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カテゴリー「大手拓次」の60件の記事

2023/03/21

大手拓次譯詩集「異國の香」 うた(ギユスターブ・カアン)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  う た カアン

 

おおはなやかなきれいな四月、

おまへの陽氣な唄のこゑ、

白いリラ、 さんざしの花、 枝をもれくる黃金(こがね)の日ざし、

でもわたしに何であろ、

可愛い女は遠くへはなれ、

北國のさ霧のなかにゐるものを。

 

おおはなやかなきれいな四月、

二度の逢瀨はつれないゆめよ、

おおはなやかなきれいな四月、

かあい女がまたやつてくる。

リラの花、 黃金(きん)の日ざしの花かざり、

もう、 わたしは有頂天、

 

はなやかなきれいな四月。

 

[やぶちゃん注:ギュスターヴ・カーン(Gustave Kahn 一八五九年~一九三六年)はフランスの詩人。サイト「鹿島茂コレクション」の「18,19世紀の古書・版画のストックフォト」のこちらによれば、メッス生まれ。国立古文書学校を卒業後、四年間、アフリカに滞在した。その後、パリで『ヴォーグ』(La Vogue:「流行・人気」の意)、『独立評論』(Revue independante)の『両誌で、編集者としてアルチュール・ランボー、ジュール・ラフォルグらの作品を積極的に紹介し、また、自ら』も、詩人として「自由詩」(Vers libre)を『実践することで当時の文学運動の中心的存在となった。また美術批評も多く残しており、紹介文を書いている』美術評論家『フェリクス・フェネオン Felix Feneon』(一八六一年~一九四四年)『とともに後期印象派の画家たちを擁護した』とある人物である。幾つかのフランス語の単語で検索したが、原詩は遂に見当たらなかった。

「リラ」フランス語「Lilas」。モクセイ目モクセイ科ハシドイ属ライラック Syringa vulgaris のこと。紫色の花がよく知られるが、白いものもある。学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。

「さんざし」「山査子・山樝子」で落葉低木のバラ目バラ科サンザシ属 Crataegus。タイプ種はサンザシ Crataegus cuneata同前(属名)でリンクを張っておく。]

2023/03/18

大手拓次譯詩集「異國の香」 Nereid(アレクサンドル・ブーシキン)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  Nereid ブーシキン

 

タウリスの黃金の岸辺に接吻する白綠の波にあひだに、

私は海の女神を見た、 曙が空のはてにひらめくとき。

私はオリーブの木の間にかくれて吐息をつかうとした、

この若い半神の女神が海のうへにのぼるとき。

彼女のわかい白鳥のやうに白い胸は高まる水の上にみえ、

彼女のやはらかい髮の毛から浮める花環のなかに泡をしぼり出す。

 

[やぶちゃん注:二行目末は底本では、何かが打たれているようだが、甚だ薄く、句点か読点かは不明である。取り敢えず、四行目に倣って句点を配した。作者は言うまでもないが、ロシア近代文学の嚆矢とされる大詩人アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(Александр Сергеевич Пушкин/ラテン文字転写:Aleksandr Sergeyevich Pushkin 一七九九年~一八三七年)である。恐らくは、英訳からの重訳と思われる。ロシア語の原詩と英訳が載るこちらの英文サイトをリンクしておく。

Nereid」英語音写は「ネレイド」。ギリシア神話に登場する海に棲む女神たち、或いはニンフたちの総称。「ネーレーイス」「ネレイス」(以上、単数形)「ネーレーイデス」「ネレイデス」(以上、複数形)と呼ばれる。当該ウィキによれば、『彼女たちは「海の老人」ネーレウスとオーケアノスの娘ドーリスの娘たちで』、『姉妹の数は』五十『人とも』百『人ともいわれ』、『エーゲ海の海底にある銀の洞窟で父ネーレウスとともに暮らし、イルカやヒッポカムポス』(神獣で半馬半魚の海馬)『などの海獣の背に乗って海を移動するとされた』とある。

「タウリス」Taurus(英語の音写は「トォーラス」)。西洋の占星術で「黄道十二宮」(the signs of the zodiac:獣帯(じゅうたい)とも言う)の「牡牛座」(おうしざ:金牛宮(きんじゅうきゅう))を指す。]

大手拓次譯詩集「異國の香」 唄(ジョン・リチャード・モーアランド)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

    モーアランド

 

かなしみをもてわれをとらへ、 いましめよ、

なほも、 恐れをもてわが心を 刺(さ)せよ、

もえあがるよろこびのちさきほのほを

なみだもて消せよ。

 

汝(な)が知れるかぎりの敏(さと)き手だてを試みよ、

すべてのたくみなるわざを用ゐよ………

されど されど わが心のなかのうたごゑを

なれはとめえじ!

 

[やぶちゃん注:アメリカの詩人・作家ジョン・リチャード・モーアランド(John Richard Moreland 一八七八年~一九四七年)はバージニア州ノーフォークで生まれで、同地で没した。一九二一年に詩誌『poetry』を創刊している。原詩は探し得なかった。

「用ゐよ」はママ。]

大手拓次譯詩集「異國の香」 若い女のやうな春(ローラ・ベンネット)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  若い女のやうな春 ベンネツト

 

おほきく眼をひらいた街のかなたに

子を產んだ若い女のやうな春が

ためらひがちな足どりでやつてきた。

鋼(はがね)のやうな冷(つめ)たい霙がふり、

さけたみどりの莖のやうに吹きあれた風も

もはや たえだえになり、

その眼のかげにかくれてゐる

ヒヤシンス色の夜のとばりも

菫と薔薇とのおぼろのなかに消えうせる。

 

[やぶちゃん注:Laura Bennettで探してみたが、人物も詩篇も見出せなかった。識者の御教授を乞う。]

2023/03/17

大手拓次譯詩集「異國の香」 濕氣ある月(アンリ・バタイユ)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

 濕 氣 あ る 月 バタイユ

 

洗濯場の灰色の玻璃窓から、

そこに、 秋の夜の傾くのを見た。

誰かしら、 雨水の溜つた溝に沿うて步いてゆく、

旅人よ、 昔の旅人よ、

羊飼が山から降る時に

お前の行く所に急げよ。

お前の行く所に竃(かまど)火は消えてゐる。

お前がたどりつく國には門が閉ざされてゐる。

廣い路は空しく、 馬ごやしの響(ひびき)は恐ろしいやうに逡くの方から鳴つて來る、

急いで行けよ。

古びた馬車のともしびが瞬いてゐる、

これが秋だらう。

秋はしつかりとして、 ひややかに眠つてゐる、

厨房(くりや)の底の藁の椅子の上に、

秋は葡萄の蔓(つる)の枯れた中に歌つてゐる。

此時に、 見出されない屍、

靑白い溺死者は波間に漂ひながら夢見てゐる。

起り來る冷たさを先づ覺えて、

深い深い甕(かめ)のなかに隱れやうと沈んでゐる。

 

[やぶちゃん注:アンリ・バタイユ(Henry Bataille 一八七二 年~一九二二年)はフランスの詩人で劇作家。ニーム生まれ。美術学校に入り、画家を志したが、二十二歳で文学に転じた。一八九五年、詩人としての処女詩集「白い部屋」(La Chambre blanche)を出し、「美しき航海」(Le Beau Voyage一九〇四年)などを発表したが、評価されず、後に戯曲転校して成功を収め、当該ウィキによれば、『第一次世界大戦前のフランス劇壇の流行児となった』。『生前は』、『現代生活における愛や感情の危機を描いてもてはやされたが、今日では』、『彼の言う「正確なリリシズム」なるものが、不健康な主題や』、『あいまいな境遇を』、『ロマン的な虚飾で飾り立てたものに過ぎないと見なされて』おり、彼の『作品が上演されることは』、『ほとんどない』とある。原詩は発見出来なかった。

 最終行の「隱れやう」はママ。

 なお、本篇は原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)に収録されているのであるが、明かに有意に本篇とは異なった原稿に拠ったものと思われるものであるので助詞・表記(「ゐる」の一部が複数「る」となっている)・句読点・改行違い・行空け(原氏のそれは三連構成。但し、これは原氏が原詩に基づいて行った仕儀の可能性が高いが、そのままそれを採用する)と、明確な異同が、多数、ある)、以下に、以上の本篇をベースとして、その復元(原氏のそれは新字体)を試みる。

   *

 

 濕 氣 あ る 月 アンリ・バタイユ

 

洗濯場の灰色の玻璃窓から、

そこに、 秋の夜の傾くのを見た。

誰かしら、 雨水の溜つた溝に沿うて步いて行く、

旅人よ、 昔の旅人よ、

羊飼が山から降りる時に

お前の行く所に、 急げよ。

 

お前の行く所に竃(かまど)火は消えてゐる。

お前のたどりつく國には門が閉ざされてゐる。

廣い路は空しく、 馬ごやしの響(ひびき)は恐ろしいやうに逡くの方から鳴つて來る。 急いで行けよ。

古びた馬車のともしびが瞬いてる、

これが秋だらう。

 

秋はしつかりとして、 ひややかに眠つてる、

厨房(くりや)の底の藁の椅子の上に、

秋は葡萄の蔓(つる)の枯れた中に歌つてる。

此時に見出されない屍、

靑白い溺死者は波間に漂ひながら夢見てる。

起り來る冷たさを先づ覺えて、

深い深い甕(かめ)のなかに隱れようと沈んでゐる。

 

   *]

2023/03/16

大手拓次譯詩集「異國の香」 郡の市場(ミンナ・イルビング)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  郡 の 市 場 イルビング

 

馬と騾馬、 牛と羊、

犬小屋のなかの犬、 檻(をり)のなかの豚、

ひよつこと鳩、 北京鴨(ぺきんがも)、

七面鳥に鵞鳥にほろほろてう、

りんごと梨とさつまいも、 穀物

めづらしい寳石のやうに綺麗なジエリー、

黃色い南瓜(とうなす)と薄荷棒(はつかぼう)、

郡(ぐん)の市場へおいでなさい。

ぴゆるぴゆる、 ひんひん、

めえめえ、 わんわん、

けつこう、 こつこ、 チユーチユー、 ギヤーギヤー、

もうもう、 クウクウ、 またゴウルゴウル、

けえけえいふ角笛、 とキーキーいふ車のわだち、

よろこんで大さわぎする叫びこゑ、

『おい、 そりやじやうだんだよ、 君』

大笑ひと、 いちやつきと、 レモン水、

郡の市場へおいでなさい。

 

[やぶちゃん注:巻末の目次に「ミンナ・イルビング」とあるのだが、ミンナ・アーヴィングでMinna Irvingの綴りで調べると、同名で生没年の異なる女性詩人がいるのだが、当該詩篇を見出せず、お手上げ。

「騾馬」哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属ラバ Equus asinus × Equus caballus  。♂のロバ(ウマ属ロバ亜属アフリカノロバ 亜種ロバ Equus africanus asinusと♀のウマの交雑種の家畜、北米・アジア(特に中国)・メキシコに多く、スペインやアルゼンチンでも飼育されている。逆の交配(♂のウマと♀のロバの配合)で生まれる家畜をケッテイ(駃騠:ウマ属ケッテイ Equus caballus × Equus asinus)と呼ぶが、ケッテイと比較すると、ラバは育てるのが容易であり、体格も大きいため、より広く飼育されている。私の「和漢三才圖會卷第三十七 畜類 騾(ら) (ラバ/他にケッティ)」を参照されたい。]

2023/03/15

大手拓次譯詩集「異國の香」 野のチユーリツプ(ヒルダ・コンクリング)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  野のチユーリツプ コンクリング

 

鬼百合の葉のやうにまだらがあり、

まつくろい頸飾(くびかざ)りをつけたチユーリツプを

(そこにはみどりの覆ひをもつてゐる)

神樣はこしらへたのだ、

また、 神樣は動いてゆく寶石のやうな氷河をつくつた、

神樣は日にかがやく眞赤な雲のやうなチユーリツプをもつくつた。

けれど私にはわからないよ、

どうして、 それが花になつたり、

また大きな夢のやうな氷河になつたりするのか?

 

[やぶちゃん注:作者のついては、前回の私の注を参照されたい。本篇は、前回の詩篇と同じく、彼女の詩集「Shoes of the wind」の「Wild Tulip」である。以上の原著の当該部を参考にして原詩を引く。

   *

 

   WILD TULIP

 

Mottled like the tiger-lily leaf,

With black necklace clinging,

( Of course it has a green cloak I )

God has made a tulip.

He made the glacier like a moving jewel.

He made the tulip

Like a red cloud lighted by the sun.

I wonder how it feels to make a flower

Or a glacier like a great dream !

 

   *]

大手拓次譯詩集「異國の香」 古い眞鍮の壺(ヒルダ・コンクリング)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

  古い眞鍮の壺 コンクリング

 

ふるい眞鍮の壺が隅のはうにゐてちかちかひかり、

臺所の鍋(パン)にむかつてしかめつつらをしてゐる。

強情な王樣のやうに

ぢつとすわりこんで不氣嫌な顏をして……

私が見えなくなると

ほかの者を追ひつかふ。

あの壺は女神(めがみ)からもらつた賜なのだ。

私はどうしたらいいだらう?

 

私がほしいといへば、

壺はお米を煮てくれる。

お汁(つゆ)がほしいといへば、

それもこしらへてくれる。

あいつは魔怯だ、

けれど始終ぶつぷつつぶやいてゐる。

あいつさへゐなければ、

私の小屋(こや)もほんとに樂しく愉快なのだけれど、

窓のそとにはウイスタリアの花がひろびろと咲いてゐて……

私はどうしたらいいだらう?

 

壺はフライパンに

鈎(かぎ)の上にとまれといひつけた……

それからきぴしいこゑで

ほかの鍋(パン)にもいひつけた……

みんな私のこぢんまりした臺所で

幸福にくらせるのに!

敎へてください――きつと貴方はそつと敎へてくれるにちがひない――

私はどうしたらいいだらう?

 

[やぶちゃん注:詩人ヒルダ・コンクリング(Hilda Conkling 一九一〇年~一九八六年)については、本書巻末の目次の名の後に、『(十三歲の少年詩人)』とある(編者の逸見享氏による書き入れか)。私は知らなかったし、日本語で検索をかけても、誰も書いていない。名前の英文綴りを適当に調べて検索したところ、英文ウィキのこちらで、発見した。而して、この詩人は「少年」ではなく、「少女」である。大手拓次は昭和九(一九三四)年四月十八日に亡くなっているが、その時点でも彼女は二十四歳である。そのウィキによれば、彼女の父はマサチューセッツ州ノーサンプトンにあるスミス大学の英語の助教授で、ヒルダはニューヨーク州生まれ。父親は彼女が四歳の時に亡くなっている。未だ幼い四歳から十四歳にかけて、その詩の殆んどを作り、彼女自身は、それらを自分では書き留めていなかった。しかし、彼女の母親が会話の中に出てくるそれらの詩篇をその場で、或いは後で記憶をもとに書き留めておいた、とある。ヒルダが大きくなるにつれ、母は詩を記録することをやめ、また、ヒルダ自身、成人になってからは、自ら詩を書いたことも知られていない、とある。ヒルダの詩の殆どは自然に関わるもので、時には単に説明的なものもあれば、ファンタジーの要素が混じったものもある。他の多くのテーマは、母親への愛、物語や空想、彼女を喜ばせた写真や本を対象としているが、これらのテーマの多くは独立してあるのではなく、絡み合っていている、とある。彼女は、植物や動物の描写にしばしば比喩を利用している、ともあった。ヒルダの詩が収められた三冊の詩集は、彼女の生前に出版されており、「幼い少女の詩」(Poems by a Little Girl :一九二〇 年刊。アメリカの古典復興への回帰を主唱したイマジスト派の女流詩人エイミー・ローレンス・ローウェル(Amy Lawrence Lowell 一八七四 年 ~一九二五 年)の序文附き)・「風の靴」(Shoes of the Wind:一九二二 年刊)、「銀の角」(Silverhorn:一九二四年) がそれである。彼女の詩は、二種の詩のアンソロジーにも採られてあり、彼女については、詩を含め、その最初の詩集以前に、多くの雑誌に掲載された、ともある。第一詩集に載る彼女ポートレートはこれである。しかし、「Internet archive」の彼女のページを見るに、他にも著作があることが判る。

 さて、そこで調べてみたところ、本篇は、詩集「Shoes of the wind」の「The old brass potであることが判った。原著の当該部を参考にして原詩を引く。

   *

 

   THE OLD BRASS POT

 

The old brass pot in the comer

Shines and scowls at the kitchen pans;

Like a stubborn king

He sits and frowns . . .

Orders them about

When I’m not looking.

He was a gift from the fairy queen . .

What can I do ?

 

He boils rice when I want it,

Makes broth when it is needed.

He is magic

But he growls all day.

Without him it would be pleasant and comfortable

In my little cottage

With wistaria growing over the open windows . . .

What can I do ?

 

He tells the frying pan

To stay on its hook . . .

He shouts at the other pans

In a gruff voice . . .

They all might be so happy

In my cozy kitchen !

Tell me . . . but you must whisper . . .

what can I do ?

 

   *

「ウイスタリア」(wistaria)は「wisteria」と同じで、「藤」、マメ目マメ科マメ亜科フジ連フジ属 Wisteria のフジ類を指す。本邦で愛されるフジ(ノダフジ) Wisteria floribundaとヤマフジ Wisteria brachybotrys は日本固有種であるが、アメリカにはアメリカ固有種のアメリカフジ Wisteria frutescens が植生するから、それである。]

2023/03/14

大手拓次譯詩集「異國の香」 薔薇の連禱(レミ・ド・グールモン)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

 

   薔 薇 の 連 禱 グルモン

 

         ――上田敏氏の譯し落した部分から――

 

 靑銅の色の薔薇の花、 太陽に灼(や)かれた煉粉、 靑銅の色の薔薇の花、 烈しい投槍がお前の肌にあたつて潰(つぶ)れる、 僞善の花、 無言の花。

 

 火の色の薔薇の花、 背いた肉のために特別な坩堝(るつぼ)、 火の色の薔薇の花、 おゝ子供の時の同盟者の天命、 僞善の花、 無言の花。

 

 肉色の薔薇の花、 魯鈍な、 健康の滿ちた薔薇の花、 肉色の薔薇の花、 お前は吾等に非常に赤い又溫和な酒を飮ませて、 そそのかす、 僞善の花、 無言の花。

 

 櫻色の繻子の薔薇の花、 凱旋した唇の優美な寬大、 櫻色の繻子の薔薇の花、 彩(いろど)つたお前の口は吾等の肉の上に、 迷想(めいさう)の葡萄色の印章を置いた。

 

 處女の心の薔薇の花、 まだ話したことのない、 ぼんやりした淡紅色(ときいろ)の靑年、 處女の心の薔薇の花、 お前は吾等に何も言はなかつた、 僞善の花、無言の花。

 

 すぐり色の薔薇の花、 汚辱と可笑(をか)しい罪惡の赤い色、 すぐり色の薔薇の花、 人々がお前の外衣(うはおほひ)を大層皺(しわ)にした、 僞善の花、 無言の花。

 

 夕暮の色の善薇の花、 退屈に半ば死んだ人、 晚霞の煙、 夕暮の色の薔薇の花、お前は勞れたお前の手を接吻しながら戀わづらひをする、 僞善の花、 無言の花。

 

 紫水晶の薔薇の花、 朝の星、 司敎の慈愛、 紫水晶の善薇の花、 お前は信心深い、 やはらかい胸の上に眠る、 聖母マリアに捧げた寶玉、 おゝ玉のやうな修道女、 僞善の花、 無言の花。

 

 濃紅色の薔薇の花、 羅馬敎會の血の色の薔薇の花、 濃紅色の薔薇の花、 お前は戀人の大きい眼を想ひ出させる、 彼女の靴下留めの結び目にひとりならずお前をさすだらう、 僞善の花、 無言の花。

 

 法王の薔薇の花、 世界を祝福する御手から水そそぐ薔薇の花、 法王の薔薇の花、 黃金お前の心は銅のやうである、 空しい花冠の上に珠となる淚は、それはクリストのおなげきである、 僞善の花、 無言の花。

 僞善の花。

 無言の花。

 

[やぶちゃん注:レミ・ド・グールモン(Remy de Gourmont 一八五八年~一九一五年)はフランスの批評家・詩人・小説家。ノルマンディーの名門の出身で、カーン大学に学び、後、パリの国立図書館司書となるが、免官された。『メルキュール・ド・フランス』(Mercure de France)誌に載せた論文「愛国心という玩具」(Le Joujou patriotisme:一八九一年四月)の過激な反愛国主義的口調のためであった。その頃、今一つの不幸が彼をみまう。「真性皮膚結核(true cutaneous tuberculosis)」の「尋常性狼瘡(ろうそう)(lupus vulgaris)」(皮膚結核の一型。病態により違いがあるが、私がネットで確認出来たものでは、かなり激しい顔面の特に頬に出現することが多い、不整形の強い紅色を呈した凹凸が生じ、ひどくなると顔が崩れたように見える)という病いが醜い跡を顔に残して、一層の孤独幽閉の生活を強いられたからである。この二つの出来事と重なり合って始まる彼の文学活動は、象徴主義的風土と充実した生の現実、知的生活と感覚的生活、プラトニックな恋愛と官能的恋愛の間を、絶え間なく微妙に揺れ動きつつ、バランスを保った。有名な「シモーヌ」(Simone, poème champêtre:一九〇一年)詩編を含む「慰戯詩集」(Divertissements. Poèmes en vers:一九一二年)、二十世紀を見事に先取りした作品「シクスティーヌ或いは頭脳小説」(Sixtine, roman de la vie cérébrale:一八九〇年)、そして、特に傑作とされる「悍婦(アマゾーヌ)への手紙」(Lettres à l'Amazone:一九一四年)等、孰れも前記のテーマに沿っている。批評家としての彼は、「観念分離」なる用語を用いて、観念、或いは、イメージの月並み部分を排除することを説いたが、実をいうと、例の反愛国主義的論文も、それの一例であった。批評での知られた作品が多い(以上は小学館「日本大百科全書」を主文に用いた)。

 本詩篇の原形は彼の最初期の詩篇で、一八九二年『メルキュール・ド・フランス』社刊の「薔薇連禱」(Litanies de la rose)の一部である。但し、所持する一九六二年岩波文庫「上田敏全訳詩集」(山内義雄・矢野峰人編)の「解題」に従うなら、上田が行った抜粋訳は同社の一八九六年刊の‘Le Pèlerin du silence, contes et nouvelles’(「沈黙の巡礼者、物語と短編小説」)に載る版を元にした訳で大正二(一九一三)年一月発行の北原白秋編集の文芸誌『朱欒(ザンボア)』(三ノ一)に発表されたものである。原詩全体はフランス語サイトのこちらにある四十八連(冒頭の「Fleur hypocrite,」と下げの「Fleur du silence.」、及び最後の「Fleur hypocrite,」と「Fleur du silence.」を独立一連と数えた)からなるものが初版のものである。上田敏の訳した分は、彼の訳詩集「牧羊神」(上田の死から四年後の大正九年十月に金尾文淵堂から刊行)に載り、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらから視認出来るが、六十三連を数える。読み難ければ、「青空文庫」のこちらに、概ね正字化(残念ながら、題名が「薔薇連祷」なのは鼻白んだ)されてあるので見られたいが、異様に連数が多いのはやはり、「沈黙の巡礼者、物語と短編小説」に載る版をもとにしているからであろうか。そちらの後発版の原詩を探す気には、もう、なれない。悪しからず。

 なお、以上の本文では、一箇所だけ、操作を加えた。それは第七連目の「晚霞の煙、 」の箇所である。この「晚霞の煙」は底本では行末にきており、読む分には改行で意識上では無意識にブレイクが入って違和感がないのであるが、以下に示す岩波の原子朗氏の版では、「晚霞の煙、」となっているのである。これは物理的に、底本の版組が、行末に禁則処理としての読点を打てない組版であったが故に、かくなったものと考えられるからである。そもそも「晚霞の煙夕暮の色の薔薇の花、」では、詩句として全く以って成立していない。されば、「、 」を挿入したものである。

「すぐり色」「赤い色」と続くから、これはユキノシタ目スグリ科スグリ属フサスグリ Ribes rubrum ととる。漢字では「房酸塊」で、当該ウィキによれば、『ヨーロッパ原産。果実の色が赤色の系統をアカスグリ(赤すぐり、レッドカーラント)、白色の系統をシロスグリ(白すぐり)と呼ぶ。黒色のクロスグリ(カシス)は別種である。別名としてフランス語由来でグロゼイユ(Groseille)とも』あり、まさに上記の初版詩篇にもこの一連はあった。

   *

Rose groseille, honte et rougeur des péchés ridicules, rose groseille, on a trop chiffonné ta robe, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

である。

 但し、どうも、拓次の本詩集の本篇は、不全なものであるらしい。原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年岩波文庫刊)に載るものは、二十三連あるからである。以下に本底本詩集に合わせて恣意的に概ね正字化し、操作(原氏のもので添えられてある一部の読みを添えた。これは拓次が振ったもので、読みが振れると判断されたものを原氏がチョイスして挿入したものである。拓次の原稿は概ね漢字にルビを振ってあるのだそうである)を加えたものを以下に示す。原氏のそれでは、各連の頭が行頭で、二行目に及ぶ時は、二行目以降は総て一字下げであるが、ブログではブラウザの不具合が生ずるので無視し、本詩集と同様にした。而して、これは初版のフレーズやコンセプトと概ね一致を見る

   *

 

   薔 薇 の 連 禱 グルモン

 

         ――上田敏氏の譯し落した部分から――

 

 靑銅の色の薔薇の花、 太陽に灼(や)かれた煉粉、 靑銅の色の薔薇の花、 烈しい投槍がお前の肌にあたつて潰(つぶ)れる、 僞善の花、 無言の花。

 

 火の色の薔薇の花、 背いた肉のために特別な坩堝(るつぼ)、 火の色の薔薇の花、 おゝ子供の時の同盟者の天命、 僞善の花、 無言の花。

 

 肉色の薔薇の花、 魯鈍な、 健康の滿ちた薔薇の花、 肉色の薔薇の花、 お前は吾等に非常に赤い又溫和な酒を飮ませて、 そそのかす、 僞善の花、 無言の花。

 

 櫻色の繻子の薔薇の花、 凱旋した唇の優美な寬大、 櫻色の繻子の薔薇の花、 彩(いろど)つたお前の口は吾等の肉の上に、 迷想(めいさう)の葡萄色の印章を置いた。

 

 處女(をとめ)の心の薔薇の花、 まだ話したことのない、 ぼんやりした淡紅色(ときいろ)の靑年、 處女の心の薔薇の花、 お前は吾等に何も言はなかつた、 僞善の花、無言の花。

 

 すぐり色の薔薇の花、 汚辱と可笑(をか)しい罪惡の赤い色、 すぐり色の薔薇の花、 人人がお前の外衣(うはおほひ)を大層皺(しわ)にした、 僞善の花、 無言の花。

 

 夕暮の色の善薇の花、 退屈に半ば死んだ人、 晚霞(ゆふやけ)の煙、 夕暮の色の薔薇の花、お前は勞(つか)れたお前の手を接吻しながら戀わづらひをする、 僞善の花、 無言の花。

 

 あをい薔薇の花、 虹色の薔薇の花、 シメールの眼の花の怪物、 あをい薔薇の花、 お前の瞼(まぶた)をすこしお開(あ)け、 お前はお前が人に見られるのが怖いのか、 眼のなかの眼シメールよ、 僞善の花、 無言の花。

 

 みどりの薔薇の花、 海の色の薔薇の花、 女怪(シレーヌ)の臍(へそ)、 みどりの薔薇の花、 波のやうにゆらゆらする又物語めいた寶玉、 指がお前に觸れたなら、 そのままお前は水になる、 僞善の花、 無言の花。

 

 紅玉色の薔薇の花、 龍の黑い額に咲いた薔薇の花、 紅玉色の薔薇の花、 お前は帶の留金にすぎない、 僞善の花、 無言の花。

 

 朱色の薔薇の花、 溝のなかに寢ころんでゐる戀された田舍娘、 朱色の薔薇の花、 牧者はお前を熱望し、 また牡山羊はお前を食べた、 僞善の花、 無言の花。

 

 墓場の薔薇の花、 屍から發散する冷氣、 全く可愛らしい淡紅色(ときいろ)の墓場の薔薇の花、 美しい腐敗の心持の好い薰、 お前は食物(たべもの)の風(ふり)をする、 僞善の花、 無言の花。

 

 暗褐色の薔薇の花、 陰鬱な桃花心木(アカジウ)の色、 暗褐色の薔薇の花、 正しい悅び、 智慧、愼重と豫知、 お前は赤い眼で吾等を視る、 僞善の花、 無言の花。

 

 罌粟色(けしいろ)の薔薇の花、 一樣な娘達のリボン、 罌粟色の薔薇の花、 少さい人形の名譽、 お前は愚かか狡猾か、 少さい兄弟の玩具(おもちや)よ、 僞善の花、 無言の花。

 

 赤と黑との薔薇の花、 怠惰と祕密の薔薇の花、 赤と黑との薔薇の花、 お前の怠惰とお前の赤は德をつくる讓和(じやうわ)のなかに靑白くなつた、 僞善の花、 無言の花。

 

 石盤色の薔薇の花、 ぼんやりした德の鼠地(ねずぢ)の浮彫(うきぼり)、 石盤色の薔薇の花、 お前は、 年とつた寂しい長椅子にのぼり、 そのまはりに花をひらく、 夕暮の薔薇の花、 僞善の花、 無言の花。

 

 芍藥色の薔薇の花、 豐かな庭の謙讓な虛榮、 芍藥色の薔薇の花、 風は偶然にお前の葉を捲きあげるばかりだ、 それでお前は不滿ではなかつた、 僞善の花、 無言の花。

 

 雪のやうな薔薇の花、 雪とそして鵠(はくてう)の羽の色、 雪のやうな薔薇の花、 お前は雪が脆いことを知つてゐて、 お前はもつとめづらしい時でなければお前の鵠の羽をひらかない、 僞善の花、 無言の花。

 

 透明な薔薇の花、 輝く泉の色が草のなかから噴き出る、 透明な薔薇の花、 Hylas(イラス)はお前の眼を愛した事から死んだ、 僞善の花、 無言の花。

 

 蛋白石の薔薇の花、 おお、 女部屋の匂ひのなかに寢かされたトルコ皇后、 蛋白石の薔薇の花、 變らない愛撫のけだるさ、 お前の心は、 滿足した不德の深い平和を知つてゐる、 僞善の花、 無言の花。

 

 紫水晶の薔薇の花、 朝の星、 司敎の慈愛、 紫水晶の善薇の花、 お前は信心深い、 やはらかい胸の上に眠る、 聖母マリアに捧げた寶玉、 おお玉のやうな修道女、 僞善 の花、 無言の花。

 

 濃紅色の薔薇の花、 羅馬(ローマ)敎會の血の色の薔薇の花、 濃紅色の薔薇の花、 お前は戀人の大きい眼を想ひ出させる、 彼女の靴下留めの結び目にひとりならずお前をさすだらう、 僞善の花、 無言の花。

 

 法王の薔薇の花、 世界を祝福する御手から水そそぐ薔薇の花、 法王の薔薇の花、 黃金お前の心は銅のやうである、 空しい花冠の上に珠となる淚は、それはクリストのおなげきである、 僞善の花、 無言の花。

 僞善の花。

 無言の花。

 

   *

二箇所の「少」(ちひ)「さい」の漢字表記はママ。

「シメール」は、初出の以下に出る。

   *

Rose bleue, rose iridine, monstre couleur des yeux de la Chimère, rose bleue, lève un peu tes paupières : as-tu peur qu'on te regarde, les yeux dans les yeux, Chimère, fleur hypocrite, fleur du silence !

   *

この「Chimère」は生物学の「キメラ細胞」(chimer:同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態及びそうした生物個体)の語源であるギリシア神話に登場するハイブリッドの怪物キマイラ(Chimaira)のフランス語である(音写は「スィメール」)。

「女怪(シレーヌ)」も初出に出る。

   *

Rose verte, rose couleur de mer, ô nombril des sirènes, rose verte, gemme ondoyante et fabuleuse, tu n'es plus que de l'eau dès qu'un doigt t'a touchée, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

sirènes」はギリシア神話で同じみの歌声で船乗りを誘惑する人魚型妖怪「セイレン」。音写は「シレェーヌ」。

「桃花心木(アカジウ)」初出の以下。

   *

Rose brune, couleur des mornes acajous, rose brune, plaisirs permis, sagesse, prudence et prévoyance, tu nous regardes avec des yeux rogues, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

acajous」(アカジュゥ)はマホガニーのこと。高級家具材・楽器材として知られるムクロジ目センダン科マホガニー属 Swietenia は北アメリカのフロリダや西インド諸島原産で、心材は赤み掛かった色をしている。

「讓和」相手のことを思いやり、譲る気持ちがあれば、双方の利益が調和し、互いに幸せになることが出来る状態を指す。出雲大社に伝わる教えにある語だが、それを拓次は知っていて使ったものかどうかは判らぬ。

「鵠(はくてう)」平安以来の白鳥(はくちょう)の古名。「くひ」「くくひ」。広義の「白鳥」(鳥綱カモ目カモ科ハクチョウ属 Cygnus 或いは類似した白い鳥)の古名であるが、辞書によっては、ハクチョウ属コハクチョウ亜種コハクチョウ Cygnus columbianus bewickii ともする。本邦ならそれだが、初出は以下。

   *

Rose neigeuse, couleur de la neige et des plumes du cygne, rose neigeuse, tu sais que la neige est fragile et tu n'ouvres tes plumes de cygne qu'aux plus insignes, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

フランス語の「cygne」(スィーニャ)は、ここではまず、ハクチョウ属オオハクチョウ Cygnus cygnus であろう。

Hylas(イラス)」初版のここ。

   *

Rose hyaline, couleur des sources claires jaillies d'entre les herbes, rose hyaline. Hylas est mort d'avoir aimé tes yeux, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

Hylas」(ユーラス)はギリシア神話のヒュラース。ヘーラクレースに仕え、彼に愛された美少年。しかしヘーラクレースに従って黄金の羊を求めるための「アルゴ探検隊」に参加したものの、美しさ故に泉のニンフに攫われて失踪したとされる。

「蛋白石」「opale」(オパァル)で「オパール」のこと。初版の以下。

   *

Rose opale, ô sultane endorrnie dans l'odeur du harem, rose opale, langueur des constantes caresses, ton cœur connaît la paix profonde des vices satisfaits, fleur hypocrite, fleur du silence.

   *

この「トルコ皇后」は「sultane」(シュルタンナ)、トルコ語で「厳しく立ち入ることが管理された女性の居室」を言う「ハレム」で寝ているオスマン・トルコ皇帝の妻を指す。]

2023/03/13

大手拓次譯詩集「異國の香」 螢(ラビンドラナート・タゴール)

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

   タゴオル

 

わが空想はほたるなり

闇にまばたく

うるはしき光の點點

 

みちのべのすみれのこゑは

心なきながしめをいざなはず

まばらにありて つぶやけるのみ

 

ほのぐらきうつらうつらの心のひまに

夢こそは その巢をつくれ

日の旅人のおとしゆきにしかけらもて

 

春は枝々に花びらをまきちらす

すゑの果(み)をむすぶにあらで

ひとときの移り氣に咲く花びらを

 

地のまどろみの手よりのがれたる悅びは

あまたたび 木の葉のなかに驅(か)けり入り

ひもすがら 空のかなたにをどるなり

かりそめの わがことのはも

としつきの波のうへにぞ かろやかにをどるなり

おもかりしわが難行(なんぎやう)の

いや果(は)つるとき

 

こころの底のかげろふは

うすきつばさの生(お)ふるがに

はや わかれわかれに舞ひゆけり

しづかなる ゆふべのそらヘ

 

胡蝶は月を敎へず

瞬間(またたき)の數をかぞへて

生(い)くる時ゆたかなり

 

[やぶちゃん注:「詩聖」と称されたラビンドラナート・タゴール(ベンガル語/ロビンドロナート・タクゥル ヒンディー語/ラビーンドラナート・タークゥル 英語/Rabindranath Tagore 一八六一年~一九四一年)はインドの詩人・思想家。一九一三年にはその詩集「ギタンジャリ」によってノーベル文学賞を受賞した(アジア人で初のノーベル賞受賞者)。詳しくは参照した当該ウィキを見られたい。本詩篇の原詩は、一九二八年に本人が自ら英訳して出版した詩集「蛍」(Fireflies:ニュー・ヨークのマックミラン社刊)の冒頭部である。「Internet archive」のこちらで英訳原本が視認出来る。英文原詩の相当箇所は以下である。そこでの本文はここから、ここまでの八連である。

   *

 

   Fireflies   Rabindranath Tagore

 

My fancies are fireflies,—

Specks of living light

twinkling in the dark.

 

The voice of wayside pansies,

that do not attract the careless glance,

murmurs in these desultory lines.

 

In the drowsy dark caves of the mind

dreams build their nest with fragments

dropped from day’s caravan.

 

Spring scatters the petals of flowers

that are not for the fruits of the future,

but for the moment’s whim.

 

Joy freed from the bond of earth’s slumber

rushes into numberless leaves,

and dances in the air for a day.

 

My words that are slight

may lightly dance upon time’s waves

when my works heavy with import have

gone down.

 

Mind’s underground moths

grow filmy wings

and take a farewell flight

in the sunset sky.

 

The butterfly counts not months but moments,

and has time enough.

 

   *

一部の連構成は勿論、訳もかなり拓次の確信犯で改変が行われている。但し、私は第三文明社刊の「タゴール著作集」の詩集部(二巻)を所持するが、そこで(第二版巻「詩集Ⅱ」一九八四年刊)の大岡信の訳を見るに、同じ版を訳したとすれば、それも、甚だ不審な箇所があって、原文に即するとなら、寧ろ、拓次の訳の方が腑に落ちたことを言い添えておく。]

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