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2026/09/08

「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「用ヶ瀨藤太郞明神の事」

[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。なお、最終の文章の中には、加工データでは、柿の実の図が、挿入されてある。そこだけ改行して、中央に、その画像を見易く補正して、掲げておいた。]

 

 用ヶ瀨《もちがせ》藤太郞明神《とうたらうみやうじん》の事

 用ヶ瀨の外《そと》に、古《いにしへ》、用ヶ瀨《ふるもちがせ》と言(いふ)村、有り。

 此處(このところ)に岡崎兵太郞《をかざきへいたらう》と言(いふ)人、在宅して居(をり)けるが、同所に藤太郞明神(とうたらうみやうじん)といふ小社(しやうしや)、有り。ことごと敷(しく)、鳥井《とりゐ》など建(たて)、皆々、あがめ、祭(まつり)けり。

 兵太郞、其(その)神名(しんめい)を不審に思ひ、村民《そんみん》に、其ゆへ[やぶちゃん注:ママ。「故(ゆゑ)」]を尋(たづね)ければ、古老の民《たみ》、答(こたへ)て申(まうす)やう、

「是(これ)は、元(もと)、犬《いぬ》にて、二、三十年も已前(いぜん)、此(この)山の奧に、少し、平地《ひらち》、有之(これあり)。牛馬《ぎうば》の飼所《かひどころ》にて、何(いづ)れも放置(はなしおき)、日暮(ひぐれ)には、皆々、引(ひき)て、家に歸りけるが、或時、日暮時分に、七、八歲斗(ばかり)の小童《こわらは》、大勢、集(あつま)り、おどり居候(をりさふら)へども、近在に見なれぬ童にて、村民も、ふしん[やぶちゃん注:「不審」。]ながら、牛馬を引(ひき)、歸りけり。夫(それ)より、每ばん[やぶちゃん注:「晩」。]、右の童共(《わらは》ども)、出(いで)て、遊び、たわむれ[やぶちゃん注:ママ。「たはむれ」が正しい。]おどり候(さうらふ)事、其面白さ、言斗(いふばかり)なく、ひやうし、とり、こゑも、よく、能々(よくよく)うたひ候(さうらふ)を聞候(きゝさうら)へば、

『藤太郞、御(ご)ざらねば、面白し、面白し。』

と、うたひ候(さうらふ)よし。此咄(この《はなし》)、かくれなく、村民、とりとりに[やぶちゃん注:ママ。「とりどりに」。]評《ひやう》し、大(おほ)かた、狸《たぬき》ならん。そのゆへ[やぶちゃん注:ママ。「ゆゑ」。]は、此山(この《やま》)の脇に、大きな穴、有(あり)て、狸、大分(だいぶん)、かくれ、すみけり。是(これ)らが、子共(《こ》ども)にばけて、おどるなるべし。」

と云(いふ)。

 されば、

「うたに、『藤太郞、御ざらねば、面白し。』と言(いふ)は、いかなる事や。」

と言(いふ)に、

「是は、此(この)川向《かはむかひ》、『さじ谷《たに》村《むら》』に居(をり)ける犬の事成(なる)べし。」

と言(いふ)。

 されば、

「其犬を借り、狸を取せて見ばや。」

といふより、若者ども、

「面白からむ。」

と、いさみたち、右、さじ谷の犬主《いぬぬし》を尋ね行(ゆき)、右の趣向を咄《はな》し、

「是非、借候(かしさうら)へ。」

と、賴みければ、犬主、

「成程、かし申(まうす)べし。」

とて、よび出《いだ》し、

「此犬は、一物《いつもつ》[やぶちゃん注:加工データでは右に『(逸物)』と補注する。]にて、何にても、毛もの[やぶちゃん注:「獸(けもの)」。]をとらずと言(いふ)事、なし。去(さり)ながら、物數《ものかず》をとらせ候(さうらふ)には、其數(その《かず》)ほど、にぎりめし[やぶちゃん注:「握り飯」。]を、あたへざれば、とらず。」

と、いふ。

 犬は、黑ぶちにて、四、五歲斗(ばかり)の中犬《ちゆうけん》也。

「其旨(その《むね》)、心得たり。」

とて、綱をかけ、つれ[やぶちゃん注:「連れ」。]歸り、右の咄《はな》しを致しければ、人々、悅(よろこび)て、にぎり飯を、二、三十斗(ばか)り、用意して、大勢、集(あつま)り、藤太郞、犬を引(ひき)、件(くだん)の山に行(ゆき)、かの穴口《あなぐち》に至りて、犬を入候(いれさうら)へば、さつそく、狸を、壹疋、くわへ、出(いで)けり。

 其時、にぎり飯《めし》を壹(ひと)つ、くわせて、又(また)、入(いり)けるに、其儘(そのまゝ)、又、壹(ひと)つ、くわへ出候故(いでさうらふゆへ《→ゆゑ》)、又、めしを、くわせ、又(また)、入候(いれさふら)へば、又、くわへ出(いで)、かくする程に、二、三十斗り(ばか)、狸を取候所(とりさうらふところ)、にぎり飯、つきはて、また、二、三十、用意して、穴に入《いれ》けるに、又、飯、つきて、すべきやう、なし。

「いかにすべき。」

と申(まうす)内(うち)、又、壹疋、くわへ出《いで》て、せいりき[やぶちゃん注:「精力」。]つきけるにや、犬も、其まゝ、いきたへ[やぶちゃん注:ママ。「息絕え」。]、死(しに)けり。村氏《むらうぢ》ども、

「面白き事。」

にて、見物《けんぶつ》しけるが、狸五十疋(ぴき)餘り、取候(とりさうらひ)て、いきたへ候故、皆々、ふびん[やぶちゃん注:「不憫」。]に思ひ、いろいろとすれども、かへらず。

 無據(よんどころなく)、犬主へ、右のわけを、咄し、斷《ことわ》り、餘りの事ゆへ[やぶちゃん注:ママ。「ゆゑ」。]、塚《つか》を、つき[やぶちゃん注:「築(つ)き」。ここは、「土石を突き固めて積み上げる」で「墓を作ること」を指す。]、置(おき)けるが、其後(その《のち》)、小社《しやうしや》を建《た》て、神に、いはゐこめ[やぶちゃん注:ママ。「いはひこめ」が正しい。この場合は、「祝ふ」ではなく、「齋(いは)ふ」である。「神として崇(あが)め祭る」或いは「大切に守る。慎み守る」の意である。「こめ」は「込め」で、「哀悼・信心の気持ちを注ぎ入れる」の意。]候(さふらふ)。

「ふしぎは、其後(その《のち》)、此邊(この《あたり》)に、狸、壹疋(いつぴき)も、見へ不申(まうさず)。」

と語りしと、兵太郞、物語なり。

 傳言(つたへいふ)、

「藤太郞塚ニ、餘程の大木《たいぼく》ノ柹《かき》ノ木、壹本(いつぽん)、アリ。是(これ)ヲ『藤太郞柹(とうたらうかき)』ト言(いふ)。至極(しごく)、味、よき、よし。今に、有之(これあり)ト、ナリ。柹ノ大キサ、『ジンベイ柹』ホドニシテ、形、左ノ如ク、

Hujtarougaki

カヤウニ、長キヨシ。」。

 

[やぶちゃん注:「用ヶ瀨《もちがせ》藤太郞明神《とうたらうみやうじん》」「用ヶ瀨」は現在の鳥取市用瀬町(もちがせちょう)。ここ(当該ウィキ内のマップ)。小学館「日本大百科全書」の「用瀬 もちがせ」に拠れば(必要な一部を太字にした)、『鳥取県東部、八頭郡(やずぐん)にあった旧町名(用瀬町(ちょう))。現在は鳥取市の南端部を占める地区。旧用瀬町は1918年(大正7)町制施行。1955年(昭和30)社(やしろ)、大村(おおむら)の2村と合併。2004年(平成16)国府(こくふ)町、河原(かわはら)町、気高(けたか)町、鹿野(しかの)町、青谷(あおや)町、福部(ふくべ)村、佐治(さじ)村とともに鳥取市に編入。JR因美(いんび)線、国道53号(智頭(ちず)街道)、482号が通じる。西部は岡山県と接する。中心の用瀬は千代(せんだい)川とその支流佐治(さじ)川の合流点に発達した谷口集落で在方商業町。天正』『年間(1573~1592)には景石(かげいし)城があり、近世は智頭街道の宿場町。産業は農林業が主体であるが』、『農家人口は減少傾向にあり、兼業化が進んでいる。米作のほか、ナシ、カキ、ネギ、茶を栽培する。人形(ひとがた)に穢(けがれ)を託して川に流す流し雛(ながしびな)の「用瀬のひな送り」(県の無形民俗文化財)の行事や、県保護文化財絹本着色釈迦』『十六善神(ぜんじん)像、県天然記念物犬山(いぬやま)神社社叢(しゃそう)などがある。』とある。而して、核心の「藤太郞明神」であるが、恐らく、この「犬山(いぬやま)神社」がモデルであろう、と考えられる。グーグル・マップの鳥取市用瀬町宮原にある「犬山神社」の、サイド・パネルにある、拝殿(航空写真:まさに本文のローケーションに合致する「山」の上に拝殿がある。リンクは張らないが、狛犬の造形も、なかなかよく、実際のワンちゃんが、赤いベベを附けた写真もある)の正面上部にある「由緒書」の画像(正式な標題は「因幡葦男(あしおさん)」「犬山神社 由緒」)の冒頭に(読点がないので、読み難い箇所に振り、読み(古代の名称は歴史的仮名遣とした)も推定で一部に添えた)、

   *

大昔弓矢を以つて、鳥や獣を狩をして居た時代、犬を飼いならして、其の猟い用いました。其の犬を飼いならす人等(ひとら)の集りを(犬飼部(いぬかひべ))と云ひました。我が因幡國の犬飼部が本居[やぶちゃん注:ママ。「本拠」。]として住んで居たのは此の地方であり、其狩猟の御山(おやま)として此の山を(犬山)と云います。此の御山(犬山)に御宮を建てて大國主神(おほくにぬし)を初め五柱の神神(かみがみ)を御杞[やぶちゃん注:ママ。「祀」の誤字。](おまつ)りしたので(犬山神社)と申します。[やぶちゃん注:以下、略。]

   *

当該画像は、最後まで読むことが出来ないが、個人サイト「ふらっと神社」の「犬山(いぬやま)神社」で、ズラした二枚の全画像が見られる。しかし、以上の後には、犬関連の記載はなかった。なお、犬飼部(いぬかひべ)については、当該ウィキ(そこでは標題漢字は「犬養部」である。この「養」(或いは「犬甘部」)が正式である)を見られたい。この本文との直接の関係性を、私は、感じないので、特に引用はしない。なお、万一、この神社がモデルではない、と主張される方は、御教授願いたい。

「岡崎兵太郞」不詳。

「是は、此(この)川向《かはむかひ》、『さじ谷《たに》村《むら》』に居(をり)ける犬の事成(なる)べし。」グーグル・マップ「犬山神社」を見ると、東直近に千代川(せんだいがわ)が流れる。但し、「川向」の「さじ谷村」は、「ひなたGIS」の戦前の地図でも、そのように読める村名は見当たらなかった。ご存知の方は、御教授願いたい。

「ジンベイ柹」通称、「甚平(甚兵衛)柿」という品種は存在するが、特に鳥取地方特産というものではないようだ。所謂、図から、丸くなく、実の蔕(へた)の反対側が尖ったものであるが、私がネットで見た「じんべいがき」は丸かった。なお、連れ合いが所持していた柿を特集した、かなり詳しい記事を見るに、私もどこかで、そう教わったのだが、尖った柿は、基本、渋柿であるようだ。
詳細を御存知の方は、お教え下さると嬉しい。

   *

なお、昨日、投稿出来なかった理由を述べる。――昨日、一日掛かって、やっと一月前に発覚した水道洩れは直った。但し、浴室の浴槽をドリルで破壊して、その下の洩れであったから、浴槽はぶっ壊したままである。ずっと、工事を立ち見して、疲れた。まだまだ続く水難である。―― ]

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