河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その1)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。なお、表題は「乾貝《ほしがひ》並《ならびに》貝柱《かひばしら》の說《せつ》」と読んでおく。東洋文庫版では「並」に「ならび」と独自に振るが、採らない。]
(八)乾貝並貝柱の說
本邦の河海(かかい)に產する介類(かいるゐ[やぶちゃん注:「介」は「かい」で正しい。後注参照。])は、其數(そのかず)、一千餘(よ)、其中(そのうち)に於て、內國人の食用とする者、七十餘(よ)種(しゆ)あれども、乾製(かんせい)して販賣する者は、四十餘。又、淸國へ輸出するものは、僅かに、十五、六種に過(すぎ)す[やぶちゃん注:ママ。「ず」。]して、其中(そのうち)、柱(はしら)をとり、製出(せいしゆつ)する者は、五、六品(ひん)なり。今、此編は、淸國へ輸出するものを纂輯(さんしう)す。卽ち、其品類を擧(あぐ)れば、乾揚卷(ほしあげまき)、乾馬刀(ほしまて)、乾胎貝(ほしいかい[やぶちゃん注:「いかい」はママ。以下、「貝(かい)」のルビは多出するが、注は附さない。])、乾蛤(ほしはまぐり)、乾蜊(ほしだこ)、乾汐吹貝(ほししほふきかい)【九州にて「うばかい」と云ふ。】、乾鳥貝(ほしとりかい)、乾姥貝(ほしうばかい)、乾尾斧貝(ほしをおのかい)、乾帆立貝(ほしほたてかい)、乾蠣(ほしかき)【以上、貝肉《かひにく》全體を乾《ほ》すもの。】、板良介柱(いたらかいばしら)、板屋貝柱(いたやかいはしら)、帆立貝柱(ほたてかいはしら)、玉珧貝柱(たいらぎかいはしら)、馬軻貝柱(ばかかいはしら)【以上、介肉柱《かいにくばしら》。】)等《とう》なり【但(たヽし[やぶちゃん注:「ヽ」はママ。「ヾ」の誤記・誤植。])、乾鮑(ほしあわひ[やぶちゃん注:「あはひ」ママ。])は、特有のものなるを以て、別に之を分(わか)てり。】。
[やぶちゃん注:「介類(かいるゐ)」サイト「NHK放送文化研究所」の「最近気になる放送用語」の「魚介類? 魚貝類?」(執筆者は「メディア研究部・放送用語」担当の塩田雄大氏である。この方はNHK放送文化研究所主任研究員で、学習院大学文学部国文学科卒業、筑波大学大学院修士課程地域研究研究科(日本語専攻)修了後、「日本放送協会」(NHK)に入局し、「NHK日本語発音アクセント辞典 新版」などに従事された人物である)に、『まず「魚介類」についてお話しします。「介」という漢字は、よろいをつけた人の形を文字にしたものです。この「よろい」という意味が転じて、「介」の字は堅い甲羅を持つ生き物(貝、エビ、カニなど)を指すようになりました。そこから広がって、「魚介類」は魚類および貝類、エビ、カニだけでなく、甲羅のないイカ、タコ、ウニ、ナマコなども含めた水産物全般(ワカメなどの海藻は除く)の「総称」として定着しました』。『次に「魚貝類」について説明します。「貝」という漢字は、音読みは「バイ」、訓読みが「かい」です。ですから、漢字3つとも音読みで統一するとすれば「魚貝類」は「ギョバイルイ」と読むことになります(なお「魚貝(ギョバイ)」ということばは、昔の史料には出てきます)。「魚貝類」を「ギョかいルイ」とするのは「重箱読み」というあまり一般的でない読み方で、おそらく「魚介類」の「介(カイ)」を「貝(かい)」と混同したものだと思われます』[やぶちゃん注:「介」の訓は「たすける・すけ」であるが、ここで筆者は「介」の「カイ」の音を「貝」の訓である「かひ(かい)」に誤って当てたものと断じているのである。]『また、厳密な意味で言えば「魚貝類」だと魚類と貝類しか指さず、エビやカニは含まれないことになってしまいます』。『「総称」として使う場合は「魚介(ギョカイ)類」、魚類と貝類のみを指す場合には「魚貝(ギョバイ)類」、というように使い分ける方法もあるかもしれませんが、「魚貝(ギョバイ)」ということばは放送で使って通じるほど一般的なことばとは言えません。後者の場合にはむしろ「魚と貝」などとはっきり言ったほうがよいでしょう。』とあった。
「乾揚卷(ほしあげまき)」これは、
軟体動物門斧足(二枚貝)綱異歯亜綱Heterodontaマルスダレガイ(丸簾貝)目マテガイ(馬刀貝)上科ユキノアシタガイ(雪の朝貝)科アゲマキガイ(揚げ巻貝)属アゲマキガイ Sinonovacula constricta
の身を乾した製品を指す。後述される中項目「乾揚卷」と、続く――★全くの別種由来である「乾馬刀」――を、河原田氏は、しっかり分離独立して、正しく解説しているので、安心である。何故、わざわざ、かく述べたのかと言えば、
現代でもアゲマキガイとマテガイを地方名の中で、混淆しているケースが生きているから
である。いや、問題なのは、
流通名としても、アゲマキガイをマテガイ・マテと呼称している事例も、実際にあるからである。種の解説は、「乾揚卷」の項で詳しく解説する。
「乾馬刀(ほしまて)」これは、
マテガイ上科マテガイ科マテガイ属マテガイ Solen strictus
の身を乾した製品を指す。前注で示した通りで、後の「乾馬刀」で詳しく解説する。
「乾胎貝(ほしいかい)」これは、古くから「いかひ」と呼ばれてきた種で、斧足綱翼形亜綱Pteriomorphiaイガイ(貽貝)目イガイ科イガイ属イガイ Mytilus coruscus である。同じく、後の「貽貝」で詳しく解説する。
「乾蛤(ほしはまぐり)」言わずもがなで、
異歯亜綱マルスダレガイ科ハマグリ亜科ハマグリ Meretrix lusoria
の乾し製品である。後の「蛤」で詳しく解説する。
「乾蜊(ほしあさり)」名をし負うは、
マルスダレガイ目マルスダレガイ科アサリ亜科アサリ属アサリ Ruditapes philippinarum
の乾し製品であるが、
同属のヒメアサリ Ruditapes variegata
も含まれる。後の「乾蜊」で詳しく解説する。
「乾汐吹貝(ほししほふきかい)【九州にて「うばかい」と云ふ。】」私は、原料は、
マルスダレガイ目バカガイ(馬鹿貝)科バカガイ属シオフキ(潮吹)Mactra veneriformis
と認識している。当該ウィキは「シオフキガイ」を標題正式和名として、本文で『シオフキとする文献もある』とするが、私は、「BISMaL」の「シオフキ」に従い、正式和名とすると考えている。後の「乾汐吹」で詳しく解説する。
「乾鳥貝(ほしとりかい)」この原料は、
マルスダレガイ目ザルガイ(笊貝)科ワダチザル(轍笊)亜科トリガイ(鳥貝)属トリガイ Fulvia mutica
である。後の「鳥貝」で詳しく解説する。
「乾姥貝(ほしうばかい)」この原料は、
異歯亜綱バカガイ科ウバガイ属ウバガイ Pseudocardium sachalinense
である。後の「姪貝」で詳しく解説する。但し、そちらの中項目も、本文も「姪貝(うばかひ)」となっているのだが、「姪」を「うば」と読むケースを私は、全く、知らない。いろいろ調べたが、ウバガイに「姪貝」を当てるものは存在しないのである。国立国会図書館デジタルコレクションの検索をする中で、これは、
✕「婬貝」=イガイ(貽貝)目イガイ科イガイ属イガイ Mytilus coruscusを勘違いしたもの
と断言出来ることが判った。それは、そちらで詳細に検証する。
「乾尾斧貝(ほしをおのかい)」これは、漢字の当て字が災いしている。後述の「尾斧貝」で、「本朝食鑑」に『白貝』『(しらかひ)』『の字を於保乃貝と訓(よま)めしめ、又、尾斧貝(ををのかひ)の字を以てす』とあるのだが、これは「大野貝(おほのかひ)」が正しい。即ち、
異歯亜綱オオノガイ目オオノガイ亜目オオノガイ超科オオノガイ亜科オオノガイ科オオノガイ属オオノガイ亜属オオノガイ Mya (Arenomya) arenaria oonogai
である。後の「尾斧貝」で詳細に解説する。
「乾帆立貝(ほしほたてかい)」この原料は、ご存知、
翼形亜綱イタヤガイ(板屋貝)目イタヤガイ上科イタヤガイ科 Mizuhopecten 属ホタテガイ Mizuhopecten yessoensis
である。「乾帆立稭並貝柱」で詳細に解説する。
「乾蠣(ほしかき)」言わずもがなの、私の大好物であるが、タクソンは、
翼形亜綱カキ目イタボガキ亜目カキ上科イタボガキ科 Ostreidae
で止(とど)めねればならない。それだけ、原料となる食用種は複数あるからである。後の「乾蠣」で詳細に解説する。
「板良介柱(いたらかいばしら)」原料は、
翼形亜綱イタヤガイ(板屋貝)目イタヤガイ上科イタヤガイ科 Pectinidae
である。後の「板屋貝柱」で詳細に解説する。
「帆立貝柱(ほたてかいはしら)」原料は、ご存知、
イタヤガイ目イタヤガイ上科イタヤガイ科ホタテガイ属ホタテガイ Mizuhopecten yessoensis
である。後の「帆立貝並貝柱」で詳細に解説する。
「玉珧貝柱(たいらぎかいはしら)」原料は、
イガイ目ハボウキガイ科クロタイラギ属 Atrina
である。本来なら、種で示すところだが、近年のアイソザイム分析で複数種に分かれているからである。その辺りも含め、後の「玉珧介柱」で詳細に解説する。
「馬軻貝柱(ばかかいはしら)」原料は、
異歯亜綱バカガイ(馬鹿貝)上科バカガイ科バカガイ属バカガイ Mactra chinensis
である。
★ところが、後には、「馬軻貝」或いは「馬軻貝柱」の立項がない。されば、ここで注するしか、ない。私のものでは、「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」の「ばかがひ おふのがひ 馬鹿貝」が、かなり民俗学的注にリキを入れて作ってあるので見られたいが、ここでは、当該ウィキを引く(注記記号はカットした)。漢字表記は、他に『破家蛤、馬珂蛤』を挙げてあり、『東南アジアから東アジア南部にかけての浅海に分布する。ミナトガイ、シオフキガイ、また地方によってはウバガイとも呼ばれる』。『関東地方では、アサリやハマグリなどと並んで食用としてなじみ深い貝であり、日本語では、「食用加工品となった状態の軟体部位全体」を指して、『青柳(あおやぎ、アオヤギ)』とも呼ぶ(生物の名前ではない)。季語、三春』。『和名の「バカガイ」の名の由来については諸説あ』り、
・『外見はハマグリに似ているものの、貝殻が薄く壊れやすいことから「破家貝」として名付けられたとする説』。
・『いつも』、『貝の口をあけてオレンジ色をした斧足(ふそく、筋肉による足)を出している姿が、あたかも口を開けて舌を出している「馬鹿」な者のように見えたとする説』(貝類収集家である私はこの説が最もしっくりくる)。
・『一度に大量に漁獲されることがあるので、「『バカ』に(「非常に、凄く」の意)多く獲れる貝」の意でその名が付いたとの説』。
・『たくさん獲れた地域の名「馬加(まくわり)」(現在の幕張)を「バカ」と音読みし、「バカ貝」と呼ばれるようになったとする説』。
・『馬鹿がハマグリと勘違いして喜ぶ様から馬鹿が喜ぶ貝という意味であるとする説』。
・『蓋を閉じずに陸に打ち上げられて鳥に食べられてしまうことなどの行動から「バカ貝」と呼ばれるようになったとする説』。
・『頻繁に場所を変える「場替え貝」から来ているとする説』。
等がある。『殻長は8cmほどで、殻は薄くてもろい。殻の外側は黄褐色の殻皮を被り、肉色を帯びた灰白色で、後端部は淡紫色をしている』。『ベトナム、台湾、中国南部、朝鮮南部、日本(主に北海道から九州)など、東南アジアから東アジア南部にかけての浅海のうち、内湾の砂底に棲息する』。『産卵は2- 9月の長期にわたって』おり、『徐々に行われる』。『斧足は』、『ヒトデなどの外敵から身を守るために砂の中に潜るのに使われる。潜る速さはアサリ』や『ハマグリに比べて最も速い。また、斧足を使ってのジャンプを繰り返すことで外敵から逃げることが可能である。ハマグリは殻を強く閉じて身を守るが、バカガイは閉じる力は弱いため、逃げのびて身を守る方法をとっているのである』。『寿司の種としては「青柳(あおやぎ、アオヤギとも記す)」と呼び、全国的にも広く認知されるようになっている。この名は「馬鹿貝」とも解せるものを寿司ネタとして供したり、品書きに表したりすることを嫌った江戸時代の江戸前寿司の職人が、当時の江戸周辺地域におけるバカガイの一大集積地(一手に集めて出荷する場所)であった上総国市原郡青柳(現・千葉県市原市青柳二丁目)』(現在は、海側にコンビナートが林立し、昔の面影がないので、「ひなたGIS」の戦前の地図附きをリンクしておいた)『青柳が、バカガイの集積地であったことに由来するとされる)。)『の地名に代表させて、これを雅称として呼び代えたのが』、『始まりである。貝の足の部分がヤナギの葉に似ていることからアオヤギと名付けたという説もある』。『したがって、「青柳」は貝殻を取り除いた軟体部位全体を指す語であり、必ずしも「バカガイ」の別称とは言えない。なお、市原市青柳の海岸は埋め立てられて京葉工業地域となっているため』、『現代では』、『バカガイを扱っておらず、関東圏における現代のバカガイの集積地は千葉県富津市となっている。1970年代中盤に入って』、『水質の悪化に弱いアカガイが減少すると、関東圏の寿司屋ではブームと呼べるほど』、『バカガイの引き合いが増え、兵庫県淡路島から出荷された』。『閉殻筋(貝柱)を選り分けたものは「小柱(こばしら)」又は「あられ」、斧足の部分のみにされたものは「舌切(したきり)」と呼ばれる。青柳や舌切は握り寿司やぬたなどに、小柱は掻き揚げや釜飯、軍艦巻きや』、『かけそばの種などにされる。水中に棲息するため、酸欠に弱く砂抜きができないため、身全体は食べられない(ただ、日本のバラエティ番組『所さんの目がテン!』が行った実験では、海水に浸けたバカガイにエアーポンプで空気を送り、砂抜きに成功。身全体を食べることができた)』(私は嘗つて行きつけの金沢文庫の寿司屋で、大将が出して呉れたが、非常にうまかった)。『初期の深川めしはアサリでなく』、『バカガイを使用していた』。『干物にしたものは珍味として珍重されている。干物については、むき身をそのまま乾燥させたものは「桜貝」(さくらがい)、斧足を引き伸ばして乾燥させたものは「姫貝」(ひめがい)と呼ばれる』(孰れも、美味い!)。『千葉県の郷土料理ともなっている「なめろう」や「さんが焼き」にも使用されることがある』。『貝を』、『できるだけ広い容器で普通に砂抜きをした後、さらに鍋に熱湯を沸かし』、『塩を少々』、『入れ、軽く』、『湯がく。口を開いたら、すぐ打ち上げて』、『一粒ずつ』、『指で』、『砂がたまった部分を取り除く。この状態で食べることも可能』である。『夏目漱石』の「吾輩は猫である」に』『行德(ぎやうとく)の俎(まないた)』『という言葉が登場しているが、これは、バカガイの産地であった行徳(現.千葉県市川市行徳)のまな板はバカで擦れている(人ずれしている)という地口である』とあった。
「但(たヽし)、乾鮑(ほしあわひ)は、特有のものなるを以て、別に之を分(わか)てり。」これは、別に「上卷(四)乾鮑の說(その1)」から始めて、「(その15)」で既に電子化注を終えているので、そちらを見られたい。]
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