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2026/06/02

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その2)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。以下の第二段落の幾つかは、左右のルビがあるが、右に、概ね、音の読みであるが、左には、本邦の当該推定和名、及び、その種の一種というような、解説的なものが添えられてある。今まで同様、(右ルビ/左ルビ)の形で添えてある。なお、貝類は私の得意なテリトリーなので、他の複数のプロジェクトと並行しなくてはならないから、時間を食わないように注を最小限にしつつも、それなりにディグしてしまうものとなる。]

 

 以上の種類は、皆、蚌蛤類(ぼうがうるゐ)にして、上古より製するあり、中世より製するあり、近年、創製するあり。且(かつ)、產地、製法、產額、價格、販路等《とう》各《おのおの》、同じからずと雖ども、淸國へ輸出するの額は、年々、多きを加へたり。明治二年には、僅かに八萬五千六百七十斤、其價、壹萬〇九百三拾二圓なりしも、年々、增加し、十五年には、八十二萬四千三百九十五斤、其價拾萬〇三百九十九圓の多きに至れり。

[やぶちゃん注:「蚌蛤類」軟体動物門貝殻亜門斧足(二枚貝)綱 Bivalvia に属する種群を広く指す古い言い方。「蛤蚌類」とも言う。例えば、私のブログ・カテゴリ『毛利梅園「梅園介譜」』では、一貫して、後者で、類群を纏めている。]

 

 本邦に產する介類中には、將來、淸國人の需用に適すべきものも、少なからず。本草書、府縣志、物產書等(とう)を案ずるに、老蜯牙(らうはうが/『よめのさら』の一種)、𬠖(ねん/『よめのさら』の一種)、石𧉧(せききよ/かめのて)、螂𮔫(らうかう/さるほ)、沙蛤(しやかう/みるくひ)、紺(かん/あかヾひ)、蜆(けん/しヾみ)、田螺(でんら/たにし)、螺螄(らし/かはにな)、梭螺(しゆんら/ばひ)、流螺(りうら/よなきぼら)、米螺(べいら/よねつぶかい[やぶちゃん注:ママ。])、蓼螺(りやうら)、砑螺(から/つめたかひ)、馬蹄螺(ばていら/むまのつめかひ)、紅螺(かうら/あかにし)等(とう)の如き、皆、淸國人の嗜好する所なり。又、「然犀志(ぜんさいし)」に、蜆(しヾみ)を、夏、とりて、暴乾(さらしほ)し、『晒蜆(せいけん)』と名《なづ》くることを、のせ、僅《わづか》に溪湖(けいこ)に產する小介(こかい)すら、かくの如く、嗜(たし[やぶちゃん注:ママ。「たしな」の誤記・誤植。])めり。又、螺獅(かはにな)、米螺(こめつぶかい[やぶちゃん注:ママ。])の二種は、淡水中に產するものにて、此類の介肉(かいにく)を乾製(かんせい)したるを、淸國人は『乾靑螺(かんせいら)』と稱して、賞味せり。尙、此《かく》の如き類(るゐ)、多し。故に、能く彼(かれ)の實況に通曉(つうぎやう)し、商賣を確實にして、信用を得るときは、幾多(いくた)の輸出額を增すや、量(はか)る可らず。實(じつ)に是(これ)、遺利(いり[やぶちゃん注:ママ。「ゐり」が正しい。])を擧(あげ)て、以て、本邦の富源(ふうげん)を助(たす)くる所のものなれば、勉めずんば、あるべからず。

[やぶちゃん注:「老蜯牙(らうはうが/『よめのさら』の一種)」この「老蜯牙」、ネットで検索を掛けると、日本語でヒットし、それを考証しているのは、なんとまあ、私自身の、2021年4月29日投稿の「大和本草附錄巻之二 介類 片貝(かたがひ) (クロアワビ或いはトコブシ)」の私の注のみであった。当該原文は、末尾の、

   ※

老蜯牙似而味厚シ一名牛蹄以形名是片貝乎

   ※

で、私の推定訓読は(以下では、一部の推定読みを《 》で追補した。)、

   ※

「福州府志」に曰はく、『老蜯牙《らうぼうが》、《せき》に似て、味、厚し。一名「牛蹄《ぎうてい》」。形を以つて、名づく』〔と〕。是れ、「片貝《かたがひ》」か。

   ※

である。私は、以上に就いて、以下の注(私の疑義を交えてある)を附した。

   《引用開始》

「福州府志」清の乾隆帝の代に刊行された福建省の地誌。同書の「乾隆本」を見ると。

   *

老蜯牙、似蟲戚而味厚、一名牛蹄、以形名。

   *

とあるものの、同書の「萬歷本」では、

   *

老蚌牙【「閩書」。】 似蟲戚而味厚。一名牛蹄、以形似之。

   *

とあって、「閩書」(びんしょ:明の何喬遠(かきょうえん)撰になる福建省(閩は福建省の旧名)の地誌「閩書南産志」)からの引用である。

「老蜯牙、䗩に似て」「老蜯」は「老蚌」に同じだが、これは非常にまずい。何故なら、この老蚌は二枚貝である斧足綱古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科ドブガイ属 Sinanodonta に属する大型のヌマガイ Sinanodonta lauta(ドブガイA型)及び、小型のタガイ Sinanodonta japonica(ドブガイB型)の二種が「ドブガイ」、及び、全くの別種であるイシガイ科イケチョウ亜科カラスガイCristaria plicata を指すからである。これについては、『「大和本草卷之三」の「金玉土石」より「眞珠」』の私の注で詳しく書いたのでそちらを見られたいが、そうなると、同定に向けてきたかのように見えた流れが、一挙に瓦解してしまうからである。この場合の「牙」は「ガ」と読んで、「天子や将軍の旗。或いは、その旗の立っている陣営」の意で、「䗩に似て」とは、カサガイの類と同じく、殻の頂きが明瞭に軍旗のように立ち上がって見えることを言っているのではなかろうか。一方で、叙述から見るに、この「牙」というのは貝柱のことと採ると、これ、非常に腑に落ちる

「味、厚し」「濃厚」の意。

「牛蹄」中国では腹足類の内で殻頂が鋭く尖っている貝類にこの名を冠することが多い。その中には、腹足綱古腹足目ニシキウズガイ目ニシキウズガイ上科 Trochoidea の種が含まれており、例えば「牛蹄鐘螺」=ニシキウズガイ科ニシキウズ亜科ダルマサラサバテイラTectus niloticus や、お馴染みのサザエまでがそこに出てくる。これは、またまた、厄介な謂いである。但し、所謂、カサガイ類の大型種を「牛蹄」というのは腑に落ちはする。

   《引用終了》

この最後の部分で私が『但し、所謂、カサガイ類の大型種を「牛蹄」というのは腑に落ちはする。』と言った箇所が、手前味噌だが、「よくぞ、言ったぞ!」と、今、思うのである。

 則ち、そこで私は、貝原益軒自身が、この「片貝(かたがひ)」で示しているのは、クロアワビ、或いは、トコブシであると、推定比定しつつも、以上の益軒の引用箇所の中には、それらでない「カサガイ類」が含まれているのではないか? という留保をしていることが、「まさしく、正当な物言いだ!」と、今、思うのである。

 迂遠な注で、誠に済まない。今暫く、お付き合い願う。

 さても、この河原田氏の左ルビの「よめのさら」は、現行の、

腹足綱前鰓(始祖腹足)亜綱笠形腹足上目カサガイ(笠貝)目ヨメガカサ(嫁が笠)上科ヨメガカサ科ヨメガカサ属ヨメガカサ Cellana toreuma 

でよい。なお、益軒は、別に「大和本草卷之十四 水蟲 介類 ヨメノサラ(ヨメガカサ)」を立項もしているので、私の注を含めて御覧になられたい。

 しかし、

『「老蜯牙」というのは、本当に、ヨメガササなのだろうか?』

という素朴な疑問が残ったのである。

 河原田氏が、如何なる中文書を見たかは、判らないのだが、調べてみたところ、最も信頼出来る「閩書」として、「中國哲學書電子化計劃」の明の屠本畯の撰になる「閩中海錯疏(欽定四庫全書)の「卷下」の「介部」に、ほぼ一致する記載を見出した。ガイド・ナンバー「53」の『龜腳  䗩  老蜯牙  石磷』の「56」に、

   *

䗩生海中附石殻如蹄殻在上肉在下大者如雀卵老蜯牙似䗩而味厚一名牛蹄以形似之石磷形如箬笠殻在上肉在下

   *

とある。推定訓読してみる。

   *

「䗩(せき)」は、海中に生ず。石に附き、殻、蹄(ひづめ)のごとく、殻は、上に在り、肉は、下に在り。大なる者、雀(すずめ)の卵(たまご)のごとし。「老蜯牙(らうぼうが)」、「(せき)」に似て、味、厚し。一名、「牛蹄(ぎうてい)」。形を以つて、名づく。之れ、石磷(せきりん)にて、形、箬笠(じやくりふ)のごとく、殻は、上に在り、肉は、下に在り。

   *

訳してみると(ポイントになる所に太字・下線を附した)、

   *

「䗩(せき)」は海中に生ずる。石に附着し殻は「馬の蹄(ひづめ)」のようで、大きなものは、雀の卵[やぶちゃん注:中国のスズメ類の卵の長径は約1.72.25cmである。]程度の大きさで、殻は、上にあって、肉は、下にある「老蜯牙(ろうぼうが)」は、「䗩」に似て、味は、濃厚である。一名を「牛蹄(ぎゅうてい)」(牛の蹄)と言う。形を以って、名づけたものである。これは、石磷(せきりん)[やぶちゃん注:「薄い石のような姿」また、或いは、「(笠の内側が)輝きを持った石のように見えること」の意であろう。]で、形は、箬笠(じゃくりゅう)[やぶちゃん注:竹の皮・葉、又は、細かく裂いた「竹ひ」ごを用いて編んだ「被(かぶ)り笠(がさ)」。]で、殻は、上にあって、肉は、下にある

   *

以上の特徴は、完全に、

ヨメガカサ(嫁が笠)上科ヨメガカサ科Nacellidae

に一致し、

大きさと名前と殻の内側も、

ヨメガカサ属 Cellana 或いはヨメガカサ Cellana toreuma 

に、ほぼ完全に一致する。種たるヨメガカサの殻長は、平均値で成体は三~四センチメートル程度で、殻の裏側には真珠光沢(やや黄色を帯びる)を持ち、形状は和名に名をし負うている通りである。

★但し、本邦のウィキにはないが、「維基百科」には、同属のページがあり、膨大な種が列挙されてある。但し、その殆んどは、中国での分布が記されていないから、具体な中国産の種同定は不可能である。

 なお、ヨメガササは、私の記事では、他に多数のある。ヨメガカサは岩礁海岸・防波堤など人工の海岸でも普通に見られるが、見たことがない読者のために、取り敢えず、『毛利梅園「梅園介譜」 ヨメガ皿(ヨメガカサ)』をリンクさせておく。

「𬠖(ねん/『よめのさら』の一種)」中文の「zi.tools 字統网」の「𬠖」には、『閩語』とし『海中一』『種的』軟体動『物,外形像蛤。』とあるだけで、別に『粵語』(えつご:当該ウィキに拠れば、『広東省の中部および西南部、広西チワン族自治区東南部、香港、マカオを中心とする各地で話される』とある)として『蝌蚪。』とある。後者は、オタマジャクシである。前の記載では、種同定は全く出来ない。古い中文文書で調べたが、オタマジャクシでしか見出せなかった。 河原田氏が、これを「『よめのさら』の一種」とした根拠が判らない。

「石𧉧(せききよ/かめのて)」またまた、検索したら、私の「博物学古記録翻刻訳注 ■13 「本朝食鑑 第十二巻」に現われたる老海鼠(ほや)の記載」が掛かってきた。ホヤじゃ、話にならねえゼ!

「螂𮔫(らうかう/さるほ)」ここ(サイトがよく判らない)の「《福建通志》(清乾隆二年刊本)卷10 folio 35」の画像の中に、かなり酷似したものを見出せた。前が「蛤蜊」で、後が「蜆」であるから、河原田氏が添えた「さるほ」から、

斧足綱翼形亜綱フネガイ目フネガイ上科フネガイ科アカガイ属サルボウガイ Anadara  kagoshimensis 

である可能性は極めて高い感触がある。「維基百科」の同種を見ると、「毛蚶」とする。というより、これ、河原田氏は、「大和本草」から、例によって、安直に引いたものとバレたね。私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 朗光(さるぼ)」を見られたい。

「沙蛤(しやかう/みるくひ)」左ルビの「みるくひ」は、

斧足綱異歯亜綱バカガイ科オオトリガイ(鳳貝・大鳥貝)亜科ミルクイ(海松食・水松食)属ミルクイ Tresus keenae

である。漢字表記「沙蛤」は、文字面は「ミルクイ」っぽいが、同定は怪しい。何故かと言うと、「ミルクイ」は、日本では普通に棲息しているものの、「維基百科」の同種のページ、『本物種在全日本』『均有分佈,主要於瀨戶內海及三河灣、東京灣等内湾的砂泥底下棲息,亦見於琉球及台灣新北市的淡水』とあり、中国本土では、通常、自然棲息しておらず(但し、現在は中国本土では大規模に養殖している。「百度百科」日本版「BiduWiki」の「アカガイ」を見よ)、台湾の新北市の汽水域に分布するばかりであるからである。ミルクイは見た目が似ている(分類上は遠い)、次のアカガイ属アカガイ Anadara broughtonii (中国にも分布する)の可能性が十全にあるからである。

「紺(かん/あかヾひ)」学名及び自然分布は前注で出した。私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蚶(アカガイ)」を見よ。

「蜆(けん/しヾみ)」異歯亜綱シジミ科上科シジミ科 Cyrenidae に属する以下の本邦在来三種

ヤマトシジミ Corbicula japonica

マシジミ Corbicula leana

セタシジミ Corbicula sandai

である。詳しくは、私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蜆」を見られたい。漢語の「蜆」は、

シジミ属タイワンシジミ Corbicula fluminea

である。当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、『中国、台湾を中心とした東アジアの淡水域に住む二枚貝である。雌雄同体で基本的な生態はマシジミに似ている。食す事も可能だが、元が食用シジミの選別逃れであり』、『食味が劣る上、下水の流入する様な清浄度の低い水路にも生息する』ため、『食さないのが無難である。個体差こそあるが』、『殻の色はマシジミより黄色度が強い上に、殻の内側は白色、または全体的に淡い色の個体が多く、マシジミと違って殻の縁部が紫色になりにくい。しかし、形態的によく似ており遺伝的にも近いことから、マシジミとはシノニム(同一種)とする説もあり、分類は定まっていない。本種は卵胎生で稚貝を産む。繁殖力はマシジミよりも遥かに高く、しかも水路に定着してから時間が経過するとマシジミに酷似する殻色になる場合も多いため、いっそう在来種との判別が難しくなっている。また、死後』、『長期間経過した貝殻は劣化して表面が黒くなる場合もある』。『本種は中国等から食用として輸出されたシジミ類に混ざって世界各地に運ばれ、何らかの原因で流出して定着している。アメリカでは、1920年代に食用として持ち込まれたものが全米に広がった。近年では』、『ヨーロッパでも分布が拡大している。調理の際に稚貝を吐き出し、それが』、『下水を通じて河川等に流出する、または稚貝が粘着糸を出して物に付着し移動することによって分布が拡大しているのではないかと考えられている。大量に繁殖した地域では、取水施設で通水の障害となったり、大量死後に悪臭を放ったりするなどの被害が出ている』。『日本国内では1985年頃に移入が確認され、1988年に岡山県の水路で繁殖していることが確認された。その後、1990年代に入ってから分布の拡大が明らかになり、関東以西の本州、四国、九州での定着が確認されている』。『過密に生息する地帯では、一度に多く採れる場合もある』。『日本において淡水シジミといえば、マシジミを指すことが普通だったが、上述の殻色などから最近では本種のことをマシジミと指してしまう場合もある』。『本種はマシジミの好まない比較的汚れた水、護岸に強く(むしろきれいな水の場所を好まない)、生命力が非常に強い。例えば生息地域の田が休耕期に入って水路の水がなくなり、個体数が激減しても、4 - 5ヶ月あればほぼ元に戻る。また護岸にも強く、三面護岸の水路にわずかに積もった泥や、護岸が欠けてできた小さなくぼみでも生きていられる場合もある』。『また』、『本種によるマシジミへの遺伝子汚染も問題になっている。マシジミやタイワンシジミは精子側の遺伝子のみが遺伝する(雄性発生)ため、両種が交配すると子貝はすべてタイワンシジミとなってしまう。そのため、マシジミの分布域に本種が侵入すると3年から4年で本種に置き換わる現象が報告されている』。『最近』、『よく』、『用水路にシジミが発生し、「きれいな水になり、マシジミが帰ってきた」と思われている場合があるが、ほとんどのケースは誤解であり、実際はマシジミが戻ったのではなく、本種の大発生であることが多い。東京都日野市でも1960年代から1970年代には市内多数の箇所で「黒いシジミ(マシジミ)が石ころのようにたくさん棲んでいた。」と言われている。しかしながら』、『2008年の日野市の公式資料において、『平山用水 ふれあい水路』という水路で、「本種が1日の調査で2076匹も採れた」という記述がある』とある。

「田螺(でんら/たにし)」タニシは腹足綱新生腹足上目原始紐舌目タニシ科Viviparidae に属する巻貝の総称。本邦にはアフリカヒメタニシ亜科 Bellamyinae(特異性が強く、アフリカヒメタニシ科 Bellamyidae として扱う説もある)の四種が棲息する。各四種の解説と卵胎生については、私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 田螺」、及び、本朝食鑑 鱗介部之三 田螺の注を参照されたい。漢語「田螺」が示す中国種は、示すと、恐ろしく膨大になってしまうので、「維基百科」の「田螺科」を見られたい。悪しからず。

「螺螄(らし/かはにな)」「かわにな」(川蜷)は、

淡水産の「カワニナ」に吸腔目カニモリガイ上科カワニナ科カワニナ Semisulcospira libertina 、及び、その仲間

を指す。しかし、カワニナ科Pleuroceridae 及び、本州南部・四国・九州に分布する南日本の固有種であるトウガタカワニナ(塔形川蜷/別に「トゲカワニナ(棘川蜷)科」とも)科Thiaridae の尖塔螺旋型の同形状をした種群

も、当然、含まれる。それらを、いちいち、並べると大変なので、日本語ウィキの「タニシ」を見られたい。十九種が列記される。一方、漢語の「螺螄」は、

淡水の巻貝

を広く指す語であるから、各種を示すと、とんでもないことになる。但し、中文ウィキの「維基百科」のカワニナ Semisulcospira libertina (「放逸短沟蜷」)、極めて、シンプルである。しかし、カワニナ属相当の短沟蜷属」 Semisulcospira は、実に二十七種が挙がっている(中国産かどうかは、不明。因みに、本邦のウィキでは「カワニナ属」は立項されていない)。

「梭螺(しゆんら/ばひ)」左ルビの「ばひ」は、歴史的仮名遣の誤りで「ばい」でよい。これは、私の大好物である、

腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目Hypsogastropoda亜目新腹足下目アッキガイ(悪鬼貝)上科バイ(貝・蛽・海蠃・海螄)科バイ属バイ Babylonia japonica

であるが、

漢語の「梭螺(しゆんら)」を、ここに出すのは、大間違いのコンコンチキの多重誤謬

なのである。

順に示す。

①ルビの「しゆん」が誤読で、「梭螺」の音読みは、「ひら」でなくてはならない

✕②「梭螺」という熟語は、本邦の「梭貝(ひがひ)」を直ちに連想させ、日本人が、そう理解して読んでなんらの誤りではないのだが、実は、本邦のそれは、バイなんぞより、遙かにスマートで、素敵な特異なフォルムをした、吸腔目高腹足亜目タマキビ下目タカラガイ上科ウミウサギガイ科ヒガイ属ヒガイ Volva volva habei  を想起するから、誤りである。

✕③「梭螺」という漢語は、実は、本来的には、尖った尖塔を持つ有象無象の巻貝類の総称であって、デカもの筆頭としては、御存知、吸腔目フジツガイ科ホラガイ属ホラガイ Charonia tritonis から、前に出したカワニナ科Pleuroceridae のカワニナのような、小(ちん)まい海産・淡水産に至る、それらを総て十把一絡げにしたものであって、種たるバイとするのは誤りなのである。

 さても。この重大な誤りに就いては、実は、四年前に公開した『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 海蠃(バイ) / バイ』の本文と私の注が、この大間違いの一つの原因解明の一つを、図らずも、示していると考えている。まず、本文を引用する。

   *

海蠃(カイラ)【ばい。】 流螺【「圖經」。】 假豬螺(カチヨラ)【「交州記」。】

  金沢の人、「へなたり」と云ふ。

海蠃は「ばい」の大なる者。「甲香(カフカウ/かいかう)」は海蠃(ばい)[やぶちゃん注:底本でのルビ。]の※(ふた)を云ふ。「小甲香」は「ばい」の小なる者を云ふ。小螺(せうら)は「ばい」にもかぎらず、「河貝子(かはにな)」、「鳴戸(なると)ぼら」、「寄生蟲(やどかり)」、などの螺(にな)の小なる惣名なり。

「漳州府志」、「梭螺(ひら)」、又、一種、「吹螺(すいら)」を、別に載す。「吹螺」は、「ほら」なり。「流螺」は「ながにし」なり。則ち、「ばい」は「小甲香」なり。

 

己亥(つちのとゐ)八月二日、眞寫す。

   *

この、終りの方の太字にした部分に就いて、私は、以下のように注した。

   *

「漳州府志」(しょうしゅうふし:現代仮名遣。以下、概ね同じ)は、原型は明代の文人で福建省漳州府龍渓県(現在の福建省竜海市)出身の張燮(ちょうしょう 一五七四年~一六四〇年)が著したものであるが、その後、各時代に改稿され、ここのそれは清乾隆帝の代に成立した現在の福建省南東部に位置する漳州市一帯の地誌を指すものと思われる。

「梭螺」は判らぬでもない。コマ型のものは、織機の梭(ひ:シャトル)に喩えるのは一般的だからで、バイの流線形のボディには不足はないが、但し、もっとクリソツで素敵な、ズバり、「梭貝」の和名の、吸腔目高腹足亜目タマキビ下目タカラガイ上科ウミウサギガイ科ヒガイ属ヒガイ Volva volva habei がおり、本図譜の後に出るが、既にフライングして電子化してある。ヒガイの美しさを見てしまうと、バイにはバイバイしたくなる。ヒガイは三個体ほど持っていたが、皆、生徒に上げてしまった。

『「吹螺」は、「ほら」なり』腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目フジツガイ科ホラガイ属ホラガイ Charonia tritonis 。こちらも本図譜の後に出るが、フライングして電子化済みである。

『「流螺」は「ながにし」なり』腹足目イトマキボラ科 Fusinus 属ナガニシ(長辛螺)Fusinus perplexus 。長い水管溝を持ち、全殻高が甚だ高く、個体によるが、概ね螺肋の模様が旋状が非常にくっきりとしていて、流れるようなスマートさを持っている。当該ウィキをリンクさせておく。

   *

私は、これを再読して、

『河原田氏は、どこかで、この「漳州府志」の記載を見たのではないか? その結果、半可通のままに、しかも、読みを間違えて、「梭螺(しゆんら)」としてしまったのではないか?』

と感じたのである。「まあ、和名を『ばひ』(正しくは「ばい」)としたのだけは、良かったかな。」と独りごちしたものである。

「流螺(りうら/よなきぼら)」「よなきぼら」(夜泣き法螺)で、狭義には、

腹足綱新腹足目エゾバイ上科イトマキボラ(糸巻法螺)科ナガニシ(長螺)亜科ナガニシ属ナガニシ Fusinus perplexus

の異名である。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページに拠れば、「夜泣き法螺」は、「語源・由来」で、『1 広島県では夜泣きの薬としたため。』・『2 千葉県では赤ん坊が引きつけを起こしたとき枕元においた。』・『3 岡山県川上町(現高梁市)では夜泣きするとき、これを食べさせる。着物の襟につける。』・『4 江戸時代初期に書かれたとされる』「料理物語」『にも「よなき(夜泣き)」として登場している。』とある。但し、近縁種に、小型で、結節が低くて角張りが弱く、角皮(かくひ=クチクラ=cuticle=キューティクル)がナガニシより鮮やかで明るい、

ナガニシ属コナガニシ Fusinus ferrugineus

がいる(「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクしておく)。私の『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 長螺 / ナガニシ或いはコナガニシ』を見られたい。漢語の「流螺」は、古い中文の本草書では、広く海産巻貝の中・大型の種を広く指しているようである。しかし、「BiduWiki」日本語版の「海螺」では、現代中国では、『海螺(ツブ)は、新腹足目イボニシ科のシワベニガイとトゲイボニシの貝殻 、肉、および蓋(ふた)を指す。』と限定してあった。しかし、こんな和名は知らないので、英語に切り替えたところ、当該部に“Rapana venosa”“and” “Murex pecten”(孰れも斜体ではない)とあった。前者は、本邦でよく知られるアッキガイ上科アッキガイ科チリメンボラ亜科チリメンボラ属アカニシ Rapana venosa であり(私は刺身で食べたことがあるが、美味い)、後者は、形状が痛そうな感じを与えるアッキガイ科 Murex 属ホネガイ Murex pecten で、食用にしないが、日本語版を見ると、流石、中国で、『中国医学では、海螺の肉は黄疸、脚気、痔などの病気に対して食療的・保健的効果があるとされている。海螺の肉は栄養バランスが比較的良く、豊富な ビタミンA 、タンパク質、および鉄、カルシウムなどの元素を含んでいる。その肉質はあっさりとした上品な風味で、低カロリー、高タンパク質、高カルシウムの食品に分類される。ダイエットや健康維持を目的とする人々にとって非常に良い保健食材であり、がん、脂肪肝、および心血管疾患の患者にも適している』とあった。参考までに記しておいた。

「米螺(べいら/よねつぶかい)」後の「米螺(こめつぶかい)」は同一種と考える。しかし、ピンとくる種が浮かばない。いろいろ調べてみたが、お手上げになりそうになったが、後の解説で、河原田氏は、『螺獅(かはにな)、米螺(こめつぶかい)の二種は、淡水中に產するものにて、此類の介肉(かいにく)を乾製(かんせい)したるを、淸國人は『乾靑螺(かんせいら)』と稱して、賞味せり。』とあったことから、推理でしかないが――既に出たタニシ、及び、カワニナに代表される複数種を指す――と、お茶を濁す許りである。

「蓼螺(りやうら)」これは、私の『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類  蓼螺・小辛螺・辢螺・ニガニシ・カラニシ・長ニシ・ニシ・ヘタナリ・ツベタ・巻ニシ・夜ナキボラ/ ナガニシ』に丸投げする。「蓼」は、辛味の強いナデシコ目タデ科Persicarieae連イヌタデ属サナエタデ節 Persicaria のタデ類で、比喩であって、辛い味を持つ海産巻貝の種である、『「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蓼蠃」』『の注で述べた通り、この「蓼蠃」=「辛螺」=「にし」というのは、外套腔から浸出する粘液が辛味(苦味)を持っている腹足類のニシ類を指す語であるが、辛味を持たない種にも宛てられている科を越えた広汎通称で、

直腹足亜綱 Apogastropoda 下綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目新腹足下目アッキガイ上科アッキガイ科アカニシ(赤辛螺)Rapana venosa

吸腔目テングニシ科テングニシ(天狗辛螺)Hemifusus tuba

等を含むが、特に

腹足目イトマキボラ科 Fusinus 属ナガニシ(長辛螺)Fusinus perplexus

及び、実際に強い苦辛味を持つ

腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目新腹足下目アッキガイ上科アッキガイ科レイシガイ亜科レイシガイ属イボニシ(疣辛螺)Thais clavigera

を指すことが割合に多いように思われる』。これにてお許しあれ。

「砑螺(から/つめたかひ)」「つめたかひ」は、

吸腔目高腹足亜目タマキビガイ(玉黍貝)下目タマガイ(玉貝)上科タマガイ科ツメタガイ(津免多貝)属 Glossaulax ツメタガイ Glossaulax didyma

である。「砑螺」は「蚜貝」・「砑螺貝」とともに当該ウィキで漢字表記として挙げてある。私のでは、『武蔵石寿「目八譜」 ツメタガイ類』が図・解説、及び、私の注もお薦めである。美味いのだが、食べ過ぎには、御用心!――「大和本草卷之十四 水蟲 介類 光螺(ツメタガイ)」の私の注で、遠い昔の自身の体験を書いてある。

「馬蹄螺(ばていら/むまのつめかひ)」これは、孰れの読みも、

腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズガイ(錦渦貝)上科リュウテン(龍天)科クボガイ(久保貝)コシダカガンガラ(腰高岩殻)属バテイラ Omphalius pfeifferi pfeifferi

で腑に落ちる。但し、関東では、「シッタカ(尻高)」の異名の方が、通りがいい。これはまた、美味いんだな!

「紅螺(かうら/にし)」同じく、孰れも、

アッキガイ科Rapana 属アカニシ Rapana venosa 

で納得出来る。私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 赤螺」がある。

「然犀志(ぜんさいし)」清の学者李調元によって乾隆年間(十八世紀)に編纂された、両広地方(現在の広東省・広西チワン族自治区)の海洋生物に関する専門書。全二巻。

「溪湖(けいこ)」いろいろ調べてみたが、これは固有名詞ではないようだ。即ち、当時の中国の名も知らぬ「渓流や湖」の意と採っておく。

「乾靑螺(かんせいら)」当初、中国料理の麺料理で、中華人民共和国広西チワン族自治区柳州市の郷土料理であるタニシの仲間を素材の一つとした「螺螄粉」(ルオスーフェン・タニシ麺・中国語:螺螄粉)のそれではないか? と思ったが(以上は本邦の同ウィキに拠った)、「維基百科」の同ウィキを見ると、『而是三種常見的淡水石螺,特別是方形環棱螺』とあり、「一般的な淡水三種の、特に方形状の角ばった螺形の貝」であるとあるばかりで、中文のそれらの単語を、さらに何度も調べ、中文の古書の中に、それらしい「靑螺」なるタニシ類の名称を探したが、遂に見出せなかった、ただ、少年期に裏山の池や田圃で、頻りに採って遊んだタニシは殻が薄く、殻から透けて見える肉は、緑色が強く、青い色をした個体を、よく見かけたから、「靑螺」という語には違和感はない。しかし、「維基百科」の「田螺科」から、独立ウィキのある種を、かなりの数、見てみたが、「靑螺」らしきものは見出せなかった。ここまでである。正直、疲れた。

「遺利」「人が取り残している利益・零(こぼ)れた利益」の意。]

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