阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「震動」
[やぶちゃん注:底本はここから。句読点を附加・変更し、段落を成形した。]
「震動」 志駄郡相賀村《あふかむら》にあり。里人云《いふ》、
「當村に『ひろをさ』と云《いふ》小地名《しやうちめい》あり。此邊《このあたり》、大風雨《だいふうう》の時は、必《かならず》、土地、震動す。疑らくは、螺《にな/ほら/ほらがひ》などの、地中に潛《もぐ》るにや。
[やぶちゃん注:「志駄郡相賀村」現在の島田市の大字(おおあざ)である「相賀(おおか)」。ここ(グーグル・マップ・データ)。本文の「相賀」の読みの歴史的仮名遣「あふか」は、「ひなたGIS」の戦前の地図で、「相賀」(中央)、及び、北東の「上相賀」の「相」にのみ、わわわざ『アフ』と振っていることに従った(但し、ウィキの「相賀(島田市)」を見ると、「町名の由来」に『大鋸(おおが)の意で、木挽職人が多く住んでいたことに由来する』とあることから、本来は「おほが」であったものが、ずっと昔に、漢字表記を変更したことから――思うに、木挽き職人自身が、ゲン担ぎで職名と同じにすることを嫌ったためと推理する――かくなったものと推定出来る)。平凡社「日本歴史地名大系」の「相賀村 おおかむら」に拠れば、『静岡県:島田市相賀村』『現在地名』『島田市相賀』とし、『伊太(いた)村の北、大井川左岸に接する。大部分は山地で、中央を相賀谷(おおかや)川が南流し』、『大井川に合流している。大井川は』、『古くは』、『相賀山と地脈の続いている牛尾(うしお)山』(「ひなたGIS」のここの中央の、国土地理院図の111.6の三角点があるのが、そこである。「グーグル・マップ航空写真」が一番判り易い。新東名が横断し、山頂東北部分が削られて平地化してしまっている)『の北西の岸を通っていたが、天正一八年(一五九〇)』、『流れが東に変わり、相賀の本郷を通るようになったという(「駿河記」など)。文明八年(一四七六)四月吉日の鐘銘写(御伽藍明神社旧蔵)に「志駄郡相賀村」とあり、当村鎮座の御伽藍(おがら)明神社』(確認出来ない)『に住人の則時らが鐘を寄進した。』とあった。
「ひろをさ」これは、思うに、近現代にたまさか存在した、この広域の村名「大長(ひらをさ)村」の、江戸時代以前の原型地名であろうと思われる。ウィキの「大長村(静岡県)」(但し、読みは「おおながむら」である)に拠れば、『1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、相賀村、神座村、鵜網村、伊太村が合併して大長村が発足』し、『1955年(昭和30年)1月1日 - 島田市に編入。同日大長村廃止。』とある。ともかくも、ここで言っている「ひろをさ」は、逆に、この「相賀村」の中の特定限定地区であったのである。この「相賀」は「ひなたGIS」の戦前の地図を見るに、相賀谷川の上流は山間で住居は疎らであるから、まさに、偶然だが、その「大長村」と記されている辺りが、その特異震源勃発地域と考えてよいであろう。
「疑らくは、螺などの、地中に潛るにや。」奇異に思われるだろうが、地震を起こすのは、鯰(なまず)以外にも、知られる元凶は、
「螺」=「法螺貝(ほらがい)」= 軟体動物門 Mollusca 腹足綱 Gastropoda 新生腹足亜綱 Caenogastropoda ヤツシロガイ上科 Tonnoidea ホラガイ科 Charoniidae ホラガイ属ホラガイ Charonia tritonis
なのである。
しかも、これは、本邦の民俗社会では、よく語られている話なのである。私も多数の怪談・民俗学テクストの電子化注で親しく接触している。忘れられないのは、私の、このブログ・カテゴリの初回である「怪奇談集Ⅰ」(二〇一六年起動・千件満杯)の巻頭を飾った「佐渡怪談藻鹽草」である。例えば、
や、
等である(Unicode導入以前で正字不全はお許しあれ)。他に、
も大いに参考になる。他に、
にも、チラっと、出る。
も、いい。]
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