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カテゴリー「梅崎春生」の315件の記事

2021/02/22

ブログ・アクセス1,500,000アクセス突破記念 梅崎春生 その夜のこと

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二九(一九五四)年一月発行の『別冊小説新潮』初出で、後の昭和三四(一九五九)年に刊行した作品集「拐帯者」(光書房)に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第五巻」を用いた。

 今回は思うところあって敢えて或る核心に踏み込んだ注は附さないことにした。その〈意味〉は恐らく、凡そ、また一ヶ月後ぐらいには判るであろう。お待ちあれかし。文中に軽く割注を入れた。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが今日の午前中に1,500,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021222日 藪野直史】]

 

   その夜のこと 

 

 僕はその時、玄関の土間につっ立っていた。僕は怒りに燃えていた。婆さんは帳場の火鉢のそばに中腰になっていた。右手は火箸の頭をにぎりしめていた。そして婆さんは早口でなにかを言い返した。言い返したというより、それはもう口汚い罵声に近かった。

 次の三十秒ほどの間、僕の記億はぶっつりとぎれる。憤怒(ふんぬ)が頂点に達し、ついくらくらと分別を失ったのだろう。

 婆さんの顔が急に変って見えた。右の眼の上の部分が、見る見る青黒くせり出してきたのだ。

 婆さんは畳に尻餅をついた姿勢になっていた。顔はゆがんで、まっさおだった。灰から引抜いた火箸で僕を指しながら、乱れた声でわめきたてた。

「こいつが。この極道者。ゴクツブシが!」

 帳場の台の上にあった糊(のり)の壺を、僕の手が無意識につかんで、婆さんの顔にたたきつけたらしいのだ。それが右眼の上に命中して、その部分はごく短い時間に、急速に団子状にふくれ上ってきた。それを見て僕はますます兇暴な気持にかき立てられた。婆さんはさらに声を高めてわめいた。

「ああ、誰か来て。この極道者があたしを殺す!」

「黙れ、クソ婆あ」

 と僕も怒鳴りかえした。

「わめくなら、もっとあばれてやるぞ!」

 僕は土間を見廻した。土間のすみに小さな椅子があった。僕は急いでそこに行き、その背を摑(つか)んだ。両手でふり上げた。破滅するなら破滅しろ。僕はもう気ちがいじみたかけ声と共に、その椅子を力いっぱい帳場のガラスに叩きつけた。痛快な破裂音と共に、三尺四方もある大ガラスは無数の三角形に砕け散って、畳や台の上に散乱した。框(かまち)に残った部分は、するどい牙状になって、深夜の電燈の光にギラギラと光った。

 大きな叫び声といっしょに、廊下をどたどたと走ってくる音がした。

「クソ!」

 僕はも一度椅子の背を握りしめた。勢いよく別のガラスめがけて投げつけた。

 乱れた人声や跫音(あしおと)が、またたく間に玄関に集ってきて、そこら中が人だらけになった感じだった。皆寝巻姿だ。酒の酔いと極度の亢奮(こうふん)のために、眼がちらちらとして定まらない。茫然と土間につっ立っている、と他人眼(はため)には見えたかも知れない。玄関にうろうろと出てきたその中の一人が、足袋はだしのままそっと土間へ下りてきて、へんにやさしい猫撫で声で僕にささやきかけてきた。僕と同じ年頃のこの下宿の止宿人らしい、眼鏡をかけた男だった。

「ねえ、もうこれで、気がすんだでしょう。だからね、もう乱暴はよしなさいね」

「うん」

 と僕は割合素直にうなずいた。こう沢山集ってきては、もうあばれてもムダだし、それに婆さんがお岩みたいな顔になったので、すこしは気の毒にもなってきたからだ。

しかしまだ僕の身体は、余憤のためにぶるぶるふるえていた。男は僕の肩にそっと手をかけた。

「ね、お互いに最高学府の学生なんだから。暴力なんかふるうのは――」

 そこまで言いかけた時、帳場の中から婆さんがふたたびいきり立った。火箸をにぎりしめて、立ち上ろうとしている。その婆さんをこの下宿の女将が必死にはがいじめにして、しきりになだめているらしい。婆さんの顔はすっかり形相(ぎょうそう)が変り、双の眼はぎらぎらと憎悪に燃え立っていた。それはもう人間の顔ではなかった。

「あ、あの悪党を、つかまえて。ぶ、ぶっ殺してやる」

 向うが逆上したので、かえって僕は平静になって来た。平静になってくると、急に寒さが身に沁みてきた。僕は肩をすくめて、しょんぼりした形になった。婆さんはなおもはげしく怒号している。

 そこへ道路の方から、霜多が玄関に顔をのぞかせ、僕を見て低いあわてた声で言った。

「巡査が来たようだよ。静かにしてた方がいいよ」

 僕はうなずいて見せた。しかし静かにしていたって、もう遅い。僕が静かにしても、婆さんがさかんに騒ぎ立てているではないか。僕は観念した。

 やがて巡査が二人、のっそりと玄関に入って来た。深夜のパトロールをしていたのらしい。その巡査の一人の眼がキラリと光って、射るように僕の顔を見た。コメカミがぎりぎり痛み出すのを感じながら、僕はそっぽ向いた。

 

 その夜、その夜というのは、今から十六年前、昭和十二年の一月八日のことなのだが、僕は霜多という友人といっしょに、浅草に遊びに行ったのだ。とにかくそれは寒い夜だった。

 浅草で常盤(ときわ)座の『笑いの王国』にワリビキから入り、それが終って二人は、バスで本郷に戻ってきた。その頃、僕も霜多も『東京帝国大学』という学校の文学部学生で、霜多は中野、僕は駒込千駄木町の『愛静館』という下宿に止宿していた。三十か四十ぐらい部屋がある、通りに面したかなり大きな二階建ての下宿屋だった。僕があばれたのは、その下宿の玄関先だが、そのことはまたあとで書く。[やぶちゃん注:「常盤(ときわ)座の『笑いの王国』」浅草公園六区初の劇場・映画館として明治一七(一八八四)年十月一日に開業したのが常盤座で、大正六(一九一七)年一月二十二日に「歌舞劇協会」のオペラ「女軍出征」を上演して大ヒットし、これが「浅草オペラ」の濫觴とされ(「浅草オペラ」自体は後に「金龍館」が主な舞台となった)、かのエノケン劇団もここの舞台に立っている。大正十二年九月一日の関東大震災で関東大震災で常盤座は大打撃を受けたものの、松竹傘下に入って興行は繋がれ、大正一三(一九二四)年三月以降、常盤座は帝国キネマ演芸の封切館となった。昭和八(一九三三)年四月一日には古川緑波(古川ロッパ)・徳川夢声らが常盤座で、軽演劇劇団「笑の王国」の旗揚げ公演を行ない(絶頂期のエノケン一座への対抗馬という意味合いが強かったらしい)、それ以来、戦時下の昭和一八(一九四三)年六月の同劇団解散まで、同劇団は常盤座を根城にしていた。参照したウィキの「常盤座」に、まさに作品内時制と完全に一致する昭和一二(一九三七)年一月の写真が載る(右手前が常盤座とあり、その上によく見ると「笑の王國」の幟(のぼり)もまさに見えるのだ)。序でにYouTube の「東京節」(作曲:添田啞蟬坊・唄:大工哲弘)を視聴されたい。その2:50のところの「浅草」とテロップの出る動画内(カラー・着色か)に「WARAINOOKOKU」の看板と、次いで切り替わった画像にも「笑いの王國 公演 常盤座」の幟が見える(その少し後にも同一場所を少し引いた画像が出る。これらの画像は太平洋戦争前のものと思われる。必見!)。「ワリビキ」というのは劇場や映画館などで早朝や深夜その他の客入りの少ない一定時間内に於いて通常の値段よりも安い料金で客を入れることを指す。]

 で、本郷に戻ってきても、二人はひどく寒かった。そこらあたりがしんかんとつめたく、いわゆる霜夜というやつだ。そこで屋台のオデン屋で、コップ酒をかたむけることにたちまち相談がまとまった。酒を飲むのは、しかし寒かったからだけではない。他にもう一つ理由があって、つまり初めからの予定でもあったわけだ。

 屋台に入り、酒がなみなみと注がれると、霜多はコップをちょいと持ち上げ、僕の顔を見て、

「おめでとう」

 と笑いながら言った。いたわるような、からかうような、そんな妙な調子だった。そしてつけ加えた。

「ほんとによかったな」

「うん」

 僕はコップに目をつけた。何箇月ぶりかのその酒は僕の食道をじりじりとやき、しずかに胃の方におちて行った。その味は、旨いとか不味いとかいうものでなく、言わばその彼方のものの味だった。しかし僕はすこしヤセ我慢のような気持で、

「うん。酒というものは、やっぱり旨いもんだな」

 などと答えたりした。久しぶりの酒に、そんな照れかくしを言わねばならないほどに、僕には複雑な感懐があったのだ。しかしまあ、あの頃だったから複雑なので、今だったら複雑でも何でもない、カンタンな話なのだが。

 その筋道をちょっと言いておく。

 その前年の七月の末、当時二十一歳の僕はある種の病気にかかったのだ。ある種の病気というのもへんだから、この病名を仮にXということにしておこう。このXは現今においては、注射の一、二本でカンタンに治癒するらしいけれども、当時は当時、医業医薬の未発達のため、なかなか難治の病気とされていた。その難治なるXに不運にも僕がとりつかれたというわけだ。僕は夏休みの帰郷をも取止めて、大急ぎで医者に飛んで行った。

 こうして僕の憂鬱な口々が始まった。

 Xという病気ははなはだ面白くない病気で、酒はいけない、刺戟物はいけない、あまり動き廻ることもよくない、とにかくあらゆる欲望をつつしまなければならない病気なので、そこで僕は毎日下宿にごろごろして、そして医者に通う。その医者は町医者で、僕が学生だからというので、特に治療費を月極め二十五円にして呉れた。当時にしてもこれは安い方だったと思う。医院は千駄木町にあった。僕が弓町の下宿を引払い、この愛静館に引移ってきたというのも、そんな事情からだった。毎日通うのに遠くでは都合が悪いのだ。

 ところが次にむつかしい問題があった。愛静館の下宿代が一月二十五円、医者代と合わせると、月に五十円となる。それなのに僕が仕送りを受けている学資が、月額五十円なので、下宿代と医療費にまるまる消えてしまうのだ。あとは何も出来ないというわけだが、僕だって人間だから、何もしないというわけには行かない。本も読みたければ、タバコもすいたい。そんなことをするにはどうしても金が要る。

 それではも少し余計に仕送りさせればいいじゃないか、と思う人もあるだろうが、そういう訳にも行かない。Xのことは故郷には秘密になっているし、夏休み不帰郷のことは学術研究ということにしてある。だからどうしてもその範囲でやらねばならなかったのだ。僕ははなはだしく憂鬱だった。

 ところがその憂鬱にまた輪をかけることが起きて出たのだ。病状は順調に回復におもむいていると思っていたのに、九月に入ったとたん、Xがある種のこじれ方をして、大いに痛みを発し、僕はどっと床についた。痛くて痛くて動けないのだ。退屈なものだから、バスに揺られて浅草にレビューなどを見に行ったのが、覿面(てきめん)にたたったらしい。

 それから下宿に寝たっきりの三週間、医者は毎日往診して来る。動けないのだから、付添いの女を派出婦会からやとう。どうにでもなれと思って、僕はヤケッパチな安静をつづけていた。将来のことを考えると、眼の先がまっくらになるような気がするので、一日中もうひたすら無念無想とつとめている。八方ふさがりだから、僕とてもそういう擬態をとらざるを得ないのだ。

 こういう僕に対して、下宿側はどう考えていたか。それを想像すると、僕は今でも舌打ちしたくなるような面白くない気分になる。

 

 Xのことはもちろん下宿側には秘密にしてあった。しかし事態がこうなれば、向うは感づくにきまっていた。そうそう僕もかくし立ては出来ない。

 無論感づかれたって一向かまわないのだけれども、事情が事情だから、いろんな支出の関係上、どうしても下宿料がとどこおってくる。下宿料のたまった止宿人ほど肩身のせまいものはない。経験のある人には判って貰えると思うが、そうなれば女中だって鬼みたいに見えてくるものだ。

 そんな絶対安静のある日、付添いの女が食事から部屋に戻ってきて、僕に言った。ひどく不快そうな表情だった。

「御飯どきにあたしをいじめるんですのよ」

 付添いは二十四、五の素直な女だった。もちろん食事代は僕持ちのわけだが、下宿ではその食膳を僕の部屋に持って来ず、初めから女中部屋で食事をするように命じたらしい。これは僕を踏みつけにしたやり方なのだが、宿料がとどこおっているのだから仕方がない。だから付添いは食事毎に女中部屋にかよっていたのだ。

 僕は訊(たず)ねた。

「誰がだい。オカミかね?」

「いえ、オカミさんじゃない。あの婆さんです。とてもひどいことを言うのよ」

「どんなこと言った?」

「あなたのことなど、学生のくせにXなんかにかかって、仕様のないダラク学生だって」

「ダラク学生?」

「あんなのを産んだ親御の顔が見たいなんて、わざと聞えよがしに話すのよ」

 僕は寝床にじっとあおむけに横たわり、大げさに言うと、歯をかみ鳴らして悲憤の涙を呑んだ。こんなにも日常は憂鬱なのに、八方ふさがりでどうしていいのか判らないのに、何も開係のないあのババアから、なんでこんなことまで言われねばならないのか。

 ここでこの婆さんのことを、ちょっと説明をして置く必要がある。この婆さんというのは、この下宿の経営者ではない。はっきり言えば一介の雇い婆に過ぎないのだ。つれあいの爺さんと一紺にこの下宿に住みつき、それも相当古くから居付いているらしく、相当の実権と発言権を持っている風(ふう)で、仕事と言えば炊事や掃除の指図など、ちょっと女中頭みたいな地位にあるようだった。年齢はその頃五十五、六ぐらいだったかしら。色の黒い、説がぎろぎろして、いかにも頑固一徹そうな風貌だった。これに反してつれあいの爺さんは全くの好々爺だったが、婆さんの尻にしかれて影のうすい存在だった。

 僕は初めからこの婆さんから好意を持たれていないらしかった。

 今思うと、この婆さんの止宿人に対する好悪あるいは価値判断は、しごくハッキリしていたと思う。学校に毎日真面目に出席し、そして下宿代もキチンキチンと払う、そういう止宿人に婆さんは好意を持ち、その反対のものに悪意を持ったというわけらしい。彼女は雇い婆だから、下宿代を溜めようが溜めまいが関係ない筈なのに、そこが価値判断のひとつの基準になっている。つまり彼女の好悪は、彼女独特の倫理観から出てきているようだった。

 この下宿に入った早々、僕はハガキを出しに、玄関にあった誰かの古下駄をつっかけて出かけ、そしてこの婆さんにがみがみ叱られたことがある。僕も反撥した。

「ちょっとそこまでだから、いいじゃないですか。穿いて減るものじゃなし」

「だってあんたさんは、自分の下駄を持ってなさるんじゃろ」

 と婆さんは僕をにらみつけた。僕としては、ついそこらのポストまで行くのに、わざわざ下駄箱から下駄を出すのは面倒くさい。だからちょっと無断使用したわけだ。それはもうすっかりすり減って、捨てても惜しくないようなよごれた古下駄だったのに。

「ケチケチするなよ、婆さん」

 僕は捨ぜりふを残して、一気に階段をかけ上った。僕の部屋は二階の一番外(はず)れの、北向きの日当りの悪い四畳半だった。愛静館の中でも最も悪い部屋のひとつだったと思そう。

 

 その四畳半の部屋で、面白くない明け暮れをむかえ、そして僕の病気がやっと治(なお)ったのは、翌年の正月に入ってからだった。七月の末からのことだから、五箇月を越える計算となる。一夜の歓の代償としては、若い僕にとって犠牲が少々大き過ぎた、と言えるだろう、現今なら何でもない話だから、僕は十五年ばかり早く生れ過ぎた。しかしこの五箇月の忍苦の生活の中で、僕は人の世のいろいろのことを学び、またさまざまな考えや態度を身につけた。すなわち少しは図太くなってきたとも言うわけだ。図太くなったとしても苦しく憂鬱な条件にはかわりなかったのだが。

 その僕に、霜多がいつかこんなことを言ったことがある。

「君の生活が僕には大変うらやましいな。だって、君は、酒は飲めないんだろ。コーヒーも飲めないだろ。女も抱けないだろ。そうなってしまえば、勉強がいくらでも出来るじゃないか。うらやましい身分だよ。それに君の生活の全目的は、Xの治癒ということにかかっているから、つまり生活の大義名分というものがハッキリしてるというわけだ。それだけでも大したもんだよ。今の青年たちを見なさい。皆生活の目的を失って、右往左往してるだけじゃないか。この僕だってそんなもんだよ。ほんとに君がうらやましい」

 しかしこれが霜多の本音であったかどうか。後年霜多が同じくこの病にとりつかれて憂鬱な顔をしていた時、僕はわざと今の言葉をそっくり彼に言ってやった。こんな言葉は、傍観者にとって本音であるとして、当事者にとっては全然的外れの、むしろじりじりと腹が立って来るような言葉なのだ。やはりこんなことは当事者同士じゃないと判らない。そこで僕は今でも、どんな種類の病人に対しても、しかつめらしい同情や激励の言葉は絶対に出さないことにしている。

 本郷のオデン屋で霜多がコップを上げて、おめでとうと祝福して呉れた時も、だから僕は必ずしも調子を合わせて嬉々とするわけにも行かなかったのだ。と言って全然嬉しくないということはない。嬉しいにはきまっている。医者から、もう酒でもコーヒーでもいくらでも飲んでもいい、と言われた時の嬉しさはちょっと形容を絶するようなものだった。ただそれが他人から祝福されるところからは、少しずれていたというだけの話だ。それに完全に癒(なお)ったとしても、まだ色々の問題が残っている。この五箇月間の気持のムリ、生活のムリ、ことに経済上のムリは、全部現在にシワヨセになって来て、それはもうどうしようもない程度に達していたのだ。医者の払いも半分近く残っているし、親類や知友たちにも不義理の借金、下宿代にいたっては三箇月分以上もとどこおっている。前年の大みそか、つまり十日ほど前のことだが、愛静館のオカミは僕の部屋にでんと坐りこみ、是非ともここで片をつけて呉れ、片をつけねば正月から食事も出さぬとの強(こわ)談判に、僕はひたすら哀願の一手で、年があけたら必ず金を調達してお払いする、と堅い約束までさせられている。ところが今日となっても、調達のメドすらついていないのだ。

 下宿の玄関を出入りする度に、オカミや婆さんや女中たちが、じろりと僕を険をふくんだ白い眼で見る。背中に汗が滲み出るような気特で、僕は寒空に飛び出す。飛び出したが最後、下宿がすべて寝しずまってしまうまでは、全然戻る気持になれないのだ。今にして思えば、どうも僕はいくらか神経衰弱的な、強迫症状みたいなものにおち入っていたのかもしれない。

 で、その屋台のオデン屋で適当に祝杯をあげ、有り金もすっかり使い果たし、そこで中野へ帰ろうとする霜多を懸命に引き止めたのは、僕の方だった。霜多の外套(がいとう)の袖を、僕はつかんで離さなかった。

「ねえ。も少し飲もうよ。まだ早いんだから」

「だって金がないんだろ」

「紫苑に行けば、ツケで飲めるよ。とにかく飲んでしまって、金は明日持って来ると言えばいい」

 紫苑というのは、愛静館の近くにある小さなうらぶれた喫茶店の名だ。病気中時間つぶしに僕はほとんど毎日そこに行き、紅茶をのんでレコードを聞いてばかりいたのだ。

 しかし霜多はなおも渋(しぶ)った。終電を逸(のが)すと困るというのだ。

「僕の下宿に泊ればいいじゃないか」

「一緒に寝るのは寒いからイヤだよ」

「心配するな。ちゃんと客蒲団を出させるよ」

「へえ、大丈夫かい」

 霜多はそう言ってニヤリと笑った。信用がおけないという表情でだ。僕と下宿との現在の状況をうすうす知っているものだから、そんな笑い方をしたのだろう。僕は強引に彼の外套の袖を引っぱった。霜多はしぶしぶ眼いて来た。

 実のところ僕も、こんな状況において、下宿に客蒲団を出させる事が出来るかどうか、はなはだ心もとなかった。心もとないと言うより、それは不可能だと言ってよかった。しかし一旦保証した以上、戦後的表現で言えば不可能を可能としないわけには行かないのだ。そのためにも、もっとアルコール分を入れて酔っぱらう必要があった。酔ってしまえばどんな厚顔な申し出だって出来る。それで失敗すればそれまでの話だ。――そしてその時の僕の胸に、いわば破滅的な予感とでも言ったものが、たしかにあったように思う。

 屋台を出て僕らは追分の方に歩いた。半年ぶりの飲酒だから、生酔いなのかしたたか酔っているのか、自分でもはっきりしない。身休の芯(しん)はグニャグニャしている感じだが、夜風は頰にひりひりとつめたい。それはへんに確かなつめたさだった。そして僕らは横町に折れ込んだ。紫苑はその静かな横町にぽつんとあるのだ。僕らはその扉を押した。マダムが僕を見て目顔であいさつした。部屋の中はストーブでむっとあたたかかった。僕らはすみの卓に腰をおろした。卓と言っても三つか四つしかないのだから、たかが知れている。

 そして僕らはビールを注文してどんどん飲み始めた。部屋中があったかいから、ビールはひとしお旨(うま)かった。つまみものは南京豆。つまみもの付きでビール一本が五十銭だ。思えば当時は物価が安かったものだ。僕らはここでビールをきっかり十本飲んだ。後日紫苑でこの夜の借金として五円支払った記億がある。一人当り五本だから、あの年齢にしては相当な酒量だと言えるだろう。もっとも僕としては祝い酒かヤケ酒か、よく判らないような状態だったけれども。

 向うの卓でもビールをじゃんじゃん飲んで騒いでいる四、五人連れの一組があった。マダムがそっと僕らの卓に近づいて、小声で教えて呉れた。

「あれが川崎長太郎よ。その横が浅見淵。立ってるあのノッポが檀一雄よ」[やぶちゃん注:「川崎長太郎」(明治三四(一九〇一)年~昭和五〇(一九八五)年)は小田原出身の小説家。小田原中学校中退(図書館の本を盗んで退学処分を受けた)。初期にはアナーキズム・ダダイズム系の詩を書いていたが、関東大震災後、それらの動きを離れ、私小説に転じた。「無題」(大正一四(一九二五)年)や、郷里小田原の私娼窟に材をとった「抹香町(まっこうちょう)」(昭和二五(一九五〇)年)などで一時期、ブームを呼んだ。「浅見淵」(あさみふかし 明治三二(一八九九)年~昭和四八(一九七三)年)は。兵庫県神戸市生まれの小説家・評論家。早稲田大学国文学科卒。中学時代から『文章世界』に詩などを投稿し、早大在学中に『朝』同人となり、大正一四(一九二五)年に「山」を発表。以後、『文芸城』『新正統派』などの多くの同人雑誌に参加して創作・評論を多数発表した。昭和一一(一九三六)年に「現代作家研究」を出版、翌年には創作集「目醒時計」を刊行している。近代文学史の研究でも知られる。「檀一雄」(明治四五(一九一二)年~昭和五一(一九七六)年)は山梨県生れの小説家。東京帝国大学経済学部在学中、太宰治らを知り、佐藤春夫に師事した。芥川賞候補となった「張胡亭塾景観」(昭和一〇(一九三五)年)などを収めた処女作品集「花筐 (はながたみ) 」(昭和十二年) を刊行後、約十年間の沈黙の後、「リツ子・その愛」・「リツ子・その死」(昭和二五(一九五〇)年)で文壇に復帰、「長恨歌」「真説石川五右衛門」で同年下半期の直木賞を受賞した。しかし、三人とも梅崎春生(大正四(一九一五)年二月十五日生まれ)の先輩作家でありながら、彼よりも長生きしていることが何とも言えない。]

 マダムは三十過ぎの小柄な女で、ドイツ人か何かと関係があるとかあったとか、そんな噂のある女性だった。年甲斐もなく文学少女(?)で、そういう高名な文士たちがやって来たことが、なかなか嬉しいらしいのだ。そしてその嬉しさを僕ら大学生たちにも分けたかったのだろう。

 僕も東京に来てまだ一年足らずだから、文士飲酒の光景に接するのは、これが始めてだ。ちょっと珍しいことだから、時に横目でそちらを眺めながら、こちらもピッチを上げる。俺もいつかは文士となりあんな具合に酒を飲んでやろうと、僕がその時思ったかどうか、十六年も前のことだから覚えていない。そのうちに座が乱れて、酔える川崎長太郎はビール瓶をぶら下げ、ひょろひょろとこちらにやって来て、いきなり僕の肩をがしりと摑(つか)み、

「やい、大学生、ビールを飲め!」

 ビール瓶の口を僕の口にあてがい、ごくごくと注(そそ)ぎ入れた。僕は突然のことだから、ビールにむせて泡を宙にふき出したりした。

 かれこれしてカンバンになり、僕らが外に出たのは、もう午前二時を過ぎていたと思う。正確に言うと、一月九日ということになる。月が出ていた。月はつめたく本郷の家家の瓦を照らしていた。

 もちろん僕らは相当に酔っていた。愛静館まで二町[やぶちゃん注:二百十八メートル。]足らずしかない。僕らはよろめきながらその道を歩いた。

 客蒲団の交渉をしてくるから君はここで待ってろと、霜多を表の電信柱の下に待たせ、僕は勢いよく愛静館の玄関の大ガラス扉をがたがたと押しあけた。

 帳場にはれいの婆さんがひとり火鉢にうずくまっていたが、その音を聞きつけて顔を上げた。ぎろりと僕の顔を見た。

 僕はつかつかと帳場の台まで行き、その仕切りのガラス障子を押しひらいた。

 婆さんは極端につめたい眼付きで、僕をにらんでいる。僕も負けずに婆さんをにらみつけながら、押しつけるような声で言った。

「客が泊るんだから、客蒲団を出して呉れ」

「蒲団を出せって、あんた今何時だと思ってんだね」

「何時だって、時計を見りゃ判るだろ」

 と僕は大玄関の大時計の方をあごでしゃくった。婆さんは少しむっとしたらしかった。

「こんなに遅く帰ってきて、そんなムリはお断り!」

「なに。ムリだと?」

 僕もむっとした。ムリは最初から承知はしているが、僕は承知していても、僕の酔いがそれを承知しなかったのだ。それに霜多も表で待っている。

「ムリだとは何だ。ここは客商売だろう。そんなら客の言うことをきけ!」

「うちでは客蒲団は十二時までですよ。それ以後は出せません。皆寝てるんだよ」

「寝てるって、婆さんがそこに起きてるじゃないか。骨惜しみもいい加減にしたらどうだね。なんだい、俺の付添いをいじめたりしやがって!」

「おや、あたしが何時誰をいじめました?」

「付添いだよ。それに俺のことをダラク書生とか何とか、カゲ口をきいたそうだな」

「何だね、あんたは」

 婆さんは急に鎌首をもたげて、中腰になった。

「真夜中に帰ってきて客蒲団を出せとか、カゲ口をきいたとかきかんとか、そりゃちゃんと下宿料を払ってから言うもんだよ。第一あたしゃあんたに雇われちゃいないんだ」

 僕はたちまち逆上した。この一夜の酔いが一時に顔に燃え上るようで、くらくらと何もかも判らなかった。帳場の台の上には、どういうわけか小さな糊壺が一つおかれてあった。反射的に僕はそれを摑(つか)んで、婆さんめがけて力一ぱい投げつけたらしかった。

「おまわりさん。おまわりさん。その悪党をひっくくって下さい。死刑にして下さい。なんだい、あんなの、死刑にしたっていいんだ。くたばってしまえ」

 巡査たちが来ると、婆さんは更に狂乱状態になって、大声でわめき、しきりに罵り続けた。今考えると、おでこのコブがあまりにも痛いので、それをまぎらわすためにわめいていたのではないかとも思う。それならば気の毒なことをした。

 一方僕は土間にしょんぼりと佇(た)ち、小刻みにがたがたと慄えていた。巡査が恐いからではなく、寒さがひしひしと身に沁みてきたからだ。糊壺を投げ椅子をふり廻した、それだけの運動で、あれだけの酔いが一時に発散してしまったらしい。しらじらとしたものが、そのかわりに僕の胸をいっぱいに充たしてきた。

 巡査は婆さんの怒声にあまり耳もかさず、寝巻姿の連中に事情を聴取したり、糊壺を証拠品として押収したり、そんなことばかりをしている。僕のことも、逃亡のおそれなしと見たのか、あまりかまわない風だった。僕ももうジタバタしたって仕様がないので、そこにつっ立って、巡査の動作をぼんやりと眺めているだけだった。その時僕が感じていたのは、悔悟の念というよりも、むしろ開放感というものに近かったかも知れない。

(これでとにかく一応の決着がついたというわけかな)

 僕はぼんやりと、そして呑気にもそんなことを考えた。今思っても、これで決着がついたと考えたのは、呑気も甚だしいことだった。実際新しい苦労がそこから始まったようなものだったからだ。そして僕は考えた。

(俺は俺を取巻く現実を憎んでいた。ところが現実一般を漠然と憎悪するわけには行かないので、この婆さんを代表に立てて、唯一の仮想敵だと思ってたのかも知れないな)

 事件もそろそろ終ったと見極めたのか、それとも寒いのか、そこらにうろうろしていた寝巻姿の止宿人たちは、一人減り二人減り、そして皆部屋に戻ってしまったらしい。やがて婆さんもいくらか落着いて、くどくどと巡査の一人に何か訴えている。

 もう一人の巡査が急に僕に近づいて、僕の肩をごくんとこづき、そして険のある声で言った。

「おい、一緒に来るんだ」

 その巡査と一緒に、僕は表へ出た。霜多があとからついて出た。表へ出ると巡査はぶるっと身ぶるいをした。

「やけに寒いな、車でも拾うか。おい、お前、金あるか?」

「持ち合せありません」

 と僕は出来るだけおだやかに答えた。巡査は舌打ちをした。そして霜多の方をふりむいた。

「あんたは少し金ないですかね?」

 霜多に対しては言葉使いがていねいだった。そういうことかも知れないけれど、実のところ僕はあまり愉快な気持ではなかった。

「ないです」と霜多がカンタンに答えた。巡査はフンといった顔をした。

 そして僕の腕をつかんで、不機嫌な声でうながした。

「さあ、さっさと歩くんだ。手間をとらせやがって!」

 そして僕ら三人は、各々の月の影を平たく地面に引きずって、駒込警察署の方にむかって歩き出した。

 

2021/01/27

梅崎春生「虹」縦書ルビ化PDF版

梅崎春生「虹」の縦書ルビ化PDF版「心朽窩旧館」に公開した。

ブログ・アクセス1,490,000アクセス突破記念 梅崎春生 虹

 

[やぶちゃん注:本篇は初出不明で、昭和二三(一九四八)年八月に刊行した作品集「飢ゑの季節」(講談社)に収録されている。発表順配置の底本では、昭和二十二年と昭和二十三年一月発表の作品の間に置かれてあるから、編者は昭和二十二年中の発表或いは脱稿と判断したようである。因みに当時、梅崎春生は満三十二歳である。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 ストイックに注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが昨夜、1,490,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021127日 藪野直史】]

 

   

 

 サーカスを出ると、もはや巷(ちまた)は黄昏(たそがれ)のいろであった。

 先刻大天幕をひとしきり烈しく打つ雨の音がしていたがそれも通り過ぎたと見え、焼跡と凸凹地に処々わずかに水たまりを残しただけで、空は淡青く昏(く)れかかる風情であった。しかし焼残りの片側街をあるくとき、まだ家の廂(ひさし)からときどき水滴が豆電気をともしたように光っては落ちた。あのざわざわしたサーカスの雰囲気のふしぎな後感(ナッハシュマック)がまだ身体の一部分に残っていて、何となく甘い気特の中に麻酔から醒めて行くようないやな味が混り、私はうすく濡れた道に足を踏み入れる度に手にした洋傘を柔かい地面につき立てるようにするのだが、先に立って足早に歩く先生の幅広い肩がともすれば私と距離をつけそうになるのであった。[やぶちゃん注:「後感(ナッハシュマック)」私は第一外国語がフランス語でドイツ語は全く分からないが、辞書だけは持っている(同学社一九七七年刊「新修ドイツ語辞典」)。しかし調べてみても、この綴りの単語は見当たらない。「ナッハ」は分離動詞の「前綴り」(Präfix)の「nach-」で、「後続・以後」の意を添えるから、それでよいとして、「シュマック」が困った。ピッタリくる単語がない。ただ、目が止まったのは、動詞ではなく、名詞ではあるが、「Schmalz」(シュマルツ)で、俗語で「感傷」・「(流行歌などの)お涙頂戴もの」といった意味が記されており、ネットで再確認すると、「プログレッシブ独和辞典」に、『ひどくセンチメンタルな気分』・『ひどくセンチメンタルな歌』とあった。「後に残る感傷」で親和性はある。動詞では「Schmerzen」(シュメルツェン)で「痛む・悲しませる」であり、その名詞「Schmerz」(シュメルツ)は近い感じはする。]

 片側街が途切れると一面の廃墟がひろがり、黒い土蔵や立ち枯れた樹や散乱する瓦礫(がれき)のむこうに、郊外電車が小さく傾きながら土手の上を走った。そのあたりから夕陽の色を残す空にかけて巨大な虹が立っていた。地平のあたりは既に色褪(あ)せてはいたが、中央のあたりのきらめく七彩は目も覚めるばかり鮮かであった。その虹をふたつに鋭く断る[やぶちゃん注:「たちきる」。]焼焦げた電柱の根本に、女がひとり煉瓦に腰をおろしていた。先生の足がその前で止った。

「どうしたんだね」

 女は顔を上げた。色白の瘦せぎすのくせに眼と眼が非常に離れていて、魚のように双眼でおのおの別の世界を眺めているように見えた。薄い外套を着て背をすくめ、しなやかそうな軀(からだ)が小刻みにふるえていた。

「寒いのよ」

「濡れてるじゃないか」

 ほとんど顔の側面についた切れ長の眼の、長いまつ毛を二三度しばたいて、女は幽(かす)かに笑ったようである。

「雨が降るときは何処かに雨宿りするものだ」

「そんな親切なところはないのよ」

「洋傘は持たないのかね」

 先生の後方一間[やぶちゃん注:三メートル。]程の位置に立ち止り、私は女の唇の動きを眺めていた。女は口紅はつけていなかった。白く乾いた唇だった。先生の言い方が真面目なので、ふと女は驚いたような目付になった。

「日が暮れるから家へお帰り。おなかもすいているんだろう」

「おなかもすいてるわ」女はのろのろと立ち上った。「洋傘も持たないんです」

 視野の中で虹は急速に頽(くず)れて行くらしかった。女の顔は空を背にしているせいか非常に蒼白く見えた。先生が私の方に振返った。鉄縁の眼鏡の奥にある眼は何か過剰な光を帯び蒼黒い頰が思い詰めたように痙攣した。先生の此のような表情は私はあまり好まないのである。

「君の洋傘を貸し給え」

 私は気持の抵抗を少し感じながら、それでも洋傘を差し出した。受取って先生は女の方にむき直った。

「これをあげよう」

 女はじっと先生の顔を眺めているので、双の瞳が心持中央に寄り、眇(すがめ)に似た印象であった。仏蘭西(フランス)のどの画家かの絵の女に似ていると思ったが、それは鳥獣魚介が持たぬ人間だけにある、あの奇体ななまなましい魅惑であった。私は思わず女の表情に心を奪われていた。女はほっと肩を落した。

「いただいとくわ」

 私の方をちらと見ながら、洋傘の曲った柄のところを腕にかけた。そしてはっきりした声で言った。

「おなかもすいている」

 先生は黙って手をポケットに入れた。広い背中の表情が妙に淋しそうであった。四五枚の紙幣を取り出した。

「此の道をずっと戻ると右側に、丹吉という飲屋がある。あそこの煮込みを食べなさい。金が足りなかったら、あとで先生が払うとおやじに言うんだ」

 女は紙幣を受取りながらはにかんだように笑いかけたが、すぐ止めた。洋傘をぶらんぶらんさせて歩き出した。[やぶちゃん注:「笑いかけたが」は行末で読点がないが、補った。]

「ありがとう。あなたいい人ね」

 まだサーカスは終らないのだろう。破れた太鼓や急速調の笛の音が風に乗って幽かに流れて来た。凸凹道を器用に歩いて行く女の後姿を眺めながら、女が素足のままであることにその時私は気がついた。

「あれはいくつ位になるのだろう」

 歩き出していた先生を追って肩を並べた時、先生は沈んだ調子でそう言った。

 焼跡のまま道が二叉にわかれるところで、私は立ち止って帽子を取った。私はこれから右の方に駅に行くのである。先生の家はここから十分ばかり、焼跡にただ一軒残った小さな二階屋であった。そこに奥さんと二人で住んでいた。先生も立ち止った。

「飜訳の方は二三日中に出来上ると思います。出来たらお届けします」

「何時でもいいんだよ」

 と先生は言った。そして眼鏡をきらりと反射させながら身体の向きを変え、低い声で口早に言った。[やぶちゃん注:底本には最後の句点がないが、補った。]

「――金が無くなったら、僕の家に来給え。傘も買い直したらいいだろう。女房にそう話して置くから――」

 言っているうちに言葉が曇って来るように思われたが、先生はすでに身体を揺るようにして道を歩き出してした。

 

 家に戻った時はもう暗かった。玄関はしまっていて、貫さんはまだ帰っていないらしかった。私は裏口から入り自分の部屋にあおむけに寝ころんだ。畳の冷えがしんしんと軀(からだ)に伝わって来る。あの物悲しいジンタの旋律が連関もなく身内によみがえって来た。[やぶちゃん注:「貫さん」「かんさん」と読んでおく。「ジンタ」明治中期に本邦で生まれた民間宣伝の市中音楽隊。その愛称は大正初期につけられた。]

 外ではぼうぼうと風が吹き、通り雨が走ったりしているのに、大天幕の内部はあかるくて、粗末な木組の舞台ではつぎつぎ妖(あや)しい演技が続けられて行った。客席の一番外側の通路に私と先生は立っているから、キャンバスのひとえ向うは連なった闇市で、ジンタが途切れると飴売りや蜜柑をせる声が私達の耳まで届いて来るのだ。足芸、はしご乗り、水芸、奇術。どの演技者もつきつめた表情であった。絶えず笑いを浮べようとしていたけれども、それはおそろしく堅く真面目なわらいだった。どういう訳か自分が次第に憂欝になって行くのを、番組が進行するにつれて私は感じ始めていた。

 ――舞台に銀線をいっぽん張り、裾模様を着た女が日傘をかざして渡って行った。足を踏みかえる度に黒く汚れた足袋(たび)の裏が見えた。そう思えば裾模様も色褪せて草臥(くたび)れていることが遠目にも伺われた。裾が乱れるとその下に青い洋袴をはいているのが見える。インキのような厭な色だった。銀線の下には男がいて、や、は、と掛声をかける。急速な三味線の音のなかで、女は銀線の上に平均を取りながら着物を脱いで見せるというのらしかった。左右に揺れながら女は帯じめを解き、そして長いことかかって帯を解いた。そういう手先や身体のこなしと関係なく、眼だけはぎらぎらと光りながら宙に固定していた。身体中から紐(ひも)が全部落ちたとき、女は着物の胸を押え、ふっと顔を観客席にむけた。そして笑ったのだ。――思わず私は眼をつむった。それは笑いではなかったのだ。必死になって顔の表情をくずそうとする風情だった。見るべからざるものを見たような厭な気持で、私は無意識に後ろに組んだ指を力こめて握っていたのだが、拍手と一緒に眼をあけた時は、女は既に舞台に飛び降りて花模様の上衣と青い洋袴の身軽な姿で、あたり前の笑い顔をしながら拍手に挨拶をかえしていた。もはやそれはごく平凡な少女に過ぎなかった。……[やぶちゃん注:「裾模様」和服の模様付けの一種で、裾にのみ配された模様、或いは、その模様のある着物。女性の礼装用で「総模様」(女性の和服で全体に施されるもの或いはその模様のある着物)に対する語。]

 背中が冷えるので私は起き上った。部屋の中には紙屑や塵埃(じんあい)が散乱し、机の上には原書や辞書が不規則に並んでいる。宵のうちは電力が衰えているから辞書の小さな字は読めないのだ。しかし私は翻訳の仕事は情熱をすっかり失っていた。復員して来て――大陸から南方へ六年間、私はブウゲンビル島から帰って来た。そして今迄、私は先生の飜訳の下請けなどして生活して来た。食うや食わずであるけれども、闇屋にまでおちたくないという小市民的な気持が辛うじて私の日常を支えて来た。そして間接的だけれども学問に関係しているという喜びに私はすがっていた。しかしそういう気持の高揚の瞬間にすら私は自分の心の中に壁みたいなものを感じていて、壁のむこうが真実の自分ではないかとふと疑われて来るのであった。所詮はそれも生活の苦しさから来るのではないかと考えもするのだが、それも判然としなかった。しないままに私は飜訳にずるずると興味を失って来たようである。[やぶちゃん注:「ブウゲンビル島」パプアニューギニア・ブーゲンビル自治州のブーゲンビル島(Bougainville Island:グーグル・マップ・データ)。太平洋戦争中の長期激戦の一つ「ブーゲンビル島の戦い」で知られ、梅崎春生には、それを扱った小説「B島風物誌」があり、既に本カテゴリ「梅崎春生」のブログ分割版及びPDF一括縦書版を公開済みである。]

 暫(しばら)くして玄関をがたがた言わせて貫さんが戻って来た。リュックサックの中に死んだ鶏が五羽も入っていた。私は上(あが)り框(かまち)に立って、土間で貫さんが鶏の死骸を引き出すのを見ていた。

「これをバラすんだょ。それから売るのさ」

「どこに売るんだね」

「どこにでも売れるさ」貫さんは明るい顔を私にむけた。

「バラして売れば三倍につくんだよ」

 蜜柑(みかん)箱をまないた代りにして、貢さんは器用な手付で庖丁を使った。毛穴のぶつぶつした皮や肉の薄い骨を巧みに剝がして、赤い身のところどころに走る黄色い脂肪を丹念にえぐって皿により分けた。鶏は薄黝(うすぐろ)く瞼を閉じてくびを台から外に垂れていた。乏しい電燈の下であったけれども、肉の色は生き生きと美しかった。貫さんの庖丁が台に当ってカタカタと鳴った。

 どういう聯想かは知らないが、私は先刻焼跡で見た巨大な虹のことを思い浮べていたのである。私は柱によりかかり足の踵をも一方の足の甲に重ね、ふしぎな慄えを感じながら解体されて行く鶏身の彩りに見入っていた。断ち落された黄色い粒々の脚が、無念げに足指を曲げて土間に何本もころがった。次々新しく断ち落される毎に、私は追われる者のように首を立てて四辺を見廻していた。

 

 持って帰った分だけはどうにか飜訳し終ったので、私は原稿を揃えて先生の家に持って行った。焼跡の畠は麦もやや伸びて季節も暖気にむかう気配があった。入口を入ろうとしたとたん、玄関から黒く光る洋服を着た奥さんが出て来た。

「あ、ちょっと」

 奥さんは小さな声でそう言いながら、冷たい感じのする視線で私の顔を見て引返そうとしたが、そのまま思い直したらしく頭をわずか傾けて急ぎ足で門の外へ出て行った。半顔の傷痕が私の視野をちょっとかすめて消えた。

 先生は階段下の三畳の部屋に欝然とすわっていた。

「今朝から痔(じ)が痛いのだ」

 厚い座布団の上で膝を組みかえながら先生はそう言った。

 私は風呂敷を解いて原稿を差出した。先生がそれをぱらぱらめくる間、膝の上に手をのせて私はじっとしていた。飜訳の仕事をこれ以上やりたくないこと、それをどんな風に切り出そうかと考えた。此の三畳の部屋は私は始めてであった。北向きらしく日の射さない、何だか畳が濡れて白くふやけているようだった。部屋のすみの畳の縁に、丸くふくれたボタンのようなものが二つ並んで落ちていた。じっと見るとそれはボタンではなくて、黄色い小さな茸(きのこ)らしかった。先生が顔を上げて原稿を机の上に押しやった。鉄縁の眼鏡の奥に羊のような暖かい眼があった。

「君、丹吉に行こう」[やぶちゃん注:「にきち」と読んでおく。]

 私が何も言う暇もなく先生は立ち上っていた。

 空は良く晴れていた。午後の陽が先生の二重まわしの背にあたり、並んで歩く私の鼻に毛の匂いがした。焼跡に一

本残る電柱のところまで来たとぎ、先生はややゆっくりし

た足どりになって話し出した。[やぶちゃん注:「二重まわし」「二重(にじゅう)廻し」。二 袖の無いケープ付きの外套。男性用のインバネス(Inverness coat)のこと。ホームズが好んで着用するあれである。]

「此の間此処に変な女がいただろう。あれは僕が昔知っていた女に感じがそっくりだったんだ。その女も生きてるか死んだか、生きてても僕と同じ位の歳なんだがね。一寸見た時その女じゃないかと思った位なんだ。馬鹿げた話なんだが、でも近づいて見ると矢張り違っていた。ずいぶん眼と眼の距離がある娘さんだったな。あんな顔は九州の山奥に行くとよくあるよ――」

 焼跡が尽きると片側街となり、やがて幽かにジンタの音が聞え出した。ぽつぽつと新しい家もまじって風船売りなどが路ばたに店をひろげていた。丹吉はその辺の露地の入口にあった。此の店へは先生に連れられて何度も来た。立てつけの悪い油障子を引きずりあけて私達は内に入った。[やぶちゃん注:「油障子」雨などを防ぐため油紙を張った障子。強い黄褐色を呈する。]

 此の飲屋丹吉は私の知っている範囲では奇妙な飲屋のようであった。主は年の頃五十近くの分別あり気な頑丈なおやじであるが、これが勘定の点になるととたんに出鱈目(でたらめ)になる。焼酎二三杯しか飲まないお客から二百円余りも取ったり、五六杯飲んでも百円程で済むこともある。焼酎一杯がいくら肴(さかな)一品がいくらという単価の観念がてんで無いらしく、勘定というのは私の見るところでは彼の心に湧く漠然たる印象によるものらしかった。昔船乗りをやっていたという男で、二の腕に刺青など彫っているが、焼酎はいい焼酎を飲ませた。

「やあ、おいで。先生」

 こう書くとまことに晴れやかな挨拶だが、おやじの顔はまことに物々しく声音[やぶちゃん注:「こわね」。]はむしろ沈重であった。重たげ瞼をゆっくり上げて油断なげに私達をじろりと見るが、暫(しばら)く通っていると油断だらけだということがすぐ判って来るのである。

 煮込みを注文して私達は焼酎を傾けた。傾けながら先生は二重まわしのかくしから紙幣入れを取り出した。

「今日持って来た分だね」

 私は四五枚の大きな紙幣を受取った。このような瞬間に私は必ず気持の抵抗を感じるのだ。私が今日たずさえた原稿がすぐ先生を通じて金になる訳ではない。またあれが役に立つのかどうかも私は知らないのだ。私に判っていることは、邦訳した枚数だけを先生が金に換算して呉れるだけである。私の仕事の成行きは宙で断たれている。そのことから私は強いて眼を閉じているものの、次第に近頃先生の柔かい好意が鎖のように重苦しく思われて来るのであった。

 向い合って焼酎を黙って飲んでいると、やがてほのぼのと酔いが廻って来る様子であった。卓に肱(ひじ)をついて先生が話しかげた。

「下請けは縁の下の力持だからね、いい加滅いやだろう。そのうちにちゃんとした仕事を出版屋から廻させるよ」

「私はいいのです」

「いいたって君、やはり生活して行かなければならないのだろう」

「ほんとにいいのです。先生」

 怒ったような口調だったかも知れない。先生は不審げな一瞥(いちべつ)を私にそそいだが、直ぐ卓を叩いてお代りを注文した。少し廻ってぼんやりした頭で、私は貫さんのことを考えていたのだ。貫さんは私の戦友である。部屋が無いから私が転がり込んだ形だが、貫さんは厭な顔もせず私を入れて呉れた。此の間の鶏を彼は山梨県から運んで来たのだ。誰の援助も借りず彼は独りで運んで来て、そしてそれを売った。鶏を解体している時の自信に満ちた手付を、私は今、酔いのためなおのこと灼けるような羨望の念をもって想い出していた。それはなにか痛苦を伴うので、私は頭をはげしく振ってそれを意識の外に追い出そうとした。新しいコップを傾けながら、私達はあのサーカスのことなどを話し合っていた。[やぶちゃん注:「私は今、酔いのため」の「今」は行末で読点はないが、補った。]

「芸を持っているということは強いな」と先生が言った。

「彼等は皆ひたむきな顔をしているだろう。他の何物をも信じていないのだよ。自分の技倆だけを信じているんだ」

「人間はしかし誰でも何か自分を信じなげれば生きて行けないでしょう」

「そうだよ。だが自分のものを徹底的に信じ切れるかどうかが分れ目になるんだ」

 薄い日射しが油障子に当って、客はまだ私達だけであった。調理台の向うでおやじが、ぐふんと沈欝なせきをした。風の加減でサーカスの音楽が断(き)れ断(ぎ)れに耳に届く。油障子を表から押すらしくカタリと鳴ったが、そして軋んで開かれた入口から灰色の外套を着た女が入って来た。私は思わず眼を挙げた。それは此の間電柱の元にうずくまっていたあの女であった。女も私達に気付いて短い叫び声を立てた。

「此の間のおじさん達なのね」女は卓に近づきながら皓(しろ)い歯並みを見せてわらった。「そして飲んでるのね」

 光を背にしているから直ぐ判り難かったが、卓の側まで来たとき先生もそれと認めたらしかった。

「飲んでいるさ。おすわり。あの時の娘さんだね。此の間は煮込み食べたかい」

 先生は二重廻しの袖をはねて椅子を引寄せた。呂律(ろれつ)は少し乱れていたが、先生の眼は何か強くさだまるような感じであった。それよりも私は女の、遠い処ばかり眺め続けて来た人の眼のような瞳を、ひき入れられるように眺めていた。気が付くと薄くではあったが唇の内側に女は紅をさしていた。女は私の視線に気付くと、居を結ぶようにして堅い顔になった。

「煮込みなんか食べなかった」椅子に腰をおろした。「わたしあのとき焼酎のんだのよ」

 先生は一寸驚いたような顔をして瞳を定めたが、すぐ眼元が柔かく崩れて来るらしかった。

「じゃ今日も焼酎飲み給え」

 おやじが侍従武官のような顔をして焼酎を新しく持って来た。置かれたコップに唇を持って行こうとして、女はふと頭を上げて首を反らした。両掌を外套から出して卓の上にきちんと重ねて揃えた。硬(こわ)ばった微笑が女の頰に突然のぼって来たのである。それはサーカスの銀線上の女曲芸師の、着物を脱ぎ捨てようとする瞬間のあの笑い顔にふしぎにそっくりだったのだ。

「私はどんな女か知ってるの?」

 少しうわずった声でうたうように女は言った。先生は口まで特って行ったコップをまた卓の上に戻した。

「知っているさ。此の間洋傘を持たないで困っていた娘さんだろう。そして今日此処でまた会ったのさ。それでいいじゃないか」

「私パンパンよ」女は低いけれどもはっきりした声で言ってじっと先生を見つめた。此の女はものを見詰める時に、あの不思議ななまなましい魅力を顔中にたたえて来るのであった。

「わたしパンパンなのよ。それでもよくって?」

「いいとも。何故そんなことを気にするんだ」

 私はそう思わず口走った。女は私に視線をうつした。幾分なごんだ調子になった。

「――此の間の洋傘は確かに貴方のね。そのうちお返しするわ」

「返さなくてもいいよ」

「でも悪いわ」

 そして女はコップを特ち上げて一口二口飲んだ。外套の手首の擦れを、私は女の視線からそっと卓の下に隠していた。此の女をもっと知りたい気持が酔いにたすけられて募った。

「名前は何というの」と私は聞いた。先生がそのとき横合いから口を出した。

「ぼくが名前をつけてやる。花子」

 身体をよじって女は苦しそうに笑い出したが、直ぐ焼酎にむせて烈しくせきこんだ。[やぶちゃん注:「パンパン」売春婦。特に第二次世界大戦後の日本で、駐留軍兵士相手の街娼を称した。「パンパンガール」「パン助」。意外なことに原語は未詳である。語源説はウィキの「パンパン」に九件載る。]

 

 その日はとうとう飜訳のことは話さずじまいであった。泥酔した先生を、お宅まで届け家に戻って来たのは九時過ぎだった。布団をふかぶかと顎(あご)まで掛けて私は花子のことを考えていた。酔いがまだ残っているので身体が布団ごと深淵に落ちて行くような気がした。先生を送って行く途中、焼跡の電信柱に先生をつかまらせ、私は一緒について来た花子を抱いて烈しく接吻した。それから花子は何処に行ったか判らない。私も酔っていたからそのときの気持は定かでないし、はき散らした言葉の数々も覚えていない。私は二十八歳。二十八歳であることが強く頭に来た。私は女を知らない。兵隊であったときも愚直な潔癖から私は頑固に女を退けて来た。しかし今、自分が未だ童貞であるということが何か不潔にいとわしいものに感じられて来るのであった。

 その夜は暖かであったが、翌日からまた薄ら寒い日がつづいた。一日中部屋にいて原稿のかきかけを整理したり、部屋を綺麗(きれい)に掃除して身の廻りを整頓したりした。すっかり整頓し終ってもまだ何だか落着かぬ気がした。以後飜訳の下請(う)けを断るということは、私の僅かな月々の定収入を失うということであった。貫さんに対しても私は一度も部屋代は払わないし、むしろ逆に御馳走によばれたりする方が多かった。私はそんなとき貫さんに憐れまれている自分が判った。私は憐れまれるより邪魔者扱いされた方がいいと時に強く思ったが、邪魔者視されればまた途方に暮れるにきまっていた。貫さんが何処からか物資を仕入れて来て、それを鮮かにさばく手際を、私は見ないようにしながらしかし羨望の思いを禁じ得ないのだ。その羨望の念に、貫さんに対する紛れもない憎しみがまじっているのを意識していた。しかしその憎しみはすぐさま私自身に鋭くはね返って来た。闇屋にすらなれない、そんな意識が私を苦しめた。

 寒い日が二三日続くとまた暖くなった。気分を変えるために私は外出の用意をした。先生の家に行こうかと思ったが、それを押えるものがあって、私はあのサーカスの近くの闇市をぼんやり歩いていた。外套を着ていると背筋が汗ばむほどだった。

 色んな露店を眺め歩いているうちに、私は私も近いうちに此のような人々に混って荒くれたかけ引きをするようになるのではないかとふと思った。私が闇屋にならなかったのは私の小市民的な虚栄に過ぎないことが近頃私には判り出していた。私はそれを自分の人間的な矜持(きょうじ)と思っていたのだが、やはり金がほしくてうずうずしている癖に闇屋をさげすんでいる勤め人や学者と知合いになるにつけ、私ははっきりと私の醜悪な像を彼等の中に見たのだ。学間に関係がある仕事、飜訳の下請けをそう考えることが自分への胡麻化(ごまか)しであることは、とうに気付いていた。贋(にせ)の感情の上にでなく、自分の力の上で生きて行く生活を私は近頃切に欲する気持になっていた。それが私が先生から離れたく思う一つの原因であった。法をくぐる闇屋の方が、他人の温情に寄生するより生甲斐があると思った。しかしそう頭では思っても私はぐずぐずと踏切りがっかないでいるのであった。所詮は生活の感傷に過ぎないのかも知れなかった。

 露店の列は一町[やぶちゃん注:百九メートル。]程で尽きる。道が乾いているので土埃がうっすら立ち、魚屋の前あたりが人混みがことに多かった。少し離れて、レグホンの黄色い雛(ひな)を蜜柑箱に入れて売っているぼんやりした老人もいた。露店の尽きる処に灰色の天幕をぶわぶわとふくらませたサーカスがあった。破れた喇叭(ラッパ)が濁った空気になり渡った。

 入口の上が二階に作られ、そこが踊子達の衣装の着換え場所になっていて、華美な着物が裏を見せて掛けられていたりした。屯(たむろ)している踊子や曲芸師は、それを眺める群集の視線に無関心に稚(おさ)なく動く風であった。脚をおおう白いタイツの膝裏のよごれが、変に肉感をそそった。外套のポケットに手をつっこんだまま私が眺めていると、誰かひそかに横に立つ気配がし、私が振り向くと同時に軽く身体をぶっつけて来た。花子ではないか、と私が驚くと花子はなおも身体をぶっつけて来ながら明るく笑い出した。

「何をぼんやり見てるのよ」

 今日は外套を着ていず、青い上衣を着ていた。唇には可成り濃く紅を入れていたが白日の下でもさほど不自然ではなかった。花子の顔は化粧すれば不自然になるものと私は漠然と思い込んでいたのであったけれども。

 私達は肩を並べて人混みを抜けて駅の方に歩き、近頃出来たらしい喫茶店に入った。甘酒を飲みながらサーカスの話などした。上衣の袖が短くてほっそりした手首が出ていたが、花子はしきりにそれを気にして引っぱるようにした。

「あれからどう暮していたの?」

 話が一寸途切(とぎ)れ、それを埋めるために私は何と無くそう話しかけた。今日は天気が良かったし花子が気持の上で私に倚(よ)りかかって来るように感じられるので、私も明るく和(なご)む気持であった。しかし私がそう聞いた時、花子は瞳を伏せて一寸暗い顔をした。

「どうって、どんな意味なの」

「暮しのことさ」

「暮しは辛いわ。昨目も外套売ったわ」

 外套なんか売らなくても誰か男から金を貰えば良いではないかと、私は言おうとしかけ、花子のはげしい視線にたじろいで口をつぐんだ。花子は真直に私を見ていた。真剣な顔をするときに花子はこんなに美しいのだと、私は胸をつかれるような気がした。

「私をパンパンだと思っているのね」

「そんなこと言いはしないよ」

「しなくても顔に書いてあるわ」花子は卓に身体を寄せて顔を近づけた。「あたしはまだパンパンじゃ無い。でももう食えないからパンパンになるのよ。でも今はまだそうじゃない」

 花子は身体をもむようにして私を見上げた。押え切れないような哀憐の情が俄(にわか)に私の胸にあふれて来たのである。手を伸ばして卓の上の手袋をつけた花子の手に触れた。

「此の間の晩だって、あたしをパンパンだと思うから抱いたんでしょう」

 あの夜の接吻のことを言っているのに違いなかった。私が黙っていると花子は私の指を手の甲で卓に押しつけるようにした。

「私は堕落したくない。ほんとにパンパンになりたくない。どうしたらいいのかしら。ねえ、どうしたらいいの、教えて。お願い」

 身体を硬くして私はじっとしていた。酔っていたせいもあるだろうが、あの接吻のとき私は責任や気持の抵抗を全然感じていなかったのだ。私はパンパンだと言った花子の丹吉での言葉が、私に安々とそんな行動を取らせたことは否めないにしても、花子の脆(もろ)い美しさが私の一方的な愛憐をそそったという外はない。しかし未だ花子が娼婦でないとすれば、あの夜の位置も私の心の中でおのずと変って来る筈であった。花子は手巾(ハンカチ)を出して眼縁[やぶちゃん注:「まぶた」と読んでおく。]を拭いた。しかし私は今此の女に何をしてやれるというのだろう。

「では何故丹吉で自分をそんな風にいったんだね」

「――あなたがたを良い人たちだと思ったの。だからわたしみたいな女が側にすわるのが悪いような気がしたの」

「洋傘をあげたから?」

「でもあの日は私はパンパンになるつもりだった。電柱の下で通る男を呼び止めようと思って待ってたの」

「洋傘を上げたのは僕じゃない。あれは先生だ」

 花子はふと白けた乾いた眼付になって私を見返したが、一寸間を置いて、

「あのとき先生は何故私に洋傘を呉れたの?」

「君が濡れて寒そうだったからさ」

「ひとが濡れてたら先生は誰にでも洋傘をやるの?」

「先生はそういう人なんだよ」

「そうかしら。そんな人もいるのかしら。しかしそれで良いのかしら」

 私が返事をしないでいると、花子は肱(ひじ)を卓について私を睨むようにしながら言った。

「あなたの眼はいい眼ね。あなたもきっと良い人ね」

 何故かは知らないけれど、私は此のとき非常に苦痛に似た感じに胸がふさがって来るような気がした。私は思わず眼を花子から外らしながら、低い声で呟くように言った。

「もし思いに余るようなことがあったら、先生のところに相談に行きなさい。あの人は良い人だ。身体を落さなくても済むように、きっと先生はして呉れると僕は思う」

「私は真面目な仕事につきたいの」

「先生の奥さんは顔があちこち広いという話だから――」先生がそんなことを言っていたような気がするだけで私に確信がある訳ではなかった。だから私は追われるように視線を乱しながら。

 「だから良い仕事があるだろうと僕は思う。きっと幸福になれる――」

 

 君は幸福になれると言ったことが、一時逃れの胡麻化(ごまか)しであったような気がして、花子とその日別れて後からも私は不快であった。そして此のような偽りを口にしなければならぬのも、すべて私の生活の悪さから来ていると私は思うた。嫌悪が二重にかさなった。

 しかし私には良く判らない部分が花子にあったのだ。前二回と異なり、その日は可成親近な感情でいた筈だけれども、別れてあと花子の言葉や勤作を思い浮べようとすると何だか嘘のようにまとまりがなく印象が散乱する感じであった。ただ花子が思い詰めたような表情をするときのあのなまなましい感じが、私の肉体を貫くような激しさで私の情感に訴えて来るのであった。(何故あの夜花子は素直に抱かれて私に唇を接して来たのであろう)花子の言葉が本当とすれば、あの夜もまだ花子は男を知らない筈であった。自分を娼婦だと思うからこそ抱いたのだろうと、花子は一寸非難めいたことを口にしたが、唇を許したその気持については彼女は何も触れなかったのだ。判らないままにあの夜の行為に対する償いが、鈍く私の胸をおしつけて来ることを感じていた。現在の生活的な不安もあって、それは取りかえしのつかぬ過失のような気にも時々なったが、私はずるくその気特から逃げていた。

 先生から先日貰った金は既に大半費(つか)い尽したし、新しく金を得るためにはまた何か売るでもしなければならなかった。貫さんは山梨県に二三日泊りで出かけたから、家には私一人だった。先生の処にまた飜訳の仕事を頼みに行こうかと心弱くも考えているうちに先生から葉書が来た。

 近頃どうしているかということ、飜訳の仕事があるから取りに来るようにということが書かれてあった。それを読んだ時、先日丹吉で先生が自分を信じ切れるか否かが人間としての分れ目であるといった言葉を私は思い出した。生活への信念の不足が私を今苦しめていることを考え、そして先生はあのような自分の善意を徹底的に信じているのだろうかと思った。先生の好意や善意を勿論疑う訳ではなかったが、善意を発するに当って先生は全然傷ついていず、傷ついているのはむしろ好意を受けている私であることを考えれば、善意の形式というものをふと訝(いぶか)る気にもなるのであった。そんな先生の善意へたよるように私があの日花子に勧めたことが、私は取りかえしのつかぬ失敗だったような気がした。しかし先生の葉書を黙殺する程の強気にもなれなくて私は出かけて行った。

 傾いた玄関に入って案内を乞うと先生は丹前を着たまま出て来た。近頃どうしてたんだと笑いながら言った。その声を聞くと私は先生に対する反撥が何か跡かたもないもののようにも思われて来るのであった。私も帽子を取って素直に挨拶出来た。

 階段下の三畳の部屋にすわると直ぐ先生が思い出したように言った。

「先日花子が私の家に来たらしいよ」

「お逢いにならなかったのですか」

「僕はいなかった。女房に会ったらしいのだ。何か職につきたいという話だったらしいのだが、どうして僕の処に訪ねて来たんだろう」

 花子にそうしろと言ったことを私は先生に話した。先生の表情は曇っていた。

「女房はそれについて何か誤解しているらしいんだ。花子とどういう応対したのか知らないが、あの女房のことだから少し気になる」

 私は奥さんのことを思い浮べていた。恰幅の良い身体に何時も黒く光る服を着て、顔半分は焼傷[やぶちゃん注:「やけど」と読んでおく。]の痕(あと)で茶色にひきつれていた。そのせいで眼だけがキラキラ光るように思え。戦争に行く前私が知っていた奥さんとは別人のような感じだった。前はおとなしそうな感じの人であった。此の奥さんと花子がどんな会話をしたのかと私は少し心配になって来た。

「四辺が皆燃えてしまって、此の家一軒が燃え残った」先生は両手を拡げて燃え尽きた形容をした。「翌日焼け残った此の家を見たとき俺の家はこんな奇妙な形かと思ったよ。今までは他の家にはさまれて、言わば安心していたんだ。処が周囲が焼けてしまったもんだから、変な形のまま一軒で立って行かねばならなくなったんだね。風にもさらされるしさ。女房の性格が変って来たのが丁度(ちょうど)此の頃からだよ。俄(にわか)に荒々しく烈しくなって来たよ。それまでは僕をたよりにしていたらしいんだが、そのとき以来何か顔の皮をわざと寒い風の方にねじむけて進んで行くような生き方を始めたんだ」

 しゃべっているうちに先生の声は段々沈欝な響きを帯びて来た。

「周囲が燃え熾(さか)って来たとき、もう駄目だと思ったからぼくは逃げようと思ったんだ。無茶苦茶に煙は来るしね。家を守るより生命を守る方が大事だと考えた。煙に巻かれながら、逃げようと僕が叫んだら、女房は必死になって僕にすがりついて来たんだ。家を燃したくないというんだ。家どころの騒ぎかと僕が怒鳴って争っているうちに、焰のために身が熱くなるしさ、どういう具合でそうなったのか覚えていないが、僕は女房を地面に突き倒していた。二三度なぐりつけたようにも思う。そして煙の中を一所懸命奔(はし)って逃げた。――翌朝僕が戻って来たら、まだぶすぶす燻(くすぶ)っている焼跡に、嘘のように僕の家だけが不思議な形をして残っていた。僕は何か言いようのない荒涼たる気持になって玄関の扉をあけたら僕はぎょっとした。顔の半分は焼けただれた女房が片手にしっかり火たたきを握ったまま、じっとうずくまっていたんだ。そして残った方の眼で僕をじろりと見たきり、何にも言わなかった。ほんとに何も言わなかった」

 先生は苦しそうに眼を二三度閉じたりあけたりした。

「その日以来さ、女房が変ったのは。あれが僕を憎んでいるのかどうか僕は知らない。そんなことをあれは何にも言わないのだ。言わないから僕も聞かない」

 うつむいた先生の髪にまじった白い毛が佗しく眼に映った。

「――ぼくは他人に自分を捨てても親切にしようと決心したんだ。善意だけで他人に対しようと思った。贖罪(しょくざい)という気持じゃない。ただ何となくそういう気持になったんだ。それ以外には生きて行く途はない。その日以来毎日僕は自分に言い聞かせつづけて来たんだが……」

 あとの方は独言のような調子に低くなって来た。そしてそのまま黙ってしまった。先生をいたわりたい気持と反撥する気持が私の胸に交錯していて、私は膝を乗り出すようにして言った。

「しかし――先生の善意は、何か無責任な気がします」

「何放?」先生は顔を上げてするどい眼付をした。私は駆られるように口走っていた。[やぶちゃん注:「駆られる」「かられる」。]

「先生の善意は恣意(しい)みたいな気がします。僕は過剰な責任のない善意は、悪意と同じだと思います」

 私の言葉を先生は聞いているのか、先生の表情は堅く動かなかった。暫くして低い声で言った。

「ぼくがかかえてやろうと言うのに、女房はそれを振り切って、半顔は焼けただれたまま自分であるいて病院に行ったんだ。病院に着くまでの道のりを、あれが何を考えて歩いたかと思うと、僕は今でもじっとしていられないような気がして来る――」

 

 飜訳の仕事を先生が私に渡そうとしたとき、私は気持の上からでは絶対に断るつもりでいた。二三度押間答しているうちに先生が、では君は外(ほか)に生活するあてがあるのか、と聞いた。私が答えかねて黙っていると、先生は更に重ねて言った。

「君は何か思い違いをしてやしないか。君が飜訳をやって呉れるので、僕は大変たすかっているのだ」

 先生の頰は少し痙攣(けいれん)し、眼に過剰な光があふれていた。先生は時々こんな表情をする。花子に洋傘をやったときも先生はこんな顔で私を振返ったのだが、私は此のようなときの先生を好きでないのだ。先生の言葉が嘘であることは直感的に頭に来た。それにも拘らず私は気弱く飜訳原文を受取っていた。

 早春の嵐が土埃(つちぼこり)をまいて、焼土の跡をぼうぼうと吹いていた。

 手巾(ハンカチ)で鼻をおさえて道を戻って行く途中、欝屈した気分に堪えかねて私は無意識のうちに歩みをサーカスのある街に向けていた。そして気が付くと私は丹吉の露地に立っていた。胸の中で計算してみると少し位飲む程度の金はまだ持っていた。しかし使い果すと明日から困る金でもあった。ためらう気持を駆るものがあって、立て付けの悪い油障子を私は引きあけた。

 煮込みの鍋をかきまわしていたおやじが、垂れ下った瞼を引っぱり上げてじろりと私を見た。

 卓に倚(よ)って焼酎を傾けているうちに、やがてせき止められていたものが快よく流れ出すような気がした。先生のことも生活のことも、何もかも虚しい別世界を吹く風の音のようであった。焼酎が咽喉(のど)を流れ落ちる熱感だけを、私はむさぼるように欲しつづけた。肩を椅子の背に落し、何杯もコップを重ね、煮込みの堅い肉を奥歯で嚙んだ。汚れた壁に張られたポスタアの女を見ていると突然花子のことが私の胸に浮んで来た。調理台のむこうにつくねんとしているおやじに私は話しかけた。

「花子は近頃来るかね」

「二三日前来たよ」そっけ無い調子でおやじが答えた。

「何か言ってたかい」

「何も特別言いやしないけれど、焼酎を沢山飲んで、その揚句泣いたよ」

「泣いたって、何故だろう」

 泣いていたという言葉を聞いただけで、花子のあの思い詰めた表情の美しさが私の眼底にきらめき渡るような気がし、私は胸がつまるような心特がした。酔いの感傷であるとも思ったが、私は半ば身体をおやじの方に向け、むしろなじるような調子で詰め寄って行った。

「何故だろう。何故泣いたりしたんだろう」

「職を頼みに行って断られたからだよ」

 おやじの断片的な言葉をいろいろ追窮して、大体私は想像出来た。あれから花子は奥さんに逢ったのだ。そして奥さんから逆に、何処で先生と知合ったのか、今何を職業にしているかということなどを問い詰められて、あるいはその揚句(あげく)面罵に近い応接を受けたのに違いなかった。

「こう言ってたよ。職業は何だいとしつこく聞くから、パンパンだいと言ってやった」

 奥さんの冷たい視線が、ぎょっとする程鮮かに脳裏に浮び上って来た。

 私はそれからまたコップを重ねて行った。或いは金が足りないとも思ったが、足りないときはそのときだと思った。そんなことは気にならなかった。何もかもむなしかった。軍隊に行っていた六年の空白が私に重く今のしかかって来た。すべての昏迷はそこから始まっていると思った。先生の心持も私には判っているようで何ひとつ判らなかった。先生のことだけではなく、何もかも自分の心ですら私には判らなかった。ただ花子と始めて逢ったときに見た焼跡の巨大な虹のことを思い浮べていた。七色に輝きわたり、それは奇怪な夢のように非現実的な美しさであった。針のように鋭く焼け細った電柱の下から、魚眼のように瞳の離れた花子の顔が、淡青の夕空を背景にして迫って来たのだ。酔い痴(し)れた頭の中で私は全生活をなげうってもあの美しさを捕えたかった。あんな壮大な虹でさえ五分も経てば跡かたも無くなるように、花子のあの美しさも男達を知って行けば束の間に頽(くず)れて行くに違いなかった。私は溺れて行けるものがほしかったのだ。それが幻のように虚妄なものであっても私は溺れてしまいたかった。そして溺れ沈んで行くところから、も一度始めてみたかったのだ。私は肱(ひじ)をつき軀(からだ)を卓にもたせながら、意味の無い饒舌(じょうぜつ)をおやじと交していた。

「おやじ。俺をこの店で雇って呉れ」

 どうせ闇物資を集めて商売しているのだろうから、それを集める係りになってやるから歩合を寄越(よこ)せ、と半ば本気で私はしつこくおやじに食いさがっているうちに、その後のことは茫として記億がなくなった。丹吉を何時出たのか判らないが、私は冷たい雨に全身を打たれながら暗い街をさまよいあるいたような気がする。花子の名などを連呼しながら歩いたような気がするが、それも定かでない。眼が覚めたら外套を着たまま私は自分の部屋の寝床に寝ていた。

 

 飜訳原書を紛失しはしなかったかと、そのことがしびれたような頭に先ず来て、あわてて私は起き上り身体を探った。内ポケットの中にそれは曲って入っていた。一先ず安心ではあったが有金は殆ど無くしていて、小額の紙幣が三四枚外套のポケットに入っているきりであった。丹吉への払いも足りなかったのかも知れないと思った。

 井戸端で顔を洗っていると、貫さんも起きてやって来た。貫さんの口から白い歯磨粉がはらはらと散った。

「どうしたね。昨夜はずいぶん酔ってたようだが」

「御馳走になったんだよ」と私は嘘をついた。そしてそのことで直ぐ不快になった。貫さんにも金を借りたり世話になったりしているから、自分の金で飲んだなどとは言えなかったのだ。顔を洗い終ると貫さんは今から小田原に蜜柑を買いに行くのだと言った。

「どうだね。一緒に行かないかね」

 何気なく貫さんが言った言葉だけれど、何か強く私の気持を引いた。すがるように私は返事していた。

「蜜柑をどの位背負うんだね」

「さあ、十貫目位かな」貫さんは私の身体を計るように上から下へ眺めながら、「大体そんなもんだな」

「捌(さば)くルートはあるのかい」

「そりゃあるさ」明るく笑いながら、「しかし君は止したがいいな。金は儲かるけれどこんな仕事はやるもんじゃない」

 身仕度して貫さんが出かけるとき、私が玄関に立っていたら貫さんは懐から大きな紙幣を出して私の手に握らせた。

「いいんだよ、そんなこと」と私は拒みながらも、自分の顔が硬(こわ)ばってくるのを感じた。そして押しつけられるまま、それを受取ってしまっていた。

 風邪を引いたらしく鼻の奥が痛かった。昨夜の雨は止んでいたが、鉛色の雲が低く垂れていて部屋は暗かった。午後になっても天気ははっきりしなかった。洋傘は無いから出かけるのは止そうかと思ったが、暗い部屋にじっとしているのは厭で、私は原書を持って玄関を出て行った。

 灰色の空の下に押し潰されたような巷(ちまた)から巷へ私はあてもなく歩いていた。そのうちに自然にサーカスのある一郭の方に足が向いていた。此の間のように、サーカスのところで偶然花子に逢うことを、私は知らず知らずのうちに予期しているのではないか。此のことが私を少し狼狽させた。花子に逢ってどうしようというのだろう。逢ってもまたすぐ別れるだけに過ぎない。花子に逢っても私は救われはしない。

 広い道を青色の頑丈なトラックが何台もつづけて通った。トラックには沢山人が乗っていて、揺れるたびに楽しそうに笑いさざめいていた。あれは何処かの使役に従事する人夫である。笑いながら行人に掌を振り、そして次々遠ざかって行った。皆健康そうに見えた。そのことが痛く私の胸に響いて来た。私はうなだれて歩きながら、歩を先生の家に向けた。

 玄関に立つと暫くして奥さんが出て来た。

「いないんですよ、先刻ひとりで出かけたんです」

 暗い玄関に斜にすわって、奥さんは妖しく光る眼で私を睨むようにした。

「それじゃ丹吉かも知れない」

「丹吉というのは何です?」

 黒天鷲絨(くろビロード)の洋服の裾が畳に触れてさやさやと鳴った。奥さんは立て膝になって、障子の桟(さん)につかまり身体を前ににじった。私は外套のポケットから原書を取り出した。しんみりと言った。

「これをお返しにあがったのです」

 奥さんはそれを受取ろうとはせず、じっと私の顔を見つめた。半顔が醜くひきつれて、その癖少し開いた頸(くび)から胸にかけては嘘のように滑らかだった。ガスマスクをかけたようだ。その残酷な聯想をいそいで断ち切ると、私は原書を上(あが)り框(かまち)のはしに置いた。

「失礼致します。暫く来れないかも知れませんが先生によろしく」

 咽喉(のど)に魚の鱗(うろこ)が貼りついたようで、言葉がうまく出なかった。お辞儀をして表に飛び出した。

 焼跡を歩きながら、私は何故となく先生は不幸だと思った。私も不幸だけれど、私の不幸は身体を一廻転ころがしさえすれば消えてなくなるようなものに違いない気がした。先生は墓穴に入るまで営々と何物かを引きずって行かねばならぬのであろう。あの女に花子という名をつけたのは先生である。昔知合いであった女に似ているんだと先生は言ったが、或いはその女の名が花子では無かったのか。知合いというのも何かぼやけている。先生が今不幸であるとすれば、その因のひとつが其処らにあるのかも知れない。

 風が少し立ちそめて、鉛色に低く垂れ下った雲がねじくれて北の方に動いて行く。錆びついた水道栓や崩れた石燈籠を見ながら行くと、道が曲る処のある廃電柱の下にぼんやり立っている人影が眼に映じて来た。何か予感めいたものに打たれて思わず足を早めて近づくと、うなだれていた人影は突然頭を上げた。それは奇妙な程的中した予感であった。電柱に背をもたせて首を反らしたその女は、紛(まぎ)れもなく花子だった。その顔はびっくりする程蒼白い癖に、唇はどぎつく真紅であった。

「ああ、あなたなのね」

 細くかすれた声であった。花子の瞳は不安気にちらちらと動いたが、私は喜びが俄(にわか)に湧き上って来るのを感じた。

「今日は何だか君に逢えるかと思っていたんだ」

「あなたも風邪を引いているのね」暫くして花子が言った。そう言えば花子は咽喉に白い布を巻いていた。

「此処で何をしているんだね」

「通る人を待ってるのよ」

 そう言いながら花子は幽(かす)かにあえいだ。何だかひどく苦しそうだった。まつ毛を伏せて私に背を向けようとする風情だった。私は片手を花子の肩に置いた。

「こんな処にいると風邪はますますひどくなるよ。丹吉に行ってあたたかいものでも食べよう」

 花子は肩に置かれた私の手から逃れようとするような身体のこなしを見せたが、思い直したように顔を私に向け、子供のように稚(おさ)なく素直にうなずいた。そして私達は歩き出した。風が正面から吹いて来るので、やがてジンタの旋律が乱れながら聞えて来た。丹吉に行けば先生がいるかも知れないということが意識にひらめいたが、それがどんな意味を持つのか判らなかった。会えば飜訳のことわりを言わねばならないと思った。花子と手を触れ合ったまま、丹吉の前まで来た。油障子の破れからのぞくと果して先生の半白の頭が見えた。何故か判らないが私はそのときほっとした感じを持ったことを記憶している。

 油障子を引きあげる音に先生は振返ったが、私を認めてあの柔かい眼でわらいかけた。

「君か。よく来たな。おやや」

 私の後から入った花子に先生の視線は固定して動かなかった。

 同じ卓について私も焼酎のコップをしきりに傾けた。昨夜の酔いが戻って来るのか、廻りが極めて早いように思われた。花子も黙って焼酎を飲んだ。蒼かった顔に赤味がさして来るのがほのぼのと美しかった。先生が言った。

「昨日君は、僕の善意は悪意と同じだといったな。あれはどういう意味なんだ」

「それはですね、先生」私は酔いが心を大胆にするのを感じながら、「悪意だとは言いませんよ。ただ無責任な感じがすると言っただけです」

「責任は持っているよ。しかし善意というものはもともと無責任なものだ」

「例えば、先生はこのひとに――」私は花子に一寸顔を向けた。「洋傘をやったでしょう。ところが洋傘をやったからといって此のひとは幸福にはなれなかった――」

「そうだ、あれは君の洋傘だった」

「洋傘が惜しいんじゃありません。僕が残念なのは、先生は洋傘をやってしまって、もう安心している。何にも傷ついていない。先生。本当の善意というものは、それを行使する人は必ず傷ついたり、又は犠牲を払ったりするものじゃないでしょうか?」

 先生は少しわらった。

「僕はだね、雨に濡れた弱そうな娘さんがいる。そして此処には洋傘がある。僕が持つより此の娘さんが特つべきだと思ったときには、ためらうことなく洋傘を渡すべきだと自分に言い聞かせるんだ。それだけでいいじゃないか。ひねって考えちゃいけない」

「しかし――洋傘を要らないときには、それはどうなるんです」

「それは貰う方で断ればいいんだ。簡単だよ」

「先生」と私は呼びかけた。「私は先生の好意はほんとに有難いと思うんです。けれどあの飜訳の仕事をつづけて行くことは何か辛抱出来ないのです」

「ではどうして生活して行くんだね」先生の言い方は急に沈んだように思われた。

「何でもやろうと思っているんです」

「――闇でもやるかね」

「闇屋にはなりません」私は胸がつまって来るのを感じながら、そのとき、先刻、曇天の街をタイヤの音を響かせて疾走して行ったトラックの人々の姿が突然胸に浮び上って来たのである。

「私は力仕事でも何でもやります。自分の力で食って行ける生活をやります」

「今だって自分の力で食っているじゃないか。君には力仕事は向かないよ。きっと又僕の処に戻って来るよ」

 私は瞼が熱くなるような気がした。先生はコップを傾けてこくこくと飲んだ。くずれそうになる意識を鞭打ちながら、私が更に言葉をつごうとしたとき風が油障子に当るのか、がたがたと鳴り、そしてそれは鳴り止まず、かぼそく軋みながら五寸程引きあけられた。黒い人の姿が夕暮を背にして影のように立った。お客かと私が目を凝らしかけたとたん、その人影は冷たい声で叫んだ。

「あなた!」

 先生は直ぐ声に応じるように首を振りむけた。入口に立ったのは先生の奥さんだった。

「あなた。まだ飲んでいらっしゃるの? まだお帰りにならないの」

「もう暫くしたら帰る」

 奥さんは店の内をずっと見廻す風だった。身体を硬くして私は卓の上のコップを握っていた。

「ああ、あの女もいるのね。そのひとは誰?」

「僕の知合いだよ」と先生は落着いた声で言った。

「あなたはその人に花子という名前をつけてやったのね。此の間その人が来たとき聞いたわ」

 先生は黙っていた。

「似ているわ」奥さんの声は少しずつ高くなって行った。「似てるわ。ほんとに花子さんに似てるわ。そっくりだわ」

 そして奥さんは甲高い声で笑い出した。

「お前はお帰り。僕もすぐ戻る」

 先生のそういう言葉を聞いたのか、奥さんの姿は突然のように外に消えた。そして発作的な笑い声がそのまま続きながら遠ざかった。先生は卓に向きなおった。コップを持つ指がぶるぶると慄えた。私は痛いような気持で、全身の神経を横にいる花子に集めていた。奥さんの笑い声が聞えなくなっても、花子は慄えが止まなかった。そして立ち上った。顔の色は水に濡れたような不思議な艶でひかっていた。卓を二三歩離れ、花子は眇(すがめ)のように瞳を寄せた。

「私はお別れするわ」低いしゃがれた声で言った。「やはりお別れするわ。でもあなた方は良い人ね。きっと良い人ね。一生忘れないわ。先生。奥様におわびしといてね。私がきっと悪かったんだわ」

「君は悪くない」と私は思わず叫んだ。

 先生は黙然としてコップを口に運んだ。眼を閉じているので、眼窩(がんか)が急に落ち窪んだ感じであった。コップを卓に置き、そして眼を開いた。懐に手を入れて紙幣を四五枚摑み出した。

「君は悪いんじゃないよ。誰も悪い人はいやしない。ここにこれだけある。これを特ってお行き。真面目な生き方をするんだよ。口紅など濃くつけちゃ駄目だよ」

 花子は片手をあげて唇をかくした。そして先生が差出した紙幣に迷ったような視線を落した。花子は僅か身体を悶えるように動かしたが、すぐ手を伸ばして紙幣をつかんだ。その指の爪が黒く汚れて伸びているのを私は見た。

「貰っとこっと」

 急に荒んだぞんざいな調子で花子は言った。そして私に視線をちらっとうつすと、そのまま土間を踏んであけ放たれた油障子から出て行った。私を見たときの眼は燃えるように烈しかった。私はじっと堪え、椅子から動かなかった。急に四辺がしんと静かになった。私も黙ってコップを取り上げた。胸に動悸が烈しかった。強い液体が咽喉(のど)をすベり落ちる。沈黙が堪え難かった。それを埋めるために、私は頭に浮んだ事象を脈絡なく捕えて言葉にしようとした。

「先生」と私は呼びかけた。「此の間のサーカス見たときですね。少女たちが皆一所懸命やっていたでしょう。あれを眺めていて、ぼくは自分の現在が厭になったんです」

「判っている、判っている」

 先生は大きくうなずいたが、私の言ったことは全然聞いていない様子だった。風の音が窓や表でした。何とか先生をいたわりたいという気持と、離れて行きたいという気持が入り乱れて、私が何か更にしゃべろうとしたとき、表からまた人影が跫音もなく入って来て土間に立ったのだ。それは花子であった。私はぎょっとした。

 花子は蠟(ろう)のように血の気を失った頰に、ふしぎな美しい微笑を浮べていた。その瞳は大きく見開かれているにも拘らず何にも見ていないようだった。もつれるような足どりで卓の方に近づいて来た。

「これはいただけないのよ」ぼんやりした取り止めもない調子だった。「あたしはねえ、一緒に寝た人からはお金は貰うけれど、何もしないのにお情は頂かないわ」

 花子の指から何枚かの紙幣が卓の上にはらはら落ちた。先生はうつむいたまま黙って焼酎を口に含んだ。その顔をじっと花子は眺めていたが、急にぎらぎら輝く眼になって、先生の身体によりそうように身体をぶっつけて来た。先生の身体は小さな椅子の上でふらふら揺れ、私の身体にも触れ響いて来た。

「先生」花子は烈しく口を開いた。「先生。私と一緒に行って、おねがい。私をどうにかして。私を救って。先生。先生」

 先生はコップを卓に置くと濁った眼を上げた。そして掌で花子の肉体を押し戻すように支えた。

「どうにかするって、どうするんだ」

 その声があまり苦しそうだったので、花子はぎょっとしたように先生から離れ、土間に立ちすくんだ。肩から腰ヘの線が着付けの具合か妙に見すぼらしく見えた。両手を下に垂れたまま、暫くして花子の顔に、冷たいあの謎のような微笑が泡に似て浮び上って来たのである。あのサーカスの銀線上の女が浮べた笑い方と全く同じだった。それは自分の意志に反して、強いられて嬌羞(きょうしゅう)に赴く瞬間の女の哀しい顔であった。湯のように生暖い涙が思わず私の瞼のうらにあふれて来た。[やぶちゃん注:「嬌羞」女の艶(なま)めかしい恥じらい。]

「私の部屋に来て――」花子は大きくあえいだ。「私と一緒に寝て」

 先生はふるえる指で眼鏡を押し上げた。花子の視線からしきりに眼を外(そ)らしながら、

「それは僕には出来ない。あんな女だけれど僕には女房なんだ。女房がいるのに僕はそんな真似はしない」

 花子のあえぐような息遣いが烈しくなって来たと思ったら急に両掌で顔一ぱいをおおった。おおったまま小走りに土間を馳け、油障子に身体をぶっつけた。障子はばさばさと音立てた。身体をはすにして花子はよろめきながら表に見えなくなった。風がひとしきりそこに吹きつけた。コップをぐっとあおると先生の指は伸びて卓の端に触れた。

「これで、君、新しく洋傘を買い給え」四五枚の紙幣が酒に濡れた台を辷(すべ)って私の方に押しやられた。

「洋傘は要りません。雨が降ったら濡れて歩きます」

 押し戻そうとする私の掌が先生の指にからまり、一二枚、卓から土間へ落ち散った。先生の指は小魚の腹のように慄えているのが判った。[やぶちゃん注:「一二枚」は行末で、読点を補った。]

「先生」私は胸が一ぱいになるような気がして思わず詰寄った。

「何故花子を救ってやらないのですか」

 先生は大きく見開いた眼で私を見つめた。その眼は乾いたばさばさの眼だった。

「僕にはあの女を救う方法が判らない」

「先生。あなたは一緒に行かなかった。自分が不幸になるのが厭なんでしょう」

「君が――」射すくめるような強い眼付になって先生は大声を出した。「君が行って、一緒に寝てやり給え」

 私は思わず立ち上っていた。その瞬間私がはっきり感じ取っていたことは、先生のあの放恣に見える善意ですらも、超え難い限界を持っているということだった。そしてその限界を超えなければ、本当の幸福はあり得ないということであった。壁のこちらで足踏みしていることが、すベての人々の不幸の因であることであった。そのとき始めて私は、此の壁を乗り超え、たといそこが奈落であろうとも悔ゆることなく落ちて行く勇気が、胸の中に湧き上って来るのを感じていた。私は手を伸ばして紙幣を摑んだ。酒に濡れて重かった。

「洋傘を買うんじゃありません。しかし此の金は頂いて置きます」

 いいともと先生は言ったらしい。がそれを後に聞き流して私は歩き出した。酔いのせいか土間が靴の下でぐにゃぐにゃと柔かい気がした。閾(しきい)を越えると薄明の道が拡がった。外套の裾を風がひるがえす。花子はきっとあの電柱の下に行ったに違いない。それは酔った私の心を摑んだ確信であった。熱くほてった顔の皮を吹き去る風の冷たさを次第に快よく感じながら、私は凸凹道を一歩一歩と段々走るように歩調を早めて行った。

 

[やぶちゃん注:私は本作を梅崎春生が書くに当たって思い当たる幾つかの知られた作家の先行作品が素材として用いられている感を強く持つが、何より、その最も確信犯のアイロニカルなそれは――夏目漱石の「こゝろ」である――ことは疑いようがない。]

2021/01/07

ブログ・アクセス1,480,000アクセス突破記念 梅崎春生 服

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二七(一九五二)年十二月号『文芸』に発表されたもので、後、昭和三十二年一月に刊行した作品集「馬のあくび」(現代社)に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第三巻」を用いた。

 冒頭に出る「汽車」の「阿比留だったか江比留だったか」「名前はちょっと忘れた」「小さな駅」とあるが、「阿比留」・「江比留」・「あびる」・「えびる」の文字列の駅名は現存しない。旧駅名でも検索に片鱗も掛かってこない。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが昨夜、1,480,000アクセスを突破した記念として公開する。精神的にやや疲弊しているので、短いもので悪しからず。【202117日 藪野直史】]

 

   

 

 夜汽車だった。汽車は夜風を切って、海沿いの線路をぐんぐん走っていた。海には月が照っていた。やがて、阿比留だったか江比留だったかな、名前はちょっと忘れたが、その小さな駅に汽車がガタンと停ると、僕が乗っている客車に、そいつがトランク一つぶら下げて、乗り込んできたのだ。そいつは僕の前に腰をおろした。

 僕はそいつの顔を見た。それからそいつの着ている服を見た。そいつは僕の顔を見た。それから僕の着ている服を見た。そしてイヤな顔をした。おそらく僕もイヤな顔をしていたのだろうと思う。

 そいつの着ている洋服の柄が、僕のとそっくり、いや、全然同じだったのだ。

 洋服地のことはよく知らないが、鼠色の地に、こまかい縞がちりちりと走っている。見かけはちょっと厚味があり、どっしりしているが、どういうものか、すぐ皺になる傾向がある。純毛らしく見せかけながら、インチキな繊維が相当に混入されているらしい。僕はこの服地を、家にやってきた行商人から、七千円というのを、五千円に負けさせて買ったのだ。あとで仕立屋に見せたら、五千円なんかとんでもない、三千円止りのしろものだと聞かされて、大へんしゃくに障ったんだが。――でも捨てるわけにも行かず、とにかく仕立てさせ、こうして着て歩いている。それと同じ地の服を、そいつが着ていたのだ。

 そいつは厭な顔をして、僕の方をちらちらと横目で見ていた。それから、急に立ち上ると、網棚のトランクから週刊雑誌を取出して、眼の前にひろげて読み始めた。そいつは三十五六の、顎の角ばった男で、どこか会社員らしい風体の男だった。顔はかくれて見えないが、週刊雑誌のむこうで、そいつの癖ででもあるのか、しきりにチュッチュッと歯をすする音が聞える。僕は何となくじりじりしてきた。汽車の速度が、急にのろくなってきたような気がする。オシッコが出たくなってきた。(マヌケめ!)と僕は胸の中でつぶやいた。(お前も行商人か何かから、インチキな服地を摑まされたんだろう!)

 汽車がトンネルに入ったらしい。音が突然車内にこもった。僕はふと窓ガラスを見た。窓ガラスにうつったそいつの顔が、じっと僕を横目使いに見ている。僕はあわてて視線を外らした。と同時に、そいつも視線を外らしたらしい。そしてかざしていた週刊雑誌を、乱暴な勤作で網棚の上にほうり上げた。僕の方を見ないようにしながら、ぐいと立ち上った。

 そいつは座席の背をつかみ、よろよろしながら、通路を向うに歩いてゆく。便所に行くのらしい。と思ったら、僕の尿意も急に激しくなった。(畜生!)と僕は心の中で呪いの声をあげた。先手を打たれたみたいで、しごく業腹だった。(あいつが便所に行っている間に、席を変えちまおうかな?)もうそれは僕の自尊心が許さなかった。ボウコウが破裂しそうになって来た。

 「よし!」

 僕もはずみをつけて立ち上った。とたんに車体がごとりと揺れて、網棚からさっきの週刊雑誌がすべり落ち、僕の頰を叩いたのだ。僕はそれを拾い上げ、そいつの座席にたたきつけてやった。そして憤然と座席を離れ、通路に出た。

 大急ぎで通路をあるき、二車輛向うのトイレットにころがり込んでやっと用を果たした。手を洗って出てくると、その隣りの車輛が、食堂車になっているではないか。そうだ、あいつと面つき合わしてるより、食堂車でビールでも飲んだ方が、よっぽどましだ。そうだ、あいつと面(つら)つき合わしてるより、食堂車でビールでも飲んだ方はよっぽどましだ。そう思って、バターやカレーやラードの匂いのするその明るい車輛に、僕は胸をそらして足を踏み入れたのだ。

 とっつきの卓に腰をおろすと、給仕女が来た。僕はビールとオムレツを注文しながら、ふと見ると、僕の直ぐ前に、そいつがちゃんと腰掛けているのだ。僕はギョッとした。そいつの眼が、ぎりぎりと吊り上って、僕をにらんでいる。とっさに僕は悟った。こいつも僕から逃げるつもりで、食堂車にやってきたに違いないのだ。

 そいつの顔がコチコチに硬ばって、肩をいからしている。僕だって対面の客と同じ服を着てるのが、もう居ても立ってもいられない。時間の動きののろさ加減といったら、生涯にこんなウンザリしたことはないよ。新聞か雑誌でもあれば、それを読むふりも出来るんだが、それも手もとにない。向うだって同じだから、コチコチになっているんだ。

 給仕女が、そいつの注文を運んできた。再び僕は飛び上りたくなった。だって、そいつの注文品も、ビールとオムレツではないか。

 給仕女はとってかえすと、つづいて僕の注文品を運んで来た。真白い卓布の上に、ビールが二本、オムレツが二皿、シンメトリカルな構図をつくって並んだのだ。給仕女がそれぞれのビールの栓をシュッとあけ、それぞれのコップにビールを満たした。その液体の色や泡の形までが、双生児のようにそっくりだったよ。そいつは、嫌悪に満ちた表情で、コップに手を出した。僕も同じ表情で、同じことをした。そいつはヒマシ油でも飲むような恰好で、コップを唇にもって行った。同じく僕も。

 生れて今まで、僕は数知れぬほどビールを飲み、数知れぬオムレツを食べた。しかし、この時ほど不味(まず)いビールとオムレツは、初めてだったね。思い出してもうんざりする。死にたくなるぐらいだ。――この旅行以来、僕はその服を着ないのだ。あれを着るぐらいなら、ハダカで歩いた方がいい。欲しけりゃ君に上げようか。

 

[やぶちゃん注:梅崎春生好きなら、直ちに思い出す《鏡像》の主題である。最高傑作の「鏡」(二篇構成のオムニバス小説「破片」で「三角帽子」と「鏡」から成る(ブログ版。他にPDF縦書版もある)、その後者)は、既にこの前年の昭和二六(一九五一)年一月号『文学界』に発表されている(後の単行本「春日尾行」(昭和三〇(一九五五)年十一月近代生活社刊)に所収)。但し、この「服」は、「鏡」のような日常へ鏡像関係の反日常的事実が侵犯してくる戦慄性が全くなく、至ってコミカルな展開に終始している。「鏡」を未読の方は、この機会に、是非、読まれんことを強くお薦めしておく。]

2020/12/20

ブログ1,470,000アクセス突破記念 梅崎春生 握飯の話

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二三(一九四八)年一月号『花』に発表されたもので、後、同年八月に刊行した作品集「飢ゑの季節」(講談社)に収録された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 文中に簡単な注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが今朝方、1,470,000アクセスを突破した記念として公開する。【20201220日 藪野直史】]

 

   握飯の話

 

 仙波という老人は身体がこづくりで、顔や手足もちいさかった。そのくせ両方の耳たぶだけが、頭から生えた茸(きのこ)のように大きかった。この耳たぶを、老人は自分が欲するときに、自由にぴくぴく動かすことが出来るのである。これが老人に出来る唯一の芸当なのであった。老人の言によると、若い頃ある女からその要領を伝授されて以来、耳がこんなに動かせるようになったという話だった。昼食に持ってきた芋を半分、乞われるまま分けてやったとき、老人はそんな話を私にして聞かせたのである。その話しかたも冗談めいていたから、真偽のほどは判らない。食物をわけてもらうとき、この老人は愛想のつもりか何時もこんな冗談めいた話しかたをするのである。[やぶちゃん注:「伝授」というのは、通常はあり得ない。ヒトの耳を動かす筋肉は耳介筋と称し、前・上・後に別れるが、原始のような危険を察知する必要がなくなり、多くの人はそれらが退化してしまっており、それはトレーニングによって機能回復するレベルのものでさえない。実際に動かせる人は生まれつきで、また、動かさせると言っている人でも、実際には頭全体が微妙に動いているために、動かしているように錯覚している人も多く、それは残念ながら耳を独立して動かしているのではないケースもあるようだ。公的に認知された数値かどうかは知らないが、真正に耳を動かせる人は一万人に一人ぐらいというデータがネット上にはあった。私は六十三年の生涯で、実際に見たことがあるのは教え子の一人しか知らない。]

 老人は昼食を持ってきたことがなかった。ひるどきになりて皆が弁当を開き始めると、椅子から立ち上ってひとわたり眺め廻した揚句、目星をつけたようにあるいて行って昼食をねだるのであった。日によっては一人から、時としては四人も五人もからすこしずつ分けて貰って、それが老人の昼食になるわけであった。老人は掌の上に洋罫紙をひろげ、歌でもうたうような調子で単刀直入に言う。

「腹がへったんじゃが、すこし分けていただけませんかな」

 この課の連中は皆この老人の性癖を知っているから、あるいはにやにやしながら、また欣然(きんぜん)たる風(ふう)をよそおいながら、とにかくいくらかの分量をさいて紙の上に乗せてやる。老人は無表情な顔でそれを受取り、愛想のつもりか気の利かない冗談を言ったり耳たぶを盛んに動かして見せたりして、やがて自分の椅子に戻って来る。それから罫紙の上の食物を机にひろげ、吟味するように箸(はし)の先でつついてみたりして、やっと食ぺ姶める。その食べ方は奇妙なことだが、無理矢理に食道に押しこむような具合で、おそろしく不味(まず)そうな食べ方であった。背後から見ていると、耳たぶだけが別の生き物のように時折ひくひく動くのである。

 老人が昼食時に貰い先の目星をつけるのは、まったくその日の気紛(まぐ)れであるらしく、同じ人に三日もつづけてたかったかと思えば、遠くの席を歴訪して一食分をあつめる日もあった。しかし長い期間にすればこの課の人々は、ただ一人をのぞいて、ほとんど平均にこの老人に昼食を奉仕していると言っていいだろう。女事務員や給仕にいたるまで老人の目星の外にある訳(わけ)にはゆかなかったのだから。

 その奉仕から除外されているただ一人というのは、老人の隣席に椅子を占めている老人の同僚であった。その同僚の名を峠と言った。なぜ峠がその奉仕からまぬかれているのか。理由はかんたんである。峠も、仙波老人とおなじく、未だかつて弁当を持参したことがなかったからだ。

 

 峠は瘦せた中年男だ。しなびているから老けて見えるが、実のところは四十歳だということであった。顴骨の突き出た神経質な容貌で、眼はひどい眇(すがめ)である。噂によるとたいへん子福者で、七人も子供がいるという話だ。何時でも眉間に暗い皺(しわ)を寄せている。色の悪い皮膚にふかく皺をよせている。それがひるどきになって皆が弁当を開き始めるころになると、その皺(しわ)はますます暗く深くなる。そして頭をあげて黙りこくって椅子にかけているのだ。眇がひどいからどこを見ているのか判らない。けれども彼は何かを眺めているに違いないのだ。弁当を持ってこないのだから、昼食のときだけでも席を外してそとに出かければいいのに、彼はそうしない。苦役(くえき)に耐える囚人みたいな表情をして、蟹(かに)のようにじっと机にへばりついている。

 峠と仙波老人は、部屋の二番すみっこの人目につかないところで、よりそったように席を隣り合っているくせに、お互には一日中ほとんど口を利かないのだ。仕事の上の連絡でも、ただ机から机へ書類や伝票を押しやるだけで、あとは黙っている。にらみ合っている気配もないのだから、仲が悪いという訳でもないのだろう。ただ黙り合っているだけである。もっとも両人とも比較的無口の方かも知れないが、たとえば私などには二人ともかなり口を利くのだ。仙波老人は歌をうたうような抑揚のある調子で、峠はまるで駈足しているような気ぜわしい早口で。

 両方ともこの課での仕事は、いわば雑務みたいなことで、物品の出入れや出席簿の整理などだ。二人とも仕事ぶりは丹念である。しかしこの課では、丹念という美徳は出世の端緒にならないもののようである。出世の見込みのうすい連中がこのすみに吹きよせられていた。私の席もそこにあるのだ。

 

 峠に八人目の子供が生れたと私が知ったのは、祝い金を集める回章[やぶちゃん注:「かいしょう」関係者に回覧確認させる文書。]が私のところにも廻って来たからであった。この課の連中はもともと他人の禍福には極めて冷淡で、こんな回章ははじめてと言っていい位だったから、私もすこしおどろいた。回章は毛筆で丁寧に書かれていた。そして発起人の名前には、仙波老人の名前が記されていたのである。もちろん金を出すことで私に異存はなかったので、印を押して次に廻した。廻すときにふと見たら、仙波老人は仕事の一休みと見えて、ペンを大きな耳にはさみ、気のせいか愉しそうに眼を閉じて貧乏ゆるぎをしているところであった。

 峠と仙波老人の間に、私の知っている限りで最も長い会話が交されたのは、次の日の午後のことである。低く押えたような峠の早口が耳に入って、私は頭をあげた。

「あんたがしゃべったんだな。家族手当などの手続きが必要だから係としてのあんたに知らせただけで、こんなもの貰おうと思ってたんじゃない。あんたは一体誰にしゃべったんだね」

「誰にもしゃべりはせんよ」

 老人はなぜ峠がそんなこと言うのか判らないといった風情で、眼をぱちぱちさせながら歌うような調子で答えた。

「お祝いじゃないかいな。収めとくもんじゃよ」

「お祝いは判っていますさ。しかし皆さんが今まで貰わないのに、私だけが貰うわけがない。そりや気持はありがたいさ。あんただって息子さんの戦死が昨年判ったときでも、誰も見舞金出さなかったじゃないか」

「あれはあれ。これはこれじゃ。あんたの場合は特別じゃよ。八人も子供が出来るなんて、いまどき珍しいことじゃ。まるで八犬伝じや」

 峠の気特を柔らげるためにか、老人の言い方がいつものような冗談めいた口調になって、それが突然峠の胸をかきむしったらしかった。峠の両方の瞳は、おのおのの方向に飛び離れたまま険しくきらきらと光った。

「あんたは私を馬鹿にしているんだな」

「馬鹿にはしませんがな」

「いや、馬鹿にしてるらしい。貧乏人の子沢山だと考えているんだろ。そうですよ。皆は私を馬鹿にして、金を集めでよこしたんだ。私は昼飯も食えない男だからな」

「いい加減にしなさい」老人はそれでも四辺をはばかって声を押しころした。「昼飯が食えないなんて、そんなことが、そんなことで他人が馬鹿にしますかじゃ。ほんとに、四十にもなって年甲斐もない」

 老人の言葉は途中でちょっと乱れた。峠は、年甲斐もない、という言葉に刺戟されたらしく、眉間を暗く刻んだ皺(しわ)をぴりぴりふるわせ、あらあらしく手を伸ばして机上の紙包みをとりあげた。

「へえ。それならそれでもいいさ。貰っとくさ。それで爺さん。あんたも一口出したのかね」

「出しましたさ」と老太は片頰に硬(こわ)ばったような微笑をうかべた。

「さあ、その金おさめて、明日からは弁当でももっておいで」

 老人はきっと冗談を言いそこねたのだと思う。その言葉を聞いて峠の顔は急にまっさおになった。

 それまでの会話は低く押えた声で話されていたし、場所も部屋の片すみだったので、ほとんど聞いていたのは私ひとりであったが、まっさおになってからの峠の声は、抑制を失ったと見えて、俄(にわか)にたかぶった早口になったから、あるいは他の人々に聞えたかも知れないと思う。それは仙波老人を批難というより罵しる言葉に近かった。おそろしく早口で意味の通らない部分もあったが、峠の詰問の中心は要するに老人の昼食の貰い歩きに置かれてあるらしかった。しゃべっているうちに峠はだんだん激してきて、どこを見ているのか判然しない眇(すがめ)の視線をあやしく据えて、その詰問はみだれた罵倒の調子に変ってきた。それはいつもから欝屈していたものが急にほとばしりでるような具合で、言葉を重ねてゆくうちに峠はますます不思議な力に駆られるらしかった。

 老人の貰い歩きについては、私の感じからいえば、峠の言うほど老人がこの課の人々から、あなどられさげすまれているとは思わない。むしろその反対に、ひとつの愛嬌のある行事としてすら受入れられていた。もちろんその底には、老人の一人息子が比島戦線[やぶちゃん注:フィリピン戦線。]で病死したことがやっと昨年判ったこと(この瞬間に老人は十年も一挙にとしとった)、老齢の妻が病に伏していること、などに対する気持があるかも知れないが、しかしその憐憫(れんびん)で人々が老人に食物をあたえるのではないことを、私ははっきり知っていた。人々が食物を分つのは、その人々が持つある種の自尊心なので、つまり自分に余裕がない訳でもないということを見せたいからなのであった。ごく少数の例外をのぞいて、仙波老人などとさほど径庭のあるわけでない証拠には、老人の日毎集めてくる洋罫紙の上には、ふかし芋のきれはしだとか得体の知れない色をしたむし麵麭(パン)だとか、弁当と名をつけるのも気恥かしい代物がならんでいるのでも判る。その人々の気持を私は類推できる。私の場合でするならば、私は自分の貪しいふかし芋の弁当を(私の唯一のたのしみなのだが)もし老人が乞うときは、欣然(きんぜん)として半ば以上をさきあたえるのが常であった。こんなまずいふかし芋は食いあきていて、老人が食べてくれるのならこれほど有難いことはないという贋(にせ)の表情をこしらえて。

 老人のそれを、耳を動かして食物を乞うなどまるで乞食犬だ、と峠が激した言葉を走らせた時、それまでは相手をなだめようといろいろ試みていた老人も、突然顔いろをさっと変えて、それでもやっと怒りを押し殺したらしかった。そして急に態度を一変すると、こんどはにわかに、毒々しい嘲弄の言葉で峠にこたえはじめたのである。しかしその応答の毒々しさに似ず、その表情はいじめられた子供のようで、茸(きのこ)のような耳は老人がものを言うたびにひくひく動いた。老人は峠のズボンのバンドについて、まず遠廻しな揶揄(やゆ)をこころみた。それによると、峠は近頃またバンドに新しい穴をあけたというのである。この一箇年ほどの間に峠はますます瘦せてきて、バンドの正規の穴だけではしめ方がゆるくて、ズボンがずり落ちてしまうものだから、次次内側に穴をあけて行ったわけだが、それをまた二三日前にひとつふやしたというわけであった。峠はそれを聞くと顔を充血させて、チョッキを下にひっぱろうとしたが、短いチョッキではかくし切れなかった。すり切れたバンドにあけた新しい穴は、私のところからもはっきり見えた。そのことが更に峠の怒りをあおったらしかった。

「針金みたいにやせたって、乞食して肥るよりはいいさ」

 峠は早口で言いかえした。

 それから二人の応酬は混乱して、あぶなく摑みあいになりそうな気配であったが、その瞬間でも両人の表情は相手への憎しみに燃えていたにも拘らず、双眼には瀕死の獣のようにかなしい色をたたえていたのである。もし私がそのとき、急ぎの書類をその机に投げてやらなかったならば、そして彼等が仕事がたまっていることにはっと気が付かなかったならば、その争いはもっとつのったかも知れなかった。

「ふん、せいぜい乞食して廻るがいいや」

「口惜しかったら、お弁当もっておいで。ぱりぱりの白米の握飯をな。わしがひとから貰えるのが口惜しいんじゃろ」

 そんな捨台詞(すてぜりふ)を最後として、二人は自分の机にむきなおったまま仕事に没頭している姿勢になった。しかし峠の手も老人の手も、ペンをもったまま可笑(おか)しいほどふるえて、宇がうまく書けないらしいのを私は見た。両人とも踏みつぶされた蟹(かに)のように惨めな顔になって、それを胡麻化(ごまか)そうとしていたのである。

 

 翌日私が出勤してみると、老人だけはすでに席についていたが、峠の机は空席のままであった。この朝老人は仕事中にも、突然小さな声をあげてみたり、激しく椅子を鳴らしたりして、いっこう落ちつかぬ風であった。忘れようとしても昨日のことが、嵐のように老人の記憶を揺り動かすらしかった。おひるになっても峠は出て来なかった。

 皆がそろそろ弁当を拡げる音があちこちから聞えてくると、老人の顔は急に薄赤く血の気がのぼってきて、席にいたたまれない苦しそうな表情になった。老人の隣席はぽこんと歯の抜けたように空席になっているのだが、それがかえって老人を落着かなくするようだった。老人はちらちらと隣の空席をぬすみ見ながら、しきりに腰を浮かすらしかった。ふと私が顔をあげたとき、私の視線がとらえたものは、掌に洋罫紙をにぎって立ち上ろうとするそのときの老人の表情であった。それは重量のあるものを肩で支えているような、むしろ苦渋(くじゅう)に満ちた顔貌であった。私と眼が合うと、老人はあわてたように眼を外(そ)らして、力弱くへたヘたと椅子に腰をおろした。

 そのときどんな気持であったのか、老人を慰めてやろうという浅薄な気持であったのか、それは私には判らない。身体があつくなるような気がして、私は無意識のうちに椅子から身体をうかし、自分の弁当包みをそっくり老人の方に差し出そうとしていたのである。

「仙波さん。これを」

 そんなことを口の中で言いながら、私が包みを老人に押しつけようとしたとき、赤味をおびていた老人の小さな顔は更に赤くなって、私がおどろくような激しさで包みを押し返した。

「いりません。いりませんじゃ」その激しさに似ず老人は眼を哀願するようにしばたたいた。「ほんとにいりませんじゃ。今朝は腹いっぱい食べてきたから」

 洋罫紙をもって立ち上ろうとしたではないか。私はほとんど暴力的に私の包みをおしつけた。そうすることが私の復讐であるかのように。老人は身体中でそれを拒否しながら、それでも掌は弱々しく包みにかかっていたのである。弁当包みにからんだ老人の指が急に緊張して伸びた。はずみを食って包みはリノリウムの床にぼとりと落ちた。

 老人の眼は見開かれて、私の肩越しに、なにかを見詰めているのだ。肩越しに何があるのか。私はふりかえった。扉を押して、うつむき加減にすたすたこの部屋に入ってくる峠の姿がそこにあった。

 峠は大きすぎる上衣の裾をひるがえすようにして、私のそばを通りぬけた。そして自分の椅子についた。そしてそのとき気がついたのだが、新聞紙でくるんだものを机の上にのせ、がさがさいわせながらそれを拡げ始めた。

 老人はそのときは平静をいくぶん取戻していたが、先刻取りだした一枚の洋罫紙をもとの場所にもどそうとする指先が小刻みにふるえているのを私は昆た。その指の動作も途中で止んだ。峠がとつぜん顔をあげたからである。机の上にすっかり拡げられた新聞紙のまんなかには、大きな赤ん坊の頭ほどもある眼も覚めるような真白な握飯がひとつ置かれてあったのだ。仙波老人はそれを見た瞬間、かすかなうめき声をたてて身体をすさった。

 峠のまっすぐ上げた顔は、色のわるい皮膚が今日はへんに艶をおびて、たとえば大風の中を風にさからって突き進んで行く人のような表情をしていた。

 

 そのときの峠の表情を私は今でも忘れない。そのときの表情は、あまりにも錯綜した復雑なものだったから、うまいこと私には描きあらわせないのだ。何処をにらんでいるか判らないような眇(すがめ)の視線が、あるいは老人を見ていたようでもあるし、私を見ていたようでもあるし、また握飯をにらんでいたようでもあった。峠は両掌を膝の上にそろえて、しばらくの間じっとしていた。それは至上の喜悦に酔っている人のようにも見えたし、深い悲哀に打ちひしがれているようにも思えた。そして峠はかすかな身ぶるいをした。

 右手をゆっくり出して握飯を手にとったのである。それは途方もなく大きな握飯であった。峠の掌は握飯の下にかくれ、手首すらもそのかげになってしまった位であった。

峠はそれをゆっくりと口の方にもって行こうとした。

 老人の指が洋罫紙をつまみあげて、峠の方にさっと差し出されたのはその瞬間であった。峠の方に気をとられていて、私は老人の方に気づかなかったのだが、そのときの老人は小さな眼をいっぱい見開き、そのくせ頰には笑いに似たものが貼りついていたのだ。それは笑いでなく、泣いているのかも知れなかった。老人はそしてれいの抑揚のある調子はそのままで、誰にいうともない独白めいた口調で、かすれるようにあえいだ。

「お、おなかがへったんじゃが、すこしばかり分けて下さらんかな」

 老人の見開かれた小さな眼は、暗く凹んでいて、まるで穴ぼこみたいであった。瞳はさだまっているにも拘らず、全然なにも見ていない風であった。口まで持って行った峠の握飯が、唇のまえではたと止った。峠はそして唾をぐっと飲みこんだ。峠の握飯を支えた右掌は、何故かとつぜんがたがたとふるえ出した。握飯がそれにつれてがたがたとふるえた。真白に、ほどよい堅さに握られた握飯は、峠の掌の上で不安定にぐらぐらと動いた。峠はそのふるえを断ち切るように左掌を添えると、顔をふりあげて何か言おうとした。が、それは唇の中で終って言葉にはならなかった。瘦せた肩に力を入れてそびやかすと、両掌をぐっと下にさげるようにしたとたん、握飯はぱっくりとふたつに割れて、割れたところから真白な飯粒が小さなかたまりになって二つ三つ床におちた。峠は片手をぐっと伸ばして分割した半分を老人が支えた洋罫紙の上に押しつけた。峠のやせた顔はみにくく歪んでいて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 私はといえば、その二人から二米ほど離れた自分の席から、身体を板のように硬くしてその情景を眺めていたのである。二人の足もとには、先刻、私が老人に与えようとした弁当包みがころがっていた。なんと醜い恰好で私の弁当包みはころがっていたことだろう。

 

 およそ人間がものを食べるのに、この位苦しそうな食ベ方は今までになかっただろう。まるで絶食同盟員が官憲の手でたべものを食道におしこまれるときのように、それよりももっと苦しそうに、この両人は半分に割った握飯をそれぞれ食べたのだった。峠は眇(すがめ)をぎらきらさせながら、老人は耳をひっきりなしにひくひく動かしながら、無理矢理に口の中に押しこんで、嚥下(えんげ)をするといった具合であった。これに比べれば、日毎老人がもらいあつめた食物をたべるときのまずそうなやり方など、ほとんど問題ではない位であった。

 二人のこの奇妙な昼食の情景をながめながら、私の胸に湧きあがってきた色んな感慨も、ここに記すほどの価値はなさそうに思う。第一私には二人のことは何にも判っていないのだ。考えてみれば昨日、峠がお祝いをもらったときの異常な激昂ぶりも、老人が回章の廻っているときに示した嬉しそうな身ゆるぎも、またさかのぼって、貰いあつめた食物をたべるときの老人の嫌悪にたえた表情の所以も、その傍で峠が何処を見ているのか判然しない目付で机にヘばりついているわけも、私はうまく解釈できそうで何も出来はしないのであった。私に今できることは、ただ此の二人の食事が早く終って呉れること、それをいのるだけであった。そのくせ私は眼を外(そ)らすことが出来ずに、じっと二人に視線を釘づけにしたままであった。両方が握飯を食べ終るまでの十分間を。そしてこの十分間が、今なお私の心に尾をひく後味からいえば、私はむしろ憎みさげすんでいるのかも知れなかった。この二人をか、この課の人々をか、あるいは私自身をか、それは私に判らない。判らないけれども、その感じは確実にそのときの私の全身を領していたのだ。私は背筋が小刻みにふるえ出すのを感じながら、二人がやっと苦しそうに握飯をたべ終ったのを見とどけていた。

 暫(しばら)くたった。その白けたような雰囲気を努力して踏み破るように、仙波老人は顔をまっすぐむけたまま、かすれた声で言った。

「出勤簿の方は遅刻の手つづきをしておくから、早く遅刻届を書きなされや」

 峠はそれに返事をしなかった。顔もむげず、まっすぐむいたまま、幽(かす)かに曖気(おくび)をもらしただけであった。

 

 事件はそれで落着した。少くとも私にはそう見える。その翌日からすべてはもとにもどった。峠と仙波老人は再びお互に無口になって、時折だまって必要な書類や伝票を机の上から上へ押しやるだけになった。そして飯どきになると、老人は相変らず立ち上って洋罫紙に弁当をもらって歩くし、峠は眉根に深く皺を刻んでその時間を蟹(かに)のように机にへばりついている。あのような奇妙ないさかいがあったことなど、いささかの痕跡すら現実にとどめていないのだ。相変らず老人の耳はよく動くし、峠の眇(すがめ)もなおる気配もなし、近頃またひとつバンドの穴をふやしたようである。そして私の記憶からも、あの巨大な握飯のことは、やがてうすれて行くのかも知れない。ましてやこの課の他の人々が、たとえあの争いに気付いていたとしても、忘れっぽい彼等がものの一週間も憶えていたかどうか。

 今日もやがて昼どきだ。今朝は寝坊して私はいたく腹がへっている。今日もまたふかし芋の弁当だが、それだって私には大牢の珍味だ。ねがわくば今日だけはどうにかして、仙波老人の伴食のお目鑑(めがね)からは免れたいものだ。[やぶちゃん注:「大牢」は「たいろう」で、原義は中国で古代より帝王が社稷(しゃしょく:土地の神(社)と五穀の神(稷))を祭る際に奉じた牛・羊・豚などの供え物で、転じて「立派な料理・御馳走」の意となり、ここもそれ。江戸時代に江戸小伝馬町の牢で戸籍のある庶民の犯罪者だけを入れた牢屋をも指すが、ここはその意ではないので注意されたい。]

2020/12/06

ブログ・アクセス1,460,000突破記念 梅崎春生 大夕焼

 

[やぶちゃん注:昭和三八(一九六三)年七月号及び九月号『小説新潮』に発表された。

 底本は「梅崎春生全集」第一巻(昭和五九(一九八四)年五月刊)に拠った。傍点「ヽ」は太字に代えた。本文中にごく簡単な注を挾んだ。

 底本末の本多秋五氏に解説で、本篇について述べた最後で、『ここは戦後一八年という時代の刻印がハッキリと打たれている。現在が空しいという感じが、過去の充実をなつかしく思い出させる。作品の重心を過去から現在へ切り換えると、『幻化』の世界がひらけるはずだ。作者はこの『舞踏会の手帖』式の、旧跡遍歴の旅という形式が、よほど気に入っていたらしい』と評しておられる。因みに、「舞踏会の手帖」は私の偏愛するフランス映画の一つで、原題は「Un carnet de bal」。一九三七年公開で、監督は巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ(Julien Duvivier)、主演はマリー・ベル(Marie Bell)で、以下、脇役も手堅い俳優ばかりである。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来(このブログ「Blog鬼火~日々の迷走」開始自体はその前年の200576日)、本ブログが数時間前、1,460,000アクセスを突破した記念として公開する。【2020126日 藪野直史】]

 

 

   大 夕 焼

 

「あれはなんとも奇妙な三箇月だったな」

 ペンキ屋栗田太郎は店の近くの丘に登り、夕方の風景を眺めながら、そう思った。丘から見おろすこの一帯は、三四年前までは家がほとんどなく、ぽつんぽつんと見えるのは防風林に囲まれたわら屋根だけだったのに、この頃は宅地が造成され、次々に新しい形の小住宅が立ち始めている。球状のガスタンクも遠くに見えた。

「何にもしないでいいくせに、何かじりじりとせき立てられるような、空虚なくせにひどく充実したというような――」

 緑の野や斜面が次々に形を変え、むき出された赤土が石垣で区切られて、家が続々つくられる。展望がだんだん人間くさい趣きをそなえて来る。それは栗田にはわびしい気持も起させるが、しかし侘しいとか殺風景だとかは言っておられない。そのために栗田の商売はしだいに繁昌し、こんなふところ手で景色を眺める余裕もうまれて来たのだから。

 彼はやや自嘲的に自分をペンキ屋と呼んでいるし、他人もそう呼ぶが、正確に言えば塗装料店である。もちろん彼も刷毛をふるって仕事をするけれども、近頃の新住宅の主たちは日曜大工が多くて、塗装料だけの売上げも飛躍的に上昇している。ここら界隈には塗装店は彼のところだけなので、ここから見渡す家々の大半のペンキは、彼の店を通じて売れたものである。ありがたく思いこそすれ、自然の破壊を嘆くべき筋合のものでなかった。しかし栗田には、なにかぬるま湯にひたっているような、どんよりした倦怠感がある。栗田は視線を転じて、ガスタンクの彼方の空を見た。夕日が束になって反射し、ようやく夕焼けが始まろうとしている。この夕焼けを見るために、その時刻をねらって、彼はこの丘に登って来たのだ。

「あの日も夕焼けだったな。しかしこんな小規摸な夕焼けじゃない。空全体が真赤になるような大夕焼けだった」

 栗田は口に出して呟いた。

「おれもそろそろ四十になる。あいつはもう四十を越した筈だが、まだ生きているだろうか。生きているとすれば、まだあの島にいるのだろうか」

 旅情というよりは、もっとなまぐさい烈しいものが、栗田の胸に突き上げて来る。それを味わいたいために、彼は時折暇をぬすんで、この丘に登って来るのだ。

 

 昭和二十年八月十五日という日は、栗田にとって突然やって来た。その日彼は足首をネンザして、壕の奥の木製寝台の上に横たわっていた。寝台の上段から飛び降りそこねて、ぐきりと、くじいたのだ。

 孤島、というと言い過ぎになる。本土から四里ほど離れた小さな島で、そこの守備隊に彼は海軍兵士として勤務していた。四里ほどなので、雨でも降らない限りは、本土が見える。しかし彼は格別に郷愁というものは感じなかった。その本土は爆撃にさらされ、形容を変えているし、物資もほとんど尽きかけているのを知っていたからだ。

「どうせ死ぬんだからな。どこでも同じだ」

 と栗田は考えていた。絶海の孤島じゃないし、帰ろうと思えば小舟をあやつって帰ることも出来る。それが彼の郷愁を中途はんぱにしている傾向もあった。壕はU宇型で、海風はよく通ったが、やはりむしむしと湿って暑い。作業を免ぜられて、一日一度衛生室に行く以外は、彼は寝台に坐ったり、横になったりしていた。

「アメリカ軍が本土に上陸すれば、結局おれたちは逃げ道がない。ここで自滅するだけだ」

 終戦のことを知ったのは、衛生室である。衛生室は少し離れた別の壕の中にあり、栗田は手製の杖をついて、そこに通っていた。くじいてから三日目のことである。午後三時頃そこに入って行くと、衛生科の連中に妙な雰囲気がただよっているのを彼は感じた。

「何をざわざわしてるんだい」

 彼は顔見知りの水木という衛生兵に声をかけた。薬品の詰換えに当っていた水木は、振り返って彼の顔を見た。亢奮(こうふん)を押しつぶした声で言った。

「まだ知らないのか。戦争は終ったんだよ」

「戦争が終った?」

 彼は驚いて反問した。

「本当かい?」

「本当だとも」

 水木は整理の手を休めて、彼の傍に近づき、繃帯を取り始めた。腫(は)れた足首の部分をぎゅっと押した。彼はうっとうなった。

「痛いかね?」

「痛いよ」

「そりや困るな。たいへんだぞ」

「何がたいヘんなんだ?」

「隊長どんは早いとこ部隊を解散して、本土に戻るつもりらしい。歩けないとここに取り残されるぞ」

 湿布を取換えながら、今日の放送が終戦の詔勅だったこと、解散の件で薬品梱包(こんぽう)を命じられたこと、在島の軍物資は各人で分配して米軍に渡さぬ方針を取ることなどを、水木は説明した。

「ふん。それでざわめいているんだな」

 彼も亢奮をかくしたかすれ声で応じた。喜びと同時に、強い不安が来た。

 「それで解散はいつなんだ?」

 

 今思うと、あの隊長はキンチャク切りのようにすばしこい人間であった。そう栗田は考える。もちろん栗田は兵隊なので、隊長と個人的な接触は全然なかった。隊長ともあれば、戦局についての見通しはあったに違いない。齢も現在の栗田より若かった筈だが、終戦の放送と共に解散に踏み切ったのは、おそらく独断専行というやつだろう。

「おれがもしあの隊長だったら――」

 丘の草原に腰をおろして、栗田はタパコに火をつけながら考える。

「そんな大胆な措置は取れないな」

 物資の分配はその翌朝から始まった。士官や上級下士官が取りたいだけ取り、主計科が取り分だけ取り、それでも物資はたくさん余った。終戦時でも海軍は物資を豊かに確保していた。

「何分隊罐詰(かんづめ)取りに来たれ」

「何分隊配給物、代表者来たれ」

 もう軍隊としての作業はなくなり、朝からそんな呼び声が壕から壕へ飛び交う。各人せっせと衣囊(軍隊用のリュックサック)にそれらを詰め込む。しかしそれには限度がある。自力でかつげる程度にだ。かつげなければ持って帰れないのである。

 嵐のような二日間が過ぎた。八月十八日に大発がやって来た。人や武器や物資を運ぶために、大発は海上四里を幾度か往復した。残されたのは十人ばかりの病人(重症はいなかった)と衛生兵が一人、それにかなり多量の食糧や衣料や毛布類だ。[やぶちゃん注:「大発」一九二〇年代中期から一九三〇年代初期にかけて開発・採用された大日本帝国陸軍の上陸用舟艇である大発動艇(だいはつどうてい)の通称。詳しくはウィキの「大発動艇」を見られたい。]

 栗田ももちろんその中に入っていた。体ひとつなら足を引ぎずっても帰れそうだったが、やはり彼にも分配の重い衣囊があったし、本土の鉄道は爆撃で寸断され、徒歩連絡の場所が多いと聞かされたからだ。えいえいと重いものをかついで行く自信はない。つまり彼は取り残されたというより、自ら進んで残留したのだ。それに一刻も早く帰還する必要も気分も、戦争が済んだ今になっては、彼にはなかった。

 帰ろうと思えば、いつでも帰れる。大発が来なくても、米軍の飛行機、ことにグラマンさえいなければ、下の部落から舟は自由に出してもらえる。軍医が患者たちを見捨てたのも、そのことを考慮に入れていたのだろう。そこで軍医は衛生兵長の水木にすべてを託して本土へ遁走した。

「無責任な軍医だなあ」

 水木が残留と判った時、栗田はすこし憤慨した。

「お前は無理矢理に貧乏くじを引かされたようなもんじゃないか」

「いや。おれは別にあいつたちを恨まないよ。自分で志願したようなもんだから」

 水木は低い声で言った。

「第一おれには帰るところがないんだ」

 水木は彼と同年輩であり、階級も同じである。この島で知り合った時から、彼はこの水木にどこか暗い翳(かげ)があるのを感じていた。

「帰るところがないって? それはどういう意味だい?」

「おやじもおふくろも妹も、皆空襲でやられてしまったんだ。六月十九日にね。近くの銀行の中に逃げこんで――」

 水木はうめくような声を出した。

「むし焼きみたいに死んじまったんだ」

 六月の末に栗田はこの島に転勤して来た。その時、水木はすでに肉親をうしなっていたが、そのことを水木は何も彼に洩らさなかった。こんな苦渋の表情を見せたのは、これが初めてである。

「そうか。そうだったのか」

 背を向けた水木の、少年の幼さを残した項(うなじ)を見ながら、栗田は言った。

「おれにも両親はいない。死んでしまった」

「戦争でか?」

「いや。ずっと以前からだ」

 同情の言葉にはならないことを知ってはいたが、彼はそう言った。水木はしばらく黙っていた。やがて口を開いた。

「でも、帰るところがあるんだろ。早く足首を直して帰れや」[やぶちゃん注:「皆空襲でやられてしまったんだ。六月十九日にね」昭和二〇(一九四五)年六月十九日の大きな空襲は三ヶ所ある。一つは、「福岡大空襲」で死者九百二人、また、同日から翌日にかけての「静岡大空襲」(死者千九百五十二人)と同じ期日間の「豊橋空襲」(死者六百二十四人)である。梅崎春生は福岡出身であるから、最初のそれを想起している可能性は高い。]

 

 十人ばかりの病人は、一人をのぞいて、次々になおった。発熟を伴う風邪とか腸カタルなので、別に軍医の手をわずらわせるほどもなく、水木の注射や投薬で回復した。おおむね応召の老兵で、回復すると直ちに帰心が起きるらしく、衣囊を背負って部落に降り、手こぎの漁舟を雇って本土に渡った。残る者は崖の上から、あるいは砂浜から、帽を振ってこれを見送った。舟からも帽は振られ、やがて小さくなり、消えて行った。

 ただ一人、壕の奥に横になり切っていたのは、竜という姓の応召の兵長である。応召して兵長に進級したのではなく、十年前に兵長となって海軍を去り、また召集されて来たのだ。齢の頃は三十前後で、栗田の眼にはひどく大人(おとな)に見えた。同じ兵長は兵長でも、生活のにおいをただよわせているのである。水木や栗田にとって、竜のような存在は、ちょっと始末に困るようなところがあった。同じ階級でも、海軍の飯を食ったのは、竜の方が十年も早い。何かにつけて一目置かねばならぬのだ。

 しかし竜が壕から見送りに出ないのは、威張って横着を極めこんでいたわけではない。彼は脛骨(けいこつ)の骨折で、動けなかったからである。副木(そえぎ)をあてて、肥った体を持て余すようにして、一日中壕の中に逼塞(ひっそく)していた。

「ああ。あれはつらかっただろうな」

 今にして栗田は思う。

「働き盛りで、それで島に閉じ込められて故郷に帰れないでいるのは」

 竜が足を折ったのは、夜の坂道を部落に降りたからである。解散以前は、一般の下士官兵は、部落行きを禁じられていた。(性というものの関係などがあって、海軍の威信を傷つけるという理由でだ)ところが竜は古参兵長の地位を利用したのか、または海軍のそんなケチな慣習を認めなかったのか、時々夜陰(やいん)に乗じて部落に降りた。女と仲良くなったり、主計兵からおどし取った物資を芋焼酎と交換したり、かなり大胆で自由な行動をとっていたようである。体軀(たいく)も大きいし、筋骨もたくましかったが、右の眼に何か故障があるらしく、瞳がぼんやりと白濁していた。表情に動きがないので、何を考えているか判らないようなところがあった。しかし檻(おり)に押し込められた獣のように、いらだっていることだけははっきりと看取された。そんな竜を栗田は気の毒に思ったし、水木も同情していた。

「竜さん。つらいでしょうが、なおるまでは辛抱して下さいよ。骨折はこじれると、あとに残るから」

「判っとる。判っとるよ」

 竜は重苦しい声で言った。

「わしは運が悪かったんじゃ」

 竜の骨折のなおりが遅かったのは、岩につまずき、それをムリして隊に戻って来たからだ。水木は栗田に言った。

「骨を傷めたら、絶対に動いちゃいけないよ。その場にじっとしていることが一番だ」

 でもその場にじっとしていたら、禁止を違反したことがばれる。だから竜は這うようにして壕に戻って来たのだ。

「ネンザだって同じだよ。しばらく保養のつもりで、ここで遊んで行けや」

 

「その頃の水木は、幸福だったんだろうなあ」

 夕焼けを眺めながら、栗田は思う。なにしろ食糧や衣料には不自由しない。水木はこの島では最高の権力者であった。朝起きて病人を見廻り、あとは自由にふるまっている。部落に降りて行けるのも、水木一人であった。降りて行かなければいけない事情もあった。

 食糧が豊富だったとは言え、それは米と罐詰などの保存食品だけである。生鮮食品、たとえば魚や野菜は部落に行き、米や毛布と交換で補給せねばならぬ。その任に水木が当っていた。米などは、軽病者が本土に去り、三人が一年経っても食べきれぬほどの糧があった。ところが下の部落では、土地が貧しくて、米が出来ぬ。米をやれば島民はよろこんで、野菜や魚を供出した。

「しかし幸福なことが結局、水木に災(わざわ)いをしたんだ」

 タバコを踏み消して、栗田は感慨にふける。

「親切が水木の運命を狂わせた」

 水木としては、衛生兵の仕事だけでない。炊事も洗濯も彼がやった。彼はおっくうがることはなく、献身的にそれをやった。時には栗田も加勢したが、水木はてきぱきと動いて、その任を果した。むしろそのことに喜びを感じているように見えた。

 栗田のネンザの治療は、一箇月ぐらいかかった。痛みや腫(は)れは割に早くなおったけれど、大事をとった方がいいという水木の勧告で、濠の近くを歩き廻ることで、足を慣らすことにした。まだ本土の交通も回復していないし、重い衣囊をかついで歩く自信はなかった。いくらか足に自信がつくと、水木に伴われて、山道を部落に降りた。

 この島はおおむね丘陵部からなり、その下に狭い平地があった。平地には百戸ばかりの部落があって、段々畠をつくっている。

 「あれはやはり火山灰地だな」

と栗田は今思うが、米はとれない。芋や根菜類がおもである。海では魚がとれる。そのための舟があるが、戦争のために若い男たちは引っぱられ、その上グランが飛び交うので、手入れされずに廃船同様のものがなかばをしめている。電燈もつかない。ランプで生活している。ひとことに言えば、貧寒な土地にゼニ苔(ごけ)みたいにはりついた島民の生活であった。

 部隊の壕は丘の中腹にあった。部落へ降りるのは、一旦崖に出て、そこからジグザグの道を降りるのである。まだ草はむんむんと茂っていたが、吹いて来るのはもう秋風であった。自然に踏み固めたような小径で、石塊(いしころ)や岩がごろごろしている。

 最初水木に連れられて降りた時、水木はある岩の突出部を指さして言った。

「これらしいんだよ。竜さんが蹴つまずいて骨を折ったのは」

 栗田はそれを見た。

「夜だからね、用心していても、ついつまずいてしまったんだ」

「運が悪い人だね、竜兵長も」

 栗田は言った。

「戦争がまだ続いてりゃ、竜さんも休業(作業を免ぜられること)でラクが出来たんだが、戦争が終ったばかりに運命が裏目と出たんだな」

「そうだよ。災難はいつ襲って来るか判らない」

 部落に降りた。部落の家々は丈が低く、平べったくつくられている。颱風から身を守るためである。部落に入って、水木はここの村長(むらおさ)らしい構えの家に入り、リュックにつめた米を出し、若干の野菜類と交換した。村長の妻なのであろう、六十ほどの老女は米を押しいただくようにして受け取った。

「小母さん」

 水木は呼びかけた。

「その後新しい病人は出ないかね?」

 水木は医療品箱を肩から提(さ)げていた。老女は首を振った。

「あれでまだ四十五歳なんだよ」

 外に出て水木は説明した。

「どういうわけかここでは早く老(ふ)けてしまうんだ。水質のせいかな」

 それから四五軒の家を廻り、水木は病人や怪我人の手当や投薬をした。栗田はある驚きの念を持って、水木について歩きながら訊ねた。

「君は島民の治療をしてやっているのか?」

「そうだよ」

「いつから?」

「戦争が終ってからだよ」

 水木は振り返った。

「どうせ薬は余ってるしな。生かして使わなくちゃ損だよ」

「治療費は取らないのか?」

「取るわけないよ」

 水木は白い清潔な歯を見せて笑った。

「どうせ薬はタダだ。まあおれの退屈しのぎだね」

 その語調にウソはなかった。栗田はすこし感動した。君はいい奴だな。その言葉が口から出そうになったが、栗田は押えた。口に出すのは照れくさい気持があった。

 部落を抜けて海岸に出た。子供たちが裸で泳いだり、魚釣りをしたりしている。彼方に本土が淡く眺められた。海沿い道からまた丘に登ると畠があり、若い女が仕事をしていた。水木の姿を見ると、飛び上るように立ち、こちらに駆けて来た。

「具合はどうだい?」

「もうおなかはすっかりいいの」

という意味のことを、女はその島の方言で答えた。

「そりやよかったな。ツルさん」

 水木は言った。

「今度は手と足だ」

ツルはふしぎな容貌を持つ女であった。眼と眼の間が広くて、何だか魚の眼を栗田に聯想(れんそう)さぜた。鼻や耳も不均衡についていて、それぞればらばらについているようで、そのくせよく見ると、不調和でありそうでふしぎに調和していた。唇が美しく、形が良かった。あるいはその唇が全体の不調和を引きしめているのかも知れない。

 水木は医療品箱を下に置き、ツルを草に坐らせて、繃帯と軟膏(なんこう)を取り出した。ツルの手には潰瘍(かいよう)があった。

 

 以下は栗田が水木から聞いた話だ。

 一週間ほど前部落に降りて来た時、村長の妻から、ツルという女が烈しい腹痛を訴えていることを聞いた。水木は早速その家に出かけた。海に近いその小さな家で、ツルは暗い部屋の中で、汗みずくになって苦痛に耐えていた。

「胃痙攣だとおれは思ったな」

 水木は栗田に言った。

「おれは医者じゃないから、診断は出来ないけれど」

 水木はすぐに坂道をかけ登り、薬品や注射器を箱に入れ、壕から一気に部落までかけ降りた。ツルの家の庭を通る時、小屋の中で鶏がコケッコココと騒いだ。それだけ水木の速力が早かったことになる。

 鎮痛剤を打ち、やがて苦痛はやわらいだようで、ツルは眠りに入った。母親はおろおろとしていたが、娘のその状態を見て、水木に手を合せて伏し拝むようにした。

「つまりツルは母親と二人ぐらしだったんだね。兄がいるが、召集されて満州へ行き、まだ戻って来ないのだ」

 水木は説明した。

「男手がなくて、ツルが働き手になっているんだ」

「父親は?」

「ずっと前漁に出て、舟が沈んで死んでしまったらしい。なにせ不運な一家だよ」

 お前こそ家族を全部うしなって不運じゃないのかと、栗田は言い返そうとしてやめた。言うのは残酷であったからだ。

 水木は薬を母親に渡して、濠に戻った。翌日になるとまた気になって、医療品箱を持って、坂道を降りた。ツルは割に元気になっていて、食慾も出ていた。水木はほっとした。それと同時に、彼はこの一家(と言っても母娘二人だけだが)にある親近なものを感じた。自分が不運だから、自然とそんな感情が湧いて来たのであろう。

「何かお礼でも――」

「いや。お礼はいいんだよ。それよりも――」

 薄いかけ布団から出ているツルの腕に、水木の視線はとまった。そこに潰瘍(かいよう)のようなものが出来ていた。

「それ、どうしたんだね」

「ブヨに刺されましてね」

 母親が代って説明した。

 「かきむしるなと言うのに、かきむしってこうなったんです」

 この島には蚊やブヨや蠅が多かった。ことにツルの家は養鶏をやっているので、それらがしきりに飛び廻る。おそらく化膿菌がそこから入り、膿(う)んだのだろう。環境としては、ここはあまり良くなかった。

「これは放っといちゃいけないね」

 水木は言った。

「放っとくといつまでも直らないよ」

 水木はその箇所を消毒し、軟膏を塗って、繃帯をしてやった。脚にもかき傷があると言うので、水木は脚を出させた。ツルは若い娘なので、一瞬恥らいを示したが、思い切ったように布団から脚を出した。日頃はモンペにくるまれているから、露出した部分にくらべて、脚はまぶしいほど白かった。その一部分も化膿していた。水木はそれにも手当をほどこした。

「お礼なんか要らないんだよ」

 手当をすませて水木は立ち上った。

「皆帰ってしまったんだから、薬が余っている。タダでなおして上げますよ」

「どうもありがとうございます」

 母娘は頭を下げた。こうして水木と母娘の交情が始まった。翌日も水木は部落へ降りた。毛布二枚をたずさえて、鶏卵と交換を申し込んだ。水木が要求した鶏卵は九個である。つまり水木と竜と栗田三人に三個ずつというわけだ。この取引きには、母娘も驚いて辞退したらしい。それはそうだろう。毛布は貴重品であり、卵はいくらでも産んで呉れるものだからだ。

「いいんだよ。兵隊は皆復員したし、毛布なんてたくさん残っているんだから」

「皆帰ったの?」

「ああ。帰ったとも。大発でね」

 その質間の意味の重さを知らず、水木はかんたんに答え、毛布を押しつけて、壕に戻って来た。

「そうか。夕食に特大の卵焼きが出て来たのが、それだったんだな」

 栗田は言った。

「そうだよ」

 水木はうなずいた。

「竜さんもうまいうまいと喜んで呉れた。あれがそうだよ」

 

 栗田のネンザはほとんど回復した。水木は栗田に言った。

「もう大丈夫だよ。歩いて帰れるよ。おれが保証する」

 栗田は自分の衣囊を整理していた。彼は背中で水木の言葉を受け取った。栗田はしばらく黙っていた。彼は自分が去ったあとの島の生活を考えていた。

「竜さんはどうなんだ?」

 やがて栗田は言った。

「まだずいぶんかかるのか」

「そうだね。あと一箇月半や二箇月はかかるだろう。完全に歩けるまでにはね」

 竜もひと頃よりずっとよくなっていた。顔の表情にも重苦しさがとれて、時には冗談なども言うようになって来た。夕方になると、待ち兼ねるようにして、焼酎を請求した。壕の中には焼酎専用の瓶が置かれている。なくなりそうになると、水木が部落で罐詰や毛布と取りかえて、その瓶に満たした。竜は酒好きであったが、それほど大酒豪ではなかった。芋焼酎を水に割り、長い時間をかけて飲んだ。栗田たちも時には飲んだが、やはりその異臭にはなじめなかった。

「つくり方が下手なんだよ」

 ランプの下で竜が言った。自家発電装置は電信科の下士官が本土に運んだので、それ以来はランプで生活している。

「おれはね、ドブロクつくりの名人なんだ。杖をついて歩けるようになったら、米で純良なのをつくって飲ませてやるよ」

 竜はそんな無邪気な威張り方をした。初めはうっとうしい男だと思っていたが、竜という男は案外素朴で、実直な人間であることが栗田に判って来た。

「おれ、竜さんがなおるまで、この島に残るよ」

 衣囊整理を中止して、栗田は水木に答えながら立ち上った。

「どうせ帰るなら、三人いっしょに帰ろうじゃないか。おれだけ帰るのは侘し過ぎる。まだ食い物だって豊富にあるし――」

 復員したい気持はないでもなかった。しかし彼はこの二人の僚友に、強い友情みたいなものを感じ始めていたのである。長い一生の中で、二箇月や三箇月の空費が何であろう。まして故郷に幸福が待っているわけじゃないのだ。

残って呉れるか」

 水木は言った。

「どうせ別れる身だが、先に帰られるのは、おれもやり切れないと思ってたんだ」

 その夜は鶏をつぶして、すき焼きにして、三人で飲んだ。竜もよろこんだ。

「そうか。おれのために皆よくやって呉れるなあ。わしは嬉しいよ」

「竜さん。おれはあんたに、松葉杖をつくって上げるよ」

 栗田は言った。

「どうせ何もすることがないもんな。その松葉杖が要らなくなったら、いっしょに帰ろうよ」

 

 こうして栗田の島での奇妙な生活が始まった。今まではネンザをなおすという名分があったのに、今度はここにとどまる理由は何もない。でも彼はたのしかった。

 朝起きる。食事の仕度をする。三度の食事以外は、何をしてもいいし、何もしないでもいい。空虚のようで、充実した生活であった。

 彼は空いている木製寝台を取りこわし、少しずつ松葉杖をつくり始めた。松葉杖をつくるのは初めてで、たいへん苦心をしたが、完成は一箇月ぐらいあとなので、ゆっくり時間をかけて丹念に製作することにした。最初長さをきめるために、竜の脇の下から足までの長さを計った時、竜は笑いながら言った。

「ほんとにつくって呉れるのかい。わしは冗談だと思っていたよ」

「退屈しのぎだよ」

 彼も笑いながら言い返した。

「うまく出来たら、その技術を生かして、故郷で杖つくりになるよ」

 竜の骨組みや筋肉はがっしりしていたが、寝台にこもったきりなので、皮膚の色はへんになま白かった。

「あんたの商売は何だね?」

「わしか。わしは百姓だよ」

 竜は答えながら手を見せた。掌は節くれだっていた。

「今頃は新米が出来ているだろうなあ。早く動いて歩きてえよ」

 「あせってはダメだよ。脇の下に当る部分は、新品の毛布を二枚重ねにして取りつけてやるからね」

 松葉杖づくりに倦(あ)きると、栗田は下の部落に行き、子供たちと遊んだり、魚釣りをしたりした。海にもぐってヤスで魚を刺すには、少し肌寒い気候になっていた。しかし水木のように、村人の生活に溶け込む気分にはなれなかった。やはり性格の差だったのだろう。

 ある日海岸から段々畠の方に歩いていると、遠くで水木とツルが向い合って立っているのが見えた。その二人の姿が急にくっつき、二つの唇が接した。栗田は何か見てはならないような気がして、思わず体をかがめた。しばらくして面を上げると、もう二人の体は離れていた。栗田は大声で呼びかけた。

「おおい。水木。もうそろそろ帰ろうじゃないか」

「ああ。栗田かあ」

 遠くから声が戻って来た。

「おれもそろそろ帰ろうと思っていたところだ」

 医療箱と瓶をぶら下げて、水木はゆったりした足どりで、栗田の方に歩いていた。瓶には焼酎が入っていた。

「竜さんがお待ちかねだからな」

 水木はことことと瓶を振って見せた。

「そろそろ夕焼けが始まる。空が赤くなると、竜さんの咽喉がぐびぐび動いて来る」

「まったくだね」

 接吻のことは見知らぬことにして、栗田は答えた。

「おれも今日は割に大漁だったよ」

 

 あとでの水木の告白によると、それが最初の接吻だったそうである。

 水木も初めは、

「妙な顔を持っている女だな」

と思った。しかし胃痛をなおし、手足の潰瘍の手当を続けている中に、しだいに魅力を感じ始めて来た。

「そういう感じの女が、時たまいるもんだ」

 それから十何年経った今、丘の上に立って栗田は思う。あの時は彼も若くて、そんなことは判らなかった。今にして判る。

「ツルは水木にとって、それだったんだな」

 ツル母娘は水木に感謝していた。感謝というより、尊敬と言った方が近い。水木は鼻筋の通った、知的な容貌を持っていた。たかが衛生兵に過ぎなかったけれど、母娘にとっては名医のように感じられたのだろう。

「おれはただの恋愛をたのしむ気持じゃなかった」

 水水はうつむいて、栗田にそう言った。

「おれには帰るところがない。ツルと結婚して、ツルの兄が復員して来たら、ツルを本土に連れて行くつもりだった」

 ところが求愛の言葉を初めて発した時、ツルは強い衝動と困惑を感じたのである。

「そんなこと言わないで!」

 ツルは眼を光らせながら、烈しい口調で言った。

「あたしのようなものに――」

「だって好きだから、仕様がないじゃないか」

 水木は強く迫った。

「それとも僕が嫌いなのか?」

「嫌いじやない。絶対に嫌いじゃない」

 ほとんど泣くような表情でツルは答えた。

「あなたには恩になっている」

「恩だけか」

「恩だけじやない。好きよ。好きだけれども――」

「好きだけれども、何だと言うんだ」

「許して。どうかそれだけは――」

 水木はかっとした。若かったので、それも当然であろう。

「好きだったら、その証拠を見せて呉れ」

 水木はツルに近づいて抱こうとした。ツルは必死にあらがった。しかし水木はその抵抗を無視した。肩を近づけようとした時、ツルは首を振って拒んだ。でもその拒否は長くは続かなかった。唇は合わされた。

 栗田が目撃したのは、その瞬間である。あとは彼は見なかった。

 栗田の呼び声に応じて、水木がゆったりした足どりでこちらに歩いて来たが、もちろんそれは水木の擬態(ぎたい)であった。ツルは畠の中にしゃがんでいるのを栗田は望見したが、遠くからなので、栗田はよく判らなかった。ツルは掌で顔をおおって、泣いていたのである。水木は背中を焼かれるような感じでそれを聞きながら、表情を殺してわざとのそのそと歩いたのだ。

 それから翌日も水木は部落に降りた。ツルは困惑と悲哀に充ちた眼で、水木を迎えた。接吻を拒んだ。

「何か悪い血があるんじゃないのかい?」

 栗田は考え考えしながら、水木に言った。

「あるいはよそ者を嫌うような風習が――」

「悪い血って、何でそんなことを言うんだい?」

「潰瘍とかその関係でさ」

「あれは単なる潰瘍だよ。おれにだって判る!」

 水木は憤然として言った。

「そのことは村長に会って、確かめたんだ。そんなことは絶対にないそうだ。それによそ者を拒否する風習も、この島に限ってないと言う」

 村長は五十五六の、割にものの判った人物である。村長は言った。

「むしろ島内同士で結婚すると、血が濁るんでな。よそ者と結ばれるのは、わしは大賛成だよ」

 では何がツルにそんな態度をとらせるのか、水木は思い悩んだ。

 

 十月も半ばを過ぎた頃、松葉杖は完成した。素人の作品だけれど、月日をかけただけあって、見事に出来上った。何か塗ってやりたかったが、ペンキも何もないので、栗田はキャンバスでこすって、艶(つや)出しをした。もちろん竜はたいへん喜んだ。冗談まじりの贈呈式を行い、竜はその日早速使用して、寝台から降り、壕の外に出た。竜は言った。

「ああ。もうすっかり秋だなあ」

 栗田は丹精してつくったものを、他人に与えるのを若干惜しむ気持もあったが、その言葉ですっかり消えた。竜の言葉には真実の喜びがこめられていたからだ。

 一方水木とツルの間には、相変らず妙なわだかまりが続いていた。ある日水木はいらだって、ツルの気持に迫った。ツルは追いつめられて、涙を流した。

「あたし、約束した人があるのよ」

 海岸の岩陰で、意を決したようにツルは答えた。

「約束した? それは誰だい。村の人か?」

「いえ。兵隊さんなの」

「うちの部隊のか?」

 ツルはうなずいて、袖で涙を拭いた。

「戦争が終ったら、是非いっしょになろうって」

「体も許したのか?」

 ツルはためらいながらうなずいて、掌で顔をおおった。水木はしばらく海の色を眺めていた。やがて水平線が二筋にも三筋にもぼやけて来た。

「バカだな」

 水木は指で眼をこすりながら、投げつけるように言った。

「そんな約束にこだわっているのか。兵隊の言うことなんか、信用出来るもんか」

「でもその人は、真面目な人なのよ。ウソなんかつく人じゃない」

「それは君がまだ幼くて、男を見る眼がないからだ」

 見知らぬその男に嫉妬を感じながら、水木は声を強めた。

「その証拠に、解散して二箇月以上も経つのに、便り一つも来ないんだろう。帰郷して、いくら忙しくても、真面目な男なら、手紙の一通ぐらい書きそうなもんじゃないか」

 ツルは濡れた眼で、放心したように砂を見詰めていた。

「でも一週間だけ待って。その間にあたしは自分の気持を整理するから」

 水木は返事をしないで、手巾(ハンカチ)でツルの眼を拭いてやり、秋風の径(みち)を壕に戻って来た。

 それから一週間、水木は部落に降りて行かなかった。逢いたいには逢いたかったが、ツルの気特を乱すのは忍びなかった。物資の仕入れは栗田がやった。村長の家に行って交換するだけだから、水木ではなく栗田にもやれる仕事であった。村長は言った。

「水木さんはツルが好きなようじゃが、結婚する気はあるんじゃろうか」

 水木は壕の中の物資の整理に没頭し、竜はもっぱら歩行練習にいそしんでいた。そして一週間が経った。

 夕方になると水木は外出仕度をして、栗田に言った。

「おれ、もしかすると、今晩帰って来ないかも知れない。よろしく頼むよ」

「うん。承知した」

 栗田は笑いながら答えた。

「うまいことやれ。成功をいのってるよ」

 

 やさしい愛撫のあと、水木はツルに言った。

「もう君は僕のものだ。あの兵隊のことなんか忘れてしまうんだね」

「ええ」

 ツルはうなずいた。

「忘れてしまうわ。名前も顔も」

「何という名前の男だったんだ?」

「竜さんというのよ」

「竜?」

 暗い星空の下で、水木は愕然とした。

「そうよ。知ってるの?」

 水木は呆然と坐ったまま、しばらく星空を仰いでいた。波の音が間を置いて、規則正しく聞えてくる。

「知っている。そうか。竜か」

 水木は胸をかきむしりたい気持で、ついに僚友を裏切った。

 「よく知っている。あれは油断のならぬ男だ。信用するな。忘れてしまえ!」

 「そうなのね。やはりあたしはバカだったのね」

 

 翌朝日が出る前に、水木は壕に戻って来た。栗田は壕の外で炊事をしていた。水木は眼が充血し、顔がまっさおであった。栗田はひやかそうとして、言葉をつぐんだ。水木の眼の色に悽愴(せいそう)なものを見たからである。

「どうしたんだい、一体。熱でもあるんじゃないか」

 水木は栗田のそばにしゃがんだ。苦しそうな声で、一部始終をぽつりぽつりと話し出した。

 「そうか。そういうことだったのか」

 聞き終って栗田は嘆声を発した。

「どうして竜さんはそれをおれたちに打明けなかったんだろう。何ならおれが――」

「君が出る幕じゃない」

 水木は栗田をにらみつけた。

「決着はおれがつける。お前は黙ってろ」

 しかし水木は竜に何の交渉もしなかった。交渉せずとも、決着はおのずからつく筈になっている。その日が近づくのを、栗田はひそかにおそれた。おそれても、その日はやって来た。水木は暗い表情で、笑いを見せなくなった。食事も皆といっしょではなく、一人でするようになった。その水木の変化を、竜は気付いていたかどうか判らない。

 それから五日目の午後、足慣らしに下の部落に降りると、竜は言い出した。

「大丈夫だよ。松葉杖があるから、降りられるよ」

 栗田は黙っていた。竜は崖の鼻まで器用に歩き、それから用心深く小径に足を踏み入れた。姿が消えるまで、栗田はうずくような思いで見送った。

 それから三時間ほど経った。

 水木は崖の端の岩に腰をおろし、ロダンの『考える人』そっくりの形で、じっと動かなかった。栗田は壕の入口に佇(た)ち、海を眺めていた。西の空は朱を流したように夕焼けていた。

 小径の方がざわざわとして、ゆっくりと竜の姿があらわれた。水木は姿勢をくずして立ち上った。大夕焼を背にして、二人の姿は黒々と浮び上った。栗田は危惧(きぐ)を感じて、そこに走り寄ろうとしてやめた。二言三言争う声がして、竜は片方の杖をかなぐり捨てた。も一本の杖をかざして、水木に飛びかかった。

「あ!」

 とめる暇もなかった。水木の足は岩につまずき、声にならない声を発しながら、彼の体は崖からまっさかさまに転落した。竜は勢余ってよろめき、地べたに伏せて荒い呼吸を沈めようとしていた。栗田は走り寄って、その傍に立ちすくんだ。

 

「あの夕焼けは壮大だったなあ」

 今眼前の夕焼けを見ながら、栗田は考える。

「やはり空気と光の量が違うのかな」

 言い争う声は聞えた筈だが、今の栗田の記憶では、一瞬のパントマイムとしか残っていない。雄大な夕焼けのせいだろう。

 彼は竜をそのままにして、部落にかけ降りた。巡査はいないので、村長に頼んで人手を集め、海岸から崖の裾づたいに現場へ急いだ。水木の体は岩のそばの水際にうつぶせになって発見された。水たまりにはヤドカリが歩き、またヒトデがはりついている。血が砂の上に飛び散っていた。脈を見るまでもなく、死んでいることは明瞭であった。

 遺体はむしろに包んで、村長の家に運ばれた。

 「足を辷らしたんじゃな」

 栗田が何も言わないのに、村長はそう言って掌を合せた。真相を問いただすのを避けたい。その気配が村長の言葉に濃厚にあった。だから栗田は口をつぐんだ。

 通夜の席にツル母娘の姿は、ついにあらわれなかった。

 夜のしらじら明けに、栗田は壕に戻って来た。壕の寝台の上に、竜は傷ついた獣のようにうずくまっていた。竜は言った。

「水木は、死んだか」

「死にましたよ」

 栗田は答えた。

「今日下で埋葬するそうです」

「おれが殺したことを話したのか」

 栗田は首を振った。沈黙が来た。やがて栗田は言った。

「おれは埋葬に立ち会って、そのまま本土に渡る。竜さんはどうしますか?」

「おれは島に残る」

 竜はうめくような声を出した。

「お前は本土に行き、警察に訴えたきゃ、訴えろ。おれは逃げもかくれもしない。殺した責任はとる」

 栗田は返事をしなかった。水木の私物をまとめて風呂敷に包み、そして自分の衣囊を背負った。その間竜は姿勢を全然動かさなかった。

「じゃ、竜さん。さよなら」

 言い捨てて彼は壕を出た。

 水木の埋葬は、村の共同墓地で行われた。棺の中に水木の私物を、栗田は手ずから収めてやった。この島では火葬はやらない。土葬なのである。その時もツルの姿は見当らなかった。

 埋葬がすむと、栗田は舟を雇い、それに乗り込んだ。こぎ手は村長の家の作男である。

「若いもんが死ぬのはつらいのう」

 舟はしだいに島を離れ、やがて本土についた。栗田は持っていた金の一部を与え、別れを告げた。島は波の彼方に茫としてかすんでいた。彼はそれに背を向け、警察の方角にではなく、まっすぐに駅に歩いた。

「あれから十八年経つ」

 ベンキ屋栗田太郎は丘の上に立ち、そんなことを考えている。夕焼雲は盛りを過ぎて、しだいに色が褪(あ)せ始めた。

「殺人の時効は、たしか十五年だ。おれは警察にも行かなかったし、また誰にもしゃべらなかった。竜が告白しない限りは、あのことは誰も知らない。知らないままに、歳月は過ぎてしまった」

 夕焼けが褪(さ)めかけると、栗田はいつも何か言い知れぬ切なさを感じる。それは烈しい旅情にも似ている。もの憂い現実から脱出したい。その思いが彼の胸をこすり上げる。

「今あの島で、村長やツル母娘や、それに竜は、何をしているのだろう。生きているだろうか?」

 切なさを振切るように夕焼けから眼を離し、栗田は丘を降りて行く。疲れた足どりで。

 

 ローカル線の小駅に降り、改札口を出た。まっすぐ二百メートルも歩けば、船着場に出る。駅前に佇(たたず)んだまま、彼は呟いた。

「ほう。すいぶん変ったな」

 十八年前この町筋を逆に歩いた時は、店はほとんどなかった。あっても、品物はほとんど並んでいなかった。ただ古ぼけた、色彩のない街であった。今彼の眼前にある町は、八百屋や魚屋や薬屋など、色に満ちふふれている。まるで見知らぬ町に来たような感じがする。思わず声に出た。

「にぎやかになったもんだなあ」

「そりゃそうでしょう」

 そばで薬売りが言った。

「あっしも年に一度やって来るがね、その度にすこしずつ変っている。まして十八年も経てばねえ」

 薬売りはちぢみの白シャツを着て、薬箱を紺の風呂敷に包み、背負っている。ローカル線の中で知り合ったのだ。

「何の用事であんな島に行くんです?」

 彼はその問いには答えなかった。別の質問をした。

「薬屋さん。あんた、あの島に泊るのかね?」

「ええ。泊るよ」

「宿屋、あるのかい?」

「宿屋はないけれど、雑貨屋の二階に泊めてもらうんだ、毎年ね」

「わたしもいっしょに泊めて貰えんかな」

「話してみてもいいですよ、でもきたない部屋だよ」

 薬売りは歯を見せて笑った。彼にはこの薬売りの年齢の想像がつかない。一年中歩き廻っているせいで、日焼けしていて、顔に皺(しわ)がある。と思うと、笑い声はへんに若々しい。生活の様式が違うと、相手がいくつなのか、判らなくなってしまう。

(おれはペンキ屋で、相手は薬売りだからな)

 彼はそう考えながら言った。

「船着場はこの先だったね、たしか」

「そうですよ」

 二人はその方向に歩き出した。午後の日射しは強かった。十八年前のこの町は、無声映画のように、くすんでいたのに、今は色も音もふんだんにある。各商店の屋根にアンテナが立っている。この前はぽくぽくの白い埃道だったが、今は簡易舗装(ほそう)になっている。

(こんな筈じゃなかった)

 額の汗を拭いながら、彼は考えた。やがて海が見えて来た。船着場のあたりには、まだ当時のおもかげが残っている。そこに赤い旗をかかげ、氷水やラムネやジュースを売る店があった。定期便が出るのには、まだ少し時間があるらしい。薬売りが誘った。

「休んで行きますか」

 ガラス玉を数珠(じゅず)につないだのれんを分けて、二人は店に足を踏み入れた。彼は氷イチゴをえらび、薬売りはトコロテンを注文した。窓から見える海のかなたに、見覚えのある島の形があった。客は二人だけである。

「汗が出ると困るんでね」

 薬売りは弁解するように言った。

「あっしはトコロテン専門にしてるんだ。酢(す)は疲労回復になりますしね」

 体臭じみた酢のにおいがした。彼は酢臭は生れつき好きでない。彼は黙って氷イチゴの山をつきくずしていた。彼が返事をしないものだから、薬売りは店番の老女に話を向けた。

「婆さん。島に変ったことはないかね?」

「連れの人、会社の人かね?」

「会社? ああ、観光会社のことか?」

 薬売りは笑いながら、彼に視線を戻した。

「ねえ。あんた、観光会社の人ですか。じゃないねえ?」

「ないよ」

 匙(さじ)で赤い氷を口に運びながら、彼は答えた。

「わたしやただのペンキ屋だ」

「ああ。ペンキ屋かい」

 わけも判らない筈なのに、婆さんは重々しく合点して、溜息をついた。

「会社が口を出すようになってから、あの島もいくつにも割れてねえ」

 島の形を眺め、また氷を口に含みながら、彼は二人の話を聞いていた。何でも昨年春頃からある観光土地会社が、島の立地条件に眼をつけ、島全部の買い取りを策し始めたらしい。そこにホテルや分譲地やいろんな施設をつくって、客を呼ぼうというのだ。

 部落は二派に分れた。ゆずってしまえという連中と、父祖からの土地を手離すなという組とである。もちろんその中間派もあった。耕地は残して、その他は売れという立場だ。その間に入会(いりあい)権や漁業権の問題もある。初めは会社もかんたんに行くと思っていたのに、意外な抵抗にあって、目下行き悩み中だというほどのことらしかった。

「そりゃ会社にゆずれば、あの島も立派になるがねえ」

 婆さんは笑った。

「島の人にとっちゃ、そうも行かないだろうさ。だまされることに、こりているからさあ」

「だまされるって、今までにだまされたことがあるのかい?」

 彼は口をはさんだ。

「だまされたことは度々さ。戦争中も、戦後もさ。だから島の人たちは、警戒しているんだよ」

 

 彼の家は『栗田塗料店』という看板はかかげているが、工業用の薬品を取りあつかっているわけでなし、やはりペンキ屋と呼ぶべきだろう。店に並べてあるのは油性と水性のペンキ、それにラッカーぐらいなもので、栗田は依頼されてペンキ塗りにおもむくが、新住宅の主たちに売ることの方が多い。つまり日曜大工相手のペンキ屋だ。

 夏場はこの商売は、にわかに暇となる。暑いので日曜大工たちは、べとべとした塗料を敬遠し、海水浴に出かけたり、木陰で犬小屋などを造ったりしている。ことに今年は空気が湿っていて、からりとしない。じっとりと皮膚に貼りついて来るような暑さだ。不快指数が毎日高いので、ぺンキを使いたくないのも当然だろう。

 終戦後、栗田はあの島から戻って来て、さまざまに職業をかえた。ペンキ屋に落着いたのは、六年前である。ペンキ屋というのは地味な商売で、世間の景気不景気にあまり影響されない。それほどの競争もなく、格別の宣伝もいらない。店に坐っているか、ペンキを塗りに行く。力仕事ではないのに、かなりの儲(もう)けがある。初め栗田はこの商売が気に入っていた。しかし六年も経つと、その満足感がしだいに倦怠に変って来るのを感じた。

(何だか妙だな)

 時々彼は考えるようになった。その頃から彼は動作が鈍くなり始めた。心身ともにだるいのである。

(齢のせいかな。なまぬるい風呂に入りづめのような気持だ)

 栗田の女房トミコは、彼よりも三つ年下だ。てきぱきとよく働く。二人の間に幼稚園に通っている勝子という女児が一人いる。ある日男の子たちから、

「やあい。ペンキ屋の子」

「勝ちやんカズノコ、塗り屋の子」

とはやし立てられ、泣いて戻って来たことがある。新住宅や社宅の息子らだ。トミコは口惜しがって幼稚園に乗り込んだ。保母が皆に訓戒を与えたとみえ、その後はそんなことは起らない。

 そんな性格のトミコなので、てきぱきとよく働く。早く金を貯めてアパートを建てたいというのが、彼女の目下の希望であった。ペンキやラッカーの種類や性能についても、精通していて、彼よりはくわしい。

 最近では合成樹脂の新製品が、一箇月に三つも四つも売り出される。その個々の性能や長所や欠点をよく勉強する。栗田はそれをいいことにして、委(まか)せている中に、だんだん心境が物憂くなって来る。近くの丘に登って、景観を展望していると、何かやり切れなくなって来るのである。

(ああ。もっと烈しく、充実したものを!)

と彼は切に思う。するとあの終戦後三箇月の生き方が、胸につき上げて来るのだ。

「おれは旅行したい」

と、ある日の夕食にカレーライスを食べながら、栗田は言った。一週間ほど前から考えていたことである。

「旅行?」

 トミコはいぶかしげに反問した。

「こんな暑いのに?」

 その日客の一人が、店に文句を言って来た。栗田は風呂場の壁に塗る塗料を、数日前その客に売ったのだ。

「この塗料、すぐぼろぼろに剝(は)げてしまったよ。どうして呉れるんだい」

 住宅公庫にでも当って家を建て、それからささやかな風呂場を建て増したのだろう。会社員風のその男は、そう怒鳴り込んで来た。

「この暑いのに風呂場は使えないし、第一きたならしいじゃないか。このインチキ!」

「インチキとおっしゃると、このわたしがですか?」

「いや。君はインチキじゃないかも知れないが、この塗料がだ。不良品を押しつけるなんて、君の店の信用にかかわるぞ」

「風呂場の水気をょく切って――」

 そばからトミコが口を出した。

「それからお使いになりましたか?」

「そりや二十四時間くらいは乾かしたさ」

 客の語勢はいくらか弱まった。

「でも現場に来て見なさい。ぼろぼろだよ」

 湿潤の天侯が続いていた。一昼夜ですっかり水気が切れるわけがない。そう思ったが、結局彼の方が負けて、別の塗料をタダで提供することになった。こんなトラブルが起きると、いつも客の方が強く、売り手の方が弱いのである。まして数日間、客は入浴出来なくて、いらいらして語気が荒かった。気にしない、気にしないとは思っても、やはり不快なものが栗田の胸にこみ上げて来た。それが夕食時の発言としてあらわれたのだ。

「うん。暑くても、おれは旅行がしたいんだ」

 彼は言った。

「今のままじゃ、心がじめじめして、ノイローゼになりそうだ」

「どこへ行くの?」

 トミコは眼を光らせて聞いた。

「海岸あたりに行くんだったら、勝子も連れてったらどう?」

「勝子は足手まといだ」

 彼はきっぱりと言った。

「兵隊の時にいたあの島に、も一度行って見たいんだ」

 竜兵長のことは、栗田はトミコに話してなかった。すでに時効の十五年は過ぎたんだから、話してもどうということはないが、唯ひとつの秘密として、そっと胸にしまって置きたかったのである。翌日彼は出発した。

 

 やがて定期船が来た。待っていた客がぞろぞろ乗り込み、続いて荷物が積まれた。栗田と薬売りは乗るのが遅れて、船室には入れなかった。海の光がチカチカするので、栗田は用意したサングラスをかけた。

「わりかた大きな船だね」

 十八年前の手こぎ舟を思い出しながら、栗田は言った。

「そりゃそうですよ。あちこちの島を廻るんだから」

 薬売りは甲板に紺(こん)風呂敷をおろした。

「船室よりも甲板の方が、風があって涼しいね。あっしもそんな黒眼鏡が欲しいけど、いくらぐらいするもんですか」

 船は静かに動き出し、やがて方向を定めると速力を出し始めた舳(へさき)が白く波を切って、それが浪になって左右にひろがって行く。

(竜はまだあの島にいるだろうか?)

 灼けた甲板に腰をおろし、島影を望見しながら、栗田は思った。

(十五年の時効が過ぎて、故郷に帰っただろうか。そして村長や、ツル母娘は、まだ元気にしているだろうか?)

 海は凪(な)いでいるが、船は動いているので、潮風が真正面に栗田の頰に当る。ペンキを嗅ぐ明暮れに、久しぶりに鼻にしむ潮のにおいであった。彼はふと錯覚にとらわれた。

自分には妻も子もない。何ひとつ責任のない孤独な旅人だ。――

「どうしたんですか?」

 薬売りが心配そうに訊ねた。

「船酔いの薬ならありますょ。薬はこちらの商売だからね」

「船に酔ったんじゃないよ」

 彼は苦笑しながら言った。

「ちょっと昔のことを思い出してね」

 

 船は島についた。降りたのは栗田ら二人と若干の積荷である。

 雑貨屋は船着場の近くにあった。日用品が所狭しと並ベてある。軒が低くて、元来狭い店なのである。薬売りが声をかけた。

「こんにちは」

「おや。薬屋さんだね」

 三十前後のお内儀(かみ)が出て来た。

「上、あいてるかい?」

「ああ。あいているよ」

「この人も――」

 薬売りは栗田を指さした。

「泊りたいというんだがね、泊めて呉れるかい?」

「そうかね」

 お内儀はうさんくさそうに、栗田の方を見た。

「会社の人かね。会社の人ならお断りだよ」

「いや。会社の者じゃない」

 栗田はサングラスを外(はず)した。

「ただの旅人だよ」

「それならいいけれど、会社の人を泊めるとうるさいんでね」

 二階に通された。なるほどうす汚い部屋で、畳も赤茶けている。お茶を一杯御馳走になって、薬売りは立ち上った。

「さあ。日の暮れない中に、一廻りして来ようかな」

「わたしも行くよ」

 栗田も腰を浮かせた。

「そこらを散歩して来よう」

 二階から降りた。店を出て薬屋は部落の方に行き、彼はしばらく考えて、丘陵部へ足を向けた。

(雑貨屋の二階には、裸電燈がぶら下っていたな)

 夏草をわけて登りながら、栗田は考えた。十八年前この島は電気がなく、ランプで生活していたのだ。

 ジグザグの道はもう消えて、あとかたもない。雑草だけがむんむんと茂っているだけである。彼は途中で拾った木の枝で、草をぱしぱしと払いながら登った。全身に汗がふき出し、呼吸を調節するために、しばしば立ち止らねばならなかった。

(おれも齢をとったもんだ)

 かつての兵長時代には、ジグザグ道を休むことなく、一気に登れたものだ。今はすぐに息が切れる。

 やっと崖に出た。

「おや。壕がないぞ」

 きょろきょろ見廻しながら、思わず口に出た。

「いや。これがその跡か」

 直径一メートルほどの穴がある。周囲は夏草でおおわれている。放置されて自然と陥落したり、埋没したのであろう。無人の家が直ぐに古びるように、人間がいないとなると洞窟もたちまち風化してしまうものらしい。彼はしばらくその穴を眺め、立ち上って額の汗を拭いた。人気(ひとけ)もなくしんかんとして、聞えるのは蝉(せみ)の声だけである。彼は溜息をついた。

(どこへ行ったのかな?)

 妙な話だが、竜がまだこの島にいるとしたらここに住んでいる、とばかり彼は思い込んでいたのである。にがい笑いが彼の口の端にのぼって来た。考えて見ると、竜は島に残るとは言ったが、この洞窟に残るとは言わなかった。こんな洞窟に十八年も生活出来るわけがない。

(もう二三年もすると、穴もすっかりつぶれて判らなくなるだろう)

 崖鼻の岩の上に立ち、彼は海を見おろした。水木が十八年前ここからまっさかさまになって落ちたのだ。海の色は暗かった。はっとして空を見上げると、南の方角から暗灰色(あんかいしょく)の雲がぐんぐんひろがって来る。いつもならそろそろ夕焼けの始まる時間なのだ。

(夕立ちが来るな)

 彼はもう一度疆のあとを振り返り、そしてまた夏草を分けながら、斜面を降り始めた。平地に着いた時、やっと夕立ちが彼に追いついた。大粒の雨が三つ四つ地面をたたいたと思うと、沛然(はいぜん)たる雨が彼の全身を襲った。彼は何か叫びたいような気持になり、一所懸命に走った。

 夕立ちは三十分ぐらいで上った。彼は濡れた衣類を雑貨屋の二附の窓にかけ、うす暗い電燈の下で、薬売りといっしょに酒を飲んだ。肴は新鮮でコリコリした刺身などだ。薬売りは酒に弱いらしく、もっぱら魚を食べた。

「島の魚は、毎年来るけれど、うまいね。新しいからね」

 薬売りは言った。

「今日はどこに行きました?」

「山に登ったよ」

「へえ。山にね。山に何かあるんですかい?」

「何もなかったよ。夕焼けを見ようと思ったら、雨に降られてびしょ濡れさ」

 彼は盃(さかずき)を干した。

「薬屋さんは、全部廻ったかい?」

「半分だけ廻ったら、雨が来たんで、やめにしたよ。明日午前中に廻って――」

 薬売りは窓の外を見た。

「昼の便で次の島に渡るよ」

「いいな。毎日旅が出来てさ」

「冗談じゃない。商売ですよ。あんたの方がうらやましい。ふらりとこの島に来て、誰にも頭も下げずにすむしさ」

「そうだな。そんな考え方もあるね」

 風呂場の件で怒鳴り込んで来た男の顔を、彼は思い出していた。島に来たせいか、酔いが廻ったせいか、ある解放感が彼の胸にひろがっている。

「たしかに頭を下げずにすむな」

 

 翌朝、名も知れぬ海藻の味噌汁、干魚、卵というかんたんな朝食をすませた。勘定を払って外に出た。今日はかなり強い南風が吹いていた。

「あっしは午前中仕事をすませて、昼の便で次の島に行く」

 薬売りは紺風呂敷を背にかつぎながら言った。

「あんたはどうする?」

「わたしは夕方の便で本土に戻るよ」

 彼は言った。

「案外つまらない島だね」

「じゃ、さよなら」

 薬屋は白い歯を見せてわらい、そのままとっとっと部落の方に歩き出した。その姿が見えなくなるまで、栗田はそこに佇(た)っていた。

 やがて彼はぼんやりと歩き出し、船着場に立った。風のために白い浪がしらが見える。

(今日は漁船が出てないな)

 彼はそんなことを考えながら、サングラスをかけたまま、浜づたいに部落の方に歩を進めた。風が彼の髪をばらばらにした。

 白い砂浜に漁船がいくつも引き上げられている。そこにたどりついて、何となく船板をぽんぽんとたたくと、その舟のかげから若い女がひとり、顔をかくすようにして、畠の方に走って行った。まるで白兎のようである。

(何で逃げるのか)

 栗田はあっけに取られて、その後姿を見ていると、同じその舟のかげから、ぬっと白シャツの青年が立ち上り、彼をにらみつけた。

「あ!」

 栗田はほとんど動転した。そこに立っているのは、水木兵長であった。十八年の時空を越えて、まさしく水木はそこに立っている。

「何だね。あんたは」

 栗田は足を踏んばって、しばらくその青年の顔を見詰めていた。水木である筈がない。水木はあの時死んだのだ。生きていると仮定しても、もう四十になった筈だ、と理解するまでに、一分間ぐらいかかった。

「わたしは何でもないよ。ただの旅人だ」

 栗田はかすれた声で言った。

「君は何という名前だね?」

「繩田。繩田正彦です」

 案外素直に正彦という青年は応じた。

「小父さんは昨夜、雑貨屋の二階に泊った人だね。薬屋がそう言っていた」

「そうだよ」

「薬屋の話じゃペンキ屋さんだってね」

 そして青年は警戒的な目付になった。

「何の用事でこんなところに来たんだい?」

「別に用事はないよ」

「会社の用で来たんじゃあるまいね」

 青年は言った。

「会社の者なら、早く帰ってもらいたいね」

「会社、会社って、観光会社のことは、昨日初めて知ったくらいのもんだ」

 栗田は砂浜に腰をおろした。

「君は反対派らしいね」

「いや。そうでもない。こんな土地なんか売って、本土に行きたいくらいだ。そして高校に入ってさ――」

 青年は石を拾って、モーションをつけて沖に投げた。思いのほか長身である。

「野球部に入るんだ」

「そしてプロになるのかい?」

「見込みがあればね」

 青年は笑った。

「この島にいるより、その方が金になるもんな」

「じゃ会社に売っちまえばいいじゃないか」

「イヤだよ。会社のやり口は卑怯だよ。村を二つに分けて喧嘩させて、そこで得しようとしているんだ」

 青年は二つ目の石を投げた。

「おふくろもおやじも怒ってるよ」

「おかあさんの名前は、何と言うんだね」

「ツルと言うんだ。繩田ツル」

 強いショックが彼に来た。しばらくして彼は顔を上げた。

「君はいくつになる」

「十七」

「じや高校入りには遅いね」

「浪人してたと思えばいい」

 青年はまた笑った。楽天的な性格らしい、と彼は思う。

「しかし小父さんは、あんまりうろうろしない方がいいよ。用事もないのに、うろうろしていると、疑われるよ」

「わたしはね、戦争中ここの島にいたんだ。兵隊としてね」

 彼は低い声で言った。この青年が水木の子供であることは、もう疑いないことであった。あの三ヵ月の間に、ツルは水木の胤(たね)を宿したのだろう。

「ほう」

 青年はあまり興味を示さなかった。もうこの世代にとっては、戦争なんて実感がないらしい。

「兵隊でね」

「わたしは君みたいな青年をうらやましいと思うよ。わたしらの時は暗い青春だった」

 つい気障(きざ)な文句が出た。

「わたしたちの時分は、女と遊んだりするなんて、とんでもないことだった」

「ああ。さっきの女か」

 青年は顔をぽっとあからめた。

「あれ、何でもないんだ。世間話をしていただけだよ。海が荒れて、暇だからね」

「お母さんに会わせて呉れないか」

 彼は単刀直入に言った。そう言わざるを得ない衝動があった。

「おふくろに?」

 ちらと青年の眉間にくらい翳(かげ)が走った。

「何でおふくろに会うんだい?」

「いや。あれから十八年間、島にどんなことが起ったか、知りたいんだよ」

 青年はちょっと考え込んだ。

「そりゃ会ってもいいけれど、その黒眼鏡は外(はず)して行った方がいいぜ。いかにも怪漢に見える」

「そうか」

 彼はサングラスを外して、ポケットにしまい込んだ。

「あそこに大きな木があるだろう」

 青年は指差した。彼も立ち上って、爪立ちをした。

「あの左手のところだよ。鶏がいるから、すぐ判るよ」

「連れてって呉れないのか?」

「わざわざそんな――」

 青年は言った。

「小父さんだって、足があるんだろ」

 そして青年はのそのそと、さっきの娘が逃げて行った段段畠の方に歩き出した。彼は漁船に寄りかかり、海を見ていた。

(やはり水木の子だな)

 浪はうねりながら打寄せ、白い泡になって砂浜を洗い、また引いて行く。無限にむなしい繰返しである。

おやじとあの青年が言っていたが、まさかあの――)

 彼は漁船から体を引き剝がした。ぽくぽくと砂浜に足跡を残しながら、まっすぐ大きな木に向けて足を運んだ。左手に折れた。彼の姿を見て、鶏たちがコココと騒いだ。鶏小屋は以前よりずっと殖え、見覚えのある家に、新しく建て増した部分がくっついていた。彼は緊張しながら、庭に足を踏み入れた。

「ごめんください」

「どなたですか?」

 奥からごそごそと這い出して来た。女である。その顔を見た時に、彼ははっきりとツルの面影を認めた。それと同時に、驚きが来た。ツルは彼より年下だったのに、すっかり老い込んで、四十五、六に見える。どういうわけかこの島の住人は早く老ける。十八年前水木は彼にそう説明したのだ。

「わたしの顔に見覚えはありませんか?」

 ツルは眼を細めて、彼を凝視した。彼は縁側に腰をおろした。

「どうもねえ」

 やがてツルは言った。

「近頃少し眼を悪くしてねえ。どなたでしたかしら」

「終戦の時この島に残った三人の兵隊の一人ですよ」

 うっと息を飲むのが、彼にも判った。

「さっき浜で正彦君に会いましたよ。大きな青年になりましたねえ。顔立ちも――」

「やめて!」

 ツルはするどい声で叫んだ。

「それを言わないで! 正彦にまだ知らせてないのです」

「でも村の人は――」

「そりや疑っている人もいるでしょう」

 突然声音が乱れて、ツルの眼に涙がふき出して来た。しかし彼女はそれを拭おうとはしなかった。

 沈黙が来た。

(来るんじゃなかった。やはり会わない方がよかった)

 栗田は放心したように、庭に咲く紅い花の色を眺めていた。花は風が吹く度に、茎を曲げて揺れた。

「ツルさんは――」

 しばらくして彼は言った。

「竜さんといっしょになったんですか?」

「そんなことを正彦が言いました?」

「いえ。わたしの推測です。竜さんの性格から考えてね」

 彼は沈んだ声で言った。

「竜さんはいますか?」

「さっき網のつくろいに出かけると言って――」

 ツルの眼が不安そうに動いた。

「でも、どこに行きましたか――」

「いや、会おうというんじゃありません。会わずに島を離れます」

 彼はきっぱりと言った。真実会いたくない気持もあった。

「ただ水木君の墓におまいりして、夕方の便で東京に戻るつもりです」

「それだけの用事で、あなたはこの島に来たんですか?」

「いや。気持が行き詰まってしまってね」

 栗田は東京での生活の話をちょっとした。ツルは怯えた表情で、視線をうろうろと動かしていた。竜が家に戻って来るのをおそれている。栗田はぎくしゃくと立ち上った。サングラスをかけた。

「大丈夫ですよ。竜さんはわたしを見ても、思い出せませんよ。十八年も経っているし――」

「いいえ。そんな――」

 十八年の重みがずしりと肩に来た。ツルは背中を曲げて、十八年前の彼女の母親にそっくりだ。そして栗田自身も、あの頃の元気さを喪(うしな)って、うすよごれた中年男だ。

(水木を殺したのは、竜だ。竜はそのことをツルに告白しただろうか。そして生れ出た子供が水木にそっくりだと判った時、竜はどんな気持になっただろうか)

「お母さんは?」

「亡くなりました」

「村長さんは?」

「あの人も」

 皆死んでしまう。

「では、さよなら」

 栗田は頭を下げた。ツルはほとんど無表情に、反応を示さなかった。彼は繰返した。

「さようなら。わたしの来たこと、竜さんには話さない方がいい」

 

 急ぎ足で部落を出た。浜に出る。

 部落をつき抜けたら早いのだが、砂浜をたどると三十分ぐらいかかる。彼はもうこれ以上人目に自分をさらしたくなかった。

 浜はところどころ岩があり、岩かげは風が来ないので、静かである。岩には小さなカキが貼りつき、またヤドカリががさがさと移動している。水たまりにはヒトデや小魚が泳いでいた。浪の音だけで、あとは何も聞えない。

 共同墓地は海に近い小高い丘の上にある。栗田は浜から直角に曲って、その丘へ足を向けた。その途中で名も知れぬ野草の花を五六本引き抜いて束ねた。

 墓地は風を正面に受けて、樹々が立ち騒いでいた。割によく整備されている。墓地の片隅に、一人の老人がせっせと草むしりをしていた。栗田はその背を通り抜け、水木の墓を探した。大体の見当で探し当てた。他の墓は皆自然石なのに、水木のだけは木で、その墨色も消えかかり、やっと『水木』の字が判読出来た。この島に身寄りがないので、木標のまま放置されているのだろう。

(そう言えば水木は、おやじもおふくろも妹も、空襲で全滅したと言ってたな)

 そう思いながら、彼は墓前に野花の束をささげ、ひざまずいた。

(しかし、身寄りがないと言っても、あの正彦という青年は、たしかに水木の忘れがたみだ。青年はやはりそれを知らされていないのだろうか)

 ひざまずいたまま、栗田は眼を閉じた。憤怒に似た感情が、突然胸にわき上って来た。彼は呟いた。

「誰も悪いんじゃない。誰も! ただ何かの歯車がちょっと狂っただけなんだ!」

 背後に足音がした。彼は立ち上って振り返った。さっきの草むしりの老人がそこに立っている。がっしりと肩幅が広い。顔は潮やけして、赤胴色だ。[やぶちゃん注:「赤胴色」はママ。「赤銅色」の誤字か誤植である。]

「お前さんは、誰だね?」

 彼はその声を聞き、白濁した右の眼を見た。すぐにそれと判った。彼は黙って立ちすくんでいた。

「誰だね。お前さんは!」

 竜はじれて言った。

「その墓は誰の墓か、知っているのか?」

「水木兵長のでしょう」

 彼は低い声で答えた。これ以上黙っているわけには行かなかった。

「水木? どうしてお前さんは、それを知ってる?」

 竜の左の眼がぎらりと光った。

「お前さんは昨夜、雑貨屋に泊った男だね」

「そうです」

「眼鏡を外(はず)せ!」

 竜はたまりかねたように叫んだ。

「お前は誰だ」

「栗田です」

 彼はサングラスをポケットにしまいながら答えた。

「栗田太郎です」

「栗田?」

 竜は驚愕(きょうがく)したように、二三歩後すざりした。

「何の用事でここにやって来たんだ」

「用事は何もありません。ただこの島が、あれからどうなったか、それを知りたかったんだ。ただそれだけです」

「帰って呉れ」

 竜の口調は命令というより、哀願に似た。

「君はおれの生活をおびやかすつもりか。そっとして置いて呉れ」

「おびやかす?」

 彼は反問した。

「あんたに危害を加えるなんて、とんでもない。わたしは十八年間、あのことを誰にもしゃべらず、沈黙を守って来たんだ」

「十五年。十五年の間に――」

 竜の表情は歪んだ。

「おれは充分に罰を受けた。おれは何度自首しようと思ったか判らない。自首して刑を受けた方がよかったんだ。その中に子供が出来た」

「正彦君ですか?」

「正彦に会ったのか?」

 彼はうなずいた。竜はうめいた。

「正彦はおれの子じゃない。その次に女の子が生れたんだ。正彦はお前さんに何か言ったか」

「いえ。何も」

「あいつは近頃すこしぐれ始めた。仕事もろくにしないし、おれに反抗して来るようなところがある。おれの子じゃないことを、うすうす知り始めたんじゃないかと思う」

 沈黙が来た。風の音のみが墓地にひびいた。やがて竜は視線をそらせながら、口を開いた。

「とにかくおれたちの生活に立ち入らないで呉れ。お前さんにとっては好奇心だけだろうが、おれたちにとっては、体に突き刺さる針みたいなものだ」

「判りました」

 彼は急いでサングラスを出してかけた。涙が出そうになったからである。

「あんたも不幸だろうけれど、わたしも決して今幸福じゃないんですよ。だから、あの三箇月の充実した日々のあとを、この眼で見て確かめたかったんだ」

「…………」

「しかし、もう判ったから、夕方の便で帰ります。あなたも来て欲しくなかっただろうが、わたしも来なければよかったんだ」

「帰れ」

 竜は彼に背を向け、みじかく発音した。

「とっとと帰れ!」

 

 彼は竜をそこに置き、まっすぐに砂浜に出た。一度もふり返ることをせず、ためらいなく歩いた。

 急ぎ足で二十分ほど歩くと、船着場に出た。船着場には薬売りが一人、ぼんやりと腰をおろしていた。彼の姿を認めると、手まねきをした。彼はそばに行って、並んで腰をおろした。

「今日は海が荒れてるね」

 薬売りは言った。

「こりや相当揺れるね。あっしは慣れているから大丈夫だけれど」

「船客に船酔いの薬を売れば、儲(もう)かるじゃないか」

 彼はわざと意地悪い口調で言った。薬売りの精神の健康さが妙に痴に障ったのである。

「そんなあくどい商売はしませんよ」

 薬売りはちょっとイヤな顔をした。

「それで、島の見物は終りましたかい?」

「ああ。大体ね」

 彼は答えた。

「わたしも夕方の便で、東京に戻るよ。そしてペンキ屋稼(か)業に精を出すよ」

 本土の方から、定期便がへさきで浪を切りながら、近づいて来る。この島に少時寄港して、また南の島に行くのである。

「それにしても、世の中にはいろんな商売があるもんだな。わたしはあんたがうらやましいよ。あちこちが見物出来てさ」

「とんでもない」

 薬売りはあわてて手を振った。

「あっしは家庭というものが欲しいですよ。年の三分の一が旅烏なんて、わびしい限りですよ」

 やがて船が着いた。薬売りはそれに乗り込んだ。

「ではさようなら。お元気で」

 船はそして出発し、やがて姿は小さくなって行った。

 彼は雑貨屋に戻って来た。お内儀(かみ)に言った。

「お酒、呉れませんか。冷やでいいから。そして四時半に起して下さい。しばらく眠ります」

 冷酒はなまぬるく、にがかった。彼は飲み干すと、二階に登って横になった。

 

 五時、彼は本土行きの船にいた。眠っている中に風はやんだらしい。夕凪(な)ぎの上の空で、夕焼けが始まろうとしている。それはもう彼の心をひかなかった。疲労と倦怠感があるだけである。栗田は甲板に立ち、しばらくそれを眺め、やがてそれに背を向け、船室の中に入って行く。……

 

 

2020/11/21

ブログ・アクセス1,450,000突破記念 梅崎春生 鏡

 

[やぶちゃん注:昭和二二(一九四七)年十一月号『浪漫』発表。既刊単行本未収録。

 底本は「梅崎春生全集」第二巻(昭和五九(一九八四)年六月刊)に拠った。本文中にごく簡単な注を挾んだ。

 本作に限らず、梅崎春生の小説の特徴は、確信犯で映画的映像的なシークエンスを狙っており、それがまた、シナリオ以上によく映像を説明している点にある。本作のラストなどは、まさに主人公の視線の動きが一人称のカメラとなっており、聴覚的にもSEを見事に意識したミステリー映画のような印象を受ける。そうした映画的なカメラを文字通り意識した傑作が、最後となっていしまった「幻化」の、あの阿蘇噴火口の望遠鏡のエンディングであったのである。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来(このブログ「Blog鬼火~日々の迷走」開始自体はその前年の200576日)、本ブログが数分前、1,450,000アクセスを突破した記念として公開する。【20201122日 藪野直史】]

 

   

 

 窓の下は掘割になっていた。

 午後になると汚ない水路に陽が射して、反射光が紋様となって此の室の天井にも映って来た。昼の間は対岸の乾いた石垣の上の道路を、トラックや自転車が通り、子供たちが釣糸を垂れてしたりした。夕方になると夕刊売が出て、買手の行列が河岸に沿って連なった。手渡される夕刊が白く小さく生物のように動き始める頃、此の室では帳簿が閉じられてやっと仕事が終るのであった。

 室は狭くて暗かった。扉がひとつあって、扉の把手(とって)は何時も冷たく濡れていた。此の事務室には、社長も入れて四人しか居なかった。

 社長というのは四十位の瘦せた眼のするどい男であった。表情を殺した所作で、何時も低い静かな声で話をした。

 狭い灰色の階段を登って来る足音がすると、扉がコツコツと叩かれた。こうして一日に何人も何人もお客がやって来た。そして社長と卓をはさんで、ひそひそと取引きを交して行った。その度に厚い札束が手渡されたりした。札束は部屋のすみにある黒い金庫から出されたり、又収められたりした。その事は社長の命令で、金庫の前に机を据えた松尾老人の手で行われた。老人は無表情な顔で金庫の扉を開き、札束を処理し終えると机にかぶさるようにして伝票をつけ始めるのであった。

 札束が老人の手から社長に、社長の手から老人に渡る度に、私の眼は自然にそこに行くのであった。見るまいとしてもそれは強制されるように動いた。金庫の扉が乾いた音を立てて閉まると、私の視線はも一度確めるように老人の無表情な顔に落ち、そしてゆっくりと私の机の上に戻るのであった。

 私の机には部厚い帳簿が拡げられてある。老人の方から廻って来た伝票の束を整理して、その中から利潤の比較的少かった取引伝票だけをまとめ、金額を丸公に書き替え、そしてそれを帳簿に記入するのが私の仕事であった。そして此の帳簿は、税務署が調べに来た時提示する為のものであった。本当の取引金額は老人のもとに保管される伝票の束に秘められていた。[やぶちゃん注:「丸公」昭和一五(一九四〇)年の日中戦争下の「価格等統制令」及び第二次大戦後の「物価統制令」による公定価格を示す印(しるし)。また、その公定価格を言う。丸の中に「公」の字の印で示した。]

 私は毎朝、此の河岸に立ったビルディングの狭い階段をぎしぎし登り、そして一日中机の前で偽帳簿の作製に従事した。色の悪い給仕の小娘が注いで呉れるうすい番茶を二時間毎に啜(すす)りながら――。

 私は貧乏していた。そして自分が貧乏であることに何時も腹を立てていた。

 長い間私は戦さの為に外地で苦しんで来た。そしてやっと生命を保って日本に戻って来ることが出来た。そして私は無縁のもののように、現在の世相の前に立ちすくんでいた。人の手から手へ渡って行くあの莫大な金額の、ほんの一部で良いから何故私の掌におちて来ないのか。私の現在の衣食の困窮を、私は何か合点が行かぬ気持で感じていた。その気持がそのままこじれて、私は私自身に腹を立てていた。

 部屋のすみに重々しく据えられたあの黒い金庫が、四六時中私の意識に痛く響いて来るのも、あの紫色の束がどの位の幸福と換算されるものか、秘やかな計算を私が行なっているせいに違いなかった。札束が私の眼前にあらわれて社長や老人の手を渡るたびに、私は胸をときめかせながらそれを盗み見ないでは居れなかった。そして社長のはがね色の頰と老人のしなびた顔の色を確め終ると、私は再び帳簿に眼を落してペンを取上げる。

(あれだけの金が己(おれ)にあったら!)

 金というものが悪と密接に現代では結びついているらしいことを、私はうすうすと感じていた。その悪にも私も偽帳簿を作製することで参加してしる筈であった。その代償として、そのかげに動いている巨額の金のおそらくは数百、数千分の一の取るに足らぬ金を、私は日々与えられていたのだ。だからどの道悪に参与するなら、悪の奴隷的位置にあって余瀝(よれき)を頂く方法ではなく、主導的立場に立って、――たとえばあの金庫の金を持逃げするとか(此の考えに気付いた時私は思わずギョッとして四辺を見廻した)そんなやり方を採用すれば良いではないか。しかし、私はそう考えるだけで、まだ踏切りがつかないでいた。[やぶちゃん注:「余瀝」器の底に残った酒や汁などの滴(しずく)。]

 社長にしろ、どのみち後ろ暗いやり方で金を儲けているに違いないのだ。持逃げされたとしても、おそらくは公けに出来まい。――これは私の確信ではなく、私の感じに過ぎないのだが、その感じはかなり強烈に私に作用し始めていた。札束を盗み見る私の眼が、日毎険しくなって行くことが自分でも判った。

 午後三時になると社長は鋭い眼でひとわたり部屋中を見廻す。その頃がお客の出入りが終った時なのだ。革の折鞄を小脇にかかえて立ち上ると、では頼みますよ、と低い声で言い残して部屋を出て行く。小波の波紋が天井に映った此の部屋には、私と松尾老人と給仕女だけが残るのだ。何かほっと肩を落したような気易い空気が部屋を満たし始める。松尾老人が煙管(きせる)を出して、やがて紫煙が暗いい部屋中に立ちはじめる。ポンポンと煙管をたたく音がする。老人が刻みを詰める指は、満足げにふるえているのである。あの仕事中の無表情な顔付ではなくなって、老人は急に生々とした人間の匂いを立て始めるのだ。

 此の老人はどんな経歴の男なのだろう。黒い詰襟の服に大きな軍靴をはいて、顔のわりに小さな眼を善良そうにしばしばさせながら、一日の仕事が終った安堵感からか、やがてぽつりぽつりと私や給仕女を相手に世間話など始めて来るのだ。世間話というよりはむしろ愚痴にすぎないのだが、近頃の闇価[やぶちゃん注:「やみね」。]の高くなったこと、家計の苦しいことなど、彼はむしろ楽しげに話し出す。それはあの仕事中の、札束を社長に渡したり受取ったりする能面のような顔付ではなくて、極めて愚直な生活人の風貌だが、そんな老人の面に接すると私はふと、此の老人は仕事中は気持に抵抗するものがあってあんな堅い顔付をしているのではないか、と思ってみたりするのであった。そして此の私も、仕事中は何か険しい顔をしているのではないかと思うと、何だかやり切れぬ気持も起って来た。

 河向うに入日がうすれ、夕刊売に行列が立ち始めると、私達は帳簿を閉じる。老人は金庫に鍵をおろし、女の子は帰り仕度のまま壁にかけた小鏡にむかって化粧をはじめる。急に思春期の女らしい物腰になって行く女の子の姿に、私はちらちらと注視を呉れながら、よれよれの帽子を壁からとり上げる――。

 

 給料を貰った日のことであった。社長が帰ったあと、何時ものように老人が煙管を叩きながら、近頃盛(さか)っているという駅前の闇市場の話などを始めていた時、私は良い加減に相槌を打ちながらそれを聞き流していたが、給料がポケットにあったせいか、ふとそんな場所に行ってみたい瞬時の欲望が起って、私は掌を上げて松尾老人の話をさえぎった。

「面白そうな処じゃありませんか。松尾さん。帰りに一緒に行ってみましょうか」

「ええ、ええ」

 一寸あわてた風(ふう)に老人は眼をパチパチさせたが、直ぐ言葉をつけ足すように[やぶちゃん注:読点はない。]

「ええ、参りましょう。是非是非、一度は見とくべき処ですじゃ」

 掘割にはあわあわと夕暮がおちかかり、淀んだ古い水の臭いが窓から流れていた。私は帰り仕度をしながら金庫の鍵をしめる乾いた音を背に重く聞いた。

 何時もなら真直ぐ駅の改札を通るところを、道を折れてごみごみした一郭に私達は入って行った。人通りがごちゃごちゃと続く両側には、色々な物品が無雑作に連なっていて、客を寄せる売手の声があちこちで響いていた。売手たちは皆屈強な男たちで、ふと眼を落すと、私の靴のようにすり切れた靴は誰も穿いていなかった。皆が私の靴を見ているようで、足をすくめるようにして歩きながら、その事が俄(にわか)に私の胸を熱くして来た。品物の列はやがて尽きて、よしず張りの食品店が何軒も並んでいた。刺戟的な電燈の下で、静かにコップを傾けている男たちもいた。酒精の匂いがそこらを流れていた。

「此処らは皆飲屋ですよ」と老人は落着かなく言って立ち止った。「さあ、もう戻りましょうかい」

 私は振返った。老人は露地にすくむようにして立っていた。地色の褪(あ)せた詰襟服(つめえり)の肩から、薄々と無精鬚を生やし老人の姿を眼に入れた時、あの掘割の見える部屋では此の老人はぴったりしているにも拘らず、此の巷(ちまた)では極めて異形(いぎょう)のものとして私に映って来た。汚れた軍靴が老人の足には極めて大きく見えるのも、惨めな感じをなおのことそそった。一応しゃんとした服装の人たちばかりが往来する此の巷では、老人のみならず私自身の姿も泥蟹(どろがに)のように惨めたらしく見えるにちがいなかった。私は老人の姿をなめ廻すように眺めながら、憤怒とも嫌悪ともつかぬ自分の気持を、も一度確めていたのである。

 老人は落着かぬらしく、またしゃがれた声で私をうながした。

「さあ。さあ、戻りましょう」

 此の巷で自分を無縁のものと考えているのか。私はふと此の老人と酒をのみたいという気持が、その時発作のように湧き上って来た。

「松尾さん」と私は気持を殺して呼びかけた。「此処まで来たんだから、一寸いっぱいやって行きませんか」

「いや、ええ?」

 老人は私の言うことが判ると、飛んでもないというそぶりをしたが、私はそれに押っかぶせて、

「金はあるんですよ。少しは使っても良いんですよ」

 私はポケットをたたいて見せながら、老人に近づいて腕をとらえた。老人の腕は細くてひよわそうだったが、それが微かに私にさからうように動いただけであった。老人は当惑したような奇妙な笑いを眼に浮べて私を見上げていた。

 暫(しばら)くの後私達は一軒の屋台店に入って、酒精の香のする飲料を傾けていたのである。身体の節々に酔いが螺旋(らせん)形に拡がって来ると、かねて酒も飲めぬ程貧しい自分の生活が、言いようなく哀しく腹立たしくなって来るのであった。今日貰った給料もやっと私一人の生活を一月支えるに過ぎない額であるが、それすらもさいて此処でこんなものを飲む気になったのも、私が此の生活から脱出する踏切板を求める無意識の所作なのかも知れなかった。酔いが次第に深まるにつれて、私はあの暗い部屋のすみに置かれた黒塗りの金庫を、そしてその中に積まれた札束のことをしきりに思い浮べていた。私は蚕豆(そらまめ)の皮を土間にはき出しながら、老人の饒舌(じょうぜつ)にぼんやり耳を傾けていた。あの札束を出し入れする時、何故松尾老人はあんなに無感動な表情をしているのだろう。彼はその時何も感じてはいないのか。

 老人が心から酒が好きらしいことは、先刻からのコップの傾け具合で私に判って来た。しなびた顔はぽっと赤みがさして、何時もより口数が多くなって来ているようであった。老人は表情を幾分くずしながら、自分の家族のことを、くどくどと私に話しかけていたのだ。

 何でも、今老妻と二人で間借りしているらしいことや、そこを追い出されかけていることや、息子がまだ復員して来ないが死んだものとあきらめていることとか、そんな風な具合だったと思う。酔いが俄に発したと見えて老人の口調は急に哀調を帯び、自分はどの途(みち)余生も長くない身だから、苦しい生活はしたくないけれども、闇屋になるだけの体力もなく、また資本もないしするから[やぶちゃん注:ママ。]、止むを得ずあんな所に勤めているけれども、それも何時クビになるか判らず、将来のことを考えると今本当にまとまった金がほしいということを、すがるような口振りで口走りはじめていた。ふんふん、と私も相槌を打っていたが、ようやく酔いが私にも廻って来たらしく、更にコップを重ねているうちに、私は変に老人の口舌が小うるさくなって来て、断ち切るような言葉で老人の繰言をさえぎってしまったのだ。

「そんなに困ってるなら、あの金庫の中の金を持って逃げればいいじゃないですか」

 私の言い方がとげとげしかったんだろうと思う。老人は急に身体を引いて私をみつめたが、暫くして低い声で、

「そんなことが出来れば私もこんな苦労はしませんじゃ」

「何故出来ないんです」

「だってあんた、神様が許しませんわい」

「神様、神様」何故か私は此の老人を私の意のままに納得させねばならぬという不逞(ふてい)の願いに駆り立てられた。

「神様が何ですか。神様なんか何処にいますか。善良な人が貧乏して、うちの社長のような悪どい奴が大儲けしてるじゃありませんか」

「社、社長さんがそんな――」

「そうですよ」と私はきめつけた。「あの毎日の金の出し入れが闇取引だということは貴方だって知ってるでしょう」

「そ、そりゃ知ってるには知っとりますじゃ。しかし、しかし――」老人は急に身体を卓に乗り出して眼をぎらぎらと光らせた。赤く濁った眼球に血管が走っていた。「わたしは今まで後ろ暗いことをした事はない。此の年になって後ろに手の廻るようなことを仕出かしたくない」

「そこですよ」と私は卓をたたいた。「後ろに手は絶対に廻りはしない」

 そこで私は酔いに任せて、社長の所業も後ろ暗い所があること、その証拠は私の今の偽帳簿作製のことでも判ること、だから彼がおそれるのは警察であって、金庫の内部を皆持逃げされるのならいざ知らず、四五万程度の金ならば彼は歯を喰いしばっても公けにしないだろうということを、私はべらべらと論じ始めたのである。しやべっているうちに、私はその言葉が逆に私に確信を与え始めて来たのを、ぼんやり意識していた。私はしかし、ぎょっとしてしゃべるのを止めた。老人はコップを片手で握り、見据(す)えるように私をみつめていたのである。その瞳の色は灼(や)けつくように激しかったのだ。

 

 その夜の勘定は私が払ったんだろうと思う。きれぎれの意識で覚えているのは、それから二人がもつれ合って駅の方に歩いて行った事や、電車の中で転んだりしたことで、しらじらと物憂(う)い朝が明けた時に、私が重い頭をかかえて起き直り給料袋をしらべたら、大体そこばくの金がそれから減っていた。私は頭の片すみで鈍く後悔を感じながら、それでも身仕度をととのえて河岸の事務所に出かけて行った。階段を登って室に入ると老人はもはや来ていた。言葉少くあいさつしただけで、昨夜のことには深く触れなかった。社長がやがてやって来て仕事が始まると、老人は何時ものような堅い顔になって金庫をあけ立てしているらしかった。私は廻された伝票を然るべく抜いて公定価に計算し直していた。掘割の向う岸には今日も同じく車や人が通り、水面からはほのかに蒸気が立ちのぼる。気温が高まるらしかった。

 金庫がギイと鳴って、ふと私の視線が其処に走ったとき、私が見たものは老人の掌に握られた紫色の札束が、私の場所から定かに見えるほど、それははっきりと慄えていたのだ。そしてそれは直ぐ社長の手に渡された。何でもないように卓をはさんで、客との対話はまた続けられた。私は帳簿の陰から、痛いものを見るような気持で、老人の顔をぬすみ見ていた。それは苦渋(くじゅう)に満ちたむしろ険悪な表情であったのだ。私は老人のその表情の中に、はっきりと、私が抱く欲望と同じいろの欲望を読んだ。

 私は何だか胸をしめつけられるような思いで、老人から視線を離し得ないでいた。

 客が帰って又新しい客が訪れ、そんな具合に何時ものような時間が過ぎて行った。札束がそこを動く度に、私は何時もと違った気持で視線を走らせた。老人の指はその度にいちじるしくわなないた。此の哀れな老人の心が、あの不逞な願望にしっかと摑(つか)まれていて、しかも気持をそこで必死に抵抗させようとしていることが、その苦しそうな表情で、私の胸に痛いほど響いて来た。

「さて、さて――」

 私は口の中でそんなことを呟(つぶや)きながら、ペンの柄でしきりに机の面をこすった。昨日までの私の欲望よりもっとはっきりした欲望が、私の心を満たして来るのを私は意識し始めていた。現在の不幸から逃れ得る唯一の実体として、その紫色の束は私に訴えて来るようであった。あの老人の指の慄えは、右はや私が彼に仮託した欲望の象であった。

(あの老いぼれが、金を持ち逃げしようとしている)

 私は卓に倚(よ)った社長の、はがね色の冷酷そうな横顔をちらちらと盗み見た。そして金を拐帯(かいたい)して姿をくらまそうとする気持の踏切りが、今やっと形を取って来るのを感じた。[やぶちゃん注:「拐帯」人から預かった金や品物を持ち逃げすること。]

 そして日射しが掘割にじゃれ始め、部屋の天井にその余映を投げる頃、社長は喫いかけの煙草を灰皿に押しつぶして立ち上った。鋭い視線が一巡させると低い声で、では、と言って扉の外に出て行った。怪談を踏む足音が一歩一歩低くなって行った。しかし何時もと違って変に硬い空気がまだ張りつめていたのだ。

 松尾老人が煙管(きせる)をたたく音がいやにはっきり響いた。

 給仕女が電熱器から薬罐(やかん)をおろして茶を入れ、足音をしのばせて配って歩いた。電熱器の音が止むと、天井をまつわり飛ぶ蠅(はえ)の羽音がしつこく続いた。

 その時老人がふいに私に声をかけて来た。何か不自然な響きがその声音にこもった。[やぶちゃん注:「声音」「こわね」と読んでおく。]

「昨夜、あれから帰りましての、部屋を出て呉れと言うのを、こっちは酔ってるもんだから怒鳴りつけてやって、大喧嘩になって山妻(さんさい)が泣きわめいたりしましての」

 老人はそこで苦しそうな笑い声を立てた。[やぶちゃん注:「山妻」「田舎育ちの妻」という感じで、自分の妻を遜(へりくだ)っていう卑語。「愚妻」に同じ。]

「あんた昨夜、神様などいないと言われたな。ほんとに神様も仏様もありませんじゃ」

 老人の顔は一日で年老いたように、額に深い筋が刻みこまれていた。

 そして、その日もまた水面に陽光がうすれ、河岸に夕刊の列が並んだ。

 さて、と私は呟きながら帳簿を閉じた。給仕女は既に立ち上って壁にかけた鏡を見ながらパフを使っていた。松尾老人は立ち上った私の顔に、奇妙な笑いを眼に浮べて視線を定めた。

「そろそろお終(しま)いにしますかな」

 声が変にかすれた。

 給仕女は一寸身体をひねって鏡の前で形をつくると、お先に、とあいさつして部屋を出て行った。うすいスカアトが扉のあおりで一寸なびいて消えた。

 私は何となく鏡に立った。瘦せた私の顔が変に黒みを帯びて其処にあった。それを眺めるのが苦痛なので眼をずらした。鏡面に松尾老人が金庫の前にしゃがんでいる処がうつった。老人の手が素早く動いて、札束をひとつ引抜いた。その瞬間を私の眼ははっきりとらえたのだ。私は思わず眼を閉じた。

 私の背後で、金庫の扉をしめる乾いた音がした。文字盤を廻す響きがそれにつづいた。私は眼を閉じたままでそれを聞いた。老人が立ち上る気配がした。

 動悸が次第に高まって来るのを感じながら、私は乱れた想念をまとめようとした。このまま、老人の所業を見逃せばどういうことになるのだろう。老人はうまいこと逃げ終せるか、または捕まるだろう。そして私は――私は、また表面は何でもない姿で此の事務所に勤めつづけるだろう。貧乏しているということに毎日腹を立てつづけながら、平凡な惨めな日々を過して行くだろう。

 私は眼をひらいた。

「松尾さん。もう金庫はしめたんかね」

「ええ、ええ」

 うちひしがれたような老人の声がした。

 私は全身からにじみ出る冷汗を感じながら、ゆっくり老人にむきなおると、私自身をも虐殺したいような切迫した思いにかられつつ、机を背にして蒼ざめた老人の方に一歩一歩近よって行った。

 

2020/11/07

梅崎春生「B島風物誌」PDF一括縦書ルビ版 公開

お約束通り、こちら「心朽窩旧館」の「梅崎春生」の中)に公開した。

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版 (その四) / ブログ分割版~了

 

 有馬を埋めようとするとき伴がぼんやりした声で言った。

「――前のときも、お前と一緒だったな」

「小泉の時だよ」暫く考えて、おれが答えた。

 伴はうなずきながら、自分の額を指でこつこつ弾いた。

「頭がぼやっとして、何もかも忘れとる。あれから誰々が死んだかなあ」

 おれはゆっくりと、鬼頭、有馬、上西と数えあげた。

「上西は生きとるかも判らん」

 今朝もひどく暑い。その上、湿度が昨日より高いようだ。

(雨が来るんだな)

 おれは頭のすみで、そんなことを感じながら、穴のなかを見下した。体力が衰えて、手が萎(な)えたように動かないので、穴の深さは一尺に足りない。それでも二時間も掘ったのだ。その間にミミズを一匹見つけて食べた。体内から塩分が欠乏しているせいか、おれの舌はミミズの中にも塩の味を探りあてた。――その穴のなかに、有馬の身体は、うつぶせになっている。この有馬も熊本で召集されて以来の、おれの同年兵だ。破れた服のあいだから、肉のうすい尻が見えている。まだ熊本にいた初年兵のころ、有馬は快活で世話好きの男であったことを、おれはいま遠く思い出している。どこかの商店につとめているということだが…

「この間こいつは、何故あんなところにいたんだろ」

 伴がかすれた声で、独語する。

「あんなところに居たから、やられたんだ」

 ……肉づきのいい頰をもった男で、子供もひとりあったという話だ。その写真をおれは見たことがあるが、なかなか可愛い子供だった。そんなことを、おれはぼんやりと思い出している。その思い出が、ここにうつ伏せになった屍体と、うまくむすびつかない。なんだかばらばらの感じがおれの胸におこる。それを振り切るようにして、おれはそっけなく伴に答える。

「運だよ」

「運だって、お前。ちゃんと防空壕ににげこめばいいんだ」

「だからよ、運が悪かったんだ」

 伴はおれの言葉も耳に入らぬように、ふうっと溜息をつく。

「――こいつあの時、おれのことを、化物、と言やがった」

 傷痕にひきつれた伴の横顔が、穴のなかを見おろしている。おれの視線をかんじたのか、伴がふと顔をあげて、おれを向く。そしてきらきら気狂いじみてひかる眼をして、不気味な笑いを頰にうかべる。そしてあえぐように言う。

「つぎつぎ、死んで行くなあ。勿体(もったい)ない話だよ、妻子もあるというのに」

「いずれおれたちも、こうなるさ」

 しばらくして、おれがそう言う。自分の言葉のひとつひとつがへんに確実に、胸にしたたりおちるのをおれはかんじる。

「――これで、関根隊も、十五人か」

 伴の言葉は、妙につめたくひびく。屍体を見下している伴の眼付は、大きく飛びだしていて、ぞっとするほど偏執的な光をおびている。

「この次は、誰の番だろう!」

 青ぐらい密林の光のなかで、おれたちは黙ってしまう。そしてどちらからともなく、足をうごかして、掘りおこした軟土を穴におとし始める。服の破れから、尻のあたりへ、黒い土がかぶさってゆく。だんだん全身がかくれてゆく。

 べたっと平たい足跡を、土に印しながら、伴が低くつぶやく。

「次は、五味伍長どんの番か」

 声はなにげないようでいて、伴のひきつれた顔は、冷たく硬(こわ)ばっている。頭では他のことを考えているようにも見える。

 いらいらした声で、おれが答える。

「判るもんか。お前の番かも知れないぜ」

 伴が短い声をたててわらう。笛のような声だ。

 遠くから砲声がひびいてくる。すっかり土をかぶせ終って、おれたちは軟土をふみかためる。足ぶみしているだけでも、おれの膝はがくがくする。汗がべたべた滲みでてくる。潰瘍の部分がいたく疼く。おれは眩暈(めまい)しそうになるのをこらえながら、軟かい土をふみつける。――明日になれば、皆は有馬のことも忘れてしまうだろう。名前も、顔も、そんな男がいたということも、誰も思い出さなくなるだろう。

 伴が木の枝を探してきて、土に立てる。この粗末な墓標を、伴は確かめるように何度も傾きを直す。その伴の手は、手首と肱の太さが同じで、黄黒い棒のようだ。

 

 不破曹長の命令で、銃器の点検をした。そして使用に堪えないものは、廃棄した。残ったのは、十挺あまりの小銃と、弾薬と、数個の手榴弾(てりゅうだん)だけだ。

 隊長はいよいよ悪いらしい。今日おれが水筒をもって行った時、隊長は平たくなって眠っていた。額は汗にぬれ、膚は黄色く乾いていた。枕許の飯盒(はんごう)には、今朝煮たジャングル野菜が、少量食べ残され、小屋のなかは膿臭とともに、熱っぽい異臭がただよっていた。おれの跫音で眼をさましたらしく、淡黒色の瞼がどんより開いた。

「――不破か。そこにいるのは、不破か」

 おれは、おれの名前を言った。そして水筒を枯葉の上におき、戻ってきた。樹々の間をもれる光が、どうもうすぐらいと思ったら、雨が密林の上にとうとう降り始めたらしい。やがてばたばたと雫のおとが、芭蕉の葉の上に鳴り、それはだんだん繁(しげ)くなって行った。熱気がそれと一緒に消え、ひえびえとした空気が縞(しま)になって皮膚をわたった。

 歩哨交代で、伴と仁木が戻ってきた。ふたりとも顔いっぱい雨に濡らせて、色あおく、幽鬼じみて見えた。やわらかい髪がべったり頭の地に貼りつき、その落ちくぼんだ眼は、なにか険しくひかっていた。

「異状なかったか?」

「ぺつに異状ありません」

 伴がひくい声で笠伍長に答えた。そして顔をそむけるようにして、小屋のすみで武装をといた。それがすむと、疲れ果てたようにごそごそと自分の毛布にころがりこんだ。

 空気が冷えてきたので、ねている連中はそろって毛布をかけた。五味伍長なとは、顎(あご)までも毛布でおおい、うすく眼をひらいていた。有馬が狂気したとき、五味は胸のあたりを打ったらしく、翌日から排便に起きるのも、ひどく苦痛を感じるらしい。しかし彼は、それを顔に出そうとはしない。

「――雨が降ったから、デンデン虫が出てこないかなあ」

 おれのそばで、古川がそんなことをつぶやく。

「なあ。伴。デンデン虫いなかったかよ」

「いるかよ」

 伴は不機嫌にはきすてる。なにかぎょっとした風だ。そして寝返りしてむこうを向く。伴の頸(くび)は、背後から見ると、えぐれたように肉が落ちていて、瘦せこけた子供みたい、

だ。そのそばで仁木が、掌を眼の前にひろげて、ぼんやり眺めている。掌は赤くふくれている。火傷(やけど)だ。

 雨の音が芭蕉の葉にあたる。ときどき屋根からつめたく一滴おちてくる。小屋の内も外も、人間も植物も、なにもかも暗い。

(今日、銃器を点検したのは、何のためだろう?)

 おれはこの暗い風景をながめながら、そんなことを考えている。転進するつもりかな、それとも突撃するつもりかな、などと思ってみる。思ってみるだけで、どちらも現実感はない。どちらにしても物憂(う)い。

(――意味はなかったのかも知れない)

おれの銃は、錆がひどくて、廃棄された。その代りに、死んだ鬼頭の銃が、おれのものとなった。この銃と数発の撃薬が、どのような敵からおれを守ってくれるのか。

 

「――曹長どん。退却する覚悟をきめたらしいな」

 錆びた声で、笠伍長がいう。

 雨はやんだようだ。樹々の下葉をたたくおびただしい雫のおとは、ふと雨が降りつづいているような錯覚を感じさせるが、もはや降り止んだ証拠には、雫の音のむこうに、ふかい静寂がはっきり感じられる。ここは歩哨線だ。蛸壺(たこつぼ)の低い掩蓋(えんがい)も、密林の葉から葉へ、そして下へおちてくる無数の雫が、ひたひたと当る。

「そうですか」

 おれはぽつんと答える。こちらの蛸壺にも雨水が流れ入って、身体はべたべたと濡れている。破れた服が皮膚にはりついて、気持ちがわるい。悪感(おかん)が絶えず背筋をとおりぬける。[やぶちゃん注:「悪感」はママ。後も同じ。熟語として「悪感」はあるが、その場合は「あっかん」であり、「おかん」はあくまで「悪寒」であって「発熱の初めなどに感じる、ぞくぞくとした不快な寒け」を指す。]

「どうも、そうらしい」

 少し経って、笠がまた口を開く。

「隊長どんも長いことねえだろ。そうすれば、M川をわたって退却のつもりよ」

「――師団命令に反するわけですか~」

「独断専行というやつよ」笠は視線を前方に固定せたまま、そう言う。「このままじゃ、全員飢死(うえじに)だ。曹長どんも判っていらあな」

 笠の眼はきらきら光っている。おれも蛸壺から首だけ出して、前方を見張っている。見通しのきかない密林だから、いつひょっこりと敵が出てくるかも知れないのだ。おれたちの交す会話は、ごく低い。ここでは音がもっとも有力な索敵(さくてき)の手がかりだから、高い声を立てるのは禁物なのだ。

 雨のように聞こえていた雫が、しだいに間遠になってゆく。ポトリ、ポトリ、と数えられる位になったとき、笠がまた呟く。

「まだ、交替はこないのか。何をしてるんだろう。ポヤ助たちめ」

 M川をむこうに渡れば、まだ農園のあとがあるかも知れない。そして芋やバナナが、不自由なく食えるかも知れない。そんなことが頭にうかんでくる。しかしそこで食いつくせば、また同じ破目に追いこまれるだろう。

 背後から、がさがさと音が近づいてくる。交替がきたのだ。おれたちは手や足をつっぱって、蛸壺からころがり出る。笠が地面出ても、おれはなかなか出られない。手足の力が弱っているのだ。笠の手をかりて、やっとおれは這(は)いあがった。低い声で中継ぎをすませ、おれたちは枝や葉をわけて、小屋の方角をたどった。

 有馬を埋めたところが、雨に洗われて、屍体がすこし露出していた。それを見たのは、この戻り道である。おれが先に見つけ、笠伍長に知らせた。濡れた土から、破れた服や肉体がのぞいていた。そしてぎょっとして、おれたちは立ち止った。

「あれはなんだ」

 笠がおこったような声をたてた。屍体の臀(しり)の部分が、泥にまみれてはいたが、えぐられていることがはっきり判った。笠がそこに顔を近づけた。切りとられた臀は腐った牛肉のような色をしていた。

「――刃物だな。この切り方は」

 おれは嘔(は)きたいような気特になって、眼を外(そ)らした。笠は背をのばして、脚先で土をかぶせてやりながら、沈欝な一声で言った。

「――このことは、誰にも言うな。曹長どんに報告して、善後策をきめる」

「――逃亡兵のしわざかも知れません」

 おれも土を押しやりながら、そんなことを言った。伴たちをおそったという逃亡兵のことを、おれはふと思い出していたのだ。しかしおれの言葉は、弱々しく途切れた。

「牛蒡剣(ごぼうけん)をつかったな。畜生」[やぶちゃん注:「牛蒡剣」刀身の長さと黒い色から通称された陸軍の「三十年式銃剣」のこと。明治三〇(一八九七)年採用。第二次世界大戦に於ける日本軍の主力銃剣である。]

 おれの言葉が耳に入らないように、笠がつぶやいた。

「刃先をしらべりゃ判る。どいつが切りやがったか」

 おれは黙って立っていた。あの密林の底、傾きかけた芭蕉小屋の片すみに、ずらずらとおかれた牛蒡剣のひとつが、人間の脂が滲んで曇っているかも知れないことを、おれはかんがえていたのである。悪感がまた、かすかな戦慄をともなって、おれの背を奔(はし)りぬけた。おれの皮膚の表面は、つめたく濡れているのに、身体の芯(しん)は熱っぽく燃えていて、頭がしんしんと痛んだ。疲労とも虚脱ともつかぬ無力感がおれの全身を領していて、おれは今にもぶったおれそうになりながら、ひとつのことを頭で思いつめていた。

(なぜおれたちは、こんな場所で、苦しんだり、その揚句(あげく)、死なねばならぬのだろう?)

 何のために、そして、誰のために?

「行こう」

 うながすような身振りで、笠が先にあるきだした。おれが背後につづいた。よろめきながら、ぬれた落葉を踏んだ。

 

 伴と仁木の処刑から、今もどってきたところだ。処刑場は、有馬を埋葬した場所のちかくだ。この間の爆撃で、樹樹がまばらに明るくなったところだ。

 大小の破片がいくつも突きささっている喬木(きょうぼく)を背にして、二人は両手をうしろにくくられて、じっとりぬれた朽葉の上にひざまずいていた。汗と汚れでまっくろになって、肩や背や膝がちぎれてぼろぼろの服に、黒い朽葉がいくつも貼りついていた。

「どうだ。お前たち、自決できるか?」

 不破曹長が低声でそう聞いた。

「できます」

 伴は下をむいたまま、しずかな声でこたえた。頰まで切れた皮膚が、かすかに慄えているようであった。仁木は返事をしないで黙っていた。おれたちは四五間[やぶちゃん注:七メートル強から約九メートル。]はなれたところに立って、それをぼんやり眺めていた。笠伍長が、二人の縄をといてやった。それは手荒いやり方だったので、仁木は痛そうに顔を歪めた。先日壕の残り火につっこんだ掌が、赤くただれているのだ。そして古川が、二人にそれぞれ小銃をわたした。二人は坐ったまま、それを受取った。膝をくずして、片足を前につきだし、つきだした足の親指に銃の引がねをかけ、身体をすこしうしろにそらせて、銃口を眉間(みけん)にあてた。

「何か言いのこすことはないか」と不破がまた訊ねた。

「――ありません」そして伴は顔をあげて、つづけて何か言おうとした。しかしそれは、言葉にはならなくて、顔の表情がすこし動いた。それはぎょっするほど無気味な、陰惨な笑いの影であった。おれは思わず面をそむけた。

「よし」

 不破は呟くようにうなずいて、二人の方を見ないようにしながら、掌をあげた。

 二人の足の親指は、ほとんど同時にうごいた。朝の静寂をやぶって、烈しい銃声があたりの空気を引きさいた。

 仁木は右手でにぎっていた銃を引きずるようにして、ゆっくりうしろに倒れた。そのまま動かなくなった。眉間から鼻すじをつたって、鮮血が流れて顔をぬらした。

 伴のからだは、突きだした右足の方へ、横に倒れた。これも倒れたまま……動かなくなつた。しかし彼の顔から、血は噴きだしていなかった。笠が近づいて、床尾板で伴の足をこづいた。

「不発か?」

 古川が伴の銃をとりあげて、なかを調べた。不発弾は、めずらしいことではなかった。ひどい湿気のために、小銃弾は不発の方が多い位になっていた。

「――不発です」

「音がしたんで、こいつ、死んだつもりになったんだろう」

 笠はそう言いながら、ぐるっと顔をまわして、おれの姿に眼をとめた。

「おい。お前」

 掌を動かして、伴を射てという仕草をした。おれはその方へ、のろのろと近づいた。筋肉の衰えで、立っているのも苦しい位であった。おれは自分の銃をやっと持ち上げるようにして、伴の脳天にあてがった。みにくく引きつれた伴の顔は、無気味な笑いをうかべたまま、半分朽葉のなかに埋もれていた。この伴と、数年間ともに苦しんできた戦場の記憶が、瞬間おれの胸をつらぬいた。――おれは目をつむって、ぐいと引金をひいた。伴の身体は、一瞬びくっと痙攣(けいれん)して、その感触をおれの小銃に伝えた。伴はそれっきり、動かなくなった。鮮血がまるく盛上って、頰へするすると流れおちた。処刑はそれで済んだ。

 不破曹長はふたつの屍体にむかって、しばらく黙禱(もくとう)した。やがて顔を上げて、沈んだ声で言った。

「それじゃ、笠伍長、あとをたのむ」

 そしてふらつくような足どりで、小屋の方にあるきだした。薄板のように突っぱった肩先が左右に揺れながら、樹樹に見えかくれし、だんだん小さくなって行った。

 それから笠伍長の指示で、みんなはかついできたエンピなどで、だまって穴を掘り始めた。穴は二つの死体のすぐ側であった。濡れた朽葉がわけられ、土がばらばら飛んだ。

 おれは屍体に近づいて、それぞれから銃をもぎとった。ふたりとも堅く銃を振りしめていて、指をはなすのに骨が折れた。やっとのことでもぎとると、それらを引きずりながら、この場所をはなれた。銃は重かった。肩が抜けそうな気がした。おれは身体のなかで、生命力がしだいに頽(くず)れてゆくのをありありと感じながら、最後の力をふるい起すようにあるいた。昨夜、重苦しい疲労にもかかわらず、おれはほとんど眠れなかった。そして今朝、処刑場にゆくときも、もすこしで前のめりに倒れそうなのをこらえて、足を引きずったのだ。

 ちらちらとするものが、しきりに暗い視野を飛ぶ。つめたいものが皮膚のあちこちをかすめてゆく。力が尽きかけてきそうになる。垂れた枝が、顔にあたるのも、はっきり判らない。おれは必死に眼を見張って、重い銃身を、あえぎながら引っぱった。

 

 小銃を小屋のすみに立てかけて、おれは今毛布のなかに横たわっている。おれのすぐそばには、五味伍長があおむけに長くなっている。処刑場にゆかなかったのは、この五味だけだ。先刻伴と仁木のふたりを引っくくって、処刑へ出かけようとする背後から、

「いまさら、死刑にして、何になるんだい。たかが死人の肉をちょっぴり食べたくらいで?」

 それだけ毒づくのに、胸を大きく起伏させて、五味はぜいぜいとあえいだ。その五味もいまは眼を閉じて、じっと横たわっている。眼がふかぶかとくぼんで、額が黄色くかさかさに抜け上っている。おれの眼からは、鼻翼がすこしも動かないように見えるのも、五味がすでに蠟燭が燃え尽きるように、息が絶えてしまったのかも知れない。鼠色の毛布の上に、五味は掌をあわせて、骨のような指をくんでいる。起き上って確かめてみるのさえ、今のおれには力がないのだ。

 処刑場から、まだ誰も戻ってこない。

 じっとしていると、身体がしんしんと奈落に落ちてゆくようだ。静かなこの小屋のなかで、力強い羽音をたてて動いているのは、数匹の大きな蠅だけだ。毛布の破れから露出した五味の潰瘍に、それらは翔(ま)いおりたり、それから飛び上ったりしている。そしておれの顔にもまい降りる。

 おれはぼんやり眼を見開いて、あたりを眺めている。明るい太陽や、青々とした水田や、白壁の家や、また遠方を走る汽車や、そんなものがきれぎれに頭に浮んでくる。故郷に住んでいる人々の俤(おもかげ)が、はっきり形をととのえないまま、おれの意識を流れ去る。そんなところから遠離して、この暗い密林の底で、死にかかっているということが、生れたときから判っていたような、またおそろしく奇妙なことのような気がする。――

 遠くから、どろんどろんと響く砲声が、耳に入ってくる。蠅の羽音が、その間を縫う。五味の鼻孔に、その一匹が羽をやすめてとまる。五味の表情は、じっと動かない。黄蠟のような皮膚のうえで、蠅は脚をすり合せる。そしてそろそろと鼻孔のなかに這入(はい)ってゆく。五味の膚はかるく閉じたまま、しんと動かない。[やぶちゃん注:「黄蠟」「おうろう」或いは「こうろう」と読み、ミツバチの巣から製した黄色の蠟を指す。巣を加熱・圧搾して水中で煮沸して取り出す。「這入(はい)って」の「はい」は二字へのルビである。]

(こんどはおれの番だな)

 おれの意識に、それがにぶくのぼってくる。この黄色く褪(あ)せた唇から、かつて毒々しく発言された(これが戦争というものだ!)という言葉を、おれはぼんやり想い出している。そしてそれは、言葉として浮んでくるだけで、胸のなかに沁(し)み入ってゆかない。どこかで散って、消えてしまう。そのくせ頭の遠くの方で、何かがつめたく合点合点している。

 五味の身体のむこうに、密林の風物が青ぐらく拡がっている。その景観ですら、ちらちらするものにさえぎられて、しだいに周囲からぼやけてくる。おれも五味も、あの暗い風物のなかに入ってゆくのだ、と思う。そして間もなく、残る十三人の兵隊も。――

 また遠くから、砲声がひびいてくる。しんしんと墜落(ついらく)する無量の速度のなかで、おれも眼を閉じ、五味と同じように掌をあわせ、骨のような指をかるく組合せている。しずかにしずかに、何かを待ちながら。……


   *

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版 (その一)

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版 (その二)

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版 (その三)

これより、一括縦書ルビ版(PDF)の作成に入る。

 

2020/11/06

梅崎春生 B島風物誌 ブログ分割版 (その三)

 

 朝早く、不破曹長は伴兵長をつれて、本隊へ連絡に行った。現陣地の保持は困難だから、陣地を後退したいという連絡らしい。

 おれは食事がすんで、小屋のなかにころがっていた。今朝ももちろんジャングル野菜だ。それも掌でにぎれるほどの量だけ。

「ああ、腹いっぱい食いてえなあ」

 誰かが溜息をつく。ふしぎなことだが、おれたちに肉体的な空腹感がもっともはげしいのは、食べた直後の数分間だ。眼球が内に吸いこまれるような強い食慾が、猛然と胃をつきあげてくる。そしてそれが次第に沈みこみ、鉛のように重い飢餓感になって、一日中つづくのだ。その絶え間ない飢餓感が、おれに内的な虚脱をもたらしてくる。

 小屋のなかは、今日もそれぞれの姿勢で、皆は横になっている。おれはぼんやり眼をひらいて、昨日と変らぬその光景を眺めている。うす暗い、色彩にとぼしいその光景のなかで、皆のからだは鼠色の毛布にくるまってならんでいる。しばらく眺めていると、それはおそろしく無感動な物体に見えてくる。思考や情緒をもたぬ、ほとんど意味のない物体の感じがしてくる。

(この連中は、迫ってくる死を、ただ運命としてうけとっているのか?)

 そんな疑問が、ふとおれの胸をかすめる。

 小屋のすみで、有馬が痛そうに呼吸をはずませながら、ぎくしゃくと起き上る。杖にからだを託して、よろよろと出口の方にあるき出す。足をふむ度に顔がゆがんで、見るからに痛そうだ。おれの足元をすぎるとき、密林の青ぐらい光が、有馬の顔にまつわるようにゆらゆらと動く。

(――暗いな)

 おれはそんなことをかんがえている。そして反射的に、あのぎらぎら輝く太陽が、突然おれの胸に浮び上ってくる。それはあざやかに、末期(まつご)の幻想のように、おれの胸のなかに鮮烈に結実する。胸の内側に生えた触手で、おれはおそるおそる、それをたしかめてみる。ぎらぎらと熱い実体だ。熱帯の太陽だ。さんさんと燃えながら、光を八方に発射する。 ――その光はまっすぐに地球に降ってくる。そこには青い海に囲まれた島がある。厚い密林に一面おおわれて、梢と梢はせり合いながら、むんむんと葉をひろげている。光はそこでさえぎられる。そして葉と葉のすきまから、屈折に屈折をかさねて、梢から枝へ、枝から幹へ、わずかな光がこぼれてくる。光はもとの色を失って、だんだん青ざめてくる。青ざめながら、その光たちは、あたりをぼんやり明るくする。錆色(さびいろ)の幹や、蔓(つる)草や、堆積(たいせき)した落葉、光にそむいた風のいとなみが、密林の底にひろがっている。屈曲した虫類。それを探す小鳥たち。苔(こけ)むした朽木(くちぎ)。立ち上る羽虫のむれ。それを僅かに照らすものは、あの真昼の太陽ではない。厚い密林層にはばまれて、太陽はすでに死んでいる。迷いこんだ青ぐらい光だけが、この風物に参加する。――そして、この傾いた芭蕉小屋に横たわる幾人かの人間も、その青ぐらい光のなかで、もはやほろびゆく風物にすぎない。ひっそりと生死をかさねる、密林の風物の一部分だ。ブウゲンビルと名付けられた大きな島の、この灼熱した風景の蔭に、これは息絶えかけた十七匹のミノ虫だ。

(こんなところで死ぬというおれたちの役割は何だろう?)

 ……おれの幻想はふとそこで途切れる。今朝本隊に出発した不破と伴のことを、おれはぼんやり考えている。それは陣地を移動して、M川を越えてもっと奥に後退したいというに違いないのだ。しかしこの願いは、本隊の隊長によって、拒否されるだろう。関根隊をふくめたこの大隊は、裏を流れるM川の線を、六月末まで死守せよというのが、ブインから出た師団命令なのだ。いわば捨石としての役割であることを、皆は確実に知っている。おれたちが一握りのジャングル野菜に命を辛くもつなぎ、やがて青ぐらい風物と化し去り、次々蠟燭の尽きるように倒れて行っても、その命令の重さには微塵(みじん)のゆるぎもないのだ。その冷情を、おれたちは身に沁(し)みて受取っている。五味伍長がはきすてたように、(これが戦争だ!)という風の受取りかたで。――[やぶちゃん注:「M川」不詳。但し、先に出た「プリアカ」(Puriata)川からブイン方向へ直線で約十六キロメートル南下した位置に Mamagota という集落があり、川が貫通している(英語サイト地図「Mapcarta」のここ)。]

 小屋の外から、杖にすがって有馬がよろよろ入ってくる。排便が済んだのだ。破れた洋袴(ズボン)から、先日の傷口が見える。それは黄色く弾けて、潰瘍し始めているらしい。苦痛が彼の全身をおおっている。この二三日で、げっそり肉が落ちたようだ。物資収集やその他の雑用は免ぜられているとはいえ、身のまわりのことは自分でやらねばならぬのだ。誰も力をかしはしない。杖をはなしてくずれるように、有馬は毛布にころがりこむ。低くうめき声をたてる。おれはぼんやりと、その姿体を眺めている。食糧を五日分ほどかくしたという有馬の言葉を、おれはその時思い出している。

(有馬が怪我をした、きっとあの付近だな)

 有馬はほとんど歩行できないのだから、その後それをとりにゆく筈(はず)がない。まだそっくり残っている筈だ。――

 食道と胃がぎゅっと収縮するような感じが、おれをおそう。唾液が舌の根から滲みでる。舌で唇を舐(な)めながら、おれの眼付がしだいに険しくなってくるのを、おれは自分でも意識する。

 

 夜が更(ふ)けて、不破と伴はもどってきた。陣地退却の件はやはり駄目で、M川の線はどうしても確保せよという。現陣地があぶなければ、M川にそって、横にずれたらいいという。しかしそれでは同じことなのだ。今のところでも、M川の湾曲(わんきょく)のポケットにいる訳だから、横にずれれば、かえって敵の方に出てゆくことになる。関根中尉はその報告をきいて、まっさおになって怒っているという。[やぶちゃん注:先に示した地図を拡大すると、Mamagota を貫流する川は驚くばかりに湾曲、蛇行していることが判る。或いは、現在の彼らのいる場所は、この川の右岸なのかも知れない。]

 その伴のぼそぼそした声を、みんなはだまって聞いている。聞いているのか聞いていないのか判らない。やがて伴は、帰途におそわれた話を始める。それは敵ではなく、友軍の逃亡兵からだ。一人は不破曹長が射殺し、も一人は逃げて行ったという。

「塩はもらってこなかったのか。塩は」

 闇のなかで、不機嫌な笠の声が、伴のぼそぼそした声をさえぎる。

「はあ。塩はないです」

「ないです、と言いやがる……」

 憎しみをこめた声が、細くとぎれてしまう。おれのそばにいる五味の声だ。声は咽喉(のど)にからんで、ぜいぜいとかすかに濁って消える。

「製塩隊のドラム罐が、空襲で皆(み)んなやられたそうです」

 しばらくして、伴がそんなことを、ぼそぼそと答える。

 おれは眼を閉じて、ぼんやりそれを聞いている。身体がひどくだるい。身体ごと深い穴のなかに落ちてゆくようだ。瞼と瞼と合せてじっとしていると、眼窩(がんか)が落ちくぼんでいる感じが、自分でも判る。しかし皮膚の表面はへんに無感覚になっていて、暑いのか寒いのかよく判らない。膝頭の傷だけが、ずきずき痛い。昨日から、傷口が、熱帯潰瘍に移行したのだ。生きている表徴のように、それはずきずきと疼(うず)きをつたえてくる。そして毛布にこもった膿のにおいが鼻にのぼってくる。

 やがていびきが、大きく小さく、闇の底からおこつてくる。いくつものいびきが、重なったりずれたりして、それは昧爽(まいそう)までつづいて行く。闇のなかで、まるで重いものを引きずって行くように。――[やぶちゃん注:「昧爽」明け方のほの暗い時。]

 

 有馬はいよいよ参ってきたようだ。

 腿の傷は潰れて、まるで大きな薔薇(ばら)の花を貼りつけたようだ。赤い肉が直径三四寸も弾けただれていて、まんなかに白く骨があらわれている。排便に立つほかは、一日中小屋のすみに寝ているが、この一日で肉がげっそり落ちて、乾した鯊(はぜ)のような顔になった。眼だけが力なく見開かれている。

 そのような有馬に対しても、皆はほとんど無関心のように見える。もはや誰も有馬に話しかけないし、有馬も一日中だまって横たわっている。言葉をかわすのは、食事をはこんでやるおれだけだ。食事をもって行ってやるたびに、有馬の眼球は、急にはっきり動いて、おれを見る。それは何か訴えるような眼付にも見えるし、うらむような眼付にも見える。それから上半身をぎくしゃく起して、青くさいジャングル野菜の水煮に食いつく。そばで待っているおれと、ぼそぼそと会話をかわしながら、またたく間に食べ終ってしまう。

「傷は、まだ痛むか」

 おれはそんなことを聞く。ひどく痛んでいることを、百も承知の上で、おれはそんな風にいう。そして俺はふと、次のような言葉をささやきたい衝動にかられる。

(逃げることはどうなったね?)

 おれは有馬の計画をすっかり知っている。それはこの漠漠たる密林をつきぬけて、どこか後方の海岸に出ようというのである。東方ブインにいたる海岸線は、数十粁のあいだに、海軍の見張所が二三箇所あるだけで、ほとんど部隊という部隊はいないのだ。うまくそこにたどり着ければ、魚や見をとつて、こつそり生き延びられるだろう。そこらにいた土民たちも、全部山奥ふかく逃げこんでいるので、それらからもねらわれるおそれは先ずない。その上、それらの古い農園や椰子園(やしえん)が残っているかも知れないのだ。そこで食いはぐれることなく、生きのびて居ればいい。もし敵か友軍かがそこに近づいてくるならば(それは何れも死を意味する)カヌーで近くの離れ島にわたる。そこにはまだ敵性化しない土民がいるにちがいない。彼等と一緒に生活しているうちに、戦争もすむだろう。戦争がすめば、いつかは、どこかの船がその島にもくるだろう。それに乗せてもらって、ヒリッピンかどこか、もっと住みいい土地にわたって、そこで一生をくらせばいい、というのだ。

 ――有馬は視線を腿におとして、じつと潰瘍(かいよう)を見詰めている。そして低くささやくように独語する。

「――どんな時でも、希望をなくすな、と国を出るとき親爺が言ったんだ」

 声がぽつんととぎれる。この言い方は、死ぬ前の小泉にそっくりだ。小泉も、故国のおふくろや女房のことなどをしきりに口にして、五味伍長から毒づかれながら、四五日経って死んだ。しかしもう小泉のことなどを、思い出すものは誰もいない。皆、自分の暗い行手をぼんやり見詰めているだけだ。そして有馬が自分の暗い行手に見ているものは、このように他愛もない幻想なのだ。

「傷がなおって歩けるようになってもな、お前は逃げないとおれは思うよ」

 おれは突然有馬にささやく。おれはそして自分の声が、変につめたいのに気がつく。有馬はぎょっとしたように顔をあげる。あの負傷したとき、おれにつかみかかろうとした時の表情と同じだ。おれはかすかな憎しみをもって、この男の顔をみつめている。――しかしおれは、何故この男を憎む理由があるのか?

 やがて暗く脅えた顔になって、有馬はおれから視線をそらす。上半身をたおして、もとのように横になる。執拗にそれを眼で追いながら、おれは飯盒(はんごう)をもって立ち上る。

 炊事壕まで飯盒をかえしにふらふらと歩きながら、不破や伴をおそったという逃亡兵たちのことを、おれは考えている。この密林のなかには、そういう兵隊がさまよいあるいていて、いよいよ食うに困ってきて、道路や部隊宿舎をおそって兵隊を殺し、所持品をうばったりする事件も、すでにいくつもおれたちの耳に入っている。そうでもしなければ、逃亡兵たちは、生きてゆけないのだ。海岸にでて、魚や貝をとりながら、安楽にくらそうなどと、それは夢物語にすぎない。そんなことが出来るなら、なにも友軍の兵隊をおそう必要はないのだ。そうだ。――それにもかかわらず、おれはもはや炊事壕にむかってふらふら歩きながら、あの魚や貝のことを幻想しはじめている。海岸に出たらいくらも食えるという、あの魚や貝や海藻のことを。白い魚肉や、水気をたっぷり含んだ貝の肉や、塩水のしたたる藻草。それらを口に入れ、歯でかみしめる感触。口腔のなかが乾いてゆく思いで、おれの想像はしだいに実感となってゆく。

 

 砲声が次第にちかづいてくる。敵の砲兵陣地がだんだん間近に移動してくるらしい。夜に入っても、砲撃はつづいている。間をおいて、密林の彼方から聞えてくる。まるで密林の奥深いうめき声のようだ。

 部隊本部との連絡は杜絶(とぜつ)した。昨日から今日にかけて、敵は確実に密林深く侵透してきたらしい。昨夜の食糧収集斑は、川のふちで狙撃(そげき)された。怪我人はでなかったけれども。

 皆は目に見えて衰えてきたようだ。あるくときも、膝をがくがくさせるような歩き方をする。だんだん口を利く度数が減ってくるようだ。塩分の不足のため、頭が霧でもかかったように鈍くなっている。

 関根中尉が、発熱してたおれたという。不破曹長が小屋にきて、それを伝える。風土的な熱病らしいが、薬がある訳もないので、ただ寝ているだけだ。不破が隊長代理となるという。それだけ言うと、不破は隊長小屋の方へ戻ってゆく。うすくなった肩を揺るようにしてゆく後姿が、妙にいたいたしい。

 その後姿を見送りながら、笠伍長がうなるように言う。

「曹長どんの決断で、退却できんかなあ」

 それには誰も返事しない。だまって思い思いの方向を、ぼんやり眺めている。眺めているだけで、なにも考えていないように見える。蠅(はえ)がぶんぶんとびまわって、天井の芭蕉にも、さかさに幾匹もとまっている。

 おれのそばには、古川がうずくまっている。古川も、傷口に葉の汁をつけることは、止めたようだ。すっかり諦(あきら)めたらしい。――うつろな眼で、潰瘍にとまった蠅をながめながら、じつと膝をだいている。

 

 そして今朝から、密林の中の温度がたかまってきた。湿度をふくんだ温気(うんき)が小屋にもたてこめて、外に見える樹々の葉は、そよとも動かない。

 歩哨から、仁木上等兵がもどってきた。ただひとりである。一緒にたっていた上西兵長の姿が、いつの間にか見えなくなったという。仁木はそのことを、にぶい愚鈍な表情で報告した。脚が短い、頬骨のはった、農村出の兵隊だ。

「馬鹿野郎。見えなくなったつて。一体どこを向いていたんだ」

「はあ。いつのまにか、どっかに行って――」

 仁木は首をぐるりと動かして、あたりを探すような動作をする。歩哨は、一人入りの蛸壺(たこつぼ)になっていて、それがふたつ並んでいるのだ。掩蓋(えんがい)のしたにちぢこまって、眠ってでも居れば、隣の動作などは判らない。仁木の額からは、しきりに汗が流れる。

「直ぐ、曹長どんに報告してこい」

 笠伍長がいらいらした声で、怒鳴りつける。皆はだまって、それぞれの姿勢で聞いている。暑い、重苦しいものが、小屋全体にかぶさっている。その中を、疲れた足どりで、仁木は小屋の外へ出て行く。

 暫くして、ふたたび仁木が戻ってきた。隊長の命令で、全員手分けして、そこらを探せというのである。それだけ言うと、仁木は小屋の入口にぼんやり立っている。左手をのろのろ上げて腕で額の汗をふく。左の掌はこの間の火傷(やけど)で、赤く火ぶくれている。

「探せって、探して見つかるもんなら、苦労はせんわい」

「――お前、また隊長どんに打たれたのか」

 大儀そうに体をおこしながら、古川が訊(たず)ねる。古川の潰瘍から、膿臭がぷんと流れてくる。仁木は佇(たたず)んだまま、無表情にだまっている。片頰にうすあかく血が集っていて、殴(なぐ)られたあとであることが、一目でわかる。

「隊長どん。熱があるというのに、殴るとはよく元気が出るな」

 おれも体をおこしながら、上西が先日胸のポケットにしまいこんだものを、ふと思い浮べる。鬼頭の遺品のなかにあった、赤と青の縞のある投降ビラだ。その文面には、投降する際にはこのビラを両手にかざしてこい、と印刷してあった。――その日本活字ともちがう、一風変った書体が、突然おれの記憶によみがえってくる。……

 それでも皆は、のろのろと武装して、それぞれ小屋を出て行く。残っているのは、五味伍長と有馬兵長だ。五味も、昨日から寝たきりで、仕事をしなくなった。瞼を閉じて、じっとあおむけにねむっている。瘦(や)せこけた胸だけが、呼吸のためにゆるやかに起伏している。有馬は眼を開いて、どこかの一点を見つめている。暑いのか、両手を神経的にうごかしながら、時々ひくい声でうなる。

 小屋のすみから銃をとる。おれが引きずる床尾板が長く伸びた有馬の脚にふとぶっつかる。ぎょっとしたように有馬の眼球がうごいて、おれを見据(す)える。有馬の眼は、赤く血走っている。[やぶちゃん注:「床尾板」「しょうびばん」と読む。肩当て銃床付きの銃では、銃弾を発射する際の反動が衝撃力となって肩当て銃床(じゅうしょう)に伝わり、それが肩に伝わる。この反動作用を緩和するために、銃床の一番後ろに緩衝材として接合させる板を指す。]

「――上西が、逃亡したとよ。らくじゃねえや」

 おれはそんなことをいう。そして確かめるように、しばらく有馬を見おろしている。有馬は返事をしない。おれをじっと見据えているだけだ。

 それからおれは、小屋を出てゆく。銃がおもく、膝頭の傷にびしびし響く。皆それぞれどこかに行ってしまった。おれひとりで、どこへ探しにゆけばいいのか。むんむんと温気(うんき)のこもる密林のなかへ、おれは銃を引きずって歩きだしてゆく。

 ……おれはかぶさる葉や木の枝をわけながら、眼を光らせてあるいている。有馬が先日負傷した付近なのだ。おれは木から木を、凸地から凹地を、丹念に見てあるく。あの小屋から、まっすぐおれはやってきたのだ。粘液じみた汗が背筋をながれて、疲労がおもく息ぐるしい。錆色(さびいろ)の巨樹の肌をぐるりと廻ったり、蔓(つる)草をかきのけたり、羽虫のなかに顔をさらしたり、おれは次第にあせりながら、あの地点の周囲をぬってあるく。いらいらと時間がすぎてゆく。濃い汗が潰瘍にひりひりと沁み入る。

 ――そして突然、おれは立ちどまる。顔の皮膚がみるみる熱くなってゆく。銃がおれの掌からはなれてうずたかい朽葉の中へ、ずしんと倒れる。……

 おれの眼にその時とまったのは、紫黒色のこぶこぶをつけた太い幹の、眼の高さの箇所にえぐられた窪みであった。その木の洞(ほら)のなかに、芋の切れ端みたいなものや、パパイヤらしいものの形が見えたのだ。おれは突然自分の身体が慄え出すのがわかった。おれは寒天のようにふるえながら、更に二歩三歩踏み入って、顔をそこに近づけた。

 赤黒い点々が、それらの上をうごいていた。一糎(センチ)ほどの虫の群である。羽が硝子(ガラス)のように透き通っていて、この湿気に今日発生した虫たちであるらしい。虫はその頭部を、芋やパパイヤに食いこませながら、ぞろぞろと動いている。芋やパパイヤも、ほとんど内部は食い荒されていて、僅かに皮や蔓が辛うじてもとの形を保っている。

(二人で五日分はあるなどと、大袈裟(おおげさ)なことを言いやがって!)

 頭の奥がギリギリと鳴りだしてくるのを感じながら、おれはそう考える。食い荒された残りから推しても、もとの分量は、せいぜい二人を一日保つだけだろう。しかしその時おれの胸を、有馬は五日分は優にあると信じ込んでいたのではないか、という疑念がふとかすめる。おれの身体から、慄えが急速に引いて、代って冷たい笑いが腹の底からのぼってくる。

(有馬の唯ひとつの希望が、こんな虫たちに食いあらされている!)

 おれは暫(しばら)く、虫たちの動きに視線を定めている。虫たちは旺盛に身体をうごかして、貪婪(どんらん)に食い荒してゆく。おそろしいほど冷酷な確かさが、そこに営まれている。

 この食物をもって、逃亡しようという気持が、今までおれの頭のすみに確実に巣くっていたことを、おれはいまはっきりと気付く。頭の中が熱くるしく凝っているにもかかわらず、おれの頰はへんな笑いをきざんでいる。何となく可笑(おか)しい。その可笑しさも、厚い幕をへだてたようで、その根源がすぐにぼやけてしまう。――おれたちが一所懸命かんがえたり、たくらんだり、悩んだり、憎んだりするものを、この赤黒い虫たちが、こんなにも冷然と駄目にしてしまう。……

 暫くして、おれは銃をひろいあげる。銃はさっきよりも、三倍も重くなったようだ。それを引きずって、またおれは小屋の方に足を踏み出す。足の運びも、三倍も重い。

 

 上西の姿を見つけしだい射殺せよ、との隊長命令が、その夕方つたえられてきた。逃亡と認められたわけだ。その命令を伝達した笠伍長は、それだけいうと、毛布の上に頭をもたせて寝ころんでしまった。瞼を閉じて、こめかみの血管がひくひく動いている。

 ひどく暑い。身体の衰弱のせいか、耐えがたく重苦しい。上半身はみんな裸だ。みんなの胸は、洗濯板のように肋骨(ろっこつ)を浮き出させている。おれの胸も、一本一本肋(あばら)がとび出していて、指でおさえても、ほとんど肉がない。

 有馬のようすが変だ。そばに寝ているのだが、有馬の呼吸はまるで泣声のようだ。

「傷はどうだね」

 おれは時々きいてやる。そうすると有馬は息をやめて、顔をうごかし、血走った眼でおれを見る。そしてなにか言う。何と言っているのか、ほとんど判らない。うわごとのような響きがある。

「え? タヌキ? タヌキがどうしたんだい」

 おれが訊ねる。有馬の浮かされたような熱っぽい眼が、急に脅えた光を沈みこませてくる。そして蓋をおろすように瞼をとじる。泣声のような呼吸が、また始まる。

 しばらくすると、有馬が呼吸をやめて、今度はむこうから何か聞いてくる。ぜいぜいと咽喉(のど)にかすれる音だ。

「ああ。逃げたんだ。上西は」

 おれがそう教えてやる。

「あいつも、野垂死(のたれじに)するよ。そしてお前のかくしていた芋も、虫が食い荒してたぜ」

 有馬の声は急にはっきりなったり、また急に訳がわからなくなったりする。急に泣声のようなうめきを立てながら、胸をひろげようとする動作をくりかえす。

 小屋のなかが蒼然とくれてくる。食糧収集のため、仁木たちが身仕度してひっそりと出てゆく。

 おれは毛布をかかえて、小屋の入口の方に寝場所をうつす。しかしここも暑い。風がすっかり死んでいる。

 闇がたてこめてくる。――おれも瞼をとじながら、上西のことをぼんやり考えている。暑いせいか膿の臭気がいつもよりひどい。そのむこうから、有馬のうめき声が高まってくる。

「うるせえ。何を泣いてやがる」

 しやがれた五味の罵声(ばせい)がする。その音も弱々しくかすれるのだ。

 寝返るおとや、いびきが、小屋のあちこちに起ってくる。そしてのろのろと夜が更けてゆく。

 

 その真夜中、有馬が発狂した。

 むんむんする熱気が、昏(く)れ方から夜中にかけて、俄かにたかまってきた。みんな毛布をはねのけて、死んだようにどろどろに眠っていた。歯ぎしりやいびきのあいまに、有馬のうめき声が断続してつづいていたが、それが突然鳥のような叫喚(きょうかん)になって、有馬は闇のなかに突然立ち上ったらしかった。

「退却するんだ。退却するんだぞ。そら。敵だ。敵襲だ!」

 手足をむちゃくちゃに振り廻すらしく、肉と肉とぶつかる音がして、皆が目覚めたらしい。あちこちで起き上る気配が、叫び声につづいた。

「気が狂いやがったんだ。こいつ」

 組みつく音がして、その間から、脚絆(きゃはん)もってこい、という怒号がひびいた。有馬はくらがりの底に組み伏せられたらしく、押しつぶされたような声を絞(しぼ)りあげてわめいた。

「迫(迫撃砲のこと)だ。伏せろ! ヒュルヒュルヒュル」[やぶちゃん注:丸括弧内は底本では二行割注。]

 声が途切れて、骨の鳴る音が聞え、うなり声と激しい呼吸にかわった。脚絆をしごく音がつづいて、有馬は後手にくくり上げられるらしい。有馬を押えつけているのは、三四人いる様子であった。

「猿ぐつわをかませろ!」

 怒鳴ったのは、笠伍長の声であった。枯葉を踏んだり、けちらしたりする音が、なおも少し続いたが、やがてそれも収まって、静かになった。皆の荒い呼吸づかいだけが、そこに残った。膿臭と汗の臭いが、むんむんと小屋のなかに立てこめた。

「すみっこにころがして置け」

 笠の声が、まだあえぎながら言った。

「明朝になれば、正気づくだろう」

 おれは闇の底にひらったくなって、その声を聞いていた。格闘には参加しなかったが、いきなり眠りを破られた動悸が、胸の中にまだ烈しかった。それから三四人で、有馬の身体を材木のように持ち上げて、小屋のすみに運ぶらしかった。それからまた、それぞれ、自分の場所にもどってゆく気配であった。

 そして朝になって、有馬は冷たくこわばって、小屋のすみに死んでいた。脚絆で足と手をしばられ、口を堅く布片がおおっていた。腿の傷から、深く出血したらしく、その下の枯葉がどす黒く染っていた。出血が原因なのか、体力が尽きたのか、窒息したのか、それは判らないけれども、有馬の体は細長くのびて、後手に廻したまま、朽木のように死に果てていた。

 

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