河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 下卷(九)乾魚並に䀋魚の說(その12) 乾飛魚
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、第一始動の記事、及び、「(一)鰑の說(その2)」の前注の太字部分を参照されたい。今回はここから。]
乾飛魚《ほしとびうを》
飛魚(とびうを)は、「倭名鈔」に『鰩(よう[やぶちゃん注:ママ。「えう」が正しい。])』を『止比乎(とびを)』と訓ず。「多識篇」に、『文鰩魚(ぶんようぎよ[やぶちゃん注:ママ。「ぶんやうぎよ」が正しい。])、本草を考(かんがふ)るに、一名、飛魚(ひぎよ)』とし、「酉陽雜俎(やうようざつし[やぶちゃん注:ママ。])」には『飛魚』とす。九州・中國等にて、一名『あこ』、長門にて『つばくらうを』、石見にて『つばめうを』とす。漢名は、「典籍便覽」に『鰩魚』、又、『五色魚』とし、「正字通」に『𩹉(ひ)』、又、『鯡(ひ)』とす。一種、薩州の飛魚は兩鰭(りやうし)、相交(あひまじわ[やぶちゃん注:ママ。])るもの、あり。又、一種『くさい』は、仙臺にて、『とびうを』とも、『ともきす』とも、いひ、讃岐にて、『みのかさご』、紀伊にて、『しまをこぜ』、又、『やまのかみ』、淡路にて、『くろぼう』、安藝にて、『なぬかぼしり』、伊豫松山にて、『うみしてう』、仝國(どうこく)吉田にて、「ほご」といふもの、あり。
[やぶちゃん注:これは、
条鰭綱ダツ目トビウオ科Exocoetidaeのトビウオ類
を指す。以下、「BISMaL」を参考に本邦に分布する種を示すと(漢字名は「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」他を参考にしたが、全く判らないものは、示さなかった)、
ツクシトビウオ(筑紫飛魚)(=ハマトビウオ(浜飛魚))亜科Cypselurinae
ツクシトビウオ属 Cheilopogon
・サンノジダマシ(恐らく「三の字騙し」) Cheilopogon abei
・トビウオ Cheilopogon agoo
・イマイトビウオ(恐らく魚類学者今井貞彦氏に因んだ「今井飛魚」) Cheilopogon arcticeps
・アカトビ(赤飛) Cheilopogon atrisignis
・カラストビウオ(烏飛魚) Cheilopogon cyanopterus
・オジロトビ Cheilopogon exsiliens
・シロフチトビウオ (白縁飛魚)Cheilopogon furcatus
・ハマトビウオ(浜飛魚) Cheilopogon pinnatibarbatus japonicus
・チャバネトビウオ(茶羽飛魚) Cheilopogon spilonotopterus
・マトウトビウオ(的飛魚) Cheilopogon spilopterus
・オオアカトビ(恐らく「大赤飛」) Cheilopogon suttoni
・オオメナツトビ(大目夏飛) Cheilopogon unicolor
・ツクシトビウオ(筑紫飛魚)属Cypselurus
・ヒメアカトビ Cypselurus angusticeps
・ツクシトビウオ Cypselurus doederleinii
・ Cypselurus hexazona
・ホソトビウオ(細飛魚) Cypselurus hiraii
・ウチダトビウオ(内田飛魚) Cypselurus naresii
・Cypselurus oligolepis (漢名「少鱗燕鰩」)
・アヤトビウオ(綾飛魚) Cypselurus poecilopterus
・アリアケトビウオ(有明飛魚) Cypselurus starksi
ニノジトビウオ(二ノ字飛魚)属 Hirundichthys
・ ツマジロトビウオ(恐らくは「爪白飛魚」) Hirundichthys affinis
・ Hirundichthys albimaculatus
・ホソアオトビ(細青飛) Hirundichthys oxycephalus
・ Hirundichthys rondeletii
・ニノジトビウオHirundichthys speculiger
ダルマトビ(恐らくは「達磨飛」)属Prognichthys
・ザカトビウオ Prognichthys brevipinnis
・ダルマトビ Prognichthys sealei
の☆二十七種である。ウィキの「トビウオ」を引く(注記記号はカットした。「分類」の項は上記のものが正確と断ずるので、カットした)。『トビウオ(止比乎、飛魚、鰩、𩹉 、文鰩魚、英: Flying fish)は、ダツ目トビウオ科に属する魚類の総称。太平洋、インド洋、大西洋の亜熱帯から温帯の海に生息する海水魚で、世界で50種ほど、日本近海でも30種弱ほどが知られる』。『「トビウオ」の名前の由来は、水上に飛び出し、胸ビレを広げて滑空することから。日本では食用魚として漁業の対象となり、九州や日本海側ではアゴの別名で呼ばれる。島根県の「県の魚」に指定されている』。『細い筒状の逆三角形の断面を持つ体をしており、最大の種でも、全長は約30-40 cm。体色は背は藍色、腹は白色で、青魚の一つ。胸ビレが発達して著しく大きく、尾ビレは』、『上端と下端が長く伸びたV字状で、特に下端が長く』、『水面滑走時に水中へ推進力を効率よく伝えられるようになっている。滑空時には胸ビレを広げるので、これがグライダーの翼のような役割をする。腹ビレも大きい種もおり、この場合には翼が4枚あるように見える』。『一般に陸地に近い沿岸部に多い。海の表層近くに生息し、動物プランクトンなどを食べる。水上に飛び出して、海面すれすれを猛スピードで滑空する。これは主に、マグロやカジキ、シイラなどの捕食者から逃げるためといわれる。滑空時は100 mくらいは当たり前に飛ぶことができ、水面滑走時の速度は35 km/h、空中滑空時の速度は50-70 km/h、高さ3-5 mに達する(大型のものであれば600 m程度滑空するものがある)』。『平均的には、風上に向かって、海面の上約2 mを、100-300 m飛ぶ。滑空中に急に海中に入る必要が生じた時は、急ブレーキをかけることもでき、また、空中で方向転換も可能である』。『勢い余って漁船などに自ら飛び込むこともある。2008年5月、NHKのクルーが鹿児島県沖のフェリーから45秒にわたって(時々水面を尾びれで叩きながら)飛び続ける様子を撮影し、映像として捉えられた記録としてはおそらく過去最長であると報じられた』。『産卵は、流木や海藻に粘着性のある卵を産みつける。』以下、「食材としてのトビウオ」の項。ノルウェーの人類学者・海洋生物学者にして探検家としても知られる『トール・ヘイエルダール』(Thor Heyerdahl 一九一四年~二〇〇二年)は、著書「コンチキ号漂流記」‘ The Kon-Tiki Expedition ’(一九四八年刊)『にトビウオに関しての記述がある。昼夜別なく、イカダの上の乗組員にぶつかって来るので』、『辟易したが、食べると』、『美味なので怒りを忘れてしまうという話であった。夜間にイカダ上に落下したトビウオを集めて朝食にしたとの記述もある』。以下、「日本における利用」の大項目。『食用としての利用』――『旬は初夏から夏。小骨の多い魚だが、脂肪分が少なく淡白な味で、成魚は塩焼き、フライ等にして食べる。新鮮なものは刺身が美味。新島や八丈島ではくさやに加工される。房総半島の郷土料理なめろうの材料にもなる』。『単一の漁業協同組合としては』、『トビウオ漁獲量が国内最多である屋久島(鹿児島県)、トビウオをアゴと呼ぶ日本海沿岸地域では、鮮魚としてよりも練り物(すり身)や出汁(アゴだし)の材料として利用されることが多い』。『アゴを原料とした竹輪は「あごちくわ」と呼ばれ、鳥取県・兵庫県の特産品。島根県では、形や食感が竹輪に似ているものの製法は異なる「あご野焼き」と呼ばれる焼き抜きかまぼこの特産品がある』。『日本海沿岸では素干しした「アゴ干し」が作られる。アゴ干し自体のほか、それを破砕した「トビ節」や火であぶって焦がした「焼きアゴ」が、味噌汁や料理のダシをとるために使われることが多い。山形県飛島でも、天日干しと炭火による「焼き干し」が作られており、対岸本土側の酒田市のラーメンでは、ほとんどがトビウオでダシを取っている』。『あごだし発祥地の平戸がある長崎県でもトビウオのダシ入りつゆで麺が多く食べられ、その他九州の醤油・調味料メーカーがそれを真似て「あごだし」を商品名に冠した粉末だし、めんつゆ、だしパックを商品化しており、他地方の家庭や飲食店にも、あごだしが浸透しつつある。マスコミによるPR等で知られるようになった「五島うどん」(長崎県南松浦郡新上五島町でつくられる郷土料理)も、あごだしを使って食べるうどんである。長崎県平戸市生月発祥の、あごだしラーメンも評判を呼びつつある』。『トビウオの卵は』『とびこ』『と呼ばれ、珍味や寿司ネタになる』とある。個人的には、私はダントツが、神津島で食べた「くさや」で、第二は屋久島での二泊の間、堪能した同種の多数な料理類であった。以下、本邦での「文化的な利用」の項。『古事記上巻第五部天宇受賣命に登場し「是以御世嶋之速贄獻之時給猿女君等也」と古くから、現代にいたるまで、三重県志摩市大王町波切では速贄(トビウオ)を毎年の様に皇室に奉納し、皇室では猿女君(アメノウズメ)に奉納している。現在は、伊勢市にある猿田彦神社でも、これに習い、猿田彦に奉納している。この他、他の神社でも皇室を見習ったのか』、『「景気が跳ねる(上向く)」などの縁起物として供えられることがい多い』。『この他、万葉集には「阿胡」(あご)と言う単語が多数登場し、トビウオを指している物と見られている』。以下、「日本近海のトビウオと漁業」の項。『トビウオ漁には、刺網、定置網、ロープ曳き漁、たも抄網などがある』。『屋久島の「ロープ引き漁」は、2隻の漁船が円状に漁網を張り、漁師が海に飛び込んでトビウオを網に追い入れる』。『カツオ、サンマなどと同様、季節回遊をする魚で、春先から夏にかけて日本付近まで北上してきて産卵し、秋に南下する。日本で漁獲量が多いトビウオには、ハマトビウオ、ホソトビウオ、ツクシトビウオ、トビウオ(ホントビウオ)などがある。種類により、漁の時期、分布が異なり、また味や用途も違う。漁業の対象となっているこれらの種類は、いずれもハマトビウオ属に含まれる種類である』。『3月、4月に春先に最初に関東などの市場に出回るトビウオは、八丈島などからのハマトビウオである。最も大型のトビウオで味も良く、くさやの材料にも使われる。ハマトビウオは、九州南部では晩秋に回遊してくるのを獲る』。『それに続いて、初夏にはツクシトビウオ、ホソトビウオなどが北上してくる。これらの種は、太平洋側とともに、日本海側にも北上し、九州北部、山陰、北陸地方などでは、ホソトビウオ、ツクシトビウオが主に獲られる。トビウオ(ホントビウオ)、アカトビウオ、オオメナツトビウオ、ホソアオトビなどもこの時期から夏にかけての種類である』。『これらのトビウオの種類は、市場によって様々な通称で呼ばれる。関東では、春に出回るハマトビウオなどを春トビ、その後の夏に出回る種類を「夏トビ」(あるいは「本トビ」)と呼ぶことがある。各地で獲れるホソトビウオは頭部、体つきが丸いことから「丸トビ」(西日本・日本海側では「丸アゴ」)と呼ばれ、それに対して頭部が角張った種類を「角トビ」(角アゴ)と呼ぶ。ホソトビウオとツクシトビウオが主なトビウオである日本海側ではツクシトビウオを角トビと呼ぶが、太平洋側ではハマトビウオも角トビと呼ぶ場合がある。愛称で「トッピー」と呼ぶ地域もある』とある。
『「倭名鈔」に『鰩(よう)』を『止比乎(とびを)』と訓ず。』国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七(一六六七)年板の当該画像(左丁五行目)を視認して、推定訓読を示す。
*
鰩(トビヲ) 陸詞が「切韻」に云はく、『鰩【音「遙(エウ)」。和名「止比乎(とひを)」。】魚の鳥翼(とりのつばさ)あ≪り≫て、能(よ)く飛ぶなり。』≪と≫。
*
この「鰩」(音の現代仮名遣は「ヨウ」)の字は、漢語で古くからトビウオを指す語である。
『「多識篇」に、『文鰩魚(ぶんようぎよ)、本草を考(かんがふ)るに、一名、飛魚(ひぎよ)』とし』「多識篇」は複数回既注だが再掲すると、本草辞書。林羅山編。全五巻。明の林兆珂が「詩経」中の動植物を分類して注を施した「多識篇」に倣ったもので、「本草綱目」から物の名を抜き出し、万葉仮名で和訓を施したもの。「羅山林先生文集」の「多識編跋」に、「壬子之歲本草綱目を拔き寫して附するに國訓を以てす」とあり、慶長一七(一六一二)年の著述であることが判る。配列は「水部門」から「蔴苧(おま)門」までの部門別。版本に寛永七(一六三〇)年古活字版三巻本があるが、翌寛永八年に、諸漢籍から、異名を抜き出して追加し、万葉仮名に片仮名ルビを施し、五巻に仕立て直した整版が出た。以上は国立国会図書館デジタルコレクションの解題・抄録に拠ったが、そこには、当館本は慶安』二年(一六四九)『版で、寛永』八『年版の覆せ彫りである。本草学者白井光太郎の「白井氏蔵書」の印記あり』とあり、当該部はここの六行目で、「鱗部」第五に配されてある。推定訓読すると(「鰩」の字は「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、近い「鰩」で示した。「異名」は黒地で白抜きだが、太字に換えた。)、
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文鰩魚【登(ト)比宇於】異名飛(ヒ)魚
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「酉陽雜俎(やうようざつし)」(いうやうざつそ)は複数回既出既注だが、再掲すると、唐の段成式(八〇三年~八六三年)が撰した、古今の神話・伝説・故事・風俗・儀礼など多分野にわたる異聞、及び、怪異記事を、多く集録した随筆集。本巻二十巻・続集十巻で、八六〇年頃の成立。当該部は「卷十七」の「廣動植之二」の以下。
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飛魚、朗山浪水有魚、長一尺、能飛、飛卽凌雲空、息即歸潭底。
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推定訓読すると、
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飛魚は、朗山(らうざん)の浪水(らうすい)に有り。魚、長さ一尺、能(よ)く飛び、飛べば、卽ち、雲空(うんくう)を凌(しの)ぎ、息(いき)せば、卽(すなは)ち、潭(たん)の底(そこ)に歸る。
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所持する東洋文庫版現代語訳(今村与志雄訳注)の注に拠れば、『これは淡水産らしい。』されており、だとすると、これは、純粋な海産魚であるトビウオではあり得ず、また、淡水魚で、このような習性を持つ種を私は想起出来ない。中国の誇張性を勘案すれば、コイ類・サケ類の遡上時の運動性能を言ったとも思えなくはない。
『九州・中國等にて、一名『あこ』』これは「あご」の誤植か、聴き違いである。私自身全く聴いたことがないし、調べても、「あこ」は、ない。九州あご文化推進委員会公式サイトの「九州あご」の「あごいろは」の冒頭で、『「あご」とは、九州北部から日本海側の地域で呼ばれている「トビウオ」の呼称です。ダツ目トビウオ科、亜熱帯〜温帯の海域に生息する海産魚で、世界で50種類ほど存在すると言われています。回遊魚のため地域によって漁期は異なりますが、日本近海では20〜30種類のトビウオが生息しています。トビウオが九州などの地域で「あご」と呼ばれるようになった由来は「あごが落ちるほど美味しいから」「食べるときに硬くてあごをよく使うから」「トビウオを前からみると顎が出ているから」「トビウオの学名:Cypselurus agooから」など諸説あります。』とある。学名(斜体でないのはママ)のそれは、前掲の通り、種として「トビウオ」の学名である。
「長門にて『つばくらうを』、石見にて『つばめうを』とす」漢字では「燕魚」で、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の種トビウオ Cheilopogon agoo の「地方名・市場名」に、『ツンバクロ』とし、採取地(以下は総て文献よりとある)を『新潟県能生、富山県旧下新川郡(現朝日町・入善町)』とあり、以下、『ツバメウオ』で『茨城県水戸、山陰、島根県石見』、『ツバクロウヲ』・『ツバクロウオ』で『兵庫県播磨灘、山口』及び『山口県長門』を確認出来る。
『漢名は、「典籍便覽」に『鰩魚』、又、『五色魚』とし』「典籍便覽」は明の范泓(はんおう)の纂輯になる本草物産名の類書(百科事典)。
『「正字通」に『𩹉(ひ)』、又、『鯡(ひ)』とす』「正字通」は中国の字書。明末の張自烈の著。初刻本は一六七一年刊行、直後に本邦にも渡来して多く読まれた。現行通行本には清の廖(りょう)文英撰とするが、実際には原稿を買って自著として刊行したものである。十二支の符号を付した十二巻を、それぞれ上・中・下に分け、部首と画数によって文字を配列し、解説を加えたもの。形式は、ほぼ明の梅膺祚(ばいようそ)の「字彙」に基づくが、その誤りを正し、訓詁を増したものである。但し、本書自体にも誤りが少くない。「字彙」とともに後の「康煕字典」の基礎となった。「廣漢和辭典」を見ると、飛魚の意を漢語として明確に持つのは、「𩹉」の方のみである。
「一種、薩州の飛魚は兩鰭(りやうし)、相交(あひまじわ)るもの、あり」これは、私には、トビウオ類の種が異なるものを指しているもののように思われるが、私の貧しい知見では、それをそれぞれ仮定比定は出来ない。
「一種『くさい』は、仙臺にて、『とびうを』とも、『ともきす』とも、いひ」「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の「トビウオ」の「地方名・市場名」に「クサイ」があり、『宮城県仙台』(文献に拠るとある)とあった。問題は「ともきす」であるが、確認出来なかったものの、個人的には、魚体のフォルムがやや似ている、条鰭綱ニザダイ目キス科 Sillaginidaeのキス類、或いは、ソトイワシ目ソトイワシ科ギス(義須)属ギス Pterothrissus gissu と擬えたものではなかろうか? とは思った。
「讃岐にて、『みのかさご』、紀伊にて、『しまをこぜ』、又、『やまのかみ』」孰れも地方名として確認出来ない。但し、学術的立場からの見解ではないものの、私には、非常に納得できる面白い語りを見つけた。ebisutokyojapanのサイト「tobiuo」の「fish & fish」の「"No. 17 - ミノカサゴ"」である。そこの『トビウオとの相性は?』で『異常に発達した胸ビレは、ミノカサゴとトビウオの共通点。かたや誘惑の手招き、かたや高性能の翼として、まさに胸ビレは彼らのステイタスシンボルになった。もし胸ビレが普通だったなら、ミノカサゴはキンキ、トビウオはサンマだったかもしれない。美味しそう。なるほど、胸ビレは食べられないための武器になったのかもしれない。(多分に空想を含んでいます)』とあった。こういう連想空想は、まっこと! 面白いじゃないか!!!
「淡路にて、『くろぼう』」確認出来ず。「黑棒」か?
「安藝にて、『なぬかぼしり』」同前。但し、思いつきに過ぎぬが、これは「なぬかはしり」で「七日走り」ではなかろうか? 非常な距離を「水切り」遊びのように連続して飛行するという私の解釈である。
「伊豫松山にて、『うみしてう』」同前。「海士(司・師)長」? 先立てて指揮するように飛ぶさまを比喩したものか?
「仝國(どうこく)吉田にて、「ほご」といふもの、あり」愛媛県松山市南吉田町のことか。漁業とミカンの町として知られる。現在は町内の約半分が、松山空港に中央部を占められているので、「ひなたGIS」の戦前の地図を見られたい。「ほご」は確認出来ない。]
「廣東通志」・「泉州府志」・「廣東新語(かんとんしんご)」・「正字通」等(とう)に『飛魚(とびうを[やぶちゃん注:ママ。以上は中文書籍であるから、「ひぎよ」とすべきものである。])』とし、「臺灣續志」には『飛籍魚(ひせきぎよ)』とす。「中山傳信錄(ちうざんでんしんろく)」・「海島逸志(かいとういつし)」等に、『燕魚(ゑんぎよ[やぶちゃん注:ママ。])、古名『鰩』、俗、『飛魚(ひぎよ)』と呼ふ[やぶちゃん注:ママ。誤植。]とし、「閩中海錯疏」には、『海燕(かいゑん[やぶちゃん注:ママ。])』と『飛魚(ひぎよ)』と分(わか)ち、本邦、亦、二、三種あり。從來、鹽乾(しほほし)となしたるを、京都に出(いだ)せり。東京は鮮(なま)なるもの、多し。近年、伊豆七島(いづしちたう)より出(いだ)す鹽乾製(しほほしせい)を、橫濱より、淸國に輸出せり。又、十七年の輸出調(ゆしゆつしらべ)に、神戶港は四萬八千八百九十斤、價(あたい[やぶちゃん注:ママ。])千二百十七圓、大坂港百斤、價三圓二十錢を載せたり。其製法は、背を割(わ)り、腸(わた)を去り、一度(いちど)、食䀋(しよくゑん[やぶちゃん注:ママ。])に和(くわ)し、一日(いちじつ)を過ぎて、風乾(ふうかん)するに過(すぎ)ざれども、能(よ)く乾燥するを、よろし、とす。
[やぶちゃん注:中文書の解説は、概ね既注であり、原文を確認する必然性を感じない。悪しからず。
「四萬八千八百九十斤」二百九十三・三三二八トン。
「百斤」六十キログラム。]
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