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2026/08/14

河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 下卷(九)乾魚並に䀋魚の說(その9) 乾鱈

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここから。]

 

   乾鱈《ほしたら》

 

 鱈(たら)は古名『由支(ゆき)』にして、「新撰字鏡(しんせんじきよう[やぶちゃん注:ママ。])」に『𩺴』を『由支(ゆき)』と訓ず。「古名錄(こめいろく)」に『多樂(たら)』、『韓名(かんめう[やぶちゃん注:ママ。「かんめい」でよい。現代仮名遣「かんみょう」なら「かんみやう」。])、呑魚(どんきよ[やぶちゃん注:ママ。])』とす。『鱈』の字は、諸往來物(しよおうらいもの[やぶちゃん注:ママ])等(とう)の外(ほか)、古書に見へ[やぶちゃん注:ママ。]ず。漢名は『大口魚《だいこうぎよ》』といふ。北海(ほくかい)に產し、寒(かん)を喜(よろこん)で暖(だん)を喜ばす[やぶちゃん注:ママ。「ず」の誤植。]。味(あぢは)ひ、䀋(しほ)に宜(よろ)しくして、初め、之を採る。先つ[やぶちゃん注:ママ。「づ」の誤植。]、䀋を以(もつ)て、口腹(くちはら)に盈(みつ)る時は、久(ひさしく)して、腐(くさ)れず。偶々(たまたま)、些(すこし)の臭氣(しうき)あり、梢(やヽ)可(か)なり。又、微(すこし)、䀋(しほ)を以てするもの、『一(ひ)と䀋(しほ)』と名《なづ》けて、其(その)味(あじは[やぶちゃん注:ママ。])ひ、上品とす。多䀋(たゑん[やぶちゃん注:ママ。])のものを、下品(かひん)とす。生鮮(せいせん)のものは、淡白(たんぱく)にして、美味とす。亦(ま)た、新奇(しんき)を賞(しよう[やぶちゃん注:ママ。])す舊幕時代(きうばくじだい)には、奧羽の諸侯、之を朝貢(てうこう)せり。孟冬(もうとう[やぶちゃん注:ママ。「まうとう」が正しい。「孟」は初めの意で、「冬の初め・初冬」、また、「陰暦十月の異称」である。])、開爐茗會(ろひらきちやくわい)の際、京都・江戸、新奇を好み、或(あるひ)は歲旦(さいたん)、之(これ)を、昆布鱈(こんぶたら)、吸(すい)ものとし、冠昏大饗(かんこんだいけやう[やぶちゃん注:ママ。「かんこんだいきやう」が正しい。冠婚・宴会料理。])の餽(おく)りもの[やぶちゃん注:「餽」は訓「おくる」で原義は「祭(まつ)る・死者の霊に食物を供えてまつる」であるが、別に「食物や金品を贈る」の意を持つ。]とせり。之を『眞鱈(まだら)』といふ。一種、『介黨(すけとう[やぶちゃん注:ママ。歴史的仮名遣では「すけたう」が正しいが、ここでは、以下、現代仮名遣で述べている。])』と稱するもの、あり。形、小(ちいさ)きも、味(あじは)ひ、亦、佳(か)なり。朝鮮(てうせん)にて、是(これ)を『明大魚(めいたいぎよ)』といふ。乾製(かんせい)に二法(にはう)あり。胴(どう)を割(わ)り、淡乾(しらほし)するものを『棒鱈(ぼうたら)』といひ、胴を開きて䀋乾(しほほし)するものを『干鱈(ひだら)』といふ。『棒鱈』は眞鱈(まだら)に限れり。而(しか)して、此ものは、近年、淸國に輸出すること、逐年(ちくねん)[やぶちゃん注:「年々・毎年」の意。]に、多きを加へたり。十七年、橫濱輸出「棒だら」、二百萬斤、價(あたひ)拾萬圓、『すけと』、五萬斤、價千七百五十圓なり。又、「すけと[やぶちゃん注:ママ。「すけとう」。]」の一種に、九州にて「すけそう」といふもの、あり。明治十八年、脊割乾(せわりほし)となして、長崎港にて、淸人へ、百斤の價、五圓五十錢にて販賣せり。尤(もつと)も、北海道の「すけとう」と、九州の「すけそう」とは、少しく、異(こと)なれり。此魚は、對州(たいしう)[やぶちゃん注:対馬(つしま)。]にて『めぐだい』、朝鮮にて『明大魚(めいたいぎよ)』と稱せり。

[やぶちゃん注:これは広義には、

条鰭綱タラ目タラ亜目タラ科 Gadidae

に属するタラ類を指し、本邦では、

タラ科マダラ(真鱈)属マダラGadus macrocephalus

タラ属スケトウダラ(介党鱈・鯳) Gadus chalcogrammus

コマイ(氷下魚)属コマイ Eleginus gracilis

の三属三種が分布する。但し、狭義にはマダラを指す。しかし、この本文では、

スケトウダラがメイン

で語られている(漢名「介党鱈」は、ご覧の通り、歴史的仮名遣では「すけたうだら」となる)から、以下、ウィキの「スケトウダラ」を引用する(注記記号はカットした)。

『スケトウダラ』『は』、『スケソウダラ(介宗鱈・助惣鱈)とも呼ばれる。北太平洋に広く分布するタラの一種で、重要な漁業資源となっている。深海魚でもある』。『北太平洋に広く分布し、その範囲は日本海、宮城県以北の太平洋沿岸、オホーツク海、ベーリング海、カリフォルニア州沿岸までとなっている。しかし、広い範囲を回遊せず』、『比較的狭い範囲の群れを形成していると考えられている。なお』、『南方の海域で漁獲された事例としては、1984年(昭和59年)5月17日に千葉県館山市平砂浦の伊戸沖2 kmに設置された定置網で、スケトウダラ(体長約40 cm)数匹がマスノスケ』(鱒の介・𮫼:サケ亜科タイヘイヨウサケ属マスノスケ Oncorhynchus tschawytscha )『(体長115 cm、体重16 kg)やヒラマサ』(平政・平鰤:条鰭綱アジ目アジ科ブリ属ヒラマサ Seriola lalandi )、『ブリ』(鰤=異名:ハマチ・八町)アジ科ブリ属ブリ Seriola quinqueradiata )『などとともに漁獲されたという事例があるが、千葉県内水面水産試験場によれば、スケトウダラはアリューシャン方面で漁獲される魚であり、千葉県内の海で漁獲されることは』、『通常』、『考えられないという』。『産卵期以外は水深500 mまでの沿岸や大陸棚斜面の海底近くに生息する。最も多いのは水深300 m 前後。海水温が低下する産卵期には、浅場や海面近くに現れることもある』。『体長約70cm、最大で全長1m程度、体重1,400 gに達するが寿命は不明である。3歳以上で性成熟し、産卵期は海域によって異なり12月から翌年3月、分離沈性卵を産卵する。稚魚は春先の藍藻類の大増殖期の頃に孵化し、成長すると沖合の深い海域に移動する。年級と魚体の大きさの関係は、4歳 36cm 499g、5歳 41cm 525g、6歳 44cm 592g、7歳 47cm 660g』。『マダラ』(マダラ属マダラ Gadus macrocephalus 。最大で全長一・二メートル、体重二十三キログラム程に達する)『よりは小さい。背側の体色は褐色で、まだら模様が繋がった2本の縦帯模様がある。腹側は白色。タラ類に共通の特徴である、3基の背鰭と2基の臀鰭(しりびれ)をもつ。外見はマダラやコマイに似るが、スケトウダラは目が大きく、下顎が上顎より前に出ており、口ひげは』、『ほとんど目立たない』。『肉食性で、貝類、頭足類、甲殻類、小魚などいろいろな小動物を捕食する』。『産卵期のスケトウダラは、威嚇・攻撃行動時に800Hz以下の鳴音、求愛・産卵時に500Hz以下の鳴音を発する』。『日本付近の群れは』、『産卵場所と生育場所が異なる「日本海北部系群」「根室海峡」「オホーツク海南部」「太平洋系群」に分けられる』。『独立行政法人 水産総合研究センターの報告によれば、スケトウダラ太平洋系群の資源量は、1981年から2005年度までは約90万トン~130万トン程度の範囲で増減していたが、1993年度以降急減し2006年度以降も減少傾向が続き2010年度は、83万トン程度と推定されている。0歳魚の新規加入量の多かった年は、1981,1982,1991,1994,1995,2000であるが、1996年以降は』、『概ね』、『新規加入量/親魚の比率が低い値で推移している』。『日本周辺での漁獲量減少は、乱獲が指摘されているほか、対馬暖流の強勢や』、『水温の上昇による回遊経路の変化から産卵海域が縮小している可能性も報告されている』。『漁獲の対象となるのは2歳魚以上で、オホーツク海を中心として沿岸での底引き網や延縄などで漁獲されるが、TAC』(Total allowable catch)『制度(漁獲可能量制度)により海域毎に漁法と期間が規定されている。ロシアの排他的経済水域設定以前は、オホーツク海、樺太沿岸、北方四島周辺海域は好漁場でトロール船による漁獲量が多かった』。『1814年に』ドイツの動物学者・植物学者で、ロシアのサンクトペテルブルク科学アカデミーの教授であった『ペーター・ジーモン・パラスによって記載され、タラ属の一種としてGadus chalcogrammusの学名が与えられた。種小名 chalcogrammus は古代ギリシア語のχαλκός(真鍮)とγράμμα(線)の複合語で、体の模様に由来する。その後』、『1898年に本種のみを含むTheragra 属が設立された。Theragraは古代ギリシア語のθήρ(獣)とἄγρα(獲物)の複合語で、キタオットセイ』(哺乳綱ネコ目アシカ(海驢・葦鹿)科キタオットセイ(北膃肭臍)属キタオットセイ Callorhinus ursinus )『の主食となっていることに由来する。しかしmtDNA』(mitochondria deoxyribonucleic acid)『を用いた分子系統解析により』、『本種はタイセイヨウダラと近縁であることが示され、2008年には本種を再びタラ属に戻すことが提案された。FDA』(アメリカ食品医薬品局:Food and Drug Administration)『もこの提案を追認している』。『日本では』、『一般にスケソあるいはスケソウとも呼ばれ、その名の由来には諸説がある。佐渡について書かれた史料』「秉穗錄」(現代仮名遣で「へいすいろく」と読む。「秉」は、これ自体が「一本の稲穂を取り持つ」ことを意味する)。尾張藩に仕えた儒者岡田新川(しんせん)、号雲霞堂老人による考証随筆で、寛政一一(一七九九)年に成立。)『によれば、佐渡にはスケトウという魚があり、漢字で「佐渡」と書く、と記述されており、佐渡を名前の由来とした魚だという』(同書は私も所持しているが、国立国会図書館デジタルコレクションの『日本隨筆大成』巻十(昭和三(一九二八)年日本随筆大成刊行會刊)のこちらと、こちらで確認出来る)。『また』、スケトウダラ研究者(所持する末広恭雄「魚の博物事典」(講談社学術文庫・一九八九年刊)で確認した)『竹野肇の主張によれば、元々はスケソという名前であり、『助宗鱈』という字が当て字されたことに由来するという』。「大言海」『によれば、「鮭の鱈」が転訛して「スケタラ」となったのが』、『名前の由来とされる』国立国会図書館デジタルコレクションのここの「すけとだら」で確認出来るが、推定である)。『また、タラを漁獲するのには人手が必要であることから、漁に助っ人が必要なタラということで「助っ人ダラ」を由来とする説もあるが、この由来は「いささか穿った見方」だと指摘されている』(前掲書で確認した)。『地方によりさまざまな呼び名があり、新潟県でスケトウ・ナツトオダラ・ヨイダラ、富山県でキジダラ・キダラ・シラミダラ、島根県でスケドオなどと呼ばれるほか、中国語ではミンタイ(míngtài / 明太)/ ミンタイユィ(míngtàiyú / 明太魚)、朝鮮語ではミョンテ(명태 / 明太、myeongtae)、ロシア語ではミンターイ(минтай / mintaj / mintay)と呼ぶ。メンタイ・ミンタイという名称と「明太子(めんたいこ)」の名はここから来ている。また、2-3歳くらいの未成魚をピンスケ、ピンコ、それより小さいものをマゴスケ、くぎなどと呼び分けることもある』。『日本においては重要な水産資源である一方で、傷みが早いため』、『鮮魚として流通することは少なく、かまぼこを初めとする魚肉練り製品の主原料としての需要が多い。また、養殖魚の配合飼料のほか加工残渣は家畜類の飼料や肥料として利用される。冷凍技術が発達する以前は、鮮度が低下した魚は肥料として利用されていた。 加工用途以外ではフライやムニエル、乾物の棒鱈に多く利用される。脂肪が少ない身質で水っぽく生食には適さない。 また、スケトウダラの卵巣は比較的珍重されており、塩漬けにしたたらこや唐辛子を加えた辛子明太子が作られる。また、白子はタチと呼ばれ味噌汁等に利用されるが、マダラの白子に比べると味が劣るため価格は安い。 最近では、麺にも加工されている』。マクドナルドのサンドイッチ『フィレオフィッシュ』(Filet-O-Fish)『の材料としても多く利用されている』。『釣りの対象魚でもあり、餌にはイカや小魚が使用される』とある。

「新撰字鏡」は平安時代の漢和字書。全十二巻。僧の昌住(しょうじゅう)著とされるが、事績は不詳。昌泰年間(八九八年~九〇一年)に成立。漢字二万余字を偏・旁などによって百六十部に分け、字音・字義・和訓を付したもので、現存する最古の漢和字書である。一説に寛平四(八九二)年に三巻本が完成したとされるが、原本や写本は伝わっていない。その三巻本を元に増補した十二巻本が同年間に完成したとされ、写本が現存する。この十二巻本には約二万千字を収録する。当該部は、「国書データベース」のここの、右丁下段三行目で確認出来る。

『「古名錄(こめいろく)」に『多樂(たら)』、『韓名(かんめう)、呑魚(どんきよ[やぶちゃん注:ママ。])』とす。』「古名錄」江戸末期の本草学者・博物学者であった畔田翠山(くろだ すいざん/源伴存)が天保一四(一八四三)年に纏めた、本邦の植物・動物・魚介などの古名・方言・異名に関する大著。著者に関しては、私の『カテゴリ 畔田翠山「水族志」 創始 / (二四六) クラゲ 《リロード》』を見られたい。当該部は、国立国会図書館デジタルコレクションの『日本古典全集』 第五期(正宗敦夫編・日本古典全集刊行會・昭和一〇(一九三五)年刊)の同書の「卷第五十四」の「魚部 海魚類 上」のここの左丁「多樂(タラ)」以下を見よ。そこでは、その出典を「尺素往來」(せきそわうらい(せきそおうらい))とする。同書は、室町時代後期に一条兼良によって編纂されたと言われている往来物で、全二巻。この「往来物」とは、平安後期から明治初頭にかけて、主に往復書簡などの手紙類の形式をとって作成された初等教育用の教科書の総称である。直後で、河原田氏は、「『鱈』の字は、諸往來物(しよおうらいもの)等(とう)の外(ほか)、古書に見へず」と言っており、ということは、「鱈」(=広義のタラ類)という使用は、明治初頭以前には、一般的には使われていなかったらしいことが、判る。また、「韓名(かんめう)、『呑魚』とす。」というのは、出典を「東醫寶鑑」とする。これは、李氏朝鮮時代の医書で全二十三編二十五巻から成る医書で、作者は医師の許浚(きょしゅん/ホ・ジュン)の著。一六一三年に刊行され、「朝鮮第一の医書」として評価が高く、中国・日本を含め、広く流布した。探すのに往生したが、国立国会図書館デジタルコレクションの「続東医宝鑑」(笠原之也訳・一九七三年日韓経済新聞社刊)の「湯液篇㈡」の「八、魚部」のここで見つけた。標題の「夻魚」の「夻」は「吞(呑)」の異体字である。

   *

   一七、 夻魚

 性は平らで味は鹹、無毒である。補気には腸と脂が良い。(俗方)

   *

「漢名は『大口魚《だいこうぎよ》』といふ」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「たら 㕦魚」を見られたいが、そこで「魚の大口の者を㕦と云ふ。」に注して、私は『「廣漢和辭典」の「㕦」には、原義は「大声」とし、二番目の意味に「大きい口」として、明代の字書である「字彙」から『㕦、魚之大口者曰㕦』と引用する。』と書いた。

「開爐茗會(ろひらきちやくわい)」茶道に於ける大切な茶会で、冬になって初めて囲炉裏(いろり)又は茶事の炉(ろ)を開いて用いること。正式には、十月の終わりから十一月初めにかけて行事である。

「二百萬斤」百二十キログラム。

「五萬斤」三十トン。

『「すけと[やぶちゃん注:ママ。「すけとう」。]」の一種に、九州にて「すけそう」といふもの、あり。』九州というのは、怪しい。スケソウダラは、日本海側でも山口県以北が南の限界である。タラ科 Gadidaeのマダラとコマイもあり得ない。従って、これは、まったく別種の魚である。検索してみたところ、正体が判明した。これは、私も好物だが、市場への入荷量が少ないため、高級魚とされる、

条鰭綱ペルカ目Perciformes(目名は「パーチに似た魚類」の意で、旧カサゴ目、及び、旧トゲウオ目の一部が統合された二〇一六年に独立した極めて新しい目名である)アラ(𩺊・阿羅・敏魚)科アラ属アラ Niphon spinosus

である。サイト「日本の旬   魚のお話(秋の魚-20)」の「𩺊(あら)」の「地方名」の頭に、

   *

スケソウダラ(長崎)・・・・・・・・長崎で助宗タラが獲れるということで調査船まで出して調べたら、その正体はアラだったとわかった。

   *

とあった。なお、以下、「此魚は、對州(たいしう)にて『めぐだい』、朝鮮にて『明大魚(めいたいぎよ)』と稱せり。」というのは、訳が判らない。対馬でアラを「メグダイ」と呼んでいるという事実を、ネット上では確認出来ず、「明大魚」は、少なくとも現在の韓国では、スケソウダラを指すからである。

 

本邦北海(ほつかい)の『大口魚(たら)』漁塲(ぎよじやう)は、地球上、屈指の良塲(りやうじやう)にして、殊に、此ものヽ肝油(かんゆ)は、貴重の藥品となるものなれば、漁船を改良して、增益(ぞうゑき[やぶちゃん注:ママ。「ぞうえき」でよい。])せんことを、希望す。

 

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