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カテゴリー「佐々木喜善」の215件の記事

2023/07/27

佐々木喜善「聽耳草紙」 一八三番 きりなし話(五話) / 佐々木喜善「聽耳草紙」正規表現版・オリジナル注附~完遂

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。

 なお、これを以って本書は終わっている。]

 

      一八三番 きりなし話

 

        橡の實(其の一)

 或所の谷川の川端に、犬きな橡《とち》の木が一本あつたヂも、其橡の木さ實がうんと鈴なりになつたヂもなア、其樹さ、ボフアと風が吹いて來たヂもなア、すると橡の實が一ツ、ポタンと川さ落ちて、ツプン[やぶちゃん注:「ちくま文庫」版は『ツブン』であるが、ガンマ補正をかけて検証した結果、明かに半濁音であった。前後からもこれだけが濁音なのは、民譚のリズムからもおかしいと判断する。]と沈んで、ツポリととんむくれ(轉回)て、ツンプコ、カンプコと川下の方さ流れて行つたとさ……

  (斯《か》ういふ風にして、其大きな橡の木の實が
   風に吹かれて、川面に落ちて一旦沈んで、そして
   又浮き上つて、そこから流れてゆく態《さま》を、
   際限なく語り續けてゆくのである。)

 

        蛇切り(その二)

 或所に爺樣があつたとさ、山さ行つてマンプ(堤狀の所)を鍬で、ジヤクリと掘ると、蛇が鎌首《かまくび》をべろりと突《つ》ン出したとさ。だから爺樣はそれをブツツリと切つたとさ。すると又蛇がべろりと出たとさ。爺樣ぱそれをブツツリと切つたとさ。又蛇がべろりと出たとさ。そこで、

   蛇はのろのろ

   爺樣はブツツリ

   のろツ

   ブツツリ…

(之れも斯ういふ風に際限なく續くのである。これは重《おも》に[やぶちゃん注:ママ。]童子達《わらしたち》に、昔話昔話とせがまれるが、話の種も每夜のことなれば盡きてしまつた困つた時に、爺婆が機轉を利かして、臨機應變、卽興的に作話したものの中《うち》比較的優秀なものが後世に殘つたものであらう。此種のものが數種殘つて居る。)

[やぶちゃん注:附記は、ポイント落ち字下げをやめて、引き上げた。]

 

        蛇の木登り(其の三)

 昔アあつたジもの…家の門口《かどぐち》に大きな梨の木が一本あつたどさ。すると其木さ、大きな大きな長いイ長いイ蛇がからまつて、のろのろのろツ…と登つたと。

   そして、今日もノロノロ…明日もノロノロ…

  (和賀郡黑澤尻町邊の話。妻の幼時の記臆。)

[やぶちゃん注:本文最後の行の四字下げはママ。

「和賀郡黑澤尻町」現在、岩手県北上市黒沢尻(グーグル・マップ・データ)があるが、旧町域は遙かに広い。「ひなたGPS」の戦前の地図を確認されたい。]

 

        爐傍の蚯蚓(其の四)

 或童(ワラシ)アいつもかつも爐(ヒボト)の灰(アク)を堀る[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。「掘る」。誤字だが、近代の小説家でもよく慣用する。]癖があつた。[やぶちゃん注:読点であるが、「ちくま文庫」版で訂した。但し、これ以降はリズムから底本に従って訂していない。]或時いつものやうに灰を掘ると、灰の中から蚯蚓《みみず/めめず》がペロツと出たジ。それをそこで父親ア使つて居た毛毮《けむしり》コ(小刀)で、ちヨきツと切つたと、するとまたペロツと出たと、またちヨきツと切つたと。またペロツと出たと、またちヨきツと切つたと…

  (我の子供等の記憶。祖母から聽いたものである。)

 

        シダクラの蛇(其の五)

 ある童(ワラシ)ア裸體(ハダカ)で外へ步く癖があつたト、いつものように裸で外へ出ると、[やぶちゃん注:底本は句点であるが、「ちくま文庫」版で訂した。]シダクラ(石積《いしづみ》)の石と石の間から眞赤(マツカ)な蛇が面《つら》出して見て居たド、そだから毛毮(ケムシリ)コ(小刀)で、チヨツキリと切つたト、すると又ペロツと出たと、又チヨツキリと切つたト、又ペロツと出たト、又チヨツキリ切つたト…

(これらの話のキリは、話手が適宜にやる。そして遂々《たうとう》蛇の尻尾を切り上げたり、大風がバフアツ [やぶちゃん注:一字空けはママ。]とヒトカエリ(一時)に吹いて來て、サツパリ、カツパリ橡の實をバラバラと川面に吹き落してしまつたりする。)

(此の類の話には、「雁々《かりかり/がんがん》ギツギツ」「山の木の算(カゾ)へ」「田の蛙」などがあつた。かなり重複して面倒くさいから、その梗槪だけを話すと、五月頃の眞暗い夜、

   行グ行グ行グ

と雄蛙が向ふの田で啼くと、こちらの田の中では雌蛙どもが、

   ゴジヤラばゴジヤレ おココロモチよ

と夜徹し鳴くのであるから、いゝ加減に童子達も倦《あ》いて、眠くなるのである。)

(又前の橡の木の話は、下閉伊郡安家にあつた。(栗川久雄氏)なほ岩手郡雫石村にもあることを田中喜多美氏が報告してゐる。それによると、昔、或所に、お宮があつて、大きな栃の木があつた。木に實がタクサンあつた。そして風がドウと吹いて來ると、栃の實がポタリと落ちて、ゴロゴロゴロと轉《ころが》ると、其の根もとから、蛇が一匹ペロペロと出て這ひ𢌞つた。すると一疋[やぶちゃん注:底本は「一足」。「ちくま文庫」版は『一匹』であるが、私は「疋」の誤植と判断して、かく、した。]のカラスがガアと啼いて來る。又ドウと風が吹くと栃の實が、ボタリと落ちてゴロゴロと轉《ころが》る。その根元から、一匹の蛇がベロベロと出て逃げ、そこへ東の方からカラスがガアと鳴いて來る、と云ふのであつた。)

[やぶちゃん注:この最終話の本文は、底本は句読点が「ちくま文庫」版と比べると甚だしく異なる。しかし、全体のリズムを考えて、今回は、一箇所を除いて、いじらないこととした。また、附記は長いので、ポイント落ち字下げをやめて、引き上げた。]

 

 

聽耳草紙(をはり)

 

[やぶちゃん注:以下、奥附あるが、リンクに留める。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一八二番 眠たい話(五話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「屁ぴり」は「へつぴり」。]

 

      一八二番 眠たい話

 

        三人旅(其の一)

 或所に、ムカシとハナシとナンゾという三人があつた。伊勢詣りをすべえと相談して、三人で旅に出た。行くが行くが行くと大きな川に一本橋が架《かか》つてあつた。

 三人が橋の眞中《まんなか》ごろへ來た時、バウバと大風が吹いて來た。するとムカシはムクして、ハナシはハズクレテ、ナンゾは流れてしまつたとさ。

  (村の話。子供に話をセビラレ、さて語る話も盡
   きてしまつて、こんな他愛もないことまで語ら
   ねばならない時刻になると、やつと子供達は眠
   たくなるのである。)

[やぶちゃん注:「ムクして」不詳。「默(もく)して」か?

「ハズクレテ」不詳。「すっかり本来の様子から外れて」か?]

 

        三ツ話(其の二)

 怖(オツカナ)い話と可笑《をか》しい話と悲しい話とがあつた、それは鬼がいたので、怖《おつかな》いと思つて居ると、其鬼が屁をひツたから可笑しいので笑つて居ると、其鬼が死んでしまつた、シけど…それで悲しかつたと謂ふ事。

 (柴靜子氏の筆記。武藤鐵城氏御報告の一三。)

 

        笹山燒け(其の三)

 或所に盲とオツチ(啞)と足ポコ(跛《びつこ》[やぶちゃん注:底本では「跋」であるが、誤植と断じ、「ちくま文庫」はひらがなで『びっこ』とする。])の三人があつた。春さきの乾燥時(ハサキ)になると、向《むかひ》の笹山に火がついた。それをメクラが見ツけて、オツチが叫んで、足ポコが唐鍬《たうぐは》持つて駈け出した。火消したさ…

  (村の話。)

[やぶちゃん注:「唐鍬」鍬の一種。長方形の鉄板の一端に刃をつけ、他の端に木の柄をはめたもの。開墾や根切りに使う。]

 

        昔さら桶(其の四)

 昔々或人が一つの大きなほんとう[やぶちゃん注:ママ。]に大きな桶を持つて來た。それで其桶は何桶だかと訊くと、これは「ムカシサラオケ」だと答へましたとさ。

 「ムカシサラオケ」とは昔話(ムカシ)[やぶちゃん注:二字へのルビ。「ちくま文庫」版もそうなっている。次話も同じ。]を棄てるなとの意味ださうだ。

  (秋田縣角館小學校高等科、淸水キクヱ氏筆記。
   武藤鐵城氏御報告の一四。)

 

        昔刀(其の五)

 昔々或人が長い々々刀《かたな》をさして、其先の方に小さな車をつげて、カラカラと鳴らせて來たので、其刀は何刀《なにがたな》だと訊くと、これは「ムカシカタナ」と云ふ刀だと答へましたとさ。

 「ムカシカタナ」とは昔話(ムカシ)を語(カタ)るなと云ふ意味ださうである。

  (前話同斷の一五。)

佐々木喜善「聽耳草紙」 一八一番 屁ぴり嫁(二話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「屁ぴり」は「へつぴり」。]

 

      一八一番 屁ぴり嫁(其の一)

 

 或所に、餘り富裕でない母子の者があつた。隣村からお嫁をもらつたが、その嫁女《よめぢよ》が每日欝《ふさ》いで居るので、姑《しうとめ》が心配して其の理由(ワケ)を訊くと、私はどうもおならが出度《だした》くつて困りますと言ふ。姑はそれを聞いて、呆《あき》れて、何をそんなことで靑くなつて居る人があるものか、行儀作法にも程《ほど》といふ事がある。さあさあいゝから思ふ存分氣を晴らしたらいゝと言つた。嫁はひどく喜んで、それでは御免を蒙つて致しますが、たゞ私のはあたりまへの屁《へ》ではないのだから、お母さんは彼《あ》の庭の臼へしつかりと、つかまつてゐて下されと言つた。姑も驚いたが、仕方がないから庭へ出て臼にしつかりつかまつてゐると、嫁子《あねこ》はやがて、着物の裾をまくつて、ぼがあんツと一つ大きな奴《やつ》をひつたところが、姑は臼ごと吹き飛ばされて、馬舍《うまや》の桁《けた》に吹き上げられ、腰をしたゝか梁《はり》に打ちつけて、大變な怪我をした。

 それを見ていた息子は、たとへ俺は一生妻をもたぬことがあるとも、現在の親を屁で吹飛《ふきと》ばして、怪我をさせるやうな嫁子は困ると思つて、里へ歸さうと、妻を自分で送つて行つた。其途中で、或村を通りかゝると、濱の方から山を越して來た駄賃づけ[やぶちゃん注:馬を用いて人や物資を運ぶことを生業とする卑賤の者。]の者共が、路傍の梨の木に石や木を投げ上げて居たが、一つも梨の實は取れなかつた。嫁はそれを見てひどく笑つて、なんて甲斐性のない人達なんだらう。妾《わらは》なら屁ででも取つて見せるのにと言ふと、其駄賃づけの者共が、それを聽きつけて大變に怒り、何をいふそんだら屁でこの梨を取つて見ろ、若し取れぬ時はお前の體《からだ》を貰うぞと言ひ罵《ののし》つた。女は尙も嘲笑《あざわら》つて、よし取りませう。そんだら若し今言つた通りに屁で取ることが出來たら、お前達の馬と馬荷を皆妾に寄こせ、そして、妾が失敗(シクジ)つた時は、私の體はお前達の物だと言つた。

 男共は、これは面白い、これは面白いと、手を打つておぢよめいた[やぶちゃん注:南部方言に従うなら、「からかって囃した」の意である。]。そして、さあ女早く早くとせきたてた。嫁子は心得て、靜かに衣物の裾をまくり、身構《みがまへ》をして、例の奴をぼがあんツと一つぶつ放《ぱな》した。すると大きな梨の木が根こそぎ、わりわりと吹き倒されて了《しま》つた。嫁子はそこで約束の通りに、織物七駄《だ》、米七駄、魚荷七駄、三七二十一[やぶちゃん注:掛け算をそのまま示したもの。]駄の馬と荷物を受取つた。

 それを見て息子は、こんな寶女房《たからにようばう》をどうして里へなど歸されやうかとて、家へ連れて戾つた。そして別に小さな部屋を造り、女房は折々其處へ入つて戶を締めて置いて屁をひるやうにした。其處を部屋(屁をひる室《へや》)と名付けた。それが部屋(ヘヤ)の起源(オコリ)で、今でも嫁をとれば間違ひがないやうにと、直ぐ其部屋に入れると言ふことである。

  (和賀郡黑澤尻町邊の話。家内の幼い記臆。)

[やぶちゃん注:「部屋」のトンデモ起源譚をブッパナした痛快な話ではないか。]

 

        (其の二)

 

 昔々あつとこへ嫁が來た。每日每日靑い顏をして欝ぎ込んでゐるので、姑が或日のこと、何してあんたは每日每日靑い顏してふさいで居るのか、譯があつたら言はせと訊いて見たら、嫁は私には一ツ惡い癖が御座りますと答へた。姑が重ねてどう云ふ癖だと訊いたら、嫁は屁《へ》たれる癖で御座りますと答へた。するとほんなら遠慮無くたれさえと姑が云つたので、嫁は、ほんではと云つて、たれると、出るわ出るわプツプツプツと止め度《ど》もなく屁をたれて、しまひにブウツと一ツ大きな屁をたれたら、姑は吹き飛ばされて、やうやく爐端《ろばた》の柱につかまつて、嫁やア嫁やア屁袋《へぶくろ》の口をしめろと叫んだ。

 とても斯《か》う云ふ屁たれ嫁は家に置けないと、里へ歸すことになつた。[やぶちゃん注:底本では読点であるが、「ちくま文庫」版で句点に代えた。]そして姑が嫁を連れて里へ歸つて行くと、途中の路傍に大きな柿の木があつて、柿が澤山實つてゐた。姑がそれを見上げて、とても甘《うま》さうな柿だどきに[やぶちゃん注:意味不詳。接続詞「時に」で「さても」の意か。]喰ひてえもんだと云ふので、嫁は柿の木の下さ行つて裳《もすそ》をまくつて、大きな屁を一つブウツとたれたら、柿がバラバラと落ちて來た。すると姑は大した喜び樣《やう》で機嫌も直り、かう云ふ重寶《ちやうほう》な嫁はとても里さ歸されないと言つて、途中から引き歸した。

  (昭和五年四月六日夜の採集として、三原良吉氏御報告の八。)

佐々木喜善「聽耳草紙」 一八〇番 屁ぴり番人

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「屁ぴり」は「ちくま文庫」版を参考にすれば、「へつぴり」である。]

 

   一八〇番 屁ぴり番人

 

 昔、彌太郞と云ふ心の良(エ)い爺樣があつた。この爺樣は面白い屁をひるので名高かつた。その屁は、

   ダンダツ (誰だツ)

 と鳴つた。だから知らぬ者は誰でも咎め立てでもされて居るやうに思つた。爺樣の屁の音も面白がる者と厭がる者とがあつた。

 所の長者殿でそれを聞き込んで、或日爺樣に來てくれと言つた。爺樣は何用があるかと思つて行くと、檀那樣は、爺樣爺樣俺家(オラエ)の米倉の番人になつてくれないか、祿(ロク)はお前の望み次第だと言つた。

 爺樣は大層喜んで、其夜から長者どんの米倉の守り番となつた。それからは戶前《とまへ》の二疊敷に每夜寢ていた。[やぶちゃん注:「戶前」土蔵の入り口の戸のある所。その内側に小さな二畳敷の間があったのであろう。]

 或夜盜人《ぬすつと》が來た。ソコソコ(靜かに忍び足で)米倉へ忍び寄ると、暗《くら》シマこの中から、いきなり、[やぶちゃん注:底本では、五字分の字空けをして、改行して「いきなり、」が行頭にあるが、不自然なので、誤植と断じ、「ちくま文庫」版で訂した。]

   ダンダツ

   ダンダツ

 と呶鳴《どな》られた。盜人は驚いて一目散に逃げて行つた。

 次の夜も盜人が來たが、矢張そのダンダツの聲に魂消《たまげ》て逃げ歸つた。それから次の晚も、次の晚もと恰度《ちやうど》七夜《ななよ》續けて來たが、いつもダンダツと咎め立てされて、遂に一物《いちもつ》も盜まれなかつた。

 八日目の夜に盜人は考へた。ハテ今迄こんなことはなかつたんだが、どうもあの聲はただの聲ではない。不思議だと思つてまたンコンコと忍び寄つて見ると、それは倉番人の爺樣の屁ツぴり音《おと》であるといふことが分つた。

 なんだア今迄この爺(ヂ)ンゴの屁に魂消らされて逃げ歸つて居つたのか、よし來た今夜其の仇《かたき》を討つて遣ると言つて、胡瓜畑へ行つて胡瓜を一本取つて來て、爺樣の尻の穴に差し込んで置いた。それでさすがのダンダツの音も出せぬので、盜人は安心して米俵をしこたま背負ひ込んだ。そして歸りしなに少々狼狽《あわて》たので胡瓜の蔓《つる》に足を引ツかけて、胡瓜をスポンと引ン拔いてしまつた。するとそれまで餘程溜つて居たものと見えて、

   ダンダツ

   ダンダツ

   ダンダツ

 とえらい大きな音をしきりなしに放し續けた。それで寢坊の爺樣も目を覺《さ》まして、本統[やぶちゃん注:ママ。]に、

   誰だツ

 と叫んだので、泥棒は腰を拔かした。やつぱり捕(オサ)へられた。

  (膽澤《いさは》郡金ケ崎邊の話。千葉丈勇氏御報告の四。)

[やぶちゃん注:「膽澤郡金ケ崎」現在の岩手県胆沢郡金ケ崎町(グーグル・マップ・データ)。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七八番 屁ツぴり爺々(二話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。第一話の三字下げ全分かち書きはママ。本書中の表記上の特異点である。なお、八行目「炒つて黃粉(キタコ)にでもすべえかなもシ」のルビは、「ちくま文庫」版では『きだこ』(同文庫版はルビを総てひらがなにしてしまっている)である。その方言の方が正しい印象はあるが、方言確認がネット上では出来なかったので、ママとした。]

 

   一七九番 爺婆と黃粉(其の一)

 

   或所に爺と婆とあつたとさ、

   婆樣はウチを掃き

   爺樣は土間(ニワ)掃いた…

   そすると土間のスマコ(隅)から

   豆コが一ツころころと轉(コ)がり出た。

   婆樣婆樣これア豆コ見ツけたざア

   畠さ蒔くべえか

   炒つて黃粉(キタコ)にでもすべえかなもシ

   婆樣は畠さ蒔くのアあつから

   それば炒つて

   黃粉にし申すべやと言つた。

   そして大きな鍋で炒《い》ンベえか

   トペアコ(小)な鍋で炒ンベえか

   大きな鍋で炒ンベや……

   大きな鍋を爐(ヒボト)にかけて

   其の一粒の豆コを入れて

   一粒の豆コア千粒になアれ

   一粒の豆コア萬粒になアれ

   カアラコロヤエ、カアラコロヤエ

   カラコロコロと搔𢌞した。

   すると豆が大きな鍋一杯になつた。

   婆樣な婆樣な

   こんどは大きな臼で搗くべえか

   小さな臼で搗き申すべか

   大きな臼で搗き申さい

   大きな臼で

   ヂヤクリ、ヂヤクリと搗いた。

   そしたば豆が搗けて

   大きな臼一杯になつた。

   婆樣な婆樣な

   粉下(コオロ)しコ無《なう》申すか

   隣りさ行つて借りて來もさい

   これアこれア太郞太郞

   隣りさ行つて粉下しコ借りて來ウ

   爺樣な婆樣な

   門口にや赤(アカ)エ牛(ベコ)コがいツから

   俺ア厭ンだツ

   太郞々々そんだら裏口から行つて來ウ

   裏口にや犬コいツから

   俺ア厭ンだツ

   ほんだら厩口《うまやぐち》から行つて來ウ

   厩口にや馬コいツから

   俺ア厭ンだツ

   そんだらえエえエ

   爺樣のふんどしの端コで

   おろすベアに…

   爺樣のふんどしの端コで

   プウフラ、パアフラ

   パサパサツとおろした。

   爺樣な婆樣な

   この黃粉コなぞにして置くべなもす

   棚さ上げれば鼠が食ふし

   下さ置けば猫が舐めるし

   ええから、ええから

   爺樣と婆樣の間さ

   置いて寢ベアなアに…

   夜中に爺樣は

   大きな大きな屁ツコを

   ボンガラヤエとひると

   黃粉はパフウと吹ツ飛んで

   婆樣のケツさ行つて吹ツ着いた

   これアこれア太郞太郞

   婆樣のケツさ粉アついた

   早く來て舐めろ

   俺アシヤラ臭いから厭ンだツ

   ほんだらえエ

   あゝ勿體ねア勿體ねア

   ペツチャラ、クツチャラ

   爺樣はみんな砥めてしまつた。

 

[やぶちゃん注:民俗社会の豊穣の祝祭歌のようで、映像が見事に浮び、まっこと、素敵だ。]

 

        爺の屁(其の二)

 昔さあつたどサ、或所に爺樣と婆樣とあつたとサ、爺樣は屋根葺く、婆樣は萱《かや》のべだどサ。嫁子《あねこ》ア一人で土間(ニハ)掃いたば、豆(マメコ)アコロコロと出《で》はつたけどサ。

 爺樣うんす、婆樣うんす、豆ア一ツ出はつた、なぢよにすべます、種《たね》にすべすか、煎《い》つて喰べすかて聞いだどサ、したば、種ば買つて蒔くべす、煎つて喰エ煎つて喰エてセつたどサ。それから嫁子ア鍋出して、カラカラと煎つたど。

 煎つたば煎つたば一鍋、それから臼出して、トントントンと搗いだど、搗いだば搗いだば一臼、今度ア粉下《こなおろ》し出して下したど、下したば下したば一粉下し、

 爺樣うんす婆樣うんす、此のきな粉なぢよにすべますて聞いだと、土間さ置けば雞《にはとり》に喰はれる、馬舍《うまや》さ置けば馬に喰はれる。戶棚さ置けば鼠に喰はれる、臺所さ置くと猫に喰はれるけど、其處で爺と婆の間こサ置いたどサ、したば爺大きな屁ボンとたれたどサ、粉はポツポツと飛んで婆のまんヘサ付いたど、したばての犬子來て、小便臭いぞ美味いぞ美味いぞと言つてみな砥めたとサ、ドツトハライ。

  (田中喜多美氏御報告の二四。)

[やぶちゃん注:同前の祝祭の唱え詞である。「ちくま文庫」版では、佐々木の振った読点の幾つかを句点にしているが、私は、ママが一番(寧ろ、最後の「ドツトハライ。」の他は総て読点にするか、第一話同様に、分ち書きの歌にしたいぐらいである。

「婆のまんヘサ」「婆様の前(隠しどころ)のとこへ」或いは、ダイレクトに「まん」で女性の外陰部を指しているように私は読んだ。豊穣の祝祭に性的表現は必須である。

「したばての」「そうなってしまったところに、の」の意であろう。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七八番 屁ツぴり爺々

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七七番 啞がよくなつた話

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

      一七八番 屁ツぴり爺々

 

 或所に木伐《きこ》り爺樣があつた。山へ行つて、ダンギリ、ダンギリと木を伐つて居ると、山の神樣が出て來て、誰(ダン)だ人の山で、木伐《きこ》る者アと呼ばつた。すると爺樣は、ハイハイ私はミナミナの屁《しり》ツぴり爺々《じんご》で御座ると言つた。そんだら此所さ來て、屁をひツて見ろと言はれた。そこで爺樣は山の神樣の前へ出て四ツん這ひになつて、

   コシキサラサラ

   コヨウの寶《たから》をもツて

   スツポンポン

 と屁をたれた。山の神樣は、イヤ全くこれは面白い音なもんだ。よしよしそれではこれから俺の山で何ぼ木を伐つてもええぞと許した。

 次の日には、隣の爺樣がその山へ行つて、ダンギリ、ダンギリと木を伐つて居た。すると又山の神樣が、誰だツ人の山で、木伐る者アと呼ばつた。ここだと思つて、ハイハイ私はミナミナの屁ツぴり爺々で御座ると答へた。そんだらここさ來て、屁をひツてみろとまた山の神樣が言つた。

 その爺樣は、話は聞いて來たが、どんな風にしてどんな音を出して好《よ》いものだか、遂《う》ひ聽き洩らして來たので、仕方がないから、山の神樣の前へ行つて、四ツん這ひになつて、ウウンツウウンツとうんと力(リキ)んだが、なんぼしてもうまく佳《よ》い音が出なかつた。それで一生懸命にウウンと力むと、グワリグワリグワリツと飛んでもない物を其所へ押し出した。

 山の神樣は厭な顏をして、どうもお前はいかぬ。以來此の山の木伐りに來るなと叱つた。

  (下閉伊郡岩泉町《いはいづみちやう》邊にある話の、
   爺樣の屁の音は、ビリンカリン五葉の松ツポンポン
   ポンツで他の部分は同樣である。昭和五年六月二十
   三日、野崎君子氏談話一〇。)

[やぶちゃん注:「下閉伊郡岩泉町」岩手県下閉伊郡岩泉町(グーグル・マップ・データ)。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七七番 啞がよくなつた話

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]

 

      一七七番 啞がよくなつた話

 

 或家で嫁子を貰つた。姑《しうとめ》が一寸《ちようと》小用に行つた間に棚探しをして口に饅頭一つを頰張つた。其所へ姑が顏を出して、これこれと呼んでも一向返辭が出來ないで、目を白黑にして居るから、これはてつきり啞《おし》になつたものと思つて、姑は山伏を賴んで來て御祈禱をして貰うことにした。

 賴まれて來た山伏は屛風を立て𢌞して其中へ嫁子《あねこ》を入れて、さうして斯《か》う唱へた。

   この間(マ)に

   嚙み給へ

   飮み給へ…

 すると其御祈禱が直ぐ利いて、嫁子の啞がすつかりよくなつた。

  (秋田縣角館小學校高等科一、柴靜子氏の筆記、
   武藤鐵城氏の御報告の一二。一七九番の其の一
   及び一八〇番。)

[やぶちゃん注:「秋田縣角館小學校高等科」恐らくは正式には当時は「角館尋常高等小學校」で、現在の秋田県仙北市角館町(かくのだてまち)東勝楽丁(ひがしかつらくちょう)のここが跡地(グーグル・マップ・データ)。サイド・パネルの碑を見ると、「角館小学校跡」とあって、下方に明治七(一八七四)年六月二日創立と記されてある。]

2023/07/26

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七六番 嫁に行きたい話(二話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]

 

      一七六番 嫁に行きたい話(其の一)

 或所に大層齡《とし》を取つた婆樣があつた。其婆樣を嫁子《あねこ》にケなかべかと云ふて仲人《なかうど》が來たところ、家では、俺方(オラホ)の婆樣ア眼も見えないし、わかねアごつたと斷つた。すると婆樣はこれアこれア此餓鬼どア向ひ山の頂上(テツペン)で赤蟻(アカガアリ)コと黑蟻(クロアガリ)コとが角力《すまふ》してらでア、汝(ウナ)どさア見ねえか…と言つた。

 婆樣は餘程嫁子に行きたかつたと見える!

[やぶちゃん注:文末の「!」は底本では太い「­―」(或いは調音符)だが、「ちくま文庫」版のエクスクラメーションを採用した。

「赤蟻(アカガアリ)コ」小学館「日本大百科全書」によれば、『昆虫綱膜翅』『目アリ科』(Formicidae)『の昆虫のうち、体色が赤褐色または黄褐色の種類をよぶ俗称。普通』、『アズマオオズアカアリをさすが、本州の山間部や北海道では、アリ塚をつくるエゾアカヤマアリやツノアカヤマアリをさすことが多い』とあった。「アズマオオズアカアリ」はアリ科フタフシアリ亜科オオズアリ属アズマオオズアリ(東大頭蟻) Pheidole fervida で、働きアリで約二・五ミリメートル、働きアリで約三・五ミリメートル。屋久島以北、日本以外では朝鮮半島にも分布する。和名通り、東日本では平地にも見られ、同属種のオオズアリ Pheidole nodus よりも明るい黄褐色を呈する。一方、エゾアカヤマアリはアリ科ヤマアリ亜科ヤマアリ属エゾアカヤマアリ Formica yessensis で、北海道及び本州中部以北に分布し、南限は神奈川県金時山で、体長は四・五~七ミリメートル。頭部・胸部・腹柄節・脚などは、黄赤褐色だが、頭部・胸部・脚の上面は、やや暗色で、腹部は黒色だが、基部は少し赤みがかる。一方の、ツノアカヤマアリは、ヤマアリ属ツノアカヤマアリ Formica fukaii で、北海道・本州西部まで分布し、体長は四・五~六・五ミリメートルで、頭部・胸部・腹柄節は黄赤褐色で、頭部上方・前胸背上端部・触角柄節・脛節は、やや暗色を呈し、腹部は黒い(以上は信頼出来るアリの学術サイトを複数参考にした)。

「黑蟻(クロアガリ)コ」一般に南西諸島以外の本邦では、住宅地などでも、よく見られる最も普通な種の一つで、日本列島に分布するアリの中では最大となる大型アリであるヤマアリ亜科オオアリ属オオアリ亜属クロオオアリ Camponotus japonicus が知られる。働きアリの体長は七~十二ミリメートルほどであるが、七~九ミリメートルの小型働きアリと一~一・二センチメートルで頭部が発達した大型働きアリが形態的に分化している。全身が光沢のない黒灰色だが、腹部の節は黒光りする。また、腹部には褐色を帯びて光沢のある短い毛が密生する。日本以外では、朝鮮半島・中国まで分布し、アメリカ合衆国やインドからも分布が報告されている(ここはウィキの「クロオオアリ」に拠った)。]

 

        手煽り(其の二)

 或所に齡頃《としごろ》の娘があつた。その娘を嫁子《あねこ》にケなかべかと云ふて仲人が來たところ、家では、俺方の娘アまだ何ンにも知らねえ子供で、わかねえごつたと斷つた。すると娘はわざわざ仲人の前へ來て手を煽《あふ》りながら、…あゝあゝ今朝《けさ》のすばれることア、十九になるども手ア冷(ツメ)たいと言つた。

[やぶちゃん注:この娘の仕草と台詞は、暗に、異性を求める私の身内の燃える熱い体を、なんとかして呉れる男性を求めているというを示唆しているものであろう。「手ア冷(ツメ)たい」はそれ以外の体が男を求めて燃える体を暗示する対表現と読んだ。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七五番 尻かき歌

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]

 

      一七五番 尻かき歌

 

 或所に馬鹿娘があつた。父親がある日隣家へ遊びに行くと、隣家の娘は繪を畫いて居た。感心して家へ歸つて其話をして聽かせ、本當に隣家の娘のやうな利巧な子供を持つたならなんぼ良(エ)えんだか、なんだ俺家の娘と來たらろくな勘定も知らないとこぼすと、馬鹿娘がいきなり立上《たちあが》つて父親の前で、グエアラと着物の裾をまくつて、片手で尻をガリガリとかいた。親父が怒つて叱ると、娘は左のやうな歌を詠んだ。

   かくべきための

   十(とを)の指

   けつをかいたて

   咎(とが)ぢやあるまい

 (江剌郡人首《ひとかべ》邊にある話。昭和五年七月七日佐々木伊藏氏談話の七。)

[やぶちゃん注:「江剌郡人首」現在の岩手県奥州市江刺米里(よねさと:グーグル・マップ・データ)の旧地名。ネットの「ことばバンク」の平凡社「日本歴史地名大系」の一部記載によれば、『角掛(つのかけ)・菅生(すごう)・栗生沢(くりゆうざわ)三ヵ村の東に位置し、北上高地中央の山地・丘陵に立地。南部に阿茶山』(あちゃやま)『(五三三・三メートル)・烏堂(からすどう)山(五五二・七メートル)、東部に大森(おおもり)山(八二〇メートル)・物見(ものみ)山が』聳え、『これら山麓の沢水が中央部で人首川』(ひとかべがわ)『に合流し』、『西流』し、『流域に盆地状の狭い平地が開けている。村名について』は、『坂上田村麻呂に討伐された人首丸』(ひとかべまる:た蝦夷(えみし)の族長阿弖流為(アテルイ)の弟大武丸(おおたけまる:別に他の蝦夷の族長悪路王の弟とも伝えるが、「あくろわう」は「あてるい」に当てたものともされる)の子)『の潜居地であったことに由来するとの伝承がある。大谷地(おおやち)遺跡は縄文時代早期のもので、貝殻刺突文・縄文・無文土器とともに絡条体圧痕文的な土器遺物がみられる』(以下略)とあった。「ひなたGPS」の戦前の地図の方のここで、「米里村」と、そこを貫流する「人首川」が確認出来る。]

佐々木喜善「聽耳草紙」 一七四番 馬鹿息子噺(二話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

      一七四番 馬鹿息子噺

 

        牛の角突き(其の一)

 或所に馬鹿な息子があつて、お葬式の行列が花を持つたり、旗を立てたりして來たので、面白くなつて、木に登つて、あゝ面白い、あ熊楠面白いと言つて喜んで居たら、何が面白いと言つて頭を叩かれた。家へ歸つてその事を話すと、そんな時には、なんまんだ、なんまんだと云つて拜むもんだと、親父が言つて聽かせたのでなるほどと思つてゐた。

 次ぎに或日、家の前を婚禮の行列が通ふる[やぶちゃん注:ママ。「ちくま文庫」版では『通る』とある。「かよふる」ではおかしいので、誤植の可能性が高いが、そのままとしておいた。]ので、親父の傳授此時とばかり、大聲上げて、なんまんだ、なんまんだツ! と唱へて拜むと、何が悲しいと言つて、又頭を叩かれた。其事をまた親父に語ると[やぶちゃん注:「ちくま文庫」版ではここに読点がある。]そんな時はお祝ひだから、歌の一つも唄つてやるもんだと言はれてそれを呑みこんで居た。

 或夜近所に火事が起つた。親父の傳授此時とばかり、早速火事場へ駈けつけて行つて、あゝ目出度い、目出度い、目出度の若松樣だよう、と唄つた。するとみんなに何が目出度いと言つて燒け杭《ぐひ》で頭を叩かれて、泣きながら家へ歸つて、そのことを話すと、親父は何たらこつた、そんな時には俺も助けますと言つて、水の一桶《ひとをけ》も打つかげてやるもんだと言つて聞かせた。

 或日息子が町へ用たしに行くと、鍛冶屋があつた。そこで折角《せつかく》炭火が燃え立つてゐるところへ、親父の傳授此時とばかり、ざぶりと一桶水をぶツかけた。鍛冶屋は大變怒つて金槌で頭をコクンと叩いた。息子は町から泣きながら歸つて來て、その事を親父に話すと、困つたもんだ、そんな時に一叩き叩いて助けますと言つて一打《ひとう》ち打つて助けるもんだと敎へた。

 其次にまた町へ行くと、酒屋の前で醉《よつ》ツタクレが二人で喧嘩をおつ初《ぱじ》めてゐた。息子は親父の傳授この時とばかり、俺も一叩き叩いて助けますべえと言つて、二人の頭をぽかりぽかりと叩きつけると、かへつて二人に慘々《さんざん》なぐられてほうほうの態《てい》で家に歸つた。そして其事を親父に話すと、そんな時には喧嘩の中に入つて、これこれ、まづまづと言つて仲裁をするもんだと敎へられた。

 或日、息子が一人で山奧へ柴取りに行つたら、牛が二匹で角突き合《あひ》をしてゐた。親父の傳授この時とばかり、その眞中《まんなか》へ、これこれ、まづまづと云つて割り込んで、角で腹を突かれて、遂々《たうとう》死んでしまつた。

(江刺郡米里村地方の同話には多少相違がある。卽ち馬鹿息子の遭遇失敗した事件の順序は、火事を路傍で見て居たのが惡かつたのである。

 そこで親父からさういふ時には水を張りかけるか、
 水がなかつたら小便でもいゝと敎はる。
  次に出會《であは》したのは嫁子取りの行列であ
 つた。花嫁子《はなあねこ》の腰卷の赤く飜《ひる
 が》へるのを火事だと誤認して小便をしつかけたの
 が惡かつた。
  其次に出會したのが葬式の行列で、それに親父か
 ら敎はつた祝謠《いはひうた》を歌つたのが惡かつ
 た。
  そこでこれでは迚《とて》も一人で山へ柴刈りに
 遣れぬから俺と一緖に行けと、親父が言つたことに
 なつて居る。同地の佐々木伊藏氏談話六。昭和五年
 七月七日聽書。)

[やぶちゃん注:附記は長いのと、附記内部に改行字下げがあるため、本文同ポイントで引き上げた。さらに、手を加えて、構造的には佐々木が意図した形に一部の字数を減じて体裁を合わせた。ただ、この附記には、不全がある。則ち、この本文の採取地が不明であることである。最後の「同地の佐々木伊藏氏談話六」というのは、附記の内容の採集地であり、江刺米里としか読めないことで、本篇本文が、どこの採取かが、判然としないのである。但し、本書の多くの採集地が、佐々木の故郷である遠野であることを考えれば、本文の採集地は遠野に比定してよいであろうとは思うのであるが。また、米里版では、山の柴刈りには父親が同行していることから、馬鹿息子は父親に制止されて、命拾いをするという展開なのだろうか。馬鹿息子とは言え、私はそうであってほしいとは思うのである。

「江刺郡米里村地方」現在の奥州市江刺米里(えさしよねさと:グーグル・マップ・データ)。遠野市からは南西に当たる。]

 

        飴甕(其の二)

 或所に少し足りない馬鹿な兄があつた。母親(オフクロ)が飴(アメ)を作つて、厩舍桁《うまやげた》の上に置いた。ある日のこと兄が飴をなめたいなめたいとせがむので、親父も仕方なく桁へ上つた。そして今飴甕《あめがめ》を下《おろ》すから、お前は下に居て尻(ケツ)を抑へろよと云つた。

[やぶちゃん注:「厩舍桁」厩の柱の上の棟の方向に横に渡して、支えとする材木。何故、こんなところに置くのかが、判然としないが、飴を熟成させるのに丁度よい温度・湿度、太陽光が入らず、相応しい場所なのであろうか? 或いは、馬がいることから、雑食性の鼠や中型獣類が恐れて、食害しない場所なのであろうか? 識者の御教授を乞うのものである。]

 兄は喜んで、はいはいと言つて居た。父親《とと》は薄暗い厩舍桁へ上つて、甕を取り出し、いゝか、しつかり尻をおさへろよ、手を離すぞ、と言つて、そろそろと下した。下で息子は、あゝいゝよ、しつかりおさへているから、と言ふ返事なので、父親が手を離すと、飴甕はどさツと土間に落ちて粉微塵に碎《くだ》けて、飴はみんな土の上に流れてしまつた。父親は眞赤になつて怒つて、下へおりて、お前どうして尻をおさへていないツと怒鳴《どな》ると、息子は腰を屈めて兩手でしつかりと自分の尻をおさへながら、父親(トト)俺アこんなにおへえて居たと言つた。

  (昭和四年十一月中、前述織田秀雄君御報告の四。)

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