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カテゴリー「江戸川乱歩 孤島の鬼【完】」の48件の記事

2017/11/16

江戸川乱歩 孤島の鬼(48) 大団円 /江戸川乱歩「孤島の鬼」全電子化注~了

 

   大団円

 

 さて、木崎初代(正しくは樋口初代)をはじめ、深山木幸吉、友之助少年の三重の殺人事件の真犯人は明らかとなり、私たちの復讐を待つまでもなく、彼はすでに狂人になり果ててしまった。また、その殺人事件の動機となった樋口家の財宝の隠し場所もわかった。私の長物語もこの辺で幕をとじるべきであろう。

 何か言い残したことはないかしら。そうそう、素人探偵深山木幸吉氏のことである。彼はあの系図帳を見ただけで、どうして岩屋島の巣窟を見抜くことができたのだろう。いくら名探偵といっても、あんまり超自然な明察だ。

 私は事件が終ってから、どうもこのことが不思議でたまらぬものだから、深山木氏の友人が保管していた故人の日記帳を見せてもらって、丹念に探してみたところ、あった、あった。大正二年の日記帳に、樋口春代の名が見える。いうまでもなく初代さんの母御だ。

 読者も知っている通り、深山木氏は一種の奇人で、妻子がなかった代りに、ずいぶんいろいろな人と親しくなって夫婦みたいに同僚していたことがある。春代さんもそのうちの一人だった。深山木氏は旅先で、因っている春代さんを拾ったのだ。(初代さんを捨て子にしたずっと後の話だ)

 同棲二年ほどで、春代さんは深山木氏の家で病死している。定めし死ぬ前に、捨て児のことも、系図帳のことも、岩屋島のことも、すっかり深山木氏に話したことであろう。これで、後年深山木氏が例の樋口家の系図帳を見るや否や、岩屋島へ駈けつけたわけがわかる。

 系図帳は樋口春雄(丈五郎の兄)からその妻の梅野に、梅野からその子の春代に、春代から初代にと伝えられたものであろう。むろん彼らはその系図帳の真価については何事も知らなかった。ただ正統の子が持ち伝えよという先祖の遺志を守ったにすぎない。

 では、丈五郎はどうして、あの呪文がその中に隠してあることを知ったか。彼の女房の告白によれば、丈五郎がある日、先祖の書き残した日記を読んでいて、ふとその一節を発見したのだ。そこには家に伝わる財宝の秘密が系図帳に封じこめられてあるという意味がしるしてあった。だが、それは春代の家出後だったので、折角の発見がなんにもならなかった。それ以来、丈五郎は佝僂の息子に命じて、春代の行方探しに努めたが、当てのない探し物ゆえ、なかなか目的を達しなかった。やっと大正十三年ごろになって、今では初代がその系図帳を持っていることがわかった。それから丈五郎がその系図帳を手に入れるために、どれほど骨を折ったかは、読者の知っている通りである。

 樋口家の先祖は、広く倭寇(わこう)といわれている海賊の一類であった。大陸の海辺を掠(かす)めた財宝をおびただしく所持していた。それを領主に没収されることを恐れて、深く地底に蔵し、代々その際し場所を言い伝えてきたが、春雄の祖父に当たる人がそれを呪文に作って系図帳にとじこめたまま、どういうわけであったか、その子に呪文のことを告げずして死んだ。徳さんの聞き伝えたところによると、その人は、卒中で頓死をしたらしいということである。

 それ以来、丈五郎が古い日記帳の一節を発見するまで、樋口の一族はこの財宝について何も知らなかったわけである。

 だが、この秘密は、かえって樋口一族以外の人に知られていたと考うべき理由がある。それは十年ほど以前、K港から岩屋島に渡り、諸戸屋敷の客となって、後に魔の淵の藻屑(もくず)と消えたあの妙な男があるからだ。彼は明かに古井戸から地底にはいり込んだ。私たちはその跡を見た。丈五郎の女房は、その男を思い出して、あれは樋口家の先祖に使われていた者の子孫であったと語った。それでは多分、その男の先祖が財宝の隠し場所を感づいていて、書き残しでもしたものであろう。

 過去のことはそれだけにして、さて最後に、登場人物のその後を、簡単に書き添えてこの物語を終ることにしよう。

 先ず第一にしるすべきは、私の恋人秀ちゃんのことである。彼女は初代の実妹の緑にちがいなく、樋口家の唯一の正統であることがわかったので、地底の財宝はことごとく彼女の所有に帰した。時価に見積って、百万円〔註、今の四億円ほど〕に近い財産である。

[やぶちゃん注:「孤島の鬼(5) 入口のない部屋」の割注と同じく、これは換算から見て、話者である蓑浦のそれというよりも、作者乱歩が蓑浦仮託して註したものと判断される。詳しくはそちらの私の注を再見されたい。]

 秀ちゃんは百万長者だ。しかも、現在ではもう醜い癒合双体ではない。野蛮人の吉ちゃんは、道雄のメスで切断されてしまった。元々ほんとうの癒合双体ではなかったのだから、むろん両人ともなんの故障もない、一人前の男女である。秀ちゃんの傷口が癒えて、ちゃんと髪を結い、お化粧をし、美しい縮緬(ちりめん)の着物を着て、私の前に現われたとき、そして、私に東京弁で話しかけたとき、私の喜びがどれほどであったか、ここにくだくだしく述べるまでもなかろう。

 いうまでもなく、私と秀ちゃんとは結婚した。百万円は今では、私と秀ちゃんの共有財産である。

 私たちは相談をして、湘南片瀬(しょうなんかたせ)の海岸に、立派な不具者の家を建てた。樋口一家に丈五郎のような悪魔が生れた罪亡ぼしの意味で、そこには自活力のない不具者を広く収容して、楽しい余生を送らせるつもりだ。第一番のお客様は、諸戸屋敷から連れてきた人造かたわ者の一団であった。丈五郎の女房や啞のおとしさんもその仲間だ。不具者の家に接して、整形外科の病院を建てた。医術の限りをつくしてかたわ者を正常な人間に造り替えるのが目的だ。

 丈五郎、彼の佝僂息子、諸戸屋敷に使われていた一味の者どもは、すべて、それぞれの処刑を受けた。初代さんの養母木崎未亡人は、私たちの家に引き取った。秀ちゃんは彼女をお母さんお母さんといって大切にしている。

 道雄は丈五郎の女房の告白によって、実家がわかった。紀州の新宮(しんぐう)に近いある村の豪農で、父も母も兄弟も健在であった。彼は見知らぬ故郷へ、見知らぬ父母のもとへ、三十年ぶりの帰省をした。

 私は彼の上京を待って、私の外科病院の院長になってもらうつもりで、楽しんでいたところ、彼は故郷へ帰って一と月もたたぬうちに、病を発してあの世の客となった。すべて、すべて、好都合に運んだ中で、ただ一事、これだけが残念である。彼の父からの死亡通知状に左の一節があった。

「道雄は最後の息を引き取るまぎわまで、父の名も、母の名も呼ばず、ただあなた様のお手紙を抱きしめ、あなた様のお名前のみ呼び続け申候(もうしそうろう)」

 

 

 

[やぶちゃん注:以上を以って――江戸川乱歩「孤島の鬼」全篇の終り!――

 以下、底本に続く江戸川乱歩の「自註自解」。]

 

     自註自解

 

 昭和四年、森下雨村さんが博文館の総編集長となり、講談社の「キング」に対抗して出した大部数の大衆雑誌「朝日」の同年一月創刊号から一年余り連載したもの。この小説は鷗外全集の随筆の中に、シナで見世物用に不具者を製造する話が書いてあったのにヒントを得て、筋を立てた。その後、私は通俗娯楽雑誌に多くの連載小説を書いたが、「孤島の鬼」はそういう種類の第一作といってもよいものであった。或る人は、私の長篇のうちでは、これが一番まとまっていると言った。この小説に同性愛が取り入れてあるのは、そのころ、岩田準一君という友人と、熱心に同性愛の文献あさりをやっていたので、ついそれが小説に投影したのであろう。この作は昭和十三、四年に出した新潮社の「江戸川乱歩選集」にも入れたのだが、そのころはもうシナ事変にはいっていて、小説の検閲もきびしく、何カ所も削除を命ぜられ、それが戦後の版にもまぎれこんで、削除のままになっている部分があったので、大正六、七年の平凡社の私の全集と照らし合わせて、すべて元の姿に直した。また、終りの方の樋口家の年表に間違いがあることを気づいたので、それも訂正しておいた。

[やぶちゃん注:「昭和四年」一九二九年。

「森下雨村」(うそん 明治二三(一八九〇)年~昭和四〇(一九六五)年)は編集者で翻訳家・小説家。ウィキの「森下雨村」より引く。『高知県佐川町出身。本名・岩太郎。別名・佐川春風。早稲田大学英文科卒』。『博文館に勤め』大正九(一九二〇)年に『探偵小説雑誌『新青年』編集長となり、内外の探偵小説の紹介に努め、自らも創作をおこなった』。『土佐の生まれで、酒豪だった。横溝正史によると、「親分肌で、常に周囲に若いものを集め、ちっくと一杯と人に奨め、相手を盛りつぶしては悦に入っていた」という。横溝も「たびたび森下に盛りつぶされているうちに、おいおい上達して、ついに出藍の誉れを高くしたものである」と語っている』。『『新青年』編集長として江戸川乱歩を世に送り、多くのすぐれた探偵作家を誕生させた雨村を、横溝は「森下こそ日本の探偵小説の生みの親といっても過言ではないだろう」と評し、「義理がたい乱歩は終生雨村に恩誼を感じていたようである」、「松本清張は雨村を、推理小説界における大正期の中央公論の滝田樗陰であると言っている」と述べている。クロフツの『樽』を最初に本邦に紹介したのも雨村である』。『晩年の雨村は故郷の土佐・佐川町に隠棲し、悠々として晴釣雨読の境地を楽しんでいた』。『横溝によると「ちっくと一杯やりすぎたのが』死の『原因である」とのことである』とある。

『講談社の「キング」』戦前の日本において大日本雄辯會講談社(現在の講談社)が発行した大衆娯楽雑誌。大正一三(一九二四)年十一月創刊(昭和三二(一九五七)年廃刊)。ウィキの「キング(雑誌)によれば、『戦前の講談社の看板雑誌であるとともに、日本出版史上初めて発行部数』一〇〇『万部を突破した国民的雑誌』。

『大衆雑誌「朝日」』個人サイト「江戸川乱歩データベース」の「江戸川乱歩拾遺」の「孤島の鬼の「初出誌」に初出時のエピソードが詳しく載るので、必見!

「この小説は鷗外全集の随筆の中に、シナで見世物用に不具者を製造する話が書いてあったのにヒントを得て、筋を立てた」既注。「随筆」とあるが、既に述べた通り、小説(鷗外が当時の流行りの私小説を皮肉って、俺ならこう書けるとして書いたもの)「ヰタ・セクスアリス」のことである。

「岩田準一」(明治三三(一九〇〇)年~昭和二〇(一九四五)年)は画家で風俗研究家。中学時代から竹久夢二と親交を持ち、江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」「鏡地獄」などに挿絵を描いている。本篇のロケーションに近い、郷里三重県志摩地方の民俗伝承の研究や、男色の研究でも知られ、南方熊楠との往復書簡もある。ウィキの「岩田準一では彼の主著として「本朝男色考」「男色文献書志」(没後五十七年経った二〇〇二年に原書房から合本として刊行)を挙げてあるが、「本朝男色考」の方は、本「孤島の鬼」発表の翌昭和五(一九三〇)年から『翌年にかけて『犯罪科学』に連載されたもので』、戦後の一九七三年に『岩田の遺族によって私家版が出版されている。英語・仏語にも翻訳出版され、南方熊楠も絶賛した』。一方の「男色文献書志」は、『岩田が収集した古今東西の膨大な男色文献の中から』千二百『点ほどをリストアップしたもので、戦前、出版化が試みられた』ものの、『実現しなかった。戦後、古典文庫の吉田幸一が江戸川乱歩から委嘱を受け』て、昭和三一(一九五六)年に「近世文藝資料」の一冊として刊行、また、「本朝男色考」と同じく、一九七三年に『岩田の遺族によって私家版が発行されている』とある。

「昭和十三」年は一九三八年。

「大正六」年は一九一七年。]

江戸川乱歩 孤島の鬼(47) 刑事来る

 

   刑事来る

 

 私たちは無事に井戸を出ることができた。久し振りの日光に、眠がくらみそうになるのを、こらえこらえ、手を取り合って諸戸屋敷の表門の方へ走って行くと、向こうから見馴れぬ洋服紳士がやってくるのにぶつかった。

「オイ、君たちはなんだね」

 その男は私たちを見ると、横柄(おうへい)な調子で呼び止めた。

「君は一体誰です。この島の人じゃないようだが」

 道雄が反対に聞き返した。

「僕は警察のものだ。この家を取り調べにやってきたのだ。君たちはこの家と関係があるのかね」

 洋服紳士は思いがけぬ刑事であった。ちょうど幸いである。私たちは銘々名を名乗った。

「噓を言いたまえ。諸戸、蓑浦の両人がここへ来ていることは知っている。だが、君たちのような老人ではないはずだよ」

 刑事は妙なことをいった。私たちをとらえて「君たちのような老人」とは一体何を勘違いしているのだろう。

 私と道雄とは不審に堪えず、思わずお互いの顔を眺め合った。そして、私たちはアッと驚いてしまった。

 私の眼の前に立っているのは、もはや数日以前までの諸戸道雄ではなかった。乞食みたいなボロボロの服、垢(あか)ついた鉛色の皮膚、おどろに乱れた頭髪、眼は窪み、頰骨のつき出た骸骨のような顔、なるほど刑事が老人と見違えたのも無理ではない。

「君の頭はまっ白だよ」

 道雄はそういって妙な笑い方をした。それが私には泣いているように見えた。

 私の変り方は道雄よりひどかった。肉体の憔悴(しょうすい)は彼と大差なかったが、私の頭髪は、あの穴の中の数日間に、全く色素を失って、八十歳の老人のようにまっ白に変っていた。

 私は極度の精神上の苦痛が、人間の頭髪を一夜にして白くしたという不思議な現象を知らぬではなかった。その実例も二、三度読んだことがある。だが、そんな稀有の現象がかくいう私の身に起ころうとは、全く想像のほかであった。

 だが、この数日間、私は幾度死の、或いは死以上の、恐怖に脅かされたことであろう。よく気が違わなかったと思う。気が違う代りに頭髪が白くなったのだ。まだしも、仕合わせといわねばならない。

 同じ人外境を経験しながら、諸戸の頭髪に異常の見えぬのは、さすがに私よりも強い心の持ち主であったからであろう。

 私たちは刑事に向かって、この島にくるまでの、また来てからの、一切の出来事を、かいつまんで話した。

「なぜ警察の助けを借りなかったのです。君たちの苦しみは自業自得というものですよ」

 私たちの話を聞いた刑事が、最初に発した言葉はこれであった。だが、むろん微笑しながら。

「悪人の丈五郎が、僕の父だと思い込んでいたものですから」

 道雄が弁解した。

 刑事は一人ではなかった。数人の同僚を従えていた。彼はその中の二人に命じて、地底にはいり、丈五郎と徳さんとを連れてくるように命じた。

「しるべの縄はそのままにしておいてください。金貨を取り出さなければなりませんから」

 道雄がその二人に注意を与えた。

 池袋署の北川という刑事が、例の少年軽業師友之助の属していた尾崎曲馬団を探るために、静岡県まで出かけ、苦心に苦心を重ね、道化役の一寸法師に取り入って、その秘密を聞き出したことは、先に読者に告げておいた。その北川刑事の苦心が功を奏し、私たちとは全く別の方面から、ついにこの岩屋島の巣窟をつき止め、かくは諸戸屋敷調査の一団が乗りこむことになったのであった。

 刑事たちがきて見ると、諸戸屋敷で、男女両頭の怪物が烈しい争闘を演じていた。いうまでもなく、それは秀ちゃんと吉ちゃんの双生児だ。

 ともかく、その怪物を取り鎮めて、様子を聞くと、秀ちゃんのほうが雄弁にことの仔細を語った。

 私たちが井戸にはいったあとで、私と秀ちゃんのあいだを嫉妬した吉ちゃんが、私たちを困らせるために、丈五郎に内通して、土蔵の扉をひらいたのだ。むろん秀ちゃんは極力それを妨害したが、男の吉ちゃんのばか力にはかなわなかった。

 自由の身になった丈五郎夫妻は、鞭をふるって、たちまち片輪者の一群を、反対に土蔵に押しこめてしまった。吉ちゃんが功労者なので、双生児だけは、その難を免(まぬが)れた。

 それから、丈五郎は吉ちゃんの告げ口で私たちの行方を察し、不自由なからだで自から井戸にくだり、私たちの麻縄を切断しておいて、別の縄によって迷路に踏み込んだのであろう。丈五郎の佝僂女房と啞のおとしさんがその手助けをしたにちがいない。

 それ以来、秀ちゃんと吉ちゃんは、かたき同士であった。吉ちゃんは秀ちゃんを自由にしようとする。秀ちゃんは吉ちゃんの裏切りをののしる。口論が嵩じて、からだとからだの争闘がはじまる。そこへ刑事の一行が来合わせたわけである。

 秀ちゃんの説明によって、事情を知った刑事たちは、ただちに丈五郎の女房とおとしさんに縄をかけ、土蔵の片輪者たちを解放し、丈五郎を捕えるために地底にくだろうと、その用意をはじめているところへ、ちょうど私たちが現われたのだ。

 刑事の物語によって以上の仔細がわかった。

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(46) 狂える悪魔

 

   狂える悪魔

 

 それからまた、地獄めぐりの悩ましい旅がはじまった。カニの生肉に餓えをしのぎ、洞窟の天井から滴り落ちるわずかの清水に渇を癒(いや)して、何十時間、私たちは果てしもしらぬ旅をつづけた。そのあいだの苦痛、恐怖いろいろあれど、あまり管々しければすべて省く。

[やぶちゃん注:「管々しけれ」「くだくだしけれ」。]

 地底には夜も昼もなかったけれど、私たちは疲労に耐えられなくなると、岩の床に横たわって眠った。その幾度目かの眠りから眼覚めたとき、徳さんがとんきょうに叫び立てた。

「紐がある。紐がある。お前さんたちが見失ったという麻縄は、これじゃないかね」

 私たちは思いがけぬ吉報に狂喜して、徳さんのそばへ這い寄ってさぐってみると、確かに麻縄だ。それでは、私たちはもう入口まぢかにきているのであろうか。

「違うよ、これは僕たちが使った麻縄ではないよ。蓑浦君、君はどう思う。僕たちのはこんなに太くなかったね」

 道雄が不審そうに言った。いわれてみると、なるほど私たちの使用した麻縄ではなさそうだ。

「すると僕たちのほかにも、誰かしるべの紐を使って、この穴へはいったものがあるのだろうか」

[そうとしか考えられないね。しかも、僕たちのあとからだ。なぜといって、僕たちがはいったときには、あの井戸の入口に、こんな麻縄なんて括りつけてなかったからね」

 私たちのあとを追って、この地底にきたのは、全体何者だろう。敵か味方か。だが、丈五郎夫妻は土蔵にとじこめられている。あとはかたわ者ばかりだ。ああ、もしや先日船出した諸戸屋敷の使用人たちが帰ってきて、古井戸の入口に気づいたのではあるまいか。

「ともかくも、この縄を伝って、行けるところまで行って見ようじゃないか」

 道雄の意見に従って、私たちはその縄をしるべにして、どこまでも歩いて行った。

 やっぱり、何者かが地底へ入りこんでいたのだ。一時間も歩くと、前方がボンヤリと明るくなってきた。曲りくねった壁に反射してくるロウソクの光だ。

 私たちはポケットのナイフを握りしめて、足音の反響を気にしながら、ソロソロと進んで行った。一と曲りするごとにその明るさが増す。

 ついに最後の曲り角に達した。その岩角の向こうがわに、はだかロウソクがゆらいでいる。吉か凶か、私は足がすくんで、もはや前進する力がなかった。

 そのとき、突然、岩の向こうがわから異様な叫び声が聞こえてきた。よく聞くと、単なる叫

び声ではない。歌だ。文句も節もめちゃめちゃの、かつて聞いたこともない兇暴な歌だ。それが、洞窟に反響して、異様なけだものの叫び声とも聞こえたのだ。思いがけぬ場所で、この不思議な歌声を聞いて、私はゾッと身の毛もよだつ思いがした。

「丈五郎だよ」

 先頭に立った道雄が、ソツと岩角を覗いて、びっくりして首を引っこめると、低い声で私たちに報告した。

 土蔵にとじこめておいたはずの丈五郎が、どうしてここへきたか、なぜ妙な歌を歌っているのか、私はさっぱりわけがわからなかった。

 歌の調子はますます雪いよいよ兇暴になって行く。そして、歌の伴奏のようチャリンチヤリンと、冴え返った金属の音が聞こえてくる。

 道雄が又ソッと岩角から覗いていたが、やがて、

「丈五郎は気が違っているのだ。無理もないよ。見たまえ、あの光景を」

 と言いながら、ずんずん岩の向こうがわへ歩いて行く。気ちがいと聞いて、私たちも彼のあとに従った。

 ああ、そのとき私たちの眼の前にひらけた、世にも不思議な光景を、私はいつまでも忘れることができない。

 醜い佝僂おやじが、赤いロウソクの光に半面を照らされて、歌とも叫びともつかぬことをわめきながら、気ちがい踊りを踊っている。その足もとは銀杏(いちょう)の落葉のように、一面の金色だ。

 丈五郎は洞窟の片隅にある幾つかの甕(かめ)の中から、両手につかみ出しては、踊り狂いながら、キラキラとそれを落とす。落とすに従って、金色の雨はチャリンチャリンと微妙な音を立てる。

 丈五郎は私たちの先廻りをして、幸運にも地底の財宝を探り当てたのだ。しるべの縄を失わなかった彼は、私たちのように同じ道をどうどうめぐりすることなく、案外早く目的の場所に達することができたのであろう。だが、それは彼にとって悲しい幸運であった。驚くべき黄金の山が、ついに彼を気ちがいにしてしまったのだから。

 私たちは駈け寄って、彼の肩をたたき、正気づけようとしたが、丈五郎はうつろな眼で私たちを見るばかり、敵意さえも失って、わけのわからぬ歌を歌いつづけている。

「わかった、蓑浦君。僕たちのしるべの麻縄を切ったのは、このおやじだったのだ。やつはそうして僕たちを路に迷わせておいて、自分の別のしるべ縄で、ここまでやってきたのだよ」

 道雄がそこに気づいて叫んだ。

「だが、丈五郎がここへきているとすると、諸戸屋敷に残しておいたかたわたちが心配だね。もしやひどい目に合わされているんじゃないだろうか」

 その実、私は恋人秀ちゃんの安否を気づかっていたのだ。

「もう、この麻縄があるんだから、そとへ出るのはわけはない。ともかく一度様子を見に帰ろう」

 道雄の指図で、気ちがいおやじの見張番には徳さんを残しておいて、私たちはしるべの縄を伝って、走るように出口に向かった。

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(45) 霊の導き

 

   霊の導き

 

「もっと詳しく、もっと詳しく話してください」

 諸戸がかすれた声で、せき込んで尋ねた。

「わしはおやじの代からの、樋口家の家来で、七年前に、佝僂さんのやり方を見るに見かねて暇(いとま)を取るまで、わしはことしちょうど六十だから、五十年というもの、樋口一家のいざこざを見てきたわけだよ。順序を追って話してみるから、聞きなさるがいい」

 そこで、徳さんは思い出し思い出し、五十年の過去に遡って、樋口家、すなわち今の諸戸屋敷の歴史を物語ったのであるが、それを詳しく書いていては退屈だから、左に一と目でわかる表にして掲げることにする。

[やぶちゃん注:以下、各年次の条が二行に及ぶ場合は底本では二字下げが行われているが、無視した。因みに先に注しておくと、「慶応」は一八六五年から一八六八年まで。「明治十年は一八七七年、中は略して、「明治四十一年」は一九〇八年。]

 

(慶応年代)樋口家の先代万兵衛(まんべえ)、醜きかたわの女中に手をつけ海二(かいじ)が生れた。これが母に輪をかけた佝僂の醜い子だったので、万兵衛は見るに耐えず、母子を追放した。彼らは本土の山中に隠れてけもののような生活をつづけてきた。母は世を呪い人を呪ってその山中に死亡した。

(明治十年)万兵衛の正妻の子春雄(はるお)が、対岸の娘、琴平梅野(ことひらうめの)と結婚した。

(明治十二年)春雄、梅野のあいだに春代(はるよ)生る。間もなく春雄病死す。

(明治二十年)海二が諸戸丈五郎という名で島に帰り、樋口家に入って、梅野がかよわい女であるのを幸い、ほしいままに振る舞った。その上梅野に不倫なる恋を仕掛けるので、彼女は春代を伴なって、実家に逃げ帰った。

(明治二十三年)恋に破れ世を呪う丈五郎は、醜い佝僂娘を探し出して結婚した。

(明治二十五年)丈五郎夫妻のあいだに一子生る。因果とその子も佝僂であった。丈五郎は歯をむき出して喜んだ。彼は同じ年、一歳の道雄をどこからか誘拐してきた。

(明治三十三年)実家に帰った梅野の子、春代(春雄の実子樋口家の正統)同村の青年と結婚す。

(明治三十八年)春代、長女初代を生む。これが後の木崎初代である。丈五郎に殺された私の恋人木崎初代である。

(明治四十年)春代、次女緑を生む。同年春代の夫死亡し、実家も死に絶えて身寄りなきため、春代は母の縁をたよって、岩屋島に渡り、丈五郎の屋敷に寄寓することになった。丈五郎の甘言にのせられたのである。この物語のはじめに、初代が荒れ果てた海岸で、赤ちゃんをお守りしていたと語ったのは、このころの出来事で、赤ちゃんというのは次女緑であった。

(明治四十一年)丈五郎の野望が露骨に現われてきた。彼は梅野に破れた恋を、その子の春代によって満たそうとした。春代はついに居たたまらず、ある夜初代を連れて島を抜け出した。そのとき次女の緑は丈五郎のために奪われてしまった。

春代は流れ流れて大阪にきたが、糊口に窮して、ついに初代を捨てた。それを木崎夫妻が拾ったのである。

 

 以上が徳さんの見聞に私の想像を加えた簡単な樋口家の歴史である。これによって初代さんこそ樋口家の正統であって、丈五郎は下女の子にすぎないことがわかった。もしこの地底に宝が隠されてあるとすれば、それは当然なき初代さんのものであることが、いよいよ明かになった。

 諸戸道雄の実の親がどこの誰であるかは、残念ながら少しもわからなかった。それを知っているのは丈五郎だけだ。

「ああ、僕は救われた。それを聞いては、どんなことがあっても、僕はもう一度地上に出る。そして、丈五郎を責めて、僕のほんとうの父や母のいどころを白状させないではおかぬ」

 道雄はにわかに勇み立った。

 だが、私は私で、ある不思議な予感に胸をワクワクさせていた。私はそれを徳さんに聞きたださなければならぬ。

「春代さんに二人の女の子があったのだね。初代と緑。その妹の緑の方は、春代さんが家出をしたとき、丈五郎に奪われたというのだね。数えてみると、ちょうど十七になる娘さんだ。その緑はそれからどうしたの。今でも生きているの」

「ああ、それを話すのを忘れたっけ」徳さんが答えた。「生きています。だが、可表そうに生きているというだけで、まともな人間じゃない。生れもつかぬふたごのかたわにされちまってね」

「おお、もしやそれが秀ちゃんでは?」

「そうだよ。あの秀ちゃんが緑さんのなれの果てですよ」

 なんという不思議な因縁であろう。私は初代さんの実の殊に恋していたのだ。私の心持を地下の初代は恨むだろうか、それとも、このめぐり合わせはすべて、初代さんの霊の導きがあって、彼女は私をこの孤島に渡らせ、蔵の窓の秀ちゃんを見せて、私に一と目惚れをさせたのではないだろうか。ああ、なんだかそんな気がしてならぬ。もし初代さんの霊にそれほどの力があるのだったら、われわれの宝探しも首尾よく目的を達するかもしれない。そして、この地下の迷路を抜け出して、再び秀ちゃんに逢うときがくるかもしれない。

「初代さん、初代さん、どうか私たちを守ってください」

 私は心の中で懐かしい彼女の悌(おもかげ)に祈った。

[やぶちゃん注:先の年譜で、春代が次女緑を生むのが明治四〇(一九〇七)年、春代が岩屋島から長女初代と逃走に成功するも、次女緑が丈五郎に奪われてしまったのが、翌年で、この章の時制が大正一四(一九二五)年夏(推定八月末か九月上旬)であるから、緑は満でなら、十七か十八とはなる。]

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(44) 意外の人物 / 最終章突入!

 

   意外の人物

 

 諸戸は私を離した。私たちは動物の本能で、敵に対して身構えをした。

 耳をすますと、生きものの呼吸が聞こえる。

「シッ」

 諸戸は犬を叱るように叱った。

「やっぱりそうだ。人間がいるんだ。オイ、そうだろう」

 意外にも、その生き物が人間の言葉をしゃべった。年とった人間の声だ。

「君は誰だ。どうしてこんなところへきたんだ」

 諸戸が聞き返した。

「お前は誰だ。どうしてこんなところにいるんだ」

 相手も同じことをいった。

 洞窟の反響で、声が変って聞こえるせいか、なんとなく聞き覚えのある声のようでいて、その人を思い出すのに骨が折れた。しばらくのあいだ、双方探り合いの形で、だまっていた。

 相手の呼吸がだんだんハッキリ聞こえる。ジリジリと、こちらへ近寄ってくる様子だ。

「もしや、お前さんは、諸戸屋敷の客人ではないかね」

 一間ばかりの近さで、そんな声が聞こえた。今度は低い声だったので、その調子がよくわかった。

 私はハッと或る人を思い出した。だが、その人はすでに死んだはずだ。丈五郎のために殺されたはずだ……死人の声だ。一刹那、私はこの洞窟がほんとうの地獄ではないか、私たちはすでに死んでしまったのではないか、という錯覚をおこした。

「君は誰だ。もしや……」

 私が言いかけると、相手は嬉しそうに叫び出した。

「ああ、そうだ。お前さんは蓑浦さんだね。もう一人は、道雄さんだろうね。わしは丈五郎に殺された徳だよ」

「ああ、徳さんだ。君、どうしてこんなところに」

 私たちは思わず声を目当てに走り寄って、お互いのからだを探り合った。

 徳さんの舟は魔の淵のそばで、丈五郎の落とした大石のために顚覆した。だが、徳さんは死ななかったのだ。ちょうど満潮のときだったので、彼のからだは、魔の淵の洞窟の中へ吸い込まれた。そして、潮が引き去ると、ただ一人闇の迷路にとり残された。それからきょうまで、彼は地下に生きながらえていたのだった。

「で、息子さんは? 私の影武者を勤めてくれた息子さんは?」

「わからないよ、おおかたサメにでも食われてしまったのだろうよ」

 徳さんはあきらめ果て調子であった。無理もない。徳さん自身、再び地上に出る見込みもない、まるで死人同然の身の上なんだから。

「僕のために、君たちをあんな目に会わせてしまって、さぞ僕を恨んでいるだろうね」

 私はともかくも詫びごとをいった。だが、この死の洞窟の中では、そんな詫びごとが、なんだか空々しく聞こえた。徳さんはそれには、なんとも答えなかった。

「お前たち、ひどく弱っているあんばいだね。腹がへっているんじゃないかね。それなら、ここにわしの食い残りがあるから、たべなさるがいい。食い物の心配はいらないよ、ここには大ガニがウジャウジャいるんだからね」

 徳さんがどうして生きていたかと、不審にたえなかったが、なるほど、彼はカニの生肉で飢(うえ)をいやしていたのだ。私たちはそれを徳さんに貰ってたべた。冷たくドロドロした、塩っぱい寒天みたいなものだったが、実にうまかった。私はあとにも先にも、あんなうまい物をたべたことがない。

[やぶちゃん注:「塩っぱい」「しょっぱい」。]

 私たちは徳さんにせがんで、さらに幾匹かの大ガニを捕えてもらい、岩にぶつけて甲羅を割って、ペロペロと平らげた。いま考えると無気味にも汚なくも思われるが、そのときは、まだモヤモヤと動いている太い足をつぶして、その中のドロドロしたものを啜るのが、なんともいえずうまかった。

 飢餓(きが)が回復すると、私たちは少し元気になって、徳さんとお互いの身の上を話し合った。

「そうすると、わしらは死ぬまでこの穴を出る見込みはないのだね」

 私たちの苦心談を聞いた徳さんが、絶望の溜息をついた。

「わしは残念なことをしたよ。命がけで、元の穴から海へ泳ぎ出せばよかったのだ。それを、渦巻に巻き込まれて、とても命がないと思ったものだから、海へ出ないで穴の中へ泳ぎ込んでしまったのだよ。まさかこの穴が、渦巻よりも恐ろしい、八幡の藪知らずだとは思わなかったからね。あとで気がついて引き返してみたが、路に迷うばかりで、とても元の穴へ出られやしない。だが、何が幸いになるか、そうしてわしがさ迷い歩いたお蔭で、お前さんたちに会えたわけだね」

「こうしてたべ物ができたからには、僕たちは何も絶望してしまうことはないよ。百に一つまぐれ当たりでそとへ出られるものなら、九十九度まで無駄に歩いて見ようじゃないか、何日かかろうとも、幾月かかろうとも」

 人数がふえたのと、カニの生肉のお蔭で、にわかに威勢がよくなった。

「ああ、君たちはもう一度娑婆の風に当たりたいだろうね。僕は君たちが羨ましいよ」

 諸戸が突然悲しげに呟いた。

「変なことを言いなさるね。お前さんは命が惜しくはないのかね」

 徳さんが不審そうに尋ねた。

「僕は丈五郎の子なんだ。人殺しで、かたわ者製造の、悪魔の子なんだ。僕はお日さまが怖い。娑婆に出て、正しい人たちに顔を見られるのが恐ろしい。この暗闇の地の底こそ悪魔の子にはふさわしい住みかかもしれない」

 可哀そうな諸戸。彼はその上に、私に対する、さっきのあさましい所行を恥じているのだ。

「もっともだ。お前さんはなんにも知らないだろうからね。わしはお前さんたちが島へきたときに、よっぽどそれを知らせてやろうかと思った。あの夕方、わしが海辺にうずくまって、お前さんたちを見送っていたのを覚えていなさるかね。だが、わしは丈五郎の返報が恐ろしかった。丈五郎を怒らせては、いっときもこの島に住んではいられなくなるのだからね」

 徳さんが妙なことを言い出した。彼は以前諸戸屋敷の召使いであったから、ある点まで丈五郎の秘密を知っているはずだ。

「僕に知らせるって、何をだね」

 諸戸が身動きをして、聞き返した。

「お前さんが、丈五郎のほんとうの子ではないということをさ。もうこうなったら何をしゃべってもかまわない。お前さんは丈五郎が本土からかどわかしてきたよその子供だよ。考えてもみるがいい、あの片輪者の汚ならしい夫婦に、お前さんのような綺麗な子供が生れるものかね。あいつのほんとうの子は、見世物を持って方々巡業しているんだよ。丈五郎に生き写しの佝僂だ」

 読者は知っている、かつて北川刑事が、尾崎曲馬団を追って静岡県のある町へ行き、一寸法師に取り入って、「お父つぁん」のことを尋ねたとき、一寸法師が「お父つぁんとは別の若い佝僂が曲馬団の親方である」といったその親方が、丈五郎の実の子だったのだ。

 徳さんは語りつづける。

「お前さんもどうせ片輪者に仕込むつもりだったのだろうが、あの佝僂のお袋がお前さんを可愛がってね、あたり前の子供に育て上げてしまった。そこへもってきて、お前さんがなかなか利口者だとわかったものだから、丈五郎も我(が)を折って、自分の子として学問を仕込む気になったのだよ」

 なぜ自分の子にしたか。彼は悪魔の目的を遂行する上に、真実の親子という、切っても切れぬ関係が必要だったのだ。

 ああ、諸戸道雄は悪魔丈五郎の実子ではなかったのである。驚くべき事実であった。

[やぶちゃん注:本章を含む本作の最終五章は初出では第十四回に相当する。この回のみ、竹中英太郎氏の挿絵標題には、回数表示がなく、そのかわりに『完結』(右から左への横書)の文字が書き込まれてある。]

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(43) 生地獄

 

   生地獄

 

 私は尋ねたくてウズウズする一事があった。だが、自分のことばかり考えているように思われるのがいやだったから、しばらく諸戸の興奮の鎮まるのを待った。

 私たちは闇の中で、抱き合ったままだまりこんでいた。

「ばかだね、僕は。この地下の別世界には、親もなし、道徳も、羞恥もなかったはずだね。今さら興奮してみたところで、はじまらぬことだ」

 やっとして、冷静に返った諸戸が低い声でいった。

「すると、あの秀ちゃん吉ちゃんのふたごも」私は機会を見いだして尋ねた。「やっぱり作られた不具者だったの」

「むろんさ」諸戸ははき出すようにいった。「そのことは、僕には、例の変な日記帳を読んだときからわかっていた。同時に、僕は日記帳で、おやじのやっている事柄を薄々感づいたのだ。なぜ僕に変な解剖学を研究させているかっていうこともね。だが、そいつを君にいうのはいやだった。親を人殺しだということはできても、人体変形のことはどうにも口に出せなかった。言葉につづるさえ恐ろしかった。

 秀ちゃん吉ちゃんが、生れつきの双生児でないことはね、君は医者でないから知らないけれど、僕らの方では常識なんだよ。癒合双体は必らず同性であるという動かすことのできない原則があるんだ。同一受精卵の場合は男と女の双生児なんて生れっこないのだよ。それにあんな顔も体質も違う双生児なんてあるものかね。

 赤ん坊の時分に、双方の皮をはぎ、肉をそいで、無理にくっつけたものだよ。条件さえよければできないことはない。運がよければ素人にだってやれぬとも限らぬ。だが当人たちが考えているほど芯からくっついているのではないから、切り離そうと思えば造作もないのだよ」

「じゃあ、あれも見世物に売るために作ったのだね」

「そうさ、ああして三味線を習わせて、一ばん高く売れる時期を待っていたのだよ。君は秀ちゃんが片輪でないことがわかって嬉しいだろうね。嬉しいかい」

「君は嫉妬しているの」

 人外境が私を大胆にした。諸戸のいった通り、礼儀も羞恥もなかった。どうせ今に死んじまうんだ。何をいったって構うものかと思っていた。

「嫉妬している。そうだよ。ああ、僕はどんなに長いあいだ嫉妬しつづけてきただろう。初代さんとの結婚を争ったのも、一つはそのためだった。あの人が死んでからも、君の限りない悲嘆を見て、僕はどれほどせつない思いをしていただろう。だが、もう君、初代さんも秀ちゃんも、そのほかのどんな女性とも、再び会うことはできないのだ。この世界では、君と僕とが全人類なのだ。

 ああ、僕はそれが嬉しい。君と二人でこの別世界へとじこめてくだすった神様がありがたい。僕は最初から、生きようなんてちっとも思っていなかったんだ。おやじの罪亡ぼしをしなければならないという責任感が僕にいろいろな努力をさせたばかりだ。悪魔の子としてこのうえ恥(はじ)を曝(さら)そうより、君と抱き合って死んで行くほうが、どれほど嬉しいか。蓑浦君、地上の世界の習慣を忘れ、地上の羞恥を棄てて、今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」

 諸戸は再び狂乱のていとなった。私は彼の願いの余りのいまわしさに、答えるすべを知らなかった。誰でもそうであろうが、私は恋愛の対象として、若き女性以外のものを考えると、ゾッと総毛立つような、なんともいえぬ嫌悪を感じた。友だちとして肉体の接触することはなんでもない。快くさえある。だが、一度それが恋愛となると、同性の肉体は吐き気を催す種類のものであった。排他的な恋愛というものの、もう一つの面である。同類憎悪だ。

 諸戸は友だちとして頼もしくもあり、好感も持てた。だが、そうであればあるほど、愛慾の対象として彼を考えることは、堪えがたいのだ。

 死に直面して棄鉢(すてばち)になった私でも、この憎悪だけはどうすることもできなかった。

 私は迫ってくる諸戸をつき離して逃げた。

「ああ、君は今になっても、僕を愛してくれることはできないのか。僕の死にもの狂いの恋を受入れるなさけはないのか」

 諸戸は失望の余り、オイオイ泣きながら、私を追い駈けてきた。

 恥も外聞もない、地の底のめんない千鳥がはじまった。ああ、なんという浅間(あさま)しい場面であったことか。

[やぶちゃん注:「めんない千鳥」遊戯の「目隠し鬼」のこと。手拭などで目隠しをした鬼役が、逃げ回る者たちを手探りで捕まえる「鬼ごっこ」の一種。逃げる者たちは「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」などと囃す。ここで「鬼」を出さなかったのは、本篇が「鬼」だらけであること以外に、寧ろ「めんない千鳥? ああ、目隠し鬼ね」と連想させる洒落であろう。或いは、別の異名である「目無(めなし)し鬼」の畸形に引っ掛けるいやらしさ、さらには「目無し児(ちご)」という同性愛への匂わせという厭な感じをも、逆に私には感じられる。穿ち過ぎか。]

 そこは、左右の壁の広くなった、あの洞窟の一つであったが、私は元の場所から五、六間も逃げのびて、闇の片隅にうずくまり、じつと息を殺していた。

 諸戸もひっそりしてしまった。耳をすまして人間の気配を聞いているのか、それとも、壁伝いにめくら蛇みたいに、音もなく餌物に近づきつつあるのか、少しも様子がわからなかった。それだけに気味が悪い。

 私は闇と沈黙の中に、眼も耳もない人間のように、独りぼっちで震えていた。そして、

「こんなことをしているひまがあったら、少しでもこの穴を抜け出す努力をしたほうがよくはないのか。もしや諸戸は、彼の異様な愛慾のために、万一助かるかもしれない命を、犠牲にしようとしているのではあるまいか」

 ハッと気がつくと、蛇はすでに私に近づいていた。彼は一体闇の中で私の姿が見えるのであろうか。それとも五感のほかの感覚を持っていたのであろうか。驚いて逃げようとする私の足は、いつか彼の黐(もち)のような手に摑まれていた。

 私ははずみを食って岩の上に横ざまに倒れた。蛇はヌラヌラと私のからだに這い上がってきた。私は、このえたいの知れぬけだものが、あの諸戸なのかしらと疑った。それはもはや人間というよりも無気味な獣類でしかなかった。

 私は恐怖のためにうめいた。

 死の恐怖とは別の、だがそれよりも、もっともっといやな、なんともいえない恐ろしさであった。

 人間の心の奥底に隠れている、ゾッとするほど不気味なものが今や私の前に、その海坊主みたいな、奇怪な姿を現わしているのだ。闇と死と獣性の生地獄だ。

 私はいつかうめく力を失っていた。声を出すのが恐ろしかったのだ。

 火のように燃えた頰が、私の恐怖に汗ばんだ頰の上に重なった。ハッハッという犬のような呼吸、一種異様の体臭、そして、ヌメヌメと滑かな、熱い粘膜が、私の唇を探して、蛭(ひる)のように、顔中を這いまわった。

 諸戸道雄は今はこの世にいない人である。だが、私は余りに死者を恥しめることを恐れる。もうこんなことを長々と書くのはよそう。

 ちょうどそのとき、非常に変なことが起こった。そのお蔭で、私は難を逃れることができたほどに、意外な椿事(ちんじ)であった。

 洞窟の他の端で、変な物音がしたのだ。コウモリやカニには馴れていたが、その物音はそんな小動物の立てたものではなかった。もっとずっと大きな生物がうごめいている気配なのだ。

 諸戸は私を摑んでいる手をゆるめて、じつと聞き耳を立てた。

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(42) 復讐鬼

 

   復讐鬼

 

 どれほど眠ったのか、胃袋が、焼けるような夢を見て、眼を醒ました。身動きすると、からだの節々が、神経痛みたいにズキンズキンした。

「眼がさめたかい、僕らは相変らず、穴の中にいるんだよ。まだ生きているんだよ」

 先に起きていた諸戸が、私の身動きを感じて、物やさしく話しかけた。

 私は、水も食物もなく、永久に抜け出す見込みのない闇の中に、まだ生きていることをハッキリ意識すると、ガタガタ震え出すほどの恐怖におそわれた。睡眠のために思考力が戻ってきたのが呪わしかった。

「怖い。僕、怖い」

 私は諸戸の身体をさぐって、すり寄って行った。

 「蓑浦君、僕たちはもう再び地上へ出ることはない。誰も僕たちを見ているものはない。顔さえ見えぬのだ。そして、ここで死んでしまってからも、僕らのむくろは、おそらく永久に、誰にも見られはしないのだ。ここには、光がないと同じように、法律も、道徳も、習慣も、なんにもない。人類が全滅したのだ。別の世界なのだ。僕は、せめて死ぬまでのわずかのあいだでも、あんなものを忘れてしまいたい。いま僕らには羞恥も、礼儀も、虚飾も、猜疑(さいぎ)も、なんにもないのだ。僕らはこの闇の世界へ生れてきた二人きりの赤ん坊なんだ」

 諸戸は散文詩でも朗読するように、こんなことをしゃベりつづけながら、私を引き寄せて、肩に手を廻して、しつかりと抱いた。彼が首を動かすたびに、二人の頰と頰が擦れ合った。

「僕は君に隠していたことがある。だが、そんなことは人類社会の習慣だ、虚飾だ。ここでは隠すことも、恥かしいこともありやしない。親爺のことだよ。アン畜生の悪口だよ。こんなにいっても、君は僕を軽蔑するようなことはあるまいね。だって、僕たちに親だとか友だちがあったのは、ここでは、みんな前世の夢みたいなもんだからね」

 そして、諸戸はこの世のものとも思われぬ、醜悪怪奇なる大陰謀について語りはじめたのであった。

「諸戸屋敷に滞在していたころ、毎日別室で、丈五郎のやつと口論していたのを君も知っているだろう。あの時、すっかりやつの秘密を聞いてしまったのだよ。

 諸戸家の先代が、化物みたいな佝僂の下女に手をつけて生れたのが丈五郎なのだ。むろん正妻はあったし、そんな化物に手をつけたのは、ほんの物好きの出来心だったから、因果と母親に輪をかけた片輪の子供が生れると、丈五郎の父親は、母と子をいみきらって、金をつけて島のそとへ追放してしまった。母親は正妻でないので、親の姓を名乗っていた。それが諸戸というのだ。丈五郎は今では樋口家の戸主だけれど、あたりまえの人間を呪うのあまり、姓まで樋口を嫌い、諸戸で押し通しているのだ。

 母親は生れたばかりの丈五郎をつれて、本土の山奥で乞食みたいな生活をしながら、世を呪い、人を呪った。丈五郎は幾年月この呪いの声を子守歌として育った。彼らはまるで別世界のけだものでもあるように、あたり前の人間を恐れ憎んだ。

 丈五郎は彼が成人するまでの、数々の悩み、苦しみ、人間どもの迫害について、長い物語を聞かせてくれた。母親は彼に呪いの言葉を残して死んで行った。成人すると、彼はどうしたきっかけでか、この岩屋島へ渡ったが、ちょうどそのころ、樋口家の世継ぎ、つまり丈五郎の異母兄に当たる人が、美しい妻と生れたばかりの子を残して死んでしまった。丈五郎はそこへ乗り込んで行って、とうとう居坐ってしまったのだ。

 丈五郎は因果なことに、この兄の妻を恋した。後見役といった立場にあるのを幸い、手をつくしてその婦人をくどいたが、婦人は「片輪者の意に従うくらいなら、死んだほうがましだ」

という無情な一ことを残して、子供をつれて、ひそかに島を逃げ出してしまった。丈五郎はまっ青になって、歯を食いしばって、ブルブル震えながら、その話をした。それまでとても、かたわのひがみから、常人を呪っていた彼は、そのときから、ほんとうに世を呪う鬼と変ってしまった。

 彼は方々探しまわって、自分以上にひどい片輪娘を見つけ出し、それと結婚した。全人類に対する復讐の第一歩を踏んだのだ。その上、片輪者と見れば、家に連れ戻って、養うことをはじめた。もし子供ができるなら、当たり前の人間でなくて、ひどいひどい片輪者が生れますようにと、祈りさえした。

 だが、なんという運命のいたずらであろう。片輪の両親のあいだに生れたのは僕だった。似もつかぬごくあたり前の人間だった。両親はそれが通常の人間であるというだけで、わが子さえも憎んだ。

 僕が成長するにつれて、彼らの人間憎悪はますます深まって行った。そして、ついに身の毛もよだつ陰謀を企らむようになったのだ。彼らは手を廻して、遠方から、生れたばかりの貧乏人の子を買って歩いた。その赤ん坊が美しく可愛いほど、彼らは歯をむき出して喜んだ。

 蓑浦君、この死の暗闇の中だから、打ち明けるのだけれど、彼らは不具者製造を思い立ったのだよ。

 君はシナの虞初新志(ぐしょしんし)という本を読んだことがあるかい。あの中に見世物に売るために赤ん坊を箱詰めにして不具者を作る話が書いてある。また、僕はユーゴーの小説に、昔フランスの医者が同じような商売をしていたことが書いてあるのを読んだおぼえがある。不具者製造というのは、どこの国にもあったことかもしれない。

[やぶちゃん注:「虞初新志」明末清初の張潮撰(一六五〇年~一七〇七年)になる小説集。

「見世物に売るために赤ん坊を箱詰めにして不具者を作る話」中文サイトの原典で探して見たが、それらしいものが「序」の中にあるようにも見えるが、何分、中国語は判らぬので、引用はやめておく。ただ、確実に言えることは、この作者江戸川乱歩の最初のネタ元はダイレクトに「虞初新志」ではなく、森鷗外の「ヰタ・セクスアリス」(明治四二(一九〇九)年に発表。題名はラテン語 vita sexualisで「性(欲)的生活」の意)であるということである。それは最後の示す乱歩の本篇への「自註自解」の中で、『この小説は鷗外全集の随筆の中に、シナで見世物用に不具者を製造する話が書いてあったのにヒントを得て、筋を立てた』と述べていることで明らかだからである。当該箇所は「十五になつた」で始まるパートの以下で、それを見れば、初見がこれであることは一目瞭然である。底本は岩波の新初版選集(私は全集を所持しないため)を用いたが、気持ちの悪い漢字新字体なので、恣意的に総て正字化した。後半部は関係ないが、纏まったシークエンスと時間であるから、一緒に示した。「虞初新誌」と表記するが、これは他でも同書の書名としてしばしば見かける表記で、誤りではない。

   *

 夏の初の氣持の好い夕かたである。神田の通りを步く。古本屋の前に來ると、僕は足を留(と)めて覗く。古賀は一しよに覗く。其頃は、日本人の詩集なんぞは一册五錢位で買はれたものだ。柳原の取附に廣場がある。ここに大きな傘を開いて立てて、その下で十二三位な綺麗な女の子にかつぽれを踊らせてゐる。僕は Victor Hugo Notre Dame を讀んだとき、Emeraude とかいふ寶石のやうな名の附いた小娘の事を書いてあるのを見て、此女の子を思出して、あの傘の下でかつぽれを踊ったやうな奴だらうと思つた。古賀はかう云つた。

 「何の子だか知らないが、非道い目に合はせてゐるなあ。」

 「もっと非道いのは支那人だらう。赤子を四角な箱に入れて四角に太らせて見せ物にしたといふ話があるが、そんな事もし兼ねない。」

 「どうしてそんな話を知つてゐる。」

 「虞初新誌にある。」

 「妙なものを讀んでいるなあ。面白い小僧だ。」

 こんな風に古賀は面白い小僧だを連發する。柳原を兩國の方へ歩いているうちに、古賀は蒲燒の行燈の出てゐる家の前で足を留(と)めた。

 「君は鰻を食ふか。」

 「食ふ。」

 古賀は鰻屋へ這入つた。大串を誂える。酒が出ると、ひとりで面白さうに飮んでゐる。そのうち咽に痰がひつ掛かる。かつと云ふと思ふと、緣(えん)の外の小庭を圍んでゐる竹垣を越して、痰が向うの路地(ろぢ)に飛ぶ。僕はあつけに取られて見てゐる。鰻が出る。僕はお父(とう)樣に連れられて鰻屋へ一度行つて、鰻飯を食つたことしか無い。古賀がいくら丈燒けと金で誂えるのに先づ驚いたのであつたが、その食ひやうを見て更に驚いた。串を拔く。大きな切を箸で折り曲げて一口に頰張る。僕は口には出さないが、面白い奴だと思つて見てゐたのである。

 その日は素直に寄宿舍に歸つた。寢るとき、明日(あした)の朝は起してくれえ、賴むぞと云つて、ぐうぐう寢てしまつた。

   *

この「Notre Dame」は「ノートルダムのせむし男」の邦題で知られる、フランス・ロマン主義の文豪ヴィクトル・ユーゴー(Victor Hugo 一八〇二年~一八八五年)の小説「パリのノートルダム(大聖堂)」(Notre-Dame de Paris:一八三一年刊)。

「ユーゴーの小説に、昔フランスの医者が同じような商売をしていたことが書いてあるのを読んだ」不詳。しかしどうも気になるのは、前に示した鷗外の引用部で、やはり、ユーゴの「ノートルダム・ド・パリ」の中でロマ(旧称「ジプシー」は差別性が強いので使用しない)の美姫の踊り子エスメラルダ(Esmeralda:原典表記はこちらが正しい)の名を挙げているのが気になり、そもそも同作の主人公カジモド(Quasimodo)は佝僂疾患である。乱歩には失礼乍ら、或いは彼は、鷗外の「ヰタ・セクスアリス」の先の引用箇所を読んで、「かつぽれを踊らせ」られている「十二三位な綺麗な女の子」を見た鷗外が、後に「Victor Hugo Notre Dame」を読んだ折り、そこに出てくる賤しい存在として差別されたロマの美しい「Emeraudeと」いう「小娘の事」について「書いてある」のを見い出し、「あの傘の下でかつぽれを踊」らされているひどい扱いをされていた娘を「思出して」同じだ、と思い、その、単に可憐な普通の少女が非道に酷使されているのを見た学友古賀が「何の子だか知らないが、非道い目に合はせてゐるなあ」と言ったのに対し、鷗外が(あんなのは酷使されているだけで、まだましだよ)「もっと非道いのは支那人だらう。赤子を四角な箱に入れて四角に太らせて見せ物にしたといふ話があるが、そんな事もし兼ねない」というふうに応じただけなのに、その文脈を乱歩は早とちりしてしまい――「虞初新志」に記されている、乳児の時から箱に閉じ込めて保育させられておぞましい畸形に改造されてしまった見世物の少女のように、鷗外が言っている「 Victor Hugo Notre Dame 」に出てくる「Emeraude とかいふ寶石のやうな名の附いた小娘」も、「あの傘の下でかつぽれを踊ったやうな」娘も、《ともに畸形な「奴」なの「だらうと思つた」》――という誤読をしているのではなかろうか? ユーゴの別な小説に「昔フランスの医者が同じような商売をしていたことが書いてある」のであれば、この推理は乱歩に対して失礼になるので即座に抹消線を引く。ご連絡あられたい。ともかくも大方の御叱正を俟つものである。

 丈五郎はむろんそんな先例は知りゃしない。人間の考え出すことを、あいつも考え出したにすぎない。だが、丈五郎のは金儲けが主眼ではなく、正常人類への復讐なんだから、そんな商売人の幾層倍も執拗で深刻なはずだ。子供を首だけ出る箱の中へ入れて、成長を止め、一寸法師を作った。顔の皮をはいで、別の皮を植え、熊娘を作った。指を切断して三つ指を作った。そして出来上がったものを興行師に売り出した。このあいだ三人の男が、箱を舟につんで出帆したのも、人造不具者輸出なんだ。彼らは港でない荒磯へあの舟をつけ、山越しに町に出て、悪人どもと取引きをするのだ。僕が奴らは数日帰ってこないといったのは、それを知っていたからだよ。

 そういうことをはじめているところへ、僕が東京の学校へ入れてくれと言い出したんだ。おやじは外科医者になるならという条件で僕の申し出を許した。そして、僕が何も気づいていないのを幸い、不具者の治療を研究しろなんて、ていのいいことをいって、その実不具者の製造を研究させていたのだ。頭の二つある蛙や、尻尾が鼻の上についた鼠を作ると、おやじはヤンヤと手紙で激励してきたものだ。

 やつがなぜ僕の帰省を許さなかったかというに、思慮のできた僕に、不具者製造の陰謀を発見されることを恐れたんだ。打ちあけるにはまだ早すぎると思ったんだ。また、曲馬団の友之助少年を手先に使った順序も、容易に想像がつく。やつは不具者ばかりでなく、血に餓えた殺人鬼をさえ製造していたのだ。

 今度、僕が突然帰ってきて、おやじを人殺しだといって責めた。そこで、やつははじめて、不具者の呪いを打ちあけて、親の生涯の復讐事業を助けてくれと、僕の前に手をついて、涙を流して頼んだ。僕の外科医の知識を応用してくれというのだ。

 恐ろしい妄想だ。おやじは日本じゅうから健全な人間を一人もなくして、かたわ者ばかりで埋めることを考えているんだ。不具者の国を作ろうとしているのだ。それが子々孫々の遵守すべき諸戸家の掟(おきて)だというのだ。上州辺で天然の大岩を刻んで、岩屋ホテルを作っているおやじさんみたいに、子孫幾代の継続事業として、この大復讐をなしとげようというのだ。悪魔の妄想だ。鬼のユートピアだ。

[やぶちゃん注:「上州辺で天然の大岩を刻んで、岩屋ホテルを作っている」「上州」ではないが、その近場で「岩屋ホテル」で直ちに思い浮かぶのは、埼玉県比企郡吉見町北吉見の吉見百穴のごく直近にあった(この中央位置(グーグル・マップ・データ)、通称「岩窟ホテル(巖窟ホテル)」(旧正式(?)通称「岩窟ホテル高壯館」)と称した岩山を刳(く)り抜いて作られた洋風の人口洞窟である。ウィキの「巌窟ホテル」によれば、『かつては、近隣の吉見百穴とともに観光名所になっていたが、現在は閉鎖されている』。『明治時代後期から大正時代にかけて、農夫・高橋峰吉の手によって掘られたもので、「岩窟掘ってる」が訛って「岩窟ホテル」と呼ばれるようになった』。『そのため、もともとホテルとして建設されたわけではないが、新聞報道ではホテルとして建設中であると報じられていた』。峰吉はこれ『を建設する理由について「何等功利上の目的はなく、唯純粋な芸術的な創造慾の満足と、建築の最も合理的にして完全なる範を永く後世の人士に垂れんが為」と述べている』という。安政五(一八五八)年に『農民の子として生まれた高橋峰吉は、野イチゴを放置しておいたところ』、『発酵してアルコールができたという子供のころの経験をきっかけに、穴を掘って酒蔵を作ることを思いつく』。『明治になって西洋から流入した新しい文化や技術に強いあこがれを抱いた峰吉は、寺子屋で読み書きを教わった以上の教育を受けたことはなかったものの、建築関係を中心に書物を読み漁り独学で知識を身に着けた』。明治三七(一九〇四)年六月に起工、同年九月に実作業に入り、以降、峰吉が亡くなる大正一四(一九二五)年八月までの二一年間、鑿(のみ)と鶴嘴(つるはし)を使って、たった独りで岩窟を掘り続けた。『峰吉の没後しばらくは作業が中断したものの、昭和の初めから息子の奏次が作業を引き継ぎ』、昭和三九(一九六四)年頃まで二『階部分の掘削やペイントの補修作業が続けられた』。『手作業ゆえに一日に掘り進められる距離が』三十センチメートル『と非常に短く、当初から』三代百五十『年間の建設期間を予定していたという』。『岩窟ホテルのうわさは近郊にまで広がり、大正時代のはじめころには多数の見物人が訪れ、整理券を発行するほどの盛況ぶりだったという』。『その様子はロンドンタイムズでも報じられ』、昭和二(一九二七)年『には堺利彦も小旅行で訪問している』。『峰吉の死後も見物人は後を絶たず、吉見百穴に並ぶ観光名所となった』。『しかし、第二次世界大戦末期、吉見百穴の地下一帯に軍需工場が建設されると、岩窟ホテルもその一部として使用され』、『その際、軍需工場へ続く通路が新たに掘られている』。『終戦後は再び観光名所となるが』、一九八二年と一九八七年の二『度の台風被害による崩落によって閉鎖を余儀なくされ』、『管理をしていた奏次も』一九八七『年に亡くなり、以降』、『再開されることなく』、『現在に至』っている、とある。本篇は初出が昭和四(一九二九)年、本文内の主時制も大正一四(一九二五)年(六月二十五日。山崎初代殺人事件発覚日)以降であるから、知名度からも「上州」(誤認或いは意識的なモデルのズラしであろう)という点を除けば、ここに間違いないと私は思う。画像はサイト「廃墟検索地図」のでも見られる。]

 そりゃあ、おやじの身の上は気の毒だ。しかし、いくら気の毒だって、罪もない人の子を箱詰めにしたり、皮をはいだりして、見世物小屋に曝すなんて、そんな残酷な地獄の陰謀を助けることができると思うか。それに、あいつを気の毒だと思うのは、理窟の上だけで、僕はどういうわけか、真から同情できないのだ。変だけれど、親のような気がしないのだ。母にしたって同じことだ。わが子にいどむ母親なんてあるものか。あいつら夫婦は生れながらの鬼だ。畜生だ。からだと同じに心まで曲りくねっているんだ。

 蓑浦君、これが僕の親の正体だ。僕は奴らの子だ。人殺しよりも幾層倍も残酷なことを、一生の念願としている悪魔の子なのだ。僕はどうすればいいのだ。

 ほんとうのことをいうとね。この穴の中で道しるべの糸を見失ったとき、僕は心の隅でホッと重荷をおろしたように感じた。もう永久にこの暗闇から出なくてもすむかと思うと、いっそ嬉しかった」

 諸戸はガタガタ震える両手で、私の肩を力一杯抱きしめて、夢中にしゃべりつづけた。しっかりと押しっけ合った頰に、彼の涙がしとど降りそそいだ。

 あまりの異常事に、批判力を失った私は、諸戸のなすがままに任せて、じつと身を縮めているほかはなかった。

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(41) 絶望

 

   絶望

 

 そこで、私たちはさいぜんの諸戸の考案に従って、右手で右がわの壁に触りながら、突き当たったら反対側の壁を後戻りするようにして、どこまでも右手を離さず、歩いて見ることにした。これが最後に残された唯一の迷路脱出法であった。

 私たちははぐれぬために、ときどき呼び合うほかには、黙々として果て知らぬ暗闇をたどって行った。私たちは疲れていた。耐えられぬほどの空腹に襲われていた。そして、いつ果つべしとも定めぬ旅路である。私は歩きながら(それが闇の中では一カ所で足踏みをしているときと同じ感じだったが)、ともすれば夢心地になって行った。

 春の野に、盛り花のような百花が乱れ咲いていた。空には白い雲がフワリと浮かんで、雲雀(ひばり)がほがらかに鳴きかわしていた。そこで地平線から浮き上がるようなあざやかな姿で、花を摘んでいるのは死んだ初代さんである。双生児の秀ちゃんである。秀ちゃんには、もうあのいやな吉ちゃんのからだがついていない。普通の美しい娘さんだ。

 まぼろしというものは、死に瀕した人間への、一種の安全弁であろうか。まぼろしが苦痛を中絶してくれたお蔭で、私の神経はやっと死なないでいた。殺人的絶望がやわらげられた。だが、私がそんな幻を見ながら歩いていたということは、とりも直さず、当時の私が、死と紙ひとえであったことを語るものであろう。

 どれほどの時間、どれほどの道のりを歩いたか、私には何もわからなかった。絶えず壁にさわっていたので、右手の指先が擦りむけてしまったほどだ。足は自動機械になってしまった。自分の力で歩いているとは思えなかった。この足が、止めようとしたら止まるのかしらと、疑われるほどであった。

 おそらく、まる一日は歩いたであろう。ひょっとしたら二日も三日も歩きつづけていたかもしれない。何かにつまずいて、倒れるたびに、そのままグーグー寝入ってしまうのを諸戸に起こされてまた歩行をつづけた。

 だが、その諸戸でさえ、とうとう力の尽きるときがきた。突然彼は「もうよそう」と叫んで、そこへうずくまってしまった。

「とうとう死ねるんだね」

 私はそれを待ちこがれていたように尋ねた。

「ああ、そうだよ」

 諸戸は、当たり前のことみたいに答えた。

「よく考えてみると、僕らは、いくら歩いたって、出られやしないんだよ。もうたっぷり五里以上歩いている。いくら長い地下道だって、そんなばかばかしいことはないよ。これにはわけがあるんだ。そのわけを、僕はやっと悟ることができたんだよ。なんて間抜けだろう」

 彼は烈しい息づかいの下から、瀕死の病人みたいな哀れな声で話しつづけた。

「僕はだいぶ前から、指先に注意を集中して、岩壁の恰好を記憶するようにしていた。そんなことがハッキリわかるわけもないし、また僕の錯覚かもしれないけれど、なんだか、一時間ほどあいだをおいては、全く同じ恰好の岩肌にさわるような気がするのだ。ということは、僕たちはよほど以前から、同じ道をグルグル廻っているのではないかと思うのだよ」

 私は、もうそんなことはどうでもよかった。言葉は聞き取れるけれど、意味なんか考えていなかった。でも、諸戸は遺言みたいにしゃべっている。

「この複雑した迷路の中に、突き当たりのない、つまり完全な輪になった道がないと思っているなんて、僕はよっぽど間抜けだね。いわば迷路の中の離れ島だ。糸の輪の喩えでいうと、大きなギザギザの輪の中に、小さい輪があるんだ。で、もし僕たちの出発点が、その小さい方の輪の壁であったとすると、その壁はギザギザにはなっているけれど、結局行き止まりというものがないのだ。僕たちは離れ島のまわりをどうどう巡りしているばかりだ。それじゃ、右手を離して、反対の左がわを左手でさわって行けばいいようなものだけれど、離れ島は一つとは限っていない。それがまた別の離れ島の壁だったら、やっぱり果てしもないどうどうめぐりだ」

 こうして書くと、ハッキリしているようだけれど、諸戸は、それを考え考え、寝言みたいにしゃべっていたのだし、私は私でわけもわからず、夢のように聞いていたのだ。

「理論的には百に一つは出られる可能性はある。まぐれ当たりで一ばん外がわの糸の輪にぶつかればいいのだからね。しかし、僕たちはもうそんな根気がありやしない。これ以上一と足だって歩けやしない。いよいよ絶望だよ。君一緒に死んじまおうよ」

「ああ死のう。それが一ばんいいよ」

 私は寝入りばなのどうでもなれという気持で、呑気な返事をした。

「死のうよ。死のうよ」

諸戸も同じ不吉な言葉を繰り返しているうちに、麻酔剤が効いてくるように、だんだん呂律(ろれつ)が廻らなくなってきて、そのままグッタリとなってしまった。

 だが、執念深い生活力は、そのくらいのことで私たちを殺しはしなかった。私たちは眠ったのだ。穴へはいってから一睡もしなかった疲れが、絶望とわかって、一度におそいかかったのだ。

 

江戸川乱歩 孤島の鬼(40) 暗中の水泳

 

   暗中の水泳

 

 私は子供の時分、金網の鼠取器にかかった鼠を、金網の中にはいったまま、盥(たらい)の中へ入れ、上から水をかけて殺したことがある。ほかの殺し方、たとえば火箸(ひばし)を鼠の口から突き刺す、というようなことは恐ろしくてできなかったからだ。だが、水攻めもずいぶん残酷だった。盥に水が満ちて行くに従って、鼠は恐怖のあまり、狭い金網の中を、縦横無尽に駈け廻り、昇りついた。「あいつは今どんなにか鼠取りの餌にかかったことを後悔しているだろう」と思うと、いうにいえない変な気持になった。

 でも、鼠を生かしておくわけにはいかぬので、私はドンドン水を入れた。水面と金網の上部とがスレスレになると、鼠は薄赤い口を亀甲型(きっこうがた)の網のあいだから、できるだけ上方に突き出して、悲しい呼吸をつづけた、悲痛なあわただしい泣声を発しながら。

 私は眼をつむって、最後の一杯を汲み込むと、盥から眼をそらしたまま、部屋へ逃げこんだ。十分ばかりしてこわごわ行って見ると、鼠は網の中でふくれ上がって浮いていた。

 岩屋島の洞窟の中の私たちは、ちょうどこの鼠と同じ境涯であった。私は洞窟の小高くなった部分に立ち上がって、暗闇の中で、足の方からだんだん這い上がってくる水面を感じながら、ふとその時のことを思い出していた。

「満潮の水面と、このほら穴の天井と、どちらが高いでしょう」

 私は手探りで、諸戸の腕をつかんで叫んだ。

「僕も今それを考えていたところだよ」

 諸戸は静かに答えた。

「それには、僕たちが下った坂道と、昇った坂道とどちらが多かったか、その差を考えてみればいいのだ」

「降った方が、ずっと多いんじゃありませんか」

「僕もそんなに感じる。地上と水面との距離を差引いても、まだ下った方が多いような気がする」

「すると、もう助かりませんね」

 諸戸はなんとも答えなかった。私たちは墓穴のような暗闇と沈黙の中に茫然と立ちつくしていた。水面は、徐々に、だが確実に高さを増して、膝を越え、腰に及んだ。

「君の知恵でなんとかしてください。僕はもう、こうして死を待っていることは、耐えられません」

 私は寒さにガタガタ震えながら、悲鳴を上げた。

「待ちたまえ、絶望するには早い。僕はさっきロウソクの光でよく調べてみたんだが、ここの天井は上に行くほど狭く、不規則な円錐形になっている。この天井の狭いことが、もしそこに岩の割れ目なんかがなかったら、一縷(いちる)の望みだよ」

 諸戸は考え考えそんなことをいった。私は彼の意味がよくわからなかったけれど、それを問い返す元気もなく、今はもう腹の辺までヒタヒタと押し寄せてきた水に、ふらつきながら、諸戸の肩にしがみついていた。うっかりしていると、足がすべって、横ざまに水に浮きそうな気がするのだ。

 諸戸は私の腰のところへ手をまわして、しつかり抱いていてくれた。真の闇で、二、三寸しか隔たっていない相手の顔も見えなかったけれど、規則正しく強い呼吸が聞こえ、その暖かい息が頰に当たった。水にしめった洋服を通して彼のひきしまった筋肉が、暖く私を抱擁しているのが感じられた。諸戸の体臭が、それは決していやな感じのものでなかったが、私の身ぢかに漂っていた。それらのすべてが、闇の中の私を力強くした。諸戸のお蔭で私は立っていることができた。もし彼がいなかったら、私はとっくの昔に水におぼれてしまったかもしれないのだ。

 だが、増水はいつやむともみえなかった。またたく間に腹を越し、胸に及び、喉に迫った。もう一分もすれば、鼻も口も水につかって、呼吸をつづけるためには、われわれは泳ぎでもするほかはないのだ。

「もうだめだ。諸戸さん、僕たちは死んでしまう」

 私は喉のさけるような声を出した。

「絶望しちゃいけない。最後の一秒まで、絶望しちゃいけない」諸戸も不必要に大きな声を出した。「君は泳げるかい」

「泳げることは泳げるけれど、もう僕はだめですよ。僕はもう一と思いに死んでしまいたい」

「何を弱いことをいっているんだ。なんでもないんだよ。暗闇が人間を臆病にするんだ。しっかりしたまえ。生きられるだけ生きるんだ」

 そして、ついに私たちは水にからだを浮かして軽く立ち泳ぎをしながら、呼吸をつづけねばならなかった。

 そのうちに手足が疲れてくるだろう。夏とはいえ地底の寒さに、からだが凍ってくるだろう。そうでなくても、この水が天井まで一杯になったら、どうするのだ。私たちは水ばかりで生きられる魚類ではないのだ。愚かにも私はそんなふうに考えて、いくら絶望するなといわれても、絶望しないわけには行かなかった。

「蓑浦君、蓑浦君」

 諸戸に手を強く引かれて、ハッと気がつくと、私はいつか夢心地に、水中にもぐっているのであった。

「こんなことを繰り返しているうちに、だんだん意識がぼんやりして、そのまま死んでしまうのに違いない。なあんだ。死ぬなんて存外呑気(のんき)な楽なことだな」

 私はウツラウツラと寝入りばなのような気持で、そんなことを考えていた。

 それから、どれくらい時間がたったか、非常に長いようでもあり、また一瞬間のようにも思われるのだが、諸戸の狂気のような叫び声に私はふと眼を醒ました。

「蓑浦君、助かった。僕らは助かったよ」

 だが、私は返事をする元気がなかった。ただ、その言葉がわかったしるしに、力なく諸戸のからだを抱きしめた。

「君、君」諸戸は水中で、私を揺り動かしながら「いきが変じゃないかね。空気の様子が普通とは違って感じられやしないかね」

「ウン、ウン」

 私はぼんやりして、返事をした。

「水が増さなくなったのだよ。水が止まったのだよ」

「引汐になったの」

 この吉報に、私の頭はややハッキリしてきた。

「そうかもしれない。だが、僕はもっと別の理由だと思うのだ。空気が変なんだ。つまり空気の逃げ場がなくて、その圧力で、これ以上水が上がれなくなったのじゃないかと思うのだよ。そら、さっき天井が狭いから、もし裂け目がないとしたら、助かるって言っただろう。僕ははじめからそれを考えていたんだよ。空気の圧力のお蔭だよ」

 洞窟は私たちをとじこめた代りには、洞窟そのものの性質によって、私たちを助けてくれたのだ。

 その後の次第を詳しく書いていては退屈だ。手っ取り早く片付けよう。結局、私たちは水攻めを逃れて、再び地底の旅行をつづけることができたのだ。

 引汐まではしばらく間があったけれど、助かるとわかれば、私たちは元気が出た。そのあいだ水に浮いていることくらいなんでもなかった。やがて引汐がきた。増した時と同じくらいの速度で、水はグングン引いて行った。もっとも、水の入口は、洞窟よりも高い箇所にあるらしく(だから、ある水準まで汐が満ちた時、一度に水がはいってきたのだ)その入口から水が引くのではなかったけれど、洞窟の地面に、気づかぬほどの裂け目がたくさんあって、そこからグングン流れ出して行くのだ。もしそういう裂け目がなかったら、この洞窟には絶えず海水が満ちていたであろう。さて数十分の後、私たちは水の滴れた洞窟の地面に立つことができた。助かったのだ。だが、講釈師ではないけれど、一難去ってまた一難だ。私たちは今の水騒ぎでマッチをぬらしてしまった。ロウソクはあっても点火することができない。それに気づいたとき、闇のため見えはしなかったけれど、私たちはきっとまっ青になったことにちがいない。

「手さぐりだ。なあに、光なんかなくったって、僕らはもう闇になれてしまった。手さぐりの方がかえって方角に敏感かもしれない」

 諸戸は泣きそうな声で、負けおしみをいった。

 

2017/11/15

江戸川乱歩 孤島の鬼(39) 魔の淵の主

 

   魔の淵の主

 

 

「そのほかに方法はない」闇の中から、突然、諸戸の声がした。「君はこの洞窟の、すべての枝道の長さを合わせるとどのくらいあると思う。一里か二里か、まさかそれ以上ではあるまい。もし二里あるとすれば、われわれはその倍の四里歩けばよいのだ。四里歩きさえすれば確実にそとへ出ることができるのだ。迷路という怪物を征服する方法は、このほかにないと思うのだよ」

「でも、同じところをどうどうめぐりしていたら、何里歩いたってしようがないでしょう」

 私はもうほとんど絶望していた。

「でも、そのどうどうめぐりを防ぐ手段があるのだよ。僕はこういうことを考えてみたんだ。長い糸で一つの輪を作る。それを板の上に置いて、指でたくさんのくびれをこしらえるのだ。つまり糸の輪を紅葉(もみじ)の葉みたいに、もっと複雑に入組んだ形にするのだ。このほら穴がちょうどそれと同じことじゃないか。いわばこのほら穴の両がわの壁が、糸に当たるわけだ。そこで、もしこのほら穴が糸みたいに自由になるものだったら、すべての枝道の両側の壁を引きのばすと、一つの大きな円形になる。ね、そうだろう。でこぼこになった糸を元の輪に返すのと同じことだ。

 で、もし僕らが、たとえば右の手で右の壁にさわりながら、どこまでも歩いて行くとしたら、右がわを伝って行止まれば、やっぱり右手でさわったまま、反対がわをもどって、一つ道を二度歩くようにして、どこまでもどこまでも伝って行けば、壁が大きな円周を作っている以上は、必らず出口に達するわけだ。糸の例で考えると、それがハッキリわかる。で、枝道のすべての延長が二里あるものなら、その倍の四里歩きさえすれば、ひとりでに元の出口に達する。迂遠なようだがこのほかに方法はないのだよ」

 ほとんど絶望におちいっていた私は、この妙案を聞かされて、思わず上体をしゃんとして、いそいそとして言った。

「そうだ、そうだ。じゃあ、今からすぐそれをやってみようじゃありませんか」

「むろんやってみるほかはないが、何もあわてることはないよ。何里という道を歩かなければならないのだから。充分休んでからにしたほうがいい」

 諸戸はそう言いながら、短くなった煙草を投げ捨てた。

 赤い火が鼠花火(ねずみはなび)のように、クルクルとまわって二、三間向こうまでころがって行ったかと思うと、ジュッといって消えてしまった。

「おや、あんなところに水溜りがあったかしら」

 諸戸が不安らしくいった。それと同時に、私は妙な物音を聞きつけた。ゴボッゴボッという、瓶の口から水の出るような、一種異様な音であった。

「変な音がしますね」

「なんだろう」

 私たちはじっと耳をすました。音はますます大きくなってくる。諸戸は急いでロウソクをともし、それを高く掲げて、前の方をすかして見ていたが、やがて驚いて叫んだ。

「水だ、水だ、このほら穴は、どっかで海に通じているんだ。潮が満ちてきたんだ」

 考えてみると、さっき私たちはひどい坂を下ってきた。ひょっとすると、ここは水面よりも低くなっているのかもしれない。もし水面よりも低いとすると、満潮のため海水が浸入すれば、そとの海面と平均するまでは、ドンドン水嵩(みずかさ)が増すにちがいない。

 私たちの坐っていた部分は、その洞窟の中で一ばん高い段の上であったから、つい気づかないでいたけれど、見ると水はもう一、二間のところまで追ってきていた。

 私たちは段を降りると、ジャブジャブと水の中を歩いて、大急ぎで元きた方へ引き返そうとしたけれど、ああ、すでに時機を失していた。諸戸の沈着がかえってわざわいをなしたのだ。水は進むに従って深く、もときた穴は、すでに水中に埋没してしまっていた。

「別の穴を探そう」

 私たちは、わけのわからぬことを、わめきながら、洞窟の周囲を駈けまわって、別の出口を探したが、不思議にも、水上に現われた部分には、一つの穴もなかった。私たちは不幸なことには、偶然寒暖計の水銀溜のような、袋小路へ入り込んでいたのだ。想像するに、海水はわれわれの通ってきた穴の向こうがわから曲折して流れ込んできたものであろう。その水の増す勢いが非常に早いことが、私たちを不安にした。潮の満ちるに従ってはいってくる水ならこんなに早く増すはずがない。これはこの洞窟が海面下にある証拠だ。引潮のときは、わずかに海上に現われているような岩の裂け目から、満潮になるや否や、一度にドッと流れ込む水だ。

 そんなことを考えているあいだに、水は、いつか私たちの避難していた段のすぐ下まで押しよせていた。

 ふと気がつくと、私たちの周囲を、ゴソゴソと無気味にはい廻るものがあった。ロウソクをさしつけて見ると、五、六匹の巨大なカニが、水に追われてはい上がってきたのであった。

「ああ、そうだ。あれがきっとそうだ。蓑浦君、もう僕らは助からぬよ」

 何を思い出したのか、諸戸が突然悲しげに叫んだ。私はその悲痛な声を聞いただけで、胸が空っぽになったように感じた。

「魔の淵の渦がここに流れ込むのだ。この水の元はあの魔の淵なんだ。それですっかり事情がわかったよ」諸戸はうわずった声でしゃべりつづけた。「いつか船頭が話したね。丈五郎の従兄弟という男が諸戸屋敷を尋ねてきて、間もなく魔の淵へ浮き上がったって。その男がどうかしてあの呪文を読んで、その秘密を悟り、私たちのようにこの洞穴へはいったのだ。井戸の石畳を破ったのもその男だ。そして、やっぱりこの洞窟へ迷い込み、われわれと同じように水攻めにあって、死んでしまったのだ。それが引潮とともに、魔の淵へ流れ出したんだ。船頭がいっていたじゃないか。ちょうどほら穴から流れ出した恰好で浮き上がっていたって。あの魔の淵の主というのは、つまりは、この洞窟のことなんだよ」

 そういううちにも、水ははや私たちの膝を濡らすまでに迫ってきた。私たちは仕方なく、立ち上がって、一刻でも水におぼれる時をおくらそうとした。

 

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