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2026/06/21

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その8) 乾蜊

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。]

 

   乾蜊《ほしあさり》

乾蜊(ほしあさり)は淺蜊(あさりかい[やぶちゃん注:ママ。])を乾製したるものなり。此ものは「倭名鈔」に載せず。「大和本艸」に『淺利貝(あさりかひ)は小蛤(こはまぐり)なり。淺海(あさうみ)の沙中(しやちう)にあり。殼に縱の皺(しは)あり。から、薄し。文蛤(ぶんかう)より、小(しよう[やぶちゃん注:ママ。])にして、殼の膚(はだ)、祖-糙(あら)し。花文(くわもん)あるもあり、色々あり、形は同じ。淡黃(うすき)・紅(あか)・白(しろ)、三色(さんしき)交(まじ)る、あり。煑て食す。味(あじわひ[やぶちゃん注:ママ。])、淡美(たんび)なり。串にさして、乾して、遠(とほき)に寄(よ)す。味(あじわい[やぶちゃん注:ママ。])、淡き故(ゆへ[やぶちゃん注:ママ。])、性(せい)、かろし。他(た)の蛤(はまぐり)にまされり、とす。又、『波遊(はゆ)」、『あさり』に似て、殼、厚し。味(あじわい[やぶちゃん注:ママ。])、淡美、殼に花紋、あり、甚(はなはだ)、美なり。又、花紋(くわもん)なきも、あり。大(おほい)なるは、長さ一寸許(ばかり)、小蛤(こはまぐり)なり。』と、あり。亦、「本朝食鑑」に、『淺蜊は、形ち、小蛤(こはまぐり)に似て、殼、薄く、粗(そ)なり。魚家(ぎよか)、常に、多く、之を采(とり)て、民間日用の食に鬻(ひさ)ぐ。乾淺蜊は、竹串(たけくし)を用(もちひ)て、兩三箇(りやうさんか)を貫(つらぬ)き、日(ひ)に曝(さら)す。是れを『串淺蜊(くしあさり)』といふ。參・遠(みかは・とをとうみ)の守令(しゆれい)、之を貢獻す。』とあり。而して、全國沿海に產するも、乾製となすは、少なし。下總(しもふさ)にては、之を生(なま)のまヽ、網につけて、乾して、販賣し、東京市中には、年中(ねんちう)、之を賣るものなり。然(しか)るに、近年、肥前地方にて、乾製して淸國に輸出するものは、皆、煮乾(にぼし)にして、價(あたい[やぶちゃん注:ママ。])も貴(たつと)し。此ものは、潮吹貝(しほふきかい[やぶちゃん注:ママ。])に同じく、冬・春は、肉、あつく、殼付(からつき)七石五斗許(ばかり)を製して、乾蜊百斤を得(う)べく、夏月(かげつ)は、八石五斗以上にあらざれば、乾蜊百斤を得ず。價ハ、明治十八年の十月百斤、八、九圓より拾圓の高價に至れり。

[やぶちゃん注:これは、無論、狭義には、北海道から九州の、潮間帯から水深十メートルの砂泥地に棲息する、

斧足(二枚貝)綱マルスダレガイ(丸簾貝)目マルスダレガイ科アサリ(浅蜊)属アサリ Ruditapes philippinarum Adams and Reeve,1850

であるが、当時(本書刊行は明治一九(一八八六)年)の漁師や仲買業者は、房総半島以南に分布し、潮間帯から水深五メートルの、外洋に面した岩礁域の岩・石などの間の砂地に棲息し、アサリよりも殻幅や外套膜の湾入が、若干、小さく、見た目の膨らみも弱い、

アサリ属ヒメアサリ(姫浅蜊)Ruditapes variegata Sowerby, 1852

を別種として認識していなかった、或いは、漁師にあっては、経験則から、物理的な違いは認識していても、別種とは思わず、十把一絡げにして「浅蜊」と認識していた可能性が高いから、並置するべきである。いや! 何より、流通では、現在でも、区別していないのである。因みに、ヒメアサリの学名命名は上記の通り、一八五二年で、これは嘉永五年である。無論、江戸時代の貝譜や本草書でも、この二種を区別したものは、当然、存在しない。例えば、私の『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 淺利貝(アサリ) / アサリ』の図の十個体を真正のアサリと認識出来るとは、私は、思わないのである。

以下、ウィキの「アサリ」を引く(注記記号はカットした。また、現状のデータは外した)。漢字表記は『浅蜊、蛤仔、蜊、鯏』で、『食用として重要な貝の一つである。広義にはアサリ属に属する二枚貝の総称で、日本でもアサリ以外にヒメアサリ(学名:  Ruditapes variegata )もアサリと呼ぶ場合が多い』。『俳句』で『は「三春」の季語』である。『日本の北海道から九州、朝鮮半島、台湾、フィリピンまで広く分布する。地中海(アドリア海とティレニア海)、フランス(ブルターニュ地方)、ハワイ諸島、北アメリカの太平洋岸に移入されている。汽水状態を好み、成貝は海岸の潮間帯から干潮線下10 m(メートル)ほどまでの、浅くて塩分の薄い砂』、或いは『砂泥底に分布する』。『底質の選好は、稚貝は底質の泥率8–30%、成貝は砂質か』、『泥質20–30%、水中の有機物量の目安となる強熱減量6–12%・化学的酸素要求量(COD)15–45 が目安とされている。稚貝は泥分の少ない底質を好む』。『最大殻長 6 cm(センチメートル)ほどになる二枚貝。貝殻の模様は横しまや』、『様々な幾何学模様など非常に変異に富み、色も黒無地、白黒、白茶、茶色無地、青無地、青白など多様で、同じ模様をした個体はいないほどである。北海道(主に東部)の個体は大型で、貝殻には目立った模様がなく、一様に黄褐色がかった色をしているが、稚貝期には』、『他地域のものと同様に』、『多様な殻模様をしており、環境の影響によって』は『一様な色になる』。『産卵時期は2回あり、春・秋が一般的である。産卵条件として親貝が10か月以上で、水温が春は19℃から24℃、秋は23℃から15℃程度で、かつ 20–25 mm』『以上の大きさ、そして肥満度が重要とされる。通常産卵と環境の変化に伴う産卵があり、雄が水中に精子を放出することによって雌が受精する。受精卵の大きさは直径 60–70 μm(マイクロメートル)である。10時間ほどで孵化して浮游幼生となる。浮游幼生は最初のトロコフォア幼生と』、『それ以降のベリジャー幼生に分かれる。ベリジャー幼生は』、『さらに』、『その形態により、D状期(90–130 μm)、アンボ期(130–180 μm)、フルグロウン期(180–230 μm)に分かれ、2–4週間で着底する。着底直後の稚貝は足糸を分泌して砂礫等に付着し、成長とともに足糸は退化する。その後、着底稚貝(200–300 μm)、初期稚貝(0.3–1 mm)、稚貝(1–15 mm)、初期成貝(15–25 mm)、成貝(25 mm 以上)と成長していく』。『成貝の大きさは』、棲む『場所により』、『大きく違いが出る。着底場所は地盤高が大潮干潮線から 0.6–0.9 m、流れが穏やかで渦流の生じやすい、干出時間が2時間以内の砂あるいは砂泥層が多く、着底してからの移動距離は小さく数 m 程度。また、浮遊幼生が植物プランクトンを餌にするのに対し、稚貝・成貝は珪藻類・デトリタス(有機懸濁物)等を餌としている。一般的に岸寄りでは餌不足のため、貝が団子状になり』、『丸く』、『貝殻も厚く、沖側では』、『薄く平べったくなり』、『成長も早くなる。したがって、沖側の個体は』、『貝殻が薄くなり』、『割れやすくなるが、その分』、『肥満度も増し』、『味も良好である』(私は沖縄修学旅行で初めて行った時に、食し、その美味さに驚き、それ以降、沖縄では、必ず、アサリ汁を戴くことにしている。)。『水温25℃を越えると』、『成長速度が鈍化する』。『典型的な貝殻の色は、白・褐色・青色・黒色・黒緑色と』、『多様な色彩と模様に富み』、『見た目は』、『大きく変化する。この色は Al とFe を含むタンパク質による2層構造の色素の濃淡と調色によって発現している。この色素のうち』、『青色は、鉄を含む酸性タンパクで、中性 pH 条件下で分子量 1万程度のサブユニットが 3個から4個会合した状態で存在していると分析されている。白色個体の多くは』、『左殻後縁に黒い部分があり』、『非対称模様である。この非対称模様は遺伝性で優勢形質であることが明らかにされている』。『日本や朝鮮半島南部では』、『古くから食用とされ、貝塚などから数多くの貝殻が出土する』。『現在では潮汁や味噌汁、深川めしの具、酒蒸し、和え物、しぐれ煮とするほか、ヴォンゴレスパゲッティやクラムチャウダーの具などにも用いる。ビタミンB1を破壊する酵素であるアノイリナーゼを含むため、生食には向かないとの見方もあるが、伝統的にポルトガルやチリなどでは』、『生で賞味されている』。『着底後は』殆ど『移動しないという生態のため』、『貝毒が蓄積されていることがあり』、昭和一七(一九四二)年三月から昭和二五(一九五〇)年に発生したアサリやカキによる『浜名湖アサリ貝毒事件のように』、『アサリ』他『の貝毒による集団食中毒事件も起こっている』(詳しくはリンク先を見られたいが、百四十四名の死者が出た。結果的には)『毒化原因は不明』である。)。『アサリは濾過摂食者であるため、水質浄化機能が期待できる。成貝の濾水量はおおよそ1個体で10L/日と多く、水質浄化と漁獲回復の双方を狙った干潟再生事業も少なくない』。『一方で、海がきれいになりすぎる貧栄養化がアサリ漁獲量の減少を招いているという見解もあり、鶏糞を「海の肥料」として広島県の干潟に投入したところアサリが増えた事例がある』。『日本においては三河湾(愛知県)が一大産地となっており、愛知県は2004年より漁獲量日本一となっている』。『1960年代は全国で年間約10万トンの漁獲量があったが、1980年代の14万トンを頂点として減少し1994年には5万トン、2009年には2万トン以下まで減少した』。『減少の原因は「乱獲」や「生息域の埋め立て」などの他に、富栄養化や水質汚染に伴う環境悪化(青潮)、ツメタガイ』(津免多貝:腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目タマキビガイ(玉黍貝)下目タマガイ(玉貝)上科タマガイ科ツメタガイ属ツメタガイ Neverita didyma )『やナルトビエイ』(奈留鳶鱏:軟骨魚綱トビエイ(鳶鱝)目マダラトビエイ(斑鳶鱝)科マダラトビエイ属ナルトビエイ Aetobatus narutobiei )『などの天敵による食害、輸入稚貝を原因とする「パーキンサス原虫」』(真核生物(ドメイン)アルベオラータ上門 Alveolataの原虫類のパーキンサス・オルセナイPerkinsus olseni )『の感染に伴う繁殖力の低下などの可能性が指摘されている』。『ツメタガイは在来種で』、『北海道から沖縄まで広く分布し、愛知県の小鈴谷干潟では』、『アサリの食害被害が報告されている。ツメタガイの仲間で外来種』(大陸側海域由来)『のサキグロタマツメタ』(先黒津免多:タマガイ上科タマガイ科タマツメタ属サキグロタマツメタ Laguncula pulchella )『も国内で増えており、北日本や東日本で猛威を振るっている。ナルトビエイは海水温の上昇で瀬戸内海や有明海でも生息数を増やしており、岡山県、山口県、福岡県、大分県を中心に深刻な被害をもたらしている。特に壊滅的な被害を受けている大分県中津市では定期的にナルトビエイの駆除を行うなどし、県からの補助金で稚貝の放流を増やすなどして、産地復活に力を入れている』。『2017年以降は国内での漁獲高は1万トンを下回っており、国内での需要の大部分は年間3万から4万トン台の輸入により』、『賄われている』。『北海道(東部)など限られた水域を除く多くの産地で自然個体群の再生産が急速に悪化し、前述のとおり漁獲量が激減してきている。2001年にはそのことに危機感を抱く水産学者や海洋生物学者らによって、日本ベントス学会全国大会(北海道大学水産学部にて開催)にて「今、アサリが危ない」とのシンポジウムも開かれるに至った。アサリ漁場の回復のため、人工干潟の造成や、客土、覆砂事業、貧酸素水塊対策なども行われている』。『一方、中国や韓国などからの輸入品が』、『直接販売されたり、剥き身の冷凍品の形でも流通したりしている。一時期は』、『日本が輸入するアサリの65%余りが北朝鮮産であったが、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会が経済制裁に効果あり』、『と捉えて』、『不買運動を積極的に行った結果』、『減少した。2016年10月14日以降は、北朝鮮からの輸入が全面的に禁止になったため』、『合法的な輸入はない』。『改正された油濁損害賠償保障法(船舶油濁損害賠償保障法)の影響により』、『日本の港に来港する北朝鮮船籍の船が減ったこともあり、統計上は輸入量が激減したが、後述の畜養による合法的な産地偽造、または中国産と偽る非合法な偽装などが』、『現状どれほど行われているかは不明。既にいくつかの業者が産地偽装の罪で摘発されている。(2005年4月7日時点)』。『また、これらの輸入品を漁協が購入して』、『干潟や浅瀬に畜養し、日本産として再漁獲して販売することが横行し、この制度を悪用して、中国や韓国産のアサリを「熊本産」「有明海産」と産地偽装して全国のスーパーマーケットなどに流通していることが2022年1月にマスコミから報じられ、熊本県や農林水産省が対策に乗り出す事態となった』。以下、「養殖」の項。『人工増殖種苗を自然水域に放流した養殖や』、『遊休クルマエビ養殖池の利用研究のほか、稚貝を網に入れ(牡蠣やホタテガイのように)吊り下げての技術が開発され』、『養殖が行われている』。『2012年度から世界自然保護基金などが、環境配慮型の養殖を認証する制度を設けるに当たり、ヤンマー等が』、『国内認証第1号を目指す働きかけを行っている。また、大分県内で卵から孵化させた稚貝を』、『全国に出荷する事により、日本固有種のアサリを保護すると同時に、純国内産のアサリを市場に普及させる事が期待されている』。以下、「貝毒」の項。『毒性物質を蓄積した有毒渦鞭毛藻などのプランクトンが分布する水域で育ったアサリを喫食すると』、『貝毒により』、『食中毒を起こすことがある』。既に述べた、「浜名湖アサリ貝毒事件」以外にも、『明治時代には』、『神奈川県長井』(現在の横須賀市長井、及び、御幸浜(みゆきはま)の一部。ここ。グーグル・マップ)『でも発生したとされる』。『現代日本では』、『行政により』、『定期的に毒性の有無が監視され、公表されている。有毒化した場合には』、『採集禁止措置が取られる。従って、商業的に流通するアサリで食中毒を起こすことはない』。以下、「アサリと名のつく他の二枚貝」が示されている『いずれもマルスダレガイ科』Veneridaeであるが、和名があっても、本邦に分布せず、侵入もしていない種も含まれているので、それは、カットし、タクソン学名を追加(ウィキの分類のタクソンは「BISMaL」で確認し、亜科は外した)、本邦の分布地域及び漢字表記を添えた)

ヒメアサリ(姫浅蜊) Ruditapes variegata

フキアゲアサリ(吹上浅蜊) Gomphina undulosa(房総半島以南から沖縄、オーストラリアなどの温帯から熱帯海域に分布)

キタノフキアゲアサリ(吹上浅蜊) Gomphina neastartoides(日本海・四国・九州から沖縄に分布)

リュウキュウアサリ(琉球浅蜊) Tapes literatus(奄美諸島以南。沖縄県では瀬長島・糸満市真栄里(まえざと)・国頭(くにがみ)郡大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)・羽地内海などに、嘗ては普通に産したが、一九九二年の論文によると「現在は著しく減少」している。国外では、シンガポール・マレーシア・インドネシア・大陸中国・台湾等の海域に棲息する。以上は当該ウィキに拠った)

ウチムラサキ(内紫) Saxidomus purpurata(北海道南部から九州にかけての太平洋沿岸、及び、ピョートル大帝湾・ポシェト湾以南の日本海、及び、黄海)

『「大和本艸」に『淺利貝(あさりかひ)は小蛤(こはまぐり)なり。⋯⋯』私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 淺利貝」を見よ。

『「本朝食鑑」に、『淺蜊は、形ち、小蛤(こはまぐり)に似て、殼、薄く、粗(そ)なり。魚家(ぎよか)、常に、多く、之を采(とり)て、民間日用の食に鬻(ひさ)ぐ。乾淺蜊は、竹串(たけくし)を用(もちひ)て、兩三箇(りやうさんか)を貫(つらぬ)き、日(ひ)に曝(さら)す。是れを『串淺蜊(くしあさり)』といふ。參・遠(みかは・とをとうみ)の守令(しゆれい)、之を貢獻す。』とあり。』これは、国立国会図書館デジタルコレクションの元禄一〇(一六九七)年板の当該部をリンクしておく。「集觧」(「觧」は「解」の異体字)のパッチワークである。漢字表記が、時々、異なるが、まあ、問題はない。「守令」は「郡守と県令」のこと。

「潮吹貝(しほふきかい)」:斧足綱異歯亜綱バカガイ科バカガイ属シオフキ Mactra veneriformis 私の『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 鹽吹貝(シヲフキ) / シオフキ』を見られたい。而して、面倒でも、私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」の「蛤蜊(しほふき)」を見られたい。シオフキの潮吹きは、実は、如何に情けないかが、判るリンクを添えてあるからね。

「百斤」六十キログラム。

「八石五斗」一・四五一キロリットル。]

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