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カテゴリー「津村淙庵「譚海」【完】」の968件の記事

2024/05/30

譚 海 作者津村津村正恭淙庵の後書・柳塘主人「序」/ 「譚海」~九年四ヶ月を経て全電子化注終了

[やぶちゃん注:「譚海」の電子化注は、今までのプロジェクトでは、最も時間がかかった。始動は二〇一五年二月九日であった。実に九年四ヶ月を費やした。感慨無量――

 以下は、まず、漢文のままに電子化し(返り点のみが附されてある)、後に推定訓読を示す。

 なお、底本には、「目錄」が冒頭にあるが、それは総ての投稿で標題にしたものであり、カテゴリ「譚海」で全標題が一目で順に見えるので、屋上屋はせぬこととする。

 

予壯歲有志于四方而塵鞅不ㇾ果、每厠稠人談、及四方之事、亦不ㇾ爲ㇾ尠焉。遂記矢口之言譚海其始也偶然筆ㇾ之、中則荒於其業、終則勇於其成。既而二十年成十五卷、亦復足ㇾ贘初志耳。今也老矣、時時展玩、如別閱宇宙也、呵々。

  寬政七仲夏之吉        淙庵道人識

 

○やぶちゃん推定訓読

 予、壯歲(さうさい)、志(こころざし)、四方(しはう)に有り。而して、塵鞅(ぢんわう)ありて、果たせず、每(つね)に稠人(ちうじん)の談に厠(まじ)り、四方(よも)の事に及びて、亦、尠(すこ)しも爲(な)さず。遂に矢口の言を記(き)して、「譚海」と名づく。其の始めや、偶然、之れを筆(ひつ)し、中(なかごろ)には、則ち、其の業(ぎやう)、荒れ、終(つひ)に、則ち、其れを成さんと勇めり。既にして二十年、十五卷、成り、亦復(またまた)、初志を贘(ほむ)るに足(た)るのみ。今や老いたり、時時(じじ)、展玩(てんぐわん)し、三別して宇宙を閱(けみ)するがごときなり。呵々(かか)。

  寬政七仲夏 吉        淙庵道人識

 

[やぶちゃん注:「塵鞅」この世の足手纏い。

「稠人」衆人。多くの人。

「矢口の言」次々と放たれる弓矢の如き人々の語りの意か。明和七(一七七〇)年一月に江戸外記座にて初演された人形浄瑠璃「神靈矢口渡」に引っ掛けたものかとも思ったが、私の知るその語りには、ピンとくるものがなかった。

「厠」「廁」の異体字であるが、動詞で「まじる・まじえる」の意がある。

「寬政七」一七九五年。

「展玩」見て楽しむこと。

「三別」「三」は単にパートを大きく分けることを言っていよう。]

 

 

[やぶちゃん注:本底本冒頭にある「序」。但し、これは底本の竹内利美氏の冒頭解題に、この「序」は筆者した際に「柳塘主人」 が『勝手に書き加えたもののようである』とあったことから(後で当該部を引用した)、わざと外したものである。ここに参考までに掲げることとする。竹内氏によれば、この「序」は国立国会図書館本にしかない、とされる(国立国会図書館デジタルコレクションの画像では、ここ)。そして、『筆者の柳塘主人は幕末の漢詩人小栢軒(晩翠軒)と思われるが、淙庵との関係は未詳である。しかし淙庵自身の依頼によるところではなく、後に筆写の際、勝手に書き加えたもののようである』とあるのである。電子化は以上の後書に準じた。この漢文の訓読は、かなりクセがあって、少し手間取った。万一、よりよい訓読法があれば、御教授願いたい。]

 

 序

 古往今來、受人身南瞻部州者何限、而電光石火之際、多與草木偕朽、寥々無ㇾ聞、是可ㇾ咲矣、然則以ㇾ何、不草木化朽也、受人身者、可ㇾ有ㇾ爲耳、𡉌士得ㇾ志、則以其所一レ學施其所一レ行、德加百姓、功蓋一世、是現宰官身、最上得意者所爲也、朝遊花街、暮宿柳樓、或呂名香、或鬪芳茗視ㇾ酒如ㇾ水、擲ㇾ金若ㇾ土、豪邁不覉、自我作ㇾ古者、雖ㇾ非善男子、然互必竟有ㇾ爲者也、然是得其時與勢者也、不ㇾ得其時與勢、而不草本偕朽者、最難矣、淙庵老人、生-長市朝之間、且其生計頗窮、不ㇾ得時與勢最甚者也、而風流溫藉、勤ㇾ學不レ倦、其緖餘著譚海一書、雖ㇾ書ㇾ以國字、上從廟堂遺事、下到里巷鎖說、及山川土草本、禽魚之微、上下數百年、縱橫千萬里、目所ㇾ視耳所ㇾ聽、筆之不ㇾ洩、奇々妙々、使ㇾ人閱斯書、猶ㇾ行會稽道上一、唯恐、其書也是可以傳後世矣、後世得奇々妙々之賜於淙庵老人、又使後世知南瞻部州、有淙庵老人者有、而不草木化朽也、夫在此一書哉、僕不ㇾ堪艷羨乃歌曰、富耶貴耶、一肱手眠、北邙之土、埋ㇾ醜埋ㇾ娟、唯其著述、可以永年、遂書以爲ㇾ序

                 柳 塘 主 人

 

○やぶちゃん推定訓読

 序

 古往今來、人身を受け、南瞻部州に生まれしは、何(いづ)れが限りか。而して、電光石火の際、多くは、草木(さうもく)と偕(とも)に朽ち、寥々(れうれう)として、聞く無し。是れ、咲(わら)ふべし。然れば、則ち、何(いづ)れを以つて、草木と化(かわ)して朽ちざらんや。人身を受くるは、爲す有るのみ。𡉌(ひさし)く、士、志(こころざし)を得て、則ち、其の學ぶ所を以つて、其の行く所に施す。德は百姓(ひやくせい)に加へ、功(こう)、一世(いつせい)を蓋(おほ)ふ。是れ、現宰(げんさい)・官身(かんしん)、最上の得意の者の所爲(しよゐ)なり。朝(あした)に花街(くわがい)に遊び、暮(くれ)に柳樓(れうらう)に宿(やど)す。或いは、名香(めいかう)を呂(き)き、或いは、芳茗(はうめい)を鬪(あらそ)ひ、酒を視れば、水のごとく、金を(なげう)ちて、土(つち)のごとく、豪邁不覉(がうまいふき)、自づから、「我れ、古(ふる)きを作(な)すは、善男子(ぜんなんし)に非ざると雖も、然(しか)も互ひに必竟(ひつきやう)、爲(な)すこと有る者なり。然(さ)れば、是れ、其の時の與勢(よせい)を得たる者なり。其の時の與勢を得ざれば、而して、草本と偕(とも)に朽ちざる者は、最も難(なん)たり。」と。淙庵老人、市朝(してう)の間(かん)に生まれ、且つ、其その生計(なりはひ)、頗窮(ひんきゆう)たり。時の與勢を得ざるは、最も甚しき者なり。而れども、風流にして溫藉(をんしや)、學に勤めて、倦(う)みず、其の緖餘(しよよ)、「譚海」一書を著(ちよ)す。國字を以つて書くと雖も、上(かみ)は廟堂遺事より、下(しも)は里巷鎖說(りかうさせつ)に到る。山川(さんせん)・土(ど)・草本(さうほん)、禽魚(きんぎよ)の微(び)に及ぶ。上下(かみしも)數百年(すひやくねん)、縱橫(じゆうわう)、千萬里、目(め)、視る所、耳、聽く所、筆、之れ、洩らさず、奇々妙々、人をして斯(こ)の書を閱(けみ)して、猶ほ、會稽(くわいけい)の道上(だうじょう)を行くがごとし。唯だ恐る、其の書や、是れ、以つて後世(こうせい)に傳ふべきに、後世、淙庵老人より、奇々妙々の賜(たまはり)を得て、又、後世、南瞻部州に、淙庵老人、有るを知らしめし者、有(あ)りて、而して、

「草木と與(とも)に化して朽ちざるや。夫(そ)れ、此の一書に在(あ)るや。」

と。僕(ぼく)、艷羨(えんせん)に堪へず、乃(すなは)ち、歌ひて曰はく、

「富(ふ)や貴(き)や 一肱手(いつこしゆ)の眠(ねむ)り 北邙(ほくばう)の土(つち) 醜(しう)に埋(うづ)み 娟(けん)に埋む」

と。唯だ、其の著述、以つて永年なるべければ、遂(つひ)に書き、以つて、「序」と爲(な)す。

                 柳 塘 主 人

 

[やぶちゃん注:「寥々」「ものさびしくひっそりとしているさま」「空虚なさま」「むなしいさま」「寂莫」の他に、「数の非常に少ないさま」の意がある。総てハイブリッドに含むと考えてよい。

「𡉌(ひさしく)、士」「𡉌」は漢語ではなく、「Unicode(ユニコード)一覧とURLエンコード検索・変換サイト」を名乗る「0g0.org」のここによれば(このサイト、難字を検索すると、しばしがかかるのであるが、その解説では、やはり意味を記さず、それでいて、周辺情報を記すという、糞AIが作った文章のような、常体・敬体ゴチャ混ぜで、全体に気持ち悪さ満載である。以下の引用を見られたい)、『江戸時代末期に作られた字体である。この字体は、当時のみんなが描く文字に対して、より美しい字体を求めた結果生まれました。そこで、書道家たちは文字の形を考え抜き、その結果『𡉌』という文字が生まれました。 この文字は、四角くて対称的な形をしており、線が細く曲線も繊細です。それ故、細かな作業が必要とされ、書くことはとても難しいと言われています。しかし、綺麗に書かれた𡉌の文字は、美術品のような美しさを持っているため、多くの人々から愛されています。 𡉌は、現代でもなお、書道家や美術家たちから関心の的となっています。また、近年では、この書体を使用したデザインやロゴなどが注目を集めるようになっており、その魅力が再び見直されているといえます。 このように、𡉌という文字は、美しい形状とその歴史的な背景により、現代でも愛され続けています』とあるのである。だったら、ネットの目立とう精神満々の書道家や美術家が、この字を示したページが一杯なきゃ、おなしいだろ? 但し、事実、複数の中文サイトでは、意味を示さず、「輸入された漢字」という附記があった。というわけで、意味不明。当初、「𡉌士(きうし)」と読んでいたが、これでは意味が解らないから、まあ、(つくり)の「久」が意味であろうと踏めば、この分離で読んでおいたものである。

「柳樓」「靑樓」に同じ。妓楼だが、江戸では特に官許の吉原遊郭を指した。

「呂(き)き「呂」に動詞の用法はない。日本や中国の音楽で陰(偶数番目)の音階を指す「呂律」(りょりつ)である。そこで、香道で「香を聞く」と言うから、それを私が、かく、洒落て訓読したものである。

「芳茗」香りのよい高級茶。

「豪邁不覉」「豪邁」は「気性が強く、人より勝れていること」、「不覉」は「物事に束縛されないで行動が自由気ままであること」、また、「才能などが並はずれていて、枠からはみ出すこと」だが、ここは前の意でよかろう。

「溫藉」心が暖かく、広いこと。

「緖餘」残されたもの。

「里巷鎖說」田舎や市街の巷間に関わる繋ぎ合わされた諸説。ここは、噂話・都市伝説等の尾鰭のついた流言飛語を底辺の老いた謂いか。

「土(ど)」は「風土」で、民俗社会を指していよう。

「會稽の道上を行く」知られた「臥薪嘗胆」の「會稽の恥を雪ぐ」をインスパイアした表現。遂に「譚海」だけが残った「𡉌」(ひさ)しく精進努力した、埋もれていた士、津村淙庵が、この書が大衆に読まれることで、屈辱を晴らし、名誉回復すると、大讃歌をぶち上げたのである。

「後世、淙庵老人より、奇々妙々の賜(たまはり)を得て、」原文「後世得奇々妙々之賜於淙庵老人、」の返り点では私は読めないと判断したので、かく訓じた。

「艷羨」羨ましく思うこと。

「富(ふ)や貴(き)や 一肱手(いつこしゆ)の眠(ねむ)り 北邙(ほくばう)の土(つち) 醜(しう)に埋(うづ)み 娟(けん)に埋む」「一肱手の眠り」は、ちょっとの間、手の肘を曲げて転寝(うたたね)することであろう。富貴(ふうき)は勿論、人生そのものがそのように無常にして一瞬の果敢ないものだというのであろう。而して「北邙」が出る。これは一般名詞で「墓場」の意である。結句は、「果敢ない富貴とは対照的に、富貴であっても遺体は醜く埋められ、無名にして貧しくとも、その遺体は艶やかで美しい。」と言うのであろう。]

2024/05/29

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(22) / 「譚海」本文~了

○瘡毒の藥。

 白鮮皮(はくせんぴ)・防風・荆芥・木瓜(ぼけ)・薏苡仁(よくいにん)・木通(あけび)・金銀花・苦參(くじん)・龍膽草(りゆうたんさう)・唐皂角子(たうさうかくし)・澤潟(おもだか)・唐大黃(たうだいわう)【各五匁。】・茯苓・川芎・黃連・黃柏・杜仲・車前子【各一匁七分。】・連翹・生地黃(なまじわう)・黃笒(わうごん)・山巵子(くちなし)・當歸・甘草【各七分。】

 已上、廿四味を七貼(てう)にして、一貼へ、山歸來、八十目宛(づつ)、加へ、七日、飮(のむ)べし。

痼疾の瘡毒、耳など聞えざるものにても、治する也。尤(もつとも)、大貼にして用(もちゆ)べし。

山歸來は、一番、二番、三番けづり迄、有(あり)。下直(げぢき)の品、よし。禁物、あぶらこき肴(さかな)を、いむ。此藥、妙也。

[やぶちゃん注:「瘡毒」梅毒。

「白鮮皮」ムクロジ目ミカン科ハクセン属ハクセン Dictamnus albus の根皮を基原とする生薬で、当該ウィキによれば、『唐以降の書物に見られ』、『解毒や痒み止めなどに用いられていたが、現在は』殆んど『用いられない。ヨーロッパでは、皮膚病の薬や堕胎薬として用いられていた』とある。

「薏苡仁」単子葉植物綱イネ目イネ科キビ亜科ウシクサ連ジュズダマ属ジュズダマ変種ハトムギ  Coix lacryma-jobi var. ma-yuen の皮を剥いた種子を基原とする生薬。当該ウィキによれば、『滋養強壮、いぼ取りの効果、利尿作用、抗腫瘍作用(消炎)などがあるとされる』とある。

「苦參」マメ目マメ科マメ亜科クララ連クララ属クララ Sophora flavescens の根又は外の皮を除いて乾燥したものを基原とする生薬。当該ウィキによれば、『利尿、消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があ』る、とする。なお、『和名の由来は、根を噛むとクラクラするほど苦いことから、眩草(くららぐさ)と呼ばれ、これが転じてクララと呼ばれるようになったといわれる』とあった。

「龍膽草」リンドウの異名。]

 

○又、一方。

 山歸來・忍冬・土骨皮【各六匁。】・桔梗・大黃・黃連【各一匁。】・甘草【五匁。】

 右、七味、是は輕き瘡の藥也。

 

○又、一方。

 山歸來【四匁。】・防風・木瓜・木通・薏苡仁・白鮮皮・金銀花【各五分。】・皂角子【四分。】

 已上、八味。

 

○瘡毒痼疾、ほねがらみに成(なり)たるを、治す。

 此藥、奇々、神の如し。見聞して覺たる所也。牛込原町若松町、御旗組同心衆今井利助殿より出(いづ)る。一劑代金、一兩二步也。なほり、こじれたる淋病抔に、半劑、服して功、有(あり)。若(もし)此藥、用ひたくば、金子、持參(もちまゐ)れば、製藥に取(とり)かゝり、四、五日過(すぎ)て、出來る也。禁物、甚(はなはだ)多し。乍ㇾ去(さりながら)、鼻の缺(かけ)りたるも、此藥を用(もちゆ)る時は、元の如くに、直(なほ)る程の奇方也。

[やぶちゃん注:梅毒で鼻が欠けた場合、直るというのは、望めない。]

 

○おらんだ水藥(みづぐすり)。

 右の藥、「かさ」に用(もちゆ)る事、有(あり)。必(かならず)、用べからず。害をなす事、至(いたつ)て、深し。此藥、用(もちい)て後は、外に治すべき方(はう)有(あり)ても、きかず、愼(つつしみ)恐るべし。

 

○病犬にかまれたるには、

 右藥、賣(うる)所、淺草門跡、前橋の際(きは)、藥店に有(あり)。一貼、代金、一步也。此藥を服すれば、二度(ふたたび)起る事、なし。但(ただし)、此藥、用(もちい)る時は、病氣、つよく起(おこり)て、死(しな)んとするほどに有(ある)也。二、三日、過(すぐ)れば快氣する間、驚(おどろく)べからず。

 

○又、一方。

 「とこゆ」【柚の類也。】、「わさびおろし」にて、すり、疵口を、水にて、能(よく)、洗(あらひ)て、すり、つくれば、疵口より、水、出(いづ)る。しばらく置(おき)て、又、すり付(つく)べし。いくたびも如ㇾ此すれば、よく直る也。

[やぶちゃん注:「とこゆ」果実が小形で早熟性のムクロジ目ミカン科ミカン属ハナユCitrus hanayu 。異名を「ハナユズ」「一才ユズ」等とも呼ぶ。]

 

○又、一方。

 紫蘇(しそ)の葉を、もみて、汁も葉も共に、ぬり付(つく)べし。

 

○馬、又は、犬などに、かまれたるには、

 「さゝげ」のみを、かみくだきて、付(つく)べし。すべて、獸(けもの)に、くはれたるには、よく、功、有(あり)。

 

○「まむし」にさゝれたるには、

 樟腦一味、「みゝづ」に、すりまぜて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「樟腦」本日、公開した『「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 樟腦」』を参照されたい。]

 

○又、一方。

 「螢火丸」を、かみくだき、「つばき」にて、ぬり付(つけ)て、よし。

[やぶちゃん注:「螢火丸」「京都産業大学」広域サイト内のここにある「蛍火武威丸(包紙)」か。『代々』、『陰陽頭をつとめた土御門家が製造していた薬』とある。]

 

○又、一方。

 「なめくじり」を付(つく)れば、立所(たちどころ)に治する也。

 

○又、一方。

 年始に門松に用(もちい)たる「くし柹(がき)」を、かみくだき、付(つけ)て、よし。

 

○又、一方。

 朝がほの葉を、つねに、「ごまの油」に、ひたし置(おき)、それを、「まむし」にさゝれたる時に付(つく)れば、卽功、あり。

 

○又、一方。

 疵口へ、「とりもち」を、ぬりて、膝の「ふし」より下を、土の中へ、しばし埋(うづめ)て居《を》れば、去る事、妙也。

[やぶちゃん注:河豚中毒者を地中に埋めて治すのと兄弟のトンデモ療治だな。]

 

○「まむし」を、よくる守札。

 右、上杉家中志津田孫兵衞と云(いふ)人より出(いづ)る。每年正月十六日・七月十六日、兩度也。禮物(れいもつ)、百錢、持參する也。其外の日、所望すれば、金子百疋なり。此符、神驗(しんげん)ある事、筆上に、つくしがたし。

 

○鼠に、くはれたるには、

 「しきみ」の「枯(かれ)ば」を細末にして、せんじて、痛所を、あらひ、又、一ぷくほど、飮(のみ)て、よし。

[やぶちゃん注:危険ですな、シキミは全草が有毒ですから。]

 

○又、一方。

 日本橋平松町、井上文平、所に、あり。「つて」を賴(たのみ)て、もらふべし。

 

○蜂にさゝれたるには、

 芋の葉にても、「くき」にても、すりつくれば、痛(いたみ)、忽(たちまち)に止(とま)る也。生(なま)の「里いも」を付(つけ)ても、よし。

 

○「あり」を、さる方。

 ありのかよふ道へ、「熊のゐ」を、水にて、とき、ぬりて、よし。

 

○「のみ」を、さる方。

 菖蒲(しやうぶ)にて、「むしろ」を、あみて、敷(しき)てねる時は、のみ、よらず。

 

○虱(しらみ)を、さる方。

 「朝がほ」の葉を、湯に、わかしたるにて、洗濯すべし。

 

○蚊いぶしの方。

 「べぼう」と云(いふ)木を、蚊遣に、すべし。

 右數寄屋河岸、さつま物問屋に、あり。

[やぶちゃん注:「べぼう」「譚 海 卷之十三 べほうの事」の私の注を見られたい。]

 

○又、一方。

 蓬(よもぎ)を、陰ぼしにして、蚊遣にすべし。

 

○諸蟲、「あんどん」へよらざる法。

 萱(かや)の實、一つ、つるし置(おく)時は、諸蟲、燈へ、よる事、なし。

[やぶちゃん注:この「萱」は、恐らく「大麻草」、バラ目アサ科アサ属 Cannabis のそれであろう。]

 

○魚を、いかす方。

 死なんとする鯉・鮒のたぐひ、一夜、水しだりを、しかけて、其水へ、はなち、水の音を、きかするやうにすべし。

 

○百草黑燒の方

 五月五日、百種の草を採集(とりあつめ)て、其夜、露を、うけて、翌日より、每日、炎天に、ほし、かためて、後、黑燒にすべし。

 

○病人、生死を見わくる藥。

 辰沙・五靈脂(ごれいし)【各三匁。】・銀硃【一匁五分。】・麝香【三分。】・ひまし【三匁。】・雄黃【五匁。】・巴豆

 已上、七味、右、端午、淨室(じやうしつ)に入(いり)て、午(うま)のとき、細末して、磁器に貯(たくは)ふ。但(ただし)、婦人の手に觸(ふる)べからず。此藥用たる跡、川へ、ながすべし。右の藥、「ふき」の賞(み)の大さに、まろめ、病人の印堂(いんだう)の穴に付(つけ)て、線香一本焚(たく)ほど、置(おき)て、此藥を取(とり)すつべし。其跡、赤く、はれあがりたる時は、重病とても、蘇生す。

[やぶちゃん注:本篇を以って、「譚海」は終っている。後は、津村の後書(漢文)と、本底本冒頭にある「柳主人」なる人物の「序」のみである(この「序」を最初に配さなかったのは、竹内利美氏の冒頭解題に、この「序」は筆者した際に「柳主人」 が『勝手に書き加えたもののようである』とあったからである)

「五靈脂」中国に棲息する哺乳綱齧歯目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属Petaurista の糞を基原とした生薬。「金澤 中屋彦十郎藥局」公式サイト内のこちらによれば、『成分としてはビタミンA類、その他で』、『炒りながら』、『酢や酒を加え、乾燥したものがよく用いられる』。『かつては解毒薬として蛇、ムカデ、サソリ等に咬まれたときに外用した』とある。

「銀硃天然の辰砂に硫黄を混ぜたニカワを練り合わせて作った朱w「銀朱」と呼ぶが、これか。

「ひまし」「ひまし油」か。漢字では「篦麻子油」と書く。「篦麻」はトウダイグサ目トウダイグサ科トウゴマ(唐胡麻)Ricinus communis のことを指し、その種「子」から採取する植物油の謂いである。但し、その強い毒性は必ずしもよく認識されていないと思うので(ごく最近、本邦で夫をこれで殺害しようとした妻が逮捕されたニュースを見た)、ウィキの「トウゴマ」から引いておく。『種子から得られる油はひまし油(蓖麻子油)』が知られるが、この『種にはリシン(ricin)という毒タンパク質がある』。『学名の Ricinus はラテン語でダニを意味しており、その名のとおり果実は模様と出っ張りのため、ダニに似ている。トウゴマは栽培品種が多くあり、その植生や形態は個体によって大きく変化し、あるものは多年生で小さな木になるが、あるものは非常に小さく一年生である。葉の形や色も多様であり、育種家によって分類され、観葉植物用に栽培されている』。『一属一種。原産は、東アフリカと考えられているが、現在では世界中に分布している。公園などの観葉植物として利用されることも多い』。種子は四〇~六〇%の『油分を含んでおり、主にリシノリン』『などのトリグリセリドを多く含むほか、毒性アルカロイドのリシニンも含む』。『トウゴマの種は、紀元前』四千年頃に『つくられたエジプトの墓所からも見つかっている。ヘロドトスや他のギリシャ人旅行者は、ひまし油を灯りや身体に塗る油として使用していたと記述している。インドでは紀元前』二千年頃から『ひまし油を灯りや便秘薬として使用していたと記録されている。中国でも数世紀にわたって、内用・外用の医薬品として処方されている。日本では、ひまし油は日本薬局方に収録されており、下剤として使われる。ただし、猛毒であるリシンが含まれているため、使用の際は十分な注意が必要である。特に妊娠中や生理中の女性は使用してはならない。また、種子そのものを口にする行為はさらに危険であり、子供が誤食して重大事故が発生した例もある』とする。ウィキの「リシン」によれば、リシンは『猛毒であり、人体における推定の最低致死量は』体重一キログラ当たりたったの〇・〇三ミリグラムで、毒作用は服用から十時間後程度で発生、その機序は『たんぱく質合成が停止、それが影響していくことによる仕組み』拠るとある。『リシン分子はAサブユニットとBサブユニットからなり、Bサブユニットが細胞表面のレセプターに結合してAサブユニットを細胞内に送り込む。Aサブユニットは細胞内のタンパク質合成装置リボゾームの中で重要な機能を果たす28S rRNAの中枢配列を切断する酵素として機能し、タンパク質合成を停止させることで個体の生命維持を困難にする』。『吸収率は低く、経口投与より非経口投与の方が毒性は強いが、その場合の致死量はデータなし。戦時中はエアロゾル化したリシンが、化学兵器として使用された事もある。また、たんぱく質としては特殊な形をしているため、胃液、膵液などによって消化されず、変性しない』。また、『現在、リシンに対して実用化されている』科学的に有効と断定される『解毒剤は存在しない』とある。

「印堂」眉間の中央部分にあるツボの名称。]

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(21)

○みもちの婦人、麻疹(はしか)する時、傷產(しやうざん)せぬ方。

 「伏龍肝(ぶくりゆうかん)」一味、水に、とき、臍のあたり、すべて胎(たい)の有(ある)あたりへ、ぬるべし。傷產する事、なし。寶町桐山、三ケ所にあるもの、よし。

[やぶちゃん注:「傷產」読みは以下の読みから推測。死産・流産、或いは、胎児が母から麻疹に感染したり、或いは、その結果として、何らかの障碍を持って生れて来ることか。

「伏龍肝」前回で既出既注だが、再掲すると、「株式会社ウチダ和漢薬」公式サイトの「ブクリュウカン(伏龍肝)」を見られたい。]

 

○「たむし」を治する奇方

 「はらや」、一箱の目かたに、「かたべに」、五、六丁目、くはふ。右、二味を、「ぬかのあぶら」にて、ねりて、たくはひ置(おき)、それを酢にて、とき、付(つく)べし。いかやうの「たむし」にても、跡なく、治す。但(ただし)、「はらや」は、水かねを燒(やき)たるもの也。一箱の價(あたひ)、銀十匁程、「ぬかのあぶら」のとりやうは、茶わんを、紙にて、くゝりふたぎ、紙の上へ、「ぬか」を、もり、「ぬか」へ火を付(つく)れば、「ぬか」、もゆるに隨(したがひ)て、段々、茶わんへ、紙を、こして、油、したゝる也。

[やぶちゃん注:「たむし」「田蟲」。白癬の一種で、皮膚に小さな丸い斑点が生じ、それが次第に周囲に向かって円状(銭状)に広がって、中央部の赤みが薄れて輪状の発疹となる。痒みが激しい。股間に生ずるものは特に「陰金田虫」(いんきんたむし)という。銭田虫。

「かたべに」「形脂」で「かたべに」と読む。紅花(双子葉植物綱キク亜綱キク目キク科アザミ亜科ベニバナ属ベニバナ Carthamus tinctorius )から採った、どろどろした艷紅(つやべに)を乾燥させたもの。口紅・印肉・食料品の染色材料とされる。]

 

○又、一方。

 硫黃・大黃・明礬、三味、粉にして、酢にて、付(つく)る。

 

○田蟲・水蟲・しらくも・あせも。

 右の藥、正恭(まゆき)、家方(かはう)也。こゝに、しるさず。

[やぶちゃん注:「正恭」作者津村淙庵の本名。書かんカイ! アホンダラ!]

 

○「魚の目」には、

 蜂の子の、かへらぬ内に取(とり)て、すりつぶし、付(つけ)て、よし。

 

○「いぼ」をぬく藥。

 餅米を、粉にして、石灰に和し、水に、とき、ぬり付(つく)べし。但(ただし)、「いぼ」を、いろひ[やぶちゃん注:「綺(いろ)ふ」。手でいじる。]たる手にて、外の所をかき、又は、なで、など、すべからず。其まゝ、うつりて、「いぼ」、出來(いでく)る也。

[やぶちゃん注:この但し書きのそれは、ウイルス性イボ=尋常性疣贅(ゆうぜい)であることを意味する。]

 

○名のしれぬ腫物、出來(でき)たるには、

 白つゝじの花、一匁、集置(あつめおき)て、水にひたし、洗ふべし。如ㇾ此して、いえざるときは、「みぞはぎ」の花、一匁、加へて洗(あらふ)べし。治する也。

[やぶちゃん注:「みぞはぎ」フトモモ目ミソハギ科ミソハギ属ミソハギ Lythrum anceps 。私の「大和本草卷之八 草之四 水草類 鼠尾草(みそはぎ) (ミソハギ)」を参照されたい。]

 

○なほりこじれたる出來物には、

 鮒(ふな)を生(いき)たるまゝにて、はらわた・鱗共(とも)に、「すり鉢」にて、すりつぶし、「そくゐ[やぶちゃん注:ママ。]」で、まぜ、紙にぬりて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「そくい」「續飯」。既出既注だが、再掲しておくと、飯粒を練りつぶして作った粘りけの強い糊のこと。]

 

○禁穴へ出來たる腫物(はれもの)を、外へ引(ひき)て治する方(はう)。

 寒中の「むぐらもち」を黑燒にして、胡麻の油にて、とき、腫物の引たき所へ、腫物より、胡麻の油にて、筋を、ひき、幾度も、其所へ、指に油をぬり、ひけば、禁穴の腫物は直りて、油、引たる所へ、「むくり」と出來(いでく)る也。其所にて、膏藥にても、治する方を用(もちい)て、療治すべし。

[やぶちゃん注:「禁穴」命に拘わる急所。

「むぐらもち」モグラの古称。]

 

○もろくもろ腫物には、

 犬山椒の實を、すり付(つく)べし。

 

○腫物に付(つけ)てよき藥、諸病に用(もちい)て、よし。

 忍冬を、二寸程に切(きり)て、澤山に拵へ、せんずべし。尤(もつとも)、水、澤山、入(いれ)て、二日ほど、せんじ、五斗の水三升程に成(なる)を待(まち)て、絹にて、粕(かす)を、こしさり、其跡へ、金銀花を細末にし、入(いれ)て、又、せんじつめて、地黃のやうに、かたまりたるとき、火より、おろすべし。右、用(もち)ゐやう、一日に十匁ほどづつ、朝夕二度に、のむべし。腫物には付(つけ)ても、よし。

[やぶちゃん注:「金銀花」マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica の異名、及び、棒状の蕾の生薬名。当該ウィキを見られたい。]

 

○「つぶり」へ出來物せしには、

 茵蔯十匁・「すひかづら」二十匁、合(あはせて)三十匁、右を、三つに、わけ、三日ほどして、一日分へ、大柄杓で、水、五はい、入(いれ)て、四はい半に、せんじつめ、あらふべし。半時程づつおいて、一日にて、八度、洗(あらふ)べし。

[やぶちゃん注:「茵蔯」既注の「茵蔯湯」の主剤の「インチンコウ」=キク亜綱キク目キク科ヨモギ属カワラヨモギ Artemisia capillaris の頭花であろう。]

 

○又、一方。

 こき白水へ(しろみづ)、靑袋、一味、加へ、煎(せんじ)、洗(あらふ)べし。一日に、二、三度も、あつく、わかし、あらへば、内へ入(いる)事、なし。

[やぶちゃん注:「白水」米の研ぎ汁。

「靑袋」これは恐らく「靑黛(せいたい)」の津村の誤記であろう。国立国会図書館本を見ると、ひらがなで『せいたい』となっているからである。「慶應義塾大学医学部消化器内科」公式サイト内の「慶應義塾大学病院IBD(炎症性腸疾患)センター」の「センターからのお知らせ」の「青黛もしくは青黛を含有している漢方薬を使用している患者さんへ」の冒頭部に、『 青黛(せいたい)とは、リュウキュウアイ、ホソバタイセイ等の植物から得られるもので、中国では生薬等として、国内でも染料()や健康食品等として用いられています。近年、潰瘍性大腸炎に対する有効性が期待され、臨床研究が実施されているほか、潰瘍性大腸炎患者が個人の判断で摂取する事例が認められています』。しかし、『今般、青黛を長期に服用した潰瘍性大腸炎患者において、青黛の服用と因果関係の否定できない肺動脈性肺高血圧症が発現した症例が複数存在することが判明したことから、厚生労働省が関係学会等に対して注意喚起を行いました』(以下略)とあった。例示された基原植物は、シソ目キツネノマゴ科イセハナビ属リュウキュウアイ Strobilanthes cusia と、アブラナ目アブラナ科タイセイ属ホソバタイセイ Isatis tinctoria である。]

 

○又、一方。

 白朮の粉を、すり付(つけ)、すり付、すべし。

 

○又、一方。

 「淸上防風湯」、荊芥(けいがい)を去(さり)て、せんじ、服すべし。

[やぶちゃん注:「淸上防風湯」「6」で既出既注。]

 

○「ねぶと」は、

 「みそ」を、ひらたくして、「はれ物」の上へ置(おき)、灸すべし。膿をもつ事、はやし。扨(さて)、膏藥にて治すべし。

[やぶちゃん注:「ねぶと」「根太」。ここは所謂、「おでき」の一種としておく。大腿部や臀部などに発し、赤く腫れて硬く、中心が化膿して時に激痛がある。「疔」(ちょう)や「癰」(よう)等とも呼ぶ。但し、鼠径リンパ節に痛みのある腫脹が発生する症状の中には、性病の軟性下疳や硬性下疳の場合もある。]

 

○又、一方。ふるき紙子(かみこ)を付(つく)るも、よし。

[やぶちゃん注:改行なしは、ママ。]

 

○癰疔(ようちやう)には、

 「萬病感應丸」、よし。食傷の所に有(あり)。

[やぶちゃん注:「癰疔」皮膚の急性化膿性炎症の内、単一の腺に起るのを「癤」(せつ)と呼び、隣りあう多数の腺に群がって起こるものを「癰」と言う。これはその中・重度の様態を指すと考えてよいか。

「萬病感應丸」「16」で既出既注。]

 

○「しつ」をひ出し藥。

 正月の「かざりえび」を、せんじ、其汁を飮(のむ)べし。

[やぶちゃん注:『「しつ」をひ出し藥』「しつ」「濕瘡」であろう。皮膚病である疥癬(かいせん)虫(節足動物門鋏角亜門蛛形(クモ)綱ダニ目無気門亜目ヒゼンダニ科ヒゼンダニ属ヒゼンダニ Sarcoptes scabie )の寄生によって皮膚に湿疹を発し、全身に広がって痒みを起こさせるもの。「かいせん」「ひぜん」。後半は「追(お)ひ出し藥」であろう。]

 

○又、一方。

 巴豆(はづ)・大風子(だいふうし)・黑胡麻。各、等分。いりて、用ふべし。

 右、三味、「大ぐはんの油」にて、ねり、絹に包み、一夜、酒に、ひたし、翌日より、總身(さうみ)へ、ぬる也。一日に、三度づつ、ぬる也。顏と、まへと、「いんのう」をよけて、ぬる也。右、三日一ぷくを用(もちゆ)べし。三日の内、酒、不足に成(なり)たらば、つぎたし、つぎたしして、ぬるべし。三日目の夜、はじめのくすりを、すてて、あらたに、ひたし、翌日より、其藥を、四日、ぬるべし。第八日目に、米の「とき水[やぶちゃん注:ママ。]」を、たくはひ置(おき)、ゆに、わかし、行水すべし。行水する内より、「しつ」、ことごとく、いえて、かしらの「ふけ」の如くに、直(なほ)る也。每日、段々、直りて、半月程にて、元のはだのごとくに成(なる)也。此藥、「しつ」を内へ入(いる)る事、なし。「しつ」、根を切(きり)て、二度、おこらず。右の療治中、木綿にて手袋を拵へ、飯をも、手袋の上へ、のせて、くふべし。決して、手にて、顏などを、いらふべからず。「はし」の先を、けづり置(おき)て、それにて、髮抔(など)をも、かくやうに、すべし。「いんのう」、「いんきやう」をも、よく、つゝみて、藥のつかぬやうに、すべし。

[やぶちゃん注:「いんきやう」底本では、右に編者右傍注があり、『(陰莖)』とある。

「大風子」大風子油(だいふうしゆ)のこと。当該ウィキによれば、キントラノオ目『アカリア科(旧イイギリ科)ダイフウシノキ属』 Hydnocarpus 『の植物の種子から作った油脂』で、『古くからハンセン病の治療に使われたが、グルコスルホンナトリウムなどスルフォン剤系のハンセン病に対する有効性が発見されてから、使われなくなった』とあり、『日本においては江戸時代以降』、「本草綱目」『などに書かれていたので、使用されていた。エルヴィン・フォン・ベルツ、土肥慶蔵、遠山郁三、中條資俊などは』、『ある程度の』ハンセン病への『効果を認めていた』とある。

「大ぐはんの油」これは、キントラノオ目トウダイグサ科アブラギリ属アブラギリ Vernicia cordata から採取される油と思われる。]

 

○「しつ」はらい[やぶちゃん注:ママ。]藥。

 山歸來(さんきらい)【又、十番皮も用(もちゆ)。】・木瓜(ぼけ)・木通(あけび)・防風・皂角子(さうかくし)【各等分。】・金銀花【二倍。】

右、せんじ藥にして、入梅雨濕(うしつ)の比(ころ)、用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注: 「山歸來」中国南部・台湾に自生する多年生草本である単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属ドブクリョウ(土茯苓) Smilax glabra の塊茎を乾したものを基原とする漢方生薬。当該ウィキによれば、『古くは梅毒の治療薬(梅毒の治療に水銀が用いられていたが、水銀中毒を防ぐために合わせて服用された』『)として知られ、梅毒が大きな問題となっていた江戸時代の日本では、国産が不可能なこともあり』、『毎年のように大量に輸入され、安永』六(一七七七)年には五十六『万斤もの輸入があった』とあり、『身近なところでは便秘薬で有名な毒掃丸シリーズ(ドクソウガンE、複方毒掃丸、新ドクソウガンG)に便秘に伴う吹出物、肌あれなどの改善目的で配合されている』とある。但し、単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属サルトリイバラ Smilax china をも「山帰来」と呼ぶとあり、当該ウィキによれば、東アジア(中国・朝鮮半島・日本)に分布し、『秋に掘り上げて』、『日干し乾燥させた根茎は薬用に使われ、利尿、解毒、皮膚病に効果があり、リウマチの体質改善に役立つと考えられてきた』。『漢方では菝葜(ばつかつ)とよんで、膀胱炎や腫れ物に治療薬として使われ』、『民間療法として、おでき、にきび、腫れ物などに』『服用する用法が知られている』とある。しかし、国外から入手していたこと、末期には皮膚変成が激しい梅毒の治療薬とされたことなどから考えると、ドブクリョウの方に分があるように私には思われる。

「十番皮」不詳。

「皂角子」マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ(皂莢)属サイカチ Gleditsia japonica の棘を基原とする漢方生薬。当該ウィキによれば、『腫れ物やリウマチに効くとされる』とある。]

 

○「しつ」のくすり湯。

 柳の葉・桃葉・桑葉・忍冬・蓮葉・當藥(たうやく)。「湯の花」、少し、くはふ。

 右、七味、きざみて、袋に入(いれ)、風呂に燒(やき)て、七日、入(はいる)べし。冬、葉のなきときは、此木の枝を、けづりて用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注:「當藥」 苦いことで知られる、リンドウ目リンドウ科センブリ属センブリ Swertia japonica の全草体を基原とする生薬。]

 

○「ひぜん」の藥。

 黃芪(わうぎ)・大黃【各二匁。】・白朮・川芎(せんきゆう)【各一匁五分。】

 右、四味、細末にして、まじりのなき「そば粉」二匁、入(いれ)、一劑にして、三度に、服すべし。十時《じふとき》ほどにして、小便、必(かならず)、にごる。其(その)にごり、澄むまで、白湯(はくたう)にて、用(もちゆ)ベし。但(ただし)、此藥、用る中(うち)、靑物・油揚の物を、堅く、いむ。

[やぶちゃん注:「黃芪」マメ目マメ科ゲンゲ属キバナオウギ Astragalus membranaceus の根を基原とする生薬。当該ウィキによれば、『止汗、強壮、利尿作用、血圧降下等の作用がある』とある。]

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(20)

○灸、かさ、なほりそんじたるには、

 井の中の靑苔を、靑竹の中の紙を、とり、それに付(つけ)て、「灸のふた」とすベし。

 

○「うるし」にかぶれたるには、

 鰹魚(かつを)を、くひて、よし。

[やぶちゃん注:私は二十年前、大好きだったマンゴーも食べられなくなったウルシ過敏症であるが、大好きなカツオを試したい気は、全く、しない。]

 

○巴豆(はず)の毒に、かぶれたるには、

 黑豆の「せんじ汁」にて洗(あらふ)べし。其儘、いゆる也。

[やぶちゃん注:「巴豆」「(4)」で既出既注。]

 

○「霜やけ」には、

 里芋を、土のまゝ、黑燒にして、胡麻油にて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:小学校を卒業した直後、鎌倉から富山の高岡へ引っ越した。最初の冬、両足が、霜焼けに襲われた。赤斑らになり、激しく痒かったのを思い出す。]

 

○「ひゞ」のくすり。

 「からす瓜」の赤く成(なり)たるを、酒に、すりまぜて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「からす瓜」実が赤くなったのが好き。家の玄関に乾燥したそれが、十年ぐらい前から飾ってある。ウリ目ウリ科カラスウリ属カラスウリ Trichosanthes cucumeroides や、カラスウリ属 Trichosanthes kirilowi 変種キカラスウリ Trichosanthes kirilowii var. japonica である。キカラスウリの方は、学名から察せられる通り、日本固有種であり、北海道から九州に自生している。ウィキの「カラスウリ」によれば、『若葉は食べる人は少ないが』、『食用になる』。『採取適期は、関東地方以西の暖地では』五~八『月、東北地方以北などの寒冷地では』六~八『月ごろとされる』。『摘んだ葉は茹でて水にさらし、ごま和えや』、『マヨネーズ和えなどの和え物、炒め物などにして利用する』。『生の若葉は、そのまま天ぷらにも出来る』(この「天ぷら」は東北の奥深い温泉宿で食したことがある)。『初秋のまだ熟さない緑色の果実も食用にし、摘んで塩漬けや味噌漬けにしてお新香としたり、汁の実にしたりする』。『食味は苦みがあり』、『万人向きではないが、酒の肴として好まれる』とあった。今度、食ってみんべい。]

 

○「あかぎれ」には、

 足を、よく、あらひ、「おはぐろ」を、わかし、「あかぎれ」の口へ、入(いる)べし。一日の内に愈(いゆ)る也。

 

○「風(かざ)ぼろし」には、

 「えの木」の「は」を、酢にて、せんじたるを、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「風ぼろし」「デジタル大辞泉」に「かざほろし」(風疿)で載り、「ほろし」は発疹のこと。「かざぼろし」とも言うとあり、風邪の熱などが原因で、皮膚に生じる小さな発疹。「かざはな」とも言う、とあった。使用例を「和名類聚鈔」とするから、平安中期には既にあった病名である。]

 

○腫(はれ)やまひを治する法。

 冬瓜(たうがん)の「つる」の所を、茶釜の蓋の如く、切(きり)て、其内に有(ある)たねを、取(とり)すて、其後(そのあと)へ、「かうじ」一升二合、焚(たき)たての「めし」を、六合、あはせ、つめて、其後(そののち)、「ふた」をし、かたく、繩にて、くゝり、晝は、日のあたる所へ出(いだ)し、夜は、「ふとん」などにて、つつみ置(おく)時は、五、六日過(すぎ)て、よきほどの甘酒に成(なる)也。その「あま酒」を、あたゝめ、くらふときは、腫病、よく直る也。扨(さて)、殘りの冬瓜をば、別に「あまざけ」に造りおいて、其(その)甘酒の中へ、冬瓜を、切(きり)、まぜ、用(もちゆ)べし。是も、よきほどの功ある甘酒となり、病氣本復迄に、用ひあまるほど也。

 

○又、一方。

 越後の國にて腫病(はれやまひ)に、山牛房[やぶちゃん注:ママ。](やまごばう)を煮て、くふ事也。「商陸(しやうりく)」よりは、其(その)功、萬々(ばんばん)也。

[やぶちゃん注:「商陸」ナデシコ目ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属 ヤマゴボウ Phytolacca acinosa 。しかし、有毒であり、食用には適さない。なお、ご存知かと思うが、「山牛蒡の漬物」として販売され、寿司屋等で呼ぶそれは、真正のヤマゴボウではなく、キク目キク科アザミ属モリアザミ(森薊)Cirsium dipsacolepis・オニアザミ(鬼薊)Cirsium borealinipponense・キク科ヤマボクチ属オヤマボクチ(雄山火口)Synurus pungens の根である。]

 

○疱瘡には、

 一角を粉にして、時々、「さゆ」にて用(もちゆ)べし。極上の治方也。六ケ敷(むつかしく)手を引(ひき)たる「ほうそう[やぶちゃん注:ママ。]」に、よし。

[やぶちゃん注:「一角」「極上の」と言っているからには、哺乳綱鯨偶蹄目イッカク科イッカク属イッカク Monodon monoceros の♂の一本の歯が変形した牙であろう。当該ウィキによれば、『中近世ヨーロッパでは、ユニコーンの角には解毒作用があるという伝承があったため、ユニコーンの角と偽ってイッカクの角が売買された』。『江戸時代の日本でも、オランダ商人を通じてイッカクの角がユニコーンの角として輸入されており、「烏泥哥兒」(うにかうる、うにこーる)などと呼ばれていた』。『ユニコーンの角は今村源右衛門(今村英生)や青木昆陽によって紹介されており』、『当時の百科事典』「和漢三才図会」にも『掲載されていた』。『そのようななかで、木村兼葭堂(木村孔恭)は』「一角纂考」を『著した』。『同書では、オランダ人による北極捕鯨誌などをもとに』、『西洋のユニコーンの伝説だけでなく、その正体であるイッカクの生態や詳細な骨格、さらには珍しい二本角のイッカクのことも紹介している』とあった。私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 一角(うんかふる/はあた:犀角) (海獣イッカクの角)」を参照されたい。

『六ケ敷手を引たる「ほうそう」』医師が匙を投げた天然痘。]

 

○又、一方。

 享保年中、淸朝より、白牛(しろうし)を、とりよせられ、房州において飼仰付(かひおほせ)られ、「もぐさ」斗(ばかり)を飼立(かひたて)て、其牛の「ふん」を、御用にて、俵に入(いれ)、江戶へ取(とり)よせ給ひ、町へも下されける。是(これ)、疱瘡の至極の治藥也。其時の「御用がゝり」齋藤三右衞門と云(いふ)人、牛込に居住せしかば、其子孫の家に、たくはへたるべし。求(もとめ)て用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注:「日本酪農発祥の地 千葉家 酪農のさと」の「安房の酪農―はじまりから江戸時代」を読むに、「淸朝より」というのは誤認のようである。『江戸時代の中ごろ』の、享保一三(一七二八)年、第八『代将軍徳川吉宗は美作(現在の岡山県北東部)から白牛を』三『頭導入し、嶺岡牧で飼育しました』。『嶺岡牧では』、『この白牛の数を増やすとともに』、『搾った牛乳で「白牛酪」という生キャラメルに似た乳製品を作り、日本橋の「玉屋」などで庶民へも売られるようになりました』。『この時』、『始まった「酪農」が』、『現在の酪農や乳業へとつながっていったので、千葉県が日本酪農の発祥の地といわれているのです』とあった。次の項の注も必ず参照されたい。

 

○疱瘡、かろくする「まじなひ」。

 橘町二丁目大坂屋平六と云(いふ)藥店に、「フランカステテン」と云(いふ)石、所持せり。おらんだ物にて、「まむし」の「かしら」より出(いで)たる石也。是にて疱瘡前の小兒の體中(からだぢゆう)を、なづれば、疱瘡、輕くする也。何にても腫物(はれもの)に付(つく)れば、ひつたり[やぶちゃん注:ママ。]と付(つき)て、膿水(なうすい)を、すひ出す也。膿(うみ)を吸盡(すひつく)せば、自然に、「ほろり」と落(おち)る。其後(そののち)、乳をしぼりたる中へ、此石を、ひたし置(おか)ば、吸(すひ)たる膿・血・毒氣などを、乳の中へ、吐出(はきいだ)す也。

[やぶちゃん注:前の「白牛」の話と、この話は、実は、既に、「譚海 卷之二 唐山白牛糞疱瘡の藥に用る事」と、「譚海 卷之十一 スランカステインの事」の二話で、同内容の記事が出ている。そちらの私の注を見られたい。]

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(19)

○うち身のくすり。

 黃柏・犬山椒【各一兩。】・明礬【一匁。】

 右、三味、細末、酢に、ときぬれば、治する事、妙也。

[やぶちゃん注:「犬山椒」双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科サンショウ属イヌザンショウ 変種イヌザンショウ Zanthoxylum schinifolium var. schinifolium 当該ウィキによれば、『果実を煎じた液や葉の粉末は漢方薬に利用される』。『樹皮や果実を砕いて練ったものは湿布薬になる』とあった。]

 

○又、一方。

 療治所、下野(しもつけ)栗橋より五里、江戶より十六里有(あり)。「ぢうでう坂」まきの甚右衞門と云(いふ)百姓也。右かたへ、尋行(たづねゆく)べし。骨のおれたる「うで」も、引(ひき)ちがひたるにても、みな直し、もとの如くする也。奇妙。

[やぶちゃん注:「引ちがひたる」肉離れのことか。]

 

○又、一方。

 足をくじきたるを治する方、よろし。前に出(いづ)。

[やぶちゃん注:「(10)」の「○足を、くじきたるを、治す方。」。]

 

○又、一方。

 靑松葉を手一束に切(きり)、酒に煎じ、其酒を、醉(ゑふ)ほど、のましむ。醉(ゑひ)て、其人、ねぶる也。ねぶりさむるとき、必(かならず)、吐(はく)也。其後(そののち)、再(ふたたび)、うち身、起(おこ)る事、なし。しかふして、「安神散(あんしんさん)」か、「龍王湯(りゆうわうたう)」一貼(いつてふ)、服すべし。血を、とゝのふる也。

 但(ただし)、怪我せし時、目・口より、少しにても、血の出(いで)たるには、此方、用(もちゆ)るといヘども、きく事、なし。

[やぶちゃん注:「安神散」サイト「おきぐすり屋」のこちらを見られたい。

「龍王湯」小学館「日本国語大辞典」に、『江戸時代、女性特有の病気や避妊に用いた煎じ薬』とあるが、ちょっと怪しいし、違うな。]

 

○又、一方。

 水一升・酢一合・鹽一合

 右、三味を、まじへ、せんじつめ、痛所(つうしよ)を、あらふべし。

 

○又、一方。

 「にかわ」を、とき、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「おいおい!」と言いたくなったが、考えてみると、効果あるかも知らんね。]

 

○又、一方。

 鳥賊魚(いか)、甲を、けづり、「そくい」にまぜて、痛所へ、はるべし。「いかのかう藥」店に有(あり)。

[やぶちゃん注:「そくい」「續飯」。既出既注だが、再掲しておくと、飯粒を練りつぶして作った粘りけの強い糊のこと。]

 

○年をへて、打身おこるには、

 大根を、澤山に、おろし、痛所へ付(つく)べし。殊の外、通じ、痛(いたみ)、こらへがたき程也。取(とり)かへ、取かへ、三、四度も、つくれば、通じもなく、こらへ安く成(なる)也。其時に止(やむ)ベし。大根、初めは、しみて、いたみ、こらへがたし。灸をすうるやう也。「大こん」のからみ、骨に、とほりて後は、あつく、こらへがたきも、うすく成る也。

[やぶちゃん注:「通じもなく」不詳。「痛みが続かなくなって」の意か。]

 

○やけどのくすり。

 紫の切(きれ)を黑燒にして、胡麻油にて、とき、つくべし。

 

○又、一方。

 あつ灰(ばひ)を、水にひたし、付(つく)べし。

 

○又、一方。

 玉子の油を付(つく)べし。玉子を煮て、其鍋を傾けおけば、油、出(いづ)るを、綿に、しめして、とるべし。

 

○又、一方。

 南天葉(なんてんのは)を摺鉢にて、すり、其汁を、度々、付(つく)べし。

 

○又、一方。

 新しき「あはび貝」へ水を入(いれ)て、石にて摺(する)時は、白き水に成(なる)也。それを付(つく)れば、治す。尤(もつとも)、度々(たびたび)付べし。

 

○又、一方。

 ふるき家の百年もへたる竈(へつつい)を、くづしたる下に、灰の、「たどん」ほどに、かたまりたる物、有(あり)。それを、へがしへがし、すれば、赤色也。赤色を、へがせば、中に「むくろじ」ほどにてあるは、朱のいろのごとし。是、正眞(しやうしん)の「伏龍肝(ぶくりゆうかん)」也。甚(はなはだ)、得がたきもの也。是を、すこし、水にて、とき、「やけど」のうへに、ぬる時は、塗(ぬる)かたはしより、いたみ、とまる。奇妙の方也。

[やぶちゃん注:「伏龍肝」「株式会社ウチダ和漢薬」公式サイトの「ブクリュウカン(伏龍肝)」を見られたい。]

 

○又、一方。

 靑菜の汁にて、「さとう」を、とき、付べし。

 

○又、一方。

 鹽を、「めしつぶ」にまぜて、付べし。

 

○又、一方。

 生醬油(きじやうゆ)を付べし。

 

○又、一方。

 里芋を「わさびおろし」にて、すり、「さとう」をまぜ、付べし。又、山いも・黑ざとう、玉子の白味にて、とき、付べし。

 

○又、一方。

 黃柏、黃と白と「かば色」と三品、等分にして、「ごまの油」にて、とき、付るも、よし。

2024/05/28

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(18)

○癲疳(てんかん)を治する藥。

 蝙蝠(かはほり)の黑燒、七疋分、こしらへ、日々、飮べし。

[やぶちゃん注:「癲疳」癲癇。]

 

○又、一方。

 火屋(ほや)の灰を飮(のむ)時は、治する也。

 

○又、一方。

 下總國葛飾郡駒木村(こまぎむら)、平右衞門と云(いふ)者の方に賣藥あり、一貼(いつてふ)の料代(れうだい)二百錢也。

[やぶちゃん注:「下總國葛飾郡駒木村」現在の千葉県流山市駒木(こまぎ)(グーグル・マップ・データ)。]

 

○洒に醉(ゑひ)たるを、さます方。

 白桃花(はくたうくわ)の花を、陰ぼしにして貯置(をさめおき)、大醉(だいすい)の時、少し、「さゆ」に入(いれ)て飮(のむ)べし。郞座に、醉を、さます也。

 

○酒毒には、

 葛の花を粉にして、白湯(さゆ)にて用(もちゆ)べし。藥店に有(あり)。

 

○水におぼれて死(しし)たる人を生(いき)かへす方。

 先(まづ)、其人を女牛(めうし)の背に、うつむけてくゝりつけ、牛の尻をたゝく時は、牛、そこらを、はしりありく。其度每(そのたびごと)に、死人の腹、おされる故、目・口より、水をはき出す也。扨(さて)、よく水を出(いだ)させて後(のち)、「わら」を燒(やき)たる灰の上に、ふさしめ、前後より、わら火を燒(やき)て、あたゝむれば、其人、息を、ふきかへす。其後に氣付抔(など)與へ、療治すべし。

 

○又、一方。

 溺死せし人には、雞(にはとり)の「とさか」の血を、とりて、のましむれぱ、卽座に、息、出(いで)て、水を吐(はく)也。

 

○水に落(おち)て、水をのみたるを吐(はか)するには、酢を、少し煎じて、のましむべし。腹中の水、殘らず吐(はく)也。

 

○血止(ちどめ)の藥【名「軍中一捻香」。】

 石灰を「寒ざらし」にして貯置(たくはへおき)、六月中、「にら」を取(とり)て摺鉢にて、すり、石灰を、まぜて、陰干にして、ひかたまりたる時、藥硏(やげん)にて、おろし、切疵などに付(つく)べし。「武田家中に、もちゆる、くすり成(なる)。」よし。

 

○又、一方。

 靑地といふ鳥を、黑燒にして付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「靑地」本邦で普通に見かけるのは、スズメ目スズメ亜目ホオジロ科ホオジロ属アオジ亜種アオジ Emberiza podocephala 。漢字表記は「蒿雀」「青鵐」で、この「靑地」の「地」は勝手な当て字である。読みは「あをじ」である。博物誌は「和漢三才圖會第四十二 原禽類 蒿雀(あをじ) (アオジ)」を見られたい。]

 

○又、一方。

 狐袋(きつねぶくろ)と云(いふ)物、古き庭に生ずるもの也。夫(それ)を取(とり)て、日に、ほしおく時は、粉に成(なる)也。是を付(つく)るも、よし。

[やぶちゃん注:「狐袋」まず、菌界ディカリア亜界 Dikarya担子菌門ハラタケ亜門ハラタケ綱ハラタケ目ハラタケ科ホコリタケ属ホコリタケ Lycoperdon perlatum であろう。同種は異名を「キツネノチャブクロ(狐の茶袋)」と言う。当該ウィキによれば、『食べられるのは頂部がトゲに被われて内部がはんぺん状の白い幼菌のみで、少しでも着色があるものは悪臭があり食べられない』。『幼菌は食用キノコの中では非常に香りの強い物であるため、人によって好みが分かれるという。内部が純白色で弾力に富んだ若い子実体を選び、柄を除き、さらに堅くて口当たりの悪い外皮を剥き去ったものを食用とする。はんぺんに似た口当たりであるため、吸い物のような薄味の汁物などによく合う。軽く湯がいてから、酢の物、醤油をつけての串焼き、バター炒め、野菜炒め、鍋物などにも合う』とあり、「薬用」の項には、『漢方では「馬勃(ばぼつ)」の名で呼ばれ、完熟して内部組織が粉状となったものを採取し、付着している土砂や落ち葉などを除去し、よく乾燥したものを用いる。咽頭炎、扁桃腺炎、鼻血』(☜ ☞)、『消化管の出血、咳などに薬効があるとされ、また抗癌作用もあるといわれる』。『西洋でも、民間薬として止血に用いられたという』(☜)。『ホコリタケ(および、いくつかの類似種)は、江戸時代の日本でも薬用として用いられたが、生薬名としては漢名の「馬勃」がそのまま当てられており、薬用としての用途も中国から伝えられたものではないかと推察される。ただし、日本国内の多くの地方で、中国から伝来した知識としてではなく』。『独自の経験則に基づいて、止血用』』(☜)『などに用いられていたのも確かであろうと考えられている』とある。]

 

○又、一方。

 「松のは」を、粉にして、ふりかけて、よし。

 

○「きれぢ」・「はしり血」には、

 「靑のり」を、錢(ぜに)のまはりほどにして、火に、あぶり、少し、「おはぐろ」を、あつく、わかしたるを、右の「靑のり」へ、かけて、痛所(つうしよ)へ付(つく)れば、一日の内に、なほる事也。

[やぶちゃん注:『「きれぢ」・「はしり血」』とあるが、基本、同義で、「裂肛」を指す。通常は、硬く太い便によって肛門が傷ついたために発症するため、「切れ痔」・「裂け痔」と呼ぶ。]

 

○「ちどめ」のまじなひ。

 紙を三つに折(をり)て、又、それを、三つに折たるにて、血を押(おさ)ふべし。卽時に、血、とまる也。

 

○「とけつ」・「たんけつ」の藥。

 「くはずいせき」壹味、耳かきにて、ふたつ計(ばかり)飮(のみ)て、とまる也。

[やぶちゃん注:「くはずいせき」「花蕊石」。漢方生剤サイト「イアトリズム」のこちらによれば、基原は『蛇紋石を含む大理石』で、『止血作用、創傷回復、消腫作用、鎮痛作用など』があるとする。]

 

○又、一方。

 「れんこん」を「わさびおろし」にて、すりて、「さゆ」へ、しぼり込(こみ)、のますれば、卽時に治する也。急なる時は、「れんこん」の「しぼり汁」計(ばかり)をも、あたゝめ、用(もちゆ)ベし。

 

○鼻血出(いづ)るには、

 くみだての水を、紙に、ひたし、頭の眞中を冷して、よし。

 

○下血には

 梅ぼしを黑燒にして、「さゆ」にて、飮(のむ)べし。

 

○ふみぬきせしには、

 古たゝみのきれに、沈香、一味、くはへ、細末にして、水にとき、ぬりて、よし。

[やぶちゃん注:これは類感呪術である。]

 

○針・釘など、人の身に立(たち)、肉の内え[やぶちゃん注:ママ。]、入(いり)たる時、

 かまきりのほしたるを細末にして、疵口へ、ぬりおけば、針のかしら、少し、出(いづ)る也。其時、毛拔(けぬき)にても、「くぎぬき」にても、はさみ、ぬきとるべし。

 此方、名「權法散」。甲州高坂彈正家方(はう)。

 

○又、一方。

 鼠の「ふん」、角(かど)あるを、一つ、「めしつぶ」に、すりまぜ、針の立(たち)たる所へ付置(つけおく)ベし。針、「かしら」を出(いだ)す也。

[やぶちゃん注:いや、これは、化膿する危険性が高いな。]

2024/05/27

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(17)

○中氣の藥。

 靑松葉五匁を酒五合へ入(いれ)、煎じ、其酒斗(ばかり)を飮(のむ)べし。目・口、つりゆがみ、年へたる中風(ちゅうぶ)にても、治する事、神の如し。

 

○中風名湯(ちゆうぶめいたう)。

 桑の根・接骨木(にはとこ)【各一匁。】・石菖根(せきしやうこん)【五百目。】・枸杞【手、一束。】・忍冬【大。】・鹽一升・酢一升

 右、七味、大釜にて煎(せんじ)、三番迄、せんずべし。但(ただし)、初(はじめ)一番の湯を、のけ置(おき)、二・三番の湯と取合(とりあはせ)、水風呂に仕込(しこみ)、入浴すべし。右、七日、入湯する也。初日、三度、中ほどは、一日に五度、終(をはり)の一日、二日は、七度、但(ただし)、入湯(にうたう)して二日目位に、頭痛することあらば、頭痛のやむを待(まち)て、入(いる)べし。又、垢を、よる事、なかれ。却(かへつ)て、此湯、入浴、久しければ、頭痛する也。中風・痛氣・腰痛・打身等に妙湯(みやうたう)也。

 

○中風わづらはぬ灸。

 每年六月朔日、山田喜左衞門と云(いふ)人、夢想の灸をすゑる也。右の所は、芝口あたらし橋二葉町、大黑屋惣兵衞と申(まうす)人の所也。當日、出張して、灸をすゑる也。料物(れうもつ)、三十二錢づつ。

[やぶちゃん注:「芝口あたらし橋二葉町」現在の新橋。]

 

○中氣か、中氣でなきかを、こゝろむる方。

 人、外より歸りて、手足、すくみて、動かざる事、有(あり)。其時、「中氣也。」と、さはぎて、人參など、のますれば、人參にて、いよいよ、手足、かたまり、一生、中氣のやうに成(なる)物也。是は、寒氣强き時、寒氣に當りて、手足、すくむ事、有(あり)。夫(それ)には、人參、決して用べからず。中氣にて、なきゆへ[やぶちゃん注:ママ。]也。是を、こゝろむるには、生姜を、すりて、其しぼり汁を、よほど、白湯(はくたう)の中へ入(いれ)、のましむべし。寒氣にあたりたる人は、「くさめ」をする也。中氣ならば、「くさめ」をせず、もし、「くさめ」をしたらば、必(かならず)、人參、用(もちゆ)べからず。

 

○霍亂(かくらん)せしには、

 「へちま」の葉一枚を、梅の實(み)、「たね」ともに、黑燒にして、くみだての水にて、飮(のむ)べし【「張氏醫方筆記」に出(いづ)。】

[やぶちゃん注:「張氏醫方筆記」明代の医師の渡来書と思われる。]

 

○又、一方。

 「靑たで」の「は」を、摺鉢にて、すりて、紙につけ、足のうらの土ふまずへ、はりおけば、治する也。

 

○暑氣に、あたらぬ方。

 靑蓼葉・忍冬・艾葉(がいえふ)

 右。三味、煎(せんじ)用(もちゆ)べし。暑さに當ること、なし。

 

○寒氣にあたらぬ方。

 洒へ胡椒の粉を入(いれ)て、其湯にて、手足を塗(ぬり)て步行(ほぎやう)すれば、寒氣を、さくる事、妙也。

 

○風をひかぬ方。

 「くさめ」する度每に、其儘、鼻を、强く、かむべし。

 

○疫病のわづらはぬ方【名「三豆湯」。】

 八重(やへ)なり・あづき・黑豆

 右、三味へ、甘草、少し加へ、せんじ、用(もちゆ)べし。

[やぶちゃん注:「八重なり」マメ目マメ科マメ亜科ササゲ属ヤエナリ Vigna radiata 。小学館「日本国語大辞典」によれば、『一年草。インド原産で、古く中国を経て渡来し、栽培される。高さ』三十~八十『センチメートル。全体に粗毛を散布。葉は三出複葉。小葉は卵形。豆果は線形で黒褐色の粗毛が生え、内に数種子を含む。種子はアズキに似ているが』、『やや小さく、エナメル状の光沢があり、緑色または黄褐色のものが多い。種子で餡やもやしを作り、粉は、はるさめの原料とする。一つ株に』沢山の『豆果を結ぶところからの名』。他に「ぶんどう」「まさめ」「あおあずき」「りょくず」「りょくとう」等、異名が多い。当該ウィキによれば、『漢方薬のひとつとして、解熱、解毒、消炎作用があるとされる』とあった。]

 

○虐(おこり)をおとす方。

 「田ざらし」【「みつば」に似たる草にて、毒草也。】

 右、一味を、生(なま)にて、くだき、たゞらかし、其汁を取(とり)て、男は左の脈所(みやくどころ)、女は右の脈所へ、ぬるべし。半時ばかり置(おき)て、洗落(あらひおと)すべし。虐を截(たつ)事、妙也。但(ただし)、洗落さずして、半時を過(すぐ)れば、はれあがりて、とがむる也。小兒など、皮膚の柔(やはらか)なるものには、紙を敷(しき)て、其上より、汁を、しぼり付(つけ)て、よし。

[やぶちゃん注:「虐」マラリア。

「田ざらし」不詳。「毒草」とあるので、是非、知りたい。識者の御教授を乞う。]

 

○又、一方。

 「河原さいこ」と云(いふ)草、三匁、せんじて飮(のむ)べし。

[やぶちゃん注:バラ目バラ科バラ亜科キジムシロ属カワラサイコ Potentilla chinensis当該ウィキによれば、『日本では、本州、四国、九州に分布し、日当たりのよい海辺や河川敷などの砂礫地に生育する』。『世界では、極東ロシア、台湾、朝鮮半島、中国大陸に分布する』とあり、『和名カワラサイコは、「河原柴胡」の意』で、『河原に生え、根茎が太く、根茎を薬用とするセリ科』『ミシマサイコ』(セリ目セリ科ミシマサイコ属又はホタルサイコ属ミシマサイコ Bupleurum stenophyllum )『の類』である『「柴胡」に似ることによる』とあるだけで、薬効を記さない。]

 

○氣ちがひを治する方。

 越前瓜(えちぜんうり)、蔕(へた)、一味、けづり、くだにて、鼻の穴へ吹入(ふきいる)べし。

[やぶちゃん注:「越前瓜」不詳。]

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(16)

○「葛花解醒湯(かつくわかいせいたう)」。

 白豆蒄(びやくづく)・縮沙・葛花【各五分。】・茯苓・陳皮・猪苓(ちよれい)・人參【各一匁護五分。但(ただし)、人參は砂參(ささん)にかへても、よし。】・白朮・神麹・澤潟・乾姜【各二分。】・靑皮【三匁。】・木香【五分。】

 已上、十三味、葛花は一匁入(いる)るも、よし。

[やぶちゃん注:上手く分離させることを忘れてしまっていた。以降、「四味平胃散」までは、前回「(15)」の後ろから二つ目の、「食傷せし時は」の連投である。なお、既に述べた通り、既注の生薬注は、基本、繰り返さない。

「葛花解醒湯」漢方方剤サイト「イアトリズム」のこちらの「処方構成」を参照されたい。「適応疾患および対象症状」の項に、『二日酔い、呑み過ぎ、嘔吐、頭痛、落ち着かない、みぞおちのつかえ、手足の震え、食欲不振、尿量減少』とある。]

 

○「萬病感應丸(まんびやうかんのうぐわん)」。

 此くすり、解毒・氣付・癰庁(ようちやう)、毒蟲にさゝれたる牛馬にも、用(もちい)て、よし。賣所(うりどころ)、下谷上野、屛風阪前町(まへちやう)にて尋(たづぬ)べし。價(あたひ)、しれず。

[やぶちゃん注:「萬病感應丸」「大正製薬株式会社」公式サイト内の「萬病感應丸A」を見られたい。

「下谷上野、屛風阪前町」いつもお世話になるサイト「江戸町巡り」に「【下谷②】屏風坂下車坂町」があり、現在の『台東区上野七丁目』とある。ここ(上野駅周辺)の内か、接した周縁であろう(グーグル・マップ・データ)。]

 

○「奇應丸」。

 沈香【五戔。】・人參【一兩。】・熊膽・麝香【各半兩。】・金箔【三十六枚。】・白檀【三匁】

 已上、六味。

[やぶちゃん注:「小児薬樋屋奇応丸」のページを見られたい。但し、そこでは微妙に添加物が異なる。]

 

○「梅木和中散(うめのきわちゆうさん)」。

 當歸・桔梗【三匁八分。】・白朮【三匁。】・胡黃蓮【二分。】・乾姜・陳皮・茯苓・香附子・益母(やくも)【各二匁五分。】・甘草【七分。】

 已上、十味。

[やぶちゃん注:「梅木和中散」「和中散」は江戸時代の家庭用漢方薬として有名。枇杷葉(びわよう)・桂枝・辰砂・木香・甘草などを調合した粉薬。暑気あたり・めまい・風邪などに服用(「デジタル大辞泉」に拠った)。「梅木和中散」は滋賀県栗東市六地蔵にあった「旧和中散本舗 大⻆家住宅」(グーグル・マップ・データ)が販売元。ここは旧「梅の木村」であった。

「益母」野原・道端などに生えて、高さ一メートル前後になり、夏に紫色の花を咲かせるシソ目シソ科オドリコソウ亜科メハジキ属メハジキ Leonurus japonicus は「目弾き」だが、別名を「益母草」(やくもそう)とも言う。当該ウィキによれば、『全草が産前産後、婦人病、眼病などの薬草として利用されていた』とあり、より詳しく、『花の時期の全草を採取し乾燥させたものを、漢方で産前産後の保健薬にしたことから、益母草(やくもそう)と称し』、『種子は茺蔚子(じゅういし)と称する生薬になる』。『初夏の開花始めのときに地上部を刈り取って、屋内で風干しして、長さ』二センチメートル『ぐらいに刻んで調製し、紙袋で貯蔵される』。『全草(益母草)は、止血、浄血、婦人病薬としての補精、浴湯料として薬効があるとされ、種子(茺蔚子)は水腫、目の疾患、利尿に効果があるとされる』。『全草、種子ともに婦人の要薬、特に産後の止血、浄血、補精、月経不順、腹痛に効用があるといわれている』とあった。なお、「目弾き」は茎を使った子どもの遊びに由来するが、私は、この遊びを知らなかった。「グーグル画像」で「目はじき 遊び」で見て、びっくりした。ウィキでは瞼につっかえ棒にしたとあるが(画像にも絵はある)、一寸危ないから、このびっくらの方が安心かな。]

 

○「四味平胃散」。

 陳皮・蒼朮・厚朴(こうぼく)【各等分。】・甘草【少。】

 此(この)「平胃散」、粉ぐすりにて、たくはひ置(おき)、すこしの腹痛には、用(もちい)て、功、有(あり)。

[やぶちゃん注:「四味平胃散」「日経DI」の「平胃散」を見られたい。但し、その解説では「四味」ではなく、「六味」である。]

 

○「きのこ」に、あたりたるには、

 「さくら」の皮を、せんじ、飮(のむ)べし。

 

○又、一方。

 きくめい石・「いわう」、右、二味を飮(のみ)て、妙也。

[やぶちゃん注:「きくめい石」「菊銘石」で代表的な造礁サンゴの一つで塊状或いは半球状の群体を造る刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イシサンゴ目キクメイシ科Faviidae の珊瑚を指す。これを生薬剤としたのは本邦独自の「和方」のようである。「くすりの博物館」公式サイト内の「もうひとつの学芸員室」の「学芸員のちょっとコラム」で稲垣裕美氏が書かれた「女性が売り歩いた薬 越後の毒消し」の解説に、『毒消しという名前であるが、いわゆる有毒物の解毒や中毒の際に使う薬ではなく、気持ちが悪い時や食あたりの際に用いた薬である』とされ、『配合されている菊名石は菊目石、菊銘石、菊明石とも書くが、鉱物ではなく、イシサンゴの一種である。江戸時代の製薬家・遠藤元理がその著書』「本草弁疑」の中で、『菊目石を中国にはないと紹介している。生息地は紀州などの温暖な海で、新潟の海には産出しない。原料は大阪から仕入れていたと伝わる』とあり、さらに、『菊名石を用いた丸薬には、京都山科の有名売薬「金屑丸(きんせつがん)」があった。寺島良安著』「和漢三才図会」の『「菊銘石」の項には、金屑丸は食傷解毒の薬で、菊銘石は「酸ニ浸シ研末」、すなわち粉末とし、硫黄と合わせて金箔をかけた丸薬にしたとされる。そのルーツは、寺院同士のつながりで京都の金屑丸が北陸の寺院へと伝わったとも、当時普及した医学書』「袖珍医便」に『記載の処方を参考にしたのではないかともいわれている』とあった。また、ここに挙げられている「いわう」についても、『硫黄は内服としては下痢などに用いる』とあった。]

 

○魚毒にあたりたるには、

 「かんらん」を、のみて、よし。「あんかう」のはりにさゝれ、いたむには、「かんらん」を、かみて、つくれば、いたみ、とまる也。

[やぶちゃん注:「かんらん」底本では、編者による右傍注に『(橄欖)』とある。既注だが、再掲しておくと、ムクロジ目カンラン科カンラン属 カンラン  Canarium album ウィキの「カンラン科」によれば、『インドシナの原産で、江戸時代に日本に渡来し、種子島などで栽培され、果実を生食に、また、タネも食用にしたり油を搾ったりする。それらの利用法がオリーブ』(シソ目モクセイ科オリーブ属オリーブ Olea europaea )『に似ているため、オリーブのことを漢字で「橄欖」と当てることがあるが、全く別科の植物である。これは幕末に同じものだと間違って認識され、誤訳が定着してしまったものである』とある。

『「あんかう」のはりにさゝれ』毒腺はないが、アンコウ類の頭部上部には棘があり、「魚食普及センター」の「深海魚のアンコウってどんな魚? 泳いでいる姿もチェック!」に「吊るし切り?なんでわざわざ吊るす?」があり、そこに『ヌルヌルしていて柔らかいので』、『さばきにくく、頭がゴツゴツしていてトゲもあるので、まな板でさばくときに非常に痛い』。『そのため、硬い顎をひっかけて吊るして、水を入れて膨らませてさばくとさばきやすくなる』とあった。]

 

○又、一方。

 「するめ」を、せんじて、その湯をのむべし。「かつを」に醉(ゑひ)たるにも、よし。食傷にも、よし。

 

○河豚魚(ふぐ)にあたりたるには、

 紺屋(こうや)の藍(あゐ)を、少し、飮(のみ)て、よし。

[やぶちゃん注:フグ毒テトロドトキシン tetrodotoxinTTXC11H17N3O8:真正細菌ドメイン Bacteriaプロテオバクテリア門Proteobacteriaガンマプロテオバクテリア綱Gammaproteobacteriaビブリオ目 Vibrionalesビブリオ科ビブリオ属 Vibrioやガンマプロテオバクテリア綱シュードモナス目Pseudomonadalesシュードモナス科シュードモナス属 Pseudomonas などの一部の真正細菌由来のアルカロイド)には、現在も解毒剤は、ない。]

 

○「きつけ」には、

 「奇應丸」・「萬病感應丸」・佐竹家の製、「混元丹」、よし。

[やぶちゃん注:「混元丹」小学館「日本国語大辞典」に、『漢方薬の一種。練薬で水または湯で溶いて飲用するもの。健胃、強心、解毒などの効能があるという』とあって、室町中期の文明本の「節用集」の中に既に記載がある、とある。金沢で現在でも複数の漢方薬店の伝統薬として売られている。]

 

○「らうがい」には、

 烏骨雞(うこつけい)の玉子を、「みそ汁」に、くふべし。又、「獺肝丸」、よし。

[やぶちゃん注:底本では『烏骨、雞の玉子を』となっているが、「烏骨」という漢方生剤はないから、かく、した。

「らうがい」「勞咳」。結核の古称。

「烏骨雞」鶏(キジ目キジ科キジ亜科ヤケイ(野鶏)属セキショクヤケイ亜種ニワトリGallus gallus domesticus )の品種の一つであるウコッケイGallus gallus var.domesticus 。東南アジア原産で、江戸時代に中国経由で日本に入ってきた鶏が定着したもの。現在は国天然記念物で日本農林規格の指定在来種である。]

 

○氣鬱の藥。

 右、疝氣の所に、藥方、出(いで)たり。せんき・氣うつ・腎虛に、よし。

[やぶちゃん注:「諸病妙藥聞書(8)」の三番目の『○疝氣の藥』を参照。]

 

○精氣を增し、息才にする方【名「神祕固精丹」。】。

 雞卵三つ・本玉(ほんだま)黑砂糖廿目・上々古酒一合

 黑砂糖は、ばらばらする品を用(もちゆ)べし。右、三味、玉子に和し、其後(そののち)、毛水能(けすいのう)にて、砂糖の塵(ちり)を、こし取(とり)、扨(さて)、土鍋にても、銅鍋にても、ひとつに入(いれ)、ゆるき火にて、ねり、つめる也。ねり、かたまるまでは、「せつかい」のやう成(なる)物にて、少(すこし)も、手を、ゆるめず、かきまはし、かきまはし、せんじつめ、かたまりたる時、火より、鍋を、おろし、さまして、東京肉桂(トンキンにくけい)【五戔。】・乾姜・兎綠子・杜仲【各二匁五分。】牛膝【一匁八分。】、右、五味、細末にしたるを、ねりまぜ、丹藥となし、朝暮(てうぼ)、用ゆべし。

[やぶちゃん注:「神祕固精丹」この名はネットでは掛かってこない。

「本玉」「真正の」の意。

「毛水能」「毛水囊」が正しい。音変化で「けすいの」「けずいの」とも言う。馬の尾の毛で底を編んだ、目の極めて細かい篩(ふるい)を言う語。]

 

○「しやく」の藥

 『頭痛を治する方、肩の「はり」にも、よし。』と、有(ある)所に出(いで)たり。

[やぶちゃん注:「しやく」「癪」。胸や腹が急に痙攣を起こして痛むこと。「さしこみ」。]

 

○又、一方【名「白朮散」。】。

 人參・白朮・茯苓・藿香・木香・葛根(かつこん)・甘草【少。】

 常には、人參を、はぶきて用(もち)ふ。

 

○「しやく」の根を切る藥。

 「麻(あさ)がら」を黑燒にして、每朝、「さゆ」にて、空腹に用(もち)ゆ。

 癪の張藥(はりぐすり)。

 楊梅皮末・胡椒末・蕎麥粉

 右、目形(めかた)、等分にして、酢に、とき、めし粘(のり)にて、紙に付(つけ)て、胸に、はるべし。夫(それ)より、胸へ、差込(さしこむ)事、なし。但(ただし)、此粉、平は別々に包(つつみ)て貯(たくはふ)べし。ひとつに包置(つつみおく)時は、用(もちい)て、功、なし。

 癪の藥。

 「疝癪散」、新橋加賀町(かがちやう)の賣藥、「せんき」の所にあり。

[やぶちゃん注:「疝癪散」不詳。

「新橋加賀町」現在の中央区銀座七丁目(グーグル・マップ・データ)。

『「せんき」の所』「諸病妙藥聞書(8)」の「せんき」を指す。]

 

○癪のまじなひ。

 五月五日宵より、精進して、朝、起(おき)て、菖蒲(しやうぶ)を、一本、手に握(にぎり)て、其長(そのたけ)に、後先(あとさき)を切(きり)すて、其せうぶを、紙に、よく封(ふうじ)、只(ただ)、「大切の守成(まもりなる)」由(よし)を、いひて、癪有(ある)人の胸に常に當(あて)させ置(おく)べし、癪の根を切る事、妙也。

 

2024/05/26

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(15)

○小兒、馬脾風(ばひふう[やぶちゃん注:底本のルビ。])に成(なり)たる時【又、「はやくさ」と云物也。】、

 急に小「うで」の、「ちからこぶ」のいづるところを、息を、もちて、いくたびも、つよく吸(すふ)べし。くろき血の、いづれば、なほるなり。

[やぶちゃん注:「馬脾風(ばひふう)」ジフテリア(英語:diphtheria/ジフテリア(細菌放線菌門放線菌綱コリネバクテリウム目Corynebacterialesコリネバクテリウム科コリネバクテリウム属ジフテリア菌 Corynebacterium  diphtheriae )の感染によって起こる急性伝染病。本邦の「感染症法」による二類感染症の一つ。子どもが罹患し易く、主として呼吸器粘膜が冒される。潜伏期は二~五日。症状は菌が繁殖する部位によって著しく異なるが、孰れも、冒された部位に剥がれ難い偽膜が生ずるのが特徴。「咽頭ジフテリア」・「喉頭ジフテリア」・「鼻ジフテリア」が代表的)の漢方名。]

 

○小兒、「ひまはり」の藥【總身に、赤き物、ひまなく出來る病也。】。

 はなの咲(さく)桐の木を、「くろやき」にして、胡麻のあぶらにて、付(つく)べし。

[やぶちゃん注:「ひまはり」不詳。小児で全身に赤い湿疹が出現するというのは、乳児湿疹・アトピー性皮膚炎・ウイルス性粘膜疹が当たるか。]

 

○小兒、急病にて死(しし)たる時は、

 男子は、はゝの小べん、女子はちゝの小べんを、はやく、のますべし。一度(ひとたび)は、いきを、ふきかへす也。

[やぶちゃん注:「死たる時」この場合は、失神・気絶した際の意であろう。]

 

○風(かぜ)を引(ひき)たる時、

 夏、「不換金正氣散(ふかんきんしやうきさん)」を用(もちゆ)べし。冬は「五積散(ごしやくさん)」を用べし。其方、「不換金正氣散」。

 唐蒼朮(たうそうじゆつ)・厚朴(こうぼく)・陳皮(ちんぴ)・半夏(はんげ)・唐麝香【各一兩。】・甘草【五分。】、已上、六味。頭痛には、香附子(かうぶし)・川芎(せんきゆう)を加(くはふ)べし。

 「水ばな」いづるに、香附子・細辛(さいしん)を加ふべし。

 食傷には、神麹[やぶちゃん注:底本には「麹」に編者の右補正傍注で『(曲)』とある。]・山査子(さんざし)・香附子・縮沙・木香(もつかう)、此(この)五味を、くはふべし。

 「五積散」。

 蒼朮【三匁二分】・桔梗【一匁六分】・乾姜(かんきやう)・厚朴【各二匁六分】・麻黃・枳殼(きこく)・陳皮【各八匁。】・當歸(たうき)・川芎・芍藥・白芷(びやくし)・肉桂・半夏・茯苓【各四分。】・甘草【三分】

 已上、十五味。

 「藿香正氣散」。

 茯苓・白芷・紫蘇【各一兩。】・藿香(かくかう)【三兩。】・陳皮・桔梗・白朮・厚朴・半夏【各二兩。】・甘草【二匁。】

 已上、十味。

[やぶちゃん注:既注のものは再掲しない。以下同じ。

「不換金正氣散」サイト「漢方ライフ」の「不換金正気散」を参照されたい。

「五積散」同前の「五積散」を見られたい。

「唐蒼朮」「白朮」(びゃくじゅつ)に同じ。

「厚朴」モクレン亜綱モクレン目モクレン科モクレン属ホオノキ Magnolia
obovata 
の生薬名(樹皮)。通常、樹名は「朴」。

「神麹」「曲」の補正があるが、「神麹」(シンキク)で漢方生薬がある。「ミジカナ薬局」公式サイト内のこちらに、『神曲とも書く』とあって、『中国では小麦粉と小麦ふすま(麸)に、何種類かの生薬の汁や粉末を加えて発酵させて作ったものです。小麦ふすまとは、小麦の外の皮の部分で英語でブランと言われます』とし、『消化剤』とあり、漱石も飲んでいたタカヂアスターゼも、これであるとする。

「藿香正氣散」サイト「漢方ライフ」の「不換金正気散」を参照されたい。]

 

○「かんしやうが」の方

 陳皮・茯苓・山藥・乾姜【各二戔。】・石蜜【三戔。】・遠志・蓮肉【各一戔。】

 已上、七味。

 「川芎茶調散」。

 香附子・薄荷【各五匁四分。】・荆芥・川芎【各二匁七分。】・防風【一分。】・羗活・白芷・細辛【各三匁三分。】・甘草【五分。】

 已上、九味。

[やぶちゃん注:「川芎茶調散」サイト「PLAMEDplus」の「川弓茶調散」(ママ)を参照されたい。]

 

○風をひきて、汗を取る事。

 夜着など、かぶり、あせのいづるを、いつまでも、汗をとるは、あしゝ。足の「三里」に、あせのいづるを、あいづにして、止(やむ)べし。

[やぶちゃん注:『足の「三里」』膝の皿の下の、靭帯の外側にある「くぼみ」(「犢鼻(とくび)」)から、指幅四本分の位置にあるツボ。「奥の細道」の冒頭で、やったよね。]

 

○「炎せき」を治する名方。

 半夏・茯苓・生姜

 右、三味、等分して、せんじ用(もちゆ)るべし。

[やぶちゃん注:「炎せき」不詳だが、これ、「痰」「咳」じゃあ、なかろうか?]

 

○痰血には、

 花蘂石(くわずいせき)一味、耳かきにて、二つばかり、のみて、卽時に、とまる。

[やぶちゃん注:「花蘂石」花乳石とも言い、所謂、大理石のこと。]

 

○「痰こぶ」を、なほす法。

 天南星(てんなんしやう)、一味、さいまつにして、ぬるき湯に、とき、「せうが」の「しぼり汁」を、くはへ、灸の「ふた」のごとく、紙を、まるくして、此藥を「こぶ」の上へ張置(はりおく)べし。「こぶ」、こはばりたらば、「つばき」を、つくれば、ゆるまる也。三十日ほど、かくのごとく、付(つけ)かへ付かへすれば、こぶに、口、出來て、その口より、しろき「齒くそ」のやうなるもの、いづるを、押出し、押出しすれば、いつとなく、治する也。たゞし、「たんこぶ」にあらざれば、此くすり、もちゐても、驗(しるし)なし。

[やぶちゃん注:「痰こぶ」記載から見て、所謂、「たん瘤(こぶ)」のことのようである。但し、最後の方の療治の「押出し」の処理様態を見るに、これは、打撲によるそれではなく、所謂、「粉瘤」=「アテローム」=「アテローマ」(Epidermal cystAtheroma)であろうと考える。私は体質上、皮脂腺が多いため、発生し易く、青年期からしばしば出現し(多くは顔の頰や唇の皮脂腺)、教員になったその年には、右腹部のやや深い部分に親指の先ほどのものが生じ、化膿して痛みが生じたため、年末、富山県高岡の実家に帰省した際、日帰りで市民病院で除去して貰った経験がある。普通のものは、白い「痰」のような脂肪が押し出すと出てくるのである。

「天南星」単子葉植物綱オモダカ目サトイモ科テンナンショウ属 Arisaema に属する類の球茎の漢方生薬名(私には、同属ではウラシマソウ Arisaema urashima (日本固有種)や、マムシグサ Arisaema serratum が親しい)。当該ウィキによれば、『球茎の細胞はシュウ酸カルシウムの針状結晶などをもち有毒で、そのまま食べると口の中が痛くなって腫れあがるが、デンプンなどの栄養素を多く含むため、アイヌや伊豆諸島、ヒマラヤ東部の照葉樹林帯ではシュウ酸カルシウムの刺激を避けながら食用とする工夫がなされてきた。例えばアイヌの食文化ではコウライテンナンショウ』( Arisaema peninsulae )『(アイヌ語名:ラウラウ)の球茎の上部の毒の多い黄色の部分を取り除き、蒸したり、炉の灰の中で蒸し焼きにしたりして刺激を弱めて食用にし』、『伊豆諸島の八丈島では古くはシマテンナンショウ』( Arisaema negishii :同諸島に分布する日本固有種)『の球茎をゆでて餅のようにつき、団子にしたものをなるべく噛まずに丸飲みして、刺激を避けて食べたと伝えられている』。『飛騨地方では「へんべのだいはち」と呼び、その毒性を利用して便所の除虫などに使われた』。『また、球茎を漢方の生薬、「天南星」としても利用する』とあった。]

 

○又、一方。

 ふるき「せつた」の皮、「くろやき」にして、胡麻のあぶらにて付(つく)べし。

 

○黃膽病(わうだんびやう)には、

 茵蔯湯(いんちんたう)を、二、三ぶく、服すれば、よく治する也。

[やぶちゃん注:「黃膽病」黄疸。

「茵蔯湯」「ジェーピーエス製薬株式会社」公式サイトの「茵蔯蒿湯 いんちんこうとう」を見られたい。主剤の「インチンコウ」は、キク亜綱キク目キク科ヨモギ属カワラヨモギ Artemisia capillaris であり、当該ウィキによれば、『漢方では「インチンコウ(茵蔯蒿)」として用いられる。薬用部位は頭花。成分として、クマリン類のscoparone(スコパロン)、クロモン類のcapillarisin、フラボノイド類のcirsilineolcirsimaritinrhamnocitrinなどを含む。用途として、消炎利胆、解熱、利尿などを目標に、黄疸、肝炎』(☜)、『胆嚢炎などに用いられる。漢方処方には、茵陳蒿湯、茵陳五苓散がある。また、capillarisinscoparoneなどは各種動物で胆汁分泌促進作用を示す』とある。]

 

○又、一方。

 稻の苗を陰ぼしにして、燈心草・當歸、右二味をくはへ、せんじ飮べし。熱さめて、いゆる也。

 

○又、一方。

 しゞみを汁にして、每日、食すべし。

 

○喘息には、

 陳皮四十目を、水、四合に入(いれ)て、とろとろ、せんじ、かわかして、粉にこしらへ置(おき)たるを、つねに、「さゆ」にて用(もちゆ)べし。

 

○又、一方。

 「不換金正氣散」、至(いたつ)て、奇妙に治する也。

 但し、病氣、おこらんとする時、一、二日已前に、ひたと、用(もちゆ)ば、おこる事、なし。ぜんそくおこりて用ては、きかず。

 

○食傷せし時は、

 かろき「食しやう」は、枇杷葉湯(びはえふたう)にて治する也。おもき時は、「葛花解醒湯(かつくわかいせいたう)」を用べし。能(よく)治する也。

[やぶちゃん注:「食傷」この場合は、「食あたり」のこと。

「枇杷葉湯」乾燥したバラ目バラ科ナシ亜科シャリンバイ属ビワ Rhaphiolepis bibas の葉などの煎じ汁。「暑気あたり」や「下り腹」などに用いた。京都烏丸に本舗があり、夏、江戸で、試飲させながら行商した(因みに、この行商が、宣伝のために路上で誰にでも飲ませたところから「浮気・多情や、そうした人物」を指す喩えとなった)。

「葛花解醒湯」乾燥したクズの花を主薬とする漢方薬。二日酔いや肝機能障害に効果があるとされる。]

 

○「枇杷葉湯(びはやうたう)」。

 枇杷葉・吳茱萸・藿香・唐木香(たうまつかう)・唐宿砂(たうしゆくさ)・莪朮・肉桂

 已上、七味、吐下(はきくだし)には雁字菜【ひるも。】を加(くはふ)べし。

[やぶちゃん注:「唐木香」インド・中国で産出するウマノスズクサ(既出既注)の根を基原とする。但し、現行は、お香に用いられる。

「吳茱萸」「ごしゅゆ」はムクロジ目ミカン科ゴシュユ属ゴシュユ Tetradium ruticarpum 当該ウィキによれば、『中国』の『中』部から『南部に自生する落葉小高木。日本では帰化植物。雌雄異株であるが』、『日本には雄株がなく』、『果実はなっても種ができない。地下茎で繁殖する』八『月頃に黄白色の花を咲かせる』。『本種またはホンゴシュユ(学名 Tetradium ruticarpum var. officinale、シノニム Euodia officinalis )の果実は、呉茱萸(ゴシュユ)という生薬である。独特の匂いと強い苦みを有し、強心作用、子宮収縮作用などがある。呉茱萸湯、温経湯などの漢方方剤に使われる』とあった。漢方薬剤としては平安時代に伝来しているが、本邦への本格的渡来は享保年間(一七一六年から一七三六年まで)とされる。

「唐宿砂」「縮砂」。単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科アモムム属ヨウシュンシャ Amomum villosum は東南アジア原産で、高さ約二メートル。葉は卵状披針形。花穂は濃紅色で地下茎から別に生じる。種子は芳香があり、精油部を含み、漢方で健胃剤などに用いられる。日本には安政年間(一八五四年~一八六〇年)以前に輸入された。また、「伊豆縮砂」はハナミョウガ・ゲットウ・アオノクマタケランの種子で同じく芳香性健胃剤とする。「ほざきしゃが」「東京縮砂」「唐縮砂」「ジンジャー」(種以外は小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「雁字菜」「ひるも」単子葉植物綱オモダカ目ヒルムシロ科ヒルムシロ属ヒルムシロ Potamogeton distinctus 。「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、『ヒルムシロ科の水生の多年草で』、『ヒルモともいう。日本』・『朝鮮半島』及び『中国の温帯から暖帯に広く分布し,池』・『溝』・『水田などに普通に生える。地下茎の先端に殖芽を』作り、『繁殖する。茎は地下茎から水中に伸びて』、『水の深さにより』、『長さを変える。葉に』二『型あり』、『水中葉は披針形で短い柄がある。浮水葉は茎の上部につき』、『長楕円形で表面に光沢があり』、『葉柄基部に膜質の托葉がある。夏から秋にかけて』、『穂状花序をなして黄緑色の無花被の花を多数つける。おしべは』四『本』、『めしべの子房は』一~三『個ある。果実は広卵形の核果で背部に翼がある』とある。当該ウィキによれば、『鞘は中薬学』『において胃痛や赤痢の治療のために、中国料理において風味付けのために使われる』とあり、『ヨウシュンシャは甘味、酸味、苦味、塩味、そしてピリッとした味を持つ。その花、果実、根、茎、葉は薬として使うことができる。唐王朝以降』「本草綱目」と『いった多くの薬草に関する書物が、ヨウシュンシャの味は刺激性だが』、『さわやかで、わずかに苦い、と述べている』とある。]

2024/05/21

譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(14)

○小兒、蟲氣(むしけ)にて、ひたひ、靑筋、出(いで)、又は寢(ねつ)かぬる等を、治す。あかき「みゝず」【小(ちさ)きが、よし。】、一つ、とりて、夜の七つどきに、火を、あらため、玉子ひとつ、打(うち)わりて、此(この)「みゝず」を、「玉子とぢ」に、水にて、せんじ置(おき)、夜のあくるをまちて、正(しやう)六つどきに、此「みゝず」を、玉子ともに、小兒に、くはすべし。水をも、少し、飮(の)ましむべし。其とき、小兒の腹中、しばらく鳴(なり)て、やむべし。この子、決して蟲氣なく、靑すぢも、をさまり、夜も、よく、ふせるなり。但(ただし)、あまり、をさなき兒ならば、此「みゝず」を、三きれほどに、きりて、一きれ、くはすべし、大妙藥也。

[やぶちゃん注:「蟲氣」小児が寄生虫によって惹き起こす腹痛・ひきつけ・癇癪などの諸症状を指す。

「赤みゝず」種同定は、し難いが、一般的に見かけられるもので赤っぽく見える(実際には環帯が鞍状で淡赤色を帯びる)のは、環形動物門貧毛綱ナガミミズ目ツリミミズ科シマミミズ属シマミミズ Eisenia fetida である。

「夜の七つどき」午前四時前後。

「正六つどき」「明け六つどき」で午前六時。]

 

○小兒、夜なきするには、

 ともし火の「丁子(ちやうじ)かしら」を粉にして、なくころ、乳に、ぬりて、ふくますベし。

[やぶちゃん注:当時の灯芯の原料は藺草(単子葉植物綱イネ目イグサ科イグサ属イグサ Juncus decipiens )の皮を除いた蘂(ずい)の部分である。ここは恐らく、蠟燭を灯して、黒く残った部分を指していよう。]

 

○小兒、口中へ、粟つぶのやうなるもの、出來(いでき)たる時は、羗蜋(きやうらう)一味、黑燒にして、飯つぶに、すりまぜ、足のうらの、「土ふまず」の所へ、紙にて、はるべし。卽座に治する也。

[やぶちゃん注:「羗蜋」(きょうろう)は既出既注。再掲すると、恐らく昆虫綱鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea及びその近縁な科に属する種のうち、主に哺乳類の糞を餌とする一群の昆虫を指す語である。「食糞性コガネムシ」とも呼ばれる。中文ウィキのその種群を示すそれは「蜣螂」の漢字が当てられている。その日本語版「糞虫」も見られたい。]

 

○小兒、胎毒を治(ぢす)る祕方。

 兎の腹籠(はらごもり)【一匁五分。】・蔓荊子(まんけいし)・菊花、各二匁。

 右、三味、黑燒にして用(もちゆ)べし。「かん」にて、目をわづらふにも、よし。

[やぶちゃん注:「兎の腹籠」ウサギの胎児。

「蔓荊子」既出既注。砂浜などに生育する海浜植物であるシソ目シソ科ハマゴウ亜科ハマゴウ属ハマゴウ Vitex rotundifolia の果実を、天日干し乾燥した生薬名。「万荊子」とも書く。強壮・鎮痛・鎮静・消炎作用があり、感冒に効くとされる。]

 

○小兒、疳の妙藥。

 車前子、一味を、粉にして、盆のうちに、ちらし、其中へ「どぢやう」を、あまた、入(いれ)れば、「どぢやう」、をどりて、此粉を、身へ、まぶす也。それを黑燒にして丸藥ぐわんやく)となし、二廻りも用(もちゆ)れば、治する事、妙也。

[やぶちゃん注:「車前子(おほばこ)」既出既注だが、好きな草なので、再掲する。シソ目オオバコ科オオバコ属オオバコ変種オオバコ Plantago asiatica var. densiuscula 。「車前草」(しゃぜんそう)とも呼ぶ。懐かしいな。当該ウィキに『子供たちの遊びでは、花柄を根本から取り』、『つ折りにして』、二『人が互いに引っかけあって引っ張り合い、どちらが切れないかを競うオオバコ相撲が知られ』、『スモトリグサ(相撲取り草)の別名もある』とあるが、もう何十年も、子どもらが、それをやっているのを、見たことが、ないよ……。]

 

○「小兒五疳」には、

 ひきがへるを、黑やきにして、茶にて、のましむべし。「五かん」ならでも、小兒、つねに用(もちい)て、よし。

[やぶちゃん注:「小兒五疳」「日本薬学会」公式サイト内の「薬学用語解説」の「小児五疳薬」に、『中国思想の五行説』の『基本概念から、漢方理論的に』、『小児の特異体質に適用した考え方。すなわち、いろいろな内因、外因によって五臓(肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓)のバランスが乱れ、精神的症状や肉体的症状を起こし、この』二『つの症状が相互に作用し合う諸症状を総称したもので』、『これは、現代の虚弱体質・過敏性体質(滲出性体質、自律神経失調症)に近い症状で』あるとある。]

 

○小兒脾疳の「せんやく」名方(めいはう)。

 唐白朮(からびやくじゆつ)・茯苓(ぶくりやう)・猪苓(ちよれい)・澤潟(たくしや)・三稜(さんりやう)・莪朮(かじゆつ)・黃苓(わうごん)・東京肉桂(トンキンにくけい)・半夏(はんげ)・山査子(さんざし)

 已上、十一味。

[やぶちゃん注:「脾疳」小児の慢性胃腸病を総称する語。一派には、身体が瘦せて、腹部が脹れてくる症状を指す。

「唐白朮」中国原産で本邦には自生しない双子葉植物綱キク目キク科オケラ属オオバナオケラ Atractylodes macrocephala の根茎を乾したものを狭義の基原とする浙江省などで生産されるものを指す(草体の画像は以上を参考にしたサイト「東京生薬協会」の「季節の花(東京都薬用植物園)」の「オオバナオケラ」を見られたい)。別に「和白朮」と称して、本邦の本州・四国・九州、朝鮮半島・中国東北部に分布する同オケラ属オケラ Atractylodes lancea を基原とするものを特に「和白朮」と呼ぶが(草体の画像は当該ウィキを参照)、現行では、この二種を一緒にして「白朮」と称している。効能は、主として水分の偏在・代謝異常を治す。従って、頻尿・多尿、逆に小便の出にくいものを治す、と漢方サイトにはあった。しかし、この便別は、現在の「日本薬局方」が規定するものであり、古くからこの二種の呼称は使用されているものの、当時の民間の薬方に於いて、「唐」がついているからと言って、厳密なオオバナオケラを指すと断定するのは、時代的・民俗社会的に見ても無理があろうから、後者でよかろうかと私は思う。

「茯苓」既出既注。菌界担子菌門真正担子菌綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド Wolfiporia extensa の漢方名。中国では食用としても好まれる。詳しくは「三州奇談卷之二 切通の茯苓」の私の冒頭注を参照されたい。主として動悸や、筋肉痙攣を治すほか、小便が出にくい病態や、眩暈を治すとされる。

「猪苓」ヨーロッパ・北アメリカ・中国などに分布し、本邦では本州中部以北に自生する菌界担子菌門真正担子菌綱チョレイマイタケ目サルノコシカケ科チョレイマイタケ属チョレイマイタケ Polyporus umbellatus の菌核。消炎・解熱・利尿・抗癌作用等がある。

「澤潟」水生植物である単子葉植物綱オモダカ(沢潟・沢瀉)目オモダカ科サジオモダカ属ウォーター・プランテーン変種サジオモダカ Alisma plantago-aquatica var. orientale の塊茎。抗腎炎作用がある。

「三稜」単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科ウキヤガラ(浮矢幹)属ウキヤガラ Bolboschoenus fluviatilis の塊茎の表皮を剝いで乾燥させたもの。漢方で通経・催乳薬等に用いる。当該ウィキによれば、『北海道から九州までの浅い池の周辺部等に生える。ウキヤガラの名は、浮き矢幹であり、真っすぐに伸びる花茎に由来するものである。その他、朝鮮、中国、北アメリカに分布する』とある。よく見かける野草である。

「莪朮」既出既注。単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ウコン属ガジュツ Curcuma zedoaria当該ウィキによれば、『根茎が生薬(日本薬局方に収録)として用いられ、芳香健胃作用がある』。『ウコン』(ここに「鬱金」と出る、ウコン属ウコン Curcuma longa 。熱帯アジア原産であるが、十五世紀初めから十六世紀後半の間に、沖縄に持ち込まれ、九州・沖縄地方や薬草園で薬用(根)及び観葉植物として栽培された)『よりも薬効は強いとされる。生薬としては莪朮というが』、『中国では塊根を鬱金(ウコン、キョウオウと同じ)、根茎を蓬莪朮という』とある。

「黃苓」「黃芩」に同じ。、双子葉植物綱キク亜綱シソ目シソ科コガネバナ Scutellaria baicalensis の根から採れる生薬。漢方にあっては婦人病の要薬として知られる。血管拡張・血行循環促進・産後の出血・出血性の痔・貧血・月経不順といった補血作用(但し、多くは他の生薬との調合による作用)を持ち、冠状動脈硬化性心臓病に起因する狭心症にも効果があるとする。

「東京肉桂」「東京(トンキン)」は紅河流域のベトナム北部を指す呼称であるとともに、この地域の中心都市ハノイ(旧漢字表記「河内」)の旧称。そこに自生する双子葉植物綱クスノキ目クスノキ科ニッケイ属ニッケイ Cinnamomum sieboldii を指す。詳しくは、最近、公開した『「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 肉桂』を参照されたい。

「半夏」既出既注。単子葉植物綱ヤシ亜綱サトイモ目サトイモ科ハンゲ属カラスビシャク Pinellia ternata のコルク層を除いた塊茎。嘔気や嘔吐によく使われる生薬である。私の「耳囊 卷之七 咳の藥の事」も参照されたい。

「山査子」山樝子。バラ目バラ科サンザシ属サンザシ Crataegus cuneata当該ウィキによれば、『サンザシや近縁のオオミサンザシ』( Crataegus pinnatifida )『の干した果実は、生薬名で山査子/山楂子(さんざし)といい、健胃、整腸、消化吸収を助ける作用があると考えられている』『秋』『に完熟前の果実を採取して核を取り除き、天日で乾燥して作られる』。『漢方としては高血圧、健胃効果があるとされ』、『加味平胃散(かみへいいさん)、啓脾湯(けいひとう)』(☜)『などの漢方方剤に使われる』。『民間では、食べ過ぎでも』、『油ものや肉を消化してくれる薬草として用いられ』、『健胃、消化、軽い下痢に、山査子』一『日量』五~八『グラムを水』二百~六百『ccで』、『とろ火で半量に煎じ』、一『日に食間』三『回、温かいうちに服用する用法が知られている』。『二日酔いや』、『食あたりに同様の煎じ汁を飲むのもよいと言われている』とある。]

 

○又、一方。

 人參・和白朮・全蝎(ぜんかつ)。

 已上、三味。

[やぶちゃん注:「和白朮」前条の「唐白朮」の私の注を参照。

「全蝎」基原は節足動物門鋏角亜門クモガタ綱サソリ目ゲンセイサソリ亜目オレイタサソリ下目 Orthosterninaウシコロシサソリ小目ウシコロシサソリ上科ウシコロシサソリ科 Buthidae のサソリ類の全虫体を食塩水に入れて殺し、乾燥したもの。但し、現行では漢方では正規の薬剤としては認識されていない。]

 

○又、一方、號「十千散」

 乳香・丁子・熊膽(ようたん)【各四匁。】・木香(もつかう)【八匁。】・陳皮(ちんぴ)・枳殻(きこく)・黑牽牛子(こくけんごし)・半夏・三稜・雷丸(らいぐわん)・羗活(きやうかつ)・獨活(どくかつ)・唐胡黃連(たうこわうれん)【各六匁五分。】・唐大黃(からだいわう)【六匁四分。】・白烏粉・天麻・地骨皮(ぢこつぴ)・桔梗・沙參(しやじん)・甘草・防風・黃連【各五匁。】・桑白皮(さうはくひ)・麥門冬(ばくうもんとう)・茯苓【各十匁。】・小豆(しやうづ)・唐白述【三十匁。】・山梔子(さんしし)【十六匁。】・麝香【一匁五分。】・龍腦【一匁二分。】

 已上、三十味、生姜「しぼり汁」、「さゆ」に入(いれ)て用(もちゆ)べし。

 右、小兒五かん・ばひふう・きやうふう・蟲食傷(むししよくしやう)、はら、一通りに、よし。

[やぶちゃん注:「十千散」不詳。以下、既注のものは、原則、掲げない。

「陳皮」中国では熟したムクロジ目ミカン科ミカン属マンダリンオレンジ Citrus reticulata の果皮を観想させたものであるが、本邦では熟したミカン属ウンシュウミカン Citrus unshiu のそれで代用する。

「黑牽牛子」「牽牛子」に同じ。お馴染みのナス目ヒルガオ科ヒルガオ亜科Ipomoeeae連サツマイモ属アサガオ Ipomoea nil の種子のうち、黒色を呈するもの(白いものもあり、それは「白牽牛子」と呼ぶ。両者の効能は変わらないが、古くは「白牽牛子」を尊んだ。今日では黒種子の方がよく用いられている)を指す生薬名。当該ウィキによれば、『種子は「牽牛子」(けにごし、けんごし)と呼ばれる生薬として用いられ、日本薬局方にも収録されている。中国の古医書』「名医別録」では、『牛を牽いて行き』、『交換の謝礼』を『したことが名前の由来とされている』。『粉末にして下剤や利尿剤として薬用にする』。『種子は煮ても焼いても炒っても効能があるものの』『毒性がとても強く、素人判断による服用は薦められない』。『朝顔の葉を細かに揉み、便所の糞壺に投じると』、『虫がわかなくなる。再びわくようになったら再投入する』とあることを明記しておく。有毒成分はファルビチン・コンボルブリンである。――因みに――私の家では、朝顔の花が庭に植わることは、なかった。私の母の実家は「笠井」という。母の父は、父の母の実の兄であるから、私の父母は従妹同士なのであり、私には色濃く、その「笠井」の血が流れている。笠井家は加賀藩の家老だったらしいが、その後裔の先祖の一人は、主命であったのか、自由意志であったか、はたまた、乱心であったのかは判らぬが、脱藩して浪人となり、中部地方のどこかへ流れて行き、何でも、朝顔の植わった庭の中で、切腹して果てたのだと伝えられており、笠井の家では。代々、庭には、朝顔を植えてはならぬ、という家訓がある。考えて見れば、私も小学校の時、理科の宿題で、シャーレで朝顔の発芽をさせた経験以外には朝顔の花を庭に見ることはなかった。……これは面白い禁忌の民俗伝承の一つとして、ここに場違いに注しておくだけの価値は――一種の奇談として――あろうかと思う。

「雷丸」菌界担子菌門菌蕈綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科 Laccocephalum 属ライガンキン Laccocephalum mylittae が基原で、條虫駆除作用・瀉下作用を持つとされる。

「羗活」(きょうかつ)はチベット北東部から中国中央部が原産のセリ科 HanseniaHansenia weberbaueriana 、又は、Hansenia forbesii の根茎及び根を乾燥させたもの。鎮痛・消炎作用を持つとされる。

「獨活」セリ目ウコギ科タラノキ属ウド Aralia cordata当該ウィキによれば、『中国では強精剤に使われるなど、漢方や薬膳では珍重されている』。『ウドは灰汁が強いことで知られるが、灰汁の成分はポリフェノール化合物であり』、『これには抗酸化物質のクロロゲン酸やフラボノイドが含まれ』、『ジテルペンアルデヒドなどの精油、アミノ酸、タンニンなどを含んでいる』。『精油は一般に中枢神経を刺激する作用があり、内服すれば』、『発汗や血液循環を促進して、便通もよくする働きがある』。『タンニンには収斂作用がある』。『ウドがもつ香り成分には、自律神経を調整して、気分を安定させる作用があるともいわれている』。『通例根茎を生薬にしたものを独活(どくかつ・どっかつ)、もしくは和独活(わどっかつ)』、或いは『土当帰(どとうき)』『と称し、独活葛根湯などの各種漢方処方に配剤されるほか、根も和羌活として薬用にされる』。『生薬にするときは、秋』頃に『根茎や根を掘り取って陰干しとし、半ば乾いたところを湯につけて土砂と細根を取り除いて、厚さ』〇・五~一『センチメートル』『の輪切りにしてから、さらに陰干しか』、『天日干しして調製する』。『民間療法では、風邪の初期症状、神経痛、リウマチ、頭痛などに、和独活を』『とろ火で半量になるまで煮詰めた煎じ液(水性エキス)を、食間』三『回に分けて服用すると、体を温めるとともに痛みを和らげて顔のむくみ、解熱、発汗に効用があるとされる』。また、『茎葉を使う場合は』九~十『月の花が咲いている時期に、地上部を刈り取って長さ』五センチメートルに『切り刻んで』、『陰干しにしたものを使い、布袋に入れて浴湯料にして風呂に入れると、肩こり、腰痛、冷え症などの鎮痛、補温に役立つといわれている』。『また、アイヌ民族はウドを「チマ・キナ」(かさぶたの草)と呼び、根をすり潰したものを打ち身の湿布薬に用いていた。アイヌにとってウドはあくまでも薬草であり、茎や葉が食用になることは知られていなかった』。『セリ科のシシウド』(セリ科シシウド属シシウド Angelica pubescens 。ウドに似ているが、属レベルで異なる別種である)『の根は唐独活(中国産の独活』『)と呼ばれ、日本薬局方外生薬規格』『に収載されている』。『漢方で使う独活は、腰痛に効くセリ科のシシウドの根の部分で、昔は独活の代用品としてウドが使われた』とある。

「唐胡黃連」「胡黃連」ならば、高山性多年草の、シソ目ゴマノハグサ科コオウレン属コオウレン Picrorhiza kurrooa(ヒマラヤ西部からカシミールに分布)及びPicrorhiza scrophulariiflora(ネパール・チベット・雲南省・四川省に分布)の根茎を乾かしたもの。古代インドからの生薬で、健胃・解熱薬として用い、正倉院の薬物中にも見いだされる。根茎に苦味があり、配糖体ピクロリジン(picrorhizin)を含むものの、薬理効果は不明である。なお、「黃連」があるが、これは小型の多年生草本である、キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica 及び同属のトウオウレン Coptis chinensisCoptis deltoidea の根茎を乾燥させたもので、全く異なるものである。この場合は最後の「トウオウレン」を指すものと思われる

「唐大黃」最近、食材として見かけるタデ科ダイオウ属ルバーブ Rheum rhabarbarum 。シベリア、及び、中国北東部原産で、江戸時代に日本へ伝わり、現在では奈良県・長野県などで栽培されている。茎は高さ約二メートルになる。葉は卵形で大きく、縁は波状になり、裏面に細毛が生える。夏、茎の上部から出た枝の先端部に淡黄白色の小花が輪生状に多数集まってつく。葉柄は長く、食用となる。肥大した根茎は漢方で下剤とし、また黄色染料や線香の原料にもなる。「おおし」とも、単に「だいおう」とも呼ぶ(以上は小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

「白烏粉」不詳。

「天麻」単子葉植物綱ラン目ラン科オニノヤガラ(鬼の矢柄)属オニノヤガラ Gastrodia elata の根の生薬名。当該ウィキによれば、『半夏白朮天麻湯として』眩暈や『頭痛、メニエール病、リウマチなどに応用される』とある。

「地骨皮」ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense の根皮。漢方で清涼・強壮・解熱薬などに用いる。「枸杞皮(くこひ)」とも呼ぶ。

「沙參」キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属シロバナトウシャジン Adenophora stricta の根茎を乾したもの。去痰・鎮咳に効果があるとされる。

「桑白皮」桑の根皮。消炎・利尿・鎮咳効果を持つ。]

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