立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 I 薊の花のすきな子に Ⅱ 虹の輪
[やぶちゃん注:この再起動版に就いては、初回の冒頭注(詳細なプロジェクトの経緯及びオリジナルな特徴を述べているため、かなり長い)を見られたい。過去にランダムに電子化注したものは、「虹の輪 立原道造」である。これは、現在の国立国会図書館デジタルコレクションの、昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いたもので、編者に拠る読みのルビが、多数、加えられてあり、歴史的仮名遣の道造の誤り(後述)も修正されてある。
今回の底本は、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いる。総標題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む)とあり、本篇はここで、編註はここである。それに拠れば、初出は『「文藝汎論」第60号 昭和11年8月号(8月1日刊)』とある。而して、その後に、『*初出副題は『夏への四つのプレリユウド』から」』であるが、その『副題の示す他の三篇は未詳である。』とある。さらに、『「文藝汎論」同年10月号の「各人各説』欄に立原の訂正文がある。「『虹の輪』がどうしたことか、第二聯の四行になる筈のところが一行にい組まれてをりましたので、ソネツトのやうに書いたのが、何か散文詩のあひのこのやうに見えました」(全文)」とあり、以下に『以上により、本篇の詩型は山本書店版第一巻に従った。』とある。この拠ったそれは、国立国会図書館デジタルコレクションのここからである。さらに、『第二聯第四行 初出ママ〈おののく〉』とある。「おののく」は「戰く・戰慄く」で歴史的仮名遣は「をののく」が正しい。最後に雑誌『文藝汎論』に就いて、『詩人岩佐東一郎によって創刊された』半『営業的月刊誌(創刊昭和6年9月・終刊19年2月)。』とある。
なお、この註にある未詳の「夏への四つのプレリユウド」は、一つの仮説に過ぎないが、これは、先行する「詩集 優しき歌 I 燕の歌」と、「詩集 優しき歌 I うたふやうにゆつくりと⋯⋯」と、「詩集 優しき歌 I 薊の花のすきな子に I 憩らひ ――薊のすきな子に――」の三篇のそれぞれの初稿に、これを加えて纏めた初期構想詩篇である可能性が、一番、あり得るのではないか? とも思われる。心情的には、その四篇のみを並べて、電子化して見たい欲求が強く生じているのだが、これは証拠が一切ないから、涙を呑んで、やめる。
なお、第二聯三行目の「刃金」の「刃」は異体字で、「刅」の右側の「ヽ」を除去した「グリフウィキ」のこれであるが、表示出来ないので「刃」とした。「刅」なら表示出来るのだが、私は生理的に、この異体字が極めて嫌いであり、また、「刅金」を素直に「はがね」と一瞬には読めずに戸惑う若い読者のことを考えて、「刃」としたものである。]
Ⅱ 虹の輪
あたたかい香りがみちて 空から
花を播き散らす少女の天使の掌が
雲のやうにやはらかに 覗いてゐた
おまへは僕に凭れかかりうつとりとそれを眺めてゐた
夜が來ても 小鳥がうたひ 朝が來れば
叢に露の雫が光つて見えた――眞珠や
滑らかな小石や刃金の叢に ふたりは
やさしい樹木のやうに腕をからませ おののいてゐた
吹きすぎる風の ほほゑみに 撫でて行く
朝のしめつたその風の……さうして
一日(ひとひ)が明けて行つた 暮れて行つた
おまへの瞳は僕の瞳をうつし そのなかに
もつと遠くの深い空や晝でも見える星のちらつきが
こころよく こよない調べを奏でくりかへしてゐた
[やぶちゃん注:「刃金」に違和感を感ずる読者は多いであろうから、一言言っておくと、これは、不安感覚の換喩である。この聯は、語りの推移がポジティヴなものから、ネガティヴなものへと、途中で、微妙に順々に変容していることに気づく。
「夜が來ても 小鳥がうたひ 朝が來れば」/「叢に露の雫が光つて見えた」と語り出しながら⋯⋯
⋯⋯しかし、そこには「――眞珠」のような幸せの期待があるように感じさせる⋯⋯と同時に、フラットな硬い冷たい質感覚を引き出す仕掛けが隠れている⋯⋯
⋯⋯「や」(小さいメタモルフォーゼのブレイク)を挟んで⋯⋯/素敵な「眞珠」ではない「滑らかな小石」へと、暗転の仕掛けを持たせてある。⋯⋯
⋯⋯この「滑らかな」は、一見、心惹く何かの対象の形容のようでありながら、⋯⋯
⋯⋯それは、逆に、何か「小石」の持つ――硬質でネガティヴな⋯⋯ふと⋯⋯知らず知らず⋯⋯躓(つまず)いてしまう「小石」へと感性上の暗がりへと移っていく⋯⋯
⋯⋯而して⋯⋯遂に――冷たい不吉な――触れれば、ぱくりと、傷を開かせる――恐ろしい「刃金」(はがね)へと⋯⋯朝の光を――鋭く――冷たく反射するもの、冷たく突き刺すイメージへと落ちてゆくのである⋯⋯
⋯⋯だからこそ「ふたりは」/「やさしい樹木のやうに腕をからませ」て、「おののいてゐた」のである。
さても、この――おののき――は、単なる恋人たちにありがちな漠然とした二人の恋の行方(ゆくえ)の不安感なんぞではない、と断言する。ここにあるのは、道造が宿命的に背負っていたと疑っている強迫性神経症症状、或いは、双極性障害(躁鬱病)に起因する漠然とした人生そのものへの無力感・不成就の虞(おそ)れ、芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」と同質のものであったと言ってもよいように、私は感じている。]
« 立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ 薊の花のすきな子に Ⅰ 憩らひ ――薊のすきな子に―― | トップページ | 立原道造「詩集 優しき歌」再起動版 詩集 優しき歌 Ⅰ 薊の花のすきな子に Ⅲ 窓下樂 »

