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2026/06/26

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その11) 尾斧貝

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの左ページから。

 

   尾斧貝《ををのかひ》

尾斧貝(ををのかひ)は、「延喜式」に『白貝(しらかひ)』とし、「本朝食鑑」に、『白貝』の字を『於保乃貝(おほのがい)』と訓(よま)しめ、又、『尾斧貝』の字を以てす。此ものは、『殼(から)、淡菜蛤(たんさいかう)に似て、而(しか)して、小(ちいさ)く、肉も亦、淡菜蛤に似て』、『味、佳ならす[やぶちゃん注:ママ。「ず」。]。海俗(かいぞく)、これを食(しよく)するのみ。勢(いせ)・尾(をはり)・參(みかわ[やぶちゃん注:ママ。])・豆(いづ)・相(さがみ)・武(むさし)・房(あは)の海濱、多く、これを采(と)る。古(いにし)へは、これを、賞すること、尤(もつとも)深し。』。而して、此乾製品は、淸國に輸出する乾貝類(ほしかいるい[やぶちゃん注:ママ。])の一(いつ)に居(を)れり。此を乾製するは、殼を放ちて、吊(つ)り乾(ほ)しとなすに、過(すぎ)ざるなり。

[やぶちゃん注:これは、「BISMaL」では、

異歯亜綱オオノガイ(大野貝)目オオノガイ上科オオノガイ科オオノガイ属オオノガイ亜属オオノガイ Mya (Arenomya)  oonogai

である。小学館「日本大百科全書」の奥谷喬司先生のものを引用する。『別名オオムラガイ(大村貝)、モンジュノシラガイ(文珠の白貝)など。日本全国の内湾の、淡水の影響のある泥底干潟にすみ、底質中に深く潜入している。このため、水管はきわめて長いのが特徴。殻は卵楕円』『形で灰白色。殻長100ミリメートル、殻高60ミリメートルに達し、前縁は丸く後縁は』、『いくぶん細まり、前後端がきっちりあわず、すこし開いている。殻皮はほとんど』、『はがれているが』、『腹縁で残っていて、水管の上にも連続している。内面は白色で、左殻頂下からスプーン形の大きい弾帯受けが突き出て』、『右殻頂の下に入り、それにのったようになった弾帯で両殻は結ばれている。外套』『湾入は深い。軟体も白色で、出入水管は合して太く長い。産卵期は4~10月で、1年で殻長40~50ミリメートル、3年で80ミリメートルぐらいになる。採取は冬に行われ、泥を深く掘り下げてとり、おもに水管を食用にする。』とある。なお、実は先生は、冒頭で本種の科名を『エゾオオノガイ科』とされているのであるが、これは所持する「吉良図鑑」(=保育社刊「原色日本貝類図鑑」昭和三四(一九五九)年改訂第三版の昭和四九(一九七四)年二十刷)でも『えぞおおのがい科』『Famliy Myidae』となっているそれである。しかし、現在、この科は消失している。以下、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページから引く。因みに、奥谷先生の郭皮の残りの様子を、如実に見ることが出来る。漢字表記については、『『目八譜』より。干潟などにいる二枚貝の中では突出して大きいので、「大の貝」となった。北海道根室などでは「大貝(おおがい)」だ。』とある。「生息域」は『汽水生。潮間帯の砂泥地に深く潜り込んでいる』。『北海道〜九州。朝鮮半島、中国北東岸。』とし、「基本情報」には、『北海道以南の干潟などに普通にみられた大型の二枚貝である。東京湾などでは年々とれなくなっっている』。『独特の苦味があり、また地域によってはあまりきれいとはいえない水域にいるので、食用としない地域の方が多い』。『東京湾などでは古くから食べられることはわかっていたが、好んで食べる人は希だったようだ』。『京都府などでも食用としていたが、現在も漁があり』、『加工を行っているのは北海道根室市だけだと思っている。根室市では6月と7月の大潮のときに漁協員限定で漁ができる。それを漁協員が干ものに加工して組合が買い上げる。』とある。河原田氏の簡素な解説も推して知るべしである。

『「本朝食鑑」に、『白貝』の字を『於保乃貝(おほのがい)』と訓(よま)しめ、又、『尾斧貝』の字を以てす。此ものは、『殼(から)、淡菜蛤(たんさいかう)に似て、而(しか)して、小(ちいさ)く、肉も亦、淡菜蛤に似て』、『味、佳ならす。海俗(かいぞく)、これを食(しよく)するのみ。勢(いせ)・尾(をはり)・參(みかわ[やぶちゃん注:ママ。])・豆(いづ)・相(さがみ)・武(むさし)・房(あは)の海濱、多く、これを采(と)る。古(いにし)へは、これを、賞すること、尤(もつとも)深し。』。』この河原田氏の引用は、甚だ、不審な箇所があるので、国立国会図書館デジタルコレクションの元禄一〇 (一六九七)年版の当該部を視認して推定訓読で起こす。

   *

白貝《しらかひ》【「於保乃貝(おほのかひ)」と訓ず。】

釋名「潮吹蛤(しほふき《かひ》)」【江中《かうちゆう》、淺處《あさきところ》に、能《よ》く潮《しほ》を吹く。故《ゆゑ》に名づくなり。白貝《しらかひ》、源順が「和名≪鈔≫」に『蛤類《がふのるゐ》』と爲すなり。】

集解殼、『淡菜蛤《たんさいかう/いがひ》』に似て、小《ちさ》きに、肉も亦、「淡菜蛤」に似て、而≪れども≫菜《さい》[やぶちゃん注:恐らく「足糸(そくし)」を指す。]、及び、紫茸《しじよう》[やぶちゃん注:足糸の根元か。]、無し。但(たゞ)黑茸《こくじよう》[やぶちゃん注:中腸を指すか。]・白肉《はくにく》、有りて、而≪れども≫、味、佳ならず。海俗《かいぞく》、之を食するのみ。勢・尾・參・豆・相・武・房の海濱、多く、之を采る。「≪本朝≫式」に『白貝』と稱す。古《いにし》へ、之を賞《しやう》するか。

   *

最後の部分とか、高校生でも誤読することはないのに、変だが、このうち、河原田の言っている『又、『尾斧貝』の字を以てす。』という記載は、これ、どこにもないのである。所持する東洋文庫版の島田勇雄(いさお)訳注を見ても、この『尾斧貝』という漢字表記は見当たらない。更に言えば、不思議なことに、国立国会図書館デジタルコレクションの横断検索を掛けても、ネット検索を掛けても、この『尾斧貝』は見出せないのである。そこで、最早、万事休すなのだ!

オオノガイを「尾斧貝」と漢字表記する記載はどこにも――ない――

のである。何方か、この謎を解明して下さる方が居られれば、是非、御教示下さい。

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