝原益軒の「大和本草」の誤りを鋭く指摘している碩学ではあった(一般に「本草綱目啓蒙」集成の動機は、益軒説に物申すことが一つの目的であったとも言われている)が、所詮、江戸後期の認識という制約に縛られており、近現代の海産生物学に照らした場合、地方名・異名を的確に指摘している訳では、全然、ないのである。

 実際、今回、以上の同書の「海鰕」の電子化をする中にあっても、何度も、首をかしげる箇所に、多数、出くわしたのである。

 確かに、グーグルのAIの慎重な留保見解は、大いに参考になった。しかし、この「毘沙門エビ」に相当するのは、次に本文が示す、

★抱卵亜目セミエビ科ウチワエビ亜科ウチワエビ属 Ibacus のウチワエビ類

を最有力とする

に決した。

☆最後に、グーグルのAI君に心より感謝するものである。ウチワエビの注は以下で示す。

「『うちはゑび』一名『たびゑび』【又≪の≫名、】『てながゑび』【又、】『かしはゑび』【又、】『あしながゑび』」これは、本邦に棲息する

十脚目セミエビ(蝉海老)科ウチワエビ(団扇海老)亜科ウチワエビ属ウチワエビ Ibacus ciliates

及び

オオバウチワエビ(大歯団扇海老)Ibacus  novemdentatus 

である。ウィキの「ウチワエビ属」に拠れば、二種ともに、日本海中部まで広く分布しており、西日本では、比較的、知られている。ウィキの「ウチワエビ属」に拠れば(注記記号はカットした)、『ウチワエビ属(ウチワエビぞく)は、セミエビ科』 Scyllaridae『に属する種。インド太平洋の熱帯・温帯域に分布する』。『和名通り』、『うちわのような平たい体型が特徴で、食用に漁獲もされている。ウチワエビ(団扇海老)と総称されるが、狭義にはその中の一種 Ibacus ciliatus に「ウチワエビ」の標準和名が充てられる。ただし、日本近海には』、『もう一種 オオバウチワエビ(大歯団扇海老)I. novemdentatus も分布しており、日本の市場では』、『この2種を特に区別せず』に『扱』っている。『体長は15センチメートルほどで、体は上から押しつぶされたように平たい。体の前半分が円盤形で、上から見ると和名通り』、『うちわのような形をしている』。『体表は』、『堅い外骨格に覆われ、縁には鋸の歯のような棘が並ぶ。体の前方中央と頭胸甲の左右に大きな切れこみがある。前方中央の切れこみに』鬚『状の細い第1触角があり、そのつけ根に小さな複眼』『がある。複眼より前の円盤部分は』、『厳密には頭胸甲ではなく』、『第2触角で、イセエビの太く長い触角に相当する。歩脚と腹肢は短く、いっぱいに伸ばしても』、『背中側からは見えない』。『セミエビやゾウリエビ、ウチワエビモドキなど』(これらの学名は後に出す)、『同じセミエビ科の類似種が多いが、セミエビは』、『体の縁に大きな棘がなく大型になること、ゾウリエビは全体のシルエットが』、『うちわ形ではなく』、『楕円形であること、ウチワエビモドキは』、『複眼が体の縁に左右に分かれてつく』、『ことなどで区別できる。また、セミエビやゾウリエビは岩礁・サンゴ礁に生息する』とある。『水深300メートルまでの浅い海の砂泥底に生息する。成体に泳ぐ能力はなく、海底を歩行して生活する。食性は肉食性で、貝類や多毛類などの小動物を捕食する。敵は沿岸性のサメやエイ、タコなどで、敵に出会うと』、『尾を使って素早く後ろに飛び退く動作を行う』。『産卵期は秋で、卵はメスが腹肢に抱えて保護する。孵化するとフィロソーマ幼生の形態で外洋を漂いながら成長する。幼生はクラゲ類に騎乗し、それを餌にすることで成長し、分布域を広げていくという特性を持つことから「ジェリーフィッシュ・ライダー」』(Jellyfish rider)『とも呼ばれる。充分に成長した幼生は』、『着底した後に変態し、エビの姿となる』。『底引き網などで食用に漁獲される。イセエビ下目は熱帯系の種類が多く日本海側には少ないが、ウチワエビ2種は日本海中部まで広く分布していて』、『西日本では比較的』、『知られている』(私は、初回は、タイで食したが、特に味の印象が残っていない。私は、そもそもが、エビを好物としていないのである。悪しからず)。『長崎県では、平戸南部の志々伎、五島列島の大浜地区、富江地区のみで漁獲されている。資源保護の観点から』、『漁獲期間と漁業権も決められており』、『希少価値が極めて高い。平戸のウチワエビから作った「うちわえびせん」が商品化されている』。『宮崎県では、「パッチンエビ」や「パタエビ」の名でも知られており、身の旨さはイセエビよりも上と評されることもあるという』。『イセエビよりも小型で身も少ないが、新鮮な身は』、『半透明の白色で甘みと旨みがあり、刺身、塩茹で、味噌汁など様々な料理に用いられる』。世界では『8種が属する』として、学名が記されているが、本邦産の解説のみを示す。

Ibacus ciliatus (von Siebold, 1824) ウチワエビ(『頭胸甲の縁に11個-12個の棘があり、全体的に棘が小さくて数が多い。山形県と房総半島以南、東シナ海沿岸からオーストラリア東岸まで、西太平洋の熱帯・亜熱帯域に分布する』)

Ibacus novemdentatus Gibbes, 1850 オオバウチワエビ(『頭胸甲の縁に棘が8個しかないので』、『ウチワエビと区別でき、他の部位の棘も大きくて数が少ない。能登半島と駿河湾以南の太平洋岸から香港、アフリカ東岸まで広く分布する』)

 さて、日本産のセミエビ科Scyllaridae セミエビ属 Scyllarides のセミエビ(蝉蝦)類が、本書の時代に食されていたかどうかは、判らないが、可能性の問題を考えて、以下に示す。学名はBISMaL」で調べた。そこでは、6種を掲げる。但し、ウィキの「ヒメセミエビ属」に拠れば、嘗て、『ヒメセミエビ亜科 Scyllarinae はヒメセミエビ属 Scyllarus のみからなる単型亜科だった。だが、2002年にヒメセミエビ属は大規模な再編を受け、多くの種が別属へ分割された』。『GODAC』(=国際海洋環境情報センター)『の資料では』、『現在でもScyllarus 属をヒメセミエビ属としているが、実際にはヒメセミエビは』、『この属に属していない』とあり、また、『日本沿岸には9種が分布』する、とある。『イセエビ用の刺し網など』、『沿岸漁業で混獲されるが』、『小型で漁獲量も少なく、一般には食用とはしない』とある。

セミエビ科セミエビ属セミエビ Scyllarides squammosus 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」には同種のページがあり、「市場での評価」に『関東では非常に希。高値で取引されている。』とあり、「産地」の項に『沖縄県、鹿児島県、愛媛県、高知県』が挙がっている)

Galearctus 属キタンヒメセミエビ(紀淡姫蝉蝦)GalearctusScyllarides kitanoviriosus Galearctus 属はAIに拠れば、「兜姫蝉蝦(かぶとひめせみえび)属」とする。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」に、やはり、同種のページがある。「生息域」には『駿河湾など本州中部以南。とするが、冒頭で『食用として認知されていない』とあり、通常はある調理例等もない。スケールがないが、全く食しえないサイズとは思われないものの、ネットで複数の記事を見ると、体長を四~五センチメートルで、纏めて捕獲することも困難なようであるから、食用は厳しい。

コブセミエビ(瘤蝉蝦)Scyllarides haanii 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」に同種のページがあり、「市場での評価」には『関東では入荷は非常に希。非常に高い。』とし、「産地」は『三重県、高知県、神奈川県など日本各地』とある。而して調理例として『生食(刺身、あぶり)、煮る(塩ゆで、煮つけ)、汁(みそ汁)』が画像で載る。)

シワヒメセミエビ(皺姬蝉蝦)PetrarctusScyllarides brevicornis AIの回答であるが、『体長は数センチ程度と非常に小型』とあり、更にディグさせたところ、『食べることは可能ですが、一般的には食用とされていません』。『体長が56cm程度と非常に小さく、可食部(殻の中の身)がほとんどありません』とあった。

ヒメセミエビ(姫蝉蝦) Chelarctus Scyllarides cultrifer 「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに『食べられるが、非常に小型であるため食用ではない』とし、『千葉県から九州の外洋に面した岩礁域に棲息。2003年5月、千葉県鴨川港、刺し網をはずすのを見て回る。クルクルと手早にサザエをはずすのに、ときどき混ざってくるのがスベスベマンジュウガニやショウジンガニ。あまり珍しいものはないな、と脇の大型バケツを見ると、アレレ、なにか泳いでいる。底に沈んでジっと石のように見えたものがバケツを揺らせたのと同時にふわっと浮き上がり、グルングルっと後ろ向きに驚くほど早く泳ぐ。これが本種との初対面。あまりにかわいらしくて、食べるに忍びない。ただ実際、みそ汁などにいれると』、『うまいらしい。』とあった。)

ヤマシタヒメセミエビ(山下姫蝉蝦)Galearctus Scyllaridesaurora (ネット記事では「オーロラヒメセミエビ」の異名を見かける。AIに拠れば、『体長は数cmから最大でも約8cm程度と小型です。殻が非常に硬いため、サイズに対して食べられる身の量(可食部)はわずかです。』とある)

「『あなご』【一名、】『いしはじき』【又、】『たいこうち』【又、】『しやくゑび』『しやなき』【一名、】『しやくなげ』【又、】『しやこ』【又、】『しやく』【又、】『しやっぱ』【又、】『しやくう』【又、】『おにゑび』【又、】『ほろじやく』【又、】『やまめゑび』」記載方法から、『しやなき』の前で別種として切ったのだが、見るからに、これは、後者もシャコ類の異名群としか、考えられない。「シャコ(蝦蛄・青龍蝦)」は、

甲殻亜門軟甲綱Malacostraca口脚(トゲエビ)亜綱Hoplocarid口脚(シャコ)目Stomatopodaに分類される種群であるが、一般に最も認識されている食用種は、

口脚(シャコ)目単楯亜目 Unipeltataシャコ上科シャコ科シャコ属シャコ Oratosquilla oratoria

である。私は、物心ついてより、年に一度、小学校の大嫌いな運動会の終わった後に父が寿司屋に連れって行って、いの一番に食べたのが、「しゃこ」だった。その頃は、次いで「えび」だった(因みに、小学校低学年の時、客が来て、帰った後、エビの尻尾が残っていたのを、さもしくも噛みしめて、飲み込んでしまったところが、尾鰭中央の尖った部分が、喉の手前で突き刺さり、如何とせども、抜けなくなり、翌日、行きつけの歯医者さんが、ニコニコしながら、抜いてくれたのを思い出す。それが、トラウマとなったものか、後に海老は美味いと思わなくなったのだと思う。一九六九年、中学生になると同時に富山県高岡市伏木へ移ったが、雨晴海岸に遊んで、浜の奥に無数のシャコの半死のものが、山となっていたのを見て、近くにいた漁師さんに「どうして食べなんですか?」と聴いたら、「シャコなんか食わんて!」と唾を吐くように言った。而して、当時は、寿司屋に行っても、シャコはなかった。これは、第二歩脚が巨大で、それを伸ばすと、鎌状となり、おまけに鋭い棘が多数あり、挟まれると非常に痛いことが、網に掛かったそ奴を取る際、面倒なためが第一義で、流通では、足が速いこと・身の量が少ないこと・殻を剥くのに手間がかかることに由来する。さらにあまり知られていない生理的嫌悪がある。それは、水死人の体から多量にこぼれ出るからである。

 当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『地方名にシャコエビ、ガサエビ、シャッパなどがある』。『本種を含んだシャコ類は』、『一見してエビ類に似て、分類学上も甲殻類(甲殻亜門)のうちエビ類やカニ類などと同じ軟甲綱に属しているが、類縁関係は遠く、エビ類やカニ類は真軟甲亜綱十脚目、シャコ類はトゲエビ亜綱(口脚亜綱)で自らシャコ目(口脚目)をなしている。シャコ類は他の多くの軟甲類と同じく、19節の体節は頭部・胸部・腹部に分かれ、19対の付属肢(頭部5対、胸部8対、腹部6対)をもつが、シャコ類は胸部後4節が明らかに分節し、頭部背面の外骨格(背甲)に癒合していない(エビ類やカニ類の頭部と胸部は完全に癒合した頭胸部で背甲に覆われている)。また、エビ類に見られるようなハサミ(鋏脚)も存在しない』(『詳細は「シャコ目 § エビ類との違い」を参照』)。『他のシャコ類と同様、体型は細長い筒状で、頭部から胸部はやや小さく、腹部の方が大きく発達する。頭部には複眼、2対の触角(第1触角・第2触角)と3対の顎(大顎・第1小顎・第2小顎)、胸部には5対の顎脚(第2対は発達した鎌状の捕脚)と3対の歩脚、腹部には6対の腹肢(鰓をもつ5対の遊泳肢と硬化した棘をもつ1対の尾肢)がある』(『→詳細は「シャコ目 § 形態」を参照』)。『体長は12-15cm前後。全長20cmに達することもある』。『背面の体表は粒状の穴が密集している。体色は主に薄灰色から茶色で、背面の隆起線は暗赤色、背甲・胸節・腹節の後方の境目は緑色を帯びるが、尾扇の部分はより派手な色をもつ(後述)』。『先頭の体節(先節)から突出した複眼は眼柄より広く、縦長い2葉状に分かれている。背甲は縦長い台形で体長の約1/5を占め、両前端に1対の棘、背面中央にY字状の隆起線がある。複眼と触角の体節を覆い被さる額板は台形から正方形で短い。捕脚(第2顎脚)の第3肢節は先端外側の腹面に1本の棘、第5肢節は前縁に小さな櫛状の歯と3本の可動棘、最終肢節は先端含めて6本の歯をもつ。第5-7胸節のそれぞれの側縁は前後2葉に分かれ、そのうち第5胸節の前葉は細長く鋭い棘状。背面は第6胸節から第6腹節にかけて2対の隆起線が走る。直後の尾節(後述)と尾扇を形成する尾肢は原節の叉状突起は赤色、外肢基部節末端は暗青色、末節は黄色で内縁は黒色。末端の幅広い尾節は背面中央に顕著な隆起線があり、そこから縁部に向かって放射肋が形成される。縁辺部は3対の主要棘が突出し、その間に並んだ中間歯は4本以上ある。尾節中央と主要歯の隆起線は暗緑色から暗茶色、主要歯の先端は赤色』。『円偏光の回転方向を識別できる。ただし、これは本種に特有せず、少なくともシャコ属の数種に共通の特徴である。円偏光に限定しなければ、偏光の視覚はシャコ類の数科の広範囲と一部の頭足類に確認されている』。『シャコ類の中で本種は最も北の海域に生息し、北はロシア沿海州から南は台湾(日本では北海道から九州)にかけて分布する』。『内湾や内海の泥底や砂泥底に生息し、海底の砂や泥にU字形の巣穴を掘って生活する。肉食性で、他の水生動物を強大な捕脚を用い捕食する。シャコ類の捕食方法は、原則として捕脚内側の棘で柔らかい獲物を捕獲する刺撃型(spearer)と、捕脚外側の縁で硬い獲物の殻を叩き割る打撃型(smasher)という二つのグループに分かれている。本種は形態上では刺撃型だが、食性的にはむしろ両方の中間程度に近い。捕脚は柔らかい魚や多毛類(ゴカイ、イソメなど)だけでなく、硬い殻に包まれた他の甲殻類と貝類を捕食することもできる一方、純粋な刺撃型と打撃型ほど優れていなかった(左右に平たい魚類を捕まえるには不向きで、小型個体の打撃はアサリほどの硬い殻を割れない)』。『環境の変化に強く、一時』、『東京湾の海洋汚染が進んだ時期には「東京湾最後の生物になるだろう」といわれていたこともあった』。鮨は『エビよりもあっさりとした味と食感を持つ。旬は産卵期である春から初夏。秋は身持ちがよい(傷みにくい)。日本では、新鮮なうちに茹で、ハサミで殻を切り開いて剥き、寿司ダネとすることが最も多い。捕脚の肉は「シャコツメ」と呼ばれ、軍艦巻きなどにして食べられることが多く、一尾から少量しか取れない珍味。産地では、塩茹でにして手で剥いて食べたり、から揚げにすることが多い。産卵期の卵巣はカツブシと呼ばれて珍重されるため、メスのほうが値段が高い。また、ごく新鮮なうちに刺身として生食する場合もある』。『シャコは死後時間が経つと、殻の下で酵素(本来は脱皮時に使われる)が分泌され、自らの身を溶かしてしまう。そのため、全体サイズの割に中身が痩せてしまっていることも多い。これを防ぐには、新鮮なうちに茹でるなどして調理してしまうことである。活きた新鮮なシャコは珍重されるが、勢いよく暴れる上に棘が多く、調理時に手に刺さる場合があるため』、『取り扱いには注意が必要である』とある。

以下、「地方名」の項。『江戸時代はシャクナゲと言われていた。淡い灰褐色の殻を茹でると紫褐色に変わり、それがシャクナゲ』(石楠花・石南花。ツツジ目ツツジ科ツツジ属シャクナゲ亜属Hymenanthes無鱗片シャクナゲ節属名 Rhododendron )『の花の色に似ていたところから付けられた名である。シャクナゲは石楠花、または石花と書き、シャクカがなまってシャコと呼ばれるようになった。シャク、シャクナギと呼ぶ地域もある』。『北陸』三『県や青森県ではガサエビ、福岡県筑後地方南部ではシャッパ、熊本県ではシャクとも呼ばれる』。『「シャコエビ」などと呼ばれることもあるが、前述の通り、本種を含むシャコ類自体はそもそもエビ類ではない。別にハサミシャコエビという種もいるが、エビ類であり』、『シャコ類ではない』。『また、地域によっては』、『別系統であるエビの1種アナジャコも「シャコ」と呼ぶ場合もある』。

以下、「分類」の項。『シャコ類(シャコ目/口脚目 Stomatopoda)の中で、シャコ Oratosquilla oratoria はシャコ上科(Squilloidea)シャコ科(Squillidae)シャコ属(Oratosquilla)に分類される。本種は記載当初 (De Haan, 1844) から長い間』、『 Squilla oratoria として同科のホンシャコ属( Squilla )に分類されていたが、Manning (1968) によりシャコ属を新設され、その模式種(タイプ種)として再分類されるようになった』。『シャコに近縁な日本産シャコ類には以下のものがある。これらはかつては同じシャコ属とされていたが、20世紀末頃からそのうち数種が新たな2属に分類されるようになっている』。

Oratosquilla Mannin, 1968 シャコ属

 Oratosquilla kempi (Schmitt, 1931) ミナミシャコ

Oratosquillina Mannnig, 1995 シャコモドキ属

 Oratosquillina perpensa (Kemp, 1911) オキナワシャコ

Quollastria Ahyong, 2001 ニセシャコ属

Quollastria gonypetes (Kemp, 1911) ハヤマシャコ

Quollastria imperialis (Manning, 1965) テンノウシャコ

『シャコ類全体の分類についてはシャコ目#分類を参照のこと』。なお、『同じシャコと名のつく生物としてアナジャコ』(穴蝦蛄:十脚(エビ)目抱卵亜目アナジャコ下目アナジャコ上科アナジャコ科アナジャコ属アナジャコ Upogebia major )『などが挙げられるが、エビ類の1種でシャコ類ではない』とあった。

 なお、以下、淡水(私は汽水も対象候補に含めて調べた)域のグループであるが、異様に、海産エビの注が膨らんでしまったので、本文注の途中であるが、特異的に、ここで部分公開とする。★なお、河原田氏は次の段落以下の中で、以上の和名・異名を以って解説をしているが、私は、あくまで、この名前のみを以って、独自に種同定を行っている。或いは、そちらの河原田氏の説明で、私の種同定とは異なった種を指していることが判るかも知れない。その時は、追加注を追加する。

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