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カテゴリー「貝原益軒「大和本草」より水族の部」の290件の記事

2021/05/07

大和本草卷之八 草之四 水草類 荇 (ヒメシロアザサ・ガガブタ(附・アサザ))

 

荇 關雎ノ詩ニ詠セル荇菜是ナリ又莕ト云其葉ハ馬蹄

ニ似タリ又ヨク睡蓮ニ似タリ葉ノ形蓴菜ノ如クニシテ其

端分ル事睡蓮ノ如シ蓴菜ノ葉切レサルニ異ナリ葉水

面ニウカブ單ノ黃花ヲ開ク莖根長シ花モ水面ニウカブ

江州唐崎ノ水中ニ多シ荇菜ヲアサヾト訓スルハ誤ナルヘ

シアサヾハ。カハホ子ニ似タル水草ナリアサヾハ根アラハル荇菜

ハ根アラハレス蓴菜ニ似タリ凡蓴菜荇菜睡蓮此三種

ハ似テ一類ナリアサヾ。カハホ子ハ荇菜ト一類ニ非ス荇菜ト

睡蓮ト葉ハ相同シテ花異レリ蓴菜ハ葉ニ切タル處ナシ

小蓮葉ノ如シ荇菜睡蓮ノ葉ニハ切レタル處アリ

○やぶちゃんの書き下し文

荇〔(カウ)〕 「關雎〔(かんしよ)〕」の詩に詠ぜる「荇菜〔(カウサイ)〕」、是れなり。又、「莕〔(カウ〕)」と云ふ。其の葉は馬蹄に似たり。又、よく睡蓮に似たり。葉の形、蓴菜〔(じゆんさい)〕のごとくにして、其の端、分るる事、睡蓮のごとし。蓴菜の葉、切れざるに、異なり。葉、水面にうかぶ。單〔(ひとえ)〕の黃花を開く。莖・根、長し。花も水面にうかぶ。江州唐崎の水中に多し。荇菜を「あさゞ」と訓ずるは、誤りなるべし。「あさゞ」は、「かはほね」に似たる水草なり。「あさゞ」は、根、あらはる。荇菜は、根、あらはれず、蓴菜に似たり。凡そ蓴菜・荇菜・睡蓮、此の三種は、似て、一類なり。「あさゞ」・「かはほね」は荇菜と一類に非ず。荇菜と睡蓮と、葉は相〔ひ〕同〔じう〕して、花、異れり。蓴菜は、葉に切れたる處、なし。小〔さき〕蓮〔の〕葉のごとし。荇菜・睡蓮の葉には、切れたる處、あり。

[やぶちゃん注:この「荇」を益軒が和訓でなんと読んでいるかが判らないので、困った。「あさざ」ではないと強く言っている割に、「じゃあ、何よ!?」って突っ込みたくなる感じで甚だ困っているのだ。じゃあ、他で「あさざ」を立項しているかというと、立項してないのである! そこで「あくまで漢語で通すんですね!?」という私の尻(けつ)捲くり憤懣状態から、カタカナで特異的に示した。ところが、である。ここに出る標題の「荇」(原題仮名遣の音「コウ」)も、「荇菜」(同前で「コウサイ」)も、「莕」(同前「コウ」)の総てが全部、現在では「あさざ」と訓じているのだ! それでも益軒は「荇菜は、根、あらはれず」としっかり言っているので、

双子葉植物綱ナス目ミツガシワ科アサザ属ガガブタ(鏡蓋) Nymphoides indica

或いは、

アサザ属ヒメシロアサザ Nymphoides coreana

を挙げておき、しかし、それでは本「大和本草」から洩れてしまうことになる、

アサザ属アサザ Nymphoides peltata

を添えておくこととする。これは「岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科」公式サイト内の「ヒメシロアサザ」の解説に、『ヒメシロアサザとガガブタは』、『アサザのように地下茎或いは地下茎から発達する水中茎を持たないという特徴がある』とあることに拠ったものである。しかし、これは非常に専門的な観察であって、見た目では、素人ではその特徴なるものが判然としないのである。しかし、要はヒメシロアサザとガガブタはアサザと違って、しっかりした地下茎或いはそこから発達した有意な水中茎がよく見えない、ということを意味するようである。「大阪府立環境農林水産総合研究所」公式サイト内の「アサザ、ガガブタ、ヒメシロアサザの鑑別」を見るに、そこでは、「殖芽」の項に、アサザははっきりとした根茎を形成するのに対して、ガガブタは茎はあるが、まさに『クラゲ状』の浮葉様の芽によって殖芽し、ヒメシロアサザは『細長く小さい根茎』しか持たない(ということは水面下の根茎が目立たないということであろう)とあるからで、ガガブタとヒメシロアサザは益軒の言う「荇菜は、根、あらはれず」という指摘が合致するからである。但し、繰り返すが、写真を幾ら見ても、水面下の草体の様子の違いというのは、私にはよく判別出来なかった。

 ガガブタは当該ウィキによれば(太字は私が附した)、『湖沼やため池などにみられる』多年性『水草で』、『アジア、アメリカ、アフリカ、オーストラリアの温帯域に広く生育』し、『日本の本州以西や台湾などにも分布している』。『あまり深くない止水域に出現する』が、『池沼の改修工事や水質汚濁などに伴い、日本では個体群が減少傾向にある』。『浮葉性、または抽水性の植物で、地下茎をのばして生長する。スイレン』(双子葉植物綱スイレン目スイレン科スイレン属 Nymphaea 亜属 Chamaenymphaea 節ヒツジグサ Nymphaea tetragona 一種のみが自生する)『に似た円心形もしくは卵心形の浮葉をつけ、長さ』は八~二十センチメートル。『抽水葉をつけることもある』。但し、『スイレンと決定的に違うのは、水底の茎から伸びるのが葉柄でなく茎であることである。浮葉の少し下に芽や根が出る部位があり、ここから先だけが真の葉柄である。この部分から根や花芽、やがては葉も出てくることで、この部分だけで独立した植物体となることが出来る。夏から秋にかけて、葉柄の基部にバナナのような形をした殖芽をつくる』。『花期は』七~九月で、『多数の白い花を咲かせる。花は上記の葉の少し下の部位から出る。水面から出た花には』五『弁があり、その白い花弁の周辺は細かく裂けていて、一面に毛が生えたような見かけになっている。自家不和合性をもち、結実するためには他家受粉が必要となる』とある。

 次にヒメシロアサザ。同じく当該ウィキから引く。『湖沼やため池、水田』『などに生息する水草で』、『日本、中国、朝鮮半島』『のほか、ロシアにも分布する』。『日本では水田雑草となることもある一方で、個体数は減少傾向にあり、絶滅危惧種に指定されている』。『浮葉植物で、地下茎から茎を伸ばし、浮葉を』一~三枚、『展開する』。『葉の長さは』二~六センチメートルで、『同属のガガブタより』、『少し』、『小型である』。『花期は』七~九月で、四~五裂した『白い花弁をもった花を多数咲かせる。花冠は』八ミリメートル『程度で、花弁の縁には毛をもつ』。『種子は長楕円形で、長さ』三~五ミリメートルであり、『結実率は良い』。『殖芽を形成して越冬するという報告もあるが、正確にはわかっていない』とこちらにはある。

 参考にウィキの「アサザを引いておく。漢字表記は「浅沙」「阿佐佐」で、『多年草。ユーラシア大陸の温帯地域に分布し、日本では本州や九州、稲美町などに生育する』。『浮葉性植物で、地下茎をのばして生長する。スイレンに似た切れ込みのある浮葉をつける。若葉は食用にされることもある』。『夏から秋にかけて黄色の花を咲かせる。五枚ある花弁の周辺には細かい裂け目が多数ある。アサザの繁殖方法には、クローン成長と種子繁殖という』二『つの方法がある。成長期のアサザは、走出枝をさかんに伸ばすことで展葉面積を広げるが、同じ遺伝子からなる』一『個体である。また時として、走出枝が切れて(切れ藻)漂着し、そこから新たに成長することもあるが、この切れ藻は、元の個体と同じ遺伝子を持ったクローンである。 一方』、『種子繁殖について、アサザは「異型花柱性」という独特の繁殖様式を持っている。花柱(めしべ)が長くて雄ずい(おしべ)の短い「長花柱花」と、反対に花柱が短く雄ずい』(蘂)『が長い「短花柱花」を持つ個体が存在する。そして、異なる花型を持つ花の間で花粉がやり取りされないと』、『正常に種子繁殖を行うことが出来ない』。『花から生産された種子は翌年に発芽するほか、土壌シードバンク(埋土種子)を形成して、数年間休眠することもある』。『東欧では、絶滅が危惧されているが、北米などでは侵略的外来種とみなされている』。『水路や小河川、池に生育する。浮葉植物であることから、波浪が高い湖沼には通常、生息しない。池や水路の護岸工事や水質汚濁などにより、各地で個体群が消滅、縮小している』。『アサザの遺伝解析の結果、ほとんどの自生地が』一つ乃至二つの『クローンで構成され、種子を作るために必要な異なる』二『つの花型が生育するのは霞ヶ浦だけとなっていて、日本にわずか』六十一『個体しか残存していないことがわかったとされる』。『しかしながらこの研究は、霞ヶ浦以外では』一ヶ所で一サンプルしか『採取していないところがあるなどサンプリングに偏りがあることから、さらなる調査が必要である。上記研究によれば、その内』二十『個体が霞ヶ浦に生育していて、霞ヶ浦にしか残されていない霞ヶ浦固有の遺伝子が存在するとしている。そして、霞ヶ浦では近年生育環境が悪化し、非常に高い絶滅の危機に瀕しているとの意見がある一方で、周辺の水路での自生が報告されている。局所個体群が急激に減少しはじめた』一九九六年から二〇〇〇年と二〇〇四年『以降は、霞ヶ浦の水位が高く維持されるようになった年であり、何らかの関連性があると考えられている』『とする意見もある』。『日本では、アサザ個体群の保全や復元がNPOと行政の協働によって霞ヶ浦や北浦で行われてきた。兵庫県の天満大池、福島県の猪苗代湖などでも保全活動が行われている。霞ヶ浦ではアサザ群落の急激な減少を受けて、霞ヶ浦の湖岸植生帯の保全に係る検討会』『が開催され』、『公開の場での議論を経て、湖岸植生帯の保全や再生のために緊急対策が実施された経緯がある。また、この検討会では、事後モニタリング結果に基づき』、『順応的な管理を実施し、改善していくことが提案された。緊急対策に伴い』、二〇〇〇年から『湖の水位を上昇する管理を中止した後、アサザ群落の回復が見られた』。二〇〇二年より『緊急保全対策工の事後モニタリング調査が開始、物理環境、施設状況、生物状況に関するデータが毎年蓄積されている。さらに、霞ヶ浦湖岸植生帯の緊急保全対策評価検討会が』『開催され、知見や評価がとりまとめられている』しかし、『その後』、二〇〇五年から二〇〇七年『頃を境に、アサザ群落は一部地域を除き、減少に転じることとなり、その原因が模索されている』。『その後』、『アサザは、絶滅の危険性が低下したとされ』、二〇〇七年に『環境省のレッドデータブックが改定された際』、『ランクが絶滅危惧II類(VU)から準絶滅危惧(NT)に下げられ』てしまった。『しかし』、二〇一八年、『霞ヶ浦における群生が確認できなくなったとして、現地のNPOが自生のアサザの消滅を宣言』する事態に陥ってしまっている、とある。

『「關雎〔(かんしよ)〕」の詩』「詩経」の「周南」にある以下。

   *

 

 關雎

關關雎鳩

在河之洲

窈窕淑女

君子好逑

 

參差荇菜

左右流之

窈窕淑女

寤寐求之

 

求之不得

寤寐思服

悠哉悠哉

輾轉反側

 

參差荇菜

左右采之

窈窕淑女

琴瑟友之

 

參差荇菜

左右芼之

窈窕淑女

鐘鼓樂之

 

  關雎(くゎんしょ)

 關關(くぁんくわん)たる雎鳩(しよきう)は

 河の洲(す)に在り

 窈窕たる淑女は

 君子の好逑(かうきう)たり

 

 參差(しんし)たる荇菜(かうさい)は

 左右(さいう)に之れを流(と)る

 窈窕たる淑女は

 寤寐(ごび) 之れを求む

 

 之れを求めて得ざれば

 寤寐 思服(しふく)す

 悠(いう)かなるかな 悠かなるかな

 輾轉反側(てんてんはんそく)す

 

 參差たる荇菜は

 左右に之れを采(と)る

 窈窕たる淑女は

 琴瑟(きんしつ)もて之れを友とす

 

 參差たる荇菜は

 左右に之れを芼(と)る

 窈窕たる淑女は

 鐘鼓もて之れを樂しむ

 

   *

故乾一夫先生(私は先生の「詩経」の授業を受けた。以下の書籍はその教材だった)の「中国の名詩鑑賞 1詩経」(昭和五〇(一九七五)年明治書院刊)によれば、琴瑟相和す新婚夫婦を讃える祝婚歌とある。「雎鳩」タカ目ミサゴ科ミサゴ属ミサゴ Pandion haliaetus 。魚を捕食するタカとして知られ、中国では子が多いとされて、新婚のアイテムとなった。「窈窕」嫋やかで美しいさま。「好逑」良き連れ合い。「參差」多くの草木の新芽や若葉が繁茂し、群がり生えるさま。やはり新婚の言祝ぎのシンボル。「荇菜」乾先生はズバり、アサザとされ、『若葉が食用に供されることから「菜」といった』とある。「寤寐」「寤」は「目覚める」、「寐」は「眠る」で、「日夜」「一日中」「寝ても覚めても」の意。「思服」は思い焦がれること。「悠哉悠哉」『思念の深く』且つ『綿々として絶えざるをいう』とある。「輾轉反側」寝返りを打つこと。「琴瑟」「琴」は七弦、「瑟」は二十五弦の弦楽器。中国の古い琴。「芼」「選び取る」の意。アサザを摘み取る仕草を、よき配偶者を手に入れることにシンボライズしている。「鐘鼓」結婚を祝う実際の婚礼の囃子とダブるようになっている。

「江州唐崎」滋賀県大津市唐崎(グーグル・マップ・データ)。

「かはほね」スイレン目スイレン科コウホネ(河骨)属コウホネ Nuphar japonica 。後で「萍蓬草(かはほね)」として独立項で出る。]

大和本草卷之八 草之四 水草類 荻(をぎ) (オギ)

 

荻 本草蘆集解頌曰菼薍似葦而小中實卽荻也

至秋堅成卽謂之萑時珍曰短小於葦而中空皮

厚色靑蒼者菼也荻也萑也其最短小而中實者

蒹也其身皆如竹其葉皆長如箬葉又曰毛萇曰

葦之初生曰葭未秀曰蘆長成曰葦頌曰蘆葦通

爲一物也○采葛詩朱傳曰蕭萩也白葉莖麤科

生有香氣祭則焫以報氣荻ハヲギヨシト云淀川其

外處々ニアリ山野ニモ水邊ニモ生ス中實也ヨシノ如シ少

ハ其中トヲレリ葦トマシリ生ス似タル物ナリ水草ナリ本

草ニハ蘆ノ集解ニノセタリ

○やぶちゃんの書き下し文

荻(をぎ) 「本草」、「蘆」の「集解」に、頌〔(しよう)〕が曰はく、「菼薍〔(タン/をぎ)〕、葦に似て、小なり。中實す。卽ち、荻なり。秋に至り、堅く成る。卽ち、之れを萑〔(カン/をぎ)〕と謂ふ。」と。時珍曰はく、「葦より短小にして、中、空しく、皮、厚く、色、靑蒼〔(せいさう)〕なる者、菼〔(タン/をぎ)〕なり。荻なり。萑なり。最も短小にして、中實〔(ちゆうじつ)〕する者〔は〕、蒹〔(ケン/をぎ)〕なり。其の身、皆、竹のごとく、其の葉、皆、長く、箬〔(たけ)の〕葉のごとし。」と。又、曰はく、「毛萇〔(まうちやう)〕が曰はく、『葦の初生を、「葭(カ)」と曰ひ、秀〔(ほ)の〕未〔(いまだ)し〕を「蘆〔ロ〕」と曰ひ、長成〔せる〕を「葦〔ヰ〕」と曰ふ。』と」と。頌曰はく、「蘆・葦、通じて、一物と爲すなり。」と。

○「采葛」の、「詩」〔の〕「朱傳」に曰はく、『蕭〔(セウ)〕は萩〔(シウ/をぎ)〕なり。白き葉〔にして〕、莖は麤〔(あら)〕し。科生〔(くわせい)〕し、香氣有り。祭りには、則ち、焫〔(も)〕して以つて氣を報ず。荻は、「をぎよし」と云ふ。淀川、其外、處々にあり。山野にも、水邊にも生ず。中實なり。「よし」のごとし。少〔(わか)き〕は、其の中、とをれり。葦と、まじり、生ず。似たる物なり。水草なり。「本草」には「蘆」の「集解」にのせたり。

[やぶちゃん注:漢籍引用で見慣れない漢名表記が羅列的に多数出るので、例外的に、音をカタカナで、訓をひらがなで、確認して調べて歴史的仮名遣で附した。狭義には、多年草である、

単子葉植物綱イネ目イネ科ススキ属オギ Miscanthus sacchariflorus

に比定してよいが、本邦では近代まで、「をぎ」をススキ属のタイプ種である別種である「すすき」(ススキ属ススキ Miscanthus sinensis)と同じものとして区別せずに認識してきた一般の民俗社会の歴史がある。実際には以下に述べる通り、属性に違いがあり、農民は茅葺の屋根材料として広く使用していたから、正しく弁別して認識していたし、植生地の違いや、細部をよく観察すれば、簡単に識別できるのだが、今でも都会人の多くは十把一絡げに「すすき」と称して、区別できない者が多い。但し、益軒は「大和本草卷之六 草之二」の「民用草類」の中で、「芒(ススキ/カヤ)」を立項して、仔細に述べている(中村学園大学図書館蔵本画像PDF38コマ目)ので、この心配は全く無用である。

 以下、まず、小学館「日本国語大辞典」から引くと(以下の太字は私が附した)、『各地の池辺、河岸などの湿地に群生して生える。稈(かん)は中空で、高さ一~二・五メートルになり、ススキによく似ているが、長く縦横に』這う『地下茎のあることなどが異なる。葉は』、長さ四十~八十センチメートル、『幅一~三センチメートルになり、ススキより幅広く、細長い線形で、下部は長い』鞘『となって稈を包む。秋、黄褐色の大きな花穂をつける』。別名「おぎよし」「ねざめぐさ」「めざましぐさ」「かぜききぐさ」があるとする。「をぎ」の呼称は万葉以来で古い。次に当該ウィキから引く。『河川敷などの湿地に群落を作る身近な多年草である。日本全国や朝鮮半島、中国大陸に分布している。葉は』『中央脈がはっきりしている。花期は』九~十月で、穂は二十五~四十センチメートル『程であり、小穂が多数互生している。茎は硬くて』、『節を持ち、つやがある』。『ススキに良く似ているが、オギは地下茎で広がるために株立ちにならない(ススキは束状に生えて株立ちになる)』。『ススキと違い、オギには芒がない。また、ススキが生えることのできる乾燥した場所には生育しないが、ヨシ』(イネ科ダンチク亜科ヨシ属ヨシ Phragmites australis )『よりは乾燥した場所を好む。穂はススキよりも柔らかい』とある。次に、「岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科」の公式サイト内の「オギ」を見よう(写真有り)。『オギは河原などに生育する多年草。ススキによく似ているが、草丈は』二メートル『を越える。種子でも繁殖するが、群落の拡大は地下茎で行うので、土壌は粘土質から砂質であることが必要で、礫を多く含む河原では生育しない。洪水などの増水には耐えることができるが、地下部が長期にわたって水没するような場所にも生育できない。したがって、広い群落を形成する場所は、中流の下部から下流の上部までの範囲であり、通常水位から高い高水敷などである。下流の感潮域では、ヨシ群落よりも高い場所に生育する。日本全国と朝鮮半島・中国大陸に分布する』。『ススキとよく似ており、区別に迷うことがあるが、オギは地中に横走する地下茎から地上茎を立ち上げるので、群落を形成していても株立ちすることはない。茎は堅く、ササの幹のようであり、簡単には引きちぎることができない。葉の幅も広く、花穂もより大型である。もちろん草丈も高くなる』。『オギは洪水によって倒匐しても、節から新たな地上茎を発達させて回復することができる。オギ群落が発達している場所は、増水時にも緩やかに水位が上下するような立地であり、濁流が流れるような場所ではない。増水時には砂やシルトなどが群落内に堆積するのが普通であり、倒れた茎から新芽を出すことができる能力は、このような堆積環境によく適応している。ススキも河原には生育は可能であるが、草丈と堆積・埋没に対する適応能力ではオギに負けている。しかしながら、オギは刈り取りには弱く、地上部を年』一『回刈り取られると、数年で急激に勢力が弱くなってしまう。この点ではススキに負けている。したがって、刈り取りが行われるとススキが優勢となり、放置されるとオギが優勢となる』。『オギは漢字で書くと「荻」であり、荻野・荻原などの地名や名字でお馴染みである。昔は洪積平野などに広く生育していたのであろうが、水田や畑地として開墾されてしまったものと思われる。オギ群落の発達している場所は、土壌が砂質から砂質粘土であり、根菜類の栽培にはもってこいの土壌である。最近は放棄水田などに群生しているのを見かけることも多くなった。本来はこのような時折冠水するような低湿地に広く群落を形成していたに違いない』とある。これで、皆さん、ススキと区別出来ましょうぞ。

『「本草」、「蘆」の「集解」』「本草綱目」巻十五の「草之四」の「蘆」であるが、これは多種が混同されて記されてあるので注意が必要である。読めば判るが、以下を継ぎ接ぎして引用している益軒の本文もそのまま受け取ることは出来なくなる可能性が高いからである。囲み字は太字に代えた。

   *

集解【恭曰はく、「蘆根、下濕の地に生ず。莖・葉、竹に似たり。花、荻花のごとし。蓬蕽(はうのう)[やぶちゃん注:アシの花を指す。]と名づく。二月と八月に根を采り、日に乾かして用ゆ。」と。頌曰はく、「今、在りとある處に、之れ、有り。下濕の陂(きし[やぶちゃん注:岸。])・澤の中に生ず。其の狀、都(すべ)て竹に似て、葉、莖を抱(つつ)みて生ず。枝、無し。花、白くして、穂を作(な)す。茅(ちがや)の花のごとし。根も亦、竹の根のごとくして、節、疎らなり。其の根は水底より取る。味、甘辛なる者なり。其の露出及び水中に浮ぶ者は、並には用に堪えず。按ずるに、郭璞が「爾雅」に注して云はく、「葭は、卽ち、蘆なり。葦は、卽ち、蘆の成れる者なり。「菼薍(タンラン)」[やぶちゃん注:アシの初生のものを指す。]は、葦に似て、小にして、中實す。江東、呼びて「烏蓲(うく)」と爲す。音は「※(カ)」[やぶちゃん注:「※」=「艹」に「佳」。実は「漢籍リポジトリ」ではここに「萑」(カン)の字を当てているのであるが、どうもおかしいと感じた。「葭」の音表記としては「萑」では日本語の音でも、また、中国音でも音通ではなく、不審だからである。同ページの影印を期待してみたが、残念、そこだけ、欠字になっているのだった。しかし、気になってしょうがない。そこで一つ、考えたのは、これは「艹」に「佳」なのではないか? という疑いであった。それだと、「佳」が当該字の音であるとすれば、それと「葭」はウェード式で「chia1」で一致するからである。そこで、訓読の参考にしている国立国会図書館デジタルコレクションの風月莊左衞門寛文九(一六六九)年の版本の当該部を拡大してよく見てみたところが、初めは失望した。ここは「丘」となっていたからである。しかし〈救いの女神〉はいた! 以下の直後に出る「至秋堅成即謂之萑音桓兼似而細長」と「漢籍リポジトリ」がする部分だ! 頭に当たった! これは「艹」に「佳」なのだ! 横画が均一の長さでないのだ! そこでまた「漢籍リポジトリ」の影印をその字を確認してみた。あった! そして――やったね! やっぱり「艹」に「佳」なのだ! 間違いない! 「亻」とは右部分が接続せず、「圭」となっているのだ! 快哉!!!]。或いは、之れを「藡」と謂ふ。卽ち、荻なり。秋に至りて、堅く成れり。之れを「※(カ)」と謂ふ。音は「𢬎」[やぶちゃん注:これも不審だが、不明。「漢籍リポジトリ」は「桓」とするが、影印を見ると「𢬎」である。]。「兼」は「※」に似て、細長く、高さ、數尺。江東、之れを「蒹」と謂ふ。其の花、皆、「艻(ロク)」と名づく。音は「調」[やぶちゃん注:不審。]。其の萌(もえいづるもの)、皆、「虇(ケン)」と名づく。食するに堪えたり。竹笋(たけのこ)のごとし。若(も)し然らば、則ち、蘆・葦、通じて一物と爲すなり。所謂る、「兼」は、乃(すなは)ち、今、「簾」と作(な)す者、是れなり。所謂る、「菼」は、今、以つて「薪」に當つる者、是れなり。而して、人、能く「兼」・「菼」と「蘆」・「葦」を别つこと、罕(まれ)なり。又、北人、葦と蘆とを以つて二物と爲す。水旁・下濕の所に生ずる者を、皆、「葦」と名づく。其れ、細くして指の大いさに及ばず。人家・池圃に植うる所の者を、皆、「蘆」と名づく。其の幹、差(やや)大にして、深碧色なる者、亦、得難し。然るときは、則ち、蘆・葦、皆、通用すべし。」と。時珍曰はく、「蘆は數種有り。其の長(たけ)丈許り、中空にして、皮、薄く、色、白き者は、葭なり、蘆なり、葦なり。葦より短小にして、中空にて、皮、厚く、色、靑蒼なる者は、「菼」なり、「薍」なり、「荻」なり。「※」なり。其の最も短小にして中實なる者は「蒹」なり、「簾」なり。皆、初生を以て已に成して、名を得。其の身、皆、竹のごとく、其の葉、皆、長くして、箬葉(ささ)のごとし。其の根、藥に入るる。性・味、皆、同じ。其の未だ葉を解かざる者は、古へ、之れを「紫籜(シタク)」と謂へり。」と。斆(がく)曰はく、「蘆の根、須らく逆水に生じ、幷びに、黃の泡をなし、肥厚せる者を要とすべし。鬚の節、幷びに、赤黃の皮を去りて用ゆ。」と。】

   *

「頌」既出既注だが、再掲しておく。宋代の科学者にして博物学者蘇頌(一〇二〇年~一一〇一年)。一〇六二年に刊行された勅撰本草書「図経本草」の作者で、儀象台という時計台兼天体観察装置を作ったことでも知られる。

「中實す」中が空洞でない(維管束が充実している)ことを言う。

「萑〔(カン/をぎ)〕」現行、この字は確かにオギを指す字として存在してはいる。しかし、私は或いは「艹」+「佳」こそが、古代中国に於いて、本来のオギを指す字だったのではないかと疑っていることを申し述べておく。「隹」の字は「説文解字」によれば、「尾の短い鳥類の総称」とされ、側面から見た鳥を象ったものだ。それよりも、あらゆる場面で民が日常生活に用いたオギは、彼らのとって非常に役に立つ「佳(よ)い草」であったではないか!

「毛萇」(もうちょう 生没年未詳)は漢代の学者。師の魯の毛亨(もうこう 生没年未詳)とともに「毛詩」と呼ばれる「詩経」の校訂本文を完成させた。他のテキストが総て亡んでしまったため、これが今日の「詩経」となっており、「詩経」の別名を「毛詩」と呼ぶ理由もそこにある。

『「采葛」の、「詩」〔の〕「朱傳」』「詩経」の「王風」にある「采葛」(葛(くづ)を采る)の南宋の儒学者朱熹(一一三〇年~一二〇〇年)の「詩経」の注釈書「詩集傳」のことか。「采葛」は以下。

   *

 

 采葛

彼采葛兮

一日不見

如三月兮

 

彼采蕭兮

一日不見

如三秋兮

 

彼采艾兮

一日不見

如三歲兮

 

  葛を采る

 

 彼(か)の葛を采る

 一日(いちじつ) 見ざれば

 三月(さんげつ)のごとし

 

 彼の蕭(よもぎ)を采る

 一日 見ざれば

 三秋のごとし

 

 彼の艾(よもぎ)を采る

 一日 見ざれば

 三歲 のごとし

 

   *

これは野摘みをする女性への恋歌のように私には感じられる。

「科生〔(くわせい)〕」不明。段階を踏んで成長することか。

「焫〔(も)〕して」燃やして。

「氣を報ず」その香気を周囲に行き渡らすことか。]

2021/05/06

大和本草卷之八 草之四 水草類 石龍芮(たがらし/うんぜり) (タガラシ(異名ウマゼリ))

 

石龍芮 京都ノ方言ニタカラシトモ又タゼリトモ云筑紫

ニテウンゼリ。ウバゼリト云三葉芹ニハアラス葉ニヒカリアリ

テ花不好人是ヲ食ス無毒味三葉芹ニヲトル食スル

者モ亦マレナリ本草毒艸ニノセタリ一種葉莖實共ニ

石龍芮ニ似テ小ナルアリ可爲別種西土ノ俗名ヒキ

ノカサト云

○やぶちゃんの書き下し文(〈 〉は左ルビ)

石龍芮(たがらし〈うんぜり〉) 京都の方言に「たからし」とも、又、「たぜり」とも云ふ。筑紫にて「うんぜり」・「うばぜり」と云ふ。三葉芹〔(みつばぜり)〕には、あらず。葉に、ひかりありて、花〔は〕好からず。人、是れを食す。毒、無し。味、三葉芹に、をとる。食する者も亦、まれなり。「本草」、「毒艸」にのせたり。一種、葉・莖・實、共に石龍芮に似て、小なるあり。別種と爲すべし。西土の俗名、「ひきのかさ」と云ふ。

[やぶちゃん注:双子葉植物綱キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属タガラシ Ranunculus sceleratus 当該ウィキによれば、「田辛子」「田枯し」で、水田や用水路などに生える(幾つかの同種の画像を確認したところ、湖沼や池の岸の浅瀬にも平気で生えているので広義の水草と言える)雑草であるが、キンポウゲ科 Ranunculaceae にありがちな、有毒植物であるので注意! 『和名の由来は、噛むと辛味がある』(噛んではいけません!!!)『ことから「田辛子」という説と、収量の少ない田に生えることから「田枯らし」という説がある。西国、特に旧周防国、福岡県(久留米市、筑紫地域)、熊本県鹿本郡ではウマゼリと呼ばれてきた』。『日本全土の水田のような水たまりによく生える二年草』で、高さは二十五~六十センチメートル。花期は三~五月で、『よく枝分かれして』、『多数の花をつける。全体に黄緑色で柔らかい。キツネノボタン』(キンポウゲ属キツネノボタン Ranunculus silerifolius )『などによく似ているが、果実が細長くなるのが特徴』とあり、さらに、環状イソプレン化合物である発泡剤『プロトアネモニン』(Protoanemonin:その分解物をラヌンクリン(Ranunculin)と呼び、やはり有毒。後注参照)『という毒をもち、誤食すると』、『消化器官がただれたり、触ると皮膚がかぶれたりする』とある。『西国、特に旧周防国、福岡県(久留米市、筑紫地域)、熊本県鹿本郡ではウマゼリと呼ばれてきた』とあり、これは「馬芹」で、「うんぜり」「うばぜり」もその訛りと考えてよい。但し、「ウマゼリ」は同属の有毒種で後注に出るキツネノボタン Ranunculus silerifolius や、後に「毛莨」として立項される ウマノアシガタ Ranunculus japonicus の異名でもあり、さらに面倒臭いことに、全然関係ない複数種(当該ウィキ参照)の異名・地方名でもある。なお、この漢語「芮」は音「ゼイ」などで、意味は「小さな草・芽生えたばかりの草」の他に「水際(みずぎわ)」の意もあって、この草に用いられて腑に落ちる。

「花〔は〕好からず」益軒先生、花の見た目の好みに、相当、五月蠅いらしい。

「三葉芹〔(みつばぜり)〕」セリ目セリ科ミツバ属ミツバ亜種ミツバ Cryptotaenia canadensis subsp. Japonica で、普通に我々の食しているミツバのことであろうが、葉も花も全然似てないのに、わざわざ注意喚起している意図が判らない。

「葉に、ひかりありて」確かに、海外サイトの同種のこ複数の画像を見ると、葉がやや厚みを持っており、表面がツヤっぽくて、光沢を持っていることが判る。

「人、是れを食す。毒、無し。味、三葉芹に、をとる」というか、既に述べた通り、有毒で、皮膚接触は勿論、消化管炎症もかなり重い症状を呈しますから、絶対! だめですよ! 益軒先生!!!

『「本草」、「毒艸」にのせたり』確かに「石龍芮」は「本草綱目」の巻十七下の「草之六」の毒草類に入っており、その「集解」中に、『寇宗奭所言、陸生者、乃是毛華有大毒不可食』という文字列を見出せる。しかし、他の「集解」の中には食うとする記載もある。いやいや! 確かに有毒! 宋の本草学者寇宗奭(こうそうせき)先生のそれが正しい!

「葉・莖・實、共に石龍芮に似て、小なるあり。別種と爲すべし」私はそれほど似ていないとおもうのだが、さっき出たキンポウゲ属キツネノボタン Ranunculus silerifolius か? 而して属名で判る通り、ラヌンクリンを有し、有毒である。

「西土」西日本。特に九州。

「ひきのかさ」恐らくは「蟇の傘」であろう。キンポウゲ属ヒキノカサ Ranunculus ternatus 。この黄色い花は、エナメルを塗ったような強い光沢があることが、当該ウィキの画像で判る。半夏堂氏のサイト「日本の水生植物」の「ヒキノカサ」が非常に詳しいが、そこでも、『花弁には強い光沢があり、写真撮影ではAEの際、花弁に露出が引っ張られる撮影者泣かせの花の一つ』とあり、また、『和名は秀逸で「蛙の傘」であるとされている。草体の大きさや湿地という自生環境を見事に表現しているものだと思う。ただ』、『個人的にこの説には異議があり、蛙の古語は「川津」(かわず、かはつ)で万葉集の時代から芭蕉の「かわず飛び込む」まで一貫して用いられている』。『ヒキ=カエルという解釈はやや強引で、ここは素直にヒキガエル』『の傘=ヒキノカサと素直に解釈した方が腑に落ちる。どちらにしても湿地を想起させる優雅な名称だ』とある(激しく同感)。これだけの生態学的記載の中に有毒とないのだが、まあ、キンポウゲ属Ranunculus ですからね、触れるのも、食べるのも、やめときやしょう。というより、絶滅危惧II類(VU)ですから。但し、筆者の、自生するが、それが特定の場所に偏って見られる植物種群の幾つかは、『湿地に対する人為的介入が途絶えてしまえば一気に消滅してしまう』という警告は、非常に目を引いた。是非、読まれたい。]

大和本草卷之八 草之四 水草類 芰實(ひし) (ヒシ)

 

芰實 一名蔆又作菱水中ニ生ス實四角三角兩角ア

リ果トス生ニテモ蒸テモ食フ飢ヲ助ク河内州茨田池

ニ多シ花黃白色八九月實ヲトル性不好トイヘ𪜈凶

年ニ民ノ飢ヲ救フ古人コレヲ用テ飢饉ヲ救シ事合璧

事類ニ多ク引ケリ○ヒシノカラヲアツメヤキテ香爐ノ

灰トスヨク火ヲタモツ

○やぶちゃんの書き下し文

芰實(ひし) 一名「蔆」。又、「菱」と作(な)す。水中に生ず。實は四角三角、兩角〔(りやうかく)〕あり。果とす。生〔(なま)〕にても、蒸しても、食ふ。飢えを助く。河内の州〔(くに)〕「茨田(まんだ)の池」に多し。花、黃白色。八、九月、實を、とる。性、好からずといへども、凶年に民の飢えを救ふ。古人、これを用いて、飢饉を救〔(きう)〕し事、「合璧事類〔(がつぺきじるい)〕」に多く引けり。

○「ひし」のからを、あつめ、やきて、香爐の灰とす。よく、火を、たもつ。

[やぶちゃん注:双子葉植物綱フトモモ目ミソハギ(禊萩)科ヒシ属ヒシ Trapa japonica 。一年草の水草で、葉が水面に浮く浮葉植物(後述引用する通り、完全な「浮草」ではないので注意)である。本邦には同属のヒメビシ Trapa incisa、及び変種オニビシ Trapa natans var. japonicaも植生する。ウィキの「ヒシ」より引いておく。『春、前年に水底に沈んだ種子から発芽し、根をおろし茎が水中で長く伸びはじめ、水面に向かって伸びる』。『よく枝分かれして、茎からは節ごとに水中根を出し(これは葉が変化したものともいわれる)、水面で葉を叢生する』。『葉は互生で、茎の先端に集まってつき、三角状の菱形で水面に放射状に広がり、一見すると輪生状に広がるように見える』。『上部の葉縁に三角状のぎざぎざがある』。『葉柄の中央部はふくらみがあって、内部がスポンジ状の浮きとなる』。『その点でホテイアオイ』(ツユクサ目ミズアオイ科ホテイアオイ属ホテイアオイ Eichhornia crassipes )『に似るが、水面から葉を持ち上げることはない。また、完全な浮き草ではなく、長い茎が池の底に続いている』。『花は両性花で、夏から秋の』七 ~十月に『かけて、葉のわきから伸びた花柄が水面に顔を出して、花径約』一センチメートルの『白い花が咲く』。『萼(がく)、花弁、雄蕊は各』四個。『花が終わると、胚珠は』二『個あるが一方だけが発育し大きな種子となる。胚乳はなく、子葉の一方だけが大きくなってデンプンを蓄積し食用になる。果実を横から見ると、菱形で両端に逆向きの』二『本の鋭い刺(とげ。がくに由来)がある』。『秋に熟した果実は水底に沈んで冬を越す』。『菱形とはヒシにちなむ名だが』、葉の形に由来する、実の形に由来する、という両説があって、はっきりしない』。平地の溜め池、『沼などに多く、水面を埋め尽くす。日本では北海道、本州、四国、九州の全国各地のほか、朝鮮半島、中国、台湾、ロシアのウスリー川沿岸地域などにも分布する』。『ヒシの種子にはでん粉』が約五十二%も含まれており、茹でるか、蒸して食べると、『クリのような味がする。アイヌ民族はヒシの実を「ペカンペ」と呼び、湖畔のコタンの住民にとっては重要な食糧とされていた』とある。

 さても。私は私の年代では珍しいヒシに親しんだ経験のある人間で、ヒシを偏愛する、今や、化石のような人種である。鹿児島出身の母の実家は大隅半島中央の岩川というところにあったが、小学校二年生の時に初めて訪ねた折り、近くの山陰の池に平舟を浮かべて、鮮やかな緑色のヒシの実をいっぱい採って、茹でて食べた思い出がある。それから三十年の後、妻や友人とタイに旅行し、スコータイの王朝遺跡を訪れた際、路辺で婦人が黒焼きにしたヒシの実を小さな竹籠に入れて売っていた。それは棘が左右水平方向にほぼ完全に開いたもので実の湾曲が殆んどない如何にも美しいのフォルムであった(グーグル画像検索「ヒシの実」はこちら)。まだ二十歳の美しい優しいガイドのチップチャン(タイ語で「蝶」の意)に「これは日本語ではヒシと言います」と教えると、「ヒシ」という名をノートに記し、何を思ったものか、そのヒシの実一籠を自分のお金で買い求め、私にプレゼントしてくれた。それから、また、三十年が経った……そろそろ……また……ヒシに出逢えそうな予感がするのである……

「芰實(ひし)」「本草綱目」の巻三十三「果之五」に、「芰實」を項目として載せ(「芰」の音は「キ」)、これは明らかにヒシを指している。そこには「水栗」「沙角」の異名を記す。

「實は四角三角、兩角〔(りやうかく)〕あり」非常に腑に落ちる謂い方である。見たことがない方は、こちらの画像を見られたい。

「果とす」食用の果実とする。

『河内の州〔(くに)〕「茨田(まんだ)の池」』古くはこう呼んだ。後に郡名としては茨田(まった)郡が近代まであったが、現在は地名も池も消滅しており、原型の「茨田(まんだ)の池」というのがどこにあったかは定かでない。古代の河内国茨田郡にあった池が元で、東方の生駒山系北部に発する諸河川を水源としたと見られている。北西を流れる淀川が氾濫すると、淀川左岸の地が浸水したことから、これを防ぐために茨田堤が築かれたが、この築造に関する説話が「日本書紀」の仁徳紀に見え、これは大和朝廷が河内平野北部の開発に積極的であったことを物語る。この事業により、耕地化が可能となったのことから、大和盆地における溜池灌漑の経験をもとに、茨田池の水利用によって「茨田屯倉(まんだのみやけ)」の経営に当たったものと考えられている(以上は平凡社「世界大百科事典」の「まんだのいけ(茨田池)」の記載文に主に拠った)。「伝・茨田堤(まんだのつつみ)」(大阪府指定史跡)がここにある(グーグル・マップ・データ)。

「合璧事類」「古今合璧事類備要」(ここんがっぺきじるいびよう)。宋の虞載の編になる膨大な類書(百科事典)。]

2021/05/05

大和本草卷之八 草之四 水草類 芡蓮(をにはす) (オニバス)

 

芡蓮 葉ハ蓮ニ似テ大ニシテ葉水上ニウカビ皺アリハリア

リ實ハ莖上ニアリ苞ノ形雞頭ノ如シ故ニ雞頭實ト云苞

アリテツヽメリ其内ニ實數十顆アリマルシ實ノ内白クシ

テ抹スレハ米粉ノ如ク味モ亦甘美ナリ藥トシ食トス毒

ナク性ヨシ凶飢ヲ助ク池塘ニ多クウフヘシ莖ノ内ニアナア

リ絲アリワカキ時皮ヲ去テ食フヘシ根ハ煮テ食フ芋ノ如

○やぶちゃんの書き下し文(〈 〉は左ルビ)

芡蓮(みづぶき〈をにはす〉) 葉は蓮に似て、大にして、葉、水上にうかび、皺(しは)あり。はり、あり。實〔(み)〕は莖〔の〕上にあり。苞〔(はう)〕の形、雞頭のごとし。故に「雞頭實〔けいとうじつ〕」と云ふ。苞ありて、つゞめり。其の内に、實、數十顆あり、まるし。實の内、白くして、抹〔(まつ)〕すれば、米粉〔(こめこ)〕のごとく、味も亦、甘美なり。藥とし、食とす。毒なく、性、よし。凶飢〔(きようき)〕を助く。池塘に、多く、うふべし。莖の内に、あな、あり。絲あり。わかき時、皮を去りて、食ふべし。根は煮て食ふ。芋のごとし。

[やぶちゃん注:双子葉植物綱スイレン(睡蓮)目スイレン科オニバス(鬼蓮)属オニバス Euryale ferox 。一属一種。別名「ミズブキ」(水蕗)。当該ウィキによれば、『アジア原産で、現在ではアジア東部とインドに見られる』。『日本では本州、四国、九州の湖沼や河川に生息していたが、環境改変にともなう減少が著し』く、嘗て『宮城県が日本での北限だったが』、『絶滅してしまい、現在では新潟県新潟市北区松浜に位置する松浜の池が北限』『となっている』。『ハスと名が付くが』、『分類上はハス科ではなく』、『スイレン科に属する』。『葉が大型で葉や葉柄に大きなトゲが生えていることから「オニ」の名が付けられている』。『特に葉の表裏に生えるトゲは硬く鋭い。葉の表面には不規則なシワが入っており、ハスやスイレン等と見分けることができる。また、ハスと違って葉が水面より高く出ることはなく、地下茎(レンコン)もない』。『春ごろに水底の種が発芽し、矢じり型の葉が水中に現れる。茎は塊状で短く、葉は水底近くから水面へと次々に伸びていき、成長するにつれて形も細長いハート型から円形へ変わっていく。円形の葉は、丸くシワだらけの折り畳まれた姿で水面に顔を出し広がる。円形葉の大きさは直径』三十センチメートルから二メートル程と『巨大で』、一九一一年には『富山県氷見市で直径』二メートル六十七センチメートルもの『葉が見つかっている』。『花は水中での閉鎖花が多く、自家受粉で』百『個程度の種子をつくる。種子はハスと違って球形で』、『直径』一センチメートル程。八月から九月頃、『葉を突き破って花茎を伸ばし、紫色の花(開放花)を咲かせることもある。種子はやがて水底に沈むが、全てが翌年に発芽するとは限らず、数年から数十年』も『休眠してから発芽することが知られている。また冬季に水が干上がって種子が直接空気にふれる等の刺激が加わることで発芽が促されることも知られており、そのために自生地の状態によってはオニバスが多数見られる年と』、『見られない年ができることがある』。『農家にとってオニバスは、しばしば排除の対象になることがある。ジュンサイ』(スイレン目ハゴロモモ科ジュンサイ属ジュンサイ Brasenia schreberi )『などの水草を採取したりなど、池で農作業を行う場合、巨大な葉を持つオニバスは邪魔でしかないうえ、鋭いトゲが全体に生えているために嫌われる羽目になる。また、オニバスの葉が水面を覆い』、『水中が酸欠状態になったため、魚が死んで異臭を放つようになり、周囲の住民から苦情が出たという話もある』。『水が少ない地域に作られるため池では水位の低下は死活問題に直結するが、オニバスの巨大な葉は水を蒸散させてしまうとされて歓迎されないこともあった』。『葉柄や種子を食用としている地域もある』。『種子は芡実(けつじつ)とも呼ばれ、漢方薬として用いられている』。『日本では、環境の悪化や埋め立てなどで全国的に自生地の消滅が相次ぎ』、『絶滅が危惧されており、オニバスを含めた環境保全運動も起きている。ため池に関しても』、『減反や水事情の改善によって以前よりも必要性が薄れており、管理している水利組合等との話し合いによって保全活動が行われているところもある』。『氷見市の「十二町潟オニバス発生地」は』大正一二(一九二三)年に『国の天然記念物に指定され』、『保護されてきたが、後に指定範囲での自生は見られなくなっており、現在は再生の取り組みが行われている』。『このほか、各地の自治体によって天然記念物指定を受ける自生地も多い。環境省レッドリストでは絶滅危惧II類に指定されている』。僕らの子ども時代の図鑑の定番挿絵であった『子供を乗せた写真で知られるオニバスに似た植物は、南米原産のオオオニバス』は同じスイレン科 Nymphaeaceae のオオオニバス属オオオニバス Victoria amazonicaであり、オニバスとは別種である。「三重県」公式サイト内の「紙上博物館」「絶滅の危機にひんする弱きオニ」も見られたい。学名のグーグル画像検索もリンクさせておく。

「雞頭」ナデシコ目ヒユ科ケイトウ属ケイトウ Celosia argentea 。オニバスの花が咲き始めの頃の実、苞と先に開いた花弁の鮮やかな紫紅色が似ていると言えば、似ている。サイト「島根とその周辺の野生植物」のこちらに素敵な大きな画像があるので、是非、見られたい。

「つゞめり」「約(つづ)めり」。短く縮まっている。コンパクトに纏まっている。

「凶飢〔(きようき)〕を助く」救荒植物であると益軒は言っているのである。それが絶滅しかけている。皮肉な話ではないか。

「うふべし」表記は「植うべし」が正しい。]

大和本草卷之八 草之四 水草類 蓮 (ハス)

 

  水草類

蓮 諸家ノ本草ニ蓮肉ノ性甚好コトヲホメタリ心脾ヲ補

フ今按ニ淸心寧神補中強志補虛益損ノ能アリ凡

蓮ハ一物ノ内用ル處多シ實ハ卽蓮肉ナリ又コレヲ菂ト

云實ノ内ノ靑芽ヲ薏ト云味苦シ蓮花蓮蕋ヲモ用ユ

蕋トハ花心ノシベナリ藕ハ蓮根ナリ藕節ヲモ用ユ葉ヲハ

荷葉ト云蓮鼻ハ蔕也蓮房ハ實ノマハリノ房ナリ凡草木ノ中一物ニテ

花葉根莖子等數品ヲ用ル事多キハ蓮ヲ第一トスヘシ

其花紅アリ白アリ紅白一處ニ植レハ白ハ枯ル近年

世上ニ唐蓮多ク植フ品多シ○居家必用十一卷水

芝湯ノ方アリ蓮肉ヲ極テ炒燥カシ一斤粉草一兩微

炒右爲細末毎二匁入鹽少許沸湯㸃服此湯夜

坐過饑氣乏則飮一盞大能補虛助氣日本ニテハ

甘草ヲ蓮肉ノ二十分一加フヘシ良方也○蓮根ヲ煮ル

ニ鐡器ヲイム銅器ヲ可用醋ヲ少加ヘテニレハ黑色ニ變

セス生藕ヲツキクタキ汁ヲ取リ水飛シ陰乾ニシ餻餌ト

ス○石蓮子トハ本草蘓頌曰其菂至秋黑而沉水

爲石蓮子時珍曰石蓮刴去黑殻謂之蓮肉今藥

肆一種石蓮子狀如土石而味苦不知何物也又

曰嫩菂性平石蓮性溫○按本草石蓮肉蓮子至

秋黑堅如石ナルヲ云別一種アルニ非ス薛立齋本草

約言及李中梓カ藥性解ニ蓮肉ト別物トス誤ナルヘシ

別ニ石蓮子ト稱スルハ不可用○許彥周詩話云荷

葉無花時亦自香ト今試之然リ蓮池ニ立ル葉ノ香モ

花ト同○唐蓮ノウヘヤウ花譜ニ詳ニス

○やぶちゃんの書き下し文

  水草類

蓮 諸家の本草に、蓮肉〔(れんにく)〕の性〔(せい)〕、甚だ好〔(よ)〕きことを、ほめたり。心脾〔(しんぴ)〕を補ふ。今、按ずるに、心を淸〔(きよ)くし〕、神を寧〔(やすん)じ〕、中〔(ちゆう)〕を補〔し〕、志を強〔くし〕、虛を補〔し〕、損を益〔する〕の能〔(のう)〕あり。凡そ、蓮は、一物〔(いちぶつ)〕の内、用ゆる處、多し。實(み)は、卽ち、蓮肉なり。又、これを「菂〔(てき)〕」と云ふ。實の内の靑芽を「薏〔(い)〕」と云ふ。味、苦し。蓮花・蓮蕋(〔れん〕ずい)をも用ゆ。「蕋」とは、花の心〔(しん)〕の「しべ」なり。「藕(ぐう)」は蓮根なり。「藕節」をも用ゆ。葉をば、「荷葉〔(かしやう)〕」と云ふ。「蓮鼻」は蔕〔(へた)〕なり。「蓮房」は實(み)のまはりの房〔(ばう)〕なり。凡そ、草木の中〔(うち)〕、一物にて、花・葉・根・莖・子〔(み)〕等、數品〔(すひん)〕を用ゆる事多きは、蓮を第一とすべし。其の花、紅あり、白あり、紅白一處に植うれば、白は枯〔(か)る〕る。近年、世上に「唐蓮〔(とうれん/からばす)〕」多く植ふ。品〔(ひん)〕、多し。

○「居家必用」十一卷、「水芝湯〔(すいしたう)〕」の方あり。蓮肉を極めて炒〔り〕燥〔(かは)〕かし、一斤に粉草一兩、微〔(わづか)に〕炒〔り〕、右、細末と爲し、毎二匁〔に〕、鹽、少し許り入れ、沸湯に㸃〔じ〕、服す。此の湯、夜坐〔(やざ)〕、饑〔え〕過〔ぐして〕、氣、乏〔(とぼ)しければ〕、則ち、一盞〔(いつせん)〕を飮〔めば〕、大きに能く虛を補し、氣を助く。日本にては、甘草を蓮肉の二十分〔の〕一、加ふべし。良方なり。

○蓮根を煮るに、鐡器を、いむ。銅器を用ゆべし。醋〔(す)〕を少し加へてにれば、黑色に變ぜず。「生藕」を、つきくだき、汁を取り、水〔を〕飛ばし、陰乾しにし、餻餌(もちだんご)とす。

○「石蓮子」とは、「本草」〔に〕、『蘓頌曰、「其れ、菂、秋に至り黑くして、水に沉〔(しづ)〕み、石蓮子と爲る。」〔と。』と〕。『時珍曰、「石蓮、黑殻を刴〔(き)り〕去り、之れを、『蓮肉』と謂ふ。今、藥肆に〔て〕一種、『石蓮子』〔とは〕、狀〔(かたち)〕、土石のごとくにして、味、苦し。何物なるかを知ざるなり。」〔と〕。又、曰はく、『「嫩菂〔なんてき/(わか)き(はすのみ)〕」の性、平。「石蓮」の性、溫。』〔と〕。

○按ずるに、「本草」に、『石蓮肉は蓮子の秋に至り、黑〔く〕堅〔くなりて〕石のごとくなる』を云ひ、別に一種あるに非ず。「薛立齋本草約言〔(せつりつさいほんざうやくげん)〕」、及び、李中梓〔(りちゆうし)〕が「藥性解」に、蓮肉と別物とす〔るは〕、誤りなるべし。別に石蓮子と稱するは、用ゆべからず。

○許彥周〔(きよげんしう)〕が「詩話」に云はく、『荷葉、花、無き時、亦、自〔(おのづか)〕ら香る』と。今、試〔みる〕に、之れ、然り。蓮池に立てる葉の香りも、花と同じ。

○「唐蓮」の、うへやう、「花譜」に詳かにす。

[やぶちゃん注:心おきなく、最後の「諸品圖」に入れると思ったところが、本巻の「水草類」の部が未翻刻であることに気づいた。後に続く「海草類」を終わっていたので、うっかりしていた。立ち戻って翻刻する。「大和本草卷之八 草之四 水草類」は底本の中村学園大学図書館蔵本画像PDF)の27コマ目からである。但し、この「水草類」には、見るに、「毛茛(キンポウゲ)」や「荻(ヲギ)」などの、私の知見からすれば、狭義の水生植物とは到底言い得ない種や湿生地植物が含まれている。それらを排除してもよいのだが、それらを識別して除去するのが面倒であるから(私は植物は守備範囲ではなく、正確に気持ちよく除外することが難しい種が含まれている)、この際、「水草類」全部を翻刻注することにした(またまた終わりが遠退いたが)。

 さても。

被子植物門双子葉植物綱ヤマモガシ(山茂樫)目ハス科ハス属ハス Nelumbo nucifera

である。

「蓮肉〔(れんにく)〕」ハスの種子の生薬名。アルカロイド・澱粉・蛋白質・脂肪などを含む。

「心脾〔(しんぴ)〕」漢方用語。血を全身に巡らせる働きを持つ「心」(心臓と循環器系相当)と、消化吸収を掌って気・血を生成する「脾」(漢方独特の機能用語で脾臓とは無関係)の両方の機能を指す。これらがともに病的に機能低下することを「心脾両虚」(心脾気血両虚・心血虚と脾気虚)と称する。

「神」神経系相当か。

「中〔(ちゆう)〕」消化器系(胃腸)相当。

「志」精神系相当。

「菂〔(てき)〕」中国語の文語で「蓮の実」を意味する。

「薏〔(い)〕」漢語の第一義は「薏苡」(ヨクイ)で「ハトムギ」や「ジュズダマ」を指すが、第二義で「蓮の実の中心の胚芽」を指す。

『蓮花・蓮蕋(〔れん〕ずい)をも用ゆ。「蕋」とは、花の心〔(しん)〕の「しべ」なり』と細分して区別しているが、多くの漢籍や「和漢三才図会」でも「蓮蕋」(=蓮蘂・蓮蕊)は「蓮花」と同義である。

「藕(ぐう)」現代中国語でも「レンコン」を「蓮藕」と書く。但し、改良品種によって、食用のレンコンを採る系統と花を愛でる系統とは、かなり隔たりがあるらしい。

「藕節」漢方サイトでもこれは同じくレンコンである。敢えて言うなら、蓮根の節の部分ということになるが、そんな区別は少なくとも現行の漢方ではしていないようである。

『「蓮鼻」は蔕〔(へた)〕なり』蓮の花の付け根の、一番、外側にある苞(ほう)のことであろう。その内側は花被(広義の花弁)となってしまうからである。

「蓮房」凝っと見ていると私なぞはちょっと気味が悪くなる、蓮の花托(果実を包む穴の空いたように見える独特の部位)を指す。この「房」とは「ふさ」ではなく、「室・部屋」の意である。

「紅白一處に植うれば、白は枯〔(か)る〕る」不審。こういう事実は、一応、調べてはみたが、ネット上には見当たらない。

「唐蓮〔(とうれん/からばす)〕」比較的、後になって中国から移入された蓮を、かく呼ぶ。

「品〔(ひん)〕」品種。

「居家必用」正しくは「居家必要事類全集」で、元代の日用類書(百科事典)。撰者不詳。なお、その内容は当たり前のことだが、モンゴル式である。

「一斤」元代のそれは五百九十七グラム弱。

「粉草」不詳。元代のそれであり、軽々に比定出来ない。

「一兩」同前で三十七グラム強。

「二匁」「匁」は本邦独自の質量単位で「おかしいな」と思って、原本を見たところ、「匁」ではなく「錢」であった(「中國哲學書電子化計劃」)。「二錢」は元代で七・四六グラムである。まあ、「二匁」は七・五グラムだから、だいじょうぶだぁ。

「夜坐〔(やざ)〕」は本来「夜に寝ないで座っていること」であるが、不眠症を指すか。

「饑〔え〕過〔ぐして〕、氣、乏〔(とぼ)しければ〕」どうも意味が繋がらない。不眠症に加えて、異常な空腹感と気力減衰が合併して起こるということか?

「一盞〔(いつせん)〕」小さな盃(さかずき)一杯。

「甘草」マメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属 Glycyrrhiza当該ウィキによれば、『漢方薬に広範囲にわたって用いられる生薬であり、日本国内で発売されている漢方薬の約』七『割に用いられている』とある。

「二十分〔の〕一」今までの「大和本草」の水族の部の中で分数が示されたのは初めてである。

「蓮根を煮るに、鐡器を、いむ。銅器を用ゆべし。醋〔(す)〕を少し加へてにれば、黑色に變ぜず」「いむ」は「忌む」。完全に正しい。蓮根にはポリフェノール(polyphenol)の一種であるタンニン(tannin)が含まれており、これは鉄と結びつくと、黒く変色してしまう。「コープ」の「食品検査センター」のこちらを参照。そこに『切ったり』、『皮を剥いたりすると』、『これを酸化する酵素であるポリフェノールオキシターゼ』(polyphenol oxidase)『によって酸化されて、褐変がおこりやすくなります。切ったら、水または、酢につけるとこの酵素の作用を防ぐことができます』とある。

 

「生藕」なまの蓮根。

『「石蓮子」とは、「本草」〔に〕……』「本草綱目」の巻三十三の「果之五」の「蓮藕」(注意されたいが、この標題自体は「蓮の種」ではなく、「蓮の根」である)の「集解」に(長いので、訓読のみを示す。国立国会図書館デジタルコレクションの風月莊左衞門寛文九(一六六九)年板の訓点(左頁から次の頁にかけて)を参考にしたが、一部は従っていない。囲み字は太字に代えた)、

   *

集解「别録」に曰はく、『藕實莖、汝南の池澤に生ず。八月に采(と)る。』と。當之曰はく、『在る所、池澤、皆、有り。豫章・汝南の者、良なり。苗の高さ、五、六尺。葉は團(まる)く、靑くして、大いさ、扇のごとし。其の花、赤。子(み)、黑くして、羊矢[やぶちゃん注:意味不明。]のごとし。』と。時珍曰はく、『蓮藕、荆・揚・豫・益、諸處の湖澤・陂池、皆、之れ、有り。蓮子を以つて種(う)うる者は生ずること、遲く、藕芽を種うる者は最も發し易し。其の芽、泥を穿ち、白蒻(はくじやく)[やぶちゃん注:白い芽。]を成す。卽ち、「蔤(みつ/はちすのはひ)」[やぶちゃん注:蓮根。]なり。長き者、丈餘に至る。五、六月、嫩(わかば)の時、水に没して、之れを取る。蔬に作るべし。茹でて、俗に「藕絲菜」と呼ぶ。節、二莖を生ず。一は藕荷と爲(な)り、其の葉、水に貼る。其の下は旁行して藕を生ず。一つは、芰荷(きか)[やぶちゃん注:花を咲かすもの。]と爲り、其の葉、水に出でて、其の旁莖、花を生ず。其の葉、淸明[やぶちゃん注:陰暦三月の春分の後の十五日目。]の後に生じ、六、七月、花を開く。花、紅・白・粉紅[やぶちゃん注:薄い紅色。]の三色、有り。花の心、黃鬚、有り、蕋の長さ、寸餘。鬚内、卽ち、蓮なり。花、褪せて、房を連ねて、菂を成す。菂は房に在りて、蜂の子、窠(す)に在るの狀のごとし。六、七月、嫩き者を采りて、生にて食す。脆美なり。秋に至りて、房、枯れ、子(み)、黑くして、其の堅きこと石のごとし。之れを「石蓮子」と謂ふ。八、九月、之れを收めて、黑き殻を斫(き)り去り、之れを四方に貨(う)る。之れを「蓮肉」と謂ふ。冬月より春に至りて、藕を掘りて、之れを食ふ。藕は白くして、孔(あな)有り、絲、有り。大なる者は肱臂(ひじ)のごとく、長さ、六、七尺。凡そ、五、六節にて、大抵、野生す。及び、紅き花の者の蓮は、多く、藕。劣れり。種植え及び白き花の者の蓮は、少なく、藕は佳なり。其の花の白き者は、香(かんば)し。紅なる者、艶なり。千葉の者は、實を結ばず。别に、合ひ歡びて頭を並ぶる者、有り。夜舒荷、有り、夜、布(し)き、晝、卷く。睡蓮花、夜、水に入る。金蓮花、黃なり。碧蓮花、碧なり。繡蓮花、繡(ぬひとり)のごとし。皆、是れ、異種なり。故に述べず。「相感志」に云はく、『荷梗、穴を塞ぎて、鼠、自(おのづか)ら、去る。煎湯にて鑞垢を洗ふ。自ら、新たなり。物性、然り。』と[やぶちゃん注:後半部はハスではない水草に言及し、最後の「相感志」の奇体な謂いは意味不明である。]。】

蓮實釋名藕實【「本經」。】・菂【「爾雅」。】・薂【音「吸」。同上。】・石蓮子【「别錄」。】・水芝【「本經」。】・澤芝【「古今注」。】

修治景曰はく、「藕實、卽ち、蓮子なり。八、九月、黑く堅きを采りて、石のごとき者を乾し、摶(う)ちて、之れを破る。」と。頌(しよう)曰はく、「其れ、菂、秋に至りて、黑くして、水に沈みて、石蓮子と爲る。磨して飯と爲して食ふべし。」と。時珍曰はく、「石蓮、黑き殻を刴〔(き)り〕去り、之れを、『蓮肉』と謂ふ。水を以つて浸して、赤き皮を去り、靑き心を生(なま)にて食ひて、甚だ佳なり。藥に入るるに、須らく、蒸し熟して心を去るべし。或いは晒し、或いは焙(あぶ)り乾して用ゆ。亦、每一斤、豶豬肚(ふんちよと)[やぶちゃん注:イノシシの胆嚢であろう。]一箇を用いて、盛り貯へ、煮熟(にじゆく)し、搗き焙りて、用ゆる者、有り。今、藥肆の一種に、「石蓮子」とて、狀(かたち)、土石のごとくにして、味、苦きは、何の物といふことを知らざるなり。」と。】氣味甘にして平、濇(とどこほ)る。毒、無し。【「别錄」に曰はく、『寒』と。大明(だいめい)曰はく、「蓮子・石蓮、性、俱、溫。」と。時珍曰はく、「嫩菂、性、平。石蓮、性溫。茯苓・山藥・白术・枸杞子を得て、良なり。」と。詵(せん)曰はく、「生にて食すること、過多すれば、微(すこ)しく、冷氣を動かし、人を脹(は)らす。蒸し食ひて、甚だ良なり。大便の燥(かは)きて濇(とどこほ)る者、食ふべからず。」と。】

   *

これ当初は危ぶんだが、訓読して見ると、結構、意味が判る。なお、時珍が、かく不審を以って言っている、最後の昨今の薬種屋にある怪しげな「石蓮子」というのは、とんでもないマガイモノである可能性が濃厚な感じである。益軒が「別に石蓮子と稱するは、用ゆべからず」という注意書きも、そうした疑わしいものが、当時の本邦の薬種問屋にもあったことを意味していることに注意したい。

「蘓頌」既出既注だが、再掲しておく。宋代の科学者にして博物学者蘇頌(一〇二〇年~一一〇一年)。一〇六二年に刊行された勅撰本草書「図経本草」の作者で、儀象台という時計台兼天体観察装置を作ったことでも知られる。

「薛立齋本草約言」明の医学者薛立斎になる「藥性本草約言」。中文サイトの電子化を見ると、確かに「藕實(即蓮子也)」の項の後に、「石蓮子」を別に立項してある。

『李中梓が「藥性解」』明の医学者李中梓(りちゅうし 一五八八年~一六五五年)編になる「雷公炮製藥性解」(らいこうほうせいやくせいかい)。

『許彥周〔(きよげんしう)〕が「詩話」」宋の詩人許顗(きょがい)の「許彥周詩話」。「中國哲學書電子化計劃」で影印を見つけた。後ろから三行目。

「『荷葉、花、無き時、亦、自〔(おのづか)〕ら香る』と。今、試〔みる〕に、之れ、然り。蓮池に立てる葉の香りも、花と同じ」ああっつ! 私も試してみたい!!!

「うへやう」「植え樣」。

「花譜」益軒のそれであろうが、予定していて、書き忘れたのか、ないようである。「菜譜」(中村学園大学図書館蔵本画像(PDF)の29コマ目)に「蓮藕(はすのね)」はあるが、「唐蓮」の植え方ではないから、違う。]

2021/05/04

大和本草附錄巻之二 介類 紫貝 (ムラサキガイ)/ 結語の辞 大和本草附錄巻之二抜粋~了

 

海底㴱處ニアリ故取之難シ三月取之長三

寸餘𤄃二寸許殻淡紫褐色内ハ黑シ肉内ニミテ

リ味甚美シ啖之鬆軟ナリ介中之佳品ナリ中華

ノ書ニテ未見之

凡諸州ニ草木魚鳥介蟲土石等ノ異品各處ニ多シ

不可窮知

○やぶちゃんの書き下し文

海底㴱〔(ふか)き〕處にあり。故〔に〕、之れを取ること、難し。三月に之れを取る。長さ三寸餘。𤄃〔(ひろ)〕さ二寸許り。殻、淡紫褐色、内は黑し。肉、内に、みてり。味、甚だ美〔(よ)〕し。之れを啖〔(く)〕へば、鬆軟〔(しやうなん)〕なり。介中〔(かひちゆう)〕の佳品なり。中華の書にて、未だ之れを見ず。

 

凡そ、諸州に草・木・魚・鳥・介・蟲・土石等の異品、各處に多し。窮〔(きは)〕め知るべからず。

 

[やぶちゃん注:異歯亜綱マルスダレガイ目ニッコウガイ超科シオサザナミ科ムラサキガイ亜科ムラサキガイ属ムラサキガイ Soletellina diphos に同定する。知っている人は少なかろう。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のムラサキガイのページをリンクさせておく。そこに『殻長』は十センチメートル『前後になる。貝殻は薄く』、『褐色の殻皮の下は紫色』を呈するとある。分布を『房総半島以南。台湾』とし、『水深』二十『メートル前後までの亜潮間帯』に棲息するとある。食味は書かれておらず、『食用として認知されていない』とある。他の種も考えたが、これが私には、食味を除いて、一番、しっくりきた。食べてみたい。

「鬆軟」身の中に隙きがあって、食(は)んだ際に、非常に柔らかいことを言っているようだ。

 なお、ここに結語の辞が入っているものの、この後に「附錄巻之二」には、まだ、「水火類土石類」と「藥類」の柱が立てられ、記載が続いている。恐らく、ここで終わるつもりが、追加したくなって、附け足した結果であろう。]

大和本草附錄巻之二 介類 鰒(あはび) (「のしあわび」について・アワビの塩辛の製法)

 

鰒 引鰒ハノシナリ朝鮮人モ如此書ス日本ノ俗ノシヲ

熨斗蚫ト書ハ非也熨斗ハ器ノ名火ノシ也○蚫ノ

麹醢ノ法蚫ノ端ト穢腸トヲ去リ肉トキヨキ腸ト。ツノ

ト云トコロ可用肉ハウスク切腸ト合セ百匁ニ鹽十五

匁暑月ハ鹽二十匁麹二十匁ヲ和シテ壷ニ入口ヲ

封ス十日ヲ歷テ味佳シ歷久益好又諸魚ノ肉モ如

此法シテ可也鰒鰷最美シ

○やぶちゃんの書き下し文

鰒(あはび) 引鰒〔(ひきあはび)〕は「のし」なり。朝鮮人も、此くのごとく、書〔(しよ)〕す。日本の俗、「のし」を「熨斗蚫〔(のしあはび)〕」と書くは、非なり。「熨斗」は器〔(き)〕の名、「火ノシ」なり。

○蚫の麹醢〔(かうじししびしほ)〕の法。蚫の端と穢腸〔(えわた)〕とを去り、肉と、きよき腸〔(わた)〕と、「つの」と云ふところ、用ふべし。肉は、うすく切り、腸と合はせ、百匁に鹽十五匁、暑月は鹽二十匁〔に〕麹二十匁を和して、壷に入れ、口(くち)を封ず。十日を歷〔(へ)〕て、味、佳〔(よ)〕し。久しく歷ちて、益々、好し。又、諸魚の肉も此の法のごとくにして可なり。鰒(あはび)・鰷(あゆ)、最〔も〕美〔(よ)〕し。

[やぶちゃん注:「大和本草卷之十四 水蟲 介類 石決明 (アワビ)」と、「大和本草卷之十三 魚之下 鱁鮧(ちくい なしもの しほから) (塩辛)」の「蚫〔(あはび)〕の肉」の私の注を参照されたい。

「引鰒〔(ひきあはび)〕」腹足部を細く引き切り返して長くして乾燥させたもののことであろう。もっと正確に言うと、所謂、「のしあわび」は、アワビの肉を薄く細く続けて削ぎ、干して琥珀色の生乾きになったのを見計らって、竹筒で押して平たく伸ばし、さらに「水洗い」・「乾燥」・「押し伸ばし」を交互に何度も繰り返すことによって調製したもので、非常な労力がかかった。参照したウィキの「熨斗」によれば、『「のし」は延寿に通じ、アワビは長寿をもたらす食べ物とされたため、古来より』、『縁起物とされ、神饌として用いられてきた』。「肥前国風土記」には『熨斗鮑についての記述が記されている。また、平城宮跡の発掘では安房国』から、実に長さ四尺五寸(凡そ一・五メートル)もの、のした『アワビが献上されたことを示す木簡が出土している(安房国がアワビの産地であったことは』「延喜式』の「主計寮式」にも『記されている)。中世の武家社会においても』、『武運長久に通じるとされ、陣中見舞などに用いられた』。「吾妻鏡」には建久三(一一九一)年、『源頼朝の元に年貢として長い鮑(熨斗鮑)が届けられたという記録がある』。『神饌として伊勢神宮に奉納される他、縁起物として贈答品に添えられてきた』が、『やがて簡略化され、アワビの代わりに黄色い紙が用いられるようになった(折り熨斗)』とある。最後の「吾妻鏡」のそれは建久三年十二月廿日の条で、『前右大將家政所』『運上 相摸國吉田御庄御年貢送文(おくりぶみ)の事』のリストの中に出る。

   *

例進長鮑千百五十帖(例進(れいしん)の長鮑(ながあはび)千百五十帖)

   *

「例進」とは直接の年貢とは別の先例である献納品として、の意。

『「熨斗蚫〔(のしあはび)〕」と書くは、非なり』と言っているが、「熨し蚫」なら問題ない。「熨す」は火鏝(ひごて)のみでなく、広義に「広がるように伸ばす」ことを意味するからである。

「麹醢〔(かうじししびしほ)〕」麹と塩を合わせて漬け込んだ塩辛。

「蚫の端」アワビの腹足の辺縁である外套膜のくしゃくしゃした部分。硬くて口当たりを嫌う人が多いが、私は寧ろ、そこを選んで切ってもらう。あそこが私は一番、磯の香りがして美味いと思っている。

「穢腸」中腸部分の附属器官であろう。

「つの」一番奥にある肝臓と生殖腺を指す。私の大好物。「猫にアワビの肝(きも)を食わせると耳が落ちる」という話を知っておられるか? 本当だよ……「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鳥貝」の注の最後を読まれたい。

「百匁」三百七十五グラム。

「十五匁」五十六・二五グラム。

「二十匁」七十五グラム。

「鰷(あゆ)」読みはママ。普通はこれで複数種を含む「はや」と読む。アユの塩辛の「ウルカ」だね(私の数少ない苦手な食品である)。]

大和本草附錄巻之二 介類 夏の海産の介類の保存法

 

海介ノ類夏月其マヽヲケハ不壞モシ水ニ浸シヲケバ

早クアザレテ不可食海魚モ同シ

○やぶちゃんの書き下し文

海〔の〕介〔(かひ)〕の類、夏月、其のまゝをけば、壞〔(く)〕えず。もし、水に浸しをけば、早くあざれて、食ふべからず。海〔の〕魚も同じ。

[やぶちゃん注:「介」は貝類、及び、既に見てきた通り、甲殻類や水棲爬虫類であるカメ類を含んだ博物学的総称である。

「壞〔(く)〕えず」「壞(崩)(く)ゆ」は自動詞ヤ行下二段活用。ここは「魚介類が腐敗して形が崩れることがない」。乾燥が進んで干物となり、腐敗が進行し難いということを言っている。

「あざれて」「鯘(あざ)る」は自動詞ラ行下二段活用。ここは魚介類が腐って。腐敗して。但し、海水の中で完全に空気と触れずに沈めて置いておくと、腐敗は有意に遅れる。]

大和本草附錄巻之二 介類 淡菜 (イガイ)

 

淡菜 ハ海水㴱處ニアリ蜑婦カヅキテ取煮テ食シ

或煮テ脯トス又糟ニツケ麹ニ藏ムルハ生肉ヲ用ユ

是井ガイナリ既ニ本編ニ記ス

○やぶちゃんの書き下し文

淡菜〔(たんさい)〕は海水〔の〕㴱〔(ふか)〕き處にあり。蜑婦(かづきのあま)、かづきて、取る。煮て食し、或いは、煮て、脯(ほしもの)とす。又、糟〔(さけかす)〕につけ、麹(かうじ)に藏〔(をさ)〕むるは、生肉〔(なまにく)〕を用ゆ。是れ、「ゐがい」なり。既に本編に記す。

[やぶちゃん注:斧足綱翼形亜綱イガイ(貽貝)目イガイ科イガイ属イガイ Mytilus coruscus「大和本草卷之十四 水蟲 介類  淡菜(イガイ)」をまず参照されたい。「淡菜」はイガイの異名で辞書にも載る。東アジアの浅海岩礁に広く棲息する。外見はお馴染みの「ムール貝」、同属の外来種ですっかり定着してしまった(当初はバラスト由来で東京湾などで爆発的に繁殖したが、近年のイタリアン料理の一般化で漁業者が人為的移入して養殖を始め、全国に播種されてしまった)ムラサキイガイ Mytilus galloprovincialis に似ているが、イガイは東アジア沿岸に広く分布する在来種で、殻長十二~十五センチメートル、殻幅六センチメートルに達し、ムラサキイガイ(大型個体では殻長十センチメートルを超えるが、通常の個体は五センチメートル前後が殆んどである)よりも大型になる。外洋に面した潮間帯から水深二十メートルほどまでの岩礁域に棲息する。異名が多く、しかも中国での古名である「東海婦人」を筆頭に、腹側の殻頂附近から岩に附着するための黒い足糸(そくし)が出て陰毛に類似し、軟体部が、これまた、女性生殖器にそっくりであるため、本邦でも古くから「ニタリガイ」(似たり貝)「ヒメガイ」「ヨシワラガイ」「シュウリガイ」(これも恐らくはそうしたエロチックな意味が語源であると考えているが、未だ語源に行き当たらないでいる。識者の御教授を乞う)「セトガイ」(瀬戸貝。これも私は「ほと」を「せと」に喩えたものと考えている)の他、ズバリ、禁断の四文字や「ボボガイ」などと呼ぶ地方もある。私の『毛利梅園「梅園介譜」 東海夫人(イガイ)』、及び、『武蔵石寿「目八譜」の「東開婦人ホヤ粘着ノモノ」 ――真正の学術画像が頗るポルノグラフィとなる語(こと)――』などの図や私の注も参照されたい。というよりも――後者の絵は――もう間違いなく――確信犯――である。見られたい。本邦では実は古くから食用とされ、縄文の貝塚遺跡からもイガイ科 Mytilidae の貝殻が見つかっており、「養老律令」(天宝宝字元(七五七)年施行)の注釈書「令義解」(りょうぎのげ 天長一〇(八三三)年奉献)にも「貽貝後折(いかひのしりをり)」(イガイの殻の尻を割り穿って、貝のまま乾したものか)という食品が載り、「延喜式」(康保四(九六七)年施行)にも三河国と若狭国から「貽貝鮓」(いがひずし:イガイを発酵させた馴れ鮨)を献じたという記載がある。「奈良文化財研究所」公式サイト内の「木簡庫」のこちらで、当該の文字の記された木簡を見ることが出来る。しかし、近代以降は食用需要が減り、イガイそのものも存在を知らない一般人も増えた。そこにムラサキイガイの派手なデビューが起こり、逆にもともとの真正のイガイに少しばかり、スポット・ライトが当たったという、やや不幸な東海婦人ではあったのである。

「㴱」「深」の異体字。

「蜑婦(かづきのあま)」「かづく」は「潛(かづ)く」で「水中に潜る」の意。

「脯(ほしもの)」干物。]

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