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カテゴリー「貝原益軒「大和本草」より水族の部」の228件の記事

2021/03/07

大和本草附錄 肥後の八代川苔 (スジアオノリ)

 

肥後八代川苔 色綠美長一尺餘味佳長崎ノ海ニ

靑苔アリ八代苔ヨリ短シ味尤ヨシ伊勢苔武藏ノ

淺草品川苔皆同類也靑苔ナリ肥後八代ノリノ

外皆海苔也

○やぶちゃんの書き下し文

肥後の八代(やつしろ)川苔(〔かは〕のり) 色、綠。美。長さ一尺餘り。味、佳し。長崎の海に靑苔〔(あをのり)〕あり。八代苔(やつしろのり)より、短し。味、尤〔(もつとも)〕よし。伊勢苔(〔いせ〕のり)、武藏の淺草(あさくさ)・品川苔(しながはのり)、皆、同類なり。靑苔なり。肥後の八代のりの外(ほか)、皆、海苔〔(うみのり)〕なり。

[やぶちゃん注:前の「海粉」の後には十条を数えるが、水辺に生えるものが数種あるものの、純粋な水草ではないので採らなかった。文政八(線八百二十五)年跋の版本編「物品識名拾遺」(尾張岡林清達の稿を水谷豊文(みずたにとよぶみ)が編したもので、「物品識名」の後編。日本産の動物・植物・鉱物名をイロハ順に列挙し、さらに「水」・「火」・「土」・「金」・「石」・「草」・「木」・「蟲」・「魚」・「介」・「禽」・「獣」に分類し、カタカナで和名を、その下に漢名を記載し、ものによっては出典なども付したもの)に七十五丁に(早稲田大学図書館「古典総合データベース」の同書(PDF)で視認した。14コマ目)、

   *

ヤツシロノリ【肥後八城産】 紫菜(アマノリ)一種

   *

とあった。この「アマノリ」が正しいとすれば、紅色植物門ウシケノリ綱ウシケノリ目ウシケノリ科 Bangiaceae の一種となるが、どうも違う。「八代漁業協同組合」公式サイトの「八代青のりを見ると、はっきり「スジアオノリ」とあり、これは

緑藻植物門緑藻綱アオサ目アオサ科アオサ属スジアオノリ(筋青苔)Ulva prolifera

が正解となる。前掲の田中氏の「日本の海藻 基本284」では、学名を「Enteromorpha prolifera」とするが、これは本種のシノニムなので問題ない。以下、田中氏の解説によれば、『四国の名産品』として『「青海苔』が知られるが、それは『この種が使われていることがほとんど』とある。『河口付近の淡水が混じる海域に生育することが多い。直径や長さ、江分かれの数など』、『個体ごとの形態の変異が大きい』。同属の『ボウアオノリ』Ulva intestinalis(異名にイトアオノリ。Enteromorpha intestinalisEnteromorpha capillarisはシノニム)『に似るが、藻体全体、とくに下部からの小枝が多く出ていることが識別点である』。『本種はアオノリのなかでももつとも美味とされ、食用として重要種である。徳島県吉野川や高知県四万十川での養殖が有名である』とある。ここでは、ここで名にし負う熊本県八代市の球磨川河口(グーグル・マップ・データ)のそれも付け加えておこう。また、各地の加工品のそれを画像で載せておられる「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のスジアオノリのページも必見。私はそこに載る、新鮮なそれの天ぷらを、食べたくて食べたくて仕方がない。

「長崎の海に靑苔あり」「伊勢苔(〔いせ〕のり)、武藏の淺草(あさくさ)・品川苔(しながはのり)」と示すのは孰れも殆んどが最初に示した縁の遠いウシケノリ類と考えられる。それらは「大和本草卷之八 草之四 紫菜(アマノリ)(現在の板海苔原材料のノリ類)」を参照されたい。]

2021/03/06

大和本草附錄 海粉(カイフン) / (ウミゾウメン(海藻))

 

海粉 長崎ニ自外國來ル海苔ノ類ナリ乾堅クシテ

來ル絲條ノ如シ色綠ナリ熱湯ニ浸セバ色淡シ食

之味美醫書ニ所謂海粉ハ別物也

○やぶちゃんの書き下し文

海粉(かいふん) 長崎に外國より來たる海苔〔(のり)〕の類〔(るゐ)〕なり。乾(ほ)し、堅(かた)くして來〔(きた)〕る。絲條(いとすぢ)のごとし。色、綠なり。熱湯に浸せば、色、淡し。之れを食ふ。味、美〔(よ)〕し。醫書に謂ふ所の「海粉」は別物なり。

[やぶちゃん注:紅藻植物門真正紅藻亜門真正紅藻綱ウミゾウメン(海素麺)亜綱ウミゾウメン目ウミゾウメン亜目ウミゾウメン科ウミゾウメン属ウミゾウメン Nemalion vermiculare

鈴木雅大氏のサイト「生きもの好きの語る自然誌」の当該種をリンクさせておく。写真多数)及び同属の

ツクモノリ Nemalion multifidum

も挙げておく(ツクモノリは「九十九海苔」か。この「ツクモ」は思うに「白髪」では色が合わないので、単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科フトイ(太藺)属 フトイ Schoenoplectus tabernaemontani の異名のそれではないか? やや太い丸い長い茎を持つので親和性があるからである)。本邦にはこの二種しか棲息しないからである。前掲の田中氏の「日本の海藻 基本284」によれば、属名は「糸のような」、ウミゾウメンの種小名は「回虫の形をした」である。ただ、実は益軒は本巻で「大和本草卷之八 草之四 索麪苔(サウメンノリ) (ウミゾウメン)」を挙げてしまっており、彼は清から齎される乾燥加工されたそれを全く別物と認識していたことが判明する。彼はそこで「其の漢名と性〔(しやう)〕と、未だ詳かならず」とはっきり言っているからである。田中氏によれば、『本種は潮間帯の中部に生育し、岩上に数十本が並ぶ様はまさしく太めのそうめんである。但し乾燥すると干そうめんのように細くある。付着部が岩の上につき、そこからあまり太さの変わらない分岐しない円柱状のからだをもつ。粘液質で、大変にぬるぬるする。能登で半島氷見』『では「ながらも」と呼ばれる珍味である。生品は熱湯をかけて、乾燥品は水にもどして、二倍酢、酢味噌、味噌汁にして食す』とある。私は中高の六年間を氷見の手前の高岡市伏木で過ごしたお蔭で、大変な好物となった。なお、軟体動物門腹足綱異鰓上目後鰓目無楯亜目 Anaspidea に属するアメフラシ類(標準和名種としてはアメフラシ科アメフラシ属アメフラシ Aplysia kurodai )の卵塊を全く同じ「海素麺」と俗に呼ぶ。茹でた素麺のような形をしており、かなりどぎつい黄橙色を帯びる。三月から五月にかけて海岸の岩の下や隙間及び海藻の間などに普通に見られるが、毒性を有し、食べられない(上のリンク先の私の最後の部分を参照されたい)。

『醫書に謂ふ所の「海粉」』「五雑組」(明の謝肇淛(しゃちょうせい)が撰した歴史考証を含む随筆。全十六巻(天部二巻・地部二巻・人部四巻・物部四巻・事部四巻)。書名は元は古い楽府(がふ)題で、それに「各種の彩(いろどり)を以って布を織る」という自在な対象と考証の比喩の意を掛けた。主たる部分は筆者の読書の心得であるが、国事や歴史の考証も多く含む。一六一六年に刻本されたが、本文で遼東の女真が、後日、明の災いになるであろうという見解を記していたため、清代になって中国では閲覧が禁じられてしまい、中華民国になってやっと復刻されて一般に読まれるようになるという数奇な経緯を持つ)の「七」に、

   *

海粉。乃龜黿之屬腹中腸胃也。以巨石屋其背、則從口中吐粉吐盡而斃。名曰拱。務待齋者常誤食之。

   *

とあるので、ウミガメの作答(さとう:体内生成異物)の類いと考えていたものらしく、その毒性を転じて吐瀉剤に用いていたとなら、アメフラシの卵塊を指している可能性がぐんと高くなるように思われる。]

大和本草附錄 牡丹苔(ボタンノリ) (ウスユキウチワ)

 

【倭品】

牡丹苔 長崎ノ海ニアリ牡丹ノ葩ノ如シ色潔白可

○やぶちゃんの書き下し文

【倭品】

牡丹苔(〔ぼたん〕のり) 長崎の海にあり。牡丹の葩〔(はな/はなびら)〕のごとし。色、潔白。食ふべし。

[やぶちゃん注:「長崎の海」で分布が確認でき、ボタンの花弁のような形状で、「色」は「潔白」であって、食用になるという、あまりに乏しい属性提示から比定同定するのは至難の技なんだが、最後の食用海藻であることを除くと、私は直ちに、

褐藻綱アミジグサ目アミジグサ科ウミウチワ属ウスユキウチワ(薄雪団扇) Padina minor

グーグル画像検索「Padina minorをリンクさせておく)或いは、同属の

オキナウチワ(翁団扇) Padina japonica

コナウミウチワ(粉海団扇)Padina crassa

(下の二種のリンクは鈴木雅大氏のサイト「生きもの好きの語る自然誌」の当該種)を想起した(但し、コナウミウチワは北海道南部や中部地方(太平洋・日本海両側)で確認されているので、南を指向させている感じの本文から見て、個人的には外したい気がする)さて、私の愛する田中次郎著「日本の海藻 基本284」(二〇〇四年平凡社刊。以前に述べたが、この図鑑は写真(かの優れた海洋写真家のプロ中村庸夫氏である!)も優れており、何より凄いのは総ての学名(種小名は総てである!)の由来が記されてある点である)によれば、ウスユキウチワ日本南部の潮下帯に植生し、直径は五~七センチメートルで、『沖縄など南西諸島の潮下帯にもっとも優占する海藻のひとつで』、『からだは薄く、断面で見ると2層の細胞からなる。からだの表面や内部に石灰質を沈着させる。石灰藻として有名なのは』『サンゴモ』(紅藻綱サンゴモ目サンゴモ科 Corallinaceae)『類であるが、褐藻』(褐藻綱Phaeophyceae)『のこの仲間も石灰藻である。また、緑藻』(緑藻植物門 Chlorophyta アオサ藻綱 Ulvophyceae カサノリ目 Dasycladales)『類、サボテングサ』(アオサ藻綱ハネモ目ハゴロモ科サボテングサ属 Halimeda )『類などは石灰藻である。和名は表面全体に白い粉をふいたようになることによる』(則ち、顕著に白く見えるということである。添えられた中村氏の写真(宮古島)のキャプションには『石灰が沈着して、白い扇のようだ』とある)。『オキナウチワ同様、同心円状の線が多数でき、四分胞子囊(紅藻植物の真正紅藻類(Florideophyceae:サンゴモ・テングサ・オゴノリ・トサカノリなど)や褐藻植物のアミジグサ目 Dictyotales にみられるもので、一個の胞子母細胞の内容が胞子嚢内で分割して四個の不動胞子(鞭毛がなく運動性を持たない胞子)となった状態を指す。分割様式によって環状・十文字状・三角錐の三型がある。真正紅藻類では、受精後、配偶体上に発達した果胞子体から生じた果胞子が発芽して四分胞子体となり、これに四分胞子嚢が生ずる。アミジグサ目では、真正紅藻類とは異なり、受精卵が発芽して四分胞子体となる。四分胞子嚢内で減数分裂が行われ、四分胞子は発芽して配偶体となる)『はそのすべての線に沿って形成される』とある。個人的なミミクリーの相違はあるが、私は本種の葉体様部位をボタンの花弁と形容したとしても違和感はない。なお、オキナウチワは、群落や個体により異なるが、石灰沈着がウスユキウチワよりも弱く、白さが鈍い傾向があるので、私は結論としては、ウスユキウチワに団扇を――基!――軍配を挙げることとする。但し、問題は「食ふべし」で、食って食えないことはないかも知れぬが、石灰沈着しているのだから、ご遠慮したい。食べたというネット記事も見当たらない。]

「大和本草附錄」及び「大和本草諸品圖」中の水族の抽出電子化始動 / 海椰子 (ニッパヤシ)

 

[やぶちゃん注:私は半年前の二〇二〇年九月十三日附で、本ブログのカテゴリ『貝原益軒「大和本草」より水族の部』の完遂を宣言してしまっていた。しかし、その最後の記事の標題を『大和本草卷之十三 魚之下 ビリリ (神聖苦味薬) / 「大和本草」の水族の部~本巻分終了』と変更し、末尾のメッセージを以下の通り、改稿した。

   *

 これを以って二〇一四年一月二日に始めた「大和本草」の水族の部の本巻分の電子化注を終わる。この時、実は私は忘れていた。何を? 「大和本草」には別に――「大和本草附錄」二巻と「大和本草諸品圖」三冊(上・中・下)があることを――である。付図の方は理解していたのだが、正直、恐らくは画才の足りない弟子の描いたものが多く、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鱟」で示した如く、マスコット・キャラクターのようなトンデモないものがあることから、無視しようと思って黙っていた。しかし、今朝、総てを確認したところ、追加の「附錄」二巻の内には確かな海産生物が有意に含まれていることから、『「大和本草」の水族の部』の完遂とは逆立ちしても言えないことが、判ってきた。されば、カテゴリの最後の【完】を除去し、続行することに決した。お詫び申し上げる。因みに、これは誰彼から指摘を受けた訳ではない。あくまで自分の良心が「大和本草諸品図」の方に働いていたことからの自発的な確認に由ったものである。――というより――正直――『ああ! また「大和本草」とつき逢えるんだな!』という喜びの方が遙かに大きいことを告白しておく。

   *

というわけで、また――義務としては続けねばならないし――気持ちとしてはほぼ歓喜雀躍して続けられると感じている――のである。また、お附き合い戴こう。

 最初は「大和本草附錄卷之一」から始める。底本は従来通り、「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」PDF版を視認してタイプする(リンク先は目次のHTMLページ)。「大和本草附錄卷之一」はこれ。但し、判読に悩む場合は、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを確認した(同一の版と思われるが、底本が読み易くするために明度を著しく上げた結果、一部の画数の多い字が潰れて判読しにくくなっているからである。例えば、冒頭の罫外頭注の「蠻」を見られたい。底本では、ちょっと判読に躊躇するのだが、後者では難なく判読出来る)。最初の「海椰子」は冒頭から三項目に出現する(PDFコマ数で「2」)凡例も同じとする。第一回の『カテゴリ『貝原益軒「大和本草」より水族の部』始動 /大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 海鼠』を参照されたい。]

 

大和本草附錄卷之一

             貝原 益軒 輯

 ○草類【海藻水草ヲ雜記ス】

○やぶちゃんの書き下し文

「大和本草」「附錄」卷之一

             貝原 益軒 輯

 ○草類【海藻・水草を雜記す。】

[やぶちゃん注:とあるが、これは「草類の雑記であるが、海藻及び水草も含んで記す」という意味である。事実、最初に挙げる「百草霜」(ひやくさうそう(ひゃくそうそう))は、柴や雑草を竈で燃やした際に竈内部や煙突の内側に附着した灰炭を薬用に用いたものを指し、二番目は「日光黃スゲ」で単子葉植物綱キジカクシ目ススキノキ科キスゲ亜科ワスレグサ属ゼンテイカ(禅庭花)Hemerocallis dumortieri var. esculenta である(「ニッコウキスゲ」は通称で、正式和名はこの「ゼンテイカ」であるので注意されたい)。]

 

【蠻種】

海椰子 海中所生藻實也其形椰子ニ似テ小也

桃ノ大ニテ大腹皮ノ如ナル皮アリ暹羅國ヨリ

來ル病ヲ治スト云未詳其功

○やぶちゃんの書き下し文

【蠻種】

海椰子(うみやし/うみやしほ[やぶちゃん注:右ルビ/左ルビ。]) 海中に生ずる所の藻の實(〔み〕)なり。其の形、椰子に似て小なり。桃の大(〔おほき〕)さにて大腹皮(だいふくひ)のごとくなる皮あり。暹羅(しやむろ)國より來たる。「病ひを治す」と云ふ〔も〕、未だ其の功を詳かにせず。

[やぶちゃん注:先に注した二条の後の三番目で出る。左ルビの最後の「ホ」は「ネ」のようにも見えるが、他の「ホ」・「ネ」との比較から「ホ」で採った。その後に調べたところ、国立国会図書館デジタルコレクションの大正一〇(一九二一)年本草図譜刊行会刊の岩崎常正著「本草圖譜 果部 六十五」の「果部【夷果類】」の「椰子」パートに「一種」として(目次では『一種 ウミヤシホ 【ドヾ子ウスの圖】』とする)以下の解説と図(トリミングした)が載る(句読点と記号を附し、一部に推定で歴史的仮名遣で読みを添えた)。

   *

Umiyasiho

一種

  ウミヤシホ

「ドヾ子ウス」に載る圖。又、海濱へ漂着す。形、椰子より小く、二寸許。囲(めぐ)り、二、三寸。外皮ハ椰子と同じ。内に堅き仁(じん/たね)ありて中実(ちゆうじつ)す。仁を削りて薬に用ふ。中風を治する効あり。價(あたひ)、賎(いや)しからず。田村氏は「廣東新語」の「石椰子」に充(あ)つ。

   *

と記載も一致するから間違いない。「ホ」は「穂」か。「ドヾ子ウス」は十六世紀のフランドルの医師で植物学者レンベルト・ドドエンス(Rembert Dodoens 一五一七年~一五八五年:ラテン語名はレンベルトゥス・ドドネウス(Rembertus Dodonaeus))である。一五五四年に刊行された本草譜「クリュードベック」(Cruydt-boeck:オランダ語で「草木誌」か)の著者である。彼の著書は、ヨンストンの「動物誌」とともに江戸時代に野呂元丈らによって蘭訳書から「阿蘭陀本草和解」などに抄訳されていた。ドドネウスの原著(オランダ語版)は一六一八年版と一六四四年版が本邦に伝わり、長く用いられた。訳は他に平賀源内・吉雄耕牛(よしおこうぎゅう)らが翻訳を試みたが、孰れも抄訳であったため、松平定信が石井当光(あつみつ)・吉田正恭(まさやす)らに全訳を命じ、文政六(一八二三)年頃に、一旦、完成したものの、江戸の大火で大部分が失われてしまい、現存するものは、僅かにその十分の一に過ぎないとされる。「田村氏」は思うに、日本初の地方植物誌として知られる優れた南方本草書「琉球産物志」(明和七(一七七〇)年刊)を書いた本草学者田村藍水(年享保三(一七一八)年~安永五(一七七六)年:栗本丹洲の父で、平賀源内は門人)であろう。「廣東新語」は清初の屈大均撰になる広東における天文地理・経済物産・人物風俗などを詳しく記録した総合地誌。全二十八巻。「石椰子」探すのに少し苦労した。何故なら、これは同書の植物類の諸巻にではなく、第十六巻の「器語」の「椰器」に載っていたからである。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の同書のここである。全文を引く。下線太字は私が附した。

   *

椰殼有兩眼謂之萼、有斑纈點文甚堅。橫破成椀、縱破成杯、以盛酒、遇毒輒沸起、或至爆裂、征蠻將士率持之。故唐李衛公有椰杯一、嘗佩於玉帶環中。椰杯以小爲貴。一種石椰生子絕纖小、肉不可食、止宜作酒杯、其白色者尤貴、是曰白椰。粵人器用多以椰、其殼爲瓢以灌溉、皮爲帚以掃除、又爲盎以植掛蘭掛竹、葉爲席以坐臥。爲物甚賤而趙合德以椰葉席獻飛燕也。

   *

 初っ端からとんでもない(海藻・淡水産水草・水藻を考えていた私には意想外であったという点で)植物が登場した。これは単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科ニッパヤシ属ニッパヤシ Nypa fruticans のことである。当該ウィキによれば、『熱帯から亜熱帯の干潟などの潮間帯に生育するマングローブ植物』で『ニッパヤシ属で現存するのは本種一種のみの一属一種であるが、近縁種の果実は』実に七千『万年前の地層から化石として発見されている』。『高さ9m前後に達する常緑の小高木。湿地の泥の中に二叉分枝した根茎を伸ばす(この茎(根茎)が二叉分枝をすることは種子植物では数少ない例である)。茎(地上茎)はなく地上部には根茎の先端から太い葉柄と羽状の複葉を持つ数枚の葉を束生する。葉の長さは5-10mで、小葉の長さは1m程度で、線状披針形、全縁、革質で光沢があり、先端は尖る。花期には葉の付け根から花序を伸ばし、長さ80-100cm程度の細長い雄花序および、その先端に球状の雌花序をつける。雌花序は頭状花序で、雄花序は尾状花序である。花弁は6枚。花期の後、雌花序は棘のある直径15-30cm程度の球状の集合果となる』。『繁殖は、根茎を伸ばした先から地上部を出す栄養繁殖のほか、種子による繁殖を行う。集合果から分離した種子は直径尾4.5cm程度の卵形で海水に浮き、海流に乗って漂着した場所に定着する海流散布により』、『分布を広げる』。『インド及びマレーシア、ミクロネシアの海岸に生育する。日本では、沖縄県の西表島及び内離島』(うちばなりじま:八重山列島の西表島の西側にある)『のみに分布する』(私は西表島に旅した際、現認した)。『ニッパヤシの葉は軽く』、『繊維質で丈夫であるため、植生が豊富な地域では屋根材・壁材として利用される。特にフィリピンでは伝統的に、竹を骨組みとして葉を編みこんだもの(nipa shingle)』(shingle:屋根や壁の杮(こけら)板・屋根板の意)『を作り、屋根材や壁材として用い、伝統的家屋(タガログ語:バハイクボ(bahay kubo)、(英語:ニパハット(nipa hut))を』建てる。『ニッパヤシの屋根は風雨に強い上』、『風通しが良く、特に台風』が『多く』、『湿度が高い熱帯アジアの風土に適している』。『また同様に、マレーシアやインドネシア等ではカゴを編む材料として用いられる』。『開花前の花茎を切断した部分から溢泌する樹液は糖分が豊富で、パームシュガー(ヤシ糖)』や『ヤシ酒』・『ヤシ酢の原料とされる。また、バイオエタノール原料への検討も行われている』。『未熟果は』『半透明の団子に似た食感』で、『東南アジアや香港のデザートに使用され』ているとある。調べた限りでは、特定の薬効には至らなかったが、分布する各地では古くからの種々の伝統薬に使われており、漢方でも現在の関節痛などに用いる薬の配合材料の中に認めることが出来た。

「海中に生ずる所の藻の實なり」現認出来ない(西表は当時は琉球国である)のだから、まあ、仕方がない誤りではある。益軒は巨大なホンダワラみたような海藻を想起したものか。少し微笑ましいではないか。

「大腹皮(だいふくひ)」漢方生薬名。「図経本草」(北宋末の一〇九〇年頃に成都の医師唐慎微が「嘉祐本草」と「図経本草」を合本し、それに約六百六十の薬と、多くの医書・本草書からの引用文を加えて作った「経史証類備急本草」の通称である。但し、実際には、それに艾晟(がいせい)が一一〇八年に手を加えたものの刊本である「大観本草」と、さらに一一一六年に曹孝忠らがそれを校正して刊行した「政和本草」を加えた、内容的には殆んど同一の三書の総称として用いられることの方が多い)には「大腹檳榔」と記載されてある。ヤシ科ビンロウ属ビンロウ Areca catechu 又は他の近縁植物の果皮が基原とされる(ビンロウの種子は漢方名では「檳榔子」である)。その産地は中国海南省・雲南省・福建省・フィリピン・インドネシアなどで、内部は椰子の皮のようであり、ビンロウではないと思われるが、果皮は「大腹皮」として出回るっているものと思われる。石川県の「中屋彦十郎薬舗株式会社」公式サイト内のこちらを主文として参照した。

「暹羅(しやむろ)國」タイ王国の前名「シャム」のこと。]

 

2020/09/13

大和本草卷之十三 魚之下 ビリリ (神聖苦味薬) / 「大和本草」の水族の部~本巻分終了

 

【蠻種】[やぶちゃん注:初めて目にする頭書である。]

ビリヽ 紅夷國ヨリ來魚ノ膽ナリ不詳其魚之形狀主

治赤白痢疾腹痛心痛又解諸獨毒魚菌毒水ニテ

送下ス瘧發日朝水ニテ用ユ虫クヒ齒ニハ其穴ヲ可塞○

諸虫獸傷水ニテ付○頭面瘡に付○諸腫痔瘡水ニ

和シ付ル○打撲杖瘡ニ貼ル○天虵毒ニ水ニテ付○鷹ノ

羽虫ニ水ニテ付ル驚風產後積塊氣付ニ用右症何レモ

一時二三分充水ニスリ立可用服後半日生菜ヲ

食ヘカラス右ノ功能未知可否姑記所聞見尓

○やぶちゃんの書き下し文

【蠻種】

ビリヽ 紅夷國〔(こういこく)〕より來〔(きた)る〕魚の膽〔(きも)〕なり。其の魚の形狀、詳らかならず。主治、赤白〔(せきびやく)の〕痢疾・腹痛・心痛。又、諸毒、毒魚と菌毒を解す。水にて送〔り〕下す。瘧〔(おこり)は〕、發〔(はつ)せる〕日の朝、水にて用ゆ。「虫くひ齒」には、其の穴を塞ぐべし。

○諸虫獸〔による〕傷、水にて付く。

○頭面瘡〔(とうめんさう)〕に付く。

○諸〔(もろもろの)〕腫〔(はれもの)〕・痔瘡〔(じさう)〕、水に和し、付くる。

○打撲・杖瘡〔(ぢやうさう)〕に貼る。

○天虵毒に水にて付く。

○鷹の羽虫に水にて付くる。驚風・產後・積塊〔(しやくくわい)〕・氣付に用ふ。右症、何れも、一時、二、三分〔(ぶ)〕充〔(あて)〕、水に、すり立〔て〕、用ふべし。服して後、半日、生菜〔(なまな)〕を食ふべからず。右の功能、未だ可否を知らず、姑〔(しばら)〕く聞見〔(ぶんけん)〕するの所を記すのみ。

[やぶちゃん注:最後「尓」の右下に「ニ」が奥ってあるが、衍字であろう。

 さても。最後の最後に困らされる。全く何だか分からない。一つだけ、赤松金芳氏の論文「中井厚沢とその著書「粥離力考」(『日本醫史學雜誌』第十巻第二・三号。昭和三九(一九六四)年発行。PDF)で、是非、読まれたいが、そこではその正式名をヘイラ・ピクラ(Hiera Picra)とし、所謂、万能薬「神聖苦味薬」の一種であるようだ(魚の肝(きも)由来というのはガセネタのようである)。而して、これは所謂、錬金術の中で創造された下らぬものであるような気がした。

「紅夷國」「紅い毛の夷人」で、江戸時代に欧米人を卑しんで言った語。

「赤白〔の〕痢疾」赤痢(下痢・発熱・血便・腹痛などを伴う大腸感染症)と、出血を伴わない下痢の内、特に小児に多いコレラに似た感染症を指す。

「瘧」マラリア。

「虫くひ齒」虫歯。

「頭面瘡」広く頭部から顔面に発症する蕁麻疹様の皮膚疾患を指す。

「杖瘡」杖を必要とする打撲或いは関節炎やリュウマチを指すか。

「天虵毒」全身性に多発増殖する悪性の腫瘍疾患を指すようである。

「鷹の羽虫」鳥に有意に寄生するダニ類を指すのであろう。

「驚風」漢方で、小児のひきつけを起こす病気の旧称。癲癇の一型や髄膜炎の類いとされる。

「積塊」現代仮名遣「しゃくかい」。昔、体内の毒素が長い間に積もって出来ると考えられていた硬質の腫瘍。癌以外の良性のシコリも含まれる。

「二、三分」一分は三十七・五ミリグラム。

 【2021年3月6日標題と以下を改稿】これを以って二〇一四年一月二日に始めた「大和本草」の水族の部の本巻分の電子化注を終わる。この時、実は私は忘れていた。何を? 「大和本草」には別に――「大和本草附録」二巻と「大和本草諸品図」三冊(上・中・下)があることを――である。付図の方は理解していたのだが、正直、恐らくは画才の足りない弟子の描いたものが多く、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鱟」で示した如く、マスコット・キャラクターのようなトンデモないものがあることから、無視しようと思って黙っていた。しかし、今朝、総てを確認したところ、追加の「附録」二巻の内には確かな海産生物が有意に含まれていることから、『「大和本草」の水族の部』の完遂とは逆立ちしても言えないことが、判ってきた。されば、カテゴリの最後の【完】を除去し、続行することに決した。お詫び申し上げる。因みに、これは誰彼から指摘を受けた訳ではない。あくまで自分の良心が「大和本草諸品図」の方に働いていたことからの自発的な確認に由ったものである。――というより――正直――『ああ! また「大和本草」とつき逢えるんだな!』という喜びの方が遙かに大きいことを告白しておく。]

大和本草卷之十三 魚之下 䱒(しほうを) (塩漬け)

 

䱒 塩漬魚ナリ鯛鱖鱒大口魚鰷鯔等皆佳ナリ久ニ

堪フ塩引ニ乄乾シ薄聶テ乾堅魚ノ小片ト同シク酒

ニ浸シ食フ酒ビテト云鱖最ヨシ油多キハ病人ニイム痰ヲ

聚ム大口魚性尤カロシ

○やぶちゃんの書き下し文

䱒(しほうを) 塩に漬〔(ひた)〕す魚なり。鯛・鱖〔(さけ)〕・鱒・大口魚・(たら)・鰷〔(はや)〕・鯔〔(ぼら)〕等、皆、佳なり。久〔(ひさしき)〕に堪ふ。塩引〔(しほびき)〕にして乾し、薄く聶(へ)ぎて乾す。堅魚(かつを)の小片と同じく、酒に浸し、食ふ。「酒びて」と云ふ。鱖、最もよし。油多きは、病人に、いむ。痰を聚〔(あつ)〕む。大口魚、性、尤も、かろし。

[やぶちゃん注:広義のガッツり仕込んだ塩漬けである。

『「酒びて」と云ふ。鱖、最もよし』「鮭の酒びたし」として良く知られ、私も大好物である。]

大和本草卷之十三 魚之下 糟魚麹魚 (粕漬け・麹漬け)

 

糟魚麹魚 鰷鱖蚫鱸鰡皆佳シ糟魚ハ早ク熟乄不

堪久麯魚ハヲソク熟乄久ニ堪フ一年ヲ歷テモ不敗又

アフリテモ煮テモヨシ糟魚ハ酒ト同時不可食滯塞

○やぶちゃんの書き下し文

糟魚麹魚〔(かすうを かうぢうを)〕 鰷〔(はや)〕・鱖〔(さけ)〕・蚫〔(あはび)〕・鱸・鰡〔(ぼら)〕、皆、佳し。糟魚は早く熟して、久〔しき〕に堪へず。麯魚は、をそく[やぶちゃん注:ママ。]、熟して久〔しき〕に堪ふ。一年を歷〔(へ)〕ても、敗〔(くさ)〕れず。又、あぶりても、煮ても、よし。糟魚は酒と同時に食ふべからず。滯塞〔(たいさい)〕す。

[やぶちゃん注:現行も行われている粕漬けや麹漬け。ここを見ると、案に相違して、益軒先生、鮒鮓はOKらしい。でもどうかな? 発酵系は九州の人はダメな人が多いからなぁ。]

大和本草卷之十三 魚之下 肉糕(かまぼこ)

 

【和品】

肉糕 鯛鱸ハモキスコイカナマヅエソカマス皆カマホ

コトスヘシ或二三種マシユルモヨシスリタタキテ蒸炙ユヘニ

性和ナリ病人食フヘシ最益人補虚新鮮ナル魚肉ヲコソ

ケ取テ筋骨ヲ去石臼ニテ初ヨリ塩ヲ加ヘ能スリタタキ

テ後米泔ト酒トヲ加フ鹽ヲ早ク加レハスリカタケレ𪜈早ク加

ヘテヨクスルヘシ泔と酒トニ和スレハ柔ナリ板ニツケテウ

ラヨリヤクヲモテヨリ直ニヤケハ皮コハシ不燒シテセイロウ

ニテムシテ後少ヤク尤好ヤハラカナリ夏ハ塩少過セハ堪

久又スリタル肉ヲ短板ニツケ鍋ニ熱湯ヲ沸シテ入ヨク

煮テ取アケ炭火ニテ少しコケ色ニナルホト炙ル炙タルヨリ

蒸タルモ煮タルモヤハラカニテ老人虚人ニ益アリ肉糕ハ中

華ノ書ニ不見本邦ニモ古ハ無之近世始製ス又ウケ

ト云ハ肉糕ヲヤカスシテ團ニ乄羹ニ入レテ煮食スルヲ云魚

肉ヲスリタタキ酒ト塩泔ヲ加フ油多キ魚ハ水ニテ煮テ

取アケ羹ニ加フヘシ

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

肉糕(かまぼこ) 鯛・鱸・はも・きすご・蚫〔(あはび)〕・いか・なまづ・えそ・かます、皆、「かまぼこ」とすべし。或いは、二、三種、まじゆるも、よし。すりたたきて、蒸〔し〕炙〔る〕ゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、性〔(しやう)〕、和なり。病人、食ふべし。最、も人を益し、虚を補す。新鮮なる魚肉をこそげ取りて、筋骨を去り、石臼にて、初めより塩を加へ、能く、すりたたきて後、米泔〔(ゆする)〕と酒とを加ふ。鹽を早く加へれば、するがたけれども、早く加へて、よくするべし。泔〔(ゆする)〕と酒とに和ずれば、柔〔か〕なり。板につけて、うらより、やく。をもてより直〔(じき)〕にやけば、皮、こはし。燒かずして、「せいろう」にて、むして、後、少し、やく〔は〕尤も好し。やはらかなり。夏は、塩、少し過ぐせば、久しく堪〔(た)〕ふ。又、すりたる肉を短〔き〕板につけ、鍋に熱湯を沸〔(わか)〕して入〔れ〕、よく煮て取あげ、炭火にて、少し、こげ色になるほど、炙〔(あぶ)〕る。炙りたるより、蒸したるも、煮たるも、やはらかにて、老人・虚人に益あり。肉糕〔(かまぼこ)〕は中華の書に見えず。本邦にも古くは、之れ、無く、近世、始めて製す。又、「うけ」と云ふは、肉糕をやかずして、團〔子(だんご)〕にして羹〔(あつもの)〕に入れて、煮〔て〕食するを云ふ。魚肉を、すりたたき、酒と塩・泔〔(ゆする)〕を加ふ。油多き魚は水にて煮て、取りあげ、羹〔(あつもの)〕に加ふべし。

[やぶちゃん注:「肉糕」は「肉餻」とも書くが、今は「蒲鉾」が一般的である。これも古い歴史のある加工食材で、岡田稔氏の論文「かまぼこのピンからキリまで」(『調理科学』第十六巻第三号一九八三年発行・ここからPDFでダウン出来る)によれば、平安時代の「類聚雑要抄」(るいじゅうぞうようしょう:寝殿造の室礼と調度を記した古文献。摂関家家司であった藤原親隆が久安二(一一四六)年頃に作成したと推定されている)には、関白藤原忠実が永久三(一一一五)年に転居祝いに宴会を開いた際に、串を刺した蒲鉾の図が載っているとある。現在のような板に載った形になるのは室町中期(一五〇〇年頃)であるらしい。なお、歴史については、恐らく「手づくり アイスの店 マルコポーロ 料理の歴史雑学 かまぼこ・天ぷら歴史」のページが異様に詳しい。忠実の宴会に出た竹輪型の蒲鉾の再現画像も見られる。

「なまづ」新鰭亜綱骨鰾上目ナマズ目ナマズ科ナマズ属ナマズ Silurus asotus である。以外かも知れぬが、所持する小学館「食材図典Ⅱ 加工食材編」の「練り物①」によれば、室町後期の享禄元(一五二八)年に伊勢宗五(吾)なる武士が記した武家故実書「宗五大双紙」に『「かもぼこはなまづ本也」として、本来のかまぼこ原料はナマズであったと記し、続いてハモ、イカ、タイ、スズキ、キス、アワビ、カマスなどを載せている』とし、元禄六(一六九三)年に書かれた人見必大の「本朝食鑑」には『アマダイ、ヒラメ、ハゼ、ボラ、サケ、エビ、フカなどが載る。いずれも地元沿岸の鮮魚が原料であった』とあることから(同書は本書刊行(宝永七(一七〇九)年)に先立つこと十二年前で、しかも蒲鉾が市井にある程度の販路が拡大されない限りは、こうした記載をしなかったであろうと私は思う)、江戸中期には蒲鉾は広く販売されていたものと考えてよいであろう。

「米泔〔(ゆする)〕」二字でかく読んでおいた。米の研ぎ汁のこと。かつては洗髪に用いられ、この語も元は専ら「頭髪を洗い、梳(くしけず)ること」或いは「それに用いる暖めた米の研ぎ汁」などを指した。

「せいろう」「蒸籠」。せいろ。

「少し、やく」「少し、燒く」。

「少し過ぐせば」少しばかり大目に入れれば。

「久しく堪〔(た)〕ふ」長く保存に耐える。

「虚人」漢方で明白に「虚証」を示している人或いは病人。慢性的に虚弱で体力がない体質の人や、疾患によって機能が低下したり、生理的物質が有意に不足した、ある種、病的状態にある人を指す。

「肉糕〔(かまぼこ)〕は中華の書に見えず」似たような加工食材を知らない。恐らくは本邦でオリジナルに発展してきた加工食品である。ウィキの「蒲鉾」にも中文のそれはない。

「うけ」小学館「日本国語大辞典」にも載らないが、漁師の網につける丸い木製の「うき」を意味する「浮子(うけ)」、或いは河川底に定置して魚を漁る筒状の仕掛けである「筌(うけ)」(但し、この語自体が「うき」由来の可能性もある)か。前者か。

「羹〔(あつもの)〕」「熱物(あつもの)」で、魚鳥の肉や野菜を入れた熱い吸い物。本来のこの漢字は「丸煮にした子羊」と「美味い」の意である。]

大和本草卷之十三 魚之下 鮑魚(ほしうを) (魚の干物) 

 

鮑魚 時珍云乾魚也又乾鮝ト云淡鮝ハ塩ニ漬サズ

シテ乾スヲ云漢書師古注鯫【質渉切シラホシ】不

[やぶちゃん注:【 】は枠入。所謂「反切」の割注で、「鯫」をそれで示して、以下に和訓を附したもの。ブログでは再現出来ないので、かくした。]

著塩而乾者

○やぶちゃんの書き下し文

鮑魚(ほしうを) 時珍云はく、『乾魚〔(ほしうを)〕なり』〔と〕。又、『乾鮝〔(けんしやう)〕」と云ふ』〔と〕。淡鮝(しらほし)は塩に漬(ひた)さずして乾すを云ふ。「漢書」師古注〔に〕『鯫【「質」「渉」〔の〕切。「しらほし」。】、塩に著〔(つ)〕けずして乾す者』〔と〕。

[やぶちゃん注:「鮑魚」は一度塩漬けにしたものを乾したものを指す。「鮑」は現行では「あわび」を専ら指すが、それ以外に「塩漬けにした魚」の意がある。

「乾鮝」(現代仮名遣「けんしょう」)の「鮝」は「鯗」=「鱶」の異体字で、この字には鮫の「ふか」の意以外に「干物」の意がある。「本草綱目」の「鮑魚」の「集解」の中に『鮝、亦、乾魚之總稱也』と記されてある。

『「漢書」師古注』初唐の学者顔 師古(がん しこ 五八一年~六四五年)が皇太子承乾の命により、「漢書」(後漢の章帝の時、班固・班昭らによって編纂された前漢のことを記した歴史書)全百巻の注釈を作成したもの。六四一年完成。

「鯫」この字には現在は一つに「雑魚」の意がある。この記事は、早稲田大学図書館の「古典総合データベース」の「漢書」師古注の清の一六五六年刊の版本で発見した。ここの左頁の主行三行目の「鮿鮑千鈞」の割注の冒頭の部分である。「鮿」(音「チョウ」(現代仮名遣))の字も「ひもの」を指す。

 

 なお、国立国会図書館デジタルコレクションの底本と同じ版本のこちらには、後人(恐らくは幕末か明治以降)によるものと思われる補注的な貴重な書き込みがあるので、それを電子化しておく。まず、

・冒頭の「鮑魚」の左にルビで『クサヤノヒモノ』

とある。私は「クサヤ」の名を本草書で見ることは、そうそうなかった。

・「鮑魚」の右下に『師古曰今之䱒魚也』

とある。先に示した師古注に続いて出ているので、今一度、見られたい。なお、「䱒」は「𩸆」と同字で、音は「ヨウ」、やはり塩漬けの魚を示す漢語である。

・「漢書」の左下に『貨殖傳』

と記す。私が膨大な「漢書」から容易に探し得たのは、この記載のお蔭である。

・「鯫」の反切の頭の左上に『今漢書作音輙』

とある。先の「漢書」を見ると、「輒」であるが、この字は「輙」(音「テフ(チョウ)」)の異体字であるから問題ない。

・本文の最後に『張良傳鯫音才垢反索隱曰―小魚也因按今ノゴマメノ類カ又云煏室乾之者鯫据之乃鳥ノ下ヱニスルヤキバヤノ類』

とある。流石に読みにくいので、試みに無理矢理、訓読してみる。

 「張良傳」に『鯫、音「才」・「垢」の反』〔と〕。「索隱」に曰はく、『小魚なり』と。因りて按ずるに、今の「ごまめ」の類〔(たぐひ)〕か。又、云はく、『室に煏(ふく(?))して之れを乾かす者は、鯫、之れに据〔(す)〕ふ』〔と〕。乃〔(すなは)ち〕、鳥の「下〔した〕ゑ」にする「やきばや」の類〔(たぐひ)〕〔か〕。

そうして、もしや、と思って、先に「漢書」の「張良傳」を調べたところ、頭の反切は、ここにあった(右頁九行目にある二行割注)。『服虔曰鯫音七垢反鯫小人也臣瓚口楚漢春秋鯫姓師古曰服說是也音才垢反』の最後の部分を引いたものであることが判る。次の「索隱」とは「史記索隱(しきさくいん)」で、唐の司馬貞による「史記」の注釈書である。その「劉侯世家」の注の中に『鯫生【吕静云鯫魚也謂小魚也音比垢反臣瓚按楚漢春秋鯫生姓解】』とあるのを中文サイトで発見した。「煏」は音が判らぬが、現代中国語では「火で乾かす」の意である。「ごまめ」は「田作り」のことで、あの原材料はニシン目ニシン亜目カタクチイワシ科カタクチイワシ亜科カタクチイワシ属カタクチイワシ Engraulis japonicus の幼魚の乾燥品である。「下餌」は鳥の餌の中で昆虫類や魚を粉末にしたものを指す(「上餌」は穀類(大豆や小麦など)の粉末を混ぜたものを指す)。但し、後の「ヤキバヤ」という呼称は不詳。ネット検索でも掛かってこない。]

2020/09/12

大和本草卷之十三 魚之下 鱁鮧(ちくい なしもの しほから) (塩辛)

 

鱁鮧【ナシモノ シホカラ】孫愐唐韻曰鹽藏魚腸也○諸魚介ノ中

[やぶちゃん注:【 】は二行割注部。前が右に、後が左に記されてある。]

海膽海參腸ヲ上品トス鰷腸肉ト子ヲ加ルモ亦

好鯛腸及子鯖肉及背腸蚫肉メハルノ子鱖ノ子鰹

魚肉海鰮寄居蟲皆可作鱁鮧味好然トモ皆腥

穢ノ物能聚痰病人勿食服藥人最不可食損藥

力○鰾亦鱁鮧ト云同名異物也○魚鳥ノ醢性味

共ニ鱁鮧ニマサレリ魚鳥ノ生肉ニ鹽麯ト醇酒ヲ加

ヘテ作之四時共ニ時時可作之老人虛人朝夕食

之而可也製法ハ獸類兔ノ下ニ詳之可考鳥ハ雁鳬

小鳬鳩ケリツグミ雀シトヽヒバリウツラ等魚ハ鰷鱖

鯛鱸鯔鯖キスゴ肥テ味ヨキ時可用皆皮ト筋ヲ

ヨク去ヘシ小鳥ハ皮トモニクダク右ノ肉醢の法中夏

ノ書ニ出タリ

○やぶちゃんの書き下し文

鱁鮧(ちくい)【なしもの しほから】孫愐〔(そんめん)〕が「唐韻」に曰はく、『鹽藏の魚腸なり』〔と〕。

○諸魚介の中、海膽(うに)・海參腸(このわた)を上品とす。鰷腸(うるか)に肉と子を加ふるも亦、好し。鯛の腸及び子、鯖の肉及び背腸(せわた)、蚫〔(あはび)〕の肉、「めばる」の子、鱖(さけ)の子、鰹魚(かつを)の肉、海鰮(いはし)・寄居蟲(がうな)、皆、鱁鮧と作〔(な)〕すべし。味、好し。然〔(しか)れ〕ども、皆、腥穢〔(せいゑ/せいわい)〕の物〔にして〕、能く痰を聚〔(あつ)〕む。病人、食ふ勿〔(なか)〕れ。藥を服〔する〕人、最も食ふべからず。藥〔の〕力を損ず。

○鰾(にべ)も亦、「鱁鮧」と云ふ。同名異物なり。

○魚鳥の醢(しゝびしほ)、性〔しやう〕・味、共に鱁鮧にまされり。魚鳥の生肉に鹽麯〔(しほかうじ)〕と醇酒〔(じゆんしゆ)〕を加へて、之れを作る。四時共に、時時、之を作るべし。老人・虛人、朝夕、之れを食ひて可なり。製法は獸類「兔〔(うさぎ)〕」の下に之れを詳かにす〔れば〕、考ふべし。鳥は雁〔(かり)〕・鳬〔(かも)〕・小鳬・鳩・けり・つぐみ・雀・しとゝ・ひばり・うづら等、魚は鰷〔(はや)〕・鱖〔(さけ)〕・鯛・鱸〔(すずき)〕・鯔・鯖・きすご、肥えて味よき時、用ふるべし。皆、皮と筋〔(すぢ)〕を、よく去るべし。小鳥は、皮ともに、くだく。右の肉醢〔(ししびしほ)〕の法、中夏[やぶちゃん注:ママ。「中華」の誤記であろう。]の書に出でたり。

[やぶちゃん注:「鱁鮧(ちくい)【なしもの しほから】」塩辛或いは塩麴漬け。「なしもの」はこの漢字に当て訓される。「なしもの」は広く塩辛だけでなく魚醤 (うおひしお:ぎょしょう)にも用いられる。但し、現行では、後に出る、アユの塩辛である「うるか」にこの漢字を当てている。ウィキの「うるか」によれば、『鮎の内臓のみで作る苦うるか(渋うるか、土うるか)、内臓にほぐした身を混ぜる身うるか(親うるか)、内臓に細切りした身を混ぜる切りうるか、卵巣(卵)のみを用いる子うるか(真子うるか)、精巣(白子)のみを用いる白うるか(白子うるか)等がある』。『また、現在では保護野鳥として捕獲が禁止されているが、かつては岐阜県中津川市などの山岳地帯では、鳥の鶫』(スズメ目ヒタキ科ツグミ属ツグミ Turdus eunomus)『の心臓や腸を細かく切って塩蔵して発酵させた「つぐみうるか」という塩辛もあった』とある。実はこれは私の特異点で、苦手である。

『孫愐が「唐韻」』唐代の孫愐(生没年未詳)編した七五一年に成立した韻書。中国語を韻によって配列し、反切 (はんせつ) によってその発音を示したもので、隋の陸法言の「切韻」を増訂した書の一つ。後に北宋の徐鉉(じょかい)によって「説文解字」大徐本の反切に用いられたが、現在では完本は残っていない。

「海膽(うに)」卵の塩辛であるから、「雲丹」が正しい。

「海參腸(このわた)」ナマコの腸の塩辛。「海鼠腸」とも書く。塩辛としては珍しくビタミンAが豊富である。私がクチコ(口子:ナマコの生殖巣のみを抽出して軽く塩をし、塩辛にしたものが「生クチコ」、干して乾物にした「干しクチコ」は形から「バチコ」(撥子)とも呼ぶ。他に「コノコ」(海鼠子)とも呼ばれる)に次いで好物とするものである。

「鯛の腸及び子」「子」は卵巣のこと(以下同じ)。伊豆の温泉宿で食したことがある。美味い。歴史が古く、室町初期の京都山科に住んでいた公家の日記にこの塩辛の記載が出る。

「鯖の肉及び背腸(せわた)」食べたことがない。ここに島根県美保関の「松田十郎商店」の広告がある。これはもう、小泉八雲所縁の地なれば! 行って食べたい!!! この製法では『骨と内臓を除去し』とあるものの、漬け込む秘伝の長年継ぎ足されたタレが『鯖の身や皮、わたから出る旨みがたっぷり染み込んだ』とある。

「蚫〔(あはび)〕の肉」現在も三陸に於いて「としろ」「うろ漬け」「福多女(ふくため)」の名でアワビの内臓の塩辛として製造されている。かなり塩辛いが、酒肴の珍味で、私も大好物である。四十三年以上も前になるが、ある雑誌で、古くから東北地方において、猫にアワビの胆を食わせると耳が落ちる、と言う言い伝えがあったが、ある時、東北の某大学の生物教授が実際にアワビの胆をネコに与えて実験をしてみたところが、猫の耳が炎症を起し、ネコが激しく耳を掻くために、傷が化膿して耳が脱落するという結果を得た、という記事を読んだ。現在、これは、内臓に含まれているクロロフィルa(葉緑素)の部分分解物ピロフェオフォーバイドa (pyropheophorbide a)やフェオフォーバイドa(Pheophorbide a)が原因物質となって発症する光アレルギー(光過敏症)の結果であることが分かっている。サザエやアワビの摂餌した海藻類の葉緑素は分解され、これらの物質が特に中腸腺(軟体動物や節足動消化器の一部。脊椎動物の肝臓と膵臓の機能を統合したような消化酵素分泌器官)に蓄積する。特にその中腸線が黒みがかった濃緑色になる春先頃(二月から五月にかけて)、毒性が最も高まるとされる(ラットの場合、五ミリグラムの投与で、耳が炎症を越して腐り落ち、更に光を強くしたところ死亡したという)。なお、なぜ、耳なのかと言えば、毛が薄いために太陽光に皮膚が曝されやすく、その結果、当該物質が活性化し、強烈な炎症作用を引き起すからと考えられている。人間は? まあ、アワビの生の胆だけを丼一杯分ぐらい一気に食べて、灼熱の下で日光浴をすれば、炎症を起こすとは思われる。

『「めばる」の子』メバル(一種ではないので、「大和本草卷之十三 魚之下 目バル (メバル・シロメバル・クロメバル・ウスメバル)」を参照されたい」の卵巣の塩辛は食べたことがないが、多分、美味いだろう。

「鱖(さけ)の子」ご存知、「イクラ」(ロシア語:икра/ラテン文字転写:ikra/発音:イクラー)もそうだが、腎臓(「背わた」「血わた」と呼ぶ)を長期熟成(半年から一年)させた塩辛「めふん」がある。「鮎うるか」同様にかなり癖があるが、こちらは私は平気だ。

「鰹魚(かつを)の肉」「酒盗」で知られる。偶然だが、昨日、無性に食べたくなって、今、冷蔵庫鎮座している。

「海鰮(いはし)」塩辛いものが好きな私が、国外の食材で一つだけ、「どう考えても、しょっぱ過ぎる!」と唸ることが多いのはアンチョビ(anchovy::    条鰭綱ニシン目ニシン亜目カタクチイワシ科 Engraulidaeの小さい海水魚の複数種)を原材料とするあれだ。まあ、単独で食べるのではなく、調味具だと言われれば、それまでなんだけどね。

「寄居蟲(がうな)」ああ! 多分、美味いだろうなぁ! 私の好物の一つに、佐賀の郷土料理の一つである「がんづけ」(「蟹漬け」の音変化)があった。本来は、真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目スナガニ上科スナガニ科スナガニ亜科シオマネキ属シオマネキUca arcuata の「ふんどし」部分を除去して殻のままに擂り潰し、塩と唐辛子を加えて三~四ヶ月発酵させたものだが、今や、絶滅危惧Ⅱ類(VU)となった以上、食べる訳にはゆかぬのであるが、関東で売られているものを見ると、蟹の原産地は中国になっているのに気づいた。それ以来、私は「がんずけ」は食わないことにした。もう、十年以上、食べてないな。

「腥穢〔(せいゑ/せいわい)〕」(「ヱ」なら呉音、「ワイ」なら漢音) 生臭くて、汚(けが)れていること。

「能く痰を聚〔(あつ)〕む」痰を盛んに発生させるの意。

『鰾(にべ)も亦、「鱁鮧」と云ふ』ニベ科ニベ属ニベ Nibea mitsukurii。但し、「大和本草卷之十三 魚之下 石首魚(ぐち) (シログチ・ニベ)」を参照されたい。これは「本草綱目」に拠ったもの。今時、こんな画数の多い漢字では書くことはない。ニベは専ら「鮸」である。

「魚鳥の醢(しゝびしほ)」思うに、以下で「性・味、共に鱁鮧にまされり」と言っているところ、「兔」を例として出しているところから(兎の数助詞は「羽」だけれども、である)、「魚鳥」は「獸鳥」の誤りではあるまいか? なお、「鳥醢」(とりびしほ(とりびしお))という語が存在し、塩漬けにした鳥肉を、さらに麹(こうじ)・味醂(みりん)・醤油などに漬けた鳥肉の塩辛のことを指す。残念ながら、私はたたきはいくらも食べたことがあるが、完全に塩辛にしたものは食べたことがない。

「鹽麯〔(しほかうじ)〕」「塩麴」に同じい。

「醇酒〔(じゆんしゆ)〕」香りの高く、コクのある日本酒。

「四時」四季。一年中。

「虛人」漢方で言う「虛証」。体力が低下して全身的に生理的機能が衰えた状態を指す。

『獸類「兔〔(うさぎ)〕」の下に之れを詳かにす』無論、哺乳綱ウサギ目ウサギ科ウサギ亜科 Leporinae の「兎」のことである。残酷だなどと思わないで下さい。ならば、貴方はハム・ソーセージ・生ハム・燻製肉を食わぬか? 「大和本草卷之十六」の「獸類」の「兎」の項。部分だけというのも厭なので、全部を電子化する。底本と同じところのもの(八コマ目)を用い、初めから書き下しのみで示す。

   *

兎(うさぎ) 尾、短く、耳、大に、上唇、缺〔(か)〕け、目、瞬〔(まじ)〕ろかず。前足は、短く、後ろ足は長大、尻に小さき孔(あな)多し。子を生〔む〕に、口より吐く。妊婦、食ふべからず。八月以後、冬月、味、美〔(うま)〕し。春〔の〕後、草を食へば、味、美からず。小兒の疱瘡と消渴〔(せうかち)〕に用〔ひ〕て、古書に『尻に九孔あり』と、いへり。『老兎は尻の孔、多し』と云ふ。『他獸に異〔な〕り、臘月、醤〔(ししびしほ)〕と作〔(な)〕し、食ふ』と「本艸」に見ゑ[やぶちゃん注:ママ。]たり。又、曰はく、『死して、目、合はざる者は、人を殺す』〔と〕。

○兎醬〔(としやう/うさぎのししびしほ)〕を作る法、臘月、新しき兎の皮を、はぎ、筋〔(すぢ)〕と骨とを𠫥〔(さ)〕り、肉を細〔か〕に、たゝきくだき、生肉百匁〔(もんめ)〕に炒鹽〔(いりじほ)〕十五匁、かうじ[やぶちゃん注:ママ。「麹」で「かうぢ」が正しい。]末〔(まぶ)〕して、三十匁、加ふ。又、茴香〔(ういきやう)〕・陳皮・丁香〔(ちやうじ)〕・乾薑〔(ほししやうが)〕・肉桂・山椒・胡椒等、好みに、隨ひて、三、四種、各二、三匁加ふ。又、生葱白〔(なまのしろねぎ)〕を、二、三日、鹽につけ、針のごとく切りて、四匁許り、加ふるも、よし。醇酒を加へ、まぜ合はせ、十日過ぎて、鹽の濃淡と、肉の燥濕〔(さうしつ)〕の宜〔(よろし)く〕を試み、鹽、淡(うす)くば、加へ、肉、燥(かは)かば、醇酒を加へ、重〔ね〕て、すりまぜ、相〔(あひ)〕和し、瓶に納め、口を、紙にて、はり、或いは、泥土にて、ぬり、六、七、十日を過ぎて、食す。久しく熟して、彌〔(いよいよ)〕よし。一切、鳥獸の醢(ひしほ)を製する法、皆、同じ。諸肉の皮・筋〔(すぢ)を〕して、厺〔(さ)る〕べし。小鳥は皮を厺らず、雁・鳬〔(かも)〕・雉・鳩・小鳥、味、佳〔よ〕き物、皆、醢とすべし。又、鰷〔(はや)〕・鱒・鯛・鱸・鯔等、魚〔の〕醢、亦、良し。寒月は鹽を減じ、暑月には鹽を加ふ。老人・脾虛〔の〕人、食ふべし。鱁鮧〔(ちくい)〕に、まされり。此法、中華の書「居家必用〔(きよかひつよう)〕」等に出〔で〕たり。

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いちいち細かな注は附さないが、必要と思われる部分を指摘しておくと、

・「尻に小さき孔(あな)多し」「尻に九孔あり」「老兎は尻の孔、多し」「子を生〔む〕に、口より吐く。妊婦、食ふべからず」実際に、中国には「ウサギの尻には九つの孔があり、そこから子を産む」という俗信があった。この発生原はよく判らないが、まず、「九」という数値で、これはウサギが一回に出産する最大個体数であることと関連しそうである。さらに画像を見ると、の場合、生殖器と肛門の間に左右に鼠径腺一対があり、これだけで四つの孔を現認できること、肛門部粘膜に乳頭腫と呼ばれる腫瘍が生ずることがあること等と関係するのかも知れないと想像した。また、ウサギには特有の食糞行動(夜間に肛門から直接に食べる)があることから、「口」「排泄」「出産」の連関性が強くあると言え、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑5 哺乳類」(平凡社一九八九年刊)の「ウサギ」の記載には、ここにある通り、中国では嘗て「雌兎は雄兎の毛を嘗めるだけで孕み、五ヶ月で子を口から吐き出す」という俗信があったとあり、さらに「妊婦、食ふべからず」について荒俣氏は『妊婦がウサギを食べたり見たりすると』、奇形の口蓋裂=『兎唇の子が生まれるとしてこれを忌みきらった』とあり、加えて、この禁忌は『子が』ウサギのように『肛門から』(ウサギの肛門と♀の生殖器は極めて近くに開口している)『生まれるようになるからともいう』とあった。

・「疱瘡」天然痘。

・「消渴〔(せうかち)〕」咽喉が渇き、尿が出ない症状を指す。

・「臘月」旧暦十二月の異名。

・「『他獸に異〔な〕り、臘月、醤〔(ししびしほ)〕と作〔(な)〕し、食ふ』と「本艸」に見ゑたり」「本草綱目」巻五十一下の「獸之二」の「兎」の「主治」の中に『臘月作醬食去小兒豌豆瘡』と「藥性」という書からの引用として載る。

・『死して、目、合はざる者は、人を殺す』同前の、「集解」の一番最後に、恐らくは陳藏器の言として、『兎死而眼合者殺人』とある。

・「𠫥〔(さ)〕り」「𠫥」は「去」の異体字。

・「匁」一匁は三・七五ミリグラム。

・「居家必用」正しくは「居家必要事類全集」元代の日用類書。撰者不詳。全十集。なお、その内容は当たり前のことだが、モンゴル式である。遊牧民であるから、獣類の塩蔵品は普通であったわけである。

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 以下、本文注に戻す。

「雁〔(かり)〕」広義のガン或いはカリ(「雁」)は以下の広義のカモよりも大きく、ハクチョウ(カモ科Anserinae亜科Cygnus属の六種及びCoscoroba 属の一種の全七種。全長百四十~百六十五センチメートルで、翼開長は二百十八~二百四十三センチメートルあるだけでなく、飛翔する現生鳥類の中では最大級の重量を有する種群で、平均七・四~十四、最大で十五・五キログラムにも達する)より小さい種群の総称。私の和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴈(かり・がん)〔ガン〕」を参照されたい。鳥の塩辛というのは、フランスの鳥レバー・ペーストぐらいしか食べたことはない。

「鳬〔(かも)〕」カモ目カモ亜目カモ科 Anatidae の仲間、或いはマガモ属 Anas を総称するもの。同じく和漢三才圖會第四十一 水禽類 鳧(かも)〔カモ類〕」をどうぞ。

「小鳬」前注の幼体か小型種というわけではない。狭義にこの名の別種がおり、カモ科カモ亜科マガモ属コガモ亜種コガモ(小鴨)Anas crecca crecca である。同じく「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鸍(こがも/たかべ)〔コガモ〕」を見られたい。

「けり」チドリ目チドリ亜目チドリ科タゲリ属ケリ Vanellus cinereus。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 計里 (ケリ)」を参照されたい。

「しとゝ」小学館「日本大百科全書」その他によれば、スズメ目ホオジロ科ホオジロ属 Emberiza のうちの幾種かに対して、古くから一般につけられた地方名であり、日本で普通にみられる種に限られる。「シトド」或いは「シトト」と称する鳥は、「日本鳥(ちょう)学会」が定めた和名に当て嵌めてみると、ホオジロ(ホオジロ属ホオジロ亜種ホオジロ Emberiza cioides ciopsis)・アオジ(Emberiza spodocephala)・クロジ(亜種クロジ Emberiza variabilis variabilis)・カシラダカ(カシラダカ Emberiza rustica)が該当する。「シトド」と発音するのは東北地方に多く、そのほかの地方では「シトト」が多い。ついで、アオジ・クロジ・ノジコ(Emberiza sulphurata)など、肉眼での野外識別が困難な個体を総称して「アオシトド」あるいは「アオシトト」とよぶ地方があり、ホオジロを「アカシトト」、クロジを「クロシトト」、ミヤマホオジロ(Emberiza elegans)を「ヤマシトト」とよぶ地方もある。

「鰷〔(はや)〕」ハヤという種はいない。複数種の総称。縁が近い訳でもない。「大和本草卷之十三 魚之上 ※(「※」=「魚」+「夏」)(ハエ) (ハヤ)」の私の注を参照されたい。

「きすご」鱚(きす)。スズキ目スズキ亜目キス科 Sillaginidae のキス(鱚)類、或いは同科キス属シロギス Sillago japonica の別名である。

「肉醢〔(ししびしほ)〕」二字の読みとして附した。]

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