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2026/06/20

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その6) 蛤

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。本ハマグリの記載は、本「乾貝並貝柱の說」の中では、いや、本書に中でも、特異的にショボイ! ショボ過ぎる! ミスも多過ぎ! 種としての総解説注は、特異的に、最後にビシっと語ることとする。

 

   蛤《はまぐり》

蛤(はまぐり)は「倭名鈔」に『蚌蛤(ばうかう[やぶちゃん注:ママ。「ばうかふ」が正しい。])』を『波萬久理(はまぐり)』と訓じ、同書、『海蛤(かいがふ)』を『宇無木乃加比(うむきのかひ)』と訓じ、「日本紀」に『白蛤(はくかう[やぶちゃん注:ママ。])』とす。「臨海土物志(りんかいどぶつし)」に曰く、『蛤俐(かうり[やぶちゃん注:ママ。])、白く厚くして圓(まろ)し。肉、車螯(しやがう)の如し。胃氣(ゐき)を開き、酒毒を解し、蘿蔔(だいこん)を以(もつ)て、之を煑れば、其柱(そのはしら)、脫(と)れ易し。』とあるを、貝原篤信(かひばらとくしん)は、『長門(ながと)の安岡貝(やすをかかひ)、筑前の野北貝(のきたかひ)なるべし。』と、せり。是(これ)、『碁石蛤(ごいしはまぐり)』なり。

[やぶちゃん注:『「倭名鈔」に⋯⋯』国立国会図書館デジタルコレクションの「和名類聚鈔」の「卷十九」の「鱗介部第三十」の「龜貝類」にある。国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七(一六六七)年板を視認して推定訓読する。二件は並んでいる。因みに、この前の「蚶(キサ)」はアカガイ類相当で、そこから、斧足(二枚貝)類パートの開始である。

   *

蚌蛤(はまくり) 「兼名苑」に云はく、『蚌蛤は【「放」「甲」の二音。「蚌」、或いは、「蜯」に作る。和名、「波萬久理(はまくり)」。】、一名は「含漿(がんしやう)」。』。

海蛤(うむきのかひ) 「本草」に云はく、『海蛤(かいかふ)、一名は魁蛤(くわいかふ)【和名、「宇無木乃加比」。】。蘇敬が注に云はく、『亦、之れを「㹠耳蛤」と謂ふ。』なり。』。

   *

この『一名は「含漿」』というのは、「百度百科」日本版「BaiduWiki」の「蜃」に、「康煕字典」として、『『山海経注』には「蜃は一名を蚌、一名を含漿という」とある』とあった。「中國哲學書電子化計劃」の「蜃」の「康煕字典」の項で『《山海經註》蜃,一名蚌,一名含漿』であるのを確認した。この「含漿」は古い漢語で、「厚い肉を含んでいて、その汁の味も濃厚であること。」を意味している。

『「日本紀」に『白蛤(はくかう[やぶちゃん注:ママ。])』とす。』これは、「日本書紀」の景行天皇五三年(癸亥一二三)十月冬十月の条である。国立国会図書館デジタルコレクションの黑板勝美編「訓讀 日本書紀」中卷 (岩波文庫昭和六(一九三一)年刊)の当該箇所を引用する。読みの左右は斜線で示した。一部は、先行する読み、或いは、推定で《 》で添えた。

  *

冬十月、上總國に至りて、海路《うみつち》より淡水門(あはのみなと)に渡りたまふ。是の時に覺賀鳥(かくかのとり/みさこ)の聲聞ゆ。其の鳥の形を見そなはさむと欲ひて、尋ねて海中《わたのうち》に出でます。仍りて白蛤(うれき)を得たり。是に於て膳臣(かしはでのおみ)の遠祖《とほつおや》、名は磐鹿六鴈(いはかむつかり)、蒲を以て手繦(たすき)に爲(し)て、白蛤を膾《なます》に爲(つく)りて進《たてまつ》る。故《か》れ、六鴈臣の功(いさみ)を美(ほ)めて膳大伴部(かしはでのおほとものべ)を賜ふ。

  *

『「臨海土物志(りんかいどぶつし)」に曰く、『蛤俐(かうり)、白く厚くして圓(まろ)し。肉、車螯(しやがう)の如し。胃氣(ゐき)を開き、酒毒を解し、蘿蔔(だいこん)を以(もつ)て、之を煑れば、其柱(そのはしら)、脫(と)れ易し。』とあるを、貝原篤信(かひばらとくしん)は、『長門(ながと)の安岡貝(やすをかかひ)、筑前の野北貝(のきたかひ)なるべし。』と、せり。是(これ)、『碁石蛤(ごいしはまぐり)』なり。』これは「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蛤蜊」の丸写しである。そちらの私の注を見られたい。]

 

 此(この)个殼(かひから)も種々の需用ありて、之を利用すれば、又、一(いつ)の產物たり。其效用を擧ぐれば、細粉(さいふん)となして漢藥(かんやく)となし、又、殼の儘(まヽ)、丸丹膏藥(ぐわんたんかうやく)の容器に代用し、又、厚堅(あつくかた)き殼は、碁石(ごいし)等(とう)を作(つく)るべし。往時(わうじ)は、殼の內部を磨き、透明ならしめ、殼肉(からにく)に、金銀泥(きんぎんでい)・漆(うるし)、五色(ごしき)を用(もつ)て、花鳥人物(くわてうじんぶつ)を畫(ゑが)き、女子初嫁(じよしよか)の時、五百箇(か)、或は、三百箇(か)を二箇(ふたはこ)となし、輿前(かごさき)の先貝(せんぐ)[やぶちゃん注:「先具」の誤植。]とし、又、春月(しゆんげつ)、後宮(こうぐう)、此(この)蛤貝(はまぐりかひ)を合(あはせ)て戲(たはふれ)となして、勝負を競ふ。是、本邦女子(じよし)の舊習(きうしう[やぶちゃん注:ママ。])なり。

[やぶちゃん注:「个殼(かひから)」「个」は当て字であるが、音は「カ・(慣用音)コ」で、量詞(「一ケ」の「ケ」の元)であり、誤用。

「丸丹(ぐわんたん」「丹藥」に同義で、漢方で広く「練り薬」を指す語。

「碁石」当該ウィキの「碁石」の「素材」の項の「高級品」に拠れば、『黒石は那智黒、白石は碁石蛤(ハマグリ)の半化石品が最高級とされる。蛤の白石には「縞」という生長線が見られ、細かいものほど耐久性が高い。日本棋院では、日向産の白石は主に色のつき具合と縞目模様を基準として「雪印」「月印」「花印」の3ランクに品質分けし、メキシコ産はホーロー質の縞目の表れ具合を基準として「雪印」「月印」「実用」の3ランクに分類している』とあり、「碁石の歴史」の項の「日本」には、『古くは『風土記』(天平五(七三三)年頃成立)『に碁石に関する記述が見られ、『常陸国風土記』に鹿島のハマグリの碁石が名産として記述されている』とあり、『現在は』『白はハマグリの貝殻を型抜きして磨いたものである。碁石の材料となるハマグリの代表的な産地は古くは鹿島灘や志摩の答志島、淡路島、鎌倉海岸、三河などであった。鹿島のハマグリは殻が薄く、明治期の落語の速記本に「せんべいの生みたく反っくりけえった石」と描写されるように、古い碁石には貝殻の曲線どおり、薄くて中央が凹んだものがある。その後、文久年間』(一八六一年から一八六四年まで)『に宮崎県日向市付近の日向灘沿岸で貝が採取されるようになり、明治中期には他の産地の衰退と共に日向市のお倉が浜で採れるスワブテ蛤が』(*)『市場を独占し上物として珍重された。現在では取り尽くされてほとんど枯渇してしまっているが、製造技術は引き継がれている』。

   *

ウィキの「日向はまぐり碁石」に拠れば(注記記号はカットした)、『碁石の材料になるのはチョウセンハマグリ』(最後で詳述する)『である。とくに日向市のお倉ケ浜および伊勢ケ浜一帯に産するものは』、『殻の一部が通常よりも厚く育っており、この点が碁石の材料として最適である。一種の奇形的発育であるが、その原因については』、『東京帝国大学助手などを歴任した滝康』(これは軟体動物学者で理学博士の瀧庸(たき いさお 明治三一(一八九八)年~昭和三六(一九六一)年の誤りと思われる)『も解明できなかった。日向のハマグリを』、『よそに移植しても』、『このように奇形的には発育しない』。『日向にはスワブテハマグリという言葉がある。「スワブテ」とは「唇が厚い」という意味の方言で、現地ではチョウセンハマグリの地方名・別名としてつかわれる。スワブテハマグリの殻の外縁部から碁石を切り出す(一枚の殻から最大2個)。「スワ」は縁の部分、「ブテ」は太いという文献もある』。『碁石の材料となるのは』、『死後数十年から数百年経過した半化石である。生きた貝を使用すると、碁石の品質に問題が出るので死後2、3年特殊な保存法で貯蔵したのちに使用する。』とあった)

   *

 以下、ウィキの「碁石」の続きに戻る。

『が市場を独占し』、『上物として珍重された。現在では』、『取り尽くされてほとんど枯渇してしまっているが、製造技術は引き継がれている』。『現在』、『一般に日向市産として出回っているものはメキシコ産のメキシコハマグリを日向市で加工・製造したものである。白石と黒石は価格が違い、ハマグリ製の白石が非常に高価で、業者によっては黒石は「那智黒石付き」と、白石のおまけ扱いにしている。高級品は貝殻の層(縞のように見える)が目立たず、時間がたっても層がはがれたり変色したりしない』。『ハマグリの碁石は』、『庶民が気軽に買えるものではな』かったとある。

「殼肉(からにく)」これは、熟語としておかしく、まず以って「殼內(からうち)」の誤植で、読みも、植字工が振ったものと思われる。

「金銀泥(きんぎんでい)・漆(うるし)、五色(ごしき)を用(もつ)て」「金銀泥」は「金銀」と「銀泥」で、純粋もしくはそれに近い金・銀を、粉末状にし、膠水(にわかすい:膠が入った水)で溶かした絵具のこと。「五色を用て」は、その他の絵具を加えて多種の色を以って(彩色した)の意。

「女子初嫁(じよしよか)の時⋯⋯」言わずもがなであるが、ネイティヴない読者は勿論、下手をすると、若い方たちも全くご存知なくなってしまった民俗で、本邦の平安時代以後の性交渉を暗に教える「貝覆いの遊び道具」である。明治以降、急速に忘れられてしまったものである。ウィキの「貝合わせ」の「江戸時代の貝合わせ」に拠れば(注記記号はカットした)、『江戸時代の貝合わせは、内側を蒔絵や金箔で装飾されたハマグリの貝殻を使用する。ハマグリなどの二枚貝は、対となる貝殻としか組み合わせることができないので、裏返した貝殻のペアを選ぶようにして遊んだ』。『また、対になる貝を違えないところから夫婦和合の象徴として、公家や大名家の嫁入り道具の美しい貝桶や貝が作られた。貝の内側に描かれるのは自然の風物や土佐一門風の公家の男女が多く、対になる貝には同じく対になる絵が描かれた。美しく装飾された合貝を納めた貝桶は八角形の形をしており』、『二個一対であった。大名家の姫の婚礼調度の中で最も重要な意味を持ち、婚礼行列の際には先頭で運ばれた。婚礼行列が婚家に到着すると、まず初めに』、『貝桶を新婦側から婚家側に引き渡す「貝桶渡し」の儀式が行われた。貝桶渡しは家老などの重臣が担当し、大名家の婚礼に置いて重要な儀式であった。現在では人前式のセレモニー「貝合わせの儀」として使用されるようになった』とあるものである。]

 

 乾蛤(ほしはまぐり)を淸國へ輸出するは、明治七年を最も多額とす。卽ち、三十三萬四千五百三十四斤に至り、爾來、乾燥の不良なるより、年々、減少せしが、又々、去る十五年より增加し、明治十八年は四拾壹萬餘斤を輸出せり。

[やぶちゃん注:「三十三萬四千五百三十四斤」二百・七二〇四トン。

「四拾壹萬餘斤」二百四十六トン余り。

   *

 さて。

斧足(二枚貝)綱異歯亜綱マルスダレガイ科ハマグリ亜科ハマグリ属ハマグリ Meretrix lusoria

であるが、まず、ウィキの「ハマグリ」を、一応、引く(注記記号はカットした。なお、途中の朝鮮民主主義人民共和国南浦市の郷土料理である「はまぐりの貝焼き」の話は私自身が食したことがないのでカットし、碁石の話や本邦の貝合わせの文化は既に述べたのでこれも省略した)。漢字表記は『蛤、文蛤、蚌、浜栗、魽、鮚』で、『俳句』で『は春の季語』である。『標準和名の「ハマグリ」は、Meretrix lusoriaという単一の種を表す。ただし、この他にも様々な用法があるため、生物学や水産学関連の文書以外での「ハマグリ」「はまぐり」「蛤」などが何を指すのかが不明な場合も多く、注意が必要である』。『古くは一般的な二枚貝類の総称として「ハマグリ」が使われた。和名構成の基幹ともなり、ベニハマグリ(バカガイ科)』(紅蛤:異歯亜綱マルスダレガイ目バカガイ科 Mactridaeバカガイ属ベニハマグリ Mactra achatina )、『ノミハマグリ(マルスダレガイ科)』(恐らく「蚤蛤」:マルスダレガイ目マルスダレガイ科ノミハマグリ属ノミハマグリ Turtonia minuta )『)など、「属」レベル・「科」レベルで異なる種に「○○ハマグリ」という標準和名が与えられることがある』。『ハマグリ属の二枚貝は』、『どれも外見が似ているため、水産市場や日常生活ではチョウセンハマグリ』(朝鮮蛤: Meretrix lamarckii 在来種)『やシナハマグリ』(支那蛤: Meretrix petechialis 外来種)『を含め、ハマグリと総称・混称される。実際、水産庁の「魚介類の名称のガイドラインについて」(平成19年7月)でも、ハマグリ属の総称として「ハマグリ」と呼んでもよいことになっている。また、ホンビノスガイ』(マルスダレガイ科メルケナリア属ホンビノスガイ Mercenaria mercenaria 外来種:和名「ビノス」は嘗つて本種をローマ神話に登場する愛と美の女神を冠したヴィーナス属 Venus に当てたことに由来する。しかも、面倒なことに、実は、本邦の東北以北に棲息するマルスダレガイ科カノコアサリ(鹿子浅蜊)亜科Mercenaria属に与えられていた属名であった)『(一名・シロハマグリ)も「ハマグリ」と呼ぶことがある。なお、国内で流通するハマグリと呼ばれる貝は、事実上全部チョウセンハマグリまたはシナハマグリである』。『和英辞典などでハマグリの訳語』の『一例として』『clamを当てるが』、『clamはハマグリとイコールの概念ではない。和独辞典などでハマグリの訳語とされるVenusmuschelについても同様(Venusmuschelの訳語としてマルスダレガイを当てる独和辞典もある)』である。『北海道南部から九州にかけての日本各地。朝鮮半島。台湾。中国大陸沿岸』に分布する。『日本では干拓や埋め立て、海岸の護岸工事などによって生息地の浅海域が破壊されたため、1980年代には個体数が急激に減少した。少なくとも1980年代以降、瀬戸内海西部の周防灘の一部、有明海の一部などの局地的な生息地を除く』、殆んど『の産地で絶滅状態になった。『千葉県レッドデータブック』でも本種は絶滅種 (EX) に指定されている。環境省の「第4次レッドリスト」では、絶滅危惧II類に指定されている(2012年)』。『殻は』、『丸みを帯びた三角形。やや薄い。外套線湾入は極めて浅い。近縁種のシナハマグリに比べ、後背縁はやや直線的。殻長8.5センチメートル、殻高6センチメートル、殻幅3.5センチメートル。殻の表面は黄褐色で2本の放射帯を持つものが典型であるが、個体差が大きい』。『淡水の影響のある内湾の潮間帯から水深20メートルの砂泥底に生息』。『産卵期は6-10月(ピークは8-9月)。2年で32ミリメートル、4年で44ミリメートル、5年で55ミリメートルまで成長する。寿命は少なくとも6年とされる』。『日本では、縄文時代にはすでに利用していたと考えられており、貝塚からの出土事例もある。東京の中里貝塚から大量に出土したハマグリの貝殻を分析した北区飛鳥山博物館によると、資源管理(大きく育つまで待ってから採取する)や、干し貝にして内陸へ供給していた可能性がある』。『以前は鹿島灘、九十九里浜、日向灘、石川県加賀海域が主要な産地であったが、水質汚染と干潟の大規模な埋立により水揚げは激減』し『、近年では国内で流通するハマグリ類の3/4はチョウセンハマグリである。その一方、福岡県糸島市の加布里(かふり)湾のように、禁漁期間・区域の設定、小さな貝は放流するといった規制により、ハマグリの資源保護と高級ブランド化に成功している地域もある』。『ハマグリは高級食材の一つで、大量に含まれる遊離アミノ酸が味に深みとコクを与える。殻付きの状態で潮汁、酒蒸し、焼き蛤など、剥き身として寿司、ハマグリ鍋、ハマグリ飯、ぬた、時雨煮など、利用範囲は広い。ただし、アサリやシジミ等と比較して価格が高いため、日常で食べる機会は少ない傾向にある』。『生のハマグリはビタミンB1を分解してしまう酵素アノイリナーゼを含むため、一般に生食には向かない』。『語源は「浜の栗」から。また、「クリ」は石を意味する言葉だとする説もある。石が地中にあるように砂の中に生息する本種をクリと呼んだ』。関連する「言葉」の項。「ぐりはま」と言う語は、『ハマグリの殻は向きを揃えないとぴったりと合わないことから、「はまぐり」を逆にした「ぐりはま」で「物事の手順・結果が食い違うこと。意味をなさなくなること」を表す。転訛して「ぐれはま」ともいう』。しばしば使う「ぐれる」は『「ぐれはま」の「ぐれ」を動詞化したもの。「予期したことが食い違う・見込みが外れる。不良化する」ことを表す』ことにズラしたもの。「蜃気楼」は『「蜃」をおおはまぐりと解釈し、ハマグリが吐いた粘液の中に現れる楼閣とされることがある』とあった。

 このウィキも、あまり面白くない。されば、私のサイト版の『「和漢三才圖會」卷第四十七 介貝部』の「はまくり 文蛤」を特異的に図版もともに、全文を転写して、最後に花を飾っておく。最後の「日本書紀」の初出は既に電子化したが、敢えて残した。なお、これは二〇〇七年に作成したものだが、三年前に全面再校訂をしてある。

   *

 

Hamaguri_20260620170401

 

はまくり

文蛤

ウヱン タツ

 花蛤

 【和名波萬久里

   古云宇牟木】

[やぶちゃん字注:以上は、前三行の下に入る。]

 

本綱文蛤生東海取無時小大皆有紫斑大者圓三寸小

者圓五六分曰文曰花以形名也凡蚌與蛤同類而異形

長者通曰蚌圓者通曰蛤然混穪〔→稱〕蚌蛤者非也

肉【鹹平】治五疳及婦人崩漏利小便止煩渇

                    西行

 夫木 今そ知る二見の浦のはまくりを貝合せとておほふなりけり

△按文蛤在海濵而形似栗故俗名濵栗大小不一大者

 圓三寸小者五六分灰白色有紫黑文而如花鮮明故

 曰文曰花又有純褐色者名油貝又有純白無文者名

 耳白貝【此二種者少百中一二有】皆殻厚能成對頭肩左短而白右

 長而淺緗色其耑〔=端〕有靑黑色小皮如耳粘着二殻令不

 離如門扉之鍱鋏能開闔其殻上爲陽下爲陰陽貝有

 三牙齒陰貝有竅受之似牝牡交能緊合若亂殻雖千

 万數皆齟齬而不合故堪爲割符又中有一肉柱名蛤

 丁粘殻凡蛤秋冬味勝矣勢州桑名炙蛤得名泉州堺

 浦之産小而味美也阿波之産殻厚扁大有四五寸者

 和石灰煑則殻色鮮明如琢成者以貯膏藥等甚佳又

 撰取極大者裏畫花鳥人物而取合其陰陽以爲女子

 弄遊謂之貝合婚禮必用之象和合之義矣參州之産

 最厚堅工人切磋作碁子

 景行天皇從上総[やぶちゃん字注:ママ。]至淡水門【安房之湊】時聞覺賀鳥之聲欲

 見其形尋而出海仍得白蛉於是磐鹿六鴈【人之名】以蒲

 爲手襁采白蛉爲膾以進之【覺賀者雎鳩也白蛉者蛤也】

 

   *

 

はまぐり

文蛤

ウヱン タツ

 

花蛤

【和名、「波萬久里」。古くは、「宇牟木」と云ふ。】

 

「本綱」に、『文蛤は、東海に生ず。取るに、時、無し。小・大、皆、紫斑、有り。大なる者、圓さ三寸、小なる者、圓〔(まる)〕さ、五、六分。「文」と曰い[やぶちゃん字注:ママ。]、「花」と曰ふは、形を以つて名づくるなり。凡そ、蚌と蛤〔(はまぐ〕りと、類を同じくして、形を異にす。長き者を通じて、「蚌」と曰ひ、圓き者を通じて、「蛤」と曰ふ。然るを、混じて「蚌蛤」と稱するは、非なり。

肉【鹹、平。】五疳及び婦人崩漏を治し、小便を利し、煩渇〔(はんかつ)〕を止む。』 と。

  西行

    「夫木」

   今ぞ知る二見の浦のはまぐりを

       貝合せとておほふなりけり

△按ずるに、文蛤は、海濵に在りて、形、栗に似たり。故に、俗に「濵栗」と名づく。大小、一〔(いつ)〕ならず。大なる者、圓〔(めぐ)〕り三寸、小き者、五、六分。灰白色に、紫黑文、有りて、花のごと、く鮮-明(あざや)かなり。、故に「文」と曰ひ、「花」と曰ふ。又、純-褐(きぐろ)色の者、有り。油貝と名づく。又、純白にして、無文の者、有り。「耳白貝」と名づく【此の二種は少なく、百中に、一、二、有るのみ。】。皆、殻、厚く、能く對(つい[やぶちゃん字注:ママ。])を成す。頭肩、左は、短かくして、白く、右は、長くして、淺-緗(もゑぎ〔→もえぎ〕)色。其の耑〔=端〕に、靑黑色の小皮、有り。耳(みみ)のごとく、二つの殻に粘着して、離れざらしむ。門-扉(とびら)の鍱-鋏(てうつがひ)のごとく、能く、開闔〔(かいかう)=開閉〕す。其の殻の上を陽と爲し、下を陰と爲す。陽貝に、三つの牙齒、有り。陰貝に、之れを受く、竅〔(あな)〕、有りて、牝牡の交はりに似て、能く、緊合す。若〔(も)〕し、亂殻の〔ある〕時は[やぶちゃん注:「時」は左の送りがなにある。]、千万數と雖も、皆、齟-齬(くひちが)ふを〔→齟齬ひて〕、合はず。故に、割符と爲すに堪へたり。又、中に、一つの肉柱、有り。「蛤丁〔(かうてい)〕」と名づく。殻に粘〔(ねばりつ)〕く。凡そ、蛤、秋・冬、味、勝れり。勢州桑名の炙蛤〔(やきはまぐり)〕、名を得。泉州堺の浦の産、小にして、味、美なり。阿波の産は、殻、厚く、扁たく大□□〔→にして〕、四、五寸の者、有り。石灰を和(ま)ぜて煑れば、則ち、殻の色、鮮-明(あざや)かにして、琢〔(みが)〕き成〔れ〕る者のごとし。以つて、膏藥等を貯ふるに、甚だ、佳し。又、極大なる者を撰び取り、裏に花・鳥・人物を畫〔(ゑが〕きて、其の陰陽を取り合はせて、以つて、女子の弄遊(もてあそび)と爲す。之れを「貝合〔(かひあはせ)〕」と謂ふ。婚禮に、必ず、之れを用ひて、和合の義に象〔(かたど)〕る。參州の産、最も、厚く、堅し。工人、切磋して碁-子(〔ご〕いし)と作(な)す。

景行天皇、上総[やぶちゃん字注:ママ。]より、淡-水-門(あはのみなと)【安房の湊。】に至る。時に覺-賀-鳥(みさごどり)の聲を聞きて、其の形を見んと欲して、尋ねて、海に出づ。仍〔(よ)〕りて白蛉(うむぎ)を得。是こに於いて、磐-鹿-六-鴈(いはかのむ〔つ〕かり)【人の名。】、蒲(がま)を以つて、手-襁(たすき)と爲し、白蛉を采り、膾〔(なます)〕と爲し、以つて、之れを進む【覺-賀(みさご)は雎鳩〔(しよきう)〕なり。白蛉は蛤〔(はまぐり)〕なり。】。

[やぶちゃん注:異歯亜綱マルスダレガイ科ハマグリ亜科ハマグリ属ハマグリ Meretrix lusoria であるが、李時珍が「本草綱目」で語るものは、当然、本種に限ったものではないので、チョウセンハマグリ Meretrix lamarckii 、ミスハマグリ Meretrix lyrate 、外来種で本来は本邦には棲息していなかった(自然分布は朝鮮半島西岸・中国・ベトナム北部)シナハマグリ Meretrix petechialis も挙げておく。それにしても、時にとんでもない迷信俗説の類を記載して平気でいる時珍が、プラグマティックに「蚌」「蛤」の混用を怒るというのは、これは当時の分類学が如何にイっちゃってるかを伝えるね。ちなみにハマグリ Meretrix lusoria の学名の基準標本は記述にも現われる「貝合わせ」に用いられたもので、殻の内側に公卿の絵が描かれているという。学名の属名“ Meretrix ”はラテン語で「娼婦・情婦」の意味、種小名“ lusoria ”は、「遊戯している・真面目でない」という意味である。「遊び女(め)の貝」とは、なんて、お洒落な! なお、「チョウセンハマグリ」という和名は私は差別的用法であり、断固として改名すべきものと考えている。本邦では、朝鮮原産でなくても、近代、「似て非なる」種に「チョウセン」と附すことが、まま、あったのである! これについては、『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 蛤蜊(ハマグリ) / ハマグリ(四個体)・チョウセンハマグリ(三個体)』で私の見解を述べているので、是非、参照されたい。

・「五疳」は、小児に特異的な症状の総称。五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)が乱れ、精神症状(夜泣き・疳の虫・ひきつけ等)や身体的な諸症状(食欲不振・嘔吐・下痢等)の二症状が複合的に発生することを言う。現代の小児医学での消化不良・自家中毒・小児脚気・小児結核・夜驚症・寄生虫感染症等を包括する概念と言える。

・「婦人崩漏」とは、婦人科の不正性器出血(月経期以外の時期に出血している状態もしくは月経後に出血が続く状態)を言う。西洋の学名が計らずも漢方の効能を暗示するではないか。

・「煩渇」は、激しい口の渇きで、「消渇」(糖尿病)の前駆症状か。

・西行の「夫木和歌抄」の和歌は続国歌大観番号八三八二番で、「山家集」にも所収し、以下のような詞書がある(底本は岩波日本古典文学大系を用いた)。

    伊勢の二見の浦に、さる樣(やう)なる女(め)の童(わらは)どもの集(あつ)まりて、わざとのこととおぼしく、

    蛤(はまぐり)をとり集(あつ)めけるを、「いふ甲斐(かひ)なき蜑人(あまびと)こそあらめ、うたてきことなり。」

    と申しければ、「貝合(かひあはせ)に、京より、人の申させ給ひたれば、選(え)りつつ採(と)るなり。」と申

    しけるに、

 今(いま)ぞ知(し)る二見(ふたみ)の浦のはまぐりを貝合(かひあは)せとて覆(おほ)ふなりけり

○やぶちゃん訳:今こそ私は知った! 侘しい二見の浦のがんぜない卑賤の少女たちが懸命に拾い集めているはまぐりを、我らは、「貝合わせしょ。」と言ふて覆っては、遊び暮らしていたのであったのだなあ……

なお、この歌に現われたものは、単純な女子の貝合わせとしての遊び道具ではなく、中に彩色画を描いた本格的な婚姻儀礼用に作製された豪華な貴族らの用いた貝覆いと考えてよいであろう。

・「純褐(きぐろ)色の者、有り」の「きぐろ」は、「黄黒」で、明るい茶褐色を示すかと思われ、全体にその一色を呈する個体があるということであろう。

・「油貝」という異名が「アブラガイ」と読むのであれば、現在、北海道北部でバカガイに対して用いられている(「耳白貝」は初「耳」にして不詳)。

・「頭肩」は、現在で言う「殻頂から前後の殻の曲線部分」を述べている。ちなみに、この部分は、 Meretrix 属の種を視認分類する時の決定的な相違部分である。

・「淺緗(もゑぎ〔→もえぎ〕)色」は、これ。

・「靑黑色の小皮」は勿論、靱帯を指す。

・「三つの牙齒」は、殻頂の内側にある三つの主歯。ちなみに、本叙述は殻を「上下」と称しているが、現在の分類学では、腕足類を除いて(これは発生学的に前後である)「左右」と呼称する。二枚貝では斧足の出る側が前と考えてよく、殻頂が上。そうして決まった前を下に、後ろを上にして貝殻を左・右とする。それでもよく分からない場合は、殻の内面に刻まれた筋(外套膜及び筋の付着部分)を見て、大きく内側に湾曲した方が普通は「前」と判断してよい。

・「覺賀鳥」は、ミサゴ Pandion haliaetus 。タカ目ミサゴ科(ワシタカ科に分類する説もあり)。本邦では繁殖は少数、絶滅危惧種に指定されている。留鳥で、冬季に西日本に多く見られる。大きさはトビほどで、「ウオタカ」「スドリ」の異名がある。中国名、雎鳩(しょきゅう)。海辺に棲息しており、魚類を主に摂餌し、古来、夫婦仲の良いものの象徴ともされる。これはハマグリの民俗との一致が見られて面白い。

・「白蛉(うむぎ)」「うむぎ」はハマグリの古名。後出の「海蛤」(うむぎのかひ)を参照。但し、時珍の記載は「白蛤」とすべきところを、「白蛉」と誤記しているとしか思われない。しかし、この誤字は致命的で、実はこの「白蛉」という熟語、現代中国語では、昆虫綱双翅(ハエ)目長角( 糸角・カ)亜目チョウバエ下目チョウバエ科サシチョウバエ亜科 Phlebotominaeのサシチョウバエ(♀は人畜の血を吸い、一部の種は原虫のキネトプラスト綱リパノソーマ目トリパノソーマ科 Trypanosomatidae の原虫リーシュマニアLeishmania の媒介者で、人獣共通感染症であるリーシュマニア症(時に重篤な死に至る疾患である)の感染源とされる)を指すから、とってもハップン、極度にマズいのだ!

・「磐鹿六鴈」に関わっては、平安時代初期に編纂された古代氏族の名鑑「新撰姓氏録」左京皇別上に、

   *

膳大伴部(かしはでのおほともべ)。阿倍朝臣と同じき祖。大彥命の孫、磐鹿六雁命(いはかむつかりのみこと)の後なり。景行天皇、東國に巡狩(かり)せしとき、上總國に至り、海路より、淡水門(あはのみなと)を渡り、海中に出でまして「白蛤(うむぎ)」を得たまふ。ここに磐鹿六雁、膾(なます)につくりて進(おく)る。かれ、六雁を、ほめて、膳大伴部を賜ふ。

   *

とある。良安が引用する部分は「日本書紀」景行天皇五十三年冬十月の条で、

   *

景行天皇巡狩東國。至上總國。從海路渡淡水門。出海中得白蛤。於是磐鹿六雁爲膳進之。

   *

に相当する(この景行天皇に関わる引用二件は、すべて、ネット上の複数の箇所から孫引きをし、勝手に正字化したもので、原文校訂はしていない。悪しからず)。]

   《引用終了》]

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