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カテゴリー「ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ【完】」の15件の記事

2019/08/01

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 14 エピローグ 「プラスチーチェ、ママ!」 / ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ~了

 

□273 川岸の筏(いかだ)場(土手上部から俯瞰・以下、最後まで(アリョーシャの隣人の家の室内シーンを除き)総て野外実写)

(標題音楽始まる)アリョーシャ、右からインして、そこの繋ぎ泊められてある(固定した川に突き出た木材に掘られた溝に、筏の突き出た横固定材の端を嵌めてあるだけ)かなり粗末な、長さの揃っていない前後に板が凸凹としている俄か作りと見える筏に飛び乗って漕ぎ出す。櫂はただの板である。上部(向こう岸)へアウトする辺りで次のショットとオーバー・ラップ。

 

□274 川中(岸(或いは橋)からの俯瞰・水面のみのフル・ショットで筏は既に上部)

懸命に筏を漕ぐアリョーシャ!

川面には高い樹木か建物か或いは橋の影が手前に見える。かなり早く次のショットとオーバー・ラップ。

 

□275 曠野(あらの)の一本道

右奥から左へ道。こちらの道端にも彼方の平地にも雑草がちらっと見えるだけ。(但し、後で判るが、この道部分は有意に高くなっており、周囲は低地で背の低い一面の草原である。カメラは道のこちら側の道端の、少し距離を置いた位置にセットされてある。

しかし、画面上部の空中に高圧線(以下のショットで高圧鉄塔が見える)の電線二本が横切っている。

右奥から走ってくるジープ。

右からアリョーシャがイン! 両手を振って止めようとする。

ジープは無視してスピードも落とさない。

アリョーシャ、それを少し追いかけるのを追ってカメラが左にパンすると、高圧鉄塔の上部の突き出た一部が見え、電線が三本であることが判る。

アリョーシャ、道を振り返り、すぐ後ろに続いて走ってくるトラックを制止しようとする。

このトラックも同前。

アリョーシャ、やはりそれを追って左へ走るのをカメラが左にパンして追うと、道の向う側の独特の形をした高圧鉄塔(短い四脚の脚で上部は「Y」字型に開いてその逆又の中間部に平面に組んだ鉄骨があり、その左右と中央に碍子列が突き出るもの)の全景が見え、それは曠野の彼方へ真っ直ぐに繋がっていて、遙か向うにも同じ鉄塔が三、四基確認できる。

アリョーシャ、鉄塔のこちら位置(ここはカメラ位置に近い)で道の背後を見て、両手を高々と掲げる。トラックが過ぎようとする直前、アリョーシャ、右手を車の前に突き出す。

トラック、急ブレーキ!

運転手(男。運転台の扉(左)を開けて座席から)「貴様! 何考えてるだッツ?! 生きるのに疲れたってかぁッツ?!」

と怒鳴る。

アリョーシャ、フロントを廻り込んで、乗降ステップに飛びつくと、

アリョーシャ「私をサスノフスカまで連れって下さい!」

と頻りに道の先を指す。

運転手「できない相談だ!」

アリョーシャ「ほんの9キロほどなんです!」

運転手「言っただろ! 無理だ、って!」

と言いつつ、車をゆりゆると発進させる。

 

□276 トラックの前(カメラも恐らく移動車から)

ゆるゆる動いているトラック。ステップに立って(左手で運転席の天井のそとにつかまっている)なおも懇願する。

アリョーシャ「僕は前線から母に逢いにやってきたんです! それに、直ぐに戻らなきゃならないです!」

運転手「貴様のために俺がムショに入るって法は、ねえ!」

アリョーシャ「何だッツ! くたばれッツ! こん畜生!」

アリョーシャ、扉を開けてたたき戻し、ステップを降りる。

アリョーシャ、むっとして見送るが、すぐ、画面左の草原に向かって走り出す。(アウト)

 

□277 道路の先(かなり高い位置から・櫓を組んだか?)

さっきのトラック。スピードを落し、少し行ったところで右側に車を寄せたかと思うと、道を横切って道端まで出て大きくターンして戻ってくる。

 

□278 野中を行く泥んこの道(車が走れる幅はある)

手前に野草。中央にカーブした道(手前右から中央を経て右手奥へ)。両傍(りょうはた)は低い草の草原。高圧鉄塔が右手中景と左中央奥に聳える。雲が重なっているが、地平線は明るい。

その道の左端を走っているアリョーシャ。

右から、さっきのトラックがイン。泥に車輪がとられて、運転はかなり難儀である。

アリョーシャ、トラックに気づいて、一瞬、立ち止まって振り返るが、右手を挙げて振り降ろし(拒絶のポーズ、以降、二度ほど同じポーズをする。よほどさっきのやりとりでムッときている)、無視し、また走りだす。

しかし、トラックは彼になおも併走する。

アリョーシャ、遂に折れる。停車したトラックの前を廻り込んで、右助手席に乗り込む。走り出すトラック。(以上は総て画面の中景で小さく演じられ、台詞は一切ない。SEもトラックのインの際に控えめに聴こえるだけで、標題音楽が大きくかぶって主役となる)

 

□279 走るトラックの運転台(その荷台からの撮影)

乾いた道。右扉を開いてアリョーシャが出、荷台に攀じ登って、前を向いて立つ(背)。

向うに森が見える。サスノフスカ村だ!

 

□280 道(フル・ショット)

左手奥でややカーブが入った道。

アリョーシャが荷台に立ったトラックが、向うから疾走してくる。

周囲は丈の高い草が生い茂っている。

トラック、右にアウトしかけて、カット。

[やぶちゃん注:この道は映画冒頭でアリョーシャの母エカテリーナが遠望するサスノフスカ村の入り口の道なのである。]

 

□281 村の入り口

白い道。左上を奥にして右に続く。

右に小屋の一部とその脇に佇む、白い馬が繋がれた荷馬車。

そこをトラックが走り抜ける。

この時、アリョーシャは左手前を

――ちらっ!

と見る。(次のカットで意味が分かる)

カメラ、道の左側で、あおって、荷台のアリョーシャを撮る。

抜けたトラックの道の反対側の道脇にも民家。

 

□282 若い農婦三人

右に道と、その向うにさっきの白馬の馬車と農家。

農婦らの前には荷台があり、その上にジャガイモを一杯入れた籠が幾つも載っている。

中央の農婦2は過ぎったトラックを怪訝そうに見つめている。(彼女は位置からアリョーシャは見えなかったのだ)

右端の農婦が、

農婦1(笑顔で)「あんた! あれって! エカテリーナの息子の! アリョーシャじゃないッツ?!」

 

□283 農婦1の背を舐めて左背後から

向うに穀類を入れた嚢を積んだ荷台があり、そこにいた一人の別の若い農婦4が走ってくる。

その背後左手を、奥に向かって走り去るアリョーシャを載せたトラックが映り込んでいる。

[やぶちゃん注:何気ないものだが、カット編集を、ないがしろにしないリアル・タイムの丁寧な作りである。]

農婦3(前のカットでは背を向けていた。位置から見て走ってくるトラックを一番長く視認できる位置にある)「そうよ! アリョーシャだわ!」

農婦4(息せき切って走り込んで)「エカテリーナは畑よ!」

農婦1「行くのよ! 彼女のとこへ! 急いで!」

農婦4、荷台の向うを抜けて右へ走る!(カメラ、右へパン。荷台の右手には黒馬が繋がれていたのであった)

 

□284 アリョーシャの家の前

少し高台。右手下方に小川。太い樹木が中央と右手に聳え、その中央の木の向うからこちらに道。そこをトラックが走ってくる。

急ブレーキ!(ここで今までかかっていたテーマ曲がとまる

アリョーシャ、荷台を右手に飛び降り、斜面を駆けあがる!

カメラ、それを追って左に移動しながら、アリョーシャをとらえ続ける。

民家が並び建っている。

木の小さな五段の階段をかけ上がるアリョーシャ!

 

□285 アリョーシャの家の玄関

走って扉に軽く両手をついて弾き戻ると、アリョーシャ心を落ち着けて、静かにドアを叩く。

はにかんで笑顔を浮かべて伏し目になるアリョーシャ。

アリョーシャ、左手(開放されてある)の懐かしい故郷の家の外を眺めて落ち着いた笑顔を浮かべる。

が、応答がない。

アリョーシャ、真顔になって少し強く連打する。

やはり、答えがない。

アリョーシャ、左手でドアの左上の長押を探る。

手を降ろす。手には鍵。

[やぶちゃん注:今じゃ信じ難いが、外出する時の内輪の鍵置き場のルーティンである。昔は私の家もよくそうしたものだった。うちでは牛乳入れの中だった。近くの不良青年が「それを知っている」と言ったのを小学生低学年だった私が母に伝えたら、慌てて母が別な場所に変えたのを思い出した。遠い昔、五十五年も前のことだった……。]

アリョーシャ、母の不在を知って、ちょっと困った顔をする。

アリョーシャ、左手を見、はっと思う。

[やぶちゃん注:そう、隣家である。シューラとの話に出た、アリョーシャの幼馴染みの娘ゾイカの家の方だ!]

アリョーシャ、鍵を元に戻すと、笑顔で、階段を走り降り、隣家に向かう。遠くで鶏がトキの声を挙げる。

アリョーシャ、すぐ向いにあるゾイカの家の玄関を叩く。

 

□286 ゾイカの玄関内から居間

アリョーシャ、鍵が開いていたので、応答を待たずに走り入り、出会い頭にゾイカと逢う。ここは開いた玄関先からの光だけで、暗い。

しかし、ゾイカは一目でアリョーシャと判る。しかし、突然のアリョーシャ来訪に吃驚して、声が出ない。

アリョーシャがゆっくりとゾイカに寄ってくるので、ゾイカはそれに合わせて後退し、奥の居間へ向かう。(カメラもそれに合わせて移動)

居間。外光が向うの二つの窓から入って、とても明るい。

ゾイカ、エプロンを引き上げて、両手で押さえ、まだ驚きが収まらないのを抑えつつ、

ゾイカ(くりくりした眼を大きく開け、小さな声で優しく)「おかえりなさい、アレクセイ・ニコラェヴィチ!」

アリョーシャ(居間のテーブルの右手立って笑顔で)「ゾイカ! 見違えたよ!」

ゾイカ、そう言われて伏し目となって恥じらいつつ、そう言われたのを嬉しく思い、しゅっ! と体を返すと、窓際の方(テーブルを挟んだアリョーシャの対面位置)に小走りして立つ。

アリョーシャ「お母さんはどこ?」

ゾイカ「畑よ! 座って、お茶を飲んでて! カーチャおばさんがお家(うち)に戻るまで!」

ゾイカ、テーブルの上を片付けかけて、真ん中に置かれていた陶器に鉢を持ち上げる。

アリョーシャ「僕はすぐに戻らなくちゃならないんだ! 車が僕を待ってるんだ!」

ゾイカ「すぐに――戻るの?……」

アリョーシャ「そうなんだ! 一刻を争うんだ!」

 

□287 ゾイカのバスト・ショット(左下方からのあおり)

ゾイカ「でも、おばさんは……」

[やぶちゃん注:「畑だし……」と言いたいのだろう。「畑」はこのアリョーシャたちの家からは有意に離れた位置にあるのである。]

 

□288 走る母エカテリーナ!

白樺の林の中を走る母!

右から左へ。(固定カメラでパンしている)

始めから、標題音楽が高らかに始まる! 二人が出逢うまで!!(ここから次の「289」の中間部には鳥の囀りのSEも重ねられている)

[やぶちゃん注:標題音楽が最も効果を発揮するのがこのショットである。ヴァイオリンのうねる音がエカテリーナの走りに完全にシンクロし、私の涙腺は図らずも必ず開かれてしまうのである!!! ここの――1:18:07――!!!!]

 

□289 走る母!

白樺林の伐採された空地。

右奥から左へ走る。

カメラ、彼女が中央にくると、そのスピードに合わせて左に動き出す。ここから、カメラの前直近に樹木の梢が幾つもかかっては、消える。走る!(ここはカメラが台車でレール移動しているものと思われる)

エカテリーナは丈の高い草木を払い、ものとも――しない!(左にアウト)

 

□290 ゾイカの家の前

玄関からアリョーシャが出てくる。ゾイカが続いて出、玄関先で履物を履き換えている。

カメラはアリョーシャの動きに合わせて右にパンしつつ、そこに立っている運転手(初めて姿をはっきりと映しだす。背の低い中年の男性である)へ。そのショット途中で、

アリョーシャ「母は畑に行ってるんです!」

運転手(懇請されるであろうことが言外に判って)「困るよ! そんなの!」

アリョーシャ「今来た道の途中なんです!」

ゾイカ、左からインして、二人の間にきて、

ゾイカ「近くよッツ!」

運転手(最後に頷き)「乗りかかった舟だ!(左手を高く挙げて「さっ!」と降ろし!) 行こう!」

と言って、右にアウト。

ゾイカは、さっきインした時から、まだちゃんと靴の左が履けていないのを直しつつ、斜面を運転手・アリョーシャの後に続いて降りる。カメラ、右へパンしてそれを追い、トラックをとらえる。

運転手が運転台に乗り込み、アリョーシャは荷台に左後輪に脚を掛けて軽々と乗り上がる。

ゾイカは上がれない。

アリョーシャが手助けして、同じように乗り込む。

アリョーシャは運転台の右手上方に、ゾイカは左手に立ち、ゾイカが運転手に合図し、トラック、走り出す。

[やぶちゃん注:この運転手のおじさん、実は、実にいい人なんだよな! 彼のトラックがなかったら、この作品のコーダの現実以上の時間の急迫感は全く生まれてこないんだから!

 ゾイカの靴のシーンは何気ない演技なのだが、時の急迫を演出するに実に効果的な演出となっている。こういうごく細かい配慮こそが、よい映画を創る!]

 

□291 走る母!

丈の低い草原。雲。右から左へ!

[やぶちゃん注:ここも名シーン!!!]

 

□292 村道

奥から走ってくるアリョーシャとシューラを載せたトラック!

道の右側には木のまばらな柵が続く。

カメラの右で過ぎったところで、カット。

 

□293 走る母!

丈の高い原。これは麦であろう。

右から左へ!

(このショットは、麦の穂よりも有意に高い位置から少しエカテリーナを俯瞰ぎみに固定カメラで左にパンしながら(やや望遠か)で撮っている)

少しふらつくが、気力で走り続けるエカテリーナ!

 

□294 走る母!

同じ麦の原であるが、今度はカメラは麦の穂の辺りまで下がって、エカテリーナを右手に狙ってあおりで、移動で撮っている。カメラの上下の揺れが全くないから、レール台車移動である。

 

□295 麦の穂を前にして左奥からトラックが走ってくる!

アリョーシャとゾイカは見回して、エカテリーナを探している!

 

□296 麦原と道

道は画面下位置で殆んど見えないが、麦が綺麗にそこで切れているのが判る。

カメラは非常に高い位置(現在なら、確実にクレーン・ショットの高さで、恐らくはカメラ位置はメートルは有にあると思う)から撮影している。

右からトラックがインして、左にアウト。

――その直後!

――麦原の右上から!

――エカテリーナが走ってくる!(そのエカテリーナの来る筋には踏み分け道のようなものがある。麦原の中のそこに右上から左下の道に向かって微かな隙間の蔭りが見てとれる)

――エカテリーナ! トラックの通った道へ麦原の中の側道から飛び出す!!(この瞬間、標題音楽が終わる! カメラはここで左にパンして右下中央の道の真ん中のエカテリーナをとらえてとまる。右は麦原である)

――エカテリーナ! 少し脚をもつらせつつも、道の中央に立って、向うに走ったトラック(画面の上部に入っている)へ向かって、満身、文字通り! ねじり絞って!!

エカテリーナ「アリョーーーーシャーーーー!!!」

 

□297 麦原の中から道に停まったトラック(車体のごく上辺のみが見える)

荷台から飛び降りるアリョーシャ!

 

□298 道のエカテリーナ(「196」と同じアングル)

エカテリーナ、右手(首に巻いていたプラトークを外して持っている)を高く挙げて、降ろす。感極まって、泣き声になって小さく、

エカテリーナ「……アリョーシャ!……」

その間、アリョーシャ、彼女に向かって疾走する!(跫音のSE)

茫然と、立ち尽くすエカテリーナ!

プラトークの先が、乾いた道に触れている。陽は右下方にあり、エカテリーナの影が左やや下へ長く伸びている。

奥では、ゾイカは自力で後輪を足場にして荷台を降りている。

エカテリーナ、余力を振り絞って、アリョーシャへ走る! 右手のプラトークが二人のベクトルに上下のアクセントを添える!

アリョーシャと抱き合うエカテリーナ!!!

位置は画面の中央やや上である。

麦原を渡る風の音。

近づいてきていたゾイカは、遠くで立ち止っている。

[やぶちゃん注:これが本作の真のクライマックス・シーンである。忘れ難い映画の名シーン(1ショットの)を挙げろと言われたら、私は躊躇なくこれ(「298」)を挙げる。

 

□299 抱き合う二人――のアップ

右にアリョーシャの左肩と後頭部、中央にエカテリーナの顔。左に風に揺れる麦の穂。

エカテリーナはわずかに両瞼を開いていたが、閉じ、きゅっ! とアリョーシャの左肩を抱(いだ)く。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□300 抱き合う二人――アリョーシャのアップ

切り返し。右にエカテリーナの頭の後ろの巻いた髪。中央にアリョーシャの顔。風に揺れる左に麦の穂。アリョーシャ、目を閉じ、感無量。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□301 抱き合う二人のアップ

エカテリーナ、顔をアリョーシャの方に起こし、画面の中央に彼女の後頭部。アリョーシャの顔の上部が左にのぞかれ、アリョーシャの眼、やや開いている。奥に風に揺れる麦原。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□302 抱き合う二人のアップ

中央に、目を瞑ったアリョーシャ、右奥にエカテリーナの後頭部。アリョーシャ、右手でエカテリーナの肩をしっかりと抱きしめ、母の後ろ髪にキスする。あおりで、背景は白い雲の浮かぶ空。

風の音(SE)。

[やぶちゃん注:この背景の空はちょっと平板で奥行きもなく、ホリゾントぽく、スタジオでのショットかも知れない。若干、ショットごとのエカテリーナの後頭部の髪型に相違が見られることから、全部を同一時間同一条件では撮っていない可能性が疑われなくもない。

 

□303 抱き合う二人のアップ(無音)

アリョーシャの左肩のエカテリーナの顔のアップ。右目から涙がこぼれる。

風の音(SE)。

 

□304 ゾイカのアップ(上めのバスト・ショット・無音)

二人の抱き合っているのを見つめている。(画面左方向を見つめている)

風の音(SE)。

[やぶちゃん注:これは前のゾイカの静止位置だと、かなり有意(十メートルほど)に離れていることになるのだが、このショットのゾイカの視線はそんな遠くではなく、ごく近いものを眺めているそれである。実は

――この「304」は

――「303」までの「抱き合う二人」を見つめている

のではなく

――次の「305」の「抱き合う二人」を見つめている

のである。

 次の「305」の「抱き合う二人」に始まるシークエンスは、周辺の風景に有意な激しい変化が見られ(後述)、「303」とは時制的ロケーション的には実は――連続したものでは全くない――のである。

 但し、ここの一連の編集のマジックによって、感動のクライマックスにある観客は実は殆んどその不連続性を意識しないと言ってよい。

 言うなら、この――ゾイカのアップは、そうした

――掟破りの不連続なシーンを連続したものと錯覚させる強引な短縮編集マジック――

のための

〈魔法の繋ぎのカット〉

なのであって、抱き合った二人を越えた、二人の手前の左位置相当の、数メートル圏内の直近から二人をみつめているという設定で撮られているものなのである。次の「305」の注を参照されたい。]

 

□305 抱き合う二人のアップ

アリョーシャの右肩のこちらを向いたエカテリーナの顔。

奥にアリョーシャ(顔はエカテリーナの顔に隠れている)、互いに背を抱く手(アリョーシャ右手、エカテリーナの左手)。アリョーシャの背中には梢の広い葉の葉蔭が揺れる(ということは、道の左傍(はた)には有意な高さの広葉樹が植わっていることになる。但し、後でカメラが後退するシーンでの梢の影の動きを見ると、ちょっと不自然な部分があり、或いは一部は、スタッフが切った梢の一部を掲げて作っていた人工のものである可能性がある)

二人の左背後は丈のごく短い草原で、その奥には民屋と、その彼方にはこんもりとした林が二つ見えている。

右手奥は道と草地と森であるが、複数の人影がゆっくりと近づいてくるのが垣間見える。

しばらくして、やっと

――エカテリーナが

「……ハァーッ……」(そのままにカタカナ音写)

安堵の溜息をつく。(ここで主音声が戻る)

カメラ、後退して少しフレームを広げてティルト・アップもする。

すると、そこは村の近くの入り口附近、畑に向かうルートの一つであるらしい。

抱き合っていた二人が――やっと――少し離れ(左手にアリョーシャ、右手にエカテリーナ)、両手をアリョーシャの二の腕に添えたエカテリーナが、落ち着きをとり戻し、

エカテリーナ「……お前……とうとう帰ってきたのね! あぁ! どんなに、この日を待ちこがれていたことか!……」

と言うと同時に、沢山の村人が(農機具を持っている者もいる。戦時下で、多くが女性であるが、中には男性も数人いるが、お年寄りらしい)背後からゆっくりと近づいてくる。

この時、二人の背後で、わらわらと集まってくる村人のうち、右奥エカテリーナの頭部の右手に立った女性がいる。この彼女が

――一緒にトラックにのってエカテリーナを探した――ゾイカ――

である。

アリョーシャ「元気なの? 母さんは?」

エカテリーナ「みんな元気よ! 仕事はきつくて、男手がほとんどないから、苦労はしているけど……」

突如、沢山の若い女たち(七名はいる)に取り囲まれて引っ張りだこ状態になるアリョーシャ。

ちょっと媚びた感じで挨拶する娘、アリョーシャにやたら触る娘、「今、戦争はどんな風になってるの?」などと訊いたりする娘もいる。アリョーシャは村では娘たちの人気者だったのである。

そこに右奥から、若い婦人が近づき、黙ってアリョーシャを見ているだけだったゾイカを、突き飛ばすようにして、中に割り込み、

若い婦人「アリョーシャ! アリョーシャ! あたしのイワンに逢わなかった!?」

と切羽詰まって糺してくるのを最後に、エカテリーナ、アリョーシャから皆を守るように、割って入って、

エカテリーナ「解放してあげてちょうだい!――行きましょう、アリョーシャ! 私が何か食べるものを作ってあげるからね!」

と家へと向かおうとする。(カメラが奥へぐっと寄ってゆく)が、

アリョーシャ(カメラには背を向けている)「ちょっと待って、母さん!……だめなんだ! 僕、急いでるんだ!」

と言いかける。エカテリーナ、振り返って、プラトークを広げてかぶりながら、如何にも解せないという表情で、

エカテリーナ「どういう……ことなの?……」

アリョーシャ「……今すぐ……僕は前線に戻らなけりゃならないんだ……ここには、もう、ちょっとしか、いられないだよ……」

エカテリーナ「……どういうこと?……アリョーシャ?……逢ったばかりよ?……私には……訳が判らないわ?……」

アリョーシャ「行かなきゃならないんだ……もう、すぐに……」

エカテリーナ、訳は分らないけれども、アリョーシャの覚悟の真摯なのを見、それに頷く。

アリョーシャ「……ここで、少しの間だけ、話をしましょう。……」

エカテリーナ、アリョーシャに近づく。(カメラ、二人を横に廻り込む)

周囲の人々も口に手を当てて、二人のために近くから離れてゆく。

[やぶちゃん注:太字下線部を見ていただけば、既にして「303」の抱き合っているロケーションと全く場所が異なっていることが判る。

 しかも流石にこれは編集でミスったと言えるようなレベルの話ではない

 「303」と「305」を繋いでいた自然な展開のシークエンスが存在したのに、それを編集で切り詰めた結果、こうなったとも言わせない。だったら、「305」の頭のエカテリーナのアリョーシャにかける台詞はこうはならないからである。その台詞は明らかに「303」のシーンに夾雑物なしに繋がるものでなくてはならない、特異点の意味を持つものだからである。

 ということは――こうせざるを得なかった――こう撮影し――演出し――編集し――完成品とせざるを得なかった――ということである。

 恐らくは、既に消費してしまった尺の問題、俳優の再撮影のスケジュールの問題等から、かく不自然極まりない状態ですますしかなくなったのであろう。

 而して、私が既に述べた通り、展開上、観客の感動の高まりの中、辛うじて、彼らを違和感へと導かずにすむ――悪く言えば「誤魔化す」――ことが可能であろう、という賭けにチュフライは出てたのだと言うことである。

 その賭けは――美事に――図に当たった――のであった。

 中には、あるいは、私がかく指摘しなければ、それに気づかなかった本作のファンさえいるかも知れない。それでよい。空爆後の救護シークエンスが総てセット撮影だったことに気づいても、このラスト間近のはなはだ不自然な編集を冷徹に分析しても、私の本作への偏愛は、少しも変質していないからである。それが映画というのもの魔術的魅力なのである。辻褄を現実に合わせたリアリズム作品は映画に限らず、実は退屈で冗長なものなのである。――僕らの現実の人生が飴のように延びた蒼褪めた退屈の中にあるように、である――

 なお、ここでどうしても言っておかなければならないことがある。

 それはゾイカ(Зоя)のことである。

 彼女は――アリョーシャにとっては――幼馴染みの友――ではあったものの、恋愛対象ではなかった。けれど、ゾイカにとっては、そうではなかったのである。

 ゾイカはアリョーシャを愛していたのだ。アリョーシャはそれに気づかなかったのだ、シューラの思いに気づくことができなかったように、である。

 そうして、そうした隠された心理的輻輳性をもチュフライはちゃんと扱っていることが、このシークエンスからも判るのである。

 そもそも、母と抱き合うアリョーシャを見つめるゾイカの視線には、そうしたいゾイカ自身の気持ちの反映、嫉妬に似た感情が演出されている。ゾイカを演じたヴァレンティーナ・マルコバ(Валентина Маркова:私は本作ではシューラ(Шура)役のジャンナ・プロホレンコ(Жанна Прохоренко)に次いで好きである)もそれを十全に理解して演じている。

 モテモテのアリョーシャを女たちが引っ張り合う輪の中でも彼女だけが独り浮いていて、終始無言で暗く、イワンの妻にブツかられてもそれを耐えているのは、取りも直さず、ゾイカの本心は誰にも負けないアリョーシャ一筋であることを意味しているのだ。だからこそ、チュフライもカメラマンも、本カットのモブの中にあっても、出来得る限り(不自然にならぬように)フレームの中にゾイカをとらえているのである。嘘だと思ったら、再生して御覧な!

 チュフライはだからこそ確信犯で作品の冒頭に、戦後、夫を得て、子をもうけたゾイカを登場させているのである。但し、それは精神分析家が喜ぶ、ゾイカのエカテリーナへの秘かな復讐のようなものとして、ではない。映画の最後のナレーションのように

――アリョーシャは、或いは、ゾイカを妻として、サスノフスカ村で子を設けて、母エカテリーナともどもに幸福に暮らした――かも知れない

――いや

――アリョーシャは、或いは、シューラを妻として、都会に暮らし、エカテリーナを呼ぶが、二人は都会人と田舎者で気が合わず、上手く行かなくなり、シューラはリーザのように他の男に惹かれ、エカテリーナはアレクセイ父パブロフのように病床に臥せることとなる――かも知れない

しかし事実は――アリョーシャは誰であり何であるよりも――母エカテリーナの子――として一人の兵士のままに、短い生涯を〈確かに生きた〉のだ――と頌(たたえ)るために――である――]

 

□306 アリョーシャのアップ

あおり(エカテリーナの見た目である)。背は空。風の音(これは以下同じ)。

母を見つめていた目を伏せ、何か言いだそうとするが、言えないアリョーシャ。思いがあふれて、そうなっている。

 

□307 エカテリーナのアップ

軽い俯瞰(アリョーシャの見た目である)。白いプラトーク。背後は草地。

アリョーシャを見上げ、彼の思いの高まりを心で感じとっている。額に皺が寄って、少し眉根は寄って哀しげに見えるけれども、それは母なるものの持つ広大無辺に慈悲の視線である。彼女はそういう言葉にならない思いを、笑みを含んだ唇を微かに動かして、示す。しかし、それは言葉にはならない。

[やぶちゃん注:これは不思議な映像である。言葉として発する必要のない、或いは何か、母と子の秘儀としての――二人きりにだけ判る呪文のようなもの――のように私には見える。それはその唇の動きを見て、次のカットの冒頭でアリョーシャが笑うように見えるからである。何か、ここでエカテリーナ(Катерина)を演じているアントニーナ・マクシモーワ(Антонина Максимова)に何か台詞を言わせたものの、気に入らず、無音にして編集でカットしたようにも見えなくはないが、そもそもがシナリオ自体にそれに該当する台詞は存在しないのだから、それは私はないと思う。「文学シナリオ」は台詞については大きな言い換えや追加は実はそう多くないのである。これは、ソ連に於いて公的に撮影許可を得た作品の場合にそうした現場での変更は、そうそう自由には許されなかったからではないかと私は思っている。]

 

□308 アリョーシャのアップ(「306」と同じアングル)

母を見つめ、笑う。その後、真顔になる。下を見つめ、生唾を嚥(の)む。

[やぶちゃん注:このアリョーシャの真顔にあるのは、或いは、これが母との最後となるかも知れぬというアリョーシャの覚悟に基づくものと読める。]

 

□309 アリョーシャと母

母の右後ろからバスト・ショット。

アリョーシャ、コートの間からお土産に買ったプラトークを取り出して、母に渡す。

アリョーシャ「家(うち)の屋根を直したかったんだけど……」

エカテリーナ「すっかり大人になって……でも、そんなに瘦せて……」

アリョーシャ「なぁに! 今回の長旅のせいだよ! それより、母さんは! 病気してない?」

 

□310 母

アリョーシャの左の、頭より高い位置からの俯瞰ショット。

エカテリーナ「病気なんか、ちっとも。心配いらないよ。」

エカテリーナ、右手でアリョーシャの頰を優しく撫ぜる。

エカテリーナ「……髭剃りは? 毎日?」

アリョーシャ、頷く。

エカテリーナ「……煙草も?」

――その時!

突然、オフでトラックの警笛が、四度、鳴る!

エカテリーナ、

――ハッ!

とそちらを向き、即座にアリョーシャを見つめる!

 

□311 アリョーシャ(母の顔の右横をなめて)

アリョーシャ、唇を噛んで。

アリョーシャ「……行かなきゃ……」

 

□312 エカテリーナ(「310」のアングル)

エカテリーナ「……ああッツ!……お前を行かせたく、ない!!!……」

と叫んで、アリョーシャに抱きつくエカテリーナ!

エカテリーナ「アリョーシカ!……アリョーーシャ!!……アアッツ!!!……」

激しい嗚咽!(この部分は以下の「313」「314」にオフで繋がる)

泣きじゃくるエカテリーナ!

 

□313 ゾイカのアップ

ゾイカ、目と顔を伏せているが、エカテリーナがオフで嗚咽する声に、はっ! と顔を上げて、エカテリーナを見つめるポーズ。

[やぶちゃん注:これはずっと前の「304」と同じアングル上めのバスト・ショットで、背景も全く同じであるから、「304」と同じ時に撮影したものである。]

 

□314 エカテリーナ(「312」のアングル)

アリョーシャに抱きついて、左目から大粒の涙を流し、声を出して泣き崩れるエカテリーナ。(泣き声、以下でオフで続く)

 

□315 そばにいる婦人

口に手を当てて悲しみにたえない。頭の背後の空が明るい。

 

□316 エカテリーナ(「314」のアングル)

泣き崩れるエカテリーナ!

 

□317 アリョーシャ

エカテリーナの右手からアリョーシャを撮るが、その右奥に目を伏せて悲しむゾイカの姿がある。

アリョーシャ「ごめんなさい!……母さん!……」

エカテリーナ「どうして!? 謝るの!? アリョーシャ!?」

アリョーシャ「ごめんなさい! 母さん!」

アリョーシャ! 母の右肩に顔を顔を埋める!

[やぶちゃん注:遂に本作の忘れ難いロシア語の台詞が出現する――「プラスチーチェ、ママ!」(Простите, мама!)。この言葉はアリョーシャにとってはすこぶる多層的である。

例えば、全的には、

――子として母に対して満足なことをして上げられていない(不孝)への強い自罰感情

また、彼の中のこの時の茫漠とした覚悟にあっては、

――母より先に死んでしまうかもしれないという「老少不定(ろうしょうふじょう)」のような漠然とした虛無感覚

そして、この休暇の旅の中で初めて味わったところの、

――女性への愛憎と悲哀(愛別離苦)をきっと判ってくれるはずの母に語り得なかった悔恨の意識

或いは、

人の「生き死に」に関わる根源的な疑義を解いてくれるに違いない母の言葉を聞く時間を持ち得なかったという慚愧の念

等々である。

 私は今も私の亡き母に対して時々――「Простите, мама!」――と呼びかける人間なのである――]

 

□318 エカテリーナ(前の最後のアリョーシャの右肩上から)

エカテリーナ、アリョーシャを抱き、右手でその肩の右方の後ろを優しく撫でながら、

エカテリーナ「……いいんだよ! アリョーシャ!!……判ったよ。……私は待っている!……ずっとお前を!……帰ってくるんだよ! 私のもとへ!!……(アリョーシャを起こして彼を見つめながら)……お前の父さんは……帰ってこなかった……でも……お前は……必ず……帰っててくる!!」

トラックの警笛の激しい連打!(以下、続く)

 

□319 アリョーシャ

ゾイカが、二人に割って入る。このとき、ゾイカは初めて――そしてただ一度――アリョーシャの右手に触れている。

母(左端)はアリョーシャの右手を両手で握っていたが、アリョーシャはトラックへ向き、母の手は左にアウトする。

そこに、さっきのイワンの妻が、またしても、ゾイカとアリョーシャの間に割り込み、

イワンの妻「アリョーシャ! 前線でイワンを見なかった?」

と食い下がってくる。カメラ、それを右手に追う。

ここでもゾイカは、一言もアリョーシャに語りかけることも出来ずに終わる。

人々を左に放して、アリョーシャ、母の手をとって、右へ。

カメラ、右に移動して、あの村への入り口の道のところで停まる。

アリョーシャと(中央右向き)母(右端で左背面)。

アリョーシャ、母にキス!

その時、向うが見える。

左カーブの手前にトラックと、運転台の横に立っている運転手が中景にシルエットで見える。

今一度、左に振って母(右手手前)にキスをするアリョーシャ。

――右手で繋がって

――ゆっくると離れるアリョーシャ

――少し行って右手を軽く挙げて母に「さよなら」をするアリョーシャ

アリョーシャ、振り返ってトラックへ走る。

運転手に合図するアリョーシャ。

運転手、運転台に乗り、エンジンをかける。

アリョーシャ、臼路から荷台に飛び乗る。

走り出すトラック。

アリョーシャ、手を振って!!

アリョーシャ「必ず!! 帰ってくるからねっつ!! マーマーー!!!」

標題音楽、かかる。

 

□320 見送る母

母エカテリーナ中央(両手で胸に固く握っているのはアリョーシャのくれたプラトークである)。

その右後ろに右手を振っているゾイカ。

その奥に見送る村人たち。一人、手を挙げず振らず、茫然と立ち尽くしている婦人かいりが、彼女はつけているプラトークの色から、あのイワンの妻と判る。

 

□321 道

埃を立てて遠ざかって行くトラック。その蒙塵で、もう、荷台のアリョーシャの姿は、観客には定かには見えないが、アリョーシャは、手を振り続けている。

 

□322 エカテリーナのアップ

胸の上からのバスト・ショット。

プラトークの左をとって唇に当てる。

こぼれ落ちる涙が陽に光っている。

風が、プラトークを微かに揺らす――

 

□323 道(全景)

地平は下四分の一位置。

遠くへ走るトラックはもう小さくなってアリョーシャの姿は視認できない。しかし、彼は手を振り続けている。

陽はその右上の雲の向うに輝く。

ここにナレーションがかぶる。

以下、ナレーション

   *

――これが、私たちが、私たちの友アリョーシャ・スクヴオルツォフについて語り得た物語である。――

――彼は、或いは、とてつもない魅力のある相応の人物になっていた、かも知れない。――

――或いは、建築の仕事に携わっていた、かも知れない。――

――或いは、巧みに美しい庭園を創りあげる庭師となっていた、かも知れない。――

――彼はもうこの世にはいない。――

――が、しかし、――

――彼は私たちの記憶の中に永遠(とわ)に生きている。――

――一人の兵士として。――

――大ロシアの一人の兵士として。――

 

■やぶちゃんの評釈

 既に言うべきことはそれぞれのショット・シーン・シークエンスで注し、言いたいことは言った。ここで今さらに事大主義的に、或いは知ったかぶった蛆虫のような映画評論家の真似事もする気は、毛頭、ない。当初、「誓いの休暇」論などと大上段の標題を附けたが、私のこの電子化注の目的は、私の画像分析と認識をフル稼働して、可能な限り、日本語として正しい台詞・シークエンス解説を活字として電子化再現すること以上でも以下でもなかったのであって、私はそれを取り敢えず、完成し得たと自負している。但し、ロシア語を解さないために、持っていてもなかなかに引き難い辞書を使いはしたものの、原語の台詞の意味を正確に訳し得たかどうかは、甚だおぼつかない。明らかな誤訳があれば、是非、御教授願いたい。画像解説の方は、かなりマニアックに、当該画像とそう変わらないものを概ね脳内に構築出来るようにはしたつもりではある。

 最後に、「文学シナリオ」の最後の部分を示して終りとする。汽車空爆シークエンスの最後をダブらせておいた。

   《引用開始》

 到着した列車から、人々が事件の現場へ急ぐ。

 ……看護兵が負傷者に繃帯をしてやる。負傷者を担架で列車に運ぶ。アレクセイはまだ、同じところに座っている。彼はこの列車で帰らねばならない。

 ――道を塞がないでどいてくれ!

 看護兵が彼に言いかける。アレクセイは立ち上がり、担架に道を譲り、脇に、どく。

 しかし、ここでも自分の仕事を一所懸命している人々の邪魔になる。

 ――何してるんだ! どいてくれ!

 アレクセイはおとなしく脇に、どく。彼の傍らを恐怖の一夜で興奮した人々が群れをなし、寝ぼけ顔で、びっくりしている子供達の手を引いて、客車に向かい、何故か急いで駆けて行く。

 アレクセイの近くで乗客の大きな塊が肩章のない外套の人を取り囲んでいる。誰もが先を争って言う。

 ――何故私はだめなんです。

 ――司令官、我々はどうすればいいんですか。ここに留まっているわけにはいかないのです!

 ――皆さん! 私が言ったように……今は、負傷者と御婦人と子供だけを運ぶのです。それ以外の方は、ここに留まって列車が戻ってくるのを待って頂きたい。列車は、二時間後には必ず戻って来ます!

 アレクセイは眠りから醒めたように、話している人の所に急いで行った。

 ――二時間だって!

 彼は弱々しく叫んだ。そして、河岸に駆けて行った。[やぶちゃん注:この二文目からが今回のパートの当該部となる。]

 ……彼はたまらぬ気持ちで、筏を持って河に飛び込む。そして、険しい岸に這い上る。

 ……息を弾ませて、アスファルト道路に駆けて行き、両手を高く上げる。

 彼の傍らを何台かの自動車が騒音を立てて通り過ぎる。

 アレクセイは道路の中央に走って行く。

 次の自動車が彼の胸の前で甲高い音を立てて止まる。

 ――お前は何だ! 気でも狂ったか。生きるのがいやになったか!

 兵士の運転手は顔を出して叫ぶ。

 アレクセイはステップに飛び上がる。

 ――すみませんが、サスノフカまで行って下さい。本道を逸れてここから十キロメートルばかりの所です。

 ――だめだ。

 運転手は叫ぶ。

 ――分かって下さい。私は戦場から来たのです。すぐに帰らなければならない! 母と一目だけ会いたい。それだけです。

 ――お前のために自分を怠けさせろって言うのか! 下りろ!

 ――畜生! この人でなし!

 アレクセイは雑言を浴びせ、ステップから下りると、処女地を駆けて行った。

 運転手は彼の後ろ姿を見送っていたが、自動車を走らせて行った。

 アレクセイは走って行く。

 突然、自動車が止まった。立ち止まっていたが、大きく向きを変えると、彼の後から処女地の中を走って来た。土くれに突っ掛かり、跳ね上がりながら、自動車はアレクセイを追い、すぐに彼と並んで走った。運転手は走りながら、彼と言い合いをした。やがてアレクセイは運転台に入った。自動車は水たまりを跳ね上げながら、田舎道を進んで行った。

 

 ……丘の向こうに村の屋根が見えて来た。

 ……そこがサスノフカである。

 村外れの納屋で女達が働いている。自動車を見つけた彼女達は仕事を止め、じっと眺めている。

 ――こちらへ来るらしいわ。サスノフカへ……。

 ――ほら、グルウニャ、あんたのところではない?

 自動車は傍らを走り過ぎて行く。

 ――私のところではないわ……。

 女は悲しそうに答える。

 ――おばさん、あれはカテリーナのアリョーシカだわ!

 ――ほんとうにあの人だ。

 ――でも、カテリーナは農場にいるわ。

 女達は騒々しくなった。一人の若い子が鍬を捨てると、農場へ通じる道を走って行った。

 そして自動車は村の中を走って行く。家の前で止まる。アレクセイは扉に駆け寄る。しかし扉には鍵が掛かっている。アレクセイは隣の家に駆けて行く。扉を叩くが返事がないので入って行く。暗がりの中で、若い娘にぶつかる。彼女は黙って明るい部屋に後ずさりして行く。アレクセイは彼女について行く。

 ――帰って来たの、アレクセイ・ニコラエヴィッチ。

 彼女は静かに言う。

 ――ゾイカか。分からなかった。

 彼女は取り乱す。

 ――お母さんがどこにいるか知らないか。

 ――畑でジャガイモを取ってるわ。ともかくお座りなさい。休んで行きなさい。お茶を出すわ。カーチャおばさんはすぐに来るわ。

 娘は嬉しそうに心を躍らせて話す。

 ――でも今すぐ行かなければならないんだ!

 ――何ですって、今すぐですって。

 ――今……、今すぐなんだ!

 娘は驚いてアレクセイを見る。

 ――カーチャおばさんはどうしているのかしら。

 カーチャは農場を横切って村を走って来る。彼女は疲れも忘れ、自分の年も考えずに、耕地に沿った藪を横切り、みぞを飛び越えて走って行く。

 彼女の顔は興奮し紅潮している。彼女は息子のところに走って行く。

 

 この時、息子は隣家の玄関の階段を飛び下り、自動車に近づいて行くところである。

 ――母はここにいない。農場に行きましょう。

 ――行けないな。

 運転手は静かに答える。

 ――帰れなくなるだろう。

 ――ここから近くです。

 娘が運転手に話かける。

 ――〈なまけもの〉になってしまうな。よろしい!

 運転手は、手を振った。

 娘はアレクセイから眼を反さない。自動車は動き出す。

 …その時、村のもう一方のはずれから、母親が走ってくる。去って行く自動車を悲しそうに見送っている娘は、走ってくる母親に気がつく。

 ――待って!

 彼女は自動車のあとを追って駆けながら叫ぶ。

 アレクセイは娘に気がつく。彼女は母親の方を手で指している。彼は連転手の手をつかまえる。自動車はブレーキをかける。

 アレクセイは自動車が止まらないうちに飛び降り、母親に向かって、真直ぐに延びた村の道路を走って行く。

 抱擁する。二人は激しい運動と、幸福と興奮のために、言葉を発する力もなく息を弾ませながら、抱擁して立っている。

 そしてあちこちから一度に村人達が現れてくる。彼等は輪になって二人を取り囲む。

 ある婦人は涙を流している。ほかの婦人達はアレクセイに祝福を述べる。そして、彼にいろいろと質問を浴びせる。

 ――自動車で来たんだね。

 ――前線でイワンを見なかった?

 ――元気だね、アリョーシャ!

 ――いつ戦争が終るか聞かなかった?

 母親は息子の周りでおろおろしている彼を質問からかばおうとする。

 ――私の息子は帰って来たの。この母親を喜ばしたわ。私は、待ってたわ。考えた通り、予想した通りだったわ。

 彼女は涙を流しながら言う。

 ――お母さん、どう暮しています。

 ――どうって。誰もが生活しているわ。戦争に生き抜いているわ。仕事はつらいけれど、男達はいない。みんなおばあさんばかりだわ。見てごらん、これがみんなよ。何故、あの男の人について行ったの。彼に待ってもらって家に行きましょう。暫く休みなさい。行きましょう。

 彼女は彼を家に入れようと先に走って行く。

 ――お母さん。待って下さい。そうしていられません。私は急いでいるのです。

 ――どこへ、急いで行くの。

 ――もう乗って行かねばならないのです。途中なのです。少ししか時間がありません。

 ――どうして。私には分らないわ。

 ――私は行かなければなりません。今は、少しでも話をしましょう。

 みんなは静かになった。

 母親は、彼女にとって恐ろしいこの言葉の意味がやっと分かり、息子に駆け寄り、彼の傍らに立ち止まる。

 暫く沈黙が続く。

 彼女は息子の顔を黙って見つめている。

 彼も黙っている。

 村人連は周りで動かなかった。

 自動車の長い警笛が聞えてくる。アレクセイは溜め息をつく。バッグから贈り物を取り出し、母親に渡す。

 ――屋根を修理したかったのです。

 母親はうなずく。彼女の眼には涙が光っている。

 ――早くお行き。

 彼女は息子の頭をいとおしそうに撫でる。

 ――もう少しのことです。お母さん、悲しまないで下さい。

 ――いいえ。何にも悲しまないわ。

 彼女は微笑する。

 また警笛が鳴る。

 ――お母さん、時間です。

 アレクセイは母親を抱擁する。

 彼女はとどめたい気持ちで、息子にすがりつく。彼女はむせび泣く。

 ――アリョーシャ、私の息子のアリョーシェンカ!

 ――お母さん、許して下さい。

 彼は突然、言う。

 ――何を、アリョーシャ。

 ――お母さん。許して下さい。

 彼は繰り返すと、彼女の胸に頭を埋める。

 ――どうしたの。アリョーシャ。考えることはないわ。私は何事にも負けずに生きて行く。そしてあなたを待っている。お父さんはだめだった。でも、あなたはきっと帰って来るわ。

 警笛が、警告するように強く繰り返される。アレクセイは、母親の手を静かにはずして人垣の中を通って行く。

 ――イワン……イワンに戦場で会わなかったかい。

 再び、誰かが質問する。

 自動車は唸りを上げている。アレクセイはもう一度母親に接吻し、幾分伸びた手を慌てて握り締めると、自動車に駆け寄った。

 自動車は動き出す。

 ――お母さん。私は帰って来ます。

 アレクセイは叫ぶ。

 村人達は自動車のあとを追う。呼びかけることも出来ず、眼に涙をためて、母親は見送る。

 自動車は次第に、次第に遠く去って行く。

 自動車が遠くの丘に隠れるまで、解説者は語り続ける。

 『我々の戦友、アリョーシャ・スクヴォルツォフについて、我々が物語りたいことはこれですベてである。彼は恐らく、良き父になり、優れた市民になっていたことだろう。彼は労働者か、技師か、学者になっていたことだろう。彼は殻物を作り、菜園を作っていたことだろう。しかし、現実に彼が出来たことは、兵士であることだけだった。そして彼は、兵士であることによって、我々の記憶の中に永遠に留まっているのである。』

   《引用終了》

最終追記(藪野直史):以上、各回の「■やぶちゃんの評釈」で使用した「文学シナリオ」(ロシア語で「キノ・ポーベスチ」と呼ぶらしい)は、最初に述べた通り、共立通信社出版部発行の雑誌『映画芸術』(昭和三五(一九六〇)年十一月号/第八巻第十一号)に、田中ひろし氏訳で掲載されたものに、一部の表記・表現に変更を加えものである。田中氏の著作権については、没年を調べ得なかったため、著作権問題をクリアーしていない。ただ、完成作品と、それぞれの当該シナリオ部を比較検討することは、本電子化では考察・考証・評釈上、不可欠と考えたことから、その全文を分割して使用させて戴いた。シナリオの中の一部については注も附させて戴いた。万一、田中ひろし氏が生存されていたり、著作権が未だ継続していたり、或いは著作権継承者がおられた場合は、一部或いは全部をカットすることは吝かではない。本人或いは当該著作権利所有者等から御指摘を受ければ、そのようにする用意はあることを言い添えておく。

 最後に――私以上にこれを、本作を愛された先輩教師であり親友であった栗谷先生に捧げる――

 

母さん! アリス!……やっと……完成したよ!……

「プラスチーチェ、ママ!」……

「プラスチーチェ、アリス!」……

 

2019/07/31

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 13 エピソード4 カタストロフ

 

□223 夜汽車の客車内のアリョーシャ

アリョーシャ、客席(窓際左側。景色は右から左へ流れる)に座っている。

コートを着こみ、帽子を脱いでいる。左肘を窓下の小さなテーブルに突いて、左手を頰に当てている。その掌は帽子を握っている。

ぼんやりして、思いつめた表情。

シューラとの別れの悲哀が続いている。というより、ある大きな喪失感が彼を捕えてしまっていると言った方がより正確と言えるか。

[やぶちゃん注:それは心傷(トラウマ)のようなものではある。……しかし……真のトラウマはこの直後に彼を襲うのだ。……]

 

□224 車窓風景 森(右から左へ)

夕景或いは夜景(但し、撮影は昼間)。日が落ちる前後といった設定か。(次の次のシーンで人々は多く起きており、子どもも寝ていないことから)

 

□225 夜汽車の客車内のアリョーシャ(「223」のアングル)

 

□226 客車内(中景フル・ショット)

ワーシャのエピソードで出てきたタイプの客車である。窓を中央に対面座席で、左右の頭上に棚がある。

アリョーシ以外は総て民間人で、その人々(フレーム内)はどうも一つの家族であるようである。

アリョーシャの向かいに、やや年をとった婦人A、その右に並んで白髪の男性、その横に少女①が一人(幼女)、その横に赤ん坊(お包(くる)みの背が画面側で赤ん坊自体は見えない)を抱いている、やや若い婦人B(フレーミングの関係からと思われるが、この婦人Bはちょっと不自然に画面寄り、則ち、座席があるべき位置よりも有意に前にいる。或いは座席間に置いた荷物の上に坐っているとするのが自然かも知れない)、アリョーシャの右手に少女②(幼女)、座席の間に膝をついているように見える一番若い婦人Cが少女②のプラトークを結んでやっている。女性はみなプラトークをしている。

アリョーシャ、帽子で口元をごく軽くしごき、窓の外に目をやる。(この時、カメラはアリョーシャと婦人C二人を左右に奥に婦人Aと老人を主人物構成とするフレームまでインする。ここには少女①の顔と少女②の頭も含まれる)

婦人C、アリョーシャの方に顔を向けようとする。(カット)

 

□227 婦人Cのアップ(アリョーシャ位置から)

外を眺めているアリョーシャを見ながら微笑み、

婦人C「遠くまで行かれるのですか?」

[やぶちゃん注:彼女は美しい。シューラとは違う、やや大人びた雰囲気がある。]

 

□228 アリョーシャ(先のアングル)

アリョーシャ、婦人Cを振り返って見下ろし、硬い表情を少しなごませ、笑みを含みつつ、

アリョーシャ「サスノフスカです、もうすぐです。(ちらと窓外を眺めて顔を戻し)次の鉄橋を渡って、十キロほどです。」

婦人C「私たちは、ウクライナからまいりましたの。」

 

□229 アリョーシャと婦人C・婦人A・老人のアングル(「226」の最後のアングル)

婦人A(暗く)「……渡り鳥みたいですよ……何処へ行くんだか……」

老人、婦人Aの言葉を聴いて、咎めるような視線を送り、(カット)

 

□230 婦人Aと老人二人のアップ(窓の下位置からのあおり)

老人(婦人Aを厳しく見つめつつ)「ウラル山脈だ。(アリョーシャの方に振り返り)そこの工場で息子たちが働いておる。」

婦人Aは黙って聴いているが、暗いままに目を落としており、途中では軽く溜息をさえつく。

この老人の言葉が終わった直後――

遠くで何か爆発するような音が響く――

 

□231 婦人Bのアップ

婦人B、赤ん坊から顔を起こし、不安げに視線を宙に漂わせる。(このカットを見ると、婦人Bの向うに今一人、プラトークを附けた婦人がいるのが判るが、これは彼らとは別な民間人のようだ)

 

□232 別な民間人母子の顔のアップ

今まで映っていない婦人D(左)と、彼女が抱いている少年(右)。夫人は爆発音らしきものに怯えて、瞳を左(窓方向(外)と推定)に寄せる(背後に別な老人もいるのが見えるので、これはこのコンパートメントの手前にいる人々であることが判る。ただ、この新たな婦人と少年のカットは、爆発音の不安を倍加させるためのそれで、この家族の一員ではないであろう。私がそう思う理由は、この新たな婦人だけはプラトークをしていないことにある)

 

□233 婦人Aと老人二人のアップ(「230」と同じアングル)

二人、やはり左に瞳を寄せる。

婦人A、目を伏せる(これはその爆発音のようなものを特に気にしていないことを示す)。

 

□234 婦人B

彼女も、宙から、視線を赤ん坊に戻す。

 

□235 車内中景(「226」と同じアングル)

アリョーシャ、暗く押し黙っている。

[やぶちゃん注:実はここでアリョーシャにはそれが何の音かは判っているはずである。前線で戦った彼にははっきりと判る! あれは爆弾、爆撃の音なのである!]

――と!

――そこに!

――再び! 爆発音! 今度はより近くはっきりと聴こえる!

皆、窓外を見る。

 

□236 民間人母子の顔のアップ(「232」と同アングル)

婦人D、目を中空に上げ、少し口を開いて不安げ。

彼女の抱いている少年は、はっきりと瞳を上にあげて、口を少し開いて怯えている感じ。

 

□237 婦人Bのアップ

即座に窓の方へ顔を向ける。

 

□238 婦人Aと老人のアップ

同じく、体を少し乗り出して窓外を見る。

 

□239 婦人Cの顔面のアップ

窓の方を向いて、大きな目を見開き、

婦人C「雷鳴かしら?」

と言いつつ、アリョーシャ(のいるはずの位置)にも視線を一瞬漂わせ、即座に背後を振り返り、(カット)

 

□240 車内中景(「235」と同アングル)

婦人C、婦人Bと顔を見合して不安げであり、婦人Bも、お包(くる)みを抱いている両手をしきりに動かして、落ち着かない。

アリョーシャ、婦人Cや婦人Bに目を向けるが、無言である。

そうである。彼らはまだそれが爆撃であることを理解していないのである。――アリョーシャを除いては――。
[やぶちゃん注:しかし、さればこそ、アリョーシャは事実を話して早くも不安をあおるわけには却ってゆかないのでもあることに気づかねばならない。だからこそ以下の会話に於いて平静を装うのである。]

老人(アリョーシャに)「君は、一時帰郷かね?」

アリョーシャ「ええ。」

老人「どのくらい?」

 

□241 アリョーシャ(バスト・ショット)

アリョーシャ(微苦笑して)「もう、今夜だけで。それで終わりなんです。」

アリョーシャの右手に座っている少女が彼を見上げている。

[やぶちゃん注:もう一度、確認する。アリョーシャは将軍からは「郷里行きに二日」+「前線へ戻」「るのに二日」+「屋根の修理に」「二日」で計六日を与えられていた(ここ)。ここでアリョーシャが答えて言っているのは、前線へ帰還する「二日」を除いた、真の休暇の残りを言っているのである。即ち、ここまでで、実は――アリョーシャは六日の内の三日と半日過半(恐らく十八時間ほど)分を既に使いきってしまっていた――のである。

いや!

将軍に休暇の許しを得て前線を立ち――

隻脚のワーシャの帰郷に附き添い――

軍用列車にこっそり乗り込み――

シューラと出逢い――

シューラを一時は見失うも――

辛くも再会し得て――

次第に互いに親愛の情を抱き合い――

不倫のリーザに憤激し――

病床のパブロフ氏に息子セルゲイの架空の模範兵振りの大嘘を語り――

そして……

シューラと――別れた…………

それら総て――ここまでドライヴしてきたアリョーシャの、その豊かなしみじみとした経験と感性に満ちた時空間は――

――たった四日足らずの内の出来事だった――

のであった、ということに我々は驚き、心打たれるのである!]

 

□242 少女②の位置から向いの三人

婦人Cを中央に、左上に老人(少女①を膝に乗せているか。左に半分だけ顔が覗く)、右上に婦人B。

婦人B「……まあ……なんて、悲しい……」

老人(ちらと婦人Bを見、アリョーシャに戻し)「……一晩でも家に居られりゃ、あんたは幸せ者(もん)じゃて! 息子さんよ!……」

婦人C「恋人はいるの?」

 

□243 アリョーシャ(婦人B辺りの位置から)

アリョーシャ(ここは心から笑みを浮かべて)「ええ! 彼女はサスノフスカにはいなくて、今、ちょっと……離ればなれになってるんですけどね。」(この台詞の直後に次のシーンが、突如、ある)

[やぶちゃん注:「彼女」この時、アリョーシャの言っているのはシューラのことであることは言わずもがなである。わざわざ「彼女はサスノフスカにはいない」とアリョーシャに言わせているのはそのためである。今までの日本語訳はそこを誰も全く訳していない。まあ、それが西洋人には判らない以心伝心の意訳というわけか。

「離ればなれになってるんですけどね」どうも元は「けれど、今、私は彼女がどこにいるのか分らないのですが」(私は彼女を見失ってしまったのですが)が原語に近いようだが、これはちょっと訳として厭だ。最後の「文学シナリオ」と当該部を参照されたい。

 この時、このアングルで初めて、実はアリョーシャの右隣りにプラトークを被った老婆が座っているということが判る。但し、今までの画面ではそれは判らない。やや奇異な感じではあるが、或いは少女②はこの老婆の膝に乗っていたものか? その場合、しかし、背をごくぴったりと座席奥につけていたとか、この老婆がひどく瘦せた人物であるでもとしないと構図的には辻褄が合わない。或いは、この老婆は当初、少女②の右に座っていて、ここで座席を交感したものかも知れない。なお、このウクライナからウラルへ移るという一家の人物関係は私にはちょっと判りづらい。婦人Aは老人の妻のように見える(後で示す「文学シナリオ」ではそうである)。だからこそはっきりとした愚痴をも言えるのであろう。では、この一切、言葉を発しない老婆は誰なのか? 老人の母なのか? そもそもが婦人B・Cは? 老人の息子たちの妻? どうも、その辺りの関係性が判然としないのである。]

 

□244 老人と彼の抱いた少女①(鼻梁から上のみ・カット・バック)

激しい機関停止音!

車両が強く揺れる!

 

□245 急停車する列車の車内(先の中景アングル)

――突然!

――急停車する列車!

――照明がほとんど消え、激しく揺れる!

[やぶちゃん注:本来は、夜であり、照明は全部消えてしまっているはずであるが(この時代に別系統の単独の非常灯があるとは思われない)、中央の婦人Cのみに照明が当たっている演出をしている。ただ、彼女の服やプラトークは白を基調(としているように見える)としているので、そこだけが照明で浮かび上がっても、さほど不自然には思われないと言える。このスポット照明は無論、確信犯である。それはこの婦人Cを観客に特に印象付けるためのものである。]

 

□246 闇の中で急停車する機関車!(特殊撮影)

爆弾の落下音(着弾シーンは次のカット) ドイツの航空機からの空爆である!

[やぶちゃん注:これと以下の数カット(空(そら)のシーンを除く4カットほど)は総てミニチュアによる、所謂、今で言う「特撮」である。本作は一九五九年(昭和三十四年)の作品であるが、映画ではかなり以前から実物を縮小したミニチュアの撮影が長年に渡って行われていた。例えば、恐竜などが登場する「ロスト・ワールド」(The Lost World:アーサー・コナン・ドイル「失われた世界」原作/ハリー・ホイト(Harry O. Hoyt)監督/特殊効果・技術ウィリス・オブライエン(Willis O'Brien)/一九二五年作/アメリカ/無声映画)や「キング・コング」(King Kong:メリアン・C・クーパー(Merian C. Cooper)+アーネスト・B・シェードザック(Ernest B. Schoedsack)監督/一九三三年/アメリカ映画)、そして我らが「ゴジラ」(香山滋原作/本多猪四郎監督/特殊技術円谷英二/一九五四年(私のサイト版真正「ゴジラ」のシナリオ分析「やぶちゃんのトンデモ授業案:メタファーとしてのゴジラ 藪野直史」をどうぞ!)の先行作が今は有名であるが、円谷は既に戦争前から多数の特殊技術を担当しており、昭和一五(一九四〇)年の「海軍爆撃隊」(村治夫監督)で初めてミニチュアの飛行機による爆撃シーンを撮影、彼の経歴上、初めて「特殊撮影」のクレジットが附き、翌昭和十六年十二月に始まった太平洋戦争中の戦意高揚映画では、その総てについて円谷が特殊技術を受け持った。特に一年後の開戦日に合わせて公開され、大ヒットした「ハワイ・マレー沖海戦」(山本嘉次郎監督)が知られる(戦後、GHQは本作の真珠湾攻撃シーンを実写として疑わず、円谷はホワイト・パージに掛かって一時期、公職追放されたことは有名)。円谷が始めて「特技監督」としてクレジットされたのは、一九五五年の「ゴジラの逆襲」(本編監督小田基義)であった。なお、「特撮」という語は「特殊撮影技術(Special EffectsSFX)」を観客に分かりやすくするために、一九五八年頃から日本のマスコミで使われ始めたものである。]

 

□247 破壊された橋と向う側で止まっている機関車(特殊撮影)

空爆弾、着弾!(ここから音楽(標題音楽の短調変奏であるカタストロフのテーマ)が始まる)

激しい爆発!! 焔が立ち上ぼる!

既に画面の左手奥の土手の下には既に着弾があってそこで火災が発生している!

着弾の爆発の焔によって、画面が明るくなり、そこで初めて、その着弾点のすぐそばで汽車が停止していることが判る!

少し遅れて、橋が断ち切れた川面に爆裂による破片が飛び散り、多数の水飛沫(みずしぶき)が立ち上ぼる!

しかも、ここはさっきアリョーシャが言った「橋」の手前なのだ!

橋は、恐らく前の遠い爆撃音の際に既に橋に着弾して、橋を完全に崩落しているのである!

辛くも! 汽車は!

橋の目と鼻の先で!

止まっているのである!

[やぶちゃん注:この二つのシーンは夜であることが幸いして、ミニチュアであることはあまり意識されない。私はかなり上質な特殊撮影であると評価したい。]

 

□248 燃える列車!(特殊撮影)

土手の下からのあおり総ての車両から火の手が上がっている!

幾つかの車両が爆発!

中央に、傾いた電柱!

 

□249 夜空

白い雲の切れ目から空! 航空機からの空爆だ!

[やぶちゃん注:という「見做し」画像である。静止画像を仔細に見てみたが、飛行機らしき影は認められなかった。飛んでいれば、これも特殊撮影の可能性が高くなるが、私は実際の昼間の空を絞り込んで撮って、暗く処理した実景を挟んだ演出であると思う。]

 

□250 橋の手前の停車した汽車(特殊撮影・「247」を汽車のある土手の方に寄ったアングル)

左土手下に着弾! 爆発!

機関車のすぐ左に着弾! 爆発!

 

□251 土手下(特殊撮影・「248」を少し寄ったアングル)

何かオイルのようなものが車両から流れ出し、それに引火したように、激しい火炎が列車から音を立てて土手を流れ落ちてくる!

 

□252 闇に燃え上がる炎!

(オフで)ガラスを割る音!

[やぶちゃん注:この炎自体は特殊技術というなら、まあ、そうではあるが、実写に繋げるものとしてのカットととり、特殊撮影とはしないこととする。]

 

□253 客車の窓(画面上下一杯で外から)

煙に包まれている!

ガラスは既に割れている。(アリョーシャが割ったものと私はとる)

女性の叫び声(オフで)「……ああッツ!!!……」

奥から、アリョーシャが少女を抱いて! 窓のところへ!

見えぬが、窓の下で誰かが少女を受けとっている。

アリョーシャの顔は煤で真っ黒だ!

 

□254 土手の下(あおり・実写)

土手の上で燃え上がる列車!

手前に二人の民間の婦人がおり、右手の女性は頭を押さえて泣きわめいて、半狂乱となっている!

婦人「……ああッツ!!!……」

左手の年かさと思われる婦人が、落ち着かせよとするが、燃える列車の方へと向かおうとして、

婦人「助けて!!! 子供たちを救ってッツ!!!……」

と叫ぶ!

燃える列車からは、あちこちから人々が逃げ下ってくる!(以下、ずっと、モブの人々の叫喚のこえが続く)

 

□255 客車の窓(「253」と同アングル)

アリョーシャ、また少女を抱いて、窓から降ろし、また、戻る!

 

□256 燃えるコンパートメント

煙と炎にまかれて、左手に茫然と座っている女性がいる!

奥からアリョーシャがやってくる!

女性、床になだれ落ちる!

アリョーシャ、彼女を抱えて助け起こし、抱え上げて奥へ!

 

□257 土手下

上で激しく燃える車両!

その光の中でアリョーシャが意識のない老人の頭部に包帯を巻いている。

老人の脇に親族らしい若い女性が老人の肩に手を添えて支えて泣いている。

アリョーシャ、応急処置を終えてその女性に「大丈夫!」とでも言っているようである。

 

□258 燃え上がる車両

縦木と横木の骸骨のようになってまるごと燃え上がって!

 

□259 燃え上がる車内

また、アリョーシャがいる!

奥から意識のない女性を両手で抱きかかえてこちらに歩いてくるアリョーシャ!

シルエットであるが、若い女に見え、細いけれど、長い髪が垂れている――シューラのように――。

画面手前! 紅蓮の炎!(合成)

彼のシルエットで奥画面が消え、炎だけが画面に残り、F・O・。

[やぶちゃん注:「若い女」は――婦人C――ととっても問題ない。但し、実際のシルエットからはちょっと私は保留である。

 最後は非常に優れた合成である。これが場面転換となる。]

 

□260 翌朝の立ち切れた橋と川(爆撃されて炎上した汽車のある側・推定でやはりミニチュアの特殊撮影

上を流れて行く低い雲。

穏やかな、しかし哀感を持った例の標題音楽がかかる。

[やぶちゃん注:カメラの向きは逆方向からであるが、前のミニチュアの橋の断裂状態のそれとよく一致することから特殊撮影ととった。川面の小波が、明らかに実景よりも大きいことからもそうとれる。但し、モノクロであるから、おもちゃ臭さは殆んど感じられない。鉄骨や橋詰めの石組など細部の作り込みもよく、思うに、このミニチュアはミニチュアでも、かなり大きなものではないかと推測される。

 

□261 川と向こう岸と空(実写)

既に陽が昇っているが、雲の向う。しかし光っている。(川の寄せる波音がSEで入る)

 

□262 木立(木は左手・あおり)

下の方の雲間からは青空がのぞいている。雲は流れている。

 

□263 婦人Cの遺体

――ブロンドの髪を少し乱し

――中央に、左下に頭を向けて(胸部は右上)野菊の咲きみだれた草地に眠るように横たわっている

――まるで、野菊の花の香りをかいででもいるかのように……

カメラ、ティルト・アップ。

――左手に野菊いっぱい

――その右に立つ婦人と中央に少女

カメラ、少女の顔でストップ。

[やぶちゃん注:この遺体の向きは、優れて斬新でしかも美しい! 映った瞬間、観客はそれを遺体として認識しないように周到に考え込んだ、稀有の美しさを持った名1ショットである!]

 

□264 その左の遺体の前に立っている(という感じで)あの白髪の老人

老人の背後の小高いところには、別に四人の人物が向うを向いて立っているのが見える。

 

□265 哀悼している婦人

左中景に沢山に野菊その後ろに立っている女性。

ずっと遙か向うの木立の脇にも女性が立っているように見える。

右の奥の木立の下にも立つ人影が見える。

昨夜の空爆で亡くなった人は彼女だけではないのだ。

 

□266 丘の全景

下からあおり。

丘の上には何人もの人々が、三々五々で、立っている。それぞれのそれぞれの死者を悼んでいるのだ。

右から風が吹いてきて、木立と野菊を揺らす。

[やぶちゃん注:このシーン、奥の空の感じ(よく出来ているが、どうも人工的なホリゾントのようだ。但し、それは上部三分の一ほどで、人物・立木・樹木等々の効果でホリゾントに見えないのだ)や、丘の上の立木の感じ、風の吹くタイミングなどを綜合して見るに、ちょっと信じがたいが、どうもこの巨大な丘自体がスタジオの中に作られたセットなのだという確信を持った。さすれば、実は「263」「264」「265」も実は総てロケではなく、セット撮影なのだ! しかも、ということは! それだけではなく! ここより後の救護シークエンスも総てセットなんだ! 私は実に今日の今日まで、これらの印象的な悲しいシーンを総て実際のロケだと思い込んでいた! 恐るべし! チュフライ!

 

□267 二人の眠っている子を膝に抱いている婦人
婦人の顔は切れている。

手前の子(プラトークをつけているが男の子か)がピックとするところが凄い!

[やぶちゃん注:この1ショットは本作の映像の中でも私一オシの映像である。イタリア・ネオリアリスモ的な優れたものである。必見!(1:13:19辺り)]

 

□268 赤ん坊にお乳を与えている婦人

 

□269 婦人Cの遺体の側に立つ婦人と少女(「263」の最後のアングル)

さっきと全く逆に、婦人Cの死に顔へと逆にティルト・ダウン。(カット)

[やぶちゃん注:これはちゃんと別に撮ったものである。「263」を安易に逆回転させたものではない。比べて見ると、少女が左手の指が野菊に触れるそれが、有意に違っている。

 

□270 疲れ切って座り込んでいるアリョーシャ

彼の顔は真っ黒だ。

背後に野菊。

その奥には横たわった人物(焼け出された身内と思われる)の枕元に寄り添っている婦人がいる。

アリョーシャ、茫然としている。

無論、疲労もある。

しかし、恐らくは、さっきまで親しく話を交わしていた若い女性(婦人C)が亡くなったことが精神的にもダメージを与えているものと考えてよかろう。

[やぶちゃん注:本作では〈人の死〉は、最初の戦闘シーンで、先輩兵士が戦車機銃に撃たれて死んではいる。が、これは撮影時の変更で、この先輩兵士はシナリオでは実は死なない。戦車に追われる一人ぼっちのアリョーシャを演出するために現場で殺されることに変更したものであろう。展開からも、その死を悼むどころじゃなく、自分が狙われて、とことん、命を遊ばれるのであるから、彼の〈死〉を意識する暇などなかった(戦場で兵士が死ぬのは謂わば〈当たり前〉であり〈戦争の日常〉である)。従って、実は、アリョーシャが目の前での〈人の死〉と厳然と対峙することになるのは、本作ではここが初めてなのである。シューラとの別れは、確かに非常につらかった。しかし――〈人の生き死に〉を――しかも多くの民間人のそれを一瞬のうちに目の前にするということは(その中にはアリョーシャが、救おうとして救いきれなかった、救助したが亡くなってしまったのだ、と思っている人物もいるであろう)、アリョーシャにとって別な意味で激しい衝撃――トラウマを与えていることに気づかねばならない。]

向うの土手の右手には焼けた貨車の残骸が見える。(音楽、このカットで終わる)

反対の左手から、新しい蒸気機関車が、貨車一台と貨車の三倍ほどの長さのある無蓋車(広義の救護用で病人や被災者やその荷物を運ぶものと思われる。後の方の「272」の中に出現する)を頭で押しながら、進んでくる。

[やぶちゃん注:ウヘェ! やっぱり! そうだ! この最後に説明した左からくる車両をよく見て貰いたい。土手の位置で明らかに合成が行なわれていることが、そのま直ぐな部分の微妙なブレで判る。奥の空もピーカンで雲一つないのは綺麗過ぎるんじゃないか?

 そうした疑惑の観点から、右の損壊した車両を見ると、やってくる左の貨車のスケールと微妙に異なっており、しかもその向きが、これまた何だか、やはり微妙におかしい。

 いや、そうだ! この損壊車両、平板な感じで、奥行きが全くなく、これは立体でないということに気づくのだ。こうしてそこに確かに見えてあるということは、それが実物ならば、台車は残っていて、その立体性を必ず残している部分がなくてはどう考えても、変だ!

 或いはこの損壊車両は――全体がシルエットの絵――なのではないか?

 そうした意識で以って、改めて左から進行してくる車列を再確認すると、如何にも不思議なほどに――スムースに――何の上下振動もなく――速やかに――滑ってきていることに気づくのだ。

 もし、実際の貨車と、非常に長い無蓋車(特に重機などの巨大なものが載っているわけではないそれ)を蒸気機関車が頭で押してやってくるとしたら、そこでは必ずレールの繋ぎ目での微かなガタ突き(上下運動)が、必ず、生ずるはずだ。だのに、何度、巻き戻して見てみても、そんな部分は一切、認められないのだ。無蓋車に突き出ている突起物らしきものも、これ、微動だにしないのだ。これは後で判るが、実は物体ではなく人間なのにだ!

 蒸気機関車はちゃんと上の煙突から煙を吐いてはいるから、それはミニチュアのそれであろう。

 しかし、機関車の頭部と無蓋車の連結部分の角度が、やはり微妙におかしい感じがする。

 実は――この無蓋車と貨車孰れも巧妙に描きこんだ平面画を切り抜いたもの――ではないだろうか?

 則ち

――そのマット画をミニチュアの蒸気機関車の頭部に接着し、それら全体を平板なの上で、ミニチュア機関車から煙を吹かせた上で、人がスライドさせている画像を撮り、それをこの土手上面部で合成した――

と私は推論するのである。ここのそれは遠景であることから、それがミニチュアやマット画像や合成であることに気がつきにくいのだ。

 言っておくが、

――私は、それをここで批判しているのでは毛頭、ない。

――私はまた、それを明かしたと思って悦に入っているのでも、ない。

 私は――そのミニチュア・ワークや合成に六十二歳にもなって初めて気づいた私自身の不明と――チュフライのそのスゴ技に完全に舌を巻いて感動しているのである。]

 

□271 茫然としているアリョーシャ

前の270とオーバー・ラップで入る。しかし奥の景色とアリョーシャの姿勢が明らかに異なる。ここからモブのざわめきが続く。

救護活動が続いている現場。草原。ところどころに野菊。

アリョーシャの背後左右に被災民三、四名。

中奥に看護婦らしき白衣の女性。

左右からも被災民がインする。

そのすぐ後ろに通路があり、担架を持った人々(白衣の医師もいる)などが、やはり、行き来する。

そのさらに奥の高台部はいままで画像からは鉄道の線路相当かと思われるが、そこも人々が非常に多く行き来しているが、そこでは人は専ら、右から左にしか移動しない。これはそこが線路(相当の場所)であることをよく示してはいる。何故なら、右が空爆で崩落した橋に当たると読めるからである。

その奥に空が少しだけ見える。

右手前から、白衣を着た医療関係者の男が担架の前をもってインし、そこに乗る頭部に損傷を受けた少女を見ているアリョーシャに、

医療関係者「おい、もっとどこか邪魔にならないところに座れないもんかね? 兵隊さんよ!」

立ち上って、左にアウトするアリョーシャ。

[やぶちゃん注:これも恐らくほとんどの人は、今までの私のように、屋外ロケと思っているのではないか?

 しかし、考えてみて欲しい――このように断層的になっていて、狭いアングルでも都合よく、人が重層的に動かすことが出来るような地勢や通路が、空爆された鉄道線路のそばにあるということ自体、これ、実はかなり不自然なこと――じゃあないだろうか?

 最後に。奥の少しか見えない空は、何となく先の丘(「266」)の上の空(人工のホリゾント)と同じように私には見えるのである。

 ここからアリョーシャがここを去るまで(郷里サスノフスカへと向かう直前まで)のシークエンスは、実は途方もなく大きなスタジオの中に人工的に作り出されたセットなのだを私は思うのである。]

 

□272 救護の現場

疲労からふらつくアリョーシャ。

そこに右手奥から、担架の前持つ女性がイン、

女性「どきなさい! 道に突っ立ってないで!」

男性(担架の後ろ持ち)「ともかく、どいてろよ!」

カメラ、アリョーシャを追って左に移動すると、奥の一番高い段に、「270」で遠景に見えた無蓋車の本物[やぶちゃん注:私は「270」のそれをフィギアのマット画像ととっている。]が見えてくる。そこに立っている生身の三人の人間(女性である。二人は座っていて、一人が立っている)の姿は、「270」の突起物とよく似ているのである。

さらに左に行くと、救援の機関車でやって来た、町の共産党細胞組織の纏め役と思われる(服装と帽子から)救護のヘッドが説明をしている。それを受けて、背後の無蓋車に向かって左手を廻り込んで、人々が向かっている。

救護の主任「重傷者・傷をしている女性・子供だけを先に乗せて行く。それ以外の者は第二便が来るまで待っていて貰わねばならない。二時間後には戻って来るから、心配しなくて大丈夫だ!……」

アリョーシャ、それを聴いて

――ハッ!

と背後の彼方(川の彼方のサスノフスカの方)を

――きっ!

睨み、

アリョーシャ「二時間!!」

と叫ぶや、後ろへ向かって走り去る!(右手へアウト)

[やぶちゃん注:「二時間!!」前に注した通り、実は最早、彼の正味の休暇はこの日の午前零時で終わってしまっていたのだ。もう彼には前線へ戻るための二日しか残っていない。しかし、ここまで来て、母に逢わずに帰るのは、とてものことに、辛い! 彼は、自力で川を渡ってサスノフスカへ向かって、一目、母に逢って、トンボ返りするという決断をしたのである。

ここで私は言う。「270」の合成処理は、この「272」を撮影した後に、特殊撮影と合成編集によって行われた。だから、「270」のマット画像には、撮影した「272」の無蓋車上の座っている女たちの実写が参考にされた、されてしまったのだ。救援できたはずの無蓋車の上に、この女たちと同じように救援者が似たような位置で乗ってきたのだ、というのはちっとばかりおかしいが、そんな細かいことを合成班の連中は考えなかった可能性は十分ある気がするのである。]

 

■やぶちゃんの評釈

 休暇の終りに最大最悪のカタストロフがアリョーシャを襲った。

 それは、容赦なく波状的である。

 アリョーシャは空爆された列車の負傷者を、可能な限り、全力を尽くして救い出した。

 しかし、翌朝の彼を待っていたのは、意想外の邪魔者扱いの言葉であった。

 それは彼が――如何にも「若く」「元気に見える」「兵士」の癖に――戦場じゃない内地にいて――しかも――負傷者の山の中でぼんやりして何もしてないじゃないか!――というような、前後を理解しない皮相的誤解に基づくものではある。

 しかし、それは映画の観客だけが、アリョーシャと共有出来る真実なのであり、映画の中のアリョーシャはこの三つの侮蔑の言葉によって、完全に心が折れかかってしまうのである。

 そうした人々の心ない侮辱は、ある意味で――〈人の子〉としてのイエス・キリストの〈絶望〉と等価である――とも言える。

 而してその絶望、

――シューラの喪失

――若き婦人を始めとした人々の死

を越えて、アリョーシャを全的に無条件で救いとってくれるのは

――最早

――母なるマリアの愛――しかない――のである。

 「文学シナリオ」の当該部分を示す。

   《引用開始》

 アレクセイが唯一人で汽車に乗っている。シューラはいない。

 車輪のリズミカルな響きに耳を傾け、物思いに沈んで座っている。窓外は悲しい夕暮れである。隣りの座席の乗客は静まりかえっている。恐らく、夕景と車輪の響きが人々をこのようにしているのだろう。子供達も黙っている。時折、深い溜め息が沈黙を破るだけである。

 アレクセイと向き合って、花模様のネッカチーフをした黒眼鏡の女が座っている。彼と並んで、節の多い杖にもたれて、美しい白髪の頭をうなだれた老人が座っている。あまり大きくない理知的な眼、きっと結んだ唇等、彼の容貌には男性的な叡知があふれている。

 黒眼鏡の娘は、アレクセイを眺め、突然歌うようなウクライナ語で質問する。

 ――遠くまで行くんですか。

 ――サスノフカです。すぐ近くです。すぐに鉄橋があります。そこから十キロメートルです。

 アレクセイは答える。

 ――私はウクライナからです。

 娘は話す。

 アレクセイは、彼女と老人とふさぎこんでいる老婦人を眺める。彼には彼等の悲しみが分かった。そして、彼は〈分かりますとも、戦争があなたを遠くへつれて来たのです〉とでも言うように、娘に同情してうなづく。

 ――ああ、ああ! 秋の鳥のように、どことも知れず飛んで行くのです。

 老婦人は溜め息をついた。

 老人は耐えられないというように動いた。

 ――言っても意味ないことだ。

 彼は姿勢を崩さずに言った。

 ――ウラルへ行こう……。そこには我々の工場もあり、息子もいる。

 彼はきっぱりとした口調でつけ加えた。

 婦人は沈黙した。

 車輪はレールを叩いていた。隔離壁が静かに軋んだ。これらの相変らずの音響にまざって、遠くでサイレンが鳴るのが聞こえて来た。

 ――何でしょう。

 娘は聞いた。

 サイレンは繰り返し鳴った。

 みんなは、何故か窓の外の空を眺めた。

 婦人は眠っている子供を手にかかえながら、顔が青ざめた。みんなが耳をそばだてた。静かだった。みんなは次第に落ついて来た。

 アレクセイは煙草入れをとり出した。煙草を吸(の)みながら、それを老人に差し出した。

 ――どうぞ。

 ――ありがとう。

 彼は丁寧に感謝した。そして煙草入れから煙草を取り出して、善良そうに微笑し、ウクライナなまりのロシア語で話した。

 ――本当のところ、煙草に不自由していたのです。

 二人は煙草を吸った。

 ――あなたのお国はどこですか。

 老人は聞いた。

 ――この土地の者です。サスノフカで生れたのです。母に会える機会が出来たのです。

 ――というと、家に帰るのですか。

 ――そうです。

 ――長く居られるんですか。

 アレクセイは悲しそうに笑った。

 ――時間はあったのですが、今ではもう、夜明けに帰って行かねばなりません。

 ――おお!

 婦人は同情するように溜め息をついた。

 老人は彼女を横目で見ながら、アレクセイに言った。

 ――生れた家で一夜を過せるなんて、大変な幸福です!

 ――それから戦場ヘ帰るのですか。

 娘が聞いた。

 ――そうです。

 ――それであなたには女の友達があるんですか。

 アレクセイは沈黙した。

 ――あります。ただ、彼女はサスノフカにはいません。……。私は彼女を見失ってしまいました。

 彼は告白し、すぐに激しく付け加えた。

 ――しかし私は彼女をどうしても探し出します。地上をくまなく探し出します![やぶちゃん注:この台詞は映像でどうしても附け加えて欲しかった。残念だ。]

 老人は微笑した。

 ――本当に駆けずり回りなさい。愛情があったら当然です。あなたは何か技術を持っていますか。

 ――いいえ、まだです。故郷へ帰ったら学ぶつもりです。今でも一つの職業はあります。兵士です。

 ――兵士は職業ではない。兵士は地上の義務です。

 老人は話し、そして考え込んだ。

 列車は急速に走って行く。車輪は音をたてる。窓外では夕景の中を大地が流れて行き、電柱が時々通り過ぎる。

 アレクセイは胸騒ぎする。

 ――もうすぐ家です。

 彼は溜め息をついて言った。

 ――我々のウクライナは遠くです。

 婦人の声が羨むように彼に答えた。

 長い汽笛が、一度、二度と鳴った。

 客車が震動した。ブレーキが鳴った。アレクセイは窓に走ったが、そこには何も見えなかった。

 

 不安定なかがり火に照らされた線路に、人が立っている。彼のさし上げた手にかがり火から取った燃えさしが松明のように燃えている。

 列車はブレーキをかけながら停止する。

 客車のステップから人々が飛び下り、前方に駆けて行く。その人影は松明を持つ手を下ろし、倒れるように大地に座る。

 強力な機関車の探照燈が光を投げ、破壊された鉄橋の曲りくねり、破り裂けた橋げたを一瞬闇に照らし出して、消えた。

 数人が座っている人に身をかがめた。彼は彼等に何か言った。すると、彼等は闇の空を心配そうに見上げながら、かがり火を消しにかかった。人々はその人を抱き上げ、客車に運んだ。彼は負傷し、静かに呻吟していた。

 アレクセイは、憂鬱そうに遠く暗闇の中にかすかに輝いている河の向うを眺めた。そこに、彼の村があった。彼は夜目に馴れた。機関車のところで、人々が無益に駆け回っていた。アレクセイは考え、意を決し、河に向って駆けて行った。

 ……数本の丸太の切れ端が筏の役目をする。板は櫂である。彼はそれをしっかりと漕いで、岸から離れて行く。筏の下に水が波立っている。

 もう河の中央である。アレクセイは櫂を漕ぐ。

 列車の方から彼に向って、警告の叫びが投げられる。彼は漕ぐのを止めず、耳を澄まし、注意深く上の方を見つめている。上方から、不吉な不安定な唸りが聞えてくる。

 アレクセイは、櫂を振り、一層早く漕ぎ始める。恐ろしい、心臓を揺さぶるような唸りが静寂を破り、やがて一発、二発、三発と破裂する。

 アレクセイは身をかがめる。爆発の中に人々ののけぞる姿が映る。

 列車は火に包まれた。火影が河を蛇のようにうねった……。

 ――畜生!

 溜め息をつきながらアレクセイは闇の空に叫んだ。

 ――畜生! 畜生!

 板を取ると熱に浮かされたように、後方に漕ぎ出した。そこでは人々の号泣の中に爆弾が破裂していた。彼は兵隊であった。そして、そこでは人々が死んでいた。

 ……彼は岸にたどり着き、呻き声と爆発の真っ只中の飛び込んで行った。

 ……彼は火事の中を駆けずり回った。

 ……人々と一緒に、燃えている車両を列車から切り離した。

 ……割れ目の中から負傷者を引き出した。

 ……彼は繃帯をしてやった。

 ……彼は火の中から人々を救った。

 このように、この夜は爆発と、うめき声と、死と、人々の嘆きの中に過ぎて行った。

 

 夜明けである。空が明けかかっている。静かである。そよ風が木の葉をかすかにふるわせている。河は静かに誇らしげに流れて行く。ただ、鉄橋の橋げた、掘り起こされた大地、破壊された列車、燃え尽きた車両だけが、前夜の悲劇の記憶をとどめている。

 生きている者は死んだ者の周りに座り、あるいは立っている。泣きわめく者もいない。すすり泣く者もいない。最早、泣く力もないのである。朝に眠っている子供達は、眠りながら身震いしている。

 若い母親の手の中で、生き残った生命の小さなかたまりが動いている。彼は眠っていない。彼はむき出した母の胸に、巧みにがつがつと吸い付いている。

 アレクセイは疲れ果てて丸太に座っている。彼の顔は汚れている。手に血が流れている。夜が明けて、彼の休暇は終わった。彼は気だるそうにポケットから煙草入れを取り出し、その中を探る。煙草入れは空っぽである。煙草も終わった。

 到着した列車から、人々が事件の現場へ急ぐ。

 ……看護兵が負傷者に繃帯をしてやる。負傷者を担架で列車に運ぶ。アレクセイはまだ、同じところに座っている。彼はこの列車で帰らねばならない。

 ――道を塞がないでどいてくれ!

 看護兵が彼に言いかける。アレクセイは立ち上がり、担架に道を譲り、脇に、どく。

 しかし、ここでも自分の仕事を一所懸命している人々の邪魔になる。

 ――何してるんだ! どいてくれ!

 アレクセイはおとなしく脇に、どく。彼の傍らを恐怖の一夜で興奮した人々が群れをなし、寝ぼけ顔で、びっくりしている子供達の手を引いて、客車に向かい、何故か急いで駆けて行く。

 アレクセイの近くで乗客の大きな塊が肩章のない外套の人を取り囲んでいる。誰もが先を争って言う。

 ――何故、私はだめなんです。

 ――司令官、我々はどうすればいいんですか。ここに留まっているわけにはいかないのです!

 ――皆さん! 私が言ったように……今は、負傷者と御婦人と子供だけを運ぶのです。それ以外の方は、ここに留まって列車が戻ってくるのを待って頂きたい。列車は、二時間後には必ず戻って来ます!

 アレクセイは眠りから醒めたように、話している人の所に急いで行った。

 ――二時間だって!

 彼は弱々しく叫んだ。そして、河岸に駆けて行った。

   《引用終了》

 川渡りを中断して戻るというのは、流石に、くど過ぎる。

2019/07/30

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 12 エピソード2 シューラ(Ⅵ) シューラとの別れ / シューラ~了

 

□188 ウズロヴァヤ駅構内

(F・O・した画面からざわめきが入り)客車が右手前から左やや中ほどまで続く。軍人たちが車両に我れ先にと乗り込んでいる。その中景に慌ててやってきたアリョーシャとシューラが、その中に走り込む。カメラ、ゆっくりと右へ動き、車両に寄る。

デッキのところに婦人の駅員(或いは徴用臨時軍属か)が乗り込みを監視している。

婦人駅員「急く! 急いで! 急いで!」

婦人駅員の右下から、あおりで。

アリョーシャが乗り込み、シューラが続こうとすると、婦人駅員が制止する。

婦人駅員「これは軍用列車よ!」

アリョーシャ(焦って)「僕の妻です!」

シューラ「違います!」

婦人駅員「ダメ! ダメ! 民間人はッツ!」

婦人駅員、シューラを押し戻す。

婦人駅員、周囲に再び「これは軍用列車!」と叫ぶ。

しかし、民間の婦人がデッキに荷物を投げ入れて乗り込もうとしたりしている。

押されて乗り込んだアリョーシャ、デッキから降りてきてしまう。

 

□189 車両の脇(中景から二人に寄る)

アリョーシャ(右手)、シューラ(左手。三つ編みの髪を右手に垂らしている。演出の配慮、よし!)を連れて少し車両から離れ、

アリョーシャ「もう! どうして嘘がつけないんだ!」

アリョーシャ、焦る。

シューラ「アリョーシャ、一人で乗って! 私のせいで、半日、無駄にしてるんだから。……心配しないでいいの! 私は自分で何とかするから! ね! いいの! アリョーシャ! いいのよ! アリョーシャ!……」

[やぶちゃん注:これはシューラが前の軍用列車に潜り込んだこと、則ち、アリョーシャがシューラに逢ってしまったこと全体を指しているのである。アリョーシャがそれに肯んずるはずは、毛頭、ない。]

アリョーシャ、突然、持っていた自分のコートを広げ、

アリョーシャ「これを着ろ!」

シューラ「なんで?」

アリョーシャ「ともかくッツ! これを着るんだッツ!!」

アリョーシャ、シューラに自分の大きな軍用コートを着せる。シューラ、黙ってなすがままにされているが、顔が一転して、満面に笑みがこぼれている。(着せる際の動きで二人は左右位置を代える)

アリョーシャ、自分の略式軍帽をとると、シューラにかぶせ、髪の毛をぴっちりと撫でつけてやる。

アリョーシャ、その俄か兵士姿になったシューラを引っ張ってさっき乗ろうとした車両から、左方向へと引きずるように引っ張ってゆく。アリョーシャは如何にも楽しそうだ! 少女のように! アリョーシャのコートだから、ダブダブな上、裾は足首辺りまである。シューラは全くよちよち歩きの体(てい)!

 

□190 別な車両の乗降口

人々が群がっている。

 

□191 その乗降口(左手から)

かなりの年を取った眼鏡を掛けた老婦人駅員がいる。

アリョーシャに押されて先にシューラが乗り込もうとすると、

老婦人駅員「トットと上がる! グズグズしない!!」

と促され、シューラは「へっ?」という顔をする。変装、バッチリ!

[やぶちゃん注:アリョーシャは年寄りで目の悪い彼女の所を選んだものと思われる。しかし……この老婦人、〈大阪のおばはん〉なんか目じゃないほど、キョウレツやで!]

 

□192 老婦人駅員の正面アップ

老婦人駅員、警棒を振り上げて、また、

老婦人駅員「トットと上がるのッツ! 早く! 早くッツ!」

と叫ぶ。

 

□193 乗降口(「191」の少し上のアングル)

ばれない用心と、詰っているデッキのそれを押し込むために、アリョーシャが老婦人駅員の前に回り込んでシューラを隠しながら、自分が少し先に登る。

カメラ、一度、あおりながら、デッキに乗り込んでゆくアリョーシャを撮る。

ところがシューラが途中のデッキ・ステップで動かなくなってしまう。

アリョーシャ、体(たい)返してしゃがみ、右手を出して、シューラに、

アリョーシャ(苛立って)「どうしたんだッツ?!」

シューラ(いかにも少女のように)「コートが引っ掛かったの!……」

アリョーシャ、そのコートを引っ張り、シューラを抱きかかえて、デッキに無事乗り込む。

 

□194 車両連結部

さっきの老婦人駅員も右手のデッキの左位置に立っている。連結部はただ下部の連結器だけの平面で、画面左右の車両の開いた扉もごく小さい。ここ、走り出したら、私でも躊躇する、車両の左右には何の栅や蔽いも一切ない、非常に怖い場所である。

そこに押し出されて立つ、アリョーシャ(前)とシューラ(後ろ。辛うじて顔だけが見える)カメラ、右に移動すると、汽笛。

 

□195 力強く動きだして蒸気を吹き出す機関車の複数の動輪(アップ)

先頭は右方向。

 

□196 機関車の先頭部(前哨燈と煙突)

右手前向き。煙突から噴き出る煙。加速!

 

□197 列車からの夕景

左から右へ流れる。手前に樹木、背後に落ちる陽、その上の空に散る千切れ雲。

 

□198 連結部(車両の右手からで奥の流れる景色は「197」と同じ左から右でスクリーン・プロセス)

連結部の左右の扉の外にさえ人が立っていたり、摑まっていたりする、超満員!

狭い連結部中央位置に右手(汽車の進行方向)を向いた軍帽のシューラと、そのすぐ前にアリョーシャが覗き見える。(カメラ、近づく)

連結部を何人かの人々が左右に行きした後(そこには実は民間人の婦人もいたりする)、二人の周囲が少し空いて、ちょっとゆったりとなり、互いに顔を交わして笑う。

ここは車両音が高まり、二人は何か楽しそう喋り合っているが、それはオフである。

会話の最中、シューラは軍帽をとって、アリョーシャに被せる。この時、シューラの右手がアリョーシャの左胸に置かれている(この間にカメラはさらに寄って行き、二人だけのフレームになる。また、帽子をかぶせたところから標題音楽(最初はフルート)が始まり、以下、高まってゆく

左から右へ流れる白いスモーク(機関車の蒸気か煙のイメージかと思われる。ごく白い)がオーバー・ラップする。

[やぶちゃん注:シューラの手のそれは、この連結部という如何にも危険な場所であることを考えればごく自然な動作ではある。そうさ、私はふと、所謂、〈吊り橋実験効果〉を思い出した。知らない方はウィキの「吊り橋理論」を読まれたい。]

 

□199 白いスモーク

左から右へ。

 

□200 連結部の二人(夕景)

黙って見つめ合う二人だけのアップ。

アリョーシャ、ふと、淋しそうな顔をして、左(手前)に目を落とす。

シューラ、見つめているが、目をゆっくりと閉じる。しかし口元には笑みが浮かんでいる。

 

□201 シューラの顔(正面)のアップ

目を見開いて、アリョーシャ(オフ)を見上げる。

口元が少し開いて、何か言いたそうであるが、言わない。

 

□202 切り替えしてアリョーシャのアップ

目は半眼であるが、眠そうなそれとは違う。シューラを遠くを見るように、見つめていたが、突然、瞬きをして見開くと、口元に笑みを浮かべる。

 

□203 シューラのアップ「201」より接近して顔面と首のみ)

うるんだ瞳。ほんの少し開いた唇。

 

□204 アリョーシャのアップ(「202」に同じ)

しっかりとシューラを見つめる。口元に微かな笑み。何か、あるしっかりした何ものかを意識した表情である。(最後は次のシューラの横顔とかなりゆっくりしたオーバー・ラップとなる)

 

□205 シューラの右横顔

最初、風圧に乱れる髪と右目と鼻梁と上唇(うわくちびる)のみを映す。そこから少しだけティルト・ダウンして唇まで下がる。

 

□206 見上げるシューラの顔のアップ(右上方から)

乱れる散る髪の中の――天使のような笑顔――

 

□207 夕景(「197」をよりアップで)

夕陽の輝きを有意にターゲットとしたもの。(次のショットのため)

 

□208 シューラの横顔(右手から頭部全体)

彼女の眼のやや上の位置の向うの消失点に夕陽。その光はあたかもマリア像の後光のようである。

乱れる髪――

何かを思いつめたように真面目なシューラの横顔――

そこに――

右からアリョーシャの横顔がゆっくりとインしてくる――

夕陽は二人の間の彼方に燦然と輝き――

アリョーシャの顔にシューラの髪の毛が――

何か鳥の羽根のように纏わってゆく!

と――

同時に――

シューラとアリョーシャの口元に素敵な笑みが浮かぶ――

二人、カメラ手前下方にそれぞれ一度、顔を伏せるが、すぐに見つめ合って――

シューラ――

ゆっくりと――

アリョーシャの胸に――顔を埋める…………(次の「209」とオーバー・ラップ)

[やぶちゃん注:実に「194」ショットからこの「208」まで(その間は約1分50秒相当)、台詞は一切なく、「198」の途中からは、そこから始まった標題音楽だけがここまで(その間は約1分9秒相当。ここまでで八十四分の本作の八割弱の六十五分に当たる)映像の唯一のSEとなる。

 私は、この夢幻的とも言える、しかし、それでいて確かなリアリズムの美しさと、アリョーシャとシューラの無言の心の交感のシークエンスを見るたびに、涙を禁じ得ない。この1分余りのそれは、映画史上、稀有の最も美しいラヴ・シーンであると信じて疑わない。

 

□209 駅

抱き合っているアリョーシャとシューラのアップ。

シューラは眼を閉じている。

アリョーシャは眼を開いている。

二人のそれはあたかも若きイエス・キリストと若きマリアのようにさえ見える。

カメラ、急速に後退してフレームを開く。二人、向き合う。(ここで前からの標題音楽が終わる)

駅のホームである。

ここがシューラが降りねばならない駅なのである。

背後で人々が列車に慌てて乗り込んでいる。

シューラ「ここでお別れね、アリョーシャ。」

アリョーシャ「そうだね。……僕のこと……ずっと忘れないでね、シューラ……」

シューラ「忘れないわ。……アリョーシャ、怒らないでね、……」

アリョーシャ(弱弱しく)「なに?」

シューラ「わたし……嘘ついてたの……婚約者なんていないの。……叔母さんのところへ行くだけなの。……ほんと、馬鹿よね…………」

アリョーシャ「……どうして……そんな、嘘を……」

シューラ「……怖かったの……あなたが。……」

アリョーシャ「……今は……どう?」

シューラ、きっぱりと「いいえ!」と横に首を振る――

――と!

――もう汽車が動き出している!(画面奥へ)

機関音!

シューラ(気がついて慌てて)「動き出したわ! 走って! アリョーシャ!」

二人、振り返り、

シューラ「走って! アリョーシャ! 走って!」

 

□210 貨車の連結部から俯瞰

走るアリョーシャ、その奥を一緒に走るシューラ!

アリョーシャ、加速している列車のデッキに辛うじて飛びつく。乗車している女性駅員が助けてもらい、デッキに登る。

シューラ、走る!

アリョーシャ(デッキから身を乗り出して必死に)「シューラ!! 住所を言うから! 僕に手紙を書いてくれ!(機関音に交って甚だ聴こえにくくなる)……ゲオルギエフスクの!……サスノフスカ!……」

 

□212 デッキのアリョーシャ

右手でデッキ・アームを握り、身を目一杯に乗り出して、開いた左手を口に当て、

アリョーシャ「サスノフスカ村!……」

 

□211 走るシューラ(貨車からの俯瞰)

笑って左手を振って走り続けるシューラ!

アリョーシャ(オフで)「シューラ!! 僕の住所は!! ゲオルギエフスクの!!」

 

□212 デッキのアリョーシャ

右手でデッキ・アームを握り、身を目一杯に乗り出して、開いた左手を口に当て、

アリョーシャ「サスノフスカ村だよッツ!!……シューラ!!!……」(最後の「シューラ!!!」は次のカットにオフでかぶる)

 

□211 走るシューラ(車両と並行したホームの奥からのショットで左から右へパンしているが、少しだけ見えるホームの映像の感じを見ると、レール台車による移動撮影を兼用しているものと推定する)

人を掻き分けて走るシューラ!

 

□212 アリョーシャ

左耳のところで手を振って、

アリョーシャ「何て言った!?! 聴こえないよッツ!」

と絶望的に叫ぶ。

[やぶちゃん注:シューラが何かを叫んだ映像はない。]

 

□213 走るシューラ

すでにホームも端の方にきて、他に見送りの人もいない。

最後の力をふり絞って走るシューラ! 手を振るシューラ!

遂にホームの端へ――

立ち止まって手を振るシューラ――

 

□214 アリョーシャ

手を振るアリョーシャ。(標題音楽始まる)

 

□215 ホームの端(フル・ショット)

中景中央奥で立って手を振り続けるシューラの後ろ姿。

汽車の最後部がシューラにかかって、カット。

 

□216 去りゆく列車

最早、駅からは離れた。

しかし、今も小さく、手を振るアリョーシャが見える。

それも遠景に溶けていってしまう……

 

□217 駅のホームの端に立つシューラ

空は一面に曇っている。

シューラは、体はホームの乗降側へ向けているが、顔はこちら――アリョーシャの去った汽車の方――を向いている。

ホームの奥の方の見送りの人々は、みな、奥へと去ってゆく。

シューラ、そちらを振り向き、また、こちらに見直る。(ここで音楽、一瞬、休止を入れ、ヴァイオリンが、また、哀愁の標題テーマを奏で始める)

シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける……

しかし、また振り返る、シューラ……

また……重たげに踵を返し……とぼとぼと去ってゆく…………(F・O・)

[やぶちゃん注:この「217」のシークエンスは、私の思い出の映画の〈別れのシーン〉のベスト・ワンである。私は、何でもないある日常の瞬間に、このシューラが独りホームの端に佇むシークエンスをたびたび、白日夢にように想起するほどに偏愛している。僕はこのホームに立ったことがあるような錯覚さえ感ずるのである……。]

 

□218 客車のデッキ(外から)

ドアが閉まっている。ガラス越しにアリョーシャ。ガラスには流れ去る(右から左へ)白樺の林が映り込んでいる。(標題音楽、かかる)

思いつめて目も空ろなアリョーシャ。カメラ、寄ってゆく。

伏し目から、力なく顔を上げると、白樺林をぼぅっと眺めている。

[やぶちゃん注:白樺林の映り込みは非常に綺麗で、アップでも破綻(合成によるブレ)がないのであるが、これはどうやって撮ったのだろう。セットでスクリーン・プロセスによって白樺林を投影、特異的にアリョーシャをその映写側で撮影し、それと別にセットで窓部分を綺麗に抜いてマスキングして撮った全体画像に、前のアリョーシャの画像を嵌め込んで綺麗に合成したものかとも思ったが、車体の揺れと窓ガラスの内側のアリョーシャの体の揺れが完全にシンクロしていること(これはこのカットのために作った客車デッキのセットの中で演技をし、そのセット全体が動かされていることを意味している)、また、アップの中でアリョーシャが頭部を硝子に押しつけ、帽子の先と髪がごく少し潰れる箇所があり、これはとても合成では不可能である。識者の御教授を乞う。

 なお、時刻であるが、作品内でのエピソード経過時間からは、少なくとも、午後のかなり遅い時間でなくてはおかしい(このシークエンスのすこし後の空襲を受けるシーンは明らかに夜である)。車窓風景の撮影は流石に制約があるから、昼間の撮影のものばかりである(但し、明度を暗くさせてあるものもある)。しかし、この直後にはアリョーシャの夢想シークエンスが現れるので、ことさらに時制のリアリズムをあれこれいうのは無粋とも言われよう。]

 

□219 車窓の白樺林/アリョーシャの回想(◎表示)・幻想映像(【 】表示)の合成(回想・幻想映像は白樺林の映像にオーバー・ラップのカット繋ぎ)

白樺林(右から左に流れる)――オーバー・ラップ

◎回想1――ウズロヴァヤでの束の間の〈ピクニック〉での流れ出る水道から水を飲むシューラの映像

[やぶちゃん注:ここの「□126 水を飲むシューラのアップ」で『水の流れ落ちはかなりの水量である。口で受けようとして顏の下は水浸しとなり、さらに頑張ろうとして目の辺りにまで水滴が掛かり、シューラは顔を左右に振って目を大きく見開いて、悪戯っぽくアリョーシャを見上げる。少女の美しさ!』とした映像と相同である。]

◎回想2――同じ〈ピクニック〉シーンで流れ出る水道で汚れた両脚を洗うシューラの映像

[やぶちゃん注:ふくらはぎと足の甲から、右足を上げてティルト・アップして左膝から下を洗い、水道の向いにいるらしいアリョーシャに微笑む映像。これは前には存在しない。「文学シナリオ」にはあり、撮影はしたが、編集でカットされたものの流用である。前と同じここである。しかし、この回想の脚を洗うシューラは髪を三つ編みに結って右から前に垂らしている。これが当該シーンにあったとすると、「□128」で私が指摘した矛盾が前後齟齬してもっと激しくなることになる。但し、次も参照)]

◎回想3――同じ〈ピクニック〉シーンで(奥に例の斜めになった木のが見えるので間違いない)、結われていない長い髪を、体を回してぱっとさばくシューラの映像

[やぶちゃん注:これも前には存在しない。回想2と同じく、撮影はしたが、編集でカットされたものの流用である。流れを考えると、最初にプラトークを外した直後となる(回想2では編み終わっているからである)。概ね、背後からの映像であるが、最初の画像をよく見ると、髪は少し濡れているように見え、その後、左に捌くのは、濡れた髪を乾かす仕草にも見え、終わりの辺りでは、明らかに右手にタオルを持っているのが判る。さすれば、或いは、ここでは、実はシューラが髪を濡れたタオルで拭くというシーンが撮られており、或いはそれを三つ編みに仕上げるまでの映像もあったのかも知れない。とすれば、私がここで『痛い誤り』とした顚末も説明は可能である(しかし、私の撮り直しが必須をとした批判は当然、撤回はしない。そもそも、彼女は、まず、髪を結うよりも先に汚れた脚を洗いたくなるはずだと私は思う。順序立てて撮影はしないから、演じたジャンナ・プロホレンコには罪はない。そうした機微を考えなかった男のスタッフが勝手に早々と髪を結わせてしまい、後になって脚を洗うシーンを撮るという大失態をしでかし、編集では尺を切る関係上、監督は矛盾を承知でかくしてしまったものであろうと推定するものである)。]

◎回想4――シューラがアリョーシャを見つけて驚いて軍用列車から飛び降りようとして怖さから手で顏を蔽ったシーンの映像(推定)

[やぶちゃん注:前にはない。映像としてはここの「32」と「33」の間にあったであろうと私が推定する映像である。この「32」から「33」の繋ぎは、私には以前からちょっと不自然な感じ――何か欠けた演技・画像があるという感じ――があったのである。ここにこんな画像があったのだとすれば、私はすこぶる腑に落ちるのである。]

◎回想5――左を向いて伏し目がちな何か淋しそうなシューラが右手を向いてぱっと目を開き何か言いかけるように口を開きかける映像

[やぶちゃん注:これはかなり心の解(ほど)けたシューラが、でも、降りると拘った際の、ここの「□58」の「扉の前のシューラの顔のアップ」の部分である。]

◎回想6――「□217」の「駅のホームの端に立つシューラ」の「シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける」が「しかし、また振り返る、シューラ」の映像

*ここで基底画像である白樺林の車窓風景画像は実は一旦、切れている。[やぶちゃん注:しかし、同じような白樺林の車窓風景画像を繋いでおり、オーバー・ラップが続くので、その切れ目はまず殆んどの観客には分らない。ただ、ここからは回想ではなく、アリョーシャの心内幻想シーンとなるので、切れ目が入っていることに私は違和感はない。]

【アリョーシャの心内幻想映像1】

――左から首を回して、見上げるシューラ。

シューラ『……アリョーシャ、婚約者はいないって言ったのは……私の告白だったの。……でも、あなたは何も応えてはくれなかった。……片思いだったのね。…………』

 

□220 車窓のアリョーシャのアップ

何か口でぶつぶつ言っているアリョーシャ。明らかに、危ない感じである。

 

□221 白樺林/シューラ幻想・幻想(オーバー・ラップ)

白樺林(右から左に流れる)――オーバー・ラップ

[やぶちゃん注:但し、終わりの方になると、線路近くが草地になり、池沼が現われてきて、樹種も白樺でなくなり、撮影自体が昼間であることがバレる。前の回想1から6で使ったそれをそのまま使い回した方が出来上がりはもっとよいものになったのに、と少し残念な気がしている。]

【アリョーシャの心内幻想映像2】

見つめるシューラのアップ。右目から涙がこぼれて――落ちる。

[やぶちゃん注:このような映像は前にはなく、この幻想映像のための新撮りではないかと推測する。]

◎回想7――回想6(「□217」の「駅のホームの端に立つシューラ」の「シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける」が「しかし、また振り返る、シューラ」の映像)に同じ

 

□222 車窓

但し、さっきはいなかったが、ドア・ガラスのアリョーシャの左前には軍人が凭れている。

伏せ目のアリョーシャ、幻像のシューラに打たれ、突然、独り言を言う。

アリョーシャ「……待ってくれ!――僕は言い残したことがあるんだ!……」

――はっと現実に戻ったアリョーシャ、目の前のドアにはだかっている兵士に、

アリョーシャ「降りたいんです!」

兵士「何言ってる?!」

アリョーシャ「……すみません、降ろして!……」

アリョーシャ、目を泳がせて黙ってしまう。

[やぶちゃん注:走行している車両であるから、兵士は寝ぼけているとでも思ったのであろう。無視して、反応しないようである。]

 

■やぶちゃんの評釈

 遂にシューラとの別れがきてしまった。

 本作の最大のクライマックスであり、永遠に忘れ難い、心象と心傷の風景である。

 しかし、この幻想シーンの【アリョーシャの心内幻想映像1】についてだけは、この年になって見て、今回初めて、少し違和感を感じた(後掲する通り、「文学シナリオ」にもちゃんとあるのだけれども)。まず、画像作りがちょっと雑な感じがするのだ。本作中のシューラの映像的魅力度からも、何だか、有意にレベルが低い感じがする。しかもその幻想シューラによって語られる「アリョーシャ、婚約者はいないって私が言ったのは」「私の告白だったの」に、「あなたは何も応えてはくれなかった」、ただの私の「片思いだったのね」(原語は「あなたは私を愛してないのね?」か)という台詞も――『言わずもがな、アリョーシャはシューラを愛してるじゃないか!』と言いたくなるのである。少なくとも、観客の誰もが皆、そんなことは百も承知だ。それを、消えたシューラを夢幻的に登場させておく屋上屋で反語的に言わせるのは、どうなんだろう? という思いである。思うのだが、この幻想シューラがどうも魅了を感じさせないのは、幻想だからではなく、その台詞の、遅れて来た解説的饒舌述懐の陳腐さにあり、私は高い確率で、

――演じたジャンナ・プロホレンコ自身が、この部分の演技や台詞に、強い違和感を感じたのではなかったか?

と思うのある。そんな中で、アリョーシャなしの別撮りとして撮られ、どう演じていいのかとまどった挙句、かくなってしまったのではなかろうか? 今の私はこの【アリョーシャの心内幻想映像1】はカットし、もっと短かった二人の一時の至福のカットを挟んだ方がよかったと思うのである。

 なお、以下の「文学シナリオ」を読まれると、驚天動地! アリョーシャは以上の最後で、実際に走行中の汽車から飛び降りてしまうのである。シューラと別れたあの駅にシューラを求めて舞い戻ってしまうのである。しかし、シューラを探してみるものの、遂に彼女に逢えず、夜汽車に乗る、というのが原シナリオの流れなのである。

 それはダメだ! このシューラとの別れは確かに本作の確かなクライマックスではある。しかし、それは最後の母とのたまゆらの邂逅と別れに収束してこそ美しい魂のスラーの流れを本作に与えてくれているのだ。

 戻ってシューラを探すアリョーシャなど、決して見たくないし、その選択は、母に逢えなくなる可能性の増大の一点に於いて全否定されるべきものだ。丁度、誰かの糞芝居のように、「こゝろ」の「学生」の「私」が、「先生」の「奥さん」と結婚するぐらい、忌まわしい展開なのである。そこでは前線を放棄してシューラと駆け落ちするというおぞましい恥部の地平まで見えてきそうだ。それは純真なアリョーシャがリーザを激怒したように、こんな私でさえも許せないあり得ない選択なのである。そんな部分を撮っていたら、この作品はヒットさえしなかったことは言を俟たない。

 当該部の「文学シナリオ」を以下に示す。

   《引用開始》

 駅。再び、乗車の空騒ぎとざわめき。

 アレクセイは客車に押し分けて入る。シューラが後に続く。

 女車掌が彼女を遮る。

 ――どこへ行くのです。軍用列車です。

 ――私と一緒です。

 アレクセイはステップから叫び、シューラを引きつける。

 ――奥さんですか?

 ――そうです。

 アレクセイは答える。

 ――いいえ。

 同時にシューラが言う。

 女車掌は乱暴に彼女を車から下ろす。

 ――彼女は私と一緒です。まず、話を聞いてから引き下ろしたらいいでしょう。

 ――ぐずぐずするな。

 誰か、太った軍人がアレクセイを車の中に押し込んだ。彼の後ろから、大きなトランクを引きずった人間が入って来た。女の人が車に押し入ろうとしていたが、女車掌は彼女も許そうとしなかった。

 シューラは懇願するような目付きで女車掌を見ていた。しかし、自分の容易ならざる仕事に打ち込んでいる彼女は、その瞳に気が付かなかった。

 アレクセイは出口に勢いよく走って行き、ステップから飛び降りた。

 ――どうしたんです。口がきけないんですか。

 彼は娘を非難する。

 シューラはすまなさそうに微笑した。

 ――本当に馬鹿だわ。呆然としてしまったんです。アリョーシャ!

 突然、彼女は激しく言った。

 ――一人で行って下さい。あなたはもう半日も無駄足を踏んだんです。私はこの近くですから、どうにかして行きますわ。乗って行きなさい、私の愛するアリョーシャ! 乗って行きなさい。

 ――待って、シューラ……。

 アレクセイは何を思ったか、彼女を遮った。突然彼は笑った。

 ――偽装ナンバー3を知っていますか。

 彼は陽気に質問した。

 ――ナンバー3ですって。知らないわ。

 シューラは驚いて言った。

 ――今、教えて上げます!

 アレクセイは巻いて肩に掛けていた外套を外し、それを広げてシューラに渡す。

 ――着なさい。

 ――何故です。

 ――早く着なさい。今度は軍帽です。被りなさい。

 娘はアレクセイの外套を着ながらひどく不安そうに眺めた。彼女は足を裾に取られながら。アレクセイの後からほかの車両に走った。その車には大きなデッキが付いていた。

 扉に行き着くうちに、二人はお互いを見失ってしまった。

 車のステップのところで、アレクセイを眼で探しながら、彼女は振り向いた。

 ――止まらないで下さい。

 車掌が彼女に言った。

 ――何ですって。

 娘は驚いて、車掌を眺めた。

 ――止まらないで、車の中に入って下さい。

 ようやく追いついたアレクセイは、シューラと車掌の間に挟まった。彼は車掌の手に切符をつかませて、車に潜り込んだ。彼はもうデッキにいたが、娘はまだステップのところで足踏みしていた。

 ――どうしたんです。

 彼は彼女に手を差し伸べながら、いまいましそうに呼びかけた。

 ――外套を踏み付けられたんです。引き出せないわ。

 彼女は恨めしそうに言った。

 アレクセイは、娘のところに押し進んで行き、彼女の外套を引き出し、二人でデッキに乗った。

 ――良かったですわ! 私、軍人に見えるかしら。どうですか。

 シューラは嬉しそうに言った。

 アレクセイは微笑した。

 ――切符も聞かれなかったですね。

 突然、乗客がざわめき、押し合った。

 シューラは帽子を脱ぎ、アレクセイの頭に乗せた。この混雑では外套を脱ぐこと不可能だった。

 ――もうすぐ目的地に着くでしょう。

 アレクセイは微笑した。

 ――目的地へ。

 彼女は悲しそうに繰り返して、溜め息をついた。

 彼も彼女の悲しそうな顔を見て、深刻な気持ちになった。

 ――何でもない!

 彼は元気な声で言って、笑顔を見せようと努めた。

 ――万事がうまくゆくでしょう。彼のことを心配することはないです。彼は元気になるでしょう。

 彼女は悲しそうに笑い、頭を横に振った。

 ――ねえ、アリョーシャ、私はまだ一度もあなたのような若者に会ったことがありませんわ。

[やぶちゃん注:この最後の部分は先のここの〈路傍のピクニック〉シーンで使用された。]

 

 二人は、再び汽車に揺られて行く。汽車のデッキには、――今は勿論作られていないが、戦争中ですら稀であった代物である――乗客がぎっしりつまっている。車輪の軋り。風。押し合い。二人は寄り添い、話し合おうとするが、ざわめきが声を消してしまう。

 二人は寄り添っていることで胸を躍らせている。手と手をつないでいる。シューラは、風を避けてアレクセイの肩に顔を埋める。二人は一緒である。そして、それ故に、乗客のざわめきも、押し合いも口論も耳に入らない……。

 風によって煙の渦が二人の傍らを流れて行く。まるで雲が流れるようである。すべてが消滅し、存在することをやめる……眼を見つめる眼がある……彼女の唇、彼女のうなじ、風になびく彼女の髪の毛がある……。

 二人のまなざしは語っている。何かを物語っている。それは歌っている。古くそして永遠に新しい唄、人々が最も素晴らしい唄と呼んだ唄を歌っている。

 しかし、この唄のメロディも、遠く聞こえる汽笛とブレーキの軋りによって破られる。唄は散文的な生活によって消されてしまう。

 ……二人は地上に下り立っている。アレクセイの手には外套が抱えられている。二人は車両の後ろのプラットフォームに立っている。彼らは別れを惜しんでいる。

 ――これでおしまいですわね……。

 ――そうですね……。私を忘れないで下さい。シューラ。

 ――忘れるものですか。

 そして二人は、互いの眼と眼で別れを告げる。

 ――アリョーシャ!

 ――何ですか。

 ――ねえ、怒らないで下さいね。あなたをだましていたんです。

 ――何ですか。だましたって。

 ――私にはいいなづけはいません。誰一人いません。おばさんのところへ行くところなのです。アリョーシャ、怒らないで下さい。私は本当に馬鹿ですわね。

 彼女は彼を見上げた。

 彼は彼女を見上げる。しかし彼は彼女が話している意味を、全く理解しない。

 ――しかし、どうして、あなたは……。

 彼は尋ねる。

 ――あなたが怖かったんです。

 彼女は頭を下げて言う。

 ――今はどうですか。

 彼女は彼の顔を見つめ、頭を横に振る。

 汽車と車両のぶつかり合う音が二人の沈黙を破る。二人は、はっとして、我に返る……。シューラは動き出した列車の後を走った。

 ――早く! 早く! 汽車が出るわ!

 彼女は気を揉んで、人々で溢れたデッキに彼を割り込ませようと、歩きながら彼の背中を押した。

 ある者は笑った。ある者は見送り人達に最後の不必要な言葉を叫んだ。ある者は手を振った。

 中年の夫婦がシューラとアレクセイが別れるのを眺めていた。

 アレクセイは振り向いて叫んだ。

 ――シューラ! シューラ! 手紙を下さい!……サスノフカへ![やぶちゃん注:「サスノフカ」はママ。但し、この地名の「フ」は実際の映像での発音を聴いて見ると、場合によっては聴き取れないほど小さく発音される時もあるので問題ない表記である。]

 シューラも何か叫び、彼の言葉が聞き取れないことを身振りで示した。

 ――サスノフカ! 野戦郵便局……

 それ以上は、列車の轟音で打ち消されてしまった。

 ……シューラは悲しそうに、去って行く列車を見送っていた。彼女はアレクセイが見えなくなっても、手を振っていた。

 

 列車は走って行く。口論している夫婦者の間に立って、アレクセイは後方を眺めている。

 もう駅は見えない。

 ――私は待ちました。

 妻が夫に言う。

 ――待ったんだって! 問題は待つことではなく、為すことなんだ。

 ――私はこんなに興奮しています。

 ――中学生じゃあるまいし。〈興奮〉だなんて。

 すれ違った列車の轟音が、この口論を消す。アレクセイは、急速に過ぎて行くその列車を眺めている。その列車はシューラのところへ去って行く。

 車輪が快調にレールを叩いている。

 頭上には小鳥が飛んでいる。小鳥は空に輪を描くと、急速に飛び去って行く。小鳥もシューラのいる方へと飛んで行く。

 車輪はレールを叩き、列車は轟音をたてている。

 そしてアレクセイの眼の前にシューラがいる。

 ……彼女は水道ですらっとした足を洗っている。

 ……彼女は彼のバターのついたパンをほおばっている。

 ……彼女は駅で彼に別れを告げ、見送っている。そして、彼に話しかける。

 〈アリョーシャ、私が言ったでしょう。私には誰もいないんだって。それは、あなたに愛情を打ち明けたのです。それなのに何故、何も答えて下さらなかったの。アリョーシャ。〉

 ……アレクセイは振り向くと、人垣を分けて、出口へ急ぐ。彼はもうステップに立っている。

 誰かが彼の軍服をつかんだ。彼は、その手を振り切り、バッグを投げ捨てると、自分も身を投げた。

 女の人が叫んだ。

 アレクセイは地面に叩きつけられ、土手に転がった。

 乗客達が列車から眺めている。

 彼はすぐ立ち上がり、バッグを手にすると、駅の方に駆けて行った。

 中年の婦人はそれを眺めながら、悲しく微笑した。

 ――愛してるんだわ……。

 彼女は溜め息をついて言った。散文的な彼女の夫は眺めていたが、短く批評するように言った。

 ――馬鹿馬鹿しいことだ。

 

 ……アレクセイが道を走って行く……。自動車に乗って行く。走っている自動車から飛び下りる……。再び線路を横切り、路を走って行く。

 

 ……彼は駅に着く。群衆の中を歩き回る。構内を歩き回る。出札口の所で眺める。しかし、シューラはどこにもいない。

 ――おばさん! 青いジャケットの娘を見ませんでしたか。

 ――いいえ、見ませんでした。

 ……自動車道路の整理所のところ。子供の手を引いたり、トランクやバッグを持った人々が大きなトラックの上に座っている。人々は落ち着かない。その中にアレクセイもいる。彼はシューラを探すが、彼女はいない。

 ――整理員さん、青いジャケッの娘を見ませんでしたか。

 ――さあ、分からんね。娘に気を掛けるには、私は老け過ぎているよ。

 ……日が暮れて行く。シューラが見つからないまま、アレクセイは駅に帰る。今になって初めて、自分の失ったものを自覚する。彼はざわめく群衆の中を、ゆっくりと歩いて行く。

   《引用終了》

 最後に。監督チュフライのインタビューによれば、シューラがアリョーシャを見送る列車のシークエンスでは、照明電気の供給の配線で大事故が起きている。一人が脳震盪を起こして病院に搬送されたという。この出来事はこの、実は難産で不当に扱われた本作の経緯とも深く関係する。詳しくは市販されいるDVDにあるそれを是非、見られたい。

……ああ……シューラ! シューラ! 僕のシューラ!!!…………僕たちの人生には必ず――シューラ――が――いる――と――私は思うのである…………

 

2019/07/29

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 11 エピソード2 シューラ(Ⅴ) 石鹸 或いは 怒れるアリョーシャ

 

□134 ウズロヴァヤ駅近くの市街の道

石畳の車道と整備された歩道もある。

緩やかに右にカーブし、下っている。

歩道にはしかし、対戦車用のバリケードが二基、画面中央の歩道と車道にかかって一基、置かれてある。

左の歩道を向う歩いて行く民間の婦人が二人ほど見え、奥の坂の下の方の車道では、子どもが三人、遊んでいる。

その奥の右からアリョーシャとシューラが走ってきて、左の歩道を歩いている一人の婦人を呼びとめてチェホフ街を尋ねている様子だが、その人は判らないようだ。次に手前の婦人に駆け寄り、また、尋ねる。婦人は振り返ってこちら側の右手の方をまず指さし、次いで横に振る。二人、礼をし、こちらへ走り抜ける。最初、シューラがアリョーシャを越す。彼女も元気一杯だ。(「133」末からかかっている標題音楽以外には二人の跫音のみ。台詞はない)

 

□135 街路1

飛散防止用の「×」テープを窓ガラスに張った古いレンガの建物(右手前から奥へ)とタイル張りの歩道。

奥からアリョーシャとシューラが並んで歩道を走ってくる。走りながら(ここから、カメラ、一緒に右方向に移動)

シューラ「そのパヴロフって、あなたのお友達なの?」

アリョーシャ「いや。途中で、偶然、託されたんだ。 前線に補充される部隊の人だ。」

角を曲がったところで、二人、街路表示を見上げる(表示板は見えない)。

アリョーシャ「この辺りだ!」

アリョーシャ「確かに、駅に近いわ!」

向う側の歩道へ走る。すれ違って婦人と少女がこちらに抜ける。

 

□136 街路2

左手奥に建物、手手前二に歩道と車道(石畳で路面電車のレールが埋め込まれてある)。しかし、その建物のこちら側は、空爆で完全に灰燼となって、今も燻って煙が立ち上っている。

奥の歩道を二人が走ってくる。

カメラ、後ろにトラック・バック。

手前の車道内に木製のバリケードがあり、それを舐めながら移動。

焼け跡のこちら側の建物の壁には「⇒」型の表示があり、その中には「БОМБОУБЕЖИЩЕ」と書かれている。これは「防空壕」の意である。

走る二人。カメラを追い越して、カメラは後姿を追い、交差する街路に出る。街路の右手はバリケードで封鎖されている。その端の正面が目的地のはず

――だが

――そこは

――空爆で瓦礫の山と化していた……

 

□137 その瓦礫の前に立ち竦む二人

右半ばから左手にかけて材木が傾いてある。

アリョーシャ「おばあさん!」

 

□138 灰燼の中を杖で使えそうなものを探している老婦人

老婦人、振り返って(身なりはそう悪くない)、

アリョーシャ(オフで)「おばあさん、7番地はどこですか?」

老婦人「ここよ。」

と杖で目の前を指し、再び背を向けるが、直きに振り返って、二人のところへやってくる。(カメラ、後退して二人(背中。バスト・ショット)が左手からイン)二人と老婦人の間には倒れた木材が腰位置で塞いでいる。

老婦人「誰に会いに来たの?」

アリョーシャ「パヴロフさんです。」

老婦人(笑顔で)「生きてる! 生きてるわよ! リーザとおじいさんの、どっちに?」

アリョーシャ「エリザベータ・ペトローヴナさんです。」

老婦人「彼女はセミョーノフスカヤ通りにいて、おじいさんは避難所よ。」

アリョーシャ「近いですか?」

老婦人「孫に案内させるわ! ミーチャ!」

カメラ、前進して二人を左にアウトし、老婦人とその右下の半地下のようなところを映す。

ミーチャ「おばあちゃん! これ、見てよ! ほら!」

少年ミーチャ、その半地下の中から、もう一人の子と一緒に出てくる。手に丸い置き時計を持っている。カメラ、後退して二人をまたインし、ミーチャはその前に立つ。

老婦人(ミーチャに)「ミーチャ、この人たちをエリザベータ・ペトローブナのところへ案内しておあげ! 前線からいらしたのよ!」

ミーチャ、時計が動くかどうかを試して、

――ジジジジジジ!

ベルが鳴り響く。それにかぶるように、

シューラ(ミーチャに)「彼、汽車の発車時間に遅れてしまうかも知れないの! お願い! 急いで!」

ミーチャ「行(ゆ)こ!」

ミーチャ、材木を潜って走り出て左にアウトし、二人(微笑んでいる)も後を追ってアウト、老婆は笑って頷いて(二人が礼をしているのを受けたものであろう)、見送る。

[やぶちゃん注:まずはベルの音は「汽車の発車時間」に応ずるアイテムとして機能しているが、本シークエンスでは以下、要所で非常に重要な役割を担う小道具である。]

 

□139 階段の踊り場

一人の少年が中央の手摺りのところでシャボン玉を吹いている。ストローの先の膨らんだシャボン玉をゆっくりと上げて、中に舞い落とす。

 

□140 その下の二階の踊り場から建物の入り口の映像(1カット)

シャボン玉が落ちてくる。

入口から少年ミーシャ、アリョーシャ、シューラの順に走り入って、階段を走り登る。右手に上に回り込む階段であるが、カメラは少し左に移動する。最後のシューラが、落ちてくるシャボン玉(三つ目)を見つけて、その踊り場のところで微笑みながら、両手でそれを受ける。

□141 階段の踊り場(「139」と同じ)

少年、手摺りから下を覗いて、

少年「そこの人! 僕のシャボン玉に触るな!」

と叫ぶ。

 

□142 二階踊り場

手前、シューラは何もかも忘れたように、なおも、落ちてくるシャボン玉を両手で受け取ろうとしている。

三階に上がる階段の途中のアリョーシャ、シャボン玉の少年を振り仰いで、

アリョーシャ「おい、坊や! パブロヴァさんちはどこだい?」

と尋ねる。(アリョーシャの振り仰いでいる感じから、シャボン玉の少年は四階の踊り場におり、以下のシーンから、その上の五階がリーザのいる部屋と推定される)

[やぶちゃん注:シューラの純真無垢な天使のようなその仕草は、私、偏愛の名シークエンスである。]

 

□143 階段の踊り場

シャボン玉の少年、今、一階上を指さし、

少年「も一つ上がったところだよ。」

 

□144 二階踊り場

立ち止まっていた、ミーシャ少年(三階踊り場手摺り)、アリョーシャ(二階から三階への階段の上方)、二階踊り場のシューラが一斉に登り始める。

また、シャボン玉が、降る。

 

□145 シャボン玉少年のいる踊り場(構図は前と同じ)

シャボン玉の少年の背後を、ミーシャ少年、アリョーシャ、シューラが走り抜ける。

シャボン玉の少年、それを笑って見送るが、すぐにミーチャ少年が、降りてきて、シャボン玉の少年と一緒に、アリョーシャとシューラを見上げる。

 

□146 リーザ(エリザヴェータ)の部屋の前(部屋番号「5」)

右手の壁に子どものチョークの稚拙な落書き(後で、一度、去った際に全体が見えるが、あるいはアリョーシャが被っているような三角形の略式兵帽を被った兵士か)。

呼び鈴を鳴らすアリョーシャ。シューラ、踊り場の手摺り位置で控えている。(次のシーンの台詞がオフで終わりにかぶり)、アリョーシャとシューラがそちらを向くところでカット。

 

□147 下の踊り場

見上げていたシャボン玉の少年が(ミーシャ少年はその左にいてシャボン玉少年を見ている)、

シャボン玉少年「ノックしないとだめだよ、ベル、鳴らないんだ。」

と注意してくれる。(この台詞の頭は前の「146」の最後にオフで入っている)

[やぶちゃん注:何気ない展開と編集だが、とても、いい。アリョーシャの緊張感のリズムや、順調な展開を上手く壊す効果がある。そう――しかし――これから壊れるのは――そればかりではないのだ。]

 

□148 リーザの部屋の前

アリョーシャ、軽く、しかし多数、扉を連打する。

出てこない。

アリョーシャ、再び、連打する。

扉が開く。

アリョーシャ「私たちはエリザヴェータ・ペトローヴナさんに面会に参りました。」

リーザ「私よ。――どうぞ。」

 

□149 リーザの部屋の中

内側から入口を撮る。アリョーシャ、レディ・ファーストでシューラを先に入れる。扉を閉じると、

リーザ「……もしかして……」

[やぶちゃん注:アリョーシャの若さと軍服から推測してである。]

アリョーシャ「あ! はい! 私は前線からやって参りました! 贈り物をお届けに!」

リーザ、コートをコート掛けに掛けるように手で誘い、アリョーシャは自分で、シューラのはリーザが受けて、掛け、その際にアリョーシャを見ながら、

リーザ「……贈り物、って……パヴロフから?……」

アリョーシャ「はい!」

リーザ、一瞬、固まって、目を落し、やや慌てた様子で、

リーザ「……さあ、どうぞ!……奥へ……」

と招く。

カメラ、後退して、左手の居間に、リーザ、シューラ、アリョーシャの順で向かう。

 

□150 居間(兼ダイニング・キッチン風)

入った右手壁位置から。奥にカーテンで半分隠れた部屋がある。その中間にはピアノも置かれている。

手前の食卓の一つの椅子に掛かっていた男ものの上着(背広か)を素早く取り上げると、

リーザ「……ちょっと待っててね。……戻りますから、すぐにね……」

と言って、奥の部屋へと入って行く。

 

□151 居間

立って待っている二人(左手前から)。アリョーシャ(右)とシューラ(ひだり)。

シューラは、既に部屋に入った時から、何か違和感を感じていた様子で、表情が硬かった(女同士の第六感というやつである)。

ここでもアリョーシャの横から、如何にも曇った顔つきを送っているのである。

アリョーシャもそれに気づいて、その感じを咎め、「こら!」という感じで、左手で宙を払って、無言で注意する。

……しかし……二人の前の……その居間を眺める……と……

 

□152 居間の食卓

綺麗な食器が二人分が並んでセットされている。綺麗なティー・ポットに大きな黒パン、戦時の貧しい庶民の食卓では、凡そ、ない。

[やぶちゃん注:いや、ここの部屋の中そのものが、みな、贅沢なものばかりではないか! 石鹸だって高級品を使っているさ、アリョーシャ!]

奥から忍びやかに語る声が、そこにオフで、かぶる。

リーザ「……パヴロフの使いという人が訪ねて来たのよ。……どうしましょう?……」

 

□151 立っているアリョーシャとシューラ

アリョーシャ、思わず、向きを変える。

 

□152 居間のカウチと椅子(アリョーシャが向きを変えたと思うところ)

開いた本を置いたカウチ(今まで誰かが、そこに寝そべっていたようなニュアンス)。カウチの下には乱暴に履き潰したスリッパ(男物としか思えない)。灰皿にパイプと男物の大きな腕時計。(今一つあるものはよく判らない。男物の昔風の皮革製のブリーフ・ケースのようにも見える)

男「そいつにほんとうのことを話せよ!」

リーザ「そんなこと、無理よ!」

 

□153 立っているアリョーシャとシューラ

アリョーシャは奥を向いて眼も空ろ、果ては下唇をかみしめたりする。

シューラも暗い顔で奥を見つつ、体が左右にかすかに振れていて、心の動揺が見てとれる。というより、既にしてアリョーシャの真っ直ぐな心根を知っている彼女は、アリョーシャを襲っている衝撃を考えると、心配で落ちついていられないのだ、ととるのがより正しいであろう。

男「どのみち、奴にゃ、知れちまうことなんだ!」(オフの声少し大きくなる)

リーザ「今は、いや!」

男「勝手にしろ!」

 

□154 居間(「150」と同じアングル)

リーザ、奥の部屋から出てくる。

シューラは完全に伏し目になって完全に肩を落としている。

[やぶちゃん注:アリョーシャの怒りの強烈さが判っているからである。逢って間もないけれども、今や、シューラは完全にアリョーシャと共感状態にある。アリョーシャの痛みはシューラの痛みなのである。

リーザは如何にも如才ない。落着き払って、

リーザ「……ごめんなさいね、……あんまり突然のことだったので。……前線からいらしたの?」

アリョーシャ「そうです! 前線から!」

アリョーシャ、雑嚢を食卓の上へ無造作に、

――どん!

と置く。

 

□155 居間

リーザの左から前方位置から、リーザの頭胸部を舐めて、アリョーシャを撮る。アリョーシャは、今までに見せたことのない鋭い目つきで、

アリョーシャ「私はあなたの御主人に頼まれました。――これを渡してくれ――と!」

乱暴に雑嚢から石鹸二個を取り出し、食卓に

――ドン!

と乱暴に置き、鋭く奥の部屋を一瞥して顔を戻す。

リーザ「……これは……何?……」

アリョーシャ「石鹸、ですよ!」

 

□155 居間(最初位置から)

リーザ「あぁ、石鹸ね(如何にも「なあんだ」という感じで微苦笑して)……ありがとう。……お茶でも、いかが?」

シューラ、アリョーシャの背後ですっかり沈んでいる。

アリョーシャ(毅然として冷厳に。怒りを抑えに抑えて)「いいえ! 結構です! 私達は、もう去るべきです!」

リーザ「なぜ?」

アリョーシャ「私にはもう時間がないからですよ!」

居間を去る二人。

 

□156 入口

コート掛けから奥のカットで。

シューラ、先にコートを取って、右にアウト。

アリョーシャ、帽子をかぶってコートを取って出ようとするところで、リーザ、右手前で右手でアリョーシャの左腕をとって、止め、

リーザ「話して。…………あの人……どうしてます?……」

アリョーシャ(冷厳に)「彼は元気にしています! 彼はあなたのことを、とっても気に掛けています!!」

リーザ、淋しそうに頷き、目を落とし、

リーザ「……ありがとう。…………」

アリョーシャ、右にアウトし、それを淋しげな目で見送るリーザ。

 

□157 リーザの家の前

下りの階段の手摺りの外から撮る。

シューラが出、アリョーシャも出たところで、ドアの支柱を摑んで、

リーザ「ここで見たことは…………彼には話さないで。…………」

と懇願する。

シューラ、階段を一段降りたところで、壁に凭れ、伏し目となる。

 

□158 アリョーシャの右顎を舐めて支柱に手を掛けたリーザ

リーザ「……でも……話すべきかしら…………そんな眼で見ないで…………あなたは……これを理解できるほどには……歳をとってないのよ…………」

アリョーシャ、むっとして無言で階段を駆け下りる。後を追うシューラ。

見送るリーザ。茫然と固まっている。

[やぶちゃん注:このリーザの台詞は純真な若者にとってはメルトダウンものに忌まわしい予言なのである。遠い若き日の私だったら、この女を確実に殴っていた。それが性愛の本質的通性なら、他者を愛することは不道徳というテロリストの導火線に他ならない。いや。ここではまさにアリョーシャの炉心をまさに爆発させてしまうのである。]

 

□159 すぐ下の四階踊り場

二人の少年が待っている。今度は、案内してくれたミーシャ少年がシャボン玉を下に向かって吹いている。その右のシャボン玉少年は、さっきの焼け跡からミーシャが探し出した時計を弄っている。

その背後をアリョーシャ、シューラが降りて行く。

 

□160 リーザの家の前(「158」と同アングル)

リーザ、前のまま固まって目を落としていたが、ゆっくりとドアを閉じる。

そこに、オフで、シャボン玉少年が弄っていた時計の

――ジジジジジジ

と鳴る音がする。

[やぶちゃん注:この時計の音は最早、時間の切迫のみの表象ではない。「ジジジジジジ!」と燃えてゆくアリョーシャの魂というダイナマイトへの導火線の燃える音である。]

 

□161 階段を駆け下りる二人

左下にアリョーシャが消え、シューラが廻り込んだところに、上からシャボン玉が二つ落ちてくる。

淋しい顔をしたシューラが、右手で大きなそれを受ける。

シャボン玉、消える――

 

□162 階段を駆け下りる二人

前の映像から見ると、二階と三階の間。

突然、アリョーシャが立ち止り、シューラも止まらざるを得ない。

アリョーシャ、

――ちらっ!

とシューラを見帰り、即座に、

――上を見上げる!

アリョーシャ、コートを手摺りに掛けると、猛然とダッシュして戻ってゆく。

シューラ、振り返って数段登るが、そこで立ち止まって上を見上げる。

[やぶちゃん注:ここはライティングが素晴らしい。則ち、右側の階段の壁にシューラの影が映し出されるのである。これは建物の構造からは自然光りではあり得ない。明らかに階段の下方から照明を当てて、演出している。しかしこれは私は美事な演出処理と思う。]

 

□163 踊り場

馬車馬のように廻ってゆくアリョーシャ。

 

□164 少年二人のいる踊り場

背後を走り登ってゆくアリョーシャを、見上げる少年二人。

(オフで)激しくドアを叩く音。

少年二人、呆気にとられている。

 

□165 見上げるシューラ(「162」の最後の位置)

[やぶちゃん注:先の照明処理が利いて、立ち尽くして上を仰ぐシューラ、と黒い立ち尽くす壁のシューラのそれが、強い心理的効果(アリョーシャの怒りの持つネガティヴな憤怒)を演出しているのだ。

 

□166 リーザの家の居間(食卓の奥から)

居間の開いたドアのところに立ち尽くしているリーザ。

食卓には、開いた包紙の上の二つの石鹸。

そこにアリョーシャが激しい息遣いで飛び込んくる!

アリョーシャ、雑嚢を開いて左手に持ち、背後のリーザをにらみつけた状態で、食卓の上の二つの石鹸を右手で摑んで叩きつけるように投げ入れ、そして、

――ハッ!

と振り返って、最後に、食卓の上の包み紙も投げ入れる!

雑嚢の口を縛ると、アリョーシャは無言で出て行ってしまう。

リーザ、固まったまま、絶望的な眼をして、無言で見送る。F・O・。

 

□166 両開きのドアと体操器具の置かれた部屋(内側)

学校の体育館のようである。右に段違い平行棒、左上に吊り輪の一部が見え、その下に鞍馬が置かれてある。その左端にはベッドの一部が見え、子どもが臥せっているのも見える。

ミーシャ少年(例の大事なアイテムである時計を持っている)が、アリョーシャとシューラを連れて入ってくる。恐らく、アリョーシャがミーシャに頼んで連れてきてもらったのである。無論、ここはミーシャ少年の祖母が言った、パヴロフ氏のいる緊急「避難所」なのである。器具から見て、高等専門学校の体育館か。

 

□167 避難所(体育館)

赤ん坊も含めて民間人が何人もいる。奥にはベットが見え、ヘッド・ソファを上げて人が横になっているのも見える。周囲の壁には肋木が設置されており、本来は専門の体育実技を教える学校の体育館であることが判然とする(壁には肋木がびっちりと配されてある。但し、ちょっと小さ目である)。左手に炊き出しの鍋が机の上に置かれてあり、その横に立つ老婦人(少女を前に支えている)がアリョーシャに向かって、

老婦人(不安げに)「何の御用でしょう?」

[やぶちゃん注:突然に入ってのが、若い現役兵士だったから、軍事徴発や退去命令などかと戸惑ったのであろう。]

アリョーシャ(丁寧に優しく)「パヴロフさんを探しています。」

ミーシャ少年(大きな声で)「ヴァシリー・イェゴロビッチだよ!」

すると、まさに中央の奥のそのベッドに横になっている人物が、自ら声を挙げる。

パヴロフ([やぶちゃん注:石鹸を預かったセルゲイの実父である。])「そりゃあ、儂(わし)じゃ! あぁ! セルゲイが寄こしたお人か?!」

 

□168 パヴロフのベッド(後ろから)

パヴロフ、興奮して起き上がろうとするのを、側にいる看護をしているらしい少女が押しとどめる。

アリョーシャ、ベットへ駆け寄り、

アリョーシャ「息子さんは無事です! プレゼントがあります!」

アリョーシャ、雑嚢を探り、石鹸を二つ取り出す。

 

□169 パヴロフのベッド(右前から)

先の看護の少女がそれを受け取り、如何にも嬉しそうに両手で掲げる!

パヴロフ「息子は、生きているのか?!」

少女が「石鹸よ!」と言いつつ、パヴロフに渡す。

パヴロフ、震える手でそれを両の手に持ち、

パヴロフ「……これが……その証拠か?!……この石鹸が!」

 

□170 アリョーシャとシューラ

パヴロフのベッド左手前からあおりの二人のバスト・ショット(前にシューラ、後ろにアリョーシャ)。

 

□171 ベッドののパブロフ

パヴロフ「ありがとう! まさしく、息子からの、贈り物だ!」

看護の少女「おじいちゃん、寝てなきゃ、だめよ!」

パヴロフ「……まさか……負傷したのでは?」

 

□172 アリョーシャとシューラ

「170」よりフレームが後退し、沢山の人々が映り込んでいる。

アリョーシャ「いいえ。彼は大丈夫です。」

パヴロフ「そうかい! さ! さあ! 座ってくれたまえ!……誰か、誰か、さあ! 椅子を!……」

アリョーシャとシューラ、ちょっと戸惑うが、何も言えない。

パヴロフ「さあ! 息子のことを話してくれ!」

アリョーシャ、シューラをちらと見て、「これは断れないよ」とアイ・サインする。(二人のバスト・ショットまでフレーム・インして)

かなり、頼りなげな表情で(誰もそれには気づかない)、二人、仕方ないと言う風に椅子に座る。アリョーシャはちょっと溜息もつく。

アリョーシャ「……彼は――戦っています。……皆と、同じように。」

シューラ、心配そうに見上げる。つらい作り話をアリョーシャがついていることが、彼女にだけ、よく判るから――そうしてまた、そういう嘘を、アリョーシャは一番、嫌悪していることをシューラは一番、知っているから。

「とっても!(シューラをちらと見ると、シューラはしかし、微笑んで「こっくり」と頷くのだ!) 優秀な兵隊です!」

シューラ、パヴロフに素直な(を演じた)笑顔を向ける。

 

□173 ベッドのパブロフ

アリョーシャ「……戦友は皆、彼の勇気を褒め讃えているんです!」

 

□174 みんなの間にいるミーシャ少年

アリョーシャ(オフで)「勇敢な人です!」

時計を持って遠い空を見ている感じ。

[やぶちゃん注:セルゲイは嘗つてこのミーシャを可愛がってくれたのかも知れない。それを思い出していると私は読んでおく。それ以外の疑義を少年に感ずる人もあろうが、そうした方は私と天を同じうする輩ではないとだけ言っておこう。しかしミーシャは直前で意味はよくは判らぬながらも、雄々しく怒るアリョーシャの姿を現に見ているのだ。少年はこのアリョーシャが――セルゲイに感じたのと同じように――好きに決まってる。でなくて、どうしてわざわざここにアリョーシャとシューラを連れてくるであろう!]

 

□175 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「隊長はいつも言っています!」

 

□176 パブロフ

聴き入るパブロフ。周りの人々も、総て、何の疑念もなくアリョーシャの言葉に耳を傾けている。

アリョーシャ(オフで)「パブロフのような者が、もっと欲しいと!」

 

□177 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「彼は勇敢な兵士であり、真の戦友です!」

 

□178 パブロフ

二つの石鹸を愛おしそうに両手で繋げながら、

パブロフ「そうだった……子供たちも含めて、誰もが皆、セルゲイが好きだった……」(ここで例のミーチャ少年が時計を鳴らしてしまって、これが一種の「切り」の効果を出す)

 

□179 ミーシャ

「まずい!」って感じでいる。

[やぶちゃん注:この時計の音は輻輳的である。一つは時計であることで、アリョーシャの汽車の出発時間の切迫の比喩では確かにあるのだが、しかし、同時にアリョーシャの中に働いている如何にうちひしがれた人々を喜ばすためとは言え、真っ赤な嘘をついていることへの自責の念に纏わる警鐘としてでもあのだと私は読む。]

 

□180 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「……さあ! お暇しなければなりません。」

 

□181 アリョーシャとシューラ(少し引いて周囲もフレームに入る)

奥の婦人「お茶はいかが?」

アリョーシャ(みんなに)「ありがとう御座います! でも、もう時間が押し迫っていますから。私たちは行かねばなりません。」

シューラ「本当にごめんなさい。でも彼は行かねばならないのです。」

パヴロフ「判っています。私たちは戦争のただ中にいます。セルゲイに私が喜んでいたと伝えて下され。総ての正しさは、みな、私たちとともにある、と。……しかし、私が避難所暮らしをしているということは言わない下され。一時のことだからね、彼が心配しないようにです。……」

 

□183 アリョーシャとシューラ(パブロフから見上げたバスト・ショット)

右前にシューラ、左にアリョーシャ。

 

□184 パヴロフの顔のアップ

パブロフ「それと……彼に……リーザについては……こう、言って下され……」

 

□185 パヴロフの看護をしている少女の顔のアップ

まだ幼いけれど、この少女はリーザの不貞を知っているようだ。右手を口に押し当てて、伏し目になっている。

 

□186 パヴロフの顔のアップ

パヴロフ「……『彼女は、お前に愛を捧げながら……仕事をしつつ……お前を、待っている』……と……」

 

□187 アリョーシャとシューラ(パブロフから見上げたバスト・ショット)

アリョーシャ「確かに伝えます。」

F・O・。

 

■やぶちゃんの評釈

 「文学シナリオ」の当該部を示す。前の部分をダブらせる。

   《引用開始》

 彼女は彼を避けようとしなかった。ただ彼女の指が、ベンチの上に置かれたアレクセイのバッグの紐を素早くまさぐっていた。

 ――アリョーシャ、このネッカチーフは誰への贈り物?

 突然、彼女は質問した。

 ――どのネッカチーフ?

 ――バッグの中のですわ。

 アレクセイは微笑した。

 ――お母さんに贈るのです。

 ――本当なんですか。石鹸もそうですの?

 娘は楽しそうに笑った。

 ――どんな石鹸ですか?

 ――二個ありますわ。

 アレクセイは驚いて立ち上がった。

 ――畜生! 全く忘れていた。

 彼は、自分の額を叩いた。

 ――シューラ、それは頼まれた品物なんです。ある若者に依頼された。戦場に出かける兵士です。去ってしまわないで良かった。渡さなければならないのです。

 アレクセイは次第に不安になって来た。

 ――どこに持って行くのですか。

 ――ここです。すぐ近くなのです。チェーホフ街なんです。行きましょう、シューラ。

 シューラは溜め息をついた。

 ――さあ、一緒に。十分くらいで片づきます。それからまたここヘ戻って来ましょう。いいでしょう。シューラ。

 ――いいですわ。

 彼女は静かに返事をした。

 

 アレクセイとシューラは、足早に街路を行く。シューラは道すがら尋ねる。

 ――このパヴロフというのは、あなたの戦友ですか。

 ――いいえ、私は彼と一面識もありません。[やぶちゃん注:そこで出会う前までは、である。]偶然に出会ったのです。彼が部隊と一緒に前線に行くところだったのです。

 シューラは彼を優しく見つめる。

 二人は角を曲がる。

 壁に打ち付けた標識に〈チェーホフ街〉と記されている。

 ――もうすぐですね。

 シューラが言う。

 アレクセイは、〈二一番地〉と書いてある家を見ている。

 ――あそこが七番地でしよう。行ってみましょう。

 二人はチェーホフ街をたどって行く。一軒、二軒、三軒と通り過ぎて行く、彼等の顔が暗くなる。そこから向うはもう廃墟である。

 アレクセイとシューラは立ちどまり、途方にくれて顔を見交わす。煉瓦、砕石、くずれた壁、よじれた鋼材の山を、背の曲った、やつれた老婆が歩きまわって、焚き付けの木切れを集めている。

 ――お婆さん!

 アレクセイは彼女に呼びかける。

 老婆は頭を持ち上げる。

 ――すみませんが、七番地はどこですか。

 ――ほら、あそこですよ。

 老婆はさり気なく、廃墟を木片で指し示す。若者と娘がとまどっているのを見て、いそいで二人のところに来る。近づいて視力の弱った目で二人の顔を見つめる。

 ――誰を尋ねて来たのですか。

 ――パヴロフさんの家です。

 アレクセイが答える。

 ――生きています………。エリザベータも老人も生きています。エリザベータ・ペトロヴヴナはセメノフスク街で暮しています。セメノフスク街の三八番地です。老人は工場にいるでしょう。

 老婆は微笑して言った。

 ――セメノフスク街か、そんなに遠くないな。大丈夫です。行きましょう。

 時計を見てアレクセイは言った。

 ――行きましょう。

 シューラも同意した。

 ――五区ですよ。

 老婆は二人の後ろから声をかけた。

 正面の標札に〈セメノフスク街、三八番〉と書いてある。

 アレクセイとシューラは急いで入口に近づく。

 階段を上って行く。

 突然、上からシャボン玉が飛んでくる。シューラは子供のようにはしゃいだ。二人は上を見上げ、踊り場にいる八才くらいの手にストローと壷を持った子供を見つけた。

 ――坊や! パヴロフさんは、ここに住んでいますか。

 シューラが聞いた。

 ――パヴロフさんだって。

 子供は聞き返した。

 ――エリザベータ・ペトロ-ヴナさんだよ。

 アレクセイが言った。

 ――エリザベータ・ペトローヴナさんだって。それならあそこに住んでいる。

 子供は手で最上段を指さした。

 アレクセイとシューラは階段を登り、ベルを押した。

 ――ノックしなければだめだよ。

 下から子供が言った。

 アレクセイはノックした。

 扉の向う側で足音が聞こえた。東洋風の部屋着を着た婦人が、彼等に扉をあけた。三十位の女だった。

 ――エリザベータ・ペトローヴナさん、居ますか。

 アレクセイは言った。

 ――どうぞ、私です。

 彼女は微笑しながら丁寧に答えた。

 ――あなたは、もしや……。

 彼女は、問いたげにアレクセイを眺めた。

 ――私は戦場から来ました。あなたに渡す物を頼まれました。

 ――そう。恐らくそれはパヴロフからでしょう。

 婦人の微笑のなかに興奮が読み取れた。

 ――そうです。

 ――どうぞ入って下さい。少しお寄りになって下さい。

 二人は婦入に従って部屋に入る。

 ――すみません、私、今……。

 婦人はそう言い、隣りの部屋に行き、椅子のもたれにかかっていた保護色の夏季制服を全く思いがけないというように取り去って行く。

 アレクセイとシューラは、周囲を見回わす。部屋は様式的ではないが、良い家具が備え付けられていた。机には、パン、砂糖、ソーセージがのっている。戦時中にしては、ここの生活は豊かすぎるように見えた。

 隣室から、静かだが、興奮した会話が聞こえてくる。

 ――何が問題なんだ。どうせ知れることなんだろう。

 太い男の声が憤慨する。

 ――お願いだから。

 アレクセイとシューラは部屋から出る。

 婦人は二人を見送る。玄関の所で、婦入は扉を閉めながら、静かにアレクセイに尋ねる。

 ――彼はどうしていますか。

 ――パヴロフのことですか。別に異常はありません。元気です。あなたのことを心配していました。

 ――有難うございます……。

 婦人は静かに言う。しかし、シューラが行き過ぎると、やにわにアレクセイの手をつかむ。

 ――見たことを彼に言わないで下さい。

 アレクセイは彼女をきっと見つめる。

 ――でも……。

 彼女は眼を伏せる。

 ――その方がいいのです。そんな風に私を見ないで下さい。どんなに苦しいことか。

 彼女はアレクセイの感情を探るように彼を見つめる。

 彼女に答えず、彼は出て行く。

 婦人はとまどっていたが、やがて二人の後から扉を閉めた。

 シューラとアレクセイは階段を下りる。シャボン玉を吹いていた子供の傍らを通り過ぎて止まり、大きなシャボン玉の後を眼で追う。アレクセイは時計を見る。

 ――アリョーシャ、急ぎましょう。遅れますわ。

 シューラは言う。

 しかし、彼は突然、握りこぶしで手摺りを叩くと、上に向かって駆け出す。

 子供は驚いた。

 五、六段、駆け上がったアレクセイは、扉ヘ近づき、ノックする。応答がない。彼は一層強くノックする。扉が開き、スリッパを履き、ズボン釣りをした背の低い男と興奮したパヴロフ[やぶちゃん注:パヴロフの息子のパヴロフ・セルゲイの婦人エリザベータ・ペトロヴナ・パヴロフのことある。]が立っている。アレクセイは大きく呼吸をした。彼は男を押しのけ、ずんずん部屋の中に入り、机から不幸な贈り物を取り上げると、婦人に悪意のまなざしを投げかけて、開いている扉を通って出て行く。静寂の中に大きな音をたてるのは彼の長靴だけである。

 シューラの手を取ると、アレクセイは言う。

 ――工場ヘ行こう。

 ――どうしたんですの、アリョ-シャ!

 娘は驚く。

 ――行きましょう!

 アレクセイが押し付けるように言い、二人は階段を飛び下りて行く。

 騒音のやかましい工場の中。最近、爆撃を受けたばかりである。まだ、崩れた壁や天井を修理しており、工場の破壊を免れた部所も仕事を中止している。

 そして、騒音にもかかわらず、そこには静かな場所を進んで、数入の労働者が眠っている。アレクセイは大音響や火花や騒音に度肝を抜かれた。二人は労働者達の視線が集って来るのにどぎまぎする。

 綿の胴着のコムソモールの娘が二人を工作機械の間を通って案内している。[やぶちゃん注:「コムソモール」Комсомол(カムサモール)は「共産主義青年同盟」の略称。ソ連で十四歳から二十八歳までの男女を対象に、共産主義の理念による社会教育的活動を目的として一九一八年に創設された青年団体。一九九一年に解散したが、ソ連崩壊後は「ロシア連邦共産党」の「ロシア連邦共産主義青年同盟」に改組され、事実上、継承されている。]

 ――パヴロフさんはどこですか。

 彼女は会う人ごとに質問する。

 ――パヴロフさんを見なかったですか。

 ――いや。

 彼等は工場の端に行く。

 -班長は居ませんか。

 娘は尋ねる。

 ――彼は恐らく交替して休憩しているでしょう。 女は小さい声で頼み込む。

 シューラとアレクセイは黙って顔を見合わせる。

 何もなかったような微笑を浮かべて、婦人が二人のところに来る。

 ――すみません。許して下さいね。突然だったものですから。すると、戦場からおいでになったのですか。

 ――戦場からです。あなたの御主人から、この品物を渡してくれるように頼まれました。

 アレクセイは大きい声で返事をした。そしてバッグから二個の石鹸を取り出し、机の上に置いた。婦人の顔には驚きと微笑があった。

 ――何ですの。

 ――石鹸です。

 ――えっ、石鹸ですって。有り難う。全く有り難いわ。お茶を飲みますか。

 ――いいえ、もう失礼させていただきます。

 ――何故ですの。

 ――時間がないんです。

 アレクセイは言う。

 婦人は眼を伏せる。

 娘は答える。

 三人は隣りの工場へ行く。ここでは、床にじかに作られた小さい囲いの中で、騒音にも拘わらず、労働者達が雑魚寝している。

 ――思った通りです! 彼はここです!

 眠っている人を見ながら、娘は話す。

 ――六日も家に帰っていないのです。急ぎの注文品を戦場へ送るのです……。そしたら、また急ぎの住文です。

 彼女は微笑した。

 娘は、眠っている一人に近づき、身体を屈める。

 ――パヴロフさん! パヴロフさん! 起きなさい!

 パヴロフはやっと眼をさまし、座りなおす。彼は眠むたそうに、アレクセイとシューラを眺める。彼はアレクセイと同年輩のように見受けられる。そして、この二人の兵士と労働者は、どこか似ているところがある。

 ――パヴロフさん! 戦場からあなたのところヘ来た人です。

 娘が言う。

 ――私のところへですって! どういうことです。

 彼は驚いた。

 ――いいえ、この人ではないんです。班長さんなんですわ。

 シューラが話す。

 ――いいえ、私が班長です。一体、どうしたんですか。

 ハヴロフは不満そうに言った。

 ――私達が探がしているのは、戦場に息子さんが行っているバヴロフさんです。

 アレクセイは話す。

 ――そういうパヴロフなら三人いますが、どういうことですか。

 ――私は彼に戦場から贈り物をことづかったのです。渡したいのです。

 ――息子の名はなんというんですか。

 ――たしか、セルゲイといったようです。

 ――セルゲイ。こんな風な、小さくて眼の大きい。

 班長はよろこんだ。

 ――そうです。

 ――それならば、ワシリイ・エゴロヴィッチの息子です。生きているんですか。

 ――生きています。

 ――ところでワシリイ・エゴロヴッチはいません。病気です。

 ――残念だ……彼に贈り物を渡すことが出来ますか。誰か彼のところへ行く人はありませんか。

 アレクセイはがっかりしたが、娘の周りにかたまっている人々を眺める。

 ――あなたが行ったら! それは自分ですることですよ!

 一人が、言う。

 ――どんなによろこぶことか。あなたが自分で行きなさい。

 みんなの者が言う。

 ――私もそうしたいのですが。

 ――彼は汽車に遅れますわ。

 シューラが話に割って入る。

 しかし二人を取り巻く労働者連はおさまらない。

 ――出来るでしょう? ちょっとでいいんですから、それで一人の人が喜ぶのです。

 油脂の胴着を着た、太った女が言う。

 ――遠いのですか。

 ――いいえ! 教育研究所の中です。爆撃を受けてそこへ移ったのです。乗物で行きなさい。ミーチャに案内させます。

 そうして、女は背の低いために箱を踏み台にして工作機械についていた若者のところに駆けて行った。彼女は彼を箱から引き下ろし、アレクセイのところに連れて来た。

 ――彼が案内します。私が彼の代わりに機械を見ます。いいですね。班長さん。

 班長は同意した。

 シューラは不安そうにアレクセイを見た。彼は両手を開いた。

 ――シューラ、行こう。

 

 二人を案内した若者は、非常に丁寧であった。電車に乗る時も、シューラとアレクセイに先に譲った。やがて人々が彼を押しのけた。電車が動いても、まだ停留所に立っていた。しかし彼は十五歳以下なのだ。このことが事を決した。若者は電車を追い、それに追いつくとすぐに飛び乗った。

 シューラとアレクセイは、それを電車の後部から見ていた。彼はガラスごしに油に汚れた善良そうな顔で微笑を送っていた。

 シューラとアレクセイは、破壊された都市を眺めた。

 ――見なさい。あそこに劇場があったのです。私は十回くらい見に行きました。学校にもあきあきしましたが、劇場ももう沢山です。あそこに白い建物が見えるでしょう。あの後ろに、金属工業専門学校があります。私はそこに入りたかったのですが、考え直しました。建設専門学校に行くつもりです。あるいは変わるかも知れません。まだ決めていないのです。

 ガラスの向こうから、若者が何か二人に叫んでいる。微笑しながら、降りる時だというサインを送った。

 シューラとアレクセイは、入り口に向かって人を押し分けて行った。

 

 若い労働者を伴って、二人は研究所の階段を上がって行く。ホールの中で青衣の太った女の人が彼らを止めた。

 ――静かに! どこへ行くのですか。

 彼女は小声で聞いた。

 ――私達は仮病室に行くのです。この人は戦場から来たのです。

 ――そこには、ボイラー室を通って行かねばなりません。ここは講義中ですから。

 女の人は言った。事実、廊下ごしにそこまで、講師の柔らかい声が聞こえて来た。

 ――でも暫く待ちなさい。三分もすればベルが鳴るでしょう。

 少年は答えを求めるようにアレクセイを見た。

 ――待ちましょう。

 アレクセイは同意した。少年もうなづいた。

 三人は音を忍ばせて、爪先立ちに廊下を歩いた。

 廊下が直角に曲がっているところに黒板の端が見えた。三人はさらに近づいて、講師を見た。彼は暗い衣服の小さい白髪の老人であった。秋なのに防寒長靴を履いていた。聴衆者はじかに床に座っていた。しかしそのために、講義は何の影響も被っていなかった。

 ――物理学の生徒ですが、彼等の研究所が爆撃されたので、こうしてここで研究しているのです。

 アレクセイは唇に指を当てた。

 ベルが鳴った。

 学生達は立ち上がり、講師の周りに集まった。

 アレクセイとシューラは、若者の後からその傍らを通り、大きい扉のところに行き、それを開けた。

 ここは研究所の体育室であった。そこにはいろいろの器具が揃えてあった。肋木、天井から下がったつり輪、三脚台、横棒等である。

 駅の構内同様に、床にも壁際のベッドにも、人々が座ったり横になったりしている。

 ある人は寝台の上に、本とノートを広げて勉強していた。

 ある人は腰掛けに乗せた石油ストーブで食事を作っていた。乳房を吸う赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。

 そして、それぞれが自分の仕事に熱中しているにも拘わらず、この共同生活へのアレクセイの到来は、注意を引かないわけにはいかなかった。アレクセイは入口に立ち止まった。暫くすると、部屋全体が期待と驚きの眼で彼を眺めた。それは戦場から帰って来た兵士であった。彼は、誰かの息子かも知れないし、誰かに喜びか、悲しみをもって来た使者かも知れなかった。

 ――誰のところですか?

 一番近くに立っていた婦人が尋ねた。

 ――わたしはパヴロフさんに、ワシリイ・エゴロヴィッチさんに用があるのです。

 ――それは私です。セルゲイのところからですか。

 奥の方から老人の声が聞こえた。

 アレクセイとシューラは、寝台から起き上ろうとしている老人を見た。女の子が彼のところに駆け寄った。

 ――おじいさん、何をするの。起きてはだめですわ。

 ――セルゲイのところからですか。彼に何かあったのですか。

 女の子の言うことにも耳をかさず、老人は繰り返した。

 アレクセイは彼の寝台のところに急いで行った。

 ――興奮しないで下さい。万事うまく行っているのです。私はセルゲイ頼まれました。あなたへの贈り物をあずかって来たのです。

 アレクセイがバッグから贈り物引き出すと、周囲に立っていた入々は、みんなうっとりと嘆息した。

 ――石鹸です! ごらんなさい! 二個ですよ。

 女の子はうれしそうに叫んだ。

 しかし老人には、何の事か分からなかったようだ。

 ――彼は生きていますか。

 彼はアレクセイを見ながら尋ねた。

 ――勿論、生きていますわ。

 女の子はそう言って、それを証明するように、彼の手に石鹸を握らせた。

 ――生きていますか……。

 手の中の石鹸を確かめながら、老人は繰り返した。

 それから、それを唇に当てた。

 ――生きているんですね……。有難う御座います。これが彼からの贈り物なんですね……。

彼は安心し切ったように、繰り返して言った。

 ――-おじいさん、横になりなさい。身体にいけないわ。

 女の子は言った。

 ――彼は負傷したんではないんでしょうね。

 老人は尋ねた。

 ――いいえ、全く元気です。

 ――どうぞ、お掛けなさい。彼のことを話して下さい。

 アレクセイは当惑してシューラを見た。

 彼は何と言っていいのか、分からなかった。

 シューラも彼に助太刀することはできなかった。

 ――ええ、彼は、概して良く戦っています。優秀だと言ってもいいでしよう。戦友達は、彼の勇気を尊敬しております。彼は勇敢です。司令官は卒直にこう言っております。『彼を模範に戦闘せよ。そうすれば堅忍不抜の兵士となり、戦友を裏切らないだろう。』我々の師団の誰もが彼を愛しています……。

 アレクセイは話した。

 ――そうですか。そうですか。彼は小さい時からみんなに愛されました。

 老人は繰り返した。彼は訪れた幸運を分かち合うように、周りを見回した。

 ――アンナ・アンドレーヴナ……聞きましたか。息子のことを。

 彼は感激して、何度も首を振った。

 隣人は眼に涙を溜めて、彼にうなずいた。

 ――掛けて下さい。お茶をお飲み下さい。

 どこからか茶沸かしを持って来て、女の子が勧めた。

 ――お疲れでしょう。

 ――いいえ、有り難う御座います。私たちは出掛けます。

 ――彼は汽車に乗り遅れてしまいますわ! どうぞ悪しからず。彼はどうしても汽車に乗らなければなりません。

 ――分かります。軍のことです。

 老人は疲れたように言った。彼は再び起き上がった。

 ――セルゲイに伝えて下さい。私が満足していると。私が元気に生きていることも。

 彼は手で周りを指した。

 ――このこと話さないで下さい。一時的なことです。彼を安心させて下さい。それから、もう一つ、リーザ、彼の妻は働いています。彼によろしく言っています。彼を待っています。

 アレクセイは最後の言葉のところで老人がいかにも苦しそうに口を開き、女の子が唇を強く噛むのを見た。

 ――伝えましょう。

 アレクセイは言った。

 

 駅に隣接した公園。アレクセイとシューラは、再び公園の人影のない並木路を歩いている。見憶えのあるベンチのところで歩みを止める。

 アリョーシャ……。

 こう言って娘は、突然彼の胸に頭を埋めて、すすり泣き始める。

 アレクセイは黙ったまま彼女の頭を見つめる。

   《引用終了》

シナリオの展開は、特に父パブロフに逢うまでが、かなり冗長である。切り詰めたのもよく、稀有の象徴的なシャボン玉のシークエンスが最終的に現場で生まれたのであろうことも快哉を叫ぶ。また、この記載から、初めの路傍のピクニックのロケーションは空爆された「公園」の設定でよいことが判る。なお、最後の公園のシークエンスは完成作にはなく、次は即、乗車シーン(アリョーシャとシューラの別れ)となる。なお、個人的な見解だが、ここの階段のロケーションは翌年にアンドレタル・コフスキイが作った「ローラーとヴァイオリン」(КАТОК И СКРИПКА)に影響を与えているものと私は思っている。

 

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 10 エピソード2 シューラ(Ⅳ) 再会

 

[やぶちゃん注:前の最後のシークエンスをダブらせておく。]

□122 ウズロヴァヤ駅構内1

(前の「121」の画像からオーバー・ラップで)右手に線路、中央に大きな水溜り。右から(既に映っている)アリョーシャが走って横切ると(カメラ、左にパン)、左に停車した貨物(機関車は接続していない五連車両)があり、それはあのアリョーシャが乗っていた貨物車の一部に酷似してはいる。

画面左手前に、銃剣附きの小銃を構えた兵士がおり、アリョーシャを咎め、

兵士「近寄るんじゃない!」

と制止する。

アリョーシャ、立ち止まって彼の方を振り向くと、

アリョーシャ「あの列車に乗っていたものです!」

と叫ぶ。

兵士「その列車は何処行きだった!?」

アリョーシャ「ゲオルギエフスクです!」

兵士は小銃を右肩に背負い、

兵士「その列車は、もう、一時間も前に、出たよ。」

と伝える。

アリョーシャ、水溜りに立ち尽くして、一瞬、固まる。

アリョーシャ、線路の先(奥)を眺めると、

――飯盒の水を

――水溜りに

「さっ!」と撒き、来た右方向に足取り重く戻って行く…………(音楽、止む)

――遠くで汽笛が鳴る

 

□123 ウズロヴァヤ駅構内1(以下、1ショット1カット)

あおりの逆光の全景。当時としては比較的珍しいであろう線路の上を渡してある、かなりの幅のあるしっかりした陸橋が画面の上部を、右上部から左中ほどまで区切っている。他にそこの中央から右手奥に下る二箇所のテラスを挟んだ昇降階段があり、降りた辺りには建物と樹木のシルエットが見え、陸橋のすぐ向こうの中央中景位置には給水塔か何か(頭部が見えない)のがっしりとした鉄骨で組まれた四足鉄塔が組まれてある。その左の遙か奥には茂みから突き出る電波塔が霞んで見える。

その電波塔の手前部分に前の「122」の構内部分から上ってきたアリョーシャの、空の飯盒を右手にぶら下げたシルエットが見え、そのずっと向うを機関車が左から右に過ぎる。

が、そこに手前左からバックで巨大な蒸気機関車がインして、遮られる。

目いっぱい入ったところで、陸橋の上の右端からスカートのシルエットの女が歩いてくるのが一瞬見えるのであるが、後退しきって右にインした蒸気機関車の煙突の煙でその姿は完全に見えなくなる。

絶望し、意気消沈し、すっかり疲れ切ったアリョーシャ。そのずっと向うをまた、機関車が今度は右から左に過ぎる。

アリョーシャ、手前の、さっきの後退した機関車が消えた線路上に辿り着く。

この時、右上部の煙が薄らぎ、陸橋の右上が澄んでくる。

そこに何かを持って、かなり両脚を広げて力強く立つ女のシルエット!

アリョーシャ、茫然と立ち尽くしたまま、線路の左右の彼方を眺める風。無論、頭上の人影に気づいていない。(ここまでは車両の軋り音や蒸気の機関音のみである)

シルエットの女、右手で大きく虚空に円を書くように振りながら(呼びかけに合わせて二度)、

シューラ「アリョーシャ!! アリョーシャ!!!」

アリョーシャ、振り仰ぐ!

アリョーシャ「シューラ!!」

アリョーシャ、中央の階段の方へと脱兎の如く走り出す。(と、同時に標題音楽!)

[やぶちゃん注:この陸橋上のシューラのシルエットが見えている時間は凡そ三秒間である。但し、小学生の私でもこれは、見えた。逆光で撮っているために空の強い明るさと、煙で区切られた右端のその小さな空間が、却って観客の目にとまるように計算しつくされてあるシークエンスなのである。私は再会のシークエンスの構図として、映画史に残る名カットと思っている。]

 

□124 陸橋の階段(上の方の第一テラスの右手から撮る)

しっかりとプラトークをしたシューラ、右手にアリョーシャと自分のコート、左手にアリョーシャの雑嚢を持って、小走りに降りてくる。

アリョーシャ、左からインして、二人向き合う。(ここで音楽、とまる)シューラの美しい笑顔!

アリョーシャ「シューラ! いたんだね!!」

シューラ「こ、これ……あなたのバック……」

と、雜嚢を差し出す。しかし、アリョーシャは逢えたことに感激して、それを受け取ることもせず……

アリョーシャ「驚いた!! また遇えるなんて!!」

 

□125 陸橋の階段(上の方の第一テラスの奥から撮る)

右手でシューラの左二の腕を優しく押さえながら、体を回させ、右端にアリョーシャ、中央にシューラ。背後に空と煙。下方にぼんやりとかなりの町並みが見える。

アリョーシャ「わたしのせいで乗り遅れたんだもの。」

[やぶちゃん注:シューラの「喉が渇いた」という懇請したことを指す。それは、でも、シューラが本当に言いたかったことを――それで誤魔化した――という点に於いてこそ実は真に「わたしのせい」という――心の〈咎(とが)〉――ででもあったのである。]

アリョーシャ「僕は、もう、逢えないかと!……」

シューラ「あなたを、待ってて、よかった!……」

シューラ、感極まった感じで目を落とすが、アリョーシャの右手の飯盒を見て、「さっ!」としゃがみ込み、飯盒を横向きにして空なのを見、アリョーシャを仰いで、

シューラ(歯を見せて微笑みながら)「わたし、喉が渇いたままよ。……」

アリョーシャ、しゃがんで、シューラにおでこをつけそうになるまで近づくが、シューラは二人のコートを抱えている。アリョーシャ、両手でシューラの両手をとって、

アリョーシャ(同じく歯を見せて笑いながら)「じゃあ! 水を探そう!!」

シューラ「私も……もう、逢えないかと……」

アリョーシャ、愛おしく、右手でシューラの頭をさする。

アリョーシャ、手を離し、シューラを見つめたまま、

アリョーシャ(笑って)「なんて素敵なんだ!」

と言って、やっと彼女の持った自分の雜嚢と二人分のコートも受け持とうとする。

アリョーシャ(笑って)「水を見つけに行こう!」

と二人、同時に立ち上り、コートを二人で間に抱え下げて、陸橋の階段を走り降りて行く。

 

□125 ウズロヴァヤ駅近く

空爆で破壊された民家の庭、或いは、駅舎附近の元公園といった感じの全景。奥に垣根(栅)があり(右奥には木々の茂みがあり、中央おくには塔状の建物、左奥にもまばらな木々が見える)、左手前に損壊した建物の残骸、中央に大きな水溜り、その向うに(栅の内側)蛇口から水の流れ出たままになっている水道がしっかりと残っている。

[やぶちゃん注:但し、これら全景は実は恐らくスタジオ内に作られた完全セットによる撮影と思われる。]

右手奥から、二人がやってきて、左手中景の柵の壊れ目から、こちら側に入る。

アリョーシャが先に入って、二人のコートを栅の根もとにぽんぽんと抛り投げる。

アリョーシャ、まず、飯盒に水を汲む。

しかし、シューラは、それを押しのけて、蛇口の下の、迸る水流に直かに口をつけて飲むのが見える。

 

□126 水を飲むシューラのアップ

水の流れ落ちはかなりの水量である。口で受けようとして顏の下は水浸しとなり、さらに頑張ろうとして目の辺りにまで水滴が掛かり、シューラは顔を左右に振って目を大きく見開いて、悪戯っぽくアリョーシャを見上げる。少女の美しさ!

[やぶちゃん注:水を飲む少女を撮った映画の中で、私はこのシーンを最も美しいそれに薦すことに躊躇しない。]

 

□127 アリョーシャのアップ(背後にボケた木の繁み)

アリョーシャ、それを見て笑う。

 

□128 水道近くで栅の内側の緩い斜面(「127」とオーバー・ラップで繋げる)

シューラ、白い(モノクロームなので白にしか見えない)プラトークを解いてはずして、長い美しい髪を「ぱっ」と振りさばく。

[やぶちゃん注:ここには実は大きなミスがある。シューラが髪を振りさばいた際、彼女髪は明らかに編まれていない長いままなのであるのに、次の次の「130」のシークエンスでは髪は三つ編みにされてあって、いつものように左肩から前に垂れているからである。これはかなり痛い誤りで(記録係のそれが主に重い)、明らかに撮り直すべきものである。

 

□129 水道

それを見て笑みを浮かべていたアリョーシャ(ここでは帽子を既にとっている)が水道に向かう。水道の柱の頭に帽子を置くと、手を洗う。洗いながら、シューラが気になって、振り向き、彼女を眺めて、笑う。

 

□130 斜面のピクニック

二人のコートをピクニックのシート代わりとし、シューラ(左手)、かいがいしく、自分でアリョーシャの雜嚢を開けて、前に食べたものと同じ乾燥携帯品のベーコンを布から取り出し、その小さな布をテーブル・ナプキンとして、ベーコンを置き、雑嚢からナイフ(刃は折って柄に収納するタイプ)と黒パン(これは確かにライムギパンである)を出して置く。

ところが、「他に何かあるかしら?」といった軽い感じで、また、雑嚢の中を覗き、手に触れたものを反射的に取り出す。

それは、プラトーク(全体の色は暗い紺か黒か。しかし美しい模様の刺繡が成されてある。無論、僕たちは知っている。「ワーシャの物語(Ⅰ)」の冒頭で中継ぎ駅の俄か市場で母の土産としてかったそれである)。しかし、彼女はそれを知らない。シューラ、

――はっ!

として、右手から戻ってこようとするアリョーシャにそれを見たことが知れぬよう、慌てて雑嚢にそれを戻す。

アリョーシャ、右手前でインして、左手に座り、使ったタオルをシューラに渡す。

シューラ、穏やかでないのを懸命に抑え、普通を装って、タオルを綺麗に折りたたむ。

アリョーシャ、如何にも楽しそう。まるで、恋人同士の〈路傍のピクニック〉のようだ。

シューラ(タオルを折りたたみながら、少し淋しそうに)「……あなたは……家まで、あと少しね……」

アリョーシャ「君もね。」

シューラ、軽く一人で頷きながら、淋しげに、アリョーシャから目をそらしている。

アリョーシャ(ちょっと淋しげにでも、シューラを元気づけようと)「シューラ、大丈夫さ! 彼は元気だよ!」

 

□131 シューラのバスト・ショット

シューラ、淋しい顔をアリョーシャに向け、笑みを浮かべながら、

シューラ「……アリョーシャ……あなたみたいな人、私、初めてよ……」

[やぶちゃん注:このピクニック・シーンの場所自体はそれほどの斜面ではないのだが、左背後の木の柵が外側(左側)へ有意に傾いているために、画面が実際以上に傾(かし)いで見える。これはシューラの今の複雑な感情をこの傾斜で示していることは言を俟たない。大道具の配置の、絶妙な勝利である。]

 

□132 斜面(二人)

シューラ、黒パンを手ずから、ナイフで切っている。切りながら、

シューラ「アリョーシャ……このプラトーク……誰のため?……」

アリョーシャ、左手奥(シューラから見て右手)に左肘をついて、横向きになると、

アリョーシャ「母さんにさ。」

シューラ、

――ぴくん!

と小さく驚き、パンを切るのをやめて、アリョーシャの方に向き直り、

シューラ(如何にも嬉しそうに)「ほんと?!」

アリョーシャ「どうしたんだい?」

シューラ「じゃあ、石鹸も?」

アリョーシャ「石鹸?」

シューラ「嚢の中の石鹸よ!」

 

□133 シューラの左背後をなめてアリョーシャ

アリョーシャ、目が左に流れて、

――はっ!

と真剣な顔になって、思い出す!

――間

アリョーシャ「忘れてた!」

シューラ「何?」

アリョーシャ「すぐ行かなきゃ!!」

アリョーシャ、慌ただしく片付け始める。切迫して、息が切れる。

シューラ「何処へ!?」

アリョーシャ(大急ぎで片付けながら)「それを届けなきゃ! 約束したんだ! 『きっと届ける』って!! すぐそこのチェホフ通りなんだ!」(カット。但し、このシーンの最後から標題音楽がかかり始める)

 

■やぶちゃんの評釈

 以上のシークエンスは本作の最も忘れ難い再会と僅かな安息の時空間である。シューラの処女性の美しさが映像的にもよく描かれており、戦争の最中であることを忘れさせもする。ここで彼らの背後にある木のは、二人のたまさかの平安を外界から遮断しているようにも一見、見える。

 しかしその柵は、同時に、実は、先に述べたアングル上の有意な傾斜感覚を観客に意識させ、現実へと引き戻される二人の不安な勾配として、厳に存在していたのである。

 そうして、シューラの真実の告白がなされそうな雰囲気を起動させるアイテムが、〈母へのプレゼントの「プラトーク」〉であり、同時にそれに連動してその大事な二人の心の交感の流れをブレイクさせてしまうのも、「プラトーク」によってシューラが同時に指摘してしまう「石鹸」であったのである。ここで――シューラはアリョーシャを占有できる確信を持ったにも拘わらず――である。

 ここで、〈母〉への土産のプラトークが――シューラのアリョーシャへの素直な感情(最早、〈恋情〉と言って反論する方はおるまい)と、真実の告白(パイロットのフィアンセが重態であってその彼氏に逢いに行くという〈嘘〉の撤回)を妨げる結果を生み出してしまう――という図式は、精神分析学的には、母が母のみが占有することができるアリョーシャへの、シューラの思いを遮断させるという象徴性を感じさせなくもないが、そうしたインク臭い認識は本作を味わうためには寧ろ有害ではあろう。

 以下、「文学シナリオ」の当該部を示す。前の「追跡」の部分の最後をダブらせておく。

   《引用開始》

 自動車は踏切で止まっている。アレクセイは自動車から飛び降り、別れを告げて手を振りながら、駅に駆けて行く。夜明けの薄明の中の路上に、列車の影が黒ずんでいる。機関車がいない。嬉しそうにやかんを振りながら、アレクセイは列車に走って行く。彼は水飲み場の傍らを通り過ぎる。水道の蛇口から水が流れ出ている。アレクセイは後戻りして、微笑しながらやかんに水を汲み、こぼさないようにしながら、列車のところに急ぐ。

 列車から番兵が出てくる。小銃を構えている。

 ――あっちへ行け。

 アレクセイは立ち止まり、ひょろひょろした番兵を眺める。

 ――私は、この列車に乗ってたんです。少尉が許可してくれました。

 彼は説明する。

 ――どの少尉だ。

 ――列車の司令官です。ガヴリルキンも知っています

 ――ガヴリルキンだって?

 ――あなたに交替するまで番兵だった、太った男です。

 ――ああそうか、女のような兵士だな。

 ――そうですとも!

 アレクセイは喜んだ。

 ――その列車ならば、一時間ぐらい前に出て行った。我々は別の方向に行くんだ。

 アレクセイはこの列車が別のであることが、今初めて分かった。

 アレクセイは黙って立っていた。そして、腹立ち紛れにやかんの水をごぼごぼとこぼし、ゆっくりと駅の建物の方に歩いて行った。彼は頭を垂れて歩いて行った。この夜の興奮と疲労とで、彼は全く参ってしまった。

 突然、彼は驚いて立ち止まった。彼の真直ぐ前に、シューラが手に彼のバッグと外套を持って立っているではないか。

 ――シューラ! あなたはどうしてここに!

 彼は驚いたように言った。

 ――そうです。ほら、あなたの忘れ物ですわ……。

 彼女は急いで彼に品物を渡した。

 ――シューラ! 何て素晴らしい人なんだ!

 ――私のために乗り遅れたんですわ。

 ――馬鹿な! あなたに会えないんじゃないかと思いました。

 ――私、待ちましたわ。

 アレクセイの瞳は喜びに輝いた。

 シューラは眼をそらし、やかんを見た。彼女は急いでしゃがみ、やかんの中をのぞき込んだ。やかんは空っぽだった。

 ――本当に水を飲みたい!

 彼女はアレクセイを見上げて言った。

 ――まだ飲まなかったんですか。

 ――あなたがいないので心配でした。

 ――シューラ、あなたは! 行きましょう!

 彼は彼女の手を取り、水飲み場に連れて行った。ここは前の時と同様、誰もいなかった。 彼は蛇口にやかんを当てたが、彼女は待ち切れなかった。やかんをのけると、蛇口から直接貪るように冷たい水を飲んだ。彼は傍らに立って幸福そうに微笑していた。

 やがて、彼女は新鮮な感触を楽しみながら、蛇口の下で足を洗った。彼は彼女を眺め、彼女のすらっとした足を眺め、そして彼女の嬉しそうな顔を眺めて、微笑した。

[やぶちゃん注:このシューラが脚を洗うシーンは確かに撮っていた。編集でカットしたのである。実際にアリョーシャがシューラと別れた後の回想(想像的要素が含まれる)シーンのカット・バックにそれが出るからである。それをここで見たかったと思う反面、それは性的な象徴的過剰性を引き起こし、彼と接している事実としての時空間の中でのシューラの持つ処女的な聖性がやや削がれてしまったかも知れないとも思う。総合的に考えて、私は、ここにそれはなくてよかったと思う。本作では実際のシューラは、一貫して常に必要以上と思われるほどに体を覆っており、肉体の印象をストイックと表現してよいほどに抑制して撮られているからである。]

 やがて二人は、そこで朝食の座についていた。彼女は自分でパンをきちんと切り、バターを塗り、それをアレクセイに投げた。彼女は、彼が自分を見つめていることを知った。このために彼女の動きは軽やかになり、調子が良くなった。

 このあと、彼女は彼の手を取って、駅に連れて行った。

 ――私はみんな知っています。二時間あとにゲオルギエフスク行きの旅客列車があります。

 彼女は歩きながら話した。

 ――二時間ですって。

 アレクセイは時計を見た。

 ――ねえ、町でも散歩しよう。私は良く知っています。

 シューラは賛成した。

 ――それとも映画はどうだろうか。

 ――まあ! 本当に! 私は随分、映画を見ていないんです。

 シューラは喜んだ。

 二人は急いで町の方に歩いて行く。

 駅のはずれがすぐに大きな公園である。

 二人は公園を歩いて行く。公園の中は静かで人影もない。高い気の梢から黄ばんだ葉が落ちてくる。

 ――本当に美しいですね。

 アレクセイは話しかける。

 ――そうですね。でも、ちょっとわびしい感じですわ。秋ね!

[やぶちゃん注:ロシアの秋は日本と変わらず、九月から十一月である。先の戦況報告の放送ではしかし、作品内時制は七月下旬に設定されてあるから、撮影時で時期設定が変更されたことが判る。専ら、ロケ・スケジュールの関係からであろう。]

 シューラは答える。

 ――でも、私は淋しくないんです。

 ――私も。

 ――腰を下ろしましょう。

 ――そうね。しばらくここにいて、それからまた歩きましょう。

 二人は、ベンチの一つに座る。

 静寂。二人を取り巻くものは林だけであり、ただ遠く公園の奥深くに、黒ずくめの老夫婦がゆっくりと散歩しているのが見える。

 ――シューラ、あなたがここに待っていたとは、なんてすばらしいことなんだ。

 アレクセイは話す。

 ――そうね……。

 彼女は微笑した。それから考え込んだ。彼女の顔付きが淋しそうになった。

 ――すぐ家に行くのですね。私ももうすぐですわ。

 彼女は話した。

 ――そうですね。あなたはもう着いたも同然です。

 ――あなたのところはクビンスクから近くですか。

 ――隣です! お母さんは何も知らない。

 ――きっと喜びますわ!

 ――どこにいるのかな? 時間を無駄にしたのが残念です。でも、仕方がない。家にまだ一昼夜はいられる。屋根を直して、また帰るのです。

 ――戦場へですか。

 ――そうです。

 ――ねえ、アリョーシャ。

 ――何です。

 ――映画には行かないでいましょう。もっとここに座っていましょう。いいでしょう。

 ――いいです。確かに、映画館の中は暑苦しい。

 暫く二人は黙った。

 ――シューラ、あなたと一緒に旅が出来て良かった。

 ――そうね。でも、アリョーシャ。

 ――何です。

 アレクセイは娘の方にずっと近づいた。

 彼女は彼を避けようとしなかった。ただ彼女の指が、ベンチの上に置かれたアレクセイのバッグの紐を素早くまさぐっていた。

 ――アリョーシャ、このネッカチーフは誰への贈り物?

 突然、彼女は質問した。

 ――どのネッカチーフ?

 ――バッグの中のですわ。

 アレクセイは微笑した。

 ――お母さんに贈るのです。

 ――本当なんですか。石鹸もそうですの?

 娘は楽しそうに笑った。

 ――どんな石鹸ですか?

 ――二個ありますわ。

 アレクセイは驚いて立ち上がった。

 ――畜生! 全く忘れていた。

 彼は、自分の額を叩いた。

 ――シューラ、それは頼まれた品物なんです。ある若者に依頼された。戦場に出かける兵士です。去ってしまわないで良かった。渡さなければならないのです。

 アレクセイは次第に不安になって来た。

 ――どこに持って行くのですか。

 ――ここです。すぐ近くなのです。チェーホフ街なんです。行きましょう、シューラ。

 シューラは溜め息をついた。

 ――さあ、一緒に。十分くらいで片づきます。それからまたここヘ戻って来ましょう。いいでしょう。シューラ。

 ――いいですわ。

 彼女は静かに返事をした。

   《引用終了》

出来上がった映像の方が、遙かに、優れて、よい。

 

2019/07/28

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 9 エピソード2 シューラ(Ⅲ) シューラ・ロスト

 

□97 走る汽車と貨車(あおり)

やはり、カーブで撮影している。

 

□96 貨車内(外から・ややあおり)

最初、半分まで開きつつ扉の端が右方向へ、すぐにアウトすることから、走っている貨車の扉が開けられ、位置的には走っている貨車の外の中空位置(凡そ貨車の床位置と同じか少し下位置にカメラを置いた塩梅)からの構図ということになる。但し、外からの走行音のSEは会話の都合上、極度に抑えられている。(或いはそのために、当初、やや違和感というか、扉が開け放たれて走っている、彼らが流れゆく風景を眺めて会話しているのだという印象を直ちに認識できない観客も中にはいるやも知れぬ)

手間に干し草のブロック一つ(横。高さは孰れも凡そ四十センチ程か)。右中景に二ブロック。左奥にブロックの山。中央床に立つシューラ。(この時は一人)。きりっとした顔、左肩から前に編んだ髪をたらし、かなり意識的に頭と胸を反らせており、それはまるで神話の女神が屹立しているかのように美しく、荘厳な感じさえする。

[やぶちゃん注:このショット時間(カットはない)は三秒もないが、前エピソードのガヴリルキン撃退を受け、私は、例えばギリシャ神話の勝利の女神「サモトラケのニケ」のイメージをこのシューラのショットに見る。そうしたものとして見えるように確信犯で撮っているものと私は思う。]

右からアリョーシャの下半身がインし、

アリョーシャ「あれが鬼中尉?」

手前の干し草に倚り懸かって座る。と同時にシューラが少し頭をアリョーシャの方に傾(かし)げ、笑みを浮かべて前に進む。振り返ったアリョーシャが、

アリョーシャ「もう怖いものなしだね。」

と言い、シューラも手前の干し草の上に座って、二人とも、景色を眺める。

[やぶちゃん注:以前に述べた通り、シューラの背に合わせた配置である。これだと、パースペクティブとあおりの関係上、見かけで頭一つ分、シューラの方が高くなる。なお、アリョーシャの台詞のそれは、前に彼女は怖がり屋だと言った彼の台詞を受けていると私は考える。但し、皮肉ではなく、親愛の表現として、である。]

シューラ「ほんと嬉しかった。あなたがよくないと思ってた中尉さんが実はとってもいい人だったんで、わたし、驚いちゃった。」

アリョーシャ「そうさ、あの中尉さんはほんとにいい男だ。」

シューラ、左の貨車の扉の横にある柱壁に背を凭せて、干し草の上に両足を載せ、両手で膝を支え、アリョーシャの横顔を見つめながら、素敵な笑顔を浮かべて、

シューラ「……ええ、とっても!」

二人、空を見上げる。(ここから標題音楽の(最初はフルート)演奏が始まる)

 

□97 夕景の森の上の空

無論、走っている貨車からの見た目。ここで夕方であることが示される。

 

□98 貨車内

アングルは「96」に同じ。二人、夕空を見上げたまま。

シューラ「アリョーシャ! あなた、友情を信じる?」

アリョーシャ、とんでもないことを聴くといった怪訝な表情をちらと向けて、また直ると、

アリョーシャ「勿論さ。前線じゃ、友情が命だからね。」

シューラ「それは判ってる。そうじゃなくて、私の言ってのは『男女の間の友情』って意味なの。」

アリョーシャ、振り返ってシューラと面を合わせ、

アリョーシャ「幾人かは、男同士よりもずっと信頼できる女たちもいるよ。」

シューラ、何かほっとしたように小さな笑いをして、

シューラ「わたしもそう思うの。」

シューラ「でも世間では『男と女の間にはただ恋だけがある』とも言うわ。」

アリョーシャ「ナンセンスだね!」

 

□99 貨車外の扉端(シューラ側)の外位置からの二人の俯瞰ショット

シューラの右頭部と横顔をなめて、アリョーシャのシューラを向いた顔を撮る。

アリョーシャ「僕にも故郷に友情を感じる女の子がいるよ。」

 

□100 貨車内のシューラを見上げるアリョーシャの右後頭部をなめてシューラ(ここで初めてスクリーン・プロセスで、開いた貨車の外景が左から右へ流れる)

シューラ、何かひどく思いつめた真面目な顔つきをしている。

シューラ「あなたは……あなた自身が……その子に恋心を抱ているってことを判っていないのかも知れない……」

アリョーシャ「彼女に? 僕が? いや、いや、違うよ!」

アリョーシャ「彼女……どんな人?」

 

□101 貨車外から(「98」に同じ)

アリョーシャ(外に目を落し、懐かしそうに笑みを浮かべながら)「彼女はまだまるっきしの子どもさ。ゾイカって、僕んちの隣りの子なんだ。(真面目な表情になって)あの子へのそれは『恋』じゃない。――『恋』は……何か……全然、違うものだと思うな。」

それを聴いているシューラ、初めは目を落として如何にも淋しそうにしていたが、何か、ほっとしたような感じで笑みを浮かべ、乗っていた干し草の向う側に降り、右腕をその干し草の上に載せ、そこに顎を載せ、流れる景色に目を向ける。

 

□102 車外の夕景色(前のショットからシューラの見た目のそれとなる)

空爆にやられた荒涼とした草木もない荒地。手前には壊れた鉄道の車輪や貨車が転がり、中景には壊れた民家の壁の残骸が見える。

 

□103 貨車外から(「101」に同じ)

シューラ「アリョーシャ……あなたの一生を通じてつき合える、(横からアリョーシャを見上げる)本当の友だち――女性の――が欲しくない?」

アリョーシャ「あ、ああ。」

しかし、アリョーシャの顔は嬉しそうではない。逆に曇っている。

逆に、シューラは何かを思い切っている表情で、

シューラ「ねえ! 実はね! 私のこの旅はね!……」

アリョーシャ(前のシューラの台詞を遮る形で)「彼のところに訪ねて行く――とても健気な親愛の行為だ――」

シューラ「そんなんじゃないのよ!……」

アリョーシャ(また食う)「君はとってもいい娘だ。蓮っ葉じゃないし。」

シューラ、自分が話そうとすることを、まるで聴こうとしないアリョーシャにちょっと失望して、外へ目をそらす。

アリョーシャも、上の空に目を漂わせている始末である。

シューラ、左手で頰づえをつきながら、遠くに目をやって、

シューラ「……あなたには……分らないのよ……」

と呟く。

アリョーシャ、不服げな表情で、背を向けてまた目を宙に迷わせる。

ちょっと間をおいて、シューラ、背を向けているアリョーシャに向かって、

シューラ「ねえ、アリョーシャ!」

アリョーシャ、振り返って、

アリョーシャ「どうした?」

シューラ、じっと見つめているが、言おうとしたこと後を続けずに、明るく微笑んで、

シューラ「喉が渇いたわ。あなたは?」

アリョーシャ(そっけなく)「判った。」(次とオーバー・ラップで)

 

□104 とある駅構内

左から入線して緩いカーブで停車した彼らの列車。扉を開けてアリョーシャが降り、扉を閉める。

少なくともこのシーンでは、アリョーシャたちが乗っている貨物車両が蒸気機関車を含めると、六両目相当であることが判明する。

中央に低い空き地があって水溜りとなっている。

そこを飯盒を左手にしたアリョーシャが走り渡って(カメラ、右へパン)、そこを挟んだ右側の線路にある貨車の側で点検をしている線路工夫に、

アリョーシャ「水を汲む時間はありますか?」

と尋ねる。

工夫「大丈夫だよ。」

アリョーシャ、連結器の間を潜って、次の線路に、またもある貨車の台車の下を潜って、潜った先を手前(画面右手前)に向かって走って行く。

[やぶちゃん注:実際はここについては、最初に潜る連結器のそれは、連結器の端の下部平面が映ってしまっていて、端の車両を使っているのが判然としてしまっている。私は小学生の時に見た時にさえ、それに違和感を覚えたことを思い出す。しかも、それがずっと今まであったのである。則ち、『アリョーシャは、画面の手前を潜る必要なんかないじゃないか! 普通に、もっとこっちを走ればいいのに?!』であり、さらに言い添えると、『二本目の貨車だってそうじゃないか?! 走り抜けた時に端っこの車両がこっち側(画面左中央)に見えてるんだから、これも実は潜って行く必要、ないじゃん! 普通に走って行けるじゃん?!』という画像から最低限で読み取れるロケーション事実に基づく、子どもの素朴な疑問である(こういう物理的な構造関係に基づく違和感を私はしばしば映画やテレビ・ドラマで激しく感ずることが多い。それは私が仮に主人公になってそのシチュエーションの中で演じた場合を常に考えているからであろう(私は高校時代は演劇部で、本気で役者になることを考えていた時期もあった)。そこで最低限度以下でリアリズムを守っていないように見える監督やカメラマンの〈いい加減さ度合い〉=無能を私は批判的に判定する傾向をかなり過激に持っているからである)。次いで加えると、『あのさ? この線路工夫は、どうしてアリョーシャに「大丈夫だ」と太鼓判を押せるの?』というやはり当たり前に過ぎる疑問もあったのだ。「だって、この工夫はそこの管区の工夫であって、軍用列車の関係者ではないんだから、何分停まるかなんて実は知っちゃいないはずなんだ! これが定期運行の列車なら知ってて当然だけど、これは特別な軍事物資の運搬列車なんだぜ?」という物言いである(言っとくが、私は鉄道ファンではない。しかしこれだけは今も正当な疑義として思っている)。しかし、今回、かく採録再現をしてみて、工夫の問題は別として――はた!――と膝を叩いたのであった。則ち、この奇妙な動きは――彼らの車両から水汲み場はそう遠くはない。――しかし、そこには幾つか邪魔なものがあって、思いの外、時間が掛かる。――しかも、水汲み場からは彼らの列車は見通せない。――という事実を、ここで暗に観客に印象付ける意図が確信犯として働いているのだという発見に、である。]

 

□105 貨車の中

両ひざを立ててその上に左腕を載せ、左頰を凭れさせて上方を見上げるシューラ。瞼を閉じる。眠りに入るようである……

[やぶちゃん注:このシューラはとびっきりに美しい! 周囲の暗さを表現するために激しく絞り込んでいるものと思われ、さすれば彼女の顏が抜けるような白さで画面中央にくっきりと見え、腕や膝や髪の毛にもピントが合っている以上は、相当に強烈な明るさのスポット・ライトを実際には当てて撮影しているものと推定される。]

 

□106 線路の脇

有意盛り上げられた場所の軌道の斜面(最初のシーンでのみそれは判る)。民間人がそれぞれにシャベルやツルハシ・ハンマーなどを持って佇み、近くにあるスピーカーで流れてくる戦況報道に聴き入っている。そこに右からアリョーシャが足早に、インし、カメラは左にパンする。何人もの人々(前後に)。誰一人として微動だにしない。

戦況放送『7月27日の戦況状況……』

アリョーシャ、一番端であるらしい、女性の背後に立ち、スピーカー(見えない)の方を見上げる。

[やぶちゃん注:ここで初めて本作品内時制(月日)が明らかにされる。]

 

□107 スピーカー

木製の電柱に朝顔のように下に向けてつけられた昔の四角な拡声器風のもの。あおり。

戦況放送『……本日7月27日、わが軍は、ヴォロネジ地区及びツィムリャン地区にて、終日、戦闘、……』

[やぶちゃん注:「ヴォロネジ」はここ、「ツィムリャン」はロシア語字幕では「Цимлянская」であるが、ツィムリャンスク「Цимлянск」でよいなら、ここ(グーグル・マップ・データ)。]

 

□108 線路の脇(「106」の最後に同じ)

アリョーシャとその前の民間人の女。

戦況放送『……英雄的な激戦の末……』

カメラ、今度はもと動いたのと反対に右にパンして、先程の人々をゆっくりと映し出す。

戦況放送『……止む無く……』

戦況放送『……ノボチェルカッスクとロストフを放棄した。……』

[やぶちゃん注:「ノボチェルカッスク」は「Новочеркасск」でここ、ロストフ」は「Роств」で現在の「ロストフ・ナ・ドヌー」(Ростов-на-Дону)でここ(グーグル・マップ・データ)。]

 

□109 スピーカー(「107」と同じ)

戦況放送『……他の前線では、大きな変化は、ない。……』

 

□110 アリョーシャとその前の民間人の女

女、右にアウト。アリョーシャ、暗然として目を落とす。

戦況放送『……7月19日から25日にかけて……』

カメラ、また右にパンし、アリョーシャも土手を上って行くと、作業音が立ち始める。

戦況放送『……空襲により、空軍基地が……』

ここにいる人々は、空爆されて損壊した線路を直していたのである。

 

□111 元の線路

アリョーシャ、水を汲みに出た時と、全く同じ経路を通って(「104」の私の注を参照のこと)、戻って見ると、今しも、軍用列車は出てしまったところで、有に最後尾車両は二百メートルは先に行ってしまっている。

アリョーシャ、走るも、追いつけるすべもない。

小さくなってゆく貨車。

アリョーシャ、そこにいたさっきの工夫に何かを問うている(声はオフだが、消えてゆく汽笛が加わり、同時に標題音楽の不安定な変奏がかかり始める)。アリョーシャは恐らく、次の大きな停車駅に行ける道路のルートを尋ねたものと思われ、工夫が指示したレールを越えた左手に向かって走ってアウトする。

[やぶちゃん注:ここは後に示す「文学シナリオ」がごく現実的な解説を与えてくれる。]

 

□112 走る貨車の中で眠るシューラ

「105」のアングル。F・O・。

 

□113 泥道の街道

右からアリョーシャがイン、カメラ、少し左に動いて道の中央。

アリョーシャ「止まれ! 止まれ!」

画面左に、非常な旧式のトラックが来て、アリョーシャのところで止まる。

アリョーシャ(運転手に)「ウズロヴァヤまでお願いします! 列車に乗り遅れてしまったのです!」

許諾を得られたようだ。乗り込むアリョーシャ。

[やぶちゃん注:画像上も道路から上半分の中遠景部分の映像に人工的なスモーク処理(そこだけを光学的に全体に暗く撮影或いは現像処理してある)が施されていて如何にも不自然であり、これは実際にはかなり明るい日に撮影したものを加工処理したものと思われる。この画面の手前にある水溜りを見ても、実際には雨は全く降っていないのに、次のアリョーシャが乗り込んだばかりの「114」の車内の映像では、彼はびしょ濡れであり、運転手の向うのリア・ウィンドウもどしゃぶり、それ以降もスコール状態の怒濤の艱難辛苦シークエンスなのである。この安易な処理はちょっといただけないが、旧画像や映画館ではちょっと気づくことはなかろかとは思う(だからと言っていいとは私は全く思わない)。

 なお、この「ウズロヴァヤ」は既に一度あるシークエンスで出てきた地名である。どこか? ここをお探しあれ。]

 

□114 トラックの中

フロント右手から(左ハンドル)。運転手はかなり老いた婦人である。

老婦人「ニュース、聴いたかい。」

アリョーシャ「ええ。」

老婦人「ひどいもんだ。」

[やぶちゃん注:これはうまくない戦況と、今の大雨と、この悪路と、このところの彼女の忙しさに対する総ての嘆きである。]

老婦人「この二日間、ろくに寝ていないよ。」

老婦人「泣きっ面に蜂じゃないのッツ!」

車がエンストしたのである。

 

□115 外(トラックの運転台の左側から)

大きな水溜り(深くはない)の真ん中で止まっているトラック。老夫人、扉を開けてクランク・ハンドルを差し出し、反対側から降りて回り込んできたアリョーシャにそれを渡してドアを閉める。

老婦人「泣きっ面に蜂じゃないのッツ!」

 

□116 外(トラックのボンネット・「115」よりもずっと前に進んだトラック前方の左上から)

物凄い雨の中、その前でアリョーシャ、トップ・ヘッドの最下部のクランク・シャフトへ差し入れて、回す。

 

□117 外(「115」に同じ)

何度目かで、エンジンがかかる。アリョーシャも乗る(画面には映らない)。トラック、走り出す。ともかく、路面は最悪。

 

□118 運転する老婦人(正面・フロント前から)

老婦人(右オフのアリョーシャに)「トラックも私も、いい年なんだよ。……息子がいてね。139野戦郵便局さ……知ってるかい?」

カメラ、左にパン。

アリョーシャ「いいえ。」

アリョーシャ、肉体的にも精神的にも疲れ切って、彼女にろくな返事が出来ないのである。

 

□119 水溜りの深みにはまりこんでしまうトラックのタイヤ

カメラ、トラックの後方(左)にパンすると、アリョーシャが豪雨の中、懸命にトラックを押している。なんとか、ぬかるみを抜け出る。

 

□120 ハンドル右手前より運転する老婦人のアップ

疲労から、彼女の目は運転しながら、時々、閉じがちにさえなる。左を向き(カット)、

 

□121 アリョーシャと老婦人

無言で、しかし笑みを含めてアリョーシャを見、

老婦人「心配しなくたって、きっと間に合うわよ!……フゥ……」

と溜息をつく。

しかし、アリョーシャは前方を見つめたまま、切羽詰まった硬い表情のままである。

[やぶちゃん注:私はしかし、この老婦人のその何とも達観した穏やかな溜息に、既に何か、奇蹟的なものを期待してしまうのである。アリョーシャには、それは無論、判らないのだけれど。]

 

□122 ウズロヴァヤ駅構内

(前の「121」の画像からオーバー・ラップで)右手に線路、中央に大きな水溜り。右から(既に映っている)アリョーシャが走って横切ると(カメラ、左にパン)、左に停車した貨物(機関車は接続していない五連車両)があり、それはあのアリョーシャが乗っていた貨物車の一部に酷似してはいる。

画面左手前に、銃剣附きの小銃を構えた兵士がおり、アリョーシャを咎め、

兵士「近寄るんじゃない!」

と制止する。

アリョーシャ、立ち止まって彼の方を振り向くと、

アリョーシャ「あの列車に乗っていた者です!」

と叫ぶ。

兵士「その列車は何処行きだった!?」

アリョーシャ「ゲオルギエフスクです!」

兵士は小銃を右肩に背負い、

兵士「ああ、その列車なら、もう、一時間も前に出たよ。」

と伝える。

アリョーシャ、水溜りに立ち尽くし、一瞬、固まる。

アリョーシャ、線路の先(奥)を眺めると、

――飯盒の水を

――水溜りに

「さっ!」と撒き、来た右方向に足取り重く戻って行く…………(音楽、止む)

――遠くで汽笛が鳴る…………

 

■やぶちゃんの評釈

 この最後まで、「111」に始まった音楽は続くのである。また、アリョーシャが最後まで飯盒の水を持ち続けていたところに、「喉が渇いたわ」というシューラに水を――という強い〈想い〉が示されているところに着目せねばならない。ここで水を棄てるシーンには非常に深いアリョーシャの心傷が示されているのである。

 以下、「文学シナリオ」のほぼ当該部に相当するものを示す。

   《引用開始》

 シューラの高い声が一杯に溢れる。彼女は床からひっくり返ったやかんを取り上げ、空っぽの底をアレクセイに見せる。彼女は、若者にのみ許された伝染性の満足しきった笑いにとらえられている。アレクセイはゆったりと微笑している。

 彼は扉に近づき、それを開け広げる。

 ――もうよろしい。どんな〈凶悪な奴〉も怖くない。

 ――〈凶悪な奴〉だって!

 シューラは笑った。

 ――アリョーシャ、悪い人間だと思っていた人が良い人だったなんて、何て楽しいことでしょう。

 アレクセイはうなずいた。

 二人は考えていた。やがて突然、シューラが質問した。

 ――アリョーシャ、あなたは友情を信じますか。

 ――どうしてです。友情のない兵隊なんてありえない。

 ――いいえ、それは知っていますわ。若者と娘の間ではどうですか。

 ――どうしてです。若者より信頼できる娘もいます。

 ――私もそう思うのですが、ある人々は、男女の間には愛情だけが可能だと考えています。

 ――馬鹿げていることです! たとえば私もある女の子に友情を持っています……友情を持っていても、愛情について考えたことはないのです。

 ――しかし、そう気が付かないでも、愛しているのではないんですか?

 ――何ですって。とんでもない!

 彼は驚いた。

 ――でも彼女はどうかしら。

 ――いや、彼女は全く子供です。私の隣りのゾイカといいます。愛情だなんて、とんでもない。それは別物です。

 アレクセイは打ち消すような身振りをして言った。

 シューラは、自分の考えていることがおかしくなった。

 ――アリョーシャ、あなたは本当の友達、一生涯の友達に会いたいと思ったことがありますか。

 彼女は、暫く間を置いて尋ねた。

 アレクセイはうなずいた。

 ――私も!

 娘は嬉しそうだった。

 ――あなたは私が行くことをどう考えますか。あなたは私をどう思っていますか。

 ――彼のところへ行くのは正しいことです。あなたはすばらしい女の人です。

 ――ああ、そんなではないのです!

 ――素晴らしい! それでなければとんでもない尻軽女ということになります。

 ――いいえ! アリョーシャ、あなたは何も知らないのです……。

 二人は暫く黙っていた。やがて娘は、アレクセイを見つめ、決意の色を見せて言いかけた。

 ――ねえ、アリョーシャ……。

 ――何です。

 彼は彼女を見た。彼女は取り乱して、眼を逸らした。

 ――何か、大変に喉が渇いたわ。そうでしょう。

 ――そうですね。

 

 夜。汽車は、破壊された農村、焼け落ちた駅、線路からほうり出された貨車の残骸等の傍らを通り過ぎて行く。

 シューラは、アレクセイの肩にもたれて眠っている自分に気が付かなかった。彼は眠ることが出来ない。座って考え込んでいる。娘の寝息に聞き入っている。シューラは、眠りながら信頼し切っているように、自分のほおを彼の肩に押しつけてきた。彼は用心深く立ち上がり、扉のところへ行く。そして、暗闇に過ぎ去って行く若木の森の梢を眺めている。

 シューラは寝返りをうった。アレクセイは娘を眺めていたが、やがて静かに彼女に近づき、身を屈めて自分の外套をかける。

 汽車どこかの駅に近づいて行く。二つの列車の間に停車する。

 アレクセイは、やかんを取り立ち上がる。

 シューラは眼を開ける。

 ――どこへ行くの。アリョーシャ。

 ――水を持って来ます。寝ていなさい。

 彼は外へ飛び降りる。手に角燈を持った鉄道員が傍らを通って行く。

 ――おじさん、停車していますか。

 ――恐らくそうだろう。

 ――水飲み場はどこですか。

 ――ほら、あそこだ。

 アレクセイは停車している列車の下をくぐって、線路を横切り、水飲場にかけて行く。水飲場には長い列ができている。アレクセイは列に近づく。ラジオの拡声機からアナウンサーの声が聞えてくる。誰もが息をこらして聞き入っている。

 『われわれの軍隊は、困難な戦闘の結果、多数の敵の人命と武器に損害を与え、クルスク市を撤退しました。』

 アレクセイは列へ話しかける。

 ――すみませんが、列車から降りて来たのです。やかんに水を汲ませて下さい。

 彼は頼む。

 すると、苦々しい感情のはけ口を発見したかのように、婦人達は兵士に食って掛かった。

 ――ここにいる者はみんな列車から来たんだよ!……

 ――列に並んだらいいだろう!

 アレクセイはとまどったが、しかたなさそうな身振りをして、列車に戻って行った。

 この時、サイレンが鳴り響いた。拡声機から、アナウンサーの声が聞えて来た。

 ――市民の皆さん。空襲警報です!……

 うしろをふり返えったアレクセイの眼に、水飲み場の列が散って行く光景が映った。そこで彼は引き返した。静かに水を汲んだ。そして探照燈の光ぼうが走り回る空を見上げながら、列車に急いだ。誰かが彼の傍らを走って通った。隣りの列車で誰かがわめき散らしていた。客車の下をくぐり抜けたアレクセイは、空虚な線路をあっけに取られて見た。その時、角燈を持った鉄道員がやって来るのに気がついた。

 ――列車はどこですか。

 彼は尋ねた。

 ――列車は出て行ったよ。お前は置き去りになったのかね。

 ――あなたは、しばらく停車するだろうと言ったでしょう。わざと人を困らせるんですか。

 アレクセイは涙を流さんばかりに老人に食ってかかった。

 ――空襲警報のためだよ! 駅の構内を空にするように命令が出たんだ。

 ――どうすればいいんです。ねえ! おじさん! どうすればいいか言って下さい。教えて下さい!

 ――ウズローバヤに三時間か、それ以上停車するだろう。ウズローバヤまで行けばいい。

 ――ウズローバヤまで行くんだって! 何か方法はあるでしよう。おじさん、考えて下さい。自動車はありませんか。

 ――自動車だって! 木材倉庫へ急いで行け。駅の倉庫で、この近くにある。

 

 木材倉庫。角材、板、薄板の山。すべてが、戦時の青い電燈の不安な光に映えている。

 倉庫のところに、二台の古いトラックが並んでいる。

 一台の自動車に、二人の女労働者が板を積んでいる。もう一人の胴着をきた小さい中年の婦人が二人を手伝っている。アレクセイは、並んでいる自動車に駆け寄る。彼は前にあったトラックの運転手に話しかける。毛皮の半外套を着て、冬の帽子をかぶった運転手は、ハンドルにもたれ居眠りをしている。

 ――すみませんが、ウズローバヤに行く車はありますか。

 運転手は頭を持ちあげる。それは疲れで眠むそうな顔をした中年の女である。

 ――すみません。

 茫然としてアレクセイはつぶやくように言った。

 〈女運転手〉はあくびをして言った。

 ――向うにいる人に話しなさい。

 胴着を着た婦を示し、再び、ハンドルにおいた手に頭なもたせかけた。

 アレクセイは、胴着の婦人のところに急ぐ。彼女は立ち止まって、倉庫係と何か話している。女労務者は仕事の手を休めて二人の会話を聞いている。

 ――俺は言った、みんなだと。もう最後だ。

 倉庫係は乱暴にわめいている。

 アレクセイは近づいて聞いていた。女は静かに訴えるように話している。

 ――あんたには良心がない。十枚も足りない。露天で私達の家畜にどうすればいいんです!

 ――誰のところでも露天なんだ。誰でも納得している。戦争だからな! あんたは全くしつこい! 行ってくれ! 他人の仕事を邪魔しないでくれ!

 倉庫係は怒鳴る。

 ――恥知らず! 板[やぶちゃん注:販売用の製材であろう。]を渡して下さい。どうせ、飲んじまったんでしょう。だがコルホーズにとっては、どうしても必要なんです。

 ――一体、俺と一緒に飲んだとでもいうのかい。飲んだのかい! ええ! あんたは誰に恥をかかせるんだ。

 彼は小さい婦人に身体を押しつけて行く。

 ――おい、行っちまいな!

 彼は彼女を押す。

 アレクセイは我慢できなくなり、倉庫係のところへ飛んで行くと、怒りに息をはずませながら聞きとれぬような声で言った。

 ――この野郎、何をするんだ。女の人に向かって。

 ――お前は何を出しゃばるんだ。一体、お前は何だ。

 倉庫係は怒鳴る。

 アレクセイは拳を固め、黙って倉庫係に近づいて行く。今の彼はすさまじい形相である。倉庫係は後ずさりして行く。

 ――お前は何だ。気違いか。怪我でもしたのか。気をつけろ! おい!

 倉庫係は恐ろしさに大きな声でくり返えしながら、後ずさりして行く。彼は何かにつまづいて角材積み場に倒れる。

 アレクセイは彼に近づき、綿入れの上着を捕まえ、手を振り上げる。

 ――女達! 女達! 彼に板を渡してやれ!

 彼は恐ろしさに目を閉じている。

 アレクセイは、やっと自分を押さえ、倉庫係を突き放すと、向きをかえて倉庫から急いで離れて行く。

 

 積荷は終った。アレクセイは運転台に座っている。婦人がモーターに点火する。

 ――若い人! あんたも敵意を持っていたのですか。見かけない人のようですね。

 ――私は敵意を持ってません。ただ、あんなのが嫌いなんです。奴等はファシストにも劣ります。奴等は敵です。全く明らかなことです。そうなんです。

 アレクセイは何となく答えた。

 ――そうですとも。卑劣漢が一人いても、何人かの人の生活が破壊されます。

 婦人は息をつぐ。

 アレクセイは扉を少し開き、身体を外へ突き出して入り口のところでびくびくしながら見送っている倉庫係を見た。

 ――お前の運もそう長くはないぞ。戦場から帰ったらこのままでは済まさんぞ!

 アレクセイは彼に叫ぶと、扉を音を立てて閉めた。

 自動車が動き出した時、うしろからあざ笑いながら倉庫係は叫んだ。

 ――もう一度戦場から帰ってくるって! まだ、一度も戦場に行ってないくせに!

[やぶちゃん注:ここでのアリョーシャはまさに道義の士として、バリバリに英雄的である。しかし、もし映像で示したら、却ってそれは我々の知っているアリョーシャの姿としては、ちょっと違っている気がする。なくてよかったと私は思う。ただ、こういう前振りがあって老婦人との出逢いがあれば、実際に映像化された部分のちょっと〈説明足らずな感じ〉は拭われるとは言えるのである。]

 

 夜……。雨にぬれる道路を自動車が行く。

 アレクセイは、調子の悪いモーターの音に不安そうに耳を傾けている。モーターは唸るかと思うとむせぶように鳴る。自動車は滑り易い水たまりの道を静かに前進する。

 ――運わるく列車に取り残されたのです。

 アレクセイはいらいらしながら話す。

 ――何でもないわ。多分追いつけますよ。ウズローバヤでは、時々は半日も停車していることがあります。遠くまで行くのですか。

 ――ゲオルギエフスクです。

 ――のびのびと休んでいられますわ! 戦場は違います。そこでは、休止することがない……ああ、戦争、戦争! 終りも見えないわ。

 婦人は、深く悲しそうにため息をついた。

 ――いまいましい苦労ですね。

 ――そうです……私の息子も戦場です。第一三九野戦郵便局受付ですが、聞いたことはありませんか。

 ――いいえ。

 ――戦車隊です……。戦車の指揮官です。

 〈女運転手〉は言いかけたが、モーターの変調がひどくなった。婦人は沈黙し、急いでレバーをつかんだ。無駄であった。モ-ターは一層弱って行き、とうとう止ってしまった。

 アレクセイは悲しそうに婦人を見つめた。

 ――どうしたんでしょう。自動車も私と同年輩です。

 彼女は浮かぬ顔をして冗談のように言った。

 ……アレクセイは激しくレバーを動かす。婦人は運転台とモーターの間を往復し、何かのてこを引張る。モーターはかすかながら動き始める。

 

 再び自動車は走って行く。モーターは途切れ途切れに唸りを立てる。

 ――こんな風にこの機械で生活してるんです。それでもコルホーズの人々は生活してますわ……女だけで生活してます。女達はみんなで仕事をし、子守りをし、涙を流すのです。生きて帰ってさえくれればいいが……若い彼は激しく抱きついてくるでしょう!

 自動車は道路を疾駆する。モーターはおだやかに動いている。雨にぬれた木の幹が通り過ぎて行く。

 ――このおばあさん自動車は勝手な方向に走ります。いまいましい、私と同じ頑固者なんです。一歩も動かないかと思うと、がむしゃらに走ったりします……。

 運転手は、当然だという顔付で話す。

 ――それで列車に追いつくでしようか。

 ――ええ。可能です。四十分後には追いつくでしょう。

 泥だらけの自動車。車輪の跡は、この自動車が曲り角でどんな曲り方をしたか、どんな風にぬかるみに落ち込んだかを証明している。まわりの大地は長靴で深く荒らされている。泥まみれの板が車輪の下から突き出している。自動車の周りに、アレクセイと彼の同伴者が立っている。

 ――戦争が終るまでここから出られないかもしれない! 馬鹿な私を許して下さい! 三晩も眠っていないのです。

 アレクセイは悲しそうに沈黙している。

 遠くから、モーターの重々しい唸りが次第に大きくなって聞えてくる。また金属が軋る音がする。

 ――何でしょう。

 婦人は尋ねる。

 ――タンクのようですね。

 唸りと軋りはどんどん近づく。そして雨あがりの夜霧の中から、重戦車のシルエットが現われてくる。方向を変えながら、タンクはアレクセイと運転手をライトの光で照らし出す。数秒間そのまま照らしていたが、やがて、轟音を立てて通り過ぎて行く。

 そのあとに、二台目、三台目、四台目と続く。それぞれのヘッドライトが暗闇の中に、おんぼろの自動車とその傍らにたたずむ婦人と兵士を照し出して行く。

 ――戦場へ行くんです。

 兵士は話す。

 最後のタンクが向きを変えて、二人を照らし出す。そして、突然に近づいて来て停止する。ハッチがはねあがり、タンクから口ひげの濃い好男子の若者――戦車の指揮者が顔を出す。

 ――ようこそ、アルゴー船の乗組員諸君! 船が沈没したようですね!

 彼は陽気に叫ぶと、返事も待たずに、誰か戦車の中に座っている者に呼び掛ける。

 ――ワーシャ、ザイルを引張り出せ、遭難者を救けるのだ!

 戦車からも一人の戦車兵が手にザイルを持って現れる。彼は小さいがすばしっこい。彼は、ザイルの一方の端を急いでタンクに結びつけると、もう一方の端をもって、ぬかるみにはまった自動車のところに駆けて行く。アレクセイは彼を手伝うために駆けて行く。彼等は二人でザイルを結び付ける。その間、戦車兵は兵士に質問する。

 ――君、どうしてこうなったんだい。

 ――うん、駅に行こうとしていて、はまったんだ。

 ――分かった!……畑の女王様は我々がいなければいつもオシャカだ。

 彼は直立不動になる。

 ――準備完了! 少尉殿!

 指揮官は身を屈め、ハッチの内部になにか言う。二、三秒経過して、タンクは唸り出したかと思うと、おもちゃを取り扱うように、一気にトラックを道に引き上げる。少尉は大声で笑う。ザイルをはずしたワーシャは、いそいでタンクによじ登り、別れを告げて叫ぶ。

 ――到着したら連絡して下さい。

 ――どこへ連絡するんですか。

 〈女運転手〉は尋ねる。

 ――あて先ははっきりしてます。ベルリン、留置郵便。ワシリイ・チョールト軍曹宛てです。

 ハッチが音をたてて閉まり、タンクは勢いよく動き出すと、隊列を追って走って行った。

 ――全くそうですわ。全く〈チーョルト〉(悪魔)ですわ。

 婦人はそう言うと、後ろを振り返り、激しく付け加えた。

 ――何というエネルギーが消えて行くのでしょう。いまわしい戦争ですわ。もしこのエネルギーが有効に使われたならば、地上の生活は、どんなに素晴らしいものになるでしょう!

[やぶちゃん注:以上の部分もエピソードとしてはいい。しかし、それは「アリョーシャの休暇の物語」としては、外れている。]

 自動車は踏切で止まっている。アレクセイは自動車から飛び降り、別れを告げて手を振りながら、駅に駆けて行く。夜明けの薄明の中の路上に、列車の影が黒ずんでいる。機関車がいない。嬉しそうにやかんを振りながら、アレクセイは列車に走って行く。彼は水飲み場の傍らを通り過ぎる。水道の蛇口から水が流れ出ている。アレクセイは後戻りして、微笑しながらやかんに水を汲み、こぼさないようにしながら、列車のところに急ぐ。

 列車から番兵が出てくる。小銃を構えている。

 ――あっちへ行け。

 アレクセイは立ち止まり、ひょろひょろした番兵を眺める。

 ――私は、この列車に乗ってたんです。少尉が許可してくれました。

 彼は説明する。

 ――どの少尉だ。

 ――列車の司令官です。ガヴリルキンも知っています

 ――ガヴリルキンだって?

 ――あなたに交替するまで番兵だった、太った男です。

 ――ああそうか、女のような兵士だな。

 ――そうですとも!

 アレクセイは喜んだ。

 ――その列車ならば、一時間ぐらい前に出て行った。我々は別の方向に行くんだ。

 アレクセイはこの列車が別のであることが、今初めて分かった。

 アレクセイは黙って立っていた。そして、腹立ち紛れにやかんの水をごぼごぼとこぼし、ゆっくりと駅の建物の方に歩いて行った。彼は頭を垂れて歩いて行った。この夜の興奮と疲労とで、彼は全く参ってしまった。

   《引用終了》

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 8 エピソード2 シューラ(Ⅱ) 危機一髪 或いは ガヴリルキンの悲哀

 

□76 汽車正面(左手前方から)

左にカーブしたところを激しい音をたてて進んでくるが、最後に小さな警笛音が入る。これはどうもそこで何かがあって進行を緩めていることが意識される。[やぶちゃん注:これと次のシークエンスでの警笛のSE及び二人の外部への警戒の仕草が、この後のちょっとした変事(とそれが齎す危機)への伏線(不吉な呼び水)となっている。]

 

□77 貨車内

遠い警笛が響いてくる。汽車が何かあって止まるか? 気になる二人、扉の方(画面左手前)に同時に顔を向ける。

シューラ、如何にも心配そうにアリョーシャを見る。

アリョーシャ、彼女の顏を見て、直き、「何でもないよ!」といった感じで、右手を「ぱっ」と振って微笑んで、雑嚢を片付けている。

シューラ、満面に安心した笑顔を浮かべて、そのアリョーシャの姿を見詰めている。また、遠く警笛音。

シューラ、ちょっと顔を振って外を気にしたあと、

シューラ(以下、二人の「82」までの総ての会話は囁き声で行われる)「怒らないでね!」[やぶちゃん注:彼らがそうするのは、同時に、この時点で明らかに列車が完全に停止したことを観客に教えている。]

アリョーシャ「何を?」

シューラ「頰をひっぱったいてしまって、ごめん!」

アリョーシャ「お蔭で、仲良くなれたじゃないか。」

アリョーシャ、笑う。しかし、そのアリョーシャ台詞の最後に掛かって、

中尉(未だ登場してはいない。オフで)「ステパノフ! 防水用キャンバスは?!」

二人、扉の方に無言で顔を向け、笑顔が消える。

 

□78 貨車の扉(内側から)

外での軍用列車の担当軍人らの声。

兵士某(オフで)「はっ! ガヴリルキンの担当であります!」

中尉(オフで)「判った。彼に命じろ。」

兵士某(オフで)「ガヴリルキン! キャンバスを持ってこい!」

 

□79 貨車内

アリョーシャは、外の声や動きに明らかに不安なものを感じている様子で、扉を見つめているが、シューラはまるで外のざわめきを気にせず、さっきのアリョーシャへの謝罪を笑顔でさらに述べる。

シューラ「ほんと、ごめんね。私、おばかさんだった。」

アリョーシャ、ここでやっと不安顔をシューラに戻し、優しく、

アリョーシャ「僕も謝る。君を脅かした。」

シューラ、思わず、吹き出して笑う。アリョーシャ、もくすくす笑い。

――そこに貨車の外を走る跫音がする

二人は一瞬、「はっ!」とするものの、安易に事態を全く楽観していることが判る。(その辺りが二人の若気の至りであること、二人の純真な幼さを残している内面をよく演出している)

シューラ「ねえ?! 自己紹介しましょう!」

アリョーシャ「いいとも!」

二人、立ち上る。(途中でカット)

 

□80 立ち上った二人

向かい合った二人(ともに腰から上)左にシューラ、右にアリョーシャ(兵隊らしく後ろで、優にシューラの頭一つ分強、アリョーシャの方が背が高い。

アリョーシャ「僕の名はアレクセイ。」

アリョーシャ、右手を出し、シューラが握って握手する。

シューラ「同じく私はシューラ。」

アリョーシャ「どうぞ、よろしく。」

シューラ「こちらこそ、よろしく。」

 

□81 貨車扉の内側

隙間に明らかな人の影が過ぎり、走る跫音がする。

 

□82 貨車内(「80」に同じ)

二人、「はっ!」と扉の方に不安な表情を振る。表情が硬い。

[やぶちゃん注:流石に、外の事態が異様なものとして気になるのか? いや、ただそれではなく、ここで二人は、初めて如何にも改めた感じで互いの名を名乗り合ったことによって、逆に、さっきまでの気軽な感じの二人の親密感が、ちょっとばかりかしこまってしまった感じになった硬さなのでもある。こうした二人の若い純真さがかえって愛おしいシーンであり、二人の演戯もわざとらしさが全くなく、極めて上質と言える。]

シューラ「あなたの行き先は?」

アリョーシャ「休暇を貰って帰郷する途中なんだ。君は?」

シューラ「私は、」と話しかけたところで、以下によって断ち切られる。

――と!

中尉(オフで。かなり苛立った感じで)「早くしろ! ガヴリルキン!」

ガヴリルキン(オフで)「もう少しであります! ちょっとだけ手間取っておりまして。……」

アリョーシャ、事態の急迫を感じ取り、シューラの左手を摑んで引っ張りつつ、

アリョーシャ「こっちへ! 隠れるんだ!」

アリョーシャはシューラを右手奥の干し草の間に、両手を使ってかなり強い力で引き込もうとするため、びっくりしたシューラは反射的に抗ってしまう。それが数度、奥の暗がりで繰り返されつつ、徐々に二人は隠れる。

 

□83 二人のいる貨車の扉の外(ややあおり)

ガヴリルキン(後姿)、扉のストッパーを外して扉を開く。

 

□84 貨車内

干し草の山の後ろに隠れた二人。アリョーシャはシューラ右胸のところで抱えて押し隠しており、二人の。カメラ、右上にティルト・アップして、貨車に上った入口のガヴリルキンを捉え(二人は左にアウト)、

ガヴリルキン「見つけました! 同志中尉殿!」

入口の干し草に立てかけてあるそれを持ち上げようとするガヴリルキン。ところが、右奥(カメラ位置)に何かを見つけ、一瞬、動きが止まって、口をあんぐり開けて目を剝く。カメラがゆっくりティルト・ダウンすると、積もった干し草の中から飛び出ているハイヒールを履いた女性の脚先が見えてくる。

中尉(オフで)「一体、お前は何をしてるんだッツ?! 早くせんかッツ!」

ガヴリルキン(おどついて)「た、只今!」

[やぶちゃん注:無論、中尉の勘気、プラス、今見たあり得ないはずのものに、おどついたのである。]

ガヴリルキン、キャンバスを落とし、貨車を降りるが、扉に手を掛けながら、一瞬、シューラの脚先を茫然と見て後、扉を閉じる(途中まででカット)

 

□85 干し草の蔭

右奥で、しっかりしまる扉。

[やぶちゃん注:「84」と完全に時系列同期したリアリズム編集がなされている。実は、現行の編集では普通こうした場合のカット繋ぎは、完全に同期させると、観客から見た場合に思いの外に流れが立ち切れた感が強くなり、却って違和感を生じさせるとされてダブらせる手法(例えばこの場合だと「84」カットは〈ガヴリルキンが扉を閉じ切る〉画像で終わり、改めてこの「85」カットの頭に〈扉が閉まって後部がガシャンと揺れる〉画像を重ねるのである)が正統とされる。]

アリョーシャとシューラ、ほっとする表情で二人とも目を閉じる。

 

□86 二人のアップ

二人とも目を瞑ったまま。

アリョーシャ、思わず、右手で抱きかかえているシューラの頰に頰すりをする。

[やぶちゃん注:彼のこの動きは、エピソード1(ワーシャの物語)の「18 走る列車の車内(夜)」でアリョーシャが寝ながらワーシャにするそれと相似的で、一種のアリョーシャの中の純朴な幼児の、母にする「すりすり」を連想させるもので、決して性愛的なニュアンスを帯びて感じられない。ここで二人が眼を閉じているのも(しかも既に述べた通り、中はひどく暗いのだ。ここでも射し込む外光を真似た二人の頰辺りに斜めに走らせたライティングが二人だけの秘密の空間を美しく飾っている)、むしろ二人とも夢見の中にあるような印象を与え(特にシューラ)、やはり性的なニュアンスを排除し得ている。]

シューラも、それに抵抗することもなく、頰ずりを受けており、あたかも夢を見ているような感じである。しかし、そこでシューラは、

――はっ!

と目を見開き、右手でアリョーシャの胸を押しのける。

 

□87 干し草の蔭の中景

二人、上半身を起き直し、少し距離をおく。

二人、ちょっと気まずい感じで俯いている。

 

□87 疾走する列車から見た森と川

終わりの方で鉄橋を渡るので画面もちらつき度が高くなり、軌道の立てる音も激しくなる。

[やぶちゃん注:二人のちょっとした今のドキドキ感の、これも「比喩のモンタージュ」である。]

 

□88 干し草の蔭の中景

アリョーシャとシューラ、黙って見つめ合い、二人、ここでやっと一緒に安堵の微笑みを交わす。

アリョーシャ「彼は僕たちに気づかなかった。」

シューラ「ええ。」

アリョーシャ、少し、シューラに上半身を近づけ、

アリョーシャ「怖かった? シューラ?」

シューラ(笑顔で)「いいえ。」

アリョーシャ「君は、けっこう、怖がりだね。」

シューラ「いいえ。」

アリョーシャ、さらに寄って、左手をのばして、シューラの背後の干し草に支えとする。

アリョーシャ「シューラ、君の行き先は?」

シューラ「え、ええ、……クピンスクへ行くの。……私の婚約者のところへ……。」

ここはモスクワの東方二千四百八十五キロメートルも離れた位置にあり、遠過ぎる。ずっと後の「ウズロヴァヤ」のシーンで、この「クピンスク」が近いと言うアリョーシャの台詞が出るので違う。識者の御教授を乞うものである。なお、後に掲げる「文学シナリオ」も参照されたい。]

アリョーシャはさらに迫る感じなので、シューラは身をよじって、下がろうとする。

シューラ「……彼はパイロットなの。……彼は今、病院に入ってるの。……重体なのよ。……」

シューラ、アリョーシャを押しのけて(カメラ、引く)、扉の所まで走り去る。アリョーシャ、ちょっと淋しげ。

シューラ、そこで振り返って、

シューラ「私、もう降りた方がいいんだわ。……」

アリョーシャ、振り返って、

アリョーシャ「どうしたの? 怒ったの?」

アリョーシャ、体をこちらに戻して、

アリョーシャ(如何にも淋しげに)「どうしたんだい?」

シューラ「別に……何でもないわ……」

 

□89 走る汽車と貨車

左からのあおりで、車体にかなり近い。最後に大きな汽笛。

 

□90 貨車内(扉方向から)

左手前に立つシューラ、右奥に干し草に腰かけたアリョーシャ。(標題音楽の変奏がかかる)

二人とも、気まずい感じ。手持無沙汰だが、無言。シューラは、右手で左の積んだ干し草を引き抜いて弄っている。

 

□91 停車する貨車

やはりカーブした場所。

 

□92 貨車内(前と同じアングル)

アリョーシャ、ちょっとむっとした感じで立ち、シューラを見、前の襟をちゃんと締め直して、飯盒を取り上げ、シューラの背後で立ち止まって見つめ、茫然とした伏し目になって、

アリョーシャ「水を汲んでくるよ。」

と言って、画面右にアウトする。シューラは両手で干し草をいじったまま、彼の背を何か寂しそうに見るが、無言。

 

□93 駅らしき構内(1ショット)

軍用列車の途中の連結部の右レール外から。右手少し奥には横の線路に貨車が停車しているので駅と判る。

そこにガヴリルキンが立哨している。

向うの貨車の扉が開き、アリョーシャが上半身を見せ、奥の方を偵察する。

それに気づいたガヴリルキンは、即座に連結部の陰に後退して身を隠す。

寸秒の間合いで、アリョーシャはガヴリルキンに気づくことが出来ず、こちらに車間を走り、右手の貨車の最後尾を回りこんで、右にアウトする。

ガヴリルキン、二度ほど、そっと覗き、アリョーシャが行ってしまったことを慎重に確認する。

 

□94 駅

駅舎らしきものの一部が中央奥にあり、その背後からアリョーシャが走ってくる。

画面左手前、駅舎の脇には白十字のマークを附けた救護用トラックが停まっており、白衣を附けた衛生兵二人が、担架に載った頭に包帯を巻いた若い兵士(上半身を起こしていので明確に判る)をトラックに乗せようとしている。

その車のさらに手前には兵士(こちら向きで煙草を吸っている)が民間人の男と向き合っているが、大きな水溜りを小石を踏んで越えてきたアリョーシャは、その兵士に、左手に持った煙草の火を借りる(ワーシャと別れたボリソフ駅以来のひさびさの一服である)。

借りながら、

アリョーシャ「戦況は開いていますか?」

と尋ねる。

兵士「前線はノヴォロシスクまで押し返したよ。」

アリョーシャは礼を言うと、その右手の(カメラ、パンする)水道の蛇口から飯盒に水を入れる。その左背後には同じく水を求めにきた若い女性兵士が順番を待っている。

[やぶちゃん注:「ノヴォロシスク」Новороссийск(グーグル・マップ・データ)。クラスノダール地方の黒海中部東岸の港湾都市。ウィキの「ノヴォロシースク」によれば、『黒海艦隊の基地として』一八三八『年に建設され』一七二二年以降は、『その地を支配し』た『トルコの要塞』『に取って代わった』一九一八年以降は『白軍の重要拠点となったが』一九二〇年に『白軍はクリミアへ撤収した』。この「大祖国戦争」(所謂「頭部戦線」「独ソ戦」のこと。一九四一年六月二十二日から一九四五年五月九日まで)中の一九四二年には、『この町はドイツ軍によって占領された』ものの、翌一九四三年九月十六日の赤軍による解放まで、『ソビエト水兵の小部隊が』実に二百二十五日に亙って、『町の一部を死守した。のちに海軍総司令官となるセルゲイ・ゴルシコフの指揮の下、ソビエト水兵が英雄的な防衛を行い、市の湾入部を保持し続けた』のであった。これにより、『ドイツ軍は、補給のために』ノヴォロシスクの『港を使用することができなかった』とある。]

 

□95 貨車の中(中から開いた扉方向で人物はバスト・ショット)

アリョーシャ(左)を一方的に指弾しているガヴリルキン(右)。

ガヴリルキン「お前を軍事法廷に突き出してやる! 機密軍用列車に潜り込んだんだからな!」

ガヴリルキン、手前からシューラの背を摑もうとして回り込んで、銃剣附き小銃を右手に立てて立ち(ここでフレームが後退して中景。[やぶちゃん注:因みに、この時、向う側に停車している貨車の一つが映り、それは無蓋車で軍用トラックらしきものが載っており、そのトラックの荷台部分にはシートが掛けられてある。その左手のさらに奥にも何かは判らないものにシートが掛けられてある。こういったものが前に出た防水用の「キャンバス」であることが判る。但し、彼らの載っている軍用車両には今までの映像から無蓋車は一台もないので、老朽化した貨車に雨漏りが発生し、そこに急遽、キャンバスが必要となったとでも考えるべきと思う。つまらないことが気になるのではない。私は説明がつかない部分を論理的に補填し得ずに誤魔化して通ることが生理的に厭な性質(たち)だからである。])、シューラはガヴリルキンの伸ばした手を逃れ、奥を反対に回り込み、今度は右側に立つ(左体半分で背は切れる)。ガヴリルキン、右手に一歩動き、シューラの前に立ち塞がり、

ガヴリルキン「お前を連行する!」

シューラ「アァッ!」

――と

そこに貨車下を左手からアリョーシャがイン、

アリョーシャ「おい! 何してんだ!!」

とガヴリルキンに誰何(すいか)し、貨車に上がる(左手に水を入れた飯盒を持っている)。ガヴリルキン、振り返って、アリョーシャに対峙し、

ガヴリルキン「おや? まあ! お前さんかい! こりゃあ、一体、どいうことだ?!(ここで、アリョーシャ、飯盒を右足元に置く) 俺たちは誠実な協定を結んだんだぜ。だのに、お前は民間人をこっそり連れ込んだんだ!」

アリョーシャ「それが、どんな問題があるって言うんだよ?!」

ガヴリルキン「大問題だッツ!」

ガヴリルキン、振り返って、シューラに、

ガヴリルキン「来い! 娘!」

と言い、左手でシューラを摑もうとする。

アリョーシャ、手前から廻り込んで割って入って、ガヴリルキンに立ち塞がり、

アリョーシャ「彼女はどこにも行かせない! お前こそここから出てけ!」

ガヴリルキン「何だと? お前! 何様のつもりだ! 俺さまに命令するのか?!……自分だけ、女といい思いしやがってよ!」

アリョーシャ「黙れ!」

ガヴリルキン「俺は、ちゃんと、見たぞ!」

★ここでカットして、アリョーシャの顔のアップ。(以下、本作では珍しく激しいカット・バックが行われている。「★」印で1ショット1カットを示した)

アリョーシャ「何を見たって?」

右背後に目をまんまるく開いたシューラの蒼白の顔。

★シューラの少し右手前位置から(あおり)。

右手にシューラの横顔、中景に立ち塞がるアリョーシャ、その左真ん前にガヴリルキンの配置。

ガヴリルキン(如何にもいやらしい笑みを浮かべて)「二人で、何んだな……干し草の中でよ、しっぽりヤッてたんだろ。ヘヘッツ!」

★中景に戻る。

アリョーシャ、遂に切れ、ガヴリルキンを右手で

――ガツン!

と殴りつける。

★倒れたガヴリルキンの両脚と間にひっくり返る飯盒のアップ。

★干し草に仰向けに倒れるガヴリルキン。

★前のアリョーシャ+シューラのアップ画面。

★倒れたガヴリルキンの両脚とひっくり返った飯盒のアップ。飯盒から流れ出る水の音が入る。

[やぶちゃん注:この時、擬闘のプロ(この映画には確かに他のシーンではいらないからね)の指導者がいなかったものらしく、素人目で見ても上手くない。アリョーシャは明らかに左手を先に有意に伸ばし、ガヴリルキンを押し倒しつつ(人を殴るのにこんな動作はどう考えてもあり得ない)、そこに右のパンチを力なく突き出すふりをしているからである。せめてもガヴリルキンをスタッフが後ろから見えないように引っ張りつつ、アリョーシャに思いっきり右パンチを繰り出させるべきであった。]

★干し草の山の間に仰向けに倒れたガヴリルキンのほぼ全身像(やや足が切れる)を上から撮る。

ガヴリルキン、大きく溜息をつき、

ガヴリルキン「上等じゃねえか。歩哨兵に暴行したらどうなるか、よぅく、わかってるよ、な?」

★シューラの背後上方から俯瞰で三人。

アリョーシャ「そいつはその糞野郎の見方次第さ。」

ガヴリルキン、立ち上ってコートの藁屑を払いつつ、

ガヴリルキン「お前さんから見るなら、俺は『糞野郎』かも知れん。だがな、俺はな、何より俺が大事なんだ。」

と言いつつ、左手でポケットから何かを取り出し、右手に持ち返る。

★開いた扉側からガヴリルキンのバスト・ショット。

銃剣を持った右の掌に挟んで持たせたのは小さな鏡である。ガヴリルキンはそれを覗いて、髪の乱れを気にし、而して左頰を押さえてみる。たいしたことはないようだ。ガヴリルキン君、実は見かけによらず、結構、お洒落なのである。

★前の俯瞰ショット。

ガヴリルキン「お前ら! 二人とも列車から降りろ! でなければ、射殺する! それが俺の任務だからな!」

と言いつつ、小銃を自分の腹部に横ざまに構える。

★アリョーシャとシューラの頭胸部を左右に並べたショット。[やぶちゃん注:位置的にはこれだと外が映るはずだが、背後は干し草の山である。ハレーションを気にしてずらしたものかと思われる。]

アリョーシャ「撃ってみろよ。お前に出来るのか?」

★前の俯瞰ショット。

ガヴリルキン「よし! 中尉殿にご登場願おうじゃねえか! それまで、そうやって意気がってっるがいいぜ!」

★内側から開いた扉に向かって。三人。

ガヴリルキン、空に向けて小銃を打とうとする。アリョーシャ、シューラと無言で一瞬だけ顔を合わせ、銃本体の先の方を摑んで、静かに降ろさせ、

アリョーシャ「お互いに熱くなり過ぎた。話し合おう。」

ガヴリルキン「問答無用! 二人とも直ぐに降りろ! これから二発、警告射撃をする。それから……」

そう言いながら、後ろ(貨車中央内側)へ下がった途端、

★アリョーシャの雑嚢に躓き、それを蹴り上げるガヴリルキンの足。大きな缶詰が、一缶、「ごろり」と転がり出る。

★貨車内側から外。シューラは映らない。

ガヴリルキン「……何だ! これは! たらふく食いやがって!」

アリョーシャ「肉の缶詰二缶――で、どうだね?」

ガヴリルキン、アリョーシャを一瞬見て、また顔をそむけてこちらにもどし、

ガヴリルキン「これだけ侮辱されたんだ! 腹がおさまらないね!」

アリョーシャ(きつい調子で)「謝れって言うのか?」

ガヴリルキン、アリョーシャの顔と下ある(見えない)缶詰をちらちらと見ながら、

ガヴリルキン「判った。手を打とう。」

ガヴリルキン、厳しい顔つきをしながら、画面を向いて伏し目がち。

アリョーシャ、雑嚢から缶詰を出し、ガヴリルキンに向ける。ガヴリルキン、無言で後ろ手に受け取り、コートの胸の部分に押し込む。

二缶めも同じく無言で受け取る。アリョーシャ、微苦笑する(ガヴリルキンには見えない)。

ガヴリルキンがその二缶めをコートの左ポケットに押し込もうとしたとき(アリョーシャは右にアウトする)、その腕の間を通して、観客には中尉が貨車の扉の左下方に姿を現わすのが見える。

中尉、ガヴリルキンに気づき、見上げて、

中尉「一体、どうしたんだ。」

と誰何する。

ガヴリルキン、反射的に左手を戻してしまい、中尉に向き直ると、缶詰を左の腰の後ろに回して隠す。

中尉、貨車に登る。

ガヴリルキン「不当潜入者二人を逮捕しました。中尉殿! 適切な処置をとろうとしたところであります。」

右からシューラが画面手前にインし(背中を向けている)、中尉、中に進む。カメラ、少し右にパンすると、右からアリョーシャがインして、中尉の前に立ち、

アリョーシャ「スクヴォルッオフ通信兵であります。通行許可証を持っております。」

中尉「どこまで行くのだ?」

アリョーシャ「ゲオルギエフスクであります。これが通行許可証であります。」

中尉、シューラを怪しげに見たのち、通行許可証を開いて目を通す。

アリョーシャ「休暇は四十八時間のみに限られており、しかも、通行に遅れが出ておるのであります。」

[やぶちゃん注:確認すると、アリョーシャは将軍からは「郷里行きに二日」+「前線へ戻」「るのに二日」+「屋根の修理に」「二日」で六日与えられている(ここ)。既にワーシャとの一件で、今日で往路二日分を消費してしまうことになるのを「遅れ」と言っているのである。]

中尉、アリョーシャの通行許可証の記載に頷き、

中尉「若き英雄だな、君は。」

アリョーシャに通行許可証を返し、

中尉「このお嬢さんは君の連れか?」

と聴く。

カメラ、切り返して右にシューラ、左にアリョーシャ(頭胸部)。

アリョーシャ「はい。」

即座に、

シューラ「いいえ。」

アリョーシャとシューラ、顔を見合す。

カメラ、切り返して、二人の背を挟んで笑っている中尉を撮る。

アリョーシャ「お願します、中尉殿。彼女はお金も食料もなくしてしまって、それで……」

中尉、小さく声を立てて笑うと、

中尉「まあまあ……言い訳せんでもいい。」

と言って踵を返す(この間、扉の端に銃剣が淋しく光ってガヴリルキンがいるのが判る)。

ガヴリルキン、扉の端で直立して待っている。

中尉「火だけは気をつけてな。」

とやさしく二人に声がけする。

アリョーシャ「分りました。」

しかし、中尉は今度はガヴリルキンを見、後ろの回している何かを咎め、

中尉「それは、何だ。」

と指摘される。ガヴリルキン、仕方なく左手を挙げて、缶詰をしみじみ見つめると、

ガヴリルキン「……これは、ですね、……中尉殿……コンビーフというもののようであります。……」

中尉「徴発したな! 彼らから!!」

ガヴリルキン「いえ。……その……彼が自発的に自分にくれたものであります。……」

中尉「お前が、強請(ゆす)ったんだな! 営倉五日を命ずる!!」

ガヴリルキン「……なんで……自分が……」

中尉「復唱しろ!!」

ガヴリルキン「……五日間の営倉に服します。……」

中尉「恥晒しめが!」

中尉、貨車を降りて右へ去る。

ガヴリルキン、意気消沈して、右手のアリョーシャに向かい、

ガヴリルキン「……だから言ったろ……鬼中尉だって……な……」(F・O)

 

■やぶちゃんの評釈

 「文学シナリオ」の相当箇所を示す。前のシークエンスからダブらせる。

   《引用開始》

 ――食べてみようかしら。ほんのちょっぴりですよ。試食するだけですから。

 そして、二人は乾草の上に向き合って座り、食事している。娘の手には巨大なベーコンとパンが握られている。

 彼女はそれを口一杯にほお張っている。明らかに非常に空腹であることが分かる。

 アレクセイも旨そうに食っている。

 ――おいしいですか。

 彼は質問する。

 ――ううん……。

 娘は、口一杯ほお張りながらうなずく。

 ――乾燥携帯食糧です。

 ――ううん……。

 娘は、慌てて食べ物を飲み込み、咳き込んで付け加える。

 ――私はワッフルがとても好きですわ! こんな風な筒の……。戦争前は売っていましたが、覚えていますか。

 ――私は戦争が始まるまで、村に住んでいました。

 ――私は街ですわ。戦争前も今も。

 二人は暫く沈黙した。

 ――私に腹を立ててるの?

 突然、娘は聞いた。

 ――どうしてです?

 ――どうしてって。

 ――理由がないじゃないですか。

 ――でも、私があなたをぶったんですもの。

 ――どうしてですか……。よくあることです。知り合いになるには、むしろいいことです。

 ――馬鹿なことをして、申し訳ありません。

 ――私にも責任があります。あなたを怖がらせた。

 二人は暫く沈黙した。

 ――ねえ。お友達になって下さらない?

 突然、娘が提案した。

 ――そうしましょう!

 彼は立ち上がり、手を差し伸べた。

 ――私はアレクセイと言います。

 ――私はシューラです。

 ――全く楽しいです。

 ――全く楽しいわ!

 ブレーキが金切り声を上げた。

 シューラとアレクセイは、一緒に乾草の上に倒れた。汽車が急に速力を落とした。

 二人は笑いながら立ち上がった。汽車は停車した。

 貨物の扉の外で声が聞こえた。

 ――ここにバケツがあるか。[やぶちゃん注:ママ。英語の「バケツ」(bucket)には「水受け」の意味があり、防水用のキャンバスやシートとの相同性があるから、強ちおかしくない。ただの「バケツ」なら、わざわざ列車を停めてまで捜す理由はないように思われる。]

 ――少尉殿、なさそうです。

 ――まあいい。開けてみろ。

 アレクセイとシューラは、再び急いで乾草の中に潜った。

 ――ガヴリルキン、開けてみろよ! 何をぐずぐずしているんだ。

 誰かが食ってかかった。

 ――少尉殿、今開けます。ふうん、こういうことは一度に出来ないのです。何か引っ掛かっています。少尉殿!……。

 兵士は明らかに時を稼いでいた。やがて扉が開けられた。

 ――そこにあるのは何だ。

 ――異常ありません。ここに、あれが。

 太った兵士は乾草の方を横目で見ながら、隅の方からバケツを取った。そして、ふと乾草の中からはみ出している。女物の短靴に気が付いた。彼は思いがけないことに立ち止まってしまった。

 ――早くしろ、ガヴリルキン。すぐに発車する。

 ――はい、行きます。少尉殿!……。

 ガヴリルキンは、怪訝そうな顔をして地上に飛び下りた。彼はバケツを渡すと扉を閉めた。そうしてもう一度頭をかしげ、貨車から去って行った。

 

 汽車は、既に駅から離れていた。アレクセイの手の下から這い出したシューラは、急いで起き上がり、座った。彼女の顔には狼狽の色がうかがえた。

 ――危ないところで助かった。驚きましたか?  シューラさん。

 アレクセイは乾草を払いながら、話しかけ、娘を眺める。

 ――彼女は頭を横に振る。

 ――あなたは臆病なはずでしょう。

 ――いいえ……。

 彼女は非常に静かに答え、乾草の束のところへ移る。

 ――シューラ……。

 彼は乾草の束に手を置き、彼女を囲むようにする。そして彼女をじっと見つめている。

 ――よい名前だ。シューラ! 気に入った。

 娘は頭を横に振る。

 ――シューラ! 誰のところヘ行くのですか。

 彼はずっと彼女に近づく。彼女は彼の目を見つめ、そこに何かを見つけ出して、おびえる。

 ――私ですか。私はクビンスクヘ行くのですわ。いいなずけのところへ。彼は病院に入っているの。[やぶちゃん注:「モスクワ郊外のクビンスク」不詳。しかし、モスクワ郊外では、ともかくも先に挙げた「クピンスキー・ライオン」では二百%あり得ない。「キノ・ポーベスチ」の原文を見れば、判ると思うが、残念である。]

 ――何ですって。

 意味を理解しかねて、彼は聞き返した。

 ――重傷なのです。……彼は飛行士ですの、本当ですの!……。

 娘は語り続ける。

 アレクセイの力のぬけた手を振り払って、娘は貨車の向うの隅に行く。

 数分間、二人はお互の心臓の鼓動に耳を傾けて立ち続ける。

 やがて二人の視線がぶっつかる。

 ――私が今出て行く方がいいわ。

 娘は話す。

 ――何故ですか。

 ――でも。

 ――どうかしましたか。怒ったのですか。

 ――いいえ。

 ――では何ですか。

 ――ただ、その……。

 ――私が、あなたをいいなずけのところにやらないとでも考えてるのですか。

 ――決して、そんなことは考えてはいません。私は出て行きます。

 ――〈出て行く〉〈出て行く〉! ……そんなら、出て行くがいい。

 アレクセイは腹を立てる。

 ――考えても見なさい……。私が何をしたというのです。私はあなたを人間として扱った。だがあなたは、私を何かと感ちがいしている。

 ――そうです。人間が時にはどういうものであるか、知ってるでしょう。

 シューラは激しく反駁した。彼女の眼には涙が光っていた。

 ――私の母が死んだ時、私は一人ぼっちになった。

 娘は突然、口ごもり、頭をたれた。

 アレクセイは、すまない気持と同情心で彼女を眺めた。

 彼は何が言いたかった。しかし言葉が見つからなかった。

 しばらく沈黙が続いた。

[やぶちゃん注:以上の部分はシューラというヒロインのキャラクターの造形上、私は絶対に不可欠である。これを省いた監督は「アリョーシャの物語」として収斂させたいという痛撃の一斬が必要だったのかも知れない。しかし、純粋なシューラを純粋なアリョーシャと対等に観客に提示するために、ここは残すべきものであったと考えている。監督が飽くまでアリョーシャの物語として全篇の通底性を大切なものとした意識は重々承知だが、しかしアリョーシャに対峙する本作の重大なヒロインたるシューラの造形をないがしろにしてしまった監督には、私はこの一点に置いて非常な寂しさを感ずる。シューラの生活史もスポイルして描くのは、男の側の退屈な悲愴主義論理にほかならないからである。本作の中で唯一の遺恨であると私は表明するものである。]

 やがてシューラは彼を見つめ、涙の中で微笑みながら突然に話しかけた。

 ――水が飲みたくないですか。本当に。

 ――そうですね。

 アレクセイは答えた。そして、彼も微笑んだ。

 停車。アレクセイは、手にやかんを持って貨車から飛び下りる。付近を見回しながら、駅にかけて行く。アレクセイを目で見送ってから、太った兵士は彼の貨車に向かって来る。

 ……病院列車のかたわらを水道に向って駆けて行く。カランからちょろちょろと水が流れ出ている間、アレクセイは用心深く四方を眺めている。

 病院列車のところでは、数人の患者が日向ぼっこをしている。そこから大きな笑い声が聞えてくる。

 列車からほおの赤い太った看護婦が、幾つもバケツを下げて水道に走ってくる。アレクセイはカランからやかんを取る。

 ――ねえ、お婿さん、水を飲ませて下さい。

 彼女は大きい不揃いの歯をのぞかせて微笑する。

 ――私は飲みたくないのですが、友達のためにこんなに。

 ――それではまた。先生。

 アレクセイは朗らかに答えると、水がこぼれないように努めながら、自分の列車戻って行く。

 

 貨車の隅に、おののいているシューラが立っている。彼女の前には太った兵士がいる。

 ――お前を軍事裁判に突き出しでやる。秘密列車にもぐり込むことがどんなこと知らせてやる。ついて来い……。

 シューラは動かない。

 アレクセイがやかんをも持って扉のところに現れる。

 ――俺について来い。

 太った兵士は繰り返す。

 ――行きません。

 シューラは突っぱねる。

 ――ついて来い、と言ってるんだ。

 兵士はシューラの肩をつかむ。

 アレクセイは貨車のなかに飛び込む。

 ――やめろ!

 ――何! 奴さん出て来たな。これは一体どうしたことなんだ。お前と固く約束した。それなのにお前は一般人をここに隠して運ぼうとしている。

 太った兵士は、意地悪そうに言った。

 ――一人と二人で、どういう違いがあるんです。

 ――つまり、違いがあるんだ、一般人の女なんだ!

 番兵はシューラの肩をつかんだ。

 アレクセイは近寄って、番兵の手を振りほどき、彼とシューラの間に立った。

 ――彼女はどこにも行かない! 分かったかい。あっちへ行け!

 ――何だって。

 兵士は驚いた。

 ――誰が一体ここで上官なんだ。ふん、全くうまくしたもんだ。乾草と娘っ子と……

 ――黙れ!

 アレクセイは瞬時であったが正確な打撃を、足で兵士に与えた。やかんがひっくり返った。シューラが叫び声を上げた。

 床に尻をついて、兵士はぼんやりと目をしばたたいた。彼は次第に気を取り戻すと、突然静かに、そして意地悪く言った。

 ――よろしい! 勤務中に番兵に攻撃を加えたな。どういうことになるか、分かっているな。

 彼は起き上がり、制服を正す。

 ――何てクズだ!

 アレクセイは見下げたように言う。

 ――どこを見てそんなことを言うんだ。お前はクズかも知れんが、俺は大変な値打ちがある!

 太った兵士は、なおも服装を直しながら、平然と言う。

 そして突然怒り出し、叫び声を上げる。

 ――おい、貨車から降りろ! 二人とも! 言う通りにしないと射殺するぞ! 慌てさせてやる……。俺には完全な権利があるんだ。

 ――撃ってみろ! 何てひどい奴だ!

 ――お前はまだ少尉殿を見ていない。だからそんな強がりを言っている。だが、今俺が始末をつけてやる!

 そして兵士は、遊底を閉めて銃を構える。

 ――よし分かった! お互いに腹を立て過ぎた。よく話し合おう……。

 アレクセイは和解するように言って、兵士の手を取り、やわらくではあるがしっかりと小銃を下ろさせた。

 ――お前と話し合うことなんかない。女を連れて車から出て行け……。

 ――何だって!

 アレクセイはいきなり立ち、拳を固めた。

 兵士は急いで退いた。

 ――上に向かって二発撃つ……その後だ!

 彼はアレクセイのバッグにつまずく。缶詰が虚ろな音を立てた。

 ――ここに広げて、肉の缶詰を食っているのか!

 アレクセイは微笑した。

 ――わたしはあなたにもう一缶差し上げたいのだが。

 兵士は黙って横を向いた。

 ――では二つ……。

 ――個人を侮辱をして、缶詰で埋め合わせ出来ると思っているのか。

 ――怒らないで下さい。私流のやり方ですが、お詫びしたいのです。

 兵士は返答を渋った。

 ――よろしい……肉の缶詰をよこせよ。

 アレクセイは二缶取り出し、それを兵士に差し出した。兵士は面白くなさそうな顔付きでそれを受け取ると、ポケットにしまい込もうとした。事件は解決したかのように見えた。

 この時、扉のところに少尉が現れた。

 ――一体、どうしたことだ!

 彼は厚い眼鏡の奥から目を細めてみながら、高い声で言った。

 ――少尉殿、勝手に貨車に入った者がいます。断固たる処置を取ります!……。

 兵士は一息に報告する。

 ――誰だ。どこへ行くんだ。

  少尉は質問した。

 ――ゲオルギエフスクです。少尉殿。これが証明書です。

 ――おお!……。

  彼は叫び声を上げ、興味あり気にアレクセイを見た。

 ――娘と一緒か?

 アレクセイとシューラは、同時に答えた。だが、娘は〈いいえ〉と答えたが、彼は〈はい〉と答えた。

 少尉は微笑した。

 ――少尉殿、お願いします。彼女の物を全部、金も何もかもなくしてしまったのです。それで、こういうことになったのです……。

 ――よしよし!……嘘を言わんでいい。お前たちは、火の気に気を付けさえしていればいい。

 少尉は彼の言葉を遮って言った。

 ――わたしは煙草を喫いません。

 少尉はガブリールキン[やぶちゃん注:ママ。]に向き直って、彼がポケットにしまい込もうとしていた肉の缶詰に目を付けた。

 ――これは何だ。

 彼は鋭く質問した。

 ――あの、少尉殿、これは……。

 ガブリールキンは、缶詰を初めて見たかのように眺めながら言った。

 ――缶詰のようです。

 ――どこで手に入れたんだ。彼らのか。今すぐに返せ!

 ――あの二人が、少尉殿……それを……自分からくれたのです!

 ――うるさい!

 突然、少尉は甲高い声で怒鳴った。

 ――規律を守れ! またゆすりをしている! 二日間の営倉入りだ。

 少尉の眼鏡が意地悪そうに光った。

 ――何故ですか……。

 ――弁明の余地がない! 命令を復唱して見ろ!

 ――はい、二日間の……。

 太った兵士は、がっかりした声で復唱した。

 ――恥さらしめ!

 ――少尉は言いながら眼鏡を動かし、地面に飛び下りて、去って行った。

 太った兵士は両手を広げて振った。一方の手には缶詰があった。

 ――ほら……俺が言ったろう、凶悪な奴だって!

 彼は言った。

   《引用終了》]

2019/07/26

Баллада о солдате(「誓いの休暇」――画像を穢していない字幕無し全篇)

Баллада о солдате (драма, реж. Григорий Чухрай, 1959 г.)

私の『ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ』で電子化分まで字幕は不要也(全体が青みがかっているのは少し気になるが、全篇を見られる。字幕選択で英語表示は可能である)。

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 7 エピソード2 シューラ(Ⅰ) 出逢い

 

エピソード2 シューラ

□23 ボリソフ駅保線区内

(「22」のボリソフ駅ホームのシーンのF・O・画面ですでに、鉄道構内を示す独特のさざめきがSEで入っていて、それがF・I・する形で画面が開く)貨物列車が止まっており、貨車の扉が開いていて、干し草が積まれているだけであることが判る。その扉に倚り懸かって軍用列車の保守担当と思われる、小太りの、如何にもどん臭く、何やらん一癖ありそうな感じのする兵士(名はガヴリルキン。面倒なので名で示す)が、銃剣附きの小銃を車体に立てかけて、貨車に倚りかかり、林檎をむしゃむしゃと齧っている。そこに右からアリョーシャがインして、

アリョーシャ「こんちは! 戦友!」

ガヴリルキン「こんちは。」

アリョーシャ「今日、出る?」

ガヴリルキン「その通り。」

アリョーシャ「ゲオルギエフスク行(ゆき)?」

ガヴリルキン「その通り。」

アリョーシャ「なあ、聴いてくれよ、戦友……」

ガヴリルキン「だめだ。彼は君を連れて行かねない。」

アリョーシャ「誰が僕を連れてってくれないって?」

ガヴリルキン「中尉殿さ。」

アリョーシャ「ねえ、僕はどうしても……」

ガヴリルキン「これは戦略用物資なんだ。」

アリョーシャ「何だって? ただの干し草じゃないか!」

ガヴリルキン「特別な用途の干し草なんだ。」

アリョーシャ「軍馬用だろ!」

ガヴリルキン「特別な種類の軍馬のための干し草なんだ。」

食い下がるアリョーシャ。「帰郷許可証」を出してガヴリルキンに詰め寄る。

アリョーシャ「戦略物資としての干し草だってことは判ったよ! でも、僕の休暇は残り二日しかないんだ!」

ガヴリルキン「中尉は認めないよ。」

アリョーシャ「どんな人なの!?」

ガヴリルキン「彼? 彼奴(きゃつ)は鬼さ。」

位置を貨車の奥の方に変えて、また、林檎を齧る。

(カメラ位置を後ろにして貨車の中を映しながら)

アリョーシャ「そうだ、聴いてくれよ……中尉なんて忘れちまいなよ!……僕がこの貨車に乗ったって、わかりゃしないって!」

ガヴリルキン「何かが起きてからじゃ、遅いってことさ。」

アリョーシャ「『何か』て何さ?」

ガヴリルキン「火事とかさ……」

アリョーシャ(笑って、懐柔し)「どうして僕が火事を起こす?」

ガヴリルキン「判らねえってか? お前のその雑嚢の中にさ、何か危険物が、入ってるかも、な。」

アリョーシャ「あぁ! この中! コンビーフね!」

ガヴリルキン「なに! コンビーフだ?!」

ガヴリルキン、俄然、興味を持ち出すのにつけ込んで、アリョーシャ、雜嚢から、掌に余る大缶詰のコンビーフを出すと、ガヴリルキン、林檎を背後に投げ捨て、受け取る。

ガヴリルキン、如何にも「ほう!」という感じで撫ぜ、頬張って咀嚼していた林檎を一気に呑み込み、鑵の蓋面を怪しげな顔をしつつも、如何にもしげしげと見る。

ガヴリルキン「お前さんは、哨兵である私を買収しようって言うのか?」

アリョーシャ「よし! じゃ、返せ!」

ガヴリルキンから缶詰を取り返そう、と演ずるアリョーシャ。

ガヴリルキン「待てよ! 待てって! 冗談だよ、本気にすんなって! 待てって!(笑う) おぅ! えへ!(背後を窺いながら)……わかったって。……乗ったら、音を立てるんじゃねえぞ……分かってんな?」

アリョーシャ(如何にも真剣を装って)「わかったよ。」

F・O・。

[やぶちゃん注:「僕の休暇は残り二日しかないんだ」確認すると、アリョーシャは将軍からは「郷里行きに二日」+「前線へ戻」「るのに二日」+「屋根の修理に」「二日」で六日与えられている(ここ)。]

 

□24 線路

右からカーブしてくるそれを進んでくる蒸気機関車。最後は線路のごく脇から車体を左下からあおって撮る(経過と安息を示す標題音楽が被り、以下のシークエンスに続く)。

 

□25 干し草の貨車の中

干し草の間で雑嚢を枕に眠るアリョーシャ。

 

□26 回転する機関車の動力輪(三基)

ゆっくりと回転を停止してゆく。

 

□27 貨車の中(「25」でよりフレームが接近。以下、1ショット)

機関車が一時的に停止する。すると、貨車の扉を開けて閉める音がする(オフ)。直きに動き出す機関音がする。アリョーシャは眼を覚まし、顔を起こすと、思わず、起き直って、脱兎の如く、雑嚢を越え、干し草の山の奥の方へ潜み、扉の方を窺う。汽車は直ちに動き始める。アリョーシャ、干し草の蔭から、扉の方をそっと窺うが、「はっ」として頭を下げつつも、眼はそちらを見詰めている。

 

□28 貨車の中(以下、1ショット)

扉の内側。そこに立つ女の後姿。プラトークで頭を被(おお)っている。左手に風呂敷包みを持っている。

そのまま、振り返る。

右手にはコートを引っ掛けている。

まだ少女の面影を持った若い娘である。

プラトークを後ろに、完全に外すと、奥に少し進み、コートと外したプラトークを右手の干し草の小さな山に、

「さっ!」

と掛ける。(ここでカメラは途中でティルト・ダウンして、右画面には娘の下半身のみとなる)

同時に、その小山の背後(画面のこちら側)にはアリョーシャが息を呑んで潜んでいたのだが、その正面を向いた顔に、まずコートの端が頭に触れ、アリョーシャ、

「ぶるっ!」

としたかと思うと、そこにさらにプラトークの端が、

「ぱっ!」

と全面に懸かって、アリョーシャの姿(観客側に見えていた顔と胸部)の全面に掛かって、全く見えなくなってしまう。

そのまま、画面の右半分は、何も知らぬ娘の下半身を映し続ける。

娘は左のスカートを、右手で払う仕草をする。

しかし、どうも違和感があるらしい。

両手で、左脚のストッキングがずり下がっているのを直そうと、画面右手の干し草の上に足を、

「ぐっ!」

とかけて、それをたくし上げようと、ひざ上までスカートを捲くり上げて直そうとする。

――と

――その時

アリョーシャは、顔を覆われている状態で、何がどうなっているのか判らぬから、掛かっているプラトークを静かに右手で払い上げ、上方をこっそりと見上げる。

――と

それに娘が気づき(アリョーシャに罪はないとは言え、確かにシチュエーションとしてはすこぶる最悪である)、

「オ! ホイッツ!!」(私の音写)

と激しい叫び声を上げると、即座に背後の扉に取りつき、右足を高々と上げて踏ん張って扉を引き上げ、風呂敷包みを外に投げる。(奥の貨車外の疾走する列車からの景観はスクリーン・プロセス)

 

□29 川

疾走している機関車から川面に落ちる娘の風呂敷包み。跳ねた水の小さなわが向う側に、落ちた堤の大きな輪が水面に広がる。

 

□30 貨車の中(28と同じアングル)

アリョーシャが飛び出て、

アリョーシャ「やめろ!!」

疾走している貨車から飛び降りようとする娘の左手を摑んで、止めようとする。(以下、本作のヒロインである彼女の名「シューラ」で示す)

シューラ「何すんのよぅッツ! 放してッツ!! ママ!」

執拗に飛び降りようとする娘を懸命に引き止めるアリョーシャ。以下、かなりの乱闘となる。

シューラ「やめて! 放して!! ママ!!!」

アリョーシャ「やめるんだ! お前は気が狂ってるのかッツ?!」

シューラ「やめて!! ママ!!」

シューラ、アリョーシャを平手打ち!!!

アリョーシャを押し倒すと、扉から飛び降りようとする!

[やぶちゃん注:優しい青年アリョーシャはきっと生まれて初めて女性から平手打ちを食らったものに相違ない。]

 

□31 貨車からの風景(相応な幅の川の橋の上。アーチと柵と僅かな渡し板)

汽車は川の橋の真ん中を凄いスピードで疾走している!

 

□32 貨車から飛び降りようとするシューラ

シューラの顔のアップ。アーチの影が彼女の顏を過るぎ。「31」と「32」が両度カット・バック。(しかし、見た目誰が見ても、川に飛び降りることが出来ようとは思えない。最後の外景は川を渡り切る手前である)

 

□33 貨車入口(カメラは外から)

それでもシューラは両手首で目を蔽い、飛び降りようとしているらしい。背後からアリョーシャが抱き抱えて、貨車内の干し草のところに、投げ入れる。

 

□34 貨車内

アリョーシャの足をなめて左奥の干し草の間に投げ飛ばされるシューラ。昂奮の中でも乱れたスカートを直すシューラ。

 

□35 貨車入口(カメラは内側から)

アリョーシャ「馬鹿かッツ! 君はッツ!!」

 

□36 貨車内

シューラ「あたしに触らないで!」

 

□37 貨車入口(カメラは内側から)

アリョーシャ、開け放された扉を乱暴に閉じる。

 

□38 貨車内(左上方から俯瞰)

息を切らして、半ば口を開けて扉の前に茫然と立つアリョーシャ。右手の干し草の山に背を押しつけて慌てるシューラ。何か、意味に成らないことを口走っている。

アリョーシャ「僕が何をした!」

シューラ「こっちにこないで! お願いだから!!」

アリョーシャ、乱闘で落ちた自分の帽子を拾おうすると、シューラは触られると思って、叫び声とともに干し草の一山に飛び上がる。

アリョーシャ(呆れた表情で)「そっちへなんか行きゃあしないよッツ!」

アリョーシャ、帽子を拾い上げると、荒っぽく左手に当てて「パン!」と埃をはたく。

シューラ、びっくりしてまた下がる。

アリョーシャ、手前(貨車奥の寝ていた位置)に動くと、シューラ、反射的に扉の近くに逃げる。

アリョーシャ、落ちているシューラのコートを乱暴に彼女に投げつける。

 

□39 扉の前のシューラ(以下、1ショット)

受けたコートを左手に掛けると、振り返って、扉をあけようとする。

アリョーシャ(オフで)「開けるんじゃないッツ!」

驚いてアリョーシャに振り替えるシューラ。

アリョーシャ(オフで)「扉から離れろ!」

シューラ「いや。」

苛ついたアリョーシャが左からインして近づこうとすると(後姿)、シューラ、口を大きく開いて、

シューラ「マーマー!!!」

強力に叫ぶので、アリョーシャ、固まる。

アリョーシャ「正気か?」

シューラ「離れて。」

アリョーシャ「どうしたっていうんだ?」

シューラ「近寄らないでよ!」

アリョーシャ「叫ぶな!」

シューラ「いやよ!」

アリョーシャが宥めようと、少し近づこうとするが、またしても、

シューラ「マーーーーーーー!!!」

の強烈な〈口〉撃!!!(ここに汽笛が合わせて入る)

アリョーシャ(たじろぎつつ、呆れ果てて)「気がふれてる!……(右手で素早く宙を切りながら)勝手にしろ!」

と言って、背後に戻る(左へアウト)。

アリョーシャ(オフで)「よし! 勝手にするがいい! 行けよ! 行っちまえよ! 飛び降りて、首の骨でも折っちまえ!」

間。

シューラ「……飛び降りない。……もうすぐ……どうせ、汽車、止まるもん。」(この台詞の終りから経過と安息を示す標題音楽が始まる)

 

□40 走る機関車と貨車

見たレールの感じでは、「24」のシーンと同じ場所で撮ったものと推察される。

 

□41 貨車内(扉前位置から奥へ)

手前左手に立つシューラ。こちら側の左に顔を向けている。彼女は実は非常に髪が長く豊かで、それを三つ編みにしたものを左肩から手前に垂らしている。

右手奥の干し草に腰掛けているアリョーシャ、ぼんやりしている。手持無沙汰(ガヴリルキンとの火災の戒めがあるから煙草も吸えない。いやいやいや! きっと吸いたくてしょうがないだろうなぁ、この気まずい雰囲気じゃね)で、振り返って、貨物の板目の隙間から外を眺める様子。

 

□42 外

カメラ位置はゆっくりとスピードを落としている貨車の台車の隙間から向うの土手を覗いて撮る。汽車はごく少しだけそこに停止するらしい。しかし、そこに向こうの土手からわらわらと民間人が貨車に向かって走り降りてくる。乗り込もうとするつもりである。

 

□43 貨車内 扉の前

列車は停まった。シューラ、扉を開けようとするが、二度ほど引いても、びくともしない。眉根に皺を寄せて、悲しげな表情で振り返り、

シューラ「開けてください、出て行きます。」

アリョーシャ、左からインして、扉に手を掛けて開けようとする。そこに、

ガヴリルキン(オフで)「止まれ! これは軍用列車だ!」

 

□44 貨車の外(扉の前・あおり)

ガヴリルキン(バスト・ショット)、手を振って民間人らを牽制し、遂には銃剣附きの小銃をとって威嚇する。

ガヴリルキン「俺が捕まえたら、そいつは軍法会議行きだッツ! おい! お前! 近づいたら、撃つぞッツ!」(この台詞の後半は次の「45」にオフでかぶる)

 

□45 貨車内 扉の前

手前右でアリョーシャを見ている(後姿)シューラに目を向けて右手で「シーッツ」(静かに)の仕草をするアリョーシャ。

 

□46 外(「43」と同じの台車の覗きのアングル)

ガヴリルキンが小銃を一番手前の荷物を持った婦人に向けて脅しつけている。列車、早くも動き始める。

 

□47 外

「42」と同じアングルで、すでに貨車はゆっくりと動いている。向うに立ち止まって固まってしまった民間人たちがおり、その手前にガヴリルキンの下半身が見え、彼は貨車の最終車両の最後のラウンジ部分に小銃を投げ入れると、やおら、乗り込む。

 

□48 貨車内

隙間から外を窺っているアリョーシャ。シューラ、手前右手で立ったまま泣きだす(以下、この1ショット内では泣きっぱなしで恨み言を言う)。アリョーシャ、振り返って、

アリョーシャ「……しょうがないよ……」

シューラ「……みんな……あんたのせいよ……荷物をみんな投げ捨てちゃったのよ……」

アリョーシャ「仕方ないじゃないか!」

シューラ「あんたが悪いのよ! やっぱり!」

アリョーシャ「あそこで飛び降りてたら、もう、死んでるぜ!」(アリョーシャ、左手前へアウト)

シューラ「……じゃあ、何であんたは隠れてたのよ!……」

アリョーシャ(シューラの前の台詞を食って)「君じゃなく! 少尉殿から隠れてたんだ!」

 

□49 貨車内のシューラの顔のアップ

シューラ、不思議そうな顔をして、泣きやみつつ、

シューラ「……それって……誰なの?……」

アリョーシャ(オフで)「この列車の指揮官だ。」

 

□50 貨車内(「48」と同位置)

アリョーシャ、シューラをみつめながら、

アリョーシャ「僕は君より前にここに潜り込んだんだ。怖い奴で、もしその人に見つかったら、僕は列車からほっぽりだされちまうんだ!」

アリョーシャ「だから、あの時、君のこと、てっきり、その少尉か! と思ったのさ。」(台詞の最後でアリョーシャはちょっと微笑む。初めてシューラに見せたアリョーシャの笑顔である。シューラは後姿だが、同じく最後で彼女軽くふき出す笑い声がかぶる)

 

□51 貨車内のシューラの顔のアップ

シューラ、アリョーシャをみつめながら、初めて小さな声を立てて笑う。純真さと美しさに溢れた笑みである。

 

□52 貨車内(「49」と同位置)

アリョーシャの顔がなごんでおり、口元には笑みらしいものも漂う。シューラ、涙はまだとまらず目を右手で押さえている。一見、一種の嬉し涙のようにも見えるが、実際には以下、シューラが呟く事実を、彼女がここで思い出してしまった結果の涙である。

アリョーシャ「ひっぱたかれたあん時は、慌てたよ、心臓が飛び出るんじゃないかってね……」

シューラ、カメラの方に顔を向け、

シューラ「……包みには、全財産、入ってたの……パンも……」

アリョーシャ「戻って探せばいいさ。どこかに引っ懸かってるさ。」

シューラ「……そう思う?……」

アリョーシャ「なあに、橋桁(はしげた)に引っ懸かって、君を待ってるさ。」

[やぶちゃん注:子供染みた会話ではあるけれど、二人が始めて素直に会話するシークエンスとして微笑ましい。「パン」は直後への伏線である。]

シューラ「……でも……この汽車……ぜんぜん――止まらない……」

 

□53 走る列車

レールと台車だけの低い位置。(終わりで標題音楽かかり始める)

 

□54 最終貨車末尾の如何にも狭いラウンジ

ガヴリルキン、しゃがみ込んで、アリョーシャからせしめた大きなコンビーフの鑵を開けて、大型のスプーンでもりもりと喰らっている。

 

□55 貨車内(以下、1ショット)

二人、干し草のブロックに座っている(右にアリョーシャ、左にシューラ。向きは凡そ九十度角)。対面でないが、二人の距離は今はごく近くである。シューラは、前を見るともなくぼんやりしながら、左肩からおろした長い髪を編み直している。アリョーシャは編んでいる美しい髪をみつめ、また、視線を挙げてはそのシューラの顔をみつめたりしている。(視線は辛うじて交差していないのでシューラはアリョーシャの視線に気づいていない。観客には不自然であるが、そもそもがここは照明のない至って暗い貨車内であるから、シューラのぼんやりした視線の意味は、それを考えると実は至って事実として正しいと言えるのである。但し、このぼんやりしたシューラの表情は実際にはここを降りなければならない時が近づいていることへの一抹の淋しさ――それは未だ彼女自身も何故かはよく判っていない――淋しさを意味しているのかも知れない)

シューラが、ふっとアリョーシャを見ると、アリョーシャは、慌てて、視線を上の空に向け、ため息をついては、顔を反対に逸らせてしまう。そうして、やおら、シューラの方を向くと、

アリョーシャ「もうすぐ、停まるよ。」

と声をかける。シューラ、少し淋しそうな感じで目を伏せる。

アリョーシャ「降りる時は、誰にも見つからないように、こっそり、とね。」

シューラ(頷きながら)「うん。」

シューラ、笑う。しかしどこか淋しそうでもある。

シューラ「……荷物……見つからないかも知れないわ……」

アリョーシャ「……それじゃぁ……降りなければいいんじゃない?」

「はっ」とアリョーシャを見詰めるシューラ。

アリョーシャ「食べ物なら僕が持ってるし、この車は乗り心地もいいじゃないか。」

少し間をおいて、

シューラ「……でも……やっぱり降りるわ。」

アリョーシャ、あからさまに淋しそうな顔になって、目を落とす。

 

□56 線路を行く汽車と貨車

左手前から右奥にカーブしており、スピードが有意に落ちかけている。

 

□57 貨車内の扉の前

奥の扉のところにシューラ、左手前にアリョーシャ(後姿)。

アリョーシャ「降りる気持ちは変わらない?」

シューラ「ええ。」

[やぶちゃん注:この台詞の後の、二人の何か落ち着かない動きや表情がよい。しかし、それ以上にこのカットはライティングが素晴らしい。隙間を漏れたという体(てい)で、シューラの顔の部分にライトが当てられているが、それがシューラの可憐な美しさを実によく引き立てているからである。]

 

□58 扉の前のシューラの顔のアップ

シューラ「何だか、心配なの。」

 

□59 扉の隙間から覗くアリョーシャの横顔のアップ

左からインして、注意深く、二箇所から外の様子を覗いて、右(シューラのいる方)を見るアリョーシャ。その真摯な透き通るような両目。

 

□60 扉の前のシューラの顔のアップ

シューラの表情は最早、不安ではなく、はっきりとした淋しさを湛えている。

 

□61 貨車の中(中景・「57」のアングル)

アリョーシャ「大丈夫だよ。」

と言って貨車の奥(左手前)へアウトしてしまうのであるが、

――と

――汽笛の音が同時に挙がり

――同時に列車が引かれる音がする

(しかも同時にここでテーマがかかる。ヴァイオリンの絃をぽつりぽつりと弾く形で、この後、カットを越えて「64」まで続く)

ついに扉も開けず、降りなかったシューラは

――下を俯くと

――安堵に満ちた笑みをさえ浮かべている……

 

□62 線路を行く汽車と貨車(「56」と同じ位置)

最終車両もカーブにかかって、スピードが上がり始める。

 

□63 最終車両のラウンジ

寝ているガヴリルキン。(あの巨大なコンビーフ鑵を平らげれば、眠くもなろう)

 

□64 貨車内

アリョーシャ、奥に置いた雑嚢をしゃがんで取り上げ、中をごそごそし始める。左手前にシューラが立っている。

 

□65 干し草の積荷の脇に立っているシューラのバスト・ショット

口を半ば開けて、如何にも覗き込むような視線でアリョーシャの方(カメラ側)を見ているシューラ。何かを見て、「はっ!」として、口に手を当てつつ、慌てて背を向ける。

 

□66 アリョーシャの左側面のバスト・ショット

布包みを開きながら、シューラに向かって、

アリョーシャ「何か食べる?」

 

□67 シューラ(「65」と同じフレームで)

落ち着いて前を向くシューラ。

シューラ「……食べ物?……いいえ――ありがとう――お腹、空いてないの――」

と言いながら、また背を向けかける彼女に、

アリョーシャ(オフで)「遠慮すんなよ。」

シューラ(小さな声で)「いいえ。」

 

□68 アリョーシャ(「66」と同じ)

アリョーシャ「見ろよ! ベーコンだぜ!」

何重もの包みから物を取り出して見せる。

 

□69 シューラ(同前)

ちょっと心ここにあらずの呆けた表情で。

シューラ「……ベーコン?……」

 

□70 アリョーシャ(同前)

アリョーシャ「そうさ! ちょっと試してご覧!」

 

□71 シューラ(同前)

シューラ「……そう……じゃあ、味見だけ。――ごく小さいのだけ……」

 

□72 走る汽車(全景)

かなりスピードが上がっている。

[やぶちゃん注:運動性の変化をより示し易いからか、本作での走る汽車の全景画像はカーブでの撮影が頗る多い。]

 

□73 シューラのアップ

両手で持った大きなベーコンを挟んだパン(黒パンではなく白い密な感じのものである。「文学シナリオ」に『乾燥携帯食糧』とあるものであろう)に齧りついて、咀嚼するのも惜しむように食べるシューラ。よほどお腹がへっていたのである。

 

□74 走る機関車の車輪

パワー全開!

 

□75 貨車

干し草に腰かけたシューラのかぶりつきのアップ。

アリョーシャ(ここはオフで)「おいしいかい?」

シューラ「フ、フン(ええ)。」(答えるのももどかしげだ。ここでカメラは引いて右手にしゃがんでいるアリョーシャが映る)

アリョーシャ「兵士用の配給品なんだ。」

シューラ「(フ、フン(そうなの)。」(同前)

やっと一心地ついたか、アリョーシャに、

シューラ(如何にも楽しそうに)「私、ワッフルが好きなの。食べたことある? 筒みたいになってるの。戦前のこと、思い出しみて。」

と訊く。(初めて二人が普通の世間話をするのがこれである)

アリョーシャ「僕は田舎に住んでたからね。」(アリョーシャは「ワッフル」を知らないのである)

シューラ「私は町よ。」

またしても、もりもり食べるシューラ。左手の指で挟めるほど、文字通り、ごく小さな塊の方を食べているアリョーシャは、シューラを見上げながら、微笑んでいる。

 

■やぶちゃんの評釈

 「71」を見かけ上の対措定とし、「72」-「73」―「74」―「75」のこのアップまでのそれは、エイゼンシュタインが好んだ、今では常套的となった古典的な今では判りやす過ぎるともされそうな「比喩のモンタージュ」である。

 また、ここでアリョーシャがずっと貨車の床にしゃがんでいるのは、シューラ役のジャンナ・プロホレンコ(撮影当時は十八、九歳。二〇一一年、満七十一歳で逝去)の身長が低いからであろうと思われる。彼女はとても美しいししなやかである。これはバレエをやっていたからである。しかし如何せん、彼女は一つだけ、背が低いという欠点があった。グレゴーリー・チュフライ監督のインタビュー画像でも、彼女の将来性に期待をかけていたために娘ジャンナの映画俳優デビューを渋る母親(彼女の実の父は、今回、ロシア語の彼女の逝去記事を機械翻訳した限りでは彼女が幼少期(恐らくは一歳の時)に前線で戦死している。そんな事実も或いはこの作品での彼女の演技の素晴らしさに関係しているものかも知れない)に、 どんなに華麗でテクニックがあっても、彼女は身長が低過ぎて、残念ながら主役は張れない、この作品ならヒロインになれる! と言って口説き落としたというエピソードが語られている。背の高いウラジミール・イワショフ(アリョーシャ役。撮影当時は十九、二十歳。一九九五年満五十五歳で逝去)と常に双方を同じ立位で撮ると、カット上、不均衡が際立つからである。立位では狭い貨物内でもパースペクティヴを以って奥にシューラを配することが多いのは、アリョーシャの目線の意識であることとともに、こうした構図上の配慮が働いていると考えるべきであろう。

 なお、ここでシューラが言う「ワッフル」はロシア語字幕では「вафели」となっている。辞書を引くと「ウエハース」となっているのだが、この部分のロシア語の文字列の中に「筒状をした」とあることから、これは現在の我々が思い浮かべる枡型の模様のついた丸いワッフルでも、見慣れたおしゃれなスマートなウエハースでもないのである。調べたところ、発見した! サイト「ロシア・ビヨンド」の「ソ連にタイムスリップできるキャラメル入りのカリカリワッフルロール」でその画像が見られる。その記事には旧『ソ連』で『子供時代を過ごしたわたしの両親もワッフルロールが大好きだった。父は学校の食堂に並んでいた数え切れない焼き菓子の中でも一番おいしいものだったと回想する』とあり、『ワッフルのレシピはとっても簡単で、いつでもキッチンにあるもので作れる。難しいのはワッフルを筒型にするところである。手でやれないこともないが、何か円錐型、円柱型のものを使えば』、『より簡単に作れる。わたしがいつも使うのは木製のすりこぎ。これで完璧なロール型を作ることができる。ワッフルは熱いので、やけどしたくないなら綿かシリコンの手袋を使ってもよい。それ以外の工程はとても簡単』とあって、『カリカリのキャラメル入りソ連風ワッフル』と解説しておられるのだ。シューラが食べたのは、これだ!

 以下、「文学シナリオ」の当該部を示す。

   《引用開始》

 貨物列車。どの扉もぴったり閉ざされている。

 貨物に小銃を立て掛け、自分は貨車に寄りかかって、頑丈な兵士が短い外套を着て立っている。その姿は洗濯をする太った農夫に似ている。兵士はガリガリとリンゴをかじっている。

 アレクセイは彼に走り寄る。

 ――今日は、戦友!

 彼は息を切らして話しかける。

 ――今日は……

 太った兵士は見向きもしないで、答える。

 ――今日、出発するのですか。

 ――そうだ。

 ――ゲオルギエフスクにですか。

 ――そうだ……。

 ――戦友、すみませんが……。

 ――許可がない。

 兵士は話の腰を折る。

 ――誰が許可しないのですか。

 兵士は、しばらくリンゴをかじっている。一所懸命に顎を動かしていたが、やがて飲み下し答える。

 ――少尉だ。[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]

 ――分かってるんですか。

 ――みんな知っている。だめだ。戦略物資だから。

 アレクセイは貨車を眺める。小さい排気口を通して、圧縮した乾草の塊が見える。

 ――乾草が戦略物資ですか。

 ――問題は誰のための乾草かということだ。

 兵士は平然と答える。

 ――馬にでしょう。まだあるんですか。

 ――問題はどんな馬にかということだ。

 アレクセイは腕を組んだ。

 ――では、あなたの乾草が戦略物資だとしましょう。でも、それはあなただけの呼び方だ。

 アレクセイは腹を立てて、休暇証明書を取り出す。

 ――私は休暇で帰るのです。前線から。分かりますか。戦友。半日過ぎてしまった……。私には二日しかないのです。

 ――私は分かるが、少尉はだめだ。

 証明書に目もくれずに答える。

 ――いったい彼はどういう人間ですか。

 ――彼が?……獰猛だ! 分かったかね。

 アレクセイは口ごもった。そして悲しそうに軍用列車を見た。

 ――聞いて下さい! 少尉なんかどうでもいい。私は貨車に潜り込む。彼も気が付かないでしょう……どうです。

 ――それで、お前のために俺が軍事裁判にひっぱり出されるというのか。

 ――そんなことで軍事裁判ですって。

 ――お前も貨車に火をつけて軍事裁判だ。

 ――何で私が火をつけるんですか。

 ――つまらんことさ……そら、お前のバッグに何が入っている。恐らく引火し易いものだろう。

 ――ええ、肉の缶詰です。見て下さい。

 ――肉の缶詰だって。どれ、見せてみろ。

 兵士は活気づく。彼は肉の缶詰を手に取り、目を皿にして見ていたが、羨ましそうに嘆息する。

 ――前線の兵隊さん! 運がいいな。前線には時計やアコーディオンの分捕り品が、山ほどあるということだが!

 ――本当です。こんなアコーディオンを取って来て聞くことができるでしょう。

 兵士はアレクセイの缶詰を取り、目の前でぐるぐる回した。そして突然に言った。

 ――するとお前は、番兵に賄賂を使うというのかい。

 アレクセイは腹を立てて、番兵の手から缶詰を引ったくろうと思った。しかし番兵は、慌てて缶詰を背中に隠した。

 ――まあ待ってくれ! 冗談が分らんのか。冗談を言ったんだ。

 兵士はあたりを見回した。付近には誰もいなかった。

 ――だが条件がある。貨車には忍び込んで消えるのだ。分かったかい。

 

 貨車。その貨車の右も左も天井まで、圧縮された乾草の束が積まれている。貨車の中央には空間があり、床に束からこぼれた乾草の塊が散らばっている。

 アレクセイは満悦していた。彼は自分の持ち物を床に広げて整理している。突然すぐ近くで声が聞こえる。アレクセイは警戒する。話している人間が近づいてくるのを知ると、彼は乾草をひっくりかえし、その下に隠れる。声はだんだんと小さくなる。汽車は動いた。危険は去ったように思えた。

 アレクセイは乾草の隠れ家からはい出す。そして、誰かが、ぴったり閉った貨車の扉を力一ぱいに引き開けているのに気がつく……。扉が開く。

 彼は顔を乾草に押しつけ、息を殺している。数秒ののち、扉は元通りに閉められる。アレクセイは恐る恐る頭を持ちあげ、びっくりする。扉のところに十八才位のやせっぽっちの娘が立っている。重い扉を動かしたことと心の興奮から、彼女は激しく呼吸している……。彼女の足もとに小さい包みが置いてある。

 娘は、貨車の中には自分一人だと信じている。

 彼女はネッカチーフの結び目を解き、それを頭から取り、薄地のジャケツの胸を開く。走ったためにずり下った長靴下を引き上げ、細い腰のゴムひもをきつく締める。

 全身乾草だらけのアレクセイが、隠れ家から口をぽかんと開けて、その光景を眺めている。

 娘は本能的に辺りを見まわし、兵士を見つける。彼女は思いがけぬ出来事に驚いて息をつめる。しばらく二人はたがいに見合っている。

 汽車は次第に速力を増して行く。

 アレクセイは少し身体を動かした。何か言おうとした……。娘は一瞬、扉に身体を押し付け、足で壁を押す。扉はがらがらと開く。車内に車輪の音が響いている。大地が流れるように過ぎて行く。娘は包みを取ると、車から投げ出し、自分もその後から飛び降りようとする。しかしその時、アレクセイは彼女の肘を後ろから捕まえる。

 ――どこへ行くんだ。

 彼は、娘を入り口から引き戻しながら叫ぶ。

 彼女は彼の行動を勝手に解釈し、乱暴に逃れようとする。

 ――離して、卑劣な人! 離して!

 彼は彼女を乾草の山に押しつける。

 ――お母さん!

 彼女は絶望して叫び声なあげ、力一杯腕をふりまわして、彼の顔をぶつのである。

 アレクセイは彼女の足でひどく蹴飛ばされ、避け損なって飛ぶように車の隅に投げ出される。

 娘は扉のところに駆け寄る。しかしこの時、汽車は鉄橋を渡っている。轟音と扉の透き間から見える鉄枠が娘を正気に返えす。彼女は立ち止まり、恐しさに目を閉じる。

 慌てて駆けつけたアレクセイが、再び彼女を引き戻す。彼女は柔らかい乾草に倒れ、おののきながら、スカートを抑さえ、憎しみと恐怖のまなざしで彼を見つめる。

 ――ばかな!!!

 彼は大声で言い、扉の所に行く。

 ――開けておいて……

 彼のうしろから、娘が弱々しく憐れっぽい声で言う。

 扉が音を立てて閉まる。貨車の中が一層暗くなる。

 アレクセイは振り返り、娘を注意深く観察する。しかし、彼が扉のところから動こうとすると、彼女はまた飛び起きる。

 ――近づいてごらん!

 彼女はおどすように言いながら、後退する。

 アレクセイは驚く。

 ――あんたは一体気が確かなのか。

 ――近づいてごらん、思い知らせてやるわ!

 ――あんたに私が何をするもんか。

 アレクセイは、心から打ち消すように言った。彼は自分のところに行き、乾草に腰を下ろす。娘は機を見ては、別の片隅に移って行く。彼女は暫く侍っていたが、やがて扉に近づいて行く。

 ――どこへ行くんだ。それならば扉から出て行くがいい。

 アレクセイはいかめしく命令する。

 ――出て行きません!……。

 ――出て行けと言ってるんだ。そうすれば、もっと悪いことになるだろう。

 娘は引手にすがりついた。アレクセイは立ちあがり、彼女の方に歩いて行く。

 ――ああ!!!

 娘は精一杯の叫びをあげる。

 彼は停止する。娘は突然静かになる。

 ――どうしたんだ。

 彼は驚く。

 ――どうしたんだ。

 ――何をわめくんだ。何が気にさわるんだ。

 ――近寄らないで……。

 ――だから、扉から出て行け。

 ――出て行きません。

 アレクセイは彼女のところに動いて行った。

 ――ああ!!

 再び娘はわめき出した。

 ――たしかに、気が変だな。

 彼はそう言いながら、元の場所に戻った。

 

 時間が経過した。娘は以前の場所にずっと立っていた。アレクセイは振り返り、彼女を眺めて微笑しながら質問した。

 ――ふん、あなたは何を恐れているんですか。

 娘はそっぽを向いた。

 ――私は邪魔しない。

 ――やるならやってごらんなさい。

 ――朝まで立っているのか。

 娘はまたそっぽを向いた。

 ……汽車は速力を緩めながら駅に近づく。まだ汽車が止まらないのに、袋や籠をもった数人の女たちが線路を通ってかけて来る。彼女達を見た太った兵士は、最後尾の貨車から大儀そうに飛び降り、線路を横切って行く。

 

 貨車の扉のところに娘がいる。彼女は何回か引き手を引くが、扉は動かない。そこで彼女はアレクセイの方を向いて、訴えるように言う。

 ――扉を開けて。私は出て行きます。

 アレクセイは扉に近づいた。

  突然、扉の外で、太った兵士の大きな声が響く。

 ――おい、軍用列車から出ろ! 捕らえて軍事裁判に引き渡すぞ!

 娘は震えながら、恐怖の眼差しでアレクセイを見る。貨車が動揺し、再び汽車は動き出した。扉の向こうで番兵が、また叫ぶ。

 ――おい聞こえないか。打ち殺してやる。

 汽車は速力を増した。娘は悲しそうにアレクセイを眺めた。彼は両手を広げて、困惑したように振った。

 前方で機関車の汽笛の音が長く響いた。車輪は線路の継ぎ目でガタンガタンと音を立てていた……。一刻一刻と汽車は駅から遠ざかって行った。娘は低く頭を垂れ、静かに泣いていた。

 アレクセイは心配になって来た。

 ――なんて無茶苦茶なんだ。

 ――みんなあんたのせいよ。

 彼女は泣きながら言った。

 ――みんなあんたの責任よ。全部あんたの責任よ。あんたのおかげで持ち物を捨てたの

よ!

 ――けがをするところだったじゃないか。

 ――あんたの知ったことではないわ!

 彼女は泣き喚くのを止めずに続けた。

 ――お願いはしなかったわ。

 ――けがをすればよかったんだ。

 ――あんたは何なの。何で私にいやらしいことをするの。

 アレクセイは驚いて目をしばたたいた。

 ――私がいやらしいことをしたって。

 ――では誰なの。

 ――自分で貨車に潜り込んでおいて。私がいやらしいことをしたって。

 ――そうよ。……では、なぜ、わらの中に隠れていたの。

 ――何という気違い女だ。第一、これはわらではなく乾草だ。第二に、私が何であんたから隠れる[やぶちゃん注:「必要がある」の意。]のか考えてごらん。

 ――では誰からなの。

 ――少尉からさ。

 ――どの少尉なの。

 ――列車の司令官だよ。私もあんたも同じようにモグリで乗ってるんだ……。知ってるかい、捕らえられるとどんなにうるさいか。点検されるんだ……司令部で!

 涙に濡れた目を一杯に開いて、娘はアレクセイを見つめた。彼は微笑しながら、彼女にうなずいた。

 ――あんた[やぶちゃん注:「今判った君」の意。]よりもっと恐ろしかった。あんたが少尉かと思ったもの。

 娘は微笑んだ。

 アレクセイは同じ調子で続けた。

 ――恐怖は体験したし、侮辱は受けたし、その上、全部の責任もかぶさせられたという訳だ。

 二人は大声で笑った。やがて娘は深刻な顔付きになった。

 ――袋の中にみんな入っているんだわ。パンも、スカートも、身の回りのものも。

 彼女は話す。

 ――何でもない。戻って袋を探せばいい。

 ――あなたはそう思いますか。

 娘は期待をもってアレクセイを見る。

 ――もちろんです! どこでなくしたかな。きっと今頃は、橋げたに引っ掛かってあなたを待っていることでしょう。

 アレクセイも〈あなた〉と敬称を使って呼んだ。[やぶちゃん注:ここは大事。]

 娘は突然、何かを思い出して恐ろしそうな叫び声を上げる。

 ――ああ!

 ――どうしたんです。

 アレクセイも驚く。

 ――櫛もあの中だわ。

 アレクセイは笑った。

 ――どうして笑うのです。髪を解かすことが出来ないのよ。

 ――私のを貸して上げます。

 アレクセイは言いながら、娘に櫛を差し出す。

 彼女はでこぼこの大きい歯の付いた金属製のいかつい櫛を面白そうに見ている。

 ――まあ、何ていう変てこな櫛なの!

 ――差し上げます。

 彼は気前よく申し出た。

 ――あなたはどうするの。

 ――取りなさい! 我々のところには一杯あります。自分で作るのです。

 ――どんな風に自分で?

 ――全く簡単です。飛行機から。

 ――どんな飛行機から?

 ――ドイツのです。

 ――飛行機から櫛を作るのですか。

 ――匙もパイプも……ジュラルミンです……。

 ――そうですの。では、頂きますわ。

 彼等は黙った。貨車の下では、車輪が正確に鼓動していた。壁は時々軋んだ。娘はため息をつき、不安そうに言った。

 ――一体、どこまで行くのかしら。

 

 ……汽車は小さい駅に近づいて行く。貨車は振動した。ブレーキが音を立てた。

 ――到着しますよ。

 アレクセイは言った。彼は残念そうに溜め息をついた。

 ――誰にも気付かれないように早く行きなさい。

 娘はうなずいた。汽車は次第に速力を落として行く。

 ――もし袋がなかったら、どうすればいいのかしら。私には何も、お金も何もないのですわ……。

 ――そうだなあ……。そういうことだ。

 アレクセイは同情して言った。

 二人は黙った。

 ――ねえ! 汽車を降りなかったらどうです。

 突然アレクセイは言った。

 ――どうしてです。

 ――このまま行くのです。食物は私が持っているし、汽車は順調に進むし、貨車は全く快適だし!

 彼女は、彼を注意深く見つめた。

 ――いいえ。私は降ります……。

 彼女は貨車が止まった時に扉を開けようと、その近くに立った。

 ――このままで居なさい……!

 アレクセイはもう一度提案した。

 娘は頭を横に振った。

 汽車は停止した。彼女は引き手を取って、耳を澄ました。静かだった……。彼は黙って待機した。

 ――誰か歩いているわ。

 彼女が言った。

 アレクセイは耳をそばだてた。静かだった。

 ――そうですね……。誰か歩いているようですね。

 彼は言った。

 二人は暫く沈黙した。

 娘は動かなかった。貨車の扉の外は相変わらず静かであった。とうとう汽車がゆっくりと動き出した。彼女は扉のそばにうなだれて立っていた。アレクセイは彼女から目を離さなかった。

 汽車は速力を増した。アレクセイは軽く溜め息をついた。彼は急いで自分のバッグのところに行き、その中からパンとベーコンを取り出しにかかった。

 ――お座りなさい……。

彼は彼女に言った。

 ――いいえ、よろしいです。欲しくありません。今、満腹ですから。

 ――どうぞ、遠慮しないで!

 ――遠慮はしませんわ。満腹ですの。

 ――まあ、食べてごらんなさい。ほら、こんなベーコンです。

 ――ベーコン?

 彼女は気を引かれた。

 ――そうです。食べてごらんなさい。

 ――食べてみようかしら。ほんのちょっぴりですよ。試食するだけですから。

 そして、二人は乾草の上に向き合って座り、食事している。娘の手には巨大なベーコンとパンが握られている。

 彼女はそれを口一杯にほお張っている。明らかに非常に空腹であることが分かる。

 アレクセイも旨そうに食っている。

 ――おいしいですか。

 彼は質問する。

 ――ううん……。

 娘は、口一杯ほお張りながらうなずく。

 ――乾燥携帯食糧です。

 ――ううん……。

 娘は、慌てて食べ物を飲み込み、咳き込んで付け加える。

 ――私はワッフルがとても好きですわ! こんな風な筒の……。戦争前は売っていましたが、覚えていますか。

 ――私は戦争が始まるまで、村に住んでいました。

 ――私は街ですわ。戦争前も今も。

   《引用終了》]

2019/07/25

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 6 エピソード1 ワーシャの物語(Ⅱ) / ワーシャの物語~了

 

□17 走る列車の車内(昼)

満員。向うに車窓。手前にアリョーシャ、床に座っている。その奥の少し高い位置に片足の兵士(以下、兵士だらけで混乱するので、以降、彼を最後の方で愛称が呼ばれる「ワーシャ」で示す)。座席の端に座っている。

カメラ、反対側から。右手前に左手に松葉杖を持った空ろな表情のワーシャの頭胸部、中間にアリョーシャ、その向うに眼鏡をかけた老兵士がいる。

アリョーシャ(新聞紙を取り出して、ワーシャに)「喫いますか?」

ワーシャ、無言で首を横に振る(以下、映る際のワーシャの表情はずっと空ろである)。アリョーシャ、自分用に紙を切る。

カメラ、戻って、向かいの座席の端に座っている中年の元将官クラスらしい老軍人(エポレット(肩章)があり、胸には勲章が附いている)が、

老軍人「紙をくれ。」

窓側の兵士A「こっちにも。」

窓際の兵士B「俺も。」

彼らの頭上に薄板の棚がありるが、そこにも兵士が二人ほど登って横になっていて、彼らも手を出す。

カメラ、アリョーシャを中心にした位置で。

紙を貰った兵の一人「『敵を撃滅せよ』って書いてある。」

老軍人(笑って)「前線では出回ってるのか? 煙草の葉っぱは?」

アリョーシャ(笑って)「何でもありますよ。」

別な兵士(笑って)「何でもか、そりゃ、結構だな。」

上の棚に腹這いになっている兵士Cのアップ。

兵士C(笑って)「農家のおばさんを思い出すぜ。(唾で新聞紙を濡らして巻き煙草を作り)……『おばさん、水を飲ませて下さい』(前のアリョーシャ中心位置のショットに戻る)『腹も減ってるし、寝るところもないんです』……」(複数の笑い)

老軍人のバスト・ショットに切り替わり、その頭上の兵士Cに向かって、

老軍人「……そうして……お前は『おいしい』思いをしたんだろうな……」

兵士たちの爆笑のカット・バックで、二コマ目に兵士Cをやや離れて写し、

兵士C(笑って)「……いい女だったなあ……忘れられないぜ……」

兵士D(Cの後ろに頰杖えをして横になっている)「そんなに良かったんなら(Cの煙草を吸わせて貰い)、戦争が終わったら、結婚しろよ。」

兵士C「それがよ、もう亭主がいるんだって。」

ここでカメラは切り返され、右半分手前に空ろな眼の茫然としたワーシャの顔、奥にアリョーシャ。アリョーシャ、無邪気に笑う。

兵士E(反対側(ワーシャの真上)の棚から)「その旦那は、おめえみたいな痘痕面(あばたづら)か?」

兵士C「いいや、スベスベだってよ。」

兵士C、Eに煙草の火を移してやる。

老軍人(見上げるカット)「『スベスベ』より『痘痕』がいいってわけか!」

皆の爆笑。カメラ、兵士Cにティルト・アップして、

兵士C「旦那にはよ……何か、『からだのどっかに』欠陥があったんじゃねえか?」(C、爆笑。合わせて車内の皆の爆笑)

ワーシャとアリョーシャのショットに戻る。アリョーシャも一緒に大笑いしている。ワーシャ、目と口元に微かな笑みを浮かべる。

中景カット。右に老軍人、向うにすっかり笑っているワーシャ、中央に笑うアリョーシャ。

老軍人「君は友達の付き添いかね?」

アリョーシャ「いえ、一人旅です。」

眼鏡をかけた老兵士「公用かね?」(バスト・ショット)

真上の兵士E(奥に笑う兵士C)「部隊の転籍かい?」

カメラ、先の中景に戻り、

アリョーシャ(ちょっと周を見回して得意げに)「帰郷です。」

画面左の兵士F「ホントかよ!?」

アリョーシャ(しっかり得意げに少し声高く)「本当です! 戦車2台、やっつけたんです!」

大爆笑! 皆、本気にしないのである。

アリョーシャ(食ってかかる感じはなく、如何にもアリョーシャらしい素直さを以って)「通信兵だって戦いますよ!」

兵士F「通信兵は、平均、戦車2台、やっつけるのかい?」

老軍人「どうやってやったんだ?」

兵士C(笑いながら。兵士Eも手前で笑う)「受話器でやったんだって! ありゃ、筒口が二つもあるからな!」

カメラ、本シークエンスの最初の位置に戻る。ワーシャが元気そうに笑って、笑うアリョーシャに振り向く。

兵士F「俺は知ってるぞ! どうやったか!――前線で戦車を見つける――一台を叩き潰す!――そしてもう一台も!――そうして、そいつらを自分のポケットの中に、入れっちまったんだ!」

車内、大爆笑(アリョーシャから貰った紙の煙草を吸いながら嘲笑する兵士のカット・バック)。

途中でアリョーシャも笑っていたが、切り返したところで、アリョーシャは本気にしない彼らに遂に切れ、

アリョーシャ(やっきになって大真面目に)「本当のことだ! 将軍に呼ばれて……」

兵士E(向かいで兵士Cも嘲笑の笑みを浮かべている)「出鱈目言うなよ。」

老軍人「まだ子供のくせに。」

別な中年の勲章を附けた兵士G、アリョーシャの紙で作った煙草を銜えて大笑いするあおりのショット。右に口を尖らしたアリョーシャ。

アリョーシャ(完全に切れて)「なんだと! 寄こせ!」

と言いつつ、突如、兵士Gの銜えていた煙草を右手で取り上げる。

アリョーシャ「証拠を見せてやる!」

老軍人の右肩をなめたショットでアリョーシャとワーシャ。アリョーシャ、前に置いてあるワーシャの鞄の上でその煙草の火を右手の拳で「どん!」と叩き消す。ワーシャはその動作を真面目に見詰めている。

兵士G「どうしたんだ?」

アリョーシャ「待ってろ、待ってろよ。」

アリョーシャ「ほら! 見ろ!」

アリョーシャが鞄の上で、縦に裂けた二枚の新聞の断片を合わせたもののクロース・アップ。アリョーシャの写真である。鉄兜を被り、眉根を厳しく寄せたものだ(上部キャプションに「CBOИX」、その後の単語の頭は「Г」と、「е」の大文字であるが後の綴りは見えない。前は「仲間の」で、或いは後のそれは「гений」(天才的な・偉大な)かも知れない)。

兵士「確かに。……彼だ。……」

中景に戻る。

老軍人「大切な新聞を使っちまって! どうするんだ?」

アリョーシャ(気持ちのいい悪戯っぽい笑顔で)「まだ何部も持ってるんだ。」

ワーシャ、老軍人に向いて、白い歯を見せて、元気に笑い、そのままの笑顔でアリョーシャを見る。F・O・。

 

□18 走る列車の車内(夜)

さっきの多くの兵士は大分、降りたものか、向うの窓際に座って寝ているのは、女性・兵士一人・老人・子供である。皆、寝ている。カメラが彼らをなめつつ左にパンし、松葉杖の間から目覚めていて目を開けて暗い表情のワーシャで止まる。伏し目が上って正面を見詰める。また、伏し目になる。カメラ、少し左にパンして、彼の脇で寝ているアリョーシャで止まる。アリョーシャは何か夢を見ているのだろうか、ワーシャの體に寄せた左頰を子供のように擦り付けるのである。(初めから不安のテーマ音楽がかかっている)

[やぶちゃん注:この松葉杖のカットは美事である。ワーシャは有意に左右に揺れている。それは確かに車体の揺れなのだが、明らかに今も不安に揺らいでいるワーシャの心象風景であり、彼の左前からのライティングが、顔面を縦に分断している松葉杖の一部によって遮られ、顔の右半分が暗く、右眼だけが翳の中に光っているのも彼の心象風景を優れて象徴している。]

反対の右側からのワーシャのアップ。(ここで主題音楽に代わって)

老兵士(オフで)「あんまり考え過ぎない方がいい。」

ワーシャ、「はっ」として右を向く。

老兵士(半分オフで)「何とかなるもんだよ。」

語りかける老兵士のバスト・ショット。以下、二人のカット・バック。

ワーシャ、「いや」という感じに弱々しく顔を横に軽く振りつつも、

ワーシャ「……そうでしょうか?……」

と問う。

老兵士「私の娘は、結婚し立てで、未亡人になった。」

ワーシャ、再び、前に顔を戻して考え込む。

老兵士も伏し目になって、一つ、ため息をつく。

また、ワーシャにすりすりしている寝ているアリョーシャ。F・O・。(音楽はそのまま大きくなって流れ続ける)

[やぶちゃん注:この「老兵士」は昼のシーンの冒頭のショットでアリョーシャの向うにいた人物と同じである。但し、昼間の兵隊用コートの前を開けていて背広のように見え、赤軍の徽章附きの帽子も取り去っており、うっかり見ている観客は民間の老人と思う(或いは年齢的に見てすでに退役しているものと見てよい)。しかし、ずっと彼はそこでワーシャの様子を見守ってきたからこそ、彼の心中を見抜き、かくアドバイス出来るのだという点でこの誤認はアウトである。でなくては、ワーシャの心に以上の言葉が響くはずがないからである。なお、最後のシーンでワーシャがごく軽く頷いているように見えるのは車体の揺れであって、彼の言葉に相槌したのではない。]

 

□19 ボリソフ駅1

二人は既に降車している。背後にぞくぞくと人が乗ってゆく車両。二人はホームを見渡してワーシャを迎えに来ているはずの妻を捜している。しかし、いない。ワーシャ、松葉杖でホームに沿って歩き始め、妻を捜す。後を彼の鞄と自分の雜嚢を持ったアリョーシャが続く。それに気づいたワーシャは振り返って、

左手で、アリョーシャの左胸を押さえ、

ワーシャ(優しい笑みを浮かべ)「もうここでいい、ありがとう。」

と言うが、

アリョーシャ「付き合いますよ。」

と続いて歩く。カット。

ワーシャの背が右手前にあって、後から車体側をアリョーシャが過ぎたところで、ワーシャ、背後に気配を感じ、「はっ」として振り返り、数歩、カメラの方に歩み寄るが、人違いであり、諦めの表情が浮かぶ。

 

□20 ボリソフ駅2(ここは19の最後とオーバー・ラップで切り替えている)

ホーム。乗ってきた汽車はもう出て行ってしまった。しかし、アリョーシャはワーシャと一緒にホームに残っている。アリョーシャは煙草を吸いながら、まだ見回して捜しているけれども、ワーシャは両松葉杖で立ったまま、煙草をすって俯いて動かない。ホームには民間人の人影が右奥の駅舎側に数名、ずっと奥で左手の線路を越えてホームへ渡ってくる人々が見えるだけで、ある淋しさが漂っている(標題音楽がそれをさらに助長する)。カメラが二人に寄ってゆき、奥のアリョーシャが振り返り、哀しそうに右手前のワーシャ(バスト・ショット)を見る。何も言えない。ワーシャ、短くなった煙草の最後の一吸いをすると、ホームに投げ捨てる(ここで音楽、止まる。以降、台詞以外とワーシャの松葉杖と跫音以外の周囲の音声も同時に意図的に消されて失望感がSE(サウンド・エフェクト)で表現されているように感じられる)。アリョーシャの方を振り返り、無言で、身を返して、アリョーシャの左脇を抜けざまに振り向き、

ワーシャ「行こう。」

と声をかけて駅を奥の舎屋の方へと去ろうとする。アリョーシャは画面の奥のホームに置かれてあるワーシャの鞄を持ち上げてその後に従おうとした――

――その瞬間!

――「ワーシャ!!」

と叫ぶ女性の声がオフでかかる!!

振り返るワーシャ!!! 背と頭部のアップ!!! 驚愕するワーシャの顔!!!

右から左に移動するホームの乗客の流れの中を、たった独り、左から走って抜けてくる女性の姿!(ここで同時に雑踏の音が再生されて自然な現実空間となる)

走ってくる女性! ワーシャから二メートルほどの位置で立ち止まる女性(ワーシャの少し右手前ホーム縁にアリョーシャが立つ)!(ここは2ショットであるが、2ショット目は対面シーンの安定構図まで一気に撮った長回しである。私は舎屋側に撮影台車用のレールを引いて、最後をカーブさせて撮影したものと推定する)

彼女を見詰めるワーシャ(バスト・ショット)。

切り返して、右手にワーシャの左背側、中央奥に妻、ワーシャの背を舐めた奥に小さくアリョーシャのバスト・ショットが入り、ワーシャの妻がゆっくりとワーシャに近づいてゆき、面前で、一瞬、立ち止まり、見詰め、ワーシャの抱きつく。

ワーシャの妻「ああ、ワーシェンカ!(標題曲がここから入る)…………帰ってきたのね!……生きて!……」

彼女の無数のキス!

激しい吐息とともに彼女を抱きしめるワーシャ!(この直前までは二人から少し離れた奥に鞄を持ったアリョーシャが映る。以降も画面の左端にはアリョーシャの肩のごく一部が映ってはいる)

ワーシャ「……でも……足が……」

(切り返しで彼女をワーシャの右背後から撮る)を遮るように、笑みを浮かべて泣きながら顔を横に振り、ワーシャを抱きしめ、

ワーシャの妻「……生きてくれていれば! いい!……」

妻の右背後下方からあおりのショットで抱き合う二人。

 

□21 ボリソフ駅構内奥の線路

画面右手前から、奥の方の線路に停車している連結された貨物車両の方へ向かって行くアリョーシャ。一つの線路を越えたところで左方向をみて、また、渡って行くが、これは走っている車両を見つける動作のように私には感じられる(見る人によってはホームのワーシャらを名残惜しんでいると読む方もいようが、良く見えないが、表情にはそういったものは感じられない。寧ろ、そのウサギのような敏捷な動きには、休暇のロス・タイムを何とか挽回しなければ! という焦りを私は強く感じる)。しかし、見当たらないので、停車した貨車のある奥へと向かうのである。

 

□22 ボリソフ駅3(20の終りと同じワーシャとその妻の二人の場面に戻る)

ワーシャの顔をいとおしく両手の指で撫で、自分の乱れた髪とプラトークを直す妻。

ワーシャの妻(幸せな顔で)「これでも急いで来たのよ、バスもないし。」

ワーシャ、妻の右手の人差し指と中指に包帯が巻かれているのに気づき、それを無言で心配げに不審がる。

ワーシャの妻「大したことないの。今、兵器工廠で鉄材を扱ってるからなの。」

再び抱き合う二人。再会に夢心地となっている二人。あおりのアップ・ショット。

運転手「奥さん、自動車が待ってますよ。」

二人、思わず、離れる。カメラが引くと、右手に男の背。車のキーを左手で弄んでいる。

ワーシャの妻「ワーシャ、こちら、運転手さん。荷物は?」

二人の背後に置かれてある。

ワーシャ「ああ、あそこだ。」

運転手「運びましょう。」

ワーシャ「待ってくれ! 彼はどこだ?」

ワーシャの妻「誰?」

ワーシャ「戦車を2台撃破した英雄さ!」

運転手「行きましょう。私はもう遅れているんです。」

ワーシャ(清々しい笑顔とともに)「ああ、残念だ! 行っちまったか!」

前方で鞄を持った運転手がゆっくりと先導して(足の不自由をよく気に掛けている様子が見える)、ホームの奥に向かって帰って行く二人。妻、ワーシャの右手に優しく手を絡ませて支えて行く。向うから来た女性と少女が、片足のない彼と妻をずっと後から眺め続けている。ワーシャは、『大丈夫! 自力で支えられるさ!』といった感じで、ワーシャの右手の介添えなしで、力強く歩いて行く。

 

■やぶちゃんの評釈

 シークエンス「20」の太字下線とした「振り返るワーシャ!!! 背と頭部のアップ!!! 驚愕するワーシャの顔!!!」のカットは映画史で忘れ難い1カットであると言ってよいと考えている。テツテ的に失望した男を救う「マリア」の声だ! その大胆な構図と、負傷兵ワーシャ役を演じたエフゲニイ・ウルバンスキイ Евгений Урбанский の強烈な〈顔力(かおじから)〉は、もう、神がかっているしか表現し得ない。――人が心底から救われる時の真に神聖な驚きの表情――謂うなら――非宗教的奇蹟を――私は彼のその演技に見るのである。

 なお、エンディングの二人が帰って行く方向はここまでの展開上からは、かなり違和感があるが、それは今回かく分析してみてのことに過ぎぬのであって、過去、何十回も見てきた中で、そんな違和感は感動によって吹っ飛ん微塵も感じたことはなかったのである。ここで向きを物理的に辻褄合わせして戻すのは事実ではあっても、芸術的に美しくないからである。それは芸術上の意識の流れの精神的ベクトルとしてこの固定された前方奥へと収束する以外に正しい展開はないのである。私は、この「休暇」最初の、この大きな重いしかししみじみと感動させる第一エピソードの成功こそが、この映画のアリョーシャ的「英雄」の位置にあるとさえ考えている。この感動が作品の三分の一の時点で(本作は全八十四分である)このクライマックスを作って、以後、アリョーシャがどやって母のもとに辿り着けるか、観客のやきもきさせる関心をしっかりと攫むことに完全に成功しているからである。シューラとの絡みが本作のメインであることは言を俟たないが、しかし、この「ワーシャの物語」がなかったなら、ワーシャ役がエフゲニイ・ウルバンスキイではない別の役者だったら、私は「誓いの休暇」のここまでの成功や完成度は生れ得なかったとさえ言うことを憚らないものである。

 以下、「文学シナリオ」の当該部を掲げておく。

   *

 客車のデッキ。扉の向こうに、駅のはずれの建物がちらついている。汽車は駅を離れて行く。

 デッキの中、傷兵とアレクセイ。

  ――あなたは乗車しないと言った。

 アレクセイは喜んでいる。

 ――私のために時間を無駄にさせて済まない、アリョーシカ。私のために四時間を費やさせた。

 ――何でもありません。取り戻します。道中は長いです。

 アレクセイは答えると、女車掌に向かって質問する。

 ――いつボリソフへ到着するのですか。

 ――明日の朝です。

 女車掌は答える。

 傷兵は嘆息する。

 ――どうしました。

 アレクセイは聞く。

 ――何でもありません。

 ――考え事をしないで、汽車の中は気楽に過ごしましょう。

 ……客車は人、トランク、荷物でぎっしり詰まっている。どの棚からも足がぶら下がっている。傷兵は通路をゆっくり歩いて行く。その後ろからアレクセイがトランクをぶら下げてついて行く。彼等の行く手を二つの大きな長靴が遮る。傷兵は止まる。足が上がる。傷兵はそれを避けて、その下を通って行く。

 彼はさらに進む。彼の頭のところにあちこちの棚から足がぶら下がっている。長靴をはいている足、裸足の足、編上靴の足、運動靴の足、足、足、足……。

 傷兵の瞳は進むにつれて、暗くなってくる。とうとう、彼は停止し、目を閉じる。

 一人の中年の隊長が眠っている兵士達をゆり起こす。

 ――おい! 戦友達、もっとつめろ! この人に座らせてあげよう。

 兵士達は、身体を寄せ合って場所を空ける。傷兵は松葉杖に頭をもたれかけて、座る。

 ――いかがですか。

 身体をかがめて、アレクセイが彼に聞く。

 ――何でもありません。

 ――疲れましたか。

 ――ええ。

 ――慣れないからでしょう……。

 兵士の誰かが言う。

 アレクセイは傷兵と並んでトランクの上に座った。そして、ポケットから喫煙用に切断した新聞紙の束を取り出し、それを傷兵に差し出した。

 ――喫いますか。

 傷兵は頭を横に振った。

 ――新聞紙をくれ。

 向かいに座っていた隊長が申し出た。

 ――どうぞ!

 やがて、数人の兵士の手が紙束に伸びた。束はたちまちなくなった。

 ――ところで煙草はありませんか。

 アバタ面の上等兵がアレクセイに尋ねた。

 ――あります。

アレクセイは答えて、彼に自分の煙草入れを渡す。

 ――すばらしい煙草だ。

 誰か感嘆の声を上げる。

 ――どこで買ったんです。

 ――戦場の酒保です。

 ――機関銃手ですか。

 ――私は通信士です。 

 煙草入れは手から手に渡る。

 ――ところで女はどうなんだい?

 ――それは、兵士が主婦に水をもらうように、〈おばさん、水を下さい。それから食べ物、ありませんか、どこか泊めていただければ有り難いんですが〉という具合に作るのさ。

 アバタの兵士が発言する。

 みんなが笑う。

 ――そうだ!……それがおまえの方法なんだな。マリウスでは、水を飲んでくると言って、三晩、行方を暗ませた。

 再び笑い声が起こる。アバタの兵士は嘆息する。

 ――いい女だ。忘れることができない。

 ――何故忘れる。戦争が終われば、帰郷して結婚すればいい。

 ――馬鹿な、彼女には夫がいる。

 ――アバタ面のか。

 ――いや、すべすべしてる。

 ――それで、何故知ってるんだ。

 ――彼女が話した。

 ――女がすべすべした夫を、アバタのお前と取り替えたというわけか。俺は何故か知っている。……恐らく、彼には何か欠陥があるんだ。

 みんながまた笑う。アレクセイは誰よりも大きな声で笑う。

 ――おい君、陽気な人!

 上等兵が発言する。傷兵の方を頭を動かして指しながら、アレクセイに質問する。

 ――友達を送って行くのかい。

 ――いや、私は一人です。……私も家へ帰るのです。

 ――家へ。

 上等兵は聞き返す。

 ――そうです。休暇です。

 ――分かった。もっと話を作ってごらん。

 上等兵はみんなに目配せする。

 ――いや本当です……。私はタンクを二台やっつけたのです。信じてくれませんか。

 ――どうして。

 ――何で二台やっつけたんだね。

 ――電話器でかい! あれにも二つ筒口があるからね!

 アバタ面が話すと、みんなが笑う。彼はさらに続ける。

 ――何しろ彼等は通信士だからな! どうしたんだろう! 彼は前線に出かけて行く。タンクを見る。……一台に平手打ちを食らわす。もう一台に平手打ちを食らわす。そして、袋に入れる……。

 また、兵士達は笑う。

 傷兵も微笑している。それを見て、アレクセイも明るく笑う。

 

 夜。客車は眠っている。

 バックにも垂れて、隊長が眠っている。頭を反らせて、アバタ面の若者が眠っている。大きい百姓の掌で顔を支えて、陽気な上等兵も眠っている。そして我々の兵士も微笑を浮かべて眠っている。

 傷兵だけは眠っていない。松葉杖にすがって、陰鬱な思いに沈んでいる。

 車輪は線路のつぎ目でカタカタと鼓動し、客車のグラグラした隔壁が軋む。

 汽車は、ステップを驀進する。前方の空が、もう、赤みがかっている。

 

 朝。ボリソフの駅。乗客が客車から降りて行く。客車の入り口のところに傷兵が現れる。彼は客車を取り囲んでいる群衆をかき分けながら、目で妻を探す。アレクセイはトランクをさげて、彼の後ろからついて行く。

 群衆の中からやっとの思いで出た傷兵は、立ち止まってあたりを見回す。彼はプラットホームの上を行き交う人々を見つめる。妻はいない。

 傷兵はホームに沿って歩く。アレクセイが彼に従う。しかしここにも彼女はいない。

 ……ガランとしたプラットホーム。汽車はでて行った。人影はない。ただ傷兵とアレクセイだけが残った。傷兵は、もうどこも見てはいない。首をうなだれ、悲しげに地面を見つめている。

 アレクセイは嘆息しながら彼を見守る。

 傷兵は頭を、持ち上げ、心をこめてアレクセイに言った。

 ――無駄です。出かけて下さい。

 アレクセイは黙ってうなづいたが、どこにも行かなかった。

 ――あなたは行く必要があります。出かけて下さい。

 ――私は今……。

 アレクセイは返答を渋った。煙草入れを取り出すと、それを傷兵に差し出した。しかし、彼がまた怒り出すのを恐れて、アレクセイは慌ててポケットに煙草入れをしまった。

 ――煙草を下さい。

 傷兵はうつむいたまま言った。

 ……彼等はプラットホームに立っている。黙って煙草を喫っている。

 アレクセイは傷兵を見守っている。すでに期待を捨てた傷兵は、悲しそうに遠くの白い鐘楼の街を眺めている。

 再びプラットホームが人の波にうずまる。反対方向に行く汽車が到着した。シガレットは指先まで燃え切っていた。傷兵はそれを捨て、アレクセイの方を向いた。そして物静かに言った。

 ――さて! 兄弟!……私はこう考えた。行こう。

 彼は駅の建物の方に行こうと向きを変える。すると、その時、構内のざわめきを突き破って、甲高い声が聞こえてくる。

 ――ワーシャ!

 傷兵は動揺する。

 ――ワーシャ!

 一人の婦人が群衆をかき分けて、彼のところに飛んできた。彼女は傷兵に駆け寄り、彼の胸に抱きついて泣いた。

 ――ワーシャ! ワーセニカ!

 彼は動かなかった。彼女は、彼から離れると、目を見つめ、また彼を抱きしめた。

 ――帰って来たのね!…………生きて!……。

 彼女はささやいた。

 ワシリーの唇は震えていた。彼も妻を抱きしめた。

 彼女はまた彼の顔を見た。彼は微笑で答えた。悲しそうな微笑であった。彼女はすべてを理解した。

 ――何でもないの……今は二人は一緒よ。

 婦人は涙顔に微笑を浮かべ、ささやいた。

 彼女は、彼の顔、髪の毛、肩と、汚れた包帯を巻いた手を撫でた。

 ――私はこれでも急いで来たのよ! バスはないの。

 婦人は言った。傷兵は彼女の手を取り、食い入るように見つめる。

 ――こんなに金くずが……。

 彼女は説明した。

 ――非常に重い鉄だったの。私は今工場で働いているのよ。……

 手は擦り傷やみみず腫れで一杯だった。傷兵は妻を引き付け、掻き抱いた。

 ――奥さん、自動車に乗りませんか。私は行きますよ。

 綿入れの上着を着た男が聞いた。

 婦人は振り返った。

 ――はい、今行くわ……ワーシャ、運転手さんよ……行きましょう。

 彼女は、ネッカチーフの下から垂れた髪の毛を直しながら言った。

 ワシリーは妬ましそうに、好男子の運転手を眺めた。

 ……運転手はトランクを持ち上げる。うれしさにそわそわした妻は、夫の腕を取る。そしてせっかちな運転手の後について行く。

 松葉杖が二人の邪魔になる。ワシリーは、注意深く妻から自分の手をどける。突然、傷兵が急に思いつく。

 ――待ってくれ。若者はどこだろう。

 彼はアレクセイを目で探して、振り返った。

 ――彼はどこだ。

 ――どの若者?

 妻は言った。

  ――野戦の兵士の人! 私と行かないか。アリョーシャ! アレクセイ!

 彼は大きな声で叫びながら、あちらこちらを見回した。

 アレクセイはプラットホームにいなかった。

   *

シナリオより実際の出来の方が遙かによいことが、よく判る。

 

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