阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「怪榎」
[やぶちゃん注:底本はここから。句読点・記号を附加・変更し、段落を成形した。]
「怪榎《くわいえのき》」 益頭郡《ましづのこほり》、田中城にあり。傳云《つたへいふ》、
「當城大手內《おほてうち》『白子(しろこ)』と云《いふ》所に、本多豊前守某《なにがし》家士《かし》小池文藏と云《いふ》者の屋敷に、鎭守の稻荷社《いなりしや》あり。
此邊りに、諸木《しよぼく》を植《うう》るに、悉《ことごと》く、柊《ひひらぎ》となる。
松のみ、變ぜず。故《ゆゑ》に『松屋敷』と稱す。云云。」。
一奇《いつき》、と云《いふ》べし。
[やぶちゃん注:「榎」双子葉植物綱バラ目アサ科エノキ属エノキ Celtis sinensis 。博物誌・民俗学は、取り敢えず、私の『「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 榎』を見られたい。「お化け榎」「縁切り榎」等、怪異植物物(もの)には、榎は常連である。本書では、先行するものに『阿部正信編揖「駿國雜志」(内/怪奇談)正規表現版・オリジナル注附 「卷之二十四下」「燈明榎の怪」』が、ある。
「當城大手內『白子(しろこ)』と云所、本多豊前守某家士小池文藏と云者の屋敷に、鎭守の稻荷社あり」こう表現する以上は、以上は、どれも、田中城内内郭の中になくては、おかしい。しかし、内郭の旧配置などは、家士レベルでは、内郭の辺縁部としか想像できず、全く、判らない。「鎭守の稻荷社」とあるが、それらしいものは、グーグル・マップのここ(旧内郭相当)には見当たらない。一つ、「白子(しらこ)」という名前の由来に就いてのみは、情報を見出せた。個人ブログ「地域の歴史秘話を求めて~日本全国探訪記~」の「静岡県藤枝市」「■2016年6月25日(土)」の中の「1:藤枝(市街)」の「【出来事】」の「①白子町誕生秘話~鈴鹿市白子との関わり~」に、
《引用開始》
現在の藤枝宿は藤枝市街の商店街になっており、当時の面影は残っていない。
ちなみに、旧藤枝宿白子町は、白子(鈴鹿市白子)出身の小川孫三に因む。
家康の伊賀越えの際に家康を助け、白子から舟で常滑に送った孫三は、家康からのお礼として藤枝に土地を頂き、移住し、白子町の発祥となった。
小川孫三の末裔が営む小川眼科医院に、白子由来記の碑がある。
《引用終了》
しかし、以上の内容からは、小川孫三は家士ではなく、郭外に住んだ民間人である。何故、家士小池と小川との関係性も判らず、郭内にその「白子」を冠した屋敷があるのかも、判らない。これまでである。因みに、最後に出る由来記を彫った碑は、ここの眼科医院の敷地内である(グーグル・マップ)。]
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