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2026/07/15

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(八)乾貝並貝柱の說(その15) 板良貝柱

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここの右ページから。]

 

   板良介柱《いたらかいはしら》

板良介(いたらかい)、一《いつ》に『にしきかひ』と名(なづ)く。「日東魚譜(につとうぎよふ)」に『錦蛤(きんがう)』と曰ふ。穀色(こくしよく)[やぶちゃん注:「殼色(からいろ)」の誤字。東洋文庫版で、漢字のみ修正注がある。]を以て、之を名(なづ)く也(なり)。『蛤(かう)の形、羽蛤に似て』、『背上に細條理《さいでうり》あり』。『沙剌《しやし》の如く』、『其色、紅(こう)、黃(くわう)、或は鮮紅』、愛すべし。『未だ、漢名を知らず。』[やぶちゃん注:以上は後注で「日東魚譜」の原文を示すが、一応、引用らしい部分のみを二重鍵括弧を添えたが、引用としては、正確さに甚だ欠けており、河原田氏が勝手に表現をいじって、追加してしまっている。]但(たヾ)、殼を以て、玩(ぐわん)と爲(な)すと在(ある)ものなるが、此貝柱を乾製したるものは、近年、「いたや介」、柱と共に淸國に輸出する少許(せうきよ)にあらず[やぶちゃん注:「少しばかり」というレベルではない(相応の輸出を行っている)。]。然(さ)れども、此介は、成長の度(ど)、甚だ、遲きを以て、捕季(ほき)を制定せざれば、每年に利を得る、なし。此板良介は、五、六月の間(あいだ[やぶちゃん注:ママ。])に採捕(さいほ)するものなるが、小介(せいかい)を、悉(ことごと)く捕(と)るより、四、五年、或(あるい[やぶちゃん注:ママ。])は、七、八年も、甚だ、產額を滅ずること、あり。

 乾製法は殼を去り、貝肉、凡そ、二斗五升に、食䀋(しよくえん)二升五合を和(くわ)し、入置(いれおき)しこと、一夜(いちや)にして、釜に入れ、煑ること、凡《およそ》十五分間にして、莚蓆(むしろ[やぶちゃん注:二字へのルビ。])に散布し、日乾(ひほし)すべし。

[やぶちゃん注:これは、

翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ上科イタヤガイ科カミオニシキ亜科カミオニシキ属ニシキガイ Chlamys squamata

である。ここでは、先ず、保育社の『吉良図鑑』(昭和三四(一九五九)年改訂版)を引く。『殻は中形で左殻は少し膨れるが右殻は殆ど平坦である。殻表には強弱のある低い放射肋が約5条あり, 肋間に3~4条の小間肋を挾む。主肋間肋共に大小の鱗片が粗く突起する。色は多食形で白色・褐色・紅色など種々あり, 斑紋は雲状斑が多い。足糸彎入』(一部の斧足類の中で、殻の縁の一部が小さく弓型に窪んで、足糸(そくし:やはり一部の二枚貝がも持つ体内から分泌する細い糸状部位。これで貝を岩や小石に附着させる)を出す部分のこと)と櫛歯』(足糸を出す部分の突起を指す。足糸を綺麗に梳き広げて、安定して岩に固着させるための部分)『も顕著である。本州南部以南5~10fms.』(英語:fathom(s)(ファゾム:漁業上に使われる水深単位「尋(ひろ)」の略。同図鑑概説では6尺換算しているので、一・八二~十二・七三メートルである)とある。

 次に、小学館「日本国語大辞典」を引く。『にしき‐がい‥がひ【錦貝】』『① イタヤガイ科の二枚貝。房総半島以南に分布し、水深一〇~五〇メートルの岩や小石に付着する。殻はホタテガイに似て』、『丸みを帯びた扇形を呈するが、小形で殻が薄い。殻長約四センチメートル。約二〇条の放射肋』『が走り、そのうち強い放射肋上には短い鱗片状の突起をそなえる。殻の色は褐色・黄・赤・紫など多彩で、不規則な雲形模様を呈するものが多い。殻は観賞用にされる。みやこがい。〔書言字考節用集(1717)〕』。『② 貝殻に美しい模様のある貝。』。

 ウィキはないので、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の当該種のページを引く。「漢字」は『丹敷介、丹敷貝、錦介、錦貝』。「由来・語源」『『丹敷能浦裏』より。色合いから』。「生息域」は『海水生。房総半島以南。インド・西太平洋域』で、『水深5〜40メートル』。「生態」は『足糸で岩礁について棲息する。』とし、「基本情報」の項には、『市場に入荷することも、食用とされることもない。貝の収集の対象。』『淡い紅色が美しい』と終わる。なお、そこに出た「丹敷能浦裏」というのは、誤記で、「丹敷能浦裹」が正しく、「にしきのうらつと」と読む。「渚ノ錦」「渚の丹敷」。Terumichi Kimura氏の貝類サイト「@TKS」「貝の和名と貝書」によれば(以下、引用ではアラビア数字を漢数字に代えさせてもらった)、曾永年著で享和三(一八〇三)年刊、上下二巻。『上巻は二枚貝、下巻は巻貝で、合計百二十三項、五百四十品。付録五十四品を載せている』。『緒言によれは美麗な彩色図があるはずだが詳細不明。曾永年は通称を占春といい、薩摩候 島津重豪の記室。占春は貝類を記載するに当たり、ある一個の代表種を題目に掲げ、 類似のものはその下に取り纏めて記するような方式をとっ』ているとある。当該書は「東京国立博物館デジタルライブラリー」で原本画像(カラー)を見ることが出来る。ここである。以下、字起こしをしておく。右附き送り仮名はフラットにし、読みは( )で示した。

   *

錦木(ニシキ) 無對ノ類形礒(イソ)貝ニ似タリ表ノ縁(ヘ)リ黄色正中赤ク光艷アリ內チ黄白光アリ光彩他ノ介ニ勝(マサ)レリ愛ヘシ

   *

この図は、まあ、解説と図からニシキガイに同定出来る。なお、「礒(イソ)貝」は先行するここに出るが、色も形も似ていない。「䗩(ヨメノサラ)ニ似テ」以下の解説と図の形状から、私は腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目スズメガイ科スズメガイPilosabia trigona ではないかと推測する。

 しかし、以上の通り、如何なる現代のニシキガイの記事では、ここに記されるような食用対象の記載は、全くないのである。貝類収集家である私も、貝殻は幾つも持っているものの、これを食べたことは、ない。小さ過ぎる。されば、ここに列挙されていることには、正直、驚いた。というより⋯⋯「これって⋯⋯何か、もっと大きな別種じゃないか?」と深く疑っているのである。

「日東魚譜」私はカテゴリ『神田玄泉「日東魚譜」』を持っているが、四記事で停滞している。実は、彼の図譜が好きになれないからである。同書については、その初回『カテゴリ 神田玄泉「日東魚譜」 始動 / 老金鼠(ホヤ)』を見られたい。国立国会図書館デジタルコレクションのここが当該部である(左丁終り)。訓読しておく。推定訓読部は《 》で示した。推定脱落訓点は≪ ≫で添えた。

   *

錦蛤【同上】[釋名]形、羽蛤《はかひ》に似て、紅黃綘色、相交《あひまじは》る故に「錦蛤」(にしきかい[やぶちゃん注:ママ。])≪と≫名《なづ》く。狀、羽蛤より小んして、背の上、條理《でうり》有《あり》て、𮈔《いと》のごとく、沙刺、生ず。未だ漢名を知らず。

   *

・「同上」前の「羽蛤」の割注に『和品』とあるのを指す。

・「羽蛤」これ、ご覧になれば判る通り、貝殻の形状は、全く以って、ニシキガイとそっくりである。モノクロームだったら、別種とは思えないのである。ニシキガイは、幾つも採取したが、実は、貝殻背部の色は非常にヴァリエーションが多く、全体が白いものもある。ここまで白いには、所謂、白化個体であろう。それが一番しっくりくるのである

「いたや介」前の「(その14) 板屋貝柱」を見よ。]

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