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2026/06/03

阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「朝比奈河奇」

[やぶちゃん注:底本はここから。句読点・記号を附加・変更し、段落を成形した。]

 

 「朝比奈河奇《あさひながはの き》」 志駄郡橫內村朝比奈河にあり。「駿河めぐり」云《いはく》、

『橫內村に朝比奈川あり。橋あり、橫內橋と云《いふ》。幅三十二間[やぶちゃん注:五十八・二メートル。]。此川の上《かみ》、八町[やぶちゃん注:八百七十二・七メートル。]ほど登り、岡部川と會《くわい》する處あり。其處を「落合《おちあひ》」と云《いへ》り。滿水の時は、卷《まき》て、巴《ともゑ》の形《かた》ちを、なす。世俗に、「朝比奈川の水は、右に渦《うづ》を卷《まき》て、巴の形をなして、朝比奈氏の紋を、あらはし、岡部川の水は、左に渦を卷て、左巴《ひだりともゑ》の形《かたち》をなし、岡部氏の紋をあらはす。」≪といひ傳ふ≫。云云《うんぬん》。』。

 奇成哉《きなるかな》。

 

[やぶちゃん注:「朝比奈河」「志駄郡橫內村」このロケーションは、前の「奇火」の注を見られたい。

「駿河めぐり」これは駿府一加番(駿河国は領主駿河大納言忠長が寛永八(一六三一)年に退転した後は、幕府の直轄領となり、駿府城には領主を置かず、城代・定番(じょうばん)の勤める番城となり、加番(定番の加勢役)を置いて、城外警備に当った。)であった松平縫殿(ぬいのかみ)定常の在任一年間に於ける、駿府近郷の巡見日記。国立国会図書館デジタルコレクションの「駿河めぐり(中川本)」(中川芳雄翻刻・解説/静岡英文印刷・一九六五年印刷)のここ(左丁の七行目からの一段落)寛政九(一六三二)年閏七月七日の条の内)で視認出来る。概ね、主文には問題ない。最後の「≪といひ傳ふ≫」は、それで補った。

『橫內村に朝比奈川あり。橋あり、橫內橋と云。幅三十二間。此川の上《かみ》、八町ほど登り、岡部川と會する處あり。其處を「落合」と云り。』「グーグル・マップ」ではここで、「ひなたGIS」ではここ。後者では、「横内」を赤でドットしてある。

「朝比奈氏の紋」同氏の歴史、及び、家紋は、ウィキの「朝比奈氏」を見られたい。家紋は「左三つ巴(ひだりみつともえ)」である(リンクは同ウィキの画像)。

「岡部氏の紋」。]同氏の歴史、及び、家紋は、ウィキの「岡部氏(藤原南家)」を見られたい。家紋は同じく「左三つ巴(ひだりみつともえ)」であるが、白黒が朝比奈氏とは逆転している(リンクは同ウィキの画像)。

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