「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「佐藤太郞兵衞うわばみを打事」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。標題の「うわばみ」は歴史仮名遣では「うはばみ」が正しい。]
佐藤太郞兵衞《さとうたらうひやうゑ》うわばみを打(うつ)事
光仲公《みつなかこう》御代(みよ)、佐藤太郞兵衞と言(いへ)る御家士(《おん》かし)、有(あり)。
高草郡《たかくさのこほり》上段《かみだん》と言(いふ)村に在宅して居(をり)たり。
常に、鐵炮獵(てつぱう《がり/りやう》)を好(このみ)けり。
依之(これより)、白毛《しろげ》の犬を飼(かひ)けり。
或(ある)時、其(その)犬、村はづれの山裾(やますそ)の茶園《ちやゑん》に行(ゆき)て伏居(ふしゐ)けるが、しきりに、ほへ[やぶちゃん注:「吠え」であるから、「ほえ」が正しい。以下、これの訂正注はしない。]、太郞兵衞居宅《きよたく》の裏口《うらぐち》に逃入(にげいり)て、猶(なほ)、ほへける。
下女《げぢよ》、見付(みつけ)て、大(おほい)に驚き、主人に告げて、
「あれ、見給(みたま)へ。」
と言(いふ)。
太郞兵衞、心得(こゝろえ)、戶口より、見れば、裏口より、四、五閒《けん》[やぶちゃん注:七・二七~九・〇九メートル。]前に、井《ゐ》、有(あり)。
其つるべを、あぐる木、鳥居《とりゐ》のごとくして有(あり)けるに、何かは、しらず、まつ黑な大《おほ》やかん程成(《ほど》なる)もの、大《おほい》に、ひかり、くだんの犬を見込(みこみ)[やぶちゃん注:「目をつけて狙いとしていて」の意。]、舌を出《いだ》し居(をり)けるが、赤き事、火《ひ》のごとし。
能々(よくよく)見れば、大蛇《うはばみ》なり。
長(たけ)は、六、七閒[やぶちゃん注:十・九~十二・七メートル。]共(とも)見へ[やぶちゃん注:ママ。「見え」。]、勢(いきほひ)、すさまじさ、言斗(いふばかり)なし。
太郞兵衞、其まゝ、鐵炮(てつぱう)を執出(とりいだ)し、玉藥《たまぐすり》を、强く、しかけ、火繩(ひなわ《→ひなは》)を、はさみ、ねらひすまして、放(はなち)けるに、あやまたず、蛇の、のむど[やぶちゃん注:「喉(のむど/のんど)」。]の下《した》より、頭《かしら》をかけて、打貫(うちつらぬ)きければ、鐵炮の煙《けむり》と共(とも)に、
「どう」
と、地に、ひゞきて、落ける故(ゆへ《→ゆゑ》)、其(その)まゝ、留矢(とめや)[やぶちゃん注:とどめを刺すための矢。]を打(うち)ければ、しばらくして、死(しに)たり。
村民共(《そんみん》ども)、聞傳(きゝつた)へ、大勢、集り、よくよく、見れば、長(た)け、四閒半(七・八六メートル)、大さ[やぶちゃん注:「太さ」の誤記であろう。]、壹尺貳寸[やぶちゃん注:三十六・四センチメートル。]廻《まは》り、有(あり)ける、となり。
則(すなはち)、孫《まご》の分太夫《ぶんだいふ[やぶちゃん注:現代仮名遣「ぶんだゆう」。]》、咄(はなし)なり。
[やぶちゃん注:「佐藤太郞兵衞」不詳。
「うわばみ」漢字では「蟒蛇」。しかし、以下、話で語られるスケールを見るに、私の家の斜面下にも巣くっている、日本本土に於ける最大のヘビである爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ(並蛇)科ナミヘビ亜科ナメラ(滑羅)属アオダイショウ(青大将) Elaphe climacophora でも、通常の成体個体は一~二メートル程度(うちの居候は二メートル強である)で、現在、知られている大型個体でも、二・五~三メートル止まりであるから、誇張も甚だしい。なお、「うはばみ」は十五世紀の室町時代から使われたもので(小学館「日本国語大辞典」では、初期出典を「三國傳記」(沙弥玄棟(しゃみげんとう・伝不詳)の説話集。先行説話・漢籍・仏典に拠るものが多いが、「太平記」の影響も大きいとされる)とする。古代の「をろち」に変わって用いられるようになったとされる。「うはばみ」の「うは」は、「上回(うはまは)る」「上手(うはて)」等と同様の「うは」とする説、「大(おほ/うは)」が転じたとする等がある。「ばみ」は「はみ」(食み)、「食(は)む」の連用形「はみ」から転じたとする説、「へび」の古形「へみ」から転じたとする説、マムシ(有鱗目クサリヘビ(鎖蛇)科マムシ(蝮:「眞蟲」が語源と思われる)亜科マムシ属ニホンマムシ Gloydius blomhoffii :日本列島、及び、その周辺の島(北海道・本州・四国・九州・国後島・焼尻島・天売島・佐渡島・隠岐・壱岐・五島列島・甑島列島・屋久島・種子島・伊豆大島)にのみ棲息する日本固有種。)の古語である「はみ」(語源は「食(は)み)から転じたとする説などがあるが、これらは、どれが正統というのものではなく、複数の同源とするとするのが、正しいと思われる。
「光仲公《みつなかこう》御代(みよ)」先行する「阿波國の浪士に生靈の付居ける事」で既出既注。
「高草郡《たかくさのこほり》上段《かみだん》と言(いふ)村」現在の鳥取市上段(かみだん)。ここ(グーグル・マップ航空写真)。「ひなたGIS」を見ても、戦前も今も、北西の半分は水田で、北東は山裾である。なお、ここは、鳥取城からは、直線でも、八・四二キロメートルも離れていることから、主人公は、藩士としても、高位の者では、ない。鉄砲を使った狩猟が好みであるから、彼にとっては、仕事よりも、都合のよい場所である。
「孫《まご》の分太夫」不詳。]
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