「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「八東郡にて大蛇殺事幷大人の足蹟の事」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。なお、本篇は標題と異なり、「八東郡」の怪奇談として、先に短い「大人の足蹟の事」を配し、「大蛇、殺事」が後になっている。特に二話は同じ郡であるだけで、纏める必然性(巨大という点のみが通性すると言えば、言えるが)を感じない。そこで、その間を二行空けて分離させた。]
八東郡《はつとうのこほり》にて大蛇《だいじや》殺(ころす)事幷《ならびに》大人《おほひと》の足蹟《あしあと》の事
八東郡村里《そんり》、田畑に、石くま、多し。外(ほか)にも同じ事《こと》、有る事なれ共(ども)、取(とり)わけ、多きゆゑ、ふしむ[やぶちゃん注:ママ。「不審」。「ふしん」。]して尋(たづね)けるに、村老《そんらう》、答(こたへ)て言(いふ)、
「むかし、一夜《いちや》の閒《あひだ》に、長(たけ)六尺餘(あま)り[やぶちゃん注:「六尺」は一・八二メートルであるから、ほぼ二メートルととってよいだろう。]、幅、二、三尺[やぶちゃん注:六十一~九十一センチメートル。]も有るらむ人の足蹟《あしあと》、出來(いでき)たり。其閒(その《あひだ》)、三十閒斗《けんばかり》[やぶちゃん注:五十四・五四メートル。]、步行《ほかう》の蹟《あと》、有り。人々、見て、大きに驚き、評しけるは、
「人の足蹟に違(ちがひ)なし。指の蹟も、有り。いかさま、鬼にてや有(あり)けむ、思《おも》ひ寄《よる》なし。』[やぶちゃん注:「と。」が欲しい。]
扨(さて)は、何方(いづかた)迄(まで)行(ゆく)にや、したひ見るに、山ぎわ[やぶちゃん注:ママ。「山際(やまぎは)」。後にも出るが、注さない。]迄(まで)、つゞきて有り。「大人《おほひと》の足蹟」と名付申(なづけまうす)。足蹟をば、人々、おそれて、作農《さくのう》致(いた)さず、よけ申候(まうしさうらふ)。」
と、語る。
又、何村とかや、山ぎわの村里、有り。
其所(その《ところ》)に、有德(うとく)なる土民(どみん)、有り。田地も、大分、持(もち)、屋舖(やしき)も、山を渡して、百閒《ひやくけん》[やぶちゃん注:百八十一・八メートル。]四方程(ほど)の、かまへなり。
土居(つちゐ)[やぶちゃん注:「土手」に同じい。]ありて、うしろの山ぎわ[やぶちゃん注:ママ。]に、大きなる銀杏(いてう[やぶちゃん注:ママ。「いちやう」が正しい。後も出るが、注さない。])の木、有り。
高さ、廿丈餘(にじふぢやうあま)り[やぶちゃん注:六十・六メートル余り。]。枝葉、しげりて、森の如し。
田畑《たはた》のさまたげに成りしかば、三、四年に一度づゝ、枝を切(きり)けり。
然共(しかれども)、大木《たいぼく》と言(いひ)、梢《こづゑ》、遠《とほ》ければ、たやすく上《のぼ》る者、なし。
同村に、七助《しちすけ》といふ、平生(へいぜい)、病氣なる土民(どみん)、有り。
元より、顏色、靑く、常はのうげう[やぶちゃん注:ママ。「農業」。「のうげふ」が正しい。]にも出(いで)ず、いたりけり。
此者(この《もの》)、木の上の達者《たつしや》にて、例のいてふの枝下しに、やとふて[やぶちゃん注:「雇ふて」。]、切(きら)せけり。
或(ある)時、呼寄(よびよせ)、賴《たのみ》ければ、いつもの事なれば、早速(さうそく)、りやうせう[やぶちゃん注:ママ。正しくは、漢字表記が「了承」ならば「れうしよう」、「諒承・領承」ならば「りやうしよう」である。]して、おの・鎌・まさかり、用意して、かの大木《たいぼく》いてうの木に、上《のぼ》りけり。
やうやう、半過(なかば《すぎ》)て、枝を切(きり)けるに、何やら、木の下《した》、騷敷(さがはしく)聞《きこ》へ[やぶちゃん注:ママ。「聞え」。]ければ、のぞき[やぶちゃん注:「覗(のぞ)き」。]見《み》れるに[やぶちゃん注:「見れるに」は、おかしい。これは「のぞき見ゆるに」の誤記か、誤判読である。「れ」と「ゆ」のくずし字はへたをすると見分けが付きにくいのである。]、何かはしらず、まつ黑《くろ》なる物、兩眼《りやうがん》、光りて、此(この)銀杏の木に上《のぼ》り來《く》る。
七助、見て、きもをけし、ためらひ見るに、頭《かしら》は、五升なべ[やぶちゃん注:「農林水産研究に関する国内の論文・情報が探せるデータベース(アグリナレッジ)」「AgriKnowledge)」の「農機具データベース」に「五升なべ(はそり)」があり、「解説文」に『方言ではハソリ(端反)とも言う。煮物、汁物など汎用的な鍋である。大きさは高さ20㎝、径54.5㎝、重さ6.5kgである。』とあり、「使用年代」に『大正~昭和初期』、「収集地」に『大阪府池田市』とあった。大分、新しいが、基本、この大きさを基準に六、七割ととれば、よかろうかと思う。]程にて、眼は、びむかゞみ[やぶちゃん注:底本に右注をして『(鬢鏡)』とある。「びんかがみ」(鬢を映してみるのに使う柄つきの小さい手鏡)である。]程(ほど)にて光り、大《おほき》に、口、くれなひ[やぶちゃん注:ママ。「くれなゐ」。]の舌を出《いだ》し、其氣色(そのけしき)、すさまじさ、言斗(いふばかり)もなき大蛇《だいじや》也(なり)。
七助、
『扨(さて)は。我(われ)を、のまむ爲(ため)なり。去(さり)ながら、大方(おほかた)にては、のまれまじ。』
と、思ひ定(さだめ)て、先(まづ)、我(わが)足もとの小枝、切拂(きりはらひ)て、たまり[やぶちゃん注:これは「溜まり」であるが、「一溜まり」の方が理解し易い。この語は、今は「ひとたまりもない」でしか使わないが、この語は本来は「他からの圧迫・攻撃に対して少しの間を耐え支えること/ちょっと持ち応えること」を意味する。ここもそれである。]、つよく拵(こしらへ)、まさかり、持(もち)かまへ、待《まち》かけたり。
蛇は、一口に吞(のま)むと、早(はや)、足元へ、のび上《あが》りたり。
いきを吹《ふき》かけゝる事、唯(たゞ)、霧のまくが、如(ごと)し。
足もと、くらき、やうなく[やぶちゃん注:「益無(やくな)く」でこれは古語で「やうなく」とも表記する。「まずい」の意。]、され共(ども)、生(うまれ)つき、しぶとき勇成(《ゆう》なる)男ゆへ[やぶちゃん注:ママ。「ゆゑ」。]、少(すこし)も、さわがず。
すでに、蛇、頭(かしら)を持上《もちあぐ》る所を、くだむ[やぶちゃん注:ママ。「件(くだん)」。]の斧《をの》を以(もつ)て、ひらいて[やぶちゃん注:「開きて」で「(斧を)力いっぱい振り上げて」の意をこの語で示したものと私は採る。]、聲《こゑ》をかけて、まつこうに[やぶちゃん注:「眞向(まつかう)に」。]、打(うち)こむたり[やぶちゃん注:「打ち込んだり」。]。
何かは以てたまるべき、大木《たいぼく》か、大石《だいせき》など、落(おつ)るごとく、しむどう[やぶちゃん注:「振動(しんどう)」。]して、木の下へ、
「どう」
と、落《おち》たり。
七助、
「しすましたり。」
と、嬉しく大音聲(だいおんじやう)を上‘あげ)て、息をかぎりに、わめきけり。
此音(この《おと》)に、田畑に居る者、聞付(きゝつけ)て、集《あつま》り、見て、大(おほい)に驚(おどろき)、大蛇を見るに、半死半生《はんしはんしやう》にて、くるひけり。
され共(ども)、くつきやう[やぶちゃん注:「屈强」。]の者共(《もの》ども)、
『棒《ばう》の、さすの、』[やぶちゃん注:「さす」「刺股(さすまた)」であろう。底本もそうした傍注を打っている。「刺股」は江戸時代に犯罪者を捕らえるのに用いた道具の一つで、二股(ふたまた)の金具に、長い木の柄を付けたもの。相手の喉首(のどくび)を押さえつけるのに用いた。]
と、ひしめき、大勢、立寄(たちより)、なむなく[やぶちゃん注:「難無(なんな)く」。]、打殺《うちころ》したり。
近里《きんり》の者、はせ集《あつま》り、
「きたひの事。」[やぶちゃん注:「希代(稀代)の事」で正しくは「きたいの事」。]
とて、見物の者、男女老少《なんによらうしやう》、市(いち)をなす。
七助も、木より、下《お》りければ、人々、見るに、もふもふとして、心持(こゝろもち)なし。[やぶちゃん注:「もふもふとして」恐らく「濛濛・朦朦」で「もうもう」が正しい。意味はあまりのあり得ない大蛇の出現と、それを果敢に退治した七助の勇猛さに「心がぼんやりとしているさま」を指すものである。]
亭主、酒を取出《とりいだ》して、吞(のま)せ、藥など用意して、勞(いたはり)けり。
其後(その《のち》)、廿日斗(はつかばかり)、煩(わづらひ)けるが、次第に、快《こころよ》く、何事も、なく、すみけり。
扨(さて)、件(くだん)の蛇《へび》は、引(ひき)のばし見るに、長(たけ)。七閒半《しちけんはん》[やぶちゃん注:十三・六四メートル。]、有りける。
「か樣《やう》の物《もの》は、さらしたるが、よし。」
とて、大道の脇に、引出(ひきいだ)し、捨(すて)たり。
其後(その《のち》)、肉も、くさり、いろこ[やぶちゃん注:「鱗」。「うろこ」の中古の古語。]、殘りけるに、其大(その《おほい》)さ、坪皿(つぼさら)のふた程(ほど)なり。[やぶちゃん注:「坪皿」は「膳部に用いる小さくて深い食器・壺の形をした小さな皿」で、この場合は、中国や本邦の古いものではなく、器の直径が十六センチメートルで、高さは七センチメートルものであろう。言っておくが、これは、この大蛇のたった一枚、それも、すっかり干乾びた鱗が、そのサイズであったのだから、恐懼すべき大きさである。]
是(これ)を、亭主、取置(とりおき)、大いろり[やぶちゃん注:「圍爐裏」。]の內《うち》に立置《たておき》けるが、
「堅き事、石のごとし。いろりのふちに、あて、大火《おほひ》ばしにて、打(うつ)に、少しも、そんじ不申(まうさゞる)。」
由(よし)。
今に、其民(その《たみ》)、所持致す、とかや。
是(これ)、日笠甚九郞、咄《はなし》也(なり)。
[やぶちゃん注:注も「*」で二分割した。
「八東郡」は現代仮名遣では「はっとうこおり/ぐん」となる。この旧郡は因幡国の東端の内陸にあった郡で、明治一二(一八七九)年に行政区画として発足した当時の八東郡の郡域は、現在の八頭郡(やずぐん)若桜町(わかさちょう)、及び、八頭町(はっとうちょう)の一部(下峰寺・大坪・山田・西御門・上野・隼郡家・見槻中・西谷・志子部・才代・柿原以東)に当たる(リンクはグーグル・マップ)、と当該ウィキにあった。そこにある地図をリンクし、さらに現在の「八頭郡」をグーグル・マップで示しておく。
『長(たけ)六尺餘(あま)り[やぶちゃん注:「六尺」は一・八二メートルであるから、ほぼ二メートルととってよいだろう。]、幅、二、三尺[やぶちゃん注:六十一~九十一センチメートル。]も有るらむ人の足蹟』以上の条件で、GoogleのAI君に質問したところ(太字は私が附した)、『人間の一般的な「歩幅と身長の比率」の基準を当てはめると』、『約百二十一メートル〜百四十七メートルと推定されます』との答えで、更に、『ウォーキングや大股で歩く場合(身長 × 0.45)』では『54.54メートル ÷ 0.45 = 約121.2メートル』とし、さらに『普段通りに歩く場合(身長 × 0.37)』では『54.54メートル ÷ 0.37 = 約147.4メートル』とあり、最後に『このサイズは、アニメ『進撃の巨人』に登場する超大型巨人(60メートル)の約2倍から2.5倍に相当し、日本にある世界最大級の立像「牛久大仏」(全高120メートル)とほぼ同じか、それを超えるほどの圧倒的な巨大さになります。』とあった。若い方には、この最後の方がピンとくるであろう。なお、このあり得ない巨人の足跡は、纏まった考証としては、私のブログ・カテゴリ「柳田國男」の『柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 ダイダラ坊の足跡』が、最も参考になるであろう。第一回は『柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 ダイダラ坊の足跡 一 巨人來往の衢』であるが、以下、九回まである、長丁場である。時間がある方は、そちらを読まれんことを、お薦めする。
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「大きなる銀杏(いてう[やぶちゃん注:ママ。「いちやう」が正しい。後も出るが、注さない。])の木、有り。高さ、廿丈餘(にじふぢやうあま)り[やぶちゃん注:六十・六メートル余り。]」裸子植物上綱イチョウ綱イチョウ目イチョウ科イチョウ属イチョウ Ginkgo biloba であるが、現生種は、この一種のみである。さて、この「廿丈餘り」は誇大に過ぎる。事典・辞書類を見ても、高さを、時に三十メートルで周囲十メートル(平凡社「世界大百科事典」)、高いところでは、当該ウィキで(太字は私が附した)、『大きいものは樹高40–45 m、直径4–5 mに達する』で、以下の「著名なイチョウの木」のうち、最高樹高を示しているのは、『去川のイチョウ(宮崎県宮崎市)』で、『高さ41.0 m、胴回りが10.0 m。島津忠久が』、『源頼朝に島津荘を与えられた時に』、『下向し』、『手づから植えたという伝説があり、樹齢は800年と伝わる』とあるものである。ネット上で高い樹高を持つイチョウを捜すと、国の天然記念物にも指定され、「日本一の大イチョウ」として知られている、青森県深浦町(ふかうらまち)大字北金ケ沢(きたかねがさわ)字塩見形(しおみがた)のイチョウ「北金ケ沢の大銀杏(おおいちょう)」が上がる。当該ウィキに拠れば、当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、『樹高は31メートルである。ただし、40メートルとしている資料もある。目通り幹周は22メートルあり、環境省が2001年に実施した巨樹・巨木林調査においてイチョウの中では全国第1位と認定され、日本で最大のイチョウとして知られている。樹齢は1000年以上とされるが、環境省自然環境局は300年以上としている。樹形や樹勢は良好である』とあった。この内、最大樹高を示している四十五メートルであるが、当該個体が指示されていない。北金ケ沢の記載を見れば判る通り、イチョウは真っすぐに伸びる樹木でないところから、正確な樹高を表現出来ないのであろう。それにしても、ここに出る六十六メートルというのは、信じ得るデータが現存しないし、嘗つて、そこにあったと信ずることも、この数値では、肯んじ出来ない。実際に確かにある/この時代にはあったとする信じ得る読者があれば、御教授願いたい。
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さても「大蛇」であるが、先の「佐藤太郞兵衞うわばみを打事」で注した通りで、話で語られるスケールを見るに、私の家の斜面下にも巣くっている、日本本土に於ける最大のヘビである爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ(並蛇)科ナミヘビ亜科ナメラ(滑羅)属アオダイショウ(青大将) Elaphe climacophora でも、通常の成体個体は一~二メートル程度(うちの居候は二メートル強である)で、現在、知られている大型個体でも、二・五~三メートル止まりであるから、誇張も甚だしい。]
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