河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その9) 図版3
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。この図版類は、特に思いがあって、清拭に渾身の努力をかけた。それに就いては、「その7」の図版初回の冒頭注を、必ず見られたい。]
【図版3】
■「せいがあし」
「琉球産。」
[やぶちゃん注:『宮古島市総合博物館紀要』第28号(二〇二四年発行)の仲地邦博氏の「池間島の動物方言」(PDF)を見ると、「十脚目Decapoda」の「クルマエビ科Penaeidae」の 「4.クルマエビMarsupenaeus japonicus 」に『サイ(シャイ) エビ類の総称。大型で美味。』とあった。ここで、解説に『エビ類の総称』とするものの、頭でクルマエビを挙げておられ、「セイ」と「サイ」の類似性から(沖縄方言は、島ごとにかなり異なり、語の終りの長音化されたものは、実際には、いろいろに変化して聴こえ、また、文字表記しようとすると、かなり異なったものになり易い)、クルマエビとして差し支えないと私は思う。本図を見るに、形状はクルマエビである。ただ、背部の縞文様が尾方向の各節に及んでいないのが、気になるが、鮮度が落ちた個体は縞が薄く白くなってしまうので、まず、クルマエビ Marsupenaeus japonicus と同定してよいと思われる。]
■「しらさゑび」
[やぶちゃん注:「しらさゑび」これは、注意が二重に必要で――✕抱卵亜目テナガエビ科スジエビ属シラタエビ Exopalaemon Holthuis ――ではない。
この「しらさゑび」は、実は東洋文庫版の後に表で図のキャプションを活字にしているのだが、そこでは、『しらたゑび』としている。
★しかし、実は、崩し字では、「さ」をぞんざいに書いたものは、「た」の崩し字にそっくりなのだ。私も、ちょっと迷ったぐらいである。というより、「しらさゑび」と最初に判読しかけて、以下に述べるように、『シラタエビは、こんな色・形状じゃあねえゾ!』と一人グチたので、誤りをせずに助かって『しらさゑび!』と快哉を得たのだった。
即ち、この図は、
個体の色調(シラタエビは生体では透明、死ぬと白くなり、このような縞紋は全く生じない)、及び、額角(がっかく:頭胸甲の前端中央から前方に突き出した角状の突起)がはっきりと描かれていることから、クルマエビに次ぐ中形の高級エビである、
クルマエビ科ヨシエビ属ヨシエビ Metapenaeus ensis
であると、エビの神様に正しく導かれたのであった!]
■「てながゑび」
[やぶちゃん注:これは、
十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目コエビ(小蝦)下目テナガエビ(手長蝦)科テナガエビ亜科テナガエビ属Macrobrachium
であることは間違いない。但し、産地が書かれていないこと、私はテナガエビ属には詳しくないことから、この図から種を同定することは不可能である。同属種に就いては、「(その4)」の私の注で、本邦産の種を掲げてあるので、見られたい。或いは、専門家であれば、この図で、判別出来る方がおられるかも知れない。その場合、御教授戴ければ、「恩倖、之に過ぎたるは莫い。」。]
■「しばゑびのるい」
「尾州産。」
[やぶちゃん注:「るい」の「い」はママ。かく「類」と言っているが、「しばえび」は、○クルマエビ科ヨシエビ属シバエビ Metapenaeus joyneri 一種以外には存在しない。
しかし、「BISMaL」の「ヨシエビ属」を見ると、種として、全七種(うち、和名のない種三種を含む)が以下のように掲げられてある。無論、本刊行当時には、以下のような種は本邦では認識されていなかった。というより、実は驚くべきことに、「ヨシエビ」に相当する名さえ、本書には記載がないのである。
Metapenaeus affinis
Metapenaeus ensisヨシエビ
Metapenaeus intermedius トサエビ
Metapenaeus joyneri シバエビ
Metapenaeus lysianassa
Metapenaeus moyebiモエビ
Metapenaeus philippii
以上の和名のある三種を、画像で生体(ヨシエビは茹でた個体も見た)を確認したが、素人目でみても、シバエビとの決定的な違いを見出せなかった。また、複数のサイトで、シバエビとの差異を見つけ難いと述べてあった。されば、
◎この別種である和名なしの物も含めて六種全部も、候補として示さざるを得ない
ことになるのである。
「尾州産」旧尾張の三河湾は、現在もシバエビの産地として有名である。]
■「たゑび」
[やぶちゃん注:これは、「(その4)」の「たゑび」の注を、先ほど、追加しておいた。以下に示す。
*
『たゑび』これは、「田蝦」であるから、蘭山の記載順序から言うと、前の前のテナガエビに吸収されるものと断ずる。御仁によっては、「淡水エビのうち、田圃、及び、その用水路に棲息する淡水エビの総称、さらには、河川・小川・淡水の池沼等に棲息する淡水エビを総括している呼称とも採れるんじゃないか?」と物言いする向きがあろうが、本草家である蘭山が、ここで、そんな十把一絡げの広域一般の、その名を、ここに出すというのは、逆立ちしても、あり得ないと私は思うのである。ただ、以下の記載が、だんだんにテナガエビらしきものでない淡水エビに移っている事実はあるから、論理的には――絶対にあり得ない――とは言えない。しかし、それでは、蘭山の種比定の作業そのものが、全く無化されてしまうことになるので、ここは、一つの閾(しきい)として、かく判断しておく。⋯⋯但し、エビ類専門家でも何でもない河原田氏は、この「たゑび」を淡水エビの総称と考えている事実は、蘭山をお手軽に剽窃する中で、大間違い乍ら、そう考えていると断言出来る。その証拠は、図版の第三番目(左)の左中央下の三個体に「たゑび」としてあるのは、テナガエビではない、普通の淡水エビの図であるからである。
*
以上の通りで、この「たえび」(田鰕・田蝦:大型の種はいないから、私は「田海老」の漢字は用いたくない)三個体は、テナガエビではない。それらの種を比定する気はない。この程度の、小さな図では、それらを種同定する気は全くないこと(絵師は三個体の縞の様態を明らかに変えて描いているので、三種は別な種であることは明白である)、私は淡水エビの有象無象の淡水エビにはあまり興味がなく(小学生の時は、裏山(そこは藤沢市内)にあった農耕用溜池で盛んに獲ったことはある。それは、明らかに国内の淡水域に不通である節足動物門甲殻亜門軟甲綱(エビ綱)真軟甲亜綱エビ上目十脚目抱卵亜目テナガエビ科スジエビ属スジエビ(筋蝦)Palaemon paucidens であった。最早、とっくの昔に、溜池も田圃も完全に住居地区に変容してしまった)、詳しくもないからである。もし、同定出来る方は、御教授下さい。悪しからず。]
■「あをゑび」
「北海道
根室産。」
[やぶちゃん注:名称から「アオエビ」(青海老)の異名を持ち、産地が合致するものは、額角の反りが異様に弱いのがちょっと気になるが、未成熟、或いは、若い個体と断じて、
十脚目コエビ(小海老)下目タラバエビ(鱈場海老)科モロトゲアカエビ(諸棘赤海老)属ミツクリエビ(箕作海老)Pandalopsis pacifica
に同定出来る。和名は、私は、よく知っている「日本動物学会」の結成者であり、何より、「三崎臨海実験所」の創設者であった動物学者箕作佳吉(みつくりかきち 安政四(一八五八)年 明治四二(一九〇九)年)先生(この方は、私のような素人の海産生物フリークで知らない者は、まず、いないのである。カメ類の発生学・ナマコ類の分類で知られ、真珠養殖の貢献者でもあられた)に献名されたものである。種については、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見られたい。そこにも書かれてあるが、生体は鮮やかな草色を呈する。]
■「乾尺蝦《ほししやくえび》」
「岡山縣兒島郡《こじまのこほり》宇野津村《うのつむら》。」
[やぶちゃん注:「乾尺蝦」の「蝦」の字は「グリフウィキ」の「鰕」の異体字のこれだが、表示出来ないので、最も近い「𫙨」の字とした。これは、
甲殻亜門軟甲綱Malacostraca口脚(トゲエビ)亜綱Hoplocarid口脚(シャコ)目単楯亜目 Unipeltataシャコ上科シャコ科シャコ属シャコ Oratosquilla oratoria
で間違いない。この「乾尺蝦」は、今は見馴れない漢字表記だが(AIも、そう答え、シャコではないと言っているが)、国立国会図書館デジタルコレクションの「水產學通論」(『水產學全集』第二十五卷)・谷川英一 等 共著・一九六六年恒星社厚生閣刊)のここ(左ページ上から十一行目:「煮乾品」のリスト内)に、『乾エビ』の『剝エビ』に、
『乾尺蝦(大蝦米)⋯シャコ』
とある。思うに、この三字の漢字表記は、中国語由来と推定される、但し、中国ではシャコに限らない、というか、エビ・エビ製品・エビ料理に汎用されていたのだが、この文字列が本邦の「シャコ」という呼称音声と、極めて一致を見ることによるものと思われる。
さても。シャコについては、「(その3)」で、詳細に注を附し、しかも、私の脱線話にも花を咲かせたのだったが、ここでも、図らずも! アップ・トゥ・デイトな事実があったので、お附き合い願うものである。
昨日、連れ合いが買い物に行き、帰ってきたところが、
「珍しいものを買ってきたよ!」
と笑いながら出したのが――何んと!
シャコそのままのボイルもの!
体長十三センチメートルの五尾!
だったのだ!!!⋯⋯私は、生きホヤや大きなマガキなどは、プロ級と自慢出来る程度に、かなりの種の海産生物を生(なま)から捌いた経験が何度もあるのだが――シャコの丸ごとのボイルもの――というのは、全くの未体験であった。幼少期より、大好きな「鮨だね」で、知識としては、「シャコ鋏(はさ)み」と呼ぶもので、バチバチと切らねばならない面倒なものだ、ということは知っていた。実際に、漁師さんが、小屋で処理している映像を見たこともあるのだが、いざ、「ボン!」と置かれて、実際に手にとって見た途端、「これはかなり手強い!」と連れ合いと知れず、呟いたのであった。幸い、もってこいのキッチンバサミがあったので、即座に、何も調べずに、やり出した⋯⋯
⋯⋯一本目には、崩れないように慎重にやったため、実に――十五分強――かかってしまった。しかし、コツが判ったので、その後は、かなりスムース、且つ、大して肉崩れさせずにやり遂げた。それでも、五尾総てを捌くのには――実に延べ三十分以上、かかった。
――味は――卵が総てに附いていて――私は、大いに舌鼓みを打ったのであった⋯⋯⋯⋯
「岡山縣兒島郡宇野津村」現在の岡山県倉敷市児島宇野津(こじまうのつ:グーグル・マップ・データ)。シャコの名産地として知られる。]
« 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その8) 図版2 | トップページ | 河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その10) 図版4 »


