「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「安倍氏、宮內の山にて妖怪逢事 安倍甚兵衞家」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。]
安倍氏《あべし》、宮內《みやうち》の山にて妖怪《やうくわい》逢(あふ)事 安倍甚兵衞家《あべじんべゑけ》
光仲公《みつなかこう》御代(みよ)、安倍某《なにがし》、若(わかき)時分、夜獵《よかり》を好(このみ)けるが、或夜(ある《よ》)、御本陣山《ごほんじんやま》へ行(ゆき)、夜獵し、宮內の山、惣門《そうもん》の上《うへ》迄(まで)、出來(いできた)り。
興禪寺上《こうぜんじうへ》、懸《かけ》て、犬、貳疋(にひき)つれ、若黨(わかたう)貳人、主從《しゆじゆう》三人、夜九つ時分過(すぎ)、山狩《やまりやう》し、宮內の上にて、犬、すゝまず。
貳疋(にひき)共(とも)、足元へ、かゝみ[やぶちゃん注:「屈(かが)み」。]ければ、ふしぎに思ひ、しばらく、近邊《きんぺん》をすかし見るに、晴夜《せいや》にて、風も吹(ふか)ず。
しかるに、甚兵衞、頭《かしら》より、二、三閒《げん》上《うへ》、まつ黑になる門《もん》の戶《と》のやうなる、つと、通り行過《ゆきすぎ》て、しはがれ聲《ごゑ》にて、
「何《なん》とすべし。」
と、言(いふ)。
又(また)、こくう[やぶちゃん注:「虛空」。]にて、申(まうす)やう、
「氣强《きづよ》し。氣强し。」
と、二聲《ふたごゑ》、言(いふ)音、聞(きこ)ゆ。
甚兵衞、
『すはや。』
と思ひ、刀《かたな》の柄手《つかで》を懸《かけ》みるに、腕、すくみ、刀、貫(ぬけ)ず。
「こは、無念。」
と、きば、かみけれ共(ども)、身、すくみて、力、出《いで》ず。
すべきやうなく、若黨(わかたう)を呼(よぶ)に、二人の若黨(わかたう)も、やうやうと、來(きた)り。
尋(たづぬ)るに、二人の者共(ども)も、甚兵衞、同事《おなじこと》にて、
「身、すくみ、力《ちから》、出《いで》ず。」
と、答ふ。
「不思議の事なり。」
とて、其夜(その《よ》)は、歸りぬ。
「思ふに、山神《やまがみ》の所爲(しよゐ)か、天狗の所行(しよぎやう)か。」
と申(まうし)けり。
[やぶちゃん注:「安倍氏《あべし》」「安倍甚兵衞家《あべじんべゑけ》」鳥取県立博物館所蔵の「鳥取藩政資料(藩士家譜)」の目録中(PDF)に、寛永三(一六二六)年から享和三(一八〇三)年に至る『安倍甚兵衛家譜』(藩士家譜)があるのを確認した。有力な当主であったことが判る。
「宮內《みやうち》の山」この名の山を鳥取城近辺には見当たらないが、本文注の「御本陣山《ごほんじんやま》」というのは、鳥取城跡の東北東の後背にある「本陣山」で、ここである(グーグル・マップ航空写真):中央に鳥取城を配した)。而して、その地図の鳥取城の近く南東南の位置に「鳥取東照宮」があり、ここは、まさに鳥取藩初代藩主池田光仲によって造営されている。慶安三(一六五〇年)年に「因幡東照宮」は完成している(明治七(一八七四)年)から平成二三(二〇一一)年までは「樗谿(おうちだに)神社」と称していたが、同二〇一一年に本来の神社名を鑑み、「鳥取東照宮」に改称している)。さて、現在の「本陣山」から、安倍某が、さらに北に向かい、直ぐに、西北西の鳥取東照宮の後背の山筯(グーグル・マップ航空写真)へと下ったとすることは、極めて自然である。而して、この「宮內の山」とは「因幡東照宮の内の山」で、ここ(グーグル・マップ航空写真:前より南方向にずらした)であると採って、何ら問題ないと思われる。
「光仲公《みつなかこう》御代(みよ)」先行する「高住善源寺、椿相と言僧死靈の事」で詳細に既出既注。
「惣門《そうもん》」ここは鳥取城の外郭にある大門・正門で、江戸時代には、最も重要な街道筋には「惣門」が置かれ、そこにある「改め番所」で往来を監察していた。調べたところ、これは、恐らく、鳥取城の郭内九つの惣門の一つであった「江崎下の惣門」であろうと推定した。ここは、現在の県庁第二庁舎と県立図書館の間に位置していた(「コトバンク」の平凡社「日本歴史地名大系」の「江崎下の惣門」で確認した)。市役所南西側にあった。ここは以下の「興禪寺」(これも、「高住善源寺、椿相と言僧死靈の事」で詳細に既出既注である。)の手前に当たる。「グーグル・マップ航空写真」を見られれば、以上の私のルート推定が、いやさかに堅固となってくるのが御理解戴けるものと思う。
「若黨(わかたう)」武士の身近(みじか)に仕える若い侍。
「夜九つ時分過(すぎ)」季節が示されていないが、これは、不定時法でも同じで、「夜九つ」は午前零時であるから、それを過ぎた頃。
「二、三閒《げん》」三・六~五・五メートル。
「まつ黑になる門《もん》の戶《と》のやうなる」老婆心乍ら、間違ってはいけない。これは、何らかの実際の大きな観音開きの扉を持つ黒門を指しているのではない。そもそも、山の中に、突如、出現した怪しい、それ、なのである。
「つと」副詞で、この場合は、「ふと・急に」の意。
「何《なん》とすべし。」「何をしておるのじゃ!」。声は、以下と同じく虚空から聴こえたのであろう。
「氣强《きづよ》し」「貴様、なかなかに気丈な奴じゃのう!」。
「すはや。」感動詞。急の事態に驚く時に発する語。「あっつ!」。
「刀《かたな》の柄手《つかで》を懸《かけ》みるに、」刀の柄(つか)に手をかけて抜こうとしたが。
「きば」「牙齒」。歯。
「山神《やまがみ》」「岩井郡浦留にての妖怪の事」で疑問注したが、ここでは、そこで示した強い違和感は、ない。詳しい時期が示されていないから、山の神の禁忌に係わる祭り日であった可能性を考えると、あり得ることであり、しかも、犬は怖じ竦むだけで、殺されてはいないからである。]
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