「因幡怪談集」(恣意的旧字化・オリジナル注附き)/「香川氏、妖怪を見る事」
[やぶちゃん注:底本、及び、凡例その他は、初回を参照されたい。]
香川氏《かがはし》、妖怪《やうくわい》を見る事
香川新七《かがはしんしち》、舍弟(しやてい)半七《はんしち》、若時分(わかき《じぶん》)、夜獵《やれふ》を好む。
其折柄(そのをりから)、荒尾美作《あらをみまさか》、若名(わかな)、主斗《かずと》と申(まうし)たり。兄弟共(とも)に入魂(じつこん)[やぶちゃん注:「昵懇」に同じ。]にて、晝は、狐獵《きつねがり》・かわうそ獵《がり》に同道して出《いで》られたり。
新七、「手嶋《てしま》」と言(いへ)る、ふしぎの名犬《めいけん》を、持てり。
狐など、追出(おひだ)して得《う》る事、ならび、なし。
大方(おほかた)の犬は、狐を見懸(みかけ)て追(おふ)に、蹟(あと)より、追(おふ)ゆへ[やぶちゃん注:ママ。「ゆゑ」。]、今、二、三閒《げん》[やぶちゃん注:三・六~五・五メートル。]になり、狐を得《え》取らず。[やぶちゃん注:ここまでが、「大方の犬」一般の失敗例は、ここで終り、以下は名犬「手嶋」の捕獲の巧妙なやり口に移る。]
蕎畑《そばばたけ》などにて、狐を追出(おひだ)せば、二閒程、外道《そとみち》を行《ゆく》ゆへ[やぶちゃん注:ママ。同前。]、大かたは、狐と同じやうに、走りけり。時々、ほこ[やぶちゃん注:蕎麦の穂のことであろう。ソバは茎の先端や葉の脇から伸びて、小さな白い花や実をつける(これを「穂発芽」と言う)。]を、つき[やぶちゃん注:「跡を付ける」で「去ったあとに蕎麦の穂の痕跡を残したものを以って追跡し」の意と思われる。]、狐の在所を見定(みさだめ)て、先へ𢌞り、狐の行出(ゆきいづ)る所を見て、くわへ[やぶちゃん注:「銜(啣・咥)へ」。正しくは「くはへ」。口に軽く挟んで、支(ささ)え咬んで。]けるに、壹(ひと)つも、もらさず、とりけり。獺《かはおそ・かはうそ》も同じ。
又、「小白《こしろ・おしろ》」と名付(なづけ)て、女犬《めいぬ》、有り。
是又(これまた)、名犬にて、犬二つ、かせぎ[やぶちゃん注:「稼ぎ」。]、めざましき事[やぶちゃん注:「なり」が欲しい。]。
去(さ)るに依(よつ)て、主斗《かずと》、新七に所望(しょまう)して、飼(かひ)けり。
「是(これ)は、矢野兵庫犬《やのひやうごけん》なり。」
とかや。「小白」とて、名高き犬也。
或時、半七、煩(わづらひ)て、久敷(ひさしく)引龍居(ひきこみをり)ければ、主斗、
「病氣見舞。」
として、側《そば》に遣(つ)ひける小坊主(こばうず)[やぶちゃん注:江戸時代、武家・町家で雑用に使う坊主頭の子供を指す。]を遣(つかは)しける。
半七、
「忝(かたじけな)し。」
し」とて、小坊主を、座敷、病床《びやうしやう》に招き、直(ぢか)に、見舞の口上《こうじやう》を聞(きゝ)、茶など、ふるまひ、數刻《すこく》の咄《はなし》に及(およぶ)。
みな、夜獵の事なり。
「先頃《さきごろ》、我(われ)、犬を引(ひき)、夜半時分、野坂(のさか)の方《はう》へ、志《こころざし》して、出行(いでゆく)。古海《ふるみ》かい道[やぶちゃん注:「街道」。グーグル・マップ航空写真で、右中央に現在の鳥取市古海(ふるみ)を配し、そこから南西方向にある「野坂」を中央下に配した。但し、「ひなたGIS」の戦前の地図を見ても、ここで言う「古海」街「道」というのが、どのルートなのかは判らなかった。或いは、古海から南東に走る街道の途中で、これは次の『本高の村』から、野坂に尾根を西に越える道を辿るつもりだったものと推理する。]の先は、本高《もとだか》の村[やぶちゃん注:グーグル・マップ航空写真の鳥取市本高(もとだか)を示した。]へ、少(すこし)手前の、田の繩手(なはて)、有りて、小河(をがは)の、流れたり。
夫(それ)に、小《ちさ》き土橋《どばし》、有り。右の方は、山はなにて、古き、はか所《しよ》共(ども)、見へたり。
其(その)あたりを、何やら、人《ひと》壹人(いちにん)、來(きた)る。
『夜更(《よ》ふけ)て、何者やらむ。』
と、あやしく思ひて、犬を、先にやるに、犬、すゝまず。
やうやく、かのもの、近く寄《より》て、近寄(ちかより)、見れば、若女《わかきをんな》なり。
白きかたびらを、着て、髮を、さばき、色の白き顏は、雪のごとし。
折(をり)ふし、朧月(おぼろづき)の事なれば、能(よく)見へたり[やぶちゃん注:ママ。「見えたり」。]。
道は、狹く、兩脇は、小いで[やぶちゃん注:「小井手」で「小さな堰(せき)・用水路」。]、又、溝《みぞ》なり。
犬は、尾を、すぼめて蹟《あと》へ、しざり、我が股相(またあひ)[やぶちゃん注:両脚の間に]に、かゞみければ、步行《ほかう》しがたく、やうやく[やぶちゃん注:「漸く」。]、我(われ)と、すりちがひに、件(くだん)の女、通りたり。
顏を見合《みあひ》けるに、女の氣色(けしき)、いやらしさ、言斗(いふばかり)なし。
通り過《すぎ》て、蹟《あと》を、かへり見るに、女も又、見かへりざまに、息を、ふき懸(かけ)し、其(その)惡《わる》くさき事、言斗(いふばかり)なく、むせかへり、眼《め》、明(あけ)がたき程也(ほどなり)。
行過《ゆきすぎ》て、蹟を見れば、古海《ふるみ》の在所《ざいしよ》の方《はう》へ通りたり。
召連(めしつれ)たる若黨(わかたう)も、我(われ)に十閒斗(《じつけん》[やぶちゃん注:十八・一八メートル。]ばかり)おくれしが、呼(よび)ければ、おひ付(つき)、此(この)有樣を言へば、若黨も、同じく、
『ふしぎの者也(なり)。』
といふ。
扨(さて)、
『犬は。』
と、とふに、
『同じく、かゞみ、うごかず。』
と云(いふ)。
『扨は。人閒に、あらじ。ばけ物ならむ。』
といへば、答(こたへ)て云(いふ)、
『しかり。能々(よくよく)考候(《かんがへ》さうら)へば、此邊(この《あたり》は、山神《やまがみ》、度々(たびたび)、出《いで》て、行逢(ゆきあ)ふも、少なからず。』
と言(いふ)。
夫(それ)にて、ふしむ[やぶちゃん注:「不審」。「ふしん」が正しい。]はれたり。」
と存《ぞんず》る也。
度々(たびたび)、夜獵に出《いで》けれ共(ども)、かやうの事、出逢(いであは)ず。」
と、半七、物語也(なり)。
小坊主は、後に柴田分五郞と言(いひ)し。則(すなはち)、此者(この《もの》)、物語也(なり)。
[やぶちゃん注:「香川新七《かがはしんしち》、舍弟(しやてい)半七《はんしち》」例の鳥取藩の家士のリスト(鳥取図書館作成)には「香川」姓のものは皆無であった(姓名に誤りがある可能性を考えて名でも調べたが、ない)。不詳。しかし、以下の本文後半を見るに、弟半七には、若党がおり、以下の「荒尾美作《あらをみまさか》」には小坊主がいることから、少なくとも、郷士の相応のレベルであったことは、間違いないように思われる。
「荒尾美作《あらをみまさか》」これも前掲のリストには姓も名も見出せない。しかし、ウィキの「荒尾氏」を見たところ、『末裔に鳥取藩主池田氏に仕えた家老家があり、1つは但馬守成房を祖とし、米子城城代を務めた家(米子荒尾家、荒尾但馬家)』であったとあるから、この家老家の末裔であった可能性は高いようにも思われる。
「矢野兵庫犬」現在の兵庫県相生市矢野町(やのちょう:旧矢野村:「ひなたGIS」)か? 但し、名犬の産地としての記載は、ネットで調べても、見当たらない。国立国会図書館デジタルコレクションの検索でも、ゼロである。歴史的日本犬に識者の御教授を乞うものである。
「野坂」恐らく、現在の鳥取市野坂(のさか:グーグル・マップ航空写真)と思われる。「ひなたGIS」の戦前の「野坂」もリンクしておく。]
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