忘れがたみ シュトルム作 立原道造譯
[やぶちゃん注:立原道造訳になる、ドイツの司法官で詩的リアリズムの詩人・作家として知られるテオドール・シュトルム(Hans Theodor Woldsen Storm 一八一七年~一八八八年)の“Posthuma”(一八四九年/一八六〇年)。因みに、シュトルムは「みずうみ」(Immensee 一八四九年)を始めとして若き日より私の偏愛する作家である。
底本は昭和一一(一九三六)年山本書店刊テオドル・シユトルム・立原道造譯「林檎みのる頃」を国立国会図書館デジタルコレクションの画像で視認した。題名の後に原作者・原題・訳者名をオリジナルに附した。「*」は底本では同記号を正三角形の頂点位置に小さな「*」を配した記号である。
但し、第二段落の「そしてたうとう冬になつた、雪がただ降るばかり」の「雪」は底本では「雲」であるが、意味が通じないので、誤植と断じ、二〇〇八年岩波文庫刊「立原道造・堀辰雄翻訳集」を確認の上、例外的に「雪」と訂した。
以下、簡単に注を附す。
「まつゆき草」「待雪草」で英名「スノードロップ」(snowdrop)と呼ばれる単子葉綱キジカクシ目ヒガンバナ科ガランサス属 Galanthus の総称。冬の終わりから春先にかけて各三枚ずつの長い外花被と短い内花被を持つ、可憐な白い六弁の花を咲かせて「春を告げ花」として知られる。
「雁來紅」は一応、そのまま「がんらいこう」で読んでおくが、所謂、我々の知っている双子葉植物綱ナデシコ目ヒユ科 Amaranthoideae 亜科ヒユ属 Amaranthus
tricolor 亜種ハゲイトウ Amaranthus tricolor subsp. tricolor 変種ハゲイトウ(ヒユ)Amaranthus
tricolor var. mangostanus のことである。漢名は雁の来る頃に葉が紅色になることに由来する。
「三十ロオト」信頼出来るサイトのドイツ語原本を画像視認したところ、“Lot”とある。ドイツ語の辞書で調べると、これは「ロート」で、現行では水深を計測する「測鉛」「垂直線」「弾丸・砲弾」などの意であるが、別に古い重量単位で一ロートは約三〇分の一ポンドとあった。一ポンドは訳四百五十三・六グラム弱だから、一ロートは約十五グラムで三十ロートはたった四百五十グラムである。]
忘れがたみ
Posthuma(Theodor Storm)立原道造譯
葬ひの行列が墓地に人つた。細長い柩が、花環をのせて、六人の人に擔はれて、二人の人に伴はれて。それは靜かな夏の早朝のことであつた、墓地は大部分まだしめつぽい蔭のなかに橫たはつてゐた。ただ眞新しい墓のまはりに、盛り上げられた土がもう陽に照りつけられてゐた。ここにその柩は埋められた。人びとは帽子を脱いで、しばらくの間、頭を垂れてゐた、それからしやべりながらまた來た道を歸つて行つた。墓掘人夫に殘つた後仕末はすつかり任せて。――間もなく土が穴に投げいれられ墓は堆高く蔽はれた、再び靜寂と、さびしい日の光ばかりになつた。そしてただ十字架と記念の額と骨壺と、オベリスクの影が移るともなくひそかに芝生の上を滑つて行つた。
この墓は貧しい人々の場所にあつた、そこでは何の石も墓の上におかれないのである。はじめは土が低く盛り上げられる。それから風が吹いて來て塵をだらしなく道の上に吹き飛ばす。それから雨が空から降りそそぎ、角のところをながして行く。夏の夕ぐれには子供が飛びこえ、そしてたうとう冬になつた、雲がただ降るばかり、ふかくふかく積つてしまふ。しまひにはすつかりとそれが蔽はれてしまふほど。――しかしいつまでも冬ではゐない。また春となり、さうして夏が來た。よその墓にはまつゆき草の花が地からあらはれ、雁來紅の花が咲き、薔薇が大きな芽を出した。今やここでも。墓はすつかり蔽はれた。はじめはきれいな綠の草に、それから赤いいらくさに、また薊や、人たちが雜草といふ植物に。そして暑い夏の眞晝には蟋蟀の歌でいつぱいだつた――。やがてまた或る朝、薊や雜草はすつかり刈り取られ美しい草ばかりが殘される。それから二三日たつとその一方のはしに飾り氣もない黑い十字架が立てられた。そして最後に、その十字架には、道から外れて少女の名が刻みこまれた、それはちひさな文字であつた、彩りもなく近よらなくては見わけ難いほどだつた。
*
夜となつた。町では窓はくらくすべてはすでに眠りに就いてゐた。ただ、或る大きな家の上の方の高い窓に、若い一人の男が眼覺めてゐた。彼は蠟燭を消して眼をとぢて安樂椅子に坐つてゐた。下ではもうみんなが休んだかと。聞耳を立てながら。手には白い薔薇の花環を持つてゐた。彼はかうして長いこと坐つてゐたのである。
戸外では別の世界が生きてゐた。夜の生きものたちがあちこちと步き、とほくでは何かが呻いてゐた。男が眼をひらいたときに、部屋は明るかつた。彼は壁の上に物の形が映つてゐるのを見わけることが出來た。窓を通して、隣りの建物の眞向の壁が月のひかりに明るく照らし出されてゐるのを見た。彼の思ひは墓地への道を辿つてゐた。
「あの墓は影にうもれてゐる。」と彼は言つた。「月のひかりはあの上をてらさない。」と。それから彼は立ちあがり、用心ぶかく扉をひらき、花環を手にして階段をおりて行つた。玄關でも、もう一度聞耳を立て、それからしづかに扉をひらいた。そして、街に出て家々の影をたどり步いて行つたのである。しばらく月かげのなかを行くと、やがて彼は墓地に着いた。
それは全く彼の言葉のとほりであつた。墓は墓地の壁のふかい影にうもれてゐた。彼は薔薇の花環を黑い十字架にかけた、さうして頭をそれにもたせかけた。――番人は戸外をあちらに行きすぎた、しかし彼のゐることには氣づかなかつた。月夜の物音が眼をさました。草のざわめき、夜の花のほとばしり、風のなかのこよない歌聲。しかし、彼はそれを耳にしなかつた。彼はもう過ぎてかへらない時のなかに生きてゐた。少女の腕に抱かれて、そしてその腕はもう胸打たない心臟の上にずつと以前に結ばれてしまつたのに。蒼白い顏が彼の顏に迫りより、子供のやうに靑い二つの瞳が彼の瞳に見いつてゐた。
かの女は生きてゐる日にすでに死を抱いてゐた。しかもかの女は若く美しかつた。かの女は彼を愛した、かの女は彼にすべてをなした。たぶたび彼のことで家の人から叱られた。しかしかの女はそのときしづかな眼で見つめてゐるばかりで、そのあともそれが改まるといふことはなかつた。春淺く寒い夜のことかの女は古びた着物を着て彼のところへ庭をはいつて來た。彼はいつもそれを思ひだすのである。
彼はすこしもかの女を愛してはゐなかつた。ただ欲望をみたすためにだけであつた。そして不注意にもかの女の唇から氣づかはしげな炎をうけとつたのだつた。
「もしも僕がおしやべりだつたら、」と彼は言った。「明日はきつとみんなに言ひちらすだらう、僕にこの町えいちばん美しい少女がくちづけしてくれた。」と。
かの女は信じはしなかつた、彼がかの女をいちばん美しいとおもつてゐるとは。また信じもしなかつた、彼が默つてゐるだらうとは。
低い籬が、彼たちの立つてゐる場所を街道から距ててゐた。足音が近づいて來るのが聞えた。彼はかの女をいつしよに連れて行かうとおもつた。しかしかの女は引止めた。
「どうでもいいのよ」とかの女は言つた。
彼はかの女の腕から逃れ、ひとりきりで引歸した。
かの女はそこに立つたままであつた、身動きもせずに。ただ兩手で眼を蔽てゐた。――さうしてかの女は立ちつづけてゐた、戸外を人があちらに通りすぎ、その足音が家のあひだをだんだんと消えて行く間。かの女は、彼が再び歸つて來てその腕をかの女の頸にからませるのを見てはゐなかつた。しかしかの女がそれを感じたとき、頭をなほも低く垂れた。
「恥しいのでせう!」とかの女は言つた「わたくしはよく知つてをりますわ。」と。
彼は何とも答へなかった。彼はべンチに腰をおろし、物も言はずにかの女を引きよせた。かの女はなすままに任せてゐた、自分の唇を彼の美しいらうたげな手にさしあてた。かの女は自分が彼をかなしませはしなかったかと恐れてゐたのである。
彼はほほゑみながら、かの女を膝の上に抱き上げた、何の重みも感じられずに、ただやさしい妖精(エルフ)のやうな身體の形ばかりが感じられるのをいぶかしがりながら。彼は冗談半分にかうささやいた、おまへは魔物だ、目方三十ロオトもありはしないもの、と。――風が枯れた梢を透つて吹いて來た、彼は自分のマントでかの女の足を包んだ。かの女はよろこばしげな眼で彼を見あげた。
「寒くはありませんの」とかの女は言ひ、自分の額をしつかりと彼の胸におしあてた。かの女は彼のなすままであつた。もう決してひとりにならうと思はなかつた。――彼はかの女をいたはつた。それは彼がかの女を憐れんだからでもなく、また愛もないのにかの女を自分のものと呼ぶことに彼が罪を感じたからでもなかつた。しかし、かの女をひとり占めしようとすると、何者かが彼を妨げるのであつた。彼はそれが死であらうとは知らなかつた。――
彼は立ち上り、行かうとした。
「おまへはひえるよ」と彼は言つた。しかしかの女は手をとると自分の頰にあて、また自分の額を彼の額に觸れた。
「わたしは熱くてよ。觸つてみないこと、燃えるやうに熱くてよ!」とかの女は自分の腕を彼の頸にからませ、子供のやうに彼の頸にぶらさがつた、そして、我を忘れてうつとりと默つて彼を見つめた。
*
この晩から一週間程して、かの女はもうベットから起き出ることが出來なかつた。二月の後に、かの女は死んだ。彼はそれきり二度とかの女に會はない。しかしかの女の死んだ後、彼の欲情は消えた。彼は今やすでに數年のあひだ、かの女の鮮やかな繪姿を心に持ち、この死せる少女を愛するやうに強ゐられてゐるのである。