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2026/09/14

「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「山根氏家にて百物語を興行する事」

[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。冒頭の【 】は、底本では〔 〕でポイント落ちであるが、同ポイントで、私の電子化で使用する【 】に変えた。]

 

     山根氏家《やまねけ》にて百物語《ひやくものがたり》を興行《こうぎやう》する事《こと》

 山根四郞兵衞《やまねしらうひやうゑ》、嫡子《ちやくし》は傳九郞《でんくらう》と言《いふ》【後《のち》は庄右衞門《しやうゑもん》。】、尤(もつとも)、血氣《けつき》强き人なり。

 或時(ある《とき》)、其友(その《とも》)を、三、四人、申合(まうしあはせ)、

「何《なん》ぞ、珍しき事して、老後の咄《はなし》のたねにも、なれかし。」

と申合(まうしあはせ)、

「百物語を興行して見ばや。」

と言(いふ)。

 傳九郞、

「然(しか)るべし。」

とて、

「其催(その《もよほ》し、然(しか)らば、傳九郞宅にて、すべし。」

とて、若き衆《しう》、四人、申合(まうしあはせ)、寄合(よりあひ)ける。

 尤(もつとも)、みつみつ[やぶちゃん注:「密々」。]にしければ、知る人、なし。

 すでに、其日(その《:ひ》)になれば、

「例(れいの)咄候(はなしさうらふ)やう。」

にて、暮《くれ》過(すぎ)て、四人、來《きた》り、八疊の座敷、次の閒《ま》、六疊、有り。上の閒の床《とこ》に、行燈(あんどん)を置《おき》て、とうしむ[やぶちゃん注:「燈芯(とうしん)」。後でも出るが、そこでは注しない。]、百筋(ひやくすぢ)、入(いれ)、上に、おふひ[やぶちゃん注:「覆(おほひ)。」が正しい。]をかけ、

「幸(さひはひ)、今夕(こんせき)、やみなり。さらば、咄《はな》し、初(はじ)む。」

と、其閒(その《あひだ》)に有る「祈禱札(きとふ《→きたう》《ふだ》)」をとりて、亭主共(《ていしゆ》ども《→とも》)に、五人、次の閒に寄合(よりあひ)、壹人《ひとり》づゝ、上の閒に入(いり)、床の前にて、何ぞ、けう[やぶちゃん注:「稀有」。]成(なる)物語して、とうしむを、一つ、けし、かわるがわる[やぶちゃん注:ママ。「かはるがはる」。]、かくのごとくして、隨分、靜(しづか)にして、なみ居《をり》しに、夜四つ時分過《すぎ》て、其連中の內《うち》、宿《やど》より、人、來(きた)り、

「病人、有り。早々《さうさう》、歸り候(さうらう)やうに。」

申來(まうしきた)りぬ。

 壹人も、ふけう[やぶちゃん注:「不興」。「ふきよう」でよい。]にして、途中に、行《ゆき》、歸《かへ》りぬ。

 然(しから)ば、連中、壹人《ひとり》、不足なれば、

「いかゞすべし。」

と言(いふ)。

 傳九郞、言(いふ)は、

「我(わが)若黨(わかたう)を、壹人《ひとり》、入りべし[やぶちゃん注:この「り」は「る」が正しいが、「り」と「る」の崩し字は、よく似ているものがあるから、誤判読と思われる。]。」

と云(いふ)。

「然(しか)るべし。」

とて、呼出《よびいだ》し、くわへ[やぶちゃん注:ママ。「くはへ」が正しい。]けり。

扨(さて)、五人、終夜(よもすがら)、物語して、百筋《ひやくすぢ》のとうしむも、濟《すみ》ければ、其所(その《ところ》)[やぶちゃん注:百物語に使用した二部屋を指す。]を、しまひ、人々、暇乞(いとまごひ)して、歸りぬ。

 扨(さて)、亭主も通夜(つや)しければ、殊(こと)なふ[やぶちゃん注:「殊(こと)なく」と同義。「なふ」は「ず」の上代東国方言として存在する。]、ねふく[やぶちゃん注:「眠(ねぶ)く」。]部屋に入(いり)、休(やすみ)ける。

 然(しか)るに、親父(おやぢ)、四郞兵衞、朝、とく、おきて、裏庭に出(いで)て、さゑむ[やぶちゃん注:「さゑん」で「茶園」を指す。]を見るに、常々(つえづね)、調法《てうはふ》[やぶちゃん注:便利で都合がよいと思って使うこと。]の物にて、かりにも、出《いだ》し置《おき》ぬ手道具、樣々《さまざま》の物、みなみな、取出《とりいだ》し、庭中《にはぢゆう》に、つみて、あり。

 四郞兵衞、大(おほき)に驚きて、

「是(これ)は。盜人《ぬすびと》のわざなるべし。」

とて、傳九郞、幷(ならび)に、家臣・若黨を呼集《。よびあつ》めて、せむさく[やぶちゃん注:「詮索(せんさく)」。]するに、しれず。

 先(まづ)、道具、取入(とりいれ)、改見(あらためみ)るに、ふむしつ[やぶちゃん注:「紛失(ふんしつ)。」]も、なし。

 ふしむ[やぶちゃん注:「不審(ふしん)」。]ながら、其通(その《とほ》)りにて、止(やみ)ぬ。

 是(これ)、百物語の印(しるし)なり。

 傳九郞は、心に、あたりけれ共(ども)、四郞兵衞へ、ふかく、かくしければ、沙汰、なし。

 其後(その《ご》)に、傳九郞、物語也(なり)。

 

[やぶちゃん注:「山根氏家」「山根四郞兵衞」既に使用した鳥取藩の家士のリスト(鳥取図書館作成)に『山根四郎兵衛家譜』と載り、作成年代は『寛文10』(一六七一)『年-享和3』(一八〇三)『年』とあった。

「百物語」私の記事では、実に五百件以上が引っ掛かる。特にそれについて、民俗学的に語りたいという熱意は、殆んど、ない。されば、当該ウィキをリンクするだけに留める。]

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