[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここと、ここと、ここの見開きで三箇所となる。最後の部分は図のみでキャプションはない。なお、この最初の見開きの前の、ここの見開きの二図は、本カテゴリで、当初、ランダムにやっていた時に、二図ともに『毛利梅園「梅園介譜」 老海鼠』と、『毛利梅園「梅園介譜」 ダンベイキサゴ』とで、電子化注済みである。個人的には前のマボヤの図は、本「梅園介譜」中の白眉の図と感じている。]
《見開き第一図》
[やぶちゃん注:左右を殻を合わせて、恐らくは右殻を上にし、腹側から写した図。]
車渠【「しやこ」。】 通名。
𤥭磲・硨磲【「雀甕」條下。】
阿札噶【「中山傳信録」。】
[やぶちゃん注:「噶」の字は(つくり)の下部の「人」が「匕」であるが、別人の写本のここでは、「噶」となっていること、「中山傳信錄(ちゆうざんでんしんろく)」(「中山」は「琉球」の異称。清代に書かれた独立国琉球の地誌。全六巻。琉球王尚敬への使者の副使として派遣された徐葆光(じょほうこう)の著。一七二一年成立。前年に清の外交使節として訪れた際の見聞を、皇帝への報告書として纏めたもので、琉球国の王府の事情や、中国との外交関係及び王系・地理・制度・風俗・言語などを記す)の原本に当たったところ(早稲田大学図書館「古典総合データベース」のこちらの右丁の六行目)、「硨磲【阿札噶(アサカ)】」とあったので、この字を用いた。]
保丁酉年孟春初五日、眞寫す。
《見開き第二図》
[やぶちゃん注:左右の殻を合わせて、右殻を上にして蝶番を手前にした図。]
車渠【卽ち、「海扇」、「をほみ貝」。】
○「夣溪筆談」(むけいひつだん)に曰はく、『海物に、「車渠」有り、蛤(がふ)の屬なり。大なる者、箕(み)のごとし。背、渠壟(きよろう)有り、蚶(あかがひ)の殼のごとく、故に以つて噐(うつは)と爲(な)す。緻(きめこまやか)なること、白玉のごとし。南海に生ず。』と。
[やぶちゃん注:「夣」は「夢」の異体字。一番近い字を採用した。書名からも「夢溪筆談」(北宋の沈括(しんかつ)による随筆集。全二十六巻。特に科学技術関係の記事が多いことで知られる)で、「中國哲學書電子化計劃」のこちらの影印本で確認した。]
○「月令廣義(がつりやうかうぎ)」に曰はく、『「霏雪録(ひせつろく)」に『海中に甲物(かうぶつ)有り、扇のごとし。其の文(もん)、玳瑁(たいまい)のごとし。惟(ただ)、三月三日の潮盡(しほひ)、乃(すなは)ち、出づ。「海扇」と名づく。』と。
○「綱目」に、「海扇」を「車渠」の一名とす。葢(けだ)し、「海扇」、二種あり。「車渠」をも「海扇」と名づけ、「帆立貝」も、「海扇」と云ふ。「月令廣義」の、『紋、玳瑁のごとし。』と云ふは、又、別種なり。
○車渠は、極めて大なる者あり。其の貝、磨(す)り琢(みが)きて、玉(ぎょく)とし、「緖(を)じめ」とし、又、釣花生(つりはないけ)とし、壓尺(けさん)とす。
○「丹鈆録(たんえんろく)」に曰はく、『車渠、盃に作(な)し、酒を注(い)れ、滿(み)てゝ、一分(いちぶ)を過ぐるも、溢(あふ)れず。』と。
《見開き第三図》
[やぶちゃん注:左殻の蝶番を前にした内側の図。キャプションなし。]
[やぶちゃん注:所謂、
斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ目ザルガイ上科ザルガイ科シャコガイ亜科 Tridacnidae に属するシャコガイ類
であるが、図の個体は左右殻の腹側の辺縁の形状は、所謂、現存する二枚貝の世界最大種として知られ(殻長は二メートル近く、重量二百キログラムを超えることがある。これまでに記録された最大のものは体長一・三五メートル、重量二百三十キログラムに達したとされ、寿命は、自然状態で百年以上とされ、中には四百年以上生きた個体も存在すると当該ウィキにはある)、沖縄以南に棲息する、
シャコガイ亜科オオシャコガイ Tridacna gigas
ととるには、湾曲の波状の形状の波長部分が、緩やかで、違うように思われ(梅園は殻のサイズを全く述べていないのに憾みがある。しかし、例えば、横幅が三十センチを超えるような大型個体ならば、梅園は忘れずに、そのサイズを書くであろうと思うのである)、私は、
オオシャコガイの幼体
か、或いは、横幅が十七センチメートル前後で、奄美大島以南に棲息する、
シャコガイ亜科オオシャコ属ヒメシャコガイ Tridacna crocea の成体個体
ではないかと感じた。
「車渠」は本来は「シヤキヨ(シャキョ)」で「車の轍(わだち)」を意味する。本来は後に出る「硨磲」の「硨」は「家畜に曳かせる二輪或いは四輪の大型の荷車を指し、「磲」(=「渠」)は「溝」を意味する。李時珍の「本草綱目」では、巻四十六の「介之二」「蛤蚌類」に、「車渠」で立項し、「釋名」で、『海扇。時珍案、「韻會」云、『車渠、海中大貝也。背上壟文如車輪之渠、故名車溝曰渠。』とある。所持する相模貝類同好会一九九七年五月刊の岡本正豊・奥谷喬司著「貝の和名」(相模貝類同好会創立三十周年記念・会報『みたまき』特別号)では、以上を「目八譜」で武蔵石寿が引用していることを示された後で(コンマを読点に代えた)、『どうしてこの貝が車輪に見えるのか不思議だが、殻を180°完全に開いた状態で表面側を見ると、左右殻の腹縁が車の外側、各5条の深い溝(渠、壟=あぜみち)が放射状の車輻と見えないこともない。』と述べておられる。
『「雀甕」條下』意味不明。前に書名を出さずに、こう書かれても、判らない。「甕」は「大きな瓶(かめ)」を意味するから、これは親和性があるが、例えば、本草書類では、これは「雀甕(すずめのたご)」で、危険がアブナい鱗翅(チョウ)目 Glossata 亜目 Heteroneura 下目ボクトウガ上科イラガ科イラガ亜科イラガ属 Monema に属するイラガ類或いはその近縁種の作る繭である。「和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 雀甕」の私の注を見られたい。試みに「本草綱目」を調べて見たが、圧倒的に上記の繭であり、貝類の条々に出るものが、数箇所あったものの、シャコガイとの関連性は私には見出せなかった。識者の御教授を乞うものである。
「保丁酉年孟春初五日」天保八年一月五日。一八三七年二月九日。
「海扇」後で梅園は、これには、『二種あり。「車渠」をも「海扇」と名づけ、「帆立貝」も、「海扇」と云ふ』とある通りで、これは、実は、彼が好きで、何度となく描いているイタヤガイ、例えば、『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 錦貝(ニシキガイ)・イタヤ貝 / イタヤガイ・ヒオウギ』でも言及している。そこで注したように、恐らくはホタテガイ・アコヤガイ、さらには、本シャコガイ類を広汎に指していると考えてよく、二種どころではない(というか、梅園は「二種」を「複数の異種」の意で用いていると考えるべきである。この辺の混淆は、既に、寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」でも見られるからで、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 海扇」の本文及び私の注も参照されたい。
「をほみ貝」『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 酌子貝(シヤクシガイ)・イタラ貝 / イタヤガイ(四度目)』で注した通り、私は「大身貝」の意と思う。
「渠壟」前に注した通り、「溝」と「畝(うね)」である。
「蚶」少なくとも、彼がこれを「あかがひ」(或いは「きさ」)と訓じているであろうことは、先行する『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 𩲗蛤(アカヽイ) / アカガイ』で明らかである。
「白玉のごとし」古くより、シャコガイ類の殻は、切って磨くと、細かな文理(もんり)が浮き出し、仏寺の荘厳(しょうごん)や、広く装飾品として、仏教の七宝(しっぽう)に於いて、「玉」(ぎょく)に次ぐものとして重用された。
「月令廣義」明の官僚で学者の馮応京(ふう おうけい 一五五五年~一六〇六年)が万暦年間(一五七三年~一六二〇年)に著した、中国の伝統的な年中行事・儀式・仕来りなどを解説した本。当該ウィキによれば、『先秦時代の一年間の行事を理念的な観点から紹介した』「礼記」の「月令篇」を『補足するという形式をとる。そのため』、『古書からの引用が多く、古くは六朝・梁代』(六世紀中頃)『の、すでに原典が失われてしまっている文言小説』『などからの説話を傍証として多く収録しており、中国の民間伝承を研究する上での貴重な資料となっている』。『例えば』、『七夕の「織姫と牽牛の恋愛譚」が、現在知られているストーリーとほぼ同じ型になった最も古い時期を考証できる史料も、本書に引用されている梁代の殷芸(いんうん)が著した』「小説」(「殷芸小説」)の中の一節であるほか、『慣用句「一年の計は元旦にあり」の原典らしきもの』『や、「花咲か爺」の原典のひとつとされる説話』『など、今日の日本における身近な慣用句・諺や説話の出典にもなっている』とある。なお、「がつりょう」の読みは、私の大学時代の漢文の先生たちが、一様に、そう読んでいたことに基づくもので、私には「げつれい」では、凡そありがたい感じがしないのである。
「霏雪録」明の文人鎦績(りゅうせき:劉績とも)の撰になる随筆。
「玳瑁」カメ目潜頸亜目ウミガメ上科ウミガメ科タイマイEretmochelys imbricata 。『毛利梅園「梅園介譜」 龜鼈類 瑇瑁(タイマイ) / タイマイ(附・付着せるサラフジツボ?)』を参照されたい。梅園は後で、シャコガイ類ではないと否定しているが、タイマイの甲羅の様子を眺めていると、オオシャコガイ辺りとの仄かに親和性を感じてしまうのは、私だけであろうか?
「三月三日の潮盡(しほひ)、乃(すなは)ち、出づ」大潮の時に海中から年に一度だけ、姿を現わすというのは、どデカいオオシャコガイにこそ相応しい気はする。
「緖(を)しめ」「緒締(をじ)め」。袋や巾着(きんちゃく)などの口に廻した緒を束ねて締めるための具。多くは球形で、玉・石・角・貝殻・練り物などで作る。
「釣花生」花生(はない)けの一種。上から吊るすようにしたもので、竹・金属・陶器・貝殻などで、船形や月形に作る。「釣り花瓶」。
「壓尺(けさん)」文鎮のこと。「けさん」は、別名の「卦算」の当て読み。文鎮が易に用いる算木(さんぎ)の形に似ているところから、かく言ったもの。
「丹鈆録」「鈆」は「鉛」の異体字であるから、「本草綱目」も引く明代の楊慎撰の「丹鉛録」(幾つかの作に分かれた博物書のようで、本編は正しくは「丹鉛総録」というらしい)のことかと思われる。
「一分」縁の部分から三ミリメートルほど表面張力を起こして零(こぼ)れないというのである。]