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カテゴリー「梅崎春生」の351件の記事

2023/01/15

ブログ1,900,000アクセス突破記念 梅崎春生 文芸時評 昭和二十六年六月分

 

[やぶちゃん注:本評論は底本(後述)の解題によれば、三月三十一日・四月一日・同二日附『東京新聞』に連載されたものである。本文の二行空け部分がその切れ目と考えよかろう。

 私は梅崎春生と同時代のここに挙げられる作家の作品はあまり読んだことがない。私は近現代の作家については、死んでいない人物に対しては冷淡で、共時的に読むことはなかった(現在でも特定の作家を除き、概ね同じである。梅崎春生が亡くなったのは小学校三年生で梅崎春生は知らなかった。但し、私は三~六歳の時期、大泉学園に住んでおり、梅崎春生の家はかなり近くにあったことを後年知った。梅崎との最初の出会いは一九七一年八月七日のNHKドラマ「幻化」で、中学三年の時であった)、従って、注は語句や、特に私がよく知らない作家については、高校の「現代文」(ちょっと以前は「現代国語」と称した)の私の嫌悪する注のような、生年月日の毛の生えた程度の注をするしかないからやりたくないし、私の知っている作家の場合は、没年を示す必要があると考えた場合を除いて、一切、注しない。悪しからず。

 既に述べているが、梅崎春生の短編小説は、最早、上記底本全集のものは、「青空文庫」(ここ)で私よりも先行電子化された分の以下の私の底本全集中の十一篇(「日の果て」「風宴」「蜆」「黄色い日日」「Sの背中」「ボロ家の春秋」「庭の眺め」「魚餌」「凡人凡語」「記憶」「狂凧」。以上は順列を私の底本全集の並びに変えてある)を除き、これで、総て電子化を終えている(全リストは私のサイトのこちらの「■梅崎春生」、及び、ブログ・カテゴリ「梅崎春生」及びブログ版梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】梅崎春生日記【完】を参照)。残るのは、長編「つむじ風」のみである。彼の著作権満了の翌日である二〇一六年一月一日から始めた、私のマニアックに五月蠅い注附きの梅崎春生の電子化も、七年目にして、もう遂に終わりに近づいた。

 底本は昭和六〇(一九八五)年四月発行の沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。太字は底本では傍点「﹅」。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、三十分ほど前、1,900,000アクセスを突破した記念として公開する。【二〇二三年一月十五日 藪野直史】]

 

   昭和二十六年四月

 

 「どん底の独裁国」というグラビヤ(改造)がある。フランシスコ・フランコ治下の人民の、貧困と圧制にあえぐ、絶望的な生活がうつし出されている。たくさんの小説を読んだあとこれを見ると、なんだかぎょっとするほど生々しい。どうもよそごとではないような感じである。活字と写真の訴え方の相違なのかも知れない。

 しかし今月読んだ数多の小説の中には、日本の現実を取扱いながら、よそごとめいた感じの作品が、少なからずあったような気がする。一読者としての私の印象は、そうであった。充たしてくれるものが乏しい。

 

 「歴程」三十六号に、こんな詩がある。

 

  風 景

 水のなかに火が燃え

 夕露のしめりのなかに火が燃え

 枯木のなかに火が燃え

 歩いてゆく星が一つ

 

 作者は原民喜。狭くとも、小さくとも、彼が見たこのような風景に、私の内の読者は感動する。この風景が、現実の死に裏づけられているせいなのか。必ずしもそうではあるまい。しかし末期(まつご)の眼にこそ、風景がこんなに澄明に結晶しているので、人が生きてゆく現実は、もっと荒々しく濁っている、と言えるかも知れない。

 火野葦平の「動物」(群像)も、そのような濁りを追求した作品。動物園を舞台にして、鳥獣の生態と、その間における人事の軋轢(あつれき)。題名が示すように、鳥獣的動物との対比において、人間という動物の生態を浮き出させようとしたらしい作品であるが、その対比がうまく行っていないと思われる。

 読後二三日経つと、鳥獣のイメージだけが頭に残っていて、なぜか人間の姿は蒸発したように印象が稀薄になっている。たとえば孔雀(くじゃく)と七面鳥のいきさつなどは、なかなか興味深く印象的なのに、それを眺めている信彦や関良吉の姿は、切抜き絵みたいに平板で影がうすいのだ。もっと執拗に緊密に両者をからませることで、人間獣または人間虫の生態を、うまく定羞できなかったものか。

 そしてこの作者の眼は、鳥獣に対するときは公平であたたか味があるのに、それを囲む人間たちに対しては、なにか不均衡で偏頗(へんぱ)なところがあるようだ。ある人物をひどくいたわり過ぎていたり、別の人物を不当な悪玉として割切っていたり、つまり善玉悪玉みたいな類型的な描き方をしているふしがある。

 やはり人間に対しては、属種や分類としてではなく、個人個人の動静や生態を基準として、作者は追求すべきであろうと、読者の私はそう考える。

 

 丹羽文雄「爛れた月」(中央公論)。現実にたいする無感動。それからくるエゴイズムや冷酷さ。そういう中年の男を主人公として、妻や情婦をからませてある。最後のところで主人公の「『ああ』笑うより他ないではないか。哄笑ではないが、当分笑いは私の口許を消えそうにない」こういう笑いの発生の根源を、やはりこの作者はつかみかねているような気がした。この作品の行文は、なかなか流暢で手慣れているのに、時々ふっと不要な説明みたいなものが入ってくる。それが主人公の心理なり性格なりを、とたんに低俗な、ありふれたものにしてしまう傾きがある。どうしてこんな尻尾を、あちこちくっつける必要があるのか、私にはよく判らない。

 すこし感じは違うが、「禁色」三島由紀夫(群像)にも、不要な尻尾をたくさんぶら下げている感じがある。これらは現実の断片を、模糊たる断片のままでおくのが不安で、いきなり言葉で裁断しようという、不逞にして無意識(?)の焦慮から来るのではないか。だとすれば、それは才華の豊富さよりは、むしろ末梢的な部位における衰弱を示しているように、私には感じられるのだが、どうだろう。

 

 

 上林暁の「姫鏡台」(群像)、「雪解」(日本評論)を読む。他のきめの荒い小説にくらべると、手打うどんみたいな滋味が、ここにあると言えば確かにある。また同時に、ぬけぬけと安心している感じも、なくもない。

 自ら(?)の生活を描き、広汎な市民層の共感をあつめるところに、この作者のひとつの特微があるようである。狭い範囲の鑑賞にしか適しなかった私小説を、その共感の幅においてここまで拡げたということは、やはり上林暁という作家の特色であり、功績でもあると言えるだろう。しかしその為には、必然的に、常軌を逸しない生活感情の起伏と、読者をして親狎(しんこう)させるほどの凡人性が、そこに常に用意されていなくてはならぬ。[やぶちゃん注:「親狎」親しみなれること。近づき馴染むこと。]

 この作家は、よく飲屋などで見知らぬ読者から、気軽に話しかけられることを書くが、確かにそのような親狎性をこの人の作品は多分に持っているようだ。これがたとえば葛西善蔵であったら、読者の大多数は、「やあ葛西さん」と気易く杯を突出すことに、ためらったりはばかったりするに違いなかろう。

 しかし、その凡人的な、時には押しつけがましいほどの愚人的な生活感情の中で、作家が作家として発すべき根本のものを、彼はどうして求めて来ているのだろう。そういう疑問や問題がどうしても残る。答えは簡単である。「雪解」の武智も「姫鏡台」の柏木も、上林暁とは違う。

 武智という人間は、上林暁において長いことかかって綿密に設定され、作者と柔軟な距離を保って動作し生活する作中人物である。しかし彼の作品の中では、その効果上、作者とイコールの擬体を常に保っているようである。ずるいと言えばずるい。

 

 もちろん、どんな私小説家も、作中の「私」に対する距離は確実に保持している。密着したところで作品が出来るはずがない。尾崎一雄には尾崎一雄的な距離、外村繁には外村繁流の距離。しかし上林暁の場合、その距離や角度の設定は、なかなか手がこんでいて、きわめて大胆にして、しかも細心を極めているように思われる。もう少し距離を伸ばして「私」を戯画化することもせず、もう少し近づいて泥沼に手足をとられることもしない。ある一定の長さと幅を、伸縮自在に踏み外さず動いている。そしてその上において、読者の生々しい共感をぴたりとつかんでいる。

 その操作はやはり、嘆賞に値する。「自分の作品はすべて遺書のつもりで書く」。こういう彼の言葉も文字通りのそれではなく、作中の「私」に迫真性と切実感を付与しようとする、作家としての心構え又はテクニックと解すべきであろう。そう私は思う。

 

 こういうことはなかなか大変なことで、私小説だと簡単に片付けてしまう訳には行かない。たとえば私小説でない作家、丹羽文雄と「紋多」の関係、林房雄と「越智英夫」との関係などを見れば、よく判る。これらの関係は、あまりに手軽に設定されていて、しかもその距離は不器用に硬化しているように見える。

 上林暁の第二の「私」の大胆細心な設定に比べれば、まるで竹の筒のように芸がない。「姫鏡台」「雪解」の如き作品が、手打うどんの如く万人に愛される所以(ゆえん)である。日本中で最も誠実にしで老獪(ろうかい)なる作家が、ここにいる。

 

 

 高見順の「呟く幽鬼」(文芸春秋別冊)、「インテリゲンチア」(世界)。それぞれ面白かった。しかしこの二つの小説では、かつての何もかも吐き出そうとする文体から、はなはだしく変貌して、発想も抒情的にすらなっている。抒情という方法によって物に即(つ)こうとする気配がある。つまり自分の生理に逆らってまで嘔吐しようという抵抗は、この作者からはもう消え失せているように見える。それはそれで、いいことかも知れない。しかしそういうことを言っても始まらない。

 もろもろの現実を、彼がどんな風に受け止め、せき止め、どんな具合に処理したり流したりするかは、今後の彼の生理や健康や周囲の現実の抵抗が決定することだろう。でも今のように、心象の夾雑物を排除して物に即こうというやり方は、心象や現実そのものの衰弱をかえってもたらしはしないか。読者としてそういう危惧は残る。

 

 結城信一「螢草」(群像)。奇跡のように清純な恋物語。それがひたむきに描かれているので、その点の感動を読者に与える。しかし実際にこのような、意地悪さを全然欠如した、汚濁を見ない(あるいは見えない)人間を想像すると、私はすこし不安になる。

 この作品を私は全然うそだとは思わないが、他のいろんな現実の対比において、大きなうそを感知する。

 椎名麟三「福寿荘」(文芸)。この作家としてはすこし軽すぎる感じ。流れ動としても、水銀のような重さがあってもいいだろう。しかしこの作品では意識的にその重さを切り離そうとしているようにも見える。すり切れた厚い手帳を出して、メンタルテストをしてあるく森安という男、これなどに錘をつけて定着すれば、もっとよかったのにと思う。それをわざと膜のむこうに追いやっている。

 宇留野元一「あぢさいの花」(文学界)。かゆいところにもう一息で手が届かない。不必要なところに筆を費しすぎて、肝腎なところでは節約しているという感じ。こういう形式で、こんな女を描くのは、無理じゃないかな、とも思う。以上、印象に残った小説の一部分だけ。

 小説以外の文章では、青山二郎「上州の賭場」(新潮)を読み、大そう感心した。なみいる小説よりは、ずっと面白かった。題名通り上州の賭場を描いた文章であるが、作者の眼が過不足なく行き届き、見るべきものはちゃんと見ているような、つめたい正確さがある。偏った見方で大向うをねらうはったりは、ここにはない。曇った眼で見たような小説を数多読んだあとで、こんな文章に接すると、胸が少しはすがすがしくなる。小説の面白さとは違う別の面白さ。

 それに力を得て、つづけて大岡昇平「文学的青春伝」(群像)、石川淳「ジイドむかしばなし」(文学界)を読む。しかしこれらは何だかざらざら引っかかってくるものがあって、「上州の賭場」などに比べると、よほど面白くなかった。読後三十分ほど経つと、ジンマシンがたくさん出た。文章の姿勢や魂胆が、私の休質に合わなかったのだろうと思う。

 

[やぶちゃん注:『「歴程」三十六号』「風景」「原民喜」私のサイト版「原民喜全詩集」を見られたいが、異同はない。『歷程』の《XXXVI》号は確かに昭和二六(一九五一)年三月一日発行のそれの二十三ページに所収していることを、オークション・サイトの目次画像で確認出来た。また、梅崎春生と原民喜が邂逅したことがあることは、彼のエッセイ「その表情――原民喜さんのこと――」(『近代文学』昭和二八(一九五三)年六月号に発表)で確認出来る。そんなことより、実は――原民喜は――ここで梅崎春生が書いている――その前月の三月十三日午後十一時三十一分――国鉄中央線の吉祥寺駅 と西荻窪駅の間の線路に身を横たえて鉄道自殺していた――のである。これは第一回の連載分であるとして、三月三十一日の記事で、自死後十八日目に当たる。これを冒頭に述べたところに、梅崎春生の強い彼への追悼の念が感じられるのである。

『火野葦平の「動物」』「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」でこちらから視認出来る。私は火野が好きで、カテゴリ『火野葦平「河童曼陀羅」』で全電子化注を完遂している。

『「禁色」三島由紀夫』私は三島の思想人としての存在には全く関心も興味もない。但し、彼の文章の若き日の計算された彫琢力には感心はする者ではある。「禁色」も読んだが、梅崎春生と全く同様の感じしか持たなかった。と言っても、三島の代表作を文庫本であらかた読んだのは、彼が自決してから五年後の大学一年の夏休みのことだったが。三島というと特異的に忘れ難いのは、彼の評論「小説とは何か」(昭和四三(一九六八)年五月から二年後の一九七〇年十一月まで『波』(新潮社)に連載されたが、著者の自死によって中絶)の中の一節である。私の『佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 一七~二三 座敷童・幽霊』で解説と引用をしてあるので見られたい。]

2022/12/14

ブログ1,880,000アクセス突破記念 梅崎春生 文芸時評 昭和二十二年六月分

 

[やぶちゃん注:本評論は掲載紙・発表年月日ともに未詳。

 標題は「昭和二十二年六月」となっているが、これは底本全集編者によって仮に附されたものと推定し、本文冒頭では掲げないこととした。

 私は梅崎春生と同時代の、ここに挙げられる作家の作品は、あまり読んだことがない。私は近現代の作家については、死んでいない人物に対しては冷淡で、共時的に読むことはなかった(現在でも特定の作家を除き、概ね同じである)、従って、注は語句や、特に私がよく知らない作家については、高校の「現代文」(ちょっと以前は「現代国語」と称した)の私の嫌悪する注のような、生年月日の毛の生えた程度の注をするしかなく、それは嫌なので、私の知っている作家の場合は、没年を示す必要があると考えた場合を除いては、概ね、特に注しない。悪しからず。

 既に述べているが、梅崎春生の短編小説は、最早、上記底本全集のものは、「青空文庫」(ここ)で私よりも先行電子化された分の以下の私の底本全集中の十一篇(「日の果て」「風宴」「蜆」「黄色い日日」「Sの背中」「ボロ家の春秋」「庭の眺め」「魚の餌」「凡人凡語」「記憶」「狂い凧」。以上は順列を私の底本全集の並びに変えてある)を除き、これで、総て電子化を終えている(全リストは私のサイトのこちらの「■梅崎春生」、及び、ブログ・カテゴリ「梅崎春生」及びブログ版梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】梅崎春生日記【完】を参照)。残るのは、長編「つむじ風」のみである。彼の著作権満了の翌日である二〇一六年一月一日から始めた、私のマニアックに五月蠅い注附きの梅崎春生の電子化も、七年目にして、もう遂に終わりに近づいた。

 底本は昭和六〇(一九八五)年四月発行の沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日、朝風呂に入っている途中、1,880,000アクセスを突破した記念として公開する。【二〇二二年十二月十四日 藪野直史】]

 

 雑誌を開くとざらざらした変な紙がある。仙花(せんか)という紙だそうだ。インクがうまく乗っていないので、誠に読みづらい。

 紙なら仙花、酒で言えばカストリ、煙草の場合はノゾミや手巻き、これらはそれぞれ紙や酒やたばこには違いない。偽物という訳にはゆかぬが、本物であるかと言えばほんものでは絶対にない。この現象は現今の品物にのみあるのではなく、文化の面にも現われていて、今手許にあつまった諸雑誌を通読して見ると、おおむねこの仙花的傾向があるようだ。

 一例をあげれば、伊藤整氏の近頃の作品、「鳴海仙吉の知識階級論」(文芸四月号)以下「文壇」五月号、「近代文学」所載の仙吉ものを読むと、一応は興味深い。が私たちがほんとに求めているものを充たしてくれるかとなると、そうだとは言い難い。なるほど理解のよさや姿勢の面白さはそこにある。しかしそれだけだ。かつて得能五郎氏が、戦時中知識人的小市民として、生活並びにその思索にあざやかな具象性をもっていたのに、鳴海仙吉氏は生れたての蚕(かいこ)のように誠にたよりない。何故たよりないのか。仙吉氏が五郎氏と身振りを同じくするのにも拘らず、影がうすいと言うのも、彼等を囲(めぐ)る現実が大いに変ったからだ。

 思うに作家の気質やスタイルで持つ小説、私小説もこの部類に入るが、それが処理し得る範囲はおおむね平和時の市民生活で、現今のように衣食住ともに困窮し、その困窮がいちいち大きなものと結びついている場合になると、スタイルや身振りでは処理し切れなくなるのではないか。それを頭で強引にねじふせようとするから無理が出て、自然仙吉氏は大きな身振りでふざけざるを得ない。

 不思議なことだが、私は近頃の伊藤整氏の小説を読むたびに、この小説の愛読者の風貌が何ともやり切れない感じのものとして思い浮べられて来る。伊藤整氏に対してはある種の共感と親愛の情が浮んで来るにも拘らず、その愛読者を考えるとどうにも反撥を押え切れぬ。その感じは、ずっと少なくなるが、石川淳氏にも太宰治氏にもある。織田作之助氏にはない。

 話をもとに戻すが、私たちが求めているのを充たしてくれるものは何だろう。上林暁氏の「夜半の寝覚」(文芸五月号)のような形でもないし、豊島与志雄氏の「未亡人」(諷剌文学)のような形でもない。漠然と私が考えていることは、それは小説本来の性格であるべき「物語る精神」であるような気がする。この平凡な精神を何故人々は捨ててかえりみないのか。

 

「近代文学」に連載中の「死霊」という埴谷雄高氏の小説を読む度に、私は何時も奇異な感じにとらえられる。私は人間というと直ぐ向う三軒両隣に生活している人間、あるいはそれと血族的な人間を思い浮べるが、この小説に出て来る人物達は皆そんな手合いではなくて、マネキン人形よりもっと生気がない。たとえばドストエフスキイの人物は、どんなに異常でもちゃんと血と肉を具えているが、埴谷氏のにはそれがない。これは埴谷氏の描写力が不足だからではない。

 小説というものは現実の人間を描くものであり、現実の人間を追求することで、ある観念なり思想に到達するものだ。言わば思想の形成を現実の肉体で手探りする過程が小説なので、作家の生理からすれば思想が作中人物を割りふりするなどはあり得ない。

 ところが「死霊」における発想の具合は、その生理を逆行しているように思われる。「死霊」の作中人物は、埴谷氏の頭の中に住んでいるだけで、この世の空気を吸っていないように思われるのも、作品を造型する手順に誤りがあるのではないか。これと同じ感じを私は佐々木基一氏にもやや感じるし、極くちょっとではあるが椎名麟三氏にも感じる。私はこの「死霊」という作品を、理解するとしてもそれは頭だけで、肉体をもって共感出来ない。

 伊藤整氏の愛読者を思うとやり切れない気がすると私は書いたが、いま埴谷雄高氏の愛読者を想像すると私は少しこわくなる。

 今手許に集まった諸雑誌は皆見るかげもなく薄っぺらになっていて、どの雑誌もほとんど類型的だ。特徴を喪った雑誌の中で、私が今読者として守り育てて行きたいと思う雑誌に、「日本小説」「ヨーロッパ」「諷刺文学」の三誌がある。

「日本小説」は本当のロマンを生み出そうとする点において、「ヨーロッパ」は現代外国文学に接する唯一の窓であるという点において、「諷刺文学」は正しい諷刺精神を日本に植えようとする点において、私はそれぞれ正しい形の発展を望むや切である。

 なお、今日読んだものの中で私の興昧を引いたものは、野間宏氏の「華やかな色どり」(近代文学六月号)と杉浦明平氏の「三つの太陽」(諷刺文学第一号)がある。前者は長篇の発端らしいが、大きな展開の予感を蔵している点で、後者は才気あるレトリックの点で、それぞれ印象が深かった。

[やぶちゃん注:「仙花(せんか)という紙」小学館「日本国語大辞典」によれば、『①天正年間(一五七三―九二)、伊予国(愛媛県)の兵頭太郎左衛門(法名、泉貨または仙貨)が創製した楮(こうぞ)を原料とした厚紙。きわめて強く、帳簿、袋紙、合羽(かっぱ)、傘などの地紙などに用いられた。仙花。せんかがみ。』とし、『②第二次世界大戦の戦中、戦後に製造された洋紙。ざら紙以下の低級品が多かった。』と続けた後に、『③印刷用紙の一つ。下級品にランクされ、雑印刷に用いられている。』とある、③である。所謂、自動「漉き返し」をした粗末な洋紙のことである。

「カストリ」梅崎春生の「悪酒の時代――酒友列伝――」の本文及び私の『「メチル」「カストリ」』の注を参照されたい。

「ノゾミや手巻き」並列しているが、「ノゾミ」は「のぞみ」で、手巻き用の紙に自分で巻いて作った配給用葉煙草(刻み煙草を紙で梱包したもの)を指す。pierre_shiozawa氏のブログ「Pierre smokes every day 2」の「タバコ配給時代のR.Y.O」という記事に包装刻み煙草「のぞみ」と「手巻用卷紙」とあるそれを写真入りで紹介されており、解説に、『この巻紙が登場したのはいつか』? 『実は第二次大戦中、タバコが配給となったのは』昭和一九(一九四四)年『から終戦直後までだ』。『当初は』一『日』五『本のシガレットが配給されていたが、途中から手巻きとなり、終戦後はまた』一『日』三『本の配給となった』。『つまり、この巻紙が流通していたのは』一九四四『年から』一『年程度である、ということがわかった』とあった。

「得能五郎氏」伊藤整が昭和一五(一九四〇)年に発表した小説の主人公の名で、明かに伊藤整の分身である。同小說は、『戦時下において私小説の手法を逆用して自己韜晦によって社会を風刺』(ここの引用はウィキの「伊藤整」に拠った)小市民的な幸福にしがみつく戦時下の一知識人の姿を戯画的に描いている。昭和一六(一九四一)年刊行。題名は、十八世紀のイギリスの牧師で小説家のローレンス・スターン(Laurence Sterne 一七一三年~一七六八年)の未完の長編小説「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」(The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentleman:全九巻。一七五九年末から一七六七年にかけて、五回に分けて出版された。内容はウィキの「トリストラム・シャンディ」を参照)を踏まえたもの(主文は小学館「デジタル大辞泉」に拠った)。

「太宰治」彼はこの総クレジットの翌昭和二三年六月十三日に玉川上水で愛人山崎富栄(満二十八)と入水した。満三十八。遺体の発見が遅れ、発見された日は太宰の三十九の誕生日であった。

「織田作之助」彼はこの昭和二十二年一月十日に結核によって既に死去している。満三十三の若さであった。

『豊島与志雄氏の「未亡人」』「青空文庫」のこちらで読める(新字新仮名)。

「杉浦明平」私は彼の作品を短い評論以外、一篇もよんだことがないので、当該ウィキをリンクさせておく。]

2022/11/29

ブログ1,870,000アクセス突破記念 梅崎春生 日時計(殺生石) (未完作)

 

[やぶちゃん注:本篇は『群像』の昭和二五(一九五〇)年四月号・九月号・十二月号に連載された。但し、底本(後述)の古林尚氏の解題によれば、『群像』では、以下の本文の、

「一」に相当する部分の標題は「日時計」

「二」に相当する部分の標題は「殺生石(Ⅰ)」

「三」に相当する部分の標題は「殺生石(Ⅱ)」

「四」に相当する部分の標題は 「殺生石(Ⅲ)」

であったとあり、さらに、「殺生石(Ⅲ)」の末尾には、『〈第一部了〉と記されているので、作者に書き継ぐ意志のあったことは明瞭だが、その後』、『未完のまま放置された』とあることから、本作は長篇小説を企図したものの打ち捨てた未完作であることを理解された上で読まれたい。「一」の末尾に表題変更の編者注として、『(以上「日時計」として発表、以下は「殺生石」と改題して連載された。)』と入るが、ここに示して、そちらでは省略した。

 底本は「梅崎春生全集」第六巻(昭和六〇(一九八五)年二月沖積舎刊)に拠った。なお、梅崎春生の短編小説は、最早、上記底本全集のものは、「青空文庫」ここで私よりも先行電子化された分の十一篇を除き、これで、総て、電子化を終わることになる(全リストは私のサイトのこちらの「■梅崎春生」、及び、ブログ・カテゴリ「梅崎春生」を参照)。残るのは、長編「つむじ風」と文芸批評八篇のみである。彼の著作権満了の翌日である二〇一六年一月一日から始めた、私のマニアックに五月蠅い注附きの梅崎春生の電子化も、七年目にして、もう遂に終わりに近づいた。本篇の注は、全くの偶然だが、謂わば――梅崎春生電子化マニアック注の私の最後の作――という気さえしている。但し、注では、その位置までの本文で推定される注に、基本、留めてある。若干、必要上、後文を示唆したものはあるが、ネタバレになるような読者の意欲を削ぐような注は、一切、していない。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日、一分ほど前に、1,870,000アクセスを突破した記念として公開する。なお、この前のキリ番二つを作成しなかったのは、こちらの記事で示した通り、botの襲来によって、数日の内に二万アクセスを超えたからである。その後、通常の四百から九百アクセスの間に戻ったので、キリ番を再開することとした。【二〇二二年十一月二十九日 藪野直史】]

 

   日時計(殺生石)

 

      

 

 その猿は、始めの頃は、しばらく小野六郎に親しまなかった。馴れ近づく気配すら、なかなか示そうとしなかった。灰白色の毛におおわれたこの小動物は、つまり外界に妥協することから、意地になって自らを拒んでいる風(ふう)であった。猿の身でないから、その本心は判らないが、すくなくとも六郎にはそう思えた。餌を与えにゆく彼にたいしても、時としてはいきなり威嚇する姿勢をとったり、誇大な恐怖の表情を示して騒いだり、また冷たく黙殺するそぶりに出たりして、素直に食餌(しょくじ)を受取ることはほとんど稀れであった。そういう反撥の風情(ふぜい)は、彼の手に属する以前から、この猿に具わっていたに違いないが、檻(おり)がこの庭に運ばれて以来も、ひとつのしきたりとして、しばらく続けられていた。

 しかし、この猿を飼い馴らそうという気持は、始めから六郎にあった訳ではなかった。

 猿がこの庭に来たのも、六郎がそれを求めたり、欲したりしたからではなかった。もともとこの猿は、六郎のものではない。所有主は別にあった。鍋島という彼の昔の友達である。その鍋島に頼まれて、六郎はこれを預っているに過ぎなかった。

 あの日鍋島から、これを当分預ってくれと頼まれたとき、六郎は少しためらった。

「当分って、何時頃までだね。いろいろ手がかかるんだろうな。食物やなにかに」

「いや、それは簡単だ。君の食事の残りをやるだけで大丈夫だ。手はかからない」

 冬の日であったから、鍋島はしゃれた形のスキー帽をかぶり、ふかふかした新しい外套を着て、六郎の庭先に立っていた。そして六郎の方は見ず、冬枯れの荒れた庭全体を、眼で計るように見廻していた。昔からそうだったが、この男はこんな動作をするとき、身体いっぱいに動物的な精悍(せいかん)さを漲(みなぎ)らしているように見えた。自分の意を通すために、相手の言い分を無視するような、なにか強靭(きょうじん)なそぶりであった。時折現われるこのそぶりが、鍋島という男に生得(しょうとく)のものか、それとも意識的なものか、かなり長いつき合いであったけれども、六郎は未だにはかりかねていた。やがて鍋島は手をあげて、庭のすみを指さした。

「猿小屋をつくるなら、先ずさしあたり、あそこだな」

 そこは家の側面と板塀が直角になった、陽のあたる庭の一隅であった。そこには一本の瘦(や)せた南天(なんてん)の木が、小さな赤い実をいくつか点じていた。しかし六郎は、鍋島の指さした方は見ずに、鍋島の外套の柔らかそうな毛に踊る、冬の日射しの微妙な色合いをぼんやり眺めていた。その色は眼にとらえられないほど淡く、はかなく、幽(かす)かにちりちりと乱れ動いていた。人と話している時や仕事をしている時などでも、それと関係のない、何でもない別の事象に、ふと心を奪われる性癖が、六郎にはあった。鍋島の外套が動くと、日射しは翳(かげ)をふくんで、小さく七色に揺れた。ほのぬくい毛織物の匂いも、それにつれてかすかにただよった。

「猿小屋の費用は、もちろんこちらで持つ。日々の保管料も出すよ」

「まだ引受けるとは言わないよ」と六郎はふと気持を元に戻されて、すこし笑みをふくみながら答えた。「飼って面白い動物かね、それは」

「面白いさ。あんな面白い動物はない。ただし卵ごときを産まないから、実用的じゃないけれどな」

「乳なども出さないのか」

「出さないね。雄だからな。しかし無邪気なものだよ。しかもよく馴らしてあるしよ。極くおとなしい猿だ。君などには丁度(ちょうど)手頃だろう」

「君の家じゃ、飼えないのかね」

 少し経って、なにか考え込む顔付きになりながら、六郎は訊(たず)ねた。

「おれのうちでは駄目だ。町なかだから、音が多過ぎるんだ。あれじゃ猿は瘦せてしまう」

 猿を飼うには、ある程度しずかな環境が必要なのだと、鍋島は鼻を鳴らしながら説明した。その説明も、六郎はあまり聞いていなかった。声は耳を素通りするだけで、六郎は別のことをかんがえていた。庭のすみの南天(なんてん)の方を、すこしまぶしそうに眺めながら、やがて六郎はしずかに口を開いた。

「猿って、あの地方のやつだな。きっとそうだろう。あの山には、猿が沢山いたからな。そいつは奥さんの方の――」

「あ。鈴子のだ」

 鍋島はかるくさえぎった。それから一寸しんとした沈黙が来た。鍋島はだまって庭先に立ったまま、縁側の彼を見おろしていた。この家に、それまでに鍋島は何度か訪ねてきていたが、一度も上にあがったことはない。いつも庭先で用を済ませていた。その日もそうであった。冬にしては、割にあたたかい好天気が続いていたので、ぼろぼろに乾いた庭土を、鍋島の赤靴が踏んでいた。へんに平たい感じのするその靴の形に、その時六郎は視線をおとしていた。猿を預ることはいいけれども、それによって、また鍋島とのつながりが一つ殖える。そんなことを六郎は頭の遠くでぼんやり考えていた。鍋島のいらいらしたような声が、そこに落ちてきた。

「預け放しにする訳じゃないよ。いずれまた引取るんだ。それまでにも、月に二三度は見に来るよ」

 彼を見おろしているらしい鍋島の視線を、よく判らないが何かの意味をもつ圧力として、六郎は額に感じていた。別段の根拠はなく、ただ六郎がそう感じるだけであった。正体の知れない敵に、ただひたすら体を丸めて防禦(ぼうぎょ)しようとする昆虫の姿勢を、六郎は瞬間自分自身に感じた。そしていま限界にあるぼろぼろの庭土、平たい形の赤靴、そして鍋島の声音、(あ、鈴子のだ)とさえぎった軽い響きなど。これらが一緒になって、ある一つの感じとして、何時までもなんとなくおれの記憶にとどまるだろう。故もなくそんな想念が、その時ちらと六郎の脳裡(のうり)をはしり抜けた。その予感は、なにかふしぎな倦怠感を、漠然とともなっていた。次の瞬間、身体のあちこちの筋肉から、急に力が抜けてゆくような感じの中で、猿を預ることも断ることも、どちらにしても同じことだ、と考えながら、六郎はゆるゆると顔を上げて行った。鍋島はその六郎の顰(ひそ)めたような鼻の辺をまっすぐに眺めていた。そして押しつけるように言った。

「じゃ、いいね」

 何時までもなんとなく自分の記憶にとどまるだろう。そう考えたことで、その日の状況は、かなり長い間六郎の記憶にとどまっていた。その記憶も、後のほうでは、あちこちがぼやけて、色の濃淡や匂いのようなものだけになってしまったが。

 それから一週間ほどして、猿は六郎の庭に住むようになった。

 それはごく平凡な形の猿であった。顔と臀(しり)と四肢の先をのぞく全身に、灰白色の短い毛が一面に密生していた。体軀にくらべて、顔がすこし小さく狭い感じがした。そしてそのしなびた顔には、額にあたる部分がほとんど無かった。頭蓋の毛の下端から、すぐ眼のくぼみが始まって居た。そのくぼみの一番奥に、象嵌(ぞうがん)されたような小さな瞳があった。瞳の色は、時によっては黒く見えたり、灰色に淀んで居たり、また時には青く光ったりする。それに時々かぶさる瞼の皮は、薄黝(ぐろ)くしなやかで、なにか精巧な皮細工の一部分のように、柔軟な艶を含んで伸縮した。臀の皮膚はいくぶん暗みを帯びた赤色で、そのつるつるした表面は、なおりかけた傷口に張る薄皮のようななめらかさを、いつも六郎に感じさせた。見ることだけで、その感触が実感できた。その赤剝(む)けの皮膚の部分は、さほど広くなかったけれども、周囲の灰色の毛の部分に対応して、かなり鮮かに目立った。鍋島が言ったように、あの頃あの基地隊のうしろの山で、六郎が時々見かけた猿たちと、同じ種類の猿であることには間違いないようであった。それは毛の色や軀の形などで、おおむね判った。ただ違うのは、あの山の猿たちは、敏捷に樹から樹へ飛び動いていたのに、この猿はその自由をうばわれて、この檻(おり)小屋のなかに踞(うずくま)っている。その違いだけであった。しかしそうした環境の差異が、筋肉や器官などの眼に見えた退化をもたらすことも、あるいはあり得るだろう。この猿にも既に、その退化が始まっているかも知れない。そう思うと六郎には、これがあの山の猿と違った、別の形の生き物のようにも感じられた。[やぶちゃん注:「あの基地隊」ここで六郎の戦時体験がちらりと示されるのだが、以下、今一度、それらしいフラッシュ・バックが出現する。そちらの私の注を、そこで参照されたい。

 しかし軀の形や動作だけでなく、この猿の感情や心理の動きも、野放しの頃とは全く変化しているに相違ない。同じである筈がない、と六郎は時に考えたりした。この考えは、動物心理学的な推論からではなく、眼前の猿を眺めることで、自然に浮んできた。この猿は、鍋島が言ったような、無邪気なおとなしい猿では決してないようであった。よく馴らしてあると彼は言ったが、どう見てもそうだとは思えなかった。馴らすという言葉の意味が、鍋島とおれとでは食違っているのかも知れない。同一の言葉を、おれたち二人は別々の意昧に使っているのだろう。そんなことも六郎は思った。

 猿小屋は、鍋島が指定した通り、庭の東南隅につくった。いろいろ考えてはみたが、庭の形からしても、やはりそこ以外に適当な場所はなかった。建築は近所の釜吉という若い大工に頼んだ。

 猿を一目見た時、釜吉は言った。

「あまりいい柄の猿じゃありませんね、これは。やはりお買いになったんで?」

「預ったんだよ」と六郎は答えた。

 鍋島から運ばれてきた猿は、小さな箱檻(おり)[やぶちゃん注:「檻」にのみルビ。]に入れられたまま、縁側に置かれていた。枠にはまった細い鉄棒を両掌で握って、猿は上目使いに釜吉の様子をうかがっていた。

「猿にも柄があるのかね。それじゃまるで反物(たんもの)みたいだな」

「そりゃありますよ。毛並とか顔かたちによってね。こいつはそれほど上柄じゃないや」

「よく馴らしてあるというんだけれどね」

 釜吉は背を曲げ、掌を膝に支えて、檻の中をしげしげとのぞきこんだ。檻の中はうす暗いので、自然と釜吉の顔も上目使いになっていた。同じ眼付きになったまま、猿と人間はしばらく、お互いの様子をうかがい合っていた。そして急に猿は両掌を鉄棒から離して、狭い箱檻のなかで、ごそごそと後向きになった。軀をすこし低めるような姿勢になり、しかし頭をうしろに廻して、顔だけは釜吉の方をきっと振り向いていた。その小さな顔はくしゃくしゃと皺(しわ)を寄せ、口はすこし開かれて、黄色い歯がむき出しになっていた。両方の口角が後の方にぎゅっと引かれていた。そのままの表情で、鉄棒の方に向けた赤い肛門から、猿は突然少量の便を排泄した。

 つられたように釜吉の顔も、口角を後に引いて、猿と同じ表情になっているのを、六郎はちらと見た。と思ったとき、釜吉は掌を膝から離して、ゆっくりと上半身を元に立てた。顔に皺をよせ、並びの悪い歯を露わしたまま、咽喉(のど)の奥で音を立てるような笑い方をして、釜吉は猿の檻から視線を外(そ)らした。惨めになったようにも、また得意そうな表情にもとれる、へんな笑いであった。

「あの猿も、笑っているのかね」

 そっぽ向いてわらっている釜吉に、少し経って六郎は訊ねた。しかし直ぐあとで、あの猿も、ではなくて、あの猿は、と言わなくちゃいけなかったんだなと、六郎は気がついた。釜吉の頰から、急に笑いの皺が消えたようであった。

「こわがってるんでさ」

 そう言い捨てると、大きく眼を見開いて、ぶよぶよした頰から顎を、釜吉はしきりに搔き始めた。こちらに見せた

横顔のそこらに、吹出物のような赤い粒々が、たくさん出

ていた。

「猿小屋は、そこらが適当だと思うんだがね」

 南天の生えた一隅を、六郎は煙管(きせる)で指した。頰を搔きながら、釜吉は遠近のない視線でしばらくそこらの地形を眺めていた。やがて低い声で言った。

「さて、どんな具合につくるかな。つくるとしても、こいつは材料によるんでね」

「そりゃ立派なやつの方がいいな」と六郎は答えた。「材料費とか日当は、この猿の持主が払う予定なんだ。だから前もって請求して呉れたらいい」

「あ、それはあとでもいいですよ。どうせ同じことだから」

 そう言って釜吉は、ちらとはにかんだような笑いを、その横顔に走らせた。

 猿小屋の建造は、それから十日余りもかかった。それは六郎が想像していたより、はるかに立派な、豪華な檻であった。釜吉は毎日ひとりできて、材木を切ったり、穴をあけたり、組立てたりした。どんな檻が出来ようと、釜吉にそれを任せた以上は、六郎は口を出すこともなかった。六郎は一週間のうち四日仕事にでてゆく。あとの三日は家にいて、本を読んだり、釜吉の仕事ぶりを縁側から眺めたりしていた。

 釜吉は朝九時頃やってきて、ひとしきり仕事にかかり、昼になると、縁側にきて弁当を開く。日当りのいい暖かい日なら、六郎もテツに頼んで、自分の食膳を縁側にはこばせ、釜吉と向い合って昼餉(ひるげ)をとった。釜吉の弁当箱は、すばらしく大きかった。深さも三寸余りあった。その中には、真白な御飯と、いろんなお菜がぎっしりと詰まっていた。それを釜吉は、いちどきに食べた。こんな小柄な男のどこに、あれだけの分量の飯やお菜が入るのか、六郎にはふしぎでならなかった。釜吉は肥っているように見えたが、背丈は五尺ぐらいしかなかった。その肥り方も、どこか不均衡で、たとえば腹は大きいのに、手足は細かった。身体の中に、肥っている部分とそうでない部分とがあって、それらが皮膚によって、雑然と継ぎ合わされている風(ふう)な印象をあたえた。[やぶちゃん注:「テツ」突然に出てきて説明がないが、六郎の妻である。梅崎春生の妻は「恵津」(えつ)である。]

 釜吉は二十三四なのに、もう女房をもっていた。その女房は、釜吉より五つ六つ年長のようであった。駅近くの火の見櫓(やぐら)の下に、小さな細長い家をつくって、釜吉夫妻は住んでいた。なぜ六郎がそれを知っているかと言うと、釜吉の女房は闇の主食などをこっそり取扱っていて、彼も時々それを買ったりするからであった。女房はここら界隈(かいわい)のほとんどを、そのお得意にしていて、なかなか手広くやっていた。その方の収入があるせいか、当の釜吉はぶらぶらしていることが多くて、自分の本業に精出す気持もないふうに見えた。頼まれれば引受けるが、自分から進んで仕事を求めることはせず、あとは働き者の女房によりかかっていた。だから頼まれる仕事も、造作のつくろいや板塀の修繕程度で、ちゃんとした大きな仕事は委せられないらしかった。もっとも若いから仕方がないが、腕も確かでないという評判であった。そういう男に仕事を頼む気になったのも、釜吉の蛙に似た顔や動作に、六郎はもとから微かな関心を寄せていたからであった。この男からもやもや発散するものに、なにか変な異質的なものを、六郎は以前から感じていた。こんな感じの男の生態を知りたい。それほどの強い気持ではなかったけれども、釜吉を身近に眺めたり、また話し合ったりすることで、その何かを確めて見たい。その程度の気持の動きは、釜吉に仕事を頼むときの六郎の胸に、うすうすとあった。

 釜吉の仕事ぶりは、噂のように確かに下手であったが、決して雑ではなかった。むしろ妙なところでひどく丹念であったりした。たとえば材木に穴をあけるにしても、組み上がれば穴は見えなくなるにも拘らず、その穴の内側や底面まで、なめらかに削らねば承知しない、と言った風(ふう)なところがあった。たかが猿小屋に十日余りかかったのも、ひとつはその為(ため)でもあった。また別には、材料をよく吟味して、六郎の予想をはるかに超えた立派な小屋を、彼が作ろうとしているせいでもあったけれども。そしてその仕事ぶりは、なにか楽しそうであった。あるいは楽しもうとする気配が、ありありと見えた。今までは造作や板塀の修繕ばかり几ふるいにこの猿小屋が、釜吉が手がける最初の建築物なのかも知れない、と六郎はひそかに推定した。この仕事への身の入れ方も、そのせいだと思えたし、使用する材料や道具へ釜吉が示す偏愛も、六郎はそんな風(ふう)に一方的に解釈していた。

 しかし仕事以外のことにたいしては、へんにつめたい無関心な傾きが、釜吉の態度にはどことなく漂っていた。たとえば猿小屋をつくっているにも拘らず、その中に住むべき猿については、釜吉はほとんど関心を持たないふうであった。あの最初の日をのぞけば、縁側の箱檻にいる猿を、彼は眺めることもしなかった。少くとも六郎が見ている前では、猿に一瞥すら与えようとはしなかった。また小屋を建てようとする時も、そこに生えた南天の樹を、まるで牛蒡(ごぼう)を引くように、無造作に引き抜いて、庭の真中に投げすてた。道端の小石をかるく蹴飛ばすような無造作なやり方であった。南天を大事にしている訳ではなかったが、その夕方釜吉が帰ったあとで、六郎はそれを庭の西南隅に植え直した。南天を借しむ気待でもなく、また釜吉にあてつけるという気持でも、勿論なかった。ただそうしてみただけである。あまり強くない植物だと見えて、一日で南天はかなり弱っていた。米のとぎ汁などを、六郎はテツに頼んで、その根にかけさせたりした。南天を植え直したことも、翌日釜吉は見て知った筈だが、別段それを口にも出さないし、気にとめた様子も見せなかった。そんなことはどうでもいいと言った態度で、ちろちろと眼を動かしながら、鉋(かんな)を使ったり、丹念に墨縄を打ったりした。釜吉の眼は大きく見開くと、黒瞳(くろめ)が宙に浮くほど巨きく、翳(かげ)りがなく、動物的な感じであったが、すこし伏眼になると、瞳が瞼にかくれて安心するせいか、なにか狡智に満ちた、油断のならない動き方をした。しかし幅広くふくらんだその瞼の皮は、黒瞳の動きが透けて見えるほど薄い。薄い上質のゴムみたいな皮膚であった。それはこの男の中のある冷情さを、六郎に何時もつよく感じさせた。しかし両棲類のそれに似たこの眼は、ふたりで向き合って会話を交えている時でも、六郎の顔を絶対に見ようとしない。視線を相手の顔からすこしずらして、釜吉はいつも対話をする。まっすぐに相手を見ることを、極度に警戒し怖れる風(ふう)であった。しかし六郎がぼんやりと眼を外にあずけている時などに、ふと釜吉のするどい視線を、顔に感じることがある。はっとして瞳を戻しても、もうその時は釜吉はよその方を眺めている。早瀬をよぎる魚の影のような、すばやい盗視であった。

「あの眼付きや身体付きは、どうも変だな。女みたいな、いや、男でも女でもないような妙なところが、あいつにはあるようだ。あんた、そう思わないか」

 ある時六郎はテツに、そんな具合に訊ねてみた。テツは考え考えしながら、そうは思わない、と低声で答えた。

「じゃ、僕だけの感じかな。どうもあの男は、雨蛙みたいな感じがする」

 十何日目かに、猿小屋は完成した。二方は鉄柵(てつさく)になっていて、あとの二面は板張りであった。小屋の高さは、四米近くもあった。内部には、自然木の止り木や、天井から吊したブランコや、小さな椅子などがつくってあった。床が土間でなかったら、人間でも楽に住めそうであった。この出来上りには、誰よりも先ず、釜吉が深く満足したようであった。しかしテツの側からすれば、この猿小屋が出来たために、六郎の母屋(おもや)はいっそう古ぼけて、貧寒にすら見えた。廂(ひさし)を貸して母屋をとられたような感じがないでもなかった。仕事終いの日に、六郎は釜吉に言った。

「猿よりも、むしろ僕の方が住みたいな、こんなに立派な檻になら」

「ほんとですよ。全くですよ」

 釜吉は真顔になって、口をとがらせながら言った。そして鉄柵を掌で押したり引いたりして、そのはまり具合を満足げに確めて見たりした。大工のくせに、釜吉は右手の中指に、いつも金指輪をはめていた。

「どこか具合が悪いところでもあったら、何時でも直しに参りますよ」

 小屋代の支払いは、直接の方がいいとかんがえて、彼は釜吉に鍋島の住所を教え、そこに受取りに行くように言った。だから今にいたるまで、この小屋の建築費がいくら位であったのか、六郎は知らない。釜吉にも鍋島にもつい聞かなかった。その後も釜吉は、仕事のために、しばしば六郎の家に出入りしていた。猿小屋のそれではなく、もっぱら母屋の方の修繕である。母屋も急速に古びて、あちこちが次々にいたんだ。時に彼は頼みもしないのにやってきて、そうした箇所の修理をしたりすることもあった。やはり商売柄だけあって、いたみのくる時期をはかり、うまく目星をつけて修繕にくるのだろうと、六郎はかんたんに考えていたが、あるいは自分がつくった猿小屋を見たいために、釜吉はしばしばやって来るのかも知れなかった。そう言えば時折釜吉は庭に立って、猿小屋に長いこと見入っていたりしていた。そのまなざしからしても、猿を眺めているのではなさそうであった。そうした釜吉の姿から、イソップの絵本などに出てくる後肢で立った蛙の姿などを、六郎はなんとなく聯想(れんそう)したりした。そしてそんな時、釜吉に向けた自分の視線が、ただの好奇心みたいなものだけで支えられていることを、六郎は何時もはっきり自覚していた。網膜にうつすことだけで、そこで何かが完了してしまう一つの装置を、ちかごろ彼は自分の内部に、ありありと知覚していた。しかし相手が釜吉と限らず、そんな装置だけで自分が対象と繫(つなが)っていること、自分にとって他とはそういうものであるということ、その意識は、時として急にしめつけるような切なさを、六郎の胸の奥に伝えてくることがあった。そこに眠ったものを、突然呼びさましに来るかのように。――しかしその切なさも、切なさだけの感覚で、胸の奥の襞(ひだ)を僅かの時間にひりひりと擦過(さっか)し、あとにかるい虚脱を残すのみで、やがて直ぐ消え去ってゆくのが常であったけれども。

 

 猿が小野六郎に馴れてくるまでには、一年以上の月日が流れた。

 猿の日々の世話は一切、六郎の役目になっていた。六郎がやらなければ、誰もやるものがなかった。テツは始めから、はっきりした態度で猿の世話を拒(こば)んでいた。

「あたしはお断りですよ」

 この家の住人は六郎とテツだけだから、テツが拒めば、六郎が一切をやるよりほかはなかった。テツがなぜお断りなのか、猿という生物を嫌いなのか、世話が面倒くさいからなのか、六郎はつい聞きそびれた。もっともテツに世話する意思があるかどうかが、六郎には問題だったので、そんな気持がないと判れば、その理由は聞きただす程のこともなかった。六郎の方から訊ねない限り、自分から気持を説明するような女ではテツはなかった。テツにはもともと、そんな気質があった。そのようなテツを、六郎はある意味で愛していた。たとえば物質にたいするような愛情で。

 猿の飼育は、鍋島が言った通り、そう面倒なことではなかった。毎日食餌をあたえることと、五日に一度檻の中の清掃だけである。猿はほとんど何でも食べた。餌箱に食物を入れてやると、たとえその時はそっぽ向いていたとしても、後で見るとちゃんと食べてしまっていた。植物性の食餌だけでなく、煮干やスルメも食べたし、キャラメルなども食べた。南天の実を与えれば、それも食べた。始めは貪慾な生き物だという感じがしたが、いつかその感じも六郎には無くなっていた。食べるために食べているに過ぎないことが、やがて六郎には感じられてきた。

 馴れ親しんでくるまでの一年ほどの間は、六郎はほとんど無言でこの猿の生態に接していた。積極的に観察するというほどの意図はなかったが、やはり毎日接していることで、彼はかなり微細に、この猿の生態に通じてきていた。それはあるいは彼なりの通じ方にすぎないかも知れなかったが。

 飼い始めて当分の間、その反撥的な気配から、ずいぶん偏屈な動物だという印象は、なかなか彼の頭から抜けなかった。しかしこの印象は、類推として猿一般にひろがりはしなかった。眼の前にいるこの猿に関してだけであった。始めのうちこの猿は、檻の端に据(す)えられた小さな椅子に、陰欝な風貌で、一日中じっと腰掛けていた。折角しつらえたのに、ブランコなどには振りむきもしなかった。食餌(しょくじ)を与えても、素直に受領することはめったになかった。それはひねくれた猜疑(さいぎ)心を、六郎に感じさせた。猜疑心が強く、吝嗇(りんしょく)で、意地がきたなく、その癖ひどく傲慢で、見栄坊なところもあった。そして不親切で、残忍な感じさえあった。猿のいろいろな動作や表情から、六郎はその都度(つど)そんな性質を感受し、抽出していた。しかしたとえば傲慢という言葉にしても、吝嗇という言葉にしても、それらの言葉は、人間の性質の偏(かたよ)りを表示するための符号で、猿の属性にまで適用され得るかという疑念は、いつもその時々に六郎の心の底にかすかに動いていた。そしてその疑念がその度に彼の胸に反復され、やがてはっきりした疑問の形をとるようになった頃から、この猿は当初の印象から、微妙にその感じを変えてくるらしかった。それは飼い始めて、一年近くも経ったあたりからであった。何時の間にかすこしずつ、何かが変ってくる気配があった。それは猿自体が変化してゆくのか、自分の視角が変化してゆくのか、あるいはその両方なのか、その頃の六郎にははっきり判断できなかった。判断できないままに、彼は自分なりの理解が、ごく徐々になだらかに、この猿の生き方に近づいてゆく気配を感知した。同時に猿の方からも。たとえば妨げ隔てているものが、歳月の風化作用によって細い裂目や隙間を生じ、そこから何かが吹き通ってくるように、この猿が生きている隠微な気息が、属科を異にする条件を超えて、ひそかにほのかに伝わりはじまることを六郎はおぼろげに自覚した。

「これはたしかにおれの猿だ」

 ある日突然、六郎はそんなことを考えた。それは言葉としてでなく、ある実感として彼に落ちてきた。もしそれが言葉としてだったなら、その言葉は無意味な筈であった。猿の保管料や食餌費はまだ鍋島の手から出ていたし、その鍋島も月に二三度は、この猿の成長を見廻りにきていたのだから、自分の猿だと言い切る根拠は、現実にはどこにもなかった。だからそれは、六郎の漠然たる気持――だけなのであった。しかし彼のその気持の中には、嘘や錯覚の感じは全然なかった。それはぴったりと彼に粘着していた。

「とにかくこいつは、おれの猿なんだ」

 この猿に、カマドという名をつけたのは、近所に住む二瓶(にへい)という男である。二瓶は六郎より少し上の、三十をいくつか出た年頃で、神田かどこかにある学校の、講師か教師かをやっていた。小柄な身体にきちんと服をつけ、晴天の日でも洋傘をもって出てゆくような男であった。端正な、こぢんまりした顔に、鼈甲縁(べっこうぶち)の眼鏡をかけていて、なにかものを言い出そうとする時には、かならず眼を少し細めて、眼尻に笑みを含んだような皺をよせる癖があった。脂肪をふくんだその襞(ひだ)の形のなかに、かすかに宿るへんに暗い邪悪な翳(かげ)りのようなものを、この男と知合った最初から、六郎はぼんやり感じとっていた。そういう笑いに似た表情をこしらえない限りは、普通の話題にすら口を開かないということは、この男がどこかで韜晦(とうかい)した生き方をしている為(ため)だろうと、六郎はかねがね推定していた。そして二瓶の身のこなしや口の利き方には、自分と他を完全に意識したような、そしてそれがぴったり身についた、疑似の典雅さや柔軟さがあった。身体や顔が全体に小柄で、しかもそれなりに均衡がとれていたから、打ち見たところ、なにか精緻な雛形かカタログを眺めるような感じがした。この精巧なカタログは、しかしどうかしたはずみに、何気ない世間話の合間などに、ふとこちらの気持にひりひりと触れてくるような、はっきりしたものの言い方をすることがあった。そういう時でもこの二瓶の眼尻は、老獪(ろうかい)な笑みの翳をいつも絶やさずたたえているのであったが。[やぶちゃん注:「二瓶は六郎より少し上の、三十をいくつか出た年頃」発表時の梅崎春生は満三十五歳であった。]

 二瓶は学校の講義を受持っている他に、変名で子供雑誌に童話をしきりに書いていた。彼の童話は相当に金になるらしく、二瓶は割に裕福な生活をしていた。二瓶と知合うようになってから、この男の慫慂(しょうよう)で、六郎もいくつかの童話を書いて、その中の二篇ほど金に換えて貰ったことがあった。しかしこの二つの童話も、二瓶の口ききだから金になったので、雑誌社側で歓迎するほどの作品でもないようであった。むしろお情けで載せてもらったような具合であった。もともと六郎には自信もなかったし、情熱もあまりなかった。金にしてやるという二瓶のすすめで、暇々に書いたに過ぎなかった。二瓶にはそういう世話やきの一面があって、言わば六郎はそれに無抵抗で応じただけである。しかし書くことは別に苦痛ではなかった。と言って喜びも別段なかった。だからその作品も、とても二瓶のそれのように、うまく行く筈もなかったのだが。

「君のこの童話は、うまいことはうまいんだけれどもねえ――」

 ある日の夕方、庭の入口に立って、二瓶は原稿を六郎に手渡しながら、いつもの物柔らかな調子で言った。その原稿も、ずい分前に二瓶を通じて、ある少年雑誌に行っていた筈の童話であった。それをやっと六郎は思い出していた。

「ちかごろの子供には、ああしたものはぴったりしないと、雑誌社じゃ言うんだよ。戦争前の感じとは、子供たちだって、ちょっとはずれてきているんだよ」

「そうかな。そんなものだろうな」

 受取った原稿をかるく巻きながら、六郎は気のない受け答えをした。別に何の感情もなかった。この原稿のことはすっかり忘れていたのだし、実は自分で書いたものでありながら、その内容も彼はまだ思い出せないでいたのだから。しかしこちらを見詰めている二瓶の視線を感じると、六郎は義務のようにして言葉を継いだ。[やぶちゃん注:「童話」梅崎春生は実際に童話を幾つか書いている。本篇以前のものは確かには確認出来ないが、私の電子化したものでは、初出誌未詳の昭和三二(一九五七)年一月現代社刊の単行本「馬のあくび」に所収された「ヒョウタン」とか、「クマゼミとタマゴ」がそれである。確実に本篇よりも前のもので、童話風のものとしては、昭和二九(一九五四)年三月号『文芸』に発表され、後にやはり単行本「馬のあくび」収録された、大人向けのブラック・ジョーク風のコント「大王猫の病気」PDF)がある。童話ではないし、八年も後のものであるが、学研が発行していた高校生向け雑誌『高校コース』の昭和三三(一九五八)年一月号に発表された、学園を舞台とした推理物風の「狸の夢」なども青少年向けの特異点の作品である。また、本篇より二年前の昭和二三(一九四八)年九月号『文芸』に発表された「いなびかり」 「猫の話」 「午砲」(どん)の三篇から構成されたアンソロジー「輪唱」PDF)も、後の二篇は、永らく、中学校や高等学校の国語・現代国語の教科書に載せられたので、やはり、かなり若い年齢の対象者を想定して書かれたものであると言える。因みに、「猫の話」は高校教師時代の私の授業の定番小説であった。]

「そう言えば、近頃の子供というのは、よく判らないなあ。もっとも大人たちのことだって、僕にはてんで判りゃしないけれどね」

「そうでもないだろう」

「いや。どうもそうなんだよ。僕の中には、どこかしら足りないものがあるんだ。童話など書けるような柄じゃないんだね、つまり僕は」

「そうでもないよ。うまいよ、君は」

「そんな言い方はないよ」と六郎はちょっとわらった。

「でも大変なことだなあ。金になるならないは、別としてもね。あんたはよくそこをやって行くね」

 眼尻にれいの笑みをたたえたまま、かすかに顎(あご)でうなずいたりしながら、二瓶は洋傘の尖端で庭土にいたずらをしていた。その二瓶の姿を、見るだけの意味しか持たぬ視線で六郎はちらちらと眺めていた。それから暫(しばら)く、そんな風(ふう)な雑談をした。二瓶は庭土に眼をおとしたり、猿の檻を眺めたりしながら、何時ものようになめらかなしゃべり方をした。そしてふと語調を変えて、こんなことを言った。ぼんやり受け答えをしていたので、それまでの会話とどう繫(つなが)りがあるのか、六郎はちょっと戸惑った。

「君はねえ、とにかく安定してるよ。確かなんだよ。いろんなものがね」

「そんなものかねえ」と六郎はあやふやに相槌(あいづち)を打った。しかし二瓶のその言葉は、繫りが知れないままに、突然心に妙にからまってくるのを、六郎は感じた。

「ちょっと脇へ寄ればいいんだけれどねえ。そこで少し違うんだよ」

 その言い方もよく判らなかった。そこでどう違うのか。何と違うのか。しかしその問いはちらと頭の遠くを走っただけで、言葉にする程の気力も、けだるく六郎の胸からずり落ちて行った。猿を眺めている二瓶の眼尻の笑みから、六郎はなんとなく視線を外らした。そしてしばらく黙っていた。するとそのけだるさの底から、内臓の一部を収縮させるようなへんな笑いが、沼の底から浮いてくる気泡のように、ぽつぽつと不規則に六郎の頰にものぼってきた。二人はそれぞれに頰の筋肉をゆるめ、それぞれの顔形に応じて声なき笑みを含みながら、檻(おり)の中の猿の動きをしばらく眺めていた。やがて二瓶は手をあげて、檻の中を指さした。

「ねえ。やはりカマドにちょっと似てるだろう。あの形がさ」

 猿はその時椅子に腰かけ、大仰に肢をひらいて、しきりに蚤を探していた。その猿の姿勢は、強いて眺めれば、竃(かまど)の形に似ていないことはなかった。しかしそれよりも六郎はその二瓶の言葉の外らし方に、ある常套的な韜晦(とうかい)を瞬間に感じていた。六郎は黙った。彼が黙ったのを見ると、二瓶はふいに照れたような、なにか弁解がましい口調になって、すこしあわてた風(ふう)に言葉を継いだ。

「実はこの猿を始めて見たとき、こいつは丁度(ちょうど)今と同じ恰好(かっこう)をしてたんだよ。その印象が僕にはつよく残ってるんだ。つまりそのせいなんだな。僕はそれで、お猿のカマドという話を書いたりしたんだがね」

「ああ、それは読んだよ」自然と皮肉な調子になるのを自分でも意識しながら六郎は答えた。「お説の通り、カマドに似てるよ。だから僕もこいつを、カマドと呼んでいるんだ。ちかごろは、テツまでもね」

 六郎の家の竃(かまど)と二瓶の家の竃とは、同じ土質で同じ形をしていた。大きさも全く同じであった。それは偶然でも不思議なことでもない。六郎の家と二瓶の家は、同じ家主が設計し同じ大工や左官(さかん)がこしらえたものだったから。ちょっと変った形の、使いにくい竃であった。火つきが悪く、ともすればくすぶりたがる性質があった。二瓶が似ているというのは、この竃のことである。

「でも、もうすっかり、人間に馴れたようだな、こいつも」二瓶のその言い方は、急に六郎のその答えから遠ざかったが、独白めいた調子に変った。「早いようなもんだな。まだ君にも馴れてなかったのにね、あの頃はさ」

「ああ、そんな具合だったね」蚤をとらえて口に持ってゆく猿の手付きに、六郎はふと視線をうばわれていた。「しかし、そう早くもないさ。一年半、いや二年にもなるのかな。ずいぶん天塩にかけたんだよ。だってあんたと知合う前からだからね」

「いや、僕の方が、ちょっと先だ。まだこの檻がなかったんだから」

「そうだったかな」

「そうさ。これを造ったのは、あの若い大工だろう。火の見の下に住んでる。そら、柄(がら)の小さい、どこかぶよぶよした感じのさ」

「釜吉だろう」

「ああ、そうだったね。そんな名前だった。あいつはね、君、曲者(くせもの)だよ。身体つきからして、ただ者じゃないね。あんなのは、ちょっと変形すれば、童話のモデルには持ってこいの型だな。あれをモデルにして、ひとつ書いて見ないか。きっと面白いのが出来るよ」

「蛙の、釜吉か」頭に浮んだままを、六郎はふと口にすべらせた。「でも、もう童話に書くのも、少し億劫(おっくう)だな。見てるだけの方が、よほど面白いよ」

 そう言いながらも、屈折した笑いがあたらしく頰にのぼってくるのを、六郎は制し切れないでいた。いつか鍋島が二瓶を評した言葉を思い出したからである。それは二瓶が釜吉を評した言葉とそっくり同じであった。この二人がこの庭先で、始めて顔を合わせた、その直後のことであった。

「今の男はただ者じゃないな」その時、二瓶がいなくなると、鍋島は待ちかまえたようにそう言った。「どんな商売やってるんだね、あれは」

「学校の先生だよ」

「そうか。そう言えば、そういう感じだな。とにかく一筋縄でゆく男じゃない」

 鍋島にしても二瓶にしても、誰でも皆、どこかで力んでいる。皆それぞれのやり方で、無意識に力んでいる。力むことだけで、力んでいる。ちょっと人形芝居みたいだ。――六郎に笑いをいざなったのは、先ずその感じであった。しかしその折れ曲った笑いの中からも、遠くからくる風の音に似た低いささやきを、彼は次のようにとらえていた。――力むということは、そこに力点があるということだ。ところがお前は、お前の中のどこに、そんな力点を持っているのか。どこに。あるいはお前はそいつを、何時、どこ

で、見失ったのか。どこで?

 やがて二瓶は話をすますと、靴音をたてないような歩き方で戻って行った。それを見送ったあとも、六郎はしばらく庭先に佇‘たたず)んで、何となく檻の中に眼を放していた。さっきも二瓶が言ったように、この頃ではこの猿も、すっかり六郎に馴れてしまっていた。いや、馴れるというよりは、もっと別な感じの、もはや歩み寄りをもたぬ静止した関係が、猿と彼の間に生れ始めていた。猿は先ほどと同じく椅子にもたれ、こんどは右脚を曲げて蹠(あしうら)を膝の上にのせ、両掌を代る代る使って、足指を割ってその内をしらべたり、土ふまずのところをしきりに搔いたり、踵(かかと)の肉を不審そうにつまみ上げて見たりしていた。外界に気もとられず、背を曲げて、ゆっくりその動作をくり返している。六郎は黙ってそれを見ていた。やがて猿は右脚をおろして、左脚ととり換えた。同じ動作が始まった。

(この感じは何だろう)

 と六郎はふと思う。なにかがそこにある。たとえば自由とか平安とか幸福とか、そんなものすら感じさせるある雰囲気が、この閉じこめられた生き物のどこかに、ぼんやりと漂っている。いつからこの猿に、こんな雰囲気が具わってきたのか、六郎にははっきり判らない。ついこの頃からのような気もするし、ずっと前からだったようにも感じられる。その揺曳(ようえい)するものは、透明な屍衣のように、猿の全身をうすうすと包んでいる。その中でこの猿は、おだやかに自分の蹠とたわむれている。黒い蹠の形は、べたっと細長く、皺(しわ)をたたんでよく撓(しな)う。そこだけ独立した奇妙な生き物のようだ。――猿はその上半身に、小さな袖無しをまとっている。それはふしぎにこの猿に似合う。(袖無しが似合う猿とは何だろう)その赤い花模様も、前に結んだ白い紐も、まだそれほど汚れていない。この冬に入る前に、鍋島の妻の鈴子がつくって、わざわざ持ってきて呉れたものだ、その時鈴子は、紺のスカートに、緑の毛糸のセーターを着けていた。そして自分で檻に入り、この袖無しを猿に着せた。その姿を六郎は檻の外から眺めていた。猿は別段抗(あら)がいもしなかった。猿のそばにしゃがんで、それを着せることに没頭しているので、緑色のセーターから、鈴子の襟足が不用意にのぞかれた。それは牛乳のように白かった。なにか不幸を感じさせるほど、その皮膚はなめらかに白かった。その部分に視線を食い込ませながら、六郎は胸の底にかすかなカラニタチを感じた。(カラニタチという言葉は、六郎はテツから教わった)そのカラニタチも、自然に起ってきたのか、彼自身で無理にかき立てたのか、しかし六郎にもよく判らなかったのだが。……[やぶちゃん注:「カラニタチ」の意味は後で明かされる。]

「カマド、カマド」

 二三歩檻へ近づいて、六郎は低声で呼びかけた。猿は手を休め、脚を床におろしながら、ゆるゆると面をあげた。おだやかな翳(かげ)をふくんだその顔が、ぼんやりと六郎の方を向いた。六郎を見ているのではなく、六郎を透して遠くを眺めているような眼付きである。くぼんだ眼窩(がんか)の奥には、放射能を失ったある種の鉱石のような瞳が、黒くつめたく固定している。ただそれだけであった。しかしそれにも拘らず、その動きのない眼の中に、じっと見詰められている自分自身の姿を、六郎ははっきり感じていた。それと同時に、なぜか憎しみに似た感情が、六郎の胸の遠くで、かすかに揺れ動いた。何にたいする憎しみとも知れぬ、ゆたゆたと低迷する感情が。六郎は口の中でつぶやいた。

「そうだ。やはり二年経ったんだ」

 猿が始めてここに来たのも、今頃みたいな寒い日であった。そのことを今、六郎は思い出していた。するとそれからの二年の歳月が、捩(よじ)れたフィルムを一気にたぐり上げるように、触感を伴って突然六郎によみがえってきた。背筋に忍び入る夕昏(ゆうぐれ)の寒気をかんじながら、彼はなぜともなく手を伸ばし、丸めた原稿の端で、鉄柵(てつさく)をぐりぐりつついてみた。その六郎の動作を、猿は前と同じ眼付きでちょっとの間眺めていた。そしてゆっくりと腰を浮かしながら、いきなり口角の筋肉をゆるめ、白い歯を出して、瞬間にある表情をつくった。歯のうしろに、濡れた赤い舌が、ちろちろと動いていた。猿はそのまま椅子からずり落ちて後向きになり、三本肢で止り木の根元に、ひょいひょいとうつって行った。

 (あの表情だな)

 六郎はふと身慄いしながら、寒い檻の前をはなれた。あの変な表情を、この猿の顔に見るのも、つい近頃からのことである。以前には、この猿にはなかった。表情、というよりも、なにかが脱落したような、顔面筋肉の弛緩(しかん)に近かった。しかしその中に、六郎は何時からか、ある奇妙な笑いの翳を嗅ぎあてていた。奇妙な、強いて言えば、Xの笑い、といったような感じを。笑いに似かよったこの弛緩は、しかし他の驚愕とか恐怖とか憎悪などの表情と違って、外界に反応することで、この猿面に生起するのではないらしかった。そこと没交渉に生れ、没交渉に消えて行くもののようであった。それ故にこそ、笑い、という感じに、これは酷似していたのであったが。――

「二ヵ月。六十日、か。ふん」

 縁に上り、火の気のない部屋の真中につっ立ち、しばらくして六郎は呟いた。今日二瓶が持ってきた用件のことを、彼は考えていたのである。向う二カ月の間に、長篇童話を一篇書くこと。完成したその童話を、二瓶が手を入れて、ある児童出版社から上梓すること。二瓶の申し出はこうであった。二瓶はこの用件を、先刻の庭先の雑談の終りに、普通の語調で切り出していた。その何気ない調子が、かえって効果を計算した言い方を感じさせた。

「ねえ。やってみないかねえ」二瓶はすこしふくみ声になって、うながすようにそう言った。「もっとも代作だから、厭だろうけれどね」

「いや、それは、何でもないんだが――」

「材料は僕が提供してもいいんだよ。家に帰れば、いろいろあるんだから」

 六郎はただ曖昧に笑っていた。しかし二瓶はそれを、承諾と取ったに違いなかった。いつも二瓶の依頼や慫慂(しょうよう)を、六郎は今までそうした態度で果していたのだから。――二瓶が提出した条件は、割によかった。六郎が金に困っているのは事実だったし、それを知り抜いたような二瓶の条件の出し方であった。しかしそのことはどうでもよかった。また、どちらでもよかった。引受ければ金になるし、断れば金にならない。そのことが頭の表面を、そんな形で擦過(さっか)しただけであったが、ただその申し出の中で、向う二ヵ月という時日の限定の仕方が、へんな焮衝(きんしょう)みたいな感じとなって、じかに胸に貼りついてくるのを彼は意識した。なにか脅やかすような響きをもつ低音部を、その感じは伴っていた。シリーズ物になっているから、時日は絶対に延ばせないという、二瓶の説明であった。[やぶちゃん注:「焮衝」体の一局部が赤く腫れ、熱をもって痛むこと。炎症。]

「ギリギリ。ギリギリなんだよ。〆切りがね」

「ギリギリ、ね」

 分裂病患者の反響症状のように、六郎は唇だけ動かして、そう復唱した。この二瓶にも今までに、相当借金がかさんでいることを、その時ちらと六郎は思い出していた。前に心に貼りついてきたものと、もちろんこれはすこしも関連ないことではあったが。――[やぶちゃん注:「分裂病」統合失調症の旧名。]

(引受けてやってもいいな)火の気のない部屋に立ちすくんで、六郎はふと真面目にそう考えた。そう考えたことで、無抵抗におちた自分の姿勢を、六郎は同時にありありと感知した。彼は急に身体を動かして、やや乱暴に障子を引きあけ、足を踏み入れた。そこは台所になっていた。(――しかし先刻あいつは、おれのことについて、とにかく安定していると言ったが、あれはどういうつもりで言ったのだろう。何が暗手しているのだろう。それとも、おれのことではなかったったのかな)

 台所では、テツが炊事をしていた。しゃがんだまま、無感動な顔をちらと振りむけた。

「何をわらっていらっしゃるの」

「何もわらってやしないよ」

 六郎の眼はなんとなく、猿の食餌(しょくじ)になりそうな残滓(ざんし)を求めて、そこらを動いた。台所に入るたびに、その動作が彼の習慣になっていた。狭い台所には、味噌の匂いがただよっている。そして竃(かまど)の鍋がしきりに鳴っていた。しかし湯気は出ていない。カラニタチをやってるな、と六郎は思う。味噌のかたまりは、水に溶いて火にかけると、まだ煮え立たないうちから、ゴウゴウと沸騰するような音を立てる。それを味噌の「空煮立ち」と呼ぶのだと、六郎はテツからこの間教わった。その発音の仕方には、ある感じがあった。煮えてもいないのに、煮えたような音をたてるとは、何ごとだろう。

 この味噌汁という飲物を、六郎はそう嫌いではなかったが、またあまり好きでもなかった。しかしこのカラニタチという言葉は、軽噪(けいそう)な舌ざわりを伴って、それ以来ときどき、ひとりごとの場合などに、ふと彼の口にのぼってくることがあった。丸めた童話原稿をそのまま、竃の脇のたきつけ籠に放りこみながら、六郎はテツの後姿に訊ねた。

「鍋島は金を持ってきたかしら。前月分の」

「ええ。おととい」

「何か言ってはしなかった?」

「いえ。別段」[やぶちゃん注:「軽噪」軽薄に燥(はしゃ)ぐこと。]

 竃の鍋がその時、湯気をかすかに立て始めた。鍋の下の、竃のなかでは、薪火がしずかに燃えていた。焰はちろちろと分裂しながら、透明に上昇していた。すすけて狭い台所の、そこだけに揺れ動く火影は、この世の重量感をもたぬ、あざやかな非現実的な明るさをそこにひととき点じていた。六郎はその火の色をまっすぐに見ていた。そこに燃え上るものの色どりは、なぜかその時、旅への誘いをつよく彼に感じさせた。澄明な感動をともなって、それは突然彼に来た。その誘いかけは、しかし磅礴(ほうはく)としたひろがりでなく、鮮烈な色や音や匂いをそなえた実体として、いきなり彼にぶっつかってきた。あの磯の特有な匂い、泡立つ波の音、島や雲の形、その海面や砂丘や崖などの色。そこらを強く照りつける、ぎらぎらと灼熱(しゃくねつ)した太陽。そしてその風物の間に、動いたり走ったりする人々の姿なども。それらが一瞬間、確かな手ごたえを持つマスとして、はげしく胸をこすり上げてくるのを、六郎は感じた。それは彼の記憶の堆積(たいせき)のそこに沈んでいた、かつての夏日のあらあらしい風景であった。そしてそこでは、吹いてくる風すらも、ひりひりするような切ない感覚を、彼の皮膚に伝えていたのだが。――しかし六郎は急に我にかえったように首をふって、火の色からそっと視線をそらした。台所の揚板のつめたさが、足袋(たび)の破れを通して、じかに足裏にしみ入ってきた。むこう向きにしゃがんだテツの姿に、六郎はぼんやりと眼をおとした。テツは薪に手を伸ばすために、軀をななめに捩(よじ)りながら、思い出したように言った。[やぶちゃん注:「あの磯の特有な匂い、泡立つ波の音、島や雲の形、その海面や砂丘や崖などの色。そこらを強く照りつける、ぎらぎらと灼熱(しゃくねつ)した太陽。そしてその風物の間に、動いたり走ったりする人々の姿なども」ここが最初に指摘した「基地隊」の追想と直関連する戦時中の記憶のフラッシュ・バックである。梅崎春生が終戦を迎えた桜島での実体験(「桜島」及び「幻化」参照。リンク先は孰れも私のPDF縦書版オリジナル注附き。個別のブログ版は「桜島」はこちらで、「幻化」はこちら)がオーバー・ラップするものの、これは未完の本篇の最後まで、具体には示されない。本篇の続篇が書かれなかったことは、まことに残念で、或いは、「幻化」とは全く別の、彼の書きたかった特異な大作となった可能性も強く感じられるからである。

「そう言えば、鍋島さんも風邪のようだった。大きなマスクなどかけて」

「わるい風邪がはやってるようだね、近頃」

「カマドの餌はとってありますよ。流し板の下に」[やぶちゃん注:「磅礴」交じり合って一つになって広がっていること。「マス」mass。塊り。集合体。]

 テツは黒っぽい袷(あわせ)に、臙脂(えんじ)色の半幅帯を無造作にしめていた。帯の端がすこし垂れて、軀の捩りに応じてゆるく揺れていた。テツは冬でも、そう厚着はしなかった。寒さの感じには鈍いふうであった。元の姿勢にもどると、竃をのぞくように背を曲げながら、テツは薪をあたらしく押しこんだ。その動きとともに、ひとつの質量としてのテツの肉体が、黒っぽい袷のなかに妙にはっきり感じられた。薪がすこしいぶって、白い煙をはき出してきた。

「今来てたのは、二瓶さん?」

 火色にそまったテツの手の動きを、六郎は見るだけの視線で眺めていた。薪をつき動かすテツの手首は、微妙にしなやかに屈折していた。その手首の動きは、ほとんど骨というものを感じさせなかった。

「そう」

 手首にだけでなく、テツの肉体のすべてに、どことなくその感じはあった。骨格が年齢と共に硬化しないで、子供の頃の細さと柔らかさをそのまま保っている。そういう印象であった。肥ってはいなかったが、肉づきは決して貧しくなかった。部分的には豊かでさえあった。そしてどんなに粗食しても、あるいは絶食をしても、瘦せたり衰えたりしないものが、この身体にはあった。寒さや暑さに平気な感覚も、ひとつはこの生理に通じているようであった。水仕事しても、さほど手も荒れない。皮膚はいくらか浅黒く、またいくらか常人より体温が低い。その皮膚の下をはしる、人造バターみたいな無機質なうすい脂肪層を、それは時々六郎に想像させた。テツはたしか二十五歳になっていたが、ふつうその年齢よりはずっと若く見られていた。

「二瓶さんって、ちかごろ金廻りがよさそうね」

「そうらしいね。なぜ」

 腰を浮かせ、半ばふき立った鍋の蓋をとりながら、テツはちらとこちらを見た。

「ときどき、酔っぱらって帰る、という話を聞いたもの。配給所で」

「ああ。――それは昔からだろう」

「――部屋を建増しする、そんな話も出ていた。よく聞かなかったけれど」[やぶちゃん注:「配給所」戦後復興期には、戦前の配給制度が、米穀などの一部で、一時期まで残っていた。本篇の発表は昭和二五(一九五〇)年であるが、ウィキの「配給(物資)」によれば、酒はこの前年の昭和二十四年まで、衣料は昭和二十五年まで、『切符による配給が続けられた』とあり、また、検索したところ、「東京都中央区役所」公式サイト内の「平成20年度 戦中・戦後の食糧事情と配給制度」の「テーマ1:配給制度・切符制度一覧・配給切符」に『主要食糧選択購入切符(昭和26年発行)』という画像(拡大出来ないのが残念)がある。]

 テツの表情には、動きがすくない。表情を殺しているのではなく、もともとそんな感じの顔立ちである。薄い眉毛。大きな黒瞳(くろめ)。眼と眼の距離がぐっとひらいている。なにか未熟な童女的な稚さが、眼鼻の配置やその口元に、どことなく残っている。それは体付きの印象にも共通している。テツを年齢よりも若く見せるのは、先ずその感じであった。また逆に言えば、稚い形のまま成熟したという印象が、テツの全体にひとつのアクセントを与えていた。だから他の女には欠点となるようなところが、テツにとってはむしろ妙な特長になっていた。黒い袷に包まれたその背部を見おろしながら、それに話しかけるともなく、六郎は低く呟(つぶや)いた。

「建増しと言えば、鍋島の家もまだまだらしいな。大変だな、あの男も」

 やがて鍋が煮え立って、それを竃(かまど)からとりおろすために、テツの手や軀が急に生き生きと動いた。焰を前にしているので、その身体の動きのうすい影が、台所いっぱいに淡く揺れた。味噌(みそ)の匂いがつよくただよった。

 その匂いのなかで、テツの肩や腰の線の動きに、ふと六郎の眼は吸われていた。それは一瞬、探るような視線となった。

 ――それはどんなきっかけだったかも覚えはない。いつの時期からかの記憶もない。テツのこの撓(しな)やかな肉体に、なにか異質のものが投げてくる陰影を、いつか六郎はうすうすと感じ始めていた。ほとんどとらえ難いような、へんに茫漠とした翳りが、何時ごろからか、テツの身体のどこかに、ぼんやりとただよってきている。それは儚(はか)ないひらめきや幽(かす)かなたゆたいとして、どうかしたはずみに、ふと彼の触覚や嗅覚などに訴えてきた。しかしその異質なものの実体は、彼の知覚がとどく彼方のうす暗がりにじっとひそみ、未だその姿をあらわさない。輪廓すらもはっきり見せない。しかしそこにひそむものが、どこの誰かは判らないにしても、たしかに自分とは違う別の「男」であることを、生物の本能みたいなもので、やがて六郎は漠然と感知していた。どんな「男」かが、何時頃からか、このテツの肉体を訪れている。それがテツの肉体のどこかに、ふしぎな翳を射しかけている。――六郎にうすうすと触れてくるのは、ただその感じであった。そしてそれはまだ不確かな感じだけに止まっていた。その「男」がどんな相貌をもち、どんな肉体を持っているのか、それを推定する現実の根拠は、まだ彼のどこにもなかった。しかし彼は何時となく、意識のどこかでぼんやりと、知っている男の一人一人を、次々にその「男」の像にあてはめて眺めていた。そしてそこに生じる実感の濃淡から、自然といくつかの幻影が、六郎に迫くかすかに揺れ動いていた。そして意識のかなたに懸るその薄れた幻燈画のなかから、時折どうかした調子で、テツの像だけがふいに鮮明に浮きあがり、急速度に拡大し接近してくるのを、六郎は感じることがあった。それは閃(ひらめ)きはしる矢のように、瞬間に彼に近接し、そして遠ざかって行った。そんな時のテツの像は、なにかひりひりするようなものを、そのどこかに湛えていた。そしてまた、汚れれば汚れる程それだけ新しくなるような何かが、その何かの匂いのようなものが、同時にそこに感じられた。そしてこの感じは、現実のテツのいくぶん奇妙な生理と、部分的にはひどく食い違いながら、また別の部分ではぴったりと重なっていた。

 

      

 

 さむい日が、永いこと続いた。

 荒れた庭のいたるところに、はがねのような霜柱が、毎朝おびただしく立った。そして午近くまで、赤い表土を持ちあげて、その陰で白くつめたく光っていた。猿の檻(おり)の周辺にも、それらは地面に粗(あら)い亀裂をつくり、背丈をそろえた短い刃となって、ぎっしりと押し並んでいた。毎朝ほぼ同じ時刻に、猿に餌をやるために、小野六郎は庭をよこぎって、肩をすくめながら檻の方にあるいてゆく。下駄の歯のしたで、不規則な霜柱の群落は、その度にしろく砕け散って、Crash Crashと音をたてた。毎朝の庭のゆききに、乱れ砕けるその音を、ことあたらしく確めるように、六郎はいつもゆっくり歩を運んだ。昨日も一昨日もこうだった、と六郎は思う。その期待で踏みおろす、膝や足首の感じ。下駄が凍土に触れたとたん、足指や蹠(あしうら)につたわる霜柱の刃の堅くかすかな抵抗。ぐっと踏みこむ。ひとつのものが、たちまち数十数百に分散する、そのふしぎに錯雑した感触。意味もない、ただそれだけの短い潰音。そして折れ砕け、凍土に散乱した氷片の、つめたい色や形や光など。――記憶にあとを引かない、その瞬間に了(おわ)る、そのゆえに澄明な、閃光的な快感が、そこにはある。台所から庭へ廻り、檻の前に立つ。餌箱に投げ入れて、また庭を横切ってゆっくり戻ってくる。早朝の庭の一往復に、一歩一歩のはかない悦びを、こんな感じで六郎はひそかに愉(たのし)んでいた。使用する下駄は、穿(は)き古して歯もすり減った、杉の庭下駄である。霜柱を踏みしだく毎に、赤土をふくんだ氷片が飛びついて、それがそのまま乾くので、木目の浮き出た下駄の台は、常にざらざらと赤黒くよごれていた。そこに毎朝つめたく素足を載せるとき、いつも奇妙に不協和な哀感が、足裏からじわじわと六郎の腰のへんに這いのぼった。[やぶちゃん注:「潰音」ルビ無しなので、「かいおん」と読んでおく。「澄明」「ちょうめい」。]

 カマドの餌箱には、大根の葉や芋の皮がひからびたまま、むなしく積み重なっていた。ここ暫くつづいた寒気のせいか、冬眠に似た鈍麻の状態が、カマドの心身におちているようであった。赤い袖無しの下で、灰白色の背をまるく曲げ、手脚をちいさく縮めて、ペンキの剝げた椅子の上や止り木の枝などに、一日中じっとうずくまっている。うすぐろい瞼の皮は、おおむね閉じられたまま、六郎が檻に近づいても、反射的に薄眼をあけるだけで、自分から軀を動かそうとする気配はほとんどなかった。前日に投げ入れた餌が、そっくりそのまま残っている。手をつけた様子もない。そのままの量と形で、干からびたり、凍ったりしている。それにも拘らず、台所の残滓(ざんし)を手にして、毎朝ほぼ同じ時刻に、同じ表情で、六郎は檻の前に立つ。餌箱の内の堆積に、あたらしく今日の分を投げ入れながら、ちぢこまったカマドの軀幹に、しずかに執拗に視線を止めている。

(まるで剝製みたいだな)

(胎児の恰好(かっこう)にも似ているな)

 そんなことを六郎は思う。そしてまた霜柱を踏みながら、ゆっくりと母屋へ戻ってくる。ひとつのことを完了した、そんな安心の表情が、彼の顔をぼんやりと弛(ゆる)ませている。――

 餌箱にたまる葉や皮は、五六日目毎にすっかり掃除して、空にしてしまう。また翌朝から、一定量ずつ投げ入れてゆく。カマドがそれを食べない限り、これは無益な繰り返しであった。しかしこの繰り返しは、今はカマドの食慾と関係なく、しきたりじみた行事として、こうして六郎の毎朝にあった。その時刻がくると、なにか片付かないような気分になって、六郎は台所の残滓をあつめ始める。眼に見えない掌に背を押されて、霜の庭に出る。習慣化したこの日課は、つまり当初のものと一端を接したまま、他端は漠として遊離し、しかもそれ自身で、ヒドラのように単純に生き始めていた。いつの間にかその腔内に包まれ、そのなかで。オートマティックに動いている自分の姿を、時に六郎はありありと想った。そしてその自分を包む腔壁の、ぶわぶわした、手ごたえのない、ぶきみな分厚さをも。――盲虫のように、その内で生きている自分自身にたいして、しばしば六郎は、物憂(う)いような安堵感と同時に、ある種の笑いが頰の筋肉にはしり過ぎるのを感じた。Xの笑い、とでも言う他ない、原形とのつながりを失って、そのまま散大したような、不安定なたわけた笑いを。そしてそれは、檻の中のカマドの顔に泛(うか)ぶあの笑いと、どこかで類似しているようであった。[やぶちゃん注:「ヒドラ」刺胞動物門ヒドロ虫綱花クラゲ目ヒドラ科 Hydridae に属するヒドラ属 Hydra 及びエヒドラ属 Pelmatohydra に属する生物群の総称。注意されたいのは、狭義のヒドラであるこの二属は総てが淡水産で、海産は存在しないことである。古いが、私の「生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 五 共棲~(1)」、及び、図の出る「生物學講話 丘淺次郎 第九章 生殖の方法 四 芽生 ヒドラ」を参照されたい。「盲虫」ルビがないが、「めくらむし」と訓じておく。「盲腸」と「虫垂」の混淆した造語であるとすれば、「もうちゅう」でもおかしくはない。前者の場合、クモの一グループで、フラフラ歩く私の甚だ生理的嫌いな、節足動物門鋏角亜門蛛形(クモガタ)綱ザトウムシ目 Opilionesの和名は「座頭虫」で、別名「メクラグモ(盲蜘蛛)」(これは差別異名として研究者は殆んど使わない)とも言うが、以上の叙述は本種を指しているとは思われない。寧ろ、前に言った――盲腸のように、人体の中で無益な存在として盲目の虫のようにあるそれ――を指しているという方が極めて腑には落ちる。]

「鍋島が引取って呉れないなら――」それを意識するたびに、六郎は本気でかんがえたりした。「この猿公も、檻から放してやろうかな」

 発作的にそう考えてみるだけで、手を下してやるまでには、もちろん気持が動かなかった。扉をあけ放せば、それで済む。そうと知ってはいても、それを実行するまでには、ある踏切りみたいなものを越えねばならない。どんな形の踏切りだろう。それすらはっきり判らないのに、その予感の重さだけで、彼の内側のものは、みるみるうちに萎(しな)び縮んでしまうのだ。寒さに触れてきゅっとちぢこまる虫の体のように。――その姿勢のまま、待っていること。何かがお前の肩をたたきに来るまで、じっとしていること。と、六郎は自分に言い聞かせ、胸の襞(ひだ)に切なく擦過(さっか)してくるものを、しきりになだめにかかる。しかしこの言いくるめに対しても、れいのXの笑いが、六郎の頰をうっかり弛(ゆる)ませてしまうのだが。――かすかな便意を怺(こら)えているような、そんな感じさえなければ、今のこの状態は、爽快だとは言えないだろうが、なにも居心地悪くはないじゃないか。どこかが痳(しび)れたような感じも、それはそれで、気にとめなければいい。そうすれば、むしろ確かな平安の風情さえ、この日常にはあるじゃないか。たとえそれが、色褪(あ)せた剝製の平安であるとしても。……

 来る日も来る日も、こうして寒さがつづいた。三月に入っても、気候はほとんど動かなかった。檻の檐(のき)から、いくつも氷柱(つらら)が垂れたりした。そのような張りつめた強情な寒気も、三月も半ば過ぎてからついに保ち切れなくなったように、ゆるみ立つ気配を見せ始めた。へんに湿気の多い、曖昧(あいまい)な天候が四五日つづいた。ある夜半から、にわかに大風が吹き起って、翌日いっぱい、母屋の軒のこわれかけた樋(とい)の端を、ひっきりなしに鳴らし続けていた。風が止むと、灰を吹き散らしたような雨が、しずかに地面におちてきた。二日あまり音なく降りつづいて、やっとその雨があがったあと、こんどは空気が急速に乾き始めた。火災警報が出た。

 そして突然、春がきた。

 庭の感じが妙に平らだと思ったら、気がついて見ると、あの霜柱の群がいつの間にか、すっかり地表から姿を消していた。しめり気を含んだ庭土のあちこちに、もう草の下萠(も)えが始まっていた。そして乏しい庭樹のたたずまいにも、やがて生色のよみがえる気配がうごき始めた。先ず他の樹にさきがけて、冬中は枯色にくすんでいたサルスペリの木が、その彎曲(わんきょく)した幹の背に、絹靴下をはいた小娘の膝頭のような、妙にいやらしい艶をのせてきた。と思うと、その枝々も一斉に、いつか脂をうっすらと皮肌に滲ませ、ぬめぬめと光りながら、それぞれの方向にくねり伸びていた。縁側から、庭先から、ふとその色合いを眼にする時、なにか嘔きたくなるような感覚が、ふいに六郎の咽喉(のど)の奥をはしったりした。不毛の色情、そんなものをその肌理(きめ)は感じさせた。そのサルスベリにだけでなく、庭中に音無くざわめき立つすべてにたいしても、時に六郎は、じわじわと肌な逆撫でされるような、かすかに不快ないらだちを感じた。理由もなにもない。しらじらとしたこの抵抗感は、その時の気持の上からではなく、もっと肉体的な、生理の奥から発するように思われた。それはやがて節々の疲労をともなって、けだるく六郎の毎日にかぶさってきた。

 身体の底にしゃがんでいる、なにか根元的な生理の破調を、そして六郎はぼんやりと自覚した。それはまだ、どの筋肉、どの器官にも、症状としては出てこないが、そこらのどこかにじっと潜んでいるのは確かであった。自分の経験から、六郎はそれをよく知っていた。気侯のかわり目を、季節の四つの関節とすれば、その第一関節にあたる今の気侯は、例年かならず六郎の身体に、なにかのわるい影響をあたえていた。ずっと少年の頃から。――その影響も、年によって大小があって、はっきり病気となって出てくることもあるし、どこか具合がわるいという程度の、ほのかな病感だけで通り過ぎることもあった。季節にまける、たとえば夏まけみたいに、六郎はこの季節にまけるのかも知れなかった。だからこの季節の大気に触れると、かならず六郎は自分の肉体の奥底に、感じまいとしても、得体の知れぬ不快なかたまりを感じてくる。かたまりと言っても、始めはまだ形を成さぬ、ただ鈍く押しつけてくる感じだけなのだが。――しかしその感じのなかに、漠とした病気の予覚が、今年もすでに彼にあった。

 (いずれどこかに、出てくるだろう)

 朝の寝覚めなどに、身体のあちこちの部分を、確めて見るように、掌や指先で押しながら、六郎はそう思う。昨年は妙な熱病だったし、一昨年はたしか黄疸(おうだん)だった。今年はどこに来るだろう。そう考えると、見知らぬ人を駅に待つような、かすかないらだちと、ほのかな期待が、六郎の胸を揺ってくる。来るなら、早く来い。病気を待ち望む、そんな倒錯した気持にも、彼はおちていた。[やぶちゃん注:ここで主人公小野六郎の近過去に示される病気は、発表の昭和二五(一九五〇)年当時の梅崎春生の病歴とは一致はしないと思うが、本篇の冒頭からずっと続く異様な対象の凝視と、それに対する拘った連想と観念的連合(異常な執着)は、既に読者はちょっと普通でない印象を持つであろう。これはある意味、ノイローゼや双極性障害(躁鬱病)、及び、統合失調症(但し、梅崎春生の場合はこの疾患の罹患可能性は中年期から没年にかけて以後では全く認められないと考える)の初期に見られる関係妄想にかなり近い。しかも、梅崎春生の小説には、こうした異様な感じを与える関係妄想的雰囲気や認識が、主人公等の中にも、頻繁に現れるのである。既に小説「その夜のこと」と、その続編「冬の虹」PDF『梅崎春生「その夜のこと」+続編「冬の虹」合冊縦書ルビ版(オリジナル注附)』も作った)など、幾つかの作品で語られているが、春生は東京帝大国文科に入学した翌年昭和一一(一九三六)年(満二十二歳前後)に、下宿の雇われていた老婆を椅子で暴行を加えて負傷させ、一週間ほど留置場に拘留された経験があるが、現在、これは『幻聴による被害妄想』(底本全集別巻の年譜)とし、加えて、入学以来、『多少』、『鬱病気味』(昭和六一(一九八六)年沖積舎刊中山正義「梅崎春生――「桜島」から「幻化」への道程」末尾年譜)とも推定されている。この事件の事実内容は詳しく知ることが出来ないが、私は双極性障害というよりも、かなり強い病的な関係妄想によるもので、強迫神経症の重度の様態に近いと私は考えている。なお、本篇以後では、晩年の昭和三三(一九五八)年、顔面痙攣を伴うような高血圧の発症が始まり、『いつ発作が起きるかという不安と緊張で(このことが血圧に悪い)だんだん外出するのがいやになり、ことに独りで歩くのがこわくなって来た。他人に会うのもいやで、厭人感がつのって来る。一日の中一時間ほど仕事をして、あとはベッドに横になり、うつらうつらとしている。考えていることは「死」であった』(梅崎春生「私のノイローゼ闘病記」)とあり、精神科の医師からも『鬱状態(不安神経症状)』(前掲中山氏著)と告げられ、翌昭和三十四年の五月に精神病院に入院し、持続睡眠療法を受けている(エッセイ「神経科病室にて」参照)。それから四年後の昭和三十八年八月、蓼科の別荘で吐血し、同年十二月に入院、翌昭和三十九年一月に肝臓癌の疑いで東大病院に入院し、昭和四〇(一九六五)年七月十九日に急逝した。満五十歳で、死因は肝硬変であった。]

 季節のそんな推移につれて、カマドの食慾もみるみる回復してくるらしかった。投入れた餌の減りに比例して、排泄物の量が、眼にみえて増えてきた。それらは堅い床のあちこちに、黒くころころと散乱していた。冬の間はうすれていた、猿特有のなまぐさくむれた臭気が、やがて磅礴(ほうはく)と檻に立ちかえってきた。その臭気のなかに、何よりも六郎は、今の季節の表情をつよく感じた。そしてそれに繫(つなが)る彼自身のなかの、ぼんやりした生理の不調をも。――その感じの芯(しん)を嗅ぎあてるように、六郎は檻の前に佇(たたず)んで、長いこと鼻を鳴らしていたりした。

「――この匂いだったかな。こうだったなあ」

 沈丁花(じんちょうげ)が道にかおり、コブシが白い花をつける頃から、やがて春の花々は一斉にひらき、それらの花粉が風にのってただようらしく、大気がしっとりと重さを加えてきた。すると六郎は急に、右の奥歯が痛み出した。

 一昼夜たつと、それはもう我慢できない程、ずきずきと疼(うず)きわたってきた。そしてその部分の頰の肉が腫脹(しゅちょう)して、一寸位の厚さになった。

「第一臼歯。下側の第一臼歯ですな、これは。人間の歯の中隊長です」

 痛む歯の名を訊ねたとき、顔の四角な実直そうな歯科医は、真面目な顔でそう答えた。そしてピンセットの先で、その歯をこつこつと叩いた。音がにぶく歯の根にひびいた。椅子に顔をあおむけて見上げているので、歯科医の肩がことのほか高く感じられる。ピンセットをはさむ指はフォルマリンの匂いがした。

「――そして、これが第二臼歯。奥にあるのが、親しらず――」

 次々の歯の孔に、ピンセットの先が撓(しな)うのが判った。口を大きく開いたまま、顔を固定しているから、動かせるのは眼球だけであった。六郎はしぜんと自分の眼が、しばられた犬の眼のようになるのを感じた。落着かぬまなざしで、六郎は医師の顔を見上げたり、窓外の柿の若葉に視線をうつしたり、医師の手がっぎつぎ取上げる道具類を、ちらと盗み見たりした。医師の姿勢がかわる度に、ガリガリと歯をけずる器械や、妙な匂いで噴出する空気や、ピンセットや先のとがった金属棒が、代る代る口の中に出入して、痛む歯のへんを縦横にかき廻した。そしてやっとのことで、一応の治療がすんだ。あまり長いこと口をあけていたので、閉じようとすると、顎骨がそのつけ根のところで、ごくりと不気味な音を立てた。

「いずれこいつは、抜かねばなりませんでしょうな」手を洗いながら、職業的な平気さで歯科医は言った。「しかし痛みはこれで、一応おさまる筈です」

「ほっとくと、どうなるんです?」

「多分また、痛みがくるでしょう。根が駄目になっているんですから。直ぐ抜いてあげてもよろしいが、しかし抜くのはいつでも抜けるんだから、その前に、上側の虫歯の治療をやったがいいでしょう。そして様子を見て、今の歯を抜くことにします」

「――抜くのは、痛いですか」頰を押えて椅子から立ちながら、ふくみ声で六郎は訊(たづ)ねた。

「いや。カンタンです」歯科医は四角な顎を動かして、いやにはっきりと答えた。

 しかし、その痛さがカンタンなのか、ひっこ抜くのがカンタンなのか、その口ぶりでは判然しなかった。六郎はだまった。曖昧な顔つきになりながら、しぶしぶ金入れを取出して、治療代を支払った。そして心の中でかんがえた。

(――引抜くとしても、それで今年の分が済むなら、まあ大したことだ)

 二日か三日に一度、この歯科医にかよって、脱ぎ捨てられた古靴のように無感動に口をあけて、その何分間かを辛抱すればいい。六郎は自分にそう言い聞かせ、すこしは安心した気分にもなった。漠としてかぶさっていたものが、とにかく形をなして、一応片付いた感じであった。しかし歯科医の説明では、第一臼歯という歯は、その歯自身の傷みだけでなく、内臓や器官の弱まりに関係あることが多い、という話であった。その言葉は、ちょっとした不安の根となって、六郎の胸にわだかまっていた。彼はときどき指を口に入れて、病んだその歯の形を探ってみた。その度に奇妙な感触が、指の腹につたわる。病歯は琺瑯(ほうろう)質の周辺がぎざぎざにとがって、まんなかに孔をふかく陥没させていた。痛みは一応おさまっていたけれども、小指でその孔を押えてみると、痛みの前兆みたいなものが、歯根のあたりにためらい動くようであった。歯齦(はぐき)にも、にぶい重さがあった。そしてこの歯だけでなく、他の歯も全体的に浮いている感じであった。どの歯かがまた、痛み出すかも知れない。歯齦の不確かな手ごたえが、そんな予感を彼に持たせた。[やぶちゃん注:「歯齦」は正しくは「しぎん」と読む。歯肉・歯茎(はぐき)の旧称。]

 三月末のある日、六郎はとつぜん三十三歳になった。

 年齢のあたらしい算え方で、そうなるのであったが、その日まで六郎は、そのことをすっかり忘れていた。その夕方、鍋島鈴子がやってきた。縁側に鏡を据(す)えて、六郎は鬚(ひげ)をそっていたが、鏡面のどこかに緑がひらめくと思った瞬間、痛みの伝わるような速さで、鍋島鈴子の全身を彼は感知した。手を休めてふりむいた時、長者門をくぐって、鈴子の姿が庭に入ってくるところであった。鈴子は紺のスカートに、いつもの緑色のセーターを着けていた。そしてその腕に、重そうに一升瓶をかかえていた。黄昏(たそがれ)の色がふかいので、白い顔が花のように、そこだけが非現実的に近づいてきた。故もなく、畏(おそ)れに似た感情が、神経的に彼のなかにはしった。[やぶちゃん注:「三月末のある日、六郎はとつぜん三十三歳になった」これは年齢の計算方法を定める戦後日本の法務省所管の法律「年齢のとなえ方に関する法律」が施行をされたことを指す。これは年齢の数え方について、それまでの数え年から満年齢に変更するために制定されたもので、昭和二四(一九四九)年五月二十四日公布で、翌昭和二五(一九五〇)年一月一日施行である。

「長者門」通常、古い屋敷の豪勢な長屋門を指すが、ここは単に正面玄関の門柱を指している。所謂、台所や風呂の側の勝手口や、庭などにある木戸などの裏口に対して言っているに過ぎないが、梅崎春生は、この見栄を張った大層な言い方が好みであり、他作品でも見られる。]

「鍋島が、持ってけと言ったの、これ」

 あいさつを済ますと、鈴子は持っていた酒瓶を、そっと縁側に押しやった。ふたたびカミソリをあてながら、六郎は横眼でそれをちらちらながめていた。戸惑ったような顔になるのが、自分でも判った。それを押えるように、カミソリの刃が頰の皮に、じゃりじゃりと粗い音をたてた。

「ありがとう」少し経って彼は言った。あとはひとり言のように「――でも、鍋島は、どんな趣向なのかな。こんなものを、僕によこすなんて」

「あなたの、誕生日なんでしょう、今日は」

 カミソリを持つ手が、ふと止った。そう言えばおれの誕生日だった、と彼は気付いていた。三十三歳。自分でも忘れていた今日の日を、鍋島がちゃんと憶えている。そのことが妙にからみつくような感じとなって、六郎の語調を急に曖昧にさせた。[やぶちゃん注:年齢が突然、一つ若くなるという、あり得ない椿事を上手く扱ったシークエンスである。なお、梅崎春生の誕生日は大正四(一九一五)年二月十五日生まれ(従って、既に述べた通り、当時の梅崎春生は満三十五歳である)であるが、本篇の初回の公開が昭和二五(一九五〇)年四月号であったことから、アップ・トゥ・デイトにそれに合わせた(「二」相当の原稿はある程度、初回の時に草稿が出来ていたのであろう)ものであろうかと思われる。]

「――ヘえ。よく、覚えてるんだなあ」

 放心したような視線を鏡面にもどして、六郎はそう呟(つぶや)いた。そしてなぜとなく注意ぶかい手付きになって、ゆっくりカミソリを動かし始めた。鏡にうつる彼の顔は、ただ剃られるだけの表情をつくって、彼をじっと見守っていた。――鈴子はしずかに縁側から離れると、檻の前にしゃがんで、カマドの姿に眺め入るらしかった。視野の端にぼんやりそれを収めながら、だまって六郎は周到に刃をうごかしていた。やがて顎の裏まで克明に剃り終えると、石鹸ですこし硬(こわ)ばった顔のまま、六郎も庭へ降りで行った。むこうむきにしゃがんだ鈴子の姿は、薄明のなかで、何故かひどく疲れたものの感じをただよわせていた。ふと息苦しい気持におちながら、その後姿に、六郎は低声で話しかけた。[やぶちゃん注:「なぜとなく」ママ。と言っても、おかしくはないが、今はこうした言い方は使わないだろう。「低声」「ひきごえ」。]

「――鍋島も、元気なようですか」

「ええ」のろのろと立ち上りながら、鈴子はちらと白い顔をふりむけた。「あまり元気でもないようだわ」

「仕事がうまく行かないのかしら」

「ええ。何もかも」

 そして鈴子は投げ出すような短い笑い声をたてた。なめらかな頰にうかんだ笑くぼを、ある惨酷な感じで六郎はぬすみ見た。

「元気になりますよ。あの男のことだから」

「どうかしら。――あの人も、ずいぶん変ったわ。この一二年で」

「変ったように見えるだけですよ」ふいに鈴子から眼をそらしながら、六郎はすこし乱れた声で呟いた。「もとと同じですよ」

「そうかしら。――そう言えば、貴方はすこしも変らないようね」無心な皮肉がそこにつよく響いた。六郎はすこしたじろいだ。「いつお会いしても同じ感じだわ。ふしぎね」

 ――やがで鈴子が帰った後、妙にけだるい気分におちながら、六郎は縁側に腰をおろしていた。病歯の対称の位置にある左の大臼歯に、かすかな疼(うず)きが感じられた。

 鈴子が置いて行った瓶には、芋焼酎がなみなみと入っていた。栓をぬくと、特有のあまい匂いが、ほのぼのと立ちのぼった。それは束の間の郷愁を、六郎の胸にかき立ててきた。田舎からわざわざ取寄せたものに違いなかった。

(それにしても――)瓶口に鼻をつけて、執拗(しつよう)にその香を嗅ぎながら、六郎は思った。(他人の誕生日を、よくあいつは知っているな)

 あの人もずいぶん変った、と先刻鈴子が言った時、六郎は現実の鍋島と会ったよりも、もっと歴然と、鍋島両介という男を実感した。鍋島両介という男の、容姿や挙動だけでなく、その内部にひそみ動く、ふしぎに暗い翳(かげ)のようなものまでも。――その瞬間を、今六郎は思い出していた。――その時の鈴子の声は、ひくく乾いていた。しかしそのすべすべした頰には、笑くぼがそのまま、白っぽく残っていたのだ。望遠レンズをのぞくように、その一瞬、六郎は自分の内のものが、一挙にそこに近まってゆくのを感じたのだが。――[やぶちゃん注:「今六郎」はママ。「今、六郎」とすべきところ。]

「両介は狩装束にて、か」

 思わずそんな呟きが出た。両介にたいしてか、鈴子にたいしてか、そんな疑似の接近を彼にうながしたものは、何だろう。そこにかかる不幸の形式を、六郎は今ありありと感知していた。

「……〽数万騎(すまんぎ)那須野を取りこめて草を分って狩りけるに。身を何と那須野の原に。顕れ出でしを狩人の。……」[やぶちゃん注:最後のそれは、謡曲「殺生石」のエンディングの地謡の章詞。この「狩人」の読みは、原拠では「かりびと」である。「殺生石」は五番目物の複式夢幻能で、五流で現行曲にある。作者不明であるが、日吉佐阿弥(さあみ)ともされる。玄翁和尚(げんのうおしょう:ワキ)が、供人(アイ狂言)を連れて那須野を通りかかると、飛ぶ鳥が大石の上に落ちるのを見る。呼びかけて出た女(前シテ)は、それは殺生石といって狐の執心だから近寄るなと警告し、美女となってインド・中国・日本の帝を悩ました昔話をして消える。和尚の授戒で大石は二つに割れ、中から本体を現した妖狐(後シテ)は、玉藻前(たまものまえ)に化けていたのを見破られ、逃げてきたこの原で退治されて執心の石となったことを演じるが、やがて和尚の法力に解脱して消え失せる。後シテを九尾の狐の冠を頂く官女の扮装とする演出もある。以上は小学館「日本大百科全書」に拠ったが、概ねの章詞はサイト「名古屋春栄会」のこちら、及び、小原隆夫氏のサイト内のこちらが読み易い。六郎の内面にある現実世界のあらゆる対象に対する執拗な拘り(特に自ら違和感を持ちながらの半肉感的・半性的な妄想的でフェェイシュなニュアンスを持つそれで、先のテツへの眼差しや、以下の「三」の冒頭にそれが強く感じられる)と、漠然とした死のカタストロフの予感がオーバー・ラップされてあるものと私には思われる。因みに、六郎がその前に呟く「両介は狩装束にて、か」という六郎の台詞の内の「両介は狩装束にて」は、正しく「殺生石」の章詞で、以上の「〽数万騎」の前にあり、さらにその前にシテの台詞で同じ「両介(リヨオスケ)は狩装束(カリシヨオゾク)にて」(所持する『新潮日本古典集成』の「謡曲集 中」(昭和六一(一九八六)年刊)に拠った)とある。ネット上の本謡曲の電子化では、中入のワキとアイの問答が、どのサイトのものも省略されているが、そこで過去の話がかなり具体に長く語られているのである。但し、それは本文の後半でもコンパクトに出てはいる。手っ取り早く言うと、小原隆夫氏の「殺生石」の冒頭の「玉藻前伝説」の項にあるように、美女「玉藻前」に耽溺した鳥羽院は、俄かに病いとなり、陰陽頭安部泰成を召し出して占わせたところ、「玉藻の前」が実は「九尾の狐」と判明し、彼女は消え失せるのだが、鳥羽院はそれを信じようとしなかったものの、自体の深刻さから、『妖孤が那須野に逃れたことを知った朝廷は、東国の武将上総介』(かずさのすけ)『と三浦介』(みうらのすけ)『に妖孤退治の勅を下し、八方の軍勢を遣わす』のである(「殺生石」本文の章詞にも結果して『その後』(のち)『勅使立つて』『綸旨なされ』と出る)。その後、紆余曲折があるが、二人の武将が鍛錬を尽くし、而して、再度、『妖孤退治に臨』み、遂に『両人は』『九尾の狐を射止めることに成功する』という過去の事実が示されるのである。さて、この台詞の「両介」とは、以上の通り、原謡曲本文では、その退治した名武将上総介と三浦介の「両介」の意なのである。それを六郎は、鍋島両介の名に洒落を掛けて、ぽつりと口に出したのである。梅崎春生の小説作法としては、「能」の予備知識なしには、到底、判りに得ないものであって、彼としては、かなり珍しい仕儀であるとは言える。但し、例えば、「猫の話」(単独PDF版)に唐突に出て、何の解説もない「詩経」の「国風」の一篇「蟋蟀」(しっしゅ)の二句「蟋蟀在堂 歳聿其莫」の超難解なケースもあることはある。なお、当該句については、私の『梅崎春生「猫の話」語注及び授業案』PDF)を参照されたい。

 

      

 

 沓(くつ)脱ぎから縁側にあがり、そのまま燈もともさず、小野六郎はしずかに片膝をたてて坐った。座蒲団をしかないので、冷えた板敷にふれて、脚の骨がごりごりと鳴った。そして六郎はしばらく、さっき鈴子が小走りに帰って行った長者門の方角を、ぼんやりと眺めていた。門のあたりから外にかけて、暮色が濃くただよい始めている。

 風がかすかに立って、南天の葉をひらひらと動かしてくる。

 やがて六郎は臂(ひじ)を伸ばし、鍋島両介から贈られた酒瓶を、膝もと近く引きよせた。透明な液体が瓶のなかで、ゆたゆた揺れるのが判る。手酌で湯呑茶碗になみなみとみたすと、彼は鼻の前でその匂いを確め、ゆっくりと一口含んでみた。芋焼酎特有の味と匂いが、口腔いっぱいにひろがってくる。なまぐさい後味をのこして、それは咽喉(のど)をすべりおちて行った。

「さっきは、妙な具合だったな」

 湯呑みを下に置きながら、六郎は思う。鍋島鈴子の頰の触感が、まだ六郎の唇の皮に、まざまざとのこっている。

 ――あの時鈴子は、短い驚きの叫びをたてて、顔を横にそむけたのだ。だから六郎の唇は、鈴子の唇にかぶさらずに、いきなりなめらかな頰につき当ってしまった。あの大きな笑くぼがうかぶ、頰のその部分に。六郎の両手に抱きすくめられて、鈴子の胸や胴が、緑の毛糸のセーターの下で、はげしくねじれ動いた。かなり長い時間だったような気がする。鈴子の頰の皮膚は、軟かくつめたかった。なめし皮にも似たその感触を、六郎はその間、自分の唇だけでなく、前歯の表面ででも確めていた、と思う。

「唇が割れて、歯が露われていた、とすれば」六郎はまた湯呑みをとり上げながら呟(つぶや)いた。「――おれはその時、わらっていたのかな?」

 その感じを顔の筋肉に呼びもどそうとして、六郎はうす暗がりの中で、ひとつの妙な表情を拵(こしら)えていた。そしてそのまま、湯呑みを唇にあてて、一息にかたむけた。密度のある液体が、また舌や咽喉(のど)に抵抗しながら、食道に流れおちて行く。しばらくして腸の部分部分に、熱感が追っかけるように走ってきた。

(おれはどう言うつもりだったのだろう?)

 猿の檻の前で、あの時六郎は、鈴子とむき合っていた。鍋島両介のことなどを、話し合っていたのだ。鈴子は片脚に重心をもたせ、ひどく疲れた感じで、そこに佇(た)っていた。そして何気ない会話にはさんで、投げやりな短い笑い声を立てたりした。その度に頰にうかぶ笑くぼの翳を、ある惨酷な感じで、六郎はぬすみ見たりしていたのだが。――そしてぽつんと会話がとぎれた。しばらく斜めにうつむいて、檻の猿を見ていた鈴子が、なにか言おうとして、ふいに顔を上げた。白い顔が眼の前で、花のように揺れた。ある衝動とともに、六郎は二三歩踏み出して、予行演習のようにぎごちなく、鈴子の体軀を抱きすくめようとした。短い叫びと一緒に、鈴子の上半身が六郎の腕の環のなかで、いきなりくねくねとよじれた。女の匂いがつよく。――その瞬間六郎は、自分を駆りたてた衝動と思ったものが、じつはどこかで計算され組み立てられた疑似の衝動であるらしいことを、はっきり感じてしまっていた。しかし彼は腕をとかず、鈴子のそむけた頰に、そのまま唇を押しつけて行った。そこにあるものを、とにかく確めよう、とするかのように。――

「条件は、そろっていた、と思ったんだがなあ」

 六郎はゆっくり立ち上って、電燈の位置をさがした。酔いがだるく下肢にきている。スイッチをひねると、四周にぼうと黄色い光がにじんでくる。近頃ひどく電圧が低下しているのだ。しかし六郎はわざとらしく、まぶしそうに目を細め、うす笑いの顔になりながら障子をあけて台所に入って行った。台所には、誰もいない。テツは昼頃から外出して、まだ戻ってこないのだ。どこに行ったのか、六郎も知らない。行先を知らせ合う習慣も、もとから二人の間にはなかったのだが。――暗い台所のすみで、六郎の手探る指にふれて、小鍋の蓋や戸棚の引手が、カタカタと音たてて鳴った。そこらでかすかに韮(にら)の匂いがした。

「条件もなにも、始めからなかったんだ」

 やがてまた縁側に戻ってきて、足をだるく投げ出しながら、六郎はそう考えた。条件と言っても、日が昏(く)れかかっていたとか、テツが不在であることとか、そんなことではなかった。急流で筏師(いかだし)が、材木から材木へ飛び移る、その瞬間の気息のようなもの。その類似のものがたしかに、あの時の自分にあった、と思う。しかしそれも、そんな気がした、というだけの話ではないのか。どうもそうらしい。たとえば味噌のカラニタチみたいな。――

(しかし、あの女の肩胛(けんこう)骨は、へんに大きかったな)

 なにかにがにがしい気がして、六郎はふたたび湯呑みに手を伸ばした。そしていま台所から探し出してきたビスケットの袋を、ざらざらと膝の上にあけた。見ると小さなビスケットはそれぞれ、象や鳥や猿の形につくってあった。片側に色砂糖をのせているやつもいる。そのひとつをつまんで、彼は口のなかに入れてみた。芋焼酎に溶けて、それは妙な感触を舌につたえてきた。歯科医が用いるセメントの味にも似ていた。薬品的な甘さが、いつまでも舌の根にのこる。六郎は無感動な顔付きで、丹念にひとつずつ口にほうりこみながら、その合い間に思い出したように、湯呑茶碗を唇にもって行った。旨さも不味(まず)さもない、ただ摂取(せっしゅ)するという感じだけで。――

 しばらく経った。そして酔いがすこしずつ、身内から四肢へ発してくるらしかった。あちこちの筋肉が、ゆるゆるとほぐれてゆくのが判る。六郎はちいさく貧乏揺ぎをしながら、不安定な瞳をしきりにあちこち動かしていた。さっき鬚剃(ひげそ)りに使用した手鏡が、三尺ほど隔てた縁側のすみに、こちら向きにひっそり立っている。六郎の眼はたまたまそこに落ちた。ぼんやりと自分の顔が、そこに映っている。黄黒い感じのその顔は、何かを懸命に思い出そうとする表情で、不確かな鏡面の奥から、じっと六郎を見据(す)えている。かるい戦慄が、六郎の背筋を走りぬけた。[やぶちゃん注:「貧乏揺ぎ」「びんぼうゆるぎ」。貧乏揺すり。]

 やがてかるく舌を鳴らし、六郎は猿臂(えんぴ)を伸ばして、手鏡を横にカタリと伏せた。そして赤らんだ瞼をしばたたきながら、焦点の定まらぬ視線を、どんより暗い庭の方にねじむけた。――先刻から酔いとともに、頭のなかを執拗に、謡曲のひと節がしきりに高まっては消えてゆく。

「――両介は狩装束にて。両介は狩装束にて数万騎那須野を取りこめて草を分って狩りけるに。――」

 ――酔った意識の入口に、ぼんやりと鍋島両介が立っている。六郎はいま漠然とそれを感じた。そこから見詰めてくる、うながすような、いどんでくるような、架空のつめたい眼を。――六郎は庭の暗さから顔をそむけ、湯呑茶碗に意思のない視線を戻した。黄色い電球の倒影が、焼酎の表面に小さく映っている。逆さに凝縮して、かすかに揺れている。六郎はそれを見た。現実のものでないその美しさが、火花のように彼をとらえた。弛緩(しかん)した笑いを頰にはしらせながら、彼は足裏をつかって、湯呑みをむこうに押しやり、そのまま脚を引きよせて片膝たてた。食べ残したビスケットが五つ六つ、膝から板敷きへ、ころころと転がり落ちた。

「――さて。さて」

[やぶちゃん注:これも六郎自身の呟きでは、ない。「殺生石」の一本で、中入前の自らを玉藻の前と名乗るコーダの直前に出るものである。サイト「名古屋春栄会」のそれを引く。

   *

ワキ「さてさてかように語りたもう。おん身はいかなる人やらん。

シテ「今は何をかつつむべき。そのいにしえは玉藻の前。今は那須野の殺生石。その石魂にて候うなり。

ワキ「げにやあまりの悪念は。かえって善心となるべし。さあらば衣鉢を授くべし。同じくは本体を。二度現わしたもうべし。

シテ「あら恥ずかしやわが姿。昼は浅間の.夕煙の。

地謡「立ちかえり夜になりて。立ちかえり夜になりて。懺悔の姿現わさんと。夕闇の夜の空なれど。この夜はあかし灯火の。わが影なりとおぼしめし。恐れたまわで待ちたまえと.石に隠れ失せにけりや。石に隠れ、失せにけり。

   *]

 耳朶(じだ)のうしろの血管が、じんじんと鼓動を打っている。その単純なリズムが、記憶のなかから、あるひとつの抑揚を誘いだしてくる。すこしずつ調子がはっきりしてくる。永いこと謡い忘れていたその抑揚は、若い日の鍋島両介の像を、おどろくほど鮮明に、六郎の胸によみがえらせてくるようであった。(もう十五年にもなるかしら)酔いにたすけられて、束の間の感傷が、六郎のなかでかすかにうごき揺れた。夜風がつめたく頰にふれる。テツはまだ戻ってこない。膝をかき抱くようにして、六郎は眼をつむり、しばらく気息をととのえていた。なんだか少しやり切れない。へんに熱っぽく、重苦しい。その気分をごまかすように、六郎は意識的に口をとがらせ、頭にひらめく抑揚に合わせて、しずかに声を押し出そうとした。しかしその意図に反して、彼の口から洩(も)れ出たのは、低くしゃがれた咽喉(のど)の響きにすぎなかった。瞼をかたく閉じたまま、しかし彼は強引に、その不確かな調子を押し進めようとした。

「――草を分って狩りけるに。身を何と那須野の原に。顕(あらは)れ出でしを狩人の。追っつまくっつさくりにつけて。矢の下に。射ふせられて。即時に命を徒に」

[やぶちゃん注:「分って」は「わかって」。「追っつまくっつさくりにつけて」は『新潮日本古典集成』の「謡曲集 中」の本文では、『追ふつくつつさくりにつけて』で、注によれば、『「追ひつまくりつ」の音便で、オッツマクッツ。「まくると云は、犬と馬との間遠き時、犬に近くあはんとて、手綱をつかひて馬を寄する事を云也」(『犬追物付紙日記』)』とある。「徒に」「いたずらに」。]

 ……ああ高等学校の裏手の、だだっぴろい素人下宿。そこの隠居の老いたる能楽師、古ぼけた鼓の音。枸橘(からたち)の垣根にかこまれたうす暗い部屋。母屋から流れてくる漢方薬の匂い。朽ちかけた竹の濡れ縁。そこに下宿している文科生徒の自分の姿。同じく鍋島両介のこと、など。一昔前のそれら風物や雰囲気が、今あやふやな声の抑揚にのって、六郎の酔った意識の面に、きれぎれに浮んできた。

「那須野の原の。露と消えてもなお執心は。この野に残って。殺生石(せっしょうせき)となって、人をとる事多年なれども――」[やぶちゃん注:同じく「殺生石」の前の引用に続く全体のコーダの一節。]

 あるもどかしさが、とつぜん六郎を駆りたててきた。ふいに声がとぎれた。そのまま彼はうながされたように、ゆらゆらと立ち上った。そして腰をすこし引いて、不器用に身構える姿勢をつくった。

「こんな型だったかな」

 うろ覚えの記憶をたどって、舞うつもりである。このひとくさりの仕舞の型を、彼は一昔前、あの下宿の能楽師から教わったことがあった。その記憶を手足の動きに確めながら、六郎はいきなり二三歩部屋のなかに踏み入った。脚がふらふらする。酔いに乱れた頭のなかで、まさに演技に入ろうとする自分自身の姿勢を、六郎はその瞬間はっきりと自覚した。その自覚が、彼の動作をやや活潑にした。舞いの記憶もあやふやなので、低声で文句を口吟(くちずさ)みながら、彼はわざと畳を鳴らし、徒手体操のように乱暴に手足を動かした。トンと足踏みする。両手を蟹のように構えて、すり足で前へ進む。くるりと廻る。なにかを抱くように、双手を内側によせる。

(あれはまずい演技だったな)

 鈴子を抱きしめた時の感じが、ふとした動作の聯想で、強くよみがえってくる。ちりちりした髪の感触、肌の色とほのかな匂い、はげしく揺れ動く胸の厚み、双の肩胛骨(けんこうこつ)のぐりぐりした動きなど。それらが突然なまなましく、皮膚の表面に戻ってくる。前後を切り離した、それのみの感覚として。――そしてその感覚が、なぜか急に混乱したように、二重にずれてぼやけるのを、六郎は瞬間に感知した。意識の人口に立つ鍋島の幻像が、その時ひとつの焦点のなかに、急速につかつかと歩み寄ってくるのを彼はかんじた。

(鍋島が鈴子を抱く。あるいはその感じを知らず知らず、おれは探っていたんだな)

 六郎の身体は弓を射る形となって、なにかを追っかけ廻すように、部屋をななめに勢いよく動いた。ふと立ち止って、はずみをつけてクルクル廻る。瞬時にしてこんどは射られる側となり、両手を大きく振り廻し、片足を上げて、すばやく体を一回転する。いきなり高く飛び上り、中空で脚を組んで安坐の姿勢となり、そのまま物体のように落下する。かたい畳が、ぐんと尻を衝(つ)き上げてくる。たけだけしい快感が、そこにあった。たちまち六郎ははね起きて、当初の姿勢にもどり、また同じコースを動き始める。その演技の中だけの充足感が、やがて彼のすべてを領してきた。着物の下で、彼の肌はしっとりと汗ばんできた。矢の下に射伏せられ、石となる瞬間の感じは、あの故知れぬ韜晦(とうかい)の快感に酷似していた。同じ動作を、執拗に彼はくりかえした。

[やぶちゃん注:この最後の段落で六郎が演ずるそれは、「殺生石」の終盤の演舞のいかにも痛そうな、それである。YouTube の『いしかわの伝統芸能WEBシアター「能」』の「殺生石」(宝生流)の2700以降で見ることが出来る。なお、以上の部分を読むと、鍋島両介と小野六郎は旧制高校時代以来の友人であることが、判ってくる。これは「一」の初めの方でも匂わせられてあり、さらに言えば、両介の妻鈴子をも、六郎は彼女が結婚する以前から両介の紹介で知っていた雰囲気が濃厚である。「一」の最初の方の六郎の台詞「猿って、あの地方のやつだな。きっとそうだろう。あの山には、猿が沢山いたからな。そいつは奥さんの方の――」を、「あ。鈴子のだ」と、鍋島が『かるくさえぎった』という部分が、それを強く示唆しているのである。而して、現在時制の主人公が、精神的にどこか病んでおり、戦中を回想し、さらにその戦前の旧制高校時代を想起するという構成は、まさしく「幻化」のそれと酷似していることに気づく。「幻化」では、名を伏せた旧制高校が、ロケーションから、梅崎春生の履歴と合致する熊本五高であることが判然とするし、そもそも、そちらでは、作者梅崎春生自身、主人公久住五郎が自身の分身であることを、全く隠そうとする雰囲気は皆無であるが、本篇にしても、小野六郎の異様な注視による観念的関係妄想は、精神医学書からの借り物ではなく、まさに作者自身が体験している事実実感を的確に叙述しているという印象を与える点で、二作は、全体の構成や叙述法にあっては、全く距離がない双生児に近いと言ってよいのである。されば、本作は、ある意味では、「幻化」へと発展することになる、準備稿的なものであったのではなかろうか? そう仮定する時、先の「基地隊」というのは、梅崎春生が配属された佐世保相ノ浦海兵団本部、或いは、その後に転々とした九州の海軍基地の通信隊、又は、終戦を迎えた桜島の「回天」特攻秘密基地であると、比定し得ることになるのであり、また、「あ。鈴子のだ」すぐ後に「あの頃あの基地隊のうしろの山」以下が六郎の内心として語られることからは、この鈴子の郷里も九州であることが同じく確定すると言える。

 

      

 

 小野六郎は、病気になった。

 はじめ腰から大腿部へかけて、筋肉の感じが、すこしずつ変であった。と思ううち、しだいにそれは、にぶい痛みとかわってきた。なにか重いものを、そこらに押し込まれたような、不快な圧痛である。起きていると少しつらいので、朝から床をとって、六郎はじっと横になっていた。そして、布団を頤までかぶせ、眼をうすく開いて、庭の景色をぼんやり眺めていた。痛みが気になって、食慾はほとんどなかった。熱もいくらかあるようだ。ものの形がうるんで見える。不快な状態のまま、午後になった。布団のなかに背をまるめて、いつか六郎はうとうとと眠りに入っていた。

 そうして眠っている間に、痛みは急速に強まってきたらしい。二三時間経って、おびただしい盗汗に目覚めながら六郎はすぐそれと気付いた。なにげなく身体をうごかすと、ギクリと腰に響いてくるものがある。じっとしているぶんには、さほどでもないが、不用意に姿勢を変えようとすると、痛みがそこから猛然と発してくる。思わず呼吸をつめるほどの、はげしい痛みだ。骨かその付近の、とにかく身体の深部に、その痛みはうずくまっているようであった。[やぶちゃん注:「盗汗」漢方医学で「とうかん」と読むが、私は素直にそれとイコールの「ねあせ」(寝汗)と読みたい。]

「あれが、悪かったのかな。あの飛上り安坐が」

 厠(かわや)に立とうと思って、ぎくしゃくと柱につかまり、やっとのことで中途半端な姿勢になった。そしてその途中で、悲鳴をあげた、と六郎は思う。そのまま立ち上ることも、元のように坐ることも、出来なくなってしまった。今の姿勢では、どうにか痛くないが、どちらへちょっと動いても、激烈な痛みが予想される。痛さと痛さの谷にはさまれて、六郎はひよわなカマキリのように、柱にしがみついて硬直していた。不自然な中腰なので、手やふくら脛などが、その形を保つ無理な努力で、すこしずつ痙攣(けいれん)してくる。台所からテツが出てくるまで、顔に汗をにじませながら、六郎はその恰好でいた。テツの無感動な声が、直ぐうしろでした。

「どうしたの」

「こんな恰好(かっこう)に、なってしまった」

 柱を見詰めながら、六郎は低く笞えた。笑おうとしても、うまく笑えなかった。その笑えないことが六郎に、つよく敗北をかんじさせた。姿勢はそのまま、片手を用心深く、柱から離しながら、

「ちょっと、肩を貸して呉れ」

 テツの肩や腕にたすけられて、そこにしゃがみこむまで、まる二分間かかった。ひどく骨の折れる作業である。体をそろそろ倒して、布団に平たくなりながら、六郎はうめくようにして言った。

「医者を、たのむ」

「どこを、どうしたの」

「筋を違えたらしいんだ」

「どこ?」

 テツの掌がそこに辷(すべ)って、その部分をかるく揉(も)むように動いた。六郎はいらいらしながら、身体を伏せたまま、じっとしていた。テツは掌をはなして、しずかに立ち上った。そこらをすこし歩き廻る音がして、やがて庭からひっそりと出てゆく気配がした。

 医者を呼びに行くには、長すぎるほどの時間が経った。テツはなかなか帰ってこなかった。[やぶちゃん注:或いは、梅崎春生の年譜を見たことがある方は、彼が、晩年に、かなりの骨折をしているを覚えておられるかも知れないが、あれは本篇公開から十二年も後の昭和三七(一九六二)年十月のことであるので、違う。底本別巻の年譜によれば、同年十月、『子供とふざけて転倒、第十二胸椎圧迫骨折、さらにギックリ腰ともなり難渋する』とあるのが、それである。]

 しかしその間に、彼はしだいに、先ほどのいらだちから解放され、ふしぎに平静になってゆく自分をかんじた。それはおおむね、いまの自分の姿勢からきている。その自覚も、同時に彼にあった。彼は胴体や足をうつ伏せにして、頭だけを横にむけていた。右の耳たぶが折れたまま、固い枕に押しつけられている。そこの血管の蠕動(せんどう)につれて、時間がのろのろと動いてゆくのが判る。縁さきにやぶ鶯(うぐいす)の声が聞えるが、この位置から姿は見えない。見えるのは障子に区切られた、縦細い庭の一部だけだ。猿の檻の檐(のき)に、サルスベリのぬめぬめした梢が、何本もくねって伸びている。彼の眼にはその風景も、うるんだ膜を冠っているように見えるのだが。そして彼はしずかに考えた。

(ここには誰もいないな。誰も――)

 鋏をもがれ、脚をくくられたドブ蟹。ただ待つだけで、自分から動いたり働いたりする機会を、すべて失った状況。それを六郎は自分に感じた。それを自分に課して感じることで、彼は今ひとつの平衡をとらえていた。ひらたく布団に腹這(ば)ったまま、彼はやがてその平衡を、あぶなくたのしみ始めていた。身体の平衡だけでなく、精神のそれをも。これがいつもの自分のシステムだ。いつもここに安坐してしまう。しばらく虚脱したように、全身の筋肉をゆるめながら、六郎は物憂(う)くそう考えていた。自らを尿器に擬することで満足を得る、ある種の性的変質者のやり方に、それはどこか似ている。そう思うと、ある弱い笑いが彼の咽喉(のど)に、泡のようにこみ上げてきた。

 そのままで、また長い時間がすぎた。台所の方で下駄を脱ぐ音がする。上げ板がカタリと鳴った。

 やがてそこから、畳を踏む跫音(あしおと)が、やわらかく近づいてくる。耳をぴったり枕につけているので、その撓(しな)やかな跫音は、骨のないようなテツの素足の感じを、じかに六郎の神経に伝えてくる。

「加減はどう?」

 黒っぽい袷(あわせ)をきたテツの身体が、視野の端にあらわれて、ゆるゆると近寄ってきた。臙脂(えんじ)色の半幅帯が、結び目がすこしゆるみ、垂れた端がかすかに揺れている。六郎の眼はそれを見ていた。そしてテツのなじるような声で、

「何をわらっていらっしゃるの」

「何もわらってやしない」

 顔を動かさず六郎はこたえた。

「じゃ、もうおさまったの」

 すこし経って、そこにしずかに坐りながら、テツが訊ねた。六郎は瞳だけを動かして、テツの顔を見上げていた。薄い眉毛。距離のひらいた双の大きな黒瞳(くろめ)。いつもは童女的なその顔の輪廓が、下から見上げるせいか、妙に成熟した色と匂いをたたえている。六郎は痛みを誘い出すように、わざと眉をしかめながら、しゃがれた声で言った。

「やはり、痛い」

「そうでしょう。あんな真似をするんだもの」

 それからテツは、一昨夜の六郎の「飛上り安坐」について、ちょっと非難めいた口振りをした。

「あんな乱暴なことをするから、筋を違えたりするのよ。あれはなに?」

「乱暴じゃないさ」

「乱暴よ。あそこの根太が、すこしゆるんでるわ。あるくと、ゆらゆらする」

 あの夜、テツはいつ頃、帰ってきたのだろう。それまでどこに行っていたのかも、六郎は知らないのだが。――焼酎の酔いに乗り、座敷いっぱい殺生石(せっしょうせき)を舞っていて、ふと気がつくと、縁さきの暗がりにテツが立って、こちらを見ていたのだ。通りすがりに立ち止って、なにげなく眺めている、そんな感じであった。それだのに、それまで自分の動作を演技だと、はっきり自覚していたくせに、その無造作な視線にあっただけで、なぜか動作の根源にあるものが、みるみる萎縮してしまうのを六郎は感じていた。へんな抵抗を覚えながら、六郎は舞いやめた。そう言えば、あの時舞っていた時も、強く足ぶみすると、畳がぐらぐらしていたような気がする。酔っているせいとばかり、六郎は思っていたのだが。

「あれはああいう、仕舞の型なんだ」

「上から落ちてくるのも、それ?」

「そう。あれで尾骶骨(びていこつ)でも、打ったかも知れない」

「そうでしょ。根太がとっても、ぐらついてる」[やぶちゃん注:「根太」「ねだ」。床下に渡し、床板をのせて直接支える角材。]

 表情のすくないテツの顔に、かすかに笑いがうかんでいる。根太がゆるんだことと、六郎が筋を違えたこと、その明快な因果関係を、こんどは単純にたのしんでいるように見える。袷が黒っぽいので、皮膚の色が白く浮き、光線のあたる半顔に、コノシロの腹の肌のような艶とあぶらをのせている。六郎はそれを上目使いに、ぼんやり眺めた。そして近頃テツの顔を、正面から眺める習慣をうしなっていたことに、彼はやがて気付いていた。六郎の視線を無視するように、テツは手をしなやかに曲げて、耳にかぶさった髪毛を、意味なくかき上げている。その動作のなかに、ある異質のものの投影をふと感じると、六郎はひるんだように顔を外らして、庭の方に視線をうつしていた。しばらくして、テツは身じろぎしながら、ふくんだ感じの声を出した。

「お医者さまより、揉療治の方が、よくはないの」

「うん」

「揉療治の方が、きっと利くわ。もうせん派出会にいた頃、あたしよく見たわ。その方がずっと、利くんですって」[やぶちゃん注:「派出会」恐らくは、一般家庭からの多様な求めに応じて出向いて、家事その他をする派出婦を派遣する組織であろう。]

「しかしまだ、病名も判らないんだから。とにかく医者に見せなけりゃ」

「あら。揉療治さんでも、診断できるのよ。それが専門なんですもの」

 鶯が一羽、サルスベリの梢にとまっている。短く啼きながら、梢を小刻みに移動している。ふしぎなものを眺めるように、六郎の眼はそれを見ていた。鶯の黒っぽい尾は、啼声といっしょに、意味なくよく動く。

「お医者さん、呼んだのかね。おテツさん」

 しばらくして、下半身は動かさないようにして、枕の上で顔の向きだけをかえながら、六郎は低い声で訊ねた。膀胱(ぼうこう)の辺が張っている感じだが欝然たる痛みに押されて、さきほどの尿意はすでに消えている。腰の容積が二三倍になったような、不安な膨脹感だけが、そこにあった。

「呼びましたよ、もちろん。もうじき来る筈だわ。揉療治さんも」

「へえ。それも頼んだのか。どこの?」

「そら、新しく看板が出てるでしょ。火の見櫓(やぐら)の下の――」

「ああ、釜吉さんの家ね。あれは、お内儀(かみ)さんのしごと?」

「いいえ。釜吉」

 いやにはっきりした調子で、テツは言葉を切った。そしてゆっくりと庭の方を振り返りながら、あとはつけ足すように、

「根太のことも、頼んできたわ。ついでだから」

 釜吉の家の小さな玄関に、白木の新しい看板がかけてある。それに六郎が気がついたのは、半月ほども前であった。それには勘亭流みたいな書体で、大東京指圧学校分校治療部、と大きく記してある。その文句の横に、いつでも治療依頼に応じることや、弟子を募(つの)るという意味のことが、細字でつけ加えてあったようである。通りすがりに始めてそれを見たとき、釜吉のお内儀の内職かと、ふと六郎は考えてみたが、それをその看板では、たしかめずに終っていた。釜吉の女房は釜吉よりも五つ六つ年上で、闇の主食などをこっそり取扱っている。頰がひらたく蒼白で、不自然なほど髪の多い女だ。頸のうしろでそれを束ねているが、豊穣な毛髪は、切り立った耳朶(じだ)を覆うて[やぶちゃん注:ママ。]、なお左右にふわふわと張出している。疲れたふうにそこだけ赤らんだ眼縁から、なにか無表情な固い瞳が、まっすぐにこちらをのぞいているのだ。背が低いのに、つねに真新しいわら草履(ぞうり)をはいて、街をあるいている。巫女(みこ)か霊媒みたいな印象を、いつも六郎は受けていたのだが、その看板を見たとき、すぐ聯想(れんそう)がお内儀に結びついたのも、おそらくその感じからだったのだろう。指圧という字面の、どこかものものしい、押しつけてくる感じ。釜吉は大工なのだから、六郎のなかで無意識裡(り)に、その結びつきから除外されていた。――しかし今テツからそうと聞けば、あの勘亭流じみた書体は、まさしく釜吉の感じにも、つながっているようだ。指圧師釜吉の風態が、そっくり浮び上ってくる。そう思うと、あちこちの筋肉がひとりでに小刻みに動き出すような、妙な感覚におそわれて、六郎は思わず枕に頭を立てた。痛みがぐきりと、腰の蝶番(ちょうつが)いにひびく。彼は鼻翼にうすく汗をにじませ、ゆるゆると顔を横に伏せながら、ひとりごとのように言った。[やぶちゃん注:「眼縁」ルビがないが、「まぶた」と当て訓しておく。「目の縁(ふち)」の意で「まなぶち」「まなぶた」「まぶち」などとも読む。]

「――大工じゃ、食えないのかな。そうだろうな。しかし、いつ指圧などを、あいつは覚えたんだろう」

「軍隊ででしょ」

 庭の方に顔をねじむけたまま、テツが返事をした。長者門の方角で、自転車がとまったらしく、鍵をかける音がカチャカチャと聞えてきた。そして跫音が庭に入ってくる。

「そう言えば、材木だって、人間の身体だって、まあ同じようなもんだからな」

 妙なところで丹念な釜吉の仕事ぶりを、六郎は今思い出していた。たとえば材木に穴をあけるにしても、組み上がれば穴は見えなくなるのに、その穴の内側や底まで、なめらかに削らねば承知しない。鉋(かんあ)を磨くとなれば、半目も費やして、剃刀みたいにとぎ上げる。浣熊(あらいぐま)のやり方みたいな、そんな神経質な丹念さを、釜吉は一面に持っている。雨蛙みたいなあの風貌や、不細工にふくらんだ胴体。関節がないような感じの、短い筒に似た指。あの指先が、と六郎はぼんやり考えた。あれがどんなふうに動いて、他人の肉体のあちこちを押えるのだろう。そこまで考えたとたんに、不随意な戦慄が背筋をちらと走りぬけて、あわててそれを断ち切るように、向うむきのテツの白いうなじに、彼は自分のでないような声で問いかけていた。

「さっきは、釜吉の家に――お内儀(かみ)さん、いなかった?」

「いいえ。――あら、お医者さまよ」

 縁側でいそがしそうに靴を脱いで、せかせかと小さな老人が、部屋に上ってきた。外套のまま枕許に坐ると、懐中時計をとり出してキチンと膝の上に置き、革鞄をがちゃりとあけて、もう気早く聴診器を引きずり出している。そしてそのゴムの部分を、掌にくにゃくにゃ巻きつかせながら、どんな雰囲気にもぬっと闖入(ちんにゅう)して意に介しないような、れいの職業的な口調で、

「如何ですな、具合は」

 六郎はかんたんに病状を説明した。しかしその説明も、老医師はほとんど耳に入れていない風である。形式的にうなずくふりはしているが、身体はしきりに働いて、脈を取ったり、鞄から検温器を出したり、いきなり手を伸ばして、説明中の六郎の眼瞼をひっくりかえして見たり、とにかく寸時も恂き止まなかった。その忙がしい動きのおかげで、あらかたの診察は、それから五分ぐらいで済んだ。[やぶちゃん注:「闖入」突然、無断で入り込むこと。]

「こりゃ、坐骨神経痛だね」

 検温器や聴診器をひとまとめにして、ごちゃごちゃと鞄に押しこみながら、医者は早口に言った。

「よくある病気ですよ。注射でもしときますかな」

 診察中はすこし乱暴に、下半身を押したり突かれたりしたので、やっと苦患(くげん)に離れた思いで、六郎は眼を開いた。医者は注射器をとり出して、筒の辷(すべ)り具合をしらべている。赤ん坊の腕ほどもある、太い注射筒だ。その先についた鈍色(にびいろ)の針の形を、決着しない気持で六郎は眺めた。針の長さは、二寸位もある。

「それから患部は、あっためたがよろしい。懐炉でいいでしょう」

 アンプルを切る医師の姿にかさなって、その背後に、白っぽいものが動くと思ったら、いつの間にか縁側に、釜吉がちゃんと坐っていた。身幅の狭い白い上っ張りを、引詰めるように着て、両掌をきちんと膝にのせている。律義な侍従のように、取り澄ました顔をやや傾け、眼をちろちろと動かしている。いつやって来たのか判らない。何時間も前から待っていると言ったふうに、しごく沈着な態度で、いかにも神妙に控えている。と見たとき、その神妙さがとたんに崩れ、首がのり出すようにゆらゆら伸びて、医師の肩越しに、六郎の裸の腕をのぞいてきた。その翳(かげ)りのない巨きな黒瞳に、動物的な好奇の色がはっきり浮んでいる。その瞬間前肘部(ぜんちゅうぶ)の一点に、六郎はチクリとするどい痛みをかんじた。

[やぶちゃん注:「引詰める」「ひっつめる」。「巨きな」「おほきな」。]

 上膊をゴム紐(ひも)できつく緊縛(きんばく)され、青くくっきり浮いた正中静脈に、針が半分ほども突きささっていた。そこから薬液がすこしずつ、用心深く体内に入ってゆく。しばらくすると咽喉(のど)の奥の奥から、湿った灰みたいな妙な匂いが、不快な温感をともなって、口腔いっぱいにひろがってきた。

「やはりこんな病気は、ころんだり蹴られたりして、起るものですか?」

 注射が三分の二ほど済んだ頃、聞いておかねばならないつもりになって、六郎は訊ねてみた。六つの眼が自分の肉体の一点にぞそがれていることが、なにか面白くない気持である。

「ほとんどそうじゃないね。そういう場合は、ごく稀れですよ」

 ポンプを押す手をひと休めして、医者は額の汗を拭った。小量の血が、紅い煙のように、注射筒に逆流するのが見える。医者のうしろで釜吉が、詰めていた息をはき出す鼻音を立てた。それは変に肉体的な、色情的と言っていいようなものを、六郎に感じさせた。その感じは、せんだって鍋島が釜吉について語ったことと、つよく関連していた。その時テツが側から口を出した。[やぶちゃん注:「せんだって鍋島が釜吉について語ったことと、つよく関連していた」れに相当する記載は、これ以前には、ない。私は当初、この「鍋島」は「一」の後半で、《二瓶》が釜吉を評した「あいつはね、君、曲者(くせもの)だよ。」と言ったのを、梅崎春生が《鍋島》に勘違いしてしまっているのではなかろうか? と疑った。それは戻って読めば判るように、この二瓶の釜吉への批評は、それ以前に『鍋島が二瓶を評した言葉』『とそっくり同じであ』って、鍋島は以前に二瓶と初めて小野の家で逢い、二瓶が帰った後に、「今の男はただ者じゃないな」「とにかく一筋縄でゆく男じゃない」と二瓶を批判した、とあるように輻輳構造になっているからであった。だが、「せんだって」と言う言い方では、如何にもそのシークエンスは離れ過ぎているようにも見える。結論を言うと、これは梅崎春生の錯誤ではない。以下、読み進められれば、判る。則ち、ここは所謂、「倒叙法」をとっているのである。]

「でも先生、二三日前すこし酔って、ひどく飛んだり跳ねたりしましたのよ」

「それとは別でしょう。おそらく」

 残りの薬液が注入される短い間、ふと白けてからっぽになった頭の中に、ある図式のようなものを、六郎はちらと感じていた。人間や人間関係から、いろんなものを捨象した、かんたんな線の組合せみたいなものを。しかしそれら交叉(こうさ)のなかに、彼は入ってはいなかった。彼自身はいつかその図式を離脱して、こちらの岸に立っている。――六郎は注射器から眼をそむけた。しばらく医者の顔からテツヘ、テツから釜吉へ、釜吉の顔から医者へ、ただ見るだけの視線を、ゆるゆると這わせていた。そしてやっと注射が済んだ。自分が妙な笑い顔になっているのを、そのとき彼はぼんやりと自覚した。頰の肉の感じとしては、それは作り笑いに似ていた。

「さ。これでよし、と」

 道具を手早くかたづけながら、老医者はもう中腰になって言った。

「これで、明日まで、様子を見ましょう」

「いそがしい先生ね」

 医者が靴をつっかけて自転車で帰ってゆくと、テツが待ちかねたように口を開いた。

「今の注射、利(き)いたかしら。痛みは、どう?」

「さあ。医者ってどれも、あんなものだろう」

 縁側では釜吉が、首を元のように戻して、ふたたび神妙な形に坐っている。両掌を膝にそろえたまま、ちろちろと上目使いして、こちらをうかがっている様子である。そしてしずかな声で、相槌(あいづち)を打った。

「医者ってみんな、あんなものでさ」

 横臥して揉(も)んで貰う姿勢になったとき、痛むのは腰だけだと言うのに、全身を揉まねば効果がないのだと、釜吉は頑強に主張した。痛みはその部分に発するのではなく、他の筋から来るのが多いというのが、その言い分である。身体のことなら何もかも判っているぞ、といった風な口ぶりであった。それならば、それでもいいので、六郎は材木のように口をつぐんだ。釜吉のつめたい指が、まず六郎の首筋にかかる。

 釜吉の指の力は、案外につよく、しなしなと粘着力があった。しかしその割には、深部に響いてこないようである。筋の押し方にも、初心らしい稚拙さがあった。テツは側に坐って、黙ってそれを見ている。六郎の身体にかぶさるようにして、首から肩、肩から背中と、丹念に押して行きながら、釜吉は怒ったような声で、しきりに医者の悪口をしゃべった。いまどきの医者は対症療法だけで、病理の根源を知らないというのである。その言い方も、言葉を重ねれば重ねるほど、どこか受売りじみてくるようであった。近頃どこかで速成的に、教わってきたらしい口跡である。またひっきりなしにしゃべることで、技の稚拙さをごまかしているようにも見えた。

「注射なんて、ありゃあほんとに、インチキなもんですよ」

「インチキかねえ」

「インチキですよ。瓦が飛んだところに、ベニヤ板貼りつけるみたいでさ」

 押す手がしだいに腰部に移ってくると、さすがにそこらはひしひしと痛み響いて、六郎がうめいたりするので、釜吉の指の動きも、おのずと慎重になる風であった。慎重というより、あやふやという感じに近い、心もとない手付きになりながら、それの弁解のつもりか、釜吉は唐突に話題を変えて、身体の不完全さについて説明し始めた。人間の身体というものは、ふつう考えられているような巧緻なものでなく、ごく出来が悪い、不完全なものだというのである。

「てんでガタピシですよ。こんな人間を造った神様の気持が、あたしには、どうにも判らないや」

 六郎は顔をしかめて、それを聞いていた。人間の身体はまるで、素人(しろうと)が設計した十五坪建築みたいだ、というのである。一つでいい器官が二つもあったり、役にも立たない器官があちこちに、飾りみたいに取りつけられていたりする。また生殖器と排泄器を兼用するような(ここらで釜吉は語調に力を入れた)、そんな節約した設計がしてあるかと思うと、その反面、背中みたいな広闊(こうかつ)な部位を、のっぺらぼうのまま放置してあったりする。内臓の配置にしても、立って歩くようには出来ていず、這って歩くのに適したように仕組んである。脛(すね)のあたりを圧しながら、そんなことを釜吉は言い聞かせるように呟(つぶや)いた。

「やはりまだ、立って歩くのは、無理なんだね。木組みもヤワだし、あちこち手が抜いてあるし、ね」

 圧す指がずっと下ってきて、最後に蹠(あしうら)がくねくねと揉み立てられた時、六郎は衝動じみた笑いとともに、ある神経的な不安が全身を駆り立てるのを感じた。皆が知っていることを、自分ひとりが知らないでいる、そういう感じの不安に、それは似ていた。足指が一本一本引っぱられ、そして治療は終った。

「さ。これでいくらか、お楽(らく)になりましたでしょ」

 釜吉は三尺ほど後すざりして、畏(かしこ)まった姿勢に戻り、しずかに莨(たばこ)をとり出している。テツが茶を入れに立ち上った。いつか痛みもどんよりと薄れ、事実いくらかラクになったようである。用心しいしい身体をおこし、やがて六郎はあぶなく床の上に正坐していた。痛みはラクになったけれども、すこしばかり忌々(いまいま)しい感じがないでもない。

「ありがとう。よほどいいようだ」

 六郎も横をむいて莨を吸いつけながら、感じを殺してそう答えた。釜吉は鼻のわきに小皺(こじわ)を寄せて、うっすらと笑っている。足裏を揉(も)まれたときの、あの奇妙な不安定感が、ふたたび六郎の身体を茫漠(ぼうばく)とはしり抜けた。彼はわざとゆっくり手を動かしながら、声の調子をすこし落して、何気ない感じのつもりで問いかけていた。

「鍋島の家は、もうすっかり、出来上ったのかね?」

 それはさっきから訊ねてみようと思っていた質問であった。しかし口に出したとたんに、無計算な悪意とでも言ったようなものが、かすかに胸に揺れ動くのをかんじて、六郎は言葉を切った。自分がそんな姿勢になっているということ、それが次の瞬間、ある不快な抵抗を彼にもたらしてきた。

「ええ。ええ。もう九分通りはね。建具さえ入れれば、結構あれでも住めますよ」

「広さは、どのくらい」

「建坪で、三十坪もあるかね。なにせ惜しいもんですよ。あと一息というところだからね」

「じゃ、何故あんたは、仕事を止めたの?」

「だって鍋島の且那は、手間賃も呉れねえんですよ。指図だけは、さんざんする癖にね」

「そんなことかな」

 少し腑におちた感じにもなって、六郎は独り言のように言った。

「そんなことかも知れないな」

「そんなことですよ」口をとがら廿るようにして、釜吉は復唱した。「金がない訳はねえんですよ。出し渋ってんですよ。いつもあの且那は、パリッとしたなりをしてるしさ」[やぶちゃん注:太字「なり」は底本では傍点「﹅」。]

「そうかな。パリッとしたなりをねえ」

「しかしあの且那の眼はへんだね。ありゃあただ者の眼じゃないね。妙にぎらぎらして、追いつめられたイタチみたいでさ」

 そう言いながら釜吉の視線が、こちらをうかがうように、ちろちろと動いている。六郎は急にあいまいな笑い顔になって、ぼんやりと庭の方に注意を外(そ)らしていた。釜吉のその言葉から、鍋島の精悍な風貌や食い入るような眼付きなどが、まざまざと瞼の裡に浮んでくるようであった。なぜ自分のこの眼で眺めるより、第三者の眼を通じる方が、そのものの形がおれに髣髴(ほうふつ)としてくるのだろう。その思いもちらとひらめいただけで、すぐに六郎の胸から消えた。吸い捨てた莨の煙が、ちりちりと眼に沁みてくる。ぎごちなく膝をくずしながら、彼は気の抜けたような声でこたえた。

「あいつには、金がないんだよ、きっと」

「そうですかねえ」

「それですこしは、イライラしているんだろう。それとも、そんなふりをしてるのかな」

 鍋島の事業がうまく行かず、その新築中の家も、二重三重の抵当に入っている。そのことを六郎は知っていた。ついこの間、はっきり知ったばかりである。しかし彼の事業の経営が、よほど前から下り坂になっていることは、いつか六郎もうすうすと察知していた。預った猿の月々の飼育料が、しだいに遅滞する傾向があったし、時折訪ねる鍋島の事務所の、どこか荒廃したような空気にも、そのことは感じられた。またそれよりも、彼にたいする鍋島の態度の変化に、それは微妙にあらわれてくるようであった。その微妙な推移は、もちろん他人には判らないことだし、あるいは鍋島自身もはっきりとは、自覚していないことかも知れなかった。しかし六郎は本能のように、鍋島の内部にひそむものの翳(かげ)を、いつも敏感にとらえていた。その暗いものの動きは、六郎の心の中ではっきりと、ひとつの危機の予感につながっていた。その翳のうごめきも、会うごとに少しずつ、その濃さを加えてくる気配があった。ことに酔った時の鍋島の眼は、その感じをかくすことなく、露骨にあらわしてきた。追いつめられたイタチのそれのように、おびえたような、うながすような、またいどんでくるような色をたたえて、ぎらぎらと光っている。あの夜もそうであった。猿の預り代を請求に、鍋島の事務所を訪ねた日のことである。それは十日ほど前になる。釜吉の話もその時出たし、家が抵当に入っていると知ったのもその夜のことであった。飼育料の請求に行ったのに、その金は呉れようとはせず、彼はだまって六郎を、近所の小料理屋に連れて行った。奥まった小部屋で酒を飲みながら、話のついでのように、鍋島がこう言った。

「あの猿はね、もう君にやるよ。売るなり捨てるなり、君の自由にしてくれ」

 あまり何気ない言い方だったので、六郎はとっさに受け答えが出来ず、しばらく黙っていた。すると鍋島は咽喉(のど)の奥で、かすかに笑いながら、かぶせるように言葉をついだ。

「もうあいつも、君の方に、情がうつっているだろう。おれのところに引取る手はないようだな」

「家はまだ出来上らないのかい」

 少し経って六郎はそんなことを訊ねた。

「釜吉が入っているという話だったが」

「あの男は、もう止めたよ。こちらから断ったんだ」

「なぜ?」

「おれの留守中に、あいつは鈴子に言い寄ったんだ」

 鍋島の眼の奥に、暗く深い穴のようなものを、六郎は瞬時にして見た。その言い方も何気ない低い声であった。そして鍋島はうつむいて、グラスにかるく唇を触れている。そのうつむけた頭の地肌から、数多(あまた)の粗い毛根が、そこだけレンズで拡大したように、なまなましく六郎の眼に映じた。強い当惑に似た感じが、彼の胸をかすめた。釜吉が鈴子に言い寄る架空の状況が、六郎の脳裡に、へんにまざまざと浮んできたからである。次の瞬間、記憶の中の一片の形が、突然はっきりと彼の意識をとらえていた。いつか釜吉が庭で放尿していて、その時ちらと見た、その部分の原形であった。それは不自然なほど黒く、濡れたような艶をもって、今六郎の想像の視野の中空に、重々しく揺れ下っている。頭を振ってそこから逃れようとしながら、彼もまた手をグラスに伸ばして、同じ質問をくり返した。

「じゃ、家はまだ、出来上らないのかね」

 釜吉を鍋島に引き合わせたのは、もともと六郎である。猿小屋の建築費を、直接の方がいいと考えて、釜吉を鍋島のところへ行かせたことがある。端緒はそこに始まったに違いなかった。

「おあ」

 鍋島は顔を上げ、しばらくしてうなずいた。うす赤く血走ったが、いどむような光をはなって、じっと彼を見詰めている。こんな感じの鍋島の眼を、六郎はこの十五年ほどの間に、何度か見たことがあった。

「あれはほとんど出来上っているんだ。畳とか建具を入れさえすればね。あれはあれでいいんだ」

「じゃ直ぐ引越せばいいじゃないか」

「まあ、そんなことになるかな」

 グラスに唇をつけながら、鍋島はそのままじっとして、なにかを思いめぐらしている表情になった。そして低く押しつけたような声で言った。

「そのことで、君にひとつ、頼みがあるんだ。きいて呉れるだろうな」

「頼み?」

「頼みというほどのことじゃない。何でもないことなんだ。つまり君が、おれの債権者になって呉れればいいんだ。カンタンな仕事だよ」

「債権者って、僕には金なんかないよ」

「そりゃ知ってるさ。貸して呉れと言ってるんじゃない。ただそういう恰好(かっこう)さえして呉れればいいんだ」

「恰好だけで、いいのかい」

「うん。そして執達吏を使ってね、あの家をさ、モロに差押えして貰いたいんだ」

 それから鍋島はそのやり方について、簡単な説明をした。その説明では、六郎を仮装債権者に仕立てることによって、差押え物の売得金を、鍋島はほとんど自分の手に還元しようというのらしかった。鍋島もすこし酔っていて、舌がもつれたり、説明が前後したりしていたし、六郎もその方の知識が乏しいので、その要点がうまく摑(つか)めないでいた。説明が終ったところで、六郎は訊ねてみた。

「つまりね、あの家はもう、担保(たんぽ)に入っているという訳だね」

「そういうことになるね」

「じゃ君のそのやり方は、法律にも触れるわけだね」

 鍋島はぎらぎらする眼をあげながら、とつぜん、つめたい笑いを頰に刻んだ。そして掌をたたいて、酒の追加を注文した。酒を運んできて、小女が去ってしまうと、六郎はも一度たしかめるように口を開いた。

「そのことを、君は今思いついたのかね」

「仮装債権者をつくるということをか?」

「いや。僕にその役割をふりあてる、ということをさ」

 濁った太い声で、鍋島は笑い出した。そして瓶に手を伸ばして、六郎のグラスに充たしてやりながら、冗談めいた口調で言った。

「君は昔から、いつもおれの債権者だったよ。おれは何度も君から、いろんなものを差押えされたりしたよ。な。そうだろ」

 その言い方は、よく判らないまま、妙に六郎の胸にからまってきた。六郎はグラスの胴を両掌にはさんで、酔った頭のすみで、しばらくその言葉の意味を考えていた。不自然な沈黙がきた。その沈黙のなかに、すべてがはっきりしないまま、なにかするどく脅やかしてくるものの気配を、六郎はありありと感知した。グラスを一息にあおると、自分が無抵抗な姿勢になるのを感じながら、それを立て直すように彼は口を開いていた。

「もひとつ聞くけれどね、それは僕じゃなくてはいけないのかね。他の人ではいけないのか?」

「君じゃなくては、駄目なんだ」

 断乎とした口調であった。

 なぜ、と問い返そうとして、六郎は口をつぐんだ。その気配を察したように、鍋島は彼を見据(す)えながら、声だけは急にやさしい調子になって、口早にささやいた。

「あ。そのことでね、近いうち、君のとこに行くよ。いつも家にいるんだろう」

 おれを共犯に仕立てることで、犯罪に引きずりこみ、その上で鍋島は、すべてを暴露してしまうかも知れない。今もそのつもりかも知れない。ふとそう思いながら、六郎の眼はおのずから探るような色を帯びて、鍋島の手の指におちていた。鍋島はしゃれたシガレットケースから、莨(たばこ)を一本とり出して、いま卓上のマッチをすろうとしている。ふだんでも酒焼けのした大きな顔が、いっそう赫くなって、油を塗ったように精悍な艶をたたえている。マッチがぼっと音を立てたと思うと、粗悪な製品だったと見えて、箱の薬紙に火がつき、しだいに側面からめらめらと燃え始めた。鍋島は指でその端をつまんだまま、青白い火の色にじっと視線をおとしている。そしてひとり言のように言った。

Though we weepか。こんなの、覚えてるかい。Though we weep and pawn our watchesさ。Two and two are four

 箱中の軸木に火がつき、シュッと小さい焔が四方にほとばしった。その瞬間にそれは鍋島の指から離れて、灰皿におちた。箱は灰皿の中で、青い焰をあげ、身もだえするようにくねりながら、しだいに黒くなってゆく。硫黄のにおいが鼻を剌してきた。

Though we weep ?」

「そう。and pawn our watchesさ。Two and two are four

「パロディかね」

「忘れたのかい。高等学校のとき、習っただろう。なにかのエッセイの中にあった文句さ。そら、川島教授のさ」

「どうも思い出せないね。しかし君は、よく覚えてるんだな。十何年前のことを」

「そりゃ覚えてるさ。おれはあれで落第して、その挙句、学校を追ん出されたんだからな」

 火もつけない新しい莨を、そのまま灰皿につっこみながら、鍋島は頭をゆるゆると上げた。表情が沈欝にゆがんで、じっと六郎を見詰めている。彼と知合って十五年の歳月を、その十五年間の二人の感情のからまりを、ごく短い時間に、六郎はその鍋島の顔に見た。そして次の瞬間、Xの笑いとでも言ったようなものが、胸の底からほのぼのと湧き上るのを、六郎はかんじた。何かが、どこかで、破滅するだろう。しかし、破滅するようなものが、ここらのどこに残っているのだろう? しかしその予感は、その時確実に、六郎の心を摑んできた。彼は笑いのかげで、かすかに戦慄した。

[やぶちゃん注:「Though we weepか。こんなの、覚えてるかい。Though we weep and pawn our watchesさ。Two and two are four」はイギリスの作家で詩人のギルバート・キース・チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton 一八七四年~一九三六年)のコント「歌わない小鳥」(‘The Little Birds Who Won't Sing’)の一節であることまでは、つきとめた。英文サイト‘Literature Network’のこちらで全文が読める。当該部は以下。

   *

   If reapers sing while reaping, why should not auditors sing while auditing and bankers while banking? If there are songs for all the separate things that have to be done in a boat, why are there not songs for all the separate things that have to be done in a bank?

   As the train from Dover flew through the Kentish gardens, I tried to write a few songs suitable for commercial gentlemen.

   Thus, the work of bank clerks when casting up columns might begin with a thundering chorus in praise of Simple Addition.

"Up my lads and lift the ledgers, sleep and ease are o'er.

Hear the Stars of Morning shouting: 'Two and Two are four.'

Though the creeds and realms are reeling, though the sophists roar,

Though we weep and pawn our watches, Two and Two are Four."

"There's a run upon the Bank--Stand away! For the Manager's

a crank and the Secretary drank,

and the Upper Tooting Bank

Turns to bay!

Stand close: there is a run On the Bank. Of our ship, our royal one,

let the ringing legend run,

that she fired with every gun

Ere she sank."

   *

私の英語力では、上手く訳せない。当該箇所は、

   *

私たちが啜り泣いても

私たちが啜り泣きながら腕時計を質屋に入れても

「二」たす「二」は「四」なのだ

   *

一般に最後のフレーズは「当たり前のこと」で「事実から判断された当然の結論だ」という意を指すらしい。以上の原文は銀行員の殺伐とした現実の仕事のシビアさを指しているようだが、ここでの鍋島両介の謂いは、「お前は俺(と妻の鈴子)とはあの高校時代の忌まわしい思い出で腐れ縁なのであって、どう踏もうが、『同じ穴の貉(むじな)』なのさ」と言いたいのか? となんとなくは、思ったが、よりよい注がお出来になる方は、是非とも御教授下さると幸いである。]

2022/10/26

ブログ1,840,000アクセス突破記念 梅崎春生 青春

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和四〇(一九六五)年八月号『小説新潮』に掲載された。但し、この年の七月十九日に梅崎春生は逝去しているので遺作の一つと言える。以下の底本の沖積舎全集で初めて収録された。因みに、梅崎春生には先行する同名の別な小説「青春」があるが(昭和二三(一九四八)年五月号『小説新潮』発表)、それは既にこちらで公開してある。

 底本は「梅崎春生全集」第三巻(昭和五九(一九八四)年十二月沖積舎刊)に拠った。

 文中に注を添えた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、昨日夜初更、1,840,000アクセスを突破した記念として公開する。【二〇二二年十月二十六日 藪野直史】]

 

   青  春

 

 西東と尾山フサコと、いつそんな関係になったのか、久住は知らない。そんなことにいちいち眼を光らせるほどの好奇心を持っていなかったし、またそれほど彼は人間関係に熟していなかった。

[やぶちゃん注:「西東」「さいとう」と読んでおく。]

 西東は彼の級友であった。二年か三年か浪人して入って来たので、年齢も彼よりは多い。色の浅黒い、ほりの深い顔を持っていたから、実際以上に老成して見えた。あの頃の(十七、八歳から二十歳ぐらいの)二、三歳違いというのは、たいへんなへだたりがあるものだ。同級生というより、小父さんとかおっさんという感じがする。西東もそれを知っていて、意識的にそれを利用していた。議論などしていて旗色が悪くなると、いつも舌打ちをして言った。

 「お前たち子供は、何も判っとらんようだな」

 いくら年長とはいえ、二十歳の知恵や経験など、今思えばたかが知れている。しかし当時はそう行かなかったのだ。子供といわれても、それを反駁(はんばく)する材料は、何もなかった。背伸びして対等に話そうという気持にもならない。

 しかし西東から子供あつかいにされた男が、面と向ってこう言ったことがある。

「そんなに経験豊富なおっさんでも、おれたちと机を並べて、同じ講義を聞いているじゃないか」

 わるいことには、西東はあまり学校の出来がよくなかった。年度末の及落会議にかかって、やっと二年生になることが出来たくらいで、年長の故をもって級友の尊敬をあつめるわけには行かなかったのだ。その頃の高等学校(旧制)は、立身出世の色合いが濃く、成績の悪いのは教師からも級友からもかろんじられる傾向があった。もちろん逆の方向、勉強ばかりして席次に一喜一憂している男への軽蔑、それも併立してあったけれども。

 彼は西東を、その学業成績の点では、かろんじなかった。第一に久住は立身出世を望まなかった。第二に出来の悪い点では西東と同じようなものであった。その二つの理由で彼は西東にいくらかの親近を感じていた。寮の自分の机の前に、

『我が望み低きにあらず。東京帝国大学法学部』

 などと貼紙をして勉強ばかりしている級友を、軽蔑することにおいて、人後に落ちなかった。しかし人生経験の浅い若者の軽蔑なんて、何ごとだろう。彼は軽蔑しているつもりでいで、出世に執(しゅう)する世間知に、むしろ畏怖を感じていたのかも知れない。要するに、西東が言うように、久住はまだ子供だったのだろう。

[やぶちゃん注:「久住」「くづみ」と読む。梅崎春生の遺作となってしまった本篇と並行して書かれたと推定される名篇「幻化」(昭和四〇(一九六五)年六月号及び八月号『新潮』に掲載されたが、春生はその間の、七月十九日午後四時五分に東大病院上田内科にて肝硬変のために急逝している。同作のブログ分割版はこちらPDF縦書一括版はこちら。私のマニアックな注附きである)の主人公の名は「久住五郎」である。これは、既にして確信犯である。それは「幻化」を読まれた方ならば、以下、読み進めてゆけば、随所でお感じ戴けることであろう。

「その頃の高等学校(旧制)」この設定は著者の経歴と合致する。梅崎春生は熊本五高(現在の熊本大学)を昭和一一(一九三六)年三月に二十一歳で卒業(二年時に落第したため。卒業時も試験の成績が悪く、卒業認定で教授会は三十分近く揉めた)し、四月に東京帝大文学部国文科に入学した。

 尾山フサコというのは、当時二十七、八の独身女である。一度軍人と結婚したが、家風に合わぬと追い出され、白川のほとりに家を新築して、下宿屋を始めた。初対面の時はそう美しいと思わなかった。眼が大きくまつ毛が長く、いつも濡れているように見える。つまり眼だけが独立して、あとの鼻や口や耳などと均衡を保っていない。もっとも彼はまだ破調の美を知らなかった。泰西(たいせい)名画に出て来る女のようなのにしか、美しさを感じなかった。しかしその点で自分は幼いと思っていたので、友達に話さなかったし、まして西東などとの会話には、一度も女の美について口を出したことはない。

[やぶちゃん注:「白川」(しらかわ)は熊本県中北部のここ(グーグル・マップ・データ。以下、無指示のものは同じ)を流れる一級河川。旧五高はこの川の右岸直近にあった。

「泰西」当該ウィキによれば、『中国および日本で用いられる、ヨーロッパ』。『大義には西洋世界全体を指す語。英語ではFar Westと訳され、いわゆる極東の対義語とみなされている。もともとこの語は内陸アジアやインドを指すものだったが、マテオ・リッチが中国から見た西洋の外名としても使い始めた。彼はヨーロッパ中心主義的な極東という概念に対し、西洋を泰西と呼ぶことで』、『中国と西洋を対等な地域圏とみる視点を編み出したのである。泰西という語は江戸時代の日本でも』、たびたび『用いられたが、現在では単に欧州またはヨーロッパと呼ぶのが一般的で、この語はあまりみられない』とある。私自身、書いた文章の中で、この熟語を用いたことは、六十五になるこの年まで、一度も、ない。]

 一度フサコに訊(たず)ねてみたことがある。

「どうして小母さんは――」

 齢が十も違っていた。それに相手は曲りなりにも下宿の女将であり、こちらは止宿人なので、小母さん呼ばわりをしても不自然でない。

「前の且那さんと別れたんだね?」

「あんな生活、とてもたまらなかったのよ。姑はいるし、小姑はいるし――」

「姑や小姑は問題じゃないだろ。小母さんは且那さんと結婚したんだから」

 彼は言った。彼は世の家庭というもの、その仕組みや構造について、ほとんど知識がなかった。

「且那さんさえよけりゃ、充分だと思うがなあ」

「主人は悪い人じゃなかったのよ。でも、こちこちの軍人でね、いざこざが起った時、あたしの味方にゃならなかった」

 フサコはこの土地の出身ではない。よその土地で結婚して、主人が第六師団司令部に配属されて来たのである。久住はそのこちこちの軍人、うるおいのない家庭を想像して見た。すると何となく、フサコはその家庭に似合わないだろう、という感じを持った。大尉夫人や少佐夫人という顔ではない。顔として、すこし派手過ぎるのである。

「だから下宿屋稼業の方がたのしいんですよ。あんたたち若い人たちの世話をして、しばられない生活をしてる方が、生甲斐を感じるわ」

[やぶちゃん注:「第六師団」大日本帝国陸軍のそれ。明治五(一八七二)年に設置された「熊本鎮台」を母体に明治二一(一八八八)年五月に師団として編成された。熊本・大分・宮崎・鹿児島の九州南部出身の兵隊で編成され、衛戍地(えいじゅち)を熊本とした。]

 彼はフサコを美しいとは思わなかった。しかしその不均衡な容貌に、いつかはひかれるだろうという漠然たる予感があった。

「だって女の幸福というのは、よき家庭の主婦になることじゃないのかなあ」

 彼はいっぱしの口をきいた。そうそう子供ではないことを示したかったのだ。

「そう思うの? 久住さん」

 フサコは笑いを含んで答えた。

「あんたの家は、どうだったの?」

「そうだな」

 彼は多少の狼狽を感じながら答えた。

「おふくろは、うまくやっているよ。いるように思うよ。ぼくにはよく判らないけれどね」

「世の中には、いろんな生き方があるんですよ。自分を犠牲にして生きて行くか、自分を開放して気ままに過すか、その中間にいろいろね。男にもあるんじゃない? わき目もふらず勉強ばかりする、たとえば江田さんのような人や、その逆のたとえば――」

 フサコは言いよどみ、口をつぐんだ。彼は言った。

「たとえば、ぼくのようにかね?」

「あんたじゃありませんよ。久住さんは中途半端なだけですよ」

 たとえば西東さんのように、と言いたかったらしいた気がついたのは、ずっと後のことである。

「あんたはまだ子供なんだから、無理をしないで生きて行くこと。それが大切よ」

 

 彼をこの下宿に紹介したのは、小城という男だ。小城は中学四年修了で入って来たので彼より年少であり、頰のふっくらとした美少年であった。中学は西東と同じで、大分県である。小城は同郷の故で西東をけむたがっていた。

「中学の時、こいつはおれの稚児(ちご)だったんじゃ」

 西東はなかば揶揄(やゆ)するように、時々放言する。それもけむたい理由のひとつだったのだろう。

[やぶちゃん注:「小城」「こじろ」と読んでおく。]

 寮にいた時、四、五人が一部屋に集まり、こたつに入って、南京豆など食べながら、雑談をしていた。二・二六事件が起きた冬で、たいへん寒かった。その中の誰かが、怪談を始めた。次のような月並みな怪談だ。

[やぶちゃん注:「二・二六事件が起きた冬」昭和一一(一九三六)年。]

 一部屋二人制の寄宿舎で、その一人が時々夜中にいなくなる。不審に思った同室人が、どこに行くのか確かめてやろうと思う。狸寝入りをしていると、真夜中その男が起き上って、同室人の眠りを確かめ、そっと部屋を出て行く。同室人はすぐはね起きて、マントをかぶり、あとをつける。

 つけられているとも知らぬ男は、寮を抜け出し、学校の寮にある山に登り始める。しばらく登ると、墓地があるのだ。そこに這入り、男は墓を掘り始める。

 同室者はがたがたと慄えながら、それを見守っている。慄えるから、マントが笹や木の枝に触れ合って、がさごそと音を立てる。男はきっと振り返る。そして絶望的な声で言う。

「見たな!」

 男の手には、土葬された死体の腕がある。それが血まみれになっている。――

 かんたんな怪談だが、話し方がうまかったので、雰囲気が出て、かなり恐かった。その怪談の途中に、こたつのやぐらに乗せていた久住の手に、濡れてあたたかい掌が、突然かぶさった。ぎゅっとにぎりしめて来た。彼はおどろくというより、あっけに取られた感じで、級友たちの顔を見廻した。皆語り手の顔を見、話にひき入れられていた。話が佳境に入ると、掌の力がさらに強まった。彼も語り手から眼を放さずに思った。

〈小城だな〉

 掌の位置や方向から判る。振りはらう気持は別になかった。秘密を共有しているという隠微な愉しささえある。彼は視線をちらと小城の方に動かした。小城は聞くことに夢中になっているようだ。無意識なのか、頭と掌を意識的に使い分けをしているのか、とっさに彼は判じかねた。

〈すぐ判断をしなくてもいい。しばらく様子を見ていよう〉

 と久住は思った。それは彼の性格であり、生きて来て身につけた唯一の処世術でもあった。その夜は、それで終った。

 

 この学校の寮は、一年生だけで、二年目になると要員だけ残り、あとは校外に出て下宿する。そんなシステムになっていた。そのための素人下宿があちこちにあり、選ぶのに不自由はしない。供給が需要を上廻っていた。娘との交際を欲するものは娘付き下宿へ、遊び好きは街近くへ、勉強好きは静かな下宿へと、好みのまま選択が出来る。

  年の学期末試験が近づいていたが、久住はまだ迷っていた。

 ある夜、彼は試験勉強をしていた。同室者は外出していたので、彼はひとりであった。扉をたたく音がするので、応答すると、小城が入って来た。彼はノートブックを伏せ、小城に向き直った。ただ遊びに来たのでないことは、その様子で判ったからだ。小城は言った。

「もう下宿は、きめたの?」

 まだきめていない、と彼は答えた。

「じゃ一昨日話した通り、尾山荘にして呉れないか」

「なぜそんなにおれを誘うんだね?」

「やはり親しく知り合った同士で住みたいからさ。あそこは川に向いていて、静かだし、学校にも近いし――」

 彼は黙っていた。すると突然、小城は彼の体にしなだれかかって来た。

「もう尾山さんに話をつけてあるんだ」

「おれが下宿することをか?」

 彼はすこし驚いて言った。

「そんなむちゃな。おれはまだその尾山荘なるものを、見たこともないんだよ」

「だから、明日いっしょに行ってー――」

 小城は彼の右手に唇をつけた。不潔だとか、うとましいとは別に感じなかったが、こころよいとも感じなかった。しばらく相手のなすままに任せていた。それから三十分後に、彼はとうとう尾山荘行きを承知させられてしまった。

 翌目の課業がすむと、二人は連れ立って、尾山荘を訪れた。それは白川に面して建っている。新築というのも、うそでなかった。女将の尾山フサコに会う。

〈ふしぎな顔をした小母さんだな〉

 そう思っただけである。それから部屋々々を見て廻った。

  山荘、などと言うと、アパートメントみたいなものを想像するが、この下宿屋はふつうの住宅で、貸す部屋は二階の三部屋だけである。玄関のとっつきに洋風の応接間があったが、それはまだ貸す気はないようなフサコの目ぶりであった。二階に廊下があり、四畳半が二つ、突当りに六畳があった。新築のくせに、二階を歩くと、何か不安定な感じがした。

「ずいぶん大工が手を抜いたらしいな」

 寮に戻りながら、彼は言った。

「未亡人と思って、大工がばかにしたんだろう」

「未亡人じゃないんだよ。離婚したんだ」

 そのあらましを小城は説明した。

「ふん。そんなことかね」

 彼は気のない返事をした。

「それで君は奥の六畳間を約束したのか?」

「そう」

「するとおれは四畳半というわけか」

 小城は黙っていた。彼は追いかぶせるように言った。

「あの六畳をおれにゆずるなら、下宿してもいいな。おれは広い部屋の方が好きなんだ」

 小城は彼の顔を見た。怨(えん)ずるような表情になった。

「どうしても奥の間を――」

「そうだ」

 彼はつっぱねるように答えた。

「でなければ、他の宿をさがす」

 寮に着くまで、あとは口をきかなかった。

 その夜、また小城が訪ねて来た。

「六畳は君にゆずるよ。その代りに――」

 秘密を打ちあけるような、低声であった。

「ぼくにお客が来た時だけ、君の部屋を使わせて呉れないか」

「お客? どんな客だね?」

「身、身内のものなんだけれどね」

 と小城はどもった。何だかあやふやな口ぶりである。彼は単純に考えた。

〈肉親が訪ねて来た時、こんないい部屋で勉強している、ということを見せたいのかな〉

 そして彼は、小城のそのような稚(おさな)い見栄に、かすかな嘲笑がのぼって来るのを感じた。あとになって判ったが、嘲笑さるべきは彼の方であった。

「それなら下宿してもいい」

 彼は答えた。

 学期試験がすむと、彼は小城といっしょに、尾山荘に荷物を運んだ。二階のとっつきの部屋は、江田という理科の男が入っていた。その次が小城。奥の六畳は、この間見た時から、気に入っていた。小さいながらも床の間がついていたし、南の窓をあけると、白川の流れが見える。畳は新しいし、壁もきれいだ。久住は自分だけの部屋を今まで持ったことがない。そのことの満足もあった。

 尾山荘の背後にも素人下宿屋があり、西東はそこに入っていた。その下宿は尾山荘より格が落ちた。尾山荘があるので、展望がきかないのである。その点久住の部屋は『眺望絶佳』と言ってよかった。

 いいことずくめのようだが、ひとつ見込み違いをしたことに彼が気付いたのは、ニヵ月あとのことである。それは蚊であった。五月末になると、蚊が出始めた。河原のところどころに水たまりがあり、そこで発生するのだ。だから寝る時には蚊帳をつらねばならない。寝る時だけでなく、勉強する時も蚊帳が必要なのである。

 六月の末、隣家の西東の部屋に碁を打ちに行ったことがある。蚊はいなかった。一局打ち終って、彼は質問した。

「蚊は出ないのか」

「時々出て来るよ。寝る時は蚊取線香を立てる」

「蚊取線香ですむのか。うらやましいな」

「君んとこには、よく出て来るね」

「いるのなんのって、夜窓をあけると、わんわん入って来る」

 彼は首筋をかきながら言った。

「すごく大きな蚊でね、刺されるとひどく痒い。河原から発生するんだ」

「そりゃ気の毒だね。河原の蚊は尾山荘だけで満足して、うちには廻って来ないんだ」

 西東は笑いながら言った。

「蚊というやつは、人跡未踏の場所にもいる。ということは、人間の血を吸わないでも生きて行けるんだ。だから蚊が人血を吸うのは、趣味か道楽なんだよ」

「道楽でおれは刺されているのか?」

 久住は苦笑いをした。

「尾山荘に入る時、蚊のことだけは、計算に入れなかった」

「そんなに蚊が多いとは、おれも気付かなかったな。初めおれは尾山荘に入る予定だったんだ」

「なぜ入らなかったのかね?」

「入ろうと思ったら、満員だった。小城が無理に君を引っぱり込んだ。そうだね?」

 久住はうなずいた。

「小城がなぜ君を引っぱり込んだか。その意味が判るかい?」

「意味なんて、あるのかね」

「あるさ。君が入らなきゃ、おれが入る。すると小城は困るんだ」

「なぜ困る?」

 西東は立って窓をしめ、元の座に戻って来た。

「小城にこの間女の客が来たね」

「ああ。来たよ」

 彼は答えた。

 西東は家が隣のせいもあって、しょっちゅう尾山荘に遊びに来ていた。久住や小城の部屋にはほとんど入らなかったが、附下の応接室で久住と碁を打ったり、フサコをまじえて花札を引いたりした。フサコも勝負ごとは好きだったようである。独り身の佗(わび)しさを勝負ごとに託するのか、それとも生来のものなのか、ことに花札は強かった。

「花札の強い女なんて、軍人の家庭に似つかわしくないな」

 負けて口惜しいので、久住はそんな冗談を言ったことがある。するとフサコはむきになって答えた。

「あら。あたしは花札を、主人から習ったのよ」

 小城は勝負ごとに無関心らしく、応接間の仲開には入らなかった。西東がけむたかったのかも知れない。

 久住は質問した。

「あの女、一休何ものだね?」

 

 五月なかばの土曜日であった。お客が来るから、二日間部屋を交換して呉れ、と小城が申し込んで来た。

「二日間って、その客は泊るのか?」

「そうなんだよ」

 媚(こ)びるような眼で、小城は彼を見た。

「頼む」

 部屋交換は初めからの約束なので、彼は寝具を小城の部屋に運んだ。客が到着したのは、夕方である。女であった。

 その日の夕食は、小城はとらなかった。女客と町に出て、食事をしたり、映画などを見たのだろう。戻って来たのは、十二時近くである。

[やぶちゃん注:ここから尾山荘は下宿人にそれぞれ玄関の合鍵を持たせている方式らしいことが判る。]

 久住は布団の中に、横になっていた。電燈を消したが、部屋がかわったせいか、なかなか寝つかれない。しばらくして廊下を忍び歩く二人の足音を聞いた。足音は奥の六畳問に入り、襖(ふすま)がぴたりとしめられた。

 久住は聞こうとはしなかったが、隣室の物音が自然に耳に入って来る。新築だけれど、安普請(やすぶしん)なので壁が薄い。寝巻に着かえる気配がする。会話も聞える。彼は眼を閉じたまま考えた。

〈小城は寝具をひとつしか持ってない筈だが、一緒に寝るつもりか〉

 しゃべっていることは判るが、その内容は聞きとれない。すこしずつ声が高くなる。調子が戯語めいて来る。電燈を消す音がつづいた。彼は観念した。

 〈これじゃ眠れそうにないな〉

 音や声はしばらく続き、そして突然やんだ。久住は音のしないように起き上り、催眠薬をのみ、薬罐(やかん)に口をつけて、水とともに飲み下した。

[やぶちゃん注:「戯語」「じょうだん」(冗談)と当て訓しておく。漢語として「ぎご」「けご」ともあるが、凡そここに相応しくはない。但し、春生はルビを振るべきであったと思う。]

 朝眼が覚めたのは、午前七時。その部屋の廊下に面した障子は、上と下は紙で、中間にはガラスがはめこまれている。六畳聞の襖が開かれる音で、眼が覚めたのだ。彼は首だけを寝床から立てた。ガラスの幅だけ、女の姿が見えた。紫色が見える。袴(はかま)のようだと思った時、姿はガラスを横切って消えた。顔や手は見えない。つづいて小城が出て来る。

 それまで見届けて、頭を枕に伏せた。催眠薬がまだ頭に始残っていて、眼がちかちかする。彼はふたたび眠りに入った。十二時頃、本式に目覚めた。寝床にあぐらをかき、煙始草に火をつけた。さっきの紫色を思い出した。先ほどは寝ぼけ眼で見たが、はっきり覚めた今、その色はかなり妖しい情念を彼にもたらした。

 煙草をもみ消すと、彼は階下に降りて行った。昼食の用意がととのえられている。彼はチャブ台の前に坐り、フサコに話しかけた。

「小城んとこに来たお客、あれは何だね?」

「あたしも知りませんよ」

 フサコは不機嫌な答え方をした。

「一昨日電報が来ました。故郷(くに)の人じゃないかしら」

「いくつぐらいの女? たしか袴をはいでいたね」

「顔は見なかったの?」

「見なかったね。寝ていたから」

「小城さんよりずっと年上よ」

「じゃやはり身内の女かな。ひどく親しげだったから」

「のぞいたの?」

 フサコは大きな眼をさらに大きくしで、彼を見た。

「のぞきゃしないよ。ぼくにそんな好奇心はない。部屋を交換しただけだ」

「部屋を交換した?」

 フサコはいぶかしげな顔になった。

「じゃあんたは小城さんの部屋に寝たの?」

「そうさ。いけないかね」

「いけないとは言わないけれど、するとあんたも共犯者ね」

「共犯? 冗談じゃないよ。あれ、犯罪か?」

「ここの風儀を乱したのは、よくないことよ」

 フサコは強い調子で言った。

「うちは逢引(あいびき)宿じゃないの!」

「そ、それは判っているが、初めからの約束だった」

 彼は弁解した。

「しかし逢引きかどうか、ぼくは知らない。小母さんにも判らないんだろ」

 フサコは返事をしなかった。彼に茶を注ぐと、立ち上って二階へ登って行った。彼は茶をすすりながら考えていた。共犯者という言葉に、しばらくこだわっていた。

 

「あれは小学校の先生なんだ」

 西東は碁石を片付けながら言った。

「恰好(かっこう)見れば判りそうなもんだ。つまり小城のやつは、その中田先生から習ったんだよ」

「先生?」

 ガラス越しに見た袴の紫色を、彼は思い出した。

「受持の先生なのか?」

「そうだ。小城が六年生の時、女子師範から赴任して来た。もちろんその時は何もなかった。中学に入ってから、

火がついたんだ」

「どうして君はそれを知っている?」

「おれと小城は同郷だ。小さな町でね、おれもその小学校を卒業したんだ。女教師の顔もよく知っている」

「すると――」

 ちょっと久住は言い淀んだ。

「やはりぼくの部屋で、逢引きをしたんだな」

「君の部屋?」

「うん」

 そして久住は交換の一部始終を説明した。西東は腕組みをして聞いていた。

「お前は利用されたんだよ」

「そうか」

「お前がおとなしいかと思って、尾山荘に引き入れたんだ。お前は口が堅いからな」

 口が堅いのではない。この件に関してしゃべる材料がないだけだと、彼は思ったが、口には出さなかった。

「お前は人が好いんだ」

「そう思うか」

 尾山荘に引き入れられた事情やいきさつについて、彼は、西東に話さなかった。

「しかし、自分が教わった教師と関係を持つというのは、どんな気持のものかなあ」

 久仕がそこに興味を持っているのは、事実であった。彼にはもちろんその経験はない。小学生の時、彼も女教師に教わったことがある。紫色の袴は母性と威厳をたたえていた。だからガラス越しに見た紫色が、強いショックを彼に与えたのだ。久住は言った。

「西東。なぜ君は小城のことを、そんなに気にするんだね?」

「気にはしないさ。しないけれども――」

 西東はそのまま口をつぐんだ。碁盤をたたいた。

「もういっちょやろうや」

 西東の声や態度は、もう元に戻っていた。大したことはないんだな、と彼は思った。

 

 それと同じ申込みが、七月上旬にも小城からあった。やはり土曜日で、久住は放課後寝具を小城の部屋に移し、そのまま外出して、級友の三田村の下宿に遊びに行った。三田村の宿は坪井にあった。

[やぶちゃん注:「坪井」熊本県熊本市中央区坪井。]

 彼のクラスは碁好きが多い。皆入学して始めたので、腕前もほぼ同じである。三田村とも西東とも、彼は互先で打っていたが、どうも三田村が一番上達が早い感じがする。三度やると、二番は負けた。数局打つと、彼はすこし疲れた。その彼に三田村は言った。

「どうだ。ビールを飲みに行かないか」

 生ビールの季節になっていた。否も応もなく、久住はついて行く気になった。今日だけは下宿に戻って、飯を食う気にはなれなかった。

[やぶちゃん注:「互先」(たがいせん)と読む。私は勝負事に、一切、興味がなく、全く知らないので(特に碁は「五目並べ」以外で幼少期に遊んだ以外には全く知らない)、当該ウィキを引く。『囲碁の手合割の一つ』で、『ハンデキャップのない対局を指し、棋力が近い場合に採用される』もの。『囲碁は単純に目数で勝敗を決するとすると先手が有利であるため、一局で勝敗を決する場合、コミを用いて先手(黒)と後手(白)の均衡を図る。日本では』二〇〇〇『年代以降、後手に』六『目半のコミを与える(先手が』七『目以上リードしていないと勝ちとしない)のが一般的となっている。先手・後手はニギリ』(当該ウィキ参照)『によって決められる』。『互先の用語はもともとコミの無い時代に、互いに先(交互に白黒)を持つところからきている』。『棋力に差がある場合には定先』(じょうせん:当該ウィキ参照)や『置き碁』(当該ウィキ参照)『を採用する』。]

 街に出て、生ビールをジョッキで二杯飲んだ。それから行きつけのそば屋に座を移し、酒を飲んだ。そば屋と言っても、門構えのある屋敷風の建物で、部屋々々は独立している。宴会用の広間もある。そばを看板にしているが、むしろ料亭に近かった。二、三の料理を取り寄せ、盃(さかずき)を傾けながら、三田村は言った。

「君の下宿はどうだい。エッセン(食事のこと)はいいか?」

「普通だろうね。ただ蚊が多くて困る」

[やぶちゃん注:「エッセン」ドイツ語“Essen”。食事・料理・食い物。]

 しばらく下宿の話をした。寮の賄(まかない)との比較や環境のことなど。一般論から急に三田村は具体的な話に入った。

「君はあの下宿を出た方がいいよ」

「蚊がいるからか」

「いや。そうじゃない」

 三田村は手を振った。

「あの方向の下宿には、何か毒気があるよ。蛾の粉のようなものが散らばっとる」

「そうかね」

 久住も盃をなめた。三田村がどの程度まで事情を知っているか、興味があった。

「しかしおれはもともと、毒気に当てられないたちだよ」

「あそこに君を引き入れたのは、小城だろう」

 また追加した酒で、三田村は額が赤くなっていた。

「どんな風(ふう)にあいつは持ちかけて来た?」

 久住は返事をしなかった。

「君のためを思って言っているんだぞ。あんな女の腐ったような男と、つき合うな!」

「女の腐った男じゃない。あいつは相当なしたたか者だ」

「したたか者?」

 三田村は反問した。

「具休的には、どういうことだ?」

「どうだっていいよ。ぼくにも君にも関係ないことだ」

「あそこの女将は、未亡人だそうだね」

「それも関係ないよ」

 彼はわらいながら答えた。

「おれは眺めているだけさ」

「しかし醜悪だな。よく眺めるだけでいられるな」

 小城が女将と関係している。三田村がそう解釈しているらしいことが、やがて言葉の端々(はしばし)で判って来た。それを否定する証拠は、久住は持たなかった。

「でも女将は、小城のことを、小城のやり方を、心配しでいるようだよ」

 と久住は言った。

「関係があるなんて、誰からそんなことを聞いた?」

「西東だよ。いつか集会所で碁を打っていたら、そんなことをほのめかした」

「はっきり言ったのか」

「はっきりじゃない。謎をかけるような調子でだ」

「そりゃ君の聞き違いじゃないのか」

 と彼は言った。

「もっともおれは世間知らずだからね。わけも判らないことに、首をつっ込むのはいやなんだ」

 いい加減に飲み、かつ食べて、外に出た。夜の街を歩きながら、久住は言った。

「今晩君んとこに泊めて呉れないか」

「いいよ」

 三田村の宿では、客用の布団を出して呉れた。蚊帳も必要でなかった。三田村の実家は北九州の造酒屋である。押入れから一本出し、蚊取線香のにおいの中で、冷やの茶腕酒を何杯か飲んだ。三田村は言った。

「寝るところがきまったら、酔いつぶれてもいいんだ。家か出る時、おやじにそう言い聞かせられた。酔っても道ばたに寝るのはよせとね」

 部屋の隅に、一週間ほど前に出た校友会雑誌が出ていた。久住は手に取って、ばらばらめくった。西東が短歌を発表しでいた。十首ばかりで、題は『若い日の恋。別離』

『吾が胸にひしとすがりて別れうらむ君いぢらしき若き日の恋い』

 に始まり、

『何時か会はむと吾が手握りし面影の君を抱きて吾旅立ちぬ』

 で終っていた。久住には短歌に趣味はなかったが、すこしばかばかしい気がして、丸めて放り出した。

「いい加減なおっさんだな。西東は」

「いい気なもんだ」

 三田村も相槌(あいづち)を打った。

[やぶちゃん注:「校友会雑誌」『龍南』は明治二四(一八九一)年十一月二十六日の創刊(初期は『龍南會雜誌』か)の熊本第五高等学校の交友会誌。五高の英語教授であった夏目漱石を始めとして、厨川白村・下村湖人・犬養孝・大川周明・上林暁・木下順二などの後の錚々たる文学者が寄稿した。梅崎春生も昭和九(一九三四)年度には編集委員に名を連ねており、同誌に春生は多くの詩作品も投稿している。私は既に当該詩篇群を原雑誌を底本として、その全十六篇を、ブログ単発ではブログ・カテゴリ「梅崎春生」で公開しており(頭が「梅崎春生 詩」とあるのがそれら)、別にサイトの「心朽窩旧館」の「梅崎春生」の頭に『藪野直史編「梅崎春生全詩集」(ワード縦書版)』(ここをクリックしてもよい)がダウン・ロード出来るようにしてある。その内、後者はPDF版にする。]

 翌朝眼がさめると、いい天気であった。朝飯を食べながら、三田村が提案した。

「どうだ。今から阿蘇に登らないか」

 彼は別に異存はなかった。夏の阿蘇なので、別に支度する必要もない。豊肥線に乗り、坊中で下車、あとはバスで頂上近くまで登れる。しかし、バスには乗らなかった。足を使って、えいえいと登った。あと一息で頂上に達するところで、突然地鳴りがして、小さな爆発が起きた。火口にいた何百の登山客が、あばかれた蟻(あり)の巣のように、方向も定めずに急坂をころがり降りた。二人の周囲にも、小さな火山弾が落下した。

「動かない方がいいよ」

 三田村はしずかに言った。

「動くと落石に当る可能性が多くなる」

「そうかな」

 久住は空を見上げながら、そう言った。しかし三田村の言に、瞬間疑いを持った。たとえば俄(にわ)か雨の時、じっとしているのと、走るのとでは、どちらが余計に濡れるのか。一分間ほどで、爆発はやんだ。しかし頂上の火口に行く気持はなかった。方針を変えて山を降り、夕方栃ノ木温泉に泊った。翌日昼間はそこらをぶらぶらして、夕暮れに熊本に戻って来る。そのまま別れるのに忍びず、また街でビールを飲み、夜更(ふ)けて尾山荘に戻って来た。玄関がしまっているので、ベルを押した。フサコが出て来た。

「今までどこに行ってたの?」

「阿蘇山に登った」

 彼は正直に答えた。

「そして栃ノ木温泉に泊ったんだよ」

 そう言い捨てて、彼は二階に上った。見ると彼の寝具は元の六畳に戻され、蚊帳もつられていた。部屋には香水のにおいが残っていた。勉強机の上には見慣れぬ花瓶があり、花が挿してある。彼は酔眼を見開いて、しばらく考えた。

〈一体誰が、どんなつもりで、これを置いたんだろう〉

 気持が激するのを感じながら、彼はその花束を引き抜き、南の窓から力まかせに投げた。ついでに花瓶も投げ捨てた。自分の区切った生活の中に、異質なものが入って来るのが、不愉快だったのだ。

 翌朝の朝食の時、花瓶のことについて、誰も触れなかった。もちろん久住も黙っていた。久住から口に出すべき問題ではなかったからである。

[やぶちゃん注:「豊肥線」(ほうひせん)大分県大分市の大分駅から熊本県熊本市西区の熊本駅に至る当時の国鉄の豊肥本線。路線名の「豊」は現在の大分県に当たる豊後国、「肥」は同前式の肥後国に由来する。当初、大分駅と玉来(たまらい)駅の間は「犬飼軽便線(いぬかいけいべんせん:後に犬飼線に改称)、宮地(みやじ)駅と熊本駅の間は「宮地軽便線(みやじけいべんせん:後に宮地線に改称)と称したが、最後の区間であった玉来駅と宮地駅の間が開業し、大分駅 から熊本駅の間が全通したのは、昭和三(一九二八)年で、宮地・犬飼両線を合わせて「豊肥本線」となった。

「坊中」坊中駅。現在の阿蘇駅

「栃ノ木温泉」栃木(とちのき)温泉。阿蘇山南西麓のこの附近。]

 

 夏体みが過ぎて、二学期が始まった。各地方からぞろぞろと、学生たちが下宿に戻って来る。皆日焼けして、黒くなっていた。

 同級の五、六人と、学校の裏にある立田山に登った。酉東もいっしょであった。彼は西東をからかった。

「何時か会わんと吾が手握りし君と、また別れを告げて来たのかい?」

「あれはフィクションだよ」

 西東は冴えない声で答えた。

「君に話があるんだが、連中をまこう」

[やぶちゃん注:「立田山」(たつだやま/たつたやま)は熊本市のほぼ中央に位置する標高百五十一・七メートルの山。現在の熊本大学の東北後背に当たる。]

 先に登って行く級友たちと、別のコースをたどり、静かな場所に出た。巨(おお)きな杉の根っこに腰をおろし、西東はゲルベソルテに火をつけた。

[やぶちゃん注:「ゲルベソルテ」“GELBE SORTE”。ドイツ製の煙草の銘柄。私も若い頃、パッケージが箱型上開きで渋いので、両切りであったが、吸っていた。空き箱がどこかにあるはずなのだが、見出せない。グーグル画像検索「GELBE SORTE」をリンクさせておく。]

「実はおれは尾山のばばあに相談を受けたんだ」

 ばばあ呼ばわりをするところに、西東の偽悪趣味がおこった。

「何の相談だね?」

「小城のことについてだ」

「いつ?」

「そら。小城の女が来た時、君は阿蘇に行っただろ。あれから二、三日してからだ」

 西東は苦笑いをした。

「よく聞いてみると、小城はおれを、よっぽどの悪人に仕立てているんだな。驚いたよ」

「どんな悪人だね?」

「つまりぐうたらで、女たらしということだね。おれの短歌まで利用してさ。言うまでもなく、あれは架空の乙女なんだ」

「そうだろうね。あれは想像だ」

 彼は相槌を打った。

「経験者なら、あんな甘っちょろい歌をつくる筈がない」

「おい。それはおれをほめてるのか、けなしているのか?」

「ほめているんだよ」

 西東からその外国煙草を一本もらいながら、久住は答えた。西東の家は旧家で、大地主だと聞いたことがある。だからこそ外国煙草が買えるのだ。

「で、相談とは何だい?」

「小城のことだよ。女教師と密会している――」

「何で君に相談を持ちかけたんだろう。ぐうたらな君にさ」

 久住は首をひねった。

「どうしでおれに相談を――」

「君ではだめたんだ」

「子供だからか?」

「いや。お前は子供じゃない」

「子供じゃなくなったのか?」

「君は尾山のばばあの花瓶を、河原に投げ捨てただろう」

 西東は煙草を踏み消しながら言った。

「あの花瓶、安物じゃなかったそうだよ。しかし、お前のために、割れて使えなくなってしまった」

「あれ、尾山のばあさんのものなのか?」

 彼はびっくりして、反問した。

「何で花瓶を、おれの部屋に置いたんだろう?」

「君をなぐさめるためにさ」

「何でおれをなぐさめる必要がある?」

 彼は言葉を強めた。

「おれは同情されるのは御免だ」

「まあ、まあ、そう怒るなよ」

 西東は空気を手で押さえつけるようにした。

「ばあさんは小城のことで、いらいらしているんだ」

「嫉妬でかね?」

「嫉妬? それはどんな意味だい?」

「ばあさんと小城と肉体的に関係しているということさ」

 彼はゆっくりした口調で言った。

「君はそのことを、ある男にしゃべっただろう」

「うそだ。誰にもしゃべりはしない」

「しゃべらないにしても、ほのめかすぐらいのことはしただろう」

 西東は顎(あご)に手を当て、しばらく考えていた。顔を上げた。

「関係があるかどうか、おれは知らない。現場を見たわけじゃないからな」

「では、相談というのは、嫉妬からじゃないのかい?」

 西東はまた黙った。少し経って、重そうに口を開いた。

「言葉の上じゃそうでなかった。うちの部屋であんなことをされては困ると言うんだね」

「それはおれも言われたよ。しかも、おれが共犯だってさ」

 彼は煙草の火を杉の根にすりつけながら答えた。

「部屋を貸したばかりに共犯あつかいさ。でもばあさんは、何故そんなことにこだわるのだろう?」

「実を言うと、ばあさんはね、元の亭主のところに戻りたいんだ」

「あの軍人にかい?」

「そうだよ。迎えに来て呉れはしまいかという期待を、まだ捨て切れないでいるんだ。それで逢引宿という噂が立つのを、ひどくおそれてんだ」

「なるほど」

 彼は思わす嘆息した。

「姑(しゅうと)や小姑は悪いやつだが、亭主はいい人間だと、いつかばあさんは言ってたな。そんなことか」

「で、女教師をうちに来させないか、あるいは小城に出て行ってもらうかだ。それが相談の内容だよ。おれにやって呉れと言うんだ」

 西東は立ち上って、背伸びをした。

「おれは小城の中学の先輩だし、同郷だろ」

「うん。おれは共犯者で、花瓶をこわしてしまった」

 彼も立ち上った。どちらからともなく歩き出した。

「しかし、話がちょっと変だな。小城が君を悪者あつかいにしているのを、ばあさんはそれまで隠していたのかね?」

「そうらしい」

「相手が女教師だということを、ばあさんはいつ知ったんだろう?」

「一回目のすぐあとさ、おれが教えてやったんだ」

 西東はややうつむき気味に歩きながら言った。

「女教師を来させない方法は、いくつかある。女教師に手紙を書くとか、小城に忠告するとか、いろいろね。しかしあのばあさんは、自分を悪人にしたくないんだ」

「それで君に委嘱(いしょく)したわけだね」

「まあそういうことだ」

「で、断ったのかい?」

「いや。引受けたよ」

「ばかだね」

 と、久住はわらった。

「他人の情事に頭をつっこむなんて、引合わない話だよ。成功しても怨まれるし、不成功でも憎まれるしね」

「では、相談に乗って呉れないと言うんだね」

「そうだよ」

 彼はつっぱねた。

「君だけでやればいい。おれは君を援助もしないし、邪魔もしないよ」

「そうか。案外つめたい男だな」

 西東は落着いた口調で言った。

「船が沈没して、お前がボートに乗っている時、泳いでいるやつが舷(ふなばた)にしがみついたとする。その指を引剝がして海につっぱねるか、ボートに引揚げてやるか、お前はどちらもやらないだろう」

「そうだね。その場にならないと判らない」

「まったく悪人だよ。君という男は!」

「悪人?」

 一方につめたくすれば、片方をあたたかくすることになる。それを言おうとしたが、何か面倒で、口には出さなかった。

「悪人かねえ、このおれが」

 

 九月の末、尾山荘に異変が起きた。西東が尾山荘の応接間に引越して来ることになった。久住はフサコに訊(たず)ねた。

「応接間は人に貸さないことになってたんだろ。ぼくの思い違いかしら?」

「初めはそうだったのよ」

 フサコは困った顔で答えた。

「しかし今は物価も上るし、四人いなきゃ家計が立たないの。下宿代を上げるか、食事の質を落すか、どちらもあんたたちは困るでしょう」

 たくみな言逃れだと、その時彼は考えた。しかし西東が移って来ることに、別に異存はなかった。西東が来たって、別に困りはしない。そこで彼は西東の荷物運びを、手伝ってやった。

 それから一週間後、今度は小城がよその下宿に引越して行った。この引越しぶりは電光石火で、土曜日の昼食をとりに尾山荘に戻ったら、小城の姿はなく、部屋もからっぽになっていた。学校を欠席して、引越しをしたのである。西東が玄関番みたいに頑張っているから、出て行く気持は判るけれども、

〈おれに相談もしないで!〉

 という気持が、久住の中に瞬間動いた。もともと懇願しておれを尾山荘に引入れたくせに、当人はすぽっといなくなる。そんなことがあってもいいものか。小城の出て行った部屋に、人見という男が入って来た。なぜ西東を二階に移さなかったのかと聞くと、フサコは、

「小城さんが自分の友人を入れて呉れ、ということでしたから」

 とあっさり答えた。彼女にとっては、小城の問題が片付けばいいのだ、と久住は解釈したが、その解釈は幾分見当外れであった。

 釈然としない気持で、彼は小城と学校で会っても、口をきかなかった。十日ほどその状態がつづき、小城の方から妥協を申込んで来た。

「黙って尾山荘を出て、君には悪かったと思っている。許して呉れ」

「あやまられる理由はないね、おれには」

 久住は答えた。

「それはお前の自由なんだから」

「そう思って呉れるとありがたい」

 小城は頭をかいた。

「なにしろあそこは蚊が多くてね、ぼくには向かないんだ」

「そりゃ誰にも向かないよ。向かないことを知っていて、人見を紹介したのか?」

 小城は困ったような顔をした。少し経って言った。

「十月だからね、もう蚊もいなくなるし、と思ってさ」

 ではお前がとどまればいいじゃないか、と言おうと思ったけれども、やめにした。原因が判っているので、これ以上追求しても無駄である。黙っていると、小城は別の弁解を持ち出して来た。

「あの小母さんと西東が関係してることを、知ってるかい?」

「知らないね」

「それでぼくは、あそこを出て行く気になったんだ」

「しかしそれは、君と関係ないことだよ」

 彼はつめたい声で言った。自分のことは棚上げにして、他を批難する。それがいやであった。

「関係ないけれど、何か不潔――」

 言いかけて、すぐ言い直した。

「何となくいやなんだ」

 不潔という言葉が、両刃の剣のように、自分にはね返って来ると思ったんだろう。そしてあわててつけ加えた。

「これは内緒だよ。西東にも小母さんにも、言っちゃいけないよ」

 

 第三の異変は、尾山フサコに結婚式の招待状が来たことから始まる。差出人は、元亭主の軍人で、つまり再婚の通知であった。

 西東は二日続きの休みを利用して、天草に遊びに行っていた。

 久住が夜夕刊を読みに階下に降りて行くと、フサコは長火鉢の前に坐って、じっと宙をにらんでいた。

「夕刊を見せて下さい」

 彼の姿を見ると、フサコは夢からさめたような顔になった。彼が夕刊を読んでいる間に、お茶をいれる。まだ夕刊を読み終らない中に、フサコは話しかけた。

「ねえ。こんなことってあるものかしら?」

 角封筒に入った書状を、彼に差出した。

「中を見てもいいのかい」

 彼は中身を引っぱり出して読んだ。

「あたしの元主人よ」

「そうか。では結婚式に出席して、祝福して上げなさいよ」

「あんた、本気で言ってるの!」

 語調の激しさに、久住は一瞬たじろいだ。

「おめおめと出られると思ってるの。これ、いやがらせよ。あくどいいやがらせよ」

「そう言えば、そんな気もするね。すると元主人という人は――」

「いえ主人じゃないの。この筆跡は、姑のものよ」

 ああためて眺めると、封筒の字は女の手のようである。西東からあらかじめ聞いていただけに、フサコの怒りと絶望の深さが判るようであった。書状を封筒に収め、帰ろうとすると、その手をフサコの両掌が、長火鉢の上ではさみ込んだ。フサコの掌はつめたかった。

「あたし、とてもつらいのよ」

 彼は黙っていた。黙ってするままに任せていた。フサコは彼の指が一本々々剝ぎ取る。手紙は彼の掌から離れ、角火鉢の角にあたり、ぽとんと畳の上に落ちた。

「あたし、今夜、眠れそうにない」

 フサコは眼を閉じて、訴えるように言った。彼は自分の掌がじわじわと、フサコの方に引寄せられるのを感じた。

「催眠薬を少し分けて上げようか」

 フサコはうなずいた。

「では二階から取って来る」

 フサコの掌を巧みに振り放し、彼は自分の部屋から催眠薬の普通量を紙に包み、階下に降りて来た。フサコの姿はその部屋から消えていた。次の間の襖(ふすま)がすこしあいている。のぞくと布団の上に、フサコの体はくの字形に伏していた。内に足を踏み入れていいものかどうか、彼は迷った。フサコがやがて顔だけ上げた。

「入っておいで」

「ちゃんと寝床に入りなさい。でなきゃ、ぼくは入らない」

 フサコはだるそうに立ち上り、長柳絆姿になり、布団の中に入った。彼は薬とコップの水を持ち、その枕もとに坐った。フサコは薄目をあけて、コップを見た。

「それは、水?」

「そう」

「お酒にしてちょうだい。冷やでいいのよ。お酒は戸棚の中に入ってるわ」

 彼は素直に立ち上り、水を捨て、酒瓶を提げて戻って来た。フサコは腹這いになっていた。空のコップに酒をどくどくと、彼は注いでやった。フサコは錠剤を含み、一息にコップ酒をあおったが、腹這いの姿勢のため、いくらかの酒が敷布の上にこぼれ落ちる。フサコはそのまま頭を枕に乗せた。

「お酒、もう一杯ちょうだい」

「だめです。それだけで完全に眠れるよ」

「じゃ眠るまで、そこにいて呉れる?」

「いて上げるよ」

 フサコは眼をつむった。五分ぐらい経った。フサコが突然小声で何か言った。聞き取れなかったので、耳を近づけた。寝ごとだと思ったら、今度はやっと聞き取れた。

「だめですよ」

 彼は元の姿勢になって答えた。

「小母さん。あんたはいつかぼくのことを、中途半端な男と言っただろう。また無理をしないで生きて行け、とも言った。お説の通り、ぼくは無理をしたくないんだ」

 フサコは返事をしなかった。布団を額まで引きずり上げた。しばらくして、彼はそっと立ち上った。酒瓶を提げて静かに歩き、襖をしめて、二階の部屋に戻った。蚊帳の中で、茶碗に酒を注いでは飲み、注いでは飲んだ。

「据(す)え膳食わぬは男の恥、か」

 その言葉は前から知っていたが、現実に遭遇したのは、これが初めてである。酔いが急速に手足まで廻って来た。彼は眼を据えて考えていた。

〈フサコは屈辱を感じただろうな。しかしそれは、おれの責任じゃない〉

 無理をしたくない、と拒絶したが、拒絶そのものが無理だったのかも知れない。近頃彼はフサコに、すこしずつ魅力を感じ始めていた。頽(くず)れたようなものに対する魅力を。――今夜長儒絆からこぼれた白い肩の丸みや、掌の感触や、なまめいた声などに、感覚的にひかれながら、やっと抵抗した。何のために?

「よし!」

 彼は片膝を立てた。まだ機会はある。フサコが階段かを登って来る可能性もある。その時彼は自分の情感に抵抗し切れないだろう。こちらから降りて行く手もある。酔いが彼をけしかけた。

 彼は蚊帳を出て、階下に降りた。足がもつれて、音を立てそうだ。フサコの寝室の襖をそっとあける。電燈がつけ放しになっている。その光の下で、フサコは眠っていた。彼は枕もとにしゃがみ、指でフサコの頰や肩に触れて見た。反応はない。彼女は熟睡におちている。そう確かめて、彼は今のコースを逆に戻り、蚊帳の中に入った。そして残り酒を全部飲み干し、窓から外に放尿し、泥のような眠りに入った。

 

 翌朝の食事時に、フサコと顔を合わせた。フサコは昨夜のことは忘れたように、不断(ふだん)通りに、むしろ濶達にふるまった。それが本体なのか擬態なのか、よく判らない。彼は宿酔のため、梅干を舐(な)め、濃い茶をがぶがぶ飲んだだけで、二階に引上げた。

 西東が天草旅行から戻って来たのは、夕方である。

 その翌日の放課後、街に出ないかと、彼は西東に誘われた。小さなおでん屋で、時間が早かったので、客の姿はない。錫𤏐で二、三杯飲んだところで、西東は切出した。

[やぶちゃん注:「錫𤏐」私は「ちろり」と読みたい。知らない方のために平凡社「百科事典マイペディ」を参考に記すと、酒を温めるための金属製の器で、「銚釐」と書き、「直接に地炉の灰中で温める」の意から「地炉裏」とも書く。多くは錫(すず)・銅・銀・真鍮製で、一般に筒形で、下方がすぼまっており、上部に注ぎ口と取手が付いていて、取っ手をへりに引っ掛けて、湯の中に入れて酒を温めるものである。]

「昨夜、お前はおれの酒を飲んだな」

「あれ、君の酒かい?」

「そうだよ。買って頂けてあったんだ」

 別に詰問する口調ではなかった。

「どうしてあり場所を探り出したんだね。ばあさんが教えたのかい?」

「まあそういうもんだ」

 彼は昨夜のいきさつを簡単に説明した。ただし手をはさまれたことや、そのあとで誘われたことは、話さなかった。

「それだけかね?」

「それから酒瓶を持って二階に上り、飲んでしまったよ。何となく飲みたかったんだ」

 ふたたび二階から降り、フサコの頰や唇に指を触れたことは言えない。

「じゃここは、おれのおごりにしよう」

「いや。それはおれが連れ出したんだから――」

 そう言いかけて、西東は黙った。中途半端な酔い方をして店を出て、表で別れた。

〈あいつはおれに何か相談したかったのかも知れない〉

 三田村の下宿の方に歩きながら、久住は考えた。これ以上尾山荘にとどまると、ろくでないことになるだろう。そんな予感があった。難破を予知して船艙(せんそう)から逃げ出す鼠。自分をそういうものに感じながら、彼は足を早めた。三田村に会って、適当な下宿を頼んだ。

 三田村は笑って承知した。

「そうとう毒気に当てられたな。しかしお前のためには、その方がいいよ」

 

 結局尾山荘を出るのは、二学期の末になった。理由は、川に面しているのでひどく寒いこと、遊びの惰性がつづいて勉強が出来ないこと、などをあげた。実際一学期の成績が悪く、二学期のそれも自信がなかった。勉強しなければ、落第の可能性があった。西東は言った。

「その点はおれも同じだよ。せっせと勉強しなきゃあ、おれも落第だな」

 荷物を引越先に運び出した夜、西東とフサコは長火鉢のある部屋で、彼の送別会をして呉れた。西東は半纏(はんてん)を着ていた。その半纒がフサコの手作りであることを、彼は知っていた。縫っているのを見たことがあるから。

 すこし酔って来ると、西東はフサコに命令したりした。

「フサコ。この間のカラスミの残りがあるだろ。あれを持って来い」

 夫婦気取りである。西東は呼捨てすることによって、彼に宣言したのではない。すべては暗黙裡(り)に、了解が成立していたのだ。はっきりしないことはたくさんある。たとえば西東とフサコがいつ結びついたか、小城がその間でどんな位置を占めているのか、フサコが彼を誘惑したことを西東は知っているのか、その他いろいろが久住には判らない。はっきりしているのは、今眼前の現象だけである。その暗黙の了解を、久住は不潔なものだとは思わない。ただ別の世界だと考えたかった。だから彼は盃をこころよく受けた。

「小母さんは結局――」

 彼はフサコに言った。

「下宿屋の女将という柄じゃなかったね」

「あら。どうして?」

「止宿人と同じ次元で、じたばたしたじゃないか。もっと威厳を保たなきゃ」

「それを言うなよ」

 西東が彼をたしなめた。

「お前はとうとう悪人で通したな。見事なもんだ」

 悪人ではない。臆病なだけだ、と答えようとして、彼はやめた。

 

 引越した下宿で、久住は割に落着いて勉強出来た。学期試験が始まり、そして終った。発表があって、彼はかろうじて進級し、西東は落ちた。自分の進級を見届けたあと、誰にも会わず、彼は故郷に戻った。

 新学期になって、授業が始まっても、西東は姿を見せなかった。人見の話では、荷物はそのまま残してあるという。人見の提案で、寄書を書いて、出て来ることをうながそう、ということになった。で、書状が廻された。

 久住は迷ったが、最後には拒否した。出て来ないのは彼の意志だから、おれはとやかく書く気持はない。その旨(むね)を人見に告げた。旧級友の有志だけで、発送されたようである。そのかわりに彼は尾山荘を訪問し、フサコに会った。元気そうで、以前よりはいくらか肥って見えた。

「あら。あの人、盲腸炎で人院してるのよ」

 フサコはびっくりした声を出した。

「担任の先生に、その届けは出してある筈よ」

「そうか」

 落第したから、担任が変っている。そこに盲点があった。

「しかし――」

 と彼は言った。同郷なのに、小城はそのことを知らなかったのだろうか。そこに不審があった。あるいはあの件で、交際を絶ってしまったのか。

「しかし、何よ」

「いや。何でもない」

 彼は笑って言った。

「西東もいさぎよく落第したもんだな。感服するよ。がっかりしてなかったかい」

「いえ。全然」

 フサコも笑って答えた。

「ゆっくり高校生活をたのしむんだと言ってたわ」

「金のあるやつは、のんきでいいね。うらやましいよ」

 彼は言った。

「出で来たら、歓迎会をやってやろう」

 部屋に上らずに、玄関先の会話だけで、彼は戻って来た。まおあれはあれでいいだろうと思った。教室がいっしょでないので、いつか西東のことは、彼の脳裡から離れていた。

 西東の兄が故郷からやって来て、西東の退学届を出したという話を聞いたのは、ずっと後のことである。何故退学をする気になったのか、彼には理解出来なかった。尾山フサコなら知っているだろうと思ったが、他のことに紛れて、つい訪ねなかった。七月になって行って見ると『尾山』の表札は外(はず)され、他の表札がぶら下っていた。

 彼は白川の河原に降り、しばらく流れを眺めていた。彼は去年の蚊の季節の頃を思い出した。佇(たたず)んでいる間も、大きな蚊が何匹も飛んで来て、彼の顔や手足にまつわった。

 河原から上り、新しい表札の玄関で、事情を聞いた。フサコはこの家を売却し、東京に行ったことが判った。新住人から聞き得たのはそれだけで、他の事情は何も判らない。新しい主人は言った。

「いさぎゅう蚊の多かとこですなあ。知らんもんだけん、高う買い過ぎたごたる」

[やぶちゃん注:「いさぎゅう」熊本弁で、「ひどく」「たいそう」の意。]

 

 西東とフサコの関係が、西東家に知られてしまった。そこで親族会議か何かがあったのだろう。西東を学校から引かせ、東京に追いやった。東京で私大の予科にでも入れるつもりである。当人もそれを希望した。

 尾山フサコに手切金が与えられた。もう西東に会わないとの約束で、フサコは一応承諾した。

 田舎の旧家らしい解決法だったが、事はそれで済まなかった。フサコが持ち家を捨てて上京したからである。よりが戻った。

 それも短い期間であった。徴兵猶予の手続きを忘れたために、彼に召集令状が来た。徴集されて二週間後、西東は大陸に渡り、すぐに戦死した。戦死のことは、久住は小城から聞いた。聞いたとたんに、彼はふっと涙が出そうになった。

[やぶちゃん注:「徴兵猶予」旧兵役法では在学者及び国外在住者に対して、定期的に申し出を出すことで、徴兵時期の延期が適用された。]

「ばかだな。手続きを忘れるなんて」

 久住は横を向いて言った。

「好いやつほど、早く死にやがる」

「それは逆だよ。死んだからこそ、いいやつなんだ」

 小城は感情のない声で言った。

「あの春休み、盲腸で入院する前、西東はぼくのお客に――」

「女先生のことか?」

「そうだ」

 小城はちょっと顔をあからめた。

「会っていやがらせを言ったんだよ。どうせ長くはつづかないから、交際はもうやめろってね」

「いやがらせじゃなく、忠告じゃないのかい?」

「うん。まあ忠告かも知れないが、彼に忠告する資格があるのかね?」

 フサコのことをさしていることは判った。そして小城は語気を強めた。

「西東はおせっかい屋なんだ。おせっかいをやき過ぎる。自分のことは棚に上げて、他人の邪魔ばかりしているんだ。そう思わないか?」

「思わないね」

 出かかった涙は、もう引込んでいた。久住は突放すように言った。

「おれはあいつから、おせっかいをされた覚えはないな。それほどべたべたした交際じゃなかったよ」

 

 その年の秋ごろから、久住の気持はやや荒れ始めた。西東の死の影響ではない。このままでいいのかという気分があって、学校を休んだり、酒に溺れたりした。彼はドイツ語がにが手で、その教授の一人から憎まれているという妄想みたいなものがあり、とうとう落第した。

[やぶちゃん注:「彼はドイツ語がにが手で、その教授の一人から憎まれているという妄想みたいなものがあり」恐らくは相似した事実や精神状態が梅崎春生にはあったと考えてよい。遺作『梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 (13)』にも優れて映像として印象的なシークエンスとして描かれてある。

 四年間かかって卒業し、東京に出た。中野のあるバーに尾山フサコがいて、彼に会いたがっていると友人が知らせて呉れたのは、学校に入ってすぐである。会いに行こうか行くまいかと、久住はしばらく迷った。会ってどうなるものでなし、と思ったが、結局出かけることにした。バーは中野駅のすぐ近くにあった。重々しげな扉の上に三角燈をつけ、壁には蔦をあしらった、あまり趣味のいいバーではなかった。

 フサコはずいぶん変っていた。顔は化粧でごまかしているが、首筋のあたりの皮膚はざらざらに荒れている。四年前の白いすべすべした肩を彼は思い出した。あれから四年間、こちらは四つ歳をとったのに、彼女は八年ぐらい老けたらしい。

 なつかしい。昔のことを思い出す。そんな月並みなあいさつから始まって、フサコはぐいぐい飲み始めた。

「おねえさん。そんなに飲んじゃ、休に毒よ」

 同僚の女から注意されるほど、がぶ飲みをした。看板近くになって、まだ話したいことがあるからアパートまで送って来て呉れ、と言い張って聞かなかった。彼がためらっていると、フサコはこんなことを言い出して来た。

「西東が学校をやめたのも、あんたのおかげよ」

「なに。ぼくの?」

「そう。寄書きをよこしたでしょう。西東が盲腸炎になって入院した時にさ」

「ああ。寄書を書いて送ったらしいな。おれは書かなかったけれど」

「ウソ! 書いたでしょう。あたしたちの仲のことを!」

 フサコはじれたがって、彼の胸をとんとんと拳でたたいた。

「書きゃしないよ。誓ってもいい。何て書いてあった」

「それを今もあたしは持っている。アパートにしまっているんだよ」

 酔うとあおくなるたちらしい。フサコは眼を据(す)えた。

「今はもう別に、久住さんを恨む気持もなくなったけどね。あんたは虫も殺さないような顔をして、実はほんとに悪人だったのねえ」

「おいおい。何もしないのに、悪人呼ばわりされちゃ、やり切れないなあ」

「何もしない?」

 フサコはけたたましく笑った。

「よくそんなことが言えたもんね。じゃあたしのアパートに来てごらんなさい。証拠を見せるから」

 行って見よう、と彼は決心した。フサコの足どりが怪しいので、彼は抱きかかえるようにしてバーを出た。学生がバーの女に肩をかして歩く。そんなことがもう許されぬ時節になっていたが、仕方がない。幸いアパートまで一町ほどしかなかったので、警官などに見とがめられずに済んだ。

[やぶちゃん注:「一町」百九メートル。]

 フサコの部屋は二階で、廊下の両側に部屋があり、廊下には七厘やバケッが置かれている。実はバーにいると聞いて、そこのマダムになっていると思っていた。しかしただの女給に過ぎない。それが彼の感慨をそそった。部屋には寝床がしき放しで、見覚えのある長火鉢が置いてあった。上京する時も手放さずに持って来たのだろう。部屋はしめ切りなので、空気が濁っていた。

「上んなさいよう」

 フサコは押入れをあけ、行李をごそごそと探し、古ぼけた封筒を持ち出して来た。彼は坐って、内容を取出す。ゆっくりと拡げて見た。

『元気を出して出て来い』

『一度の落第に気を落すな。人生は長く青春は短し』

 その中で、

『尾山フサコさんが待っとるよ』

 という文句に始まる、かなり長い、猥雑な文章があった。それはあきらかに、西東とフサコの関係を、第三者が読んでも理解出来る文である。その文の最後にはという署名があった。彼は二度読み返した。

[やぶちゃん注:「底本では、太字のが丸印の中にある。ブログでは表記出来ないので注した。]

「これを誰か身内の人が読んだんだね?」

「そうよ」

 彼の眼の動きを見ながら、フサコは答えた。

「西東の兄が読んだのよ」

 西東の兄が退学届を出しに来た事情が、初めてすらすらと彼には判った。彼は顔を上げて、フサコを見た。

「これはおれが書いたんじゃない」

 彼ははっきり言った。

「おれの文字に似せてはあるが、おれんじゃない。絶対に違うよ。西東は犯人はおれだと信じて、出征したのか?」

「いえ。迷ってたわ。するとやっぱり――」

 言いさしてフサコは口をつぐんだ。沈黙が来た。

「久住はこんな卑劣なことをやる男じゃない、と西東は言ってたわ。あんたじゃなかったのね」

「そうだよ」

 しかしそうだとしても、あたしはあんたが憎いと、フサコは言った。

「なぜ?」

「あんたは何も傷つかず、無事に大学生になった。西東だって、あんなことがなければ、大学生になれた筈よ」

 その理窟は通らない、と彼は思ったが、口には出さなかった。過ぎたことは、何を言ってもむなしいのである。フサコも重ねては詰め寄らなかった。彼女もそのむなしさを知っていたのだろう。久住は立ち上ろうとした。

「ねえ。今夜泊って行かない?」

「いや」

 事件に巻込まれるのもイヤだったが、今その感傷につき合うのも御免だという気持があった。そこで本式に立ち上った。

[やぶちゃん注:本篇はここで終わっている。こうした断ち切るような終局シーンは梅崎春生特有のもので、一種、映画的な、芝居の見え透いたクライマックスを作らない手法で、私は好きである。]

2022/10/10

ブログ1,830,000アクセス突破記念 梅崎春生 春の月

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二七(一九五二)年三月号『新潮』に掲載され、後の作品集「ボロ家の春秋」(新潮社昭和三〇(一九五五)年刊)に所収された。

 底本は「梅崎春生全集」第三巻(昭和五九(一九八四)年七月沖積舎刊)に拠った。

 傍点「﹅」は太字に代えた。文中に注を添えた。能の詞章の内、不動明王の真言の部分は、読みを句読点を字空けとして、台詞の後に纏めて配し、同じく詞章に用いられている踊り字「〱」は正字化した。私は、電子化された「/\」「/゛\」や「〱」「〲」の、電子化表記に対して、激しい生理的嫌悪感を感じるからである。そもそも私は六十五の今までの生涯で、一度も「〱」「〲」の踊り字を書いたことがないのである。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日未明、1,830,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

   春  の  月

 

 たとえばある日の夕方です。

 たった今、日が沈んだばかりで、西の方の空はあざやかな夕焼です。赤や黄や青や、それらが微妙に混合し、その色彩も刻々変化して、まるで華やかな空のお祭りのような具合なのです。オムレツ型の雲に鱈(たら)の子色の雲、番傘雲やがんもどき雲、中には幼児の緑便みたいな色あいの雲もあって、なかなかにぎやかな眺めでした。

[やぶちゃん注:「幼児の緑便」時に幼時がする緑便(りょくべん)。黄色い大便が濃くなったように緑色を帯びたもので、これは便が酸性になって、黄色い胆汁が酸化され、緑色に変化したもので、特に母乳での育児の場合、含まれる乳糖が乳酸菌の生成を促し、便が酸性化する傾向があることから、緑色になり易い。同時に甘酸っぱいような臭いがするのを特徴とする。乳酸菌は腸の働きを促すため、大便が程よく酸性なのは健康な証拠である(以上は信頼出来る小児科医による記事を参考にしたが、実際の便の写真が添えてあるので、リンクは張らないことのした)。]

 月が出ていました。

 空はまだ一面に明るいのですから、これはしらじらと透き通って、置き忘れられた鋲(びょう)みたいに、ひっそりとかかっています。その表面のうすぐろい斑点も、何時になくはっきり眺められました。れいの兎(うさぎ)の形に見えるというあれです。兎だと言うから、兎にも見えますが、狸(たぬき)だと言えば、狸に見えないこともありません。つまりこれは、見る人の感じによって、何にだって見えるようなものです。そういう斑点を浮べて、空の一角に、その月はこっそりと貼りついていました。月齢から言えば、十夜か十一夜というところでしょう。白っぽい、いびつな楕円形(だえんけい)でした。

 地上には、坂がありました。

 その日の午前中まで、数日間降りつづいた雨のために、斜面はじとじとと濡れ、ところどころ水溜りさえ出来ていました。それぞれの形に夕焼の色をうつして、赤や黄や紫にかがやいているのです。その水溜りを避け避け、のろのろした足どりで、この狭いだらだら坂を登ってくる一人の男がありました。

「なんだ。ちょっと鶉(うずら)の卵に似てやがるな」

 椎(しい)の木のてっぺんに引っかかったその夕月の形を見て、須貝はそう呟(つぶや)きました。須貝というのは、その男の名前なのです。そして彼は急に憂鬱そうな顔になり、ちぇっと舌打ちをしました。鶉のことを考えるのは、あまり愉快なことではなかったからです。斑点を浮かせた楕円の月の形は、そう言えば、鶉の卵に似ていないこともありませんでした。

「ふん。面白くもない」

 須貝は今年二十七歳になるのですが、背後から見ると、三十五歳か、もっとそれ以上に見えました。それはひとつには、着ている服の関係もあるのです。灰色の生地で、それほど地味な色あいでもありませんが、どこか身体に合っていなくて、変にじじむさい感じがするのでした。

 須貝はこの服を、ついこの間買ったばかりですが、自分ながらあまり好きではありませんでした。でも仕方がなかったのです。都庁に勤めていて、月給もそれほど貰っている訳ではないのですから、服を新調する余裕がどうしても出ない。新調するにはどうしても、一万円ぐらいは確実にかかるのです。そこで須貝は、放出中古服という割安な服の売場で、やっとのことでこれを買い求めたのですが、買ってはみたものの、手を通してみると、寸法は一応合っているようなのに、どこかぴったりしない感じなのです。肩のへんが詰まったような気味で、自然と背が前屈(まえかがみ)みになるらしいのです。同僚たちも老人くさいと批評するし、自分でもそういう感じがする。ことに谷川魚子が、変な服ね、と批評して以来、須貝はひどく後味の悪いような気分になっているのでした。谷川魚子というのは、須貝の近頃の恋人なのです。もすこし吟味して買えばよかった。すこし急ぎ過ぎた。毎朝この服を手にとるたびに、彼はしみじみとそう後悔します。これはきっとアメリカの片田舎の小柄なお爺さんが着ていた服に違いない。年寄りくさく見えるのは、多分そのせいだろう。どうもしまったことをした。

 くたびれたような足どりで、やっと坂を登りつめた頃、夕焼雲の七彩はいくらか色褪(いろあ)せ、周囲の方から光を失い始めていました。しかし須貝はそれに眼もくれず、肩を前に落したような姿勢で、のろのろとそこの路地に曲り込みました。鶉のことが頭にしみついて、顔を上げる気にもならないのでした。板塀のなかから、子供たちの合唱が聞えてきます。須貝が間借りをしている、その家の子供たちの声でした。

 

  夕焼けこやけで日が暮れて

  山のお寺の鐘が鳴る

 

 なにが山のお寺だと思いながら、須貝は急に怒ったような顔になり、くぐり戸を手荒にがらりとあけ、内に入りました。すると子供たちの歌がぴたりとやみ、口々に、

「須貝のおじさんが帰ってきたよう」

「須貝のおじさんが帰ってきたよう」

 そして小さい跫音(あしおと)がばたばた鳴って、台所の方に報告に走って行った様子です。須貝はそのままぶすっと表情をくずさず、口をとがらせ、ひょいひょいと猫のような歩き方で狭い庭を横切り、自然石の沓脱(くつぬぎ)ぎのところに足をとめました。そこは一間幅ぐらいの、廊下とも縁側ともつかぬ、中途半端な板の間になっていました。そこを一目で見渡した時、須貝の眼はぎろぎろっと二倍ほども大きくなり、頰や額にもざっと血が上ってきたようです。そして奥歯のあたりが、かすかにぎりぎりと鳴った模様でした。

[やぶちゃん注:「一間」一メートル八十二センチ弱。]

「まだいやがる」すこし経って、棒立ちになったまま、須貝はうめくように呟きました。「なんという横着な鳥どもだろう」

 その時板の間の片すみで、ギヤッというするどい啼(な)き声がしました。そこには蜜柑箱(みかんばこ)を横にして三段に積み重ね、金網を張り、その中に茶褐色のものがいくつもうごめいているのです。大小十二羽の鶉なのでした。ひしめき合ってむくむく動き、続けてギャッギャッとかしましく啼き立てました。須貝の姿を見て、餌を呉れるものと勘違いしたのでしょう。この鶉たちは、ここに飼われるようになってから、まだ三日しか経たないので、その勘違いも無理はないのです。しかし須貝にとっては、そんなことも忌々(いまいま)しい限りでした。金網を破って引っぱり出して、一羽々々しめ殺してやりたい程なのです。それほどこの啼き声が癪(しゃく)にさわっているのでした。この三日間彼がほとんど不眠の状態にあるのも、この啼き声のせいなのです。鶉という鳥は妙な鳥で、夜中になると、ことにギャッギャッと啼き立てるのです。その声のするどいことと言ったら、まるで耳に針金をさし込まれるような感じがするほどでした。

「何たる横着!」

 須貝は鶉の方をにらみつけながら、そう口に出して言い、乱暴に靴を脱ぎました。板の間の向う、障子ひとつ隔てたところが、すなわち須貝の部屋になっていました。八畳の部屋で、間代は月に千五百円です。彼は一年ほど前から、この部屋を借りて住んでいるのでした。

[やぶちゃん注:「鶉」キジ目キジ科ウズラ属ウズラ Coturnix japonica 。博物誌は私の「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鶉 (ウズラ)」を見られたいが、鳴き声は、短いが、YouTubeのstormfish氏の「うずら飼育 うずらの鳴き声(オス) 夜」がよい。これが十二羽いたら、たまったもんじゃないな。]

 この鶉たちのいる板廊下が、その八畳の部屋に付属しているかどうか、それがもっぱら昨日の論争の焦点なのでした。論争の相手はもちろん、この家の女主人です。それは背が低い、頭の小さな、でっぷりと肥満した未亡人でした。その時彼女はきんきん声で、早口でこうまくし立てたのです。

「あたしはね、八畳間は確かにお貸ししましたけれどね、廊下まではお貸ししませんよ。ええ。この廊下はうちのものですよ。鶉を飼おうと牛を飼おうと、あたしの勝手ですよ」

「そんな無茶な」と須貝はひたすら抗弁しました。「廊下は部屋にくっついてるというのは、社会の通念――」

「通念も残念もありませんよ。あたしがお貸ししたのは、部屋だけです。それもたった千五百円ですよ。よそ様では、一畳あたり二千円も取ってるというのに。廊下のことまでに口を出されて、それで引き合った話ですか!」

「でも、眠れないんですよ。啼き声がやかましくて、昨夜なんか、僕は全然眠っていないんです」

「そりゃ啼きますよ、鶉ですもの。啼かない鶉があったら、お眼にかかりたい位だわ」灰色のしみがぽつぽつとある小さな顔をふりふり、女主人は言いつのりました。「あたしだってね、好きで飼ってるんじゃないんですよ。鶉の卵でも売らなければ、暮しては行けないんですよ。部屋代たった千五百円ぽっち貰って、それで母子四人がどうして食べてゆけますか。そうでしょ。ええ。そうじゃないとでもおっしゃるの」

 須貝は昔から言い争いは不得手な方で、ことに女相手のそれは苦手なのでした。何時も一所懸命やっても、だんだん言い負かされてくるのです。しかしここで退いては、神経衰弱になってしまうのは必定(ひつじょう)ですから、彼は最後にほとんどやけくそになって怒鳴りました。

「とにかく明日までに箱を片付けて下さい。そうでなければ、僕には僕の考えがある!」

 今日の昼間、役所で事務を執(と)っている間も、ともすれば鶉のことが頭に浮んできて、須貝はその度に帳簿を書き損じたり、インク壺を引っくりかえしたり、へまばかりやっていました。煙草と間違えてハンコを吸ったりして、給仕に大笑いをされたくらいです。寝不足でいらいらしているので、彼は自分のその失敗を、一緒に笑う気にもなれませんでした。

『あの婆(ばば)あ、いよいよ本式に俺を追い出すつもりなんだな』

 女主人が部屋代を上げたがっていること、しかも一足飛びに一万円にしようとしていることを、この間から須貝はうすうすと知っていました。でも彼はそれにとりあわなかったのです。なにしろ給料が一万円足らずですから、とりあうわけには行かなかったのでした。そこで女主人は、彼を追い出して、新しい人を入れようと考えたに違いありません。遠廻しな皮肉などを言っていやがらせを始めたのは、大体一箇月ほど前、つまり須貝があの服を買った頃からです。女主人にして見れば、部屋代の件にはそっぽむく癖に、洋服などをちゃんと買い込んだ須貝に対して、たいそう腹を立てたのかも知れません。することなすことが陰険になってきて、たとえばある日、須貝があの板廊下にあがったとたんに、すってんと辷(すべ)って転んだこともあるのです。何時の間にかそこには蠟(ろう)がこてこてと塗ってあるのでした。彼が家の中を用心深く猫足で歩く癖がついたのも、それ以来のことでした。靴の中に石ころや木の葉が入っていたり、瓶のインクが突然水に代っていたり、そんな奇怪な現象にもひたすら隠忍自重しているうちに、とうとうある日のことその廊下に、鶉が十二羽も運ばれてきたという訳でした。須貝も内心意地になっていましたから、鶉ぐらいが何だと初めは軽く考えていたのですが、その啼き声を聞くに及んで、これは放って置くわけには行かなくなったのです。それはつまり、女主人の作戦が図にあたったということでした。夜中に聞くとその鶉たちの、残忍な復讐の執念につかれたような啼き声は、その度にぎょっと彼の眠りを脅(おび)やかしてくるのでした。それが今日でもう三日になるのです。

 乱暴に靴を脱ぎ捨てると、須貝は用心深く板廊下に立ち、寝不足の眼をくゎつと見開いて、鶉箱の方をじっとにらみつけていました。母屋の方からは、何の物音も聞えません。子供たちの歌も止んだようです。耳に入ってくる音響と言えば、かしましくにぎやかな鶉たちの啼き声ばかりでした。

『なんと不恰好(ぶかっこう)な、やくざな鳥どもだろう!』

 背が茶褐色のその鳥たちは、頭が小さく尾は短く禿(は)げ、全体にぶよぶよとしまりなくふくらんでいます。腹部は赤色で、灰色の斑点などを点々と浮かせているのです。その不恰好なやつが十二羽も、蜜柑箱の中にひしめき合っているのでした。

「まったくあの婆あにそっくりだ」

 須貝は身体の向きを変え、そっと障子を押しあけ、自分の部屋に足を踏み入れながら、はき出すように呟きました。そう言えば、その灰色の斑点の感じ、顔や頭が小さいのにぼってりと肥満した体つきなど、どことなく女主人に似ているのでした。それから彼は薄暗い部屋を猫足であるき、ぱちんと電燈をつけました。すると部屋の中の貧しい道具や家具類が、しらじらと彼の視野に浮き上ってきました。そして須貝の視線は、すみの机の白い一枚の紙片の上にふと止りました。彼は近づいてそれをひらひらとつまみ上げました。

 それは谷川魚子からのハガキでした。

『おハガキ見ました。今夜七時半いつものところに待っています。魚子』

 その簡単な文面を二度読みかえし、須貝は腕時計をちらとのぞきました。針は今五時半を指しています。須貝はすこしおだやかな表情になって、何かちょっと考え込んでいる風(ふう)でしたが、障子の向うから、とたんにまたギャッという啼き声がしたものですから、眉をびりっと慄わせて、いきなりそちらを振り向きました。

「よし。俺には俺の考えがある」

 しかしその呟きも、急に語尾が弱まってかすれたようです。それは単にむしゃくしゃしているだけで、考えも方針も対策も、何も彼にはなかったからでした。しかし彼は次の瞬間、とつぜん我慢できないような衝動にかられて、仁王立ちになったまま、両腕をでたらめな体操のように、乱暴に振り廻し始めました。そして勢いに乗って、レビュウガールのように脚をぴょんぴょんはね上げ、どしんどしんと畳を踏みならしました。相当はげしい動作だものですから、彼ははあはあと呼吸(いき)をはずませながら、それでもその運動を止めようとはしませんでした。するとすこし静まっていた障子のむこうでも、その音に刺戟されたとみえ、ふたたび啼き声がギャッギャッと上り始めました。そこで須貝はなおのこといきり立って、もうやけくそな勢いで両手両足を振り廻しました。

「廊下で鶉がなきわめく権利があるなら」と顔を充血させてあえぎながら、彼は飛んだりはねたりしました。「おれはおれの部屋であばれる権利がある」

 その騒ぎをよそにして、母屋の方はひっそりかんとしていました。実はこの物音で女主人をおびき寄せ、一文句つけてやろうと彼は思っていたのですが、いくら手足を振り廻しても、誰かがやってくる気配は一向にないようでした。須貝は疲れてきました。しかし行きがかり上、目がくらくらするような感じになりながらも、彼は必死の力をふるって、その体操を続行しないわけには行きませんでした。

 その時分、母屋の一室では、うすぐらい電燈の下で、女主人と子供三人が、ひっそりと貧しい夕食の卓に向っていました。麦混りのぼろぼろの外米飯で、おかずは大根の醬油煮が二切れずつだけです。食卓が小さいものですから、子供たちは雛鳥(ひなどり)みたいに押し合いへし合いして、その貧しい御飯をかっこんでいました。そこらで光がちらちらするのは、どしんどしんと家が振動して、電燈の笠がゆらゆら揺れるからです。みんな妙な顔をして飯をかっこんでいましたが、ついに辛抱できなくなったらしく、いっとう幼ない児が小さな声で母親に訊ねました。

「お母ちゃま。あの音なあに?」

 女主人は返事の代りに、じろっとその児をにらみつけました。それは食事中は黙って食べるというのが、この家のしつけだったからです。しかしその女主人も、先刻から箸はあまり動かさず、眉をびくびく動かしたり、眼をぎろりと光らせたりして、その音や振動の具合をしきりにはかっているふうな様子なのでした。そしてどすんという大きな振動を最後として、音がぴたりと止みました。なんだかそれは人間か何か、そんな大きさのものが、いきなり、畳にぶったおれたような響きでした。幼ない児がかすかな声でおそろしそうに呟きました。

「なんだかが落っこちたようだよ」

 そしてまたじろりとするどく睨まれて、その児はちょっと泣きべそをかきました。

 それから五分ほど経ちました。

 廊下をぴたぴたという用心深げな跫音(あしおと)が近づいてきました。つまりそれは辷(すべ)らないように、垂直に歩を踏んでいるらしいのです。女主人はその音を耳にすると、直ぐに箸をおろして、きっと身構えました。そして次の瞬間障子ががらりと開かれました。顔を突き出したのは須貝です。その須貝の顔は、疲労と睡眠不足で、眼のふちがくろずんでいました。女主人はさっと表情を緊張させ、いきなり片膝を立てました。向うが何か言ったら、すぐさま言い返してやろうと、もう口がむずむず動きかかっているのでした。

 しかし須貝は舌を抜かれたかのように黙ったまま、棒杭(ぼうくい)のようにそこに突立っていました。どこを見ているのか判らないような視線で、そこらをぼんやりと眺めているようでした。子供たち三人も箸を止め、おびえたように身を寄せ合い、まばたきもせず須貝の顔をじっと見上げていました。そこらは一瞬しんとして、へんに呼吸が詰まるような感じだったのです。誰かがごくんと唾を呑みこむ音が、はっきり聞えたくらいです。

 その時、須貝の表情が、急にくしゃくしゃと歪(ゆが)み、突立っていたその身体が、ふらふらと左右に揺れたようでした。それからその手がゆっくり動くと、障子がするするとしめられて、ひたひたと跫音が鳴り、それは鶉の廊下の方に遠ざかって行くらしいのでした。そこで子供たちは、そろって大きな息をふうと吐き、箸を握りしめたまま、一斉に母親の顔に視線をうつしました。母親はやっと片膝をおろして坐り直し、いくらかつっけんどんな、またいくらか力が抜けたような調子で口を開きました。

「さあ。さっさと食べてしまうんだよ。おしゃべりなんかしないでさ」

 うすぐらい鶉の廊下に腰をおろし、須貝は手探りで靴を穿(は)いていました。庭を横切り、静かにくぐり戸を押して表に出ると、夕焼色はあとかたもなく消えていて、あたり一面はもうすっかりねずみ色の夕闇です。楕円の月は煮〆(にし)めたような色を放ち、肋骨みたいな木の枝の間にぽつんとひっかかっていました。須貝は両手を上衣のポケットにつっこみ、肩をすぼめるようにして、だらだら坂をとっとっと降りて行きました。

「あれはたしか――」やがて坂を降り切った頃、須貝は自分に言い聞かせるように呟きました。「大根のお煮〆のようだったな」

 須貝はその時なぜともなく、小学生時代のある日のことを憶い出していました。それはある年の秋季運動会の日のことです。昼食時になって、友達はみんなめいめいの家族たちに囲まれて、校庭のあちこちで楽しげに重箱などを開いているのに、彼ひとりはアルミの弁当箱で、教室の机のかげにかくれるようにして食べたのでした。父は死に、母の手ひとつで育てられ、その母親も忙しくて、運動会を見になんか来れないのでした。さっきあの食卓に並んでいた大根の煮付けの印象から、少年時代の日をまざまざと呼び起したというのも、その頃の彼の弁当のおかずが、ほとんど毎日大根の煮〆ばかりだったからでしょう。おそらく運動会の日のそのおかずも、それだったに違いありません。今憶い出してもそれは、鹹(しお)からくほろ苦く、やるせなくなるほどの忙しい味わいでした。その記憶をふりはらうように、須貝はしきりに首をふりふり、駅の方にひたすら足を進めました。もうそこらはにぎやかな商店街になっていて、自転車のベルやラウドスピーカーの声、パチンコ玉のざらざら流れ出る音などが、かしましく耳のそばで交錯していました。ごちゃごちゃした人混みを縫って歩きながら、須貝は突然何か思い付いたように、垂れていた首をふっと上げました。そしてとある一軒の店の前に足を止めました。

 それは福徳住宅社という看板が出た、しごく小さな住宅案内業の店でした。そこは幅二間ほどのガラス戸に、隙間もなく紙きれが貼りつめてあって、貸間、貸アパート、売家、売店舗などなど、こんなに世間には空室や空家があるのかと思われるほど、貼紙がずらずらと並んでいるのでした。須貝の眼は、先ずその貸間の部に、ひたと吸いつきました。丹念に一枚読んでは次にうつるようにしながら、彼は頭のすみでひそかに思いました。

『鶉は啼きわめくし、子供らは大根の煮付けを食べてるし――』

 そして視線が移動するにつれ、彼はちょっと首をかしげたり、ほっと溜息をついたり、ぼそぼそと何か呟いてみたり、ぐふんと鼻を鳴らしたりしました。条件がいいと思えば権利金がむやみに高いし、値段が手頃だと思うと場所が遠過ぎたり、なかなかぴったりしたのが見当らないのでした。でも須貝はたゆまずに、視線を上段から中段へ、中段から下段へと、じりじりと動かしてゆきました。

『なにしろ俺の条件は、権利金なしの千五百円どまりだからな』

 そして彼の視線は、下段の一番端のところでぴたりと止り、それっきり動かなくなりました。眼がちかちかと光り、頰にもぽっと赤味がさして来たようです。その貼札には、こう書いてありました。

 

  貨室・当駅ヨリ約十分・高台閑静・八畳美室・一間幅

  廊下付・賃月一万・外人向

 

 そして側に小さな字で、

 

  目下居住者アレドモ近日中明渡シノ見込

 

『まさか俺の部屋では――?』

 疑惑の色が面上に色濃くただよい、彼は唇を嚙みながら、無意識のうちにとことこと足踏みしました。それからぷいとその店を離れると、前よりも急ぎ足になって、往来の雑沓(ざっとう)の中にまぎれこみました。

『おれは腹が減っているんだ』

 いらだちをなだめるように、須貝はそう思ってみました。さきほどの運動のため、じっさい腹も。ペこペこになっていたのです。とたんに胃のあたりがグウと鳴ったものですから、ポケットの小銭をちゃらちゃら言わせながら、須貝はたまりかねたように曲り角の外食券食堂に飛び込みました。

『あの婆さんも子供たちも、決して悪い奴じゃないんだ。決して。そしてこの俺も』

 食堂の丼飯もやはり麦混りのぼろぼろ飯でした。それを忙しくかっこみながら、須貝は強いてそんなことを考えました。怒ってばかりいては、消化に悪いと思いついたからです。

『その俺たちの尋常な人間関係を、何かが破壊しようとしているのだ。何かが!』

 そう思ったとたん、ギヤッというような音が近くで聞えたものですから、須貝はぎくりと顔を動かしました。それは食堂の奥でスイッチをひねったラジオの音でした。つづいて何かを解説するアナウンサーの声が、そこからがんがんと流れ始めました。粗悪なラジオらしく、声がしきりに割れて、耳にびんびんとひびいてくるのです。須貝はちょっと顔をしかめ、丼を顎(あご)にくっつけるようにして、ふたたび猛然と箸を動かしました。あの鶉たちの声を思い出したのでした。次の瞬間、ある暗い予感のようなものが、しずかに彼の胸にひろがってきました。

『俺がたまりかねて出て行くまで、あいつらは臆面もなく啼きつづけるのだろうな』

 彼は丼を置き、こんどは皿をとり上げました。皿の中にあるのは、もうあらかた食い尽した焼魚の骨と、あとは煮豆のかたまりだけです。彼はその煮豆を箸でしゃくって、ぐいと口の中に押し込みました。

[やぶちゃん注:「外食券食堂」第二次世界大戦中の昭和一六(一九四一)年から戦後にかけて、主食の米の統制のため、政府が外食者用に食券を発行し(発券に際しては米穀通帳を提示させた)、その券(真鍮製。紙では容易に偽造出来てしまうからであろう)を持つ者に限り、食事を提供した食堂。というより、これ以外の飲食店には主食は原則、一切配給されなかった。私がかつて古本屋で入手した昭和二〇年(一九四五)年十月の戦後最初の『文芸春秋』復刊号の編集後記には、調理人の手洟や蛆が鍋の中で煮えている、という凄絶な外食券食堂の不潔さを具体に訴える内容が記されてあった。小学館の「日本大百科全書」梶龍雄氏担当の「外食券食堂」の項によれば、戦後、外食券は闇値で取引されることも多くなり、昭和二二(一九四七)年入浴料が二円の当時、一食一枚分の闇値が十円もしたという例もある。しかし昭和二五(一九五〇)年ごろより食糧事情が好転、外食券利用者は激減し、飲食店が事実上、主食類を販売するようになってからは、形骸化し、昭和四四(一九六九)年には廃止された、とある。因みに、私は昭和三二(一九五七)年生まれであるが、「券」も「食堂」も記憶には全くない。本篇は昭和二七(一九五二)年発表であるから、その歴史のまさしく黄昏時に入った時期と言え、主人公の窮乏も同時に感じさせるものである。]

 

『このひとの口は、今日は鶉豆のにおいがするわ』

 胸をぎゅっと抱かれ、唇をひたと押しつけられながら、谷川魚子は無感動にそんなことを考えていました。眼は見開いたままです。近頃では、彼と接吻する時にも、眼を閉じるような気分には、どうしてもなれないのでした。上にかぶさる男のもじゃもじゃ髪のすきまから、赤い月がちらちらと見え、彼女の眼はそれをぼんやりと眺めていました。

[やぶちゃん注:「鶉豆」「うずらまめ」は、豆の形が円筒形で、表皮は淡褐色の地に赤紫色の斑紋(斑(ふ))が入った隠元豆(マメ目マメ科インゲンマメ属インゲンマメ Phaseolus vulgaris )で、その名は種皮の模様が鶉の卵によく似ていることに由来する。煮豆や甘納豆の原料として用いられているから、外食券食堂の皿の中の煮豆が、事実、それであったのであろうが、如何にも皮肉と言えば、皮肉である。]

 少し経って、須貝は唇を離しました。眼がいくらか血走っていて、月光のせいか顔全体がほんとに蒼黒く見えました。それから魚子もゆっくり身を起しました。

「僕はすこし疲れているんだ」須貝はさも消耗したような声で、そう言いました。「なにしろこの二晩というものは、さっき話したような事情で、ほとんど眠っていないんだ」

 そこは濠(ほり)に面した土堤の上でした。若草が一面に生えているのですが、それらはしとどに濡れ、露を含んでいるものですから、二人は余儀なくベンチに腰をおろしていました。そのベンチもひえびえと湿って、つめたいのでした。

「ここは冷えるわ」魚子はやがてのろのろと立ち上りました。「すこし歩きましょうよ」

「うん」

 須貝はあまり動きたくないような様子でしたが、それでも不承々々腰を上げました。先程あまりやりつけないあばれ方をしたせいか、腰の筋がぎくりと痛んで、彼は思わず顔をしかめました。その須貝の惨(みじ)めたらしい表情を、魚子はある感じをもってじっと眺めていました。

 土堤に沿って、やがて二人は並んでゆっくりと歩き出しました。お互いに黙ったままです。濠の向うは線路になっていて、そこをごうごうと走る電車の青白いスパークが、暗い水面にうつっては消えました。

「さっきの話ね」

 ほぼ百米も歩いた頃、魚子は低い声で口をきりました。

「あれはやはり駄目よ。だってあたしの部屋は、とても狭いんですもの。無理というものだわ」

「すると僕と一緒に暮すのは厭なのかい?」

 と須貝はやや沈痛な声で問い返しました。

「厭とか厭じゃないとか、そんなことじゃないのよ」そして魚子はいらいらと声を高めました。「あたしたち、一緒になっても、お互いに惨めになるだけだと思うの。それにきまってるわ」

「なぜ?」

「なぜって、あなたも貧乏だし、あたしも貧乏でしょう。貧乏同士が一緒になったって、幸福になれっこないわ」

「愛し合っててもかい?」

 魚子はそれには返事をしませんでした。それから五十米ほども歩くと、土堤が尽き、二人は黙ってそこを右に曲りました。そこから暗い道が始まっていて、夜風が二人の顔にまっすぐに吹きつけました。上衣の襟を立てながら、須貝は思い切ったようにささやきました。

「つまり僕を嫌いになったというわけだね」

「あなたは、いい人よ」と魚子は少しどもりながら、答えにならぬ答え方をしました。「でも、あたし時々、あなたにやりきれなくなる時があるの。ねえ。たとえば、なぜあなたは、もっと胸を張って歩かないの。ぐっと胸を張って元気よくさ」

「洋服の関係なんだよ、これは」と須貝はかなしげに答えました。「自然とこういう恰好になってしまうんだ。前の持主が、セムシか何かじゃなかったのかなと、ときどき思ったりするんだけどね」

 暗い道のずっと彼方に、自動車のヘッドライトがあらわれ、そこらはぼんやりと明るくなりました。そこで魚子の横顔をちらとぬすみ見ながら、須貝はも一度訊ねました。

「どうしても君の部屋は駄目かい?」

「駄目よ」と魚子はそっけなく答えました。

「ああ」と須貝は絶望したようにうめきました。「今晩帰れば、また鶉だ。明晩も鶉。その次の晩もまた鶉。僕はほんとに死んでしまう」

 ヘッドライトの光芒は、ぐんぐんぐんぐん近づいてきました。二人の姿を認めたと見え、警笛がビビーッという響きを立てて鳴りわたりました。地面は泥と水とのべたべた道です。二人抱き合うようにして、急いで道の端に避けたのですが、瞬時にしてタイヤがべたっと水溜りを弾いたものですから、泥水がこまかい飛沫となって二人の全身にパッとおそいかかりました。自動車はそこでちょっと速力をゆるめたようでしたが、直ぐに元のスピードを取戻して、べたべた道をぐんぐんぐんと走って行きました。その自動車の後方席には、頭の半分禿(は)げかけた五十二三の肥った男が、腕組みをして瞼を閉じ、独りひっそりと腰をおろしておりました。眼をつむっているので、二人の姿は見なかったに違いありません。

「おい。田口」やがてその男は眼をつむったまま、運転手の背中に低い声で呼びかけました。「いま何時じゃね」

「はい。八時二十分です」

 運転手はちらと時計をのぞいてそう答えました。男は追っかけるように言葉をつぎました。

「もっとスピードが出せんか」

 車体はがくんと一揺れして、見る見る速力を増してきたようです。やがて男は切なそうに眼を開きました。車はいま濠(ほり)ばたの道を走っていました。そして濠を越えた向うの土堤の真上に、楕円形の月があかあかとかかっていました。肥った男は顔をガラス窓に寄せ、じっとそれを眺めました。

『月が出ている』

 男はなにか祈るような気持でそう思いました。車が走るのと同じ速力で、月も夜空を同方向にはしっているのです。出来そこなったレンズ。暫(しばら)くそれを眺めているうちに、男はちらとそんなものを聯想(れんそう)しました。苦悩と焦慮の色が、ありありと男の面上に浮んできました。

『あの出来そこなった月が、まん丸くなる頃には、もしかするとこの俺も――』

 ヘッドライトの光芒は、その時正面の石垣塀を一舐(ひとな)めして、大きく左へ曲りました。そこで男の視界から、月はもぎとられたように姿を消しました。それからまた男は腕組みをして、座席のクッションに大きくよりかかり、深刻げに眼をつむりました。

 それから自動車はぐんぐんぐんぐん、坂をのぼり坂を降り、橋をわたりガード下をくぐり、あちらこちらに泥や水をはねとばしながらひた走りに走りました。そしてとある大きな門構えの家の前に停りました。車が停ると、男は自分で扉を押しあけ、転がるように降り立って、ぜいぜいと咽喉(のど)をならしながら、急いでその門の中へ入って行きました。

 運転手は大きく背伸びをして、座席の片隅から、裸女の表紙のついた小型雑誌をとり出して、頁をめくって読み始めました。それから三十分ほども経ちました。

 門の中の玄関のところで、がやがやと話し声が聞え、さっきの男が見送られて出てくるらしいのでした。この家の主(あるじ)らしい男のがらがら声で、

「折角来て呉れたのに、役に立たなくて済まなんだなあ。牧山君」

「いやいや、こちらこそ」

 玉砂利をざりざり踏んで、男は自動車に戻ってくると、とたんに両手で頭をかかえるようにしてクッションによりかかり、苦しそうな声で命令しました。

「こんどは渋谷にやって呉れ」

 運転手は雑誌を座席の下に押し込み、無表情な手付きでハンドルを握りました。

 ふたたび自動車は夜風を切って、ぐんぐんぐんぐん走り始めました。黒い車体は月の光に照らし出されて、まるで必死に遁走(とんそう)する巨大なカブト虫でした。渋谷に着くまでにも、男はしきりに身悶えしたり、眼をつむったり開いたり、じっとしては居れないような風(ふう)なのでした。

 渋谷の奥まったある屋敷の中に、やがて自動車を降りたその男は、忙しい足どりで入って行きました。運転手はまたうんと背伸びして、エロ雑誌を読みふけり始めましたが、こんどは十五分も経たないうちに、跫音がせかせかと戻ってきて、車台ががくんと揺れると、男の肥った体がころがりこむようにして入ってきました。運転手がそっとバックミラーをのぞいて見ますと、男はすっかり打ちのめされたような顔付になって、黙ってぐったりと座席にもたれかかっているだけです。もう口をきくことさえ大儀らしい風なのでした。そこで運転手の方が口を開きました。

「お宅の方にお廻ししますか。牧山社長」

 牧山(つまりその肥った紳士ですな)は頰をたるませて、がっかりしたようにうなずきました。ここでも話がうまく行かなかったらしいのです。

 こうして、牧山光機会社社長の牧山英造が、自動車で自宅に戻ってきたのは、もうかれこれ十二時近くでした。玄関を上ると直ぐに、電話がかかって来ました。牧山はいらだたしげに眉をしかめながら、しぶしぶ受話器をとり上げました。神経がくたくたに疲労して、もうどんなものともかかわりを持ちたくないような、やけくそな気分なのでした。

 電話の声は、サカエでした。サカエというのは、一年ほど前から牧山が世話をしている女なのです。そのサカエの声が、怨(えん)ずるように牧山の耳に入って来ました。

「なぜお金持って来て下さらないのよう。あたし困っちまうわ。もう会があさってに迫ってると言うのに。ねえ。どうしたのよう」

「うん。判ったよ。判ってるよ」それどころかと思いながら、しかしなだめるように牧山は言いました。「わしだって、忙しいんだ。な。今が大事な時だから、も少し待って呉れ。な。お願いだ」

「も少しって、もう明後日なのよ。後見の人にも、地謡(じうたい)の人にも、笛や太鼓(たいこ)の連中にも、お礼出さなくちゃいけないのよ。早くしないと、あたし恥をかいちゃうわ」

 明後日、素人能(しろうとのう)の大会があって、サカエはそれに出て舞う予定なのです。そのためには金が必要で、もう一箇月も

前から、牧山はそれをしきりにせびられているのでした。

「判った。判った。とにかく明日」

 牧山はガチャンと受話器を置いて、ふうと大きく呼吸(いき)を吐きました。とにかく明日中にまとまった金を調達しなければ、親爺の代からつづいた光輝ある牧山光機も、ついに潰(つぶ)れてしまう他はない。そうなれば、あのサカエとも手を切らねばならないだろうし、もちろん家屋敷や自動車なども、すっかりこの手を離れるだろう。腹の中がまっくろになるような気持でそう思いながら、牧山はむっと頰をふくらませ、よたよたと二階の寝室に上ってゆきました。

 服を脱ぎ捨てて、彼は芋虫のようにベッドに転がり込みました。妻を喪(うしな)って三年間、彼は自宅ではずっとこの部屋にひとりで眠る習慣なのです。肥満した体軀にころげこまれて、古いベッドはきいきいと悲しげな音を立てました。

 晩方、彼は夢を見ていました。野原一面にもやしのような小さな手がたくさん生えていて、そこをひとりで歩いているような夢でした。その手が一斉にぐにゃぐにゃとなびいて、しきりに彼の足をつかまえようとするのです。びっくりして逃げ出そうとするのですが、それこそ手は何万本となくずらずら生えていますし、走っても走っても脚がから廻りするような具合で、彼は全身にびっしょり汗をかいて、やっとのことで眼が覚めました。見ると夜はすっかり明けているのでした。彼はむくりとはね起きました。

「シュッシュッシュッシュッシュ」

 口の中でそんな音を立てながら、彼は大急ぎで顔を洗い、大急ぎで朝飯をかっこみました。身支度して玄関に出ると、もう自動車がそこに待っているのです。運転手席には、れいの田口が無表情な背中を見せて、ちゃんと腰かけているのでした。

「シュッシュッシュ。丸の内に急いでやって呉れ」

 その日一日その自動車は、丸の内から神田へ、神田から銀座へという具合に、まるで東奔西走というありさまでした。彼は何度となく車を停めては、建物の中に駈けこみ、その度ごとに打ちのめされた顔付で車に戻ってくるのでした。なにしろひどい金詰まりということもあるのですが、まあ普通に考えて、牧山光機という会社は、どうもすべての金融機関や業者からすっかり見限られているらしいのでした。昼過ぎ頃から、牧山のぶよぶよした頰や顎(あご)は、しだいにくろずみ始め、夕方頃になると、身体の皮膚のあちこちがたぶたぶたるんで、一貫目近くも瘦せてきたような感じでした。昼飯も食べずにかけ廻っているのですから、身体はもう紙袋みたいにへとへとなのですが、頭の中はまったく火のように熱くなって、もう眼もはっきり見えないような具合でした。

「もっとスピードを出せ。シュッシュッシュッシュ」

 しかしどんなにスピードを上げても、もう無駄でした。すべては徒労だったのです。その夜の十二時頃自宅に戻ってきた牧山英造は、朝から見るとすっかり面(おも)変りして、眼などはまるでパンチを受けた拳闘選手みたいになっていました。よろよろよろとベッドに腰をおろして、両手で禿頭をむちゃくちゃにかきむしりました。

「もう駄目だ」と彼は大きな声を出してうなりました。

「もう駄目だ。おれの生涯は終った!」

 彼はそれから、自分を打ちのめした同業者の顔や、会社の組合員たちの怒った顔などをつぎつぎに思い浮べました。そしてひとしきり呻き声を張り上げました。しかし泣いても呻いても、仕方のない話でした。技術において古く、資本や手腕において貧しい牧山光機にとって、こうなるより他にどんな道があり得たでしょう。

 やがて、うなるだけうなり尽し、禿頭をむしるだけむしり尽すと、牧山はほとんど虚脱したようなとろんとした眼付になって、ぼんやりと窓を見上げていました。あたりはしんと鎮(しず)もって、物音ひとつ聞えません。

「月が出ている」

 やがて彼はぼんやりと呟きました。そして昨夜も自動車の中から、この月を仰いだことを思い出しました。あれから一日しか経っていないにも拘(かかわ)らず、もうそれは一箇月か二箇月か前の出来事のような気がしてならないのでした。つまり今日一日で、彼は平常の一二箇月分ぐらい生きたということなのでしょう。つづいて彼はその月の輸郭から、ふとサカエの顔立ちを思い出していました。

 『明日だと言ったな。どうにかして金をつくってやりたい』

 彼はしみじみとそう思いました。今自分をあたたかく迎えて呉れるのは、あの女だけじゃないか。そんな感傷がちらと牧山の胸をよぎったのです。自分だけをたよりにして生きているサカエに、いよいよ手切れの話を持ち出さねばならぬ。それは彼にとって、限りなく辛(つら)い話でした。牧山光機会社の浮沈よりも、そのことの方がよほど辛いと感じられたのも、窓から射し入る束(つか)の間(ま)の月光の魔術だったのかも知れません。

 三十分後、この肥ったレンズ会社の社長さんは、ごうごうと大いびきをかいて眠っておりました。そのいびきも、時々ひっかかったりかすれたりして、仲々なだらかには行かない風でした。

 

 牧山社長が自動車を乗り捨てて、能楽堂の楽屋にかけ込んだのは、サカエが舞台に出る直前のことでした。

 サカエはすっかり装束を着け終り、あとは面をつけるばかりになって、鏡の前に腰かけていました。牧山の声を聞くと、眼だけをじろりと横に動かしました。着付けの関係上、身体を動かすわけには行かないらしいのでした。それはなんだか怒ったような、邪慳(じゃけん)そうな眼付でした。

「お金を持って来たよ」

 と牧山は済まなそうな小さな声で言いました。

「そう」

 サカエはそっけなく返事して、手をそっと動かして、紙包みを受取りました。サカエは頭に面下の紫色の鉢巻をしめています。豪華な衣裳を着けているものですから、頭や顔がことのほか小さく見え、その顔も光線の具合か、砥粉(とのこ)でも塗ったように赤黒く見えました。表情も緊張して動かないので、まるでアメリカインデアンの顔にそっくりでした。

 楽屋には、着付けの人や四拍子の人たちがうろうろして、がやがやがやと落着かない空気なのです。牧山は気押(けお)されたように暫(しばら)く黙っていましたが、やがて思い切ってサカエの耳もとに顔を近づけて、ささやきました。

「とうとうお前とも、別れねばならないことになってしまった」

 衣裳の中で、サカエがぎくりと身体を動かすのが判りました。しかし表情はそのままで、唇もきっと結んだままです。牧山は急に切なさが胸にあふれ、早口の慄え声で一切を説明し始めました。しかしその説明が半分も済まないうちに、後見の人がずかずかと寄ってきて、牧山を肱(ひじ)で押しのけ、サカエの顔に能面をかぶせようとしました。瞬間サカエはその面を避け、牧山の方を見ようとしたらしいのですが、次の瞬間能面はぴたりと顔に貼りついてしまったのです。その一瞬の瞳の色は、暗くめらめらと燃えていて、牧山の胸をきりきりと突き刺しました。

「わしは表から見ている。もうこれきりで逢えないかも知れない」

 後見が聞いているのもかまわず、牧山は早口でそう言い足しました。そして背をひるがえして、ころがるような急ぎ足で、せかせかと楽屋を出て行きました。

 見物席は老若男女で満員の盛況でした。素人能会なので、見物たちもいろいろ雑多で、子供の多いのも目立ちました。舞台をよそにして、通路で鬼ごっこしている子供などもいます。空席がないものですから、牧山は道路の一隅に窮屈そうにしゃがみこんで、舞台が始まるのを待っていました。やがて地謡の連中がぞろぞろと並んで坐り、四拍子もきちんと所定の位置につきました。[やぶちゃん注:「道路」はママ。後の表記の「通路」が正しい。]

『とうとうこれが手切れ金になってしまった』

 と牧山は思いました。年甲斐もなくふっと涙が流れ出そうな気分でした。先ほど手渡したのは、今朝来やっとのことでかき集めた、最後の五万円なのでした。

 その時、見物席が水を打ったように、しんと静かになりました。いよいよこれから『葵上』が始まるのです。舞台の前面で、ワキツレがきっと身構えて、荘重な声で謡い出しました。

 

  〽これは朱雀院(すざくゐん)に仕へ奉る臣下なり。

 

 牧山は体を凝(こ)ったように固くして、橋懸(はしがか)りの方にばかり気をとられていました。六条御息所(みやすんどころ)の生霊(いきりょう)に扮したサカエが出て来るのを、祈るような気持で待っているのでした。そしていよいよその姿が揚幕をはねてあらわれ出た時、牧山はなんだか全身の皮膚が、じんと泡立つような感じにおそわれたほどだったのです。

 

  〽三つの車に法(のり)の道。火宅(くわたく)の門(かど)をや出でぬらん。

 

 ぎゅっと膝を抱き、人々の頭ごしに、牧山の視線はひたとそこに吸いとられていました。サカエの動作は、どこか不安定で、声もくぐもってひどく慄えているようです。何かするどい危惧(きぐ)が、牧山の胸を矢のように走り抜けました。六条御息所の生霊は、しずしずと舞台に進みながら、時折り面をやや傾けて、見物席の方をしきりに見渡すらしいのでした。

『わしの姿を探しているのではないか?』

 牧山は両方の拳(こぶし)をかたく握りしめて、胸をわくわくさせました。よっぽど立ち上ろうかと考えたのですが、舞姿が乱れてはいけないと思って、やっと辛抱したのです。

 さて、それから舞いはずんずん進んで、前半は終り、サカエの姿は橋懸りから一旦楽屋へひっこんで行きました。牧山は大きく溜息をつきました。その引込み方もしどろもどろで、サカエの心の乱れがそっくり出ているような感じだったからです。

『後半はうまく行くように。どうぞどうぞ』

 間狂言(あいきょうげん)がちょっと中にはさまり、それが済むと、被衣(かつぎ)を顔からもろにひっかぶったシテが、橋懸りから舞台の中央に、再びするすると出て参りました。ぐいと衣裳をはね上げると、そこにあらわれたのは、目も恐ろしげな般若(はんにゃ)の面です。しかもその般若面は、牧山の方をぐいと正面からにらみつけているのでした。彼はぎょっとして身体をちぢめました。サカエの怨霊(おんりょう)は牧山を見据(す)えたまま、するどく突き刺すような声を上げました。

 

  〽いかに行者(ぎやうじや)。はや帰り給へ。帰らで不覚し給ふなよ。

 

 そこで牧山は思わず腰を浮かして、ごそごそと後退(あとしざ)りしました。まるで自分に言われているような気がしたからです。それから舞台の上では、怨霊と行者(ぎょうじゃ)の火をふくような対決となり、行者は大きな数珠(じゅず)を両掌で揉みに揉んで、怨霊を折伏(しゃくぶく)しようとするのです。うしろにうち並んだ地謡の連中が、ここぞとばかり大声を張り上げて、お経の文句を謡(うた)い出しました。見物衆はみんな固唾(かたず)をのんで、成行きを見守っています。

 

  〽 不動明王。曩莫三曼多縛日羅赦。戦拏摩訶路灑拏。(ふどうみやうわう なまくさまんだばさらだ せんだまかろしやな)

 

「危い」

 と牧山は思わず叫び声を上げました。行者に押されて、打杖を振り上げ振り上げ後しざりするサカエの体勢が、ひどく乱れて、ほとんどよろめくようなのです。そのとたんに、サカエは何を思ったのか般若面をぐいと牧山の方に振り向けました。足は勿論ずんずん後しざりをしながらです。

「あっ」

 声にならない叫びのようなものが、見物席全体から一斉にあがりました。とんとんとんと後しざりするサカエの怨霊は、面をかぶっているので、距離の測定をつい誤ったのでしょう。いきなり舞台を踏み外して、その身体は横ざまにぐらりと宙を泳ぎ、舞台下にすってんころりんと落っこちてしまったのです。見物席はわっとざわめいて、みんな総立ちとなってしまいました。サカエが落っこちたその見物席では、とたんに火のつくような子供の泣き声があがりました。

「怖いよう。怖いよう。鬼がおっこちてきたよう」

 サカエが持っていた赤い打杖がはね飛んで、その子の頭にぶっつかったらしいのです。サカエは痛みをこらえて夢中ではね起きると、泣き絞るような声で続きを謡いながら、必死の努力で舞台にはい上ろうとしました。

 

  〽あらあら恐ろしの般若声や、これまでぞ怨霊この後(のち)又も……

 

「怖いよう。怖いよう。あたいは怖いよう」

 けたたましく位きわめきつづけるその男の児は、母親らしい女に横抱きにされて、いきなり通路の方に連れ出されました。その母親は、四十がらみのお内儀(かみ)さんらしい風体(ふうてい)の女でした。

「何で泣くんだよっ。折角のところをさ」

 そう叱りつけながら、子供を通路に立たせると、こんどは手をぐいぐい引っぱって、外の方に連れ出そうとしました。ところが子供の方は、眼が涙でふさがって何も見えないものですから、丁度そこの通路にうずくまっていた牧山と、ゴツンとおでこをぶっつけ合って、なおのことわっと泣き声を張り上げました。これは牧山の方も悪いのです。サカエの必死の姿が正視出来なくて、眼をかたく閉じていたのでした。

「まだ泣いている。早く来るんだよっ」

 女はいよいよ腹を立てたと見え、手が抜けるほど邪慳(じゃけん)にぐいぐい引っぱり、とうとう玄関まで子供を引きずり出してしまいました。それでも子供が泣き止まないものですから、すっかり気分をこわしてとうとう帰る気になったらしく、下足をそこにそろえ、子供にも無理矢理に穿(は)かせ、自分もそそくさとつっかけました。そして表に出ました。

[やぶちゃん注:能の「葵上」は解説は「能楽協会」のこちらが判り易く、詞章原文(但し、新字)は現代語訳附きのこちらがよい。全曲映像はYouTubeのMinakata Kunio氏のこちらで視認出来る。]

 母親に手をとられて道を歩きながらも、子供は泣き止んでみたり、また思い出したように泣き声を立てたりしていました。それは五つか六つぐらいの、青白い皮膚と大きな眼を持った、見るからに神経質らしい男の児でした。古ぼけた毛糸のジャケツ、青いコールテンのズボン、そして足には足袋を穿き、いくらか大きめの下駄をつっかけているのです。ぐいぐい手を引っぱられて急(せ)かされるものですから、ともすればその下駄が脱げそうになったり、転びそうになったりするのでした。

[やぶちゃん注:「ジャケツ」“jacket”の和製音写。袖の長い毛糸編みの上着の古称。

「コールテン」コーデュロイ“corduroy”の「天鵞絨」の和製英語の合成語「コール天」。平織又は綾織の地に、別の緯(よこいと)でタオル様の輪を浮かせ、輪の中央を切断して添毛とし、ブラシ掛けをして畝(うね)を整えて仕上げたもの。経(たていと)方向に畝が走る。添毛のために摩擦に強く、耐久性があり、ジャンパー・ズボン・作業服・足袋表・鼻緒・椅子の張地などに用いられる。「綿天鵞絨(わたビロード)」とも呼ぶ。]

 やっとのことで駅に着き、電車に乗り込んでも、その児は時々脅(おび)えたようにぎくりと身を慄わせ、鼻を鳴らしてしゃくり上げました。そしてその度に、母親からぐいと頭を小突かれました。土曜日の夕方なので電車はぎっしり満員で、それで母親はなおいらいらするらしいのでした。

「いつまで泣いてんだよっ」

 新宿駅で私鉄に乗り換え、やっと母子の家近くの駅で下車した時は、子供はもうすっかり泣き止んでいましたが、その代り、青白い顔がいっそう青味を帯び、大きな眼は熱っぽくうるんで、歩き方もふらふらするような恰好(かっこう)で、ヘんに放心したような元気のない様子でした。母子は改札を通り抜け、外に出ました。踏切りをわたると、そこからちょいとした一筋道の盛り場になっているのです。盛り場と言っても、八百屋や魚屋や菓子屋などが、一町ほどずらずらと並んでいるだけですが、さすがに夕方のことですから、勤め帰りの男たちや買物の女たちが、狭い街筋に充満して、まっすぐにあるけないほどでした。[やぶちゃん注:「一町」約百九メートル。]

『街にはこんなにたくさん人々が歩いているが』と子供はふらふらと手を引かれながら、ぼんやりとそんなことを考えていました。『夜になると、みんな居なくなっちゃうんだ。皆どこかへ行ってしまうんだ』

 母子はそれから魚屋の前に立ち、母親は並べられた魚をあれこれと見くらべた揚句、イカの山を指さして、それを三匹買い求めました。どこかの海でイカが大量に獲れたらしく、魚屋の店先にも山と積んであって、値段も比較的やすいのでした。魚屋がそのイカを包んでいる間、子供は母親によりかかるようにして、力ない視線で店の板台(はんだい)をあちこち眺めていました。

『こんなに魚の死骸がならんでいる』と子供は思いました。『魚というものは、こんなに死骸になっても、誰も泣いて呉れないし、お墓も建ててくれない。煮たり焼いたりされて、人間に食べられてしまう。頭や骨やはらわたは、猫にすっかり食べられてしまう』

 そこまで考えた時、ぐいと手を引っぱられたものですから、子供はまた足をもつらせるようにして、ふらふらと歩き出しました。

 それからその一筋道をしばらく歩き、小さな薬屋のある曲り角から、二人はせまい路地に入りこみました。そこらはよほど淋しいところで、店と言えば、その薬屋だけぐらいのものでした。軒には多胡薬房などとひとかどの看板がかけてあるのですが、店の中をのぞいて見ると、薬棚やガラス台などが、うっすらと埃(ほこり)をかぶっているような感じで、壁にかけたポスター類も、破れたりすすけたりして、あまりぱっとした店構えではありませんでした。

 さて、街中ががやがやとざわめいているうちに、空の青色はしだいに淡くなり、太陽はきりきりと回転しながら、やっと家並のかなたに沈んで行ったらしいのです。今日も西の空はあかあかと焼けて、絵の具皿をひっくりかえしたような有様でした。そしてその残照も、十分間ほどで消えて、あたりからひたひたと夕闇が立ちこめて来ました。街燈に燈(ひ)がともり、あちこちの家の中にも燈がついて、やがてその燈の下で人々はシャンシャンと箸を鳴らし、御飯を食べたりうどんを啜(すす)ったり、また帳簿を出して銭勘定をしたりしていました。

 多胡薬房の奥の間では、ラジオが鳴っていました。家具もあまり見えないし、畳もすり切れたような貧しい六畳間ですが、ラジオだけは五球スーパーの堂々たる機械なのでした。しかもそれは、床の間のまんなかに赤いが友禅(ゆうぜん)布団をしいて、その上に大切な家宝みたいに安置されているのです。

[やぶちゃん注:「五球スーパー」真空管を五本も使った当時の高性能ラジオ。サイト「日本ラジオ博物館」のこちらで、本篇発表当時の、多くのそれらの現物写真が見られる。]

 そのラジオの前に、破れて綿の出た座布団をしいて、小さな男があぐらをかいて坐っていました。多胡薬房の主(あるじ)なのです。四十をちょっと出たほどの年頃で、薬屋らしく白い上っ張りをつけ、勿体ぶった顔をしていますが、なにしろ身体が小さくて、身の丈も四尺六寸ぐらいしかないのでした。その小さな薬屋は、ごほんとせきをすると、台所ヘむかって声をかけました。

「おい。今夜のおかずは何だ?」

おでんですよ」と台所から細君の声が返ってきました。「今煮込んだばかりだから、もすこししないと、汁がしみこまないの」

「どれどれ」

 薬屋はぴょこんと立ち上って、ちょこちょこと台所に入って行きました。台所のコンロに鍋がのっていて、その中には、大根だのコンニャクだの豆腐だのイカだのが、ごちゃごちゃに入れられて、ごとごと煮え始めていました。薬屋はしばらくのぞき込んでいましたが、やがて勿体(もったい)ぶった声で言いました。

「なんだ。安物のたねばかりではないか。フクロとかサツマアゲはないのか」

「お金がないんですよ」と細君はしゃもじで大根をひっくり返しながら答えました。「この頃すっかりお客が減ったわねえ」

「それは俺の責任じゃない」イカの脚をちょっとつまんで口に入れながら、薬屋が言いました。「うん。それはきっと、駅前にカラス薬房が出来たためだ」

「どうしてもきれいな店に行くわねえ」

 と細君は嘆息しました。細君は主とちがって、背丈も五尺二三寸はあり、よく肥って血色のいい女でした。

「あなたもラジオばっかり聞いていなくて、すこし店をきれいにすることを、考えたらどう?」

「掃除はお前の役目だ」と薬屋はきめつけるように言いました。「ラジオは俺の趣味だから、これは仕方がない」

「でも、あんまりラジオにばかりしがみついているんですもの。すこし度が過ぎるわ」細君も、コンニャクをつまんで、ぺろりと口にほうり込みました。「こないだ雑誌を読んでたら、ラジオの害が出ていましたよ。つまりラジオは愚民政策だって」

ぐみん?」

「愚かな民ということですよ」

「なに。愚かだと。じゃこの俺が、愚かだと言うのか。つまり莫迦者(ばかもの)――」

 薬屋が怒ってそこまで言いかけた時、床の間のラジオが一段声を張り上げて、つづいてパチパチパチという拍手の音が聞えてきました。そこで薬屋は、

「それっ。二十の扉だっ」

 と叫んで、大急ぎで六畳間に戻り、座布団の上にちょこんと胡坐(あぐら)をかいて、耳を澄ますような顔になりました。一言半句聞き洩(も)らすまいというようなしんけんな表情です。よほど好きでないと、こういう顔付はできません。

[やぶちゃん注:「二十の扉」当該ウィキによれば、昭和二二(一九四七)年十一月一日から昭和三五(一九六〇)年四月二日まで、毎週土曜日の午後七時三十分から三十分間、NHKラジオ第一放送で『放送された日本のクイズ番組で』、『敗戦の』二『年後から』十三年十二年余り続いた、『NHKラジオの看板番組であり』、『人気番組であった』とある(私は一九五七年生まれで記憶にはない。そこに載る解答者の中では、推理小説家の大下宇陀児(うだる)ぐらいしか知らない。サイト「NHKアーカイブズ」の「NHK放送史」の当該番組の解説に、『アメリカで放送されていたクイズ番組『Twenty Questions』(二十の質問)をモデルにした番組。動物、植物、鉱物の』三『つのテーマから出題。解答者は司会者に』二十『まで質問ができ、その間に正解を出す。質問を扉とみなして』二十『の扉を開けていく、テーマ曲を使わないで』、『扉をノックしてから開ける音で番組を始めるなど、日本独自の工夫がされた。問題はすべて聴取者から寄せられた』とあり、録音風景画像と当時の放送を聴くことが出来る。]

 台所では細君が、

「ほんとに仕様がないよ」

 とひとりごちながら、よいとこしょと腰を上げ、流し台でざくざくと米をとぎ始めました。

 その時店先の方で、

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 と呼ぶ女の声がしたのです。お客の声らしいのでした。薬屋は顔をしかめて舌打ちをしましたが、それでもしぶしぶ立ち上りました。細君には薬の知識が全然ないので、どうしても薬屋自身が店に出なくてはならないのでした。そして薬屋は上っ張りの具合をちょいと直し、いらいらした足どりで店の方に出て来ました。

「いらっしゃいませ。何を差し上げますか」

 お客ですから、つっけんどんに応対するわけには行きません。薬屋としては、これがせいいっぱいの愛想のいい声でした。そこに立っているのは、薬屋も顔だけは知っている、この近所のお内儀(かみ)さんなのでした。お内儀さんはあわてているらしく、おろおろ声で言いました。

「ええ。その、お薬をひとつ下さい」

「何の薬ですか?」

「子供がねえ、どうしたもんか、急に熱を出したんですよ。それがねえ、鬼が来たとか何とか」

「鬼?」

「そうなんですよ。うわごとなんですよ。あたしゃ辛くて辛くて」

「鬼は鬼として――」と薬屋はいらいらして言いました。ラジオからしきりに笑声や拍手が聞えてくるものですから、気が気じゃないのでした。「それで、風邪でもひいたんですか」

「風邪じゃないんですよ。つまり鬼なんですよ。あの子はもとから神経が弱くってねえ。知合いから招待券を貰ったんで、今日あの子を連れて出かけたんですよ。あの子をおいて、あたしだけで行きゃよかったんだけどねえ」

「つまり、何ですか、それは?」

「ええ、それが能てんで――」

「ああ、脳天ですか」と薬屋は面倒くさくなって、すこし語気あらくさえぎりました。「脳天なら、これが利(き)くでしょう。はい。五十円いただきます」

 薬をわたして五十円受取ると、薬屋は宙を飛ぶような勢い。で、ラジオの前にとって返し、ぺたりと坐り込みました。どうも一問題か二問題ぐらいを聞き洩らしたらしいのです。薬屋は耳の穴を平常より二倍ほど大きくして、改めてラジオに聞き入り始めました。台所ではおでんがごとごと煮えています。それから十分ほど経ちました。

 店のガラス戸ががらりとあく音がして、

「今晩は。今晩は」

 こんどは大きな男の声でした。薬屋は不快げにびくりと眉を動かしましたが、それでも思い切ったように立ち上って、急いで店に出てゆきました。

 店に立っているのは、もじゃもじゃ髪の、眼のぎょろりとした、若い男でした。顔が赤くなっているのは、きっと酔っぱらっているのでしょう。はたしてその声も舌たるくもつれているのでした。

「近頃はどうも眠れないんだ。何か眠り薬を呉れえ」

「はい。これがよろしいでしょう」

 薬屋は大急ぎで棚から取出して渡しました。男はそれを受取ると、ろくに調べもせずポケットに入れ、今度はガラス台に片肱(ひじ)をつき、薬屋の顔をじろじろと眺めながら、酔っぱらい特有ののろのろした口調で言いました。

「おやじさん。ひとつ相談があるんだがねえ」

「はい。何でございましょう」

「実はねえ、鼠を殺す薬があるだろう、僕が欲しいのは、そんなんじゃないんだ。欲しいのは鳥を殺す薬だ」

「鳥、と申しますと?」

「鶉(うづら)だよう。ギャギャッと啼く鳥があるだろう。餌にこっそり混ぜて、そいつらに食べさせたら、コロコロコロと死ぬ。愉快だね。そんな薬はないか?」

「そんな薬はありません!」と薬屋は半分怒って叫びました。「そんなのは、よその店で聞いて下さい。はい。睡眠薬の代は、八十円です」

 男は気を呑まれたようにポケットから紙幣を取出しましたが、その動作も極度にのろのろしているものですから、薬屋の頭からすこし湯気が立ってきたほどです。そして男が出て行くのも見届けず、小走りでラジオの前に戻って参りました。するとパチパチ拍手と共に、丁度二十の扉が終ってしまったらしいのです。薬屋はすっかり立腹して、大声で怒鳴りました。

「なんだ。暇な時にはお客は来ないのに、面白い番組となると、ぞろぞろやって来る。なんというロクデナシの客ばっかりだ!」

「どうなさったの?」

 と細君が台所から顔を出しました。

「酒を買ってこい。むしゃくしゃする!」

「そりゃ買って来ますけどね、お金は?」

「ここにある」と薬屋は二人の客からとった売上げをほうり出しました。「早く買ってこい」

「あなた怒ってらっしゃるの?」

「ああ、怒ってる!」

「そりゃ丁度(ちょうど)良かったわ」と細君は棚から何かごそごそ取出して、薬屋の方にやって来ました。その手に持っているのは、小さな湯呑みです。それを差し出しながら、「その勢いで辛子(からし)をかいて下さらない。怒ってかくと、よく利(き)くという話だから」

 薬屋はいきなりそれを引ったくり、歯を食いしばるようにして、湯呑みの辛子を割箸できりきりとかき廻し始めました。細君はそれを横眼で見ながら、そそのかすように低声で言いました。[やぶちゃん注:「低声」「ひきごえ」と読んでおく。]

「買って来るのは、鮭(さけ)なのね」

「鮭じゃない。酒だっ」と薬屋は目をつり上げ、手の動きをいっそう猛烈にしました。その勢いと言ったら、まるで道路工事に使用するドリルみたいでした。「腹が立っているのに、鮭なんか食べて、どうなるというんだっ!」

「もういいわ」

 と細君は薬屋の肩をやさしくたたき、それをやめさせました。そして湯呑みをとって、一寸においを嗅ぎ、ちゃぶ台の上に逆さに伏せました。

「おお、ずいぶん辛そうだ。よくできたわ」

 ところが薬屋の方は、一念こめて手を動かしたものですから、怒りがみんな辛子の中に入ってしまって、すこしぽかんとしていました。少し経って、気の抜けたような声で言いました。

「早く酒を買ってこい。それにお腹(なか)もすいた」

 細君が瓶をぶら下げて裏口から出て行くと、薬屋はしばらく貧乏ゆすりをしながら、ラジオに耳を傾けていました。番組が変って、今は歌や音楽でした。つまり彼は、そのメロディに合わせて、貧乏ゆすりをしていたのです。

 細君が戻って来て、ちゃぶ台におでん鍋や皿が並び、やっと酒の𤏐(かん)がつき始めた頃、またその番組が変りました。こんどは『トンチ教室』という莫迦(ばか)げた問答です。薬屋は、お酒は飲めるし、それは聞けるしというわけで、もう頰をゆるめてにこにこしていました。

[やぶちゃん注:「トンチ教室」「とんち教室」が正しい。当該ウィキによれば、昭和二四(一九四九)年一月三日から昭和四三(一九六八)年三月二十八日に『かけて放送されたNHKラジオのバラエティ番組である』。十九『年間にわたって放送された長寿番組であった。テーマ曲は「むすんでひらいて」であった』とある。これは流石に記憶にある。同前の「NHK放送史」の当該番組の解説に、『「尻とり川柳」「やりとり都々逸」など奇抜な題材による言葉遊びの番組。司会の青木一雄アナウンサーが先生、各界の個性豊かな著名人が生徒となって授業の形で進行。意表をつく答えやひょうきんな答えをして、先生とユーモアたっぷりにやり取りした。年度末の終業式では』、『生徒は毎年留年』で、『番組は』十九『年間』、実に九百五十八『回続き、先生も生徒も』十九『年かかって』、『ようやく卒業式を迎えた』とある。同じく音声と動画の公開録音風景が視聴出来る。]

 そこで夫婦は向い合って、やっとのことでおそい晩餐(ばんさん)が始まりました。細君も酒はいけるらしく、盃が二人の間を行ったり来たりしました。おでんもなかなか旨(うま)く煮えていました。それに薬屋がかいた辛子のからいことと言ったら、耳かき一杯ほどつけても、涙がぽろぽろ流れ出るほどでした。薬屋はたのしそうに盃を煩けたり、ラジオの問答に大笑いをしたり、辛子をなめて鼻をつまんで涙ぐんだり、そんなことで十五分も経ったと思うと、また店の方でガラス戸ががたがたと鳴り、

「ごめんください。ごかんください」

 という声が聞えてきました。低い男の声です。

「またまたお客だ」

 薬屋はとたんに先刻の怒りを取戻したかのように、頰をぶっとふくらませ、こめかみをびくびくと動かしました。ラジオからは、誰かが滑稽な答えをしたと見え、わあわあと笑う声が流れ出てきました。

「ごめんください」

 表の声はすこし大きくなりました。

「ほんとに仕様がないな。も少しあとで来ればいいのに」

「そういう訳にも行かないわよ」

 薬屋は癪(しゃく)に障ったように舌打ちをして、ぴょこんと立ち上りながら、未練たらしくラジオの方をちらと振り返りました。出来ることなら耳だけをここに置いて行きたい、そういったような表情でした。そして憤然たる恰好で店の方に出て行き、お客の顔も見ないうちに、早口で言いました。

「いらっしゃいませ。何を差し上げますか」

 お客は、髪をぼさぼささせ、無精鬚をうっすらと生やした、眠そうな眼をした三十歳ぐらいの男でした。瘦せてあまり血色もよくないようです。しゃがれたような声で口を開きました。

「ええと、何か元気のつくような薬はありませんか」

 今日は妙なお客ばかりがやって来る、そう思いながら、薬屋は切口上になって言いました。

「元気たって、いろいろあります。いったい身体のどこが、どんな具合に悪いんです?」

「身体はどこも、とり立てて悪くはないんだけれど」と垂れ下った髪をかき上げながら、男はぼそぼそと答えました。「なんだかすっかり消耗したような具合で、いっこう元気が出ないんです。いい薬はないもんでしょうかねえ」

 奥の間のラジオがまたワアッと笑い声を立てました。早くしないとあの番組も済んじまうと思うと、薬屋はもう泣きたいような気持になって、薬棚をがらりとあけ、奥の方に手をつっこんで、たまたま手に触れた箱をいきなり引っぱり出しました。それはまことにすすけたような紙箱で、見ると表に『猿髄丸(えんずいがん)』と書いてあるのです。その字を見て薬屋は思い出しました。これは二年ほど前に仕入れたのですが、全然売れないものですから、そのまま棚の奥につっこんであった漢方薬なのでした。

「これがいいでしょう」直ぐ帰って呉れるように、と胸に念じながら、薬屋は客の前にそれをぐいと突き出しました。「あなたのような症状にはうってつけです」

「猿髄丸?」と男は受取って、その表の字をたどたどしく読みました。「妙な薬ですね。利くんですか?」

「利きますとも」薬屋は断ち切るような勢いで言いました。「これは猿の脳髄からとった薬で、動物性ホルモンを多量に含んでいますからな。利かないわけがありません」

 男は疑わしい表情で箱の裏を引っくりかえし、その効能書のところをのろのろと読み始めました。そこには、体力消耗、全身倦怠、疲労虚脱、心身不条理、そんなのに特効があると書いてあるのです。ラジオが相変らずわあわあ笑っているものですから、薬屋はじりじりとしてきて、とうとう身体が自然に小刻みに慄え出しました。するとその振動が床から薬棚に伝わり、ガラスまでがかたこととかすかに鳴り始めたのです。それに気付いたらしく、男は顔を上げ、けげんそうに薬屋を眺めて言いました。

おしっこにでも行きたいんじゃないのですか。それだったら、どうぞお構いなく」

おしっこなんか、したいもんですか」歯をかみ鳴らすようにして、薬屋は口早に言い返しました。「買うんですか。買わないんですか。一体どちらです?」

「買いましょう」何で薬屋がつんけんしているのか判らないものですから、男は気押されたように、おそるおそる口を開きました。「ここでのみたいから、水を一杯下さいませんか」

 その言葉を聞くと、薬屋はましらの如く身をひるがえし、素早く台所にかけて行き、二十秒後には、水の入ったコップをちゃんと持って、風を切って戻って来ました。その迅速さには、男もほとほと感服したらしい模様でした。

「お早いですなあ」と男はコップを受取りながら嘆息して言いました。「まるで猿飛佐助を思わせますなあ」

 薬屋はそれに何か返事しようとしたらしいのですが、もうたまらなくなったのでしょう。又ぷいと背を向けて、奥の方に小走りで姿を消してしまいました。

 男はぽかんとした顔付でそれを見送っていましたが、やがて我にかえったらしく、もそもそと紙箱の封を切りました。

「ええと。大人一回五粒ずつと」

 そんなことを呟(つぶや)きながら、紙箱を傾けますと、青黒いような丸薬がぞろぞろと掌にころがり出て来ました。男は気味悪そうにそれを眺めていましたが、やっと五粒だけ掌に残してあとは箱に戻し、その五粒をぽいと口の中に投げ入れました。そしてコップを急いで唇に持って行き、一口含むと、目を白黒させながら、一気にそれを嚥(の)み下しました。ほろにがいような、また何だかなまぐさいような味だったものですから、男はつづけて残りの水をぐいぐいと飲みほしました。そしてコップを台の上に置き、妙な顔をしてじっと立っていました。

 奥の方からは相変らず、ラジオのにぎやかな音が流れてくるだけで、誰も出てくるような気配はありませんでした。男はなおも暫(しばら)く突っ立っていましたが、ついに諦(あきら)めたように、そっとガラス戸を押し、表に出ました。

「妙な薬屋さんだな」道を歩きながら男は呟きました。

「薬は呉れたのに、代金は取ろうともしない。奇特な薬屋もあったものだ」

[やぶちゃん注:「猿髄丸」不詳。ネット検索でも見当たらない。作者の想起した架空のものであろう。

「ましら」猿の古称。]

 空には月が出ていました。もう相当にふくらんでいて、月齢十二夜か十三夜というところでしょう。その光に照らされた青白い夜道を、自分の黒い影を引きずりながら、男はことさら肩をそびやかすようにして、とことことことこ歩いて行きました。薬が只だったことも嬉しかったのですが、しかもその薬が、なんとなく利くような気がして、ほのぼのと前途に希望が持てるのでした。

『猿なんか実に素早い動物だし、精力的な動物だから』男はすこし浮き浮きした気持で思いました。『その脳髄のエッセンスだったら、これは利かないわけがない』

 男が自分のこんな消耗状態に気づき始めたのは、もう三箇月ばかり前からでした。何に対しても興味が持てなくなり、また実際何をやってもうまく行かないのです。真面目な事がらに対してだけではなく、たとえば食慾や性慾などに関しても、そんな風(ふう)なのです。つまり情熱というものが、身体の中でじりじりすり減って、揚句の果てすっかり死んでしまったような具合でした。

『しかしこの分だと、いいシナリオが書けるかも知れないな』この男はシナリオ作家志望者なのでした。だからそんなことを考えたのです。『よし。もしこの薬が利いたら、お礼心に、〈奇特な薬屋〉というシナリオを書くことにしよう』

 さて、男は黒い自分の影をずるずる引きずり、道を曲ったり路地を折れたりして、やがて小さな二階家の前に足をとめ、玄関をがらりとあけました。ここの二階に彼は間借りをしているのでした。

「ただいま」

 そして玄関にあがって階段をのぼろうとすると、その直ぐ横の部屋から、この家の主人の低い声がしました。

「牛尾さんかい。おかえり。どうだね、お茶でも一杯飲んで行かないかね」

「うん、じゃ、よばれようか」

 牛尾が襖(ふすま)あけて入って行きますと、三十五六のその主人は、長火鉢の猫板に両肱(ひじ)をついて、お茶をのんでおりました。何だか浮かないような、妙に曇った顔色でした。そこで牛尾は襖をしめて、長火鉢をはさんで主人の反対側に、ゆっくりと坐りこみながら訊ねました。

[やぶちゃん注:「猫板」「ねこいた」は長火鉢の端の引き出し部分に載せる板。暖かいので、そこに、よく、猫が蹲(うずくま)るところからの呼称。]

「どうしたの。ばかに元気がないようだね」

「うん」と主人は憂鬱そうに首筋をとんとんと叩きました。「面白くないんだよ」

「何が面白くないんだね?」

「今日は月給日だろう。それだのに、月給が現金では出ないんだ」

 そう言いながら、主人は急須を傾けて、牛尾にお茶を注いでやりました。色は濃いが味も香りもない安物の番茶です。それを飲みながら牛尾はふたたび訊ねました。

「どうして出ないんだね?」

「どうもうちの会社は、もう潰れかかってるんじゃないかと思うんだ。様子がおかしいんだよ。今日も月給の代りに、現物の製品を支給すると言ってね、これを呉れたんだよ。これじゃどうしようもない」

 主人が憂鬱そうに茶簞笥(ちゃだんす)の方を顎でさしたので、牛尾が視線をうつすと、そこには平ったいレンズが五枚、ずらずらと一列に並べてあるのでした。なんだか眼玉が並んでいるようで、すこし気味が悪かったものですから、牛尾はあわてて視線を戻しました。すると主人が言いました。

「あんた、このレンズを一枚でいいから、買って貰えないかね」

「いや、僕は結構だよ。買ったって使い途がない」

「そうかい」と主人はがっかりしたように言いました。

「実はね、今朝坊やに、お土産を買って来ると約束したんだ。ところが月給が出ないんだろ。仕方がないから安物で間に合わせようと思って、玩具屋に行って、こんなものを買って来たのさ。すると坊やは、こんなのつまんないと言って、泣いたりわめいたりしてさ、うんざりしたよ」

 そして主人は長火鉢のかげから、四角な紙箱を取出しました。見るとそれは表に行軍(こうぐん)将棋と書いてあるのでした。

「へえ。妙なものを買って来たもんだね。一丁やろうか」

 主人はびっくりしたように顔を上げ、牛尾の方を見ました。

「おや、珍らしいね。あんたがこんなのに興味を持つなんて」

「いや、実は先刻ね、いい薬を飲んだんだ。元気が出る貴重薬らしいんだよ。そのせいか、何かやりたくて、身体がむずむずする」

「そう言えば、あんたはこの頃、ちょっと消耗してたようだね」

 それから二人は箱をあけ、紙の盤をひろげて、行軍将棋をやり始めました。二人とも勝手がよく判らないらしく、時々駒の手を止めては、規則書きをのぞいたりするのでした。

「どうも僕の子供時分のやつと少し違うようだね」

「そうだね。この原爆というのが、つまり昔の地雷なのかな」

「いや。地雷は動かなかったけれど、この原爆というやつは、どこにでも動けるよ」

「あっ、そうか。イヤな駒だね。そしてこのスパイというのが、昔の間者(かんじゃ)か」

「そうらしいね。代将なんていう駒もあるよ。ふざけてるね」

 それから駒がずんずん動いて、牛尾の原爆が敵の本陣に乗りこんで、かんたんに牛尾の勝となりました。主人は口惜しがって言いました。

「もう一丁やろう。今度は負けないぞ」

 そこで再び駒を並べて開始しましたが、勢いよく乗り込んできた主人の原爆を、牛尾のスパイが首尾よく仕止めたものですから、主人の方は決め手がなくなり、又もや牛尾軍の一方的な勝利に終りました。主人はすっかり絶望して、駒をざらざらとしまい込みながら嘆息しました。

[やぶちゃん注:「行軍将棋」軍人将棋のこと。私も小学生の頃にやった。解説は当該ウィキに譲るが、私は、すぐ「スパイ」を使って、負け込んだものだった。私はこの手の勝負遊びは全く興味がなく、将棋でさえ、「金」と「銀」の駒の動かし方さえ知らず、麻雀に至っては、全く判らないど素人である。私がやったものには「原爆」はなかったように記憶する。ウィキには、『製品によっては代将、MP、砲兵、ジェット機などの駒がある』とあった。「代将」(だいしょう)は当該ウィキによれば、『海軍の階級又は職位の一つ』で、『本来は将官の階級にない艦長』或いは『大佐』『が艦隊・戦隊等の司令官の任に当たる場合に、その期間のみ与えられる職位を指したが、国によっては階級となっている』とあった。]

「あああ。月給は出ないし、レンズは売れないし、将棋には負けるし、なんて面白くない日だろう」

 一方牛尾の方は勝負に勝ってにこにこ顔です。そしてなぐさめるように言いました。

「七転び八起き。まあ元気を出すんだね。何ならひとつ僕の薬を上げようか」

「そうだね。そう願おうか」

 そこで牛尾はポケットから取出して、猿髄丸を五粒やりました。主人はろくに調べもせず口にほうりこみ、冷えた番茶でごくりと嚥(の)み下しました。

「そいじゃ、おやすみ」

 牛尾はあいさつして部屋を出、階段をはずみのついた足どりでとんとんとんと登りました。そして自分の机の前にでんと坐り、頰杖をついて、しばらく何か黙考にふけっていました。それは将棋に勝った勢いで、シナリオの構想を立てるつもりだったのです。三十分ほどそのままの姿勢でいましたが、やがて立ち上って、布団をばたんばたんとしきながら、がっかりしたように呟きました。

「まだ薬が足りないらしい」

 そしてまた猿髄丸の箱をとり出して、それを五粒服用すると、いきなり布団を引っかぶって、ぐうぐう眠ってしまいました。

 翌朝になりました。

 牛尾は朝はやばやと起き出し、ちゃんと顔を洗って鬚(ひげ)を剃(そ)り、きちんと机の前に坐っていました。机上には原稿用紙がひろげられ、傍にはインクとペンも用意してあるのです。ところが牛尾は、いつまで経ってもそのペンを取上げる気配はなく、煙草を吸ったり、鼻毛を抜いてみたり、いらだたしげに貧乏ゆすりをしたり、そんなことばかりしていました。そしてやっと昼近くになって、しょげたような顔付になって立ち上り、乱暴な動作で着物を脱ぎ捨て、押入れから洋服をとり出しました。

『すこし街でも歩いて、題材を集めて来よう』

 ネクタイを結び終えると、牛尾はちょっと考えて机の引出しから猿髄丸を出し、五粒だけ口にほうりこんで、あとは上衣のポケットにしまいました。それから階段を降りて玄関に出ると、主人は今起き出したばかりらしく、寝呆けたような顔をして、狭い庭に立って歯ブラシをごしごし使っておりました。

「お早う。ごゆっくりだね。今日は会社は?」

「今日は日曜だよ」

「ああ、そうか。日曜だったねえ。それはそうと、昨夜の薬は利(き)いたかい?」

「そうだねえ。よく眠れたよ。まだ眠いぐらいだよ。飯食ったらまた寝ようと思ってるんだ」

「そりゃおかしいな。量が足りなかったのかな」

「そうかも知れないね。まだあるなら少し呉れないか」

「いいとも。そら」

 と牛尾はポケットから箱を取出して、十粒かぞえて主人に渡してやりました。主人は大急ぎで口をゆすぎ、それから残りのうがい水といっしょに、その十粒をごくりといっぺんに嚥(の)んでしまいました。そしてけろりとした顔で言いました。

「じゃ、行ってらっしゃい」

「行って参ります」

 牛尾はぴょこんと頭を下げて、とことこ歩き出しました。昨夜戻って来た道順を逆に歩き、あの多胡薬房の前まで来たとき、時間は丁度(ちょうど)十二時半になっていました。牛尾はそこを通る時、ちょっと薬房の中をのぞいて見たのですが、店先にはあの小男の主人の姿は見当らないようでした。それはその筈です。奥の間のラジオが丁度『素人のど自慢』を放送していたのですから。

[やぶちゃん注:「素人のど自慢」本篇発表当時は「のど自慢素人演芸会」が正しい。現在の長寿番組である「NHKのど自慢」の前身のラジオ番組。歴史的経緯の詳細はウィキの「NHKのど自慢」を見られたいが、昭和二一(一九四六)年一月十九日土曜日に『ラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として、東京都千代田区内幸町のNHK東京放送会館(現在の日比谷シティの場所)から午後』六『時』から一時間三〇分、『公開放送されたことが始まり』で、『翌』『年に「のど自慢素人演芸会」と改称』し、『このタイトルで』昭和四五(一九七〇)年三月二十二日日曜日まで放送)された。昭和二四(一九四九)年十月頃『から、宮田輝アナウンサーが』十七『年あまりにわたって』、『毎週』、『司会を務めていた。テレビ放送は』昭和二八(一九五三)年三月十五日午後二時から二『時間放送したことが始まりで(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。なお』、『この第一回目の放送をラジオで募集したところ』、『最終的に応募者数は』九百『名を超えたという』とある。私の家では、父母が毎日曜、これを見るのが、定番であったが、私は何んとなく、上手くない人の鐘一つが、心に響いて、内心、見ていて恥ずかしくなる番組として感じていた。なお、同じく「NHK放送史」で一九四六年の「テスト風景」と、「のど自慢素人音楽会」の動画が視聴出来る。]

 駅まで来て、牛尾は折からやって来た電車に、押し合いへし合いしながら乗り込みました。日曜ですから、昼間でも混み合うのでした。窓際に押しつけられて揺られながら、牛尾は眼をパチパチさせて思いました。

『どうも俺も眠いような気がするな。おかしいな。早起きしたせいかな』

 頭にぼんやり膜がかかったようで、何かはっきりしないのでした。やがて電車は終点に着きました。扉が一斉に開くと、お客がぞろぞろとホームにあふれ出ました。

『この感じは何かに似ているな』

 ころがるように押し出されながら、牛尾はちらっとそんなことを考えました。そして階段をのぼってブリッジを渡る時、丁度その真下のホームに別の電車が着いたところで、上から見ていると、扉がぱっと開いたと思うとたちまち、お客がぞろぞろぞろっとあふれ出て来るのが眺められました。

『そうだ。パチンコだ』

 と牛尾は思い当りました。それは穴に入るとザラザラッと出てくる、あのパチンコ玉の感じにそっくりなのでした。牛尾はちょっと可笑(おか)しくなって、にやにや笑いました。

『久しぶりにパチンコでもやってみるか』

 日曜の昼の盛り場は、もう人間で満員です。その雑沓を縫って、牛尾はふらふらと歩きながら、ポケットから例の丸薬をつまみ出して、八粒ほど口にほうりこみました。もう少しは慣れたので、水がなくてもらくに嚥み下せるのです。それから横町に曲り、一軒の大きなパチンコ店に入り、玉を十箇買い求めました。

 パチンコ屋もあふれるほどの満員でした。

 広い店にパチンコ台が四列縦隊にずらずらと立ち並び、それぞれの台にお客がとりついて玉を弾いているのです。玉を弾く音、チリンジャラジャラジャラッと玉が流れ出る音、ガラス板をたたく音、それに、

「十三番、玉が出ないよおっ」

「三十八番、足りないよっ」

 そんな叫びも交錯して、まるで地獄のようなにぎやかさでした。

 牛尾もやっとのことで空いた台にとりついて、玉を弾き始めました。最初の五箇はむなしく底穴に吸いこまれましたが、六箇目あたりから奇妙に同じコースをたどって十点の穴に入り始め、二十分も経たないうちに、左掌も底皿も、パチンコ玉でいっぱいになってしまいました。これは牛尾が上手だというのではなく、彼の指の力がへんに弱まっていて、精いっぱい弾いてもヒョロヒョロ玉になり、そして同じコースをたどるというわけでした。ヒョロヒョロ玉ですから、釘に弾かれても、あまりこたえないのです。こんなに調子がいいのは生れて初めてなので、牛尾はもちろん大喜びで、なおも玉を入れようとした時、パチンコ台の上から声がして、

「お客さん。この台は今日はこれでおしまいです」

 びっくりして見上げると、平べったい女の顔がのぞいていて、それが牛尾に声をかけているのでした。そして『打止め』という紙を、牛尾の眼の前のガラス板にべたりと貼りつけたのです。 牛尾は急に面白くなくなって、玉を全部かき集めて、そこを離れました。そして別の台でも少しやろうとも思ったのですが、どこも空いていないものですから、余儀なく景品引換所で玉を煙草と交換しました。煙草は日本専売公社製品の『光』が六箇と、それに玉が四箇残ったのです。彼はそれを分散して各ポケットに押し込み、再びふらふらと表に出ました。眠いようなうつらうつらとした感じでした。

[やぶちゃん注:「光」個人ブログ「アリタリアfujiのブログ」の「両切り煙草 ”光”の数奇な運命:日本専売公社」に発売から表記変更や値段まで、非常に詳しい。現物パッケージの画像もある。ウィキなどの記載では戦後の発売とされているが、それは誤りで、昭和一一(一九三六)年十一月二十四日に販売が開始され、昭和四〇(一九六五)年二月に製造中止となっている。]

『将棋だのパチンコだのには、運がついているな』大通りの方にとって返しながら、牛尾は考えました。『これもやはりあの丸薬のおかげかな』

 午後の大通りは、この間[やぶちゃん注:「あいだ」。読点が欲しい。]露店が撤廃されたのに、それでも歩道は狭すぎると見え、人混みは車道にまであふれていました。牛尾もその中にまぎれ込み、のろのろと自動的に動いているうちに、だんだん店側の方に押され、肩ががたりと何かにぶつかりました。びっくりして振り向くと、そこは大きな豪華な衣裳店の店先で、彼がぶつかったのは、柔かそうな春の衣裳をまとったマネキン人形なのでした。白磁(はくじ)のようにすべすべしたその顔が、つめたく牛尾の顔を見おろしているのです。なにか磁気みたいなものが、その瞬間、牛尾の身体をズンと走り抜けたようでした。

『きれいだな』口をぽかんとあけて牛尾は思いました。

『妖(あや)しいほどの美しさだな』

 ふと眼をうつすと、奥行き深い衣裳店の壁際の台に、同じようなマネキン人形がそれぞれの衣裳をまとって、ずらりと並んでいるのです。そこで牛尾は思わずふらふらと店の中に入りこみました。店の中は女客ばかりですから、牛尾の姿は目立つと見え、売子たちもへんな顔で彼を眺めています。そんな視線にも気付かず、人形の顔や衣裳をひとつひとつ眺めながら、牛尾はのろのろと奥の方に進んで行きました。

 店の突当りまで来た時、牛尾の頰は何かショックを受けたみたいに、びりりと慄えました。一番終りの場所のそのマネキン人形は、どういうわけか靴下だけ穿(は)いて、あとは何も着けない真裸だったのです。

 それはややうつむき加減の、乙女らしいはじらいを見せたポーズの人形なのでした。もちろん等身大です。磨き上げたようなその肌、ふくよかな乳房の形、なだらかな腰の線、ナイロンのストッキングにおおわれたすらりとした脚。台の上に立っているのですから、うつむき加減のその顔は、丁度(ちょうど)牛尾を眺めているようで、その単純な眼の色は、ひとしきり彼を誘いかけてくるようでした。突然牛尾は妖しく血が湧き立って、思わず脚ががくがくと慄えたのです。やがて彼はごくんと唾をのみこむと、我にかえったように左右を見廻し、店内の女客たちの視線の中を、まぶしげに表に飛び出しました。そしてふたたびこそこそと雑沓の中にまぎれこみました。

「すごかったなあ、あれは」

 店から離れて半町ほども動いた頃、牛尾は大きな溜息と共に、口の中で呟(つぶや)きました。自分の体内の欲望を自覚したのは、ほとんど三箇月ぶりだったのです。そのことを今彼は考えているのでした。ここ暫(しばら)く美女にも美食にも全然興味が動かなかったのに、あのマネキンの姿体に身内が騒いだというのも、猿髄丸の利(き)き目がようやくあらわれてきたのではないだろうか。きっとそれに違いない。

『よし』と彼はうなずきました。彼の眼は行人の頭ごしに、車道を越えたむこうの通りの劇場の、貼りビラを眺めているのでした。それは裸女が身をくねらして踊っている図柄でした。牛尾は自らの欲望を、も一度ためしてみる気になったのです。『よし。ストリップを見てやろう』

 シナリオの題材探しという最初の目的も、すっかり忘れてしまって、牛尾は大急ぎで車道を横切り、札売場の前に立ちました。

 階段をのぼり廊下を通り、横扉から暗い客席に入ったとたん、ショウが丁度(ちょうど)終ったらしく、幕がするすると下り、電燈がぱっとつきました。そしてばらばらと椅子客が立つもようです。そこで牛尾は大あわてして肱(ひじ)を張り、人を押したり突いたりして脚を動かしました。彼の掌に突き飛ばされて通路にころがった青年もあったくらいです。牛尾はそれを踏み越えて突進し、まことに好運にも、最前列の席のひとつを確保することが出来ました。夢中でそこにころがりこんで、さて調べてみると、無茶苦茶に押し合いへし合いしたせいか、さきほど獲得したばかりのポケットの煙草は、みんな平たく潰れたり歪んだりしていました。それでも彼は、良い席がとれたことに満足して、すっかりにこにこしながら、ポケットの中から猿髄丸をとり出して、また五粒か六粒ほど食べました。

 一方、牛尾から通路に突き転がされた青年は、やっとのことで起き上り、鼻を押えながらあたりを見廻しましたが、もうどの席もふさがってしまったものですから、やむなく元の立見席に戻ってきました。そしてざらざら壁によりかかり、憂鬱そうに鼻の頭を撫でていました。ころがった拍子に、コンクリの床で鼻をすりむいたらしいのです。青年は手巾(ハンカチ)をとり出してそこを押え、かすかに呟きました。

「運が悪かったなあ」

 やがてボックスに楽士たちが出てきて、ペルが高らかに鳴りひびき、幕がしずしずと上り始めました。

 牛尾は大きく眼を見開き、身体を半分椅子から乗り出していました。その直ぐ鼻の前で音楽がジャカジャカジャンと始まったのです。この度はジャカジャカショウという一幕なのでした。

 さて、音楽は高く低く鳴りわたり、赤や青の照明は右や左に飛び交い、舞台では申し訳程度の小布をつけた裸女たちが、しきりに踊ったりはねたりしました。それがさあっと両袖に引込むと、こんどは別の女たちが出てきて、白黒だんだらの裾をすっかり捲(まく)り上げ、黒絹靴下の脚を上げ下げして、目もあやなカンカン踊りです。

 牛尾は眼をむくようにして舞台を眺めているのですが、どうも身内に応えるものがないらしく、ぶつぶつと呟きました。

「こりゃおかしいな。何も感じないぞ。どうしたのかな」

 舞台は次々に変転し、黒いドレスを着た女が頽廃(たいはい)的な歌をうたったり、突出し花道に三人の裸女が出てきて、音楽に合わせて腰を振ったり、色んな場面がありました。客席からは掛声がかかったり口笛の声援が飛んだりして、なかなかにぎやかです。どんな連中がそんな声授をしているのかと、牛尾がふり返って見ますと、薄暗い客席は立見席までぎっしり満員になっているのでした。

『こんなショウのどこが面白くて――』と牛尾は視線を戻しながら思いました。『みんな百八十円も出して見に来るのかなあ』

 さっきから裸の肉体をたくさん見せつけられているのですが、あのマネキン人形に感じたような情念が、いっこうに湧いてこないのです。湧いて来ないだけでなく、たとえば今眼の前でやっているアクロバットストリップなど、牛尾にとってはぜんぜん無意味な感じで、

『あの女はなんで一所懸命に、曲ったりそりくりかえったり、折れ畳んだりしているのだろう。まるで関節の抜けたカニかシャコみたいじゃないか。またチューインガムの嚙み滓(かす)にも似ているな』

 などと考えたりして眺めていたのです。

 そのアクロバット女が、体自体がひとつの輪になって、床を回転しながら舞台を引っこんで行きますと、一応音楽がはたと止み、こんどはヴァイオリンが嫋々(じょうじょう)たる音を立てて鳴り出しました。観客席もしんとなって、次に舞台にあらわれ出るものをじっと待っている様子です。牛尾がプログラムを拡げてしらべて見ますと、次の場は『ハリー・猫山』の踊りとなっていました。その活字の具合からして、ハリー・猫山というのは、この館随一の人気ストリッパーらしいのでした。

 舞台の正面のカーテンがさっと両方に開くと、そこに円い壇がしつらえてあって、照明がパッとそこに降りそそぎました。バタフライひとつのしなやかな裸身が、両手を上に伸ばして、気取ったポーズをつくっているのです。客席のあちこちから口笛がひゅうひゅう鳴り、

「ハリー・猫山あ」

 という声が三つも四つも上りました。これは、猫のような魅惑的な眼と、猫のように柔軟な姿体をもって、斯界(しかい)の人気をあつめている女優なのでした。

 やがてハリー・猫山は上方に差し伸べていた双手(もろて)を、勿体をつけて腰のあたりまでゆるゆる引きおろすと、猫のように身軽に壇から飛び降り、縦横に踊り始めました。両手をそろえて空を引っかいたり、脇腹を意味ありげにこすってみたり、両腕を海藻のようにゆらゆらさせたり、それは千変万化の動き方です。しかもその顔は終始にこやかに笑みを含み、眼は魅惑的にきらきら輝いているのです。あまたの視線をひとつに集めて、悠々せまらず、まことに自信ありげな舞台姿でした。ところがそういうこの世のものならぬ美しい裸身も、牛尾の鈍磨した情念の琴線(きんせん)には、ほとんど触れてこないような感じだったのです。

『なんだか意味がないな。あんなに無意味に動くエネルギーでもって、うどんでもこねたら、これは旨(うま)い手打うどんが出来るだろう』

 しかし次の瞬間、牛尾は急に不安な感じにおそわれました。そういう感じ方をする自分自身に対してです。

『おかしいな。あの薬をのんで以来、将棋やパチンコはうまく行ったが、シナリオはぜんぜん駄目だし、マネキン人形には情慾を感じたが、本物の女には何も感じない。これは少しばかりおかしいぞ』

 そして牛尾は手をポケットにつっこみ、無意識裡(り)に丸いものをつまんで、ポイと口にほうり入れましたが、これは固いパチンコ玉だったので、彼はあわててそれを吐き出しました。玉は床にコチンと鳴って、ころころと椅子の下に転がりこみました。つづいて彼は再びポケットを探り、こんどは間違いなく薬箱をつまみ出しました。すると箱からすこし食(は)み出ている紙片があって、引きずり出すと、それはどうも効能書らしいのでした。彼はそれを読み返してみる気になって、紙をがさがさとひろげ、ボックスの光に透かしながら、一行一句を目で拾い始めました。

 ハリー・猫山は舞台で悠々と踊っておりましたが、ふと見ると、最前席にかけている変な男が、こちらの方は見ずに、何か紙きれを読んでいる様子ですから、それが妙に神経に障ってきたのです。彼女はしなやかに踊りをつづけながらも、ちらっちらっと牛尾の方に視線をそそいでいました。

『この劇場に来て、あたしの踊りを見ないなんて、何という妙な男だろう』

 つまり彼女は自尊心を傷つけられたのです。ハリー・猫山というのは、自分の肉体にひきつけられないような男はこの世に一人もいない、そういう風(ふう)に思い込んでいるようなタイプの女なのでした。そこで彼女はすこし怒って、踊りのコースを変え、牛尾の前面の舞台に身体を移動してきました。これはちかぢかに肉体を見せつけて、牛尾の顔を上げさせようという魂胆なのでした。

 一方牛尾の方は、丹念に文言(もんごん)を拾って読んでみたのですが、やはり自分の症状に適しているようで、別に疑わしい字句も見当りません。こんどは欄外に眼をうつすと、そこには薄れて消えかけた赤色文字で『注意』とあり、その下に小さな字で、ごちゃごちゃと何か書いてあるようです。彼は眼を近づけてそこを読みました。

『注意・如上ノ症状ニ本剤ハ神効卓能アレドモ、万一古温シテ青黴(アオカビ)ヲ生ゼル場合ニハ、服用者ニ逆ノ作用ヲ及ボスモノナルニ仍(ヨ)ツテ、特ニ注意セラレタシ。猿髄丸本舗主人識』

 驚愕(きょうがく)が胸をぐんと衝きあげてきて、牛尾は椅子の上で五寸ばかり飛び上りました。彼の記憶では、まさしくあの丸薬には、青黒い黴が一面に生えていたからです。

 同時にハリー・猫山の裸身が微妙に痙攣(けいれん)して、咽喉(のど)の奥がヒクッと鳴りました。牛尾が飛び上ったのを見て、とたんにしゃっくりを起したのです。彼女はやや狼狽(ろうばい)しました。踊りの動きを控え、呼吸をととのえて鎮めようとしても、意地が悪いものでそれはますますひどくなる一方です。ヒクッ。ヒクッ。その度に総身が痙攣する。しかし観客席の方からは、むしろそれは新型のなまめかしい技巧に見えるらしく、口笛や掛声が盛んに上っているのですが、当人はなかなか苦しいのです。なるだけ背中の方を見せて、踊るようにしていました。正面ばかりを向いていると、しゃっくりだと見破られるおそれがあるからです。

 すると、横の立見席の一隅で、その背中の動きに感応したように、ヒックという音が鳴りました。さっき突き転がされて鼻の頭をすりむいたあの青年の咽喉です。青年はおどろいてハンカチで口を押えましたが、もう間に合いません。横隔膜の痙攣は、正確な間隔をおいて、しだいに強まってくるようです。青年はあたりに気がねして、しきりに息を止めたりうつむいたりしていましたが、どうしてもとまらないものですから、ついに堪(たま)りかねたように人混みをかきわけ、廊下に飛び出してしまいました。そして窓ぎわに立って、大きく深呼吸をしたのです。それでもとまる気配はありませんでした。

「ヒック。どうも僕は他人の影響を受けやすいようだが」

と青年はかなしそうに呟きました。『それも僕が偽物だという証拠かな』

 ハリー・猫山のしゃっくりを見破った少数の観客の一人が、この青年なのでした。何故すぐ判ったかと言うと、青年はこの一箇月ほどしょっちゅうこの劇場に通っていて、ハリー・猫山の踊りをすっかり知っていたからです。つまり青年は彼女の舞台姿を憧憬(どうけい)し熱愛しているのでした。毎日通ってくるというのも、ただただ彼女の猫のような瞳を眺めたい一心だったのです。そういう彼が、ハリー・猫山の肉体の突然の異変を、見破らない筈がありません。恋する者の敏感さをもって、青年は彼女のしゃっくりを感知し、しかもそれに感染してしまったという訳でした。

 青年は残り惜しそうに客席の扉をふり返りましたが、なおも咽喉がヒックと鳴るので、とうとう諦(あきら)めたらしく、背をひるがえして出口に向い、表の通りに出ました。しゃっくりは直らないし、鼻の頭はひりひりするし、しごく憂鬱な気分でした。

 巷(ちまた)はもう黄昏(たそがれ)でした。しかし大きな盛り場ですから、眩(まば)ゆいまでの燈の行列で、相変らず歩道にはぞろぞろと人が通っています。青年はハンカチで鼻と口をおおい、まっすぐに駅の裏手をさして歩いて行きました。それから曲って坂をのぼり、陸橋の上までやってきた時、西の空が赤く焼け、その七彩が遠くの森の樹々の形を黒く浮び上らせていました。風は電線を鳴らせて吹いています。

『こんなふうに風が吹くと――』と黒い森の樹立を遠望しながら、青年は何となく思いました。『横柄に揺れる樹もあるし、やさしく揺れる樹もある。不承々々揺れる樹もあれば、よろこんでそよぐ樹もある』

 陸橋を渡り終えると、そこから始まるごみごみした一郭に、青年の姿は入って行きました。そして彼は立ち止り、角から三軒目の、歪んだような小さな飲屋の油障子を、そっと押しあけながら言いました。

「今晩は」

「あら。犬丸さん。マダムはまだよ」

 店の中でモツを串にさしていた小女が、振りむいて弾んだ声で答えました。犬丸というのは、その青年の名なのです。

「またストリップ見てきたのね」

「どうして?」

「眼を見れば直ぐに判るわ。悩ましそうな色をしてんだもの。またハリー・猫山でしょう」

 犬丸はヒックと咽喉を鳴らしました。

「あら、しゃっくりなんかしてるよ、この人。おや、鼻の頭はどうしたの」

「駅の階段でころんじゃったんだ」と犬丸はむっとした表情で嘘(うそ)をつきました。

「危いわね。用心しなくちゃあ。どら、よく見せて」

 小女は愛情のこもった眼ざしで、しげしげと犬丸をのぞき込みました。犬丸は女みたいに形のいい眉をかすかに曇らせ、いくらか邪慳(じゃけん)な口調で言いました。

「それよか早くヴァイオリンを出して呉れよ。お香代さん」

「でも、ほっとくとバイキンが入るわ。待ってらっしゃい。バンソウコウを貼ったげるから」

「そんなもの、鼻の頭に貼って、街を流せるかい」と犬丸はつっけんどんに言いました。早く「ヴァイオリン。ヒック」

 香代はちょっとしょげたような顔になり、よごれた手を布巾でふいて、棚の上から黒いケースをおろしました。犬丸はそれを受取って、中からヴィオリンをとり出し、糸をピンと撥(はじ)きました。眉根を寄せているのは、この小女の愛情が小うるさくもあったのですが、いろんな事情で全体的に憂鬱な気分だったからでした。

「じゃ、行って来るよ」

 犬丸はそっけなく言い捨てて、楽器をいきなり小脇にかかえ、すっと表に出ました。外はもうよほど暗くなっています。彼はごみごみした一郭を抜け、また陸橋の方に戻り、そしてさっきの坂をゆるゆると降りて行きました。

『もう本当に、流しヴァイオリンなんか止めたいな』

 うなだれて歩きながら、犬丸は今まで何度となく考えたことをまた考えました。この界隈で毎晩酔客相手にヴァイオリンを弾くのが、彼の一年前からの職業でした。何の感激もなくヴァイオリンを弾いている、それが彼には面白くないのでした。しかしそうでもしなければ、彼は食べて行けないのです。家からヴァイオリンを持って出るのは厭なので、そこでさっきの飲屋にケースぐるみ預け、夕方に寄ってそれを受取り、夜遅くまた預けにゆく、そんな方法を彼はとっているのでした。それは彼の虚栄心でもあったわけです。

『憂鬱だな。やはり僕は偽物かな』

 犬丸を憂鬱にしている最大のことは、実は昨夜の出来事なのでした。昨夜、彼がヴァイオリンをぶら下げて、あるバーに入って行くと、そこに酔っぱらった客がいて、

「これ、犬丸」

 と大声で彼の名を呼んだのです。びっくりして振り向くと、その卓にかけているのは、彼の昔のヴァイオリンの先生なのでした。彼はぎょっとしました。先生といっても、少年時代に五年間ばかりついただけで、今は何も関係はないのですが、やはり先生は先生ですから、つい身がすくむような感じがしたのでした。勿論先生は、一目で彼の今の職業を悟ったらしく、すこし怒ったような顔で言いました。

「これ。犬丸青年。ここに立て!」

 犬丸は先生の前に立ちました。

 先生はちょっと首をかしげて、何か考えていましたが、やがて厳然と言いました。

「フュネラルマーチをやってみろ」

 犬丸は楽器を顎にはさみ、弓をきっと構え、そしてしずかに弾き出しました。曲が三分の一も行かないのに、先生は卓を叩いて、大声で怒鳴りました。昔通りの口調です。

「肱(ひじ)が直線を画(えが)いてない!」

 犬丸は肱の形を直し、つづいて先をつづけました。すると次の一小節も行かないうちに、また先生が怒鳴りました。

「小指の形が悪い。なっとらん」

 犬丸があわてて小指の形をととのえようとすると、先生は手をひらひらと振りました。

「もういい。止めろ、そんな具合では、もう君は偽物だ。それ、これが弾き賃だ」

 見ると一枚の百円札が卓の端に乗っかっているのでした。犬丸はそれを見ると、急に悲しくなってきて、とりすがるように言いました。

「先生。それは無理です。僕は兵隊にとられていたもんで、それで指がかたくなってしまったんです」

「戦争とヴァイオリンとは、関係ない!」と先生はきめつけました。「君の心は張りがなくなっている。ゆるんでるだけじゃなく、乱れとる。その乱れがヴァイオリンにそっくり出ているんだ。もう君は駄目だ。失格だ」

 復員してみると何もかも焼けてしまって、すっかり貧乏になっていて、新しく先生について習うことも出来ない。それどころかこれを生活の糧(かて)としなければならぬ今の事情を、訴えて話そうかと思ったのですが、先生はすっかり酔っているらしいし、聞く耳持たぬといったそぶりだったので、彼は泣き出したいような気持で頭をぺこりと下げ、いきなりそのバーを飛び出しました。すると先生は卓上の百円札をとり上げ、何か叫んで呼びとめる様子でしたが、犬丸はあとも見ず小走りに走って逃げたのです。そしてその夜は、もうどこにも寄らず、楽器を預けてまっすぐに家に帰ったのでした。

[やぶちゃん注:「フュネラルマーチ」“funeral march”。葬送行進曲。ショパンの知られたそれ。]

 そして今朝起きてからも憂鬱で、よっぽど当分休もうかとも思ったのですが、家に籠(こも)るのは淋しくもあるし、ハリー・猫山の姿も見たいという訳で、ついふらふらと出て来た恰好なのです。それに昨夜は土曜日で、いい稼ぎ日を逃して残念だという気持も、すこしは動いているのでした。ところがいざ出てきてみると、鼻はすりむくし、しゃっくりには感染するし、その上黄昏(たそがれ)時にもなると昨夜の先生の言葉がしみじみと身に応えてきて、気分がしだいに鉛のように沈んでくるのでした。

『心の乱れというのは、ハリー・猫山のことかな』

 盛り場の裏街の方へ曲り込みながら、犬丸はそんなことを考えました。昨夜のバー付近にはとても行く気がしないので、表通りをはさんで反対側の飲食街を、今夜は廻って見るつもりでした。

 『伝手(つて)を求めて、あの劇場の楽士に雇って貰おうかな。そうすればハリー・猫山の顔は、何時でも只で見られるしな。しかし僕程度の技倆で雇って呉れるかな?』

 とたんにヒックと咽喉(のど)が鳴り、それをきっかけのようにして、犬丸はそこにあった大衆酒場に飛び込みました。そして元気を出して呼び歩きました。

「ええ、一曲。一曲いかがですか。歌謡曲にシャンソン」

 お客たちはがやがやしゃべったり笑い合ったりしているばかりで、誰一人として彼の方を、振り向いてさえ呉れません。犬丸にとってもここは初めての場所で、調子もうまく出ないのですが、それにしてもひどすぎました。そして彼は手持無沙汰な気持になり、又腹立たしくもなって、ぷいとその店をとび出しました。夜風が鼻の頭にしみて、またヒックとしゃっくりが出ました。

『日曜日の客はダメだな』

 ふつう盛り場では、日曜日の客はばちがいだとされていますが、酔客においても同様でした。土地に働く者にとっては、妙に馴染(なじ)めない客が多いのです。それから三軒ほど廻ってみましたが、いずれもそんな感じの客ばかりで、ヴァイオリンなど聞こうというのは、一人としていないらしいのでした。犬丸はそろそろ嫌気がさしてきましたが、我慢して四軒目に飛び込みました。そこは小さな腰掛け式のおでん屋でした。

「ええ。ヴァイオリンを一丁。一丁いかがですか。トンコ節にラブソング。映画の主題歌に、懐かしのメロディ。ええ。ヴァイオリン一丁」

「そのヴァイオリン、売るのか」

 隅の方でそんな声がしました。それは相当酔っぱらった中年男です。

「いえ。弾くだけです」

「じゃ弾け」

「何をお弾き致しましょう」

「なにい。曲目か」タコの脚を横ぐわえにしながら、その客は呂律(ろれつ)の乱れた声で言いました。「じゃ、とんでも八ベえネ、というやつをやって呉れ」

「さあ。どんなんでございましょう」

「へえ。知らないのか。じゃ、博多おけさをやれ」

 あまり聞いたことのないような曲目ばかりですから、犬丸が黙っていますと、そのお客はすこし怒ったらしい様子でした。

「なんだ。これも知らねえのか。だらしがねえな。じゃ、証城寺の狸ばやしをやれ」

 そこで犬丸は弓をとり直して、調子よく弾き始めましたが、ツソツン月夜のところでヒックとしゃっくりが出たものですから、とたんに調子が乱れて狂ってしまいました。犬丸は恐縮して言いました。

「もう一度やり直します」

 ところが今度も、皆出て来い来い来い、という箇所で、しゃっくりが飛び出し、曲は尻切れとんぼになってしまいました。息を詰めて我慢していたのですが、我慢し切れなくなってヒックと飛び出したのです。お客は怒って言いました。

「お前は駄目だ。偽物だ」

 昨夜の先生の言葉と同じだったものですから、犬丸はぎくりとして、のれんを分けて横っ飛びに飛び出ました。

[やぶちゃん注:「トンコ節」は昭和二四(一九四九)年一月に久保幸江と楠木繁夫のデュエットとして日本コロムビアから発売された曲、また、昭和二六(一九五一)年三月に同じく久保幸江が新人歌手であった加藤雅夫と共に吹き込んだ新版の曲で、作詞は西條八十、作曲は古賀政男である。所謂、「お座敷ソング」の一つ。参照した当該ウィキによれば、『新版を発売するにあたりコロムビアは、引き続きの作詞者である西條八十に対して「宴会でトラになった連中向きの唄を」と依頼しており、それに応える形で八十は当時としてはエロ味たっぷりの文句に書き直した。評論家の大宅壮一はこれを「声のストリップ」として批判している』とあった。初版の歌詞はこちらで、再版の歌詞はこちらと思われる。初版の音源はYouTube の「昭和保存会」のこちらで聴ける。

「とんでも八ベえネ」不詳。

「博多おけさ」不詳。「おけさ節」は新潟県の民謡で、特に「佐渡おけさ」が知られるが、これが日本各地に伝播して行ったから、「博多おけさ」もあっても不思議ではない。

「証城寺の狸ばやし」知られた童謡「証城寺の狸囃子(しょうじょうじのたぬきばやし)」。作詞は野口雨情、作曲は中山晋平。千葉県木更津市の證誠寺に伝わる「狸囃子伝説」に想を得たもので、曲は大正一四(一九二五)年に発表されている。]

『これは困ったぞ。今夜は商売にならないぞ』

 重ね重ねの不運に滅入ってしまうような気分でしたが、それでも彼は気をとり直してすたすたと歩き、やがて淋しい路地の曲り角のごみ捨て場の前に立ち止りました。月の光に照らされて、そこにはだしがらの煮干がたくさん捨ててありました。それを眺めながら、彼は楽器を顎(あご)にはさみ、弓をはすに構えたのです。

『さっきのタコは旨そうだったな』犬丸は少々おなかが空いているので、そんなことを思いました。『タコだって魚だし、煮干だって魚だしと。何が本物か偽物か、誰にだって判るもんか』

 やがて彼は音を押えて、しずかに練習曲を弾き始めました。人気(ひとけ)のないところで、ちょっと試してみるつもりだったのです。しかし三十秒も経たないうちに、例のヒックが飛び出してきたものですから、がっかりしたように楽器をおろしながら、彼は呟(つぶや)きました。「よし。今夜は商売は中止だ。どこかでおでんでも食べてまっすぐ帰ろう」

 それから彼は再び、すたすたと賑かな方にとって返し、あちこちのぞいて、お客が入っていない店をやっと探し当て、ずいと中に入りました。楽器を持っているので、他の客と同席したくなかったのです。丸椅子に腰をおろしながら言いました。

「おでんを下さい。あ、それから、お酒を一本」

 空腹なので、そのお酒は腸にしみ渡りました。一本あけると、いくらか憂鬱と自己嫌悪がうすらいだようなので、犬丸はちょっと考えて、二本目を注文しました。彼はふだんは酒は全然やらないのですが、今夜はむしょうに飲んでみたいのでした。彼はタコの脚を食べながら、やがて二本目も飲んでしまいました。すると何が何でもいいような感じとなり、しゃっくりもそれほど気にならなくなってきました。むしろこう考えて楽しい気持にさえなって来たのです。

『このしゃっくりでもって、僕はハリー・猫山とつながっている』

 それからふと思い付いて、彼は立ち上り、ヴァイオリンを持ちました。そして勢いよくさっきの『証城寺』を弾き始めました。店の小女がびっくりしたような顔で眺めています。ヒックとしゃっくりが出ました。しかしこの度はほとんど音は乱れず、すっすっと進んで行きました。酔って大胆になったせいでしょう。

『こういう具合なんだな』

 またヒックと痙攣(けいれん)がきました。でもメロディはなだらかに流れて行きます。彼はすこし楽しくなって手を休め、小女に注文しました。

「酒もう一本と、タコ一皿」

 それから二十分後、彼は相当にいい気持になって、その店を出ました。そして左右の店を物色しながら、ふらふらと歩き出しました。しゃっくりも邪魔にならなくなったし、今の店で相当に散財もしたものですから、すこし稼いで行く気になったのでした。

 時間的に言うと、今頃がいちばん酔客が盛る時刻で、どの店にも相当の人影が動いていました。わっわっと騒ぐ声も聞えます。しかし犬丸はさっきの経験でこりたので、気前よくヴァイオリンを聞きそうな客をえらんで、店々をじろじろのぞいて歩きました。それは彼の経験から言うと、三人か四人の組で、愉快そうに議論などしているようなのが、彼の一番いいおとくいなのです。独り客だとか学生客などは、割に駄目でした。

 そうやって歩いているうちに、彼もそろそろ酔いが廻って来たようです。足もとがすこし危くなり、時にはよろよろとよろめいたりして、頰もすっかり赤くなっているのです。

「ええ、一曲。ええ、一丁。ええ、一曲」

 そんなことを呟きながら、彼は店先から店先へわたって歩きました。

 最初に彼をつかまえたのは、予想通り、しきりに議論している一組でした。それはこの世の中で何が一番旨(うま)いかという議論なのでした。一人は河豚(ふぐ)の刺身(さしみ)だというし、次の一人は松阪の霜降(しもふり)牛肉だというし、残りの一人は、酔いざめの水が一等旨いという主張なのでした。

「酔いざめの水は旨いよ。この世にこんな旨いものはない。俺はその為に毎晩酒を飲んでいるんだ」

 犬丸を呼びとめたのは、この男です。そして犬丸は『かっぽれ』其の他を弾き、百円札を一枚貰いました。

[やぶちゃん注:「かっぽれ」「カッポレカッポレ甘茶でカッポレ」という囃子言葉のある俗謡に合わせて踊る滑稽な踊り、或は、その歌を指す。幕末に起こり、明治中期頃、全盛を極めた。元は「豊年踊り」或いは「住吉踊り」(大阪の住吉大社の御田植(おたうえ)神事で行われる住吉の御田植の踊りで、戦国頃から、住吉神宮寺の僧が、京阪の各町村を廻って勧進したことから有名になり、江戸時代には乞食坊主の願人坊主らが大道芸として全国に流布させた)から出たものという。大道芸であったが、歌舞伎の所作事になり、寄席演芸にもなった。例えば、YouTube の「日本大衆文化倉庫」の「端唄 かっぽれ 藤本二三吉」を聴かれたい(歌詞字幕も出る)。]

 また別の店では、愛情とは何かという議論が始まっていました。この一座はあまり容貌風采もぱっとしない、男女間の愛情などにもっとも関係のなさそうな連中でした。しかし世の中では、えてしてそういうのが、とかく愛情について議論したがるようですな。その中の一人がいきり立って言いました。

「好きだってことは、一方的なことだ。こちらが好きになったって、相手がこちらを好くとは限らないぞ」

「いや、愛情とは、両方からもたれ合ってるようなものだ」

「ちがう、ちがう。そんなもんじゃない。たとえばこの俺が、マグロを好きだと言ってみろ。マグロにとっちゃ、俺から好かれて、大迷惑な話だろ。な、そうだろ。切身にされて食べられちゃうんだからな。人間同士だって同じさ。人間同士だって、国同士だって――」

 そこへ犬丸がヴァイオリンを提(さ)げて、ふらふらと姿を現わしたものですから、この他愛ない議論はたちまち終りを告げ、愛にあふれた名曲を聞こうということになり、『愛のタンゴ』其の他が演奏されました。犬丸はもう相当に手付きもあやしく、音階も少しずつずれているようなのですが、聴者の耳も少しずつずれているので、なかなか名演奏に聞えたらしいのでした。一座は腕を組み合わせて、楽器に合わせて一緒に唄ったりしたほどです。演奏が終ると、その中の一人などは、自分の名刺を犬丸に渡し、某交響楽団に推薦するから何時でも訪ねてこいと、肩をたたいて激励したりしました。

[やぶちゃん注:「愛のタンゴ」ディック・ミネのジャズ・ソングで、昭和一一(一九三六)年十一月新譜。YouTube の「Hiro Studio」のこちらで蓄音機版で聴ける。]

 夜もだんだん更(ふ)けて参りました。

 駅の正面出入口では、もうそこから出てくる人はほとんどなくて、ぞろぞろと吸いこまれて行く人影ばかりです。その駅近くのある一杯屋では、五六人の男がかんかんがくがくと、平和についてしゃべり合っておりました。みんなそれぞれひとかどの平和信奉者らしいのでした。平和には二種類あるんだとか、お前のはコップの中の平和だとか、きめつけたりきめつけられたりして、議論はいつまでも果てしがありません。妙にとげとげした空気もただよってきて、他の客もよりつかず、一杯屋のお内儀(かみ)も持て余し気味になってきた頃、

「ええ、一曲。ええ、一丁。ヴァイオリンはいかがですか」

 と、ふらふら腰の犬丸がのぞきこんだものですから、お内儀はいい汐どきだとばかり、口をそえました。

「お客さんたち、ヴァイオリン、お聞きになりません? この人、とてもいい腕を持っているんですよ」

「なにい。良い腕だ?」と一人がぎろりと眼を上げました。「じゃあ、やれえ。シューペルト」

「シューベルトの何にしましょう」

「そら、あれだ。タッタカタッタ、タッタカタッタア。軍隊行進曲」

 何だかうるさそうな連中なので、犬丸も気を引きしめて弓を持ち、そして弾き始めました。緊張して弾いたせいか、それほど音も狂わず、どうにか最後まで弾き終りました。

[やぶちゃん注:「シューベルトの」「軍隊行進曲」YouTube で幾つか聴き比べてみたが、取り敢えず「ピティナ ピアノチャンネル PTNA」の「シューベルト(松原幸広編曲)/ 軍隊行進曲(デュオ)」(ピアノとヴァイオリンのデュオ)をリンクさせておく。]

「うまい」

 とその男が大声で賞めました。そこで犬丸もにこにこして、ちょっとは気がゆるんだらしいのです。すると別の男がいきなり、

「勝って来るぞと勇ましく。あれをやって呉れえ」

 と怒鳴ったものですから、犬丸はあわてて弓をとり直しました。犬丸は兵隊の辛い体験から、軍歌は全然好きではないのですが、商売だから仕方がないのでした。そして眼をつむって、さっと弾き出すと、やがてヒックと大きなしゃっくりがやって来て、とたんにメロディがずれたらしく、他の歌になってしまいました。

「そりゃストトン節じゃないかあ」

 その声ではっと気が付くと、それはまさしくストトン節になっていたのです。どうも軍歌の節が、しゃっくりの瞬間に、『厭なら厭だとさいしょから』という部分につながってしまったらしいのでした。犬丸が狼狽して弓をとり直しかけると、また別の声が、

「さらばラバウル」

 と叫んだので、ろくに調子もしらべず、彼は弓をいきなり動かし始めました。注文した男はうっとりと眼を閉じて、それに合わせて口吟(くちずさ)んでいる風(ふう)でしたが、再びヒックと横隔膜がひきつれた瞬間、犬丸の手元が又もや狂ったらしいのです。ラバウルのメロディが何時の間にか『枯すすき』に変っていて、犬丸の弓は自然と『――花も咲かない枯すすき』という風(ふう)に動いていたのでした。

 重ね重ねの失態に、この平和信奉者たちはすっかり呆れたり気分をこわしたりして、五六人もで聞いたのに、犬丸が貰ったのは、たった三十円ぼっちでした。

 かれこれしているうちに、しんしんと夜が更(ふ)けて、終電の時間がようやく近づいてきたようです。さすがの盛り場もだんだん人影がまばらとなり、あちこちの店ががらがらと戸を立て始めました。人気(ひとけ)のない広い車道を風が吹き抜けて、紙くずやごみなどがちりちりに走って行きます。駅の横手では、浮浪者たちが木片や新聞紙をあつめて、焚火を始めた模様です。

 あの陸橋の上を、犬丸青年がヴァイオリンを小脇にかかえて、小走りに走っています。そしてごみごみした一郭に姿を消すと、二分間ぐらい経って、又その姿は小走りに現われてきました。それから道を大急ぎで横切り、駅の裏口の方にかけて行き、やがてそれは建物の中にかくれて見えなくなってしまいました。

 それを最後として、陸橋にも坂にも道にも、人影はすっかり絶え果てたようです。黒い家並、遠くの森、傾いた地平。

 空には大きな春の月が出ています。盛り場の塵埃(じんあい)を通すせいか、赤黒く濁って、汚れた血のような色です。まだすこし欠けているようですが、もう満月になるのも、明日か明後日のことでしょう。

 あとはただ、夜風が吹いているだけです。

[やぶちゃん注:「勝って来るぞと勇ましく」が歌い出しの「露営の歌」は、古関裕而の作曲で、籔内喜一郎の作詞(これは新聞社による公募作品)。昭和一二(一九三七)年九月発売の戦時歌謡。YouTube 東海林太郎氏の「オリジナルSP復刻」の「露営の歌 中野忠晴・霧島昇・伊藤久男・松平晃・佐々木章」をリンクさせておく。

「ストトン節」大正一三(一九二四)年頃に流行した俗謡で、歌詞は複数あるが、例えばこれYouTube ロデタロ氏の「ストトン節 豆千代」をリンクさせておく。

「さらばラバウル」戦時歌謡「ラバウル小唄」。当該ウィキによれば、作詞は若杉雄三郎、作曲は島口駒夫。昭和二〇(一九四五)年発売だが、この歌は、実は、もともとは昭和一五(一九四〇)年にビクターより発売された「南洋航路」(作詞作曲は同前で、歌・新田八郎)が元歌である。『歌詞に太平洋戦争の日本海軍の拠点であったラバウルの地名が入っていたこともあり、南方から撤退する兵士たちによって好んで歌われ、復員後に広められた。このため、戦争末期の日本で、レコードとしてでなく、先に俗謡として流行した』とある。元歌であるYouTube wagamasurao800氏の「南洋航路」と、同じくYouTube 「日本大衆文化倉庫」の『軍歌 「ラバウル小唄」』をリンクさせておく。

「枯すすき」「船頭小唄」。これは歌謡曲の題名であり、大正一〇(一九二一)年三月三十日に民謡「枯れすすき」として野口雨情が作詞したものに、中山晋平がメロディをつけたもの。翌大正十一年に神田春盛堂から詩集「新作小唄」の中で「枯れすすき」を改題して「船頭小唄」として掲載された。YouTube ロデ夏目氏の「歴史的音源 大正演歌 船頭小唄 鳥取春陽」をリンクさせておく。

   *

 さて、本篇は、ややブラッキーな《大人の童話集》という体裁である。語り口が敬体であるのも、また、登場人物の名が、皆、動物に関係する形で命名されている点(「山」「サカエ」、薬屋の「多胡」は「たご」だろうが、ルビを敢えて振らないのは「たこ」を臭わせるためである。唯一人、小女の「香代」だけが免れている)など、そうしたニュアンスを梅崎春生は初めから確信犯として使用していることが判る。また、本篇は優れたオムニバス形式で、それぞれのパート主人公を写していたカメラが、非常に自然に、何気なく次の話のロケーションに自然に繋がって、抵抗なく次の新たな主人公へとパンしてゆく。これは、明かに、当時の映画的手法を応用していることがよく判る。特に私は最後の五段落の、映像は特に物語のコーダとしての作為が全く感じられない点で、優れてリアルなシークエンスとなっていることに、改めて(最初に読んでから四十年余りになる)、これは戦後に齎されたイタリア映画のネオレアリズモを真似た優れた映像となっていることに、甚だ感心した。]

 

2022/09/25

ブログ・アクセス1,820,000突破記念 梅崎春生 莫邪の一日

 

[やぶちゃん注:本篇は三部からなる連作で、それぞれは別な時期に異なった雑誌に発表され、昭和三〇(一九五五)年六月山田書店刊の作品集「山名の場合」に収録された際、三部が題名を章題として残す形で一篇として纏められた。それぞれの初出は後述する底本の解題によれば、

第一章「是好日」  昭和二六(一九五一)年二月号『改造』

第二章「黒い紳士」 昭和二六(一九五一)年四月号『文藝春秋』

第三章「溶ける男」 昭和二六(一九五一)年五月号『別冊文藝春秋』

にそれぞれ発表されたものである。

 底本は「梅崎春生全集」第三巻(昭和五九(一九八四)年七月沖積舎刊)に拠った。

 傍点「﹅」は太字に代えた。文中に注を添えた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日未明、1,820,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

  莫 邪 の 一 日

 

     是 好 日

 

 失業者人見莫邪(ばくや)は、その朝も、午前六時きっかりに、眼が覚めた。

 莫邪は毎朝いつも、この時刻に目覚める。くるっても、五分とずれはしない。天体運行の機微を感応したかのように、ふしぎなほど正確に、彼の意識はとつぜんはっきりと、薄明に浮び上ってくる。それはこの数年来の、彼の動かない生理的習慣になっていた。それから彼は頸(くび)を捩(ねじ)って、枕もとの置時計の文字盤に、習慣的な視線をはしらせる。時刻を確かめ終ると、また元の姿勢にもどり、しずかに眼を閉じながら、手足をながながと伸ばす。猫が寝床にもぐり込んでおればおったで、ついでに外に蹴(け)り出してしまう。さしたる用事もないというのに、きっかり六時に目覚めるのは、すこしばかり迷惑でもあり、またすこしばかり忌々(いまいま)しくなくもない。ずっと若い頃は、こんなことは決してなかった。この戦争末期に、ほんの短い期間だが、軍隊に引っぱられて、そこでこんなやくざな習慣がついたに違いない。莫邪はなかば本気で、そう信じている。なにしろあの頃は、「総員起し」の寸前になると、声なき声に脅(おび)えたように、ひとりでに眼が覚めたものだ。その習慣が、五年後の今でも、彼につづいている。まるで火傷(やけど)の痕跡のように。

 五分間。瞼(まぶた)は閉じたまま、意識だけは安心して醒(さ)めている。今見ていた夢の後味や、昨夜就寝時に読んでいた本の後味を、思いかえすともなく反芻(はんすう)している。この短い時間が、莫邪にはひどく甘く香(かん)ばしい。じっさい彼は、三十五歳になるというのに、小説を読んだり夢を見たりして、涙を流すことがしばしばあった。その時だけの涙だけれども、それは彼に切なく甘美な瞬間であった。眼覚めの五分間に、それらのナッハシュマックを反芻することで、莫邪は今日という一日を、すっかり生きてしまったような気持になる。やがて五分間経つ。莫邪は眼をひらいて、狐がおちたようにむっくりと起き上る。そして廊下に出て、つき当りの浴室に入る。

[やぶちゃん注:「三十五歳」梅崎春生自身は、この発表当時、三十五、六歳であるから、この主人公人見莫邪と年齢はほぼ一致する。しかも、「戦争末期に、ほんの短い期間だが、軍隊に引っぱられて、そこでこんなやくざな習慣がついたに違いない」と言い、「総員起し」に神経症的拘りがあるところなども、海軍に召集された春生の経歴と一致する。後で莫邪が海兵団に属していたことも出る。

「ナッハシュマック」よく判らないが、ドイツ語の“nachschmach”(ナーックシュマーク)で「残光」か。]

 二間しかない手狭な家なのに、浴室だけは不似合に立派につくってある。彼は裸になって、湯槽(ゆぶね)に身を沈める。この家だけが、莫邪の唯一の財産であった。この家は、かつては彼の母の家であったし、それに妾宅(しょうたく)でもあった。浴室などを手厚につくってあるのは、そのせいである。母は戦争中に、肝臓癌(かんぞうがん)であっけなく死んでしまった。それでこの家は、彼のものになった。彼ひとりのものになって以来、この家は急速に荒れてきた。

「おおい。今朝のおつけの実は、なんだね」

 肩まで湯にひたって、莫邪は大きな声を出す。湯から突き出た莫邪の丸い顔は、もう普通の中年の、無感動な表情になっている。

「今日はお豆腐ですヨ」

 浴室の壁をへだてた向うが台所になっていて、そこで女中のお君さんが、コトコトと何かを刻んでいる。声がそこから戻ってくる。お君さんというのは、莫邪より三つ四つ歳上で、ずっと昔からこの家に居付いている。莫邪に属しているというより、この家の付属品にちかい。顔がひらたく、眼がちいさな女である。何をふだん考えているのか判らないけれども、莫邪に縁談がありそうになると、いつも頑強に陰険に、それに反対する。莫邪がいまだに独身でいるのは、ひとつはその所為(せい)でもある。彼女は夜は、廊下ひとつ隔てた四畳半に眠り、昼間はこまごました家事や炊事に従事する。あまり身体を動かすたちではなく、その日その日のことが済むと、あとはぼんやり昼寝をしたり、古雑誌を丹念に読みふけっていたりする。莫邪は時折この女を、疣(いぼ)のように意味のない存在だと思い、なにか無気味な感じにおそわれることがある。じっさいこの女は、馬鹿になった塩みたいなところがあった。彼女は莫邪から金を受取り、それでもって一月の家計を切り廻し、その点においてこの家全体を支配している。莫邪に保留されているのは、それに叱言をいう権利だけであるが、それに対しても、お君さんは、なかなか負けていない。不死身に切り返してくるのである。

[やぶちゃん注:「馬鹿になった塩」安い食塩でも精製度が高くなった現代ではあり得ないが、不純物が混入していたり、或いは湿気を吸収して、味がおかしくなった塩のこと。

「叱言」「こごと」。咎めたり、非難したりする言葉。 小言。 なお、「小言」と表記する場合には「不平を漏らす」といった意味合いを持つこともある。]

 しかし莫邪も、失業して以来、叱言をいう回数が、しだいに少くなった。失業して暇になり、よく考えてみると、自分の叱言も習慣にすぎないことを、うすうすと感じたからである。ある夜ラジオで偶然、落語の小言幸兵衛というのを聞いて、なおその感じが強くなっていた。その代りに、叱言が言いたくなってくると、それに先立って、覚えずにやにやと笑ってしまう癖がついてきた。自然と頰の筋肉が、そうなってしまうのだ。そんな笑いを、自分でも不潔だとは思うのだが、その不潔さすら自分に許そうと、莫邪は近頃は思っている。ほかのことはそのままにしておいて、そこだけ厳しく咎(とが)めだてするのも、変なことではないか。まったく妙な話ではないか。そう考え出して以来、莫邪の肉体はすこしずつ肥り始め、十五貫から十六貫となり、この頃では十八貫近くにもふくらんできた。いま湯槽の中にながめても、莫邪の乳は女みたいにぼったりして、湯のなかでゆたゆた揺れている。まさしく安易な恰好(かっこう)で、その贅肉(ぜいにく)は揺れうごいている。莫邪はなるたけそこらを見ないようにして、タオルをばちゃばちゃと使う。

[やぶちゃん注:「十五貫」「十六貫」「十八貫」順に五十六・二五、六十、六十七・五キログラム。]

 

「なに、ヒッカキ板だって?」

 味噌汁椀を口にもって行きながら、莫邪はそう反間した。

「そうよ。ヒッカキ板ですよ」

 お君さんはお膳の向うに坐って、貧乏ゆるぎをしながら、落着いた声で答えた。彼女はどんな場合でも、驚いたり激したりしたためしがない。いつも同じ調子で抑揚のない話し方をする。

「どこにそれをしつらえたんだね?」

「あそこの、廊下のすみですよ」

 お君さんは手をあげて、その方を指さした。飼猫が近頃大きくなって、むやみと気が荒くなり、襖(ふすま)や壁や障子などを、しきりに爪を立てて引っ搔く。もともと迷い込んできた仔猫で、お君さん一存で飼っているのだから、その被害を黙っている訳にも行かず、彼女に注意したのは、つい二三日前のことであった。廊下に面する障子の紙などは、ほとんど下辺はぼろぼろになっている。今朝も豆腐汁をなめながら、莫邪が言い出したのはそれであった。ところがお君さんの答は、ヒッカキ板というのをつくったから、もう大丈夫だと言うのである。どこかを引っ搔こうとする度に、猫をそこに連れて行くようにすれば、ついには猫も習慣になってしまって、なにかを引っ搔きたい衝動にかられると、ひとりでに、自発的にそこに行って、その板をガリガリと引っ搔くという仕組みである。彼女の落着いた説明では、そうであった。その度に猫を板の前に、誰が連れて行くのか。それをまじめに反問しようとして、莫邪は急に口をつぐんだ。そしてにやにやした笑いが、やがて莫邪の頰にぼんやり浮び上ってきた。

「どれ。ひとつ、見て来ようかな」

 汁椀を下に置くと、莫邪はゆっくり立ち上り、障子をあけて廊下に出た。廊下のすみのくらがりに、一尺四方の板が立てかけてある。そこらの板塀から折り取ってきたような、へんてつもない粗末な薄板である。含み笑いをしながら、その前にしゃがんで、莫邪はしばらくそれを眺めていた。その表面には、まだ爪跡はついていないようであった。

 莫邪がお膳の前に戻ってくると、お君さんは彼をまじまじと見詰めながら、しずかに口を開いた。

 「猫のことは猫のこととして、もうお金がなくなりましたよ。電気代も二三日中にくるし、薪(まき)もそろそろ買い足さねばならないし、八百屋さんにも、ずいぶん借りができたんですよ」

「もう金がなくなったのかな。そこらに何か質草(しちぐさ)でもないかな」

「質屋にもって行けるようなものは、もう家にはありませんよ。それにあたしの今月の給金も、まだ貰っていないし。とても困るんですよ」

「それは困るだろうなあ」

「そうですよ。ほんとに大困りですよ。今日はどこからか、すこし都合つけてきて下さいよ」

 お君さんは経済の一切を握っているくせに、自分の給金は別にきちんきちんと請求して、それをごっそり溜め込んでいる。自分の身の廻りのことは、一家の経済でまかなうから、給金だけは手つかずで、そっくり貯金に廻っているらしい。その額も、長年のことだから、数万数十万にのぼっている筈だと、莫邪はかねてから漠然と推定している。しかしどんなに人見家の経済があぶなくなっても、彼女は自分の貯金を放出しようとはしないし、給金の遅滞をも決して許さない。失業このかた、莫邪身辺の金廻りは、頓(とみ)に悪くなってきているが、彼女のその方針と態度は、当初とすこしも変りなかった。それならそれでもいい。莫邪としても文句はないが、それでも一週間に一度くらいは、彼女を巧妙な方法で亡きものにして、貯金をごっそり横領することを、空想に描かないでもない。今も莫邪はなにか考えこむ顔付になって、黙って箸をうごかし、飯粒を口にはこんだり、豆腐汁をすすったりしている。今朝の豆腐は、ごりごりと固く、妙ににがい。苦汁(にがり)を入れすぎたんだな、などと頭のすみで仔細らしく莫邪は考えている。やがてすっかり食べ終ると、彼はお茶を注がせながら、独白のように言った。

「兄貴のところにでも行って、少しばかり貰って来ようかな」

「それがよございましょ。そうなさいませ」

 お君さんが膳を下げてしまうと、莫邪は大きく伸びをして、莨(たばこ)に火をつけた。とにかく今日は用事がひとつできた。そのことが莫邪に、すこしの安心をあたえた。兄貴というのは、莫邪の異母兄で、つまり莫邪の父親の正妻の子なのである。父親は漢学者のくせに、なかなかの粋人で、女遊びもしたし、妾(めかけ)をたくわえもした。そしてもうずっと前にオートバイに轢(ひ)かれて死んでしまったが、子供はその正妻の子と莫邪と、ふたりしかない。莫邪などという変った名前をつけたのも、この父親の趣味であった。莫邪というのは、古代の名剣の名だそうであるが、父親の望んだほど、実物の子は切味はよくない。むしろ正妻の子の方が羽振りがよくて、丸の内に事務所などを持ち、とにかく一家の風(ふう)を保っている。莫邪より五つ歳上にあたる、やせた機敏そうな男であった。

 莫邪は立ち上って、のろのろと服を着けた。近頃肥ってきたので、ひどく窮屈である。毎朝これを身につける毎に、彼は狂人用のストレートジャケットを着せられたような気分になる。服から出た部分が充血し、眼球もすこし飛び出したような感じになる。どこか自分でないような気がしてくる。しかしはたから眺めると、なかなか血色が良くて、思いわずらうことのないような人に見える。

 靴をはいて、外に出ると、莫邪は背骨をまっすぐに立てて、霜柱をさくさく踏みながら駅の方にゆっくりと歩いてゆく。

[やぶちゃん注:「狂人用のストレートジャケット」“straightjacket”。拘束着。凶暴な状態の人を拘束する手段として、腕を胴体に固く縛りつけるために使われるジャケットのような衣服。]

 

 人見経済研究所所長・人見干将(かんしょう)は、事務所の扉を排して入ってくる人見英邪の姿をみとめると、やせた眉目をかすかに曇らせて、かるく舌打ちをした。莫邪は肥った頰の筋肉をやや弛(ゆる)め、まっすぐに干将のデスクに歩いてくる。干将は眉根を寄せたまま、じっとそれを見ていた。

[やぶちゃん注:既に主人公莫邪の名の由来で語られているが、「干将」・「莫耶」は本来は「干將」、「莫耶」は「鏌鋣」とも表記し、中国の伝説上の名剣、もしくはその剣の製作者である夫婦の名。剣については、呉王の命で、雌雄二振りの宝剣を作り、干将に陽剣(雄剣)、莫耶に陰剣(雌剣)と名付けたとされる。この陰陽は陰陽説に基づくものであるため、善悪ではない。また、干将は亀裂の模様(龜文)、莫耶は水の波の模様(漫理)が剣に浮かんでいたとされる(「呉越春秋」に拠る)。なお、この剣は作成経緯から、鋳造によって作成された剣で、人の干将・莫耶については、干将は呉の人物であり、欧冶子(おうやし)と同門であったとされる(同じく「呉越春秋」に拠る)。この夫婦及びその間に出来た子(名は赤、若しくは、眉間尺(みけんじゃく))と、この剣の逸話については「呉越春秋」の呉王「闔閭(こうりょ)内伝」や「捜神記」などに登場しているが、話柄内の内容は差異が大きい。近代、魯迅がこの逸話を基に「眉間尺」(後に「鋳剣」と改題)を著わしている。なお、莫耶、莫邪の表記については、「呉越春秋」では莫耶、「捜神記」では莫邪となっているが、本邦の作品では、孰れも莫耶と表記することが多い。以上はウィキの「干将・莫耶」に拠ったが、より詳しい話柄は、私の『柴田宵曲 續妖異博物館 「名劍」(その1)』と、『柴田宵曲 續妖異博物館 「名劍」(その2)』を見られたい。]

「また、金かね?」

 莫邪がデスクのむこうに腰をおろすと、干将はすぐに言った。感情を殺したような、職業的な低目の声であった。

「実はそうなんだよ。よく判るね」

「お前さんが来るのは、いつもそうじゃないか」

「そうだったかな。それほどでもないよ」

 干将は匂いのいい莨(たばこ)に火を点(つ)けながら、莫邪の方から眼をはなさないでいた。英邪は窮屈そうに椅子(いす)にかけて、顔だけはにこにこと笑っている。莫邪の全身にただようその無能な感じを、干将はあまり好きではなかった。こんな男なら、おれでもクビにしたくなると、干将は莫邪を眺めながら、ぼんやりと考えている。天気や家族のことについて二言三言話し合ったあと、女給仕が運んできた渋茶を、莫邪は唇を鳴らして飲んだ。カラーにしめつけられた咽喉仏(のどぼとけ)が、苦しそうに、ごくごくと上下するのが見える。死んだ父親の咽喉仏の形に、そっくりだと思いながら、干将も無意識にごくんと唾を呑みこんで、そしてしずかな声で言った。

「それで、あの復職の件は、一体どうなったんだい?」

「ああ。あれもいろいろ、やっているんだけれどね、署名なんかも、もう相当集まったし――」

 莫邪は茶腕をおいて、服の袖口で唇を拭きながら、語尾をあいまいに濁すようにした。そして何となく、眼を窓の方向に外(そ)らした。窓枠に截(き)りとられた曇り空には、無数の白い鳩が、白濁した汚点のように飛び交(か)っている。莫邪はそれを確かめるように、眼を二三度しばたたいた。

 莫邪が先頃まで勤めていたのは、ある小さな雑誌社で、社長がレッドパージに籍口(しゃこう)して社員を整理した際、彼もその人員の中に入っていたのである。同調者だという名目であったが、莫邪には身に覚えがないことであった。そこで旧(もと)の同僚が、莫邪の身上に同情し、復職嘆願書をつくって呉れ、それを莫邪が持ち廻り、その雑誌社関係の文化人の署名を貰って歩くことになったのだが、どうもこの仕事には彼はさっぱり身が入らなかった。むつかしい仕事ではない。持って行けば、誰でもすぐ署名して呉れるのである。文化人というものは、金を出す用件でないと判れば、急にやさしくなって、親切にしてくれるものであることを、莫邪はしみじみと知った。そしてこの仕事に身が入らないというのは、その際署名者たちの瞳の色の中に、必ずなにか過剰な光があってそれが莫邪を重苦しくさせるからであった。単に署名するだけで、ひとつの運命が好転する。その意識がすべての署名者の心の底を快くくすぐり、それが彼等の表情や動作に、ある過剰なものを付加してくるらしかった。それを見るのが辛いし、また徒労だという感じもやがて強くなって、十人ほどの署名を貰ったまま、莫邪はその嘆願書を茶簞笥(ちゃだんす)の上にほうり放しにしている。その間(かん)の事情を干将に聞かれるのは、ちょっと辛いことであった。

[やぶちゃん注:「藉口」口実を設けて言い訳をすること。かこつけること。]

「署名が集まれば、早く社長に提出すればいいじゃないか」

「うん。そうしようと思うんだけどね」

 莫邪は身体を捩りながら、話題をそこから外(そ)らそうとした。

「なにしろ、急に金廻りが悪くなってね。お君さんも、不機嫌なのさ」

「そりゃ不機嫌だろうな」

「まさかの時は、あの家も売ろうと思っているんだが――」

 干将が鼻で笑うような音を立てたから、莫邪は口をつぐんでしまった。そこへ向うの机から若い所員がやってきて、書類をデスクに拡げて用談を始めたので、莫邪は俄(にわ)かに手持無沙汰になって、窓の外を眺めたり、事務室の内部を見廻したりして、用談の済むのを待っていた。その間に卓上電話が二度もかかったりして、用談はなかなか済まなかった。干将は莫邪の存在を忘れたように、てきぱきと事務に没入していた。

 やがて所員が去ってしまうと、干将はぎいと廻転椅子を廻して、莫邪の方に向き直った。莫邪はさっきと同様に、窮屈そうに腰をおろして、顔をすこしあおむけてにこにこと頰をゆるめていた。この肥った男と父親を同じくしているという意識が、その瞬間妙な違和感となって、干将を不快にさせた。

「なかなか忙しそうだね」

 遠くから聞えてくるような声で、莫邪がぽつんと言った。干将はそれにすぐ返事をしないで、頭の中でいろんなことを考えめぐらしていた。莫邪がクビになったのも、同調者だというのは口実で、莫邪が無能だったからに過ぎないと、干将は察知している。しかしそのことについて、莫邪はどう考えているのだろう。あのにやにやと弛んだ顔のむこうで、この男は一体、何を考えているのだろう。そう思うと、ふとこみ上げてくるいらだちを押えながら、干将はやっと重々しく言葉を返した。

「忙しいね。暇のある人間が、しみじみとうらやましいよ」

「そうでもないだろ。暇なんてものは、疣(いぼ)みたいなもんで、あまり役にも立たないよ」

 それから二人は、さり気ない顔貌をむけ合ったまま、忙しさということについて、二三の意味のない会話を交した。その間に干将は、はっきりと自分の気持を決めてしまっていた。ある気まぐれな、すこし意地の悪い興味が、ちらと干将の心をかき立ててきたのである。

「金のことだがねえ――」

 会話がとぎれたとき、わざと退屈そうな口調を使って、干将は口を開いた。

「毎度々々のことだから、タダで上げるのも、実は僕は気がすすまないんだ。だからね、お前さんに今日一日の用事を頼んで、その分の日当を払おうと思うんだが、それでどうだね?」

「日当?」

「そう。日当さ」

 干将は落着いた声で答えた。莫邪は少し黙りこんで、椅子の上で二三度大きな呼吸をした。それから低い声で訊(たず)ねた。

「仕事って、どんなのだね?」

 干将はおもむろに胸のポケットから、小さな皮手帳を取出した。そしてばらばらめくりながら、今日の予定表を探しあて、ちらと上目で莫邪を見た。

「僕の名代で、会合に出て貰いたいんだ。ただ出席するだけでいい」

「何の会合だね」

「ええと」

 干将は手帳を眼に近づけて、丹念にメモを調べるふりをした。

「――二つあるんだ。ひとつは山形家の婚礼の祝賀会。山形ってのは、おれの軍隊時代の戦友さ。もうひとつは、川口家の告別式。これはおれの高等学校のときの友達。酔っぱらって、崖から落ちて死んだんだ。運の悪い奴だね。この二つだ。――どうだい。引受けるかい?」

「――引受けてもいいな」

 すこし経って、莫邪は無感動な声で、そう答えた。干将は紙入れを取出し、その中の紙幣束(さつたば)を狼のような手付きでバサバサと数え始めた。そしてその一部分を、莫邪の方へ、デスクの上にふわりとすべらせた。紙幣はデスクの端で、あぶなく落ちそうになって止った。見ているような見ていないような視線で、莫邪はそれを眺めていた。

「そこに一万円ある。香奠(こうでん)とお祝いの品を、その中から出して呉れ」

「僕の日当は?」

「日当もその中だ」

「そうすると――」莫邪の指が伸びて紙幣束にちらと触れた。「どんな割合になるんだね。この中から、日当と、香奠と、お祝いを出すとすればさ」

「それはお前さんに任せるよ」瞬間、意地悪い快感が湧きおこるのを感じながら、しかし干将は強(し)いてつめたい声で答えた。「その按分(あんぶん)はまったく、お前さんの宰領にまかせるよ。三三四だって二三五だって、一一八だって、何だっていいんだよ。いいようにおやり」

 莫邪はとたんにぶわぶわした笑いを頰にうかべた。すると干将も唇を曲げて、笑いに似た翳(かげ)をそこにはしらせた。瘦せた兄と肥った弟は、お互いに顔を見合わせたまま、しばらく声なき声を含んで笑い合っていた。やがてどちらからともなく笑いを収めると、莫邪の掌は紙幣束を摑(つか)んで、ポケットにそろそろと入って行った。

「じゃ、そう言うことにしよう。どうもありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」

 干将は切口上でそう答え、あり合わせた紙片に、忙しげに両家の地図を書き始めた。莫邪は椅子から不安定に腰を浮かせ、そのすらすらしたペンの動きに、見惚(みと)れたような顔になっている。

 

 午後一時。

 町角の売店で、香奠袋を買った。二枚十円だというので、二枚買った。それから酒屋に寄り、猫印ウィスキーの箱入りを買った。それを小脇にかかえ、莫邪はせまい露地に曲りこみ、小さな中華料理屋の扉を押して入って行った。注文したチャーシュウメンが運ばれるまで、莫邪は卓に頰杖をついて、一万円の按分方法を考えたり、ウィスキーのラペルをぼんやり眺めていたりした。店の中に、客は彼ひとりであった。日が翳り、店内は薄暗く、うすら寒かった。告別式に出ることも、結婚祝いに出ることも、まださっぱりと現実感がない。時間がじりじりと経つとともに、自分自身が死んだ章魚(たこ)のように無意思になって行くのが判った。

[やぶちゃん注:「猫印ウィスキー」明治四(一八七一)年に横浜山下町のカルノー商会が輸入したアイリッシュ・ウィスキー、通称「猫印ウヰスキー」。バークス(“BURKES Fine old Irish Whiskey”)。本邦に輸入されたウィキスキーの最古参に属する。ブログ「たらのアイリッシュ・ウイスキー屋さん」の「日本に輸入された最初のウイスキーはアイリッシュ? 猫印ウイスキー」を参照されたい。猫マーク入りのボトル写真もある。そこに『バークス・ウイスキーがいつ頃まで販売されていたのかは分からなかった』とされつつ、『会社自体は創業が 1848 年、廃業が 1953 年』とあるから、本篇当時、まだあったものと思われる。なお、さらに、このウィスキーが『2017年に復活を果たした』ともある。但し、サイト「WHISKY Magazine Japan」の「戦前の日本とウイスキー【その2・全3回】」によると、『ジャパン・ヘラルドに記載されていた「WHEAT SHEAF」が』、このバークス『より7年早』く日本に舶来しているという記載があったことを言い添えておく。]

「ヒッカキ板、か」

と莫邪は呟(つぶや)いた。瓶のラベルには、猫が躍っている絵が印刷してある。その猫の四股の先は、内側へ丸くぐんにゃりと曲り込んでいる。うちの飼猫と毛並みが似ている。沈みこんでいるところから、両手を伸ばしてずり上るような気持で、彼はふたたび呟いた。

[やぶちゃん注:以上のように猫を描写しているが、グーグル画像検索「BURKE’S Fine old Irish Whiskey」では、躍っているようには見えず、座った後部は、尻尾を手前に巻き込んで後方に立てているように見受けられる。]

「おれにも、ヒッカキ板というものが、ひとつ欲しいもんだな」

 呟いてみたものの、それはどういう意味なのか、自分にもよく判らなかった。ただ莫邪は、一間四方もある板を眼の前に想像し、それをしきりに引っ搔いている自分自身を想像した。そしてためしに、両手を胸の前にそろえ、ちょっと空(くう)を引っ搔く仕草をしてみた。そこへ給仕の男がチャーシュウメンを運んできて、莫邪を見て妙な顔をした。そこで莫邪はその仕草をやめた。

「お待遠さま」

 この給仕男は、誰かに似ている。そう思いながら、莫邪は箸(はし)をとった。二箸三箸食べたとき、彼はそれを卒然として思い出した。軍隊で会ったある衛生兵に、この給仕男は似ているようであった。

 海兵団の医務室で、治療の順番を待っていたとき、莫邪の一人前の兵隊が、足指の瘭疽(ひょうそ)を手術されていた。手術しているのは、色の黒い若い衛生兵である。乱暴にメスを使って爪をごりごりと切り、クギヌキでそれをはさんで、ぐいと引抜く。見ているだけで、莫邪は脳貧血をおこして、ふらふらとしゃがみこんだ。すると手術を終った衛生兵が、莫邪の肩を引っぱり上げて、したたか頰を殴りつけた。

「なんだ、この野郎。貴様が手術されてるんじゃねえぞ。生意気な!」

[やぶちゃん注:「瘭疽」手足の指の末節の急性化膿性炎症。この部分は組織の構造上、化膿が骨膜・骨に達し易く、また、知覚が鋭いので、激痛がある。局所は化膿・腫脹・発赤・熱感を起こす。「ひょうそう」とも読む。]

 あの衛生兵の言葉は、一応理窟にあっていたなと、かたい肉を奥歯でかみながら、莫邪はぼんやりと考えた。あんな具合に割り切ってしまえば、世の中も渡りやすいだろう。しかしとても俺にはできそうにもない。そんなことを考えているうちに、莫邪はすっかり食べ終った。

「――さて」

 丼をむこうに押しやり、香奠袋を出してウィスキーの横にならべ、彼はひとりごとを言った。そしてしばらく考えて、紙幣束をとり出し、その中から五千円を数えて、また自分のポケットに収め、残りを香奠袋の中に押し込んだ。香奥袋は二枚ある。さっき何気なく買ったのだけれど、両方とも使わねば悪いような気になって、彼はまた考えこむ顔付になった。少し経って、彼はポケットからまた千円札を一枚つまみ出し、それをも一つの香奠袋の中に入れた。そして二つの袋にそれぞれ、人見干将、人見莫邪と署名した。そうするとすっかり落着いた気持になって、莫邪はにやと頰をゆるめた。

(兄貴もちかごろ、なかなか意地悪になってきたな)

 代金をはらって外に出ると、寒い風が顔に吹いてきた。町の遠くで、拡声器の試験をしているらしく、機械の声がきれぎれに風に乗って聞えてくる。

「――本日ハ、――晴天ナリ、――本日ハ、――晴天ナリ――」

 空は曇って暗かった。今日の一日に、祝賀の表情と、追悼(ついとう)の表情を、うまく使い分けねばならない。うまく行くかどうか、莫邪は少し心もとなかった。街には人があふれていた。すれ合う人々の表情や、街全体の表情に、莫邪はある歪(ゆが)みをかんじた。そして彼は、二三日前雑誌で読んだ、宇宙が歪んでいるという説を、突然思い出した。宇宙が歪んでいるなら、地球も当然歪んでいるだろう。その歪みの中で生きるには、人間もすこしは歪む必要があるだろう。

(そういう点からして――)

と彼は思った。どういう点からかは、彼にもよく判らなかった。

(今日という日も、なかなか好い日にちがいない)

 思考の尖端が、ぶわぶわと分厚なものに埋没している感じで、莫邪はウィスキーを胸にかかえ、無感覚な人形のように、人波をぬってまっすぐ駅の方に歩いて行った。

[やぶちゃん注:「宇宙が歪んでいる」中学時分に読んだ科学書では、アインシュタインは宇宙を綺麗な球体と予想したが、当時の宇宙物理学の観察では、馬の鞍の様な形をしていることが提唱されていたのを覚えている。しかし今、ネットを調べると、果てしなく彼方に広がり続ける平坦なものというのが優勢であるようだ。]

 

     黒 い 紳 士

 

 人見莫邪が最初にその男の姿を見たのは、くすんだ色調の杉の生籬(いけがき)にはさまれた、せまい路上である。

 赤土まじりのその小路の地肌は、濡れてじっとりと湿り、またいくらかぬかるんでもいた。莫邪がふと眼をあげると、二十米ほど前方を、その男はひとりであるいていた。ぬかるみを避け避け、生籬に肩を摺(す)るようにしながら、気ぜわしそうに背を丸め、ヒタヒタヒタと脚を動かしている。

 空は曇ってくらかった。雲の厚みに漉(こ)されたにぶい光が、まばらな電信柱や生籬や、煤色(すすいろ)の屋根瓦の上に、しっとりとひろがっている。その風景は光線の具合か遠近感がなく、なんだかひらべったい感じがした。そして莫邪の視界に狭隘(きょうあい)な路上をうごいているものは、その男の黒い後姿だけであった。

「まるでクロコみたいだな」

 ぬかるみを飛び越しながら、莫邪はふとそう思った。書割りじみた平板な風景のなかに、なにか人目をはばかる様子で、男の小さな輪郭が、ちらちらとうごめいている。黒具をつけた芝居の後見の動作をそれは何となく聯想(れんそう)させた。男は黒い服を着て、黒い中折帽を頭にのせている。はいている長靴も黒色であった。中折帽子はすこし大きすぎると見え、耳たぶまでスッポリかぶさっている。童話の黒い蕈(きのこ)があるいているようにも見える。妙に非現実的な感じであった。背丈も生籬の半分ぐらいしかない。対比の関係か四尺そこそこの高さにしか見えない。そのミニアチュアめいた奇妙な後姿が、なにか無気昧な滑稽さを瞬間に莫邪に伝えてきた。

「ええと――」

 へんに不安定な感じがやってきて、足がすくんだように、莫邪は立ち止っていた。電柱の下から、腐った木の葉のにおいが、ぼんやりと立ちのぼってくる。立ち止ったつじつまを合わせるように、莫邪の手はいそがしく動いて、やがてポケットの中から、干将が描いてくれた地図をとり出している。男の後姿からその紙片へ、莫邪は落着かない視線をうつした。

「道はこれでよかったのかな」

 異母兄の人見干将の依頼で莫邪は今から、山形家の結婚の祝賀会に出席するのである。山形というのは、干将の軍隊時代の戦友だというのだが、もちろん莫邪はその男の顔も素姓(すじょう)も全然知らない。知っているのは、その会が午後四時から始まるということだけである。なにかお祝いの品を持って行くように、と言ったのみで、他にはなにも干将は説明も指示もして呉れなかった。日当を出すというのでウカウカと引受けてきたのだが、いくら兄の代理とは言え、見も知らぬ男の祝宴に出るのはあまり面白そうなことではない。しかもそのあとで、午後の七時から、これも干将の名代として、川口という男の告別式にも出席しなくてはならないのである。日当を貰ったからには、これもすっぽかす訳にも行かないだろう。やせて神経質そうな干将の顔をちらりと思い浮べながら、莫邪はかすかに舌打ちをして呟いた。

「判りにくい地図だな、これは」

 スベスベした紙片に、万年筆で道順が書いてある。整然と書いてあるようだが、それをたどってここに来て見ると、実際の地形や距離とははなはだしく相違している。げんにこの狭い赤土の小路も、干将が書いた地図の上では、ひろびろとした鋪装路のような印象をあたえる。地理の感覚がないのかしら。紙片を縦にしたり横にしたりして、あやふやな道順をも一度たしかめ終ると、莫邪は面白くなさそうな顔付になって、また足を踏み出した。靴の裏でぬかるみがピチャリと音をたてる。見るとさっきの男の姿は、もう見当らなかった。

「ふん結婚祝賀会か」

 祝い品に買い求めた箱入りウィスキーを、けだるく左手に持ち換えながら、莫邪は足をひきずるようにして歩いた。そして地図が指示する通り、赤いポストから右に折れ、高さ二尺ばかりの地蔵のある辻を、さらに左に折れた。干将の地図では、その地蔵の位置に矢印をして、石造彫刻物などと書きこんである。石造彫刻物とは、いかにも干将らしい名付け方だ。この干将の地図に間違いなければ、山形邸はもう直ぐ近くの筈である。道は相変らずビチョビチョと濡れていて、冷たさがひたひたと靴下にもしみとおってきた。

「ちょっと道をききますが――」

 突然そういう声が近くから聞えたので、莫邪はぎょっとした。道端につみ上げた古材木のかげに、黒い人の姿がひとつ立っていた。

「山形という家は、どこらあたりですか」

 ウィスキーの箱を両手で胸に抱きかかえるようにして、莫邪は立ち止っていた。近頃肥って窮屈なチョッキの下で、動悸がごとごとと不規則に打っている。

「ごぞんじないかな。山形。山形という――」

「それは、そこです。すぐそこ」

 莫邪はあわてて答えた。眼の前に立っているのは、先刻の男である。古材木のかげにかくれて、莫邪が近づくのを待ち伏せていたらしい。さきほどはひどく矮小(わいしょう)に見えたが、向い合って見ると、それほどでもない。五尺二三寸[やぶちゃん注:一メートル五十八センチから一メートル六十一センチ。]はある。黒い帽子と服を着け、手にも黒い風呂敷包みを持っている。帽子も大きすぎるし、服もやはり身体に合っていない。帽子のひさしの奥から、南京玉(ナンキンだま)みたいな小さな黒い瞳が、じっと莫邪を見詰めている。そして色艶のわるい唇がやや開いて、黄色い歯列がのぞいている。動悸がややおさまってくると、莫邪はなにかすこし忌々しくなってきた。この男の顔の印象は、外国の漫画によく出てくる日本人の顔に、どことなく似ていた。

「あんたもそこに行くのかな」

 視線をウィスキーの箱にはしらせながら、男がふたたび訊ねた。なんだか腹話術師みたいに、唇をあまり動かさない。抑揚のない含み声である。そして急に言葉がぞんざいになってきたようだ。男の黄色い歯屎(はくそ)をながめながら、気押(けおさ)されたように莫邪はだまっていた。

「そうだろ。あんたも山形の家に行くんだろう」

 さっき見た後姿も、どことなく異様な感じであったが、今まぢかに相対しても、それと同じ感じが男の全身を、うっすらと膜のようにつつんでいる。歳も莫邪よりはすこし上らしい。そして男の視線は舐(な)め廻すように、莫邪の全身にうごいた。なぜか急に嘔(は)きたいような気分になって、それをこらえながら、莫邪はこっくりとうなずいて見せた。

「それならば話は早い」

 よく聞きとれなかったけれど、そんな風に言ったようである。そして男はくるりと向きを変えて、大き過ぎる長靴をガバガバと鳴らしながら、いきなり先に立って歩き出した。その音にうながされたように、莫邪もつられて足を踏み出している。どこかでラジオの長唄が鳴っている。

 

 祝賀会と言っても、大したことはない。天井の低い八畳の部屋に、机やチャブ台を継ぎあわせ、それにしいた白布の上に、皿や碗や盃やコップが、ごたごたと並んでいる。床の間の大きな壺には、松竹梅が不器用に活(い)けてある。道具立てはそれだけである。卓の上の器物も不揃いだし、白い卓布もうすよごれた感じであった。そして十二三人の男たちが目白押しに居並んで、それぞれの恰好で飲んだり食ったり、私語し合ったりしているのである。その一番すみっこの場所に、人見莫邪は中途半端な表情をこしらえて、窮屈そうに坐っていた。

 莫邪のところからガラス越しに、猫の額ほどの此の家の庭が見える。庭の半分は畠になっていて、ネギみたいな植物が五六本、そこらにヒョロヒョロと立っている。曇天のせいか庭もくらいし、部屋の中はもっとくらい黄昏(たそがれ)どきのような感じである。

「生憎(あいにく)と停電でございまして――」

 主人役の山形夫妻は、縁側の方から出たり入ったりしで、酒や料理をはこんだり、またそこに坐りこんで、酒を注いだりしている。この宴が済むと、午後七時何分の汽車で、新婚の旅に立つという話であった。新婦は度の強い眼鏡をかけた二十四五の女で、新郎は四角な顔をした朴訥(ぼくとつ)そうな男である。やはり一世一代のことだから、顔色もどことなくはればれとして、動作もいくらか生き生きとしているようである。こんな男といっしょに兄貴は軍隊に行ってたんだな、などと仔細らしく考えながら、莫邪は遠慮がちに料理に箸をつけたり、コップに手を伸ばしたりしている。莫邪が持参したウィスキーは、すでに二本とも栓をぬかれて、卓の上に立っているのである。酒はともかくとして、料理は冷えて不味(まず)かった。べつだん食慾はないのだが、黙って坐っているのも手持ぶさたなので、三十秒に一度くらいは、どうしても卓の方に手が伸びてしまう。

「どうも何から何まで行き届きませんで」

 料理がすっかり運び終ったと見えて、山形新婦が縁側に両手をついて、丁寧にお辞儀をした。客は一斉(いっせい)に箸の動きを止めて、そちらを向いて頭を下げたり、うなずき合ったりしている。光線が乏しいので、皆の顔は何だか怒ったような、憂鬱そうな感じをたたえている。座もはずんで来ないし、すこしも祝宴らしい感じがしなかった。

(やはりおれみたいに、お義理で来ている連中が多いのかな?)

 そんなことを考えながら、莫邪は無責任な視線でちろちろと薄暗い一座を見廻している。客の種類は、六十ぐらいの老人から、学生服の若い男まで、いろいろ雑多に並んでいる。客の間に横のつながりはあまり無いらしく、あちこちにぼそぼそと私語が起ってはいるものの、座全体の笑声歓語はすこしも聞えてこない。晴れやかな顔をしているのはだいたい主人役だけで、あとはさむざむとした顔でもっぱら飲食に没頭している。時間の動きがのろのろしていて、なんだか一向にはっきりしなかった。ひどく大儀なような、また肩の凝るような気分を持て余しながら、莫邪はコップに何度目かの手を伸ばしている。

(今夜おれが告別式に出席して、おくやみなどを述べる際に――)莫邪はコップのウィスキーをぐいと乾し、こんどは汁碗をとりあげて蓋をとった。(この一対の男女は宿屋の一室に入り、接吻などを交していることになるのかな)

 莫邪は頭の遠くで、派手な夜具や脱ぎ捨てられた下着の赤い色や、またむれたような炬燵(こたつ)のにおいなどを、ぼんやりと空想した。空想はしてみたものの、なんだかよそごとみたいで、眼前の山形夫妻の存在と、一向に結びつかなかった。腸のあちこちが急に熱くなって、ウィスキーがそこにひりひりと沁(し)み込んでゆくのが判る。莫邪はもったいらしい顔になって何となく低くせきばらいをした。

「さあさあ」

 新郎は中腰になって、やがて客の間に割り込みながら、酒やウィスキーを注いで廻っている。新郎の顔もすこし赤くなっている。弁当箱みたいな四角な顎を、嬉しそうにがくがくと動かしながら、

「さあさあ。たんと飲んで下さいよ。酒はもっともっと用意してあるんだから」

「これはなかなか、良い酒だね」

 盃を透かすようにしながら、そこらで誰かのとってつけたような声がした。

「良い酒ですよ。わざわざ故郷(さと)から取りよせたんだから。こんでも故郷ではね、村雨(むらさめ)という名の通った銘酒だ」

 汁腕に入っていた蓴菜(じゅんさい)が、どろりと気味わるく莫邪n舌をすべってつめたく咽喉に流れこむ。しばらく経つと酒の減りに比例して、座もすこしガヤガヤと浮き立ってくる気配があった。

[やぶちゃん注:「村雨」不詳。現在、非売品の特別醸造で、この名を持つ日本酒(熊本)があるが、この当時、あったとは思われない。「村醒」或いは「村雨」は、強く降ってすぐ止む雨に掛けて、「すぐに酔いが醒めてしまう酒(村を出る前に醒めてしまう酒)」という意から水を割ったような「アルコール度数の低い低品質の酒」のことを言う隠語としてあり、同時に、真逆の「村を離れたところまで来て、やっと酔いが醒める酒」と言う意で、「上等な酒」のことをも指すともされる。酒好きの梅崎だから、お遊びで前者の意で用いたものととっておく。]

「なあ。山形戦友」

 莫邪のすぐ近くの席で、ざわざわした私語の中から、こんどは別の声がとび出した。

「今日はお前はなかなか立派だぞ。死んだ井上戦友に見せたかったぞ」

 なんだか聞き覚えがあると思ったら、さきほどの黒服の紳士の声である。黒い紳士は莫邪から一人おいてむこうの席に坐っている。見るとその横顔は酒がはいったのか、いささか黄黒く変色している。大あぐらをかいて、しきりに盃を乾しているらしい。

「はあ。戦友でいらっしゃるか。それは大変でございましたな」

 莫邪の隣に坐っている老人が、指で焼竹輪をつまみながら、もごもごした声で相の手を打った。この老人も話し相手がほしかったらしい。この黒男が山形の戦友なら、干将の戦友にもなる訳だな、と思いながら、莫邪は横目でそのやりとりを観察している。黒男は掌をくにゃくにゃ動かしながら、いつか老人の方に向き直っている。

「そうですよ。――全くそんなもんだ。生き残った奴は、結婚も離婚もできるが、死んだ奴はとにかくなんにもできやしない。そんなもんですよ」

「はあ。それは道理だね。もっともだ。はあ」

 一座のうごきもだんだん活潑になってくるらしかったが、あたりが薄暗いから、和(なご)やかに浮き立ってくるという風ではなくて、酔いが陰にこもってイライラとふくれ上ってくる様子である。すこしずつ高まってくる濁ったざわめきの中で、莫邪の右手も惰性のように伸びたり縮んだりして、卓のものを口に運んでいる。いささか酔いが廻ってきたので、先刻のような手持ぶさたな退屈な感じは、やっとなくなってきた。そのかわり失業して以来の、久しぶりの酒だから、五体が妙にけだるくなり、眼球が瞼の底に沈下してゆくような感じがする。見も知らぬ男たちと膝を交えて、酒を飲んでいることも、さほど気にはならなくなってきた。とにかくこうやって飲んだり食ったりするだけで、名代としての役目は果たしていることになるのだから、他になにを思い煩(わずら)うことがあるだろう。ただひたすら飲めばいいのだ、と莫邪は心の中で自分に言い聞かせる。

 (日当だからな。なにはともあれ、日当仕事だからな)

 莫邪は肥った頰の筋肉をぶよぶよと弛(ゆる)め、口の中でしきりにそんなことを呟いている。それは本(ほんね)音でもあった。ほんとに山形夫妻が結婚しようと離婚しようと、こちらとは大した関係もないことだ。それよりも卓上の焼竹輪や酢ダコの味の方が、当面上の問題としては、ずっと莫邪に関係がふかいのである。

「ひどい戦争でしたね、あれは」

 黒い男は箸で卓上をなぞりながら、しきりにとなりの老人に説明している様子である。その声がふと耳に入ってくる。

「弾丸はヒュウヒュウ飛んでくるし、戦車はゴトゴトやってきくさるしさ。こちらは小銃だけで、その上弾丸も欠乏しかかっていると来る――」

「はあ。やっぱりね」

「そこですよ。井上戦友はヤケになって、とたんに発狂したんだ。まず銃を投げすてましたな。そしていきなり帯剣を引き抜いて、自分の眼につっこんで、眼玉をけずり落しましたな」

 老人はぽかんと口をあけて、傷(いた)ましそうにうなずいている。黒男は唇の間から舌をちろちろ見せて、憑(つ)かれたように眉根をよせて説明をつづけている。

「見えなきゃ済むと思ったんだね。それが凡人のあさましさ。とてもそうは行かない。耳がある。ちゃんとあるんだ。おっそろしい音が四方から聞えてくるちゅうんだ。だから井上戦友は、憤然と刃(やいば)をふるって、こんどは自分の耳をスポリと切り落しました」

「はあ、はあ」

「ところがまだ、それでは足りない。まだまだ。戦争には臭いというものもあるということだ。忘れちゃいけない。硝煙の臭い、ものの灼(や)ける臭い、血の臭い、言うに言われぬいろんなものの臭いなどが、うようよとだ」

「鼻も切りましたか」

 つまんで口まで持って行ったカマボコを、あわてて皿に戻しながら、老人が情けなさそうな声で反間した。黒い男は黄色い歯をむき出して深刻そうにうなずく。

「切りましたな。もっとも力が足りずに、半分しか切れなかった。あとに残るのは、味だけか。ふん。戦争には味はなかったようでしたなあ。タマは砥(な)めるわけにもいかんし――」

「それでその、井上戦友さんというお方は、一体どうなりました?」

「私らは彼の体を引きずって、土囊(どのう)のかわりにしましたです。もう呼吸もなかったし、なにしろ敵さんのタマがはげしくて、遮蔽物(しゃへいぶつ)のひとつも欲しい状況だったから。人間も五官をなくせば、もうせいぜい土囊ですな。――」

 ウィスキーを舌の先でころがしながら、莫邪は鬱然(うつぜん)たる表情でその問答を聞いている。

「その井上戦友に、この祝賀会を見せたかったという訳ですさ。なあ山形兵長」

 その山形新郎は大きな体を、なだれるように莫邪の傍に割りこませてくる。新郎はもはやいい機嫌になっている。酒でいい機嫌になったと言うより、こんなに大勢が自分を祝ってくれる、その意識に酔っているように見える。実際打ち見たところでは、客のみんなは祝いの感情でなく、その他の感情で酒を酌(く)んでいるように思えるのだが。そして新郎の分厚い掌が、莫邪の肩を親愛の情をこめたようにつかむ。

「兄上が来れなかったのは、じつに残念ですなあ。しかしお兄上もさぞかし、お忙しいことでしょうなあ。なかなか羽振りがきくそうで」

「はあ。なかなか忙しいようです」

「お帰りになったら、山形もやっと幸福な結婚の旅路に出たと、そうお伝えして下さいよ。しかしなんですなあ。人見の奴は瘦せているが、この弟御さんはご立派な体格ですなあ」

 莫邪はすこし顔をあおむけて、頰をにたにたとゆるめている。他人から褒(ほ)められると、莫邪の顔はいつもこんな表情になってしまうのである。縁側の方から、新婦が心もとなさそうな顔付で、しきりにこちらを眺めている。時間が心配なのじゃないかしら。座がようやく乱れてきて、向うの方では人影が立ったり坐ったり、皿や小鉢がふれ合って鳴ったり、またとげとげしい語調で議論が始まったりしている。電燈がつかない上に、日が傾いたらしく、あたりは俄(にわ)かに蒼然とくらくなってきたようだ。

「おい、山形。山形戦友てば」

 れいの男が黒い南京豆のような眼で、怒ったようにこちらを見て言った。

「ローソクぐらいはとぼせよ。暗くってこれじゃ飲めやしないじゃないか。今もこの御老人が、酒と間違えて醤油を飲んでしまったよ」

「ナミコ。おい、ナミコ」新郎は首をのばして、縁側の方を呼ぶ。

 縁側で新婦の姿がそそくさと動いて、やがて黄色い蠟燭(ろうそく)の光が、四つ五つ入ってくる。卓上のあちこちに立てられると、四方の壁に人々の影が、幽鬼のように揺れる。途絶えていたざわめきが、それにあおられたように、また部屋の内にひろがってくる。

「それにしても、なんだなあ。あ。ちょいと失礼」黒男は手足も使った様子もないのに、老人の膝をぐにゃりと乗り越えて、いつの間にかもうこちら側に坐っている。そして山形に盃をつき出しながら「ひょっとすると今夜は雨になるなあ。いや、この調子では雨になる。きっとなるな。すれば旅行も難儀だなあ。全くご愁傷さまなことだ」

「天気予報じゃ、晴れる見込みだというんだけどね」盃を受けながら、新郎は当惑した風(ふう)ににこにこして、朴直(ぼくちょく)な受け答えをする。

「晴れるもんか。それで宿屋はどこだい。もうきまっているのか」

 男の黒い洋服の膝が、莫邪の膝にひたひたとくっついている。それは風袋(ふうたい)だけで中味がないような、妙に手応えのない無気味な感触である。あかぎれの膏薬を熱した臭いに似た、へんに鼻にこもってくるような体臭が、男の体からただよってくる。服のにおいかしら。それともこの男の肌のにおいかしら。急に吐き出したくなるのを我慢して、莫邪はやっと口の中のコンニヤクを呑みこみ、あわててウイスキーの方に手を伸ばす。男はその莫邪を無視したように、言葉をつづけている。

[やぶちゃん注:「風袋」通常は品物の外観・見かけを言う。]

「宿屋についたら、用心しなさいよ。近頃の宿屋は妙なのがあるそうだからな。新婚部屋なんかは、外からのぞかれるような仕掛けになっているのが、時々あるという話だぞ」

「ほう。そんなものですかな」またさっきの老人が、性こりもなく横からもぐもぐと口を出す。

「そうでもないだろう」

「いや。そうでもある。おれも一度見たことがあるが、ありゃあなかなか、巧妙な仕掛けだった。ふん」

「嘘(うそ)ばっかり。嘘だろう」

 新郎はやや苦い顔になって、持て余したように言う。黒男は舌なめずりしながら、しきりに手酌で盃を重ねている。何だかイライラしたような飲みっぷりであった。莫邪は身体の半分だけが酔い、半分だけが醒めているような感じで、じっとそれを眺めている。すると急に追っかけられるような気持になって、下腹がきゅっと収縮し、小便が出たくなってくる。

 「なあ。山形戦友」黒男の声はすこしずつうるさく、すこしずつ高くなっている。無責任な厭らしさがその語調にはただよっている。「あの寒い守備隊でさ、お前といっしょにピイ屋に行っただろう。あのピイ屋の女でさ、蛙みたいな妓がいただろう。手足が細っこくってさ、お腹にはぜんぜんお臍(へそ)がなくってよ。そら、お前さんといっしょに、あの妓を真っ裸にしてさ、あれは滅法面白かったなあ――」

[やぶちゃん注:「ピイ屋」サイト「アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館」の「日本軍慰安所」のこちらの証言に、中国の広東省の部落として、『語源は定かではないが、古参兵達は慰安所のことをピイ屋と呼び、慰安婦のことをピイと呼んでいた』とある。]

音となって、便所まで追っかけてきた。

 「妙な祝賀会だな」勢よく尿を放出しながら、莫邪は思ったままをひとりごちてみる。「祝賀会だというのに、みんなあんまり愉しそうでもないじゃないか。もっともそれは俺の責任でもないが」

ら、莫邪はしっかりと頭を働かしたつもりで呟(つぶや)いた。

「そしてあの黒服の男は、どうも他人事(ひとごと)じゃないようだぞ」

 他人事でなければ、何なのか。それは莫邪にもよく判らなかった。脈絡もなくそう呟いてみただけである。しかしただそれだけで莫邪は一応納得したような顔付になって、やがてトコトコと便所から出てきた。手を洗って手巾(ナンカチ)を探そうとして、ふとポケットの中から、がさがさしたものが指にふれてきた。香奠の紙包みなのである。一寸引き出して見て、莫邪はあわててそれをポケットの奥深く押し込んだ。そして自分に言い聞かせるように口の中で言った。

「これはここでは、出すんじゃなし、と」

 便所のすぐ横にうすぐらい三畳間がある。手巾で指をぬぐいながら莫邪は障子のすきまから、なんとなく内部を覗(のぞ)きこんでいた。ごたごたしたものがうっすらと眼に入ってくる。すばらしく大きな棺桶だと見えたが、よく見ると、それはどうも真新しい長特ちのようである。きっと新婦の嫁入道具なのであろう。その上に男物らしい黒い紋つきが、屍衣のようにだらりとかぶさっている。ナフタリンの香が、便所の臭気にまじって、妙に不吉な感じの臭いとなって、莫邪の鼻にながれてきた。

「もうこれだけ居たのだから、そろそろお暇(いとま)しようかな」

 隙間から眼を離してぐふんと鼻を鳴らしながら、莫邪はぼんやりとそう考えた。何だかここは変にチグハグで、どうもうすら寒い感じばかりがする。早くここを辞去して、明るい街の燈の下に行きたい。その思いがちらと莫邪の心をけしかけてきた。

 宴会場の八畳から、なにか甲高(かんだか)い声が聞えてくる。言い争っているような声音である。

 

 便所に立っていたので、その間にどういうことが起ったのか、よく判らない。莫邪がしばらくして部屋に戻ろうとすると、宴席は妙に険(けわ)しく殺気だっていて、人影がものものしく立ちゆらいでいる。狭い座敷にお客も主人役も総立ちになっているらしい。そこらで皿小鉢がチャリンところげ落ちる音がした。たかぶった声で、

「だからさ。話の筋はチャンと通っているんだ。それに君が口を出すいわれは、ないじゃないですか」

「そ、それが失礼だと言うんだ。何だい。今日は山形君のお祝いの席上だぞ」

「まあまあ」

 山形新郎がそこらに割り入って、しきりにあたりをなだめている風である。蠟燭の焰が人の動きにあおられて、ゆらゆらとゆらめいている。様子があぶないと見たのか、ナミコ新婦ももう主婦じみた智慧をはたらかせて、手早くビール瓶などを片付け始めている。別の声が、

「それじゃあこの家に申し訳ない。まあまあみんな落着いて。とにかく話せば判るというこんだ」

「何だよ。こいつが最初に生意気な口を利いたんですよ。しっぱたくよ、ほんとに」

「お、おい。よせやい。鞄(かばん)を、ど、どこに持って行くんだ、よう」呂律(ろれつ)の廻らない別の声が混ってきたりする。

「よう、兄ちゃん。兄ちゃんったら」

「なに。ひっぱたいてみろと言うんだ。やい、そこのきたない黒坊主」

「よせよ。よせってば。ほんとに判らねえのかよ」

 声ばかりが三重にも四重にも乱れ飛んで、誰と誰とがいさかっているのか、いっこう判然としない。とたんにうすっぺらな座布団がヒュツと風を切って飛んできて、莫邪の肩にぐしゃりと当った。急に声が切迫してごちゃごちゃに入り乱れる。

「まだ言うのか。お前たちは」壁ぎわに立ちはだかるようにして、あの黒服の男が服の袖をぐいとまくっている。強いて虚勢をはったような声で「そんならコナゴナにしてやるぞ。こっちに出てこい」

 人々の肩の間から黒男のまくった腕の形が、ちらと莫邪の眼にはいる。この男がいさかいの主体なのかな、と莫邪はひょっと考える。筋ばった牛蒡(ごぼう)のようなその腕には、剛(こわ)そうな黒い毛が一面に生えている。北海道はタラバ蟹(がに)の脚にそっくりじゃないか、と思った瞬間、押えつけたような声とともに、そこらで影がはげしく揺れ動き、何かがぶつかり合うにぶい音がして、莫邪の身体もはずみをつけて、いきなり横ざまに突き倒されていた。誰かの足がぐいと背中を踏みつけたような気もする。こぼれ酒に濡れた畳に両手を支え、しゃにむに体を捩るようにして莫邪ははね起きていた。

「よして。およしあそばして」

 そして短い悲鳴とともに、はね起きた莫邪の眼前で、こんどはナミコ新婦が畳の上に斜めにひっくりかえっている。やはりあおりを食って突き飛ばされたのだろう。派手な裾が勢よくまくれて、ハンペンみたいに真白い両脚の形が、瞬時にして莫邪の網膜に灼きついた。その時床の間でガチャンと音がして松竹梅を活(い)けた壺も倒れたらしい。そして飛んできた新郎にたすけられて、新婦はやっと起き上ろうとしている。切なく悲しそうな声で、

「――眼鏡。あなた、あたしの眼鏡がないわ」

 その声で騒ぎはしゅんとしずまったようである。みにくい昂奮のあとの、こわばったようなしらじらしさが、急に部屋全体を支配してきた。うろうろと立っている者。いっしょに眼鏡を探す者。マッチをともして蠟燭につけようとする者。床の間の壺を置き直そうとしている者。さまざまに動いている人々の上で、いきなり電燈が明るくパッとともる。やっと停電が直ったのだ・みんなの顔が一斉(いっせい)に電燈をまぶしそうに見上げている。わざとまぶしそうな表情をつくることで、うしろめたい感情を全部ごまかそうかとするかのように。

「やれやれ」

「点(つ)きましたか」

 そしてみんなガッカリしたような姿勢になって、そこらの畳をのろのろと拭ったり、皿や小鉢をわざとらしく並べ直したりしている。新婦をつきとばしたのは、どこの誰だか判らない。眼鏡は刺身皿のなかから、ワサビをくっつけて発見された。それから新郎が立ち上って、きまりのつかないような声を出して、一座を見廻した。

「さあ。さあ、どうぞ。一応お坐りになって。どうぞお静かに」

 しかしその声に応じて坐ったのは三四人だけで、あとは思い切り悪く、天井や庭を眺めたり、何となく非難がましい顔を見合わせたりして立っている。莫邪がふと気がつくと、あの黒い紳士の姿は一座のどこにも見えなかった。さっきの騒ぎの最中にうまく姿を消したのか。見ると部屋のすみに置いてあった筈の黒い帽子や風呂敷包みも、そっくり形を消しているようである。どさくさまぎれに巧く逃げてしまったにちがいない。

「汽車の時間のこともおありでしょうから」やがて和服の老人があたりに気兼ねをするような口調で口を切った。

「私どもはこれで失礼つかまつります。このたびはいろいろと、おめでとうございました」

「おめでとうございました」

 五六人の声が口々にそれに和した。そしてそそくさと自分の持ち物をとり上げて、どやどやと玄関になだれ出る。もはや用は済んだという感じである。莫邪の姿もその中にあった。せまい玄関は靴や下駄をはこうとするもので、たちまち大混雑になっている。莫邪はまっさきに玄関に飛び出たので、靴をはき終えるのも一番早かった。見渡すと、居並んだ下足のどこにも、れいの男の黒長靴はやはり見当らないようであった。莫邪の背後では、あとからの客ががやがやとひしめいている。

 (まるで寄席(よせ)のはね時みたいだな)表に出て、一応家内をふりかえりながら、莫邪は気持を引離すようにしてそう思った。(それにしても、あまり愉快な茶番じゃなかったようだが――)

 割り切れない顔で土間にひしめく客達のむこうに、送りに出てきた新郎新婦が並んで立っている。取ってつけたように、済まなさそうな表情をつくろうとしているが、その善良らしい二つの顔はやはり、嬉しさを押え切れない風にゆるむ気配である。瞬間なぜともなく、莫邪はその二つの善良な表情に対して、かすかな憎しみに似た嫉妬の情を、はっきりと意識した。憎まれ口をたたいてみたいような衝動が、矢のように莫邪の胸をひらめいて走り抜ける。しかし莫邪はその二人の顔に、あいまいな笑顔で遠く黙礼をすませただけで、くるりと背を向けて、黄昏(たそがれ)の赤土路を歩き出している。これで日当仕事の半分は済んだじゃないか。もう一方の自分自身に強いてそう納得させながら。

 頭の芯(しん)がかすかに痛かった。

 

 午後七時。

 明るい盛り場のなんとか酒蔵という酒店の片すみに、人見莫邪はぽつねんと腰をおろしていた。酔いが中断されたまま醒めかかってきたので、やがて気持もしらじらしく、身体もぎくしゃくと硬(こわ)ばっている。随意筋が不随意筋に入れかわってゆくような、そしてそのまま板のように凝(こ)ってゆくみたいな違和感が、仝身にひろがってくる。莫邪はポケットに手をつっこんだまま、しきりに背筋をゴリゴリと壁にすりつけていた。告別式に出席するのも、ひどく億劫(おっくう)な感じであった。

 「どうして人間は、何か事があれば、直ぐにあんな風(ふう)に集まりたがるんだろうな」気持を引き立てようとしながら、莫邪はそう呟いていた。「やはりあれも一種の群居本能(グレガリアスハビット)というやつかな」

[やぶちゃん注:「グレガリアスハビット」英語“gregarious habit”。音写は「グレギャリアス・ハビット」に近い。“gregarious”は「群居する・群居性の・群生する・叢生する・集団を好む」の意、“habit”は「気質・性質」の意。]

 立てこんだ客の間を縫って、やっと小女がコップを運んできた。莫邪は不精たらしく背を曲げて、億劫な唇をコップの方に持って行く。一口ふくむと予想通り、それは迎い酒のようににがかった。それから彼はおもむろに手を出して、コップをわし摑(づか)みにする。顔をしかめて残りを一息に口に流し込む。そして大きく呼吸(いき)をはき、しばらく考え込むような、また反応を確かめようとするような顔付になって黙っていた。やがてそこへ二杯目が運ばれてきた。

「やはり行かなくちゃならないだろうな」

 身体のしこりがゆるゆるとほぐれてくるのを感じながら、莫邪は柱時計を見上げる。通夜(つや)はもう始まっている時刻であった。莫邪はうるんだ眼をコップに戻し、干将のことや、自分の家のことや、猫のヒッカキ板のことや、自分の就職運動のことなどを、暫(しばら)くあれこれと考えた。コップの中に入っているのは、透明な焼酎(しょうちゅう)である。「やはり行くことにしよう」二杯目をすっかり飲みほした時に、莫邪はやっと決心したように呟いた。もっともこれは初めから、チャンときまっていた事で、本当は呟くまでもないことであった。「行くだけでいいんだからな。ラクチンな仕事だ」

 足を引きずるようにして店を出ると、夜気がひやりと頰にふれる。しかし駅につく頃には、酔いが快く内側から弾いてきて、身体も軽くなっていたし、情緒もいくらか浮き立ってくるようであった。電車はかなり混んでいた。目的の駅につくまで、莫邪は吊皮にぶら下って、窓ガラスにうつる自分の顔ばかりを、しげしげと眺めていた。ガラスの中の顔の感じた、莫邪の表情の動きに呼応して、さまざま微妙に変化する。結局、うつむき加減に眼をするどくした表情が、莫邪には一番気に入ったと見えて、目的駅のエンジンドアが開くと、彼はその表情をくずさないように保ちながら、しずしずと歩廊に降り立っていた。そして改札口の方にあるくとき、人混みの間二十米ほど前方に、見覚えのある姿を見たような気がして、彼はぎょっとその表情を変えた。

 その小さな姿は、人混みの間をすりぬけるようにして、芝居の黒子(くろこ)みたいにチョロチョロチョロと動いていた。莫邪は思わずそこに眼を据えて、急ぎ足になった。

「あいつだな!」

 うす暗い歩廊の前方を、それは不吉な黒い翳を引いて、ちらちらと隠見している。帽子の恰好や服の感じからして、それはあの黒い紳士の後姿にまぎれもない。と思ったとき、ごちゃごちゃと改札を通る一団にまぎれこんで、その黒い姿はふっと見えなくなったようである。追っかけるように急ぎ足で改札口を通り抜け、莫邪は明るい売店の前に立ち止って、油断なく四周(あたり)をきっと見廻した。へんてつもない商店街が三方に伸びているだけで、黒服の後姿はもうどこにも見当らなかった。だまされはしないぞという眼付になって、莫邪はなおもあちこちの薄暗がりを、暫くにらみつけていた。

[やぶちゃん注:「俺は大探偵リングローズだぞ!」イギリスの作家(インド生まれ・プリマス育ち)イーデン・フィルポッツ(Eden Phillpotts 一八六二年~一九六〇年)の二篇の探偵小説「闇からの声」(“A Voice from the Dark”:一九二五年)と、Marylebone Miser(「メアリルボーンの守銭奴」。邦訳題では「密室の守銭奴」「守銭奴の遺産」)で主役を演ずる探偵John Ringrose。私は推理小説を特には好まないが、前者は擬似怪奇談仕立てで、一九七〇年の夏、中二の時、NHKの銀河ドラマで翻案放映されたの見て、直後に訳本を読んだのでよく覚えている。]

 犯人を探索する大探偵のような表情をつくり、莫邪ははっきりと声に出して、そう独り言を言った。それはつい二三日前読んだ小説に出てくる探偵の名であった。そして肩をぐいとゆすり上げると、おのずからものものしい歩き方になって、明るい街路に足を踏み入れた。干将の高等学校の友人で、酔余(すいよ)崖から落ちて死亡したという、川口某氏宅の方向である。酔いが適当に自分を鼓舞してくるのを感じながら、莫邪はサッサッと空気を切るようなおもむきで、道をその方向にぐんぐんと進んで行った。そして目じるしの洗濯屋の角から、身体をひるがえすようにして右へ曲りこんだ。その狭い凸凹道の入口には、夜だというのに、まだ近所の女の子たちが集まって、わらべ歌を唱和して遊びさざめいている。

 

  かってうれしい花いちもんめ

  まけてくやしい花いちもんめ

  みかんまとめて東京へおくる

  ふるさとまとめて田舎におくろ

 

 女の子の輪が、小さくすぼまったり、道いっぱいに拡がったりして、莫邪の進行の邪魔をした。莫邪はあぶなく溝(みぞ)板からころげ落ちそうになって、やっとそこをすり抜けた。女の子たちはそんなことには無関心に、しきりに道びに打ちこんで歌い呆けている。その唱和は澄みきって夜気を徹って流れた。

 

  いちりっとらん

  だんごくってし

  しんがらほっけきょ

  となりのナミコちゃんちょっとおいで

 

 (あいつらはもう汽車に乗りこんだかな)突然その歌の文句にうながされたように、ナミコ新婦の真白い両足の瞬時の映像が、はっとするほど鮮やかに、莫邪の網膜によみがえってきた。その幻の二本の映像は、赤や緑の色彩の中からパッとおどり出して、一瞬切なくわななきながら捩(よじ)れ合っている。そして次の瞬間、憎しみに似たどろどろしたものが、その映像をじわじわと隈(くま)どってくるのを、莫邪はぼんやりと感知した。頭をふってその妄想からのがれようとしながら、今度は新婦ナミコの白い丸顔が、さきの肉体の映像から切りはなされた形で、ぽっかりと記憶の中から浮び上ってきた。それはとりすました新婦ナミコの顔ではなく、眼鏡をふっ飛ばされたときの、瞼がぼったりとふくらんだあの表情である。そのむきだしになった双の眼は、なにかを求めるように、たよりなげにまたたいている。(あれは好色そうな眼付だったな)気持がそこにつながるのを忌々(いまいま)しく感じながら莫邪はそう思う。しかし眼付それ自身が好色なのか、それを眺めている自分が好色なのか、ふと彼はとまどう気持になっている。そして莫邪はわざとらしい空ぜきをしながら、ポケットから仔細らしく地図をとり出して道をたしかめた。(しかし近眼の女が眼鏡をはずすと、一律に好色な眼付になるのは何故だろう?)

[やぶちゃん注:先の二つの「花いちもんめ」の前者の歌詞の後半は、私は唄った記憶がないのだが、調べたところ、長野県在住の女性のブログと思われる「桔梗原」の「花いちもんめ」の記事に、よく似た『♪みかんキンカン東京に送る ♪ふるさとまとめて田舎に送る』とあった。後者は本篇のシークエンスとしての繋がりから、最後の「となりのナミコちゃんちょっとおいで」から「花いちもんめ」の続きの歌詞ととったが、前三行の歌詞は、所謂、少女の手毬唄のそれを少女たちが流用した合成ものと思われる。サイト「世界の民謡・童謡」の「いちりっとらい(いちりっとらん) らいとらいとせ しんがらほっけきょ 夢の国♪」を参照されたいが、本歌詞と似たものでは、静岡県焼津市採取の、『いちりっとら らっきょうくってし』/『しんがらほっけきょの とんがらしんがらほい』というのが近いか。]

 歩いてゆくにつれて、道はますます暗くなり、夜気はいよいよ冷えてくるようであった。また生籬ばかりがつづく小路となったらしく、燈影はあたりからほとんど射してこない。真黒な路面は凸凹のまま、靴の下で凍った音を立てている。もはや大探偵リングローズの面影は消え、異土に迷いこんだ旅人みたいなあやふやな表情になりながら、莫邪は一歩々々を探るようにして、暗い露地を進んでいた。そこらの暗がりから、あの黒い紳士の化物じみた姿が突然現われそうな予感が、やがて莫邪の神経をじりじりとおびやかしてきた。その予感に対抗するように、闇にむけて眼を大きく見開きながら、莫邪は自分の考えの脈絡を、ふたたび昼間のあの奇妙な祝賀会の方へ引きもどそうとする。(あるいはみんな無意識裡に、新郎新婦のありかたを嫉妬したり憎悪したりしていたんじゃないかしら)その思いつきが突然莫邪にやってきた。その考えはいくらか彼の胸を苦しくもし、また同時に彼の頰をぶよぶよとゆるめてもきた。精虫を欠如した精液みたいに、たんに不潔なだけで全然無意味などろりとしたものを、そして莫邪は自分の内部にありありと感じ、また人々のなかにありありと感じた。咽喉(のど)の内側の軟肉が収縮したように、ギュツという生理的な音をたてた。(それにしてもあの奇妙ないさかいは、どうして起ったのだろう?)便所から戻ってきた時の、あの宴席のささくれだった不毛な感じの雰囲気を、莫邪はなにか嗜虐(しぎゃく)的な気分におちながらまた憶い出している。人生というものは、何も知らないで通り抜けてゆくのが大部分だから、その設問もほとんど無意味な筈であった。しかし莫邪は手探るようにその情景を反芻(はんすう)し、いきりたった声々の響きや、こぼれ酒を吸い上げた灰色の雑巾(ぞうきん)のにおいや、黒服の男のタラバ蟹の脚に似た腕の印象などを、しみじみと反芻した。それはやがて酔余の嘔吐(おうと)のときのような収縮性の苦しさと放散的な快感を、同時に莫邪の胸にもたらしてきた。つづいて思いつくままを彼は声にしてつぶやいてみた。

「光というものは、あれはいやらしく奇妙なもんだな。ことにあの人工の光線ときたら――」

 電燈がパツとともったあの瞬間の感じを、莫邪はありありとよみがえらせながら、闇の中でわざとらしく顔をしかめている。あの寸前に黒服の男は、鼠のように遁走(とんそう)してしまったのだ。いや遁走という感じはあたらない。ウミを持った傷口が、いよいよ熟し割れて、おのずからトゲを排出するように、あの男は宴席から自然と排出されてしまったんだ。そうだ。するとあの電燈の下に残っていたのは、このおれも含めて、もう御用済みのウミ共ばかりだった訳かな。だからあんな風(ふう)に、ぬけがらみたいにうつけた顔をして、どろどろどろと玄関に流れ出てきたわけだな。酔った頭の遠くの方で、なにかがしきりに合点々々しているのを感じながら、その時莫邪はふと顔を上げて立ちどまった。闇のなかにくろぐろとつづく屋並みの、眼前の一軒だけがあかあかと燈を点じて、黄色い光がその前の露地をほの明るくしているのである。干将の地図の見当からしても、その家が目的の川口家らしい。見ると立ちどまったすぐ傍の電柱に「川口家」と書いた紙片が貼られ、その下に描かれた指さしている手の形が、まさしくその家の玄関を指している。莫邪の眼はそれを見た。あたたかそうな光がその玄関から流れ出て、その燈色はいきなりやわらかくしっとりと莫邪の眼に沁み入ってきた。暗闇の妄想から解き放たれて、楽章の休止のように、思いがけない素直な平静さがとつぜん胸にみなぎってくるのを感じながら、莫邪はしずしずと足をうごかして、自然石の石階をのぼった。先刻のわらべ歌のかろやかな韻律が、その歩調とともに、彼の皮膚にしずかによみがえってきた。その幻の歌声は現実のそれよりも、はるかに縹渺(ひょうびょう)と澄みわたっていた。

 

  いちりっとらん

  だんごくってし

  しんがらほっけきょ

  となりのナミコちゃんチョットおいで

 

 しかし石階をのぼり切って、玄関のガラス扉をそっと引きあけたとき、莫邪の胸はどきんと波打って、思わず足が立ちすくんだ。玄関のコンクリートの床の上、ずらずらと並べられた通夜の客の靴の中に、見覚えのあるれいの黒い長靴が、男のガニ股の形そのままに、傲然(ごう)と突っ立っていたからである。その時玄関の奥の方から、なにかたのしそうな男たちの笑い声が、どっとあふれるようにこちらに流れてきた。通夜の宴がたけなわなのであろう。

「ここにも黒い紳士がいる!」

 莫邪はそっと敷居をまたぎ、肥った自分の身体を玄関の内に運び入れた。靴の裏皮に食いこんだ小石が、コンクリートの床面に摺(す)れて、ギチギチと厭な音を立てる。駅の歩廊でみとめたのは、莫邪の酔眼の見違いではなく、やはりあの黒服の後姿にちがいなかったようである。山形某も川口某も人見干将の友人であるのだから、黒い紳士が両者に対して、同じく友人であるということもあり得るだろう。それを厭らしい偶然だとは、莫邪は毛頭考えなかった。ただそこに脱ぎ捨てられた黒い長靴の形に、莫邪は胸の内側に一瞬ぼんやりした不快な焮衝(きんしょう)のようなものを感知して、思わず眼をそこから外らした。この通夜の宴席で、この長靴の主は、どんな役割を果たそうとしているのだろう。頭のすみでチラとそんなことを考えながら、莫邪は姿勢をととのえ、奥の部屋にむかって低い声で案内を乞うた。なんだか自分の声じゃないような気がしながら、莫邪はその呼び声を二三度くり返した。

[やぶちゃん注:「焮衝」本来は「身体の一局部が赤く腫れて、熱を持って痛むこと・炎症」の意。換喩。]

 

     溶 け る 男

 

 川口玩具製造工場主・川口真人(まさと)は、ある夜、自分の工場宿直室において、小使夫婦を相手に、約三時間にわたり、焼酎一升を酌(く)みかわした。小使老夫妻の勤続五周年をねぎらうためである。

 川口真人は学生時代、水上競技の選手をやった位だから、体軀も堂々として、酒も相当につよい。しかしその夜は、小使夫婦があまり飲まなかったし、川口自身の空(す)き腹のせいもあって、酔いの廻りがなかなか早く、瓶が残り少なになる頃から、呂律(ろれつ)が廻らなくなってきた。身体も言うことをきかなくなったらしく、便所の行き帰りなどにウオオウオオと唸(うな)り声をはり上げて、工場の板の間をごそごそと這(は)い廻ったりした由である。その揚句、宿直部屋を妓楼の一室と思い誤り、妓(おんな)を三四人呼べと強要し、小使夫婦をたいそう困らせた。

 工場の宿直室から、宵(よい)果てて、川口真人がどの道を通り、どんな風(ふう)にして帰って行ったかは、一切わからない。

誰も知らない。

 そして翌朝早く、この川口工場主の身体は、方角違いの某駅近くの崖下に、横たわって発見された。墜落(ついらく)したままの姿勢で、彼は顔を半分泥に埋め、すっかり息絶えていたという。

「保線工夫の方がそれを見、つけて――」黒い絹地の袖口から、白い襦袢(じゅばん)のふちを引出して、トミコ未亡人は眼の下をちょっと押えて見せた。黒白の布地はふれあって、さらさらと乾いた音を立てた。「すぐ警察に連絡して、それで警察からこちらへ、電話で知らせがありましたのですの」

 窮屈そうに膝をそろえて、人見莫邪はそれを聞いている。肥っているので、坐ると洋服の膝が盛り上ったようになる。その膝にのせた掌の血色もよすぎるし、額や頰の皮膚もほのぼのとあからんでいる。この男はここに来る前に、どこかで一杯飲んできたに違いないと、トミコ未亡人はとっさに見当をつけてしまっていた。莫邪は手をもじもじと上げて、カラーと頸(くび)筋の間に指をさしこみ、それを弛(ゆる)めるような動作をしながら、チラチラと祭壇の方を眺めていた。祭壇の正面には、故川口真人の大きな引伸し写真が、取澄ました顔をこちらに向けていた。低いわざとらしいせきばらいが二つ三つ、莫邪の咽喉(のど)から洩(も)れて出た。

「それで、やはり――」器用に追悼の表情がつくれなくて、莫邪は困ったような声を出した。「やはり、その、ずいぶんお酔いになったんで、それで――」

「間違って、おっこちたんですわ。それに生憎(あいにく)とあの夜は、闇夜でございましたし」と未亡人はくやしそうな声でひきとった。「工場の方で気を利かせて、引きとめてさえ呉れれば、まさかこんな羽目にはねえ――」

「そうです。そうです」初めて共感できた顔つきになって、莫邪はしきりに合点々々をした。そしてそれでもすこし言い足りない気持になって、急いで言葉をついだ。「こんなことは、はたの者が、よく気をつけて上げなくちゃあ。とにかく、板の間を這ってあるくほど、お酔いになっていらっしゃったそうだし――」

 三間つづきの部屋の、仕切りの唐紙(からかみ)を全部とりはずして、細長い通夜の座となっている。祭壇がしつらえてあるのは、その一番奥である。祭壇のそばに、黒金紗(きんしゃ)の喪服をまとって、トミコ未亡人がきちんと坐っている。喪服がよく似合って、頸筋がぬけるように白い。そのつややかな皮膚のいろは、人世の幸福とでもいったようなものを、瞬間何となく莫邪にかんじさせた。それをごまかすように莫邪は眼をパチパチさせ、頭をかるく下げながら、ことさら殊勝な声を出した。

「本来ならば、兄が参上する筈でございましたが、今夜はとりあえず、私が代理といたしまして――」

 しびれた膝を横にずらして、莫邪はやっと祭壇にむきなおった。香炉からは焼香の煙が、幽(かす)かにゆらゆらと立ち昇っている。ポケットから香奠(こうでん)包みを二つとり出して、作法通り台の上にそっと積み重ねた。兄のぶんと、自分のぶんのつもりなのである。そして莫邪は両掌を合わせ、顔をすこしあおむけて、額に入った写真をしばらく眺めていた。写真の川口真人氏の顔は、口を真一文字にむすび、アザラシみたいな表情でじっと莫邪を見おろしている。

(――なんてリアリティのない顔だろう!)

 そう思いながら、やがて莫邪はそこから眼を外らして、こんどは銀色の造花のはなびらや焼香台の上のものを、吟味するように眺め廻していた。台の端のところに、玩具の小さな象や狸(たぬき)や熊などが、五六箇ならべて飾ってある。その不似合いな配置が、ふと莫邪の視線をとらえた。それら玩具の動物たちは、そろって祭壇の方に尻をむけ、その小さく透明なガラスの目玉で、通夜の座のざわめきを無感動に見張っている。自分が見詰められているような気がして、莫邪はちょっとたじろいだ。側からトミコ未亡人のしずかな声がした。

「これが今度つくった、工場の新製品なんでございますのよ」

 次の部屋から、居並んだ弔間客たちの話し声や笑い声が、にぎやかに流れてくる。皿や盃の鳴る音もする。莫邪はぴょこんと仏前に頭を下げて、なにかあわてたように厚ぼったい座布団をすべり降りた。その動作を、未亡人の眼がつめたく眺めている。やっと役目を果たした面(おも)もちになって、莫邪は膝の上でなんとなく掌をこすり合わせた。

「ご焼香ありがとうございました。さ、どうぞこちらヘ――」

 そう言って未亡人が手をあげたので、黒い喪服の袖口からなめらかな二の腕が、しろじろとすべり出た。まぶしそうに顔をそむけて、莫邪は通夜の宴の方に眼をうつした。

そこらは莨(たばこ)の煙がいっぱいこもっていて、人影がちらちらと揺れたり動いたりしている。その中に黒っぽいひとつの姿を、彼の視線は寸時にしてとらえていた。腰をなかば浮かしながら、そこに眼を据(す)え、莫邪は思い切り悪くたずねてみた。

「あの黒い服を着た方も、やはり御主人の、学校時代のお友達かなにかで――」

「いえ。あの方は――」と未亡人の軀(からだ)がしなやかに伸び上る気配がした。「あの人はたくと、たしか御同業の方なんですのよ。やはり玩具の方の関係で――」

 莨の煙をゆるがしながら、あたらしい弔問客が部屋に入ってきたので、会話がふいにそこでとぎれてしまった。そこで莫邪は敷居ぎわまで後ずさりして、不器用に立ち上った。脚がしびれて、すこしよろよろする。そばの柱につかまりながら、この通夜の宴に加わるべきかどうか、莫邪はふととまどう表情になっている。あの黒服の男をのぞけば、見渡す通夜の客たちは、彼の見知らぬ顔ぶればかりであった。

 祭壇のそばでトミコ未亡人が、新参の弔問客にたいして、亡夫の横死の前後の事情を、再びくどくどと話し始めている。さきほど莫邪が聞いたその話と、順序から口調から、それはそっくり同じであった。喪章をつけたその歳若い客人は、先刻の莫邪と同じく、頭を垂れたかしこまった恰好で、それに神妙に聞き入っている。柱につかまったまま、よく動く未亡人のうすい唇を、莫邪は横目でチラとぬすみ見た。

「退屈な夜だな。もう帰ろうかな」未亡人の前では殺していた酔いが、じわじわと身内に戻ってくるのを感じながら、莫邪は口の中でうんざりしたように呟いた。「しかし帰るのも勿体ない話だな。香奠は払ったんだし――」

 通夜の座はすでに闌(た)けて、乱れを見せ始めている様子であった。酒盃やコップがしきりにやりとりされ、話し声や笑い声が雑然と湧き起っている。座の温気(うんき)にむされて、外気をさえぎるガラス戸の表面には、つぶつぶの水滴がいくつも宿り、するすると流れ落ちている。夜気のつめたさを、それは思わせた。莫邪はしずかに次の部屋に足を踏み入れた。

 

「どこかでお見受けしたようですな。ええと、どちらでしたかな」

 莫邪が盃を乾すと、かさねて徳利をつきつけながら、黒服の男はそう言った。貧乏ゆすりをしながら、ひどくうれしそうな、浮き浮きした声である。上機嫌に眼をあちこち動かして、落着いて返事を聞こうとする様子もない。

「ええ。さきほど、昼間にね」

 どうでもいいような気分になって、莫邪はそう答えている。そしてまた盃をぐいと乾(ほ)してしまう。安手な素焼の大きな酒盃であった。黒服の男が伸ばした徳利の口が、再びその縁にコツンとぶつかってくる。

「さあ、さ。早く飲まなくちゃ」

「大きな盃ですな。これは」

「なあにね、これは駅売りの茶瓶の蓋(ふた)ですさ」と黒服の男は肩を揺すって大声で笑い出す。「川口って奴は、ケチな男でね。旅行に出たって、そんなものを一々持って帰るんだ」

 莫邪の右手の方では、二三人の男が額をあつめて、切れたトカゲの尻尾は生きているかどうかということを、しきりに議論しているし、左手の席では、眼鏡をかけて顔のしわくちゃな男が、気狂い病院の話を、手振りを交えて相手に聞かせている。

「息子が気狂いだというんでね、その親爺さんが、息子をだましだましして、松沢病院に連れこんだとさ」

「ふん。ふん。それから?」

「そしたら診察の結果ね、息于さんは無事に帰されてさ、親爺さんが病院に入れられたという話なのさ。嬉しい話だね」

[やぶちゃん注:「松沢病院」東京都世田谷区にある精神科専門病院として古くより知られた都立松沢病院。現在は他の各診療科を備えた総合病院となっている。それまで東京市巣鴨にあった精神病院である東京府巣鴨病院が大正八(一九一九)年に現在地に移り、「東京府松澤病院」として診療を始めたのが始まりで、敷地面積も広大で、分棟式建物が並び、当時から開放病棟や作業場が建てられているなど、先進的な精神病院である。「松沢」は原立地の旧村名(当該ウィキに拠った)。]

 黒男は大きな笑い声を立てながら、莫邪にむきなおる。

 「そうだろな。なにしろケチな男さ。勤続五年のお祝いに、焼酎一本だとよ。その揚句に、崖からおっこちたりしてさ。ふふん、だ」

 それから暫く時間が経つ。莫邪はぼんやりした眼付で、向うの祭壇の方を眺めている。敷居や鴨居(かもい)にくぎられて、祭壇のある次の間全体が、額縁に入った異質な別世界のように見える。そこにトミコ未亡人が先刻と同じ姿勢できちんと坐っている。その喪服姿はふと遠近感をうしなって、べったりと平たく眺められてくる。言いようもない退屈な感じが、そこらにうすうすとただよっている。そして祭壇の奥からは、川口真人の照影が、無意思な視線をこちらにそそいでいる。莫邪は急に酔いが廻ってきて、死んだ章魚(たこ)のように身体がだるくなってくるのを、ありありと自覚した。

「板の間をゴソゴソ這ったりして、さ」莫邪は盃をおいて、誰にともなく口真似をしながら、両手で畳のケバをそっとかきむしってみる。「ふん。きっと玩具の熊の真似をしたんだな、あの工場主は」

「台湾の葬式には、泣き女というのがいてね」別の声がキンキンと耳の中に入ってくる。こちらに話しかけているのかどうかは判らない。「それが代表して泣いて呉れるんだよ。日当をもらって、葬列の先頭に立ち、ワアワア泣いて歩くんだ」

「悲しくもないのに、よく泣けるもんだね」

「そりゃ泣けるさ。ふだんから練習しているんだからね。でも、泣くってことは、大してむつかしいことじゃないさ。本来笑いと同じタチのものなんだ」

[やぶちゃん注:「泣き女」葬式に際して雇われて号泣する女性。現在の日本では職業としては存在しないものの、旧習として存在し、中国・朝鮮半島・台湾・ベトナム及びヨーロッパ・中東など、汎世界に散見される伝統的な習俗で、嘗ては職業としても存在していた。詳しくは参照した当該ウィキを見られたい。]

 時間がのろのろと動く。莫邪は柱にもたれて、鬱然とあぐらをかいている。その右の膝がいつの間にか、ひとりでに貧乏ゆるぎをしている。莫邪はそれを動くに任せながら、忌々(いまいま)しく視線をそこにおとしている。そして思っている。(すこし変だな)すり切れかかったズボンの膝頭が、そこだけ独立した生き物のように、しきりに小刻みに律動している。(これが動いていることだけが、今は確実なようだな。しかしそれにしても――)

 「日本という国は、つまり早く亡びてしまえばいいんだ」

 向う側から太いだみ声がやってきて、それがいきなり莫邪の思念を断ち切ってしまう。頭を総髪にした大きな顔の学者風の男が、小型の本のある頁を掌でピタピタと叩きながら、勢いこんでしゃべっている。

「この小説の中に、ペチェネーグ人というのが出て来るんだ。その註に、こういう説明がしてある。その説明がよ、ほんとに、おれの気に入ったんだ。いいか。読むぞ。中世ヴォルガ、ドナウの間に遊牧生活を営んだトルコ系の民族。近世に入って近隣諸民族の圧迫を受け。いいか。遂にはマジャール族と混淆して跡を絶った。な、跡を絶ったとさ。いいじゃないか。サッパリしていてさ。跡を絶つんだってさ。まことにサッパリしたいい言葉だ。そこで我が大和民族も――」

[やぶちゃん注:「ペチェネーグ人」当該ウィキによれば、「ペチェネグ」(Pechenegs:英語)は八世紀から九世紀に『かけてカスピ海北の草原から黒海北の草原(キプチャク草原)で形成された遊牧民の部族同盟』及びその構成民族の名。九『世紀末に遊牧民のハザール人とオグズ人の圧迫によって黒海北岸の草原に移住し、そこからフィン・ウゴル系の遊牧民マジャル人(後のハンガリー人)』(☜)、『ならびにスラヴ系の農耕民ウールィチ人、ティーヴェルツィ人を追い出した』。十『世紀を通じて』、『キエフ・ルーシ、ブルガリア、ハンガリー王国、ビザンツ帝国などの隣国と抗争を繰り広げた』。十一『世紀末に、遊牧民のポロヴェツ(クマン、キプチャク)に圧迫されて』、『ドナウ川を越え、ビザンツ帝国領内へ移住した。残った人々は、ポロヴェツに同化した』。『ペチェネグ人の系統に最も近い現存する民族はガガウズ人である』とあり、『「ペチェネグ」とはテュルク系の言葉で「義兄弟」を意味する』とある。]

 莫邪はしだいに瞼が重くなってくる。疲労と酔いがかさなって、全身の筋や関節から、力と張りをうばって行くらしい。時々引っぱり上げるように瞼を見開いて、彼は盃の方に手を伸ばす。祭壇のある部屋は、さっきと同じくきちんと仕切りにおさまっていて、トミコ未亡人の姿がその片隅に、象眼(ぞうがん)されたように端然とすわっている。盃をとる度に義務のように、莫邪はその方に眼を走らせる。

(辛いだろうなあ)その度に莫邪の皮膚の表面をそんな思いがちらと駆けぬける。(皆がこうして楽しく飲んでるというのに、罰を受けた生徒みたいに、あそこに坐っていなくてはならないなんて)

 しかしあの祭壇の部屋と、こちらの宴会の空気の食い違いも、もうそれほど莫邪は気にならなくなっている。古風で陰気な絵が壁にかかった居酒屋だと思えば、すっかりラクな気持ではないか。その莫邪の肩を、前に坐ったあの黒服の男の掌が、やがて勢よく叩く。

「おい。眠ってるのかあ。しっかりしろよ。おい」

 いつか座は雑然と乱れ果て、人影がそこらを行ったり来たり、またぼつぼつと櫛(くし)の歯がかけるように、立ち上って帰って行く客もあるらしい。戸をあけたてする毎に、玄関の方からひやりとつめたい空気が流れてくる。その都度莫邪はびくりと頰を動かして、柱から頭をもたげる。がやがやした騒音も、もはや大部分は素通りするだけで、いっこうに莫邪の耳の底にたまってこない。莫邪はけだるく鈍磨した心の片すみで、さっきの話の中の泣き女のことなどを考えている。日当を貰って泣いて見せるなんて、なかなかいい商売だな。こういう商売は、失業する憂いはないだろうなあ。考えがそこらあたりを堂々めぐりして、すこしも先に進んで行かない。しかし自分が失業中の境遇であることが、こんな酔いの底でも、まだ莫邪の胸をにぶく押しつけている。それがこの一座の溷濁(こんだく)した空気とあいまって、根源のない悲哀じみた感じとなって、ともすれば膜のように莫邪の全身をつつんでくる。日曜日の夜小学生がかんじる悲哀に、それはどことなく似かよっている。何しろ久しぶりに、しかも昼間からぶっつづけに飲んだんだからな、と思いながら、莫邪はなげやりな手を伸ばして、また素焼の盃をとり上げる。乱立した徳利もほとんど空になっていて、横だおれになったり、畳にころがり落ちたりしている。

 向うの方で、誰かが呂律(ろれつ)の乱れた調子で、俗謡をうたい出す声がする。

 黒服の男は歯をむき出して、間歇的(かんけつてき)に鶏のような笑い声を立てながら、しきりに洋服の袖をまくっている。

「愉快だなあ。ええ。今夜という今夜は」

 剛(こわ)い毛が密生したタラバ蟹みたいなその腕は、酔って血管がふくれ上って、全体が赤黒く変色している。なにか無責任な放恣(ほうし)をたたえ始めた一座の空気の頂角で、この黒男は唇のはしに白い唾をため、キョロキョロとあたりを見廻し、うきうきとしゃべったり笑ったりしている。

「ええくそ。こんな愉快な宴会は久しぶりだぞ。よし。ひとつ俺が、おどってやろうか」

 男が腕をふりまわす度に、アカギレの膏薬に似たにおいが、かすかにそこから流れてくる。鼻にこもってくるような、妙に刺戟的な体臭だ。そのにおいを嗅いだだけで、莫邪は突然この男を憎む気持になっている。布団のなかでふと自分の体臭を嗅ぎ当てたような、そんなやり切れなく屈折した嫌悪感が、莫邪の眉根を瞬間にくもらせている。

「人が死んだってなあ、しょげることはないさ」男の腕がはずみをつけて、莫邪の肩をがくがくと揺すぶる。「人が死んだってことは、残りの人間が生きてるってことさあ。なあ。そうだろう。なあ、おい」

「しょげてなんか、いるもんか」

 眉をしかめたまま、莫邪はそんなことを口の中で、もごもごと呟く。そしてしょげていない理由を説明しようとして、急に面倒くさくなってしまう。

 

 午後十時。人見莫邪の朦朧(もうろう)たる視界。

 そこに誰かが立って、卓をふまえるようにして、演説している。故川口真人の徳をたたえ弔意を表しているらしいのだが、あたりががやがやしているし、入れ歯が抜けたような声なので、なにをしゃべっているのかさっぱり判らない。

 れいの黒服の男は上衣を脱ぎすてて、足をぴょんぴょんさせながら、そこら中を踊り廻っていた。座についている客は、もうほとんどない。

 酒肴(しゅこう)のたぐいはおおむね片づけられて、火鉢や空膳だけがばらばらと残っている。危い足どりでその間隙を縫いながら、その黒い姿は手を伸ばしたり縮めたり、足を交互にはねあげて、出鱈目(でたらめ)な踊りをおどっている。

 ふらふらする足を踏みしめて、玄関に出る敷居の上に莫邪は立っている。もうそろそろ帰ろうと思うのだが、今眼の前のこの風景は、しごくありふれたような、また奇怪極まる状態のような気もして、どうもそこらがハッキリしない。自分がここに立っていることすら、ふしぎに現実感がない。

「――いちりっとらん。だんごくってし」と黒服の男はどら声をはり上げながら、ひょいひょいと奥の間の方に飛ぶように踊って行く。「しんがらほっけきょ。ほうほけきょ」

 川口未亡人にも一度あいさつして帰るべきかどうか、莫邪は乱れた頭でふと迷っている。むらがりおこる騒音が、頭の外側にあるのか、内側で鳴っているのか、とにかく莫邪の神経をざわざわとかきまわしてくる。……誰かがしきりに押してくれるような気がする。押されたまま無抵抗に莫邪は動いているー。――

 そしていつ靴を穿(は)いたのか、どうやって玄関を出たのか、莫邪は模糊として記憶がない。いつの間にか、ふわふわする地面を踏んで、彼はよろよろと歩いている。眼の先は悪夢のように溷濁(こんだく)して、うすぐらく揺れている。道を間違えたらしく、なんだかひろびろしたところに出たようである。夜の光がその広がりをぽんやりと明るくしている。そして莫邪の肩に、腕がかかっている。ひどく重い。誰かが莫邪の身体にとりすがるようにして、並んでよろめき歩いている。

「まだ、遠いのかあ」声がすぐ横から聞えてくる。あえぐような苦しそうな声だ。「道は、これで、いいのか」

「お前がいいって、言ったんじゃないか」

 反射的に莫邪はそう答える。隣の男は息使いを荒くして、黙って足を引きずっている。ここをまっすぐ歩けば、駅に出るのかどうか、全然わからない。莫邪の鼻に、あの膏薬を熟したようなにおいが、ぷんと揺れるようにただよってくる。あの男だな、と莫邪は思う。思っただけで、ただそれだけだ。夜気がひりひりと額につめたい。

「――もう、ここでいい」突然ふいごのように呼吸をはずませながら、その男がとぎれとぎれ言う。急にその軀(からだ)がぐにゃぐにゃと手応えがなくなって、悲鳴を上げるように、

「こ、ここでいい。ここ。が、おれの家だよ。早く寝床にねかせてくれえ」

 男の掌はそのまま莫邪の肩から、ずるずるとずれ落ちる。ぼろ布(きれ)のかたまりみたいになって、濡れた柔かい枯草の上にくずれ折れてしまう。急に莫邪の身体はかるくなる。

 草原にうずくまって、男の軀(からだ)は洋服の中でガタガタとふるえているらしい。歯がカチカチ鳴っているのが、かすかに聞えてくる。莫邪はその瞬間、ある光景を脳裡に髣髴(ほうふつ)と思い浮べている。四角に仕切られたあの祭壇のある部屋。香の煙がゆれるだけで、あとはひっそりと鎮(しず)もっている。喪服姿の未亡人が石像のように、その片隅に端坐している。でたらめなわらべ歌をうたいながら、黒服の男が手足をぴょんぴょん動かして、その部屋に入ってゆく。歯がカチカチ鳴るような音。そして未亡人のまわりをぐるぐる踊ってあるく。いちりっとらん。踊りながら男は猿臂(えんぴ)を伸ばして、端坐した未亡人の頰ぺたを一寸つつく。ぬめつくような皮下脂肪。しんがらほっけきょ。男の脚が未亡人の腰に、よろめくふりをして、ぐりぐりと押しつけられる。未亡人の姿体がくずれて、笛のような悲鳴があがる。とたんに額縁ががらがらと崩れて、水面を引っかき廻すように、その光景は微塵(みじん)に分裂し四散する。これは現実の光景なのか。倒錯した記憶がつくりあげた、虚妄(きょもう)の場面なのか。――

「――寒いよう。寒いよう」脚の下から男がかすかにうめき声を上げている。「寒いよう。早く布団(ふとん)を着せてくれよう」

 莫邪はギョツとして脚下をすかして見て、すぐ頭を上げて忙しく四周(あたり)を見廻す。布団はどこにあるのか。どこにしまってあるのか。周囲は薄暗くひろがった枯草原のように見える。どんなに眼を見張っても、町外(はず)れにぽっかり空いた小広場のような感じしかしない。ここにはだいいち、布団をしまうような押入れすらないではないか。「寒いよう」十間[やぶちゃん注:約十八メートル。]ほど先に、小さな建物らしい黒い影が見えるだけだ。薄黝(うすぐろ)いもやがかかったように、そこらもチラチラとはっきりしない。寒気が急に脚下から莫邪の膝にはいのぼってくる。なにかが追っかけてくるような気がして、思わず地団太を踏みたくなる。声がうめく。

「――早くなにか呉れえ。溶けてしまいそうだ。……ああ……おれは溶けてしまう……溶けてしまうよう」

 溶けたら大変だ。暗がりのなかで、莫邪は顔色を変え、凝然(ぎょうぜん)と立ちすくむ。溶けたら大変ではないか。早くどうにかしなくては。莫邪はピョンと飛び上って、建物らしい黒い影の方角に走り出す。枯芝が靴先にしきりにからまってくる。一目散に走っているつもりなのだが、身体の中心があやふやなので、家鴨(あひる)みたいによたよた進んでいるに過ぎない。つまずきそうになって、やっと莫邪はそこにたどりつく。窓もない暗く小さな建物。ざらざらしたセメントの壁。ただそれだけ。そこらいっぱいに排泄物の臭気がわっとみなぎっている。どう考えても、と壁に荒い呼吸をはきかけながら莫邪はつぶやく。こいつは共同便所じゃないか。押入れなんかであるものか。背後のさっきの地点から、男のうなり声が断続して、莫邪の耳にとどいてくる。莫邪はあわててふりかえる。大きな掌のような植物の葉が、ふと莫邪の手につめたく触れる。八ツ手の葉。莫邪の両手は反射的にいそがしく動いて、その八ツ手の葉をいくつもいくつも引きちぎる。そしてそれを束にして、呼吸をはずませて男のところにかけ戻ってくる。

「溶けるよう。ほんとに、溶けてしまうよう……」

 傷ついた獣のようなうなり声の上に、莫邪は大急ぎで八ツ手の葉をかぶせてやる。四枚、五枚、六枚。男の黒い躯は先刻よりも平たくなって、容積もぐんと減じている。月が雲から出たのか、四周(あたり)がすこしずつ明るくなってくる。男の軀は半分ぐらいに、減ってしまったようだ。駈けて一回往復しただけで、頭がふらふらして、前後もあやふやになっている。呼吸をはずませながら、しかし莫邪は自分では確かなつもりで、脚下の黒いかたまりに眼を近づける。そこらでプチプチプチとかすかな音がする。そして堪え難そうに男がまたうなる。これは身体が溶けてゆく音ではないか。莫邪は我を忘れて又飛び上って、黒い団子のように枯草原を便所の方に駈けてゆく。そして二分ほどして、ハアハアとあえぎながら、八ツ手の葉の束をかかえて駈け戻ってくる。そしてあわててそれらをばらばらと、男の軀の上にかぶせてやる。

「……溶けるよう。溶けてしまうよう……」

 男の声はだんだん幽かに、だんだんもの哀しくなっている。確かに更に容積が小さくなったようだ。黒い男の洋服は、中味を盗まれた米袋みたいに平たくなり、ズボンなどはほとんどぺちゃんこになっている。莫邪はぎくりとする。八ツ手の葉がその上に、不気味な掌のように、いくつも重なり合っては乗っている。莫邪は思わずはげますように口走る。

「――溶けないで。まだ溶けないで!」

「……溶けるよう。溶けるよう……」

 莫邪はまた走り出す。汗ばんできた顔で寒気を押し分けながら、一生懸命に走って行く。葉をいっぱい両手にかかえて、駈け戻ってくる。そしてまた駈け出す。心臓が破裂しそうになって、駈け戻ってくる。葉の束のまま地面にとり落して、そして、莫邪は胸郭を烈しく起伏させながら、声にならない嘆声を洩らす。

「――もう、すっかり、溶けてしまった」

 散らばった八ツ手の葉の下で、黒い姿は完全にぺちゃんこになり、もううめき声も聞えないし、身動きもしない。黒々とした枯草に吸いこまれたように、男の軀はすっかり体積を失ってしまっている。この見知らぬ草原に、唯一人になったことに気付いて、突然言いようもない寂寥感(せきりょうかん)にとらわれて、莫邪は思わずあたりを見廻している。この小暗い闇の色は、なんとしんしんとして、なんとひえびえとしていることだろう。背中や腹のべたべたした汗が気味悪く冷えてくるのを感じながら、莫邪はも一度脚下のふしあわせな同行者の残滓(ざんし)に、しみじみと顔をちかづける。散乱した八ツ手の葉の間から、小さな南京玉みたいな粒が二つ、くろく幽かに光っている。それだけを残して、あとの部分は、すっかり地面に同化し溶解し去っている。莫邪は肩をおとして、声を出して大きく溜息をつく。

「目玉だけ残ったって――」痛いような悲しいような気分になりながら彼は思う。「もう仕方がないさ。このおれだって、一生懸命にやったんだもの」

 もうこの位でいいだろう。莫邪は脚をあげて、男が溶解したそこらの地面を、八ツ手の葉の上から二三度踏みならす。そしてくるりと背をむけて、完全な孤独な酔漢の歩きかたになり、燈も見えない闇の中を、泳ぐように歩き出す。

 

2022/09/10

ブログ・アクセス1,810,000突破記念 梅崎春生 山名の場合

 

[やぶちゃん注:昭和二六(一九五一)年十一月号『群像』に発表された。既刊本には収録されていない。

 底本は「梅崎春生全集」第三巻(昭和五九(一九八四)年七月沖積舎刊)に拠った。本篇は梅崎春生の作品の中では、相対的にルビが多い作品である。

 傍点「﹅」は太字に代えた。文中に注を添えた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、本日、先ほど、1,810,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

   山 名 の 場 合

 

     

 

 まず五味司郎太のことから始めましょう。

 五味司郎太という男の頭は、ちょっと一風変った、なかなか印象的な形をしています。一目見ると忘れないほどです。どんな形かと言うと、つまり左右にだけ拡がっている。うしろは平たく切り立っている癖に、前から見ると、不自然なほど鉢が開いている。灰色がかった毛髪が、そこら一面にぼやぼやと密生していて、いわゆる巾着頭(きんちゃくあたま)というやつです。きっと赤ん坊の頃、上ばかり見て寝ていたに違いありません。これは当人のせいでなく、きっと母親の責任でしょう。

 いつか学校の忘年会の折、年寄りの博物の教師がひどく酔っぱらって、五味司郎太の頭に抱きつき、このが頭蓋骨(ずがいこつ)をどうしても土産(みやげ)に持って帰るんだ、と言い張って聞かなかったことがあります。博物の教師が言うのだから、学術的な見地からしても、珍らしい型に属するのかも知れません。その時、当の五味司郎太はといえば、さほど動ずる気色(けしき)もなく、頭を抱きつかせたまま、いくらか迷惑そうな曖昧(あいまい)な笑いを浮べて、ゆっくりと盃(さかずき)を乾(ほ)していたという話です。五味司郎太は酒は強かった。いくら飲んでも内にこもって、外に出ないような酒でした。

[やぶちゃん注:「博物学」明治・大正・昭和初期までの小・中学校に於いて現在の科目で「生物学」に当たる動植物学や、同前で「地学」に相当する鉱物学を内容とする教科の名称。なお、次の段落中に、この学校を「夜学校」としていることから、ウィキの「夜学」によれば、『第二次世界大戦前の日本では主に、旧制専門学校、中等学校(旧制中学校・実業学校)の夜間部のことを指していた。また、青年学校のように夜学が前提の学校が存在した』とある。しかし、と言っても、以下、最後まで読んでみても、本篇の作品内時制を戦前・戦中ととることは出来ない。梅崎は自身の経験上から「博物学」という教科(正確には科目)を用いているだけで、これは発表時と同時代である。次の段の「燭光」の注も見られたい。後で山名と五味の年齢も出、同い年で申年と出、しかも近い過去に兵隊に行ったという記載も出、決定打は「原子雲」「終戦後」と言う表現もあるからである。従って、舞台は既に新制となった夜間中学か高校ということになる。]

 五味は今年三十一歳になります。しかし見たところ三十五六に見えます。頭は大きいけれど顔は小さく、身体は小さいものですから、なんだかしなびたような感じで、老(ふ)けて見えるのです。背丈(せたけ)は五尺二寸ぐらい。歩くときは、ひょいひょいと拍子をとって、足が地に着かないような歩き方をします。この五味が出席簿を小脇にかかえ、学校の長い廊下を足早に歩いてゆく姿は、ちょっと特異な印象を見る人に与えました。だからここの生徒たちの中にも、その動作を真似たりあざ笑ったり、そんな不心得者も少しはいたくらいです。しかし大体において、五味は生徒の受けは悪くなかったようです。叱ったり怒鳴ったり、ひどい罰点をつけたりしないからでしょう。生徒が聞こうが聞くまいが、教えるだけ教えてさっさと教員室に戻ってくる、それが五味司郎太教諭のやり方でした。だから真面目な生徒の間には、五味先生の授業はすこし食い足りない、そんな不平の声もある程でした。この学校は夜学校でした。夜学校でしたから、本当に勉強したいと思って通ってくる生徒も、相当にいたのです。生徒の年齢もまちまちで、若いのがいるかと思うと、二十歳過ぎた生徒がいたりもしました。

 教員室は玄関の横にある、南向きの大きな部屋でした。南向きと言っても、夜間の学校のことですから、日当りがいいも悪いもありません。電燈はまんなかに二百燭光がついてはいますが、ただ一つきりなので、隅の方まで光が充分に行きわたらない。五味の席はそのいっとう片隅の、うすぐらいところにありました。

[やぶちゃん注:「五尺二寸」一メートル五十七・五センチ。

「二百燭光」「燭光」は光度の単位で、日本では昭和二六(一九五一)年以来(本篇の発表年であるから、新時代の科学的印象を与えたであろう)、同三十六年に「カンデラ」を採用するまで用いられた。一燭は一・〇〇六七カンデラ。単に「燭」とも言った。換算過程は省略するが、「二百燭光」は現在の凡そ二百五十ワットに相当する。]

 五味の隣りの席は山名申吉という、やはり若い国語の教師でした。山名申吉も五尺二三寸しかなく、人並以下の背丈ですが、その代りまるまると肥って、いくらか動作の鈍い男でした。瘦(や)せた五味司郎太といい対照をなしていました。

 日がすっかり沈んで、夕闇(ゆうやみ)がせまってくると、校門のうすら闇を押し分けるようにして、生徒が続々と登校してきます。すると教員室にも、どこからともなく教員たちの姿が、ぽつりぽつりと現われて、やがて席はいっぱいになってしまう。あまり話し声も立てません。教員室を停車場の待合室にたとえた人がありますが、まったくここは夜の待合室に似ています。ぼんやりと始業の合図を待っているだけで、活気というものがほとんどないのです。それも無理もありません。ここの教員たちの大部分は、昼間は別の仕事や用事を持っていて、ここに教えに来るのは、おおむね片手間の内職や学資稼ぎが目的なのですから。机も本当は自分の机ではないのです。この校舎も校庭も、もともと昼間の学校のもので、夜学校は夜だけそれを使わせて貰っている形なのです。ですから教員室の机の引出しや本棚には、昼間部の教員の私物や公物が入っていて、夜間部の教員が割込む隙はほとんどないのです。机は与えられていても、その前に腰を掛けるだけで、実際にそれを使用するわけには行かない。なんだかひどく中途半端な状態で、落着かないのも当然です。夜間部専用の教員室をつくれと、しばしばかけ合ってみたのですが、ここの経営者であるところの老獪(ろうかい)な学校長は、予算がないとか空室がないとか、言を左右にしてなかなか応じて呉れない。だからますます待合室じみてくる。

 山名申吉(肥って若い国語教師です)は、教員室のこの落着かない雰囲気を、あまり好きではありませんでした。皆うろうろ立ったり動いたり腰掛けたりして、いっこうに統一がなく、何となく鶏小屋を聯想させるからでした。山名は鶏が嫌いでした。山名は子供の頃、小学校から戻ってくると、鶏小屋の掃除が彼の役目になっていて、その頃から鶏という動物にはうんざりしていたのです。毎晩この教員室でじっと待っていると、なんだか自分も一羽の鶏になってゆくような気がしてくる。立ったら立ったで、そっくり鶏じみているし、坐ったら坐ったで、まるでトヤについたみたいです。しみじみとやり切れない感じです。山名申吉という男は、その風貌に似合わず、こんな風に屈折した自意識の持主でした。

[やぶちゃん注:「トヤ」言わずもがなであるが、「鳥屋」(鳥小屋)である。]

 また山名申吉は、自分の教材や書籍をしまっておく場所のないことも、あまり面白くありませんでした。彼に割り当てられた机は、古びてがたがたの机で、引出しは昼間部の教員の持物でいっぱいです。机には大きな引出しがひとつと、小さな引出しが縦に五つ、それだけついています。この机のあり場所は隅っこの方で、薄暗いところですから、山名は時々こっそりと引出しをあけて、中味を調べてみたりします。引出しの中には、宿題用紙の束だとか、使い古しのノートだとか、三ダース入りの鉛筆箱とか、教育雑誌やパンフレットの類、そんなものがごちゃごちゃと詰めこまれていますが、一番下の引出しだけは、もっぱら私物用らしく、爪切鋏(ばさみ)とかハンカチとか小説本とか、映画のプログラムとか化粧品の空瓶などが、雑然と入っています。山名はこの引出しを調べるのが好きでした。あけるとぷんと白粉や香水の匂いなどがして、後ろめたいような微妙な快感が山名の神経をくすぐるのです。この机の昼間の主は、女教師なのでした。もちろん山名は、その女教師の顔も姿も見たことはありませんが、机にぶら下った名札から、その名前だけは知っていました。島津鮎子、そういう名前なのです。授業開始までのやり切れない時間、それを紛(まぎ)らすために、山名はしばしばその一番下の引出しをそっとあけて、島津鮎子のことなどを考えるのでした。山名の空想の中では、島津鮎子はすらりとした若い女性でした。鮎子という匂やかな名前をもった婆さんなどを、山名は想像することさえ出来ませんでした。それはそうでしょう。私にだって想像できません。

 引出しをこっそりあけるなど、何程のこともないと思うでしょうが、山名申吉にとっては、これはなかなかの難事なのです。一番下の引出しに手をかけるためには、背を曲げてうんと屈(かが)まなくてはいけない。ところが山名の身体は、人並はずれて丸々と肥っているのです。椅子に掛けたままそこに指を届かせるのは、山名にとってはやっとの事なので、顔は充血し、もちろん呼吸もちょっと止めねばなりません。大っぴらに出来る仕事ではなく、隠微に迅速(じんそく)にやらねばならないのですから、ひどく気骨が折れるのです。幸い薄暗いからいくらかたすかるようなものの、やはりどこからか見られているような気がする。どうも具合がよろしくない。

 山名の机は五味司郎太の机とくっついています。隅っこの席はこの二人だけで、あとは少し離れています。そこらに衝立や書棚などがあって、うまく外からの視線をさえぎって呉れる。しかし五味との間には何もないのですから、ここは筒抜けです。そして悪いことには、山名の机の五つの縦の引出しは、五味側の方にあって、つまり丸見えなのです。五味が実際に眺めているかどうかは知らないが、山名が屈みこむ背中にいつも感じるのは、その五味司郎太の視線でした。五味のやや灰色がかったような、ぼんやりした感じの眼玉なのでした。

 五味司郎太の眼玉は、いつもどんより沈んだ色をたたえています。幅の広い額の下に、その眼はふたつ並んでいます。睫毛(まつげ)もほとんど生えていない。色の薄い眉毛がぼやぼやとかぶさっているだけです。どうもこの男には、メラニン色素か何かが不足しているのではないか、と山名はいつも五味をそんな風に考えています。そしてその眼ですが、これがちょっとばかりおかしい。なんだか妙に焦点が合ってない感じなのです。たとえば五味が机の上の花瓶を見ているとする。そうすると彼の眼は、花瓶の二米[やぶちゃん注:「メートル」。]ぐらい向うを見ているような眼付になるのです。だから対坐して話していても、視線はこちらを向いているのに、こちらの顔を透過して、背後を見られてるような気がして来るのです。それが山名には時々、なんだか放っておけないような、また何となくいまいましい感じを起させるのでした。この男の網膜(もうまく)には一体何がうつっているのだろう。その向うでこいつは一体何を考えているのだろう。時に山名は本気でそんなことを考えたりします。ひょっとするとあの網膜には、何もうつってないのかも知れないな。どうもあの眼は、病気した鶏の眼にそっくりだ、などとも考えます。とにかく山名にとっては、何だか気にかかる、あまり面白くない眼でした。授業開始前のひととき、五味はいつも短い脚を椅子からぶらぶらさせ、れいの眼であちこちを見廻しています。山名にむかって世間話をしかけることもあります。また貧乏ゆすりをしながら、ぼんやりと天井を見上げていることもあります。そんな隙をねらって、山名はさも自分の引出しみたいな表情をつくって、軀(からだ)を曲げて一番下の引出しに手を伸ばします。今日はどんなものが入っているか、その仄(ほの)かな期待を楽しみながら。

 その引出しの中味は、いつも少しずつ変化していました。たとえば書籍のたぐいにしても、フランスの近代小説が入っていたかと思うと、次には万葉集や手相の本が入っていたり、あるいは源氏鶏太と椎名麟三が同居していたり、料理の本や流行歌集や住宅設計案内書などが入っていたりする具合です。島津鮎子の読書方針には、てんで一貫性というものが欠けているようでした。また映画が好きだと見えて、よく映画館のプログラムがつっこんであります。そんなのを自分の私物のような顔をして、山名はつまみ上げ、机の上で点検したりするのです。

 やはりある晩の授業前のことでした。山名がいつものように背をかがめて、よいとこしょと引出しをひっぱりますと、白い丸まった形のものが、隅っこに押し込んであるのがちらと見えました。山名の指は何気なくそれをひょいとつまみ上げました。つまみ上げるとそれはだらりとほぐれ、山名の指からしっとりとぶら下ったのです。山名はたちまち狼狽(ろうばい)しました。その布の指触りと言い、ぶら下った形と言い、それは明かに婦人の下着だったからです。山名はまっかになって、ぶら下げた手はそのまま、あわてて周囲を見廻しました。すると隣席の五味司郎太のどんよりした眼玉が、山名の指にぶら下ったものを、ぼんやりと見ていました。

「柔かそうだね。ああ、とても良い色だ」

 と五味は独り言のように言いました。そして自分も手を伸ばして、その布地の端をつまむようにしました。薄暗い光のなかで、その白い布は軟かく微妙な陰影をはらんで、ふらふらと揺れました。五味は再び口を開きました。

「このくらいの明るさの中だと、白いものは何でも美しく見えるね」

「そうだね」

 やっとのことで山名はそう答えました。そして急に怒ったような顔になり、ぶら下ったものをたぐり上げ、両掌でくるくると丸めると、引出しの元のところにぐいぐい押し込みました。それから何時もなら手でしめるのですが、この時ばかりは靴の裏を使って、ぴしゃりと引出しを乱暴に押し込みました。そし。で大きな呼吸(いき)をふうっと吐きました。

 五味司郎太は、掌の玩具を突然取り上げられた幼児のような顔をして、その山名の横顔をしずかに眺めていました。

 この出来事は山名の胸に、いつまでも厭な後味を引いていました。時折これを思い出す度に、山名は「何をあの巾着頭(きんちゃくあたま)!」などと呟(つぶや)いて、気持をごまかそうとするのでした。あの巾着頭が、何を見、何を感じ、何を考えているか。それがうまく摑(つか)めないものですから、なおのこと山名の気特は屈折して、やり切れないのです。へんに圧迫されるような感じでした。

 山名は五味と知り合って、まだ一年になりません。山名がある先輩の世話で、この夜学校に赴任(ふにん)して一週間後に、五味が赴任して来たのです。だからここでは山名の方が、一週間先輩になる訳でした。机を並べているのも、そんな関係からです。五味は社会科を受け持っていました。同じ頃赴任してきたのだし、肥瘦(ひそう)の別はあれ背丈は同じくらいだし、席も隅っこにかたまっているし、年頃も同じなものですから、教員室の面々は、この二人を同類として取扱う傾向が多分にありました。実際にも山名がここで一番親しいのはまず五味でしょうし、五味からいっても同じことでしょう。親しいといっても、これは比較的余計に会話を交えるというだけで、特別の友情や親近感をもっているというのではありません。だいいち山名は、五味が平常何を考えているのか、それもまだよく判らないのでした。

 山名申吉も五味と同じく、申歳(さるどし)生れの三十一歳です。二人ともまだ独身であることも共通していました。そしておどろいたことには月給の額もぴたりと同じなのです。そのことをある時偶然に、山名は知りました。

[やぶちゃん注:「申歳生れの三十一歳」発表時から、彼らは大正九(一九二〇)年庚申(かのえさる)であることが判り、この年齢は未だ数え年であることが判明する。因みに梅崎春生は大正四年生まれである。]

 この夜学の会計事務をやっている魚住浪子という女が、ある月の給料日にうっかりして、二人の月給袋を間違えて渡したのです。その袋を開いて見て、山名は初めて五味と同給料であることを知ったのです。山名はその瞬間、何故だかひどくいやらしい気持がしました。自分でも説明出来そうにない妙に不快なしこりが、胸にこみ上げてくるのを感じました。そこで直ぐ、魚住浪子のところに押しかけて行ったのです。会計の部屋は教員室の隣りでした。そこは細長い部屋で、入口側の半分が校務や会計の席となり、窓側の半分は富岡という教頭の席になっています。学校長は夜は出て来ないので、富岡教頭が校長代理として、すべてを委(まか)せられているのです。富岡教頭はそれがいささか得意で、わざわざこんなところに机を据(す)えさせ、いい気持になっているのでした。魚住浪子の席は、そこから四米ほど離れたところにあります。彼女は杭にかぶさるようにして、一心に算盤(そろばん)を弾(はじ)いていました。

[やぶちゃん注:「学校長は夜は出て来ないので、富岡教頭が校長代理として、すべてを委(まか)せられている」現在も(少なくとも私が国語教師をしていた十年前までの神奈川県の公立高等学校の夜間部を持つところは)、このシステムは変わっていない。]

「なんだい。給料袋が違ってるじゃないか」

 山名申吉はその机の前に立ち、頰をふくらましてそう言いました。

「これは僕んじゃないぞ。五味君のじゃないか」

「あら。そう」

 魚住浪子は算盤の手を休め、ちらと給料袋を見ながら、無感動な声を出しました。

「じゃ五味さんと取換えといてよ」

「取換えるたって――」

 と山名はちょっと口をもごもごさせました。なるほど当人同士で取換えるのが、一番早道だったかも知れません。そうと気がついたけれども、しかし山名は行きがかり上、おっかぶせるように言葉を継ぎました。

「そんなこと出来るかい。君の手違いなんだから、改めて君から渡し直してもらう」

「あら、そんな官僚的なこと言わないでよ。忙しいんだから」

「官僚的だって?」山名はズボンのバンドをぐいと引き上げました。「僕が官僚的なんかであるものか。官僚的というのはそんなんじゃないぞ。とにかく僕が五味君の給料を貰ういわれはないんだから、これは返すよ」

 給料袋がばさりと算盤の上に落ち、魚住浪子の眼鏡がとたんにキラリと光りました。魚住浪子は度の強い眼鏡をかけていて、そのために眼が浮き上って見えるのです。金魚という綽名(あだな)がついていました。そして彼女は目に立たない程ですが、足が少しびっこでした。色は白いし、じめじめした性格ではないのに、そんなことのためか、二十八歳の今日までまだ独身です。ここに八年も勤続しているので、事務にも明るく、なかなか鼻柱の強いところがありました。若い教員なんかは、いつも彼女につけつけと言いまくられます。

「ほんとに面倒なひとね」

 しかし押問答の末、ついに彼女はそう言いました。つまり折れたのです。

「じゃ仰(おお)せの通りにしますよ。すればいいんでしょ。五味さんの方がよっぽどサッパリしてて良いわ。七面倒くさいことは言ってこないし」

 ふん、と山名は鼻の先で笑いました。

「同じ金額だから、どちらを貰っても同じなのにねえ」

 そう呟きながら、魚住浪子は算盤の上から給料袋をつまみ上げました。ぽっちゃりとふくらんだ掌です。その掌の形を見ると、山名は妙な小憎らしさをそれに感じながら、口をもごもごさせました。

「ふん。五味君と僕とは、少し違うさ」

 何が違うのか、自分でもはっきりしないまま、山名はそう口走りました。すると今度は魚住浪子が、ふん、と鼻の先で笑いました。

 山名はこの魚住浪子を、初めからあまり好きではありませんでした。女らしい優しさがなく、態度にもものの言い方にも、こちらを莫迦(ばか)にしたようなところがあったからです。まだ男を知らないせいだろう、と山名は思ってもみるのですが、富岡教頭が魚住浪子に手をつけているという噂も、教員室の一部には流れているのです。山名もそれを耳にはさんだことがあります。魚住浪子が事務の勢力を握っているのは、教頭の後楯(うしろだて)があるせいだというのです。もちろん噂ですから、真偽のほどは判りません。しかし富岡教頭がなかなかの精力家であり、好色漢であることは、その風貌から推しても、ほぼ確かなことでした。厚目の眼鏡をかけた女の顔は、とかく男の好き心をそそるものだ、そういうことを言った人がありますが、それはどんなものでしょう。

 富岡教頭は好色家であると同時に、なかなかの野心家でした。顴骨(かんこつ)の高い青黒い顔をした、五十がらみの男です。鼻下にはチョビ髭(ひげ)をたくわえています。しゃべる時に口の端に泡をためる癖があります。そして何時も、自分は若い人の味方であると公言し、自らもそう信じていました。本当は、自分自身の味方である以外の何ものでもなかったのですが。――校長代理になって以来、彼はしゃべり方まで変ってきたようです。以前のような一本調子のしゃべり方でなく、急に秘密らしく声をひそめてみたり、時には磊落(らいらく)そうな笑い声を立ててみたり、猫撫で声を使ってみたり、突然重々しい口調になってみたり、話術の変化をつくすようになりました。人心収攬(しゅうらん)のために必要だと、当人は考えているのですが、はたから見ると少しわざとらしく、また少し滑稽(こっけい)でした。

「山名申吉教諭」

 ある夜のこと、何を思ったか、富岡教頭はわざわざ山名を自分の席に呼びつけて、もったいぶった声で言いました。

「君はたしか、国文学が専攻だったね」

「はあ、そうです」と山名は不審げな顔で答えました。

「まあ掛けたまえ」と教頭は重々しくあごをしゃくりました。そして急に優しい声に変って、「――文学の研究も大へんだろうね。いや、大へんなことは判っておる。君みたいな真摯(しんし)な学究の徒が、いろんな悪条件にさまたげられて、やりたい研究も遅々として進まない。私は以前から見るに忍びなく、どうにかしたいと思っていましたじゃ」

 山名はきょとんとした顔をしていました。どうも話がおかしかったからです。教頭は唇に泡をためながら、かまわず話を続けました。

「それでじゃ、いろいろ考えた結果、君の研究を文部省に推薦して、ひとつ研究費を交付いて貰おうと思ヽっておる。むろん私の一存でじゃ。それによってますます研究を深め、本校の名誉を上げて貰わねばならん。異存はなかろうね」

「はあ」わけも判らないまま、急に世間に認められたような気がして、山名はかすかに胸を張りました。「はあ。それで――」

「そいで君の文学部門における専攻は、何時代の文学だったかねえ?」

「は。そ、それは、ええと――」と山名は少しあわててどもりました。実は研究などは、何もしていなかったからです。そして苦しまぎれにとんちんかんな答え方をしました。「ええと、それはやはり、時代的に言えば、ずいぶん昔の方でして――」

「ははあ。そうすると、古代というわけかな」

「はあ。コ、コダイ文学です」

「私は国文学は専門外じゃが――」

 教頭はおもむろに薬指の腹で、鼻下のチョビ髭のさきを満足げに撫でました。

「先頃知人にすすめられ、古事記だの日本書紀だのいう本を、ちょっと読んでみたが」そこで教頭はきたない歯ぐきを出してにやりと笑い、急に声を落しました。「――あの頃の、それ、何ちゅうか、つまり男女間の愛欲じゃね、あれはなかなか烈しくて、率直で、しかも健康なもんじゃな。あのあり方を分析研究すれば、現代人にとっても定めし有意義じゃろうと、私はその時しみじみと感じたよ。どうじゃね。私の感想は間違っておるかね」

「ごもっともな感想です」

 小さな声で相槌を打ちながら、山名はそっと額の汗をふきました。教顛はえへんとせきばらいをして、ふたたび重重しい声に戻って言いました。

「そうか。君もそう思うか。では、君のテーマは、本朝古代文学における愛欲のあり方について、とでもするか。よかろう。それは面白かろう。ではそういうことに決めて、なにぶん一生懸命にやって呉れ給え」

 それから教頭は机の引出しから、科学研究費交付金等取扱規程とか、研究助成補助金申請手続きとか、そんな書類を何枚も引っぱり出して、山名の方に突きつけました。気持もろくに定まらないまま、山名はぼんやりとそれを受取ってしまいました。そして立ち上ろうとすると、教頭が再び口を開きました。

「ええと、五味司郎太教論に、一寸ここに来るように言って呉れ給え」

 山名が教員室の方に戻ってくると、五味司郎太教論はいつものように、短い脚を椅子からぶらぶらさせて、天井の節穴を眺めておりました。それは遠くから見ると、薄暗いところに生えた蕈(きのこ)みたいに見えました。山名は今度自分が書こうと思っている小説のことを、頭の中でちらと考えました。そして今貰った書類をそっと丸めて、何となく背中の方に廻してかくしながら、そろそろと自分の席に戻って来ました。

「教頭が君を呼んでるよ」

「あ、そう」

 五味はそう答えて、おもむろに椅子からずり降りました。

 ひょいひょいと歩いて行く五味の後姿を見た時、教頭は研究交付金のことを五味にも持ちかけるつもりだな、と山名は初めて気が付きました。山名は丸めた書類をぽいと机の上に投げ出し、しずかに腕を組みながら、

「ふん。古代の愛欲か」

 と意味もなく呟きました。視線は五味の後姿に固定したままです。なにか憎しみに似たような感情が、磅礴(ほうはく)と山名の胸を満たしていました。

[やぶちゃん注:「磅礴」元は「交じり合って一つになること・混合すること」であるが、ここはそこから派生した「広く満ちること・広がり塞がること」の意。]

 

     

 

 山名申吉は五味司郎太を、いつかぼんやりと憎んでいたのです。

 何時頃からこんな感情が、胸に忍びこんできたのか、山名自身にもよく判りませんでした。初対面の瞬間から、その感じの原形があったような気もするし、またずっと後のような気もする。どうもはっきりしません。でも初めの中(うち)はやはり、憎悪という定まった形ではなく、漠然と屈折した関心、そんなものだったのでしょう。机も隣り合わせだし、年頃も独身であることも同じだし、皆からも同類項みたいに眺められている。そのことがまず山名の意識に、微妙にはたらいていたに違いありません。同類意識。競争意識。いや、それらとも少し違う。

 実を言うと最初のうち、彼はむしろ五味を軽(かろ)んじ、その頭の恰好や不器用な歩きぶりや気の利かない言動などを、莫迦(ばか)にする気持も確かにあったのです。その気持はやや形を変えて、今でも山名の胸にほのかに動いている。妙に間の抜けたところが五味にはあって、それが教員室の愛嬌のひとつにもなっていました。山名ですらふき出したくなるようなことが、時々ありました。

 それにも拘(かかわ)らず、独りで下宿にいる時などに、ふと五味司郎太の顔を思い浮べたりすると、山名は故もなく、なにか放って置けないような気持になってくるのです。大事な忘れ物をしたみたいな、思い出そうとしてもどうしても思い出せないような、咽喉元あたりがえぐいような気分です。その感じが山名には、どうもうまく摑(つか)めない。一方では憫笑(びんしょう)をかんじているくせに、他方では頰が硬ばって、笑いがそのまま笑いでなくなってしまう。そんな感じも強く胸に来るのではなく、遠くからおいでおいでをする具合に、かすかに神経の尖(さき)にからまってくるのです。

 こういう自分の気持にはっきり気が付いたのは、小説をひとづ書いてみようと、山名が思い立ってからでした。

 山名はもともと作家志望者ではありません。学校では国文学を修めたのですが、国文科が一番やさしそうだったからで、特に文学が好きだったからではありません。しかしこの一二年ほど前から、自分というものをハッキリさせるために、小説というものを書いてみようかなという気持が、少しずつ山名の胸に萌(きざ)し始めていたのでした。ぼんやりとあてもなく生きている自分が、そろそろやり切れなくなってきたのです。

[やぶちゃん注:「学校では国文学を修めた」梅崎春生は熊本五高を昭和一一(一九三六)年三月に二十一歳で卒業(二年時に落第したため。卒業時も試験の成績が悪く、卒業認定で教授会は三十分近く揉めた)し、四月に東京帝大文学部国文科に入学したが、自主留年した一年を含め、在学中の四年間は試験日以外の講義には一日も出席しなかったとされる。昭和一五(一九四〇)年三月、二十五で卒業、卒業論文は「森鷗外論」(八十枚・現代小説のみを対象としたもの)であった。卒業後は朝日新聞社・毎日新聞社・NHKなどを志願したが、総て不合格で、友人で後の作家霜田正次の紹介で、東京都教育局教育研究所の雇員(但し、教員でも何でもない、やっていることも怪しげで意味のない教育関連研究公機関の下っ端である)となっている。]

 近頃特に山名申吉は、生れて今まで、目的も志もなく、何となく生きて来たような気がしてならないのでした。やはり年齢のせいもあるでしょう。田舎の平凡な家庭に生れ、周囲のすすめるまま学校に行き、卒業して何となく会社に勤め、自分の意志でなく兵隊に引っぱられ、今はこんな夜学の教師になっている。どんな者になりたいとも思わず、人を愛したこともなく、人生の片隅でのろのろと肥り、その日その日をぼんやりと過している。どうも最初のでだしが悪かったのではないでしょうか。彼は十二人兄弟の末弟に生れ、そのせいで両親からもうんざりされ、あまり構われもせず育ってきたのです。初めから何か茫漠としているのです。麻雀(マージャン)で言えば、最初からバラバラの手が来ていたようなものでした。平和(ピンホウ)を志そうとか、清二色(チンイーツウ)をねらってみようとか、対々和(トイトイホウ)に仕立ててやろうとか、山名の人生には、そんな目的や方針は、最初から立っていなかったのです。どうにかなるだろうと、いくらかたかをくくって、他人事(ひとごと)みたいに人生の摸牌(モウパイ)を繰返しているうちに、茫々(ぼうぼう)として三十一年が経ってしまったという訳でした。

[やぶちゃん注:私は麻雀を知らないし、やったこともないので、以上の三種の役も説明しようがない。ネットのオンライン麻雀サイト「麻雀豆腐」の「麻雀の役 一覧表 シンプル見やすい!」を参照されたい。「摸牌(モウパイ)」は『盲牌(モウパイ、モウハイ)』の古い表字で、『麻雀用語のひとつ。指の腹で牌の図柄の凹凸をなぞり、その感触で牌の腹を見ずにどの牌か識別すること』とウィキの「盲牌」にあった。]

『とにかく俺という人間は――』と山名申吉は近頃考えるようになりました。『生きることに生甲斐を感じなくてはならぬ。先ず生甲斐を!』

 こうして山名は小説を書こうと思い立ったのでした。もちろん他人には秘密です。小説を書けば少しは何かがハッキリしてくるかも知れない。山名はそう思ったのです。では先ず小手慣らしに、自分の身辺に題材を求めることにしよう。

 そして彼はいろいろ考えた揚句(あげく)、島津鮎子を書くことに決めました。あの机の昼間の女教師のことです。机を共有する見知らぬ女性、なかなか小説的構想ではないか。下宿の机に殊勝に向って、山名はひそかに沈思にふけります。ジョン・モールトンの小説にも、確かそんなのがあったようだ。あれはボックス氏とコックス氏の話だったかしら。――

[やぶちゃん注:「ジョン・モールトン」Jon Moultonだろうが、不詳。従って、「ボックス氏とコックス氏の話」=「小説」というのも不詳。]

 ところが下宿に閉じこもっていても、小説はなかなか進行しませんでした。どんな風に書き出したらいいのか、一向にめどがつかないのです。だから机の前に坐って、ぼんやりと島津鮎子のことを空想しているだけ。あの引出しに入っていた白い下着、その色や感触などがあざやかに頭にうかんで、もやもやと悩ましくなってきたりする。すると意識の入口に、急にうすぐろい陰影みたいなものを感じて、山名は舌打ちをしながらペンを投げ出します。

『一体あいつは何を考えてんだろうな』

 それは何時もあの五味司郎太のことでした。この俺が近頃くよくよしたり、あせったり、気がねしたりして生きているのに、あいつは劣性遺伝の型録(カタログ)みたいな恰好をしてる癖に、平気でぬっと生きているようなところがある。あの巾着頭は、人から笑われたって貶(けな)されたって、そんなことにはてんで無関心で、自分だけでこっそりやっているような趣きだ。無感覚なクラゲみたいなとこが、あいつには確かにある。そして山名はだんだん腹がたってくるのでした。俺があやまってつまみ出した下着を見て、冗談(じょうだん)に紛(まぎ)らして呉れるのならともかく、いい色だねえとは何ごとだろう。見て見ぬふりをするのが礼儀ではないか。だいいちあの眼玉が気に食わない。見ていながら、こちらを全然認めていないような眼付だ。よし、そのうちにきっと本音(ほんね)をはかしてやるぞ。

 寝床にもぐり込んでも、山名はひとりで力みながら、そんなことをしきりに考えたりするのでした。相手が眼の前にいないので、ひとたび考え出すと果てしがないのです。五味のひとつひとつの言葉や表情などが、現実をはみ出て誇張され、なまなましく歪(ゆが)められ、そして山名の神経を剌戟してくるのでした。あるいは山名は自分でも気付かぬ心の奥底では、そういう思念や空想を愉(たの)しんでいたのかも知れません。と言うのは、実際に五味を前にすると、空想ほどは憎らしくもなく、それほどいらいらもしないのです。いくらか風変りな一人の同僚というに過ぎません。こだわりなく話し合うことさえ出来ます。ところが居ないとなると、なんだか頰がこわばるような感じで、放って置けない気持になってくる。

『俺はいつも架空の憎悪でもって他人につながっているのではないか?』

 ある夜ふと、山名はそう考えました。彼は今まで、実際の人間を愛した記憶はほとんど無く、あるのは憎んだ記憶ばかりでした。彼にとって、他人に関心を持つというのは、淡い憎悪を抱き始めるということでした。少くとも今までの例ではそうでした。些細(ささい)なきっかけで人を憎む傾向が、山名という男には多分にありました。しかし彼はそれを表現はしない。その憎しみは山名の心の中で屈折し、内攻し、いくらか変形し、そしてそこで完了する。――五味を憎み始めたというのも、つまりは五味への関心が深まってきたせいでしょうか。無意思な蕈(きのこ)みたいな五味の顔を瞼(まぶた)に描きながら、山名はぼんやりと考えます。

『それにしても、あいつは何でもって他人につながっているのだろう?』

 どうもつながっていないらしい。そう山名は漠然と感じる。すると五味の存在そのものが、急に山名の自尊心をするどく傷つけてくるのでした。自意識の強い男の例として、山名はひどく敏感な自尊心を持っていました。ふん、まるで俺だけがバタバタしているようじゃないか。

 毎晩こんなことばかりを考えているものですから、どうも寝付きが悪いし、朝目覚めても頭がさっぱりしない。季節のせいもありました。むしむしと暑苦しい気候が、とかく彼の眠りを浅くするのです。それに悪いことには、彼の部屋に春先以来、鼠がやたらに繁殖したらしく、ひっきりなしに天井を走り廻るし、部屋の中にも平気で出没する。蒲団の上を駈け抜けたり、寝ている枕を齧(かじ)ったりするのですから、おちおち眠れたものではありません。

 あれやこれやで山名申吉は、しだいに睡眠が不足し、とうとう神経衰弱気味を自覚するに到りました。

 肥った男の神経衰弱なんて、瘦せた男の股(また)ずれと同じく、しごく不似合いなものですが、おかしなことにはこんな状態になってから、山名の体軀はいよいよ肥って来るようでした。それに従って動作も鈍重緩慢となり、何をするのも大儀になってきました。肥ったのではなく、むくんできたのかも知れません。

「ますます肉付きが良くなられて、私なんかうらやましいですな」

 蟷螂(かまきり)のように痩せて骨ばったある同僚が、ある時山名に向って言いました。この同僚はユネスコ精神の信奉者で、『ホネスコ』という綽名(あだな)がついていました。

「はあ」

 と山名は悪事を見つけられた子供のような顔になり、そして仕方なさそうに笑いました。肥る原因もないのに肥って行くことに、彼はいくらか引け目を感じていたのでした。

「君が傍に坐っていると、教員室が半分しか見えない」

 別の夜の休憩時間に、椅子から脚をぶらぶらさせながらあたりを見廻していた五味司郎太が、ぽつんとそんなことを言いました。ごくあたり前の口調でです。ふと思ったままを、率直に口に出したという感じでした。よろしい。言ったな。今夜いろいろと考えてやるぞ。そう思いながら、しかし山名は強(し)いて微笑を頰に浮べ、わざとのろくさと答えました。

「そうかね。多分それは遠近の関係だろう」

 すると五味は、両掌で枠(わく)の形をつくり、自分の顔の前にかざし、その間から山名の方を無遠慮にのぞきました。視野の中に山名の体が占める大きさを測定しようと試みるらしい。山名は尻がむずむずして、立ち上りたくなってきましたが、じっと我慢しながらおだやかに言いました。

「――僕はこれでもいいけれど、君はあまり肥らないようだね。体質の関係かな」

「いや」五味は掌の枠をゆるゆると解きながら、確信あり気に答えました。「僕はしょっちゅう頭を使うんでね、それで肥らないんだ」

 山名の鼻翼がぴくりと動きました。そうすると俺はまるで頭を使ってないみたいだぞ、などと山名が考えている中に、五味はその話題に興味をなくした風にそっぽ向き、もう腕組みをして天井の節穴などを眺めておりました。言い返すきっかけもなくなり、山名はむしゃくしゃした気分になって、その五味の方をちらと横目で眺めました。原子雲に似たその頭の恰好が、へんに憎たらしく、同時にへんに遠く隔った感じとして、山名の視神経をいらいらと圧迫しました。気弱く眼をそらしながら、山名は心の中で呟きました。

『よし。この巾着頭のことを書いてやる』

 山名の下宿の肌上の原稿用紙には、まだ一字も書いてありません。島津鮎子のことを書こうと、毎晩あれやこれや空想しているうちに、空想の中ですべてが完了してしまって、何も書くことがなくなってしまったのです。つまり心の中で小説を書き終ったという訳でしょう。

 その夜遅く、山名は机の前にきちんと坐り、眼を閉じたり開いたりして、しきりに何かを考えていましたが、やがてペンをとり、原稿用紙の第一枚目に大きな字で。

『五味の場合』

 と書きました。いよいよ五味司郎太のことを書く決意をかためたのです。『五味の場合』とは、自分ながら仲々しゃれた題名だと、山名はいささか満足な気持でした。初め『五味司郎太における人間の研究』としようかと思いましたが、すこし長すぎるし、またどこかで聞いたような語呂だと思って、やめにしたのです。今度こそはあまり空想にふけらず、五味司郎太の人となりを、着実に執拗(しつよう)に描いて行かねばならぬ。前の失敗にかんがみて山名はしみじみとそう思いました。先ずこの小説の書出しは、あの巾着頭の即物的な描写から始めよう。志賀直哉みたいな文体がいいかしら。それとも坂口安吾式の奔放な文体を採用しようかしら。

 文体もまだハッキリ決めかねている中に数日が過ぎ、あの研究費交付金の通知の日がきました。この日は山名にとって、いくらか運命的な日でした。

 その夜山名が授業から戻ってくると、魚住浪子が呼びに来たのです。この間の事件から、彼女は少し彼につんつんしている傾きがありました。

「教頭さんがお呼びだわよ」

 山名が教頭室に入って行くと、富岡教頭は卓上鏡と顔をつき合わせ、伸びた鼻毛をしきりに抜いておりました。山名の顔を見るなり、磊落(らいらく)そうな大きな声で言いました。

「やあ、君、残念なことじゃったよ」

 何のことだか咄嵯(とっさ)には判りませんでした。研究費交付金のことなんか、山名はすっかり忘れてしまっていたからです。そのきょとんとした顔を見て、教頭は補足するように急いで言葉を継ぎました。

「――君のあの研究費交付金のことな、あれは駄目じゃったよ。却下されたよ」

「はあ」

 やっと思い出して、山名は気のない返事をしました。駄目なら駄目でもよかったのです。なまじ貰えば、論文をまとめねばならぬだけ面倒な話でした。そんな論文をまとめるより、『五味の場合』をまとめる方が、山名にとっては緊急事なのでした。しかしその返事を聞いて富岡教頭は、山名ががっかりしたと思ったらしく、とたんに慰めるような猫撫で声になりました。

「まあまあ、そう落胆せんでもええ。来年ということもある。君のあれは何じゃったかなあ。ええと、古代文学における色欲のあり方、と言うんじゃったな」

「愛欲のあり方、です」

「ああ、そうそう。愛欲も色欲も似たようなもんじゃ。なかなか面白いテーマだからして、ま、元気を落さず、そのまま研究を続けた方がよかろう。時になんだね、君はまたすこし肥ってきたようだね。健康第一。先ず健康。なによりのことじゃ」

「それが、その――」神経衰弱気味だと言おうとして、山名は途中で止めました。ふと頭にひらめくものがあって、そのことを訊ねることにしました。「それで、落っこちたのは、僕だけですか?」

「いや、なに」

 富岡教頭は具合悪そうに、ふたつの鼻孔を指の腹でこすりました。そして口の中で適当な言葉を選んでいる風でしたが、やがて思い切ったように重々しく口を開きました。

「五味司郎太教諭はパスした。あれは社会部門だから、志望者が少かったせいじゃろ」

 山名のふくらんだ瞼が、その瞬間ぴくりと慄えました。それから彼の体は大儀そうにぶわぶわと立ち上り、ゆっくりとお辞儀をして椅子を離れました。そして山名の顔は、向うの席に掛けている魚住浪子の顔と、ぴたりと会ったのです。彼女は机に頰杖をついて、どうも話を盗み聞きしていたらしい様子でした。視線が合うと、彼女はおもむろに頰杖を離してうつむきながら、片頰だけでにやりと笑いました。気の毒そうな笑いでもあり、照れたような笑いでもあり、憐れむような笑いでもありました。その机の前を、山名申吉はむっと表情を崩さず、しずかな足どりで通り抜けました。

 自分の席に戻ってくると、隣りでは五味司郎太が、帰り支度を始めていました。山名申吉はその側にぼんやり立ち止り、空気でも見るような眼付でそれをじっと眺めていました。なんだか歯の奥がぎりぎりと鳴ったようです。やがてかすれたような声で話しかけました。

「研究費が降りることになったそうだね。よかったね」

「うん」風呂敷を結ぶ手をやめず、五味は答えました。それほど嬉しそうな顔でもありませんでした。「まあ雀の涙みたいなもんだね」

「ええと――」山名もやっと我にかえったように帰り支度を始めながら、感情を押し殺したような声で訊ねました。「それで君の研究題目は、何というの?」

「詐欺罪(さぎざい)の研究というのさ」

「サギ?」

「そら、広告詐欺だの、ペーパー詐欺だの、土砂流しだのって、よく新聞にも出てるだろう。あれだよ。人間のインチキのことだよ」

[やぶちゃん注:「広告詐欺」当時のそれは、新聞広告や雑誌広告で求人・物品売買などを謳って、手付金だけを奪取する詐欺のことであろう。

「ペーパー詐欺」詐欺商法の一つで、「ペーパー商法」とも言う。現物紛(まが)い取引で、金(きん)などの現物を売るとして代金を受け取り、現物の裏付けのない預かり証を渡す詐欺商法を指す。

「土砂流し」詐欺の一種の隠語。「御天気師」とも呼ぶ。単独又は共謀で行うもので、一人が贋造の金品を、通行人の来る前路の上に落しておき、他の同類が、通行人と一緒にそれ拾い上げ、警察へ届けようとする途次、種々の口実を設けて、拾得した金品をその通行人に預けて、信用させ、逆に、その人の所持する金品を借り受け、逃げる詐欺を指す。]

「へええ」

 と言ったきり山名は口をつぐんでしまいました。五床司郎太と詐欺、なんだかあまり奇妙な組合わせなので、その感じが咄嵯(とっさ)に頭にすっと入ってこないのでした。そして山名はちょっと手を休め、頰の肉をたるませながら、ふと遠くを見るような眼付になりました。瞼の裡(うら)に、あの原稿用紙に書かれた『五味の場合』という文字が、ぼんやりと浮び上ってきたからです。やがて彼はぐふんと咽喉(のど)を鳴らし、椅子を机に押し込みながら、さり気ない調子で言いました。

「もうそろそろ一年になるね、お互いにここに勤め始めてから」

「そんなものになるかな」

 気のない返事をして、五味は包みを小脇にひょいとかかえました。そして二人は机の間を縫って、出口の方に歩きました。薄暗い廊下に出て肩を並べると、ふたたび山名は口を切りました。

「それで、二三日前から考えたんだけれども――」上衣なしのシヤツの肩がちょっと触れ合いました。なんだかねとねとした感じがして、山名は反射的に肩をすくめました。

「一周年記念ということで、君と一献(いっこん)酌(く)み交したいと思ったんだけれどね」

 二三日前に思い立ったということは事実でした。『五味の場合』を書き始めるには、まだまだ材料不足で、もっとデータを集めねばならぬことに気が付いたのです。

「飲むのは結構だね」

 ひょいひょいと踊るように歩を踏みながら、五味はどっちとも取れる答え方をしました。もちろん山名は、たいヘん結構だ、という風に解釈して、予定の言葉を続けました。

「この間よそから上等ウィスキーを二本貰ったんでね」これは嘘でした。「今度の日曜、そいつを君んとこにぶら下げて行くよ。僕んとこは間借りだから、ちょっとまずいんだ」

 五味が『何々方』ではなく、独立家屋に住んでいることを、庶務の名簿で調べて山名は知っていたのでした。独身で扶養家族もないのに、ちゃんと一軒の家を構えている。どんな恰好の家に住み、どんな生活をしているのだろう。『五味の場合』を書くためにも、是非それは見る必要があるのでした。しかし今はその必要だけでなく、なんだか遮二無二押しかけて見たい嗜欲(しよく)が、しきりに山名を駆り立てていました。もはやこのまま放って置くわけには行かない。

 校門で五味と別れ、侘(わび)しい下宿の部屋に戻ってくると、山名は汗ばんだシャツを脱ぎ捨て、裸になって部屋の真中にどっかと坐りました。身体は疲れている癖に、神経はいらいらとたかぶっていました。天井裏を鼠がゴトゴトガタガタと走り抜け、細かい埃(ほこり)のようなものが、山名の肩にはらはらと降りかかりました。その乱雑な部屋のさまをぐるりと見廻し、山名はやがて呻(うめ)くように呟きました。

「却下されたのは、別に口惜しかない」

 そして山名は、あの青黒い富岡教頭の顔や、魚住浪子の片頰の笑いなどを、ありありと思い浮べました。胸の奥がきりきりと疼(うず)き出すような感じがして、山名は思わず大きく息を吐き、自然と据えた眼付になりました。その視線は偶然、机上の『五味の場合』という字の上に、ぴたりととまっていました。その字のあたりにも、細かい埃がうっすらとつもっていました。その時山名の視野の端、丁度部屋の隅あたりに、黒い影のようなものがちらっと動いたようでした。

『五味の場合か。五味の場合と。そしてこの俺の場合と。俺が落っこちたのに、あの五味がパスしたということは――』と山名は唇を嚙んで思いながら、右手だけをしずかに横に伸ばし、そこに転がった古雑誌をそっと摑(つか)みました。くるっと体をひねると、その古雑誌を力まかせに部屋の隅に投げつけました。黒いものはぴょんと飛び上り、するりと唐紙(からかみ)の向うに姿を消しました。それは一尺以上もありそうな大きな黒鼠でした。

「また猫もどきの奴だな!」

 ぜいぜいと呼吸をはずませながら、山名は吐き出すように言いました。それはこの家の鼠族の王様らしく、図抜けて巨大な体と髭(ひげ)をもった一匹の老鼠なのでした。それはちょいとした猫ぐらいの大きさがありました。だから山名はかねてからこの鼠を『猫もどき』という綽名(あだな)で呼んでいたのです。この間学校の机の引出しから、苦心して持ち帰ったあの島津鮎子の下着を、たちまちくわえて逃げたのも、この『猫もどき』でした。それ以来山名はこの『猫もどき』をひどく憎んでいるのです。鼠にすれば巣をつくる材料にくわえて行ったのでしょうが、山名にしてみれば、自尊心をも犠牲にし、疑われるかも知れない危険まで犯してやっと手に入れたものを、あっさり持ち逃げされて、腹に据(す)えかねるのも当然でした。現物は手から離れ、思い出すと身もすくむ恥かしい罪の引け目だけが、そっくり残っているのです。とてもやり切れた話ではありませんでした。

『とにかく何かを早く調整しなければならぬ。このまま放って置く手はない』

 山名はむっと顔を硬(こわ)ばらせ、乱暴に押入れの戸をあけて、布団を引きずり出して、バタンバタンとしきながら思いました。

『このままでは俺は、何のために生きてるのかも判らない』

 燈を消して布団のなかに山名はまるまると転がり、やがて息苦しく眼を閉じていました。暗い瞼の裏に、いろんなものの形がむくむくと動き、ふとしたはずみに鼠のような形になったり、巾着頭の形になったりしました。眠りをさまたげる幻想の小悪魔が、今夜もしげしげとおとずれて来そうな気配でした。

「先ず生甲斐を。とにかく生甲斐を!」

 れいの架空の憎悪が、今夜に限って急に距離をちぢめて、なまなましく意識にからみつくのを感じながら、山名は念ずるようにそう呟き、どたんと寝返りを打ちました。

 

     

 

 五味司郎太の住居は、郊外のしずかな場所にありました。

 どこか素人(しろうと)くさい奇妙な建て方で、家というよりも小屋に似ていました。二十坪ばかりの敷地のまんなかに、それは建坪三坪かせいぜい四坪の、出来そこなった玩具のような不器用な家でした。敷地をぐるりと囲っているのは、不揃いな棒杭とチクチクした有剌鉄線で、その一箇所に人間がやっと出入りできるだけの狭い門が設けてありました。この家も囲いも門もみんな、五味が自分ひとりでこしらえたものでした。

 五味司郎太は窓の縁に腰かけて、脚をぶらぶら揺りながら、灰色がかった眼でぼんやりと表の方を眺めていました。そして、さっきから、ちょっとセメントの空樽がころがって来るみたいだな、などと考えていました。有刺鉄線を透かした向うの道を、山名申吉の肥った姿が、午後四時頃の影を引いて、こちらに歩いてくるのです。なんだかふらふらしたような足どりで、両手には重そうにウィスキーの瓶を、一本ずつぶら下げていました。その姿が門を入ってきた時、五味司郎太はやっとこの間の約束を思い出しました。『ああ、そうそう。一周年記念とか何とか言ってたっけ』

 五味ははずみをつけて、ぴょんと窓框(まどかまち)から床に飛び降り、部屋をななめにひょいひょいと横切って、扉を内側から押し開きました。

「やあ」

 と言って山名申吉がくたびれた恰好で入ってきました。ぶら下げた瓶をだるそうに床に置き、手巾(ハンカチ)を出して顔いっぱいの汗を拭きながら、じろじろと部屋の中を見渡しました。

「まったく暑い日だね。目がくらくらする」

 その部屋は板敷になっていました。家の中はこの部屋ひとつだけなのでした。部屋の一隅が炊事場所になり、そこに吊られた低い棚の上にコンロや飯盒(はんごう)やパンのかけらや大根の尻尾などが雑然ところがっていました。手製のまな板の上には、そこらで摘んできた野草らしい植物が、ひとつかみ乗っかっているのも見えました。

「自炊してるんだね。大変なことだ」

 靴を脱いで部屋に上りながら山名が暑苦しそうに言いました。

「なに、兵隊の頃から慣れているんだ」

 と五味はそっけなく答えました。座布団がひとつしかなく、主の五味がその上に坐ったものですから、客の山名は仕方なく板床の上に尻をおろす羽目になりました。そして肥満した山名が坐ると、床がみしみしと音を立てました。

「いい家だけど、なんだか妙なつくりだね」

 物珍らしそうにきょろきょろしながら、山名は言いました。尻の下がみしみしと軋(きし)むので、なんだか落着かないのでした。

「僕がつくったんだよ。材木を買いあつめて」

「へえ。君が。そんな器用なことがやれるのかい」

「兵隊で覚えたんだ」五味は手を伸ばしてよごれたようなコップを二つ前に置きました。「僕はこれでも工兵だったんだよ。南方に三年も行ってたんだ」

 それから二人はウィスキーを飲み始めました。暑くて仕様がないので、山名は失礼してシャツを脱ぐことにしました。シャツを脱ぐと山名の上半身は、まるでビニールの風船のように、肩だの胸だのが、ぶよぶよと不恰好にふくらんでいました。五味の眼はそれをちらちらと眺めていました。裸になってもやはり汗はじとじとと流れてくるのです。ガラス窓を透して西日がしたたかさし込むからでした。

 それでも汗を垂らしながらしゃべったりコップを傾けているうちに、やがてほのぼのと酔いが廻ってくるようでした。山名は時々眼をくゎっと見ひらいたりして、出来るだけその酔いを戻そうと試みていました。今日はいろいろデータを集めねばならぬ関係上、野放図に酔うわけには行かないのでした。

 北の壁際には、本がぎっしりと高く積み上げてありました。法律の本とか、そんなかたい本ばかりのようでした。乱雑に取散らした山名の部屋にくらべると、それだけでも堂々としていて、山名は先ほどからそこに漠然たる圧迫を感じていたのでした。そしてその傍の窓ぎわには画架(がか)が横向きに据えられ、二十号ほどのカンバスがそこにかけられているようでした。さっきからそれも気にかかっていて、山名はコップを持ったままやっと立ち上り、ふらふらとその前に近づきました。

「――君が描いたんだね」

 カンバスの隅の Gomi という署名を読みながら、山名は言いました。それはこの家を表から描いた風景両らしいのでした。山名は絵のことはあまりよく判らないのですが、どうもこの絵は、構図や配置はわりに正確なのに、色の調子が変な感じでした。それはなんだかはっきりしない、色素の不足したような、ぼやけて濁った色調でした。やがて五味の声がうしろでしました。

「どうだい。いい色だろう」

 山名は咽喉(のど)の奥であいまいな返事をしながら、心の中のメモに〈色素不足の風景画〉と書き込みました。その幻のメモには既に〈元工兵のお粗末な手製の家〉だとか〈床板のみしみし〉だとか〈座布団の横着〉だとか書き込まれてあるのでした。

 最初の一本が空(から)に近くなる頃から、五味も酔ったと見えて、とたんに饒舌(じょうぜつ)になってきました。おかしなことには酔ってくると、ふだんはどこを見てるか判然(はっきり)しないぼんやりした五味の眼玉が、徐々にはっきりと焦点を定めてくるような気配がありました。つまりふつうの人間と逆なんだな、と思いながら山名はその眼を観察していました。それから五味はしきりに皿の野草のおひたしをつまみながら、詐欺の話や南方の兵隊生活の話などを始めました。この巾着頭がどんな戦闘帽をかぶっていたのかと思ったとたん、山名は烈しくウィスキーに噎(む)せかえり、飛沫をそこら中にとばして、すっかり恐縮したりあやまったりしました。詐欺の話とは、五味の父親が詐欺にかかって恨み骨髄に徹し、そこで苦労して息子の司郎太を法科大学まで通わせ、詐欺罪の研究をさせたという話でした。父親の話をする時でも、五味はれいの抑揚のない口調で、他人事(たにんごと)みたいなしゃべり方をしたので、かえって妙に間の抜けた可笑(おか)しさがありました。やはりこの巾着頭はどこか間が抜けている、南方ぼけでもしたのではないか、と山名は観察しながら、それでも感心したふりして相槌を打ったり、わざとにこにこして見せたりして聞いていました。いっぽう五味の方でも、山名のだらしなくたるんだ頰のへんを見い見い、どうもこの風船男には間の抜けたところがある、あまり肥り過ぎたので頭に血が充分のぼらないせいだろう、などと推察しながらしゃべっていたのでした。いつかあたりは薄暗くなり、ウィスキーはもう二本目に手がついていました。五味はゆらゆらと立ち上って電燈をつけました。

「ここは静かだね」瓶の方に手を伸ばしながら、山名が思い出したように言いました。確かなつもりでいても、もう相当手付きが怪しいようでした。「虫の音も聞えないじゃないか」

「静かなところじゃないと、僕は勉強できないんだ」と五味もコップを取上げました。彼も舌が怪しくなったらしく、いささか言葉がもつれる風でした。「雑音が入ると何も出来やしない」

〈雑音嫌悪の傾向〉山名はすぐにそれを心のメモに刻みつけました。酔っても忘れてはならないことでした。そしてついでに訊ねてみました。

「やはり勉強は夜なんだろうね」

「そうだね。昼間はいろいろ用事もあるし、今度の論文もどうしても夜の仕事になるだろう」

「あの文部省の交付金は、もう貰ったの?」

 と山名は何気ない表情をつくって探りを入れました。

「ああ、貰ったよ」五味はウィスキーをごくりと咽喉(のど)におとしました。「身の廻りの品を買おうと予定してたのに、皆本屋の借金の方に廻ってしまった。いろいろ買いたいものがあったんだけれど」

「貰えただけでもいいさ。僕なんか――」ウィスキーのせいだけでなく、腹の中が急に熱くなるような気がして、山名はそう言ってしまいました。「僕なんか何も貰えなかった。中請書は出してみたんだけれどね」

「そうだってね」と五味は大して興味なさそうに言いました。「魚住浪子さんが、そう言ってた」

 魚住浪子の名を発音する時、五味の舌はちょっともつれて、へんに粘っこい響きを立てました。山名はなんとなく面白くない気分になって、また瓶の方に手を伸ばしながら、呟(つぶや)くように言いました。

「どうして僕のは落っこちたのかな。別段欲しいという訳じゃないけれど、落っことすには落っことす理由がね――』

「研究費をやる価値なしと」五味はそっけなくさえぎりました。「審議会でそう認めたんだろ」

 山名は鼻翼をびくりと動かして、じろりと視線を五味にむけました。電燈の光の具合か、五味の頭の鉢は、ふだんよりひとまわり大きく見えました。その頭をうつむき加減にして、五味は掌をうしろに廻し、老成した恰好で、しきりに首筋をもんでいました。山名の咽喉(のど)の奥がグウと鳴りました。

「南方にいた時神経をやられてね」頸(くび)をとんとんと叩き終え、五味はけろりとした顔になって言いました。「あちらの暑気は大へんなもんだった。なにしろ風が熱いんだよ」

「今でも悪いのかい」じっと見詰めたまま山名は探るように訊ねました。

「いや。もういいんだ。すっかり治ったんだ」

「全然異状なしか」

「なしだね。でも、まあ医者に言わせると、なにかショックを受けたりすると、ぶりかえすおそれもあるなんて言うんだけどね」

「ショックというと精神的の?」

「いろいろだろうね。でも医者の言うことなんか、あてにならないさ。あいつらはちょっと詐欺師みたいなところがあるな。オドシやハッタリを使ったりしてさ」

「僕も近頃、すこし神経衰弱気味なんだ」頰をわざとらしくゆるめながら、山名が言いました。妙にうわずった、うれしそうな声でした。「僕にもショックは悪いかな」

 それを聞くと五味司郎太は、とつぜん咽喉を痙攣(けいれん)させるような声で、甲高(かんだか)く笑い出しました。それにつられたように山名申吉も、胸の贅肉(ぜいにく)をたぶたぶさせて、その笑声に和しました。二人は顔を見合わせたまま、しばらくの間その笑いの合唱を続行しました。やがてどちらからともなく笑いを収めると、それぞれ何か納得の行ったような顔になり、めいめいのコップに手を伸ばしました。

 それから二人のコップを傾けるピッチが、急に早くなりました。それにつれておしゃべりの声も高くなり、呂律(ろれつ)もしだいに乱れてきました。そして一時間後には、両人とも気を合わせたように、すっかり酩酊(めいてい)してしまいました。

 山名の胸の贅肉を指さして、土人女の乳房を思い出すと五味が笑いこけますと、山名は上半身をゆたゆたとくねらせて、踊りの真似をしました。床板がみしみし、きいきいと悲鳴を上げました。そしてそれからの聯想なのか、こんどは魚住浪子の名前が飛び出したりしました。なにしろめいめいでウィスキ一本ずつあけたのですから、お互いに朦朧(もうろう)となって、相手が何を言ってるのかもさっぱり判りません。それでも山名は、この訪問の目的がかすかながら頭に残っているらしく、

「なになに、魚住浪子が大好きだと。浪子ちゃんにべた惚れだと」

 などと呂律も廻らぬ口で言いながら、心の中のメモでは不安心なのか、ズボンのポケットから本物の手帳を引っぱり出して、鉛筆でメモをなすくり始めました。すると五味も何を思ったのか、よろよろと自分も鉛筆をもってやって来て、そのメモを手伝おうとしました。

[やぶちゃん注:「なすくり」「擦(なす)くる」で、「表面を撫でるようにする」の意。私は使ったことがない。]

 山名が、

「ええと。べた惚れと。べた惚れの五味の場合と」

 と手帳に何やら書き込みますと、こんどは五味がその手帳を引ったくって、

「ええと。水ぶくれと。水ぶくれの神経衰弱と」

 などと訳もわからないことを書き込む。皮手帳はあっちの手に行ったりこっちの手に渡ったりして、とうとうどの頁も乱れた鉛筆の跡でいっぱいになってしまいました。

 それから先何がどういう具合になったのか、記憶がほとんどありません。朝ふと目を覚ますと、山名申吉は自分の下宿の部屋に、布団もしかずに寝ていました。頭ががんがん痛んで、そこらあたりが一面黄色に見えました。

「昨晩はどういう風(ふう)にして帰って来たのかな」

 こめかみを指でぎりぎり押え、朦朧たる記憶を探りながら、山名は苦しげに呟きました。どこかの歩廊の上から線路めがけて放尿したような記憶もあるし、五味の家の門のところでつまずいて転んだような覚えもある。五味の頭に抱きついて、これを標本に持って帰るんだと、わめいたような気もする。みんな曖昧(あいまい)で断片的で、思い出すと身体が縮むような記憶ばかりでした。こんなにだらしなく酔っぱらったのは、山名は終戦後初めてでした。そして舌打ちをして体を起そうとすると、あちこちの節々がぎくぎくと痛み、山名は思わずうめきました。

「あまり良いウィスキーじゃなかったな。あんなものを飲ませやがって」

 自分が持って行ったものであることもうっかり忘れて、山名は顔をしかめてぼやきました。

 昼頃になって、表に出て濃い珈琲(コーヒー)を二杯ほど飲み、やっと人心地がつきました。それからまた宛(あ)てもないので、ふらふらと下宿にまい戻り、ぽんやり机の前に坐り込みました。漠然たる自己嫌悪でうんざりするような気分でした。そしてふと眼をおとすと、机上の大切な原稿用紙の上には、斑々(はんぱん)と薄黒い模様が散らばっているのでした。それは鼠の足跡でした。なかんずく『五味の場合』という文字の上に印された足跡が、いちばん毒々しくはっきりとしていました。自分が書こうと思った小説を侮辱されたような気がして、とたんに山名はむっとしました。

「また猫もどきの奴だな!」

 二日酔いの状態にある時、人間はとかく情緒がたかぶりやすいものですが、この日の山名もそんな具合でした。彼は心中にかたく復讐をちかいながら、それをばりばりと破り捨て、次の一枚にあたらしく『五味の場合』と書き入れました。それからふと昨夜のメモを取っておく気になって、〈雑音嫌悪の傾向〉だとか〈神経ショック〉だとか、彼は心覚えを探り探りノートを取り始めました。その仕事をつづけながらも、実は昨夜のことを考えると、山名はなにか忌々(いまいま)しく、五味にうまくしてやられたという感じもするのでした。いろいろ収穫はあったにしろ、いい加減莫迦(ばか)にされたような感じが、心のどこかに残っていました。そしてそのままメモを進めている中に、山名は濛漠(もうばく)たる記憶の底から、とつぜん魚住浪子のことを思い出しました。それに続いてあの皮手帳のことが、ぱっと頭にひらめきました。山名はあわててペンを置いてポケットを探りました。手帳は折れ曲ってそこにありました。

 手帳に書かれた文字はほとんど判読できないものばかりでした。昨夜の泥酔をそっくり描いたようなものでした。山名は顔をしかめて、一枚一枚めくって行きました。四B鉛筆で書かれたのは、五味の字です。五味の字もやはりわけが判らない。ぐにゃぐにゃした四B鉛筆の跡を、やっと『水ブクレ』などと判読して、山名は呟いたりしました。

「水ぶくれなんて、あいつ足にマメでもつくってたのかな」

 ある頁にはやはり五味の鉛筆で、乱暴に絵が描いてありました。もちろん酔っぱらいの絵だから、めちゃくちゃな線です。頁の上方に描いてあるのは、爪がついているから、どうも指のつもりらしい。その指らしいものが二本。何かをつまんでる形かな、と思った時、山名の顔はさっと赤くなりました。それは指が何かをつまみ上げたところの絵でした。指からぶら下ったものの形は、そう見るとあの時のものの形とよく似ていました。いかにも皺(しわ)くちゃな布地の感じでした。絵の横には何か文字らしいものが書いてありましたが、それは支離滅裂でとても判読できませんでした。

「やったな」頰をびくびくさせながら、山名は暫くその字をにらみつけていました。「スケベエとかなんとか書いてあるんだろう!」

 ――その夕暮れ、山名申吉は顔をむっとふくらまして、学校の教員室に入って行きました。身体の節々が痛く、不機嫌でもあったのですが、昨夜の醜態を照れる感じもいくらかあったのでした。五味司郎太はもう来ていて、いつものように自分の席から、ぼんやりと教員室を眺め廻しておりました。二人は顔を合わせて、ちょっと目顔で挨拶し合っただけでした。山名のはどう見てもふくれっ面でしたけれども、五味の顔はいつもと同じ表情でした。別に親しげな色もなければ、その反対の色もない。初対面以来相も変らぬ、あのぼやっとした無感動な顔付です。昨夜一晩の交歓も、五味の情緒に何の影響も与えていない。全くそんな感じでした。莫迦にしてやがるな。山名も椅子に腰をおろし、不味(まず)い莨(たばこ)をしきりにふかしながら、何となくそう思いました。そう思うと彼はまた腹が立ってきました。力みかえっていたところを、ふいと肩をすかされた感じ。それが彼の鬱屈した怒りを行き場のないものにしました。

『やっぱり南方暑気の関係で――』とやがて山名は屈折した気持を持て余しながら、こんなことも考えてみました。『こいつの神経はどうかなったのに違いない。治ったなんて、嘘だろう』

 するといくらか可笑(おか)しさがこみ上げてきて、山名はすこし頰の硬(こわ)ばりをゆるめました。そうでも考えなければ実はやり切れないのでした。その山名のズボンの膝のあたりを、さっきから五味は巾着頭をかしげて、じっと眺めていました。

「面白い形だね。ちょいと九州の形に似ているよ」やがて五味は背をかがめ指をそこに近づけながら、いつもの声で言いました。「鼠が食ったんだね」

 そして五味の指が膝の皮膚に直接ひやりと触れたものですから、いきなり思考が中断され、山名はびくりとしてそこに眼をやりました。すると今までは気が付かなかったのですが、そこには直径二寸ほどの不規則な穴があいていました。その穴の形からしても、あきらかに鼠の仕業(しわざ)だと思われました。昨夜脱ぎ捨てたところを、嚙み破られたに違いありません。山名は狼狽しました。

「ちくしょうめ」

 山名は思わずそこに掌をもって行きました。夏のズボンはこれ一着しか無いのでした。だからあわてるのも当然でした。その山名のあわてた指が穴のところで、五味の指にちらと触れ合いました。五味の指はへんにつめたく、湿ったゴムのような感触でした。

「ウィスキーをそこに零(こぼ)したんだろ」五味はその手を引込め、小さな欠伸(あくび)をしながら言いました。「鼠という動物は、あれで案外アルコールが好きなんだ。僕も南方で経験がある」

 その声も耳に入らないように、山名は一心に穴を点検している風(ふう)でした。やがて充血した顔をのろのろと上げ、

「君んちには、鼠はいないのかね」

 と聞きました。それはなんだか調子の外(はず)れたような変な声でした。

 

     

 

 翌日の昼間でした。

 ある盛り場の大通りを、人混みの間を縫うようにして、五味司郎太はひょいひょいと歩いておりました。買物袋を提げているところを見ると、何か買物に出て来たのでしょう。

 偶然その時、その通りのある金物屋から、山名申吉が買物をすませて出て来ました。小脇にかかえているのは、特大の鼠取り器でした。そして彼はふと、歩いて行く五味の姿をそこに見付けました。呼び止めようとして、山名ははっと思い止った風に口をつぐみました。

 五味は何も気付かない様子で、ひょいひょいと歩いて行きます。十米ほど遅れて、山名は見え隠れに五味の跡をつけ始めました。

 ある大きなデパートの前までくると、五味の姿はふいに立ち止り、それから吸い込まれるようにその中に入って行きました。山名も直ちにそのあとを追いました。

 ある売場のガラス棚の前に立ち止り、五味は頭をかしげて、その中の品物にじっと見入っておりました。買おうか買うまいかと考えている風でしたが、やがて思い直したと見え、ふっと離れて歩き出しました。

 柱の陰から様子をうかがっていた山名申吉が、そこを飛び出して、足早にその売場の前にやって来ました。今しがた五味が眺めていたそのガラス棚には、爪切鋏がずらずらと陳列されてありました。山名はちょっと考え込む顔付になり、それから急に何かを思い付いた風に女店員を呼び、その一個を買い求めました。

 その時五味は文房具売場の前に立ち、ガラス棚の中をのぞき込んでいました。そこには油絵具のチューブがきれいな配列で飾られていました。やがて五味は諦(あきら)めたように頭を振り、そこを離れました。

 すると待ちかねたようにそこらの物陰から、山名の丸っこい姿が飛び出して来て、その前に立ちました。そしてチューブの配列を眺めてちょっと戸惑ったようでしたが、やはり直ぐに店員を手招きして、レモンイェローのチューブを指さし、そそくさと代金を支払いました。そして品物を受取ると、再びいそいで五味のあとを追いました。

 今度は五味は帽子売場の前に立っていました。

 山名は万年筆売場のかげにかくれて、その五味の姿をじっと見張っておりました。そしてなんだか嬉しそうなうすら笑いを浮べて、口の中で呟きました。

「神経ショックか」

 五味が欲しそうに眺めたものを全部買い求めて、そっと気取(けど)られないように買物袋の中に入れてやる。家へ帰って買物袋をひろげると、五味は愕然(がくぜん)とするだろう。おれは心神喪失の状態で万引したのかな、と疑ったりして惑乱するだろう。などと考えて山名はうす笑いをしていたのでした。そのショックで南方の神経病がぶりかえすとなれば、なおのこと面白かろう。

「おや。あんなものが欲しいのかな」

 向うの方でさっきから、五味は台から帽子をひとつつまみ上げて、その生地(きじ)を調べていましたが、今度はそれをひょいと頭に乗せました。かぶり心地を試してみるのでしょう。それはベレー帽でした。ベレー帽をいただいた巾着頭を遠望した瞬間、痙攣(けいれん)的な笑いがいきなりこみ上げてきて、山名の咽喉はしゃっくりのような音を立てました。体をよじって笑いを忍んでいるこの肥った男に気付いて、万年筆売場の売子のひとりが、気味悪そうな顔で後しざりしました。

 五味はベレー帽を台の上にもどし、またぶらぶらと歩き出しました。

 山名は笑いを収めてかくれ場所を飛び出し、そのベレー帽を摑(つか)みました。金を払ってそれを包ませ、五味のあとを追ってまたせかせかと階段をのぼりました。五味の姿はその登り口付近には見えませんでした。

 あわててきょろきょろすると、はるか彼方に、あの特徴のある頭が、やっと見当りました。この階は、客の影がすくないので、山名は背丈を縮めるようにして、忍び足で、五味の方に近づいて行きました。

 柱のかげからそっと覗(のぞ)くと、五味は楽器売場の前に立って、一合のグランドピアノに一心に見入っておりました。

「ピアノじゃとても買い切れない」自分の財布の中味を思い、山名はがっかりしたように呟(つぶや)きました。「第一あの買物袋に入り切りゃしない」

 しかし実は五味はピアノを眺めているのではありませんでした。その黒いすべすべした楽器の肌にうつる自分の顔に見入っているのでした。この顔にベレー帽が似合うかどうか、そんなことをぼんやり考えていたのでした。やがて五味は首を振り振り、そこを離れました。

 それから五味は階段をひょいひょいと降り、ふたたび表の通りに出ました。そこから近くの交叉点の安全地帯に立ち、やがてやって来た都電に乗り込みました。都電はなかなか混んでいて、すし詰めでした。五味は窓際に押しつけられて、呼吸(いき)苦しく外の景色を見ていました。

 その五味の直ぐうしろに、山名申吉の肥った体が、人目を忍ぶようにちぢこまって立っていました。そして顔の筋肉を奇妙に硬ばらせ、電車の動揺を利用して、手をもそもそと動かしました。五味は外の景色にすっかり気を取られていたので、買物袋までには注意が廻りませんでした。まして山名がうしろに立っていることにも全然気がついていませんでした。――

 その夕暮れ、この両人は教員室で顔を合わせました。いつもの通り目顔で挨拶し合っただけでしたが、山名は昨夜のふくれっ面と違って、今夜はにこにこと生甲斐のありそうな顔をしていました。五味の方は別段変化は認められないようでした。その五味をちらちらと横眼で窺(うかが)いながら、山名は落着かない風に貧乏揺すりをしてみたり、ひょいと顔をねじ向けて、近頃何か面白いことはないかね、などと話しかけたりしました。

 五味は言葉すくなくそれに答え、あとは何時ものように脚をぶらぶらさせ、教員室を見廻したり、ぼんやりと天井を眺めたりしていました。

 それから四五日が過ぎました。

 真夜中のことでした。

 山名申吉はぱっと眼が覚めて寝床からはね起き、急いで電燈をつけました。そして部屋の一隅に眼を走らせました。

 そこに仕掛けた鼠取りに、黒いものが入っていて、がたがたと動いていました。

「しめた。猫もどきだ」

 山名はわくわくしながら、顔をそこに近づけました。それはまさしくあの『猫もどき』でした。特大の鼠取りでしたが、『猫もどき』が入るとそれだけでいっぱいでした。

「やい」

 と山名は呼びかけました。『猫もどき』はじっと山名を見返しました。もっとも顔を外(そ)らそうにも、金網いっぱいの超満員なので、首も動かせないのでした。入っているのはやっと体だけで、尻尾は全部外にはみ出ているような始末でした。山名はその顔をしばらく一心に見詰めていました。

「全く厭な眼付だ。五味の眼にそっくりだ」

 やがて吐き出すように山名はそう言いました。鼠の視線もじっと山名に固定していました。そう言えば、それはどこか五味司郎太の眼玉に、感じが似ていました。それはこちらを見ているくせに、こちらを通り抜けて向うを見ているような眼付でした。恐れも悲しみも喜びも、その眼にはないようでした。

「ほんとなら殺してやるところだが――」

 島津鮎子の下着のことやズボンの穴のことを思い出して、山名はことあたらしくその顔を睨みつけました。あのズボンの穴は、山名は一晩つぶして、不器用につぎを当てたのです。実は新しいのを買おうと思ったのですが、五味にあの奇妙なプレゼントをしたおかげで、予算が無くなってしまったのでした。やがて山名は鼠から眼をそらしながら、忌々(いまいま)しそうに呟きました。

「まあ命だけはたすけてやる」

 翌朝、病気欠勤の速達を学校宛てに出し、日が暮れるのを待ちかねて、山名は外出の支度をととのえました。そして大きな風呂敷を出し、その鼠取りを『猫もどき』ごと包み込みました。包まれると『猫もどき』は急に不安を感じたらしく、キュウキュウと啼(な)きました。それには耳もかさず、山名はその包みをしっかと小脇にかかえて立ち上りました。

『一体あいつはすこしはショックを受けたのかな?』

 三十分ほどの後、山名はしきりにそんなことに考え耽(ふけ)りながら、電車に揺られていました。あの日ベレー帽其の他を、うまく五味の買物袋に辻(すべ)りこませたにも拘らず、歴とした反応がまだ五味にあらわれてこない。それが山名にはすこし不満なのでした。

『もし俺があんな目にあったとすれば、とても平気じゃおれないんだがな』

 あいつは特別だからな、などと呟きながら、山名は包みを持ち換えました。包みは嵩(かさ)の割に不気味な重量感があるのでした。やがて電車から降りると、山名は心覚えの道をまっすぐ五味の家さしてとっとっと急ぎました。

 五味の家は燈が消えていました。主は今頃学校の教壇に立っているのでしょう。山名は体を横にしてそっと門を入り、跫音(あしおと)を忍ばせて家のうしろ側に廻りました。そこに空気抜きの小窓があるのを知っていたのです。あたりにはかすかに虫音が聞えるだけで、あとはしんと静かでした。『こんど轡虫(くつわむし)をたくさん持ってきて、この庭に放してやろうか』山名は風呂敷包みの結び目をときながら、そう思いつきました。雑音があると勉強ができない。その五味の言葉を思い出したのです。『いずれそれも実行することにしよう』

 小窓に鼠取りをあてがい、そろそろと落し戸を引きました。暗がりの中で鼠の体がじりじりと後しざりするのが見え、そしてふっと鼠取りが軽くなりました。小窓から家の中に入り込んだのです。

『さあ。あれが五味家の鼠の第一号だぞ』

 門をすり抜けて道を戻りながら、山名は声なき声をたてて笑いました。五味の家には一匹も鼠がいない。ズボンの穴に気付いたあの時、山名の質間に答えて、五味はそう言ったのです。実はそれを聞いた瞬間に、山名の胸にこのアイディアが天啓のように湧き上ってきたのでした。鼠を生捕りして、そっとこの家にほうり込む。しかしその鼠をつかまえるとしても、まさか『猫もどき』がかかろうとは、昨夜まで予想もしなかったことでした。

 その夜下宿に舞い戻り、ごろりと寝床に横たわったまま、山名は眼をぱちぱちさせて何かを考え込んだり、時々低い声で独り笑いをしたりしていました。五味の炊事場が荒される有様とか、天井をかけ廻る『猫もどき』の足音などが、山名の想像にまざまざと浮んでくるのでした。それから五味の困惑や狼狽を想像したり、今夜の自分の成功を祝福したりしているうちに、山名は突然妙なことに気が付きました。

『そう言えばこの俺もおかしいことはおかしいぞ』

 あのアイディアが心に浮んで以来、山名は自分の胸の中に、今まで感じたこともない奇妙な情熱の高まりをずっと感じていたのでした。

 生れて以来あてもなくぼんやり生きて来て、情熱などというものには自分は縁がないと思い込んでいたのに、三十一歳の今になって、とつぜんこんな情熱が湧き立ってきた。しかもその情熱が、五味司郎太という個人への厭がらせ、その一点だけに燃え上っている。そう気がつくと、山名はなんだか妙な感じがしないでもありませんでした。おかしいと言えば、少しおかしな話でした。

「しかしおかしいのは、なにもこの俺だけじゃない。人間はみんなおかしいよ」

 どしんと寝返りを打ちながら、山名はそう呟きました。おかしいたって、あれ以来の毎日を充実して過してきたのは事実だから、それならそれでいいじゃないか。山名はそう自分に言い聞かせました。実際気がつくと、あれ以来夜もよく眠れるようになったし、彼を悩ましていたあの神経衰弱気味の感じも、すっかりけし飛んだような感じでした。

 それからまた一週間ほど過ぎました。

 二人は相変らず毎晩教員室で顔を合わせていました。別段変ったところもありませんでした。五味はいつもの五味だし、山名はまあいつもの山名でした。

 ある夜の休憩時間、山名は膝に手を伸ばして、ズボンのつくろった箇所を何となく撫でていました。五味のぼんやりした視線が、ふとそこに止りました。

「修繕したんだね」

 と五味はぽつんと言いました。

「ああ。自分でやったんだ」と山名は五味の方に顔をねじむけました。何だかいそいそとした動作でした。「実際鼠って奴は仕様がない動物だなあ。うちにはぞろぞろ居るんだ。君の家がほんとうにうらやましいよ」

 実を言うと、鼠のことを訊ねてみたい欲望が、この数日しきりに胸をそそのかすのですが、山名はじっと我慢していたのでした。うっかり訊ねると尻尾(しっぽ)を出すおそれがあるからでした。しかし今は絶好の機会のようでした。それで山名はさり気(げ)なく言葉をつづけました。

「でも君の家に鼠が住みつかないのは、不思議だねえ」

「ちっとも不思議じゃないよ」

 と五味はそっけなく答えました。

「不思議だよ、やっぱり」

 山名は顔を元に戻しながら、つづけてさも自然らしく訊ねてみました。

「全然出て来ないのかね?」

「四五日前、一匹出て来たよ」と五味はあたり前の調子で言いました。「久しぶりに旨(うま)かった」

 ぐっと咽喉(のど)が詰まるような気がして、山名は五味の顔を見ました。そして思わず押えうけたような声を出しまし

た。

「君は鼠を食べるのか?」

「ああ」と五味は気のなさそうにうなずきました。「南方でもずいぶん食べた」

 山名はそれでしゅんと黙ってしまいました。南方の元工兵を忘れたのは、全くの不覚でした。これでは鼠が居付かないのも、当然の話でした。

『よし今度は轡虫(くつわむし)だ』

 そっと唇を嚙みながら山名は心の中で呟きました。

 あの一日の苦労が無駄になったことも、忌々しい極みでしたが、あの大鼠の運命を想うと、かつての憎しみも忘れて妙に可哀そうな気がするのでした。五味なんかに食べられるなんて、なんと不幸な鼠だろう。よし、俺が仇をとってやる。黙りこんだまま、むらむらと湧き上るものを体内に感じながら、山名はひそかに力んでいました。

 それからまた十日ばかり、風のように過ぎました。

 巷(ちまた)にはもう秋風が満ちていました。

 ある夜、山名は相当に酔っぱらって、よろよろと自分の部屋に戻ってきました。学校の帰途、そこらの屋台で、ひとりで一杯ひっかけたのです。実は今日は学校から月給が出たのでした。しかし山名が酒を飲む気になったのは、そのせいだけではありませんでした。あまり面白くないことが今夜あったのです。

 それは五味が今夜、しごく平気な顔をして、あのベレー帽をかぶって来たからでした。

 あの買物袋への投げこみの効果については、いくらか危惧(きぐ)はあったにしろ、山名はまだまだ充分な自信を持っていたのでした。ところが今日はその自信を全然くつがえされたような形だったのです。

 今夜ベレー帽に山名が気がついたのは、課業がすっかり終ってからでした。ふと隣りの席を見ると、五味がそれをちょこんと頭に載せていたのです。山名はぎょっとしました。

「それ、買ったのかい」

 少し経って、山名はかすれた声で、そう訊ねました。

「いや」

 と五味はかんたんに首を振りました。それだけでした。

「じゃ、貰ったのかい」また少し経って、山名はも一度訊ねました。

「いや」と五味は帽子に手をやって、位置を少し直しました。「買物から戻ってくると、僕の荷物の中に紛(まぎ)れこんでいたんだ」

「へんな話だね」

「へんでもないよ。誰かが間違えたんだろう」と手をおろしながら、五味は変哲もなく言いました。

「間違いということは、誰にでもあることだからね。珍らしくはないさ。どうだい、似合うかね?」

 君の顔に似合うわけがない。そんな言葉が山名の口から飛び出る前に、背後からとつぜん魚住浪子の声がしました。

「あら、素敵ね。よく似合うわ」

 その声を聞いて五味は嬉しそうに笑いました。五味のこんな笑い方は、山名はあまり見たことがありませんでした。

「はい。給料よ。五味先生」

 魚住浪子は月給袋を持って来て呉れたのでした。五味には先生と呼ぶのに、俺には先生をつけない。そんなことを考えながら、山名は鬱然(うつぜん)とした表情で自分の月給袋を受取りました。全く面白くない気持でした。

 こういう経緯(いきさつ)があって、山名はつい酒を飲む気持になったのでした。

 しかし飲んでいるうちに、やはり酒というものは有難いもので、ふしぎな力が山名の胸にすこしずつ盛り上ってきたようです。

「よし、魚住浪子は俺がものにしてやる」

 盃を傾けながら、山名はしきりにそう呟(つぶや)き、肩を力ませていました。五味はたしかに魚住に惚れている。その五味を打ちのめすには、確かにこれは効果的な方法だ。そう思うとあの奇妙な情熱が、ふたたびむくむくと山名に湧いてくるのでした。まったく不死身な情熱でした。

 今は真夜中です。

 山名申吉は布団の中に丸々と眠っています。酔っぱらって電燈を消し忘れたので、淡い光が彼の顔をしずかに照らしています。それは全く健康そうな、むしろ無邪気な感じの寝顔です。満ち足りた寝息が規則正しく鼻孔から出入りしています。

 四五日前の夜五味の庭にそっと投げ込んだあの轡虫たちが、生憎(あいにく)とその庭の先住者たる蟷螂(かまきり)に、すっかりその夜のうちに全滅させられたことも知らないで、この肥った男はひたすら眠っているばかりです。

 机上の原稿用紙は、『五味の場合』という題名だけが記されたまま、うっすらと埃をかぶっています。電燈の光はそこにもあわあわと落ちています。この『五味の場合』という小説は、おそらく題名だけで、中味は永久に書かれないのではないでしょうか。どうもそんな気が、私にはします。もうその必要も、山名にはなくなったでしょう。

 

2022/08/26

ブログ・アクセス1,800,000アクセス突破記念 梅崎春生 ある青春

 

[やぶちゃん注:昭和二七(一九五二)年六月号『群像』に発表された。既刊本には収録されていない。

 底本は「梅崎春生全集」第五巻(昭和五九(一九八四)年十二月沖積舎刊)に拠った。

 太字は底本では傍点「﹅」。文中に注を添えた。

 本篇の話柄内時制は冒頭部の「二十歳」という記載から、熊本五高時代の、数えなら、昭和九(一九三四)年、満年齢なら、その翌年に当たる。昭和九年ならば、怠け癖によって三年生を落第した年に当たる。この頃は、校友会雑誌『龍南』の編集委員を担当するとともに、同誌に詩を発表していた(ブログ・カテゴリ「梅崎春生」に各個に電子化注してあるほか、サイトで藪野直史編「梅崎春生全詩集」(ワード縦書一括版)を公開してある)。主人公も落第しているが、或いは、本作の「N」という落第生には、実は梅崎春生自身の影が込められているのかも知れない。先に言っておくと、本篇は途中で尻切れている感がある

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが本日午前中に1,800,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

   あ る 青 春

 

 Nがある時、こんなことを言った。食事時だ。

「おれは子供のとき、おあずけをやらせられてたんだぜ」

「おあずけって、なんだね」と私は聞いた。

「おあずけって、おあずけさ。そら、犬なんかに命令するだろう。おあずけ。あれだよ」

 よく判らなかった。きっとNはその言葉を、隠喩(いんゆ)のつもりで言っているのだろう、と私は思った。私は黙っていた。するとNは箸を止めて、顔を上げた。うすいあばたのある大きな顔だが、その時はいつもよりも、一廻り大きく見えた。

「親爺が晩酌をやっているだろう。そしておれが食卓につくんだ。箸をとろうとすると、親爺が大きな声で、おあずけ、と号令する。おれは箸を置いて、親爺の晩酌がすむまで、じっと待っている。二時間でも三時間でも、待っているんだ」

「それはたいへんだな」と私は同情した。しかしその時、そんなNの子供のときの顔を、私はうまく想像できなかった。Nは私より二つ年長で、歳の割にはたいそう大人びた顔をしていたし、眼つきにもどこか暗いところがあった。つまり子供時分を類推させない顔だったのだ。

「辛かったよ。いつからそんなしきたりになっていたのか、おれにも記憶がないんだ。たぶん、物心もつかない頃から、犬を訓練するように、親爺はおれにおあずけを仕込んだんだろうな。きっとそうだよ」

 どういうことから、こんな話になったのか、私はよく覚えていない。しかしその時下宿の茶の間で、むかい合って食事をしていたことだけは覚えている。その古ぼげた素人下宿は、私たちが通っていた高等学校の裏手の、桑畑にかこまれた一郭にあった。賄(まかない)付きで月に十六円という、当時の田舎町にしても、破格に安い下宿屋だった。そのせいか待遇も安直で、三度々々油揚げが形をかえて出でくるような賄方だった。で、その時も、油揚げの煮付けか何かで、昼食をとっていたのだと思う。

「――食いたい食いたいと思って、一心に食卓をにらみつけている。おあずけは解けない。そのうちに眼の前の食べ物が、だんだん妙な具合に見えてくるんだな。腹はグウグウ鳴るしさ。まっ白い飯の色。味噌汁や煮付けの匂い。そいつらが内臓のどこかを、痛烈にぐいぐいとつき上げてくる。それと同時に、だな。眼の前の食べ物が、ただ膳の上に並べられているだけで、全然おれと関係のない物体のように、それも大昔からそうと決まっていたもののように、子供のおれには思われてくるんだ。そういうおれを、親爺は横目で見ながら、ゆっくりと盃をかたむけている」

「君の親爺さんは――」と私は訊(たず)ねた。「なにかね。ほんとの親爺さんだったかな?」

 Nはそれには返事をしなかった。大きな顔をかすかに振り振り、御飯を口にはこびながら、やがてはき出すように言った。

「親爺は大酒飲みで、しかも酒乱なんだ。いずれ中風でヨイヨイになるだろう。前の夏休みに帰ったとき、おれが勧(すす)めて、血圧を計らせたんだ。二百にちかかった」

 私たちは勤勉な学生ではなかった。私は二十歳。Nは二十二歳。ことにNは前年度に落第して、それで私と同級になったわけだ。今度つづけて落第すると、規定にしたがって、学校を出なくてはならない。それだのに、一学期も二学期も、彼は成績が悪かった。学期々々の成績は、校舎の一隅におおっぴらに貼り出される仕組みなので、貼り出された自分の成績に、大きな顔を悲廣にゆがめて眺め入っているNの顔を、私は思い出すことができる。それは反撥と嫌悪で腹の中がまっくろになったような顔だった。

 しかしそれもその時だけで、あとは彼は忘れてしまう。三学期になっても、身を入れて勉強するそぶりは全然なかった。しょっちゅう課業を怠けて、下宿に寝ころんで小説類を耽読したり、下手な謡曲をうなったり、夜は夜でマントをかぶって、街に酒を飲みに行ったりしていた。Nは年齢の割には酒はつよかった。どんな酒でも飲んだ。銘柄や味を吟味する方の口ではなかった。

 そしてNは金使いも荒かった。彼の実家は田舎の小地主で、それで私などにくらべて、潤沢な学資を送られていたんだと思う。しかしその金をNは、私から見るとほとんど無目的な浪費の仕方で、使い果たしてしまう。ふだんはゴールデンバットしか喫わないのに高価なパイプを買い求めたり、近くの温泉地にぜいたくな小旅行を試みたりするのだ。それは年若の私にも、すこし感傷的なやり方にさえ思われた。そしてしょっちゅうあちこちに借金をつくって、ピイピイしていた。

 その下宿は、拘橘(からたち)の垣根にかこまれたうす暗い家で、その離れの二部屋を借りて、私とNとはそれぞれ棲(す)んでいた。朽ちかけた竹の濡れ縁のついた、古ぼけたつくりの部屋だ。その主は年寄りの能楽師で、時折母屋の方から、鼓をうつ音や、歯の抜けたような謡い声が聞えてきたりする。そこらあたりに湿った土の匂いや、漠方薬を煎(せん)じる匂いが、いつもうすうすとただよっている。廂(ひさし)のひくい、だだっぴろい構えの家だった。下宿人は私とNの二人だけであった。こんな下宿をとくに好んだのではなく、下宿料が安いという取柄だけで、私はここに入っていたのだが、Nも同じ気持であったかどうかは判らない。おそらく同じではなかっただろう。学資の点からしても、経費を節減する必要は彼にはなかったのだから。そんなことは彼にはどうでもよかったのかも知れない。部屋は棲むに足ればよかったし、食事は油揚げであろうとなかろうと、腹を充たせばそれでいい。彼の日常からして、そう考えているようにも、私には見えた。それは育ちの違いというものを、私にときどき感じさせた。私は貧しい官吏の伜であったし、したがって貧しさということに対して、極めて敏感に気を使っていたし、自分の生活をストイックなものに思いなす意識が、常々私を離れたことがなかったから。そういう点で、私は彼の生態を、実感としては理解できなかった。ただ規則立った学業が嫌いだという点において、私は彼と共通していた。私も学校をさぼって絵を描いたり、母屋の老人について仕舞の型をならったり、Nにくっついて酒を飲みに行ったり、毎日そんなことばかりをしていた。その日その日がのんびりと過ぎればいい。そんな気持だった。だから私も極めて成績は悪かった。学年末が迫ってくるにつれて、しだいに私は憂鬱になっていた。試験の前の莫大な努力をかんがえるだけでも、私の気持は重くなった。努力とか力行とかいうことを、私は昔から好きな方ではなかったのだ。

 私たちがよく酒を飲みに行ったのは、田島屋といううどん屋兼居酒屋の店だった。学校は町からすこし離れたところにあって、私たちは下宿を出ると、学校の横手のさびしい畠道をぬけ、馬糞のにおいのする街道に出る。街道をしばらく歩くと、町の屋並みがやがて見えてくる。田島屋はその屋並みのいちばん入口のところにあった。なぜこの店に行くかといえば、ここが多分下宿からもっとも近い居酒屋だったからだ。(他にもひとつ理由がある。)もちろんこんな店には、私たちをのぞけば、高等学校の生徒などは出入りをしやしない。皆あかるい街に出て、ビヤホールや契茶店に入ったりするのである。田島屋の客は、おおむね近所の百姓や馬方や、そんな種類の人々が多かった。土間があって卓が四つ五つおいてある。奥には畳敷きの部屋がひとつある。土間の隅を格子(こうし)で仕切って、そこが調理場になり、何時もそこに一人の小娘がいて、うどんを茹(ゆ)でたり、徳利をあたためたりしていた。十六、七の色の白い、影の淡い感じの小女(こおんな)だった。その女をいつからNが好きになるようになったのか、私はよく知らない。学年末がそろそろ迫ってくる頃ではなかったかとも思う。

「あのギンコという女を、お前どう思うね?」

 Nは私にそんなことを聞いた。ギンコという名前であることを、私はその時初めて知った。

「どう思うって――」と私は口ごもった。どんな意味の質問なのか、よく判らなかったからだ。「あれはどこか身体が、弱いんじゃないかな。眉毛が妙にうすいじゃないか。病気なのかも知れないな」

 その病気の名を私は不謹慎に口にした。Nはやや暗い眼をまっすぐ私にむけ、考え考えしながら口を開いた。

「あのこは孤児なんだぜ。生れつきのひとりっ児なんだ。身寄りがないもんだから、あそこに引取られているんだ」

「だから影がうすい感じなんだな。しかし君はそんなことを、よく知っているんだね」

「おれはギンコが、好きなんだ」

 Nははっきりした口調で、そう言った。私は気押されたように口をつぐんでしまった。めらめらと燃え上るようなものが、Nのその言葉に感じられたからだ。それは同時にある理由から、いちまつの危惧みたいなものを、するどく私に感じさせた。一年近く隣同士に生活していて、Nの性格や日常をかなり知っていたので、いまNが女を好きになったことは、それだけである破局を私に漠然と予想させた。少し経って、私はさり気なく言った。

「好きになるのもいいけれど、今度は及第する算段をした方がいいと思うな。僕もそうするつもりだし――」

「そうすりゃいいだろう」

 そっけない口調でそうさえぎると、Nは盃(さかずき)を口に特って行った。その時私たちは、田島屋の奥座敷で、向い合って飲んでいたのだ。ここではよく芋焼酎をのませたが、その夜も確かそうだと思う。隙間風が肌にひりひりするような寒い夜だった。底冷えがして、酒でも飲まなければやり切れないような気侯だった。

「おれは近頃何だか、ばかばかしくなっているんだ」しばらくして袖口で唇を拭きながら、Nが言った。「ここで踏んばって勉強して、どうにか進級したとしてもさ、また同じような生活がえんえんと続くだけだろう。そりゃあまあ、続いてもいいけれどもさ、それを続けるために、寒い中をこつこつと勉強するなんて、とにかく何だか、やり切れない感じがしないかい」

「しないね」と私は答えた。「落第する方がよっぽどやり切れないよ。君だって、実際学校を追い出されるのは、困るんだろう」

「うん。それはすこしは、困るんだ」

 言葉ではそう言ったけれども、そのNの顔には、なんだか自分の内部のものを持ち扱いかねているような、奇妙な焦噪の色があらわれていた。私はまぶしくそれを見た。

「学校を追い出されたら、家に帰らなくてはいけないしな。家での生活は、おれはあまり面白くないんだ。酒もろくには飲めないし」

「それでギンコを好きになったとは、どういうことだね」

 と私は声をひそめて訊ねてみた。座敷の障子の破れから調理場が見え、ただよう湯気のあわいにギンコの姿がちらちらと動いていたからだ。Nのうす赤く血走った眼が、なにかいどむような光をたたえて、私を見詰めた。私はたじろいだ。

「好きということは、好きということさ。他に言い方があるかい」

 Nは女色には潔癖であったし、その頃彼はまだ、童貞であっただろう。潔癖というよりは、一部の高校生に特有な、無関心という感じに近かったと思う。だからNの言い方は、おそらく本音であったに違いない。しかしそのNの言葉を聞いた時、私はなにか当惑に似たものが、ひしひしと胸にのぼってくるのを感じていた。それは顔色に出さず、私はも一度探るように、Nに確かめていた。

「あのこがみなし児だから、なんだか不幸な感じがするから、君はあれを好きになったんじゃないだろうな」

 Nは不興気(げ)にだまった。その話はそこでとぎれた。だからよくは判らないけれども、私の質間はある程度、的(まと)を射ていたのではないかと思う。Nの日常から見て、不幸への傾倒とでも言ったようなものを、いつか私は彼の内部にうすうすと嗅ぎ当てていたから。つまり、この世の約束をはみ出て揺れ動くようなもの、尖鋭な光を放ち、かぐろい翳(かげ)を隈(くま)どるようなもの、そんなものを彼は無意識裡に切に求めているらしかった。そしてそれはその底に、平板な現実にたいする不信を、根強くひそめているようだった。おあずけをくった犬みたいな眼で、彼は自分の毎日を眺めている、それが彼の性格に、あるイリタブルな調子と狷介な傾向を、しだいにつけ加えてきている。これはもちろん私の観察にすぎないし、彼自身にもはっきりした自覚はなかったのだろう。彼のギンコヘの関心の仕方も、そういう焦点のむけ方なのだろうと、その時の私には思えたのだが。そしてそれ以上、ギンコについて言及するのを、私ははばかった。[やぶちゃん注:「イリタブル」irritable。「怒りっぽい・腹を立てやすい・激しやすい・短気な」の意。]

 その時まで私は、その女がギンコという名前であることも、みなし児であるということも、ほとんど知らなかった。しかし実は私は、ギンコの身体をすでに知っていた。ギンコは田島屋の雇い女でもあったけれども、同時に半分は春婦でもあったらしいからだ。田島屋の主人がギンコに、そんなことを強制していたのかどうかも、私は未だ知らない。ある夜偶然に、私は彼女の一夜の客となったに過ぎない。それもずいぶん前のことだった。まだ夏服を着ていた頃だったから、初夏か秋口のことだったに違いない。

 ある夜遅く私はひとりで街から帰ってきた。ずいぶん夜も更(ふ)けていて、街道にも人影はなかった。そして田島屋の店の表の提燈(ちょうちん)のかげから、突然そのギンコは私を呼び止めたのだ。

「ねえ。学生さん」

 私は立ち止った。私はすこしは酔っていた。提燈の乏しい光の中に、ギンコの顔が白い花のように、ぽっかり浮んでいた。それは妙に非現実的な感じだった。その顔が言った。

「ねえ。遊んでゆかない?」

 どんな気持であったかよく覚えていない。しかしその声にすぐ応じる気特になったのは、私の酔いの気紛れだったのだろうとも思う。私は平常身を持するに臆病であったし、冒険(?)は私の性には全然合わなかった。あるいは、提燈の光に照らされたギンコの、眉のうすい混血児めいた印象に、ふと強くひかされたのかも知れない。ごくありふれた顔でも、これが春婦だと意識した瞬間に、はげしくひきつけられたりすることが、時たま男にはあるものだ。私はまだ二十歳ではあったけれども、男であることは一応男だったのだから。

「そうだな。遊んでもいいな」

 私はいっぱしの男のような口を利(き)いた。女身にたいする畏怖や警戒を、私は出来るだけかくそうと努めていた。また一面には、こんなにスムーズに機会がやって来たことを、ひそかに喜ぶ気持もあったのだ。そのことは私に既知の経験ではなかった。しかしそれを眼の前の女身に知られるのは、私の自尊心が許さなかった。今思うと、あの頃の私は現在の私より、ずっとひねくれていたようだ。

 そして女の手が私に触れた。ギンコは花模様のワンピースを着ていた。腕をからむようにして、私を田島屋の店のなかに引き入れた。その動作はやわらかで、ひどく手慣れたやり方のように感じられた。私はほとんど無抵抗にそれに応じた。燈が消され、女が服を脱ぐ衣(きぬ)ずれの音が、闇の底でかすかに鳴った。出来るだけ無恥に! なにかをいらいらと待ちながら、私は自分にそう命令したりしていた。やはり緊張に耐えられなかったからだ。時間が過ぎた。

 やがて田島屋を出て下宿の方に戻りながら、私はいくらか虎脱した気特で、女身の記憶をしきりに反芻(はんすう)していた。ちりちりした髪の感触、肌の匂い、双の肩胛骨(けんこうこつ)のぐりぐりした動きなど。それらは断(き)れ断れな印象として、私の皮膚に残っていた。女なんて貧しいものじゃないかと、月を仰ぎながら、私はふと考えたりした。それが自分の生理の貧しさとは、私は考えなかったし、また気がつきもしなかった。自分を泥土につき落したつもりでいて、そのことで私はむしろ昂然(こうぜん)としていた。

 その夜のことは、私は誰にもしゃべらなかったし、Nにも秘密にしていた。しゃべったって始まらないじゃないか。それが若い私の自分への言い訳だった。しかしやはり私はそのことを、恥じたりこだわったりしていたのだろう。

 ギンコとの身体の交渉は、それまでにはそれ一度だけだった。その夜から一箇月ほどして、私はNをつれて田島屋ののれんをくぐった。酒を飲むためだ。しかしも一度あの女の顔を見たいという気特は、私には確かにあった。ギンコは格子(こうし)のなかで、せっせと注文のうどんを茄(ゆ)でていた。私の顔を見ても、空気を見るようで、べつだん表情を動かす風(ふう)もなかった。私はやや失望したし、また軽侮されたような気にもなった。Nは始めてのこの店を、なかなかいい店じゃないかと、大きな顔を左右にむけて、吟味するように眺め廻したりした。こんな店をNはそれまであまり知らなかったので、手軽で実質的なところがひどく気に入ったようだった。それから私たちは、しばしばこの店に通うようになった。ことに寒くなってくると、遠い街まで出かけるのは億劫(おっくう)なので、自然と田島屋に通う度数もふえてきていた。もうその頃はギンコの存在も、かすかな痛みの一点として胸に残るだけで、大体酒の運び手以上にはみ出た感じは、私からはすでに消え去っていた。強いて私は自分の心の一部分を、切り捨てていたのかも知れない。そんなことで心を労するのは無益だと、いつか私は心の底で計算していたのだろうから。

 しかしNがギンコを好きだと宣言したあの時、そのギンコとのいきさつを私が告白するのをはばかったのも、たんに羞恥やこだわりのせいではなかった。私の内部にある核のようなものを、Nの言葉がなにかするどく刺戟してきたからだ。私はNの網膜を通して、ふいに新しく生き返ってきたようなギンコの姿を、その時ありありと感知していた。イリタブルな情緒が私の心をゆすぶった。はげしい当惑に似た感じも、同時に胸にきた。

『学校がうまく行きそうにないもんだから、それでヤケになって、女に惚れやがる』

 毒々しく言えば、そんな気持にもなりながら、私はNに相対していたと言ってもいい。しかしヤケになっているのは、私の方かも知れなかった。試験のことも自信はなかったし、その準備の重さを考えるだけでも、少からずいらいらしていたのだから。

 そして私は実のところ、Nを嫉妬していたのかも知れない。平板な現実への不信から、強烈な夢をよそに結び得る彼の性格、それを許す彼の育ちや境遇。それらを瞬間に私は羨望し嫉視していたと、言えば言えるだろう。つまり私はNにたいして、この一年間単なる観察者であったことに、突然やり切れなくなっていたのだ。私のような経歴や性格にとって、無感動ということが、この世に身を処するもっとも有利な方法であることを、当時の私はもううすうすと感じ始めていたが、それを裏切ったのは、やはり私の『若さ』であった。『若さ』が持つ盲目的な衝動であった。

2022/08/10

ブログ・アクセス1,790,000アクセス突破記念 梅崎春生 雨女 雨男

 

[やぶちゃん注:「雨女」は昭和三七(一九六二)年十一月号『小説新潮』に、その完全な続編である「雨男」は、同誌の翌昭和三十八年の一月号と、三月号に「(続)」として連載発表された。既刊本には収録されていない。

 底本は「梅崎春生全集」第四巻(昭和五九(一九八四)年九月沖積舎刊)に拠った。「雨男」は以上の通り、二回連載であるが、底本では一本に纏められているため、どこで切れたのかは判らない。

 文中に注を添えた。なお、本篇に登場する「山名」という姓のエキセントリックな副主人公は、梅崎春生の他の小説にもたびたび登場するのだが、そのモデルは彼の友人の画家秋野卓美(大正一一(一九二二)年~平成一三(二〇〇一)年)である。「立軌会」同人(元「自由美術協会」会員)で、春生(大正四(一九一五)年生)より七つ年下である。エッセイに近い実録市井物の「カロ三代」に実名フル・ネームで登場している。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが本日、つい先ほど、1,790,000アクセスを突破した記念として公開する。【藪野直史】]

 

   雨  女

 

 縁側に腰をおろして、ぼんやりと庭の秋草を眺めていると、裏木戸の方角から瓶のようなものをぶら下げて、山名君が入って来た。彼は玄関から堂々と入って来ることもあるし、時には勝手口から、また時には裏木戸を押してスイスイと、その時の気分で入って来るのである。つまり私の家を自分の家同然に考えているらしい。ちょいと頭を下げた。

「御免下さい。長いこと御無沙汰しました」

「うん。久しぶりだねえ。まあ掛けなさい」

 私は座蒲団を押しやった。

「すこし瘦せたようだね。どこかに旅行でもしていたのか」

 いつもはふくらんだような顔をしているのに、今日見ると妙にしなびている。山名君は腰をおろして、自分の頰を撫でた。

「そうですか。やはり瘦せましたか。そう言えばいろいろ苦労したからなあ」

「夏瘦せでバテたのか?」

「いいえ。別荘に行ってたんですよ」

「別荘に? 君が?」

 私は思わず声を大きくした。

「なにか悪いことでもしたのかい?」

「え? 悪いこととは、何です?」

「別荘というのは、刑務所のことだろう。つまりムショ帰り――」

「冗談じゃないですよ、ムショ帰りだなんて!」

 彼は憤然と首をこちらへねじ向けた。

「僕が刑務所に入れられるような、そんな悪人だと思っているのですか? 善良な市民をつかまえて、刑務所などと――」

「ごめん。ごめん」

 私はあやまった。

「でもね、君が別荘を持っているような裕福な身分じゃないことを、僕はよく知っている。そこでついかん違いをしたんだ。あやまるよ。君は悪事を働けるような、そんな肝(きも)っ玉の大きな人柄じゃない」

「それ、ほめてるんですか。それとも――」

「勿論ほめてんだよ」

「それならいいですがね」

 山名君は機嫌を直した。

「もっとも別荘と言っても、友達の別荘です」

「ああ。別荘の居候(いそうろう)か」

「またそういうことを言う」

 また眼が三角になり始めた。

「一夏の主人は、僕ですよ」

「そうか。それは失言だった。つまり一夏借りたというわけだね。うらやましいな。それで借り賃は、いくらだった?」

「それがその、ちょっと複雑な事情がありましてね。僕の絵の仲間に、木村というのがいて、そいつの告別式、いや、ある酒場で送別会を二人でやりました」

 

 山名君の話によると、その木村という男は金持の伜(せがれ)で、絵はあまり上手ではない。素人(しろうと)に毛の生えた程度で、道楽に絵を描きながら、のらくらと人生を送っているのだそうだ。

 ところがこの度一念発起して、パリに修業に行くことになった。山名君に言わせると、修業とは称しているが、実は遊びに行くんだとのことだが、それはどちらでもよろしい。この物語とはあまり関係がない。

 で、その酒場で、

「パリとはうらやましいねえ」

 と山名君は木村に言った。

「おれなんか、パリどころか、当分東京ばかりで、山や海にも行けそうにないよ」

「それは気の毒だなあ」

 木村は酔眼を宙に浮かせて、しばらく考えていたが、やがて、

「君は海が好きか。それとも山の方かね」

「うん。海もいいが、夏は山の方がいいねえ。いろんな草花が咲いているし、それに静かだしね」

 山名の家の近くの土地で、近頃家の新築が始まり、電気ノコギリやハンマーの音が、毎日遠慮なく飛び込んで来る。それで彼はすっかり参り、切に静寂を求めていた。

「うん。山か。実は僕は山に別荘を持っている。帽子高原というところだ。今はニッコウキスゲの花盛りだろう。いいとこだよ」

 木村はぐっとグラスを乾した。

「そこを君に貸してやろう。どうせ僕はパリ行きで、空いている」

「貸すって、そりゃありがたいが、貸賃の方は――」

「もちろんタダだよ。自由に使いなさい」

 山名君はしめたと思った。金持とつき合っていて、損することはない。

「そりゃありがたいね。是非使わせていただこう」

「そうだ。タダと言ってもね」

 木村は膝をたたいた。

「あそこは村有地で、つまり借地なんだ。今年分の地代は、君が払って呉れ」

「地代って、いくらだね」

「たしか一年間で、坪当り十二円だったかな。安いもんだよ」

「うん。その位なら僕にも払える。それだけかね?」

「ああ。それに電燈代だ。この二つを君に頼む」

 よろしい、というわけで、タダ借りの約束が成立した。そして木村は。ペンで別荘地の略図を書いた。

「戦争前に建てた家だから、相当古ぼけているが、なかなか眺めのいい場所だよ。ただガスがないんでね、飯盒(はんごう)を持って行くといい」

「夜具のたぐいは?」

「東京からチッキで送ってもいいし、村に貸蒲団屋もある。絵の道具さえ持って行けば、その日から仕事にかかれるよ」

 山名君はすっかり嬉しくなって、無理してその日の勘定を支払ったそうである。そしてそれから一週間後、リュックを背にして、東京から旅立った。ごみごみと暑い東京を離れるのはいい気分だったが、汽車はやたらに混んでいた。リュック姿が多いのは、夏山登りの若者たちだろう。なぜ近頃の若い者たちは、ネコもシャクシも、苦労して山登りしたがるんだろう。山名君は思った。

「おれはキャンプ族ではないぞ。れっきとした別荘族だぞ」

 いい気なものだが、そうでも思って気分を高揚させていなきゃ、通路に立ちん坊は出来ないほど、混雑していたとのことだ。急行ではなく、鈍行である。急行券を惜しんだのではなく、鈍行でないとその駅にとまらないのだ。

[やぶちゃん注:「帽子高原」は不詳。「ニッコウキスゲの花盛りだろう」とあり(標準和名は「ゼンテイカ」(禅庭花)で単子葉植物綱キジカクシ目ススキノキ科キスゲ亜科ワスレグサ属ゼンテイカ Hemerocallis dumortieri var. esculenta 。群落が有名な日光に因んでそれを冠した「ニッコウキスゲ」の異名の方が遙かに全国的に通用してしまっているが、誤解のないように言っておくと、日光の固有種ではなく、本州以北から北海道まで日本各地に分布し、原産地も中国と日本である)、後で、「帽子山」と出るが、そうした条件に似たものならば、栃木県日光市川俣にある大王帽子山(さんのうぼうしさん:グーグル・マップ・データ航空写真)があるものの、どうも近くの駅に急行が止まらないという辺りは甚だ不審であり、このロケーションは春生が適当に仮想したものと思われる。]

 

 駅に降り立つと、さすがに東京と違って空気が澄明で、パクパク吸うと非常においしい。下車したのは二十人そこそこで、あまり喧伝されずにひなびているというのが、木村の説明であった。

 駅前はちょいとした商店街になっている。帽子高原はここから更にバスで一時間の行程だ。バスを待つ間、リュック姿の女三人連れに、彼は話しかけた。

「どちらに行くんだね?」

「あたし達、大帽子山に登る予定なの」

「キャンプする予定なのかい?」

「そうだけど、初めてのコースで、どこでキャンプしていいのか、見当がつかないのよ。小父さん、ここらに委しいの?」

「いや。それほど」

 女たちが気軽に応じるのも、旅の解放感からだろう。三人ともそれほど美人じゃなかった。一人は軽いすが眼だし、次のは色が黒く、もう一人はちんちくりんであった。山名君のことを小父さんと呼んだのは、そのちんちくりんで、彼は多少げっそりした。山名君は四十に垂々(なんなん)としているが、まだ自分では青年のつもりなのである。

 やがてバスが来た。数年前流行した『田舎のバスは……』云々という歌を連想させるようなボロ車で、皆はそれに乗り込んだ。これは揺れそうだと思ったら、果して大揺れで、道がてんでなっていない。穴だらけだ。穴にタイヤが入ると、がくんと腰にこたえたり、身体ごと飛び上ったりする。数時間の立ちん坊の揚句だから、彼はへとへとになったが、土地の人は平気だし、三人の女達はキャアキャアとはしゃいで、ジュースを飲んだり、菓子を食べたりしている。彼にもチューインガムを呉れたが、くちゃくちゃ食べていると舌を嚙みそうなので、辞退した。

 やっと終点の帽子村に着いた。山名君はよろよろと降りた。帽子村は帽子高原の入口で、戸数五六十軒の村である。唐もろこしの葉末を渡って来る風は、さわやかで秋のような冷気を帯びている。彼は深呼吸をした。やっと到着したという安堵感からだ。そこへさっきのすが眼嬢が近づいて来た。

「小父さんはここに泊るの?」

「いや。僕はもう少し上に、別荘を持っているんだ」

「まあ。別荘を!」

 すが眼はびっくりしたような表情になった。どう見てもくたびれた中年の薄汚れたようなのが、別荘を持っていようとは、彼女には意外だったらしい。山名君は得意げに胸を張って答えた。

「そうだよ。対山荘という名なんだ」

 それから彼は、木村が借りて呉れた地図を取り出し、部落の店の位置を探した。〈何でも屋〉と言う屋号で、日用品や食料品、貨蒲団なども貸して呉れる、という木村の話であった。三人の女は向うで何かこそこそ相談しているようだったが、彼が〈何でも屋〉の方に歩き出すと、ぞろぞろと送り狼のようについて来る。

 彼がそこで米や味噌や干魚などを買い求め、蒲団の交渉をし始めると、店の主人が、 「どちらにお住まいで?」

「対山荘だよ」

「対山荘?」

 主人は眼をぎろりとさせた。

「あのバケ、いえ、木村先生の――」

「うん。あいつは一年の予定で、パリに行ったんだよ。そこでこの一夏、僕が借りることにしたんだ。今まで木村は毎夏来てたのかい?」

「へえ」

 主人は困ったような顔をした。

「まあいらっしゃっても、一日か二日泊って、それでお帰りになるようですな。あの方は淋しいところが、あまりお好きじゃないようで――」

「一日か二日か。ぜいたくな奴だなあ、あいつも」

 主人が貸蒲団を取りに立つと、向うでごそごそしていた三人女のすが眼が、皆を代表するといった恰好(かっこう)でつかつかと彼に近づいて来た。

「小父さん。ひとつ頼みがあるんだけれど」

「何だね?」

「あたしたち三人で、蒲団を運んだげるから、小父さんの別荘に泊めて呉れない?」

「え。うちに泊りたいと言うのか」

「そうよ。立派な別荘なんでしょ。キャンプするのが面倒くさくなったのよ」

「ふん」

 山名君は考え込んだ。木村の話では三間か四間あるという話だったし、一部屋ぐらい泊らせたって、何と言っことはなかろう。かえってにぎやかで、愉しいかも知れない。

「そうだね。泊めて上げてもいいよ」

「わあ。うれしい」

「話の判る小父さんだわあ」

 女達は口々に喜んで、飛び上った。そして貸蒲団をそれぞれ肩にかついだ。大きなリュックを背負った上に、貸蒲団をかつげるのだから、戦後女性の休力も強くなったものである。

 山名君は三人の強力(ごうりき)を従えた侍(さむらい)大将みたいな気分になり、山荘の方向に意気揚々と歩き始めた。背後から女たちの会話が聞える。

「ねえ。おスガ。うまく行っただろう」

「何言ってんのさ。チビ。あたしの交渉がうまかったからよ。ねえ。黒助」

 どうもおスガとはすが眼女のこと、チビとはちんちくりんのこと、黒助は色黒い女のことらしい。男同士であだ名をつけるのは普通だけれど、女同士でつけ合って、それをかげでこそこそ使用せず、おおっぴらに呼び合うなんて、戦前にはあまりなかったことだ。

 山荘は村落から約千メートルほどの距離で、林間のだらだら坂を登る。うしろで話しているのが聞える。

「しかし、ポンと頼みを聞いて呉れるなんて、なかなかいかすおっさんだよ」

「どんな別荘だろうねえ。今日は一風呂浴びたいわ」

「物見遊山(ゆさん)に来たんじゃないよ。チビ。山登りが目的だぞ」

「知ってるよ。でも相手が別荘だろ。風呂ぐらいはありそうなもんじゃないか」

「何だね、二人とも。つまらんことで喧嘩するんじゃない」

[やぶちゃん注:「田舎のバスは……」三木鶏郎作詞作曲で、中村メイ子(旧芸名表記)が昭和三〇(一九五五)年に歌ってヒットした。YouTubeのsabo yobo氏のこちらで、蓄音機の演奏で聴け、歌詞は「J-Lyric.net」のこちらで総てが視認できる。]

 

 山名君は語る。

『ニッコウキスゲの咲き乱れた草原を横切り、別荘に近づくにつれて、僕は期待と同時に、ある大きな不安が影のように、頭上にかぶさって来るのを感じました。だって小生も彼等と同じく、その山荘を見たことがないんですからねえ。どうぞ立派な山荘であって呉れるように。快適な風呂場がくっついていますようにと、内心祈りながら歩を進めていました。これは見栄じゃない。僕自身の一夏の生活にかかわって来るんですからな。

 やがて落葉松(からまつ)や白樺や栗の木の彼方に、赤い屋根が見えて来ました。

「あっ。あれだ。あれが対山荘だ」

 と僕は思わず叫びましたよ。折しも夕陽が屋根に照り映えて、きらきらと光る。僕らは元気を取り戻し、ほとんど走るようにしてその建物に近づいた。古ぼけた木柵があって、門柱が二つ立ち、ひとつには「木村」と、ひとつには「対山荘」と書いてある。そこを入って建物の前に立った時、僕は大げさに言えば、愕然としましたね。

「あ。こりゃ相当ガタが来てるなあ」

 古ぼけていると木村は言っていたが、古ぼけているという程度のものではありません。今まで樹々に隠されてるから判らなかったけれど、ペンキは剝げ落ち、建物全休はピサの斜塔ほどじゃないが、東の方に傾いている。かなりがっしりした材木を使ってあるのですが、なにしろ戦前も戦前、三十年ぐらいは経っているらしく、それに年中ほとんど無人と来ていますから、ガタが来て傾くのも当然でしょう。屋根はトタンぶきで、ところどころサビが来て、さっききらきち光ったのも、夕陽がうまい具合に射したからで、屋根自身が光ったわけじゃありません。私はがっかり、また面目を失したような気分で、リュックを外して腰をおろすと、女の一人が呆れたように言いました。

「これが小父さんの別荘なの?」

「そうだよ」

「別荘と言うと、白樺林に取り囲まれた、もっとカッコ好い建物のことじゃない?」

「そうねえ。これ、まるで山賊小屋みたいね」

 山賊小屋とはひどいことを言いやがる、と思ったんですが、当の僕ですらそんな感じがしたのだから、仕方がない。

「山賊小屋で悪かったねえ。それじゃキャンプにすればいいじゃないか」

「小父さま。怒ったの? ごめんなさい」

 おスガがとりなしました。

「チビってあわてん坊でね、第一印象で直ぐ口をきくんだから」

「山賊小屋でもいいよ」

 チビが恐縮しているのを見て、僕は若干気の毒になりました。

「どうせとれは僕の別荘じゃないんだからな。友達のを一夏借りたんだ」

 まったく余計なことを言ったもんです。それからやっこらしょと立ち上り、木村から預った鍵で入口の扉をあけた。ぷんと古くさい空気のにおいが、そこらにただよいました。

 家の中は割合よく片付けられていました。とっつきの部屋が板の間で、卓だの椅子だのが置いてあり、暖炉の如きものもついている。そこから廊下となり、右手に畳敷きの部屋がある。突き当りが台所で、そこから鉤(かぎ)の手に曲って、アトリエ風の部屋がくっついている。これはベッドつきです。早速僕はこのアトリエを自分の部屋ときめた。僕は貸布団をベッドに運ばせて、女どもに言いました。

「ここは僕が使う。君たちは畳敷きの部屋に泊れ」

 それから窓を開くと、一望千里のすばらしい眺めで、左手に丸くそびえ立つのが大帽子山、右手になだらかに盛り上っているのが小帽子山です。庭は一面ニッコウキスゲや、名も知らぬ草花が点々と咲いています。あたりはしんと静かで、

「ああ。いいところに来たなあ。ここなら存分風景画が描けるぞ」

 と思わず呟(つぶ)いたぐらいです。

 すっかり満足して、あちこち見回していると、台所のすぐ裏手にドラム罐(かん)が立ててある。何だろうと思って、台所口から出て見ると、これがどうも風呂らしい。石を組んでドラム罐を持ち上げ、その空間が焚(た)き口で、黒くすすけています。僕は大声で女どもを呼びました。

「おおい。風呂場があるぞ。入りたきゃ自分たちで沸かせ」

 女たちは早速飛んで来ました。一目見ると、びっくり顔になって、三人で顔を見合わせています。チピが何か口を出そうとして、おスガに、

「しっ!」

 とたしなめられた。おそらく第一印象を口走りたかったのでしょう。ざまあ見ろと思って、僕はそのままアトリエに引込みました。窓からそっとのぞいて見ていると、何かこそこそと相談しているようでした』

 

「で、その別荘には、水はあるのかい?」

「ええ。村営の水道の本管が、すぐ近くを通っていてね、水源池は大帽子山の麓(ふもと)にあるのです」

 山名君は冷えた茶をがぶりと飲んだ。

「本管から水を引いて、蛇口から出ることになってるんです。つめたくていい水ですよ。東京のカルキ臭い水道の水とは、くらべものにならん」

「そりゃくらべものにならんだろう。それで風呂の方は、どうした?」

「沸かしましたよ、もちろん。それで僕が真先に入って――」

「でも、焚いたのは、女性たちだろう」

「そうですよ。しかし僕がその別荘の主ですからね。優先権がある」

 山名君は鼻をうごめかした。

「それから庭に出て、飯盒で自炊しようとすると、女たちが今から入浴するんだから、見ちゃいけないと言う。冗談じゃない。僕はこれでも画家だから、女の裸なんか見飽きていると答えると、信用しないんですな。飯はつくって上げるからと、三人がかりで僕をアトリエに押し込んでしまいました。近頃の女と来たら、力が強いですねえ。それに多勢に無勢(ぶぜい)だし――」

「いくら多勢に無勢と言っても、だらしないじゃないか。たかが女の力で――」

「いえ。彼女らが入浴しているのを、窓のすき間から、こっそりのぞいて見たんですがね。その休格のいいこと、腕や股の太いこと、まるで女金時(きんとき)みたいでした。あんたみたいな瘦せっぽちなら、一対一でもかないっこありません」

「いやだね。君にはのぞき趣味があるのか」

「趣味じゃないですよ。参考までに観察しただけです」

「さあ。どうだかね。それで、その晩の飯はつくってもらったのか」

「もちろんですよ。約束ですからね。しかしなかなか飯が出来ない。僕は腹ぺこになって、いらいらしてアトリエをぐるぐる歩き回っていると、やがて黒助がやって来て、小父さま、食事が出来ましたから、どうぞおいで下さいと言う。もう外は暗くなっていました。そこで飯だけもらって、自分ひとりで食べりゃよかったんだけれど、ついのこのことついて行ったのが、運のつきでした」

 

『ついて行って見ると、食事場は暖炉のあるれいの居間で、ふと卓を見ると、罐詰が切ってあり、でんと安ウィスキーの大瓶が乗っている。さっきの〈何でも屋〉で買い求めたのでしょう。僕は呆れて言いました。

「何だ。君たちはウィスキーを飲むのか」

「ええ。飲みますよ。飲んじゃいけないんですか?」

 とチビが言いました。

「いえ。小父さんに感謝の意味もあるのよ」

 おスガがつけ加えました。

「小父さんはアルコール、おきらい?」

「いや。きらいじゃないが――」

 僕は椅子に腰をおろした。

「君たちはあんまり飲むと、明日大帽子山に登れなくなるぞ」

「大丈夫ですよ。まあ、小父さん、一杯」

 コップにごぼごぼと注がれでは、もう飲まないわけには行きません。すきっ腹だから用心のために、台所からつめたい水を運ばせて、水割りにして、クジラの罐詰なんかをつまんで飲んでいる中に、だんだん酔いが回って来ました。高原の別荘という静かなムードが、それに拍車をかけた傾向もあるようです。女たちもよく飲み、よく食べました。その時の会話によると、女たちはどこかの劇団の女優のタマゴみたいなもので、テレビにも時々出演すると言う。何だかそれを得意にしているような口ぶりなので、僕も対抗上自分の画歴について語り、あるいは仲間の話や、木村からこの別荘を借り受けたいきさつなども、しゃべったような気がします。チビがこう言ったのを、かすかに覚えています。

「タダでこんな立派な別荘が借りられるなんて、すばらしいわねえ」

 何だい、さっきは山賊小屋みたいだと言ったくせに、などと思っている中に、僕はすっかり酔っぱらって、前後不覚になってしまったらしい。

 ふっと眼が覚めたら、アトリエのベッドの上で、蒲団にしがみつくようにして寝ていました。宿酔で頭が重く、ふらふらと立ち上って台所に行き、つめたい水をがぶがぶと飲みました。女どもはどうしているかと、居間の方に行って見たら、卓の上ににぎり飯が三箇置いてあって、

「朝のオニギリをつくりました。召し上って下さい。わたしたちは今から大帽子山に登って来ます。午前七時」

 やはり若さというのは強いものですねえ。昨夜彼女たちも酔っぱらって、ドジョウすくいやツイストを踊ったくらいなのに、今朝は早々と起き出て弁当をつくり、山登りに出かけた。乱暴なガラガラ女たちと思っていたのに、ニギリ飯を宿代に置いて行くなんて、割にしおらしいところもある。そう感心して、ニギリ飯を食べかけたが、宿酔のせいで一箇平らげるのがせいぜいでした。

 また水を飲んで庭に出ると、いい天気で、彼方に大帽子小帽子の稜線が、くっきりと見える。僕は早速スケッチブックを取り出して、スケッチを始めました。一応スケッチに取り、二三日中に本式に画布に取組もうという心算(つもり)なのです。

 そして午後二時頃でしたか、腹がへって来たので、居間に入って残りのニギリ飯を食べていると、

「ごめん」と言う声がして、若い男が扉をあけて入って来ました。

「電力会社の者ですがね、電燈代を徴収に来ました」

「ああ。そう」

 私はアトリエから金を持って、戻って来ました。

「昨日ここに来たばかりなのに、もう電燈代を取るのかね?」

「いいえ。これは昨年の八月から、今年の七月分の代金です。別荘の方はそういう決めになってますんで」

「そう。いくら?」

 男は伝票を差出しました。見ると七千八百円になっています。僕は驚いて反問しました。

「七千八百円とは、一休どういう計算だね? 木村君は一夏に一日か二日しか暮さないとう話じゃないか」

「あんた、木村さんじゃないんですか?」

「そうだよ。この夏だけ借りたんだ」

「ああ。道理で話が通じないと思った」

 男はなめたような口をききました。

「電燈代というのはね、毎月の基本料金の上に、使っただけの料金が加算されるんですよ。だからこの七千八百円の大部分は、一年の基本料金です。お判りですか?」

「ああ、判ったよ。判ったよ」

 電燈代はこちら持ちという約束なので、仕方がありません。数枚の千円紙幣が、かくして僕の手から離れて行きました。木村にとっては何でもない金だろうけれど、僕にとっては大金です。

「こりゃ倹約してやって行かねばならないぞ。地代のこともあるし」

 徴収人が帰ってから、僕は思いました。

「ここでいい作品を仕上げて、モトを取らなくちゃ」

 嚙みつくような勢いで、残りのニギリ飯を食べ終え、また庭に飛び出し、スケッチを再開しようとすると、山や空の色がもう変っていて、帽子連山の稜線がぼやけています。山や高原の気候の変化は、烈しいものですねえ。しばらく色鉛筆を置いて、雲の動きなどを眺めていると、白い雲は流れ去り、何だか黒っぽい雲が大帽子山の頂上にかかり、やがて山頂をすっぽりと包みかくすように垂れて来たですな。

「ははあ。山では雨が降り始めたんだな。だから山と言うやつは、用心しなくちゃいけない」

 あの三人女のことが少々心配でしたが、朝の七時に出発したんだから、もう山を降りて、もしかすると今頃は町行きのバスに乗っているかも知れない。そう思ってスケッチはやめ、アトリエに戻り、ベッドに横になっていました。しばらくうとうとしていたようです。急に部屋の中がしめっぽくなって来たので、驚いて起き上り、窓の外を見ると、一面に霧がかかっていて、帽子連山はおろか、五十メートル先の樹の形さえさだかに見えないくらいで、むき出しにした二の腕がつめたい。あわててリュックからセーターを出し、それをまとめて、〈何でも屋〉の方に走り降りました。炭やタバコを買うためです。買ったあとで、

「昨日の三人女、今日ここを通らなかったかね?」

 と主人に聞くと、今日は姿を見ないとの返答で、そんな世間話をしている中に、外は霧雨となりました。全くここらの気候は、予測し難いものです。やむなく番傘をひとつ買い求めた。実際別荘生活というものは、金がかかるものですねえ。何かあると、一々新規に買わなくちゃいけない。

 ぶらぶらと対山荘に戻って、台所のコンロに炭火をおこし、飯をたいて干物(ひもの)を焼いていると、入口の方でがやがやと騒がしい声がする。飛んで行って見ると、あの三人女です。アノラックは着ているけれども、全身ずぶ濡れで、まるで水から引き上げられた犬みたいに、ぶるぶるっと雨滴を板の間に弾き飛ばしていました。

「何だ。今頃帰って来たのか」

 僕はあきれて嘆息しました。

「朝七時から出かけて、今まで何をしてたんだい?」

「頂上近くのお花畑で、昼寝をしてたのよ」

 アノラックを脱ぎながら、黒助が言いました。おスガもチビも不機嫌そうに、衣類の始末をしています。

「昼寝だなんて、のんきだなあ」

「チビのやつが言い出したのよ」

 おスガがぷんぷんした口調で言いました。

「チビ助は雨女(あめおんな)のくせに、昼寝しようと言い出して――」

「何さ。雨女はお前じゃないか!」

 チビが言い返しました。

「この間高尾山に登った時も、帰りはどしゃ降りじゃないか。もうおスガと一緒に山登りするのは、御免だよ」

「まあ、まあ、どちらが雨女か知らないが――」

 僕は取りなしてやりました。

「早く着換えて、帰る準備をした方がいいよ。最終のバスは七時五十分だから」

「あら」

「そりゃ約束が違うわよ。おっさん」

 小父さまからとたんに、おっさんに転落したんですから、面くらいましたな。陰でこそこそならともかく、正面切ってですからねえ。

「な、なにが約束が違うんだ」

 僕はどもりました。

「そんな約束をした覚えはないぞ」

「昨夜したじゃないの」

 とチビがまなじりを上げて言いました。

「どうせタダの別荘だから、ゆっくりして行きなさいと、そう言ったじゃないの。少し酔っぱらっていたけどさ」

「少しじゃないわよ。酔って動けなくなったのを、三人でアトリエにかついで行ったのよ」

 アッと僕は内心驚きました。どうも記億にないと思ったら、この連中にかつぎ出されたとは、一代の不覚です。

「だからあたしたち、当分ゆっくりするわよ。そしてどちらがほんとの雨女か、はっきりさせてやる」

 おスガがチビをにらみました。

「おい。チビ。〈何でも屋〉に一走りして、焼酎を買って来い」

「イヤだよ。飲みたきゃ自分で買って来な」

 そこで一悶着ありそうでしたが、結局クジ引きということになって、買い番は黒助に当りました。黒助はうらめしそうに着換えをしながら、

「小父さん。淑女たちの着換えの場面は、男性は遠慮するのがエチケットよ」

「そうよ。そうよ。昨日も窓からのぞいてたわよ。卑怯ねえ」

 こんなのが淑女と自称するのですから、驚き入ります。僕はさんざん言いまくられて、台所に戻って来ると、干魚は真黒に焦げて、反(そ)りくり返っていました。忌々(いまいま)しいったら、ありゃしません。仕方がないので、それをポイと窓の外に放り捨て、タクアンをせっせと刻んでいると、おスガがやって来て、コンロを貸して呉れと言う。何を焼くんだと訊ねると、肉を煮るんだと言う。

「肉があるのか。うらやましいなあ。少し分けて呉れないか。タクアンだけで飯を食うのは佗(わび)しい」

「そうね。他ならぬ小父さんのことだから、御馳走して上げるわ」

 というわけで、やがて黒助が焼酎瓶やネギをぶら下げて戻って来て、コンロを居間に運び、スキヤキが始まりました。僕も飯盒(はんごう)を持ってそれに参加しましたが、また焼酎を飲まされて、飯なんかどうでもよくなりました。肉は硬くて筋があって、そのくせ脂肪があまりない。聞いてみると馬肉だそうで、焼酎を牛飲して馬肉を馬食するなんて、とんだ淑女もあればあったものです。

 そこでまた雨女談義となり、結局おスガが大帽子山、チビが小帽子山に登り、どちらが雨に降られるか、それで決定しようと言うことになりました。その判定役として、僕と黒助が途中のイガグリ峠で待機するということになり、酔っていたもんですから、僕もうっかりとその役目を引受けた。

 最初の夜のウィスキーと言い、その夜の焼酎と言い、僕を酔っぱらわせて、この別荘に居直ろうという謀略のにおいが感じられてなりません。うかうかとその手に乗ったのが、僕の不徳と言えば言えますが。――』

 

「そうだよ。君は酔っぱらうと、すぐだらしなくなるからな」

 私は山名君をたしなめてやった。

「折角静寂を求めて高原に行ったのに、何にもならないじゃないか。そんな苦労をしたせいで、夏瘦せしたと言うのかい?」

「いえいえ。こんなのは序の口ですよ」

 彼は口をとがらせた。

「ほんとの高原の災厄は、これから始まるんです」

 山名君は忌々しげに私の庭に、ぺっと唾をはいた。

[やぶちゃん注:「唾」は底本では「睡」であるが、誤字と断じて訂した。]

 

 

   雨  男

 

 

「そうか。それが災厄の序の口か」

 私は縁側から腰を上げながら言った。

「そろそろ暗くなって来たし、続きは書斎で聞こう。まあ上りなさい」

 風も少し冷えて来た。庭樹の葉がさらさらと鳴る。

「こちらは日の暮れ方が早いですなあ。帽子高原にいた時はこんなものじゃなかったです。七時になってもまだまだ明るかった」

「そりゃそうだよ。夏は一番日が長い季節だ。早く日が暮れるのは、東京の責任じゃない」

「そりゃそうですがね」

 山名君も腰を浮かせた。

「しかし、それだけじゃないですよ。空気の澄み方が違う。あちらは澄んでいるから、光線がいつまでも透き通るが、東京は空気がきたないですからな。ガラスにたとえると、東京の空気はすりガラスです。てんでくらべものにならん」

 何だ、一夏高原に過ごしたからと言って、東京をそんなに蔑(さげす)むことはなかろうと思いながら、私は書斎に入った。山名君もとことこ上って来て、私に向ってあぐらをかき、大切そうに風呂敷包みをそばに置いた。私は訊(たず)ねた。

「何だい、それは」

「酒瓶ですよ」

 彼は得意そうに、ゴソゴソと風呂敷を解いた。中からうやうやしくウィスキーの瓶を取り出した。

「なるほど。久しぶりにウィスキーを一緒に酌(く)み交そうと言うわけか」

 と私は頰をむずむずとほころばせた。彼は本来はケチなのに、それを押しての好意がうれしかったのである。

「『淋しさに宿を立ち出でて眺むれば、いづくも同じ秋の夕暮』だからな。飲みたくなるのも当然だ」

「いえ。一緒に酌み交そうというんじゃないんです」

 山名君はあわててさえぎった。

「誰もそんなことは言わない。第一これはウィスキーじゃないですよ」

「何だい? するとそれはタダの井戸水か?」

「水じゃありませんよ。焼酎です。しかしタダの焼酎じゃない」

 もったいをつけて私にその瓶を手渡した。

「中を透かして御覧なさい。何か入っているでしょう」

 私は瓶をかざして、窓の外にむけ、眼を凝らした。中にはミミズ状のものが身をくねらして、うねうねと液休にひたっている。私は少々気味が悪くなって、瓶を机の上に戻した。

「何だね、これは。回虫か?」

「回虫だなんて、そんなものを漬けて、何になりますか。薬屋の広告見本じゃあるまいし」

 憤然と口をとがらせた。

「マムシですよ。つまりマムシ酒というわけです。ホンモノですからねえ。高価なもんですよ」

「マムシ酒か。うん。水漬(みづ)くカバネでなく、酒漬くマムシか。それなら安心だ。話にはよく聞くが見るのはこれが初めてだ。なるほどねえ」

 私はふたたび瓶を打ちかざした。よく見れば回虫などでは決してなく、まさしく蛇の形である。

「ずいぶん小さな、可愛らしいマムシだねえ。子供蛇だね。君がつかまえたのかね?」

「マムシというのは元来小さな蛇ですよ。可愛いなんてとんでもない。これでも猛毒があって、嚙まれると七転八倒の苦しみの後、数時間で死んでしまう」

 彼は私の無知をせせら笑うようにして説明した。

「そんな猛毒の蛇を、素人(しろうと)がとらえられるとでも思ってんですか。帽子高原の人に貰ったんですよ」

「そうか。そうだろうと思った。しかし得をしたなあ。そんな大切な酒を僕に呉れるなんて、いつもの君にも似合わない――」

「いつ上げると言いました?」

 机の上から山名君は瓶を取り戻した。

「盃(さかずき)に一杯だけ、飲ませて上げようと思って、はるばる持って来たんですよ」

「なんだ。やっぱりケチだなあ。盃一杯だなんて。せめてコップに一杯か二杯――」

「と、とんでもない」

 彼はまた口をとがらせた。

「コップに一杯も飲めば、のぼせて鼻血が出ますよ。なにしろ精の強い蛇ですからねえ。あんたなんか、盃一杯でも多過ぎるくらいです。僕もこの間二杯飲んだら、身体中がカッカッなって、夜も眠れなかった。とにかく盃を持って来ます」

 彼は立ち上って、勝手にわが家の台所におもむき、盃二つと清酒の一升瓶、コップを出し、それから棚や冷蔵庫の中からつまみ物数種を皿に入れ、書斎に戻って来た。彼は他人のくせに、わが家の台所については私以上にくわしく、どこに何がしまってあるか、手に取るように知っている。好奇心に富んでいるというか、図々しいというか、まことにふしぎな人物である。

 つまりマムシ酒をダシにして、うちの酒を飲もうという魂胆が、これではっきり知れた。私は多少にが虫をかみつぶした表情になったのだろう。彼は盃を二つ机の上に置き、猫撫で声で私にすすめた。

「さあ、どうぞ。マムシ酒を一杯」

 私は盃を手にした。山名君は大切そうに、薄茶色の液体をとくとくと注いだ。盃を口のあたりまで持って来ると、ぷんと生ぐさいにおいがした。

「へんなにおいがするな。これ、大丈夫か」

「大丈夫ですよ」

 彼は自分の盃にもそれを充たした。

「マムシの精のにおいです。これはまだつくって三年しか経っていないので、においも味も薄いですが、十年酒ぐらいになると、蛇身がすっかりとろけて、酒にしみ込んで、水にでも割らなきゃ、とても飲めたものじゃありません。こうやって飲めばいいんですよ」

 山名君は鼻をつまんで、ぐっとあおった。そして鼻から手を離して、深呼吸をした。

「なるほど」

 私も真似をして、ぐっと飲み干した。鼻をつまんでも、生ぐさいものが口の中から食道に、パッとひろがるのが判った。私もあわてて深呼吸した。

「さあ。口直しにどうぞ」

 すかさず彼はコップに清酒を注ぎ、私に差し出した。私は飛びつくようにして、ゴクゴクと飲んだ。においが少しは消えた。

「うまいでしょう。におい消しには覿面(てきめん)でしょう」

 彼は得意そうに、また押しつけがましい口調で言い、自分のコップの分もうまそうにあおった。

「うまいでしょうたって、これはおれの酒だよ」

 私は手荒く酒瓶を引き寄せて、自分のにまた注いだ。

「君からうまいのまずいのって、説教される覚えはない」

「そりゃあんたの酒ですよ。あんたの台所から持って来たんだもの」

 頰をふくらませた。

「僕はお宅の酒の味をほめているんですよ。それなのに、何を怒っているんですか?」

 うんざりして、何も言うことはなくなって来た。他人の言葉には敏感に反応するくせに、他人には実に図々しい発言をする。これが山名君の特徴なのである。私は南京豆をつまみながら言った。

「それで、帽子高原の方は、どうなったんだ。女どもは山に登り、君はイガグリ峠まで行ったのか?」

「行きましたとも」

 もう一杯飲みたそうな風情だったが、私が酒瓶を握りしめて離さないので、未練げに視線をうつむけ、マムシ酒を風呂敷につつみ込んだ。

「これからが面白いんですがね、でも、お仕事の邪魔でしょう。これでおいとま致します」

「おいおい。待って呉れ。折角(せっかく)話が佳境に入って来たのに」

 仕方がないから手を伸ばして、彼のコップにもこぼれるほど注いでやった。彼はにやりとして、口をコップに近づけ、チュウとすすった。

「とにかく大変でしたよ。イガグリ峠と言ってもね、そんじょそこらにあるようなラクな峠じゃない。なに、野猿峠くらいだって? あんなのとは、くらべものにならんです。標高千八百メートルぐらいはあるんですからね」

「おスガが大帽子、チビが小帽子だったね」

「そうです。それでその翌朝、朝五時に起きましてね――」

[やぶちゃん注:「淋しさに宿を立ち出でて眺むれば、いづくも同じ秋の夕暮」ご存知「小倉百人一首」七十番の良暹法師(りょうぜん 生没年不詳:比叡山の僧で、祇園別当となり、後には大原に隠棲した。歌人として活躍し、長暦二(一〇三八)年の「権大納言家歌合」など、多くの歌合にも出詠している。私撰集「良暹打聞」を編み、家集も存在したが、孰れも現存しない。勅撰集には三十一首が載る)の一首。出典は「後拾遺和歌集」巻第四「秋上」(三三三番)。

「野猿峠」(やえんとうげ)は東京都八王子市南東部の多摩丘陵西部にある峠。京王電鉄京王線とほぼ平行する標高百七十~二百メートルの尾根にあり、大栗川(おおくりがわ)流域を通る野猿街道が八王子市北野へ抜ける峠である。その名の如く、嘗つては、野生の猿の遊ぶ所であったが、第二次世界大戦後の急激な都市化によって、峠の周囲に住宅団地が形成されて地形をすっかり変えてしまい、昔の面影は全くない。僅かに峠の南の野鳥料理がその名残である(小学館「日本大百科全書」に拠った)。「今昔マップ」の戦前の地図の、この中央の「手平松(鳶松)」とあって標高(200.9)とある当たりが、高度からもそれらしい。お疑いの向きは、グーグル・マップ・データのここをご覧あれ。交差点に「野猿峠」とある。]

 

『五時と言っても、今時の五時でなく、夏の高原の五時ですからねえ。もう外はすっかり明るい。庭に出て見ると、昨夜の雨はすっかりやんで、空は晴れ、空気がピンと澄み通っています。大、小の帽子山が手に取るように近くに見えます。急いで御飯をたいてオニギリをつくり、え? 僕がじゃありません。つくったのは女どもです。それから登山支度をととのえて、と言っても僕は判定役ですから、何も持たず、オニギリや雨具も一切女たちのリュックに入れてもらい、〈何でも屋〉におもむき、オカズやジュースその他を買いました。

 僕はステッキ一本の軽装です。

 おスガとチビはその店で、安帽子を一個ずつ買いました。それぞれ頂上に置いて来て、登頂の証拠にしようというわけなのです。別荘にとって返し、水筒に水を入れ、いよいよ出発ということになりました。

「いくら何でも手ぶらじゃおかしいわ。水筒くらい自分で持ったらどう?」という女たちの言葉を容れて、僕も水筒だけは肩にぶら下げることにしました。

 別荘の裏手からだらだら坂の径(みち)となり、野原に出ると、ニッコウキスゲ、オミナエシ、月見草、ゲンノショーコなどが一面に咲き乱れています。女どもは植物については何の知識もないようで、

「あら。可愛い花」

 などとゲンノショーコをほめたりするものですから、僕が教えてやりました。

「それはゲンノショーコと言ってね、その根を煎じてのむと、腹の薬になるんだよ」

「あら。そうなの。薬草なのねえ」

 おスガが言いました。

「チビなんか、休が小さいくせに、大食いばかりして、しょっちゅうお腹をピーピーこわしてるじゃないの。帰りにたくさん取って帰って煎じてのんだらどう?」

「なにさ。大食いはおスガじゃないか。バカにしてるわ」

 そんなおしゃべりをしている中に、道はだんだん林の中に入り、険しくなって来ました。渓流に沿い、ジグザグ道を登るのですが、そのジグザグがえんえんと続くものですから、先ず僕が顎(あご)を出し始めた。二日酔いの気もあるし齢も齢ですからねえ。咽喉(のど)がやたらに乾くので、水筒の水を飲み飲み、後に遅れじと脚にムチ打ってつづく。

 女どもですか。やはり若さということは、元気なものですねえ。トットコトットコ、汗一粒も流さず、ぐんぐん登って行く。ついにたまりかねて、僕は大声を出しました。

「待って呉れえ。ここらで一休みしよう。水筒の水もなくなったよう」

 三人は立ち止った。黒助が戻って来て、

「まあ汗だらけじゃないの。小父さん。今からへばっちゃ、後が思いやられるじゃないの」

「だって、つらいんだから仕様がない」

「大切な水筒をもうカラッポにするなんて、常識外(はず)れだわ」

 黒助はつけつけと言いました。

「じゃ、あたいが汲んで来て上げるから、水筒をこちらにお寄越し?」

 つけつけした口はきくけれど、割に黒助は親切気のある女なのです。そこで二人に追いついて、大休止ということになりました。黒助は身軽に渓流へ降りて行った。昨夜の雨のせいか、流れは岩をかみ、白いしぶきを立て、とうとうと流れています。もうここらは林相が一変して白樺がなくなり、赤樺の巨木がニョキュョキと立っていて、水の音、まれに鳥の声以外は、何も聞えません。

 僕は苔(こけ)の上にぐったり横になっていましたが、女たちは全然消耗してなくて、じっとはしていません。林の中に入り込んで、花をつんだり、キノコを採ったりしていました。

「小父さん。このキノコ、食べられる?」

 チピがにゅっと一本のキノコを突き出したが、キノコに関しては僕もあまり知識はない。

「さあ、よく知らないが、食べない方がいいんじゃないか。山荘で皆で食べて、ひっそりと死んでたりすると、山中湖事件じゃないが、大騒ぎになるぜ」

「そうねえ。でも、もったいないから、持って帰って、ジャンケンして負けたものが食べることにしない?」

 チビは食い下りました。若さというものは、強いと同時に、無鉄砲なものですねえ。

「いっしょにゲンノショーコをのめば、食中(あた)りをしないですむんじゃない?」

「じゃ、そうすればいいだろ」

 僕はつっぱなしました。

「しかし、おれはジャンケンの仲間には入らないよ。君たちは毒キノコのこわさを知らないな。ゲンノショーコなどで追いつくものか」

 これでチビもあきらめたようです。林に向って叫びました。

「おおい、おスガ。これ、毒キノコだってさ、採るのはやめにしなよ」

 やがて黒助が渓流から崖を登って来て、僕に水筒を渡しました。見るとスラックスの裾がずぶ濡れになっています。

「ほんとに苦労させるよ」

 黒助はこぼしました。

「岩はすべるし、流れは早いしさ。小父さん、もうあんまりがぶがぶ飲むんじゃないよ」

「そうよ、そうよ。口ばっかりが達者で力はないのよ。小父さん、齢はいくつ?」

 さんざんいじめられて、僕はもう形なしです。それからまた出発。道はますます険しくなり、台風でもあったのか、道は倒木に埋められて、それを器械体操か軽業のように乗り越えて行かねばなりません。

 僕はしばしば悲鳴を上げて、小休止を要求し、やっとのことでイガグリ峠に到着しました。

 イガグリ峠は一面の草原で眺望がよくきくのです。大帽子山、小帽子山。またはるか下方にきれいな池が見えます。聞いてみると、黒髪池と言うのだそうで、それがしきりに僕の画欲をそそりました。

「僕はここで待ってるよ」

 一本落葉松(からまつ)の下に腰をおろして、僕は言いました。

「僕の食糧や飲み物、スケッチブックその他を、出して呉れ。おスガにチビは登って来い」

「もちろん登るわよ。おスガ。帽子を置いて来ることを忘れるな」

「合点だ」

 おスガは雲助のような言葉で言いました。

「黒助はどうする?」

「あたしゃ小父さんとここに一緒にいても仕様がないから、黒髪池に行って見るよ」

「そうだね。こんなとこに男性と一緒にいたら、あぶないからね。では」

 いつもは男あつかいにはしないくせに、こんな時にだけ男性あつかいにするのですから、勝手気ままもはなはだしい。何か痛烈なことを言って返してやりたかったのですが、くたびれていて、そんな元気も出なかった。

「バイバイ」

「バイバイ」

 と、僕を一本松の下に残して、女どもは三方に別れて出発。やがてその姿は小さくなり、僕の視野から消えました。

 僕は芝草の上に長々と脚を投げ出し、弁当を開き、ウィスキーの小瓶の栓をあけました。ウィスキーは咽喉(のど)をやいて胃袋に落ち、やがてほのぼのと酔いが皮膚によみがえって来ました。

「ああ。静かにして孤独なる真昼の宴!」

 と僕は心から思いました。真昼といっても、まだ十時半頃です。早起きして、相当に歩いたせいで、もう昼になったような錯覚を起したのでしょう。

「この世に女どもがいなくなると、かくまで平和に、また幸福になるものか」

 小瓶一本を飲み干し、弁当をがつがつと食べました。朝はろくに食べてないから、まさにこれは天来の味でした。こんなうまい昼飯を、僕はこの数年来、食べたことがありません。あとはごろりと横になって、白雲の去来するさまを眺めていると、そのまま仙人にでもなったような気がしました』

[やぶちゃん注:「月見草」私の大好きな本当のそれは、六~九月頃に、夕方の咲き始めは白色で、翌朝の萎む頃には薄いピンク色となる、バラ亜綱フトモモ目アカバナ科マツヨイグサ属ツキミソウ Oenothera tetraptera (メキシコ原産。江戸時代に鑑賞用として渡来)であるが、恐らく梅崎春生の言っているのは、孰れも私の大嫌いな、主に黄色の花を咲かせる同属オオマツヨイグサ Oenothera erythrosepala(「大待宵草」。原産地不明だが、北アメリカ中部が措定されている)、丈の低い同属マツヨイグサ Oenothera stricta (「待宵草」。南アメリカ原産)、同属メマツヨイグサ Oenothera biennis(「雌待宵草」。北アメリカ原産)などと推定される。

「ゲンノショーコ」漢字表記は「現(験)の証拠」。フウロソウ目フウロソウ科フウロソウ属フウロソウ節ゲンノショウコ Geranium thunbergii当該ウィキによれば、『古来より、下痢止めや胃腸病に効能がある薬草として有名で、和名の由来は、煎じて飲むとその効果がすぐ現れるところからきている』とあり、本種は『白い花を付ける白色系と、ピンク色を付ける紅色系とがあり、日本では、富士川付近を境に東日本では白花が多く、西日本では淡紅、日本海側で紅色の花が多く分布している』とある。

「山中湖事件」ちょっと調べるのに手間取ったが、mitsuhide2007氏のブログ「最近の古いモノは!」の「山中湖の怪死事件」(三回分割なので、御自分で後の二回は読まれたい)で判った。昭和三七(一九六二)年九月十三日午前十時二十分頃、山中湖畔にあった別荘が出火、十一時には鎮火したが、別荘内から十人もの死体が発見され、孰れも仰向けで、頭や首に損傷があり、「助けてくれ」という声を聞いたという証言もあった事件を指す(後にこれは出火通報をした人物の発したものと判明する)。『死体は男女の区別もできないほど、損傷が激し』かったため、後に『司法解剖にかけられ』ている。当日の新聞夕刊には『焼跡に十人の死体。山中湖の別荘。戦後第二の大量殺人?』とし、翌日の記事では『内部からカギ。殺人放火か?心中の巻き添えか?』とあったという(「第二」とは毒物によって十二人が殺害された怪事件「帝銀事件」(昭和二三(一九四八)年一月二十六日に東京都豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店で発生)の次の「大量殺人事件」の意)。ほどなく、死体の身元は金融業者(四十三)と、その愛人(四十五)、及び、『バー「リスボン」のホステスと従業員たちであった』(バーの位置は不詳)。九月十一日夜、『金融業者と愛人はバーで飲んで、その後』、『従業員たちと』タクシー二台で『出かけ』、翌十二日午前三時三十分に別荘に到着していた。なお、その『山荘は愛人が管理していた』とある。捜査は二転三転するが、結果だけを言うと、司法解剖によって、全員の死因が一酸化炭素中毒だった。則ち、つけっ放しにしていた『フロ場のプロパンガスが不完全燃焼し、一酸化炭素』が『発生』し、『それが山荘に充満して、中毒死』したのであった。そこに空焚きしていたフロ場から出火が発生、その火災による家屋損壊の際、既に死体となっていた彼らの遺骸が激しく損傷を受けたのであった。さて。悲惨な事故事件だが、一つ興味深いのは、この「雨男」の前篇が発表されたのが、昭和三十七年の十月号、続篇が翌年の三月号なのだが、以上はどう見ても、昭和三十七年十月号分である。今の雑誌もそうだが、十月号は十月一日或いはそれ以前に発行されるのが、普通である。この事件の捜査では、実は出火の再現実験なども行っており、短期に真相が明らかになったわけではないから、梅崎はまさに九月下旬の〆切までにこの原稿を書いたはずだから、まさにアップトゥデイトな「猟奇殺人事件」としてのニュアンスを持った台詞であったと言えるのである。

 

『それからうとうとと、僕は二時間ばかり眠ったらしいのです。まぶしいので、ふっと眼が覚めた。僕をおおっていた一本松の影が、太陽の運行と共に移動して、僕の顔はむき出しの日光にさらされていたわけですな。僕は眼をぱちぱちさせながら、上半身を起した。

 見上げると、大帽子山も小帽子山も、白い雲が流れているだけで、ほんとに気持のいい好天気です。下方に黒髪池もキラキラと光り、あたりの風物は動かず、耳がジーンとするほどの静かさでした。

「あいつら、雨女などと罪をなすりつけ合っていたが、この世に雨女なんてあるものかい。バカだなあ」

 そう呟きながらスケッチブックを開き、帽子山の山容や池の形、高山植物の花の色などを、ゆっくりと写生し始めました。邪魔が入らないので、ゆっくりとスケッチが出来、二時間後に女たちが戻って来るまでに、かなりの枚数が完成しました。

 最初に黒助が戻って来て、十分後にはおスガが、

「やっ、ほう。やっ、ほう」

 などと、あらぬことをわめきながら、かけるようにして下山して来ました。いささかも疲れた様子は見えません。

「小父さん。待たせて悪かったわね。もう元気は回復したでしょう。チビはまだ?」

「まだだよ」

 スケッチブックや色鉛筆を片付けながら、僕は答えました。

「あいつ、また昼寝してるんだな。仕様がないなあ。何かあると直ぐ昼寝をするんだから」

「そうよ。そうよ」

 黒助が賛意を表しました。

「それで夜は夜で、大いびきをかいて、寝言なんかを言うんだからねえ」

 三人車座になってジュースを飲んだりしていると、三十分ほど経ってチビが小帽子山の方から降りて来ました。おスガがきめつけました。

「また昼寝してたんだろう。全くお前みたいに昼寝の好きな女もめずらしいよ」

「昼寝なんかするもんですか。イイ、だ」

 チビは顎(あご)を突き出しました。

 「あたしゃね、高山植物の採取をしてたんだよ。もともと植物には趣味があるんでね」

 見ると植物が根こそぎ引き抜かれて、チビの手に束になっています。僕は注意をしてやりました。

「おいおい。根こそぎは乱暴だよ。根さえあれば、また咲くじゃないか」

「だって、これ、対山荘に移植してやろうと思うのよ。それにこの根、食べられるかも知れないじゃないの。細いゴボウみたいでさ。少くとも酒のサカナぐらいにはなるわよ」

 空には白雲があわただしく行き交(か)って、風も少々ひんやりとして来たようです。そこで出発と言うことになりました。おスガもチビも、自分が雨女でないという証しを立てたものですから、満足して、そういがみ合うこともなく、割に和やかにリュックをかつぎ上げました。

 ところが山の天気というものは、判らないものですねえ。

 イガグリ峠を出て倒木の道を経て、キノコを採ったあたりの赤樺の林にさしかかると、ポツリと上から垂れて来たものがある。ふり仰ぐと、入り組んだ梢のあわいに見える空が、おどろおどろと黝(くろず)んで、落ちて来たのは虫や鳥のオシッコではなく、まさしく雨の雫(しずく)と知れました。

「それっ。たいへんだ」

「小父さん。走るわよ」

 と、三人の女族は呼び交しながら、素早く雨具を着用して、走り出しました。僕もビニールの雨具を着たが、御存じのように無器用なたちでしょう。ボタンをかけ終ってフードをかぶると、女たちの姿はすでになく、雨も次第に烈しくなって来るようです。直接に道には落ちて来ませんが、赤樺その他の樹々の葉にたまって、まとまって大粒になり、ぽたぽたと音を立て始めました。

 そこで僕も走り出しました。

 その時初めて発見したのですが、山道というのは、登るよりも降りる方がつらいものですねえ。前屈みになる関係上、足先が靴につまって痛いし、石ころや岩の根が足裏にひびくし、それに雨が先回りをしたらしく、つるつるとすべるのです。何度尻餅をついたわ、よろけたりしたか、判らないほどです。

「うば捨て山じゃあるまいし、このおれを放って逃げて行くなんて、何と薄情な女たちだろう」

 僕は彼女らをのろいつつ、やっと一時間後に帽子高原に到着、草原を横切って、対山荘に戻って参りました。女たちはもちろん帰着していて、着換えをすまし、食事の準備に大わらわでした。

「おや。小父さん。ずいぶん早かったわねえ」

「すっかり濡れたわね。こちらはこんな小降りなのに」

 対山荘付近はパラパラの小降りで、しかしイガグリ峠方面を眺めると、深い霧にとざされていて、つまり女たちは雨に先立って遁走(とんそう)し、僕だけが雨の中をよたよたと走っていたというわけですな。おスガが猫撫で声で言いました。

「ずいぶん冷えたでしょう。焼酎でも飲みましょうよ。でもワリカンよ」

 何がワリカンかと、僕も少々腹立ちましたが、こんな女たちを相手に喧嘩するのも大人気ないので、

「ふん。ワリカンか。じゃおれの分、ここに置くよ」

 と言い残して、アトリエに引込みました。着換えをしながら台所の方に耳を立てていると、黒助の声で、

「今日は馬肉のナマと行こうよ。サシミがうまいそうよ」

「でも、あのおっさんはナマで食べるかしら?」

「じゃ今日採って来た植物の根を、肉といっしょに煮て――」

 これはチビの声です。

「おっさんにあてがっとけばいいよ」

 着換えをすませて台所に出ると、チビがせっせと根を切っていたところでした。ゴツンと心にひっかかるところがあって、

「おい。その紫色の花、ちょっと貸して呉れないか。植物図鑑で調べるから」

 アトリエに戻って図鑑で探し当てた時、僕は体中がゾーッとして、毛が逆立ちしましたねえ。何とそれはトリカブトの花だったからです。僕はあわてて台所に突進した。

「おい。君たち。これは何の花か知ってるか?」

 僕は図鑑のその頁をぴたぴたとたたきました。

「何だか虫が知らせると思ったが、これ、トリカブトなんだぞ。こんなものを酒の肴にあてがわれて、たまるもんか」

「へえ。何なの。そのトリカブトって?」

「知らないのか。無知蒙昧(もうまい)な輩(やから)だなあ。猛毒があるんだぞ。アイヌの毒矢は皆、この毒を使ってるんだ」

「まあ、猛毒だって?」

 三人の女は大あわてして手を洗い、各々部屋に戻って、それ赤チンを、それオキシフルをと、大騒ぎです。毒が皮膚から吸収されるものか。それよりもそれを食わされそうになったおれは、一体どうなるんだと、面白くない気持で台所に突っ立っていたら、やがてチビが顔をのぞかせて、

「小父さん。それ、どこかに捨てて来てよ。気色が悪いから」

 何と勝手な言い草でしょうね。しかし言って聞かせても判る相手じゃないから、僕はそれらをひとまとめにして新聞紙にくるみ、山荘裏のくさむらにポイと捨てて来てやりました。

「あやうく毒殺されるところだったな。あぶない。あぶない」

 飯盒(はんごう)で自分の飯をたきながら、僕は思いました。

「あんな危険な女たちのつくったおかずを、もう決して口にしないことにしよう」

 アトリエに戻り、鮭罐(さけかん)をごりごり切っていると、扉をほとほとと叩いて、黒助が呼びに来ました。

「小父さん。焼酎飲みに来ない?」

 僕は一瞬ためらいました。また何か食わせられはしないかと、心配したのです。

「うん。でも――」

「でももストもないわよ。ちゃんと割前を払ったんでしょう」

 そう言えばそうであるし、〈何でも屋〉の焼酎に毒が入っている筈がない。おかずさえ食わなきゃいいんだと、ついにまた宴に参加する気持に踏み切ったのです』

 

「ずいぶんケチな動機で踏み切ったもんだなあ」

 私はあきれて嘆息した。

「そんなケチな根性だから、女にもなめられるんだよ。そんな場合、毅然とした態度をとって、女どもを追い出す方向に踏み切るべきだよ」

「そう僕も思ったんですがねえ。相手が石臼みたいな女たちでしょう。これはムリに追い出すより、策略をもって追い返すべきだと――」

「え? 策略? どんな策略だい?」

「それを申せば長いことになりますが――」

 山名君は浮かない表情となり、清酒瓶を耳のそばに持って行って、コトコトと振った。振らなくても、ガラス瓶だから、透けて見える。もう酒がなくなったというデモンストレーションなのである。

「あんたもお仕事があるでしょうから、今夜はここらで失礼して、続きは次回に――」

「おいおい。イヤな真似はよせよ。もう台所に酒はないのか?」

「ええ。これですっからかんです」

 山名君は酒瓶を置いた。

「何なら買って参りましょうか」

「仕方がない。二級酒でいいよ、二級酒で」

「何ですか。僕の話が二級酒にしか価しないというわけですか」

 彼は頰をふくらませた。

「折角面白い話だと思って参上したのに、それを二級品だとは――」

「いいよ。いいよ。君の好きなものを買っといで」

 女に対しては弱いのに、私相手では彼は俄然(がぜん)強くなるのである。

「そうですか。では、そう言うことに」

 やがて山名君は意気揚々として、一級酒を小脇にかかえて戻って来た。ポケットから牛罐を二つ取り出した。

「帽子高原ではね、ニクと言えば馬肉のことなんですよ。ブタは豚肉、鶏はトリ肉と言いますがね、肉屋に行ってニクを呉れと言うと、黙って馬肉を呉れるんです」

「ほう。牛は食わないのかね?」

「ほとんど食べないようですな。あそこらの牛は肉が固いからでしょう」

「で、その夜、君は馬肉の刺身を食ったのか?」

「食べるもんですか。馬の生肉なんて。あたったら、たいへんですからねえ。でも、東京に戻ってさる人に聞いたら、馬肉には寄生虫はいないそうですねえ。そうと知ってたら、食べればよかった」

 山名君は続切りで牛罐をあけた。

「女たちはその刺身を食べたのかね」

「ええ。粉ワサビをといてね、まるでマグロの中トロみたいだなんて言いながら、うまがっていたようです。僕にも食えとすすめたが、こちらも意地ですからねえ、鮭罐専門と行きました」

 

『その中だんだん酔っぱらって来ると、またチビとおスガが口争いを始めました。どうもこの二人は、最初から口喧嘩ばかりしていて、そんなに気が合わなきゃ、一緒に旅行しなけりゃいいのに、と思うんですが、当人たちにしてみれば、やはり張合いがあって愉しいのでしょう。つまりお互いに粉ワサビみたいな役割を果しているんだと思います。

 口争いの原因ですか。高山植物を引っこ抜いて来たという件で、

「チビ。お前は小帽子山に登らずに、麓で昼寝して、申し訳に雑草を引き抜いて来たんだろ」

 このおスガの言葉が、チビを刺戟したんですな。

「小帽子山には登りたくなかったんだろ」

「なによ、おスガ。何であたしが登りたくないわけがあるんだい」

「もし登って雨に降られりゃ、チビが雨女になってしまうからさ」

「冗談じゃないよ。おスガこそ大帽子山に登らなかったんだろ」

 そういう言い争いが、十分ぐらいも続いたでしょうか。頃を見はからって、僕はけしかけるように言いました。

「君たちは二人とも、帽子を山頂に置いて来たんだろ」

「そうよ」

「じゃ二人で明日、別々に登って、確認し合えばいいじゃないか」

 いくらタフな女たちでも、三日続けて山登りすれば、ヘばって帰京する気になるかも知れない。それが僕の策略でした。果して女たちはその餌に食いついて来た。

「そうよ。小父さんの言う通りだわ」

「よし。おスガは明日小帽子山に登れ。あたしゃ大帽子山に登るよ」

 おスガもチビも、もう意地になったようです。意地にでもならなきゃ、同じ山道を三度も登り降り出来る筈がありません。

「じゃ検査役に、小父さんもイガグリ峠に来て呉れない?」

「イヤだよ。あんなとこ。おれの足はマメだらけなんだから、それだけはかんべんして呉れ」

 結局僕は検査役を免除され、黒助がイガグリ峠で待機するということに決まりました。黒助はあんまり気が進まないらしく、

「同じとこばかりに行くのは、つまんねえなあ」

 と、愚痴をこぼしつつ、やっと承諾しました。黒助は三人の中では一番年長らしく、どちらかと言うといつもたしなめ役に回っていました。

 さて、宴果ててアトリエに引取り、僕はのうのうと眠りに入りました。明日は女どもはいない。ゆっくりと孤独が味わえると思うと、まことにのんびりした気分でしたねえ。

 朝六時頃、

「小父さん。行って来るわよっ!」

 という声に目覚めて、寝ぼけ眼をこすりながら庭に出て見ると、三人はもうリュック姿で、驚いたことには黒助が馬に乗っていました。馬と言っても毛並もよごれた、よぽよぼの駄馬でしたが。

「ど、どうしたんだ。その馬」

 と訊ねると、村の青年に頼んで、今日一日タダで借りて来たとのこと。彼女たちも一応女優の卵ですから、色目か何かを使って借りて来たに違いありません。この辺の素朴なる青年は、東京の女優と聞いて、ついふらふらとタダ貸ししたのでしょう。

「君たち、一体馬に乗れるのかい?」

「乗れるのかいって、ちゃんとこうやって乗ってるじゃないの」

 チピがつんけんと言い返しました。

「この馬はね、おとなしい馬だから、あばれたりすることは絶対にないってさ」

「そりゃそうかも知れないが、こんなよぼよぼ馬で、どうしてあの倒木地帯を通り抜けるつもりだね?」

「倒木? ああ、そうだったわね」

 何かこそこそ相談しているようでしたが、

「倒木地帯の前のところにつないで置いて、あとはあたしたち、自分の足で登るわよ」

「そうかい。それならいいけれど――」

 僕はチビに言ってやりました。

「頼むから毒キノコだのトリカブトだののお土産はおことわりだよ。まあせいぜいくたびれて戻っておいで」

「まあ。行けないもんだから、あんな厭がらせを言ってるよ。いい、だ」

 そして彼女らは落葉松(からまつ)道を通って、やがてその姿は消えました。

 ふり仰ぐと、今日も雲一つない好い天気です。これが夕方になるとザーッと来るんだからな、などと思いながら、顔を洗いに渓流の方に歩を踏み出すと、股やふくら脛(はぎ)がぎくぎくと痛む。昨日足を酷使したので、筋肉が凝ったのでしょう。仕様がないので台所で歯をみがき、まだ体全体の疲れが抜けていないようなので、ベッドに取って返して、昼頃までぐっすり眠りました。

 起き出て、散歩がてらに〈何でも屋〉におもむき、食料品を買い求め、ついでにもぎ立ての唐モロコシを六本ほど分けてもらい、対山荘に戻って茄(ゆ)でて食べていると、玄関の方から、

「ごめん。ごめん」

 という声が聞える。何事ならんと唐モロコシを横ぐわえにしたまま出て見ると、詰襟服の中年男が立っています。僕の姿を見ると、皮鞄をがちゃがちゃと開きながら、

「ええ。早速ですが、地代をいただきに来ました」

「え? すると、あんたは?」

「村の役場の者です」

 詰襟をゆるめて、タオルで首筋をごしごしと拭きました。いくら高原でも、真昼の光線はかなり暑いのです。

「ああ。坪十二円のやつですね」

「そうです」

「暑いでしょう。つめたい水でも一杯、いかがですか」

 僕はお世辞を言いました。僕は割かた役人には弱い方なのです。水をコップに入れて持って来て、

「で、総計おいくらですか?」

「ええと――」

 役人はうまそうに水を飲み、あっさりと言いました。

「合計二万四千円です」

「え? 二万四千円?」

「そうです。木村さんは二千坪借りていらっしゃる」

「二千坪も?」

 僕は思わず大声を立てました。せいぜい百坪か百五十坪借りていると思っていたのに、二千坪だなんて何と言うことでしょう。

「二万四千円、今すぐ払えと言うんですか?」

「そうです。契約は契約ですからねえ」

「払えないと言えば?」

「払えなきゃ、没収するだけです。立退(たちの)いていただくことになりますな」

「そりゃ弱ったな。せめて半額だけ今年収めて、あとは来年に――」

「そりゃダメですよ。二千坪だからこそ、坪十二円にしてあるんだ」

 役人の口調は、ちょっと横柄になりました。

「来年に回すと言うなら、村会にかけて、地代値上げということになりますよ。それでよかったら、どうぞ」

 悲憤の涙が胸にあふれて来るような気がしましたねえ。でも、地代はこちらで持つという、木村との約束は約束です。僕は足音も荒くアトリエに戻って、二万四千円という金をわし摑(づか)みにして、玄関に出て来た。

「では、払います。仕方がない」

「そうですか」

 役人は鞄の中から受取証を出し、僕の手から札束をもぎ取るようにして、コップの残りの水を飲み干しながら言いました。

「お宅の水はつめたいですな」

 僕は返事もしてやらなかった。コップを引ったくって、玄関に戻ると、もう役人の姿は見えませんでした。

 僕は俄(にわ)かに食欲が喪失し、庭に出てスケッチなどやろうとしたが、心が乱れて鉛筆を手にする気にもなれません。猛獣のようにうなりながら、そこらを歩き回っていますと、また入口の方から、

「ごめん。木村さんはいませんかあ」

 と呼ばわる声がする。行って見ると、開襟シャツを着た色の黒い青年で、これまた皮鞄を手に提(さ)げている。

「なんですか、あんたは。また役場の人ですか」

「そうです。よく判りましたな」

 青年はにやにやして、皮鞄を開きました。

「水道代を徴収に来ました。お宅はたしか蛇口が三つでしたな」

「そうですよ。それがどうしたんです?」

「蛇口一箇で五百円、あとは一つ増す度に二百円ずつですから、合計九百円いただきます」

「役場じゃ水道代まで取るんですか?」

 僕は嘆息しながら、ポケットから千円札を出しました。

「どうして思い合わせたように、今日取りに来るんですか?」

「いえ。この別荘の人は、来たかと思うとすぐ帰ってしまうんでね、情報が入り次第おうかがいするというわけなんですよ。本宅に一々連絡していては、通信費がかかるんでねえ」

 なるほど役人どもが相次いで来訪するわけは判ったが、その度に金を取られるのは僕なんですからねえ。仏頂面をするのも当然でしょう。役人はおつりの百円玉を置き、

「では」

 とか何とか、あいまいなあいさつをして、そそくさと門を出て行きました。

「ちくしょうめ!」

 僕は後ろ姿をにらみつけ、家の中にかけ込み、あらゆる蛇口を開いて、水を出し放しにしてやりました。ここの水道はメーター制じゃなく、一箇いくらの計算ですから、使わなきゃ損だと言うわけです。水は僕の復讐心みたいに烈しく、飛沫を上げてほとばしりました。

 それでいくらか気分が晴れたが、考えてみると水を出し放しにして、それがどうって言うことはありません。再び庭に飛び出して、ぐるぐる歩き回り、帽子連山の方を眺めると、今日はふしぎにいい天気で、まだ雨の気は少しもただよっていないようです。

「ほんとにあいつらと来たら――」

 僕は鼻息荒くつぶやきました。

「おれが地代や電燈代やで、三万円以上払ってるというのに、タダでのうのうと山登りなんかしてやがって。一体おれを何と思ってるんだろう」

 あんなにごっそり持って行かれては、とても一夏は持ちそうにもない。木村に手紙を出して、僕が使っているのは山荘とその周辺の土地だけだから、あとの雑木林の分の地代を至急送って呉れ、と書こうかなどと思いわずらったり、事情を女どもに話して、宿泊料として少し出させようと考えてみたり、しかしあの女たちが素直に出すだろうかと思ったり、あるいは頭を上げ、あるいは頭を垂れたりして歩き回っている中に、

「あの女たちはキャンプに来たと言ってたが、どのくらいの旅費を用意して来たのだろうか」

 という疑問にぶつかりました。十万や二十万という大金を用意して、キャンプに出かけることはあまりないことですからねえ。

「よし。今晩は巧みにポーカーに誘い込んで、あいつらの有り金全部をはたかせてやろう。無一文になれば、彼等は食うことが出来なくなって、東京に逃げ帰るだろう」

 その名案に僕はぽんと掌を打ち合わせました。僕は幼にして勝負ごとは大好きで、たいていの賭けごとには長じているのです。あの女たちは心臓は強いが、脳が弱いようなところがあるから、成功するんじゃないかというのが、僕のねらいでした。

 その思い付きに気を好くして、でもスケッチにふけるほどの気分にはならず、〈何でも屋〉に降りて行って、安い釣竿や針や糸など一式、買い込んで来ました。さっき下見した様子では、近くを流れる渓流には、魚がいるらしい。ヤマメかハヤでも取れれば、その分だけおかず代が浮く。趣味と実益をかねた暇つぶしというのが僕の目算でした。なにしろ自給自足の休制を固めなきゃ、とても一夏越せそうにありませんからねえ。

 かれこれしている中に、ふと帽子連山の方を眺めると、淡青色の空をバックに、くっきりと山容が浮び上り、なだらかな斜面がイガグリ峠に凹んでいます。

「チェツ。運のいい奴らだなあ」

 僕は思わず舌打ちをしました。ずぶ濡れになって戻って来る姿を想像していたのに、舌打ちしたくなるのも当然でしょう。

 やがて一時間ほど経って、山荘の裏手の方角から、

「やっ、ほう」

「やっ、ほう」

 と、れいの奇声が聞えたものですから、のそのそと(股やふくら脛(はぎ)がまだ痛いので)出て行くと、三人がにこにこと白い歯を見せながら、こちらに手を振っています。それだけならいいけれど、あの老馬の上におスガとチビが二人で得意げにまたがり、黒助が手綱を取って、どこで拾ったのか知らないが、シャンシャンと鈴を鳴らしたりしています。呆れて近づくと、哀れや老馬はその重みに耐えかね、全身汗みずくになって、はあはあとあえいでいます。いくら相手が女でも、二人も乗せりゃ、へたばるにきまっています。

「何だ。ひでえじゃないか」

 僕は義憤を感じて、黒助から手綱を引ったくり、大声を出しました。

「いくら何でも、これじゃ馬が可哀そうだ。早く降りなさい。降りろ!」

 馬の胴体をがさがさゆさぶったので、二人は悲鳴を上げて、ころがり落ちるようにして降りました。僕は早速馬を庭に引き入れ、バケツで水をやると、馬は喜んでごくんごくんとまたたく間に飲んでしまいました。バケツ一杯で、約一斗はあるでしょうな。それをいっぺんに飲み干したんだから、驚きです。

「こんなに咽喉(のど)を渇かせてる馬に、二人も乗るなんて、君たちにはヒューマニズムというものがないのか」

「だって約束だもの」

 チビが口をとがらせました。

「行きは黒助が一人で乗りずくめだったから、帰りはあたしとおスガが乗ったのよ」

「馬の都合も考えず、勝手にそんなことをしていいのか」

 老馬は感謝のまなざしで、しょぼしょぼと僕の顔を眺めて、合点々々しました。

「おお。よしよし。腹もすいただろう。今食べ物を持って来てやるから、待ってろよな」

 僕は台所に飛んで行って、唐モロコシと野菜の切屑を持って戻って来ました。馬は大喜びで、唐モロコシや野菜をぱりぱりと食べました。よほど飢えと渇きに苦しんでいたんですな。よりによって悪い女たちに借りられたもんです。

 僕の見幕が烈しいものですから、女たちは五六歩離れて、こそこそ話をしていました。

「あっ。もったいないわねえ。あの唐モロコシ」

「おいしそうねえ。あたしたちに御馳走しないで、馬に食わせるなんて、一休あのおっさん、どういうつもりかしら」

「あれっ。あのニンジン、あたしたちのニンジンよ。ひとの野菜を馬に勝手に食べさせるなんて、むちゃねえ。そんなことが許されていいもんかしら」

「黙れ!」

 僕は怒鳴りました。

「さんざん馬をタダでこき使って、ニンジンやるのも惜しいのか。図々しいにも程があるぞ。早く馬を持主に帰して、ていねいにお礼を言って来い。そうしないと、対山荘の恥になる!」

 少しきつく言って置かないと、何を仕出かすか知れないので、僕はことさら強く突っぱねました。すると、女たちは反発すると思ったら、案外素直に頭を垂れて、

「はい」

 と僕から手綱を受取って、馬をいたわるようなポーズを取りながら、村の方に降りて行きました。ちょっと意外でしたが、思うにこれは近頃の若い女たちの特徴で、下から出るとつけ上るけれど、頭からがっと押えると案外シュンとなるものらしいです。ことに彼女らは女優の卵なので、監督さんあたりにひとにらみされると、とたんに従順になるという傾向があるのかも知れません。嬉しくなって、僕は彼女らの後ろ姿に追討ちをかけました。

「今日は風呂をわかせよ。おれが入るんだから」

 今日のポーカー作戦はうまく行きそうだと、とたんに愉快になって、僕は家にとって返し、釣竿をかついで渓流にとことこと降りました。夕暮れ時というのは、川魚釣りには一番いい時刻なのです。一時間ほどの間に型のいいヤマメを三匹釣り上げて、アトリエに戻って来ると、連中もいくらか反省したと見え、黒助は台所仕事をし、おスガとチビはドラム罐の下の薪(たきぎ)の燃え具合をしきりに調整していました。台所の板の間には、唐モロコシ十数本と安ウィスキーの瓶が二本置かれています。僕は黒助に訊(たず)ねました。

「馬は戻して来たのか」

「戻して来たわよ。ついでに唐モロコシ十本、もらって来ちゃった」

「もらった? 買ったんじゃないのか?」

「買うもんですか。馬に食わせるほど実っているんだもの」

 黒助は庖丁の手を休めました。

「おスガったら、図々しいのよ。トリ鍋にするから、鶏一羽呉れとせがんで――」

「せがむって、タダでか」

「そうよ。そうしたらさすがに向うの青年もイヤだと言うから――」

「あたり前だ。馬をタダ借りされた上、鶏一羽をサービスするような好人物が、この世にいるわけがない」

「そうでしょ。だからあたしが、唐モロコシで我慢しましょうと、おスガをたしなめてる中に、チビがキビ畠にもぐり込んで、もうゴシゴシともいで来てしまったの」

「まるで押売り強盗のたぐいだね」

 僕は呆れて嘆息しました。

「それで、そいつを肴にして、今日もウィスキーを飲むのかい?」

「ええ。お互いに雨女じゃないことが判ったから、お祝いの会をやるんだって」

「そうか。頂上にお互いの帽子を確認して来たというわけだね。君は何をしてた?」

「イガグリ峠の一本松の下で、ぼんやりしてたわ。つまんないの」

 黒助は溜息をつきました。

「寝ころんで、雲の動きなどをぼさっと眺めて、時間をつぶしてたのよ」

「雲を見て、何か感じなかったかね」

 僕は興味をもよおして、訊ねてみた。

「何かって、何をよ?」

「うん。うまく口では言えないが、大自然の悠久さとか、人間の孤独だとか、またそれに伴うしんかんとした愉しさをとかさ」

「感じなかったわ。全然」

 黒助は小さなあくびをしました。

「感じたのは、退屈だけよ」

 僕が昨日感じたことを、彼女は何も感じていない。ふうん、そんなものかな。世代の相違というやつかな、と僕にはよく判らなかったんですが、あんたはどう思いますか?』

 

「そりゃやっぱり、世代とか年齢の相違だろうね」

 と私は答えた。

「そんなチンピラ小娘に、自然の悠久や孤独を説いたって、仕方がないやね。やはり君みたいな中年男にならないと――」

「中年男? それ、僕のことですか?」

「そうだよ」

「冗談でしょう。中年男だなんて」

 山名君はコップを手にしたまま、大いにふくれた。

「まだ青年ですよ。そりゃ生れは大正末期だけれど、育ちは昭和ですからね。あんまり失礼なことは言わないで下さい」

「しかしだね、イガグリ峠如きに登って、足腰を痛めるなんて、休力的に衰えが来ている証拠だ」

「イガグリ峠と安っぽくおっしゃいますがね、どんなにきつい峠か、登ったこともないくせに――」

「そうだな。そう言えば登ったことはないが――」

 ちょっと私も言葉に窮した。

「と、とにかく君は、人生の空しさとか、虚無を知っている。ところが近頃の若い者には、それがない。行動があるだけだ。だからむやみやたらと山に登りたがる」

「虚無は彼女らの方じゃないですか」

 ぐっと一口飲んで、彼は反論した。

「一本松の下で、何も感じないで、退屈ばかりしていたというのが、虚無、すなわち、頭がからっぽだという証拠です」

「よしよし、判ったよ」

 面倒くさくなって、私はあやまった。

「僕の言い方が悪かった。君を青年だとすれば、その女たちの精神年齢は十二三歳の子供だというわけだ」

「そうです。それなら僕も納得出来ます」

 山名君は安心したように、牛罐から一片つまみ上げて、口の中に放り込んだ。

「全く十二歳、いや、それよりも低く八歳ぐらいかも知れない」

「それでその夜は、成功したのか?」

 

『ええ。大成功でした。僕は先ず風呂に入って、アトリエで待機していると、やがて女が呼びに来た。また夕食を御一緒にしませんか、という誘いです。待っていましたとばかり、早速腰を上げました。先ほど釣ったヤマメを一匹ぶら下げてね。居間の方に行くと、女たちはすでに茹(ゆ)で唐モロコシを卓の上に山と積み上げて、もうウィスキーをちびちびとやっていました。

「よく飲むんだねえ。毎晩じゃないか」

「ええ。毎晩ですよ。小父さん。唐モロコシを御馳走するわよ」

 とチビが慈善者面(づら)をして勧める。そこで僕は、そんなかっぱらって来たようなのを食えるか、おれはこれで行く、とヤマメを見せびらかせながら、コンロの上に乗せました。とたんに彼女らの眼が猫の眼みたいに、ぎろりと光ったですな。新鮮な魚類に飢えていたのに、眼の前につき出されて、ぎょっとしたらしいのです。ふん、思う壺に入ったなと――!』

 

「何が思う壺だね?」

「敵をいらいらさせて、じれったがらせて、精神を惑乱させて、それでポーカーに勝とうというのが僕の神経戦術でした」

 精神年齢八歳の女たちと、こんなに熱心に張り合うなんて、山名君の精神年齢もかなり低いんじゃないか。そう思ったが、言えば怒るにきまっているから、言うのはやめにした。

「ふん。そこで?」

 

『そこで敵も対抗上、イワシの罐詰などをあけ、それを肴(さかな)にしていましたが、罐詰と生まではかないっこない。それに僕のヤマメは脂(あぶら)が乗って、実にうまかった。ウィスキーを片手に、またたく間に一匹食べ終えると、アトリエに戻り、一匹ぶら下げて戻って来ました。三人の眼がまたぎろりと光った。

 金網の上に乗せると、脂をジイジイとしたたらせて、うまそうな匂いを放つ。焼け上るのを待ち兼ねて、金網の上から直接片面ずつ箸でつついて食べる。女たちは面白くなさそうな顔をして、ウィスキーをあおり、唐モロコシを歯でしごいて、ごしごし嚙んでいました。

 二匹食べ終っても、まだ満足しないので、また一匹ぶら下げて戻って来た。するとたまりかねたようにおスガが言いました。

「小父さん。その魚、どこで仕入れて来たの?」

「仕入れたんじゃない」

 僕は悠然として答えました。

「裏の渓流で釣って来たんだ」

「何匹釣ったの?」

「三匹だけだよ。釣ろうと思えばもっと釣れたが、そんなに獲ったって仕方がないしね。おれの分だけ釣って、あとは明日ということにしたんだ」

「まあ、ケチ!」

 チビが舌打ちをしました。

「あたしたちがいるのを忘れたの? この唐モロコシだって、小父さんに食べさせようと思って、決死の思いでもいで来たのに!」

「唐モロコシはお昼に食べて、食べ飽きたよ」

 僕はわざとのろのろした口調で言ってやりました。

「君ら、ヤマメを食いたかったのか。それじゃ自分で釣って来ればいいじゃないか」

「でもあたしたち、山登りに忙しくて、釣る暇がないんだもの。小父さんにも判ってるでしょう」

「山登りって、遊びじゃないか」

「遊びじゃないわよ。今日の登山は」

 チビが言いつのりました。

「用事があって登ったのよ」

「何の用事だい?」

「お互いの帽子を確認しに行ったのよ」

「そんなの、用事と言えるかい?」

 僕はせせら笑った。

「用事というのは、もっと実質のあるもんだ。苦労して帽子を見に行くなんて、意味も何もない。骨折損のくたびれ儲(もう)けというやつだね」

「いい加減なことを言ってるわ。この雨――」

 とたんに黒助がシッと声をかけたので、チビは口をつぐみました。

「え? 雨って、何だい?」

「いえ。何でもないのよ」

 おスガがとりなしました。

「チビって、すぐ変なことを口走るから――」

「でも、小父さん」

 チビはおスガをにらみつけ、そして僕に食い下りました。

「小父さんは今日、大雨が降ってあたしたちが濡れ鼠になって来ればよい、と思ったでしょう」

「な、なにを根拠に――」

 図星をさされて、僕は思わずどもりました。

「そんなことを言うんだい。濡れようと濡れまいと君たちの勝手で、僕と何の関係もない」

「関係あるわよ。思っただけでなく、その思いを実行に移したでしょう」

「実行? おれが何を実行した?」

「雨乞いよ」

「雨乞いを? ばかばかしいや。いつおれが雨乞いをした?」

「したじゃないの。水道を出し放しにしてさ。あんな調子に雨が降ればいいと、蛇口をあけ放しにしたんでしょう」

 さすがの僕もあっけに取られましたな。そりゃ雨が降ればいいなとは考えはしたけれど、そんな邪推を受けるとは夢にも思わなかった。

「違うよ。水道を出し放しにしたのは、他にわけがあるんだ」

「何のわけよ?」

 僕は沈黙した。水道料を取られて、腹立ちまぎれに出し放しにしたとは、あまりにも子供っぽくて、他人に話せることじゃないですからねえ。

「それよりも降雨とおれに、何の関係があると言うんだね?」

 僕は話の方向をちょっとずらした。

「君らが着換えをするところを見て、おれが喜ぶとでも思っているのかい。それほど魅力ある体とは思わないがねえ」

「裸の話をしてるんじゃないわよ」

 体をけなされてかんにさわったらしく、チビがきんきん声を出しました。

「雨男のことよ」

 とうとう言ってしまった、という表情で、おスガと黒助は眼くばせし合いました。

「雨男? そりゃ何だい?」

「小父さんが雨男だと言うことよ」

 チビは居直りました。

「おれが雨男だって? どういうわけでそんな結論が出るんだい?」

「昨日四人で登ったでしょ。すると帰りに降られた。今日は小父さん抜きで、あたしたち三人で登ったら、全然雨に降られなかった。四引く三は一。雨を呼ぶ張本人は、まさしく小父さんじゃないのさ」

 チビは得意気に鼻翼をふくらませました。

「三人で討議した結果、そういう結論が出たのよ」

 この論理にはあきれましたねえ。三人の表情を見ると、真面目にそう思い込んでいるらしく、僕は返す言葉がなかった。

「するとおれは、自分が雨男になりたくないばかりに、雨乞いをしたりしたと言うわけか。おどろいたねえ。じゃあおれは、トランプのババ抜きのババか」

「そうよ。そのババよ。小父さん、何の趣味もない朴念仁かと思ったら、トランプなんかやれるの?」

 うまいことトランプに乗って来やがったなと、僕は思わずにやにやしました。その笑いを、僕が恐れ入ったと解釈したらしく、チピは追討ちをかけました。

「雨が降る気配がないもんだから、やけになって魚釣りして、あたしたちに見せびらかして、口惜しがらせようとたくらんだのよ。どう? 図星でしょ」

 誤解もここまで来ると、もう誤解をとくすべもありません。僕は観念しました。

「そうか。そんな結論が出たのか。それなら仕方がない。僕は雨男でもいいよ。差支えないよ。差支えないがだ、さっきの君の言葉に、気に食わないとこが一箇所ある」

「どこよ?」

「トランプが出来るかという箇所だ。トランプなんか、おれは名人だぞ。あのむつかしいゲームを知ってるか? ええと、ポーなんとか言う――」

「ポーカーでしょう」

「ああ、それそれ、そのポーカーだ」

 ポーなんとか、などととぼけたのは、僕一世一代の名演技でした。これで女たちはすっかり引っかかったようです。

「へえ。ポーカー、やれるの?」

「人は見かけによらぬものねえ」

「あんまりバカにしないで呉れ」

 僕は言いました。

「去年友達から習ったばかりだけど、筋がいいとほめられたんだぞ。何なら一丁やるか」

「でもー」

 チビは周囲を見回しながら言った。

「あたしたち、トランプは持って来なかったのよ」

「おれの部屋の押入れに一組あったよ。多分木村が置き忘れたんだろう。何なら持って来ようか」

 僕は立ち上り、わざとよろよろし、酔ったふりをしながら、画室に戻りました。しばらくベッドの上で休憩、そしてトランプを摑(つか)んで出て来た。休憩したのは、女どもに相談の時間を与えるためです。

 僕が入って行くや否や、チビが言いました。

「小父さん。ポーカー、本式のでやる? それとも略式?」

「本式って、どんなんだい?」

「現金を賭けるのよ」

「現金?」

 僕は眼をぱちぱちさせて、困ったような表情をつくりました。案の定(じょう)彼女らは相談して、昨年習ったばかりのほやほやであるし、酔ってはいるし、ここらで僕からごっそりまき上げようとの方針に一決したのに違いありません。チビが声を強めた。

「本式のでやらなきゃ、面白くないわねえ」

「そうよ」

「そうよ」

 と、あとの二人も賛成しました。

「小父さんはイヤなの? 案外度胸がないのねえ」

「よし。現金でもOKだ」

 と、僕は派手に自分の胸を叩きました』

 

「それで勝ったのかい?」

 私は頰杖をついたまま訊ねた。

「ごっそりまき上げたのか」

「ええ。もちろんですよ」

 山名君は昂然と眉を上げた。

「向うは三人とも、少し酔っぱらっているし、勝負を楽しむことよりも、賭け金にこだわっているんですからね。負けがこんで来ると、頭にかっかっ来る。頭に来ちゃ、とても勝てっこありません」

「しかしよくトランプが都合よく、押入れに置き忘れてあったもんだねえ」

「いえ。実はそれはウソで――。」

 山名君はにやにやと笑った。

「退屈しのぎになろうかと思って、僕がリュックに持参したもんです」

「え? 君のか?」

「そうです。かなり古ぼけて、すり切れたようなトランプで、こんなところで役に立とうとは思わなかったですな」

「へえ。すり切れた古いトランプね」

 ある疑念が私の胸に湧き上って来た。

「じゃ、そのトランプの裏のすり切れ具合で、何の札か判るような仕掛けになってるんじゃないか」

「冗、冗談でしょう。判れば独り占いなんか出来やしない」

「でも、だね」

 私はたたみかけた。

「女たちから金をまき上げようと考えたあと、裏を仔細(しさい)に調べて、特徴を覚えようと努力しなかったのか」

「しつこいですなあ。まるで検事の反対訊問みたいだよ。ああ、しんが疲れる」

 彼はマムシ酒を清酒の中に少量垂らし、ぐっとあおった。

「覚えようとしたって、そうそう全部は覚え切れるもんじゃないですよ」

「でも若干は覚えたり、目印をつけたりしただろう」

「そんなに疑うんなら、僕は帰りますよ」

 彼は憤然として腰を浮かした。

「折角いいタネになると思って、お話に上ったのに、そうケチをつけられちゃ、僕も立つ瀬はありません」

「まあ、まあ」

 私は頰杖を外(はず)して、頭を下げた。

「僕の言い方もトゲがあった。あやまる。も少し話して行って呉れ」

 少しインチキをしたらしいとは思うが、そこが聞き手のつらさで、私はあやまった。とにかく機嫌を取りながら話を引き出さねばな