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2026/09/01

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・知母

 

Timo

 

ちも

     蚔母  貨母

知母  連母  地參

     蝭母  莐藩

     水参  苦心

ツウ モウ 兒草  𧂇【音單】

 

本綱知母生𠙚𠙚山上形似菖蒲而柔潤葉如韮至難死

掘出隨生須枯燥乃止四月開青花如韮花八月結實宿

根之旁初生子根形如蚔蝱之狀故名蚔母訛爲知母

氣味【辛苦寒氣味共厚】 沉而降陰也腎經本藥入足陽明手太

 陰其用有四瀉無根腎火療有汗之骨蒸止虛

 勞之熱滋化源之陰也下則潤腎燥而滋陰上則

[やぶちゃん注:この「四」(この右附きの数字群は良安が附したもの。訓読では、本文に[ ]で同ポイントで挿入した。)の下の「也」は、上の文末にあるべき断定の助字である。訓読では「なり」と読んで、前の文に繰り込んだ。

 清肺金而潟火乃二經氣分藥也【上行則浸酒焙乾下行則浸鹽水焙】得

 黃栢良【忌鐵】黃栢則是腎經血分藥二藥必相須而

 行譬之蝦與水母必相依附

△按知母【和名夜萬之】其葉忌人手觸也花如穗而淡紫色

 

   *

 

ちも

     蚔母《きも》  貨母《くわも》

知母  連母《れんも》  地參《ちじん》

     蝭母《しも/じも》  莐藩《ちんはん》

     水参《すいじん》  苦心《くしん》

ツウ モウ 兒草《じさう》  𧂇【音「單《タン》」。】

 

「本綱」に曰はく、『知母、𠙚𠙚《しよしよ》、山上《さんじやう》に生ず。形、菖蒲《しやうぶ》に似て、柔潤《じうかつ》、葉、韮《にら》のごとく、至《いたつ》て、死(か)れ難《がた》≪し≫。掘出《ほりいだせ》ども、隨《したがひ》て、生《しやう》ず。須《すべからく》、枯燥《こさう》[やぶちゃん注:枯れて完全に乾燥してしまうこと。]≪して≫乃《すなは》ち、止《や》む。四月に、青き花を開く。韮の花のごとし。八月に、實《み》を結ぶ。宿根(ふるね)[やぶちゃん注:古根。]の旁(そば)に、初め、子《さね》を生ず。根の形、蚔-蝱(あぶ)の狀《かたち》のごとし。故《ゆゑ》、「蚔母(き《も》)」と名《なづ》く。訛《なまり》て「知母」と爲《なす》。』≪と≫。

『氣味【辛、苦、寒。氣味、共《とも》に厚し。】』『沉《しづみ》て、降《くだ》る。陰《いん》なり。腎經《じんけい》の本藥《ほんやく》にして、足《あし》の陽明、手《て》の太陰に入《い》る。其《その》用《よう》、四《よつ》つ、有り。無根《むこん》の腎火《じんくわ》を瀉《しや》す。』[一つ。]。『有汗《いうかん》の骨蒸《こつじやう》を療《れう》す。』[二つ。]。『虛勞《きよらう》の熱《ねつ》を止《と》め、』[三つ。]、『化源《くわげん》の陰を滋《じ》す。』[四つ。]。『下(《し》も)には、則《すなはち》、腎の燥(かは)くを、潤(うるほ)して、陰を滋し、上《かみ》は、則《すなはち》、肺金《はいきん》[やぶちゃん注:東洋文庫訳の割注で『(肺は五行説で金)』(ごん)『にあたる』とある。]を清《せい》して、火《くわ》を潟《しや》す。乃《すなはち》、二經《にけい》の氣分《きぶん》の藥《くすり》なり【上行《じやうかう》すれば、則ち、酒《さけ》に浸《ひた》して焙《あぶ》り、乾《ほ》す。下行《げかう》すれば、則ち、鹽水《しほみづ》に浸《ひた》して焙《あぶ》る。】。黃栢(わうばく)を得て、良《よし》【鐵《てつ》を忌む。】。黃栢は、則《すなはち》、是れ、腎經《じんけい》≪の≫血分《けつぶん》の藥≪なれば≫、二藥、必《かならず》、相《あひ》須(も)ちて、行《ゆ》く。蝦(ゑび[やぶちゃん注:ママ。])と水母(くらげ)と、必≪ず≫、相《あひ》、依附《よりつき》するに、之《これ》を譬《たと》ふ。』≪と≫。

△按ずるに、知母【和名、「夜萬之(やまし)」。】、其《その》葉《は》、人《ひと》の手、觸(ふる)ゝことを忌《い》むなり。花、穗のごとくして、淡紫色≪なり≫。

 

[やぶちゃん注:これは、

単子葉植物綱キジカクシ(雉隠し)目キジカクシ科リュウゼツラン(竜舌蘭)亜科ハナスゲ(花菅)属ハナスゲ Anemarrhena asphodeloides

である。当該ウィキは貧弱で、私が必要とする事柄に全く言及していないので、「福田龍株式会社」の「医薬品原料(漢方系生薬)」の「チモ(知母)」(https://www.fukudaryu.co.jp/sozai2/chimoHP.pdf :リンクではchromeがブロックするのでアドレスで示した)を引用する(特殊なテンプレートなので、以下のような変則的な形になった)。私が特に重要とした部分は太字下線とした。

   《引用開始》

『語源』『ハナスゲ属 Anemarrhena は、ギリシャ語の否定の接頭辞 ア+ネーマ 「糸」+アッレーン 「男、雄」で、ハナスゲ属の植物が花糸のない葯(やく)であることを指すとする説や、ギリシャ語でアネモス「風」+ アッレーン「男、雄」で、ハナスゲが丈夫で風に強いことに由来するという説がある。種小名の asphodeloidesは、「ツルボラン属 Asphodelus のような」の意。和名のハナスゲとは、葉がスゲ[やぶちゃん注:単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ(蚊帳吊草・莎草)科スゲ(菅)属 Carex 。ハナスゲとは、目タクソンで異なる全く異なる種であることに注意!]に似て、スゲよりきれいな花が咲くことから。また、生薬名の知母は、ハナスゲの古い根のそばに子球あるいは株が生じ、その根の形が「蚳母(チボウ)」[やぶちゃん注:「蚳」は「」の同字・異体字として使用される。(アリやアブの卵のこと)に似ていたことからチボウと呼ばれ、それが訛って知母となったという説、あるいは、知母に関する民話で、身寄りのない薬草採りの老婆が、自分を母親のように親切に助けた木こりの夫婦に、「母の心を知る息子にめぐりあえた」といってハナスゲの根が薬草であることを教えたことから、その名が「知母」になったという説もある。』。

『基原』『 Anemarrhena asphodeloides Bunge ハナスゲ(花菅) ウマノスズクサ科 多年生草本』。

『薬用部分』『根及び根茎』

『産地』『中国(河北、山西、内蒙古、甘粛、陝西、東北など)日本へは享保年間(江戸時代中期)に渡来し栽培されているが、生薬の生産はない。』。

『主な成分』『ステロイドサポニンのチモサポニンA-IA-IIA-IV、キサントンのマンギフェリン、その他、イソマンギフェリン、タンニン、パントテン酸、ニコチン酸』。

『主な薬効』『鎮静、鎮咳、解熱、利尿、消炎、止瀉』。

『代表的処方』『漢方処方用薬である。解熱薬とみなされる処方及びその他の処方に少数例配合されている。』

『【辛夷清肺湯】シンイセイハイトウ

体力中等度以上で、濃い鼻汁が出て、ときに熱感を伴うものの次の諸症:鼻づまり、慢性鼻炎、蓄膿症(副鼻腔炎)(処方内容) 辛夷/知母/百合/黄  /山梔子/麦門冬/石膏/升麻/枇杷葉今』

『【酸棗仁湯】サンソウニントウ

体力中等度以下で、心身が疲れ、精神不安、不眠などがあるものの次の諸症:不眠症、神経症(処方内容) 酸棗仁/知母/川 /茯苓/甘草弓』

『【消風散】ショウフウサン

体力中等度以上の人の皮膚疾患で、かゆみが強くて分泌物が多く、ときに局所の熱感があるものの次の諸症:湿疹・皮膚炎、じんましん、水虫、あせも(処方内容) 当帰/知母/地黄/胡麻/石膏/蝉退/防風/苦参/蒼朮(白朮)/荊芥/木通/甘草/牛蒡子』

『【白虎加人参湯】ビャッコカニンジントウ

体力中等度以上で、熱感と口渇が強いものの次の諸症:のどの渇き、ほてり、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ(処方内容) 知母/石膏/甘草/粳米/人参』

   《引用終了》

ここで大事なことは、

★ハナスゲは中国原産であること

で、諸辞書・事典類・ネットのサイト記事には、掲載そのものが多くはないが、それでも十数件を閲したところ、中国原産で、本邦には自生していなかったことは、共通している。

ハナスゲの本邦への伝来は享保年間(一七一六年から一七三六年まで)であること

も、以上の閲覧から、ほぼ確定的事実であることも確認出来た。

問題は、本「和漢三才図会」の成立時期である。同書全巻は、

  • 正徳二(一七一二)年自序で、同五(一七一五)年跋

である。即ち、非常に際どいものの、ハナスゲ伝来と同書刊行とは、辛うじて重ならず、

良安が本「知母」の項を書いた時点ではハナズゲの現草体或いは実種子を現認した可能性はゼロである

と断言してよいということである。ただ、気になるのは、東洋文庫版の後注に、

  • 本文最後の良安の評言の版の違い

が附されてあることである。即ち、『△按ずるに、知母【和名、「夜萬之(やまし)」。】、其《その》葉《は》、人《ひと》の手、觸(ふる)ゝことを忌《い》むなり。花、穗のごとくして、淡紫色≪なり≫。』の箇所の、竹島淳夫氏の訳『△思うに、知母〔和名は夜万之(やまし)〕の葉は人の手が触れるのを忌(い)む。花は穂状で淡(うす)紫色である。』について、注として、『の葉は⋯⋯の淡紫色である この部分、杏林堂版では、「は往昔(むかし)はわが国にもあった。しかし現今はない」となっている。』とあるのである。この「杏林堂版」というのは、正確には「五書肆名連記版」で、江戸時代の木版本出版では、一つの版木を複数の書肆が共同で出資して刊行・流通させることが一般的であり、五書肆名連記を 巻末の「奥付」に五つの書肆名が連記されている版である。これは、本書の正徳五年の初版、或いは、それに極めて近い後に出版された初期のオリジナルであることを示す書誌学的特徴であり、後に版木が売却されて再版されたものや、明治期に出た縮刷版などとは異なり、当時のオリジナルの版木・構成を、そのままに伝える資料であることを示すものである。

 則ち、良安は、当初、そのように記載したが、後に、そこをカットしたということになる。ということは、初稿では、

  • 良安は――日本にハナスゲは自生していた――しかし――今はハナスゲは日本では見られなくなった――絶滅した

と言っていることになるのである!?!?

 これについては、或いは

⋯⋯正徳二年(清の康熙五十一年/李氏朝鮮粛宗三十八年)以前に、大陸からハナスゲの種子が持ち込まれ、一度は、根付いたものの、繁殖に至らず、絶滅した⋯⋯

という解釈が成り立つ。

◎しかも、実際に、平安時代に、既に、この「知母」に対して、和名「やまし」が与えられているのである!

跡見群芳譜」の「はなすげ (花菅)」に、『Anemarrhena asphodeloides』とし、

☆『『本草和名』知母に、「和名也末止古呂」と。』

☆『『倭名類聚抄』知母に、「和名夜万之」と。』

とあり、さらに、

☆「古今和歌集」を引き、『巻10物名に「やまし」として』載る、平篤行(たいらのあつゆき)の一首(卷第十 物名(のののな)・四四七番。以下は、「新日本古典文学大系」版を参考に前書が「やまじ」とあるのを、脚注の『中世注には「やまし」とも示す』というのに従って清音にしておいた。)。

   *

    やまし

 ほとゝぎす峰の雲にやまじりにし

   ありとは聞(き)けどみるよしもなき

   *

も記されているのである。しかも、同底本の脚注では、「やまじ」を普通に種名として『ハナスゲ(花菅)』としているのである。日本に植生していないはずなのに?⋯⋯

⋯⋯ということになると⋯⋯

?■平安時代にはハナスゲが日本に大陸から送られて植生していた■?

ということになるのだが⋯⋯これ⋯⋯流石にお目出度い私も⋯⋯どうも信じられないのだ!⋯⋯おかしい⋯⋯と⋯⋯思ったのは、この和歌だ! この歌、和歌嫌いの私にも、変な前書じゃないカイ?!? 私の持つ他の「古今和歌集」の注釈でも何も書かれてないのだが、要するに「やまし・やまじ」というのは、失礼乍ら、『これ、国文学者の知的範疇では、埒外なんじゃないか?』と思ったのだ!

☆この一首の核心は「ホトトギスが鳴いているのが聴こえるが、姿を見る手だてがないことよ」という感懐だろ! それに詞書「やまし」を判じ物のように添えたんじゃないのか?!?

則ち、これ、篤行は、

☆『この歌のように、古いお偉いさまの書いた、「本草和名」に中国の「知母」を「也末止古呂(やましころ)」とか、或いは「倭名類聚抄」に同じく「知母」を「夜万之(よまし)」とか、読んでいるのだけれど、これ、呼び名だけで、肝心な「知母」というありがたい薬草の実物を、全然、見たことがないんだが?』

と言っているのではあるまいか? 私には、そうしか、読めないのである。

即ち、

私は、中古から江戸中期まで、ハナスゲが、日本に植生していたなどということは、あり得ないと断言するものである。★

当初、良安の最初の書き変えたのは、所謂、本当の「菅(すげ)」=単子葉類植物綱イネ目カヤツリグサ科スゲ属 Carex(最新のデータらしきものを調べたところ、本邦には現在、二百六十九種も分布している!)の中の、「本草綱目」の「知母」の記載その他を筆頭に、中国の本草書の「知母」の記載を見て、本邦の花が似ている、ある本邦産のスゲ属の希少種を、ハナスゲと間違ったに過ぎないと思っていたのだが、寧ろ、以上の通り、

◎『中古の記載にはあるから、嘗ては、日本に「やまし」(=ハナスゲ)は、確かに、あったのだが、その後、絶滅した。』

と書いたのを、彼自身、『それは、ない。やっぱり、日本には、ない。』と断じて、書き変えたものであるという結論に至った。異論のあられる方は、御教授下さると幸いである。因みに、私の連れ合いは源氏物語が専門だが、この和歌についての私の解釈に対しては、『単なる「やまじり」(山尻=山の峰)に「やまじ・やまし」という草の名前を掛けただけの遊びでしょ。』とケンモホロロであった。

 以下、各個注に移る。

「菖蒲」これは一応、単子葉植物綱ショウブ目ショウブ科ショウブ属ショウブ Acorus calamus L.1753)(シノニム: Acorus asiaticus Nakai (1936)/ショウブ変種ショウブAcorus calamus L. var. angustatus Besser (1834) (これは日本を含めた東アジアのものに対して用いられる。その他、シノニムは数多く存在する)としてよい。ただ、実は、李時珍が生きた明代以降には、同属のセキショウ(石菖: A. gramineus Soland. (漢名は同じく「菖蒲」があった)が、特に文人たちの園芸や机上の飾り(瓶生・盆玩)として非常に好まれたからである。即ち、この「菖蒲」という文字を見ると、有意に後者を想起する者が、多くいたからである。但し、時珍は、「本草綱目」の「草之八【水草類二十二種内附四種】の「菖蒲」の項の中で、「石菖」を、ちゃんと、別に使用しているから、ここは問題ない。

「韮」日中ともに、単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ネギ属ニラ Allium tuberosum

「腎經」足の少陰腎経を指し、生命力の根源である「精(せい)」を蓄え、発育・生殖・老化をコントロールする重要な経絡である。

「足の陽明」足の陽明胃経。詳しくは当該ウィキを見られたい。

「手の太陰」手の太陰肺経。詳しくは当該ウィキを見られたい。

「無根の腎火」命門(めいもん:腰部の、体後面の正中線上で、第二腰椎棘突起の下にある窪み。ヤコビー線(左右の腰骨の最も高い位置を結んだ線)と、脊柱との交点が第四腰椎棘突起に当たるが、そこから二つ上の棘突起の下の窪みを指す。)の火(腎陽)が、本来あるべき下半身(腎)に留まることがなく、本来の位置を失い、上半身へ浮き上がって「虚熱」の状態になることを指す。以下、中医学用語は、信頼出来る中医学や治療院のサイトで、比較的判り易いと思われるものを、複数、使用している。

「有汗の骨蒸」東洋文庫訳の割注に『(肉体衰弱による発熱)』とある。

「虛勞の熱」東洋文庫訳の割注に『(骨が蒸されるように熱く肉体衰弱による発熱)』とある。

「化源の陰」気・血・津液(体液)といった生命体を維持するために必要な、あらゆる物質を生み出す源泉が「化源」で、ここでの「陰(いん)」は「体を潤し、熱を抑える物質」であり、中医学の根本である「陰陽論」に於いて、「陰」は「血液(血)・体液(津液)・精髄」などの、身体の形にあって、「潤い」や「栄養」の成分全般を指す。

「火を潟す」余分な火(か)を下す。

「黃栢(わうばく)を得て、良《よし》【鐵《てつ》を忌む。】。」先行する「卷第八十三 喬木類 目録・黃蘗」を参照されたい。

「蝦(ゑび)と水母(くらげ)と、必≪ず≫、相《あひ》、依附《よりつき》するに、之《これ》を譬《たと》ふ。」前に示した「二つの薬物は、それぞれが、それぞれの得意の箇所の変異に作用して、絶妙に補い合って効果を出すのである。」という様態を、「海のエビと、クラゲとが、一緒におり、必ず、互いに助け合っている事例があるが、まさにそれを喩えて表現するに相応しいのである。」と言っているのである。この現象の実例に就いては、語り出すと、一晩かかるぐらい、私の独自の持ち論がある。大好きな話だから、幾らでも書けるのだが、まんず、『河原田盛美著「淸國輸出日本水產圖說」正規表現版・オリジナル電子化注 中卷(七)乾鰕の說(その2)』の私の「水母目(すいぼもく)」の注を見られたい。これでも、端折ったものである。

 さて、ここまで「本草綱目の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-41b]の「知母」の項のパッチワークである。]

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