「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「岡村氏飼ける猫、ねこまたに成ける事 岡村作左衞門家」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。なお、本篇は、「自溫」の話したものであるが、筆者が、メインは話者の直接話法で統一するべき箇所を、自溫の第一人称を、「自溫」に書き換えてしまっているため、現在の文章作法から見ると、かなりギクシャクしている。仕方がないので、そのままにした。]
岡村氏《をかむらし》飼(かひ)ける猫《ねこ》、ねこまたに成(なり)ける事 岡村作左衞門家《をかむらさくざゑもんけ》
岡村自溫《をかむらじをん》、咄(はなし)けるは、
我が方に、年久敷(としひさしく)飼《かひ》ける猫、有り。
夏の事にて、居閒《ゐま》の掾はな[やぶちゃん注:「緣(ゑん)はな」=「緣端(ゑんばな)」の誤記。]に晝寐《ひるね》して居(をり)たり。
自溫も、折(をり)ふし、座敷に休居(やすみをり)たり。
そろそろ、ねむけ付(つき)、ねむらむとすれば、何やら、胸を、おそう[やぶちゃん注:「襲う」。正しくは「おそふ」。]やうに覺《おぼ》へ、ふと、目を、さまし、半眼(はんがん)にて、あたりを見れば、何も、なし。
飼(かひ)ける猫斗也(ばかりなり)。
しかし、猫、けしき、替(かは)りけれ共(ども)、手なれし猫なれば、何共(なんとも)、氣付(きづか)ず。
又、とろとろと、寐入(ねいり)ける所に、ききかに[やぶちゃん注:ママ。底本も右傍注で『ママ』とする。恐らく「にはかに」のくずし字の誤判読である。「に」「は」のくずし字は、ひどい書き方だと、孰れも「き」に見えてしまうからである。]、驚(おどろき)、目覺《めざめ》、見《み》れば、くたむ[やぶちゃん注:ママ。「くだん」=「件」である。]の猫、自溫胸に[やぶちゃん注:ママ。「自溫の」の助詞の脱字。]飛付(とびつき)、唯々(たゞたゞ)、ひつかむ[やぶちゃん注:「引(ひ)つ嚙(か)む」。意味は判るが、「引つ搔む」ならいいが、この二つ動詞の組み合わせは、一般的成語表現としては強い違和感がある。]とせしを、側(かたはら)なる脇指(わきざし)を、ぬき、
『切(き)らむ。』
とせしに、其(その)まゝ、飛上《とびあが》り、何方(いづかた)とも、行衞(ゆくゑ)[やぶちゃん注:「行方(ゆくへ)」の「方」に「衛」を当てたもの。しかし、これは当て字の慣用語表現であるから、厳密には「ゆくへ」でないと正しくない。]しれず、逃失候(にげうせさうらふ)。其後(その《のち》)、近邊に、つひに、見へず。
其(その)翌年、病家《びやうけ》へ出(いで)て、序(ついで)に、心安き後家中(ごか《ちゆう》)へ、見舞(みまひ)申(まうし)けるに[やぶちゃん注:ママ。この「後家中」の部分は「御家中」の誤記か、誤判読であろう。まず、「昵懇の病人のいる家へ見舞いに行き」、而して、「そのついでに、心安く付き合っている御家中のある方の屋敷に、ご挨拶申し上げたところが」であろう。]、掾先[やぶちゃん注:誤字。「緣先」。]に、大(おほ)き成(な)る猫、打(うち)ころし、繩にて、くゝりて、有り。
亭主に尋(たづね)ければ、
「夜前《やぜん》[やぶちゃん注:前日の夜。「昨夜(よべ)」。]、此(この)猫、犬をば、喰(くひ)ころしたれ共(ども)、打《うち》ころしたり。」[やぶちゃん注:「共(ども)」は、甚だ、違和感のある用法である。思うに、ここは、筆者が、本文では「ば」と書いたものを、後から、読みを附す際に、崩し字の「ば」を、自ら「共」のそれと見誤って「ども」とやらかしたとしか、私には、思えない。]
と言《いふ》。
自溫、立寄(たちより)、能々(よくよく)見れば、毛色、まがふ所なく、自溫、飼居(かひをり)たる猫也。
前年の事共(ことども)、咄《はなし》しける、と、なむ。
[やぶちゃん注:「岡村作左衞門家《をかむらさくざゑもんけ》」「岡村自溫《をかむらじをん》」十一年前から、注で御世話になっている、ご夫婦で作成されておられるサイト「神社探訪 狛犬見聞録・注連縄の豆知識」の「岩崎神社」の「岩崎神社」(いわさきじんじゃ:鳥取市南隈(みなみなぐま)のここ:グーグル・マップ)に(太字・下線は私が附した)、『御祭神:少名彦名命』とし、『由緒:この社は寛文9年(1670)』、『旧鳥取藩主池田光仲公の医臣岡村自温の南隈給所[やぶちゃん注:「きゅうしょ」「給地」に同じ。]に医薬の祖神少名彦名命を京都五條の天神の宮から勧請し、南隈村の氏神としてお祀りしたと伝えられ今に崇敬されています』。『医臣岡村自温は』、『京都の故事に習って、毎年大晦には氏子中に薬草(オケラ)を配り、村人は元日に』、『この薬草を焚燻』(ふんくん)『し、身体壮健と無病息災を祈念したといわれています。この薬草は境内外に植樹され、近郊の人々にも配布されたことが、天和3年(1683)に小泉友賢の著した「岩崎神社縁記」に記され、医薬の神として崇められてきました。』とあった。]
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