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カテゴリー「梅崎春生」の328件の記事

2021/10/20

ブログ・アクセス1,610,000突破記念 梅崎春生 ピンポンと日蝕

 

[やぶちゃん注:初出は昭和二五(一九五〇)年一月号『新潮』で、後の短編集「黒い花」(同年十一月・月曜書房刊)に収録された。

 本作では主人公の日記が引用されるのだが、その部分は全体が一字下げで示されてある。ブログでは、そうした字下げが上手くいかないので(やれるんだろうが、やる気が起きない)、その引用部分を太字で示すことにした。

 文中にオリジナルに注を挿入した。若干、梅崎春生の実体験の事実と齟齬する部分があるのを指摘してある。五月蠅いかも知れない。だったら、私の注は取り敢えず飛ばして読んで、読み終わってから、やおら、注を読まれたい。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、昨日深夜、1,610,000アクセスを突破した記念として公開する。ここのところ、夜には作業をせず、酒も切り上げて、驚くべき早い時間(へたをすると八時頃)に就寝することが多く(その代わりに朝は未明に起き、すっきりとした意識の中で作業に入れる)、今朝も、昨日に続きのテクスト注を完成することのみ気に掛かって、アクセス突破にずっと気づかず、記念テクスト公開が、ここまで遅れた。【20211020日 藪野直史】]

 

   ピンポンと日蝕

 

 その頃はつまり、こんなことをしていた。行軍将棋というやつに夢中になって、下宿の親爺を相手に毎晩指してみたり、探偵小説に凝(こ)るとなると、貸本屋から次々借りてきて、丹念な犯人容疑者のリストを作ってみたり。とにかく情熱の発し方が、常套ではなかった。ひとつのことに、ひどく偏執する傾きが出てきていた。その癖ふとしたはずみに、それが厭になると、徹底的に厭になった。思い出すのさえ、厭で厭でたまらなかった。子供の頃の偏食の結果が、今どきこんな妙な形として出てきたのだと、私は半ば本気で考えていた。何しろ、困ったことだ。時計の分解につよい興味をもって、夜中に下宿の大時計をそっと外(はず)してきて、情熱をこめて完全に分解し、こんどは元通りに組立てが出来なくて、一晩中大弱りに弱ったこともあった。[やぶちゃん注:「行軍将棋」軍人将棋のこと。]

 どういうものか、生産的なことには、一向興味が湧かなくなっていた。自分の精神や肉休を浪費したり虐使したり、そんなことだけの生甲斐を私は覚えていた。そして私は私の貧しさや弱さをも、うすうすと感じ始めていた。それはそれは、いろんな意味をふくめた、こみ入った形として。

 ピンポン。こんな他愛のない競技をも、ある日突然好きになったような気がする。その動機は今は忘れた。幸か不幸か私の勤め先には、古ぼけたピンポン台が一台備えてあって、やるとなると、執務時間でも仕事をすっぽかして、私は給仕や同僚を相手にして、球を打ち合ったりした。課には好きなのが三四人はいた。そんな無茶をやっても、クビになるおそれはなかった。なにしろ戦争中で、だんだん人手がなくなって行く頃だったから。仕事の成績はあまり問わず、員数のことばかりに汲々(きゅうきゅう)としている役所だったから。そしてこの私ですらも、この課にとっては、重要な人的資源のひとつであったのだから。人が一人減るということは、課の勢力がそれだけ減るということであった。そしてその補充はほとんどつかなかった。だから上司はにがい顔はしても、私たちを追い出す訳にはいかなかったのだ。もともと気は弱いくせに、そんな条件を、私は最大に利用していた。

 こんな妙な職場が、あの頃にはあちこちにあっただろう。戦争がおそらくそんな妙な状態を作ったのだろう。私がいたのは、教育を司(つかさど)る役所であった。近頃評判になった、庶務課長を殴ったというあの可笑(おか)しな教育委員長が、その頃私の役所の局長補佐か何かをやっていたと思う。その頃あの男は、酷薄な顔付きをした、策士型の紳士だったようだ。今はどうだか知らないけれど。[やぶちゃん注:事実である。梅崎春生は昭和一五(一九四〇)年三月(満二十五歳)に東京帝大文学部国文学科を卒業後(卒論は「森鷗外」(八十枚))、東京都教育局教育研究所に勤務していた(昭和一七(一九四二)年一月の一回目の召集で対馬重砲隊に入隊するも、気管支カタルを肺疾患と判断されて即時帰郷となって療養生活をしたのを挟みつつ、昭和一九(一九四四)年の三月頃まで)。]

 こうして私はまことにピンポンが上手になった。街を歩いていても、掌がひとりでにバットを握る形になっていたりする程、私はピンポンに中毒していた。これで上手にならない訳がない。私は左利(き)きであったし、運動神経も人並み以上に発達していたし、人の盲点をつく才能もあったし、それに手も長かった。ピンポンには、うってつけの条件がそろっていた。こんな条件は、掏摸(すり)にも適するようである。ピンポンと掏摸とは、どこか似たところがあるのだろうと思う。ピンポンの専門家には悪いけれども。

 課の連中同士でやっていても仕方がないというので、ひとつ大会に出て見ようじゃないか、ということになった。私が言い出した訳じゃない。ひとりでにそうなったのだ。私はそんなお祭り騒ぎは、昔から好きではなかった。今でも全く好きではない。つい出場する気持になった経過は、その頃の古い日記帳を開いても、どこにも書いてないようだ。いきなりその日のことだけが書いてある。

 

『九月二十一日。日曜日

 七時に起きた。寝不足で、すこし頭も痛いし、痔(じ)の具合もよろしくない。朝食を済ませて外に出た(朝食。ワカメの味噌汁、海苔(のり)のツクダ煮、小魚の干物。沢庵(たくあん)。評点六点五分)。今目は、築地国民学校で、市区職員の卓球大会が開かれるのである。空の色がきれいであった。膜のような薄い雲を含んで、もはや秋の空のかたちである。休日で静かな本郷の下宿屋街の路地々々に、あかるい光がさんさんと入っていた。太陽は黝(くろ)い屋並の果てに懸っていた。あの太陽が、今日虧(か)けるのだなと思った。ふとそう思っただけで、特別の関心はなかった。煙草を吸いながら、正門前の方角にゆっくり歩いた。――』[やぶちゃん注:日食の記事によって、この日記が昭和一六(一九四一)年九月二十一日(日曜日)の日記であることが判る。この日、日本(当時の日本統治下の台湾・アメリカ領北マリアナ諸島・マーシャル諸島の一部を含む)・ソ連・中国で日食(一部で皆既日食)が観測された。日本では先島諸島に月の本影が懸かり、石垣島・西表島・与那国島で皆既日食が見られ、島の南部を中心線が通った石垣島では、皆既状態が三分以上も継続したという。真珠湾攻撃の二ヶ月半余り前のことである。]

 

 路地から歩み出る二十六歳の自分の姿を、私は今でもありありと思い出せる。その内側に入りこんでではなく、今は外側から眺めた感じとして。独身の下宿住いだから、手入れもろくに行き届かぬくたびれた背広を着て、明るい光の中をそろそろと動いてゆくのだ。痔のために、幾分辛そうな足どりで。また眉根をちょっと寄せたまま。

 この日から半年余り前になるかしら。私は召集を受け、対馬要塞の重砲隊に呼び出され、この病気のために即日帰郷となっていた。あの寒い吹きさらしの検査場。裸になると、どんなに歯を食いしばっていても、がたがたと顫えがくるのだ。都会生活者の私のやせた尻は、毛穴が青黒くぶつぶつと開き、患部は冷えて赤く垂れた。よつん這いになって無抵抗な私の患部にたいし、中年の頑丈な衛生下士官が、言葉と手指で、最大限の罵りと侮辱を加えた。即日帰郷の恩典を得る代償みたいに、若い私はひどく侮辱され、また殴打されたりした。即日帰郷になって後もしばしば、彼等が侮辱を加えたのは、私の患部に対してであって、私の精神に対してではない、と考えたりしたが、そう思いこもうと努力する反面のぼんやりした恐怖と憤怒(ふんぬ)がは、はっきりした形をなさないまま、私の全身ににぶく滲んでいた。この気持を、私は誰にもしゃべろうと思わなかった。うっかりしゃべると、非国民だと言われそうだったから。で、即日帰郷になったことについても、その当座は、肩身が狭いという表情を、無理にでも作っていなければならなかった。そういうことには、私はぬかりはなかった。[やぶちゃん注:年齢は正しいが、先に示した通り、梅崎春生に一回目の召集があったのは、この翌年の昭和七(一九四二)年一月のことであり、事実とは齟齬する。後の展開上の操作である。]

 そんな痔であるから、仲々なおらない。薬を買ってつけることも、ろくにやらないようである。痛む時は、眉をしかめて歩くだけ。しかしその頃、肉休の一部が壊れているという自覚は、生きている感じを妙に強く私にもたせていた。ピンポンや探偵小説などに、自分のすべてを浪費したい衝動、そこに生甲斐をかんじる気持のからくりにも、それはどこかで繋がっていたようだが。[やぶちゃん注:既に注した通り。痔で即日帰郷は真っ赤な噓の創作。]

 とにかくこのような私は、正門前で市電に乗る。

 

『尾張町で乗り換え、八時半に築地についた。講堂に卓球台を四台置いて、もう七、八人の男たちが練習を始めていた。課からの出場選手は、まだ来ていない。私はすみっこの平均台に低く腰をおろして、皆の練習を眺めた。広い講堂に、激しく打ち合う球の音や、跫音(あしおと)や、話声が、高い天井や硝子(ガラス)窓にそうぞうしく反響した。変に神経をいらだたせる雰囲気があった。

 買ってきた朝刊を読もうとして、電車に置き忘れたことに気がついた。窓からさしこむ光が微塵をうかべている。その微塵をゆるがして、外れ球を慌だしく拾いにくる。すみっこにいる私の足もとにも、白い球は生き物のように弾んでころがってくる。私のすぐ近くで、試合の支度をしている男。その脱ぎすてたシャツにただよう、家畜のような体臭。遠くでは、不自然にはしゃいで、気取った球の打ち方をする若者たち。下駄穿(ば)きのままで平気な顔で、講堂に入ってくる給仕風(ふう)の少年。

 そんなような情景を、ぼんやりと目に入れるともなく入れながら、ここに来たことを後悔する気持が、かすかに胸に起伏し始めるのを私は感じた。馴染(なじ)めないこの厭な雰囲気が、私の心を硬くした。暫くしてAが来、そしてOが来た。同じように講堂の入口に立ち止って、ぐるりと場内を見渡し、すみっこにいる私を認めて近づいてきた。ただ言葉すくなく、やあ、やあ、とあいさつした。

 試合はなかなか始まらなかった。私たちも少し練習しておこうと思って、それぞれ用意をした。四台ならんだ一番端の台に行った。そこでは練習試合をやっていた。顔が魚に似た反歯(そっぱ)の若い男が、カウントをとっていた。私はその男に近づいて、こちらも練習したいから、台を半分貸して呉れ、と頼みこんだ。

 その男は、ちらと私たちの顔を見たが、すぐ視線をゲームに戻して、返事もしなかった。一ゲームが終ると、すぐ自分が代って入り、球を打ち合い始めた。私達は佇立(ちょりつ)して、その男の顔を眺めていた。その男は、明かに私たちの視線をさけて、意識した厭なわらい声を立てながら、球を打ちかえしていた。球がくる度に足を大袈裟(おおげさ)にばたばたと床にたたく、みにくい滑稽なプレイ振りであったけれども、その甲(かん)高いわらい声に、聞いても身がすくみそうな、いやな響きがあった。私は、自分の不快さを確かめるような気持で、AとOの横顔をぬすみ見ていた。

 そのうちに、定刻にずいぶんおくれて、開会式が始まった。委員長というぼんやりした顔付きの男の、要領を得ない開会の辞があった。そして整然と並んでいた人々の列が、騒然とくずれたと思うと、練習しているのか試合しているのかわからない状態の中で、もう試合が始まったらしい。カウントをとる鋭い声が、あちらこちらで聞え出した。

 組合せの関係で、私たちは不戦一勝となっていた。長い間待たせられた揚句(あげく)、十一時過ぎになって、私達はやっと試合をすることになった。相手は市立のどこかの病院の医局である。相手はすでに一回戦を勝ち残ってきていた。その試合振りを見ても、彼等の技倆は私たちより遙かにすぐれているのが判った。一番先にAが出た。次にOが出た。私は台に近づかず、講堂のすみっこに立ち、遠く試合を眺めていた。相手の病院からは、応援が何人も来ていた。AやOがしくじるたびに、激しい拍手や声援が起った。若いAやOの姿は、毛をむしられた鶏のように傷ましく、台側をあたふたと動いていた。肉親のものが群集の中でいじめられている、それを見る気持にも似ていた。試合は三人制だから、AもOも負ければ、私は出なくてすむ。その事が瞬間、私の頭をかすめた。出なくても、済むように。――台の周囲から激しい拍手がおこる度に、私は気弱く試合から眼を外(そ)らしていた』

 

 『私たちは、校庭で足を洗って外に出た。尾張町の方にむかって歩きながら、皆いつもより少し饒舌(じょうぜつ)になっていた。白分らの敗因や、相手の特徴について話し合いながら歩いた。その話し方も、お互いをいたわり合うといった気持で支えられ、一人が何かを言い出すと、あとがあわててそれに賛成するという風な会話であった。しばらくしゃべりながら歩いている中に、この共通な敗北感につらぬかれた親近な感じが、ふっと私に厭なものに思われてきた。私は歩度をおとし、何となく空を見上げた。雲が出ていた。その濃淡の雲の層を縫って、太陽が動いている。――

 銀座に出て、ブラジルで三人が珈琲(コーヒー)をすするとき、日が虧(か)け始める時刻がきたらしい。給仕女たちは、黒くいぶした硝子をもって、店を出たり入ったりして、落着かない風(ふう)であった。

 「戦争に行っても、今日のことは思いだすだろうな」

 若いAがぽつんと言った。Aも四、五日前召集今状がきて、明後日出発することになっていた。

 「忘れてしまえよ」

 とOが即座に答えた、どんな意味だかよく判らなかった。それから召集のことをちょっと話し合った。私が経験者だというので、Aは私にいろんなことを聞きたがった。しかし即日帰郷だから、私も軍隊の内部のことは、何も知らない。

 「皆がやる通りやればいいんだよ」

 などと私はこたえた。大人ぶった顔をしてるのが、自分でも感じられた。そのうちにAは、心細そうにだまってしまった。店の表では、空を仰いでいる男女の姿が見える。話はしぜんと日蝕のことにうつっていた。

 「この前の日蝕の日のことを、君は覚えているか?」』

 

 この前の日蝕の日は、たしか昭和十一年の六月のことである。雲が厚くて、ときどき小雨を落している日であった。その頃の私には、まだ健康な好奇心があった。日蝕が見られないことが、ひどく残念で、取りかえしのつかぬ事のような気がした。私は大学生であった。その日も制服制帽をつけ、学校の構内を横切り、改築前のだだっ広い本郷座に、映画を見に行った。その映画は、私の記億に間違いなければ、あるイタリアの作曲家の一生を描いた「おもかげ」という映画であった。見終って外に出て、マリネロという妙な名の喫茶店で、ひとりで熱い茶を飲んだ。そこの給仕女に、私は少しばかり参っていたのである。その日その女は、なぜか店を休んでいた。茶を飲みながらも、映画で聞いたマルタエガルトの声が、いつまでも私の頭のすみに残って、響きつづけるのを感じた。喫茶店を出て、本郷の街をあるきながら、厚い雲の層の彼方で、今壊れかけている太陽のことを私は思った。そして、青春のいろどりとでも言ったようなものが、この自分を包んでいることを、私はぼんやりと感じた。その感じを私は、昨日のことのようにはっきり思い出せるのだが。――[やぶちゃん注:「この前の日蝕の日は、たしか昭和十一年の六月のことである」一九三六年六月十九日の日食である。この二ヶ月前の四月、春生(満二十一)は東京帝大に入学しており、親友霜多正次らと同人誌『寄港地』を発刊した月でもある(創刊号に春生は名篇「地図」(リンク先は私のサイトのPDF縦書版)を発表している。しかし、同誌は二号で廃刊となった)。「学校の構内を横切り」春生は自身で留年した一年を含め、殆んど講義には出なかった。「本郷座」当時は松竹の映画館。ここにあった(グーグル・マップ・データ)。『あるイタリアの作曲家の一生を描いた「おもかげ」という映画』カルミネ・ガローネ(Carmine Gallone)監督のミュージカル映画「おもかげ」(Casta Diva :「カスタ・ディーヴァ」=「清らかな女神よ」)。イタリアのシチリア島生まれの作曲家で主としてオペラの作曲家として知られたヴィンチェンツォ・サルヴァトーレ・カルメロ・フランチェスコ・ベッリーニ(Vincenzo Salvatore Carmelo Francesco Bellini 一八〇一年~一八三五年:パリ近郊で没)を主人公としたフィクション。原題はベッリーニ作曲の一八三一年初演の全二幕からなるオペラ「ノルマ」(Norma )のソプラノのアリアに基づく。「マルタエガルト」「おもかげ」の主演女優マルタ・エゲルト(Marta Eggerth:本名Eggerth Márta(エッゲルト・マールタ) 一九一二年~二〇一三年)。ハンガリー出身の女優・歌手。彼女はシューベルトを主人公としたオーストリア映画の名作である、ウィリー・フォルスト(Willi Forst)監督の「未完成交響楽」(Leise flehen meine Lieder :一九三三年)で、一躍、有名になった。]

 

『ブラジルを出て、二人に別れた。

 太陽はぎらぎら輝きながら、薄い雲の周辺にあった。眩しいので、形ははっきり判らない。私は銀座四丁目から、電車に乗った。入口のところに立って、外を眺めていた。

 道では、店々から出て来た男や女が、それぞれの形の硝子を黒く塗って、しきりに空を眺めていた。そして電車がある停留場にとまった。

 路地があった。その入口のところに石があって、若い、十七、八のせむしの女がそれに腰を掛け、小さな硝子片をかざして太陽を眺めていた。少し仰向いた姿勢のために、背中の隆起がなお大きく見えた。そのままで動かない女の姿勢を、かたわらに五つ位の着物を着た男の児が立っていて、鋭い眼付きでながめていた。それは好奇の眼付きであったかどうかは、私にはとっさには判らなかった。そして電車が動き出した。

「何故あんな眼付きをしていたのだろう」私は、吊革に下ったまま、そう考えた。電車は轟々(ごうごう)と反響を立てながら、壊れた太陽の下を走って行った』

 

『佗(わび)しい一膳飯屋で、塩辛い魚の煮付と、大根おろしで、貧しい昼食をたべた。紅がらの剝(は)げた樽(たる)が腰掛けの代りになっているのである。お茶を何杯も代えて飲んだ。

 客は私一人であった。飯屋の少女がわざわざ私の為に熱い茶の代りと一緒に、すすを塗った硝子を持って来て呉れた。私は外に出てそれをかざした。

 ――硝子を通した空は暗くて、太陽の色は血のように赤かった。その斜下の部分が三分の一ばかり虧(か)けていた。薄黝(ぐろ)い雲の影が日の面をゆるやかに動いて、太陽は虚しい速度で廻転しているように見えた。寝不足の瞼(まぶた)に、血のような陽の色がちかちかとしみ込んで来た。

 硝子をかえして、私は街を歩いた。どこというあてはなかった。そのうちに小さな映画館の前に出た。私は、絵看板の前に立って長い間見ていた。

 私はぼんやりと見てたんだと思う。三分ぐらい経って始めて、その絵看板が映画「おもかげ」のそれであることに気がついた。その偶然におどろくよりは、先ず不吉に似た感じが私に来た。私は思わず四辺をふりかえった。へんてつもない白日の街が、そこにひろがっていた。

 やがて私は決心して、切符を買い求めた。入って見ると、館内は満員であった。

 そうだ、今日は日曜だったんだなと、初めて気が付いた。廊下にまで人があふれていて、仕方がないから私は喫煙室に行って腰をおろした。疲労が私の肩に、その時重苦しくのしかかって来た。真昼間に映画館などに入っている自分の姿が、何か歯ぎしりでもしたくなるほど腹が立って来た。

 私は煙草に火を点けた。それを待っていたかのように、喫煙室のすみにいた私くらいの若い男がにじり寄って来た。

「済みませんがお火をひとつ――」

 私は、黙ったまま身動きもしなかった。徹底的に黙殺したらどんなものだろう。そういう残酷な興味が私をそそった。私は意地悪く聞えないふりを装っていた。

「済みませんが、火を――」

 手を伸ばして、私の煙草に指をかけようとした。私は身を引いて、相手の顔を見た。丸顔のその男の顔に、血がのぼって来るのがわかった。

「――貸さないのですか」

 男は、のしかかるように私にせまった。私は心弱くもうっかりと、煙草を渡してしまっていた。ふん、と言った表情で、男は自分の煙草に火を点けたと思ったら、いきなり私の煙草を灰皿の中に投げ込んで、肩を怒らせるような歩き方で出て行った。

 激しい憤怒をじっと押ししずめて、私は新しい煙草に火をつけた。舌がざらざらになっていて、不味(まず)かった。私は点けたばかりの煙草を捨てて客席の方に出て行った。

 人々の肩ごしに、灰色に動くスクリーンの人影を見たとき、そしてマルタエガルトの歌声を聞いたとき、不意に瞼を焼くような熱い涙が二粒三粒私の目から流れ出た』

 

 そして私は路地奥の下宿に戻ってくる。痔が痛い。北向きのうす暗い部屋に坐って、ぼんやりしている。何もすることがない。日曜日の夕方の憂鬱が、だんだん強まってくる予感がある。

 夕風が屋根瓦をこすって吹きすぎる音がする。この部屋の真上で、夕方の衰えた光をふくんで、屋根瓦がくろぐろと鎮(しず)もっているありさまを、私はぼんやりと思い浮べている。そしてこの屋根の果てるところに、いかめしい顔の鬼瓦が、必死の表情で傾斜を支えている姿を、私は眼に描いている。このような夕方も、誰も起きていない夜々も、月の夜も、雨の朝も、その鬼瓦はその位置でうごかない。表情も動かさない。ただ必死にしがみついているだけだ。そんなことを、私は考えている。突然私はたまらない感じになって、立ち上る。部屋をうろうろ歩き廻り、帽子をかぶって、部屋を飛び出す。

 

『夕焼の色が次第に褪(あ)せはじめた険しい坂路を、私は蹌踉(そうろう)と餌差町の方に下りて行った。

 通りすがりの果物屋で、私は、一番上等の梨を一箇買った。それを弄(もてあそ)びながら、大通りから入った暗い通りにある居酒屋ののれんを肩で分けて入って行った。腰をおろして、お酒を註文した。

 私は独りで飲むことは少ないが、それでも月に一、二回は此の居酒屋で一人でのんだ。肩を張らない此処の雰囲気が、不思議に私をひきつけるのである。汚れた卓子に梨を置いて、分厚なコップから熱い酒を飲んだ。かけた皿から蚕豆(そらまめ)をつまんで、皮を土間にはき出した。そして、またお代りのお酒を注文した。

 酒を飲んだ翌朝は、御飯が不味(まず)くて食えないから、その時のために買った梨であった。

 酔ってくるにつれて、そうした素面(しらふ)の時の周到さが次第に哀しいものに思われて来だした。私は頰杖を突いたまま、眼を据(す)えてあれやこれやと考えていた。今日一日の出来事が、何か遠く遙かなものに思われた。それと同時に、場末の居酒屋で独り酒を飲んでいる自分の姿が、妙にたよりなく惨(みじ)めなものに思われて来た。

 やがて私は今日の日蝕のことを考えていた。黒い硝子を通して血のように赤く、下辺を脱落させた太陽の形を思い出していた。しかしあの壊れた太陽が、今の私とどんな関係があるのだろう。どこで結び合えばいいのだろう。この疑間はなにか孤絶した感じを、私の胸に運んできた。そして私はAのことを考え、ピンポンのことを考えていた。あのAは今から戦地に行って、自分が言ったように、この日蝕の日のことを、どんな形で思い出せるのだろう?

「もうピンポンも、今日でおしまいだな」

 と私は口に出して呟いた。明日からもうピンポンが、徹底的に嫌いになるだろうという予感は、確かな動かしがたい形で胸にあった。私は卓の下で、そっとバットを握る手付きをこしらえてみた。情緒の変化をはかってみるもののように、オナニイの後のような鈍重な不快感が、私にたちまち落ちてきた。私はあわてて、掌をひらいた。そしてまた卓をたたいて新しいお酒を注文した。

「また別に溺れるものを、おれはやがて見つけるだろう」

 感傷的になってくるのが、自分でも判った。感傷的になることで、酔いを充分廻らせるのが、独りで飲むときの私の方法であった。私は感傷をそだてようとした。そして自らたくらんだ何時ものコースに、今夜もうまく乗れそうであった』

 

『もはや数杯のコップを並べていた。意識がへんにこじれて、それが酔いの頂点にまで達しているようであった。もう頭や手足がすっかり酔っているくせに、極度につめたいところがどこかに残っていて、コップを目に持ってゆく手付きや、飲みほす時の表情などを、じっと見守っているようであった。私はおもむろに掌で内ポケットを触った。明日開かれる役所の会合の金を、私はあずかっていた。今それがここにある。今夜費消しても、明日給料を貰うから、それで埋めればいい。その考えが突然、強く私の心をこすった。――今行けば、まだ間に合う。狭い路地の窓々に、女の顔が花のように咲いている。美しく醜い色情のさまざまな思い出。

(この瞬間を、私は酔いの始めから待っていた!)

 これと同じ場面。居酒屋の親爺の今の姿勢、ものうげに動いている時計の振子、油じみた卓子、きらきら光るこぼれ酒、そしてコップを握る私の手付き、――この瞬間の風景が、そっくりこの前の時の、またその前々の、繰り返し繰り返しの過去の幻像と、ぴったり重なり合った。そして同じ形で、いま私が腰掛けから立ち上ろうとする。……

 よろめきながら、金をはらって、外に出た。ポケットの梨が、つめたく手に触れた。暗い道が、それに続いた』

 

 昭和十×年九月二十一日の日記は、これで終っている。暗い道がそれから、どこへ、何時まで、続いて行ったのか私は知らない。記憶にもない。おそらくは、長い長い距離を、数箇年の間。

 

2021/10/01

ブログ・アクセス百六十万突破記念 梅崎春生 指

 

[やぶちゃん注:昭和二六(一九五一)年七月号『小説公園』発表。既刊単行本未収録。

 底本は昭和五九(一九八四)年七月沖積舎刊「梅崎春生全集第三巻」を用いた。

 文中に注を入れた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、昨日夕刻、1,600,000アクセスを突破した記念として公開する。ここのところ、「芥川龍之介書簡抄」と「兎園小説」へのアクセスが人気で一、万アクセス越えが異様に早く(今回は十一日でやってきた)、記念テクスト作成が即座に出来ずに遅れた。【2021年10月1日 藪野直史】]

 

   

 

 肩を叩いたのは、サンドイッチマンである。私はふりむいた。

 「やあ」

 とその男は言った。前と背にふり分けに、大きな広告板をぶら下げ、右手にも小型のそれを持っている。立札みたいな形の、短い柄のついたやつだ。広告板にはさまった軀から、首が茸みたいに生えていて、その眼が私をじっと見ている。顔のどこかが笑っているのだが、なんだかつくり笑いのように見えた。何処かで見たような気もするが、とっさには憶(おも)い出せなかった。

「久しぶりね」白粉(おしろう)と眉黛(まゆずみ)と紅に、どぎつく彩られたその顔が、私にむかってそう言った。顔に似ず、若々しい少年じみた声だった。「また逢いましたね」

(誰だったかな)

 街路樹に背をもたせ、男と相対したまま、私はしきりに記憶を探っていた。盛り場の駅前であった。大きなビルディングの上辺の壁面にのみ、日の色がわずか残り、あとは蒼然と黄昏(たそがれ)のいろが滲(にじ)み始めている。人通りも繁(しげ)く、そのおびただしい人波の上に、広告塔から声がガアガアとまき散らされている。行き交う人々はみんな疲れたような顔をして、無連帯にうごいていた。昼と夜との替わり目のいそがしさが、街全体をがやがやとおおっていた。

「誰かを待っているの?」

「いや」と私はあいまいに答えた。誰を待っている訳でもなく、中途半端な時間を持て余して、ここにぼんやり佇(た)っていたに過ぎないから。「――誰も待ってない」

「フン。意味ないね」

 そう言ったのかしら。低声だったので、よく聞きとれなかった。男の頭上にかかげた小さな広告板には、あるキャバレーの広告が出ている。美女麗人多数、献身的大サービス、チップ一切不要。そんな月並な文句が、ずらずら並んでいる。角板は細い柄に支えられ、その柄の下端を、男の掌がしっかと握っている。血の気のうすい、ほっそりした感じの指だ。その指の握り方が、妙に不自然であった。私の視線に気づいたかのように、男はすこし身振りをつけて、広告板を右かち左手に持ち換えた。その瞬間、虚空にひろがった右の掌の形を、私はチラと見た。突然、フィルムを手繰(たぐ)り上げるように、私はある情景を憶い出していた。

「あ。君だね」

 黄昏にひらめいたその掌から、指が四本しか出ていない。人差指が根元から無いのだ。親指から一区切りの空間をへだてて、すぐ中指になっている。それはいくぶん非現実的な、またいくらか間の抜けた、掌の形であった。それがハッキリと私の眼に沁(し)みついてきた。

「ええ。私ですよ」

 男はわざとらしく身体を傾けながら、人なつこい粘っこい笑い声をたてた。

「妙なところで、逢いましたね」

「こんどはそんな商売を、やっているんだね」私は街路樹から背を離して言った。自然とならんで歩き出すかたちになった。「つい見違えたよ」

「見そこないましたか」やがて男はサンドイッチマン特有の、目的のない歩き振りになりながら、かろやかな口調で、

「どうです。似合いますかね」

「そうだねえ」と私は口ごもった。「似合うと言えば似合うし、不似合いだと言えば――」

「不似合いかなあ」と詠嘆するように男は引きとった。「そうでもないでしょう。これでもほめて呉れる人が、時にはあるんだから」

「そうかね」流れてくる人波を分けながら、私はちらりとその横顔をぬすみ見ていた。そしてあとは呟(つぶや)くように、「そんなものかなあ」

 粉黛(ふんたい)をほどこしてあるとは言え、その鋭い感じの横顔は、やはりまぎれもなく、あの男のようであった。あの男であるとすれば、年齢もまだ若い筈だ。今でもせいぜい二十五六かしら。三十にはまだまだ、間があるだろう。

 その白い横顔にかさなって、白く透(す)き通ったような樹の花の幻影を、次の瞬間、私は瞼の裡に、まざまざと思い描いていた。意味もなくしらじらと開いた、それら花々の色や匂いやかたちなどを。――それはもう、五年も前のことになる。ある小路を歩いているときに、偶然に私はその花を見つけたのだ。歌い忘れた古唄の一節を、何かのはずみに思い出すにも似た、そんなはるかな感慨が、一瞬私をつつんできた。

 その私に顔をねじむけて、広告板にはさまれた男の首が、ふと気紛(きまぐ)れな口調で話しかけてきた。

「――どうです。今日はこれで、商売仕舞いということにして、私とそこらで一パイやりませんか」

 いきなりそんな事をこだわりなく言い出すのは、やはりあの時の彼にそっくりであった。私はなま返事をかえしながら、まだ残像を追うように、あの花のことをぼんやりと考えていた。ぼんやりと流れた五年の歳月のことなども。

 

 その小路は、右手は都立高校の塀、左手には塵埃(じんあい)場や林や墓場がつづいている。幅五尺ほどの雑草路であった。構内から伸びたヒマラヤ杉の垂梢をかぶった灰色のコンクリートの塀が、小路に沿ってながながと連なっているのだが、冬の間はその小路の正面に、白い富士山が連日姿をあらわしていた。そして寒気がゆるみ、空が春めいて濁り始める頃から、富士はその姿を消し、花や土のにおいやゴミのにおいが、その小路をうすうすとみたしてくる。その花を見たのは、やはりその時分であったかしら。

 その樹は長い塀の中頃あたりから、梢を塀の外までのり出して、白い花をたくさんくっつけていた。

 それは桜にも似ていたが、桜より花片(はなびら)の色が白っぽく透いていたし、桃の花ともどこか違っていた。花蕊(かずい)が短いのか、花々はしらじらと開くだけ開いた感じで、どんよりした空を背景にして、へんに無意味な空虚な感じを私にあたえた。しばらく私は立ち止って、それを眺めていた。何という名の花か。桜桃というのがこれか、それとも梨(なし)か、または巴旦杏(はたんきょう)かも知れない、とも思ったりした。敗戦翌年の春だから、花を見る余裕がある筈もなかったが、その花の色やかたちは、その時の私の気持を奇妙にひきつけた。充実する目的を失ったような、頽(すた)れたような美しさが、その花にはあった。[やぶちゃん注:「巴旦杏」本来、狭義の種としての正式な漢名はバラ目バラ科サクラ属ヘントウ Prunus dulcis 、所謂、「アーモンド」のことを指すが、ここは日本国内であるから、それではない。実は古くに中国から所謂、「李(すもも)」が入って来てから(奈良時代と推測されている)、本邦では「李」以外に「牡丹杏(ぼたんきょう)」・「巴旦杏(はたんきょう)」という字がそれに当てられてきた。従って、ここではバラ目バラ科サクラ属スモモ(トガリスモモ)Prunus salicina の意でこれを用いているととるべきである。]

 その日家に戻ると、私は植物図鑑などを引っぱり出して調べてみたが、やはりはっきりしたことは判らなかった。どの花にも似ているようでもあったが、また少しずつ異っていた。そしてその花のことを、私はそのまま忘れてしまっていた。

 それから半月も経ったある夕方、都立高校駅を降りると、はらはらと日照り雨が降ってきた。雨宿りにそこらの店に飛びこみ、ズルチン珈琲(コーヒー)を啜(すす)っていると、何の連想か突然私はその花のことを思い出した。もう花片は散って、葉が出ているだろう。葉の形を見れば、何の樹か判るかも知れない。そう思って、やがて私は店を出た。通り雨にすこし濡れた柿ノ木坂をゆっくりと登り、高等学校の塀のところを曲った。その花の名を調べねばならぬ理由は、私には何もなかった。ただかりそめの気紛れであった。[やぶちゃん注:「都立高校駅」東急電鉄東横線の「都立大学駅」の旧称。改称は本作発表の翌昭和二十七年七月一日 。「柿ノ木坂」旧の本来の坂としての「柿木坂」はこの中央の南西から東北への「目黒通り」の一(グーグル・マップ・データ以下同じ)であるが、ここの場合は、駅から北西へ向かう「柿木坂通り」の登り坂を指している旧府立高校の位置とともに確認出来る「今昔マップ」も添えておく。「ズルチン珈琲」ズルチン(dulcin)は4-エトキシフェニル尿素((4-Ethoxyphenyl)urea)の慣用名。本邦では敗戦後の砂糖不足の時代に安価な甘味料として大きい役割を果たした。スクロース(sucrose。蔗糖。所謂「砂糖」)の約二百五十倍の甘味を感じ、さらに同時代に流行った人工甘味料のサッカリン(saccharin)と異なり、ズルチンには苦い後味がない。少年時代の私の家にもサッカリンと混合した白い粒状のそれがあった。しかし有意な毒性が問題となった上(幼児などがズルチン四グラム経口摂取して死亡、ぼたもちに大量に使用して死者が出た)、発癌性が明らかになったため、現在は使用禁止である。日本では食品添加物として昭和二三(一九四八)年認可されたが、毒性が強いことから、昭和四二(一九六七)年には醤油・漬物・煮物などの限定十品目への制限付き使用が認められたものの、二年後の昭和四十四年には全面使用禁止となっている。]

 復員時に穿(は)いて帰った靴の踵(かかと)がすりへって、釘が出ているので、石ころの多い雑草路を歩いてゆくと、釘の尖が足の裏を刺し、いきおいビッコを引く恰好になる。墓場のところの路ばたは、樹が切られ、白い切株にうすうすと春の夕陽が射していた。その切株のひとつに、海軍の略服を着た若い男が腰をおろし、私の方をじっと見詰めていた。何気なく私はその前を通り抜けた。五六歩通り過ぎたとき、ちょっと、と私を呼び止めたらしい。そしてその若者はゆるゆると切株から立ち上ったようすである。

 私はすこしおどろいてふり返った。

 ふり返った私にむかって、若者はややまぶしそうな表情をつくり、大股にまっすぐ近づいてきた。右手をポケットにつっこんだままである。

「賭けを、しませんか?」

「――賭け?」

「ええ。賭けですよ」

 薄笑いを頰にきざんだまま、その男ははっきりとそう言った。

「五百円、ここにある。私の全財産です。でもこれだけじゃ、仕方がないでしょう。――どうですか。あなた五百円持ちませんか」

 私はしばらく黙って、男の姿を眺めていた。二十歳前後の、兵隊服を着ているからには、復員兵なのであろう。背丈は五尺四五寸ほどもあったが、体つきは瘦(や)せて、なんだか鴉(からす)を連想させた。賭けを申し込むために、切株に腰をおろして、私の近づくのを待っていたのか、あるいは私が通りかかったので、衝動的にそういう思いつきをしたのか、それは判らなかった。男の口調が脅迫的でなく、態度も殺気を含んでいないことが、一応私の警戒心を解きはしたが、しかしそれが墓場近くの淋しい場所であることが、私には面白くなかった。ポケットに入れたままの右手の形も、あまり気にくわなかった。[やぶちゃん注:グーグル・マップ・データ航空写真で見ると、旧府立高校(現在は南西半分が後進の東京都立桜修館中等教育学校)へ向かう「柿木坂通り」を、高校の塀で左に折れた道の左側に二つ寺院があり、その二つの寺の墓地が、その道の左部分のほぼ半分強を占めていることが判る。戦前の地図(今昔マップ)を見てもこの二つの寺院が確認出来るので、この道がロケーションであることが判る。

「賭けというと、どういう方法でやるんだね?」

 少し経って私は訊ねた。男はまっすぐな視線を、私から離さずにすぐ答えた。

「その方法は、あんたの選定に任せますよ」笑いは頰から消えた。なにかいらだたしげに上体をかすかに揺すりながら、「ジヤンケンでも唐八拳(とうはちけん)でも、かけっこでも」[やぶちゃん注:「藤八拳」「藤八五文薬」の売り声或いは幇間藤八の名を由来とするともいう拳遊びの一つ。二人が相対し、両手を開いて耳の辺りに上げるのを「狐」、膝の上に置くのを「庄屋」、左手を前に突き出すのを「鉄砲」或いは「狩人」と定め、狐は庄屋に、庄屋は鉄砲に、鉄砲は狐にそれぞれ勝つルールである。「狐拳(きつねけん)」「庄屋拳」とも呼ぶ。]

 言葉がぷつんと切れた。殴(なぐ)りっこでも、と言うつもりじゃなかったかしら。私はあまり体力に自信はなかった。だから身構えた姿勢をゆるめずに、も一度確かめるように、

「どうしても金が、欲しいのかね?」

「そう、千円あればね、それを元手にもできるし、食いつないでも一箇月はもつし――」

「しかし、もし負けたら、元も子もないよ」

 男の表情はかすかに曇った。瘦せてはいるが、鼻梁(びりょう)の高い、額の広い顔であった。しかも少年らしい稚(おさな)さを、顔や身体のどこかに残している。いい顔をしているじゃないか。ふっと私はそう思った。

「――負けたら、仕方がない」

 投げ出すように、男は答えた。

 ちょっとの間、私はためらい、考えこんでいた。五百円という金は、持たないではなかった。当分の生活費として、胸のポケットにしまってある。この男の申し込みに応じて、負けてしまえば、はなはだ困る金なのだ。しかし、もし勝ったとすれば、五百円だけ幸福になれる。五百円分の幸福! それが前後を切りはなした断片として、瞬間私の心をつかんだ。そしてこんな世に生き合わせるふしぎな可笑(おか)しさが、私の胸をひたひたとゆすぶってきた。

「よし」

 私はうなずいて、男の方に一歩踏み出した。勢いこんでいると見えたかも知れない。

「投げ銭できめよう」

 金を出して、墓石の上にのせた。すると男もポケットの申から、即座に一束の紙幣をとり出した。紙幣束を握ったその右掌のかたちを、私の眼がはっきりととらえた。それは人差指を欠如した、四本指の掌だった。瞬間その指から紙幣束ははらりと落ちて、墓石の上の私のそれに重なった。私は白いアルミ貨を掌にころがしながら、何故ともなく、すこしひるんだ声を出した。[やぶちゃん注:「白いアルミ貨」第二次世界大戦中には臨時補助貨幣として、アルミニウム貨で額面一銭・五銭・十銭が、終戦直後には同じく臨時補助貨幣としてアルミニウム貨十銭が発行されている。後者の十銭か。現在の一円アルミニウム貨は昭和三〇(一九五五)年六月一日で、本作発表時には存在しない。]

「上にほうり上げる。掌で受けとめる。そして表か、裏か――」

「裏――」

 するどく、鳥の啼声のように、男はさけんだ。私はちょっと気息をととのえ、アルミ貨を空にほうり上げた。それは白い昆虫のように中空におどり、黄昏(たそがれ)の光をキラリと弾(はじ)いたと思うと、そのまま白い筋となって、まっすぐに私の掌の上におちてきたのだが。――

 

 キャバレーの裏口で、しばらく私はその男を待っていた。男はなかなか戻ってこなかった。裏口の前にひろがる小空地の上方に、はたはたと飛び動くものの影があると思ったら、それは小さな蝙蝠(こうもり)らしかった。このような街なかにも、蝙蝠は住みつくのか。

 空地のむこうはネオンの小路があり、ぞろぞろと人々が行き交(か)っている。

 二十分ほども経って、やっと男は裏口から姿をあらわした。広告板もはずし、顔の粉黛(ふんたい)も洗いおとしているので、もうありふれた青年の姿になっている。それを追ってくる柔かい跫音(あしおと)がして、

「怒らないで、ケンちゃん。おこっちゃ、だめよ」

「怒るもんか」

 男は足早に私に肩をならべながら、弁解するように言った。

「なにね、九時までの約束だと言うんですよ。今切り上げるんなら、半分しか払えないと言いやがる」

「あんなの、いい収入(みいり)になるの?」と私は訊ねてみた。

「あんまり良くないね。行き当りばったりだしね」

 男は草履の板裏をいそがしく鳴らしながら、先に立って、そこらの横丁に入って行った。そしてその突き当りの店に、私を案内した。五六坪ほどの狭い店で、少女が一人いるだけで、他に客は誰もいなかった。私たちはその一番奥の卓に腰をおろした。男は左手の指をピンとたてて、ウィスキーをふたつ注文した。少女が奥に入ると、男は卓の上で、なんとなく両掌をすり合わせた。右掌の人差指の断(き)れ口が、すべすべとなめらかに見えた。私はなんとなく、そこから眼をそらした。

「とにかく、久しぶりでしたね」

 グラスが運ばれてくると、彼はそんなことを言いながら、物慣れたふうにそれを肩にもって行った。それはあの五年前の生一本な稚さではなく、いくらか市井(しせい)の塵(ちり)によごれて疲労した男の動作であった。表情の動きも、生硬でなくなっている。四本指の右掌を見なければ、おそらく私は彼と憶い出せなかったに違いない。しかしこの男は、どういう手掛りで、この私を憶い出したのだろう。私は訊ねた。

「よく僕だと判ったね。駅の前でさ」

「そりゃあね」男はグラスのふちを砥めながら、あいまいな笑い方をした。「あんたはあまり、変りませんね。あの時とそっくりだ」

「そうかな。自分では大いに、変ったつもりなんだが――」

私もグラスをとって、「――君はいくらか変ったな。いくらか以上に変ったようだ」

「そりゃそうでしょう。あの頃は復員したてだったし、あれからいろんなことがあってね」

 酒がはいってくると、男の言葉はしだいに人なつこく、またいくらか饒舌にもなってきた。男は自分の生活の話をした。サンドイッチマンになったのも、二箇月ほど前からで、もうそろそろ飽きてきたという。

「初めのうちは、それでもね、なかなか面白かったんだけど、近頃ではすこしバカバカしくなってね。街を流して歩いてても、道行く人々がバカに見えてしようがない」

「それは困るだろう。じゃそろそろ、転業だね」

「転業じゃない。廃業ですよ」卓の上で右掌を拡げたり握ったり、それの動きを男はじっと見詰めていた。「実は故郷(くに)へ帰ろうかとも思うんですよ。なにしろ復員しっぱなしで、一度も帰ってないんだし」

「故郷(くに)は、どこだね?」

 男は返事しなかった。相変らず自分の右掌の動きに、執拗な視線をおとしている。やがてぼんやりした声で口をひらいた。

「へんなもんだね。この人差指がないばかりに、人に道を教えるのにも苦労する」

「どこでそれを、失ったんだね。あの節は聞かなかったが」

「――沖繩。機上戦闘でさ。むこうの機銃弾で、アッという間に、根元からそっくり持って行かれた。そりゃあ妙な感じだったですよ。その感じが――」男はゆるゆると顔を上げた。「今もって、私に続いているんだけどね」

 男はあからんだ眼で、私をじっと見詰めた。そして、ふと探るような表情になって、私に間いかけた。その言葉つきは、やや重かった。

「あの時ね、あの金をあなたは、どう使いました?」

「あの時?」

 

 ――あの時、掌(てのひら)におちてきたアルミ貨を、私はぎゅっと握りしめた。その拳を若者の前に突き出した。

「開くよ!」

 私は自分の掌からわざと眼を外(そ)らし、若者の表情に見入りながら、ゆっくりと掌をひろげて行った。そして私は若者の表情に、微妙な苦痛と落胆の色が、チラと走りぬけるのを見た。ある残忍な喜びが瞬間に私にきた。

「…………」

 言葉にはならない呟(つぶや)きが、若者の唇から洩(も)れて出たようだった。アルミ貨をポケットにしまいながら、私は平静をよそおって口をひらいた。その声は、やはり乱れた。

「では、五百円。なにぶん約束だから」

「そう。約束だから」

 若者は虚脱したような声で、そう反復した。それから右掌の四本指で、墓石の紙幣束(さつたば)をわし摑(づか)みにして、そしてふとためらったようだった。しかし次の瞬間、紙幣束をつかんだ掌は、ぐっと私の前に突き出された。私はそれを受取り、ただちに上衣の内かくしにねじこんだ。

「サヨナラ」

 そして私は再びふり返ることなく、今来た道をまっすぐに戻った。ふり返りたい欲望をねじ伏せ、首をまっすぐに立て、大股に歩いた。背中いっぱいに若者の視線が感じられ、また大通り迄がばかに遠いようにも感じられた。あの白っぽい花々を見ずにきたことが、やっとその時、私の意識にのぼってきた。同時に、足裏にささってくる靴釘の感触をも。――

 そしてその翌日だったかしら。私はその金で、新しい靴を買った。

 

「靴?」

 と男が聞いた。

 私はうなずいて、脚を椅子の横につき出した。もうあれから五年にもなるから、底革もすり減り、色艶もうしなっている。

 男は頭をうつむけて、その私の靴にしげしげと見入るふうであった。酒にはあまり強くないと見えて、男の額はほのぼのとあかくなっている。私は靴を眺められることに、ふと故(ゆえ)知れぬ、かすかな苦痛をかんじた。

 ふっと男は頭を上げた。歪(ゆが)んだような笑いが、その頰に貼りついている。

「そうか。この靴か。でもずいぶん古ぼけましたね」

「あの時、君は――」私はそっと脚を引っこめながら聞いた。「どういうつもりだったんだね。無一文になって、困っただろう」

「ええ。困ったね」

 男は卓に頰杖(ほおづえ)をついて、眼を閉じた。そして少し経って、独り言のようにしんみりと口を開いた。

「――復員してきてね、なんだか故郷にまっすぐ戻る気もしないもんだから、仲間とつれ立ってね、東京に出てきたんです。仲間といっても、みんな海軍の航空兵たちさ。私は通信員で、機上通信をやってたんです。東京へ出てきて、どうしようというあてもなかった。皆が上京するというんで、私もなんとなくついてきた。あの頃私は子供だったし、世の中のことは、右も左もわからなかった。無鉄砲だといえば無鉄砲だったが、そのくせ私は妙に自信をなくしてたんですよ。仲間の連中はみんな張切っていたが、私だけはそうじゃなかった。どうだっていいや、という気持もあった。仲間は私のことを、指無し、指無しと呼んでいたね。私だけじゃない。みんなお互いに、そんなあだ名で呼び合ってた。本名を呼び合うような気持じゃなかったね。なんだか崩れてゆくことで、生甲斐を感じてるような有様だった。私は仲間のうちでは、一番年下だったし、体力も弱かった。弱かったから通信の方に廻されたんだけどね。そんな工合にして、ぞろぞろと東京に出てきた。私はつまりその、金魚のウンコみたいなものね。ずるずると引っぱられて、自信も方針もなく、そして新橋駅についたんです。駅のホームから、あたり一面を見渡して、これが東京かと思った。小学校のときに習った、世界三大都のひとつの大東京がこれか、としみじみ思ったね」

「あの頃はひどかったからね」と私は相槌を打った。「それで?」

「それからいろいろと、荒くれた生活が始まった」男は新しく運んできたグラスのウィスキーを、ごくりと口に含んで、しずかに眼をひらいた。「あの頃は世の中はムチャクチャだったけれど、ムチャクチャなりに、どうにか生活できたね。復員の時持ってかえった毛布や靴を、新橋のヤミ市に売りとばして、それを元手にして、千葉から魚を運んだり、埼玉から米を運んだり、一度などは北海道まで出かけたこともありますよ。一往来(ひとおうらい)するといい稼ぎにはなった。でもその頃から、何のためにこんなことをやってるんだろう、という疑問が、しょっちゅう私にきていたね。人を押し分け、取締りの目をくぐって、それで一かつぎの物資を運んでさ、それでどえらい仕事をしたような気になっている。私はだんだんその生活がイヤになってきた。故郷に帰って百姓になりたいと、時々思ったりしたが、口には出さなかった。つい帰りそびれた恰好で、踏切りがつかなかったし、そんなことを口に出せば、仲間からバカにされそうだったから。仲間はみんなうまくやってましたよ。パリッとした服を着て、新興成金みたいななりをしたりして。私は相変らず金魚のウンコで、皆のおこぼれで生きてたようなもんだ。人を押し分けてまでやろうという、そんな特攻精神が私にはなかったから、いつも働きも少くてね。もっと他の生き方がありそうな気ばかりしながら、ズルズルベッタリ、そんな生活をつづけていた。皆はそんな私を、いくらかバカにしてたらしい。私も気持の奥底では、あいつらをバカにしてたけれど、それでも連中から、指無し指無し、と呼ばれるのが、しだいに苦痛になってきた。むこうじゃ習慣でそう呼ぶんだが、こちらとしちゃ、いちばん痛いところをつつかれてるような気がしてね。ときどき自分の右掌を眺めて、この人差指といっしょに、おれは自分の自信も失ったんじゃないかな、そんなことも考えたりした。いっそ右手なら右手全部をなくしてしまったが、よかったかも知れない。なまじ指一本でしょう。不具というほどでもなし、仕事にそれほど差支える訳でもなし。しかしこの人差指というのは――」

 男は左掌でその部分をなでながら、

「なかなか大切な指でね。つまり方角をさす指なんだ。シャレみたいに聞えるだろうけれども、つまり私はあの時、方角を失ったという訳なんだ。生きてゆく方向を失ってしまった。方向を失った男――おや、笑ってますね。笑われてもいいや。どうせ地口(じぐち)や語呂合(ごろあ)わせなんだから。しかし実際この指をなくすと、そんな気特にもなりますよ。まあヒガミはヒガミなんだけれど、たかが指一本のことでしょう、傷痍(しょうい)軍人というほど大げさなものでもなし、世の中にすねるほどの理由も立たず、妙に折れ曲ったようなヒガミになってくるんだね。そしてある日、私は仲間の一人と大喧嘩しちゃったんだ。その男は仲間うちでも、一番羽ぶりのいい男だったが、そいつが私の指について、あくどくからかったんだ。酒を飲んでて、そのサカナにされたわけさ。私はカッとしたね。それでもお前らは、かつての戦友か。そんなタンカを切ったりしてね、仲間を全部むこうに廻して、その揚句袋だたきになって、ほうり出されたんだ。東京に出てきて、七箇月か八箇月目だったかな。もうその頃は仲間と言ったって、利害だけで結びついている徒党みたいな感じになっててね。私をほうり出すのに、未練も何もなさそうだった。私ももちろん未練はなかった。ただちょっと淋しいような気もした。それから私は新橋のマーケットに行って、洗いざらいの金で、酒を飲んだり初めて女と寝たりしたね。むろん一人でさ。遊びたいと思ったわけじゃないが、そうする他に仕方がなかった。なにか気持の踏切りが欲しくてね。女もつまらなかった。牛みたいに肥った女でね。私が童貞だと知ると、急にインランになってね。女とはこういうものかと思った。しかし翌朝、五百円だけ残して、あとはみんなその女にやっちまった。その五百円で、故郷へ帰ろうか、と考えてたんです。五百円あれば、とにかく旅費と土産代はある。そして新橋駅まで来て見ると、やはりこのまま汽車に乗るのも心残りで、東京に来たってまだ何ひとつ見物もしてやしない、よし今日は一日中東京中を歩き廻ってやれと、先ず渋谷駅まで省線に乗ったんだ。そしてそこから出鱈目に私鉄電車に乗り、出鱈目(でたらめ)な駅で降りた。その駅のまわりも急ごしらえのマーケットばかりだった。私はそれが厭だったから、トットとそこを離れて、なんだか出鱈目に、方角もかまわず歩き廻った。そのうちに疲れてきてね、腹もへってくるし、さて今からどうしようと、路ばたの木の切株に腰をおろして、ぼんやり考えていた。故郷のことがしきりに頭に浮んで、妙に抵抗があるような、帰りたくないような、それがまた切なくたよりない気持でね。日が照っているのに、雨が降ったりして、妙な天気の日だった。かれこれ一時間も、そこにぼんやり腰かけていたかしら。右掌を眼の前で、ひろげてみたり握ってみたり、そんなことばかりをしながらね。――」[やぶちゃん注:「地口」普通に世間に行なわれている成語に語呂を合わせた言葉の洒落。後で「語呂合わせ」と並列しているから、単なるそれよりもやや高尚な故事成句や凝った短文のそれと考えた方がよかろうか。][やぶちゃん注:「省線」もと、鉄道省・運輸省の管理に属していた電車及びその路線の通称であるが、特に国電、日本国有鉄道(国鉄)の電車(線)の中でも、大都市周辺で運転される近距離専用電車車両や鉄道線を指し、具体的には東京(首都圏)・大阪(京阪神)の二大都市圏の近距離専用電車が走る区間を総称した。東京の山手線や大阪の大阪環状線がその代表例で、ここは無論、山手を指す。]

 

 男はそこで言葉を切った。卓をたたいて、お代りを注文し、スルメの脚を千切ってギシギシと嚙んだ。相変らず店には、客は私たちだけだった。

「――そこに僕が通りかかった。そういうわけだね」と少し経って私が聞いた。

「そう」男はかるくうなずいた。「あとはあなたも、ご存じでしょう。あんたの姿を見て、私はふと思いついたんだ。ひとつ賭けをしてやれとね。もし勝ったら、その金でまっすぐ、故郷へ帰るつもりだった。その夜のドヤ賃もあるし、五百円では少々心細かったんだ。その思いつきは、今思うと突飛だけれど、その時はそうは思わなかった。世の中の皆が、自分と同じ気持で生きている、一か八かで自分の生き方をきめたがっている、そんな感じだった。近づいてくるあんたの姿を見て、きっとこの男は私の申し出を、断らないだろうと思ったね。だから私は、ためらうことなく、あんたを呼びとめたんだ」

「その時、賭けに負けることは考えなかったのかね」

「そうね。あまり考えなかった。あんまり腹が減って、疲れてもいたんで、頭のはたらきも鈍くなってたんじゃないかしら。とにかく、どうでもよくなってたんだ。私の生き方を、あんたが決めてくれるだろう。それに一切任せてしまえ。そんな気持だった。そして投げ銭にきまったでしょう。あれは夕陽だったかな。ほうり上げたアルミの貨幣が、陽をうけてキラキラと光ったでしょう。その瞬間、負けたな、と私は思ったね。なぜだか知らないがハッキリそう思った。そしてあんたの掌を見たら、案の定そうだったよ。これで当分は故郷に戻れない。その考えが直ぐ、じんと頭に来たね。そして賭け金を全部あんたに手渡したとき、とにかくひとつのことが終った、大げさに言えば、自分の前半生はこれですっかり終った、というような感じだったんだ。軀のなかから、何かがスポッと抜けたような気分だった。そして賭け金をにぎったあんたの姿が、なんだか里程標か墓標みたいに見えたな。この里程標の恰好を、しっかり覚えてなくちゃあ。一生涯覚えてなくちゃあ。なんだか強くそんな気持が私に来た。その気持だけだった。だからあの時、私はあんたを、睨みつけていたかも知れない。忘れてなるものかという感じでね。今思うと、あんたの姿を頭に刻みつけたって、仕方ない話なんだけどね」

「それで今日、僕の姿を見て、直ぐ憶い出したんだな」

「そうですよ。広告板をぶら下げてふらふら歩いていると、立木によりかかっているあんたの姿が、遠くからふと眼に入った。あれだッ、と思ったね。ピタッと何かがうまく組合わさった感じだった。実はね、今日は朝から面白くないことがあって、いろいろ気特が沈んでてね、街を流して歩きながらも、もうこんな商売は止めて、思い切って故郷(くに)へ帰ろうか、などと思案してたのさ。バカ面をして東京をほっつき歩いているより、故郷で百姓やる方がよっぽど気が利(き)いているからね。五年前にはつい帰りそびれたけれど、あれから世の中の裏表をわたり歩いて、もうそろそろ気分も落着いて来たしね。そしてその時私は、あんたの姿を見つけたんだ。つまり私から見れば、実にうまいところにピッタリとあんたは出てきたわけだ」

「あれから五年間、いろんなことがあったんだろうね」私は自分の五年間をもふり返りながら、思わずそんな言葉を口にした。「――無一文になって、あの時は大変だっただろう」

「いろんなことがありましたよ。モク拾いをやったり、ストリップ小屋に雇われたり、捕鯨船に乗り組んで、南氷洋まで出かけたりしましたよ。ことのついでだから、地球の果てまで行ってやれ、という気持だったね。どうせ人差指といっしょに、方向なんかなくしてしまったんだから。流れに逆らうより、身を任せた方がラクだ、と思って――」

「南氷洋とは、またずいぶん遠出したもんだね」

「しかしあそこはきれいだったなあ。氷山がたくさん浮んだり動いたりしてて。白色氷山や、青色氷山。青々と透き通っているんだ。そんな景色を眺めながら、私は時々、あんたのことを憶い出しましたよ。あの男は今頃、どうしてるかなあってね。あの時あんたは、賭け金をにぎると直ぐ、今来た道をとって返しましたね。あれはどういうつもりだったんだろう、そんなことも度々考えたね。私と賭けをやるために歩いてきたんじゃないんだから、戻って行くのは変だね。まっすぐ歩いて行くべき筈だからね。やはりあの道を通っていたのも、なにか用事があったからでしょう?」

「用事というほどじゃなかった」私は眼底にあの白い花々の色を思い浮べながら「――散歩みたいなものだったな。もっともあの時の僕は、すこしは気持が動転してたかも知れないが――」

「あの金をあの男は、どんな風(ふう)につかったんだろう。鯨捕りのいそがしい最中、そんなことがふいと頭に浮んでくる。あれで酒でも飲んだかな、それとも女でも買ったかな。それをあれこれ推測したりしながら、せっせと仕事にかかっている。自分ともう関係のないことなんだから、どうでもいい話なんだが。ところがこんな地球の果てまで来てるのも、あの金のためのような気がしてね。あの金さえあれば、すでに自分は故郷に戻っている筈なんだ。それを取られたばかりに、こんなところでせっせと苦労している。つまり俺の身の代金(しろきん)が、どんな工合に使われたか。人間というものは、因果なもんですね。あんな壮大な景色の中にいながら、そんなことばかりを気にかけていてね。――」

「この靴を見て、ガッカリしたかい」

 と私はも一度靴を横につき出した。男は誘われたように咽喉(のど)の奥でみじかく笑った。へんに内にこもったような、復雑な笑い方だった。そしていくらか冗談めかした口調で言った。

「その靴、私に呉れませんかね。故郷(くに)へ穿(は)いて帰るのに、一番ピッタリしてるようだから」

「やはり帰るのかい」

「ええ。今度こそはね。しかしこの決心をつけたのも、別にあんたと逢ったからじゃない。一週間ほど前から、今度こそは、と思ってたんですよ。しかしたまたまあんたに逢えて、ほんとにうれしかった。久しぶりに旨い酒を飲んだような気がしますよ、ほんとに」

 男は四本指の掌をひらひらさせて、眼の前の空気をはらうような仕種(しぐさ)をした。額も頰もほのぼのとあからんで、もう相当に酔いが廻っているように見えた。

 

 その夜、私はその靴を彼にゆずり渡し、かわりに彼の板裏草履(ぞうり)を貰いうけて、別れをつげた。その靴を穿いて彼が故郷にかえったかどうかは、その後の彼に逢わないから私は知らない。故郷に帰ったとしても、あの靴は相当に傷んでいたから、田舎道を歩くためには、微底的に修繕しなくてはならないだろう。かえって修繕代が高くつくから、あるいは納屋(なや)のすみにでも、うち捨てられているかも知れない。それならば、それでもいい。あの靴としても、靴としての役目はすっかり果たしたのだから、いまさら何も言うことはないだろう。

 

[やぶちゃん注:最後に。既にお気づきのことと思うが、この短編には梅崎春生の最後の作品となった、この十四年後に書かれることとなる、かの名篇「幻化」(リンク先は私のマニアックな注釈付きPDF縦書一括版。ブログの分割版もある)のコーダのシークエンスで、丹尾章次が久住五郎に持ちかける凄絶な賭けの、確信犯の遠い濫觴と見てよい。さらに言えば、二人が出逢う契機として配されてある小道具の不思議な「白っぽい花」も、同じく「幻化」の行きずりの女と出逢う「白い花」の妖艶な章のダチュラの花を強く感じさせるものである。さらに言えば、人差し指を欠損したこの男は、また、「幻化」に応じるところの名作「櫻島」(同前の電子化版。同じくブログ分割版もある)の耳朶のない娼婦にも通っているではないか。]

2021/09/11

ブログ1,590,000アクセス突破記念 梅崎春生 仮面

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年五月号『進路』に初出。後に単行本『ルネタの市民兵』(昭和二十四年十月・月曜書房刊)に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 文中に注を入れた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、先ほど、1,590,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021年9月11日 藪野直史】]

 

   仮  面

 

 あの男はいつもあの椅子にすわっている。いちばん奥まった卓の、あの棕櫚(しゅろ)の葉がくれだ。珈琲を何杯もかえてすすりながら、ぼんやりした表情で店中を眺め廻している。なにを考えているのか判らない。ときどき暗い皮肉なわらいをふと頰にきざむところを見れば、なにか考えているには違いないのだ。あの笑いかたを見ると、おれは突然被を打殺したい気持になってしまうのである。しかしその笑いは直ぐ頰から消えて、あの男はもとのぽんやりした顔つきにもどってしまう。両掌で珈琲茶碗をあたためるようにはさみながら、卓にひじをついたまま、またゆっくりそれをすすり始める。あの珈琲は白いふわふわしたミルクを浮べた特別製のものである。長いことかかってそれをすすり終えると、長い指を立ててまた新しいやつを注文する。

 天気の日でも、雨の日でも、あの男は青い雨外套(レインコート)を着ている。うすい絹のやつだ。それはぴかぴか光ってあいつの身体に貼りついている。その反射のせいか、彼の顔いろはいつも灰白色に沈んでいる。鼻がおそろしく長い。長くて曲っている。その鼻を鳴らしながら、雨外套のポケットから細巻きの莨(たばこ)をとりだす。じゃらじゃらした鎖のついた古いライターを出して火を点ける。煙をはきだしながら、舌で唇を砥(な)め廻す。あれでは半分も喫わないうちに、莨の端を唾でぐちゃぐちゃに濡らしてしまうだろう。灰白色の顔のなかで、唇だけが妙にあかい。青絹の雨外套におおわれて、女みたいなやさしい撫で肩だ。あの男の名は花巻というのだ。花巻精肉店の主人である。もっとも店は雇人にやらしていて、昼間はたいていこんなところでぼんやり珈琲などを飲んでいるのである。

 おれが何故あの男を知っているのか。それはおれがあの男の店の顧客だからである。店といっても昼間の肉屋のことではない。あんな店で牛肉なんか買うものか。おれが行くのは、夜のあの男のところだ。店の横の露地を入って行き、裏口の扉をこっそりたたく。たたきかたにも秘訣がある。始めコツコツと二度、ちょっと間をおいてまた三度、それからまた二度。暫(しばら)くすると扉の内側で跫音(あしおと)がして、かけがねを外す音がする。ぎいと厚い木扉があくとその隙間から手がでて何かが手渡される。それが仮面なのだ。博多仁輪加(にわか)の面のように、鼻から上を全部おおう形になっている。そいつを手早く顔につける。これをつけなければ、この店には入れないのだ。扉を入るとまたかけがねをかけてしまう。

 仮面などをかぶって、ここでは何をするのかと思うだろう。大したことはありはしないのだ。ただ酒をのむだけに過ぎない。あたりまえの裏口営業に過ぎないのである。大きな卓をかこんで、仁輪加面をつけたお客たちが何人か、莨をすったりしゃべったりしながら強い酒をのんでいる。電燈の光をさけて、わざと洋燈(ランプ)にしてあるから、非常にうすぐらく、秘密結社じみたものものしい雰囲気がないでもない。この効果を出す為だけに、仮面とは大袈裟(おおげさ)すぎる。これが花巻の趣味からだけと言えるのか。酒はいいのを揃えてある。酒を出したり料理をはこんだりするのは女である。女は二人いる。一人はマダムと呼ばれている三十恰好の女だ。も一人は澄ちゃんと呼ばれるわかい女だ。二人ともやはり仮面をつけている。真赤ないろに塗ってあるから、それから食(は)み出た顔の部分は妖(あや)しく白い。この女たちが酒を注いだりそんなことをするのだ。しかしマダムは大てい奥に引きこんでいることが多い。

 この部屋の壁は黄色く塗られていて、床には厚いマットがしいてある。通気がわるいから、莨の煙がこもっている。この部屋で仮面をつけていないのは、主人の花巻だけだ。部屋のすみに据(す)えた小卓に、彼だけ顔をむきだして腰をかけている。卓の上にはいつも酒瓶がのっている。そのときでも彼は青い雨外套を着ているのだ。黄色い壁を背にして、じっさい彼は大きな雨蛙のように見える。昼間喫茶店の奥まった卓で珈琲をすする時と同じように、グラスに強い酒を注いでそれをゆっくり飲みながら、ぼんやりした表情で一座を見廻している。ときどき短い言葉で女たちに洋酒を与えたりする他は、ただ黙って部屋の内を見廻しているだけだ。その彼の眼が、洋燈のひかりの加減か、急にするどく光るように見えることもある。

 ここでは良い酒をのませると言った。そのかわり値段は高い。高いけれどもおれが此処にかようのは、酒が良いということと(それはある事情でおれがよく知っている)客を常連に限っているから手入れの心配がないということなどの理由だが、こいつは花巻の思うつぼにはまるのかも知れないけれども、皆が仮面をかぶっているという情況が、へんにおれの気に入っているせいもあるのだ。実際お面をかぶっているということは、どんなにか気楽なことだろう。そして前にすわって酒を飲んでいる連中も、そろってお面をかぶっていて、みんな人間の表情を失っているのである。フアンシー・ボール(仮面舞踏会)じみた愉快さがそこにはある。[やぶちゃん注:「仮面舞踏会」は丸括弧内で二行割注。fancy ballfancy dress ball。客が仮装し、仮面をつける舞踏会。「fancy」は「装飾的な・派手な・意匠を凝らした」、「ball」は「盛大な舞踏会」の意。]

 おれたちは消を飲み莨をすいながら、いろんな会話や冗談をとりかわす。むろん相手がどこの馬の骨ともわからない。仮面をぬげば案外顔みしりの男かも知れないのだ。そのときどきで相手が変っていることももちろんである。そのお面は猿に似せてあったり、犬や猫に似せてあったりする。昨夜猫の面をかぶっていたやつが、今夜は魚の面をかぶっていることもあり得るのだ。じっさい仮面というものの不思議さは、それをかぶった入間の属性をすっかりそぎおとしてしまうことだ。そこでおれたちはほっと肩を落しているのである。おれたちのかわす会話や冗談はいよいよ快適で、それも個人的な事情や感懐にけっして立ち入らないからである。おれたちは酔っぱらって世相や人間を語りながら、まるでそこらの批評家や月評家のような口を利いていることに気什くのだ。おれたちはその瞬間、あらゆる責任を肩からとりおろしているのである。そんな自分を嫌悪する気持が、ふとおれに起らないではない。しかし流れるような酔いが、おれのそんな気持を直ぐおおいかくしてしまうのだ。おれはますます饒舌(じょうぜつ)になる。部屋のすみの小卓では、花巻が灰白の表情をぼんやりあげて酔っぱらったおれたちの方をしきりに眺め廻しているのである。

 花巻はいくら飲んでも乱れないし、顔色も変らない。ただ声がいくぶん甘ったるくなってくるだけだ。舌が酒のためにもつれるせいだろう。長い鼻を幽(かす)かに鳴らしながら、ぼんやり椅子にかけている。おれたちがよっぱらってどんなに笑ったりしても、彼はほとんどわらうことをしない。騒ぎが烈しくなると掌をひらひらと上げて、表に聞えるといけないから静かにしてくれ、と言うだけである。そんな時にみんなはふと花巻の存在に気がつくのである。それでちょっと部屋の中は静かになるが、しばらくすると濁(だ)み声や笑い声があちこちから高まってくる。みんな酔っているから仕方がないのだ。酔っているといえば、看板ちかくの時刻になると女ふたりも大ていは酔っているようだ。お客たちがダラスや盃をさすからである。酔ってきたとしても、何ということはない。ふざけたり、客の相手をしたりするわけではない。ただ酒をはこぶだけである。

 そんなところは此の酒場は上品な部類に属するのだ。女たちは真赤な仮面をかぶっている。マダムはいつも和服を着ているし、澄子は平凡な洋装だ。ふつうの娘が着ているようなありふれた洋服だ。ただお面をかぶっていることが、それにへんな逆効果をあたえるようである。澄子はきれいな脚をしている。唇には口紅もつけていない。ごく平凡な恰好だが、それだけに赤い面が奇妙なアクセントになっているのである。こんな仮面をつけることも、もともと花巻の命令にちがいないのだから、澄子にしてはあるいはこんなものは取り外したいと、常々考えているのかもしれない。おれたちは言わばしょっちゅう面をかぶっていたいたちなのだが仮面などを必要としない人間も今の世にも間間いる筈だから、あの夜澄子がなにげなく面を顔から取り外(はず)したというのも、あながち酔いに放心したからだけとは言えないだろう。もっとも時刻はかんばん直前で、お客はおれひとりしか居なかった。そしておれもひどく酌っていた。隅の小卓から突然ぱしりと烈しい音がして、まっしろい顔をした花巻が立ち上った。革手袋で卓をひっぱたいたものらしく、掌で顎(あご)を支えてうつらうつらしていたおれもぎょっと眼がさめるほどその音はするどかった。

「なぜ面を外すんだね」

 立ちあがった勢にも似ず、その声はひどく静かで、すこし舌の根がもつれたような口調であった。そう言いながら花巻は床をするような歩きかたで澄子の方に近よってきた。澄子はびっくりしたような表情で花巻の方をふりかえっていたが、酔っているせいか瞳が定まらないらしく、大きな眼をたしかめるようになんどもまたたいた。この夜澄子はおれが見ただけでも、さされたジンのグラスを四五杯のんでいたのだから、何時になく深く酔っていたに違いなかった。おれはこの時始めて澄子の素顔を見たわけだが、きわだった特徴もないが、大柄なわりに良く整った感じの顔であった。その顔を一眼みたとき、ふしぎなようだが、おれは非常に心がなごんで安心したような気分になったことを覚えている。澄子は片手を卓にもたせ、これもごく静かな声でこたえた。

「だって暑くて、息ぐるしいんですもの」

 部屋のすみにはストーヴが燃えていたげれども、暑いというほどではなかった。しかし澄子はそう言いながら暑くるしそうに肩を動かした。

「暑いからといって、面を外していいと言ったかね?」

 花巻はそしておれの方にちらと顔をむけた。その顔は怒っているようではなくて、むしろ憫(あわ)れむようなうすわらいを浮べていたようである。

「まだお客様がいらっしゃるのに、そんなよごれた顔をみせることはないだろう」

「だって、暑くるしいのよ。マスター」

「面をつけるんだ!」

 突然たち切るような甲(かん)高い声で花巻がどなった。

 おれは頰杖をついた姿勢のまま、このやりとりを聞いていたわけだ。澄子は何か言おうとしたが、思いなおしたように手にもっていた仮面を顔にもって行った。もちろんおれはひどく酔っていたから、そして薄暗い部屋のなかのことだから、はっきりとは覚えていないけれども、澄子の顔はその時ほのぼのと紅潮して、大きな眼がきらきらと光ったようだ。そんな澄子の顔が面のしたにかくれてしまうのをおれはひどく惜しいような気がしたことを覚えている。惜しいというより、もっと切ない気持であったかも知れない。この瞬間におれは澄子にある感じをもっていたのだろうとおもう。グラスや酒瓶を下げに行っていたマダムが、次の部屋から姿をあらわしたときは、花巻はもとの卓にもどって無表情な顔でグラスを傾けていたし、おれはもう帰ろうかと立ち上りかげていたところであった。

 此のマダムという女は肉付きのいい女で、おれは素顔は見たことはないが、なかなか美しい顔をしているという話だ。マダムといってもこの女は花巻の妾みたいな地位にある女で、この酒場はおおむね彼女が切りもりしているのである。そんなことを何故おれが知っているかというと、そんな一部始終を澄子がおれに聞かせたからで、澄子がなぜおれにそんな話をする概会があったかというと、これは話せば少し長くなる。

 おれの職行というのは戦後流行のブローカーというやつで、もちろん店舗も事務所ももたないささやかな自宅営業だが、品物だけは相当にうごかしている。どんな品物でもあつかうまでには目が利いていないので、自然取引の範囲も限定されているわけだが、だいたいおれが取扱う品物のひとつに酒類があって、どんな伝手(つて)をもとめてやってきたのか知らないけれども、ある日この澄子がおれのうちを訪ねてきたときは少しおどろいた。玄関にたっている澄子を見た瞬間、おれは思わず、澄ちやん、と叫びかけてあわてて口を押えたくらいである。あの酒場ではお互に仮面をかぶっているわけだし、澄子がおれを知っている筈はないのだ。またあの夜のことがないならば、おれとしても澄子の顔を知っているわけはないのである。だからおれが澄子の名を叫んだりしたら、それこそ不自然な話にきまっている。あわてて口を押えたおれの態度には気がっかなかったらしく、澄子はちょっと頭をさげてあいさつした。

「始めまして」

 いいえ、こちらこそ、などと口ごもりながら、おれは澄子が酒の仕入れにやってきたんだなということにそのとき気がついた。そうすると幾分気がらくになった。そしてヘんになつかしさがこみあげてきた。

「お宅にはいい酒があるそうね。すこし廻してもらいたいと思って参りましたのよ」

 それから上にあがってもらって、いろいろ商談をした。澄子の取引ぶりはまことに大ざっぱであったけれども、仲仲[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]慣れていて場数をふんでいる感じであった。勿論おれも商人だから、元値を切ったりして取引を結んだりはしなかった。ただ仲間うちの相場よりもぐんと安く澄子に約束した傾きはあったかも知れない。そうするとおれの予期した通り澄子は満足そうにうなずいて言った。

「お宅のは安いわね。これからお宅にきめてしまおうかしら」

「そう願えればありがたいな。で、今まではどちらです」

 澄子はためらうことなくある人名をこたえた。それはおれも知っている酒専門のブローカーの名前であった。あいつの酒をあの酒場でおれが飲んでいたのかと思うと、おれは少しおかしく、またにがにがしい気持にもなってきた。

「じや次々入れて貰うかも知れないわね。あら、なぜそんなににやにやしてるの」

「いや。あなたみたいなお嬢さんが、何故そんなに酒が必要なのかと思って」

「あたしが飲むんじゃないわよ」

 そして澄子は怒ったようにちょっと口をつぐんだが、[やぶちゃん注:ここには読点がないが、誤植と断じて挿入した。]

「――うちは酒場なのよ。だからこんなに酒が要るのよ」

「へえ。おれも行きたいな」

「駄目なの。うちは変屈なんだから、ふりの人は入れないのよ」

 それから何か話しそうにしたが、ふと言葉を切って眼を外らした。暗い影がその眼を流れたようで、おれはふと澄子があの酒場では不幸なのではないか、ということを考えた。

 それからも澄子はおれのうちにしばしばやってきた。もちろん酒の仕入れのためである。現物を先方にとどけるのは、本米ならばこちらの仕事なのだが、この場合はいつも澄子の側から取りに来た。酒場のありかを知られたくないせいもあっただろうし、またおれがアゲられた場合に累(るい)が及ばないように、用心をしているせいもあったのだろう。そんな点の周到さは澄子のものではなかった。やはり背後にいる花巻のやりかたに違いなかった。澄子は性格的にそんなに気の廻る女ではないので、むしろ素直で純な女であった。だから少し親しくなるとおれにいろんなことを打明けたりしたのである。もちろん澄子は酒場のありかや花巻の名前などは言わなくて、某地区にある某酒場として、つまりおれにとって架空の酒場として話しているわけなんだが、おれとしては一々現実のものと引合せて聞いていたのだ。ときどきその酒場に通っていることを、おれはおくびにも出さなかった。なぜかというと、酒場にかよってくるお客たちを、澄子は軽蔑すべき対象としておれに話したからである。

「――マスターからいい加減馬鹿にされているのよ。面をかぶって安心したつもりで飲んでるのを、マスターは馬鹿にしながら眺めてるのよ」

 マスターはどんなものでも馬鹿にしているのだ、と澄子はその時ひとりごとのようにつけ加えた。こんな話をしているときの澄子の顔は、ごくありふれた女の感じで、とくべつおれの気特を牽くところもなくなっている。それがおれには不思議なんだ。あの夜澄子の素顔をはじめて見たときの、心が和(なご)むような、また切ないような気分が、白日のもとの澄子には、全然失われているのである。へんに年増くさい生活的な感じすらあるのだ。澄子はそしてあんな仮面をかぶって酒席に出ることを、大へん厭がっているような口ぶりなのだが、なおあそこに踏みとどまっているというのも、収入という点で、あそこはずげ抜けているという理由もあるらしかった。それはおれにも判る。おれが売りつける酒の単価とあの酒場でのませるグラスの単価を引き合せても、毎夜花巻の手におちる金額は相当なものであるにちがいないのだ。だから澄子にも応分の給料がはらえるのだろう。しかし澄子があそこにとどまっていることが、それだけの理由だとはおれには思えないのである。

 澄子は花巻のことを話すとき、いつも何か憎しみの調子を幽かにふくめている。毎夜入ってくる金で、花巻はぜいたくな暮しをしていると言うのである。食事にしても、戦前の一流料亭の食事のようなのを三度三度つくらせる。料理はもっぱらマダムがつくるのだが、マダムは以前どこかの板前の経験があるらしい。その食膳を花巻は無表情なかおで食べる。酒場の切りもりはマダムがやっているものの、実権のすぺては花巻がもっていて、マダムはしんのところでは花巻をこわがっているらしい。夜は別々の部屋に寝る。妾じみた関係だというのも、ただ漠然と澄子が感じているだけで、ほんとの処はどうだか判らないのである。しかし澄子にマダムがときどき口を辷(すべ)らせることを綜合すれば、花巻とマダムと知り合ったのは大陸で、そこで花巻は軍の特務機関の手先みたいなことをやっていたらしい。それを聞いたときおれはすぐ胸に、あの青い雨外套を着た花巻の姿をまざまざとうかべていた。どんなことにも反応をしめさないような花巻のあの灰色の顔も、あるいはそんな暗い過去からの影を引いているにちがいないとおもった。それはなにか嘔(は)きたいような不快なものとして花巻の姿体ぜんたいに何時もただよっているのである。

 あの酒場のやりかたも、きわめて悪趣味であることぱ、おれが始めから感じていることであった。子供だましみたいなチャチなやりかたで、そしてそのくせおそろしく悪どいとも言えるのだ。それが花巻が考えだしたやりかたであることは、澄子の口裏でも想像できるのだが、しかしこんな風な酒場を、以前おれは大陸で体験したことがある。花巻も大陸にいたという話だから、あるいはそんな処からヒントを得たのかも知れない。特務機関の手先などというものは、あちらこちらにもぐり込むような仕事なのだろうから、花巻がそんな種類の酒場を知らない訳はないのだ。あんな仮面をかぶることを、澄子が喜んでいないことは、大体の彼女の口調で判るが、何時か澄子がおれの問いに答えてふと口を辷らしたことがある。

「でも面をつけると、かえって気楽なのよ。わずらわしいことが全部消えてしまうような気がして」

 そのとき澄子の眼に、酔ったような光がちらりと流れたのを、おれははっきり覚えている。それはなにかむしばまれたような脆(もろ)い暗さを聯想(れんそう)させた。澄子がおれのうちでいろいろしゃべっても自分のことについては何も語らないのを、おれは突然その時気がついていた。

 澄子の過去がどういうものか、花巻とはどんな関孫にあるのか、おれはそれまではっきり知りたいとは思っていなかったのである。ただ単純に、澄子はあの酒場の雇人にすぎないのだと、心の底でかんがえていた。しかしこの言葉を聞いたとき、ふと澄子の生活に強力に投影しているらしい花巻をおれはかんじた。おれはあの酒場の黄暗く沈んだ壁を、そしてそれによりかかっている青い雨外套の花巻をその瞬間鮮明に瞼に画いていたのである。あの男の表情は動きがないから、ちょっと見るとぼんやりしているような感じだ。しかし気を付けていると、花巻の瞳はときどき小魚のような早さで左右にうごくのだ。何かを見ようとして動かすのではない。ほとんど無目的なするどい動き方をするのである。こんな眼の動かしかたをする男を二三人、おれは大陸で知っていた。その男たちは皆ある特別の仕事に従事していて、それからの類推でおれは、花巻がスパイのようなことをやっていたということをそのまま信じることが出来るのだ。このような連中はいわば生命を賭けたところに常住するわけで、そのせいか性格の中に、おそろしく冷情でつっぱねたようなところがあって、そのくせ他人を自分の強力な支配下におきたがるようなところがあった。ことに自分より弱い者に対してはそうであった。澄子が花巻のそんな呪縛(じゅばく)の下にあるとは、もちろんおれははっきり考えたわけではない。ただその時影のようにおれの胸をそんな気分がかすめただけである。それがどんな意味があるのか、おれは判っていない。

 さて、おれは澄子がおれの家に出入りするようになってからも、あの酒場には時折でかけて行った。つまりおれが安く売渡した酒を、高い金をはらって買いもどしているような具合であった。無論それを知っているのはおれだけで、澄子はおれが客のひとりであるとは知りはしない。壁際に吊った洋燈(ランプ)がわずか二個だから、卓のあたりはぼんやり闇がしずんでいて、たとえばお互のネククイの柄もさだかでないほどなので、澄子が服装や動作からおれを見抜くわけがないのだ。第一みんなここの常連だから、いくら仮面をつけていても見覚えのある相客ができそうな気もするが、それが仲々できないというのも、ここが極度に薄暗く、莨(たばこ)の煙でいつもいっぱいだからだ。ただ花巻のいつもいる小卓は吊洋燈のすぐそばなので、彼の顔だけは灰白色にぼんやり浮き上って見えるのである。

 いま見覚えのある相客がなかなか出来ないとおれは言ったが、ただ一人だげ、仮面がどんなに変っていようとも、おれが見分けられる常連の男がいる。なぜ見分けることが出来るかと言えば、ひとつには顔の仮面から食(は)み出た部分に、つまり唇のあたりにきわ立った特徴があって、それがおれの記億にとどまる原因になっているのだ。それは少しむくれたような形の唇で、色は赤黒く濡れている。歯科医が歯型をつくるとき用うモデリグコンパウンドみたいな色だ。不快な気味悪さがその唇にはある。おれが此の男を印象にとどめているも一つの理由は、この男は酒もなかなか飲むけれども、あきらかに澄子にたいしてある種の興味をもっているらしく、それを動作や態度ではっきりと示すからである。しかしそれはおれだけに判ることかも知れない。ほんとうに此の部屋の暗さは、相客の動作ですらうっかり見のがす程なので、おれが此の男の動作や態度に注意しはじめたというのも、澄子にたいしておれがある関心を持ってきだしたせいなのかも知れないのである。[やぶちゃん注:「モデリグコンパウンド」modelling compound。カリウム樹脂・硬質ワックスを主成分とする非弾性印象材。天然性の熱可塑性樹脂で、筋形成(概形印象)に適している。歯科で「インショウ」(印象)という言葉をよく耳にするのが、それである。ピンク色のあれである。]

 先にも言ったように、おれは昼間ときどきおれの家にやってくる澄子にたいしては、ほとんど気持が牽(ひ)かれないにもかかわらず此の酒場のなかで見る仮面の澄子には、なにか胸がときめくような牽引を感じてしまうのだ。昼聞会うときのあの平几な、いくぶん事務的な澄子にくらぺて、比処のうすくらがりの酒場では、澄子は俄(にわか)に深海魚のような妖しい魅力をたたえてくるのだ。その時おれはあの赤い仮面の下に、昼間の澄子の顔を想像していない。もっと別の、もっと強烈で切ない、もちろん目鼻立ちとしてはあの澄子の顔と同じだけれど、全然違った印象を与える澄子を想像しているのである。そんな澄子があの仮面の下にいることを予想するだけで、おれは背筋に粟立つような強い刺戟をうけてしまう。澄子はただ奥から酒や料理をはこんでくるだけである。あとはだまって卓の側に立っていたり、壁によりかかっている。客が呼びかけグラスをさせば、簡単に礼を言ってためらわず飲むのである。おれはふと、澄子が自分のそんな挙動が客にあたえる印象をすべて計算しつくしてそしてあんな風(ふう)にやっているのではないかと考えることもあるのだ。しかしそれは昼間見る澄子からは想像できないことだ。そのことがおれに一種の倒錯的な刺戟にすらなっている。おれは酔ってくると仮面の小さな眼穴から、ぼんやりと澄子の動きを追っている。頭のなかでさまざまの想念や嗜慾(しよく)のわき立つのを幽(かす)かに意識しながら。――[やぶちゃん注:底本では行末でダッシュは一字分だが、これは組版上の勝手な節約と断じて、二字分で示した。]

 その男の澄子に対する興味は、しかしおれのとは逆になっているのだろう。何故かというと、その男は澄子の素顔を知らないからだ。ただ澄子の仮面や身体つきに、中年男の興味を湧き立たせているにすぎなくて、そのせいで澄子の仮面の下をいちどのぞぎたくて仕方がないのである。彼は濁ったいやしい口調で、澄子に酒の代りを注文する。酒が注がれる間、面を斜めにむけて澄子の横顔をながめている。何気ない風をよそおって、手を澄子の身体にふれたりする。澄子はそれを別に拒否する風情もみせないが特別の反応も示さないのである。つまり全然の無関心の態度なので、その男はだんだんいらだってくるらしい。そのような隠微な経緯(いきさつ)を、おれはのがさずある感じをもって眺めているのである。他の客は誰も知らない。ただも一人その経緯をするどく注意している男がいるのだ。それは吊洋燈の下でゆっくりゆっくりグラスを傾けている花巻だ。花巻は長い鼻をかすかに鳴らしながら、ぼんやりした表情のなかから眼だけするどくその男の挙動に走らせている。

 その男はよく飲む。強烈なやつを他人の倍ほども飲む。酔ってくるとしだいに饒舌(じょうぜつ)になってきて、あたりかまわず話しかける。もっとも此処ではみんな面をかぶってしるので、特定の個人というものはない。誰に話しかけても同じなのである。答えるにしてもそうである。酔った会話の雰囲気が、そんな具合に進行してゆく。この男を中心にしてちょっとした事件がおこったあの夜も、なんだかそんな自然な具合に進んで行ったようだ。その夜は、誰かの会話で、こんな奇妙な酒場は東京にもあまりないだろう、というところから始まって行ったのだが、それからみんなががやがやと発言したり笑声を立てたりして、おれはその玲の各人の口調から、皆がここの常連であることを誇りにしているらしいことを何となく感じて、なにか変な感じにうたれたことを記憶している。なぜこんなところに出入りするのが誇りとなるのか。その気持をたどってゆけば、興ざめするようなものにつきあたるような気がしたけれども、考えてみるとこのおれにしても、此の酒場の特殊な魅力に引かれて来るのだとはいうものの、ある言い知れぬ秘密のなかに自分がいることを、ひそやかに高ぶる気持がないとはいえないのだ。もちろんその気持が仮面の澄子に牽かれる気持に通じていて、いわばおれは設定されたものの中に自らをひたして意識的に酔っているに過ぎなくて、なにかに甘えたところで安心しているわけのようである。大陸でみた阿片窟や賭場にくらべると、ここにあるのはごく安手な擬似の頽廃だ。そのことがおれにはつねにうしろめたい気持がするのだけれども、またそのせいで酔いの廻りは追っかけられるように早いのだ。その唇の赤黒い男は、濁った声でその会話に参加していたが、よどんだ笑声で会話の進行が乱れかかったとき、ふとグラスをあげて冗談めいた大声で言った。

「こんな酒場をつくった主人のために、乾杯!」

 しかしこの男は、花巻のためにより、澄子のために乾杯したかったのかも知れない。彼はグラスをむしろ壁に立った澄子の方にむかって支えていたのである。声に応じてグラスを上げたものは周囲の二三人にすぎなくて、あとはそれぞれ外の話題にうつっていたり、グラスを傾けたりしていた。おれもグラスをあげなかった一人である。別に理由はない。その男の音頭に合せてグラスを上げることがめんどうだったからにすぎない。その男の声は、しかしかなり大きな声であったので、部屋のなかのものに聞えなかった筈はない。ところがもうもうと立ちこめた莨の煙のむこうで黄色い壁を背にして浮き出るように洋澄(ランプ)に照らされた花巻の顔はまるでその声が聞えなかったかのように、微動すらしないようであった。細巻の莨を口にくわえたまま、れいのぼんやりした表情でなにかを眺めているのである。客たちがつけた仮面の方にかえって表情があって、花巷の灰色に沈んだ顔にはほとんど血の気が通っていないようにおれには見えた。莨は唇の端で垂れていて、火はすでに消えてしまっているらしかった。男はそれを見て、もちあげたグラスをちょっとやり場のないように動かしたが、すこしひるんだような弱い声で再びことばを重ねた。

「この主人のために。万歳!」

 それでも花巻の表情は、いささかの動きも見せなかったのである。ただぼんやりと眼を動かしているだけであった。黙殺というほど、意識的な態度ではなく、ほとんどよそごとを眺めているようなつめたい動作であった。男はそれでぐっといらだったようである。ひっこみがつかなくなったように身体をゆるがせて、急にグラスを唇にもって行って一気にそれをあおった。もはや澄子の姿は眼にないらしく、椅子ごと身体をうごかして花巻の方にむきなおった。

「御主人」気持を押えて、あざけるようなひびきをこめた調子で男は口をきった。「おれのいうことは聞えなかったのかね」

 花巻は雨外套のポケットから、古風なライターを取出してカチリと火を点けた。莨を指にもって、はじめて静かな声で言った。

「あまり大きな声を立てないで下さい。表に聞えるとまずいから」

 舌がもつれるように聞えるのは、やはり花巻も酔っていたのであろう。そう言いながら花巻は、自分の卓の空のグラスを酒瓶からトクトクと注いで満たした。しかしその言葉は静かだったけれども、一座の笑い声や話し声は急におさまってしんとなった。

「君はここの主人だろ?」と男が押しつけるような声で言った。

「私はここの主ですよ。もちろん」

「今おれが君のため乾杯したのが見えたかね?」

「見えましたよ」と花巻は静かな声でこたえた。

「それじや、なんとか――」男はいらだったように頭をふった。「なんとかあいさつがあってもいいだろう」

「まあいいじやないか」と誰かが口をはさんだ。「酒のむとき位はたのしく飲めよ」

「まあ、言わせておきなさい」

 突然おそろしく冷たい口調になって花巻がそれをさえぎった。男はその言葉でふいに怒りがこみ上げてきたらしかった。しかし辛うじて気持を押えたらしく、手を卓の上の方にのばした。彼のグラスは空であった。男の指はぶるぶるふるえていた。

「で、では言わして貰おう」咽喉(のど)から押しだすような声で彼はどもった。

「この酒場はインチキだ。悪趣味だ」

「それで?」

「こんなところは不潔だ。お、おれが、ひとこと警察に言いさえすれば、君などは即座にひっくくられるよ」

 男の声はひどく苦しそうで、むしろあえいでいるようであった。花巻はそれに答えないで、莨を唇にはさみながら、頰にふと暗い皮肉そうな笑いを瞬間うかべた。煙を唇の間からゆらゆらとはきだしながら、暫くして低く呟くように口を開いた。

「――あんたは酔っているんだよ。なにも怒ることはないだろう。悪趣味だと思えば、来なきゃいい。私のところは、まっとうな酒場なんだ」

 そして卓の上のグラスに手を伸ばすと、それにちょっと唇をつけた。つけただけで口に含まず、またグラスを卓に戻した。

「まっとうな酒場であるもんか」

 なにか吹き抜けるような声で男は言いかえしたが、顔を斜めにあげてぐるりと部屋を見廻すような仕草をした。そして強いて気持をあおったような声で、一言一言区切りながら発音した。

「まっとうだって。わらわせやがら。こんな変ちきりんな面なぞかぶせあがって[やぶちゃん注:ママ。]。おれたちはいいさ。いいがだ。こんな娘さんにも厭らしい面をかぶせたりして――」

「だからあんたは来なけりゃいいんだよ」と花巻はじっと男を見据(す)えながら言った。その頰にはかすかにさげすむよな笑いを浮べているようであった。「面がいやだったら、外したらいいだろう。そして出て行ってくれ」

「おれはいいんだ。おれがいってるのはこの娘さんだよ」

 壁によりかかって、ふたつの吊洋燈の光のあいだの谷に、澄子は影のように立っていたのである。男が顎(あご)でしゃくったのはその澄子の姿であった。澄子の姿はそのときかすかにたじろぐらしかった。奥に通じる半扉が音なく開いて、やはり面をつけたマダムの半身がおれの視野の端をかすめた。花巻がその時しずかにたちあがった。莨の煙が洋燈の光茫のなかで、流れるようにうごいた。花巻は足を床のマットにするような歩きかたで、卓のすぐそばに歩みよってきた。そして青絹の雨外套を開いて、上衣の内かくしから何かを取りだした。

「お前さんは、この女が好きらしいな。好きなら好きでいいんだ」

 花巻の声は急にするどく畳みかけるような調子を帯びてきた。

「――そんなに好きならば、賭けで決めよう。丁が出たら、この女をお前さんに呉れてやる。半がでたら、お前さんの生命はわたしがもらう。それでいいか」花巻の掌から卓の上にころがりおちたものを見て、男はふと身体をかたくしたらしかった。椅子がぎいときしんで、男は指をあげてカラーのあたりをしきりに押えた。それは真白な骰子(さいころ)であった。暗い卓のうえで乏しい光を吸って、それは白い点のようにひかった。

「やめて下さい」

 半扉のところから、そんなマダムの烈しい声が飛んだ。声はふいにそこで千切れて、またあたりはしんとした。部屋のすみで燃えおちるストーヴの石炭の音がはっきり聞えた。

「――ひとりの女を、そんな骰子できめるのか?」

 呻(うめ)くようなその男のつぶやきにかぶせて、花巻はそれを断ち切るようにはげしくさえぎった。

「これはおれの女だ!」

 花巻はそして大きく眼を見開いて、男の方に上半身をのりだすような形になった。

「おれの女をどうしようと、おれの勝手だ。だから丁と出たら、黙ってお前さんに呉れてやる。お前さんにそれだけの勇気はないのかね」語尾が急にあざけりの調子を帯びて、花巻の瞳は見開かれたままきらきらと光った。

 おれは卓のいちばんすみっこの椅子にかけていて、黄黒い壁によりかかっている澄子の姿をじっと見詰めていたのである。澄子は花巻の言葉がいわれたとき、ほとんど一歩踏みだしそうに身体を動かしたが、思いかえしたように腕をかるく組むと、そのまま全身を凝らしたらしかった。緊張した沈黙のなかを、暫(しばら)くして男は打ちのめされたように立ち上った。酔いもすっかり醒め果てたらしく、立ち上った瞬間にかすかに身ぶるいした。そして危く床をふみながら扉の方に後すざりをした。扉に背をつきあてると、ゆっくりと重い木扉を開いた。その瞬間男の姿は扉の陰から逃げるように外に消えた。僅かひらいた隙間から、なにかひらひらと舞いおちた。それは男がいままでつけていた犬の仮面であった。壁のところに立っていた澄子が軽く走りよって、それを拾いあげた。そして扉を閉じながら、くるりとこちらに身体ごとふりかえった。

「あの人、密告するわ。きっと」

 澄子のその声はかすれていて、何か呼吸をはずませているような口調であった。誰もそれに答えなかった。さっき木扉がひらいたとき流れ入った冷たい夜気が、部屋の空気の中でうすい層をなして、そのときおれの顔にひやりと触れてきた。

 マツトを踏みながら、背をまっすぐに立てた花巻が跫音(あしおと)もなく吊洋燈のしたの小卓にもどって行った。

 椅子にゆっくりと腰をおろすと、卓上の先刻注(つ)ぎのこしたグラスに手をのぱしながら、もとのぼんやりした灰白色の表情にもどって一座を見廻した。見廻しながら、ふと暗い皮肉なうすわらいを頰に浮べると、あかい唇をひらいて抑揚のない調子で言った。

「どうです。さっきの条件で、わたしと賭けをする人はいませんか」

 おれはこの時、何放だか知らないが、自分が面をつけていることに対して、言いようもない惨(みじ)めさを感じて、思わず卓の下で掌をにぎりしめていた。おれはそして、いましがた露地をかけ抜け出たにちがいないあの赤黒い唇の男より、憎しみの比重がぐっと花巻の方にかかって行くのを、まざまざと胸の中でかんじていたのである。透明なグラスの液体が花巻の濡れたように赤い唇にもってゆかれるのを眺めながら、おれは自分の気持に耐えきれなくなって眼を外らした。

 厚い木扉を背にして、澄子が立っていた。澄子の肩があえぐように大きく動いたのを、おれはその時に見た。あきらかに何か言おうとしたのである。しかしそれは言葉にまでならなかったようであった。そして部屋はもとの沈黙に落ちた。

 この夜の出来ごとは、妙におれの印象にのこっている。もちろん酒場のことだから、客同志の喧嘩や言いあらそいはしばしばあったが、そんなことはあまりおれの記憶にのこっていない。ただ花巻が登場したということだけで、此の夜のことがおれの頭にひっかかってくるのも、おれが花巻に対して、たんに主人と客という関係でなく、もっと深いところで感情をもちはじめたからだろう。そしてそれは、澄子という女がその間にいるからには違いないが、しかし此の頃のおれには、いろんなことが何も判っていなかった。

 自分の気持の屈折すら、はっきり手探りかねていたのである。

2021/08/19

ブログ1,580,000アクセス突破記念 梅崎春生 流年

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年九月・十月合併号の『小説界』に初出。単行本には未収録。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。

 誤解があるといけないので、若い読者のために断っておくが、本作品内の短い冒頭部分での時制は戦前で、「高校」は旧制高校である。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、つい数秒前、1,580,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021819日 藪野直史】]

 

   流  年

 

 椎野貫十郎は二十歳のときに初恋をした。彼が田舎の高校生のころで、相手は下宿のとなりの家の女医学生であった。思いはだんだんつのって、ついにはその女医学生の姿をちらと見るだけでも、彼は緊迫感のため全身から汗が流れ出るようになった。どうにかしなければならない、と若い貫十郎はかんがえたが、どうにもいい方法が思い浮ばなかった。恋文を書くには文章に自信がなかったし、往来でいきなり話しかけるには、失敗して元も子もなくなる危惧(きぐ)があった。そして彼はやっと彼らしいひとつの方法を思いついた。それは自分の戸籍謄本を女に手渡すことであった。自分がこういうものであるということ、決して怪しいものでないということを、この行為は示すだけでなく、それ以上に、ふかい信愛の念を女に伝えることができるものと、彼は信じた。自らの出生の経緯を知らせること、しかも権威ある公の書類によってそれを示すことほど、適切な信愛の表現が他にあるだろうか。

 そして彼はある夕方、封筒に入れた戸籍謄本を、隣家の門口で女医学生に手渡すことに成功した。門燈をかすめて蝙蝠(こうもり)が飛んでいて、女医学生はどこからか戻ってくるところだった。彼女は不審気な顔でそれを受取ったが、貫十郎はその瞬間、非常に重々しいものが自分を満たしてくるのを感じた。小走りで家の中に入ってゆく女を、彼はへんに緊張した、すこし傲(おご)りの色をうかべた表情で見送っていた。女の姿が見えなくなると、彼は気負ったような、また幾分さびしそうな歩き方で、自分の家にもどってきた。

 しかしこの恋愛は失敗に終った。

 女医学生に手渡した戸籍謄本が、いつの間にか、彼の保証人の教授に回送されていて、彼はその教授に呼びだされて、散々注意をうけたのである。そのあとで教授は、すこし顔をゆるめて、それにしてもどういうつもりであんな物を渡したのか、と彼に訊ねた。自分の気持をうまく説明できそうになかったから、両掌を膝につぎ、うなだれて彼はだまっていた。

 それで彼は女医学生のことはあきらめた。やはり嫌われたのだとは思ったが、あの行為によるためだとは思えなかった。彼はときどき鏡を出して、自分の顔をうつしてみた。色白な顔に、眉毛が茫々とふとく映っていた。眉毛の色は濃いというのではなかった。うすく、幅ひろく、眼の上にかかっていた。この眉の形が、彼のきわだった特徴になっていた。上下を剃りこんで細い眉にすれば、いい形になるかも知れないとも思ったが、彼はそうしなかった。彼の父親も祖父も、同じ眉毛をもっていた。祖父の例をみても、この眉毛は白毛になると見事になるのであった。

 それから十数年経(た)った。兵隊にとられたり、色々なことがあったりして、彼はもう三十歳をこしていた。古本屋をひらいて、その主人になった。初恋のことなど、遠く彼の脳裏からうすれかかっていた。あの頃からみると、身体もすこし肥り、世の中のこともあれこれ判るようになった。店頭に坐っていると、すくなくとも四十歳以上には見えた。まだ独身で、兵隊にいた頃から、酒をすこし飲むようになっていた。酒もべつだん種類をえらばなかったし、場所もどこでもよかった。店を閉じると、彼はよく行き当りばったりに、飲屋に入って飲んだ。酒の量は多くなかったが、酔うと低声で歌をうたう癖がついた。それも歌おうとおもって歌うのではなく、自然と文句が唇に出るからであった。歌は古い歌にかぎられていた。明治時代の、「ああ世は夢か」とか「妻をめとらば」とか、唇にのぼるのはそんな歌詞ばかりだった。それらは皆、子供時分に、家にいた老婢が彼に教えた歌であった。[やぶちゃん注:「ああ世は夢か」サイト「心に残る家族葬」のこちらが異様に詳しく音源動画もある。聴けば、「ああ、あれか。」と誰もが知っているメロディである。原曲は「美はしき天然」或いは「天然の美」という題で、小・中学校で盛んに歌われていた唱歌である。明治三五(一九〇二)年に発表され、作詞は国文学者で詩人の武島羽衣、作曲は佐世保海兵団学長を務めた田中穂積である。但し、この曲の再ヒットが超弩級の猟奇事件(犯人は野口男三郎)と関係があるので、読まれる際には自己責任でお願いする。

「妻をめとらば」「人を戀ふる歌」。与謝野鉄幹作詞・奥好義(おく よしいさ)作曲。通称「若き支那浪人の歌」として、明治・大正・昭和の初期にかけて、特に学生たちを風靡した愛唱歌である。歌詞とミディ音源がこちらから手に入る。]

 彼が民子を初めて見たのも、そんな飲屋の一軒であった。民子は細い身体にゆるやかな上衣を着て、料理場から酒をはこんだり肴(さかな)を持ってきたりしていた。焼跡にたてられた貧しい構えの造りで、軒にあげられた看板は、去年の大風で曲ったままになっていた。二坪ほどの土間で、壁には「氷アズキ」「氷イチゴ」などと書いた紙が剝がれかかって揺れていた。古本市の帰りに、彼は偶然そこに寄ったのであった。

 どこかで見たような顔だと、ちらちら民子を眺めながら飲んでいたが、丁度(ちょうど)二本目を飲み終えたとき、貫十郎は突然おもい当った。それは十数年前の、あの女医学生に似ていたのである。顔立ちの、また身体つきの、どこが似ているというのではない。ただ、ある感じが、この女の身のこなしにあらわれていて、それが彼の胸のなかで、女医学生の記億と突然つながったのであった。思いがけないことだったので、彼は思わず盃(さかずき)をおいて、女の動きをみつめた。料理場に通じるのれんの処に、女はかるく腕を組んで立っていた。ゆるく束ねた毛髪が額にななめにかぶさり、いくぶんきつい感じの眼が彼を見下していた。うすい肩が、裸電燈の光のしたで、稚(おさ)ない影をつくっていた。その感じを胸に手探るように、彼はちょっと瞼を閉じたが、すぐ眼をひらいて、卓を指でたたいた。そして新しくお酒を注文した。新しい酒がくると、それを盃に受けながら、彼は女に聞いた。

「名前は、何というの」

「民子」

 澄んだ、抑揚のない肉声であった。その感じを耳にたしかめながら、彼はかさねて訊ねた。

「そして歳は?」

「十九よ」

 そう言って民子は笑った。断ち切るようなごく短い笑い声であった。あまり短い笑いなので、さげすむような感じが伝わった。徳利をおくと、そのまま民子は彼から離れた。

 十九といえば、あの女医学生もそうだった、と彼は思いながら、民子の方をちらちらと眺めていた。むこうの方の椅子にもたれて、民子は無関心な横顔をみせていた。ときどき立ち上って、料理場へ入ったり、何かもって出てきたりした。光線が民子の顔にかげる具合で、ひどく子供っぽい表情になったり、高慢そうな印象になったりした。灰色がかったゆるやかな上衣で、袖は肩のところでひろく断ちおとしてあったから、ふとしたはずみに鳶色(とびいろ)の脇毛が見えた。女医学生の俤(おもかげ)は彼の記億から消えていたが、あの時の自分の感じは酔いとともに強く、彼の身体によみがえってきた。

 いつもの色のわるい顔が、酒とともにうす赤くなって、幅のひろい眉を動かしながら、彼は盃をなめたり、民子の方をながめたりした。

 いつもより余計酒がはいったが、身体が熱っぽくなるだけで、ほんとに酔ったような気持にはならなかった。そのくせ、眼はちらちらして、帰途を彼はよろめきながらあるいた。その夜、彼は寝つきが悪かった。寝がえりをうつたびに枕が鳴って、いつまでも眠れなかった。

 

 三日経って、彼はその店にふたたび行って酒を飲んだ。それから二日して、また行った。その翌日も、すこし早目の時刻に出かけていった。

 客はまだ誰もきていなかった。なんとなくあたりを見廻しながら彼はいつもの卓にかけた。酒をもってきた民子が、ふと驚いたように言った。

「あら。ほこりのような臭いがするわね。あなた」

 彼は民子の顔を見上げた。民子の顔は無邪気な笑みをきざんで、へんに平たく見えた。

「古本の臭いなんだよ」

「あら。本屋さんなの」

 民子は壁側の椅子にかけて、小指で髪をかきあげる仕草をした。指は細く反って、透き通っていた。

「私も本は好きなのよ。毎晩読むわ」

 赤い造花を頭につけていて、それが民千を子供っぽくみせた。あたりに残った黄昏(たそがれ)の色のせいなのかも知れなかった。盃をふくみながら、彼はぽつりぽつりと話を交した。彼が自分の店の場所を話したとき、民子は短い声をたててそれをさえぎった。

「知ってるわ。曲角から二軒目の家でしょう。ああ。あれがあんたの店なの」

 民子の口調が急になれなれしくなったように思ったが、彼はむしろ荘重な顔になって黙っていた。自分の店さきに、この民子を坐らせることを、ふと彼は思っていたのである。そうするとある重々しいものが、胸を満たしてくるのを彼は感じた。彼はしばらくして言った。

「読みたかったら、貸してあげるよ」

 民子はまた短い笑い声をたてた。この笑い方は彼女の癖であるらしかった。笑い声が急に断(き)れると、民子はかなしそうなぼんやりした顔になるのであった。

 この感じなんだな、と彼は思いながら、つめたくなった酒を唇にはこんだ。女医学生の俤(おもかげ)も、十数年来彼の胸に死んでいたが、このようなかなしそうなぼんやりした感じだけは、確実に尾を引いて彼にのこっていた。民子を見て、似ていると感じたのも、このせいに違いなかった。すると身体が裏がえしになるような遙かな感じが、遠く彼におちてきた。

 逢(あ)うたびにだんだん苦しくなる、と帰り途(みち)に彼はかんがえた。店にいる間は心のどこかが緊張して、すっかり酔い切れない感じなのに、外に一歩出ると酔いが一時に廻って、ひとつことばかり彼は考えているのであった。

「妻をめとらば才たけて……」

 低声でそんなことをぶつぶつ呟(つぶや)きながら、彼はよろよろ歩いた。この五六日、夜の眠りが浅くて、酔いがひどくこたえるのであった。さっき店の中で、この歌を口吟(くちずさ)んだとき、民子がそれを笑った響きが、なお彼の身体にのこっていた。彼の酔態をさげすむような響きも帯びていたが、それはむしろ彼に快よい韻律(いんりつ)となって残っていた。――自分の心が民子にとらえられていることを、彼はそのとき確実に知った。

 

 民子を妻にむかえて店頭に坐らせることを、彼は本気で空想しはじめていた。その気持は一日一日強くなった。

 民子の店へは、彼は一日おき位に出かけて行った。酒をのみながら、ちらちらと彼女を眺めたり、ときには話をしたりした。そして民子の挙止や話し振りを、その度に印象にとどめた。民子の話し振りは、気易くなれなれしい時と、妙に高慢な感じがする時とがあった。またそのふたつを、同時に感じさせる場合もあった。それは民子がまだ稚ないせいだと、彼は思ったりした。民子の内部がまだ熟していなくて、それがそんな形であらわれるものらしかった。――民子の顔もなにか不均衡で、美人とは言えなかった。眼はかたく強すぎたし、顎(あご)のへんが野卑な感じさえうかべていた。それにも拘らず、その全体として民子はつよく彼を引きつけるようであった。引きつけられている自分を理解できないまま、彼は彼女の店にかよっていた。そうしてだんだん彼はくるしくなってきたのであった。

 自分の気持を民子につたえようと考えると、彼は高い飛込台から青ぐろい海を見下すような気分におそわれた。このような甘い切なさは、十数年来彼の情感のなかに死んでいたものであった。古本屋の店に坐っているとぎも、彼はぼんやりして、民子の細い身体のことなどを考えていた。しかしそれを抱く自分は、想像のなかで実感はなかった。彼はときどき店頭にかけられた鏡を横目でにらんだ。幅広い眉をもった肥った顔が、鏡のなかから彼をにらみかえした。中年という言葉がいちばんぴったりするような顔だと思うと、彼はなにかあせる気持で胸がいっぱいになった。そして古雑誌をよみふけっている若い店員を意味もなく叱りつけたりした。

 ある朝、店を店員にまかせて、彼は身仕度して出て行った。区役所の建物の前にくると、立ちどまって入って行った。そして三十分経って出てきたときは、右手に戸籍謄本を持っていた。

 その夕方、彼は民子の店の卓にひとりで坐っていた。客はまだ誰もきていなかった。徳利をもってきた民子は、卓の上にのせられた封筒に、ふと眼をとめた。その封筒からは、和紙を綴った部分がすこしはみ出していた。

「それはなに?」

 民子は酒を注ぎながら聞いた。掌を膝にのせてかけていた彼は、そうなるまいと努力しながら、かえって物々しい口調になって答えた。

「上げるよ。これ」

「本かしら」

 民子は卓から取り上げたが、ちょっとそれを引きだしてみて、失望したような顔をした。

「本じゃないのね。あら、なぜ変な顔してるの」

「君にいちど話したいことがあるが」

 彼はすこし普通の声になって言った。

「どこか外で逢えないかね」

 民子は妙な表情になったが、突然さげすみに似た短い笑い声をたてた。そして自分の笑い声を恥じるように、幾分うす赤くなって、封筒をもったまま、彼の卓から離れて料理場の方に入って行った。

 大風が身体の内を吹きぬけたような気持になって、彼は味のうすい酒を口にふくんだ。それから二三人、油障子を引きあけて、お客が入ってきた。料理場から再び出てきたとき、民子は何でもないような稚ない表情をしていた。それを追う彼の眼は、据傲(きょごう)と寂寥(せきりょう)とをないまぜたような光を帯びていた。ふしぎな力に駆られて、十数年前と同じことをしてしまったことを、彼は考えていた。

 その夜、彼はいつもより一本余計に飲んだ。そして歌もうたわず、割合たしかな足どりで、家へ戻ってきた。

 それから二三日、酒場に行かず、彼は家にじっとしていた。四日目の昼過ぎに、彼が店頭に坐っていると、表の方に人影がして、見ると民子が入って来た。そして民千は本棚のかげから、目顔であいさつをした。

「本を見にきたのよ」

 素直な声でそう言った。それから彼女は本棚を順々に見てあるいた。ただ背文字を見てあるくだけであった。ぐるっと廻って駄本を積みかさねたところへ来ると、今度はひっくりかえして丹念にしらべ始めた。長いことかかって一冊えらびとると、それを彼のところへ持ってきた。

「これ、下さいな」

 受取って見ると、講談本の水戸黄門漫遊記であった。民子は無邪気ににこにこしていた。

「こんな本なら、只であげるよ」

「貰うのはいやだわ。借りるか買うかよ」

「じゃ貸してあげるよ」

 民子の着ているゆるやかな灰色の上衣は昼間見ると古びていて、処々すれているのが眼についた。彼の視線に気づくと、民子は急にきつい眼をした。

「こんな講談本が、好きなのかい」

「講談でも、水戸黄門だけよ」

「どこが好きなのかね」

「どこって――何となく、気持がすっとするのよ。水戸黄門ってえらい人でしょ。それが身分をかくして、いよいよの時まで、じっと辛抱してるでしょう。そんなところなの」

 しやべっているうちに、民子は彼の横に腰をかけた。ふと思いついたような顔をして、彼は言った。

「二三日のうちに、多摩川一緒に行こうか」

「多摩川で何かあるの?」

「何もないけどさ。川を見にゆくんだよ」

 民子はまぶしいような顔になって、彼を見た。そして黙っていたが、急に立ち上って、頭を下げた。

「お店にもいらっしゃいね」

 逆光線になっているので、民子の胸の線がふとしたはずみに透いて見えた。彼は包み紙を出して、水戸黄門漫遊記をていねいにつつんでやった。

 

 それから三日経って、彼等は多摩川に行った。風のつよい日で、遊歩には適当でなかった。だから川から外れて、にぎやかな道をあるいた。

 民子は今日は水色の服を着て、白いバンドを腰にしめていた。残暑という程ではなかったが、あるいていると汗がすこしにじんだ。民子は道をあるくのに、いっこう落着きがなかった。露店をみつけると、寄って行って、しきりにチョコレートや飴を買いたがった。そして買い求めると、ポケットに収めて、少しずつ出して食べた。

 道ばたにデンスケ賭博にむらがっている群があった。そこに足をとめると、民子はなかなか動こうとはしなかった。彼等はしばらく勝負をながめていた。あたしもやってみたい、と民子は彼にささやいたが、彼は聞かないふりをしていた。それから歩き出しても、民子はきょろきょろして、遠足にきた千供のように落着かなかった。[やぶちゃん注:「伝助賭博」移動しやすい台(これを「デンスケ」と呼ぶ)を使って街頭で行うイカサマ博奕。煙草の箱を使う「ピース抜き」・「モヤ返し」、円盤に回転する針を仕掛けておき、その円周上の文字に賭けさせ、針を回して、回転が止まって針の指したところが「当り」となる「ドッコイ・ドッコイ」、そのほか、「モミダマ」・「赤黒」など、多数ある。孰れも手捌きで誤魔化したり、仲間の「サクラ」に「当り」をとらせたり、時には暴力沙汰にも及ぶイカサマ賭博である(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。]

 にぎやかな場所をぬけると、彼等は川の方にあるいて行った。昼をすこし廻っていたから、土堤のかげに、風を避けて弁当をひらいた。遠くの方では川水が光って、子供たちが泳いだり走ったりしているのが見えた。

「あなたの名前は、まるで悪代官なのね。椎野貫十郎だなんて」

 民子の境遇を遠廻しに訊ねかけたとき、民子はそんな事を言い出して笑った。それで彼も黙ってしまった。民千はそれから言葉をついで、この間の水戸黄門漫道記の話を、彼に話してきかせた。そのなかに貫十郎という代官が出てくるというのであった。民子の様子はたのしそうで、笑い声もいつもと違って高かった。その笑い声も、時に調子を外れて、ヒステリックな響きを立てることがあった。

 ――どういうつもりで今日此処にきたのだろう。遠くの河面をながめながら、彼はぼんやりそんなことを考えた。昨夜あの飲屋で、彼は民子に多摩川行きを誘ってみたのであった。そのつもりでは、民子のことをよく知りたいと考えていたのだが、いまは彼は妙に疲労して、勢を失っていた。だから斜面にころがって、後ろ手に頭を支え、河の方を眺めたり眼を閉じたりした。なんだか不安定な感じで、彼は暫(しばら)くそうしていた。女とふたり連れだってあるくことは、彼にも始めてであったが、それがこんなに疲れることとは予想もしていなかった。

 彼の視野のはしに、白いものが見えていた。それは民子の脚であった。民子も彼と同じように斜面に背をもたせて、寝ているらしかった。ときどきその脚はかるく動いて、組合わさったりした。風の音が聞えたり止んだりして、身体ごと、土堤のなかに沈下してゆくような気がした。遙かなむなしい感じが、すこしずつ彼にひろがってきた。

「あなた、お父さんいるの?」

 頭の方から民子のそんな声がした。近くにいるのは判っていても、なんだか遠くから聞えてくるような気がした。実体を失ったような素直な響きであった。

「いない」

 眼を閉じたまま、彼は答えた。

「おやじも、おふくろも、死んでしまった」

「あたしもひとり」

 少し経って民子がそう言った。それからしばらく、彼女は彼が問うままに、自分のことを話した。伯父の家にいたのだけれども、そこを飛び出して、間借りをしていることを、民子はぽつりぽつり話した。その部屋は四畳半で、ぼろぼろなところだということであった。彼は突然、その部屋を見たい衝動にかられた。

「遊びに行ってもいいかい」

「いいわ。きたないところよ」

「今日、いまから――」

 民子はびっくりしたように身体を起したらしく、脚がふいに動いたが、直ぐ短い笑い声が彼におちてきた。へんに乾いたような響きをのこして、それはすぐ止んだ。

 十分の後、彼等は立ち上って、土堤にそって歩いていた。疲れが収まったので、彼もいくぶん元気が出た。河のむこう岸を綺麗(きれい)な色の自動車が走っていたが、彼が指さしてやっても、民子には見えないらしかった。

「あたし眼が悪いのよ。ずっと前から」

「眼鏡かけた方がいいな」

「おお、いやだ」

 民子はわざとらしく、そう言ったが、語調をかえて、

「でも、眼鏡かげた人好きよ」

 そして民子は眼鏡をかけた女流名士の名前を二三挙げた。婦人雑誌ででも覚えたものらしかった。

「あたしも偉くなりたいわ。早く」

「そんな偉くならなくてもいいだろう」

「なりたいわ。馬鹿にされずにすむもの」

「今だって、馬鹿にしやしないだろ、誰も」

 民子は頸(くび)をふった。そして少し冗談めかした口調で言った。

「判らないわ。あなただって、あたしを馬鹿にしてるでしょ。飲屋の女だと思って」

 あとの方は真面目な調子になったので、彼は民子の顔をちらと見た。民子はきつい眼をしていた。

 駅まで来たら、果物屋があって、また民子はいろんなものを食べたがった。そこで林檎などを買って、電車に乗った。電車は混んでいて、自然彼は民子と身体を接して立たねばならなかった。くっついていると、民子の身体は肉が薄くて、ひよわな感じであった。丸いものが当ると思ったら、それは民子が手にした林檎であった。民子は首をまげて、窓の外をながめていた。かなしそうな、ぼんやりした民子の表情が彼の前にあった。虚しい哀憐の情が彼にあった。それは民子をあわれむのか、自分をあわれむのか、彼にもはっきりしなかった。そんな彼等をのせて、吹きぬける風の中を、電車は走って行った。

 民子の家は、ごみごみした家並の、露地の奥にあった。急な階段がついていて、そこは暗かった。民子の部屋は、二階の一間であった。あたりの家も不規則な建て方をしているのを見れば、ここらあたりは震災にも焼け残った地区らしかった。階段をのぼるとき、民子は階下に気がねするように、低い声で、あぶないのよ、とささやいた。

 民子の部屋は畳が古ぼけていて、襖(ふすま)にはいくつもつぎがあたっていた。貧しい調度があって、壁には見覚えのあるあの灰色の上衣がかけてあった。それを見たとき、彼の胸のなかで、民子がぐっと身近に寄ってくるのが感じられた。しかし民子は座布団を彼の方に押しやりながら、彼をここに連れてきたことをちょっと後悔するような表情をした。

「いい部屋だね。まったくいい部屋だ」

 彼はそう言った。そうして四辺(あたり)を見廻した。自分の言った言葉が大して意味はないにも拘らず、重い意味をもつものとして、彼におちてくるのが判った。しばらくいろんな会話をした。つまらない話題ばかりであった。民子は林檎の皮を剝き出した。

「この部屋にいつまでも住んで行く気かね」

「追い立てられてるのよ。ここも」

 民子は林檎の皮をむきながら、そう答えた。ゆるくたばねた髪が額にふさふさとかぶさって、民子はうつむいて一心にナイフを動かしていた。彼は視線を窓の方にむけた。窓は屋根屋根の風景を収めていた。窓硝子のひびの入ったところを、紙片で補綴(ほてつ)してあって、それが次に彼の眼に入った。引きの強い紙らしく、けば立って硝子に貼りついていたが、それに黒いインクで小さな文字が書かれてあった。彼はすこし顔を近づけてその文字を読んだ。

「……宮司村大字拾七番地椎野貫太郎長男トシテ大正参年弐月拾五日出生」[やぶちゃん注:梅崎春生はいい加減に村名をつけたのかも知れないが、梅崎春生の故郷である福岡県に宮司(みやじ)地区がある(全国的に宮地という地名は多いが、宮司はそう多くない)。福岡県福津市宮司があり、その周辺の接する地名の一部にも「宮司」がついている。春生の実家は福岡市内であるが、私はここでは、この地名を採ったもののように感じている。]

 読んでいるうちに、彼の頰は力んだような感じとなり、幅の広い眉のあたりが薄赤くなってきた。それはこの間手渡した戸籍謄本の切れ端にちがいなかった。汚れた硝子に貼りついて、窓の外の風景をさえぎっていた。

「とうとう切れなかったわよ」

 そのとき民子が甲高い声をたてた。民子の小刀から林檎の皮がくるくる巻いて、えんえんと垂れ下っていた。垂れている長さは三尺ほどもあった。民子は邪気のない眼で、うながすように彼を見た。

「僕と結婚しないか」

 とつぜん彼は言った。そしてあわてたように坐りなおして、両手を膝においた。

 民子もびっくりしたように、坐りなおした。林檎の皮は渦を巻いて、畳におちた。ナイフを掌にしたまま、民子は急に短い愚かしい声を立てて笑ったが、笑いやめると、押しひしがれたような惨めな表情になった。

「そんなことなの。どういうこと……」

 彼女は言いかけて口をつぐんだが、ぐっとあかくなった顔を立てて、こんどは早口に言った。

「そんなこと出来ないわ。まだわたしは若いし……それに馬鹿なんだから」

 そう言うと、民子の顔は急に堅く凝った[やぶちゃん注:「こごった」。]ようになり、どこか驕慢(きょうまん)な感じにもなった。

 その顔を見つめながら、彼は頭のなかを流れ去るいろんなものを感じていた。それは形もない、色彩もないものであった。自分がその中で微粒子のような位置にあることを、彼は意識した。彼はどもりながら、さっきの言葉をも一度くりかえした。

 

 二箇月経って、ふたりは結婚した。すると民子はすぐに身ごもって、まもなく子供を産んだ。男の子であった。民子は一日中、おむつを洗ったりお守りをしたり、家の用事をしたりした。忙がしいことには、あまり不平を言わないようであった。貫十郎はその点で民子に満足していた。

 貫十郎は少しまた肥って、時には本を買う客に愛想を言ったりした。酒は相変らず飲んだ。民子はそれにも不平は言わなかった。ふたりとも平凡に満足しているように見えた。

2021/07/30

ブログ1,570,000アクセス突破記念 梅崎春生 朽木

 

[やぶちゃん注:昭和二二(一九四七)年十二月発行の『文学 季刊』第五号に初出、翌年八月刊の講談社「飢ゑの季節」に所収された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。文中に注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが本未明、1,570,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021730日 藪野直史】]

 

   朽  木

 

 ……ときどき誰かが私にはなしかける。それはあつい膜を隔てたように、意味も内容もわかちない。遠くはるかな国から流れてくる声のようだ。しかしその度に私はうなずいたり、唇のはしであいづちをうったりしながら、そしてまたとろとろと眠りに入ってしまう。何か堅くつめたいものが、始終私の脇腹を押している。掌を額にあて、それによりかかって私は眠っているらしい。身じろぐたびにどこかで堅く重いものが軋(きし)るらしく、ぐるぐる同心円を描きながら次第に私はうすらあかりに浮びあがって来る。深い霧のなかからぼんやり物の形が現われるような風で、昏迷におちていた私の意識も、すこしずつ黒白をはっきりし始めてくるらしかった。

 抵抗を感じながらけだるく開いた瞼のあいだで、外象がそれぞれぼんやりと形をとりはじめた。掌にあてていた顔の半分がねばっこく濡れていて、そして気がつくと私は妙な車のようなものに身体を曲げるようにして腰かけていた。

 トロッコから三方の外蓋をとり外したような形で、くろずんだいろのその手車は、鉄の把手(とって)のついた外蓋を一方だけ残していた。脇腹をつめたく押していたのはこれである。身体を動かすたびに軋るのは、腰かけた台をささえる古びた車輪であるらしい。眼の前から混凝土(コンクリート)の床がぬめぬめとひろがり、電燈のひかりの及ぶもっともっとむこうまで、細長く帯のように連なっているらしい。彼方はふかい闇である。闇をながい天蓋がささえている。その下に梱包(こんぽう)がところどころ積んであるのを見れぱ、これは駅の歩廊にまぎれもなかった。

(そうだ)と、とつぜん私は頭のすみで憶い出した。(あれから電車に乗って、そのまま眠りこんだらしい。起されたのが此の終点で、おれはあの長い歩廊を、ぶったおれそうになるのを耐えながら、此処まで歩いて来たのだ)

 口の中に酒精のにおいがのこっていて、からだの内側は熱っぽく乾いていた。先刻こちらにあるいてきながら、もう戻りの電車は出ないのかと訊ねたら、帚(ほうき)をもって歩廊にいた若い駅員がじろりと私を見返して、終電はとっくに出たよ、と無愛想に答えたのだった。私を乗せて来た空の電車は、車庫に入るらしく、人気の絶えた車内にあかあかと燈をともして、そのとき私のそばをゆるゆると逆行していた。吊皮だけが同じように揺れているのが、へんに印象的だった。そして私はぼんやり眼をひらいて遠くをながめていたのだ。改札のちかく荷受台のところが鍵の手になっていて、そしてそこに五六人のうずくまったちいさな人影を、私の視線は茫漠ととらえていた。ここで一夜をあかすとすれば、やはり風とひかりを避けたあのような片すみが適当なのだと、酔いでみだれた頭で私はしきりに合点した。それからがたぴしよろめきながら、私はここまであるいて来たのだ。ずいぶん長い時間がかかったような気がする。そして逆行する電車のおとも、何時までも何時までもつづいていたような気がする。それから此の手車にこしをおろして、隣にいる男となにか話しあったような記憶がある。男の話をききながら、うとうとと私はねむりこんだのだろう。「眼が覚めたかい」そのとき隣から声がした。「煙草もってたら一本お呉れよ」

 軽く舌のさきで流すような口調である。この声と眠る前まで私ははなしこんでいたのだった。そうだ。それは船や波止場や熱い風のことを話していたのだ。だんだんはっきりしてくる。ポケットを探りながら私はからだをその男の方にむきかえた。車輪がギイと鳴った。

「何時ごろだろうな」

「さあ」男は軽くあくびをした。「もうそろそろ夜明けだろう」

 押しつぶれて板のようになった箱をひらくと、平たくなった莨(たばこ)の棒が四五ほん、麻雀の籌馬(チューマ)みたいにならんでいた。マッチをすって火をつけ、しばらくだまって煙を吸った。ざらざらになった舌に、煙はへんないやな味がした。男は胸のひらいた派手ないろの襯衣(シャツ)をきている。鼻のしゃくれた浅黒い顔をしている。しだいに記億がもどってくる。――[やぶちゃん注:「籌馬(チューマ)」読み方は「チョーマ」が一般的のようだ。麻雀で用いる点棒のこと。]

 鍵の手になった白い壁にそって、四五人がよりかかってうずくまっている。そろって膝な抱き、頭をふかく埋めている。荷受台の下にもひとり横になっている。ほとんどが襤褸(ぼろ)のかたまりだ。裾から見える両脚は、まるで牛蒡(ごぼう)のようだ。煙をふかぶかと吸いこみながら、私は暫くそれをながめていた。酔いがまだからだをみたしている。部分部分の感覚は正気にちかづいているのに、ぜんたいとしてはまだぶよぶよと呆けているのだ。前の夜からの記憶がさだかでないのが不安なので、頭や皮膚にのこる後感を心の中で手さぐりしていると、なにか幽(かす)かにつきあたるものがあった。それはそして記憶の形をなさないままながれてしまう。[やぶちゃん注:「後感」「こうかん」と読んでいるか。ある体験の後の感覚という意味であることは分かるが、私は使ったことがないし、小学館「日本国語大辞典」にも載らない。]

「で、それからどうしたね」

 なんだかそれではっきりしたようなつもりになって、私は男に話しかけた。そして短くなった莨をしきりに吸いこんだ。煙の影が白い壁にうすくみだれる。男は莨のすいさしを指で器用にはじきとばした。混凝土の床で赤い火は吸いこまれるように消えてしまう。

「それで出撃というわけさ」

 男は満足したような落ちついた声で答えた。

「擬装だというのでね、馬鹿な話さ、マストから甲板から木の枝をうえてよ。島にみせかけようというんだ。だいいち島が動くかい。波止場をはなれて一時間たらずさ。まだ港が見えていたんだ。そこに空から飛んできたというわけなんだ」

「何という船だったっけ」

「そら、海二十九さ」

 そうだ。この男は第二十九号海防艦の乗組兵だったのだ。そう私は思いだした。思いだしたつもりになっただけで、他への聯想(れんそう)はなにもうかんでこない。[やぶちゃん注:「第二十九号海防艦」「海防艦」は日本海軍の沿岸防御用の軍艦のこと。小型で喫水の浅い小戦艦や、大型砲艦のようなものもある。「第二十九号」のそれは、昭和一九(一九四四)年八月八日竣工(日本鋼管製)で、昭和二十年五月二十八日、触雷して航行不能となり、戦後の昭和二十二年、佐世保で解体された(ウィキの「丙型海防艦」に拠る)。以下の展開は、しかし、事実に基づいていない。]

「おれは高射機銃の第一射手だろう。かまえて見ていたんだ。ゆっくり旋回する。丁度(ちょうど)真上をゆきすぎる。一回目はおとさないんだ。いつもあいつはそうなんだ。二回目がこわいのだ。おれはそれを知っていたんだ。ぐるっと向うの方まで行って方向を変えようとする。おれはそのとき身体がつめたくなるような気がして、顔をあげてあたりを見廻したんだ。甲板を右往左往して叫んでいる。手すりのむこうは海だわな。おっそろしく青い海だ。どこまでもどこまでも拡がっている。みんなは気ちがいのような眼になって、飛行機をながめているんだ。大きく旋回して機首をこちらに向けた。それから――おれはどうしたと思う」

 舌をまるめるようにして軽やかにわらった。

「おれはぱっと走りだしたさ。手すりをこえるとき、甲板士官がなにか大声でさけんだっけ。何とさげんだかわからない。まるでしめころされる女みたいな声だった。何かに二三度ぶつかりながらおれは落ちて行った。海面でぴしゃっと身体をたたかれて、それから水飴みたいにねばっこい水の中を、おれはむちゃくちゃにもがいたさ。スクリュウに巻きこまれては大変だからな。口から鼻から塩水がはいる。苦しくてしかたがないのに、いくらあばれても海面に浮びあがらないのだ。どのくらいもぐっていたのか知らないが、ほっとあたりが明るくなって、ぽっかりおれは浮きあがったという訳なんだ。おれは無茶苦茶に空気をすいこんだよ。見るとおどろいたねえ、二百米位先で、海二十九がそのとき爆発したところなんだ。只一発で命中したんだ。あれじゃあ乗組員も逃げる間もありやしない。皆こなごなだろう。またたく間に焰のかたまりが沈んでしまって、旋回していた飛行機も行っちまって、それからへんにしんとしちゃってねえ。日がぎらぎら照っているし、海は鏡みたいに静かだし、おれは背中を下にしてぼんやり浮いていたんだが、顔のところが変な感じなんで、ふと手をやってみたら、真紅な血だ。びっくりしてねえ、それが何でもありやしない。ただの鼻血だったんだ」

 男は鼻をちょっとすすって、また軽やかなわらい声をたてた。

「それ以来、鼻血がでる癖がついて仕様がねえや」

「それじゃお前」視線を壁の方にうつしながら私はこたえた。「敵前逃亡としうわけじゃないか」

「そんなことになるかな」と男はまた短くわらった。

「あとで大発にひろわれたとき、ごまかすのにほんとに骨折ったよ。皆死んじゃっているのに、海に浮んでたのはおれだけだからな。しかもかすり傷ひとつ負ってねえ。爆風で吹きとばされたとかなんとかねえ」[やぶちゃん注:「大発」大発動艇(だいはつどうてい)の通称。一九二〇年代中期から一九三〇年代初期にかけて開発・採用された大日本帝国陸軍の上陸用舟艇。は大発(だいはつ)。また、陸軍と同型の大発を相当数運用した海軍においては、十四米特型運貨船の名称が使用されていた(ウィキの「大発動艇」に拠った)。]

 壁によりかかって眠っている四五人のひとりは女であった。九月だというのに、まだ白い浴衣(ゆかた)を着ている。顔をうずめているから顔は判らないが、豊かな体つきであった。頭をうずめてかるく割った膝の、もっとおくは白瓜のような腿のいろで、私が眺めているのはそれであった。その女によりかかるようにして寝ているのは、十四五になるらしい少年である。これは顔を埋めていない。手足の割に大きな顔を、女の肩と壁に半々にもたせて、白眼をわずか開いて眠っているらしいのが、なにか脅えたように突然からだを動かして、くるしそうな声で何か叫んだ。その声に自分でびっくりしたらしく、ごそごそと起きなおった。

「あにき。あにき」

 今度ははっきりとそう言った。そう言いながら手を前に伸ばして、空間を手さぐるような形をした。

「ふん。ねぼけてら」

 隣の男がひくい声で呟いた。そして少年は意識をとりもどしたらしい。ぼんやり開いた瞳にしだいに暗くずるそうな光がもどってきて、しきりに背中を壁にこすりつけた。そのたびに女の体が邪険にゆれて、女は少年の方からしりぞくように肩をずらし、ゆっくり頭をもたげた。

「なぜそんなに動くのよ。なぜあたしを起したりするのよ」

「ナマ言ってらあ」[やぶちゃん注:「ナマ」「生意気」の略。]

 少年はいやしく口をゆがめて、はぎすてるように言った。それは何か憎しみをおびていて、そのくせ少年の視線は弱々しく女から外れた。女の眼はそれを追って不安定にうごくらしかった。ちょっと見るとととのった感じの顔だが、視線に光がなくて、口辺にうかんでいるのは痴呆めいたうすわらいであった。

「こいつ、馬鹿なんだよ。兄貴」

 少年は私達の方にむかってそんなことを言った。ずるそうな口調であった。隣の男がふと興味を感じたように女に話しかけた。

「ここに長いこといるのかい」

 女はびっくりした顔になったが、すぐもとの放心した表情になって、抑揚のない低い声でこたえた。

「――そんなに長くはないわ。ずっと弱ってたからね。そら、お母さんが死んじゃったでしょう。着物だってこれっぎり、あとは屋根うらにかくしといたんだけれど、お祭りの晩におまわりさんが来てね。ねえ、あんたおまわりさん?」

「おれはおまわりじゃないよ」

「そう」女は急に安堵したような表情になった。「それで安心したわ。高い塀(へい)が立っててね、向日葵(ひまわり)なんかが咲いているのよ。窓から首を出して歌なんかをうたってるの。おなかがとってもすいたのよ。泣きながら線路づたいに走ったわ。八王子に兄さんがいるからね。食べるものが芋(いも)でしょう。芋だって高いのよ。だから呉れというの。そうするといくらでも持ってけとくるでしょう。そして頰ぺたなんかくっつけて来るの。あんた食べるものなにか持ってない?」

「ちょっとおかしいな」男は誰にともなくそう言った。

「おれは梨をもっているんだが、こいつは商売ものだよ」

「売りに行くのかね」と暫くして私が聞いた。

「そうだよ」男は手を伸ばして、足もとにおいたこぶこぶにふくらんだ袋を撫でるようにした。「ゆうべは一足ちがいで終電車をにがした」

「梨ひとつ呉れない?」女が突然口をはさんできた。「あたしとてもひもじいのよ」

 男はそれに返事をしなかった。なにか考えこんでいる風(ふう)だった。

 やがて沈んだような声になってぽつんと私に問いかけてきた。

「昨夜は酔っぱらっての乗越しかい」

「まあそんなものだ」

「どこで飲んだんだね」

 昨夜のことを考えるのは苦痛なので、私は黙って女の方に視線をうつした。それを感じたらしく女は指で膝前をかき合せるようにした。私はそのとき兇暴な眼付をしていたのかも知れなかった。女は肩をすくめるようにして身ぶるいをしたらしい。その側で少年はふたたびうとうとと眠りかかっていた。隣で男が軽くあくびをした。

「さあ、一眠りすれば夜明けだい」

 女の白い脚のいろが残像のようにのこっていて、ふしぎな嫉妬がしだいに私の胸をいっぱいにしはじめていたのである。

(ふじ子もあんな白い肌を写真にとられたにちがいないのだ!)

 男は身体をかがめて袋の紐(ひも)をしっかりむすびなおしながら、斜にちらと私の顔を見上げた。陰翳(いんえい)をふくんだ妙な笑いが頰をかすめるようにはしった。

「眠ってるうちにかっぱらわれると大変だからな。こいつらはほんとにやくざな奴たちだからな」

「ひとつ分けてやれよ」と私はそっけなく言った。

「いやだよ」男は結びあげた袋を脚ではさみ、おおいかぶさるように眠る姿勢になった。

「やったって何にもなりゃしねえ。そんなことをおれはしねえたちなんだ」

 女は梨のことなどすっかり忘れはてた顔になって、ぼんやり遠くの方をながめているらしかった。よごれた白い壁が女の背にあった。乏しい光のなかで、それはさまざまのしみを浮ぺていた。何故白い壁には、人間がかんがえつかないような形のしみや模様が、いつのまにかできてしまうのだろう。ふじ子の部屋の階段から登り口のところにも、白いよごれた壁があった。それに赤いしみと青いしみがついていた。赤いインクと青いインクのしみであった。それがふしぎに、赤いのは女の立った形に、青いのは男の立った形に酷似していた。それらはむき合って立っていた。どうしてこんな形にインクをこぼしてしまったのだろう。ふじ子の部屋に泊るたびに、私は枕に顎(あご)をのせて、此の壁の像に見入っていた。昨夜もそうだった。私は赤い女のレインコオトや、青い男の鳥打帽までも、はっきりその輪郭から感じとっていた。それはふたつとも、言いようもなく感傷的なポオズだった。私がそれに見入っている心の感じから言えば、私はあるかすかな嫌悪をおさえつけているようであった。その輪郭はうすれて、むしろ色褪せた感じであった。ふじ子が誤ってふりかけたインクの筈ではなかった。幾代も幾代も前のこの部屋の住人がこぼした跡にちがいなかった。色はぼんやり古びていて、リトマス試験紙のいろを聯想させた。その色あいに私が嫌悪をそそられているのかも知れなかった。その壁つづきにふじ子のまずしい家財があった。ふるぼけてがたがたになった食器棚や、壁にかけたくすんだ色の着物。ふじ子はまだ若いのに、何故こんな地味なものを着るのか。派手な着物は売りつくして、死んだ母親のものを着ているのに相違なかった。着物ひとつ買ってやれないという程度でなく、着物を売食いしているのをすら、手を束ねて私は眺めている他はなかったのだ。私は収入の乏しい小役人だったし、ふじ子はある個人商会の女給仕だった。二十四にもなって女給仕だなんて。ときに私がいぎどおろしく、また惨めな気持にそそられてこんなことを口走ると、ふじ子は真面目なかおになってそれをさえぎった。

「だってあたし、小学校も卒業していないのよ。みんなみんな良い人なのよ」

 ふじ子の肌はしろくて熱かった。私が泊ると翌朝は必ず、階下の家主から厭味を言われるということであった。それをふじ子は辛がった。

「でも一緒になったら、あたしたちもっと不幸になるわね。今のままが一番いいのよ」

 だから時期が来るまで待てぱいいという私の言葉を、ふじ子はうたがわず信じていた。ふじ子は私を信じているだけではなかった。世の中にあるものをすぺて信じていた。また将来にきっと暮し良い時代が来て、そこで人々の善意にかこまれて生きている自分を空想していた。その空想はふじ子にとっては言わば確信であるようだった。だからふじ子のいつもの表情に暗いかげはなかった。ただ金に困って何か着物でも売りたいと私に相談したりするときだけ、ふじ子の顔には暗く翳(かげ)がさした。私がだまって腕をくんでいると、ふじ子はあわてたように言葉をつぐのだ。

「いいのよ。いいのよ。私なんかもうこんな派手なのは似合わないのよ。今売ってしまったって、また金が出来たとき買いもどせばいいわね」

 そしてそれが金にかわると、昔五十円で拵(こしら)えたのが、九百円にも買ってくれたと、びっくりしたように私に話すのだ。ふじ子はもうその喜びをかくすことが出来ない。マアケットの古着屋のおじさんがどんなに好意にあふれた善良な人物であったかを、私に判らせようとしてふじ子はどんなに言葉をつくすことか。そしてだんだん私が不機嫌になってくるのを見て、ふじ子はわけがわからない途惑(とまど)った表情になって、かなしそうに私を見上げながら言うのだ。

「ではこれで御馳走を買って来て食べましょうね」

 そして私達はしみのある壁にふたつの影法師を投げながら、うすぐらい燈の下で、貧しい食事をしたためる。ふじ子はおいしそうにたべる。どんなものでも私と一緒にたベるときはふじ子はおいしいというのだ。ふじ子の顔は色がしろくて円い。頰がふっくらしている。食事をするときはなおのことそうだ。会社に出入するある「お客さん」が「空飛ぶ円盤」という綽名(あだな)をつけたと言って、ふじ子は時々思い出して笑うのである。ふじ子の写真をとったのはそのお客であった。それを昨夜私はふじ子を間いつめて知ったのだった。[やぶちゃん注:「空飛ぶ円盤」今は知らぬ者とてないが、実はこれは出来立てほやほやの新語であったのである。この半年足らず前の一九四七年六月二十四日、アメリカ人実業家ケネス・アルバート・アーノルド(Kenneth Albert Arnold 一九一五年~ 一九八四年)が、アメリカ西海岸のワシントン州のレーニア山附近上空を自家用機(単発プロペラ機)で飛行中、当時としては信じられないほどの高速で、編隊飛行をする九つの「三日月形」の奇体な物体を目撃したというのが始まりである。彼は新聞記者の取材を受けた際、「水面を ‘saucer’(受け皿)が跳ねながら飛んでゆくような独特の飛び方をしていた」(所謂、水面に石を飛ばして遊「水切り」のような運動を想起するとよい)と語ったことから、‘flying saucer’ という名称が独り歩きした結果、生まれた語で、その後に大発生するそれが、何故か円盤になってしまうという点で都市伝説の形成として面白いのである。因みに、私は小学校六年から高校時代まで、自分で「未確認飛行物体研究調査会」という会を作って漫画雑誌に募集をかけ、私を含めて僅か三人でやらかしていた人間である。]

「でもあの人は芸術家なのよ。ほんとうに芸術的な立場から写真をとりたいと言ったのよ」

 着物をすっかり脱いで撮らせたのかと、詰問しようとする声調がふいに力弱くなるのを感じながら私が言ったとき、ふじ子は子供のように素直にうなずいた。

「上半身だけじゃ金を払えないと言うんですもの」

 私が黙っていると、やがてふじ子も悲しそうに黙ってしまった。ふじ子の給料が自分の口をやしなうにも足りないこと、段々売りに出すものも底をついてきたこと、それらのことを私は身体の熱くなって米るような衝動に耐えながら考えていた。そのことも私の責任であるのかも知れなかったが、私としてはどうするすべもなしことだった。ふじ子がつとめている会社は、ある新興の個人店であった。そのことだけで私はその会社の内容が想像出来た。したがってそこに出入する客というのも、派手な洋服やぞろりとした和服をきた卑しげな顔つきの男たちを、私は想像のなかにうかべていた。ふじ子の身体の写真をとった男というのも、やはりその類の男であるに違いなかった。その男のふじ子に対する、舐(な)めるような興味や嗜欲(しよく)をかんがえたとき、私は憤怒に似た暗く濁った亢奮(こうふん)が胸のなかに湧きあがって来るのを感じていた。やがてふじ子はふと思いついたように呟いた。

「金をもらったから、これで御馳走買って来ましょうね」

 買物包みをもってもどってきたころは、ふじ子はすっかり明るさを取りもどしていて、自分の肌を見せたことなどすっかり忘れはてた風だった。そしていそがしく膳ごしらえをした。押入の中からビイル瓶につめた液体を膳の上に立てた。これもそのお客が帰りに呉れたというものだった。

「これ本物のウィスキイよ、本物だっていう話なのよ」

 膳の上にごたごたならべられたのは、マアケットで売っている一個五円のコロッケや、黄色いわさび漬や、佃煮(つくだに)や、昨日のものと思われる揚物(あげもの)などであった。それらは膳いっぱいにひろがっていた。膳の上にのりきれない程であった。ふちの欠けた湯呑にウィスキイを注いだ。口にふくむとへんに舌ざわりが刺激的で、酒精のにおいがするどく口腔の中にひろがった。ふじ子は膳の上のものに箸を迷わしながら、喜びにあふれたような声でひとりごとのように言った。

「まあすてき。こんな豊富な夕食は天皇さまだって召し上らないわね」

 そうだ、ふじ子。ソロモンの王様だって、こんなに高価な代償をはらった豪華な食事はとらなかっただろう。何故かはげしい羨望の念をふじ子にたいして感じながら、その瞬間私はそう胸のなかで呟いていた。ふじ子は円い顔をたのしそうにほころばせて、自分も湯呑のウィスキイを少し舐めたりした。

「まあ、本物ね。此のウィスキイはほんとに本物だわ」

 そして私はもはや酔っていたのだ。飲んで飲んで酔いたおれたい気持だけが、しきりに私を駆っていた。写真機の前にたったふじ子の裸のすがたが、酔った頭の中をしきりに去来した。羽毛をむしられた鶏を私は思い浮べていた。やがて私はふじ子に、どんな風の部屋だったとか、どんな風に着物を脱いだとか、そのとき男はどうしたかとか、そんなことをくどくどと執拗(しつよう)に問いただし始めていたのだ。――

 深夜の此の駅の白い壁を、そして今私は眺めているのであった。少年も女も、またもとの姿勢にかえって、しんしんと眠りに入るらしかった。隣の男もからだを伏せて、もう微かないびきを立てはじめるらしい。眼を覚ましているのは私だけであった。駅の構内はがらんと静まっていて、ときどぎ風のおとがした。歩廊の天蓋に点々とともる燈から、光の輪がつぎつぎならんでおちていて、その輪のひとつずつを順次に、塵埃(じんあい)がかろやかに騰(のぼ)った。風の速度がそれで判った。脚をふと手車の下にずらすと、靴の踵(かかと)がなにかぶよぶよしたものに触れた。車輪がぎいぎいと鳴った。身体を曲げて手車のしたをのぞきこんだ。

 顔の長い小柄な犬が手車のしたにねそべっていた。

 私の気配をかんじたのか薄眼をあけてこちらをちらと見たらしい。かすかに身動きしてまたふかぶかと瞼をとじた。曲げた脚が骨のままに細く、皮の毛は地図を描いたように処々すりきれていた。垂れた耳には毛は一本もなくて、まるでブリキみたいに堅そうな感じであった。うすくらがりの中で、その灰色の犬の形を私はまざまざと見ていたのであった。頭をさかさに垂れているせいで、顔中がはじけるように熱苦しくなって来る。しばらくして私は顔をあげた。もとの風景がまた眼の前にあった。頭に一斉に血がのぼったせいか、風物があからみを帯びていて、吹いてゆく風のおとが耳鳴りにまじって、へんに倒錯した感じであった。そして冷気がするどくせまって来た。

 まだ夜明けは遠いらしい。此のしずかさの中で私ひとりが目覚めているということ、それが次第に私にはおそろしいことに思われ出した。手車の外蓋に腕をおき、しめって冷たくなった服の袖に顔をおしあて、やがてこみあげてくる混乱した想念を、私はひとつひとつ押しつぶしながら、麻をひっかきまわしたような断続した悪夢のなかに、うつつとも知れず引入れられて行った。……

 

 しきりにぎいぎいと車輪がきしむ。重くつめたく執拗にその音は、ぼんやりと意識のなかにはいって来る。昏迷した意識で私は、あのごわごわした犬の耳の感じを、嘔(は)きたいような感じと共に思い浮べていた。そんなに手車を押したら、あの犬は轢(ひ)かれてしまうではないか。薄明のなかで私は懸命に気をもんでいる。意識が混濁したままするどく尖って、しきりにそこに走るらしい。あの冷たく重い鉄輪に轢殺(れきさつ)される感覚を、私は疲労した肉体のどこかにまざまざと感じとりながら、そこから脱出しようと必死に身もだえしている。ある現実的な気配がそのあつい腰をやぶって、いきなり皮膚を冷たくする。私はそしてどろどろした沼の中から浮き上るようにして目が覚めた。

 女が私の前にいた。

 私に横姿をみせて、白い浴衣の脇あけから軟かそうな皮膚が鳥肌になっていた。女の手がかすかに、そして素早く動いている。手のさきは、隣の男の果物袋の口に触れているのだ。紐がずるずると解かれる。女の手が男を目覚まさないように、ふしぎなくねり方をしながら、袋の中に入って行く。淡黄色のすべすべした大粒の梨が、ゆっくり引出されて来る。そしてまたひとつ。その梨の肌になにか電燈の光とちがう白っぽい光があると思ったら、天蓋のかなたに夜がしらじらと明けはなつらしかった。女はぎょっとしたように身をすくめた。眠っている男が何か言いながら身体をうごかしたからである。女はそしてゆっくり私の前をはなれた。男はそれきり動かない、幽(かす)かないびきがふたたび始まる。

 女はもとの場所にもどって腰をおろした。胸をはだけて梨を入れ、両手でかたく襟(えり)をあわせるようなしぐさをする。安堵したような笑いが頬にうかぶ。あたりを見廻した視線が私にとまった。襟をおさえた女の指にふと力が入ったらしいが、そのくせ顔にはほのぼのと笑みをたたえて私をみつめて来る。その側で少年が薄眼をあけたような眠り方で壁によりかかっていた。

(あの笑いなんだな!)と何故ともなく私はいつまでも考えている。考えているだけで何も判りはしないのだ。ただ心の内側をなで廻しているだけだ。女はすでに私から視線かそらして、ぼんやりあちこちを眺めまわしているのに、私は何故か放っておけないような気がして、じっと女に視線をとどめている。口の中がねばねばして気持がわるい。酔いの醒めぎわのあの厭な悪感が、絶えず背筋をはいまわっている。歩廊にともった燈がしだいに光をうすれはじめ、遠くの森や家がくろく浮きあがって来た。女のすがたはしろっぽい暁方のひかりの中で、夜の感じを失って、だんだん生気をとりもどしてくるらしい。

 隣でとつぜん男が唸り出す。しぼりだすような沈欝な声で、ちょっととぎれてはまた呻きはじめる。袋を脚ではさんだまま、上半身をそれにうつむけているのだが、手指が袋の外側を搔くようにしながら、段々苦しそうな声が高まってくる。額が汗でびっしょりだ。うつむいた顔に眉根をよせて、海防艦二十九号の旧乗組員は暗い翳(かげ)を顔いっぱいにたたえて、しきりに袋をかきむしる。呻声(うめきごえ)はひとをおびやかすような響きを帯びて、しだいに切迫して来る。女はふしぎそうな面もちでそれを眺めている。私はだんだん耐えがたくなって来る。少年やその他の連中も眼をさますらしい。欠伸(あくび)の声がする。

「おい。おい」

 肩に手をかけて私はゆさぶった。男の首ががくんと揺れて、はっとしたように顔をあげた。表情を失った放心した眼が私におちる。やがてその眼にゆっくりと光が戻ってきた。

「……夢をみていた」

 吐息と一緒に男はしばらくしてそんな言葉をはきだした。まだ夢が身体にのこっているような具合で、男は派手な襯衣(シャツ)の袖をしきりにひっぱった。

「ずいぶん苦しそうだったよ」

「……くるしかったなあ。ほんとにくるしかった。海の中におっこちてさ――海ん中におっこちて、それから無茶苦茶にもがいたんだが、なんだか海藻みたいなものにからんでさ、脚や手にべたべたまきついて来てさ、どんなにしても浮き上らねえ。呼吸がくるしかったなあ。ほんとにほんとにくるしかった」

 男はだんだん調子を取りもどしてくる。額にばらばら乱れ落ちた髪を乱暴にかきあげた。

「うん、そうだ」舌を丸めるような元の口調になる。「さっきお前にあんな話をしたからだ。それできっと思い出したんだ」

「そう。そんなことはよくあるよ」

「――まったくそっくりだった。死ぬかと思った位だ」

 男はゆっくり顔をうごかして遠くを眺める眼つきになった。

「夜があけたんだなあ。もう始発がやってくるよ」

「で、そんな夢をときどき見るのかい」肩にのしかかるにぶい苦痛を押えながら、暫くして私が聞いた。

「え。ああ夢のことか」男は手巾(ハンカチ)を出して首筋のへんを拭いた。「あまり見ねえな。見てもすぐ忘れてしまう」

「戦友のことなど思い出さないかい」

「戦友って軍隊のか」

「海二十九に乗ってた連中だよ」

「うん」急に冷淡な口調になって男はうなずいた。「思い出しもしねえな。思い出そうにも名前なんか忘れてしまった。ああ、あの甲板士官は何て名前だったっけ。四国の男だと言ってたが――」

 夜明けの光に浮き上った男の健康そうな顔が、突然言葉を止めて凝縮した。

「おかしいな。紐が解けている」

 急に兇暴ないろが瞳にあふれて、男は袋の口を押しひろげて中をのぞぎこんだ。そして紐をかたくしめなおしながら、四辺をぐるりと見廻した。

「たしか紐を締めておいたと思ったがなあ]

「締めわすれていたんだよ」と、私はふとこみあげてくる嘔気(はきけ)をおさえながらそう答えた。「忘れることはよくあることだ」

「そうかも知れないな」男はなぜか弾けるような声を立てて短くわらい出した。「お前食いたいなら、ひとつやろうか」

「そうだな」私は自分の食欲をちょっと確めてみた。「食いたくないけれど、呉れるなら貰うよ」

 よし、と言いながら男は堅くむすんだ紐を、また力を入れてほどいた。生気にあふれたその横顔を眺めながら、ある茫漠たるものが、しだいに胸の中で形をとりはじめて来るのを私は感じていたのである。私は低い声で言った。

「皆にも分けてやんなよ。みんな腹へらしてんだろ」

「いやなこった。腹なんぞへらしているものか」

 男から受取った梨ひとつを、私は掌にのせていた。それは実質のある重量感であった。私はそれをポケットにしまった。

「しかしこんな重いものを毎日かついで動き廻るのも大変だな。ずいぶんもうかるのかい」

「そんなでもないさ」紐を再び締めて男はむきなおった。

「見せてやろうか」

 男はなにか真面目な顔つきになって、ポケットから厚い革の金入れをとりだした。それを開いて私の眼の前につきだした。その中に束となった紫色の紙幣を、私はある戦慄に似たものと共にはっきり見た。それは一寸位の厚さであった。すぐ金入れは鈍い皮のおとをたてて閉じられた。男の顔はむしろ堅く沈んだ色を浮べていた。だまって金入れをポケットに戻した。

「――おれは、朝という時刻がすきなんだ。さっぱりしていて、あかるくて」

 暫くして男がそう言った。

 駅の事務室に泊りこんでいたらしい駅員が、歩廊の水道で顔洗うのが見えた。ざわざわした朝の物音が、すでにあちこちから起りはじめて来るらしかった。男は靴のひもをしめなおすと、勢よく立ち上った。手車が強くきしんだ。

「おれはあっちで始発を待つぜ。おまわりなんかが来るとうるさいからな」

 袋をかつぎあげると私に背をむけたまま、また会おうぜ、と言いのこしたままあるき出した。靴裏が混凝土(コンクリート)に触れるたしかな音が、反響しながら歩廊の方に遠ざかって行った。私は軽く眼を閉じてそれを聞いていた。眼のふちが幽かにふるえて、それまで耐えていた悪感がしきりに背をはしった。

(あれはきっと悪いアルコオルだったにちがいない)

 昨夜から千切れ千切れになった記憶をむすびあわせようとしながら、私は次第に今日という日を負担に感じはじめていた。昨夜ふじ子は泥酔した私につきそって駅まで送って来たのだ。そのあたりをところどころ思い出せる。それから電車にのって終点まで眠りつづけて来たにちがいないのだ。そしてこんなに酔っぱらった私にたいして、あの男がどんなきっかけで軍隊のおもいで話などを始めたのか。それを酔った私がどんな具合に受答えたのか。何故昨夜はこんなに酔っぱらってしまったのだろう。

 そうだ。あのときはまだラジオがなっていたのだ。膳のものは食べてしまって、私ひとりがしきりに湯呑のウィスキイを傾けていたとき、ふじ子は窓にこしかけてぼんやり外を眺めていた。はっきり覚えていないけれども、裸になったという事をわざと執拗にふじ子に問いただしていた記憶もあるから、あるいはそれを避けるためにふじ子は窓の方に立って行ったのかも知れない。はっきりと胸に残っているのは、そのとき私はしめつけられるような哀憐の情で、窓にいるふじ子を眺めていたのだった。そして私は、ふじ子が裸を売って得た金で今私が酔い痴れていることを、はっきり意識にきざんでいたのだ。ふじ子を眺めるその気特を、此の意識が二重に裏打ちをしていた。頭のかたすみで私はなにかをせせら笑いながら、そのくせ腹の中をまっくろに凝りかたまらせ、肩を張ってわざとその状態を育てるように、しきりにやけつくような液体を咽喉(のど)に流しこんでいたのだった。そのとき遠い町の光に影絵のように浮んだふじ子の顔が、何か口ずさんでいるのにふと私は気づいたのだ。私は飲む手をやすめて耳を立てた。それは幽(かす)かな無心なうた声だった。

 

  夕やけ小やけのあかとんぼ

  追われてみたのはいつの日か……

 

 むこうの家のラジオがなっていて、それがふじ子の歌声に重なるのを見れば、ふじ子はラジオにつられてふと此の歌をうたい出したものにちがいなかった。ある言いようのないむなしさが私の身体を奔(はし)りぬけた。私はそれをごまかすために、あわててまたウィスキイを口の中に流しこんでいた。――それから記億がぼんやりしてしまう。ふじ子の背につかまって、暗い道をあるいていた。私は何かくどくどとあやまっていたような気もするし、また厭がらせを言っていたような気もする。そうだ。金などはつくってやるから、明日にでも沢山もってきてやるから、もうあんなことをやめるがいい、と何度も私はくりかえしてふじ子に言ったのだ。あんなことをやれば一生こころに傷を負うから、それは止めたがいい。そうするとふじ子は私を見上げてあえぐように言った。

「何でもないのよわたし。あなたはそんなに苦しまなくてもいいのよ」

 そのときは明るい街に来ていたような気もする。私はふじ子のその声と見上げた円い顔をぼんやり思いだす。それから暫くして、何故泣いているの、と私の背をしきりに撫でていたのだ。私は電信柱の根元にしやがみこんでいた。記億がそこらで前後しているのかも知れない。私はなぜしやがんでいたのか。嘔(は)きたくてそうしていたのか、それは何もわからない。その瞬間のふじ子の声と私の姿勢が頭にうかんで来るだけだ。それから駅の明るい燈や、電車を待っている人々や、そんなものが瞼にちらちらしたようだ。いつ改札を通りぬけたか覚えがない。足もとがむやみにふらつくから、今日はずいぶん酔ったのだなと、階段をのぼりながら考えたようでもある。歩廊に風に吹かれて立っていた。ふじ子とむかい合って立っていた。そうだ。私はそのとき、その姿勢のままで、ふじ子の部屋の壁のインクのしみを頭にうかべていたのだ。何故かそのとき私は非常に露悪的な気持になって、わざとふじ子の顔に私の顔をちかづけてみたりしたような気がする。ずいぶん長い間そうしていたような気がする。ふじ子はその間にこにこと笑みをふくんで私をみつめていたのだ。壁のしみのように私たちはむきあっていたのだ。いや、そうじゃない。わらっていたのはふじ子じゃない。それは梨をぬすみおおせた女が、壁にもどって私にわらって見せたのだ。一瞬前にぬすんだことすら忘れ果てたような、あかるいほのぼのとした笑いだった。少しも傷つかないレンズのように透明なわらいだった。……

「兄貴。おい。兄貴」

 耳のそばでそんな声がする。私はすこしうとうとしていたらしい。私を呼びさましたのはあの少年の声である。私のとなりに何時しか腰かけて、脚をゆすってわざと車輪をぎいぎいきしませながら、幅のひろい顔で私の方をのぞきこむようにした。そして私ははっきり眼がさめた。

「兄貴。病気じゃないのかい。顔色がひどくわるいよ」

 気がつくと待合室のあたりにちらほら人影が見えて、歩廊にはすでに制服の駅員の姿が隠見して、床に積まれた梱包(こんぽう)を次々動かしているらしい。天蓋の稜線に断(き)りとられた空は、鈍い灰色に曇り、やがて始発車がホオムに入って来るような気配であった。少年は汚れた襯衣(シャツ)を着こんでいて、私にわらいかける瞳はなにかずるそうに光った。

「ああ、病気なんだ」

 私は素直にそう答えた。視界がどこか白々しいと思ったら、壁にうずくまって寝ていた連中は、私の知らないうちに皆どこかに行ってしまったらしく、少しはなれた荷受台によりかかって、さっきの女がひとり梨をかじっているだけであった。さくさくと嚙む音がここまで聞えて来た。唾液にぬれた白いすこやかな歯を、私は女の唇の間に見た。

「病気かい。病気だろうなあ。おれも先刻からどうも変だと思っていたんだ」

 脚にぶよぶよするものがさわって、ぎいぎい鳴る手車の下から、そのときやせて惨(みじ)めな犬の首がのぞいた。少年の足先がその耳のあたりをしたたか蹴とばした。犬は弱々しい声で一声啼(な)くと、すこしよろめきながら歩廊の方に出て行き、脚を前後につっぱるようにして伸びをした。少年は乾いた声をたててわらった。

「ねぼけてやがら。あいつ」

 そして更に脚を揺って手車をぎいぎい鳴らした。

「お前、今からどこに行くんだい」

「今日かい。今日はねえ、仕方がないから田舎廻りだよ」

 どんな意味か判らなかった。問い返すのもものうく私がだまっていると、

「あいつ、淫売なんだぜ」すりよって低い声でいった。「あいつ頭が馬鹿になってんだけど、あれでいい稼ぎやるんだぜ」

「淫売がどうしてこんな処で夜を明すんだね」

「昨夜はあぶれたのさ、あいつ」少年ははげしく舌打ちをした。「ちぇっ。梨なんか食ってやがら。先刻のやみやが呉れたのかい」

 女をみつめる少年の眼はきらきら光っていた。女は身体でその視線を感じたらしく、こちらをふりむいた。おびえたように手の梨をうしろにかくすと、すこしずつ後ずさりはじめた。

「ふん、馬鹿にしてやがら」

 少年はそして私にふり向くと、心配そうな声で言った。

「病気なら早くなおしたがいいぜ」

「うん。わかってるよ」

「ふん。やっぱり病気だったんだな。病気なら、ねえ、兄貴。兄貴はさっきの梨は食わねえだろ」

 暗い可笑しさがふとこみあげて来て、私は頰をゆるめながらポケットを探った。冷たい梨の肌が手にふれた。私はそれをつかむと少年の方にさしだした。

「やるよ」

 少年は有難うとも言わずそれを受取り、だまって口に持って行った。歯が梨に食いこむ音がした。上眼使いに私を見ながら、少年は更に次の部分を嚙んだ。私はぼんやり少年の顔をながめていた。そのとき何故か私は、先刻軽く眼を閉じてあの男の靴音が遠ざかって行くのを聞いていた気持を、漠然と胸によみがえらせていたのである。梨を嚙むさわやかな歯音と、堅く確かな靴のひびきが、ある気持を橋としてひとつにかさなった。私は少年から視線をそらして、遠く歩廊の方に瞼をあげた。線路の遙かから電車がゆるゆる逆行して来る。あれが始発電車になるらしかった。私は立ち上った。長い間腰をかけていたせいか、腰のへんが凝るように痛んだ。

(別れるときあの男は、どんなつもりで金入れの中などを見せようと思ったのだろう?)

 紫色の紙幣の束を瞼のうらにあざやかに浮べたとき、不快な濁った亢奮(こうふん)が急速に湧きあがるのを感じながら、私は歩廊の方に足をひきずりひきずり歩き出していた。

 

 盛り場のまんなかがぽっかり脱落したように建物にかこまれた小広場になっていて、そこに今日も聴衆がぐるりと輪をつくっていた。その輪の中央に不思議な容貌の青年が大きな身ぶりで手摺(ず)れのした手風琴をひいていた。午前の曇天の鈍色のひかりが、そこにも静かにおちていた。

 青年の顔の中央にある鼻は、粘土のように黄色いセルロイドの代用鼻であった。顔全体を巨大な灼熱した物体が擦過(さっか)したような趣きがあって、あるべきところに器官が歪んでいたり、また無かったりした。髪だけが不気味なほど漆黒に、つやつやと光っていた。韻律は乱れながら小広場の果てに消えて行った。

 輪をつくって囲んでいる人々は、皆おなじようなひとつの表情をうかべていた。彼等の耳がその手風琴の曲目にとらわれるよりもっと激しく、彼等の眼はその青年の顔にそそがれていた。人々の表情はみな眉根をかるくよせて、ある感じを露骨にただよわせていた。その感じは非常に複雑で、一口ではうまいこと言えない位であった。単に哀傷でもなく、単に憐憫(れんびん)でもなく、まして単に好奇でもなく、単なる嫌悪でもなかった。それらのものがみんな入り組んで、そしてそれが露骨にひとつの表情をつくっていた。そしてその表情が自然のものでなく、自分で無意識に強いたものであることに、人々は誰も自ら気付いていない風であった。人の輪からぬけでて来ると、人々はそこらに唾(つば)をはいたり、空を眺めたりして、それからトットッと何処かヘ急ぎ足で消えて行った。また通りかかった人々が新しい聴衆となって、人の背にとりついた。背伸びをして内をのぞきこむと、早速同じ表情を露骨につくり、青年の大げさな身振りとその顔に瞳を据えて見入るらしかった。

 私もそのひとりになって聴衆の輪にまじって立っていた。あれから始発電車に乗ってこの盛り場にやって来て、そこらをやたらに歩きまわった揚句、ここに止っているのであった。私は一夜のために草臥れてしわだらけになった洋服を着て、よごれた顔をして楽師の顔をながめていた。

 此の異相の楽師の姿を見るのは、私は今日が始めてではなかった。此の数年の間に、あちらの街角やこちらの広場で、何度も何度も私は此の楽師を眺めていた。特徴のある手風琴のおとが聞えれば、すぐそれとわかった。近頃では音楽が聞えずとも、その人の輪から離れてくる人の顔をひとめ見るだけで、そこに浮んでいる表情で判ることが出来た。今日もそれであった。私は吸いよせられるように人の輪にとりつき、いつもと同じように、なにものかをはっきり確めるような気持で、私は楽師の顔から眼をはなせないでいた。

 顔?

 それは顔ではなかった。顔の輪郭であるにすぎなかった。それにも拘らずそれは表情をもっていた。静かな曇り日のひかりのなかで、手風琴を大きく引き伸ばしながら、上半身を反らす。空を斜にあおぐ顔の痕跡には、たしかに一つの陶酔にまぎれもない表情がみなぎっているのだ。あの陶酔をささえているものはなにか?

 やがて私はあわてたように楽師から眼を外らすと、押しわけるようにして人混みをぬけだした。土埃を踏みながら広場をよこぎった。広場の果ては建物の壁となり、それをヘだてる有剌鉄線の垣根があった。その根もとに材木が一本横たわっていた。湿気を吸って黒く沈んだ色であった。私はそれに腰をおろした。ふかぶかと肩につみかさなる宿酔の疲労をはらいのけるように、私はポケットからつぶれた莨をとりだすとライタアで火を点じた。ライタアの錆色(さびいろ)のはだに、髪の乱れた私のかおがぼんやりうつった。

 莨(たばこ)の煙をふかく肺まで吸いこんで、私は何となく眼を閉じた。あの楽師の前にはふるぼけた帽子があって、それには聴衆が入れた紙幣がたくさん入っていた。それを前にして楽師は大きく身体を反(そ)らして手風琴をひいていたのだ。その旋律は幽(かす)かに乱れながら、今ここに腰をおろしている私の耳にまで届いてくる。私はふと昨夜のふじ子のかすかな歌声を思い出していた。今頃ふじ子は何をしているだろう。やはり弁当をかかえてあの会社に出て行ったにちがいない。みんなにお茶をついで廻ったり、銀行に使いに行ったり、皆から「空飛ぶ円盤」などとからかわれたりして、そして裸になって写真をとられたことなどすっかり忘れはてているだろう。昨夜私に酒をのませたことも、私が酔っぱらって厭味をさんざん言ったことも、ときどき微笑しながら思い出すだけだろう。たとえ着物の最後の一枚を脱ぐとき、耐えがたい苦痛をしのんだとしても、それはそのときですっかり終ってしまったのだ。今から先ときどきそのときのことを夢にみて、あるいは苦しそうな声を出して呻くだろうが、覚めてしまえばそれだけで忘れてしまうにちがいない。――

 材木に深く腰をおろし、いらだたしく莨の煙をはき散らしながら、私はすこしずつ気持がたかぶりはじめるのを感じていた。それはなぜか判らなかった。こんな日のこんな時刻に、こんな場所に私がぼんやり腰かけているという、得体のしれない不安から来ているのかも知れなかった。しかし今ここに尾を引く気持の後感としては、私はむしろ誰かを憎んでいた。誰を憎んでいるのか。その気持を手探って行けぱ、突きあたるものは私の眼前に輪をつくっている人々であり、その中にいる異相の楽師であった。私は楽師をひっくるめた此の広場の群集を心のそこからにくんでいるのかも知れなかった。

(不幸というものは、あんなものではないだろう)

 私は吸いさしを地面にぎりぎりこすりつけた。今日も人の輪にまじって、長いこと楽師を眺めていたというのも、私にははっきり判っていることであった。それは此の楽師の容姿をながめることが、私にいつもある刺戟をあたえるからであった。その胸を逆にこすりあげるような切なさが、むしろ私には甘美なものとして感じられるのだった。だから今日も長いこと立って見ていたのだ。しかし不幸というものがあんな形で肉体にあらわれ、あんな具合に人眼にさらされ、そして人々がそれに打たれるものとすれば、それは何と通俗で退屈なことだろう。まるで不幸の登録商標みたいに、あの楽師は立って手風琴をひいている。私は知っている。人の輪をくぐり出た人々の、眉をしかめた複雑な表情が、ものの一町もあるかないうちに次第に和んできて、やがて深い満足のいろがしたたか顔中にひろがり始めて来るのだ。人々は排泄(はいせつ)を終了したときのように、そこでほっと肩をおとすのだ。――

 ふと気がつくと、私の手の甲を脚の沢山ある小さな赤黒い虫がゆるゆると這っていた。一匹かとおもうと洋服の胸のところにも膝のところにも、その小さな虫は無数にはいのぼっていた。ぎょっとして私は立ち上った。あわてて掌をふってあちこちからばたばたと払いおとした。虫たちは赤黒い点になって掌につぶれたり、地面に飛びちったりした。見るとその湿った材木は古くくされて、すでに朽ち果てているのであった。赤黒い虫は層をなしてむらがり動いていた。[やぶちゃん注:「赤黒い虫」所謂、「木食い虫」「蠹」であろう。赤黒いとなると、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目(亜目) Cucujiformia 下目ゾウムシ上科ナガキクイムシ科ナガキクイムシ亜科 Platypus 属カシノナガキクイムシ Platypus quercivorus か。]

「――ふん」

 肩のところを這っているのを横眼で見つけて、忌々しくそれをはたきおとしながら、私はのろのろと歩き出した。

 堅い舗装路を人々は無表情なかおでぞろぞろあるいていた。私は柵を越えて路に出た。なにもかもむなしい気がした。人混みにまじって私は歩き出していた。背中に手風琴のおとがだんだん遠ざかる。今晩のあの終点の駅の風景は、もはや遠い世界のようにも感じられたけれども、またおそろしく身近にも感じられた。此の一夜が、朝が好きだという闇屋の男や、梨をぬすんだ女や、少年や犬が、しかし私にどんな関わりがあるのだろう。何にもないにきまっていた。しかし私は此の行きずりの人々を、今後ときどき思い起しては激しく嫉妬したり羨望したり憎悪したりするのかも知れない。それは愚かなことだ。しかし愚かといえば、酒に酔って前後不覚になって終点まで運ばれたことからして、全然おろかなことなのだ。そんなおろかなことを性こりもなく積みかさね積みかさねして、そしてそこで傷だらけになることで今までも、また今から先もすごして行くのだろう。正常な市民にもなれず、その反対のものにもなれず、自分の露床につきあたるのをおそれながら、毎日を身ぶりで胡麻化(ごまか)して行くのだろう。胡麻化そうとすることで剣は皆するどく、私のむねに刃を立ててくるだろう。揚句のはては自分の眼や心をも傷だらけにして、やがて私は一本の材木のように健康な感動をなくしてしまうだろう。そしてあの材木のように朽ちてしまうだろう。そのときになって朽木のような私を、どうして私は彫ることが出来るだろう。赤黒い小さな陰惨な虫たちだけが、私のむくろに根強く執拗に巣くうだろう。そしてそのときは私は生きながら死んでいるのだろう。――

 両手をポケットにつっこみ、人通りの少い道へ曲りこみながら、昨夜ふじ子に明日金を持って来ると約束したことを私は思い出していた。日がかげっているので時間は判らなかった。遅刻はしても今から勤め先に行ってみようか、このまま下宿にもどって眠ろうかと、ぼんやり考えなやみながら、曇り日の下を私は欝々とうなだれてあるいて行った。

2021/07/10

ブログ1,560,000アクセス突破記念 梅崎春生 麵麭の話

 

[やぶちゃん注:昭和二二(一九四七)年十二月発行の『別冊文藝春秋』第五号に初出、翌年八月刊の講談社「飢ゑの季節」に所収された。「麵麭」は「パン」と読む。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 標題及び本文内の「麭」の字は「麥」の最終画が(つくり)の下に延びない字体であるが、表記出来ないので通字を用いた。

 文中に注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが先程、1,560,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021710日 藪野直史】]

 

   麵麭の話

 

 日曜だというのに、なぜこんな混むのだろう。あいにく窓際に立ったばかりに、背後から押しつけられると、かたいかたい窓枠がいたく胸を衝きあげてくるのだ。外套を着ているとはいえ、それはじかに肋骨(ろっこつ)にひびいてくる。ぐっと押されるたびに呼吸がとまりそうだ。辛うじて腕で身体をささえ、眼の前にある窓ガラスに映った自分の顔を、彼は額に許をにじませたまま見つめていた。窓外を飛びさる風景のなかに、それは白日の幻のようにうすく浮び上っている。頰のこけた輸郭のなかに、眼だけが大きく見開かれている。その眼が彼を見ている。顔をそらしたいと思っても、押しつけられてしるからどうすることも出来ない。そしてまた、ぐぐっと押しつけられる。悪意あるもののように背後の圧力は、彼ひとりをめがけてあつまって来る。呼吸を止めた彼の顔に、ほの赤く血の気がのぼってくる。彼の背中の一部分を、なにか堅いものが押しているのだ。背に食いこむ感じからいえば、四角な箱の稜角である。うしろの人の荷物にちがいないのだ。

(荷物なら網棚にあげればいいではないか、網棚に――)

 怒りがこみあげてくるのを感じながら、彼はそんなことを考えている。ぎっしり詰っているので、ふりかえって背後を確める余裕がないのだ。全身のいらだちをそこにあつめて、彼はガラスの中の自分の顔に見入っていた。

 電車がきしみながらとまる。揺れが一時おさまるので、すこしばかり楽になる。扉が開くと人々が降り、また新しい人々が乗って来る。それが見えるわけではない。背中につたわる気配だけでそれを感じているのだ。あらあらしい身じろぎや烈しい声。そして扉のしまる音がして、がくんと電車が動き出す。

(まるで犬にそっくりだ!)

 ガラスの中の顔に視線をさだめながら、彼の胸に突然そのような観念が走る。それはいやな聯想をともなって来るので、彼の頰のあたりは苦渋をおびてすこし痙攣(けいれん)する。こけた頰や長い鼻。眼窩(がんか)が暗くおちこんでいる。段々ちかごろ瘦せてきて、今朝もズボンのバンドに新しく穴をあけた位だ。去年はそうでもなかったのに、今年は外套が風をはらんだようにぶかぶかだ。大き目の帽子の廂のしたの病犬のような顔。

 突然下腹のあたりがぐうと鳴る。腹が減っているのだ。腸のなかが乾いてくっついている感じだ。押しかえそうとりきむ力が、膝のへんで急に抜けてしまう。今朝彼は朝飯を食わなかったのだ。自分の丼はその息子にやってしまった。息子はまぶしそうな、そしてちょっと厭な顔をしてそれを受けとり、それでも全部かきこんでしまった。彼は空腹を忍びながら、じっと息子の食べ方を眺めていた。息子は食べ終ると、彼の眼をさけるようにして立ち上り、玄関の土間にしやがんで、あの犬の顔を一心に見詰めていた。犬は息子のまえで、長い舌をだして、しきりに自分のあごを砥(な)めた。あの子は切れ長の眼を一心不乱にそれにそそいでいたのだ。それによって父親の執拗な視線をのがれでもするかのように。そして彼も同じく犬の姿を、その時ある意味をもってじっと見詰めていたのである。

 ――あの子はそれほどあの犬が好きなのか?

 彼はしばらくして静かにそんなことを考えた。学校の戻りに魚の頭などを拾ってきて、あの子はだまってエダに食べさせたりしているのだ。エダとは彼の家に数年来かわれているその犬の名であった。エダはすさまじく瘦せている。飼いはじめの頃は毛なみがつやつやしていて、もっと肥っていた。ところが近頃では皮膚があちこち地図のようにすり切れ、肋骨が蒼黒く胸にあらわれているのだ。ろくに餌を食べないせいだ。眼ばかり大きくぎろぎろしている。あの子がどこからか拾ってきた魚の頭を、エダはほとんど血相を変えるようにして貪りたべる。その食い方は、まるでエダの全身が食慾のかたまりになったみたいだ。その光景をあの子は黙りこくって、しゃがんでじっと眺めている。自分の息子ながらその眼は妙に無気味で、なにかに憑(つ)かれたもののようだ。あの子はそれほどあの犬が好きなのか。それとも、――それとも自分の満たされない食慾を、エダの食慾に仮託して満足しようとしているのか? 此の前の日曜日のことであった。多田がある用件でやってきて、帰りしな玄関で靴の紐(赤皮のぴかぴかした立派な靴であった)を結び終えると、たたきにうずくまっているエダの姿を暫(しばら)くながめていたが、やがて片頰に笑いをうかべながらこう言った。

「――面白い恰好(かっこう)の犬だね。ほんとに面白い恰好だ。泰西名画に出てくる犬みたいだ。ぼくにこいつをゆずらないかね」

 あの子はやはり玄関にたってその言葉を聞いていた。

 その夜の食事どきのことであった。あの子はへんにぐずって、時には白い御飯も食べたいなどと無茶を言って、彼や彼の妻をこまらせた。彼のうちでは長いことそんなものは食卓にのぼせていないのだ。米の配給がたまにあっても、食いのばすために他のものと混ぜてしまう。そんな家計のくるしさもうすうす感じている年頃なのに、何故こんなに聞きわけのないことをいうのだろう。彼は次第に腹が立ってきて、その時言葉をあらくして叱りつけたのだが、すぐ可哀そうになって自分の丼を子供の方に押してやった。丼のなかに入っているのは、何やかやをどろどろに煮込んだ汁である。たった今白い飯を食べたいと言ったくせに、子供は涙をぽろぽろ流しながら彼の分もそのどろどろ汁を平げてしまった。だからその夜も彼は空腹のまま寝なければならなかったのだ。子供がこんなにぐずったというのも、単に発作的な物悲しさにおそわれたためか。あるいは昼間、多田が犬をゆずってくれと言ったのを、へんに気に病んでいたのかも知れない。しかし気に病んだとしても、たかが飼犬のことではないか。もし今日にでも彼がエダを手放したとしても、子供のことだから一週間もすれば忘れてしまうに違いないのだ。とにかく日曜日の夜というのは、彼も経験があるけれども、小学生にとっては一番ものがなしい気分のするものなんだから。――それから昨夕のことだ。

 昨夕、彼は役所から戻ってきて、誰もいないので何気なく台所の障子をあけたのだ。台所のすみで、急にあわてたように小さな人影が立ち上ったと思うと、それが彼の息子であった。乏しい光のなかで、その顔はまっさおであった。不自然にのばした右手の先から、なにか白いかたまりがぼとりと落ちた。短い時間のあいだに、彼ははっきりそれを見た。それは真白なコッペ麵麭(パン)であった。子供は彼の方に真蒼な表情をむけていたが、両掌を顔にかぶせると、静かな低い声を立てて突然泣き始めた。彼もそげた頰を紙のようにまっしろにさせて、しばらく身体を硬くしていたが、やがて障子を音のしないようにしめて、膝ががくがくするのを辛抱しながら居間に戻って来た。居間に戻って卓の前にすわってみても、脚のふるえは止らなかった。

「――どうにかしなくては。どうにかしなくては」

 痴呆のように彼はこんな言葉をつぶやいていた。どうすればいいのか。彼はきちんとそろえた膝がともすれば躍(おど)りだそうとするのを押えながら、閉じた瞼のうちに灼きついた一瞬の光景を想い返していた。まずしい、すすけた台所。乾いたまないたや庖丁。その光の射さない隅に、ぎょっとしたように立ちすくんでいる子供の姿。古びてぼろぼろのつぎがあたった小さな小倉の服から、小学校の三年にしては細すぎる手足が出ていて、それが不均衡に大きい頭蓋を支えているのだ。そして――子供の掌から生き物のように離れて落ちた真白な麵麭(パン)。それがしめった土間に音なき音をたてて落ち、一回転して横ざまにころがった。その土間のはしにエダが黒い影のようにねそべっているのを、その時彼は無意識に視野の端に収めていたのである。それが嘔きたいような生理的の収縮感とともによみがえってきた。

(あの麵麭はどうしたのか?)

 彼がただ障子をあけただけなのに、何故あのようにおびえたのか。そしてなぜあんなに泣きだしたのか。すべてを諦(あきら)めた死刑囚のように静かに。彼にはなにも判らなかった。判らなかったけれども、その感じからいえば正常でないものがそこにあった。暗い影をともなった歪んだものが彼の全身にいきなりぶつかってきたのはそれであった。――

 電車が駅に入るらしく、いやな音をたてて速度をおとした。背中に四角なものがぐっと食いこみ、彼は思わず窓枠に支えた腕に力を入れた。そのまま電車は止った。ふたたびあらあらしい波動を伴って、押しだされるように何人かが歩廊に降りて行くらしい。僅かにできた間隙を利用して、彼は顔を歪ませたまま身体をひねった。背中を圧していた箱は、持主といっしょにはずみを食って彼の横によろめいて来た。それは髪が灰白にみだれた六十歳ほどの小さな老婆であった。老婆は身を窓枠で辛うじてささえると、汗が滲みでた額を彼にふりむけ、かすれた声であえいだ。

「――すみ、ません、ねえ、ほんとに」

 老婆が手にしっかと持っているのは、盲縞(めくらじ)[やぶちゃん注:縦横とも紺染めの綿糸で織った無地の綿織物。紺無地。グーグル画像検索「盲縞」をリンクさせておく。]の風呂敷につつまれた箱であった。彼の背中をいままで執拗に圧していたのはそれである。眉のあいだの影をいっそう濃くさせて、意地わるく老婆にからだをぶっつけてゆきながら、ほとんど反射的に彼は険しく口走っていた。

「なぜそいつを網棚にあげないんだ。あたりが迷感するじゃないか」

 無意識に彼の指先は憎悪をこめてその風呂敷の端にかかっていた。その瞬間老婆のからだは、ぎょっとしたように包みを守りながらちぢこまるらしかった。しかしそれは身体の姿勢だけで、老婆の小さな眼にはある必死な笑みが彼にむけられて浮んでいたのだ。それを見ると彼は衝動的に、発車のあおりを利用して、更につよく肱で老婆を突きやるようにしながら、そして勢に抗しかねて彼もよろめいた。老婆のよろめき方はもっと惨(みじ)めであった。よろめいたまま窓枠に押しつけられ、それでも老婆は懸命ないろを顔ににじませて、包みを抱きしめたまま起きすがって来た。彼にむけられていた笑みは、老婆の頰に硬(こわ)ばったまま貼りついていた。

「すみ、ません、ほんと」呼吸(いき)をぜいぜい切らせながら、老婆はやっとのことで口を開いた。「息子、がねえ、この先の、国立病院、にいて、食事がひどくて、おなかがすく、と言いますんでねえ」

 額のあたりをうす赤く充血させたまま、彼は老婆から険しい顔をそむけて、彼の指は食いこむように窓枠をにぎりしめていた。窓ガラスの中の山犬のような彼の映像は、ぼんやりした輪郭のまま彼を見つめているらしかった。老婆をよろめかすためにひねった腰のへんに、老婆を意識的に突きとばした肱(ひじ)のあたりに、いやな後味が筋肉にのこっていて、彼はことさら老婆から顔をそむけていたのだ。しかしあの何ともしれぬ怒りはおさまったわけでなかった。彼は身体をかたく構えたまま、頰に老婆の視線を感じながら、陰欝な表情になって硝子窓に対していた。生まの風景が幻の顔のなかをうしろへうしろへと飛びぬけて行った。

(あと二つとまると俺の降りる駅だ)

 頭の中からすべてのものを振りはらうようにして彼はそう考えた。その駅の近くに国立の病院があることも彼は知っていた。身よりや家のない復員病兵がそこに収容されていて、待遇のことなどで悶着をおこしているらしいことも、彼は新聞で読んだ記憶があった。彼がいま訪ねて行こうとする多田の家は、国立病院とは反対側にあった。彼はつめたいガラスに額を押しあてて、蒼ざめた頰をわずか動かして呟いた。

「――おれは何のために多田の家に訪ねて行こうとするのか? そしてほんとうに犬を売るつもりなのか?」

 一瞬ころがりおちた真白な麵麭(パン)の影像が、あの時からずっと彼の胸を貫きつづけているのであった。昨夕、それから暫(しばら)くして戻って来た彼の妻と、三人で貧しい食卓をかこんだ。彼は黙々として食卓にむかった。腹が減っているにも拘らず、食慾はほとんど無かった。子供は眼をあかくしたまま、これも黙って食べた。彼の妻は子供の眼のあかいのを見て、寒いのにまた遊び廻ってきたのだろう、と邪険に叱ったりしたが、その時でも彼はだまって沈欝に箸(はし)を動かしていただけであった。食卓に乗っているのは、葉を浮かせた団子の汁であった。団子は赤黒くかたまって丼の底にしずんでいた。彼は半分ほどで箸をおくと、妻が怪訝(けげん)の瞳(ひとみ)をむけるまでじっとしていた。そして低いおさえた声で聞いた。

「もすこしどうにかしたものがこさえられないのか?」

「配給だけではこれでせい一ぱいなのよ」

 妻もほつれ毛をかきあげながら、低い無感動な声で答えた。彼はだまって、黒い汚染[やぶちゃん注:「しみ」と読んでおく。]を浮かせた妻の眼のあたりから、視線をその横の息子の方にうつした。息子のこめかみは、赤黒い団子を歯でかみ合せる度にひくひくと動いていた。それは変におとなびた感じであった。細い土色の頸(くび)筋からこめかみにかけて、老人のように静脈が浮いていて、息子は彼の視線を意識するらしく、なにかぎごちなく眼を伏せて団子を嚙みしめるらしかった。ある荒々しいふるえが、その時するどく彼の背筋を奔り抜けた。彼はあたりまえの声を出そうと努力しながら、それでもかすれた声になって言った。

「――今日、白麵麭(しろパン)の配給があったんじゃないのか?」

 息子がぎくっと身体をすくめたのを、瞬時にして彼は瞳に収めていた。妻の無感動な答えが直ぐにもどってきた。

「ありませんでしたよ」

 ――彼をちらと見上げた息子の眼に、おびえたような暗い翳(かげ)がはしった。彼は呻(うめ)きたくなるのを唇の中で押えて、重い右手を努力しながら再び自分の箸の方にのばしていたのだ。

 ――線路がカアヴに入るらしく、またしてもぐぐっと倒れかかってくる。老婆のもった箱の角が、いきなり彼の脇腹をえぐる。彼の掌は必死に窓枠を支えながら、ふたたび冷たい汗が額に滲みでてきた。老婆の灰白色の髪が彼の外套を押しているのだ。彼の眼はとつぜん憎しみを帯びてきらきら光った。視線は老婆の頭におちているのだ。伜(せがれ)が国立病院に入っていて、それに食物をもって行ってやるということが、その食物の入った重箱で他人の脇腹を押す言いわけになるというのか。だいいちこんな年寄りが満員電車に乗りこんできたりして、始めから一台待てばいいではないか。一台待って空いたのに乗ればいいのだ。それを無理して乗りこんで、当然のような顔をして人を押しまくるのだ。またもぐっと脇腹をえぐって来る。窓枠にあてた掌が血の気を失うほどに耐えながら、とつぜん兇暴なものが彼を満たした。脇腹から背にかけて骨がこりこりと鳴って、灼けつくような圧痛が走ったとおもうと、彼は身体中が火のかたまりになったような憤怒とともに、ある感情の抵抗を烈しく意識しながらも、顔をまっさおにしてまた身体をぐいとひねった。窓ぎわの間に彼が必死にすかした隙間に、老婆ははずみを食ってはまりこみ、そのまま足がなえたように無抵抗に埋没しかかった。灰色の髪の下の小さな額を、べっとり汗に滲ませて老婆は絶え入るような悲鳴をあげる。

「旦那。且那さん。こ、これを、この膝を、あ、ああ」

 足をとられているのだ。上半身を無理な形に曲げて、片手を伸ばして何かを摑もうとあせっている。彼の膝頭と壁板の間に、かたいものがはさまる。彼の脇腹をえぐったあの箱だ。彼は顔をまっさおにしたまま、老婆を見おろしている。黄色くしなびたその顔が、起き上ろうとしてみにくく歪んで、それはまるで猿だ。絶望的な努力のために、しなびた額が汗でびっしょり濡れている。あの猛然たる衝動が胸のなかを貫いて、彼は歯を食いしばったまま、背後の力を利用して、そのままぐっと膝頭に力を入れた。膝頭と壁板のあいだで、箱がめりめりと音を立てる。そしてもう一押し。ぱりっと箱板がするどく亀裂する音。老婆のあえぐような悲鳴。そしてその瞬間、嘔(は)きたいような不快な衝動を咽喉(のど)に耐えながら、彼は膝頭に集めていた力をゆるゆると抜いて行った。――

 駅に近づくらしく、レエルに軋(きし)みを残しながら、電車は見る見る速度をおとし始めてきた。

 

 人柵の間から押しだされるようにして歩廊に降り立った。外套が押された形のままずれていて、彼は立ちどまったまましきりに両腕を動かした。彼につづいて次は五六人降りた。そして最後に押しだされてきたのは、あの老婆であった。老婆の着付はむざんに崩れていて、鼠色の下着が裾からはだけていた。茶褐色の細い脛(すね)がその間から見えた。そして手には大事そうに先刻の風呂敷包みをもっていた。その四角な形も、なんだか歪んでいるらしい感じであった。彼はあわてたように視線をそれから外らしながら、追われるように出口の方に歩き出した。すりへった靴の裏が歩廊の砂利にぎしぎしときしんだ。何もかも忘れようとするかのように、彼は更に歩を早めながら、頭を二三度つづけざまに強く振った。そしてポケットから切符をつまみ出しながら、前よりもいっそう険しい眼付になって、急ぎ足で改札口を通りぬけた。駅前の白く乾いた道をちょっと見廻して、彼は自分の胸のなかを探るように先刻とおなじことを唇の中でつぶやいた。

「――おれは何のために多田の家を訪ねようとするのか?」

 歩度がふとゆるんだが、すぐ彼は頭を立てて踏切をわたり、黄色い馬糞があちこちにおちている凸凹道をまっすぐに歩きだした。靴の踵(かかと)が地面を押すたびに、バンドでしめうけたからっぽの腹にずきずき響いた。そしてこんなことを考えた。それは今朝家を出るときから、何度か彼の胸に水泡のように浮び上ろうとしていた考えであった。

(あの申し入れを、俺は引きうけようと思っているのではないか?)

 そうはっきり考えると、顔中がつめたくなるような気がして、彼は外套のポケットにつっこんだ手をぎゅっと握りしめた。その申し入れをする時、多田はお茶を啜(すす)りながら、ごく何気ない調子で言ったのであった。それが此の前の日曜日のことであった。多田がわざわざ彼の家を訪ねて来たのも、それを打診したかったからに違いなかった。ざしきに上って暫く世間話など交していた時、その申し入れはあたかも世間話のつづきのようにして言われたのだった。彼は顔が急に充血してくるのを感じながら、いきなり掌を振っていた。

「そりや駄目だ。僕には出来ないよ」

「駄目なら駄目でいいんだよ」

 多田は肉付きのいい顔にちょっとずるそうな笑みを走らせて、探るような眼付で彼を眺めながら直ぐそうこたえた。それは彼の属する役所関係の建物の入札に関したことであった。そして彼はその係りをしていたのである。その係りは仕事の関係上、ことに誘惑の多い勤務であった。

「僕にはそんなことは出来ないよ。そんな――」

 曲ったことは、と言いかけて彼は力弱く口をつぐんでいた。恰幅のいい身体をゆすりながら、もうその時は多田はさり気なく話題を転じていた。多田の肥った片頰は、贅肉(ぜいにく)のせいか何時も笑いを浮べているような印象をあたえた。それから暫くして話題はいつのまにか役人の生活におちていた。それは彼が出した話題ではなかった。なにか押えつけられるような圧迫を感じながら、彼は多田の言葉に受けこたえていた。

「そりゃ苦しいことは苦しいな。ろくに闇(やみ)米も買えないしな」

「千八百円ベースといっても、なにやかや役得があるんだろうね」

「そんなものはありゃしないさ。役所から貰うものだけだよ」

「だってそれじゃ生活出来るわけがないじゃないか」

 身体を動かす度に、多田の胸にかけた時計の鎖が黄色く揺れうごいた。多田がしいている座布団は破れていて、汚れた綿がのぞいていた。彼の家にはそんな座布団しか無かったのだ。いつもはそう気にもならないが、多田がすわっているのを見ると、しんから惨めな気持が彼の心を衝き上げてきた。彼は自分の膝をのり出すようにして、無意識のうちに自分がしいている座布団を多田の眼からさえぎろうとしていた。それは多田のよりもっと汚れているのであった。そうしながら彼はふと気をそれにとられて、上の空で返事をしたりした。多田は時々探るような視線で彼を眺め、その話題から執拗に離れなかった。まるで役人の生活に特別の興味をもっているかのようだった。それは役人一般の生活として話がすすめられていたにも拘らず、彼は自分の生活を手探りされているような不快な圧迫を感じはじめていた。唐紙ひとつへだてた向うの部屋には、彼の妻と息子がいる筈であった。そこはしんとして物音はなにもしなかった。

(あの話を隣で聞いていたのかしら?)

 ――彼は肩をそびやかすような恰好で、凸凹道から右手に折れた道に曲りこんだ。曲りながら彼は突然唇をかんで、長くやせた鼻を幽かにならした。さっきの電車の中での濁った怒りがまだ身体の芯にのこっていて、それがある一つの苦痛を逆につきあげてきたのだ。かよわい老婆を押したおして苦痛をあたえたことが、ふと彼の胸にするどく錐(きり)を立ててきたのである。彼はその瞬間膝頭に、老婆の箱を押し割った瞬間の感覚を、なまなましくよみがえらせていた。膝の皮膚がそのとき傷ついたらしく、足を踏みだすたびにズボンの裏にふれてひりひりした。意識からそれをもみけすために、彼は再びつよく頭をふりながら、考えを他のことにふりむけようとした。そして彼の記億は、老婆のもっていた箱をとらえた。

(あの箱のなかにはどんなものが入っていたのだろう?)

 そう考えると彼はとっさの間に、ほかほかしたふかし芋やふくらんだ麵麭(パン)を想像した。舌の根からその時、唾がすこし流れてきた。外套のポケットの中の握りこぶしを脇腹に押しあて、あわててそのなまなましい想像からのがれようとあせりながら、彼はしきりにたまった唾をはき散らした。唾のひとつが低い石垣にとんだ。そこは小さな教会になっていて、多田の家はそこからまた曲るのであった。入口にはめられた色硝子と黒い掲示板が彼の眼に映った。掲示板には白いペンキでなにか文句が書きしるされてあった。小路に曲りこんだ彼の背後から、讃美歌をうたう声が流れてきた。

 それはその会堂の窓からであった。彼は胸の中に一種の衝動がその時湧きおこるのを感じながら、すこし足をゆるめた。それは子供の斉唱(せいしょう)であった。その衝動はなにか甘い亢奮(こうふん)になって彼の身内にひろがってくるらしかった。彼はほっと肩をおとして歩きながらつぶやいた。

「なるほど今日は日曜学校なんだな」

 彼が卒業した学校も、やはり基督教系の学校であった。その中学部で彼は多田と同級だったのである。彼の心を甘い亢奮となって動かしたその衝動も、そんな学生時代の追憶とその瞬間底でむすびついていた。多田はその頃から身だしなみのいい少年であったが、今みたいに肥ってはいなかった。彼が肥りはじめたのは、戦争中に建築会社を経営してからだった。昔は多田も品のいい顔をしていて、今のようなへんに複雑な笑いかたはしなかった。なぜあんな年配になると、あんないやな笑いかたをするのだろう。あの日戻りがけに玄関でエダを見て、此の犬をゆずれ、と言った時の多田の表情を、彼は今ありありと思いうかべていた。それは片頰だけをゆるめるようなわらい方で、そのくせ眼はさげすむような光を帯びて彼におちていたのだ。その時の多田の言葉を、彼は今すがるようにふたたび記憶の底からたぐり上げていた。

(ゆずって呉れと言っても、あいつはいくら位出す気なのだろう?)

 エダを多田に売ろうと決心したのは、今朝彼が眼をさました時だった。朝食のときも彼がじっと考えつづけていたのはこの事であった。しかし身仕度をして電車にのりこんだ頃から、彼はしだいにあるおそれを感じはじめていたのである。それは巨大な粘着力のある膜に抵抗して行くような不快なものを伴っていた。電車の中のあのいらだちも、奥底には此の不快感が横たわっているのを彼は絶えず意識していたのだ。

 ――犬をゆずれと言った言葉を、おれは真底から信じているのか?

 此の一週間、あの多田の申し入れにたいして、烈しい反撥と同時にある甘美な誘感を彼はずっと感じ続けていたのだった。ともすれば頭をもたげようとするのを、その都度つぶしてきた想念がこれであった。そして昨夕、息子の掌からはなれて土間に落ちた白麵麭(しろパン)を見たとき、彼が肉体の上だけでなく、心のどん底でもするどくよろめいたのも、すべてはそこにかかっているのであった。あの白麵麭を、息子がどこで手に入れたのか。貰ってきたのか、あるいは――。

 しかしそれはどちらでもいいことであった。彼の眼を忍んで台所のすみで食べていたということ、そしておびえて泣きだしたということ、彼に重くのしかかって来るのはその事だった。親子という関係をすら破壊しようとするのに対して、彼が言いしれぬ憤怒を覚えるものも、すべては彼自身にするどくはねかえって来るらしかった。腹の中がどろどろしたもので真黒になったような感じで、今日彼はここまでやって来る気になったのであった。

 歩くにつれて讃美歌の斉唱はだんだん遠ざかり、そして羽音のように幽かに消えてしまった。彼はふと、あの土間にころがった麵麭(パン)はどうしただろう、と考えた。考えるとすぐ、猛然たる食慾が彼の胃を刺激した。彼の想像の中でそれは焼きたてのようにふかふかして暖かった。歯でかんだ時の香ばしい匂いと味が、ほとんど現実的な感触とともに、その想像に加わった。前にのめりそうになるのをこらえて、前方の家と家のあわいに見える鉛色の空に瞳をさだめ、身体のなかに板みたいなしこりを感じはじめながら、彼はまっすぐに歩いて行った。

 

「それで――」鈍く光るライタアをかちりと鳴らして莨(たばこ)に点火しながら、多田が錆(さ)びた声で言った。ほんとに何気ない調子であった。

「決心はついたのかね」

 此の戦争で焼けてしまった母校の校舎のことを、彼は多田と話していたところであった。ざしきへ通ってから一時間ほども経っていた。それまで彼は用件を切り出さずにそんな話をしていたのだった。ふと話がとぎれて、冷たくなった茶に手を出そうとした時、多田のそんな言葉がそれをさえぎったのだ。彼はぼんやり顔をあげた。煙がゆらゆらと揺れて多田の表情をかくしたが、次の瞬間その言葉の意味が胸におちて、彼は顔がはっと青ざめてゆくのが自分でもはっきり判った。それでも茶碗をとると、ふるえる手でそれを唇にもって行った。茶碗のふちがかちかちと歯にあたって、にがい冷たい茶が唇をすこし濡らした。一口ふくむと彼はまたそれを卓の上にもどした。尿意をこらえる時の悪感が、腹の辺から膝へ走った。

 隣の部屋では多田の家族がいま食事をしているらしく、箸(はし)の鳴る音や茶碗のふれる音がしていた。物を煮る匂いは、彼が此の部屋に通されたときから絶えずしていたのである。ともすれば神経がそちらに行こうとするのをこらえながら、彼は先刻から早く犬の話を出してしまいたいとあせっていたのであった。あせりながらまだ機会をとらえないでいた。尿意を伴った空腹感が、波状的に彼をおそって来て、彼は気持が遠くなるような錯覚におちながら、そのくせ隣室の食卓の情況を、目も覚めるように鮮かな白い飯だとか、赤黒くちぢれた牛肉の形とかを、はっきりと頭のすみで想像していた。その時その言葉がおちて来たのだ。

 口に含んだ茶をぐっと飲みくだすと、彼は卓に片手をかけて、しばらく青い顔をしてだまっていた。多田は煙をうまそうにはき出しながら、うながすような眼付でちらと彼をみた。老獪な微笑が多田の片頰にふと浮んで消えたのを彼は見た。彼は膝に力を入れながら視線をおとし、しゃがれた低い声になって、何かを断ち切るようなつもりで言った。

「実は今日お伺いしたのは、犬のことなんだがね」

「犬?」多田の不審気な視線にすこしたじろぎながら、乗り越えるように彼は言葉をついだ。

「犬が、いただろう。うちの玄関にさ。君が帰るときに見て、売って呉れと言ったじゃないか」

 だんだん気持が惨めに折れ曲って来るのを感じながら、彼はそれを胡麻化すように早口になった。

「あの犬さ。あの犬は、もとは良い犬なんだ。素性も正しいんだ。貰ったやつなんだけれどね。芸当も出来るし、猟にも使えるんだよ。使ったことはないけれど――」

「ああ。あの瘦せた犬か」

 暫(しばら)くして多田はやっと思い出したようにそう答えた。そして、それきり黙って火箸でしきりに灰をかきならした。ある屈辱とひとつの期待で、彼は全身が熱くなってくるのを感じながら、多田のもつ火箸の動きをじっと追っていた。多田は灰をならしてその上に、犬という宇をいくつも書いているらしかった。そしてまたごちゃごちゃにかきならしながら、暫くして低い声で言った。その声はひどく冷酷にひびいた。

「僕は、犬をゆずって呉れとは言ったが、売ってくれとは言わなかったよ」

 多田は灰の方に視線をおとしたままそう言った。彼はその言葉を聞いた瞬間、みるみる顔がしろく血の気を失って来るのを感じた。彼は両膝に力を入れてぎゅっとしめ合せながら、片手で座布団の端をしっかり握っていた。やわらかい絹地の座布団であった。そのままの姿勢でしらじらしい時間がすこし流れた。そして多田がふと顔をあげた。

「あんまりあの犬がやせてたんでね、ゆずってもらってうちで肥らせてやろうかと、そう思ったんだよ。でも、そんな良い犬ならやはり君の家で飼ってた方がいいんだろう」

 おだやかな薄わらいが、やはり多田の頰にうかんでいた。彼は手や膝から急激に力が抜けて行くような気持になって、だまってうなずいた。それまで忘れていた尿意がさむざむと彼をそそってきた。彼は手を伸ばして、も一度冷えた茶を啜(すす)ると、何だかいたたまれないような羞恥を覚えながら、かすかに身ぶるいをした。そして語調を変えて聞いた。

「はばかりはどちらだね?」

 火箸をあげて指した通り、彼はすべりのいい唐紙をあけて廊下に出た。廊下はさむざむ光っていた。彼は誰もいない廊下にむかって思い切り舌を出してみたい衝動に駆られながら、唐紙を閉じた。物を煮る甘ったるい匂いが廊下にも流れていた。下腹が鳴るのを押えながら、彼はすべらないように一歩一歩廊下をあるいた。口の底からしきりに味のない唾が出て来た。教えられた便所は台所とむき合っていた。台所は廊下からあけ放されていた。棚にはごちゃごちゃと道具がならんでいて、大きな電熱器に鍋がかかっていた。そこでもなにか煮えているらしく、それには茸(きのこ)の香ばしい匂いが混っていた。電熱器のそばには籠があった。

 彼が見たのはそれであった。その籠には真白なコッペ麵麭(パン)がうずたかく積まれてあったのだ。昨夜土間にころがりおちた麵麭と同じ種類のそれであった。その色と形が、いきなり圧倒的な量感をもって、彼の視野にせまってきた。それはひとつの力ある実体として、いきなり彼の胸をかきむしって来た。彼はほとんど呻き声を洩らしながら、眼を据(す)えて凝然(ぎょうぜん)と立ちすくみ、そして振りはらうように頭を反らして便所の扉をあけた。スリッパがなかなか爪先にかからなかった。やっとかけると彼は二三歩よろめくように踏みこんだ。

 ある静かな戦慄に耐えながら、彼は首を垂れて、一筋の茶褐色のほとばしりを眺めていた。その先端は白い便器にあたって、やはり茶色の泡のかたまりになった。身体の暖かみをそれがそのまま持って行くらしく、臭いの強い湯気が彼の鼻にのぼってきた。彼はやせた長い鼻を神経的にすすって、茶褐色の一筋をじっと見守っていた。

「――何のためにはるばる俺はここまでやって来たのだ」

 頭を壁にぶっつけたくなるような自己嫌悪と共に彼はつぶやいた。たちまち昨夜から今にかけての出来事が、断続しながら記憶の中でひらめいた。薄暗い電燈のもとでどろどろの団子汁を啜っている妻子の姿や、歪みこわれた箱を抱いてやっとのことで電車から押しだされた老婆の泣き笑いに似た表情や、先刻隣室から聞えていた食事の音などが、連絡なく浮んで消えた。彼はぶるっと身ぶるいすると、顔をゆるゆる上げた。顔の前の小窓にはガラスが入っていて、そこにも鉛色の雲を背景にして彼の顔がぼんやり映っていた。

 ある兇暴な衝動がその時彼を走りぬけた。彼は呼吸をとめて、内臓の一部がぎゅっと収縮するのをありあり感じながら、ガラスの中にしばらく眼を据えていた。そして急にふりかえった。ひとつの予想が彼の動作をひどくぎごちなくするらしかった。しかし彼は用心して扉をそっと押し開くと、音のしないように廊下にすべり出た。廊下の前には、あけ放たれた台所の広がりがあった。

 彼はも一度舌を思いきり出してみたい露悪的な別の衝動におそわれながら、鈍い光をうかべた廊下を血走った眼で見とおした。そこにはさっきと同じく人影は見えなかった。そのとき再び彼の血走った視野のはしを、あの籠につんだ真白な麵麭(パン)のいろがするどく弾いた。彼は眼をきらきらさせながら、突然台所の方に身体の向きを変えた。

「よし!」

 それは言葉にならぬまま唇の端で消えた。彼はそのまま爪先を立て、不安定な姿勢のまま台所へ足をふみ入れた。ひやりとした空気がそこにあった。心臓がのどまで上ってきたようで、彼ははあはあと呼吸をはずませながら更に五六歩踏み入った。そこは麵麭の籠のところであった。ワイシャツの釦(ボタン)を外しながら、彼ははっとふり返った。ふりかえった姿勢のまま、急に全身を燃え出すような灼熱感がつらぬいで、彼はぎごちなく両手を伸ばして籠の中につっこんだ。ぶわぶわとした物体が指にふれたとき、彼は突然がたがたとふるえだしてそれを摑(つか)み、いきなりワイシャツの下にぐいぐいと押しこもうとした。手が定まらぬせいか、うまく入らなかった。彼は腹を凹めて、更にワイシャツをぐっと引っぱった。微かな音を立てて釦のひとつが弾け飛んだ。麵麭は変な形にねじれたまま、やっと脇腹の皮膚をこすって押しこまれた。彼は寒天のようにふるえつづけながら、まっさおな顔になって、身体ごとむきなおった。頭がいつもより五倍にもふくれ上ったようで、ふらつく足をしのばせて彼は一歩ふみ出そうとした。足の下で上げ板がカタリと鳴った。ぎょっと立ちすくんだまま、彼はびくびく動く指を忙しく動かしてワイシャツの釦をかけた。そしてその部分を掌でしかとおおった。

(人が来たら、手を洗いに入ったといえばいい)

 ふるえながら、乱れた頭で彼はそんなことを考えた。そしておおった掌で、脇腹にじかにくっついている麵麭を力まかせにぐりぐりと押しつけた。麵麭が平たくつぶれて拡がるのが、腹の皮膚にはっきり感じられた。

(これで大丈夫だ!)

 彼はそしてじっときき耳を立てた。何も物音はしなかった。

 ただ電熱器にかけた鍋がしゅんしゅんと律動的な音を立てているだけだった。その匂いが今になって彼の嗅覚にのぼってきた。

 上げ板を避けて用心してあるき、やっとなめらかな廊下の床をふんだとき、自分が背中にびっしょり汗をかいていることに彼は始めて気がついた。

 彼はも一度自分の上衣やワイシャツの具合をしらべて、そして廊下のはしをざしきの方に歩き出した。

 

 玄関まで多田が送って出た。彼は靴のひもがうまくむすべなかった。すり切れた自分の外套の背中に、彼は多田の大きな身体を感じていて、そのせいか指がすべって何度もしくじった。多田はなにかひっきりなしにしゃべっていた。彼が帰るといいだしてから、多田はへんに饒舌(じょうぜつ)になって、時々わらい声を立てたりした。彼が紐をむすび終えて立ち上ると、多田はふと言葉をつぐんだが、彼が立ったままでいるのを見て、妙にやさしい声音になってささやくように言った。

「困ることがあったら、いつでも相談においでよ」

 なぜか急に泣きだしたいような気持になって、彼は唇をゆがめていた。それはその言葉のためではなかった。むしろその語調は、彼の胸の中にはげしい憎悪をかきたててすらいたのである。彼は袖から出た多田の手首が、よく肥って紅い斑点があるのを、何となくじっと瞳に収めながら、ちょっと頭を下げた。そして外に出た。冠木門(かぶきもん)をくぐると道には風が吹いていた。風に顔をさらしながら、彼はもと来た道を逆に歩き出した。

 先程から持続していた緊張が、歩度につれてゆるんで来るらしく、丁度酒が醒めてゆくときのような不快な味が彼にかぶさってきた。肩の辺がきりきりと痛んで、口の中がからからに乾いて行くような感じであった。外套のポケットにつっこんだ指の先で、彼は苦痛を伴う背徳感を忍びながら、脇腹のあたりをときどき押えてみた。膚のあたたか味でなまぬるくなった麵麭(パン)の形がそこに感じられた。突然いいようもなく隔絶した孤独の思いが、彼の胸いっぱいに茫漢と拡がって来た。彼は顔をわざと冷たい風に吹かせながら、よろめくように足を進めて行った。

 曲角の教会では、いま日曜学校が終ったばかりらしく、子供たちが三々五々門を出てくるところだった。色ガラスの扉のところに、背の高い黒服の男が立っていてゝそれが何故かじっと彼の顔をみつめていた。それは牧師らしかった。非常にするどい眼付をした男であった。彼はその視線を頰にうけながら、子供たちにまじって角を曲った。子供たちがばらばらにうたっている歌も、やはり讃美歌だった。その声の中を彼もいっしょに歩きながら、も一度下腹の麵麭の形を恐いものをさわるようなやり方で押えていた。

(俺はなぜ麵麭などを盗んでしまったのだろう。しかも二個か三個の麵麭を?)

 身もすくむようないやらしいものを口の中に押しこまれたように、彼はぞっと肩をふるわせた。腹の中はからからに乾(ひ)からびた感じになっていて、もはや先刻の空腹感は跡かたもなく消えていた。感覚がすでにそれを通りすぎてしまったらしかった。腹部にあたためられたあの麵麭を口にすることを想像しただけで、彼は嘔きたいような気がした。彼の横を子供が二三人駈けて行った。子供たちは皆ととのった良い服装をしていた。ちゃんと靴下をはいて皮の靴をはいていた。かけて行った子供の一人が立ち止って、からかうような眼付で彼を見上げたりした。彼は沈欝な顔をくずさず、黙々とその子供のそばを通りぬけた。その子供はうす赤い皮帽子をかぶっていた。その色が彼に、さっきの多田の手首の色を思い出させた。

(あのとき多田はなにを考えていたのだろう?・)

 犬を買ってくれと彼が言葉を切ったとき、多田はうつむいてしきりに灰をかきならしていた。

 そのときのことを彼は今思い出したのだった。他人に借金を申しこむときと同じような屈辱と期待で、彼は身体をかたくして、少しうすくなった多田の前額部を一心に眺めていた。うつむいた感じからいえば、多田は笑いたいのを懸命にこらえていたのかも知れなかった。

(最も効果的におれを絶望させる言葉を、あのとき多田は探していたのではないのか)

 多田のそのときの冷酷な調子を思い出しながら、彼は漠然とそんなことを考えた。彼を絶望させることが、しかし多田にとってどんな意味があるのか、ということがつづいて直ぐ頭に来た。その先にもはや彼は、暗いおとし穴みたいなものを、ぼんやり感じはじめていた。彼は身ぶるいしながら、その想像を断ち切った。曲角がそこにあった。

 広い凸凹道へ出ると、風は再び正面から吹いてきた。鉛色の雲がゆるやかに形を変えていて、風はしっとりと湿気を帯びてつめたかった。彼はこの道をまっすぐ歩んで行くことに、なにかいやな抵抗があるのをはっきり感じていた。彼は歩きながら、その抵抗感の元を探ろうとした。そして彼は直ぐに、あの傾いた部屋の、汚れた寝衣をきた妻の姿と、老人みたいに背が丸い息子の姿を思いうかべた。

 そしてまた同時に明日から始まる勤務を、あの長い役所の階段をのぼって行くときの脚のだるさを、物憂(う)く思い浮べていた。そうしながら彼は外套の中の指で、確めるように麵麭の部分を探っていた。

 彼が歩いて行くにつれて麵麭はだんだん下の方にずりおちて行くらしかった。脱落して行くいやな感覚が、脇腹の皮膚を絶えずつめたくした。

 踏切がそこに見えた。遮断機が降りていて、立ちどまった彼の鼻づらを、風を巻きながら青黒い車体が奔りぬけた。そして遮断機はゆるゆる上った。彼は片掌で脇腹を押え、うつむきながら踏切をわたった。切符を求めて改札を通り、歩廊の上に立った。

 向うの歩廊にも人が群れていた。その人々の間を、さっきの子供たちが縫いながら追っかけっこをしているのが見えた。彼は駅名板によりかかって、深い深い疲労がいま全身を領して来るのを覚えながら、改札の方を沈欝な瞳で眺めた。改札を白い着物を着た男たちがそのとき入って来るところであった。今頃白い着物をきていることから、それはこの付近の国立病院の患者たちにちがいなかった。その瞬間彼の胸にさっきの老婆のことが、真黒な一点のようにあざやかに浮び上って来た。べっとりとほつれ毛を汗で貼りつけた老婆のちいさな顔貌が、錐(きり)になって彼に突きささってきた。

(入院しているという息子を、なぜ自宅に引取らないのか?)

 間借りか何かで、病人を引取る余裕がないのかも知れなかった。またあの老婆はどこかに住込みで働いている身分なのかもしれなかった。彼は想像のなかで、明日は伜(せがれ)に会えるというので、せっせと食物をつくっている老婆の姿を組み立てていた。そしてこわされた重箱を息子の前で泣き笑いしながら開く情景がそれにつづいた。彼はかすかに声を立てて、背中を駅名板にぐりぐりと押しつけた。

 改札を通りぬけた患者たちがこちらに近づいてきて、彼の前を通った。彼は眼を見開いてそれを見た。それは四人がつながった行列であった。先頭に立つ男は両腕がないらしく、その白い袖が風にふらふらと揺れた。この男が先導であった。次の男は黒い眼鏡をかけて、両掌で先導者の腰につかまっていた。その次の男も最後尾の男も同じだった。三人とも真黒な眼鏡をかけて、あぶなげに足を踏んでいた。眼が見えるのは、先頭の男だけであった。ときどき掛声をかけながら、背後の列に注意したりした。三人の盲者は、それに応じながら足並を小刻みにして蛇行した。三人とも神経を掌と脚先にあつめるせいか、口はぽかんとあけて呼吸をしていた。唇の中に汚れた歯が見えた。曇り空の下で、唇のいろは黄色に見えた。白くぼたぼたした患者衣は節目(ふしめ)節目が黒くよごれていた。この人間列車は彼の前をがたぴしと通りすぎた。鉛色に垂れ下った雲を背景にして、それは人世の病める結節に似ていた。

「――これでいいのか。これで?」

 彼は突然顔からつめたい汗が滲みでるのを感じながら、

そう口に出してつぶやいた。

 あの老婆の息子というのが、この中にいるかも知れないということを彼は考えてもいたのだった。そして向う側の歩廊にむれた人々が、あるいは背伸びしたり、ささやき合いながらこちらを眺めているのを、彼は乾いた眼をみひらいて眺めた。人と人の間を縫い走っていた子供たちが三四人集って、もうこの人間列車の真似を始めだしたのを、彼はそのときはっきりとらえていた。昨日から今日にかけての、彼を含めた人間の構図のなかに、重苦しく歪んだものがあることを、彼は今ある兇暴な戦慄とともに歴然とつかみとっていた。

 しかしそれがどんな原因で、どんな形に歪んでいるのか、それは彼には判らなかった。脇腹に密着していた麵麭のひとつが、そのときゆるんだようにずれて、股の部分にかさなった。そしてじわじわと辷(すべ)りおちるらしかった。外套の中でこぶしを固く握ったままつめたい駅名板に背をもたせ、自らも一枚の板となって、彼はしぱらくじっと呼吸をこらしていた。

2021/06/26

サイト「鬼火」開設二十一周年記念 梅崎春生 鬚

 

[やぶちゃん注:昭和二二(一九四七)年十二月号『文芸大学』初出で、翌年十二月に刊行された作品集『B島風物誌』に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 文中にも注を附したが、最初に言っておくと、本作は小説の体裁をとっているが、主人公「私」の体験内容は梅崎春生の履歴とほぼ完全一致している。中井正義著『梅崎春生――「桜島」から「幻化」へ――』(昭和六一(一九八六)年沖積舎刊)の年譜によれば、昭和一五(一九四〇)年三月(満二十五歳)、東京帝国大学文学部国文科を卒業(卒業論文は現代時制の小説のみに限定した「森鷗外論」)し、朝日新聞・毎日新聞・NHKなどを志願するも、総て不合格で、弱り切っていたところを、旧友の霜多正次の紹介で東京市教育局教育研究所の雇員(こいん:正式職員ではなく、事務・技術的仕事の手伝いなどのために雇われた雇用人)となった。給料は七十円。現在換算で一万三千五百円前後か。二年後の昭和十七年、陸軍対馬重砲隊に召集されたが、軽度の気管支カタルであったのを肺疾患と診断されて即日帰郷となり、その年一杯、療養生活を楽しんで、職に復したものの、まさにこの昭和十九年春三月には、『徴兵をおそれて教育局を辞職、東京芝浦電気通信工業支社に入社。一ヵ月勤務したが、役所と違って仕事がきついので三ヵ月の静養が必要であるとの診断書を医者に頼んで書いてもらい、月給だけ貰って喜んでいたところ、六月、海軍に召集され、佐世保相ノ浦海兵団に入団』することとなってしまうのであった。本篇作品内の時制では、梅崎春生は満二十九歳で、この年の三月から六月というのは作品内時制とも齟齬が全くなく、創作とは言え、梅崎春生には珍しい私小説風のものとも考えられる。

 なお、本テクストは私のサイト「鬼火」(二〇〇五年六月二十六日開設)二十一周年記念として公開する。サイト版でPDF縦書ルビ版も同時に公開した。【二〇二一年六月二十六日 藪野直史】]

 

   

 

 口鬚(ひげ)を立てようと思った。昭和十九年春のことである。しかしそれについても大いに迷ったと見えて当時の日記を読むと次のようなことを書いておる。

「一般的に言って人間の顔には、崖の似合う顔と似合わぬ顔がある様だ。誕生のときから生えているのではないかと思われる程しっくりした鬚の人も居るし、地の鬚のくせに付鬚みたいにそぐわぬ感じの人もいる。街を歩いて眺めて見ても、大きな鬚や小さな鬚、美しく刈り込んだ鬚や赤茶けて汚れた鬚、皆それぞれの趣好で顔に付着しているが、その似合う似合わないはひとえに顔の造作と微妙な関係があるようだ。顔の面積、鼻の高さや角度、頰と顎(あご)の比率、そんなものが鬚を立てる適不適を決定するのであって、鬚の似合わぬ人は自分の顔について計算誤りをしたと言う外はない。今まで見た範囲では、大鬚を立てた人に限って小さな眼を持っているようだが、あれはどういう訳(わけ)であろう。近頃感じた不思議のひとつである」[やぶちゃん注:底本全集の第七巻に抜粋の「日記」があるが、昭和十九年分はない。なお、近々、梅崎春生の当該「日記」パートを総て特殊な処理を施して電子化する予定である。お待ちあれ。

 変に気取った文章で、此処に書き写すのも気がひける。日記に此のような文体を使用することは精神が堕落している証拠で、当時の私は全く贋者の生活をして居った。気持の荒れは必ず顔貌に出るもので、鏡で見ると、色艶の悪い髪は額に乱れ落ち、眼には光なく、顔色蒼然として贋者(にせもの)に酷似している。これに鬚を立てればどういう顔になるのか、想像する勇気も出ない程不安であったが、しかし当時の私はどうしても鬚を立てねばならぬ訳があったのだ。顔の造作を顧慮することなく口鬚を生やさねばならない破目に追い込まれていたのである。その事情を今から書く。

 その頃私は東京都の役人であった。

 足掛四年の勤めであったけれども、地位から言えば極端に下っ端であった。そしてどの下っ端役人にも同じように、傲慢で、不親切で、見栄坊で、けちで、怠惰で、そして卑屈であった。唯私が周囲と違っていたことは、私が出世を念願しないということだけであった。それも都会議員などに手蔓(てづる)を求めて出世をたくらむ才覚を持合せないからであった。仕事にも情熱を持っていなかったから、勤務成績は極めて悪く、四年経っても雇員という半端な身分でぴいぴいしていた。そしてぴいぴいしていることに腹を立てて酒ばかり飲んでいたのである。それなら辞職すればいいのに、依然として毎朝通って居たというのも、役所を離れたら生活して行く方途が立たないからであった。もっと美しいもの、輝かしいもの、目の覚めるよぅなもの、そんなものを切に欲しながら、しかもそんなものが現実の世界にあってたまるかというのが、私の不潔な呟きのすべてであった。

 

  すべてさびしさと悲傷を焚(た)して

  ひとは透明な軌道をすすむ

 

 と詩人はうたったが、私はそんなものを焚くこともせず、濁った軌道をよたよたとたどって居るに過ぎなかった。ところが昭和十九年に入ると、事情が俄(にわか)に変って来たのだ。[やぶちゃん注:上記の詩は宮沢賢治の「小岩井農塲 パート九」のもの。但し、正確には「すべてさびしさと悲傷とを焚いて」/「ひとは透明な軋道をすすむ」である。全体は私のブログの当該詩篇の電子化注「小岩井農塲 パート九」を参照されたい。]

 徴用が始まるというのである。今までは役所は徴用の対象から除外され、それが私が役人として止っていた理由の一半ででもあるのだが、徴用すべき遊休市民も種切れになったと見えて、ついに当局は下級役人に目を着け始めたのである。これには困った。同僚の誰々に白紙令状が来たという話を聞く度に、私は次第にあわて始めていた。今迄は立身出世を侮蔑する気持が私の日常を辛うじて支えていたのだが、こうなると遮二無二(しゃにむに)出世を計って置けばよかったと後悔の臍(ほぞ)を嚙む思いであった。今更油にまみれて機械をいじるなど、誠に迷惑な話である。徴用。言葉からして現世の快楽から隔離された感じである。この事が私には一番いやだった。一体どうしたら良いかと思い悩んだ末、私は女のところに相談に行った。

「辞めてしまえば良いじやないの」

 女は冷然と言下に答えた。

「辞めてしまえばなおのこと徴用がくる」

「だから徴用の来ない処にはいるのよ」

 それもそうだと、女のアパアトから夜道を戻りながら私は考えた。しかし私のような人物は役所だからこそ勤まるので、よその処で勤務し得る自信はない。だがそんな事を考えている余裕は無かった。伝手(つて)を求めて他処(よそ)に移ることに決心して、私は辞表をしたためて役所に持って行った。そして再び踏むこともないだろうところの役所の玄関を、私はさっぱりした気持で出た。まことに晴れ晴れした心持であった。徴用が厭だったから辞めたに違いなかったが、私は周囲の小役人どもの体臭がそしてそれに染んだ自分の体臭が厭だったのだ。自分をなだめなだめして勤めていたのだが、常住それから抜け出たいという無意識の願望が、徴用という機会を捕えて爆発したに過ぎない。まこと徴用こそは、私の脱出の良きスプリングボードであった。ところが愚かな私は此の踏切板を利用して泥沼を見事に飛び出したまでは良かったけれど、方向を誤ってまた新しい泥沼に飛び込んでしまったのである。

 川崎市にある、今は焼けてしまったが、通信機を製造する大きな会社に私は入り込んでいた。此処を紹介して呉れた布川さんという人が、自分も営業部にいるから君も営業部に入ったが都合良いだろうと言うので、訳も判らずに営業部の一隅に席を据えて、毎日朝早くから通い始めたのである。朝は寒いのに暗いうちから起きて仕度をし、夕方は暗い頃でなければ家に帰り着かぬ。長い間住み慣れた本郷から余儀なく大森に引越して来た。弁天池の畔(ほとり)にあるマッチ箱のような素人(しろうと)下宿である。池に面した四畳半の部屋で、毎晩疲れ果てて眠った。[やぶちゃん注:「弁天池」東京都大田区山王四丁目(グーグル・マップ・データ)に現存する。]

 新参の勤めの気持は、経験のある人なら誰にでも判って貰えるだろうと思う。白々とした手持無沙汰な気持も、また誰からも相手にされない癖にどこからか執拗(しつよう)に監視されているような気持も、やり切れぬとは思ったが運命と思って辛抱した。しかし九日十日経ち、此処の空気が次第に判り始めるにつけ、段々私は自分の軽はずみを後悔するような気持になり始めたのである。

 役人という人種も誠に愚劣であったけれど、会社員というものがこんなに愚劣な人種であるとは私の予期しなかったところであった。ずるい癖に卑屈で、不親切で、そして最も私を驚かしたことは彼等は役人よりももっともっと官僚的であったことであった。一々例を上げるのは止(よ)すけれども、とにかく私はだだっぴろい部屋の一隅で、おあずけを食った犬のような顔をして、毎日爪を嚙んでぼんやりすわって居たのである。何も仕事がなかった。そして皆私に冷淡であった。私とかかわり合うと損をするといった風(ふう)であった。一間に閉じこめて何の仕事もさせないという刑罰が昔あったそうだが、これは辛いだろうと思う。こんなことなら徴用されて機械とにらみ合って居た方がましなような気になっていると、布川さんというのは気が良い男で、私が神妙に勤めているかどうか時々やって来て、元気をつけて呉れる。折角紹介して呉れたんだからと私もその時だけは気を取り直すが、布川さんが向うに行ってしまうと忽(たちま)ち気が滅入ってしまう。

 しかし、これ程とは思わなかったにしろ、現実世界に美しく楽しい仕事がある筈がない事は、いくら私でも知っていた事だから我慢して行く積りであったが、私が辛抱出来なかったのは私のささやかな快楽からすらも遮断(しゃだん)された事であった。役所に居た頃は、それでも勤務をさぼって国民酒場に並んだり、牛込の濁酒(どぶろく)屋に昼頃から行列することが出来た。処が此の会社は退けが五時半だから、とてもそんな事は出来やしない。だいいち女に逢いに行く事すら出来ない。私はもともとストイックな趣味は持ち合せないし、現世の快楽と言うと大袈裟(おおげさ)だがそんなものから自分を隔離するという事は、人生に対する冒瀆(ぼうとく)であり、ひいては神に対して冒瀆であるという信念を持って居たから、もはや私が此の軍需会社に席を置く意味は根底から失われて来たのである。で、辞めようと思った。

 辞めようと思ったものの、まだ一箇月も経たないのに辞表出したら、皆変に思うだろうし、第一紹介者の布川さんがいくらお人好しとは言え、面目玉を潰して厭な思いをするだろう。他人と感情の摩擦を起すことは生来私の好む処ではない。しかし辞めないことには女にも逢えないし、先ずあんな冷たいところはいやだ。あんな愚劣な世界はない。昭和十九年頃に於ける大日本帝国の一流軍需会社の内情は、こんなにも愚劣であったということを記録して後世に残さねばならぬ。そう思って原稿用紙を買って来て下宿の机上に置いてある程だ。どうにかして布川さんの面子(メンツ)を潰さずに辞める方法はないものかと、あれこれ思案しているうちに、私はふと病気ということを思いついた。そうだ、病気なら辞めても可笑(おか)しくないだろう。私は病気になる決心をした。

 私は生れつき智意は余り無いくせに、そんなことには頭が良く働くたちだ。その夜暗い大森の街をあちこち歩き廻り、すぐ診断書を書いて呉れそうな医院を探しあて、さまざまの贋の自覚症状を申し立てて、首尾よく診断書を手にすることが出来たのである。自覚症状は本屋で肺病の本を十分間ほど立ち読みして覚えた。医師が問うまま自覚症状を答えているうちに、何だか本当に自分が病気に冒されているようなものものしい気分になって来た。だんだん悲痛な顔色になって来たんだろうと思う。医師は私を慰めながら、用紙にさらさらと次のように書いて呉れた。

 右側肺尖加答児(カタル)四箇月ノ休養ヲ要スルモノト認ム

 それを読んだ時、にがいものが口腔の中にたまって来るような気がした。[やぶちゃん注:「肺尖加答児(カタル)」(「カタル」はオランダ語catarrhe・ドイツ語Katarrhで、粘膜の滲出性炎症。粘液の分泌が盛んになって上皮組織の剝離や充血などが見られる症状を言う。ここは肺尖部の結核性病変で、肺結核の初期症状である。]

 で、そういう事情だから辞めさして頂きたい、入社早々病気欠勤してその間月給を只貰うのは心苦しいし、だいいち私の気に済まない。

 そう言ったところが布川さんは人の好さそうな眼をしばしばさせて、そんな事はないでしょう、会社から月給貰ってゆっくり養生すればいいじゃないですか、と私をなだめるように肩をたたいて呉れた。いやそういう訳には、私の良心が許さないのです、入社しなかったと思えばそれで済むのですから、などと押問答しているうちに、布川さんはふと思いついたように、

 「しかし辞めると言っても君は此の会社に現場徴用になっている筈ですよ」

 何ですか現場徴用というのは、私はあわてて聞き返した。診断書は布川さんに事のいきさつを話す前に、もはや部長の手に提出してあるのである。辞表だけは布川さんの諒解を得て、部長に出そうという私の腹であった。そして布川さんの説明によって、戦争の終る迄は死にでもしない限り、私は此の会社と縁を切る訳には行かぬことが呑み込めて来た。まことに私は狼狽した。

 もはや事態は私の計算をはみ出て進行し始めたのである。あわててあちこちと折衝したけれども後の祭りであった。そしてとうとう不幸にも私は向う四箇月間養生しなければならない事に決ってしまったのだ。そんな恐い病気に私が犯され、そして長い間休養しなければならぬことが周囲に知れ渡ると、いつもは冷たく仕事の上では不親切な人人が、掌を返すように親切になったのは、今もって私には不思議である。他人が不幸になると人間は寛大になるものらしかった。お大事になさいとか、僕も昔やったことがあるがなどと、なおる秘伝を教えて呉れたり、始めからこんなに親切なら或は私も病気にならずに済んだにと、私は腹の中で毒づきながらあいさつを済まし会社の門を飛び出した。駅の方にてくてく歩きながら、どうにでもなれと思った。

 翌朝も何時ものように早く眼が覚めた。今日は会社に行かなくて良いのだということがすぐ頭にきた。嬉しいような不安なような気持で、蒲団をかぶって又眠った。色々な夢を次々に見て昼頃ぼんやり眼が覚めた。起き上って部屋の中を見廻した。見廻してもさて何することもない。

 これが私の克ち得た境遇なのか?

 猿をつないだ繩の端を猿廻しが持っているように、私を繋いだ紐(ひも)の端を会社がしかと握っている。一応私は身軽になったように見えて、その実身軽には動けないのだ。何をしたら良いのか判らない。又蒲団に私はもぐり込んだ。

 夕暮になった。私は起き上り窓際に腰かけて、池の端に咲いている桜を眺めていた。よごれた桜の花片が細い道を埋め隠している。池の面に浮んだ花片を鯉が時々顔出してくわえてもぐって行く。眠り足りて身体が重く、春の愁いのかたまりになったような気がした。

 翌朝も早く眼が覚めた。窓の下の道を、いずれあちこちの工場に徴用されたりして出勤する人々の跫音(あしおと)であろう、次々に近づいては遠ざかって行く。飛行機を造るために猫の手でも借りたい此の時局に、心身共に健全な私が手を束ねて無理矢理に朝寝をしなければならない。まこと後ろめたい感じである。しかし之(これ)も私の微妙な計算違いから来たもので、誰を怨むすべもない。しかしせめて三日に一度なりとも東京に出て、お酒を飲んだり本郷のアパアトにいる私の女に逢いに行ったりしてはいけないだろうか。そうでもしないことには、いくら安逸無為を愛する私といえども生きて行けないような気がする。

 ところがそう簡単に行かなし事情があったのだ。会社の本社が日比谷にあったし、また陸軍省や造兵廠に連絡に行く為(ため)、営業部の連中はしょっちゅう川崎東京間を往復しているのである。その為の定期券が何枚も用意されている程だ。大森から省線に乗るとすれば、顔を合せる危険が多分にある。絶対安静にして居る筈の私が、血色の良い顔で省線に乗ったりして居るところを見られたら、結果が思いやられる。どうにか解決の方法はないかと、窓の下を通る跫音を数えながら思い悩んでいると、天啓のように私の頭にひらめいたひとつの考えがあった。

 そうだ。口鬚を立てよう。

 口鬚を立てれば判るまい。勤めた間が短かったから、うまく行けば彼等は私の顔を忘れてしまうだろう。忘れないにせよ印象はぼやけて来るに違いない。そこでもって顔形を少し変えれば、あの連中は頭が悪そうだから胡麻化(ごまか)しが利くのではないか。

 しかしそれにしても鬚は一朝一夕にして生ずるものではない。それは仕方のない事だ。その代り生え揃ったら酒も飲めるし女にも逢える。私は愉しさのため急に胸がふくらんで来るような気がした。

 忙がしい会社の生活と打って変ってのんびりした日々が、こうして始まったのである。朝はゆっくり起き、昼から夜にかけて煙草すったり本を読んだり、夜中にはこんこんと眠っていた。そのうちに私は段々と肥って来るようであった。胸の辺に肉が付き、身体全体がぼとぼとしまりが無くなって来たのである。その上自分でも判る位に万事挙動にくぎりが無くなって来た。暇になったら書こうと目論(もくろ)んでいた小説が、机の前に坐っても一句も浮び上って来ないのである。机上にのべた原稿用紙の第一行には、軍需会社、と題名が書かれたきり、あとは余白のまま日が経つにつれて薄いほこりを重ねて行った。そのうちに小説を書こうなどという気持も忘れてしまった。日記もつけなくなった。掃除も怠るようになり、寝床の上げ下げも省略した。物憂(う)い春の空気の満ちわたる部屋の中で、昼間でも寝床に入って、近くの貸本屋から借りて来た小説を読みふけった。読み疲れると天井をむき、煙草をふかしながら女のことを空想する。

 相談に行った日以来私は女に逢っていない。床の中で女を考えると変になまなましく思い出されて来る。私が訪ねるときまってすぐチャカチャカと台所仕事を始めたり、しないでもいい洗濯を始めたがるのが女の癖であった。そんな癖を想起しながら私の指は鼻の下を撫でて居る。此の鬚さえ伸びればと思う。近頃肥って来たから、うまい具合に行けば私の鬚はハアトのキングみたいに高雅な感じになるかも知れない。私の好みからすれば、レオナルド・ダ・ヴィンチや佐久聞象山のような破局的な鬚が好きだが、あんな鬚を立てるまでには三年や五年はかかるだろう。やはりハアトのキング程度で我慢するほかは無かろうといったような事を私はとりとめもなくうつらうつらと考え続ける。

 此のような境遇に追い込まれたら、私ならずともこんな阿呆な具合になると思う。こんな状態を何と呼ぶべきだろう。頽廃と言うには筋金が入っていないし、安逸と呼ぶには悲しみがあり過ぎた。脳の外側にぐるりと不透明な膜がかかったようで、例えばまっとうな小説を借りて来て読み出すと、頁半ばにして眠気を催してしまうのだ。あの若い頃の俊敏な文学青年であった私はどこに行ったのであろう。頭の片隅で鈍い悔いを意識しながら、それでも夕暮になると大森駅近くの貸本屋から探偵小説を借りて来て、蒲団の中で深刻な顔をして読みふけった。もう文学も何もなかった。探偵と一緒に犯人を探すことだけが私の生甲斐であった。未だ見知らぬ異国の、シヤンデリヤの下で、街のアパアトで、河岸のくらがりで、宿命の如く突然人が殺される。私は直ぐさま名探偵と一緒に現場にかけつけ、巧妙にたくらまれた迷路に、擬似の興奮と戦慄を強いられながら入って行く。言わば私は心身をなげうち捨身となって犯人の探索に従事したのである。漠然とした悲哀とにがい反省をひとつひとつ潰して行きながら。

 窓の外に桜の花は咲きほうけ、やがて一ひら一ひら散り池の端を埋め尽し、散り果てた後からは鮮やかな緑の若葉が勢よくふくれ上って来た。もう良い頃だろうと私は窓に腰かけ手鏡を取り出して前に据えた。

 汚れた手鏡の面に、葉桜を背景として鬚もじゃに荒んだ私の顔がぼんやり映っていた。暖かい春風がそよそよと顎の鬚をそよがせている。眼が赤く濁り皮膚はたるみ、ことのほか陰惨に見えた。鏡を横にずらしたり、かざしたり、下から映してみたり、あらゆる角度から調べ終ると、私は窓をしめ跫音を忍ばせて下宿の玄関を出て行った。

 暫(しばら)くして私は理髪店の椅子台に、白い布で顎から下をおおわれて腰掛けていた。明るい雰囲気の中で無精鬚に埋まった私の風貌は、大きな白い鏡面の中でいっそう孤独に見えた。何か見るに堪えない気持があって私はわざと横を向いたりせきばらいしたりなどして胡麻化した。

 いよいよ鬚を剃る段取りになったとき、私はふと危惧を感じて薄眼を開き、掌をひらひらと動かした。「ここは残すんだよ」

 うっかりして剃り落されたら今までの苦労が水の泡になる。

 やがて剃り終った。椅子の上に起き直り鏡を眺めたとき、私は少からず失望せざるを得なかった。鼻の下には何も無かったのだ。いや、何も無いと言っては嘘になる。何か薄黝く、丁度鼻の下が垢じみて汚れた感じである。無精鬚としては道行く人も振り返る位堂々としていたのに、いざ本物になった時には影みたいにたよりないのであった。何だかだまされた感じである。がっかりしてとぼとぼと下宿に戻って来た。これではまだ当分女には逢えそうにもない。

 またしても懶惰(らんだ)なる生活が始まった。鬚などというものはまだ伸びないか伸びないかと毎日心配していると、仲々思うようには伸びて呉れないものらしい。むしろ鬚のことなどは念頭に置かないがいい。そう気付いたから鏡をのぞくことも出来るだけつつしむことにした。指でさわる時も人さし指や親指では触らない。薬指の腹で撫でるのである。これが私の鬚に対する無関心のせい一ぱいの表情であった。薬指の腹で撫でると、奇妙な触感が私の心をほろ苦くした。まだ撫でていたい欲望をねじふせると、急いで私は探偵小説の読み方に取りかかる。春が次第に闌(た)けて行った。女から葉書が来た。

 近頃顔を見せないがどうしているか、という文面であった。その葉書を読み返し読み返し、又取り出してはやさしい筆遣いを打ち眺めていると女の顔や身体のことを思い出してますます思慕の情が募った。

 朝早くと夕方遅く、相変らず窓の下の道を跫音がつづいて通る。その時刻だけは私はふしぎに寝床の中で目覚めている。だらけた一日中のうちで、何かが私の意識を叩きに来るのは此の瞬間だけであった。私はその瞬間身を硬くし、じっと跫音を聞いている。それは自責とか反省を超えた言いようのない孤独感であった。あの跫音はそのまま森森と機械が唸る荒びた世界に通じているのだ。そしてそれと同時に、南海派遣とか濠北派遺とか名付けられる灼けた弾丸と人血の臭いがするあの荒涼たる人間の現実にも――私は急いで聯想(れんそう)を断ち切ると蒲団をかぶり、莨(たばこ)のやにに染った指で鼻の下を撫でている。そして鬚を立てた私の顔を必死になって想像している。外の跫音から心を外らすために。――[やぶちゃん注:「濠北」オーストラリア北方のインドネシア東部とニューギニア方面。]

 友達と雑談している時、一度ふざけ出すととめどがないのが私の癖であった。相手が段々不快になって行くのが判っていても、そして自分でも不快になってしまっても私は悪ふざけが止まらなかった。私とは関係なくふざけ方が進行して行くような具合だった。それに似ていた。止めても止まらぬものならば、私は人もふり返るような見事な鬚を完成するほかはない。蒲団の中で私は一心に自分にそう言い聞かして居た。

 その中に日が経った。もうそろそろ大丈夫だろうと思って、抽出しの奥から鏡を取り出した。また窓縁に腰かけ幾分の期待をもって鏡をのぞき込んだ。

 明るく晴れ上った空を背にして、無精鬚が再び顔中に密生していた。ひいき目のせいか鼻の下は一段と濃く、外の部分の無精鬚を剃り落しても結構独立の存在を保っているように見えた。しかし眺めて居れば居る程気持が悪くなりそうなので、私は鏡を置いて立ち上り、衣を更えて出て行った。此の前の理髪店で、此の前と同じ理髪師が同じ服装と表情で私を椅子台の上に招じた。

 暫く経(た)って私は誠に落胆し、嫌悪の情で腹が真黒になって理髪店をよろめき出て来たのである。ハアトのキングなど飛んでもない話であった。日記にまで書いて危惧した通り、私の顔は鬚など生やすべき顔ではなかったのだ。今見た大鏡面の中の私は、ぶわぶわとふくらんだ顔の中央に絡印のように哀しい鬚をつけ、そして照れくさくわらっていた。何という哀しい鬚であろう。崖にとりついた不潔な蔓草のように赤茶けて鬚がしがみついている。とり返しのつかない失敗をした時の感じにそっくりであった。鏡にうつっているのが私の顔だからこそ私は我慢して眺めていたのだが、之が他人の顔なら思わず戦慄するに違いない。私は鏡面の顔から心弱くも視線を外らしていた。

 翌朝になった。それでも眼が覚めた時最初に頭に来たのは、今日は女に逢えるという濁った喜びであった。私は半ば爽快に半ば自棄(やけ)に勢良く床を離れた。東京に出るとしても鬚をつけただけでは駄目である。鬚というのは人間の印象の一部分に過ぎない。鬚を中心として全体の印象を調ベなければならない。

 私は押入れの中から古ぼけた鳥打帽と春の合服を取り出した。両者とも会社勤めの時に使用したことはない。ネクタイも赤い大柄のを選んだ。手鏡の中で次第に私の風采(ふうさい)が変化して行く。最後に鳥打帽を斜に乗せ、手鏡を顔に近づけた。

 これは何という顔であろう。まるで出来損なった探偵である。日に焼けた鳥打帽のひさしの下に、黄色くむくんだ顔が見るからに厭らしい鬚をつけ、それがじっと私を凝視している。これが私の青春の姿か。次第に高まって来る嫌悪をねじふせかねて、思わず私は呟(つぶや)いた。

「いい加減にしなよ。ほんとに」

 悪ふざけも、もう沢山ではないか。しかし私は人間らしく生きたかったのだ。悪ふざけすることで自分を確めたかったのだ。私といえども胸を張って悔いない透明な軌道をすすみたい。ただそんな生き方が今の時代には出来ないのだ。私は傷ついている。傷口をわざと押し拡げ、自ら感ずる苦痛だけが私には真実であった。ますます傷は深くなって行く。傷だらけになって、そして私の青春も間もなく終るのだろう。それまでは此の傷口のような鬚を曝(さら)して進んで行く外はない。

 ふと涙が出そうな気がした。私はあわてて立ち上り部屋中を二三度歩き廻り、そしてそのまま玄関から出て行った。

 女のアパアトは本郷の露地の奥に傾いて立っていた。

 私が扉をノックすると暫くして女が出て来た。私の顔を見て、何とも言いようのない表情をした。入れとも言わず扉の間から首だけ出して私をみつめた。

「やって来たよ」と私が言った。言いながらにやにや笑ったんだろうと思う。女が微かに身ぶるいをするのがはっきり判った。暫(しばら)くして私を見つめたまま女が言った。

「何なの、それは」

「鬚だよ」

「ひげ?」女は痛苦に堪えないような顔をした。「何故鬚なんかをくっつけているの?」

「だって鬚を生やさなければ君に逢えなかったんだよ」

 私は廊下に立ったままで、都庁を辞めた以後のいきさつをしどろもどろしゃべり始めた。女は冷たい表情で私の話を聞いていた。

「で、そういう訳なんだよ」

 女は視線をゆっくり私の頭から足先に移動させ、又ゆっくり私の顔に戻した。

「いやだわ、ほんとに」女ははっきりした声で言った。「あなたの顔や恰好は、まるでサアカスよ、そんなのいやよ」

 サアカスという言葉を聞いた時、大粒の涙が私の瞼からころがり出た。私は悲しくて悲しくてたまらなかった。私は廊下に膝をつかんばかりにして女に私の気持を訴えた。私が熱すれば熱する程、女はますます冷たくなって行くらしかった。此の女に見離される位なら、私は何の為に鬚を生やしたのか判らなかった。

「鬚を剃ったら又いらっしゃい。それまではお断りよ」

 冷然と女は言い捨てて、扉を音立てて閉じた。

 話はそれだけである。

 それから二三日経って私に召集令状が来た。即日私は荷物をまとめて、二十四時間汽車に揺られて九州に帰った。鬚は海兵団に入団する前日、佐世保の床屋で剃り落した。それから一年有三箇月、私は終戦まで海軍の下級兵士として人並みな苦労をなめた。

 今私の手許に一葉の写真がある。東京を離れる時撮った写真だ。赤だすきを肩にかけてひどく力んだ感じだが、記億の中では此の時は勿論(もちろん)充分鬚の形をとって居た筈にもかかわらず、此の写真の鼻の下にはほとんど鬚らしいものは認められない。写真の具合によるのでもあろう。また生毛のかたまりに過ぎなかったものを、私だけが鬚のつもりに思い込んでいたのかも知れない。もしそうだとすると此の数箇月間は私は全く独角力(ひとりずもう)を取っていたということになる。まことに佗しい話だと私は思うのである。

 先日暇があったので行ってみたら、本郷は焼野原になっていて、アパアトの付近は麦畑となり、春風の中を雲雀(ひばり)のみがピイチク啼いて居った。女はどうしたのか判らない。

 

2021/06/20

ブログ1,550,000アクセス突破記念 梅崎春生 亡日

 

[やぶちゃん注:昭和二二(一九四七)年十一月号『光』初出。翌年の講談社刊の作品集「餓ゑの季節」に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。文中に注を附した。

 標題は私は亡日(ぼうじつ)と読みたい。所謂、陰陽道が元の易暦で凶日とされる一つに「往亡日(おうもうにち)」があるが(外出を忌み、特に出発・船出・出征・移転・結婚・元服・建築などに不吉な日とし、一年に十二日ある)、どうも「もうにち」は響きが悪く、本作の題名としては、出征絡みではあるが、それを象徴するほど意味を持つようには思われない。彼の「幻化」と同じで、これはシンボライズされた「失われた日」であり、「失われた太陽」「失われた日々」の意であるように思われるのである。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが今朝、1,550,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021620日 藪野直史】]

 

   亡  日

 

 エンジン扉(ドア)が暑苦しいおとをたてて、いっせいに閉じた。停車中しばらくしゃべりやめていた座席の老人が、それにうながされたように甲高い声で叫び出した。

「だから日本は神国というのじゃ。あらぶる神々のしろしめす国じぅあ。二千六百年もつづいた尊いくにがらじゃ」

 乗客のからだを揺って、がたんと電車は動き出した。歩廊の号笛がふたつ重なって、ホオムをへだてた向う側の線の電車も、これと同時に動き出すのが窓硝子ごしに見えた。老人は防空服の小柄な肩をいからして、あたりを見廻しながらしゃべりつづける。その眼は義眼のようにへんにキラキラして、そのくせ視線は何ものもとらえていないらしかった。真中からふたつに割れたあの厭な恰好の大きな国民帽を、此の老人はしなびた頭にのせていた。両掌で弁当箱のふたを支えていて、その中には砕いた氷の破片がなかば溶けかかっていくつも乗っていた。老人は言葉の合間にそのひとつを口に含むと、銅板を小槌でたたくような声でまた忙がしげにしゃべり出すのだ。[やぶちゃん注:「国民帽」グーグル画像検索「国民帽」をリンクさせておく。]

「……それで神風が吹かんというのか。そんなに吹いてはたまらんわい。いつもわしが言うとるではないか。あれはけんこんいってきということじゃ。建国祭の旗がばたばたじゃ。そら、真珠湾の特別攻撃隊じゃ……」

 此の暑いのに脚絆(きゃはん)を巻いたり、防毒面包をさげたり、モンペを着けたりしている乗客たちは皆、言いようのない冷淡な無感動な顔つきで、老人のくるった饒舌(じょうぜつ)を聞き流している。私は扉口の脇によりかかって、老人の座席を視野の端にぼんやり入れながら汗づく眼を見ひらいてした。

 電車は次第に速度を増して、歩廊の端を切捨てるように走りぬけ、線路の砂利の上に明確な陰影を飛ばし始めたと思うと、先刻駅を同時に発車した向うの線路の車体が、吸いよせられるように見る見るこちらに近寄って来て、そして三尺ほどの幅をへだてて平行して走り出した。それはぴったり同じ速度に重なった。向うの車体の内部が手に取るように近く眺められた。そこにはこちらと同じ服装の人々が、腰かけたり吊皮に下っていたりした。誰もこちらに注意をはらっていなかった。ただ無関心に揺られていた。腰かけに立って外を眺めている子供がひとり、興味深そうにこちらを眺めているだけだった。頭の鉢のひらいた五つ位の子供であった。何を思ったのか両掌を窓枠に支えて、顔を窓硝子に押しつけた。……顔が白っぽくへんにふやけて、アルコオル漬の胎児みたいになる。そしてそれは動く。鼻がひらたくつぶれて、なまなましい皮の断面になって行く。子供は押しつけたそのままの顔で、或る表情になった。……一一つの車体はきしみながら同じ速度で奔(はし)りつづけた。同じ方向に行く線ではない。しばらく雁行してそこらあたりから九十度の角度に分れて行く筈であった。それは私も知っている。しかしその束の間の併行の中で、向うの車の無心な子供や大人が、ゆるぎなく連結されたみたいに、私の位置と同じ速力で動いている。ある生理的な不安がふと私をとらえた。その不安は急激に私の肉体にひろがって来る。白いエナメル塗りの把手(とって)をにぎりしめたまま、私はそれに堪えようとする。――

 その瞬間、むこうの薄墨色の鋼鉄の車体はちょっと振動して、そのまま少しずつ下にずれて行くらしい。等高にあった窓々が、一寸、二寸とさがって行く。それは沈下して行く世界のように、窓硝子に畸形な子供の顔を貼りつけたまま、皆おなじ姿勢のまま沈んで行く。一尺。二尺。そしてぐっと沈み込むと、灰色にすすけた車の屋根、平たい通風孔、折り畳まれたパンタグラフ。その彼方にはすでに家家の黒い屋根が連なり見えて、視野からふりおとすように此の同伴者のすがたは消えてしまう。重復した音の流れが急に単一の轟音にかわり、そのあいだを老人の甲高い声が縫って聞えて来る。

「それが蝙蝠(こうもり)傘の骨じゃ。墓場のしきみの匂いじや。やがて空から火が降って来るぞ。みんなみんな火の中に凍えてしまうぞ」

 老人は口に含んだ氷片を勢よくはき出した。氷は床をすべって私の足もとでとまり、やがて紙のように薄くなり、そのまま透明に溶けてしまった。私はそれを眺めていた。片掌で把手を支え、片掌で内かくしを確めていた。あんな薄い紙片なのに、布地をへだてても核のように探りあてられる。それはまるで内臓の痛みのようだ。

 ――今朝私は此の紙片を受取った。それを私にわたしたのは年寄りの郵便脚夫みたいな男であった。受取った瞬間に私はその紙片が何であるかをはっきりと察知した。その男の身振りがそれを教えたからである。動悸(どうき)をおさえながら私はそれを開いた。薄い印刷面に、私の名前と参集すべき年月日だけがにじんだインクで書きこまれてあった。末尾のひときわ大きい活字は、佐世保鎮守府という活字だった。[やぶちゃん注:召集令状は各役所役場の兵事係吏員が応召者本人に直接手渡しするのが普通であった。中井正義著『梅崎春生――「桜島」から「幻化」へ――』(昭和六一(一九八六)年沖積舎刊)の年譜によれば、梅崎春生は東京市教育局教育研究所の雇員(こいん)であった昭和十七年、陸軍対馬重砲隊に召集されたが、軽度の気管支カタルであったのを肺疾患と診断されて即日帰郷となり、その年一杯、療養生活を楽しんで、職に復したものの、昭和十九年三月には、『徴兵をおそれて教育局を辞職、東京芝浦電気通信工業支社に入社。一ヵ月勤務したが、役所と違って仕事がきついので三ヵ月の静養が必要であるとの診断書を医者に頼んで書いてもらい、月給だけ貰って喜んでいたところ、六月、海軍に召集され、佐世保相ノ浦海兵団に入団』することとなったとある。]

(そうするとこの俺が、海軍水兵になるという訳だな)

 先刻から数十度も考えたこのことを、また意識にあたらしく浮べながら、私はぼんやり車中を見渡していた。何故みんなこんなに沈欝な顔をしてゆられているのだろう。ひとりひとりが自分の内部に折れこんだような表情をつくって、まるで仮面で外気を拒否しているようだ。あの防毒マスクを腰に下げた会社員風の男も、その隣のだぶだぶのモンペを着けた四十女も、あるいはここに寄りかかっている私も同じかも知れないのだ。それは同じなのだ。あの狂老人の言葉を、私もつめたく聞き流しているではないか。顔にわらいも浮べず、軽蔑のいろを浮べることすらしていないのだ。私はただ私のことだけ考えている。私の運命を一瞬にして変えた此の紙片すら、此の乗客たちにとっては老人の叫び声ほどの重量もありはしないのだ。

 電車ががたんと揺れて曲路(カーブ)に入るらしい。壁ぎわの床においた私の酒瓶を、私は足でぐっと支えた。いっぱい詰った酒瓶の実質的な重量感が、私の足首をやわらかく押しもどして来る。壁板に背をささえて、私は眼を窓外にはなっていた。ふと気がつくと、二百米ほどの遠方を再び高架線となって、先刻沈下した電車が微かな傾斜を奔(はし)りのぼるらしい。ひとつの車体だけでなく、七八輛の全長として眺められた。それに群がり乗った人々の姿は、もはや遠く豆粒ほどの大きさであった。そのむこうに家々がかすみ、家並の果てる彼方に巨大な積乱雲が立ちのぼり、白くあかるくかがやいていた。黄金色にはじける太陽の直射光の下を、その電車は音もなく、淡黝(あわぐろ)い柩(ひつぎ)をいくつもつらねたように、遠く線路のかなたに小さくなって行った。窓硝子だけが陽を反射してチカチカと光った。そのきらめきすらだんだん小さく幽かになって行く。まるで遠い昔に帰って行くように。……

 荒涼とした孤独の感じが、それを眺めたとき波紋のように私の胸いっぱいにひろがってきた。

 

 改札のふきんには、なにか酢に似た匂いがうすくただよっていた。私から受取った切符を指にまきつけ、その若い女駅員は視線を私の酒瓶におとし、なんだと言うような表情をした。駅のスピイカアが時々思い出したように、きしんだ声をはり上げる。

 「今日は防空服装日であります。皆さま。今日は防空服装日であります」

 駅前のアスファルトがやわらかく轍(わだち)のあとを残していた。斜陽がじりじりとそれを照りつけていた。踏切を渡って曲ると、道はしばらく線路に沿ってつづく。道の右手は二間ほどの崖になっていて、その下を線路が青黒く走っていた。蓖麻(ひま)が生えている。そして左手は雑草地となって来る。此の道をいままで私は何度か通った。通るたびにある抵抗がある。そして今日も。私は手にした酒瓶をわざと勢よく振りながら歩いた。今朝受取った召集令状を区役所に提示し、出征用酒配給切符を貰い、そして酒屋から現物を手に入れる。今日の昼はそのことで終ったのだ。何かいらいらしながら、私は役所や酒屋をかけまわっていたのだが、こうやって手に入れてしまうと、不思議にそれは落着いた重さとなって、私の腕にしっとりとしずみ込んで来る。たのしい酩酊(めいてい)の予感さえ、いま私にはあるのだ。しかしそれは感官の皮膚面だけのことだ。いらだつものは胸の奥の奥に折れ曲り、そこで眼をくらく光らせているのだ。ある終末的な感じに耐えながら、私はしらずしらず崖の縁をあぶなく歩いていた。遠く電車の音がレエルを伝ってにぶく羽音のようにひびいて来る。額の汗はふいてもふいてもしたたり落ちた。[やぶちゃん注:「蓖麻(ひま)」下剤「蓖麻子(ひまし)油」でしられるキントラノオ目トウダイグサ科トウゴマ属トウゴマ Ricinus communis の異名。種子には猛毒であるリシン(Ricin)が含まれている(解毒剤なし)。推定で東アフリカ原産とされる。]

 二町ほどもあるくと、やがて左手の雑草地が尽きるところ、小さな屋根が見えて来る。あれが天願氏の家である。近づくにしたがって屋根のトタンの照返しが、黒くぎらぎら眼を射たりした。その小さな庭の伸び切った玉蜀黍(とうもろこし)のかげに、椅子に腰かけた裸の男が見える。頭をうつむけて何か手を動かしているらしい。草いきれの小径をよぎり、破れた背戸を押したとき、気がついたように背を起した。

 「なんだ」と私はすこしおどろいた声を出した。「居たんですか。居ないのかと思った」

 ふと呆けたような眼付になって天願氏は立ち上った。かぶさった髪のしたの顔。裸の上半身は何か見ちがえるほど肉の落ちた感じであった。立ち上った膝から竹屑が散って地面に落ちた。けずり上げたのは一尺ほどの細い筆筒らしい。掌に握っているのは、よく磨ぎすまされた鋭い形の鑿(のみ)である。なにか対峙(たいじ)するように私は背を堅くして、じっと天願氏を眺めていた。大儀そうなわらいが天願氏の頰に一寸浮んだ。[やぶちゃん注:「天願氏」戦前の小説「風宴」(昭和一四(一九三九)年八月号『早稲田文学』発表。リンク先は「青空文庫」)にも登場するが、これは五高時代以来の友人で作家の霜多正次(大正二(一九一三)年~平成一五(二〇〇三)年:元日本共産党員)である。がモデルとされる。但し、彼は昭和十五(一九四〇)年に応召し、外地を転戦した後、ブーゲンビル島に配属され、日本の敗色が濃厚となった昭和二十年五月、オーストラリア軍に投降して、捕虜となったから、設定は全くの架空である。]

「居ないのかと思う位なら、何故訪ねて来るんだね」

 かすめるような視線が一瞬私の手の酒瓶におちて、台所の引手に身体を入れながら天願氏が私をふりかえった。

「玄関から上れよ。それとも井戸端で身体をふくかね」

「磯さん。磯さん」家の中からそんなこもったような声がした。その弱々しい調子にふと私は耳をとめた。それは夫人の声にちがいなかった。なだめるような男の声が、やはり障子の内側でした。押えた声音であったけれども若々しい響きであった。声はそれだけで止んだ。

 玄関に廻るとよごれた下駄箱に、骨の折れた古傘や火たたきが立てかけられ、紙袋から洩(も)れた防火砂が土間にざらざらこぼれていた。そこに無造作に脱ぎ捨てられた一足の靴のそばに、私は靴の紐を解いた。革と汗の臭いがただよった。それは私の靴からであった。私のと並んだその靴は、今日おろしたかと思えるほど真新しくて、形から言えばあきらかに軍隊用のものだった。私は何故となく自分の靴を土間のすみにかたよせた。足音をふと忍ばせて部屋に入ると、もはや天願氏は黒い大きな卓を前にして欝然とすわっていた。卓の上には空の湯呑がふたつ置かれていた。私はその前にきちんとすわり、暫く経って背後から酒瓶を引寄せ、湯呑にふたつともトクトクと酒を満たした。[やぶちゃん注:「火たたき」火叩き。消火用具で、竹竿の先に三十センチメートルほどに切った縄の束を付けたもの。これで叩いて火を消す。空襲時の火災のためのもの。]

「今日はいろいろお願いがあってね、何からしゃべっていいか、先ず、僕の荷物をね、しばらくあなたの家にあずかって貰いたいと思ってね、そう思って今日はやって来たんですよ」

 そう言いながら私は湯呑のなまぬるい酒をすこし含んだ。天願氏は無精鬚のはえかけた顔をややのり出して、探るような視線で私の方をしばらく見詰めていた。

「荷物って。何故?」

「布団や机、そんなものです」

「ふん」天願氏は湯呑をとりあげて、ゆっくりした動作で半分ほど飲んだ。「どこかに逃げるんだな。故郷にかえるのかい」

「あなた、そこにいるのは誰?」

 それは隣室から夫人の声であった。それと一緒に唐紙(からかみ)ががたがたと少し開いて、窓かけをおろした青暗いその部屋から、白い服を着たわかい男がぬっとこちらに入って来た。部屋のすみに膝をついてすわった。眼鼻だちはつめたい程ととのっているくせに、どこか変に粗暴な感じのする男だった。

「やはり医師を呼ばんければいけませんな。天願さん。それはあんたの責任だ」

 若い男は両掌をきちんと膝の上にそろえて、上目使いに天願氏をみつめながら低い声でそんなことを言った。こんなに暑いのに此の男はきちんと服を着ていると思うと、すこし身じろいだとたんに微かな音が鳴って、それは男の腰に下げられた短剣の鞘(さや)であった。男はそう言いながら卓上にふと不審気な視線をはしらせた。

「呼ばなくちゃいけないと僕も思うよ」

 天願氏は押えたような声でそう答えた。そして語尾を曖昧(あいまい)にぼかしたまま、また湯呑をとりあげた。

「奥さんにもお話しておいたが、私も四五日中に出撃するかも知れません。こんなことは秘密だが、こんな場合だから特に申上げるのです」

 唐紙がなかば開いたままになっていて、そこから見えるむこうの部屋の一部に私は気をうばわれていた。床がしいてあって、その上に夫人が布団によりかかってすわっているらしかった。うすぐらい中でその顔はお面のように蒼白であった。そして夫人は私の姿を認めたらしい。

「ああ、あんたなのね」あえぐような弱い声であった。身体を少し傾けながら「お酒をのんでるのね。わたし病気になってしまったのよ」

 何かしめつけられる思いで私はその声を聞いた。眼をそこから外らして私は卓の方に手を伸ばした。

「もちろん生還は考えてはいない。だから後に心を残したくないのです。そんなことは皆でやってくれなければ――」

「それは僕の責任じゃないよ」と天願氏はさえぎった。

「医者に見せたがらないのは僕じゃない。鳥子だよ」

「それは別間題です」

 男はふいに傲慢な口調になった。それから変な沈黙が来た。瓶を傾けて酒を注ぐおとが大きくひびいた。

「それで」と私は耐えきれないで誰にともなくそんな言葉を口に出した。「御病気なんですね。何時ごろからです」

「もう半月位前だ」沈欝な声で天願氏はそう言った。「そこの道で、暗いものだから線路におっこちてしまった」

 そして脾腹(ひばら)を打ったのだという。鋭い眼付でじっと見詰めていた若い男は、天願氏がとぎれとぎれその事情を話している途中でふと立ち上った。では、と言ったらしかった。部屋を出て行ったと思うと玄関の板の間に剣鞘がふれる音がし、暫くすると表の方に出て行く靴の音がした。

「――電車が丁度走って来た処でね、危く轢(ひ)かれるところだった。急停車したからたすかった」

「だって電車には前燈がついていたのでしょう?」

「そりや点いているだろうさ。何故?」

「では道は暗くなかった筈だ」

 天願氏はいきを引くようにして暫くだまった。湯呑の残りをぐっとあおった。

「暗かったのか、前燈に目がくらんだのか、それは僕は知らない。とにかく近所の人がせおって来て呉れたんだ。それから鳥子はずっと寝ているんだ」

 へんにつめたい顔になって天願氏は隣室の方を顎でしゃくった。

 それから暫く酒を湯呑に注いでは飲み注いでは飲んだ。そのあいまに堅いするめの脚をしきりに嚙んだ。隣室と境の唐紙は半ば開いたままになっていて、夫人はまた床に横になったらしい。私の眼からは今、うすい夏布団が体の形にふくらんでいるのが見えるだけである。私たちの会話は聞えないのか、それはじっと動かない。何かしゃべることが沢山あるような気持がするが、さて口に出そうとすると何も言うことはなかった。湧きあがるむなしいものを押えながら、奥歯で鯣(するめ)をしきりに嚙んだ。明日は荷物をまとめて天願氏のところに運びこむ。明後日は赤だすきなど肩にかけて、見送りもなくひっそりと東京を離れてしまう。それでもう帰って来ることはないだろう。私は水兵服を着こみ軍艦に乗せられ、遠い南の海で戦争し、やがて静かに青い海に沈んで行く。何もかもそれで終る。青じろくふやけた私の屍の中に、赤や青や斑の魚たちが巣をつくってしまうだろう。ぼんやり私はそんな想像に堪えながら、また瓶から酒を注ぎたしては飲んだ。ようやく酔いが熱く身体のすみずみに廻って来た。[やぶちゃん注:実際の梅崎春生は敗戦まで九州地区を転々とした内地勤務であった。]

「どうも少し変なんだ」と暫くして赤くなった顔をあげて、天願氏がぽつんと言った。まるで前からの話のつづきみたいな具合だった。「なんだかぼんやりして、役所に出たって面白くないもんだから、近頃はずっと休んでいるんだが、うちにじっとしているとへんに退屈でね。昨日はひとりで浅草に遊びに行ったのさ。おどろいたねえ、普通の日だというのに満員だ。男の歌手が舞台に出て来てね、気取った声で勇ましい軍歌をうたったよ。皆聞いてるような聞いてないようなぼんやりした顔で舞台を眺めているんだ。その中にいて、だんだん不安になって来た位だ。何のためにみんな木戸銭払って入って来ているんだろう。うたい終ると平土間の片すみから、ようハイクラス、という掛声がかかったよ。それでも誰も笑いなんかしない。歌い手もしろうとっぽい笑い方しながら引込んで行ったんだが――」[やぶちゃん注:「役所」梅崎春生に教育研究所への就職を世話したのは霜多であったから、彼も東京の役人(教育関係)であったものと考えられる。]

 湯呑をかざして西陽(にしび)にすかすようにした。

「ハイクラスだなんて、きっと国民酒場のウイスキイのレッテルでも思い出したんだよ。しかし何故そんなことばかりを僕は覚えているんだろう」

「それで」と私も調子を合せるように訊ねた。「それはそれとしてもね、先刻の若者はあれは海軍の士官?」

「そうなんだ」天願氏はちょっと厭な顔をしてうなずいた。「鳥子の遠縁にあたるというんで、近頃しょっちゅうやって来るのさ。東京通信隊付の海軍少尉さ。あれで学徒出陣と自称しているんだがね」

「学生上り、にしては一寸いやなところがありますね」

「近頃の学生って皆そんなもんだよ。変に悟ったような恰好で、その癖おそろしく俗才に長(た)けていてさ。あれでマルスに来ていたと言うんだが、君は覚えていないか?」

 珈琲(コーヒー)の香や莨(たばこ)の煙や、壁にかけたロオランサンの模写や、鉢植のかげから音楽が流れていたマルスの店を、私は今あざやかに思い出していた。そこでは角帽の学生たちが眼鏡をひからせながら珈琲をのんだり、ハイボールを飲んでいたりした。その二階のきたない部屋で、若い私達はひそかに何度も会合した。階段のところに見張りを立て、私達は熱心に議論したり、仕事を打合せたりした。天願氏と相知ったのも此の二階の一室だった。天願氏は錆(さ)びた特徴のある声で、常に私達をリイドした。此の会合がだんだん不活潑になって来たのは何時頃のことだろう。そして、私がそれから次第に情熱を外(そ)らして行ったのは。――世の中がなんだか変な具合になって来て、マルスが丸巣と改名させられたり、大学の軍事教練が必須課目となった頃から、私はむしろ階下に入りびたって酒ばかり飲むような男になっていた。その頃の仲間もみな四散し、昔のことなど忘れたような顔付で、常凡な会社員になったり、地方の中学教師になって行ったりした。生きていることがくるしく、私は毎夜マルスに通った。酒をのんだり、そこの女の顔をながめることが、その頃の私の唯一の生甲斐だった。取残されたという意識が、はなはだしく私を駆りたてていた。――そこの女に心から惚れていたのかどうか、私は今でもわからないのだ。しかしその給仕女の顔を見ると胸が押しつけられるような気がした。何時からこんな気持になったのか、それも覚えていなかった。私が丸巣の扉を押して入って行くと、何も言わないうちに黙って強い酒を注いで呉れた。めったに笑顔を見せない冷たい感じのする女だった。酒をのみながら私は遠くの卓から眺めているだけであった。その女の冷たい感じがどこか人を牽くらしく、その取巻の中に先刻の若い男の顔もあったような気もする。しかもそれもはっきりしていない。――ある夜、長い間の盥(たらい)廻しから出て来た天願氏をつれて、私は丸巣の扉をくぐった。天願氏は蒼くやつれて、変に元気をなくしていた。うしろめたい気持があって、私はしきりに天願氏に強い酒をすすめ私も飲んだ。酔ってから、あの女をぼくは好きなんですよ、と天願氏にささやいた。天願氏はきらきら光る眼でその女の方をじっと眺めていた。――それからどんな経過やいきさつがあったのか、私は全然知らない、二箇月も経(た)たないうちに天願氏は、その鳥子という給仕女と結婚したのだ。それから三年経つ。

 今更自分の気持をいたわってもしかたがないとは思いながら、酔いが廻って来るにつれて妙な感傷が私を領し始めていた。事態がこんなにせっぱつまっているのだから、沢山やるべきことが残っているような気がするのに、西陽(にしび)がかんかんあたる此の小さな部屋でぼんやり酒を飲んでいるということが、変にぴったりしない奇怪なことに思われだした。膜をへだてて撫でるように、真の感覚から遠ざかったものがある。時折私は思い出したように隣室をぬすみ見ながら、天願氏と調子の合わない会話をぽつりぽつりと交していた。天願氏は酔いが廻るにつれて、沈みこんでいた何ものかが表面にいらいらと浮び出るらしかった。

「近頃なんだか神経衰弱のような気味があるんだよ」天願氏は鯣(するめ)の胴を無意味にひきさきながら言った。「しきりに故郷のことばかり頭に浮んで来るのだ。僕の生れた石垣島という処はまことに大風の吹く島で、家はみんな鯣のように平たく地面に這ったような形なのだ。がじまる。びんろうじゅ。僕の生家は大きな家で、おやじが六十九にもなって、まだ生きている。ひとつ家に、おふくろとお妾と、ぼくの兄弟や甥たちが、ごちゃごちゃに、しかも仲良く住んでいるんだ。お互に愛情をもちながら平和に暮しているんだ。僕はそんな愛情が鎖のように重くて、若いときその島を飛び出したんだが、東京のように人と人の間が乾いた風土も始めのうちは面白かったけれど、近頃はもうやりきれなくなった。他人がどんなことを考えているか判らないということは、君、おそろしいことだよ」[やぶちゃん注:モデルとされる霜多は沖縄県国頭郡今帰仁村に生まれである。「がじまる」バラ目クワ科イチジク属ガジュマル Ficus macrocarpa 。沖縄ではこの大木に妖精キジムナーが棲むことで知られる。「びんろうじゅ」単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科ビンロウ属ビンロウ Areca catechu 。噛み煙草に似た使われ方をする嗜好品としての実、「ビンロウジ(檳榔子)」で知られる。]

「歳のせいですよ」と私はわらった。

「歳のせいだけでもないらしい」天願氏は渋い顔でこたえた。「だいいちそんなに僕は年寄りじゃない。まだこれでも四十だよ。四十になってぼんやり何にも判らないでいるのだ。ああ、ちょっと」掌を上げて耳をすますような恰好をした。「聞えるだろう。あれが」

 屋根の上でなにか軽いものをころがすような丸い断続した音がした。ぐるる。ぐるる。ぐるるる。そして止んだ。天願氏は手を伸ばして、畳の上にころがっていた先刻の竹の筒をひろいあげた。

「夕方になるといつもやって来て啼くんだ。あれは鳩なんだよ」

 鳩の啼声(なきごえ)がまた短くおちて来た。

「あの鳩を射落してやろうと思ってね、今日は昼からこれをつくったんだ。吹矢のつもりだよ。でももう此の吹矢を使う気持はなくなった。吹矢で鳩をおとせるものか。そんなこと判っていながら僕はせっせと此の竹筒をけずっていたんだよ。げずり上げた処に君がやって来たんだ。だから今安心して僕はのんでいる。いい酒だね、これは。よくこんな酒がいまどき手に入ったもんだね」

「――召集が来たんです。先刻言いそびれたけれど」

 湯呑を口に持って行こうとした手がはたと止って、天願氏は赤くにごった瞳でじっと私を見つめた。鳩の声が、ぐるぐるる、とおちて来た。窓におろしたすだれのむこうで、大きな夕陽がいま沈むらしかった。

「鳥子」しばらくして天願氏がかすれた声で呼んだ。「召集が来たってさ」

「聞いたわ」

 弱々しい声が隣から戻って来た。夫人はそして床の上に起きなおるらしい。湯呑をぐっとあおると、天願氏はまた酒瓶の方に手をのばした。

 

 陽が沈むと少し風が出たらしく、玉蜀黍(とうもろこし)の葉がさやさやと鳴り始めた。そのむこうの線路を電車が屋根だけ見せて時々走って行った。身体はすっかり酔っているくせに、皮膚だけがしらじらと醒めている感じだった。私達は何だか大きな身振りをしてしゃべり合っていた。こんなに酒をのむのも今夜だけだという気持が、なにか私をかなしくさせていた。天願氏は役所の仕事のことをしきりに話していた。天願氏のかかりというのは、国民学校の教員たちを道場につれて行って、みそぎをさせたり、講話を聞かせたりするのが仕事であるらしかった。

「霊火の行(ぎょう)というのがあるんだ。午前二時頃広場のまんなかに火を焚(た)いて、皆でそれを取巻くんだ。他愛もない話だよ。拝火教のたぐいさ。どんなことをするかというと、白い紙に自分の懺悔(ざんげ)や祈願を書きしるして、折りたたんだやつを順々に火の中に投げこんで行くという趣向なんだ。僕は火のそばにいてね、風に外れて燃えないままのやつを、此のあいだ三枚ばかり拾い上げたんだ。先生どもは皆深刻な顔付で投げこんで行く。どんなことを書いているかと、つまり僕はふと好奇心をおこしたわけなんだ」

 天願氏の舌はすこしずつもつれるらしかった。

「そして道場に戻ってそっと開いて見たんだ。どんなことが書いてあったと思う。何にも書いてないのだ。全然の白紙だった。三枚とも」

 惨めなわらいが天願氏の頰にうかび上って来た。

「それは想像できるな。で、天願さんはまさかそれ以来役所を休んでいるという訳じゃないでしょうね」

「いやなことを聞くんだな。いまさら俺にそんな感傷はないよ」

「ほんとうに無意味なことをやるもんですね。大人たちは」ふとにがいものが胸におちて来て、私は独白のようにそう呟いた。天願氏の顔は酔いのために少し蒼ざめて、やせた頰のあたりは凝(こ)ったように動かなかった。

「無意味だと思うかね」

「思うわ。無意味じゃないのですか、そんなことは」

 暫く卓の上に視線をおとして、やがてしみじみした声になった。

「僕の友達は皆、いまはいいところになっていてね。君には判るまいが、日本が必ず敗北すると信じていながら、それで八紘一宇(はっこういちう)の宣伝なんかしているやつも居るんだよ。もっともこいつも役人なんだがね。八紘一宇なんてそんな馬鹿げたことを、当人は毛ほども信用してやしないのだ」[やぶちゃん注:「八紘一宇」「日本書紀」に神武天皇が大和橿原(かしはら)に都を定めた際の神勅に「六合(くにのうち)を兼ねて以って都を開き、八紘(あめのした)をおほひて宇(いへ)と爲(せ)んこと、また、よからずや」とあるのに基づく。それは「八紘爲宇」の文字であるが、昭和一五(一九四〇)年八月、第二次近衛内閣が「基本国策要綱」で大東亜新秩序の建設を謳った際、「皇國の國是は八紘を一宇とする肇國(ちようこく)の大精神に基」づくと述べた(「肇國」は「建国」の意)。これが「八紘一宇」という文字が公式に使われた最初で、これ以降、「教学刷新評議会」で「國體觀念をあきらかにする敎育」を論ずる中などで頻繁に使用された。日蓮宗の「国柱会」の田中智学もしばしばこの文字を使った。すべて「大東亜共榮圏の建設、ひいては世界萬國を日本天皇の御稜威(みいづ)の下に統合し、各々の國をして其の處を得せしめんとする理想」の表明であったとされる(小学館「日本大百科全書」を参考にした)。]

「しかしあんただって」私は湯呑を傾けて、酒がつめたく食道を流れおちるのを感じながら言った。「同じことですからね。あなただって日本が勝つとは思っていないですよ」

「そう。俺は思わないさ」

「そして心にもない錬成を、罪もない教師たちにやっている」

「君はそう思うだろう」少し経って天願氏は沈痛な声で言った。「――そんなこと俺にはどうでもいいんだよ。何でもないことなんだよ、俺には」

「――此の戦争がどんな意味で起りどんな具合に終るか、それを私に教えて呉れたのはあなたですからね、四年前」

「戦争には行きたくないだろうな」低い声で天願氏が私に聞いた。眼はまっすぐ私に向けられ、きらきらと光っていた。「行きたくないと言っても、もう遅いけれども」

 崖の下を轟(ごう)と電車が走りぬけ、パンタグラフのあたりから眼も醒めるようなうつくしい火花がチカチカと散りおちた。すだれ越しに私の眼はそれをぼんやりとらえていた。ある感傷が切なく私をよぎっていた。あの電車にのり、そして今夜中に遠いところに行ってしまう。どこか見知らぬ田舎町に下車して、名前を変えて一生そこの住人として暮して行く。此の感じが俄に現実性のあるものとして、私の胸を一瞬ゆすって来た。頭をあげて、私はまた口の中に酒を流しこんだ。意識がようやく四方に乱れて行くのが自分でも判った。

「白紙を燃しに来るあの教師たちの深刻そうな顔を考えると、俺はなんだかこわくなって来るよ。判っているつもりで、俺には何にも判っていないのだ。街をあるいていて、君は皆の顔がおそろしくないかね」

「おそろしい。そんな感じともちがうけれども――」私は先刻の、向う側の電車のことを想い出していた。あの水の乾上った水族館みたいな、硝子越しにうごめくひからびた人人の影を。そして窓に貼りついた病理標本の蠟(ろう)細工みたいな子供の顔が、突然あざやかに記憶によみがえって来た。

「先刻電車の中でね、氷を食ってる老人がいましたよ。何だか変なことをしゃべっていてね」そして私は口をつぐんだ。あの感じを言いあらわそうとすることが、へんに面倒になって来たのだ。天願氏はしかしそれには気もとめないらしかった。鯣(するめ)のくちばしを歯にくわえて、かりかりと嚙んだ。[やぶちゃん注:「鯣(するめ)のくちばし」タコ・イカの顎及びそこに付随する顎板。「カラストンビ」(烏鳶)のこと。]

 表の方から入って来る堅い靴の音がした。そして土間を踏む音が響いて、何かいう声がつづいた。

「どなた?」

 隣の部屋で夫人が立ち上るらしい。湯呑をおくと天願氏はすこしよろめきながら、玄関の方に出て行った。床柱に頭をもたせて私は眼をつむった。瞼のうらに紅い筋が入乱れて、身体がしんしんと奈落におちて行くような気がした。(俺は何のために今日此の家に訪ねて来たのだろう。自分のさしせまった情況を天願氏に聞いて貰いたかったのか?)

 天願氏が無縁のものであることは、数年前から私はすでに感じていたことであった。私と天願氏をつなぐものは、もはや古い交情の惰性にすぎなかった。時折私が此の家をおとずれたのは、あるいは自分の脱落した感興を、私は天願氏の上に確めたかったのかも知れなかった。あさっては東京を去るというのに、しかし今私は何を確めようとするのか。ふと玄関の会話に聞耳を立てた。

「では行って参ります。お元気で。銃後の守りを果して下さい」

 それはあの若い士官の声だった。姿を見ないせいかその声は妙に暗くひびいて来た。それから天願氏が低い声で何か言うのが聞えた。扉を開く音がして、やがて再び靴の音が遠ざかって行った。しばらくして天願氏が何か包みをもって部屋にもどって来た。卓の前にゆっくりすわった。

「こんなものを呉れたよ」

 紙が破けて軍隊用らしい莨(たばこ)が畳にこぼれ出た。なにかぎょっとして私はふりむいた。半ばひらいた唐紙に身体をもたせて、白い寝衣を着た夫人がこちらを見おろしていた。障子におちかかる黄昏のいろのせいか、顔色は紙のように光がなくて、白い寝衣におおわれた腹のあたりがへんにふくらんだ感じだった。夫人はそのままくずれるように敷居の上にすわった。

「召集ですってね。みんな次々行ってしまうのね」

 それだけ言うのさえも大儀そうだった。眼が暗くくぼんで、ふと見違えるような衰えかたであった。

「磯がいま戻って来たんだ。出撃だと言っていたから、これが最後なんだろう。お前によろしくと言ったよ」

「それも聞いていたわ。私玄関に出ようと思ったのよ。そしたらもう行ってしまった」

「出なくてもよかったんだよ」

 天願氏の声はへんにやさしかった。畳にこぼれた莨を口にもって行く指が、小魚の腹のようにぶるぶるふるえていた。夫人が天願氏をちらと眺めたその視線は、なにか氷のようにひややかだった。天願氏は黙って腕をのばして電燈をひねった。薄色の花のように燈の光が散った。

「崖からおちたって、どうしたんです」視線を夫人から外(そ)らしながら、私は低い声で聞いた。「磯少尉の言草じゃないけれど、やはり医者にお見せになったがいいですよ」

「おっこちたのよ」と夫人は肩を大きくうごかした。「歩いているとね、ふらふらっとして、それっきりなの。気がついたら線路の上にいて、皆で大さわぎしていたわ」

 線路の上に横たわっている夫人の姿が、私の想像の中でありありと浮んで来た。その想像の中では、夫人はやはり真白な衣服をつけていた。青ぐろい線路が白い夫人の身体をつらぬいて走っていて、何かひやりとするような危惧の予感が一瞬私の胸をはしった。天願氏の錆びた声がふと憎しみの響きをおびて沈黙をやぶった。その声もすでに呂律(ろれつ)があやしく乱れていた。

「死ぬ時期が来なければ、人間は死なないものだよ」

「それはそうよ」と夫人がつめたい調于でそれに答えた。

「あたしだって、まだ憎まれながら生きているんですものねえ」

 背をもたせたまま私は内ポケットの辺を指で探った。酔っていてもそれははっきり感じ当てられた。酔いのための動悸がその紙片の下で打っていた。すべてむなしいものが此処のあたりから発するのかと思うと、何か嗜虐的な快感が毒のように手足の先までひろがって来た。掌で頭を押えて天願氏が私の方にむきなおった。

「あの道を歩いて来ると、必ず崖のふちを歩きたくなるのは何故だろう?」

「あなたにこれを上げるわ。これがあたしのせんべつよ」

 夫人の掌に白い小さなかたまりが見えて、弱々しい声であった。衣(きぬ)ずれがさらさらと鳴った。それは小さな布の人形であった。天願氏の視線が動いて、食い入るようにそれをとらえたらしかった。私はそれを受取って、燈の方にかざして見た。

「かわいい人形じゃないか」

 押しつぶされたような声で天願氏が言った。人形は小豆ほどの顔に、ちゃんと眼鼻をつけていた。マッチの棒の太さの脚が、裾からわずかに伸びていた。

「有難う」

 ふと瞼のうらが熱くなるような気がして、それを胡麻化(ごまか)すために私は身体をねじり、床柱の脇にそれをぶらさげようとした。具合よく人形には紐(ひも)がついているのだった。

「ニュース映両でみたのよ。みんなそんなものを腰に下げたりしているわ。だからいま思いついたの」

「多分ぼくが貰う餞別はこれっきりですよ」

 天願氏はかすれた声で短い笑い声を立てた。

 夫人はそのまま立ち上るらしい。燈のまわりを飛び廻っていた大きな燈取虫が畳に堅い音をたてて落ちた。そして畳の上に置かれた鑿(のみ)の刃の上に足音を立てて這い上った。鑿の刃が燈の光を反射してキラリと光った。夫人の白い後姿は消えるように次の間にかくれた。

「奥さんは――」私は声をひそめて確めるつもりで天願氏に問いかけた。「おめでたじゃないのですか」

 掌で頭をおさえたまま、天願氏はじっと酒瓶の方をみつめていた。もはや酒は僅かしか残っていなかった。私の言ったことが聞えたのかそれも定かでなかった。呆(ほう)けたような表情がふとゆがむと、天願氏はまたゆっくり顔を私にむけた。

「今日は何か用事があったのかね」

「だから荷物をたのみに来たんですよ。でも考えてみると、貴方も迷惑な話でしょうね」

「迷惑じゃないが、どちらでも良いんだよ」

「どのみち東京に戻って来れる見込もないから、僕もどうでもいいのです」

 燈の影で天願氏のかおは、言いようもなく苦渋(くじゅう)にみちた暗い表情であった。とつぜん声をおとして私にささやいた。

「――君は今日鳥子にあいに来たんだろう」

 背筋をつらぬく深い悲哀が、突風のように私をおそった。私は顔をうつむけたまま、湯呑をつかんだ自分の手にじっと視線を固定させていた。私は自分の手がふるえ、そして湯呑の底が卓に音を立てるのを聞いた。額から血の気が引いて行くのがわかった。私はしばらくそれに耐え、それから顔を上げた。再び天願氏のひそめた声が耳に来た。

「それならそれでも良いのだよ。俺は責めている訳じゃない」

「僕は荷物をたのみに来たんです」

「そりゃそんな積りもあっただろうさ。しかしそんなことを俺は言っているんじゃない。俺はもう鳥子と別れようかと思っているのだ。夫婦というのは形だけで、今は何でもありゃしないんだ。鳥子だってそんなことを考えているんだ。鳥子は俺をにくんでいるんだ。君には判らないいろんなことがあるんだよ。あの夜だって鳥子はふらふらと落っこちたと自分で言うのだけれども……」

「僕は荷物をたのみに来たんですよ。ほんとに」私は天願氏の話をさえぎって、同じことを繰り返した。「僕はそんなことにもう興味をなくしているんだ」

 そうか、と天願氏は低くつぶやくように言った。そして突然ぎらぎらと濁った眼を私に固定した。それは憤怒のいろでいっぱいに見開かれていた。

「俺は君をにくむよ」押えた烈しい声であった。「今日君が意味なくやって来たということだけで、俺は君をにくむ」

 私は頰をかたくしたまま天願氏の肩越に、今玉蜀黍(とうもろこし)のむこうを走って行く電車の屋根の大きな青白いスパアクのいろを追いかけていた。それは地上のものでない美しさであった。スパアクが二三度つづくと、電線から花火のように火の粉が散り、そして闇がふかぶかとかえって来た。風が吹く音が静かに聞えて来た。天願氏も私から視線をそらし、ふと弱々しい眼付になって窓をふりかえった。電車の号笛が遠くなりひびいた。次第にあるひとつの感情が私の心の中ではっきり形を定めて来たのである。私は莨(たばこ)をいっぽん拾い上げると、マッチをすった。あのマルスの薄汚ないせまい一室で天願氏と始めて会った記億から、フィルムを巻き取るように次々と記億がいま私の胸にうかんで来た。

(俺も此の男をずっと前から憎んでいたのではないか?)

 にがいものが胸にあふれた。今更そんなことを考えついても何になるだろう。他人を愛していようと憎んでいようと、いまの私にとっては、現在という時間は既に遠い過去なのだ。あの紙片を受取った瞬間から、私の生きている現在は死んでしまった。湯呑に残った冷たい液体をぐっとのみほすと、私はなにか兇暴なものを押えかねて、ぐっと卓の下に脚を伸ばした。伸ばした膝のあたりにくりくりと触れる硬いものがあった。身体を曲げて私はそれにふれた。それはあの竹の筒であった。私はそれを握りしめた。

 なにか感応するように、天願氏はぎくりと振返った。そして私の掌の竹筒を見た。あおざめた頰に冷酷な感じのするうすわらいがぼんやり浮び上って来た。

「鳥子が線路におっこちたのは、あれは自殺するつもりだったんだよ。きっと」

 抑揚のない調子だったので、なにかあたりまえのことを言っているように聞えた。天願氏の眼は私にむいているのだが、何故か遠いところを眺めているような眼付だった。さっきの電車の中の老人の眼付に、それはそっくりだった。

「自分が死ねば、俺を困らせることが出来ると思ったに違いないのだ」

 そう言いながら、天願氏の手は卓の抽出しを開いて、何か白い小さなものをかさかさとつまみ出した。円錐(えんすい)形に紙を巻いた、それは吹矢の針らしい。腕が伸びて私の竹筒をつかんだ。

「そんなことを考えるのはお止しなさい」

「――あの翌朝、俺はそこに行って見たんだ。線路のわきに夜露にぬれて、見覚えのあるあいつの腰紐がおちていた。それは輪になっていた。拾い上げると堅く結んであったのだ。何のために輪にむすんだのだろう。膝のあたりをくくったんだろうと俺は直感した。裾などが乱れないようにね。あいつはそんなことを考える女なんだ。何故あいつが死のうとするのか。俺は何にも知らない。何も見ない。見たって何も感じはしないのだ」

 天願氏の声はだんだん努力するような押えた口調になり、額から脂汗がしきりに滲み出て来た。指は絶間なくうごいて、針を筒の中に押しこむらしかった。

「しかしそんなことはどうでもいいのだ。俺がいちばん厭なのは、そんな鳥子を、俺がどうにもしないで放っておくより仕方のないことなんだ。つまり俺には何も判らなくなっているんだ。俺は自分の気持さえ判らなくなっているんだよ。今日も磯がやって来たのに、俺はあのかんかん日の当る裏庭で、一所懸命になって竹筒をこしらえていた。汗がむちゃくちゃに背中から流れた。しかし俺は、此の吹矢で射落される鳩の恰好をしきりに想像しながら、之を削っていた――」

 天願氏は急に言葉をやめて、凝結したような眼付をひとところに定めた。ある予感が突然つめたく私をおびやかした。私は天願氏の視線を追いながら身体をよじった。

 床柱のかげに白い小さな人形がふらふらと風に揺れていた。それは絞首台に下げられた人間の形にも見えた。ふと視野がぼやけると白い小さな人の形は二重にも三重にもみだれ散った。私はその瞬間、錯乱に傾こうとするものを必死に耐えていた。滲んだ視野の中で、天順氏は竹筒をゆるゆると唇に持って行くらしい。燈にかげった天願氏の顔は、仮面のように青白く表情をうしなっていた。私はひとつの終末のように、白い人形がするどい吹矢針で柱にぬいつけられる瞬間を、そしてその瞬間の戦慄を予覚しながら、次第に身体を天願氏の方に乗り出して行った。

2021/05/30

ブログ1,540,000アクセス突破記念 梅崎春生 喪失 / 恐らく、現在、読める最初(昭和九(一九三四)年五月満十九歳)の梅崎春生の小説(その2)

 

[やぶちゃん注:前回の「明日」に続き、昭和九(一九三四)年二月発行『ロベリスク』第二号に発表されたもので、梅崎春生満十九歳の若書きの一篇で、現在知られている小説としては、最も古い作品(習作)である。当時は、熊本五高二年であった。

 底本は「明日」と並置される昭和六〇(一九八五)年沖積舎刊「梅崎春生全集第七巻」(本巻最終巻)の「初期短編補遺」(但し、「明日」と本篇の二篇のみ)に載るそれを用いた。

 本来なら、戦前の作品であり、恐らくは正仮名が用いられ、漢字も正字であったろうが、原雑誌を見ることが出来ないので(掲載雑誌については中井正義著『梅崎春生――「桜島」から「幻化」へ――』(昭和六一(一九八六)年沖積舎刊)の年譜の昭和九年のパートに『怠け癖から、三年生になる際に平均点不足で落第し』たとあり、この年、『同人誌「ロベリスク」に参加し』たとある)、この雑誌は当時の熊本五高の友人であった霜多正次(しもたせいじ 大正二(一九一三)年~平成一五(二〇〇三)年:後に左派小説家となった春生の盟友。日本共産党員でもあったが後に除籍された)とともに出した同人誌である(同誌に発表した『梅崎春生 詩 「海」(私の勝手復元版)』なども参照されたい)。詩篇とは異なり、歴史的仮名遣の手入れが異様に多くなるので、底本のままに新字新仮名とした。一部、文中に注を附した。

 本篇は梅崎春生の小説としては、主人公や脇役の設定が極めて特異点である。ネタ晴らしになるのでこれ以上言わないが、梅崎春生の知られた作品の中には、このようなキャラクターを設定をした小説を、私は、思い出せない。

なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが先ほど1,540,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021530日 藪野直史】]

 

   喪  失

 

 目には見えない程繊細な春雨が……しかしまだうすら寒い三月の雨が黄昏の舗道をしっとりと濡らして居た。もう夕闇が色濃く立ちこめて居て、巷に時折明滅する広告燈も夢の様にうるんで居り、舗道を流れて行く、雨に光った黒塗の自動車も、微かに水をはじく音を立てるだけで警笛の響きも聞えず、丁度辷って行く影の様に思えた。道子は細い女持ちの傘を拡げて先刻から濡れて光る舗道にうつる傘の蒼白い感覚を淋しみながら歩いて居るのだが、先刻まで映画館の座席で中岡と一しょに見て居たあの銀幕の上の白い影像などがおりの様に頭の底に沈澱して居り、まだ現実と夢幻の間を漂々と彷徨して居るような茫とした気持で、丁度山の中にある大きな滝などの側に居る時、瀑音にじんと気押されて細々とした感覚は吹き飛ばされ、その後に何かしらぬ静寂を味得する――丁度あの様な感じで、此の巷の静寂をじんと感じて居るのであった。

 そうして道子は此の静寂の中に、何処かで激しく奔騰して居る様な水の音が、先刻から聞えて居るような気がしていた。空耳かしら――と、じっとりと濡れてしまって、氷片の様に神経を失いかけた右手からそっと左手に傘を待ち換えると、その瞬間そこで別れた中岡の半ば子供らしい、しかし端麗な容貌がふっと思い浮べられて来て、自分の中岡に対する気持は一体どんなものだろう、矢張り友達としての淡々とした交際かしら、それとも――それとも、もう自分程の年になると、こうやって情熱を圧迫して居ても、一寸した隙からひょっと顔を出すあの戯れ見たいに冒険を愛する気持かしらん、とぼんやり考えながら歩いて居ると、大きな広告燈の光芒が並んだ家並の唐突なとぎれに戸惑いしてちらちらとためらって居る――川だった。ああ先刻から聞えて居た水の様な音もこれだったんだな、と道子はそう思いながら着物が欄干に着かないようにそっと川面を覗いて見ると、意外なまでに水面が黝々[やぶちゃん注:「くろぐろ」。]と上って居り、橋げたにぶっつかっては幾つもの渦を作って川下へ流れて行く。では川上の方では大雨が降ったのかしら、ここじゃこんな細かな雨が降ってるのに、といぶかりながら、なおも立止まって、川上から流れて来たらしい白い木片が、可成な速力で辻って行き、ぐるぐる廻ったり、見えなくなったりして下の方に流れて行くのを見て居ると、単なる感情の戯れの中に、中心を失いかけたこまの様に廻ろうとして居る自分の裸身を覗いて居るような気がして、くらくらと眩惑見たいな気持を感じ、思わず目を川から外らして、も一度傘を持ち換えると、コツコツと橋の上を歩きながら、きっと感情の危機なんだわ、と誰に言い聞かせるともなくそう呟いて見た。

 ――道子が女学校を卒業した時、彼女はその当時まだ可愛い少女であった妹の由紀子と二人、全くの孤児になって居た。然し相当の遺産があった為に、二人は此の都の片隅にある、あるアパートに部屋を借りて、由紀子は其処から程遠くない女学校に通い、道子はまだ世間知らずの無鉄砲さで社会に飛び込もうと企てたのだけれども、結局気弱い感情が彼女の中に住んで居り、それは彼女を束縛して手も足も出ないようにしたのであった。此等の不安だった、しかし華かだった日々の事を道子は今でも、匂いの様に弱々しい感傷と共にはっきり思い出しても見る事は出来るのだが、結局そうした変遷の後現在のある同人雑誌の一員として加わるまでに、由紀子も、あの腺病質にさえ見えた蒼白い少女時代から成長して、道子に似てうるんだ瞳を持った美しい女になって居た。そうして中岡が出現したのもその頃であって、中岡も同人の一人として、時折発表する創作が未だ乳臭い感傷から脱け得ないものではあったにしろ、道子はその稚気に可成の好意を持って居り、その中岡の人柄と考え合わせて見て好もしい微笑すら感ずる事があった。そうしてその頃からごく自然に姉妹の生活に中岡は浸透し始めて来たのだったが、素直な青年でまだ二十二にしかならず、道子より二つも年下になるわけだった。しかし此の中岡に対する感情が、ともすれば友情以上に溢れ出ようとするのを意識し始めた道子が例の気弱さと、まだ世慣れない女が持つ臆病とでその感情の危機を鋭敏に感受し、警戒し始めたのも当然であったと言えよう。そんな内面の闘争を心に秘めて道子は今、橋の上をコツコツと歩みながら次第に拡がって来るらしい稀薄な憂鬱と不安とをどうする事も出来なかった。

 濡れた裾をひるがえす風も無く、霧雨だけがいたずらに降る此の道は長かった。しかし道子は、此の道の果てる所に遠くまたたくアパートの燈をみて居て、その窓の一つに点(とも)るあかりの下には、由紀子もやはり此の湿った空気を呼吸して居るだろうと思って見た。しかしそれは、無定見な白分を意識の中から放逐する事は出来ず、かえって由紀子に対する自責の念をぐっと盛り上げて来て、ああ男の人と映画なんか見て居て――と言う感情が、自然道子の足を早めるのだった。丁度幼かった日、夜までつい遊びすぎて、おずおずと家の門口近くへ歩いて行く、あの走り出したいような焦燥と、どうにもならない不安とがそこにあって、道子は身動きも出来ないように自分の心理の陥穽に陥ったと言う感じがしながらも、それを抜け出そうと努力する事は由紀子に対して何か済まないと言う決定的な肉親への感情をひた守りに守ろうとしながら、近頃急速度で深くなった中岡への交際と、詩集だに拡げて見ない自分の不勉強を由紀ちゃんは一体どんなに考えてるかしらと思って見るのであった。時折此の四五年の過去をふりかえって、由紀子を今のようにまで育て上げた自分の努力に道子はヒロイックな快感を感ずる事があったけれども、その自己陶酔の背後に巣くう淋しさ――喪失させんとする青春への哀借が急速調に感ぜられて来て、そんな時道子の心は何時も何かに合わせて没落の歌をうたって居り、また嵐の様に唐突に襲って来る情熱の衝動に虚無的な触手を異性の前に伸ばそうとする道子の心を――あたしの心を、由紀ちゃんは一体どう思ってるのかしら、由紀ちゃんと中岡との間のあたしの生活には、どこかしら足りない所があるんだ、或いはあたしが重大な根本的な錯誤をでもして居やしないか、と道子は再び自分の生活への疑問符を荒々しく自分自身へ投げつけたのだった。

 丁度アパートの前に来た時道子は一寸雨に煙る街の黄昏をふりかえって、長かった思考を断ち切るように傘をたたんだ。そうして階段を登って、部屋の扉を押し開いた時、あんなにもつれた思索を持った場合に持ついらいらした気持には、突然全然空虚な世界に投げ出されたように、そこに由紀子一人がむこうむきになって机の前に坐っている平和な雰囲気が生暖かいものの様に感じられ、あんなもつれた思索と此の平和な情景とが由紀子と言う導体を中において結び付けられて居ると言う事は、道子には全く不思議に思える程だった。しかし由紀子が、其の音にふりむくと、意外な程明るい微笑をたたえた顔で、

「面白かった?」

 と訊ねて来た時、道子は瞬間、自分の意識が、その平和な雰囲気を、先刻の思索の世界に急激に荒々しく引きずり込もうとするのが感ぜられ、その目まぐるしい流れに何も考える余裕も無く、直ぐに、

「ええ、面白かったわ。とても」

 と答えてしまったが、その後で、ふと思い出すように浮んで来たあの自責の念に、何て残酷な返事をしたものだろうと気付いて、由紀子が向うをふりむいて何か小説にでも読みふけって居るらしい姿勢に戻り、道子が傘を片隅に立てかけに行くまで、道子は心にとげでも剌さった様に感ぜられ、壁に映った由紀子の大きな影法師に、思考に疲れた空ろな瞳を投げて居るのだった。

 部屋の真中にぼんやり立って居ると、先刻から素足にまつわる濡れた裾の不快さが此の平和な情景に自分自身をそのまま融合させるのに邪魔になって居て、それが此の継ぎはぎのある気持を産み出して居るのだと言う気持が道子にはあって、それ故道子は部屋の片隅に行き、わびしいスタンドの光芒を離れて帯を解き乍ら、ふとうつむいて見ると暗さの中に傲岸と揺れている白い乳房がぼおとその輪郭を道子の瞳に投げている。それを見ると再び苦しい感情、甘い感情が乱れた線のようにもつれて来て、中岡のおもかげがつい思い出されてしまう。しかし此処では先刻のあの概念的な中岡として道子の頭に浮んで来たのでは無く、それは一人の男性として、非常に実体的な感覚的なものとして道子の頭脳に拡がって来るのであった。そうして冷えた手足をじんじんと廻り始める血球の一つ一つがナカオカ、ナカオカと叫びながら馳けめぐって居る様に見える。――ああ、ほの白き欲情のふくらみ――とその切迫した感情を道子は自嘲にも似た気持と一しょに此んな詩の言葉を口吟んで見るのだが、やはり道子は客観的な世界にまで飛躍する事は出来ず、じめじめと情欲の中にはいまわってる――駄目。飛躍も出来ない。霧雨のように沈む心、茫然と白さを凝視して居る。あたし、こんな湿っぽい日に映画なんて見て、やっぱり頭が疲れたんだわと思うのだった。

「お姉さま」

 と突然呼びかけた由紀子の声に、ふと非常に恥かしい事でもして居たようにあわててふりむくと、明るさを背景にして、暗さの中に矢張り和やかな陰影をただよわせながら。

「今日はとても面白い事聞いて来てよ」

 と先刻から言おうと思って居たんだなと言う心組みを道子に感じさせる様な語調で由紀子が話しかけて来ると、道子は意識的な飛躍の足場がやっと見つかったようなほっとした気持と、その話の内容に対する子供らしいような好奇心との入り組んだ気持で、

「どんな事?」

 と訊ねると由紀子は笑いながら、

「今日ね。信ちゃんがお姉さまたちの同人雑誌の批評してた」

「まあ。どんな風に」

「お世辞だったかも知れないけど、ほめてたわ」

 と悪戯な瞳をひょいと道子の顔からはなして壁を這わせ乍ら、

「特にお姉さまのをとてもほめてたわ」

 と再びちらと瞳を道子の瞳に戻すと、道子はそれに答える前に、由紀子の瞳の中にとぼけたような無邪気な意志を感じるとつい笑い出して居た。由紀子の無邪気に歪められた情熱と対象としての信子を道子は女らしい敏感さでさとって居て、由紀子が此の可愛い信子と一しょに持った休み時間の会話の材料として持ち出されたあたしたち。あたし。楽しい時間の流れ。あたしが此んな心持に今まで苦しんでるのに、亦何て朗らかに話せる由紀ちゃんだろう。由紀子と信子。あたしと中岡。と中岡の事が又思い出され、つい不用意に、

「中岡さんの、どんなだった?」

 と訊ねて見ると由紀子は道子の先刻からの表情の変化をくわしく観察して居て、その予期して居た質問に思わずクックッと笑い出しながら、

「言っても良い? 姉さん怒りゃしない?」

 と道子の心理にぐさりと針を剌し込むような質問に、はっと虚をつかれた思いで、

「何言ってんのよ。信ちゃんがいくら中岡さんの悪口を言ったって、あたしと何の関係があるって言うの。悪い子ね」

 と、思わず赤らめそうになった顔をかくす為ににらむ真似をして見せると、由紀子は一寸首をかしげて、

「信ちゃんったらひどいのよ。あんな創作なんか可笑(おか)しくって見て居れないだって」

 と無雑作に結論を投げ捨てると、本当に可笑しくってたまらない様に机の上に笑い崩れるのであった。道子もついそれにつられて笑い乍ら、その言葉を聞いた瞬間、信子の子供らしい思い上りにかっとした軽蔑が心の底に動くのをどうする事も出来なかった。全然異なった世界に住む人々に対する何とはない反感、いきどおろしさが、道子にあんな乳臭い少女に何が判るものかと思わせて居り、又、道子は一方で、先刻由紀子が、言っても怒りゃしないと言って居た言葉が非常に皮肉なものに感じられ、だんだんとこわばる顔貌を意識すると――ああ、あたし仮面をかぶって居るのだわ、もう由紀ちゃんの前でとても仮面なしじゃ生活出来ないのだわ、と淋しい気持になって居た。そうして此の感情の変化をかくす為に道子はそのまま窓の方に行くと、一寸柱にかけてある鏡をのぞき何でも無かったような姿体をして窓から外を茫然と見て居た。巷は霧にうらぶれて、いくつもの燈が遠くから来る物音にふるえて居る。埋葬された街。じっと見て居ると、自分の詩を賞められた時、良い気持になって居た自分の姿が苦しくも反省される道子の耳朶に、同じアパートの住人らしいレコードの響きが、auld lang syne を乗せて湿った空気を動かすと、それは此の苦しい心の根本をぐらぐらと動かすもののように聞えて来て道子は思わず耳に蓋をしてしまう。そうして音の無い世界の中で、もう中岡さんは帰ったかしらと思ったりして居ると、じんと鳴る耳朶にまだその旋律がつきまとって来て青春への Farewell を告げる様に道子の舌も何時の間にかその auld lang syne のリズムを口吟んで居るような淋しい境地であった。[やぶちゃん注:・「auld lang syne」「オールド・ラング・サイン」(Auld Lang Syne )は、スコットランドの民謡にして非公式な準国歌。本邦では「蛍の光」の原曲としてよく知られる。・「Farewell」別れ。]

 

 その雨が晴れて翌日は朗らかに晴れた日曜であった。そうしてその午後、道子は由紀子を連れて中岡と郊外に散策を持つ事になって居り、こうして三人で出かけて来たのだが、チカチカと貝がらの様に光る海が眺められる小高い丘に来た時その丘が、此の前来た時とすっかり変って、全く青くなって居るのにびっくりする程だった。生命は此処にも萌え出るのだ。あのチカチカ光る海にも、ゆるやかな波の起伏が光線の戯れにさんざめいて躍って居よう。魚も銀鱗を輝かし始め、深海の海藻もその乏しい光の中でユラユラと身悶えして居よう。その様な光の戯れも、色彩の動きも、久しぶりに長い間忘れて居た感覚が身内によみがえって来て、今まで氷の中に閉じ込められた目高がピチピチと動き出す日のように、青い丘も、青い風も、目に、耳に、肉休に媚びるあらゆる感覚も、道子には此の上無く快いものに思えた。そうして昨日まで澱んで動かなかった血液が急に動き出し、心臓がドクドクと荒々しい調子で刻み始め、朗らかな気持がどこからともなく道子に帰って来て居た。そうしてゆるゆると青い丘の間を縫う一条の小径を爪先上りに上りながら、由紀子がずっと向うの海岸から突出て居る突堤の先にそそり立つ真白い燈台の姿を見つけて。

「まあ、いいわねえ」

 と感嘆の叫びを上げ、中岡が、それに応じて、

「本当に詩の様な景色ですね」

 と答えるのを聞くまでは、道子はその感覚に身も心もゆだねて、夢幻の中を歩いて居たと言っても良かった。そうしてそんな常套的な、春らしい言葉を聞いた時、再び、そんな月並な文句が言えるあの若い日を慕う心が油然[やぶちゃん注:「ゆうぜん」(歴史的仮名遣「いうぜん」。「ユウ」は漢音で「ユ」は呉音)。盛んに湧き起こるさま。そのように心に浮かびくるさま。]と湧き起ったのだけれども、道子はそれを意識する前に理智の扉を固くとざして、春風が裾を嬲(なぶ)る快よさにうっとりと陶酔して居るのであった。例えば心が陽炎(かげろう)となり、橙(だいだい)色の蝶々となり、片々たる塵埃となって遠く海面へ流れて行き、白い燈台を廻って見果てぬ夢に酔うように、その快よさは幾度と無く身内によみがえっては、道子は此の若さを前にして目を細める心地なのだ。

 青い丘を登り切って三人とも黙って海が目の下に見える風景に、茫然として、各々大気を吸い込んで居た。さんさんと降りそそぐ太陽の光だった。そうしてその光の中で、中岡が若々しい顔をふりむけると。

「こんな風景でも詩になりますか?」

 と微笑しながら問うのだった。道子は今まで見て居た遠い白帆の影から目を離すと、

「駄目よ、あたしなんか」

 と叫んで見たがそれは思いがけない程若々しい声音だったので、道子は急に可笑しくなって来て、つい笑い出してしまったのだが、中岡は一体此の女は今まで何を考えて居てこう突然笑い出したりしたのだろうと不審そうな瞳を道子の白い額の所に向けて居た。しかし道子は笑いながら中岡の問いが此んな風景が詩になり得るかと言う客観的な質問だったにも拘らずすぐ自分の事に取って、少し己惚(うぬぼ)れて居たような気がし、気恥かしい面持でなお笑いながらうつむき加減に中岡の視線を避けようとすると、今まで白いスカートを海から来る風にひらめかして居た由紀子が急にふりむくと、

「お姉さまは詩の評判が良いので嬉しいのよ」

 と、道子の方をちらりと見ながら、由紀子は悪い子でしょうと言ったような微笑を一寸見せると、すぐ風の様に晴れ晴れと笑って見せた。しかし道子は、それが皮肉に聞えない程明るい気持になって居て、やさしく由紀子ににらむ真似をして見せると、中岡がそれを逃さないようにすぐ、

「素晴らしい感覚を持った閨秀詩人なんて見出しで、きっと賞められるでしょうね」

 とおおいかぶせるように迫って来て、道子はそれを反撥する前にくすぐったい気持になり、つい弱気になって、応酬すべき良い言葉も失って、

「駄目、駄目。そんなに賞めても、私なんか詩人としても全く疲れてるんだから、詩人の廃業よ」

 と自分でもびっくりする程蓮(はす)っ葉(ぱ)な笑い声を立てた。しかし、その笑い声のうしろに、意識して虚偽の仮面をかぶり、空虚な姿体をよそおった自分の姿が居るような気がして、――ああ亦いつもの厭な癖が始まった――とそれを打消すように、昨日聞いた中岡の創作の批評を聞かしてやろうかとも思ったけれど、それも悪戯すぎる様な気がして、由紀子と中岡の顔を等分に見比べながら、言おうか言うまいかといたずらめいた心を持てあましながら、自分の蓮っ葉な哄笑に和して居る二人の笑い声が、煙草の煙の様に風に流れて行くのを聞いて居るのであった。

 しばらくして丘を下りて行く時、道子は再び黙って居て、先刻の夢の様な甘さをじっと味わって居るつもりだったが、しかし、そこにはもう感覚的な快よさがほとんど失せた気持がし、沈んだ心象を知って居て、これはあの根低のない浮々した気持の反撥だと思って居た。そうして中岡とはなれた時はあんなに色々中岡の事が思い出される癖に、こう接して見るといつの間にかあたしは違った性格を振りかざして居て、内部のものを見せまいと努めて居る。何故こう弱いんだろうといぶかって見たり、亦、先刻は何て詰らない事を言ったものだろう、詩人の廃業なんて、と責めて見たり――そんな時間の流れに由紀子の歌ううたが乗って、少女らしい感傷を心から味わって居る、そんな由紀子に向って中岡が、

「由紀ちゃんは何時までも若いんだね」

 とからかいかけると由紀子はすぐ歌を打ち切って、

「いやよ、中岡さんたら」

 と腰から上を後ろにくねらせて中岡の方を振りむく、濡れたような瞳が語る少女らしい媚体に見えて、その態度に道子はハッとして、そうかも知れないと言う不吉な予感に、自分の邪推にも似た敏感さを呪う心地だった。しかしその時道子の休内には姉らしい感情がふつふつとして流れ始め、そんな大胆な想像を笑いたい気持で、そんないやなもつれた考えから遠ざかりたいと思う。しかしそう思えば思う程、いやな癖で、意識の一部がその思考を追って行こうとし、道子はそれを止めようとするのに一生懸命なのだ。しかし、此の沈黙の時間に、その思考を追う事は道子に意地悪い快感を与える事は事実であろうけれども、道子の神経はそれに堪え得ないだろうと思う。由紀ちゃんはもしかしたら中岡さんに特別な感情を持ってるんじゃなかろうか。もし由紀ちゃんがそうだったら――本当そうだったら、あたしとてもそんな悲劇に直面出来ない。一体中岡さんもどんな気持かしら。一体男ってものは、年上の女に恋なんか感ずる事があるものだろうか。あたしに、あたしに――と絶句するような思いで、先刻からうっすらと汗ばんで居る白い脚が、なおも汗ばみしたたるかとも思われて、わざと中岡から離れて道の端を歩きながら、外の景色に心をうばわれて、愉しい沈黙を味わって居るふりをして居る道子だった。

 すこし後れ目になって歩いて居ると、そう言う考えの為に道子の心は耳をしっかりと抑えて居て、先刻まで聞えて居た雲雀(ひばり)の声が、雲の中へとけ入りでもしたかのように聞えなくなって居る。しかし耳をすますと遠くから来る物音が蜂の羽音の様にぶんぶんと聞えて来る。それは耳鳴りの様に道子から離れない。じんと鼓膜が圧迫されて居て、道子は此処の空気がとても密度が高いような感じを持って居る。道子は乾いた唇をそっと手でおさえる。顔がかげった。手が蒼く染った。道に青い光斑を投げている林の間を縫う小径だった。

 此の沈黙の中に道子は考えて居る。道子の沈黙は、中岡と由紀子の沈黙とは全然異った種類のものだったので、道子はあとの二人と同じ様に、此の春の風景を楽しんで居る様に装わねばならなかった。それ故、道子は、目を上げて、木の葉に反射する光線の蒼さを見たり、振りむいて歩いて来た道を眺めたり、小さい声で歌を口吟んだりしながら、中岡と由紀子が無神経にそれらを愉しんで居る様子を見ると神経の千切れる様な鋭い悲しみを感じ、来なきゃよかった、来なきゃよかったと思っている。昨日、映画館の中で二人きりになった時持ったあの安らかな気持が、由紀ちゃん一人を加えると亦なんていらだたしい心だろうと道子は考えて見るのだった。

 林が尽きて、も一度広い野原が闊(ひら)け、遠くに畠が見える所まで歩いて来ると、今まで小さな声で歌を口ずさんで居た由紀子が急に道子の方に振り返ると、

「一寸、あんな所に」

 と呼びかけて、右手にあたる方向を指さして居る。しかし道子はその方向を見るけれども、一面に黄色にまぶされた菜種の畠が見えるだけで、由紀子が何を見たのか分らない。小鳥でも飛んで居るのかしら、それとも――と道子はそれが何であるかを見極めてしまわねば、何か、とても不吉な事がありそうな気がして、手をかざし、目を細めて、陽炎の立つ彼方を眺めて見る。でも結局分らなかった。一分位経って、由紀子が感に堪えたように、

「良いわねえ」

 と嘆声を発した時、道子は、やはりその方向を茫然と見ながら、自分でも判らない気持で、

「ええ、本当良いわねえ」

 と答えて見たけれども、すぐその後で、一体あたし何を考えてるんだろうと烈しい自己嫌悪の気持で、積木のように整然と重ねられた感情が、一つ一つ崩壊して行くような感じを味わいながら、一寸中岡の方を見る。そうして中岡が促された様に、

「本当に良いですね」

 と口真似の様に答えるのを聞きながら、此の問題から早く切り離れようと、二人に先んじて歩き出して居た。それに促されたように歩き出した二人の跫音を後ろに聞いても、道子は何故かほっとした気持を持つ事は出来なかった。

 

 二三日経った日の夕方、道子は自分の部屋で、書きかけた詩の原稿を前にして、中岡と二人話して居た。窓から流れ入って来る日没の反映が中岡の顔にまわって、中岡はまぶしそうに目を細めながら道子と話して居て、日を後ろにして居るんだから、あたしの表情は、中岡さんには判りにくいに違いないと言う確信が道子の心を可成大胆にさせて居た。しかし、いつも中岡と一緒に持つ時間には安らかな気持で会話し得る道子だったけれども、今日は、いつもと違って、たった二人で部屋の中に居るせいか、かなり切迫した感じがするのを道子は不思議に思った、そうして会話を、ある方向へ、ある方向へと引きずろうとする自分の心を、悲しい事と思って見たり、或いは、これで良いんだと思って見たりして居る。しかし矢張りそれから逃れようと努力しながら、由紀子は学校から帰って信子と映画見に行った――由紀ちゃんはお友達と映画に行ったのよ、と言おうと思うのだか、あの日の事がどうしても心にこびりついて居て、之を言い出した時の中岡の表情を彼女は見るに堪えないだろうと思うのだ。そうして、先刻から由紀子の居ないのに気付かなければならない中岡が、それについて一言も発しない事が、中岡が平然と仮面をつけて居るような気もするし、亦自分とこうやって話す事に愉しさを感じて居るのかも知れない。そうするとあの午後自分の心象にうつって来たあらゆる事は、みんなうつろの事実だったかも知れない。無論そうなんだわと叫ぶものが道子の心の中にある。しかし道子は、わざと大きな瞳をして、何でもなさそうに中岡の顔を眺めて見る。何てにがいコーヒーだろうと、前に置かれてあるなめらかな陶器の茶わんに唇をつけて一寸すすりながら、道子はそう思って居た。

「昨晩はダンスに行きました」

 と今までの会話の流れと全然別の事をポツンと話し出す、それが中岡の癖ででもあったのだが、道子は、中岡がそのおしせまった空気から逃げ出そうとする為に話題を変えたように思えて、中岡にすがるように、

「そう。面白かったの」

「ええ。でも踊ってますと、あんな華かな音楽の中に居るんだけど、妙に淋しくなって来ましてね、何だこんなもの何だこんなものと、呟きたがら踊ってるんですよ。相手の女が、もうとっくの昔に感情なんか喪失した女の様な、丁度動物のような感じがしましてね」

「その人美しかった?」

「ええ、でも白痴のような美しさでした」

「そう」

 とその女と中岡が二人で踊って居る様子をちらりと頭の中に画きながら、

「あたしもダンサーになって見たいわ」

 と、ぼんやりと此んな一聯の言葉をはき出すと、遠くを見るような目付をして中岡から視線を外して居た。道子はその時、五六年前、退屈な生活に倦んで、強烈な刺激にひたりたく、ダンサーにでもなりたいと思ったあの日々の事を思い出しながらそう言って見たのだったが、言ってしまって、それが中岡には別な意味に響くだろうと言う事に気付くとあわてて目を中岡に戻すと、うつむき加滅になって居る中岡の瞳には、道子が予期した様ないぶかりもおどろきもなくて、……よかった。何も反応がなくてと道子は思った。しかし、此の身動きも出来ないひしひしとした気持。密閉した部屋に二人きりになれた機会。考えまいとすればする程道子の頭には、そんな事が考えられる。道子は部屋の中にある光線の量で、日没を知った。目を上げると鳩時計がコツコツと呟いて居り、その文字板は白い仮面をかぶって居る。道子は心の中で、中岡に知れないように仮面を外す。あたしは今空ろな眼をしてるに違いない。いけない、いけない。こんな、状態では。

「本当にあなたは疲れて居られるようですね」

 と顔を上げて、中岡は、道子の顔をまじまじと見つめながら、今までその事を考えて居たように言うのだった。道子はその目に真面目なものがあるのを感じると、先刻の言棄を素直に取って呉れた中岡に、済まないような気持と、こみ上げるような淋しさを感じると、感情危機を敏感に感受した警戒心で素早く仮面をかぶってじっと見返しながら、

「まあ。突然ね。しかしあたしが疲れてるのは事実だわ」

 そして暫くして、

「それもあたし一人じゃどうにもならないらしいのよ」

 それはほとんど聞えない程低い声で言ったつもりだったのだが、それは意外な程高い言葉となり、道子は瞬間混乱し始めた感情を感じてうつむくと、二三日前からはぐくまれて居たいろいろな悲しさ、苦しさ、淋しさが大波のようにどっと襲って来て、道子はそれにおし流されるように、押える事の出来ない涙をにじませて居た。そうして、あたりの物象が道子の意識の中にぼうと薄れて行き、ただ淋しさだけが取り巻いて居るように思える、ほとんど狂的に近い気持で涙の底に、にじみながらぼやけて行く自分の膝を見て居ると、ますます悲しくなって来て、あとからあとから涙が頬を伝い始めた。そうして中岡が、道子の此の唐突な変化に驚きながら、

「どうなすったんです」

 と顔を覗き込むように、顔をかたむけて、あわててたずねて来ると、道子は、人の前でこんなに取り乱してと言う理性の芽を摑んで離すまいともがきながらも、なお激しくなろうとする涙の中に、

「あたしもう詩も書けない。何にも出来ないのよ」

 とむせび上げるような甲高いかすれた声で言って、もう堪え切れずにそのまま中岡の膝の上に突伏すのだった。

 中岡の膝のふるえが中岡のあわて方を道子におしえた。そして涙の中にただよう男の休臭を道子は好もしいものに思った。三十秒。一分。二分。頰でしろじろと冷えて行き始めた涙を感じ始めた時、道子はやっと冷静に似た気持を取り戻した。しかし時折せぐり来る新しい涙が道子の肩をふるわせた。そうして道子は、中岡の手の重さを、肩に全神経を集めて感覚して居るのだが、それは何等積極的な働きかけを持って居ない重さである事を複雑な感じで――本屋で買いたい詩集を見て買おうか買うまいかと迷った揚句、買わないで帰る時の、あの買わないでよかったと言う気持と、何かしら淋しい気持の入り組んだあの感じ――そんな感じで自覚した。所詮お芝居だったわと、道子は思いながら、今中岡さんはどんな気持かしら、そして今、目をどこに向けているだろう。やはりあり来りのラヴ・シーンみたいにあたしの背中に向けてるかしら。それとも、空虚な目を天井に走らせてるかしら、といたずらのような疑問を空想する程冷静になって居て、今自分のやった行為をも一度頭の中で反芻する心地だった。そうして膝の上で、丁度一本道を歩いて居る時向うから人が一人来る、こっちが右へ寄ろうとすると向うも右に寄り、こっちが左へ寄ろうとすると向うも左へ寄る、どちらも相手に衝突しないで此の道を通り抜けようとして居るのだが、此の偶然の一致に二人とも全くあわてて、結局ぶっつかってしまう――その様に、先刻から会話と会話が、ついに避くべからざるもののように衝突したと言う感じだった。中岡さんは、こんな時にでも働きかけ得ない程初心なのかしら。それともあたしに対して何の興昧もないのかしらと考えながら、道子は舌の先で、流れ込んだ涙のしおからさを味わっで居る。そうして、こんな姿勢じゃいけない。所詮敗けたにしろ、起き上らなくちゃいけないと思って、まばゆいように顔を上げると、中岡の視線を避けながら手巾で涙をおさえて、「失礼しました」と話しかけようと口を開きかけると、丁度それが、中岡が何とか言おうとした言葉とぶっつかって、あわてて言葉をつぐむ、そうして中岡もはっとして小さい殼に立てこもったのを道子は感じる、お互に心の底を探り合うような瞬間、つぎはぎだらけの雰囲気、でも道子は中岡が何とか言い出す前に顔を上げると。

「すみません、つい昔の事を思い出してしまって」

 とうそをついたのだが、道子はうそを言ったような気は全然しなかった。そしてそれが中岡でも、うそと知るだろうと言う事ははっきりと道子にも分っては居るのだけれども、もはや正視出来ない様なまばゆさは感じない、それも道子には淋しく思われた。そうして中岡が、

「何か御事情でもあるのですか、聞かしていただけませんでしょうか」

 と言うのを聞いて、道子はも一度心の中を手でさぐりまわして見る、何も無い空虚の心だった。もはや冷たい仮面をかぶった心なのだ。道子は中岡の顔を見ながら、

「今日は何も言いたくないのよ。失礼するわ。一人になりたい気持がするのよ」

 中岡が一寸した別れのあいさつして立って扉の所まで行くと、道子も立って扉の所まで行って、後ろ姿に口をよせて、

「本当にすみませんでしたね」

 とささやいたが、その時再びせぐり上げて来た淋しさの為に、新しく涙する心地だった。そうして扉から一間[やぶちゃん注:約二メートル弱。]程の所で中岡がふりかえり、

「元気を出しましょうね」

 となぐさめるように微笑して廊下を向うに歩いて行く跫音の一歩一歩遠くなって行くのを聞きながら、道子は扉にすがって折り崩れたいような疲れを感じて居た。

 扉をしめると、道子は鏡台の前に行き、顔をうつして見た。化粧した頰は涙に汚れて感情の推移を示して居る。指でおさえると、亦ぷくんともどって来る。そっと微笑して見ると、黄昏のように淋しい。何年ぶりの涙だろうと道子はしみじみと思って見た。遠いもののように思えたあの中岡の姿が先刻はどれほど近いものに見えた事だろう。しかし再び遠くへ逃げて行った中岡の影像を、自分の顔になぞらえて鏡面をじっと見て居る。白い鏡だった。

 鏡から離れて窓にに立つと、もう日が沈んで居る。燈もつく頃だろう。道子は茫然としながら、家並の黝い瓦を見て居てはげしい緊張の後に来る空虚なものを感じて居た。そうして目を舗道にうつした時、人混みにまじって急ぎ足で戻って来る由紀子の姿が目にうつった。その時道子は始めて、ああ、あたしの生活には由紀ちゃんも居たんだなと感じ、一寸の間それが不思議なように思われた。あたしが、中岡と一緒に映画を見ての帰り、あの由紀ちゃんに対する自責の念を盛り上げた霧雨の夕べのように、由紀ちゃんもやはり今あたしに対して何か済まないって言う感じを持って居ないかしら、だからあんなに急ぎ足でかえって来るのかも知れない。そう考えると道子は急に由紀子に、おさえ切れないようないとおしさを感じて、帰って来たら思い切って抱きしめてやりたい程肉親の愛情に胸がたかぶって来るのだった。

 そうして、もう間近くなった由紀子のまだこちらに気付かないで歩いて居る、その黄昏の風にはためくスカートの動きを見ると、ああこれが人生だと呟きながら、それ故も一度にじみ出る淋しさを心から意識しながら、両手をそっと頰に当てると、じっと目を閉じて見るのであった。

 

2021/05/07

ブログ1,530,000アクセス突破記念 梅崎春生 明日 / 恐らく現在読める最初(昭和九(一九三四)年二月満十九歳)の梅崎春生の小説

 

[やぶちゃん注:昭和九(一九三四)年二月発行『ロベリスク』第一号に発表されたもので、梅崎春生当月で満十九歳の若書きの一篇で、現在知られている小説としては、最も古い作品(習作)である。当時は、熊本五高二年であった。

 底本は昭和六〇(一九八五)年沖積舎刊「梅崎春生全集第七巻」(本巻最終巻)の「初期短編補遺」に載るそれを用いた。

 本来なら、戦前の作品であり、恐らくは正仮名が用いられ、漢字も正字であったろうが、原雑誌を見ることが出来ないので(掲載雑誌については中井正義著『梅崎春生――「桜島」から「幻化」へ――』(昭和六一(一九八六)年沖積舎刊)の年譜の昭和九年のパートに『怠け癖から、三年生になる際に平均点不足で落第し』たとあり、この年、『同人誌「ロベリスク」に参加し』たとある)、この雑誌は当時の熊本五高の友人であった霜多正次(しもたせいじ 大正二(一九一三)年~平成一五(二〇〇三)年:後に左派小説家となった春生の盟友。日本共産党員でもあったが後に除籍された)とともに出した同人誌である(同誌に発表した『梅崎春生 詩 「海」(私の勝手復元版)』なども参照されたい)。詩篇とは異なり、歴史的仮名遣の手入れが異様に多くなるので、底本のままに新字新仮名とした。一部、文中に注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが今朝1,530,000アクセスを突破した記念として公開する。【202157日 藪野直史】]

 

   明   日

 

 破れた障子に冷たい夜風が、今目も鋭い口笛を吹き始めた。冷え切った火鉢に、寒々と十六燭の電燈が映って居た。凍った指先をこすり合わせながら汚れた机の前に坐って、先刻からおし黙って谷崎潤一郎の「あつもの」に読みふけって居た私にむかって、原は原稿を書き疲れた物憂い瞳を挙げて、

「おい煙草はまだ残って居たか」

 とたずねた。私も長時間の読書に疲れた目を挙げると、乱暴に散らされた寝床や、あちこちに取り散らされた書物のうす暗い影に、おしつぶれて居るバットの箱を認めて、原の方をむいて黙ってそれを指さして見せた。原は手を伸ばしてそれを取ると、一本引き出して、あとを私の机の上にほうった。その中には、おしつぶされて平ったくなったバットが二本残って居た。

[やぶちゃん注:『谷崎潤一郎の「あつもの」』「羹(あつもの)」で、初出は明治四五(一九一二)年『東京日日新聞』に七月から連載された谷崎最初の連載長編小説であるが、五ヶ月後の十一月に中絶して連載は終わった。翌大正二(一九一三)年一月に、未完のままの「羹」を単行本として春陽堂から刊行したが、遂にその続きは書かれなかった。私は読んでいない。山崎澄子氏の論文「谷崎潤一郎『羹』論」PDF)と年譜資料に拠った。前者には『単行本「羮」刊行にあたって、「羮序」という文章が綴られ、そこには「『羮』の全編はどうしても半年か、八九ヵ月くらい連載し得る分量を持って居るやうだ。そこで一先づ三分の一を纏めて、PART Ⅰ. として刊行すると決めた。」と記されている。しかし、残る三分の二は、ついに発表されることはなかった』とあり、こちらの年譜記載では、谷崎は連載中の八月十二日の段階で、早くも『「羹」は、書いていてつまらないと零してい』た、ともあった。梅崎が読んでいるのは、その単行本か。

「原」不詳だが、冒頭注に記した終生となる友人霜多正次の可能性が高い。

「バット」「ゴールデン・バット」。煙草の銘柄。私の大学時分でも吸うことはあまりなかった。二〇一九年販売を終わった。]

 私はぐっとこみ上げて来る胴ぶるいをおしこらえると、その一本を引き抜いて点火した。そうして、その煙が、うす汚ない電燈にまつわって、美しい、妖(あや)しい夢の様な曲線を画いて流れ始めると、長い読書に吸い込まれて居た自身の形象が、今始めてコトコトと跫音(あしおと)を立てて帰って来たような気持を感じ始めた。今まで結滞を続けて居たんじゃないかと思われる心臓の微かな調子が、私の耳の側の血管でコツコツと鳴り始めて居るのであった。

「今日も矢張り暮れて行くんだ。俺の気持も考えずに暮れて行くのだ」

 と私は呟いた。先刻からかゆい頭の地から、長い毛髪がだらりと下って来て、その度毎に煙草のやにで黄色くなった指でかき上げねばならなかった。一種の倦んだ空気がこの様に寒々しい部屋の中に、豪壮な饗宴の後の様にただよって居たが、それは此の部屋の陰惨な風景にも拘らず白々しさを極めた存在であったが為に、呼吸すら出来ない程食い違った感情を私達はやっとの事でこらえて居るのであった。

「火を焚(た)こうよ。寒いから――」

 と原が火鉢の方ににじり寄って、そこらにころがって居る物を薪の材料に物色し始めた。だんだん燃やすものが無くなって行く此の部屋。木枯の中の冬の樹が、その一枚一枚をふり落して行く様に、此の部屋からも、一つ一つ金目になるものが失われて行った。二三日前までは貧しい存在ではあったにしろ、唯一つの生命あるものとして、原の机の上であわただしい鼓動を続けて居た置時計すら、一昨日以来その存在を消して居た。それを手離す時二人とも言い様のない憤どおろしさを私達の生活態度に感じたものだったが、水族館の魚群の様に、日々感情を喪失して行く私達だったので、その憤怒も一時的なものであり、もう今日は蠟の様な瞳で、今、此の部屋から姿を消すべき一つの物象を、死物狂いの捜索を続けて居るのであった。

 やがて乏しい紙片と木片が集められて、マッチをする音がわびしく障子にこだました時、私も「あつもの」を捨てて火鉢の方ににじり寄った。さっきから折々聞えて来る障子の口笛は、一筋の冷たい風となって、私達の身体を冷えびえと襲うのであった。貧しい熱量が二人の指先を少しではあったがあたため始めた時、私は此の沈滞した沈黙に堪えかねて、折れる様に話しかけた。

「原稿の方は進んだか」

「いやまだ。まだ十枚ほどしか書いて居ない」

 再び沈黙が来、紙片が燃え尽きて灰の様な感情が残った。そうして、その灰をかきわけた時、ボッと再び顔を持ち上げた焰の様に、原は腹の底から出る様な声で話し出した。

「今敏感と言う言葉の形容詞を考えて居るのだ、どんなのが良いだろうか。何か動物を持って来たいのだけれども――猫なんかどう思う」

「うん。猫も良いね。猫もペルシャ猫あたりが良い」

「ベルシャ猫か。インド猫なんかどうだろう。インド猫の様に敏感に気付いて居た。何か情熱をひそめて居てとても敏感な感じがするけれども」

 二人は、ひきつった様にほそぼそと笑い声を立てた。此の印度猫なんか見た事もないうす汚ない男がよくも考え出したものだ、と言うような空々しい笑いではなかった。此の汚れた部屋に、ペルシャ猫とか、印度猫とかを考える事は何たる矛盾であったか。豪奢な夫人の居間の番人にでもふさわしいペルシャ猫や印度猫が、此の惨めな男の手によって、安物の原稿紙の上に踊らされるなんて。泣き出したくなる様な惨めな笑いだった。とまれ此の原稿が売れなければ、二人は下宿を追い立てられて飢死凍死するより外にはないのだ。

「もう何時だろうなあ。時計の奴も居なくなってしまったし」

「もう九時近くじゃないか知らん。寒さの具合がきっとそうだと思うよ。時にお前は晩飯食ったか」

「いや、まだ食べないよ」

 再び私達は枯葉の様にかわき切ったかすれた笑い声を立てた。

 バットの吸いさしを火鉢の中につっ込むと、私は始めて猛烈な空服を自覚した。手足がじんじんと冷え切って、どうにもならない気持だった。原の故郷から送ってよこした餅(もち)の余りが二つ三つ古畳の上にわびしい影を投げながらころがって居たけれども、火の気もない此の部屋では、どうにも食うすべはなかった。近頃の下宿の私達に対する不信用は、此の寒空に火の気をすら奪い取ってしまったのだ。

「まだ金が残って居るか。一昨日のたま突きのつり銭があるだろう、きっと」

 原はごそごそと音を立てながら引出しの中をかきまぜて居たが、やっと拾いあてたものと見えて、

「うん三十銭程ある、出ようか」

「うん、しかし君の方の原稿はどうなるか」

「今神経がつかれて居るから、これ以上一字も書けないよ、第一手が凍えて書けないよ」

 私は押し啞(おし)の様に立ち上って、洋服を着始めた。

「梁園ノ日暮乱飛ブ鴉極目粛条タリ三両家」

 と節も何もない棒読みの唐詩を誦しながら矢張り洋服に着かえて居た原が突然、

「ああ、いやな生活だなあ、何故こんな生活を始めたんだろう。もうこうなりゃ堕落の一筋じゃないか」

 と独語(ひとりごと)の様に呟きながら激しい舌打をするのであった。もう感情なんて贅沢なものは捨ててしまって、土竜(もぐら)のようにこそこそとその日その日を闇黒の中に過す私達にとって、こんな人並みの友情なら破壊するであろうような言葉は日常茶飯事のように語られた。悲しい心を持ちながらことさらに他人の心を傷つけようとする傷ましい心だ。それは気紛れではなくて、苦痛に押しゆがめられた心の隙間からフッと出て来る風のようなものであった、そうして、お互はそれを悲しい気持で許容するのであった。そんな時、私達は各々孤立した感情の城砦の中に立てこもって、じっと自分自身の本当の形態を見つめて居る癖に、なおも何物かにすがろうと細々しい触角を臆病そうに四方に伸ばして居るのであった。

[やぶちゃん注:詠じた「唐詩」は優れた辺塞詩で知られる盛唐の詩人岑參(しんじん 七一五年~七七〇年)の以下。最後の方で本文にも出るが、新字なので、ここで先に正字で示す。

   *

 山房春事

梁園日暮亂飛鴉

極目蕭條三兩家

庭樹不知人死盡

春來還發舊時花

   *

  山房春事

 梁園の日暮れ 亂れ飛ぶ鴉

 極目(きよくもく) 蕭條(せうでう)たり 三兩家(さんりやうか)

 庭樹は知らず 人 死に盡くすを

 春 來りて 還(ま)た發(ひら)く 舊時の花

   *]

 此の類廃の中にひそんで、息をこらして、しかもじっと堪えて居た私ではあったけれども、時折物すごい憂鬱の圧迫に堪え切れず、ひそかにぬけ出ては独り裏街を彷徨して居たのが、いつしか習慣にまでなったと見えて、私には、悲しい放浪癖がつき始めて居た。すっぽりとマントに身をつつんで、黄昏になると蝙蝠の様に忍び出て通町筋を裏街へ裏街へと迷い込んで行き、目的もない意味もない一ときの散歩に、さなきだに疲れ果てた神経をなおが上にも疲れ果てさせるのであった。しかし、裏街の風物――ごみためや、汚物の打ち捨てられて居る細い路地を通る時、私は何かなしにほっとしたものを感じるのであった。そうした慰安らしいものを求めてする散歩ではあったけれども、その散歩途中などにおこるいろいろな事が私に恐ろしい事実を教え始めて居た。それはあんな生活の為に極度にまでとぎすまされた神経が俄かに弱って来たと見えて、時々物を判別するのにとんでもない誤りを犯し始めた事であった。スイフトが発狂する以前の彼の神経状態を思う毎に私は悚然(しょうぜん)とした。やがて此のゆるんだ絃の様な神経が狂気の水準にまで垂れ下って来る日を思うと、私は思わずどうしたら良いだろうどうしたら良いだろうと、おろおろ声になって叫び出したくなるのであった。

[やぶちゃん注:この段落以下の「私」の精神状態の叙述や彷徨行動及び神経症的な認識様式は、明らかに梶井基次郎の「檸檬」(大正一三(一九二四)年十月稿。雑誌『靑空』大正一四(一九二五)年一月創刊号に掲載、後に昭和六(一九三一)年五月武蔵野書院刊の作品集『檸檬』に所収された。リンク先は私の古い電子化。私の教師時代の「檸檬」の「授業ノート」も公開している)を意識している。

「通町」熊本県熊本市にある繁華街通町筋(とおりちょうすじ)。熊本県道二十八号に沿ったメイン・ストリート。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「スイフトが発狂する以前の彼の神経状態」『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 「人間らしさ」』を参照。

「悚然」ひどく恐れるさま。慄(ぞ)っとして竦(すく)むさま。]

 私が神経の誤算を最初気付き始めたのは次のような事からである。

 ある日、やはり部屋に居たたまれないで黄昏時分に部屋を出て行き、なけなしの財布をはたいて、通町迄の切符を求めて空ろな瞳で車内広告などを眺めて居た時に始まる。私にとっては悲壮な物語となる事件であったが、疲れ果てた表情をして病み呆(ほう)けて居た巷に電車が止って、私が降りようとした時、電車の後方約三十間[やぶちゃん注:約五十四メートル半。]位の所を可成りなスピードで流れて来る二箇のへッドライトを私は認めたのであった。そうして私はとっさの間に自動車が此の地点まで到着する時間を、そのスピードと距離とから割出して、私が下りて歩道の上に立つまでの時間を考え合わせて、いそいで歩道に駆けこもうとした時、まだ歩道に達する半ばの距離も行かないうちに、自動車はほとんど身近に迫って居て、危く私の体を突きたおそうとしてギギギと不気味な音を立てて止ったのであった。生れて以来の都会生活に此の様な訓練は充分に経て居るべき私の神経が、この様な簡単な計算に誤るなんて、私は口汚ない運転手の罵声を背中にうけながら愴惶として町のくらがりに姿を消したのであったが、その道をよろめき歩きながらも幾度私は神経の弱りを嘆じた事であろう。

[やぶちゃん注:「愴惶」「そうこう」。倉皇・蒼惶。慌てふためくさま。慌ただしいさま。]

 この様な恐ろしい錯誤は次から次へと起って来た。ある小春日和の日、縁側へ寝そべって所在なさに古雑誌を拾い読みして居た時、私はギクリとして全身が硬直する様な不安に襲われた。それは今めくってある頁の挿絵はたしか八九頁前見た挿絵と同じものと思われたからである。弱った神経が、始めて見た絵だのに、すばらしい病的な活動をつづけて、ずっと前見たものであると誤認したのだろうか。その挿絵はいかにも毒々しく画かれてあって、町人風体[やぶちゃん注:「ふうてい」。]の男が河沿いの柳の木の下で、髪をふり乱してしどけない裾の女の為に匕首[やぶちゃん注:「あいくち」。]で突かれて、後方に転倒しようとして居る図であったが、私はどうしてもそれを前一度見た事がある様な気がするのである。いや八九頁前にきっと此の挿絵はあった。私はふるえる手をおさえながら慌だしく七八枚前までめくりかえして見たが、そこには他の挿絵、全体似つかぬ図があるだけで、私の探し求めるものは無い。私は狂気の様になって、その雑誌のあっちをめくりこっちをめくって探したのだけれども遂に探し出せず、茫然として立ちすくんだのであった。冬にしてはあまり暖かすぎる日光の為に、一時頭脳がしびれたのであろうか。私はバットの吸いさし、蜜柑の皮の散らされてある便所の匂いのする此の庭の風物を愕然とした気持で凝視しながら、じっと、ぼっと黒く溶けて行く将来をみつめて居たのであった。

 亦こんな事もあった。原と所在なさの一夜、ふるえながら英語の単語の問答をして居た時、(こんな余裕ありげな生活を装いたくなる程当時の私達は疲れて居たのだ)判決 verdict と言う単語が出て来た時、それを無意識にフェルディクト、フェルディクトと発音して居たら原がすぐ気付いて

「そりゃヴァーディクトじゃないか、ヴァーディクトだよ」

 と注意して呉れたのであったが、私にはどうしてもそれがフェルディクトとしか読めなかったのだ。

「ヴァーディクトだって! フェルディクトじゃないか」

「フェルディクトは独逸読みじゃないか、英語はヴァーディクトだよ」

「英語だってフェルディクトとしか読めんじゃないか」

 と私は原の言葉を不思議なものに思ってさえぎったのだったが、ああ私は亦何と言う錯誤を犯して居た事だろう。それから小一時間もすぎてうつらうつらと眠りかけて居た私はハツとしてその誤りに気付いたのだったが、それに対する滑稽と言う感じよりは、心一杯にひろがる真黒な恐怖をひしひしと感じたのであった。

[やぶちゃん注:「verdict」英語「ヴェーディクト」。「評決・判定」の意。梅崎春生には特定の単語に対する、その発音への、やや神経症的な拘りが後の作品でもしばしば見られる。病跡学的には、かなり興味深い特異点である。]

 そんな風な一日、九時頃からマントをすっぽりかぶって無意味な彷徨を続けて居た時、きっと此の角を曲ったらあの明るい町に出るのだと思いながらも漫然と足を進めて居ると、やがて目前に、ひろびろとひらけて来たものは、明るいネオンの巷ではなくて黝々(くろぐろ)とひろがった荒れ果てた空地であった。そうしてその空地に傲岸とそびえ立つ黒い影のような建物を見て私ははっと気が付いた。ああ私は曲り角を一つ間違えて居たのだ。此のくろぐろと立って居る建物こそ、私が中学を出て一年間の浪人生活を送った予備校の夜の姿であった。それは苦しい思出と共に傷心の涙すら持って居るものであったが、その時ばかりはそのかぶさって来る様な圧迫感に茫然と立って居た私の心の中ではやがて恐怖の燈が点滅し始め、やがて心の底をしぼり出すような恐怖感におそわれると、私は身体中鳥肌を立てて、いきなりワッと叫ぶと一目散に今来た道を走り戻ったのであった。

[やぶちゃん注:「傲岸と」傲(おご)り高ぶって威張っているかのように。

「私が中学を出て一年間の浪人生活を送った予備校」梅崎春生は昭和六(一九三一)年に福岡県立の福岡県中学修猷館を卒業し、福岡高等商業学校(現在の福岡大学の前身)を受験したが、不合格となった。中井正義氏の前掲書によれば、中学卒業の頃には、『長崎高商か大分高商にでも入って、平凡なサラリーマンになるつもりでいた』らしいが、翌年、『一月、台湾東海岸で会社経営をしている母方の叔父から、学資の面倒を見てやるから高等学校を受験しろ、と言って』きたことから、『そこで、がむしゃらなにわか勉強にとりかか』り、『四月、熊本の第五高等学校文科甲類に入学』した、とある。「予備校」は不詳。なお、冒頭で述べた通り、五高では二年次に原級留置となるが、この時は『叔父からの学資供給が停止するかもしれぬという危惧に悩んだが、病気だったことにして母』貞子『が体面をつくろってくれた』とある。]

 此の黝い建物に対する訳の分らない恐怖は、実は自分の神経の没落に対する無意識な恐怖ではなかったかと考え考えしながら、私は明るい町をその日に限って撰んで帰って来たが、やはり火の気もない、原が尺取虫のように机の前に血走った目でうずくまって原稿にしがみついて居る部屋で、私は寒さと疲れにブルブルふるえながらベッタリと坐り込んで、これだけは、俺の本当の心の住家だと悲しくも慰めて居た古ぼけた日記帳を取り出して、神経の絃の節長きすすり泣きを書きうつすためにそっと開くのであった。

 私がそう言う神経の苦痛に悩まされて居た時、原も同じ様に虫歯に悩まされて居た。原稿を書きながらも、原は自分の歯に食い入って来る目に見えない力を如何に憎んで居た事だろう。湯なんか永い間飲んだ事の無い私達は、咽喉がかわけば必ず歯も氷りつく様な水をすすらねばならなかった。特に原にとっては、それが直ぐ苦痛を意味するものである事はあまりにも明白な事実であった。私達は冷たい水を飲みながらも、幾度あの明るい喫茶店の空気を恋い慕ったろう。

 時折歯の痛みが極度に上って来ると、原は狂気の様になって、

「ああ俺は原稿なんか書けないよ、書けないよ」

 とわめきたてるのであった。

 遂に或る日、私は見かねて、かねてから之だけはと空っぽの行李の中に投げ込んで居たオックスフォードをかかえ出して、質屋に走って行って金にかえて来ると、

「今日こそ歯医者に行って来いよ」

 と言って、丁度その時歯の根の鈍痛に苦しんで居た原の手に握らせると、そうそうに歯医者へと追い出したのであった。

[やぶちゃん注:「オックスフォード」「オックスフォード英語辞典」(Oxford English Dictionary)であろう。一九二八年出版。]

 それから一時間程の後、神経の狂って居ないかを心配しながら自分の指を数えて見たりして詰らぬ時間を過して居た此の部屋に、口笛と共に少しは陽気になった原が帰って来たのであったが、此の長い生活難の日々に始めて救われた様な、ほっとした気持を見出す事が出来たのであった。日の射す縁側で原と久しぶりの歓談を楽しみながらも、此の春はきっと故郷へかえって、神経衰弱もなおして来ようと思ったりした。

 そうして話が彼の書いて居る原稿の事に移った時、私は久しぶりに忘れて居た好奇心と言うものを持って、それを見せて呉れと頼んだのであった。そうして彼の貸して呉れた原稿をかかえて、うすぐらい部屋の片隅に立ててある机の前に坐りこむと、思わずしばらくの間にそれを読了したのであった。それを読んでしまった時の私の感激を何と言って表現したら良いだろう。彼の頭に此の頽廃的な雰囲気から醗酵して来る、妖しい夢を題材とした、蛞蝓(なめくじ)の様な蠱惑(こわく)感に満ちた作品であった。甘美なとろけるような雰囲気と、頽廃した腐敗した雰囲気のたくみなる調和を彼は一字一字ねばりある文字で表現して居た。

「おお何と言う素晴しさだ、俺はお前の感覚に心からの讃辞をささげるよ」

「いや有難う」

 流石(さすが)にうれしそうに笑って見せた原の顔を、私は心から嘆美の念で見かえしたのであったが、ああこんな情感は亦何箇月ぶりの事であったろう。未完成の作とは言え、このような柔軟な魅力ある筆力を持った男を今まで見出さなかった私の不明を、私は今、ほのかなよろこびの感情を以てすら思い起すのだ。

 しかしその夜、あまりにも昼間たかぶった神経の反動として、私の神経系は混乱を来(きた)し始めて居た。巷は風で一ぱいであった。私は憂鬱そのものの心をじっと抱きしめて町から町へ歩きまわった。薄汚ない路地を通る時もうこれ以上しいたげたってしいたげられない、私の神経や私の運命に、私はある意地悪い嘲笑を感じるのだった。

 暗い町であった。月が出て居なくて、曇空の下に町はうめいて居た。明るい巷に押しつぶされた路地を歩きながら、ふと私は奇妙な感覚――右の下駄と左の下駄と何かしら入れかわって居ると言う奇妙な感覚を持ち始めた。家を出る時から変って居たのだろうか。だったら何故今まで気が付かなかったろう。私は混乱した神経系統をまとめようとあせりながらも考えて見た。そうして、大きなごみ捨て場の横に立って居る電柱につかまりながら、右と左との下駄を取り代えた。そうしてのろのろと二三間[やぶちゃん注:約三~四メートル。]歩き出した。しかし、亦奇妙な感覚が再び私の足の裏をこそぐった。私はも一度脱ぎかえて見た。そうしても一度、そうしても一度、泣き出したいようないらだたしさで私は下駄を変えて見るのだ。何度変えても結局同じ事であった。足袋が次第に湿った土に濡れ始め、冷え冷えとした大地が急速に私の足裏から熱をうばって行った。ああもう駄目だ。

「ああ俺の下駄は一体どれだ」

 私は天を仰いで十二時頃の空気をビンビン動かす程叫んだ。そうして暫く耳をすまして何等の答も無いのを知ると再び大声を上げて。

「ああ俺の下駄は一体どれだ」

 と叫んで見た。そうして狂人のようになって、下駄を各各の手に握って、力まかせにかたわらにある溝の中に投げこんだ。

 私はその夜遅く、足袋はだしのまま、アスファルトを踏んで、黝い路地を踏んで、白い霜を踏んで下宿まで帰って来た。あの明るい街燈の下の八間道路のアスファルトを、人っ子一人通らない静寂の中を、私の踏む足袋はだしの音がヒタヒタと聞えて来て、それは非常に淋しいうら悲しい諧調音を作った。そうしてヒタヒタと上って来る冷気が足先は勿論、ひざ頭の辺までの感覚を奪ってしまって居て、私の耳はまだそうそうと鳴る風の音を聞く事が出来るのであった。ああ今から亦あの厭な部屋に帰るのか、此の寒い風がピュンピュン障子を鳴らすあの部屋に。こんな手足が千切れるような状態にありながら、私の頭は妙にジンとして甘い幻想を追って居たのであって、あの故郷の茶の間の陽気を吹く鉄びんなどが妙に印象的に反芻(はんすう)されるのであったが、いつしかボオッと沈んで行った寒風の街の風景に、私は初めてあつい涙を、いとしい感情の悲歌を知ったのである。

[やぶちゃん注:「八間道路」先の通町筋のことか。八間は十四・五四メートル。]

 しかし原の原稿が、ある雑誌に採用せられて、いくばくも無かったにしろ、とにかくまとまった金が私達の手もとに入った時の私達の喜びはどんなであったろう。それはある寒い日であったが、昼頃から原が飄然と出て行ったあとの空虚な部屋に私はちぢこまって、庭の泉水の水を飲みに来る犬の舌の音に耳をすましたり、ダンテの神曲を原の書棚から抜き出して拾い読みしたり(之は原の本棚に残る唯一の金になる本であったが)して居る中に、元気よく帰って来た原が真新しい緑色のバッ卜を二箱ポンと私の机の上にほうったのであった。そうして私は彼の顔色ですべてを読みとると、どっちからともなく心の底から湧いて来るような哄笑の唱和が部屋の障子を鳴らし始めたのであった。しかし、それは、数箇月笑いと言うものから遠ざかって居た私達にとって何たる快い笑いであったか。そうして二人とも新しいバットに点火して、私は久しぶりのバットの香を快く味わい、原は原でボードレールの「酔いたまえ」と言う散文詩を口吟みながら、煙の作り出す妖しい線の戯れを追って居るのであった。二人は、

「今晩は飲むんだぞ、今晩は酔うんだぞ」

 と繰返しながら、炭を買って来て幾晩か夢想したあの湯気の出る鉄瓶をそれに掛けて置いた。そうして失われた夢とばかり信じて居た風景を目の前にして、私達は子供のように喜悦の叫び声を挙げたのであった。

[やぶちゃん注:『ボードレールの「酔いたまえ」と言う散文詩』シャルル・ピエール・ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire 一八二一年~一八六七年)の名詩集「悪の華」(Les Fleurs du mal )の一篇、‘Enivrez-vous ’。私の偏愛する「富永太郎詩集」(初版昭和二(一九二七)年刊家蔵版復刻版)から引く(古い電子化で正字化が不全なので、一部を訂した)。

   *

 

  醉へ!(ボオドレエル)

 

 常に醉つてゐなければならない。ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。君の肩を疲らせ、君の體(からだ)を地に壓し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絕え間なく醉つてゐなければならない。

 しかし何で醉ふのだ? 酒でも、詩でも、道德でも、何でも君のすきなもので。が、とにかく醉ひたまへ。もしどうかいふことで王宮の階段の上や、堀端の靑草の上や、君の室の陰慘な孤獨の中で、既に君の醉ひが覺めかゝるか、覺めきるかして目が覺めるやうなことがあつたら、そのときは風にでも、波にでも、星にでも、鳥にでも、時計にでも、すべての飛び行くものにでも、すべての唸くものにでも、すべての𢌞轉するものにでも、すべての歌ふものにでも、すべての話すものにでも、今は何時だときいてみたまへ。風も、波も、星も、鳥も、時計も君に答へるだらう、「今は醉ふべき時です! 『時』に虐げられる奴隸になりたくないなら、絕え間なくお醉なさい! 酒でも、詩でも、道德でも、何でもおすきなもので。」

 

   *

確かに、ここで詠ずるに相応しい一篇である。]

 その夜私達は風の吹く巷を外にして、暖かい酒亭の一室で心ゆくまで酔った。そうして呂律の廻らぬ舌でもつれた会話を、どこまでもどこまでもたどって行くのであった。

「ほら巷では風が吹くよ。あの風も俺達の部屋の障子の穴を今頃は遠慮なく通り抜けてるだろうなあ」

「そうだよ、ああ、みじめな過去だったよ。しかし亦明日からはコトコトと跫音をたててあの生活に帰って行くのだよ」

「悲しい事は言いっこ無し。飲むのだ、酔うのだ、酔い給え」

 とボードレール張りの気焰を上げて二人は飲むのであった。昨日と明日の現実を忘れて心ゆくまで芳烈な酒の香にひたった。そうして原は床柱を背にして陶然とうたい出すのであった。

  梁園ノ日暮乱飛ブ鴉

  極目粛条タリ三両家

  庭樹ハ知ラズ人ノ去り尽スヲ

  春来リテ還発ク旧時ノ花

 火照(ほて)った頰をおさえながら、私はじっと硝子戸ごしに巷を行く人の姿を見つめた。彼等のはく白い息に又も寒い今夜であった。

「ああ俺には新しい世界がある、新しい世界がある」

 と原は慷慨(こうがい)の調子で叫んだ。

「そうだ、君は新しい世界をあの中から見つけ出した。俺は別に英雄主義者じゃないんだから君を尊敬しようとは思わないが、君のあの緻密な神経を俺の弱り果てた神経にくらべて羨しく思うだけなんだ」

「それでいいのだよ、きっと君の神経からも新しい神秘な世界が創造されるだろうよ、その日のために」

 かくて私達は再び華かな乾杯をするのであった。

 その夜は到頭二人とも下駄をなくして、午前二時頃足袋はだしでアスファルトを帰って来た。丁度下宿に曲る路地に来た時、原は双手をあげて叫んだ。

「ああ明日からの生活は一体どうなるのだ」

「いつもの生活にかえるんだ、俺は神経の圧迫に狂気に至るまでの生活をたどるだけだし、君はあの中から芸術を見出すのだ」

「芸術芸術って言うな、俺はもうあの苦しい現実、汚ない部屋には直面し得ない程疲れ切ったんだ」

 ヒタヒタと言う足袋はだしの音を、もう幾分酔のさめかかった二人の神経は、苦痛の予感と恐怖の襲来とに思わず身をすくませながら、じっとじっと耳をすまして居るのであった。終に恐ろしい真実にふれてしまった恐怖、私はズキズキと痛み出す神経を感じながら、長い長い此の路地の一番奥はどこだろうと空ろな眼を一ぱいに開いて居るのであった。

 

 

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