「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「幽靈出て家主をたやせし事」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。]
幽靈《いうれい》出《いで》て、家主《やぬし》を、たやせし事
天和(てんな)年中[やぶちゃん注:一六八一年から一六八四年まで。徳川綱吉の治世。]、內丹後町《うちたんごまち》、材木藏《ざいもくぐら》の近邊、御堀端《おほりばた》の角《かど》に、何某《なにがし》と言へる御家士《おんかし》の屋敷、有り。
いかなる幽靈か、
「夜每(よごと)に、出《いづ》る。」
迚(とて)、御家中《ごかちゆう》、若侍《わかざむらひ》、見屆(みとゞけ)に行(ゆく)者、多《おほ》かりき。
され共(ども)、誰迚(だれとて)、慥(たしか)に見たる人も、なし。
正說(しやうせつ)、慥(たしか)ならざりけり。
程經(ほどへ)て、其家(その《いへ》)の若黨(わかたう)の部屋へ、入魂(じつこん)[やぶちゃん注:「昵懇(じつこん)」に同じ。]の人、見𢌞(みまはり)けり。
折節(をりふし)、夏の事にて、涼みながら、物語抔(など)して居(をり)たり。
月夜にては、有り、行燈(あんどん)も、たてず、亭主と差向(さしむかひ)て、夜更(よふけ)迄(まで)、咄《はな》し居(をり)けり。
然(しか)るに、若き女《をんな》、白帷子(しろかたびら)を着《ちやく》し、髮を、みだし、部屋の前を、徘徊《はいくわい》しけれ共(ども)、何の氣《き》も付(つか)ず。時分柄(《じぶん》がら)と言ひ、
『本家《ほんけ》の下女《げぢよ》か。』
と、思ひしが、暫(しばら)く立休(たちやす)らひければ、又、思(おも)ひけるは、
『亭主の忍妻(しのびづま)にや。』
と、ふしん[やぶちゃん注:「不審」。]も、なさざりけり。
此女、ひたもの[やぶちゃん注:副詞。漢字表記「直物」。「いちずに・ひたすら・やたらと」の意。]、部屋の內を覗(のぞ)きければ、彼(か)の若黨、いかり聲《ごゑ》にて、荒(あら)らかに、
「又、來りたり。そこを、立去(たち《さ》)れ。」
と、いふ。
然(しか)れば、少し扣《ひか》へたる樣にて、去りも、せず。
暫(しばら)く有りて、又、覗(のぞ)き、後《のち》には、部屋の沓(くつ)ぬぎ迄(まで)、來(きた)りたり。
若黨(わかたう)、大《おほい》に、いかり、
「にくき事かな。」
とて、あたりに木刀《ぼくたう》有《あり》けるを、追取(おつとり)[やぶちゃん注:「直ちに手に取る・勢いよく取る」の意。]、女のすそを、したゝかに打(うち)けれ共(ども)、さして驚(おどろき)たる氣色(けしき)も、なし。
庭の外へ、出(いで)けり。
若黨、其儘(そのまゝ)、追《おひ》て出《いで》けるが、頓(やが)て、歸る。
客人の曰(いはく)、
「何《なん》とて、左樣(さやう)に荒(あら)けなくし給(たま)ふぞ。但(たゞ)し、氣《き》の違《ちが》ひたる人にや。」
と、不審をなしければ、答(こたへ)て曰(いはく)、
「其方(その《はう》)には、未だ、あの者を御存じ不被成哉(なられずや)。此家(この《いへ》)の靈にて、夜更(よふけ)て、每夜《まいよ》、出(いで)、あの如く、我らが部屋へも、戶を明(あけ)て置候得(おきさうらえ)ば、內《うち》へ入(いり)、床(とこ)[やぶちゃん注:これは若党の「寝床」の意であろう。]の上《うへ》へも上《のぼ》り候。しかれ共(ども)、物も言(いは)ず。只(たゞ)、洗濯物抔(など)干《ほし》たるが如(ごと)し[やぶちゃん注:この表現は、自身の横たわっている寝具の上に彼女は立っているのである。しかし、その重量を全く感じないのだ。だから、『洗濯物なんどが干してあるように、女が立ちつくしているのだ!』と形容しているのである。]。あの如く、打候得共(うちさうらえども)、手ごたへも、せず。追候得(おいさうらえ→おひさうらえや[やぶちゃん注:但し、これは誤判読と思う。])ば、風に吹《ふか》るゝ如(ごと)く立去(たち《さ》)り候。我等(われら)も、初めの程(ほど)は、氣味惡敷(《きみ》あしく)思ひしが、今は慣(なれ)て、何共存不申(《なん》ともぞんじまうさず)。每夜の事、打捨置(うちすておけ)ば、部屋の內へも入《い》れば、あの如(ごと)く追捨(おいす)て、戶を差置(さしお)けば、內へは、入らず。窓よりは、覗(のぞ)き申候(まうしさうらふ)。」
と言(いふ)。
客、以(もつて)の外(ほか)、けふざめ[やぶちゃん注:ママ。「興醒(きようざ)め」。]、
「扨(さて)は。あの者は、幽靈なりや。」
「しかり。」
と言(いふ)。
「幽靈といふもの、始(はじめ)て、見たり。」
迚(とて)、咄し、暇乞(いとまごひ)して、
「歸る。」
迚(とて)、見れば、屋敷の角《かど》に、大木《たいぼく》の「もくせい」、有り。
件(くだん)の幽靈、此木(この《き》)に、上《のぼ》り居(をり)けり。
彌(いよいよ)、きみ惡敷(あしく)、足早《あしばや》に歸りけり。
其後(その《あと》)も、度々(たびたび)、見たり。
後《のち》には、木に上《のぼ》り、もくせいの小枝を、
「ほちほち」
と、折(をり)けるが、大かた、小枝を折盡(をりつく)しけり。
木、終(つひ)に、枯れて、けり。
夫(それ)より、靈も出《いっづ》る事、なし。
夫(それ)より、其家(その《いへ》)も、程なく、家主《やぬし》、死(しに)うせ、子孫も、悉(ことごと)く、絕(たへ《→たえ》)てけり。
今は、其家(その《いへ》)、筋《すぢ》、なし。
「不思議なる事。」
迚(とて)、野夫《やぶ》、若(わか)き時分、去(さ)る老人の物語なり。
「其(その)家屋敷は、伊豆屋敷《いづやしき》惣御門《そうごもん》、土橋《どばし》の外《そと》、御堀端道《おほりはしみち》の通り、角《かど》の屋敷也(なり)。もくせいの木は、屋敷の角《かど》の所に、有《あり》し。」
と。
其老人、
「枯(かれ)たるも、見たり。」
とて、咄(はな)しけり。
[やぶちゃん注:「內丹後町《うちたんごまち》、材木藏《ざいもくぐら》の近邊、御堀端《おほりばた》の角《かど》に、何某《なにがし》と言へる御家士《おんかし》の屋敷、有り。」「鳥取県立図書館」公式サイト内の「鳥取こちずぶらり」(各地図のページでは「鳥取ぶらり」とある)の「材木町(内丹後町)」に、『町人地。当町の堀端沿いにはかつて大きな裏通りがあったが、正徳2年(1712)の麩屋火事で焼亡し、街路が変更されたようである。町名の由来は、材木商が袋川付近に多く居住していたことにちなむ。ただ「内丹後町」と呼ばれることの方が多く、安土桃山期の鳥取城主宮部継潤の時代(1581-1600)からあった古い町という。丹後の呼称は、人名に由来するものではないかとの推測もある。同町の為登(いと)は、材木や年貢米などの荷揚げ場で、城下町舟運の拠点となった。同町は文久3年(1863)以降、今田屋こと(穀物荒物商売)、浜屋文七(炭薪商売)が、宝隆院(11代藩主夫人)の御用聞を勤めた』。『寛永11年(1634)の竈数25、安永7年(1788)の家数101。』とあった。また、同じ古地図の別解説の「御作事」に、『小細工ともいう。「湯所下の惣門」の門外、材木町(内丹後町)へかかる場所にある。以前は城内にあったが、万治年間(1658-60)にこの地へ移されたという。敷地内に役所があり、御普請方の御役人たちが毎日出勤し、御城内をはじめ、城下の官舎の建築修繕、土木工事に関することを管轄した。』と解説がある。本篇の「材木藏」というのは、当然、その「御作事」の位置と同じ一角にあったものと考えてよいのではないかと思われるから、この古地図の周辺が、以上のロケーションであると思われる。よく見ると、その「御作事」の道を隔てた下方には、広大な「侍屋敷」とあり、上方は鳥取城の堀となっているから、本篇の最後の「御堀端道《おほりはしみち》の通り、角《かど》の屋敷也(なり)」という指定も、ここと一致を見るように認識出来るからである。現在の地図に当てると、この中央辺りとなろうか(グーグル・マップ)。
「何《なん》とて、左樣(さやう)に荒(あら)けなくし給(たま)ふぞ。但(たゞ)し、氣《き》の違《ちが》ひたる人にや。」前の台詞は、若党の乱暴な仕儀への指弾であり、後は、「但し、確かに、どう見ても、異常な風体(ふうてい)で、或いは、気が違った女性でもあるのではないか?」と現実的な解釈を添えたのである。
「もくせい」木犀。シソ(紫蘇)目モクセイ科オリーブ連Oleeaeモクセイ属モクセイ Osmanthus fragrans であるが、変種ギンモクセイ(銀木犀) O. f. var. fragrans・変種キンモクセイ(金木犀) O. f. var. aurantiacus・変品種シロモクセイ(白木犀) O. f. var. aurantiacus f. leucanthus ・ウスギモクセイ(薄黄木犀) O. f. var. aurantiacus f. thunbergii があり、単に「木犀」と言う場合、現代では、ギンモクセイ(銀木犀)を指すことが多い。本件の種が何であるかは、特定出来ない。されば、モクセイ類には、相応の民俗的な意味があるのだが、それを注することも出来ない。ただ、霊がこの「木犀」を枯らしていることから、霊には何らかの忌避する対象であることは伺えるだけである。
なお、サイト「100話の百物語」の「百物語 第175話」に「キンモクセイの妖怪」は、出典を示していないが、明らかに本篇を元にしたものである(現代語訳)。また、嘗つては、毎日、新作をアーカイヴさせて戴いていたサイト「座敷浪人の壺蔵」の、「あやしい古典文学の壺」の「木に登る幽霊」は本篇を元に現代語訳したものである。共に見られたい。]
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