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2026/05/28

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「楚世乃木」

[やぶちゃん注:底本はここから。句読点を附加・変更し、段落を成形した。]

 

 「楚世乃木《そよ の き》」 志駄郡《しだのこほり》上藤川村にあり。里人《さとびと》云《いふ》、

「當村より、藁科川《わらしながは》の奧、洗澤《あらひざは》と云《いふ》所へ山越《やまごえ》する途中、『まぢの橋』より、數百步登りて、路《みち》の左の側《かたはら》に、一奇樹《いちきじゆ》あり。目通《めどほ》り、三、四尺、回《まは》り、上《うへ》、二、三間《げん》のびて、四方に、枝を、たれ、其枝、十二、三本、地下に入り、根を生じ、また、身、木となり、枝葉を繁生す。其名を『そよの木』と云《いふ》。若《もし》、此《この》枝葉を折《をる》者あれば、果して、惡病《あくぎやう》を受く。云云。」。

 

[やぶちゃん注:先に、地理的な全体の位置を示す。

「上藤川村」ウィキの「志太郡」に拠れば、『東川根村 ← 藤川村、青部村、田代村、桑野山村、梅地村、上岸村(現・榛原郡(はいばらぐん)川根本町(かわねほんちょう)』とある(「上藤川」はない。江戸時代にあったらしい)。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「藁科川」ここ(グーグル・マップ・データ)。

「山越する途中」まず、後の「洗澤」を示すと、「ひなたGIS」のここである。「藁科川の奥」で「山越する」というのは、現在の国道362号のルートが、かなり同じ範囲内で、曲がり方も一致する箇所が多い感じがする。そこで、「ひなたGISで戦前の地図で「藁科川」を右下に配すと、その「山越する」箇所(登り口)は「八幡」から東北へ走る(藁科川から分流する「黑㑨川」が、そのルートに遡上する)山道(相応に既に開けてある道路ではある)を登ると、「洗澤」(左上辺)に至ることが判る。

「まぢの橋」これが重要なポイントなのであるが、これは、現在、国道に「馬路大橋(まじおおはし)」として、その名を残しているものの、現在のそれは、ここ(グーグル・マップ・データ)で、この山道をずっと上ってしまい、「洗澤」を遙かに越えてしまっており、「ひなたGIS」で示すと、ここである。

 しかし、本文をよく読むと、必ずしも、「まぢの橋」が「洗澤」より前だと限定的・断定的に言っているわけではない。

 そこで、戦前の地図を拡大して見ると、まさに現在の「馬路大橋」と同じ位置に、「藤川」「小長井」と並置した部落から遡上する川があり、そこを旧山道が、その川を横切っていることが判り(馬路大橋より約四百メートル下流)、そこをさらに拡大すると(★ここ!★)、辛うじて戦後の地図でも、「地図記号」の「道路橋」(「地図地理芸人小林さんのコラム」 の「道路や線路の地図記号」の「道路橋」の図像を見よ)が確認出来るのである!

 而して、この橋から「數百歩の左」に「そよの木」はあると言っているが、「ひなたGIS」の地図を見ると、山道は、等高線の端に沿って続いているから、ここは、まだ、「登りて」でもおかしくない。「數百步」は、一般に百歩は60メートルから80メートルである。通常、私は「數」という時には、六掛けするが、ここは山道であるから、四掛けにすると、240メートルか320メートルとする。されば、すると、概ね、

★「そよの木」は「ひなたGIS」の地図のこの辺りにあった

と言ってよいと思われる。

「そよの木」恐らく、

バラ亜綱ニシキギ目モチノキ(餅の木・黐の木)科モチノキ属ソヨゴ(戰・冬青) Ilex pedunculosa

であろうと思われる当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、『常緑小高木。別名フクラシバ、ソヨギ、フクラモチ、ウチダシソヨゴ』。『和名ソヨゴは、風に戦(そよ)いで葉が特徴的な音を立てる様が由来とされ、「戦」と表記される。常緑樹で冬でも葉が青々と茂っていることから「冬青」の表記も見られる。「冬青」は常緑樹全般にあてはまることから、これを区別するために「具柄冬青」とも表記される。中国植物名でも、具柄冬青(刻脈冬青)と表記される。常緑で、木いっぱいに葉が茂り、風にそよぐと金属音を立てることら、ソヨゴと名付けられたといわれている』。『フクラシバの別名は葉を加熱すると内部で気化した水蒸気が漏出することができず、葉が音をたてて膨らみ』、『破裂することから「膨らし葉」が語源とされる』。『学名のIlexはセイヨウヒイラギの古代ラテン名で種小名の pedunculosaは、花柄がある、という意味』。『中国、台湾および、日本の本州(関東地方以西)、四国、九州(屋久島以北)に自然分布する。本州における分布の北限は新潟県と宮城県である。山地や山間部によく見られる。人の手によって、庭などに栽培もされる』。『常緑広葉樹の小高木で、樹高は3 - 7メートル』『ほどで、高くなると10 mほどになる。株立ちで多く枝分かれをする樹形になる。樹皮は灰褐色で』、『ほぼ滑らか、一年枝は褐色を帯びる』。『葉は互生し、葉身は長さ4 - 8 cmの卵状楕円形、やや革質、光沢があってのっぺりした外見を持つ。表面は明るい緑で滑らか、裏面はやや白く中肋が突出する。葉縁は全縁で滑らかだが、波打つのが特徴である。葉には、1 - 2センチメートル』『と長めの葉柄がある。雌雄異株で、春から芽吹いた新梢の葉のつけ根から花序が伸び、5月から7月に、雄花・雌花共に径4ミリメートル』『ほどの小さな白い花が咲く。花は、はっきりした花柄がついて、本年枝の葉の付け根につく。雌花は葉腋に1 - 3個付き、雄花は集散花序に多数まとまって咲く』。『果実は直径7 - 8 mmほどの球形の核果で、3 - 4 cmの果柄があってぶら下がってつき、はじめは緑色をしているが』、『10 - 11月に赤く熟す。果柄は途中に苞葉の落ちた跡がある。雌株であっても、近くに雄株が無ければ結実しない。モチノキやクロガネモチのように果実が多数密生することはない』。『冬芽は葉の基部につき、頂芽は側芽よりも大きく、頂芽は長卵形で暗紅紫色をしている』。『根は浅く張るために、大きく成長すると台風などによって倒れやすい』。『果実が黄色くなるものを』

品種キミノソヨゴ Ilex pedunculosa f. aurantiaca

『という。また、長野県には茎が這って根を出し、葉は細長くて鋸歯が出る』

変種 タカネソヨゴIlex pedunculosa var. senjoensis

『がある』。『日本にはモチノキ属のものが他にもあるが、多くは短い柄を持つ果実を密集してつける。しかし』、

クロソヨゴIlex sugeroki

『は』、『やはり長い柄を持つ果実をつけ、葉の形などもやや似ているが、葉に鋸歯があり、全体にやや小さい。枝が黒っぽい』。以下、「利用」の項。

『葉に赤い実を吊り下げる姿が好まれ、庭木として人気があり、公園木や庭木として植栽もされている。シンボルツリーとするほか、生け垣や目隠しとして列をなして植えられる。緑と赤い実が楽しまれ、常緑樹にしては寒さや日陰に強く、北側の緑地や中庭などにも利用でき、成長の遅い樹として重宝される』。『堅く緻密な材質ゆえ木からはそろばんの珠や櫛の材料に使われる。また手斧など工具の柄に使われることも多かったことから「具柄冬青」と書かれるようになった。葉にタンニンが多く含まれていて、褐色(オレンジ色)の染料に利用されている。他のモチノキ科と同じく樹皮から鳥もちを採るのにも使われた。このほか、常緑広葉樹としてはかなり北方まで生育するため、サカキの生育しない長野県などのやや寒冷な地域において、榊の代用として神事に使用されることがある。』とあった。なお、民俗学的には、「風に戦(そよ)ぐ」涼しげな葉音や、「冬青」とも呼ばれるように、冬でも青々とした常緑の姿から、古くから「神聖な力(神気)が宿る木」として信仰されてきた特性があり、この話も、それと関係があると思われる。

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