立原道造 詩集 優しき歌 Ⅰ / 全篇一括ベタ版・附;縦書版(PDF)
[やぶちゃん注:私は既にブログ・カテゴリ「立原道造」で、国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)を用いて、「詩集 優しき歌 Ⅰ」の全篇を一篇ずつ、電子化し、オリジナル注を附したものを完遂している。総標題ページはここで『優しき歌 I 風信子叢書 第四篇』(下方の二つの附属表記は底本ではポイント落ち。「風信子」は「ヒアシンス」と読む。以下の冒頭の引用を参照されたい。)とあり、本篇はここからである。
以下、第一回の冒頭注で、底本の「解説・編註」の一部を引用して述べた通り、本底本は――今までの全集とは異なる形で詩群が配置されている――ことが明記されており、しかも、現在、流通している立川道造の詩集中の「優しき歌 Ⅰ」は、殆んどが、新字採用であり、しかも、本底本全集刊行以前の詩集の、全く異なった「優しき歌 Ⅰ」を以って読んで、鑑賞したきりの読者が、想像以上に多いと考えられるのである。
されば、ここで、底本編者たちや私の注を、総て除去した形で、まずは、無心に「優しき歌 Ⅰ」を鑑賞する必要性を強く感じたのである。
今回では、完全に底本通りを採用し、総表題の一部、及び、各詩篇表題部を太字・ポイント上げとした。各詩篇の間に四行を空け、中央には、三字下げで「*」を打っておいた。
また、表記や読み方で問題にしたものの中で、どうしても注が必要と考えたものには、後に「字注」として私の注を置いた。
無論、私には、私なりの本「優しき歌 Ⅰ」全体を通しての感じ方がある。それは、これを元に、次回で試みるものである。
★なお、本来の縦書の形態でこそ、読むべきであるからして、以下に、この横書のものをPDFで縦書にし、レイアウトを、底本に、より近づけた一詩篇一ページ別に組んだものを作成したので(ルビ化も行った。783KB・全十七ページ)、リンク(サイト内保存)させておく。]
優しき歌 Ⅰ 風信子叢書 第四篇
燕の歌
春來にけらし春よ春
まだ白雪の積れども
――草枕
灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる
とほい村よ
あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き
山羊が啼いて 一日一日 過ぎてゐた
やさしい朝でいつぱいであつた――
お聞き 春の空の山なみに
お前の知らない雲が燒けてゐる 明るく そして消えながら
とほい村よ
僕はちつともかはらずに待つてゐる
あの頃も 今日も あの向うに
かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると
やがてお前の知らない夏の日がまた歸つて
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ
あのさびしい海を望みと夢は靑くてはてなかつたと
*
うたふやうにゆつくりと⋯⋯
日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模樣を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも⋯⋯
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする靑を
ながされて行く浮雲を 煙を⋯⋯
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた――風と 影とを⋯⋯
*
薊の花のすきな子に
Ⅰ 憩らひ
―― 薊の花のすきな子に――
風は 或るとき流れて行つた
繪のやうな うすい綠のなかを、
ひとつのたつたひとつの人の言葉を
はこんで行くと 人は誰でもうけとつた
ありがたうと ほほゑみながら。
開きかけた花のあひだに
色をかへない靑い空に
鐘の歌に溢れ 風は澄んでゐた、
気づかはしげな恥らひが、
そのまはりを かろい翼で
にほひながら 羽ばたいてゐた……
何もかも あやまちはなかつた
みな 獵人(かりうど)も盜人もゐなかつた
ひろい風と光の萬物の世界であつた。
*
Ⅱ 虹の輪
あたたかい香りがみちて 空から
花を播き散らす少女の天使の掌が
雲のやうにやはらかに 覗いてゐた
おまへは僕に凭れかかりうつとりとそれを眺めてゐた
夜が來ても 小鳥がうたひ 朝が來れば
叢に露の雫が光つて見えた――眞珠や
滑らかな小石や刃金の叢に ふたりは
やさしい樹木のやうに腕をからませ おののいてゐた
吹きすぎる風の ほほゑみに 撫でて行く
朝のしめつたその風の……さうして
一日(ひとひ)が明けて行つた 暮れて行つた
おまへの瞳は僕の瞳をうつし そのなかに
もつと遠くの深い空や晝でも見える星のちらつきが
こころよく こよない調べを奏でくりかへしてゐた
[やぶちゃん字注:第二聯三行目の「刃金」の「刃」は異体字で、「刅」の右側の「ヽ」を除去した「グリフウィキ」のこれであるが、表示出来ないので「刃」とした。「刅」なら表示出来るのだが、私は生理的に、この異体字が極めて嫌いであり、また、「刅金」を素直に「はがね」と一瞬には読めずに戸惑う若い読者のことを考えて、「刃」としたものである。なお、この「刃金」については、このベタ版の作業中に、各篇の確認校正をしていたところ、この語を道造が用いた理由を、是が非でも注しなければならなかったと気がつき、急遽、後注に大々的に追補したので、当該詩篇記事を見られたい。]
*
Ⅲ 窓下樂
昨夜は 夜更けて
步いて 町をさまよつたが
ひとつの窓はとぢられて
あかりは僕からとほかつた
いいや! あかりは僕のそばにゐた
ひとつの窓はとぢられて
かすかな寢息が眠つてゐた
とほい やさしい唄のやう!
こつそりまねてその唄を僕はうたつた
それはたいへんまづかつた
昔の こはれた笛のやう!
僕はあはてて逃げて行つた
あれはたしかにわるかつた
あかりは消えた どこへやら?
[やぶちゃん字注:第一聯一行目の「昨夜」は、私は、うっかり「さくや」と読みかけたが、所持する昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造刺繡のルビの「ゆふべ」が、確かに、しっくりくる。]
*
IV 薄明
音樂がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさなフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる
窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身體の
外に 私を圍んで暖く香(かほり)よくにほふひと
私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!
やまない音樂のなかなのに
小鳥も果實(このみ)も高い空で眠り就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる
[やぶちゃん字注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集 第一卷 詩集I」(一九七一年角川書店刊)の編註(ここ)に拠れば、『第二聯第四行 ルビママ〈かほり〉』とある。底本全集の横断検索でも、詩集・物語・雜纂に、この表記があり、道造の慣用誤記であることが判る。]
*
Ⅴ 民謠
――エリザのために
絃(いと)は張られてゐるが もう
誰もがそれから調べを引き出さない
指を觸れると 老いたかなしみが
しづかに歸つて來た⋯⋯小さな歌の器(うつは)
或る日 甘い歌がやどつたその思ひ出に
人はときをりこれを手にとりあげる
弓が誘ふかろい響――それは奏でた
(おお ながいとほいながれるとき)
――昔むかし野ばらが咲いてゐた
野鳩が啼いてゐた⋯⋯あの頃⋯⋯
さうしてその歌が人の心にやすむと
時あつて やさしい調べが眼をさます
指を組みあはす 古びた唄のなかに
――水車よ 小川よ おまへは美しかつた
*
鳥啼くときに
式子內親王《ほととぎすそのかみやまの》による Nachdichtung
ある日 小鳥をきいたとき
私の胸は ときめいた
耳をひたした沈默(しじま)のなかに
なんと優しい笑ひ聲だ!
にほひのままの 花のいろ
飛び行く雲の ながれかた
指さし 目で追ひ――心なく
草のあひだに 憩(やす)んでゐた
思ひきりうつとりとして 羽虫の
うなりに耳傾けた 小さい弓を描いて
その歌もやつぱりあの空に消えて行く
消えて行く 雲 消えて行く おそれ
若さの扉はひらいてゐた 靑い靑い
空のいろ 日にかがやいた!
*
甘たるく感傷的な歌
その日は 明るい野の花であつた
まつむし草 桔梗 ぎぼうしゆ をみなへしと
名を呼びながら摘んでゐた
私たちの大きな腕の輪に
また或るときは名を知らない花ばかりの
花束を私はおまへにつくつてあげた
それが何かのしるしのやうに
おまへはそれを胸に抱いた
その日はすぎた あの道はこの道と
この道はあの道と 告げる人も もう
おまへではなくなつた!
私の今の悲しみのやうに 叢には
一むらの花もつけない草の葉が
さびしく 曇つて そよいでゐる
*
ひとり林に⋯⋯
Ⅰ ひとり林に⋯⋯
だれも 見てゐないのに
咲いてゐる 花と花
だれも きいてゐないのに
啼いてゐる 鳥と鳥
通りおくれた雲が 梢の
空たかく ながされて行く
靑い靑いあそこには 風が
さやさや すぎるのだらう
草の葉には 草の葉のかげ
うごかないそれの ふかみには
てんたうむしが ねむつてゐる
うたふやうな沈默(しじま)に ひたり
私の胸は 溢れる泉! かたく
脈打つひびきが時を すすめる
*
Ⅱ 眞冬のかたみに⋯⋯
Heinrich Vogeler gewidmet
追ひもせずに 追はれもせずに 枯木のかげに
立つて 見つめてゐる まつ白い雪の
おもてに ながされた 私の影を――
(かなしく 靑い形は 見えて來る)
私はきいてゐる さう! たしかに
私は きいてゐる その影の うたつてゐるのを⋯⋯
それは淚ぐんだ鼻聲に かへらない
昔の過ぎた夏花のしらべを うたふ
⦅あれは頰白 あれは鶸 あれは 樅の樹 あれは
私⋯⋯私は鶸 私は 樅の樹⋯⋯⦆ こたへもなしに
私と影とは 眺めあふ いつかもそれはさうだつたやうに
影は きいてゐる 私の心に うたふのを
ひとすぢの 古い小川のさやぎのやうに
溢れる泪の うたふのを⋯⋯雪のおもてに――
*
淺き春に寄せて
今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえてゐる
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない
今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはゐない
だけれども たつた一度だけ
そのひとは 私のために ほほゑんだ
さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう
今は 二月 雪に面(おも)につづいた
私の みだれた足跡⋯⋯それだけ
たつたそれだけ――私には⋯⋯

