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カテゴリー「「博物誌」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】」の68件の記事

2023/11/22

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「樹々の一家」(+奥書・奥附) / 「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)~了

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 本記事を以って以上のブログ版新版電子化注を終了する。

 

 

   樹々の一家

 

 

 太陽の烈(はげ)しく照りつける野原を橫切つてしまふと、初めて彼等に遇ふことができる。

 彼等は道のほとりには住まはない。物音がうるさいからである。彼等は未墾の野のなかに、小鳥だけが知つてゐる泉のへりを住處(すみか)としてゐる。

 遠くからは、はいり込む隙間もないやうに見える。が、近づいて行くと、彼等の幹は間隔をゆるめる。彼等は用心深く私を迎へ入れる。私はひと息つき、肌を冷やすことができる。然し、私には、彼らぢつとこちらを眺めながら警戒してゐるらしい樣子がわかる。

 彼等は一家を成して生活してゐる。一番年長のものを眞ん中に、子供たち、やつと最初の葉が生えたばかりの子供たちは、ただなんとなくあたり一面に居竝び、決して離れ合ふことなく生活してゐる。

 彼等はゆつくり時間をかけて死んで行く。そして、死んでからも、塵となつて崩れ落ちるまでは、突つ立つたまま、みんから見張りをされてゐる。

 彼等は、盲人(めくら)のやうに、その長い枝でそつと觸れ合つて、みんな其處にゐるのを確める。風が吹き荒んで、彼等を根こそぎにしようとすると、彼等は怒つて身をくねらす。然し、お互の間では、口論ひとつ起らない。彼らは和合の聲しか囁かないのである。

 私は、彼等こそ自分の本當の家族でなければならぬといふ氣がする。もう一つの家族などは、直ぐ忘れてしまへるだらう。この樹木たちも、次第に私を家族として遇してくれるやうになるだらう。その資格が出來るやうに、私は、自分の知らなければならぬことを學んでゐる――

 私はもう、過ぎ行く雲を眺めることを知つてゐる。

 私はまた、ひとところにぢつとしてゐることもできる。

 そして、默つてゐることも、まづまづ心得てゐる。

 

Kiginoikka

 

[やぶちやん注:樹種は不明。主人公「私」は動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱正獣(サル)下綱霊長(サル)目真猿(サル)亜目狭鼻(サル)下目ヒト上科ヒト科ヒト属ヒト Homo sapiens 。臨川書店全集の佃裕文氏の後注に、ルナールの日記の『一九〇五年十月二十三日』(満四十一歳)『のつぎの文章を参照のこと。』とあり、訳が示される(全集の日記の巻の別な訳者のものよりも理解し易いので、佃氏の訳をそのまま引く。〔 〕は佃氏の割注)。

   《引用開始》

「もし私が神お折り合いをつけることが出来るなら、彼に私を樹に変身させてくれるよう頼むであろう。クロアゼット岬〔マルセイユ南方の岬〕の上から我が村を眺められるような樹にである。そうとも、私には彫像なぞよりその方がいい」

   《引用終了》

この「クロアゼット岬」(Cap Croisette)はここ(グーグル・マップ・データ航空写真)である。注意が必要だが、この「村」は一般普通名詞の「村」であって、同岬から見渡せる「村」の意で、特定の村を意識しているものではあるまい。因みに、彼は「私には彫像なぞよりその方がいい」と言っているが、一九一〇年五月二十二日に四十六で没した彼は、ブルゴーニュのニエーヴル県シトリー=レ=ミーヌChitry-les-Mines:グーグル・マップ・データ:ルナールはこの村の村長となった)の墓地に埋葬されたが、フランス語の同地のウィキには、ルナールの像の記念碑が建立されてある。]

 

 

 

 

UNE FAMILLE D'ARBRES

 

C'est après avoir traversé une plaine brûlée de soleil que je les rencontre.

Ils ne demeurent pas au bord de la route, à cause du bruit. Ils habitent les champs incultes, sur une source connue des oiseaux seuls.

De loin, ils semblent impénétrables. Dès que j'approche, leurs troncs se desserrent. Ils m'accueillent avec prudence. Je peux me reposer, me rafraîchir, mais je devine qu'ils m'observent et se défient.

Ils vivent en famille, les plus âgés au milieu et les petits, ceux dont les premières feuilles viennent de naître, un peu partout, sans jamais s'écarter.

Ils mettent longtemps à mourir, et ils gardent les morts debout jusqu'à la chute en poussière.

Ils se flattent de leurs longues branches, pour s'assurer qu'ils sont tous là, comme les aveugles. Ils gesticulent de colère si le vent s'essouffle à les déraciner.

Mais entre eux aucune dispute. Ils ne murmurent que d'accord.

Je sens qu'ils doivent être ma vraie famille. l'oublierai vite l'autre. Ces arbres m'adopteront peu à peu, et pour le mériter j'apprends ce qu'il faut savoir :

Je sais déjà regarder les nuages qui passent.

Je sais aussi rester en place.

Et je sais presque me taire.

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、底本の奥書。本文の四字下げ位置からポイント落ちで上部にある。電子化しないが、下方には印刷で「第」とあり、ブルー・インクのスタンプ印字で限定番号がアラビア数字「12」(重なっているため明確でないが、ガンマ補正して見ると、「12」と判る)先に打たれ、その下方に重なって、「10」と打ち直してある。

 

 本書は限定印行部數一千一百部。

 その一百部は越前國今立郡岡本村

山田九兵衞別漉透入鳥子程村紙印刷、

挿繪木版刷十一葉オフセット刷二葉

凸版刷一葉を附し、漢字番號壹より

百に至る。

 その一千部は極上質紙印刷、挿繪

木版刷五葉オフセット刷二葉凸版刷

一葉を附し、亞剌比亞數字番號1よ

1000に至る。

 他に非賣本各若干部を刊行す。而

して本書はその

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、奥附。枠等は一切、ない。ブラウザの不具合を考えてポイントを落とした。]

 

譯者 岸田國士

發行者 福 岡 淸 發行所 株式會社白水社 東京市神田區小川町三丁目八番地

印刷者 白井赫太郞 印刷所 精興社 東京市神田區錦町三丁目十一番地

製本者 中野和一 製本所 中野製本所 東京市京橋區越前堀三丁目二番地

印刷擔當者 橫井作次老製本擔當者 麻生勇助

挿繪 木版印刷室田欣二 オフセット印刷上原昇 凸版印刷今井萬之助

 昭和十四年七月五日印刷 同年七月十五日發行

                                     頒價三圓五十錢

 

 

[やぶちゃん注:因みに、愛する芥川龍之介は彼自身の複数の作品中のアフォリズムで、明らかにルナールの「博物誌」を意図的に意識して参考にしている。中でも、大正九(一九二〇)年一月及び十月発行の雑誌『サンエス』に分割掲載され、後に『夜來の花』に所収(初出の内の一部を削除している)された「動物園」は、私には『そこまでやるか?』と感じてしまうほど、本書を剽窃・改竄したとしか思われないアフォリズムが頻出している。私は大学時代の深夜、岩波の全集で読んで、何となく哀しい気になったことを忘れない。リンク先の私のサイト版を見られたい。

[やぶちゃん追記:因みに、近々、同じ仕儀を、サイト版『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』を元に、やらかそうと画策している。]

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「獵期終る」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    獵期終る

 

 

 どんよりした、短い、まるで頭と尻尾(しつぽ)を齧(かぢ)り取られたやうな、みじめな一日である。

 晝ごろ、佛頂面をした太陽が、霧の晴れ間から覗きかけて、蒼白い眼を薄目にあけたが、また直ぐつぶつてしまふ。

 私は當てもなく步き廻る。持つてゐる鐵砲も、もう役にたたぬ。いつもは夢中になつてはしやぐ犬も、私のそばを離れない。

 河の水は、あんまり透きとほつてゐて眼が痛いくらゐだ。そのなかに指を突つ込んだら、きつと硝子のかけらのやうに切れるだらう。

 切株畑のなかでは、私が一足踏み出すごとに、ものうげな雲雀が一羽飛び出す。彼等はみんな一緖になり、ぐるぐる飛び廻る。が、その羽搏きも、凍りついた空氣を殆ど搔き亂すか亂さないかである。

 向ふの方では、鴉の修道僧の群れが、秋蒔きの種子(たね)を嘴で掘り返してゐる。

 牧場の眞ん中で、鷓鴣が三羽起ち上る。綺麗に刈られた牧場の草は、もう彼女らの姿を隱さない。

 まつたく、彼女らも大きくなつたものだ。かうして見ると、もう立派な貴婦人である。彼女らは不安さうに、ぢつと耳を澄ましてゐる。私はちやんと彼女らの姿を見た。が、そのまま默つて、通り過ぎて行く。そして何處かでは、恐らく、顫へあがつてゐた一匹の兎が、ほつと安心して、また巢の緣に鼻を出したことだらう。

 この生垣で(ところどころに、散り殘つた葉が一枚、足をとられた小鳥のやうに羽搏いてゐる)に沿つて行くと、一羽のくろ鶫が、私の近づくたびに逃げ出しては、もつと先の方へ行つて隱れ、やがてまた犬の鼻つ先から飛び出し、もうなんの危險もなく、私たちをからかつてゐる。

 次第に、霧が濃くなつて來る。道に迷つたやうな氣持だ。鐵砲も、かうして持つてゐると、もう爆發力のある杖に過ぎない。いつたい何處から聞えて來るのだ、あの微かなもの音、あの羊の啼き聲、あの鐘の音、あの人の叫び聲は?

 どれ、歸る時刻だ。既に消え果てた道を辿つて、私は村へ戾る。村の名はその村だけが知つてゐる。つつましい百姓たちが、其處に住んでゐて、誰一人、彼等を訪れて來るものはない――この私よりほかには。

 

Ryoukiowwaru

 

[やぶちやん注:オール・スター・キャストを各個提示する。なお、ルナールの狩猟に就いては、「鷓鴣」の私の後注の最初の部分を必ず参照されたい。

「雲雀」脊椎動物亜門鳥綱スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ Alauda arvensis

「鴉」スズメ目カラス科カラス属 Corvus sp.

「鷓鴣」鳥綱キジ目キジ亜目キジ科キジ亜科Phasianinaeの内、「シャコ」と名を持つ属種群を指す。特にフランス料理のジビエ料理でマガモと並んで知られる、イワシャコ属アカアシイワシャコ Alectoris rufa に同定しても構わないだろう。本篇でも多出し、『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』や、『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』でも取り上げられることが多い、ルナールに親しい鳥である。

「兎」哺乳綱兎形目ウサギ科ウサギ亜科 Leporinaeの多様な種を指すが、まずここはノウサギLpues sp. としてよいであろう。種が多く、分布が複雑で、種まで限定することは難しい。

「くろ鶫」既に何度も述べたが、ここで言う“merle”は、スズメ目ツグミ科ツグミ属クロツグミTurdus cardisではなく、同属のクロウタドリTurdus merulaではないかと思われる。

「犬」哺乳綱食肉目イヌ科イヌ属オオカミ亜種イヌCanis lupus familiaris

「羊」哺乳綱鯨偶蹄目ウシ亜目ウシ科ヤギ亜科ヒツジ属ヒツジ Ovis aries 。]

  

 

 

 

FERMETURE DE LA CHASSE

 

C'est une pauvre journée, grise et courte, comme rognée à ses deux bouts.

vers midi, le soleil maussade essaie de percer la brume et entr'ouvre un oeil pâle tout de suite refermé.

Je marche au hasard. Mon fusil m'est inutile, et le chien, si fou d'ordinaire, ne s'écarte pas.

L'eau de la rivière est d'une transparence qui fait mal : si on y plongeait les doigts, elle couperait comme une vitre cassée.

Dans l'éteule, à chacun de mes pas jaillit une alouette engourdie. Elles se réunissent, tourbillonnent et leur vol trouble à peine l'air gelé.

Là-bas, des congrégations de corbeaux déterrent du bec des semences d'automne.

Trois perdrix se dressent au milieu d'un pré dont l'herbe rase ne les abrite plus.

Comme les voilà grandies ! Ce sont de vraies dames maintenant. Elles écoutent, inquiètes. Je les ai bien vues, mais je les laisse tranquilles et m'éloigne. Et quelque part, sans doute, un lièvre qui tremblait se rassure et remet son nez au bord du gîte.

Tout le long de cette haie (ça et là une dernière feuille bat de l'aile comme un oiseau dont la patte est prise), un merle fuit à mon approche, va se cacher plus loin, puis ressort sous le nez du chien et, sans risque, se moque de nous.

Peu à peu, la brume s'épaissit. Je me croirais perdu.

Mon fusil n'est plus, dans mes mains, qu'un bâton qui peut éclater. D'où partent ce bruit vague, ce bêlement, ce son de cloche, ce cri humain ?

Il faut rentrer. Par une route déjà effacée, je retourne au village. Lui seul connaît son nom. D'humbles paysans l'habitent, que personne ne vient jamais voir, excepté moi.

 

2023/11/21

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鴫(しぎ)」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

   (しぎ)

 

 

 四月の太陽は既に沈み、行き着く所に行き着いたやうに、ぢつと動かない雲の上に、薔薇色の輝きが殘つてゐるばかりだつた。

 夜が地面から這ひ上がつて來て、次第に私たちを包んだ。林の中の狹い空地で、父は鴫の來るのを待つてゐたのである。

 そばに立つてゐる私も、やつと父の顏だけがはつきり見えてゐた。私より背の高い父には、私の姿さへ見えるか見えないくらゐだつた。犬も私たちの足元で、姿は見えず、ただ喘ぐ息遣ひだけが聞えてゐた。

 鶫は、林の中に歸ることを急いでゐた。くろ鶫は、例の喉を押しつけたやうな叫び聲を頻りにあげてゐた。その馬の嘶きのやうな鳴き聲は、すべての小鳥たちにとつて、もう囀るのをやめて寢ろと命令する聲である。

 鴫は、ほどなく、その枯葉の中の隱れ家(が)を出て、舞ひ上つて來るだらう。今晚のやうな穩かな天氣の日には、鴫は、平地へやつて行く前に、途中でゆつくり道草を喰ふ。林の上を廻りながら、頻りに道連れを搜し求める。その微かな叫び聲で、こつちへやつて來るのか、遠くへ行つてしまふのかわかるのである。彼は大きな槲(かしは)の樹の間を縫つて、重たげに飛んで行く。長い嘴が低く垂れ下り、恰度、小さなステッキを突いて、空中を散步してゐるやうに見える。

 私が八方に眼を配りながら、ぢつと耳を澄ましてゐると、その時突然、父がぶつぱなした。然し、いきなり跳び出して行つた犬のあとを父は追はなかつた。

 「駄目だつたの?」と、私は言つた。

 「擊つたんじやないんだ」と、父は云つた。「彈丸(たま)が出ちまつたのさ、持つてゐるうちに」

 「ひとりでに?」

 「うん」

 「ふうん……。木の枝にでも引つかかつたんだね、きつと?」

 「さあ、どうだか」

 父が空になつた藥莢を外してゐるのが聞えた。

 「いつたい、どういふ風に持つてたの?」

 その意味がわからなかつたのだろうか?

 「つまりさ、銃先(つつさき)はどつちに向いてたの?」

 父がもう返事をしないので、私もそれ以上云ふ勇氣がなかつた。が、たうとう私は云つた――

 「よく當らなかつたもんだ……犬に」

 「もう歸らう」と、父は云つた。

 

[やぶちやん注:ボナールの絵はない。「鴫」はシギ科 Scolopacidaeの模式種であるチドリ目シギ科ヤマシギ属ヤマシギ Scolopax rusticola としてよい。

「鶇」だが、「鳥のゐない鳥籠」に出る「茶色の鶫」で注したが、再掲すると、そちらの原文は『“grive brune”で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科ツグミ属 Turdus だが、異様に種が多い。別に、ヨーロッパで広く棲息する茶色のツグミに似た種を調べてみたところ、ツグミ科にチャツグミ属  Catharus があり、その中のチャイロコツグミ Catharus guttatus が名にし負うことが判ったので、有力候補として掲げておく。学名のグーグル画像検索もリンクさせておく。「茶色の鶫」と呼ぶに相応しいという気はする』としたのに従う。

「くろ鶫」も、また、「くろ鶇(つぐみ)!」で注したのを再掲すると、merle”は私の辞書では、確かに『鶇』とあるのだが、スズメ目ツグミ科ツグミ属クロツグミ Turdus cardisは名の割には、腹部が白く(丸い黒斑点はある)、「のべつ黑裝束で」というのに違和感がある。これは「クロツグミ」ではなく、が全身真黒で、黄色い嘴と、目の周りが黄色い同じツグミ属のクロウタドリTurdus merulaではないかと思われる』としたのに従う。

「槲(かしは)」これも既に述べたが、再度、示すと、フランスであるから、双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とすることは出来ない。本邦のお馴染みの「カシワ(柏・槲・檞)」は日本・朝鮮半島・中国の東アジア地域にのみ植生するからである。原文では“chêne”で、これはカシ・カシワ・ナラなどのブナ目ブナ科コナラ属 Quercus の総称である。則ち、「オーク」と訳すのが、最も無難であり、特にその代表種である模式種ヨーロッパナラ(ヨーロッパオーク・イングリッシュオーク・コモンオーク・英名はcommon oakQuercus roburを挙げてもよいだろう。

 なお、この一篇は、『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』の「最初の鴫(しぎ)」も、このシークエンスを下敷きにしているように見える。参照されたい。

 さて。この一篇には、ある非常に深いネガティヴな不吉な雰囲気が漂っている。前に述べたが、ルナールは、一八六四年にマイエンヌ県シャロン=デュ=メーヌ(Châlons-du-Maine)で生まれたが、二年後、一家は市長となった父の出生地であったシトリー・レ・ミーヌChitry-les-Mines:グーグル・マップ・データ)に定住したので、このロケーションはそちらである(後、十七歳の時、パリに出、四区のリセ・シャルルマーニュに入っている)。父フランソワ・ルナール(François Renard 一八二四年~一八九七年)は、かねてより病気を患っており、自分が不治の病であることを知っていて、一八九七年六月十九日、猟銃(ショットガン)で心臓を撃ち抜き、自殺している。ルナール三十三歳の時であった。本「博物誌」初版を刊行した翌年のことであった。この一篇に銃の暴発の一件は、事実であると思って問題ないが、ルナールにとっては後に起こった、父の、この猟銃自殺が、結果して、《偶然のトラウマの翳》を落としていることになるのである。

「彼は大きな槲(かしは)の樹の間を縫つて、重たげに飛んで行く。」誤訳である。原文は“Elle passe d'un vol lourd entre les gros chênes et son long bec pend si bas qu'elle semble se promener en l'air avec une petite canne.”で“Elle”は「彼女」の意。題名の“LA BÉCASSE”の通り、“Bécasse”(山鴫)は女性名詞である。]

 

 

 

 

LA BÉCASSE

 

Il ne restait, d'un soleil d'avril, que des lueurs roses aux nuages qui ne bougeaient plus, comme arrivés.

La nuit montait du sol et nous vêtait peu à peu, dans la clairière étroite où mon père attendait les bécasses.

Debout près de lui, je ne distinguais nettement que sa figure. Plus grand que moi, il me voyait à peine, et le chien soufflait, invisible à nos pieds.

Les grives se dépêchaient de rentrer au bois où le merle jetait son cri guttural, cette espèce de hennissement qui est un ordre à tous les oiseaux de se taire et de dormir.

La bécasse allait bientôt quitter ses retraites de feuilles mortes et s'élever. Quand il fait doux, comme ce soir-là, elle s'attarde, avant de gagner la plaine. Elle tourne sur le bois et se cherche une compagne. On devine, à son appel léger, qu'elle s'approche ou s'éloigne. Elle passe d'un vol lourd entre les gros chênes et son long bec pend si bas qu'elle semble se promener en l'air avec une petite canne.

Comme j'écoutais et regardais en tous sens, mon père brusquement fit feu, mais il ne suivit pas le chien qui s'élançait.

- Tu l'as manquée ? lui dis-je.

- Je n'ai pas tiré, dit-il. Mon fusil vient de partir dans mes mains.

- Tout seul ?

- Oui.

- Ah !... une branche peut-être ?

- Je ne sais pas.

Je l'entendais ôter sa cartouche vide.

- Comment le tenais-tu ?

N'avait-il pas compris ?

- Je te demande de quel côté était le canon ?

Comme il ne répondait plus, je n'osais plus parler.

Enfin je lui dis :

- Tu aurais pu tuer... le chien.

- Allons-nous-en, dit mon père.

 

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鷓鴣」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

Syako1

 

 

     (しやこ)

 

 

 

 鷓鴣と農夫とは、一方は鋤車(すきぐるま)の後ろに、一方は近所の苜蓿(うまごやし)の中に、お互に邪魔にならないくらゐの距離を隔てて、平和に暮らしてゐる。鷓鴣は農夫の聲を識つてゐる。怒鳴つたり喚いたりしても怖がらない。

 鋤車が軋(きし)つても、牛が咳をしても、または驢馬が啼き出しても、それは別になんでもないのである。

 で、この平和は、私が行つてそれを亂すまで續くのである。

 ところが、私がやつて來る。すると鷓鴣は飛んでしまふ。農夫も落着かぬ樣子である。牛も驢馬もその通りである。私は鐵砲を擊つ。すると、この狼藉者の放つた爆音によつて、あたりの自然は悉く調子を亂してしまふ。

 

 

 これらの鷓鴣を、私は先づ切株の間から追ひ立てる。次に苜蓿のなかから追ひ立てる。それから、草原のなか、それから生垣(いけがき)に沿つて追ひ立てる。ついでなほ、林の出つ張りから追ひ立てる。それからあそこ、それから此處……。

 それで、突然、私は汗をびつしよりかいて立ち停る。そして怒鳴る――

「ああ、畜生、可愛げのないやつだ。人をさんざん走らせやがる!」

 

 

 遠くから、草原のまんなかの一本の木の根に、何か見える。

 私は生垣に近づいて、その上から覗いてみる。

 どうしてもその樹の蔭に鳥の頸が一つ突き出てゐるやうに思はれる。さう思ふと、もう心臟の鼓動が激しくなる。この草のなかに、鷓鴣がゐなくて何がいよう。親鳥が、私の跫音を聞きつけて、早速いつもの合圖をしたに違ひない。そして子供たちを腹這ひに寢させて、自分もからだを低くしてゐるのだ。頭だけが眞つ直に立つてゐる。それは見張りをしてゐるのだ。が、私は躊躇する。なぜなら、その首が動かないのである。間違へて、木の根を擊つても馬鹿馬鹿しい。

 ところどころ、樹のまはりには、黃色い斑點が、鷓鴣のやうでもあり、また土くれのやうでもあり、私の眼はすつかり迷つてしまふ。

 うつかり追ひ立てて、ほんとに鷓鴣が飛び出したら、樹の枝が邪魔になつて追ひ擊ちはできない。それよりも、そのまま地上にゐるのを擊つ、つまり玄人の獵師の所謂「人殺し」をやつた方がいい。

 ところが、その鷓鴣の首らしいものが、いつまでたつても動かない。

 永い間、私は隙を覘つてゐる。[やぶちゃん注:「覘つて」「うかがつて」。]

 果してそれが鷓鴣であるとすれば、その動かないこと、警戒の周密なことは、まつたく驚くべきものである。それに、ほかのが、また、よくいふことを聽いて、この護衞者に恥ぢない見事な警戒ぶりである。どれ一つ動かない。

 私は、そこで驅引をしてみるのである。私は、からだぐるみ、生籬のうしろに隱れて、しばらくその方を見ないでゐる。といふのは、こつちで見てゐるうちは、向ふでも見てゐるわけだからである。

 これでもう、どつちも姿が見えなくなつた。死の沈默が續く。

 やがて、私は顏を上げて見た。

 今度こそは確かである。鷓鴣は私がゐなくなつたと思つたに違ひない。首が以前より高くなつてゐる。そして、それを急に引つこめた動作が、もう疑ひの餘地を與へない。

 私は、おもむろに銃尾を肩に當てる……。

 

 

 夕方、からだは疲れてゐる。腹はふくれてゐる。すると、私は、多くの獲物のあつた快い眠りに就く前に、その日一日追い廻した鷓鴣のことを考へる。そして、彼等がどんなにして今夜を過すだらうかといふことを想像してみる。

 彼等は氣違ひのやうになつて騷いでゐるに違ひない。

 どうしてみんな揃はないのだろう、いつも集る時刻に?

 どうして、苦しがつてゐるものがあるのだらう――それから、傷口を嘴で押さへながら、どうしてもぢつと立つてゐられないものが?

 どうして、またあんなに、みんなを怖がらせるやうなことをやり始めたんだらう?

 やつと、休み場所に落着いたと思ふと、直ぐもう見張りのものが警報を傳へる。また飛んで行かなければならない。草なり株なりを離れなければならない。

 彼等は逃げてばかりゐるのである。聞き慣れた音にさへ驚くのである。

 彼等はもう遊んではゐられない。喰ふものも喰つてゐられない。眠つてゐられない。

 彼等は何がなんだかわからない。

 

 

 傷ついた鷓鴣の羽が落ちて來て、ひとりでに、この誇らかな獵師の帽子に刺さつたとしても、私はそれがあんまりだとは思はない。

 

 

 雨が降り過ぎたり、旱天(ひでり)が續き過ぎたりして、犬の鼻が利かなくなり、私の銃先(つつさき)が狂ふやうになり、鷓鴣のそばへも寄りつけなくなると、私はもう正當防衞の權利でも與へられたやうな氣になる。

 

 

 鳥の中でも、鵲とか、樫鳥(かけす)とか、くろ鶫(つぐみ)とか、鶫とか、腕に覺えのある獵師なら相手にしない鳥がある。私は腕に覺えがある。

 私は、鷓鴣以外に好敵手を見出さない。

 彼等は實に小ざかしい。

 その小ざかしさは、遠くから逃げることである。然し、それを逃がさないで、とつちめるのである。

 それはまた、そつと獵師をやり過すことである。が、そのうしろから、あんまり早く飛び出して、獵師がうしろを振返るのである。

 それは、深い苜蓿の中に隱れることである。然し、獵師は眞つ直にそこへ行くのである。

 それは、飛ぶ時に、急に方向を變へることである。然し、そのために間隔が詰るのである。

 それは、飛ぶ代りに走るのである。人間より早く走るのである。然し、犬がゐるのである。

 それは、追はれて離れ離れになると、互に呼び合ふのである。然し、それが獵師を呼ぶことにもなるのである。獵師にとつて、彼等の歌を聞くほど氣持のいいものはない。

 

 

 その若い一組は、もう親鳥から離れて、新しい生活を始めてゐた。私は、夕方、畑のそばで、それを見つけたのである。彼等は、ぴつたり寄り添つて、それこそ翼(はね)を組んでといふ格好で舞ひ上がつた。で、一方を殺した彈丸(たま)は、そのままもう一方を突き落としたのである。

 一方は何も見なかつた。何も感じなかつた。然し、もう一方は、自分の連れ合ひが死ぬのを見、そのそばで自分も死んで行くのを感じるだけのひまがあつた。

 この二羽の鷓鴣は、いづれも地上の同じ場所に、幾らかの愛と、幾らかの血と、そして何枚かの羽とを殘したのである。

 獵師よ、お前は一發で、見事に二羽をしとめた。早く歸つて、うちのものにその鷓鴣の話を聞かせてやれ。

 

 

 あの年を取つた去年の鳥、折角育てた雛を殺された親鳥、彼等も若いのに劣らず愛し合つてゐた。いつ見ても、彼等は一緖にゐた。いつ見ても、彼らは一緖にゐた。彼等は逃げることが上手だつた。私は、强ひてそのあとを追ひ驅けようとはしなかつた。その一方を殺したのも、全く偶然であつた。で、それから、私はもう一方を搜した――可哀さうだから一緖に殺してやたうと思つて!

 

 

 或るものは、折れた片脚をだらりと下げて、まるで私が絲で括つてつかまへてでもゐるやうな恰好だ。

 或るものは、最初はほかのもののあとについて行くが、たうとう翼(はね)が利かなくなる。地上に落ちる。ちよこちよこ走りをする。犬に追はれながら、身輕に、半ば畝を離れて、走れるだけ走るのである。[やぶちゃん注:「畝」戦後版では『うね』のルビがある。]

 或るものは、頭のなかに鉛の彈丸(たま)を擊ち込まれる。ほかのものから離れる。狂ほしく、空の方に舞ひ上がる。樹よりも高く、鐘樓の雄鷄よりも高く、太陽を目がけて舞ひ上るのである。すると、獵師は氣が氣ではない。しまひにそれを見失つてしまふ。が、その時、鳥は重い頭の重量をたうとう支へきれなくなる。翼を閉じる。遙か向ふへ、嘴を地に向けて、矢のやうに落ちて來る。

 或るものは、犬を仕込むとき鼻先へ投げてやる襤褸つきれのやうに、ぎゆつとも云はず落ちる。

 或るものは、彈丸(たま)が飛び出すと同時に、小舟のやうにぐらつく。そして、ひつくり返る。

 また或るものは、どうして死んだのかわからないほど、傷口が羽のなかに深くひそんでゐる。

 或るものは、急いでポケットに押し込む――人にも自分にも見られまいとするやうに。

 或るものはなかなか死なない。さういふのは絞(し)め殺す必要がある。私の指の間で、空(くう)をつかむ。嘴を開く。細い舌がぴりぴりと動く。すると、ホメロスの言葉を借りれば、その目の中に死の影が降りて來る。

 

 

 向ふで、百姓が、私の鐵砲の音を聞きつけて、頭を上げる。そして、私の方を見る。

 つまり私たちの審判者なのだ。この働いてゐる男は……。彼は私に話をするつもりなのだ。そして、嚴かな聲で、私を恥ぢ入らせるだらう。

 ところが、さうでない、それは、時としては、私のやうに獵ができないのが癪で、業を煑やしてゐる百姓である。時としては、私のやることを面白がつて見てゐるばかりでなく、鷓鴣がどつちへ行つたかを敎へてくれるお人好しの百姓である。

 決して、それが義憤に燃えた自然の代辯者であつたためしはない。

 

 

 私は、今朝、五時間も步き廻つた揚句、空(から)の獲物囊を提げ、頭をうなだれ、重い鐵砲を擔いで歸つて來た。暴風雨(あらし)の來さうな暑さである。私の犬は、疲れ切つて、小走りに私の前を步きながら、ずつと生垣に沿つて行く。そして、何度となく、木蔭に坐つて、私の追ひつくのを待つてゐる。

 すると、恰度、私がすがすがしい苜蓿の中を通つてゐると、突然、彼はぱつと立ち停つた。といふよりは、腹這ひになつた。それが實に一生懸命なとまり方で、植物のやうに動かない。ただ、尻尾(しつぽ)の先だけが顫へてゐる。てつきり、彼の鼻先に、鷓鴣が何羽かゐるのだ。直ぐそこに、互にからだをすりつけて、風と陽(ひ)とをよけてゐるのだ。彼等の方ではちやんと犬の姿が見えてゐる。私の姿も見えてゐる。多分、私の顏に見覺えがあるかも知れない。で、すつかり怯えきつて、飛び立たうともしないのだ。

 ぐつたりしてゐた氣持が急に引き緊つて、私は身構へる。そしてぢつと待つ。

 犬も私も、決してこつちから先には動かない。

 と、遽(にはか)に、前後して、鷓鴣は飛び出す。どこまでも寄り添つて、ひとかたまりになつてゐる。私はそのかたまりのなかへ、拳骨で毆るように、彈丸(たま)を擊ち込む。そのうちの一羽が、見事に彈丸(たま)を喰つて、宙に舞ふ。犬が跳びつく。そして血だらけの襤褸みたいな、半分になつた鷓鴣を持つて來る。拳骨が、殘りの半分をふつ飛ばしてしまつたのである。[やぶちゃん注:「拳骨」言わずもがなだが、弾丸の換喩である。]

 さあ、行はう。これでもう空手(からて)で歸らないでも濟む。犬が雀躍(こをどり)する。私も得得としてからだをゆすぶる。

 

 

 まつたく、この尻つぺたに、一發、彈丸(たま)を擊ち込んでやつてもいい。

 

Syako2

 

[やぶちやん注:「鷓鴣」鳥綱キジ目キジ亜目キジ科キジ亜科Phasianinaeの内、「シャコ」と名を持つ属種群を指す。特にフランス料理のジビエ料理でマガモと並んで知られる、イワシャコ属アカアシイワシャコ Alectoris rufa に同定しても構わないだろう。本篇でも多出し、『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』や、『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』でも取り上げられることが多い、ルナールに親しい鳥である。なお、岩波の辻昶氏も臨川書店全集の佃裕文氏も、ともに『山うづら』と訳しておられるが、これは全く従えない。何故なら、標準和名ヤマウヅラは、キジ亜科ヤマウズラ属ヤマウズラ Perdix dauuricae であるが、同種はウズベキスタン・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・中国北部或いは北東部・トルキスタン・モンゴル・ロシア(ウスリー)にしか分布しないからである。バイ・プレーヤーの「犬」は哺乳綱食肉目イヌ科イヌ属オオカミ亜種イヌCanis lupus familiaris 。本篇は既に二年先行する『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』の中に同題の同じものがあり、全集の佃氏の後注に、その『初出は一八九九年一月二日「エコール・ド・パリ」』であるとあり、続けて、『ルナールは一八九七年ころから『日記』や書簡で狩猟にたいする嫌悪を表明しはじめ、一九〇〇年十二月二十二日の日記には栗鼠を一匹殺した後で、「殺害の嫌悪」という表題で何か書こうと考え、「大決心。私はもう狩猟はしない。そして一年後にはフィリップにもそれを止めさせる」と記すにいたった。』(既注であるが、「フィリップ」(Philipppe)というのは、ルナールの多くの著作に登場する主人公の使用人のモデルとなった、ショーモとシトリーで、ルナール家の使用人であったシモン・シャリュモーのこと)『しかしこれ以降にも野生の動物を殺した記述が見られるが、一九〇五年八月三十日』(死の五年前)『の狩猟の記述が最後のものと思われる。一九〇九年八月三十日』(死の九月前)『の書簡で「私はもう狩猟はやらない」と書いている』とある。日記は全集で確認した。

「苜蓿(うまごやし)」被子植物門双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科ウマゴヤシ属ウマゴヤシ Medicago polymorpha 若しくは、ウマゴヤシ属Medicagoの種。ヨーロッパ(地中海周辺)原産の牧草。江戸時代頃、国外の荷物に挟み込む緩衝材として本邦に渡来した帰化植物である。葉の形はシロツメクサ(クローバー:マメ科シャジクソウ属 Trifolium亜属Trifoliastrum節シロツメクサ Trifolium repens )に似ている。『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』や、『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』でもお馴染みのアイテムである。

「鵲」鳥綱スズメ目カラス科カササギ属カササギ Pica pica

「樫鳥(かけす)」スズメ目カラス科カケス属カケス Garrulus glandarius 。但し、約三十もの亜種がいるのでカケスGarrulus sp. とすべきか。

「くろ鶫(つぐみ)」「くろ鶇(つぐみ)!」で既注であるが、そのまま再掲すると、“Merle”は私の辞書では、確かに『鶇』とあるのだが、スズメ目ツグミ科ツグミ属クロツグミ Turdus cardisは名の割には、腹部が白く(丸い黒斑点はある)、「のべつ黑裝束で」というのに違和感がある。これは「クロツグミ」ではなく、が全身真黒で、黄色い嘴と、目の周りが黄色い同じツグミ属のクロウタドリTurdus merulaではないかと思われる。

「鶫」「鳥のゐない鳥籠」で既注であるが、そこに出る「茶色の鶇」に注して、私は、『原文は“grive brune”で、スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科ツグミ属 Turdus だが、異様に種が多い。別に、ヨーロッパで広く棲息する茶色のツグミに似た種を調べてみたところ、ツグミ科にチャツグミ属  Catharus があり、その中のチャイロコツグミ Catharus guttatus が名にし負うことが判ったので、有力候補として掲げておく。学名のグーグル画像検索もリンクさせておく。「茶色の鶫」と呼ぶに相応しいという気はする。』とした。ここも同種である可能性がすこぶる高いと思う。

「或るものはなかなか死なない。さういふのは絞(し)め殺す必要がある。私の指の間で、空(くう)をつかむ。嘴を開く。細い舌がぴりぴりと動く。すると、ホメロスの言葉を借りれば、その目の中に死の影が降りて來る。」。『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』の「鷓 鴣(しゃこ)」を参照されたい。また、「ホメロスの言葉を借りれば、その目の中に死の影が降りて來る」全集の佃氏は『彼の眼にはホメロスの言う「死の闇が降り」る』と訳され、後注に、『ホメロス』(紀元前八世紀末の古代ギリシャのアオイドス(吟遊詩人))『の『イリアッド』や『オデッセイ』によく出て来る表現』とある。

 なお、以下の原文は、原本に従い、行空けを施した。]

 

 

 

 

LES PERDRIX

 

La perdrix et le laboureur vivent en paix, lui derrière sa charrue, elle dans la luzerne voisine, à la distance qu'il faut l'un de l'autre pour ne pas se gêner. La perdrix connaît la voix du laboureur, elle ne le redoute pas quand il crie ou qu'il jure.

Que la charrue grince, que le boeuf tousse et que l'âne se mette à braire, elle sait que ce n'est rien.

Et cette paix dure jusqu'à ce que je la trouble.

Mais j'arrive et la perdrix s'envole, le laboureur n'est pas tranquille, le boeuf non plus, l'âne non plus. Je tire, et au fracas d'un importun, toute la nature se désordonne.

 

Ces perdrix, je les lève d'abord dans une éteule, puis je les relève dans une luzerne, puis je les relève dans un pré, puis le long d'une haie ; puis à la corne d'un bois, puis...

Et tout à coup je m'arrête, en sueur, et je m'écrie :

- Ah ! les sauvages, me font-elles courir !

 

De loin, j'ai aperçu quelque chose au pied d'un arbre, au milieu du pré.

Je m'approche de la haie et je regarde par-dessus.

Il me semble qu'un col d'oiseau se dresse à l'ombre de l'arbre. Aussitôt mes battements de coeur s'accélèrent. Il ne peut y avoir dans cette herbe que des perdrix. Par un signal familier, la mère, en m'entendant, les a fait se coucher à plat. Elle-même s'est baissée. Son col seul reste droit et elle veille. Mais j'hésite, car le col ne remue pas et j'ai peur de me tromper, de tirer sur une racine.

Ça et là, autour de l'arbre, des taches, jaunes, perdrix ou motte de terre, achèvent de me troubler la vue.

Si je fais partir les perdrix, les branches de l'arbre m'empêcheront de tirer au vol, et j'aime mieux, en tirant par terre, commettre ce que les chasseurs sérieux appellent un assassinat.

Mais ce que je prends pour un col de perdrix ne remue toujours pas.

Longtemps j'épie.

Si c'est bien une perdrix, elle est admirable d'immobilité et de vigilance, et toutes les autres, par leur façon de lui obéir, méritent cette gardienne. Pas une ne bouge.

Je fais une feinte. Je me cache tout entier derrière la haie et je cesse d'observer, car tant que je vois la perdrix, elle me voit.

Maintenant nous sommes tous invisibles, dans un silence de mort.

Puis, de nouveau, je regarde.

Oh ! cette fois, je suis sûr ! La perdrix a cru à ma disparition. Le col s'est haussé et le mouvement qu'elle fait pour le raccourcir la dénonce.

l'applique lentement à mon épaule ma crosse de fusil...

 

Le soir, las et repu, avant de m'endormir d'un sommeil giboyeux, je pense aux perdrix que j'ai chassées tout le jour, et j'imagine la nuit qu'elles passent.

Elles sont affolées.

Pourquoi en manque-t-il à l'appel ?

Pourquoi en est-il qui souffrent et qui, becquetant leurs blessures, ne peuvent tenir en place ?

Et pourquoi s'est-on mis à leur faire peur à toutes ?

A peine se posent-elles maintenant, que celle qui guette sonne l'alarme. Il faut repartir, quitter l'herbe ou l'éteule.

Elles ne font que se sauver, et elles s'effraient même des bruits dont elles avaient l'habitude.

Elles ne s'ébattent plus, ne mangent plus, ne dorment plus.

Elles n'y comprennent rien.

 

Si la plume qui tombe d'une perdrix blessée venait se piquer d'elle-même à mon chapeau de fier chasseur, je ne trouverais pas que c'est exagéré.

Dès qu'il pleut trop ou qu'il fait trop sec, que mon chien ne sent plus, que je tire mal et que les perdrix deviennent inabordables, je me crois en état de légitime défense.

Il y a des oiseaux, la pie, le geai, le merle, la grive avec lesquels un chasseur qui se respecte ne se bat pas, et je me respecte.

Je n'aime me battre qu'avec les perdrix ! .

Elles sont si rusées !

Leurs ruses, c'est de partir de loin, mais on les rattrape et on les corrige.

C'est d'attendre que le chasseur ait passé, mais derrière lui elles s'envolent trop tôt et il se retourne.

C'est de se cacher dans une luzerne profonde, mais il y va tout droit.

C'est de faire un crochet au vol, mais ainsi elles se rapprochent.

C'est de courir au lieu de voler, et elles courent plus vite que l'homme, mais il y a le chien.

C'est de s'appeler quand on les divise, mais elles appellent aussi le chasseur et rien ne lui est plus agréable que leur chant.

 

Déjà ce couple de jeunes commençait de vivre à part.

Je les surpris, le soir, au bord d'un labouré. Elles s'envolèrent si étroitement jointes, aile dessus, aile dessous je peux dire, que le coup de fusil qui tua l'une démonta l'autre.

L'une ne vit rien et ne sentit rien, mais l'autre eut le temps de voir sa compagne morte et de se sentir mourir près d'elle.

Toutes deux, au même endroit de la terre, elles ont laissé un peu d'amour, un peu de sang et quelques plumes.

Chasseur, d'un coup de fusil tu as fait deux beaux coups : va les conter à ta famille.

 

Ces deux vieilles de l'année dernière dont la couvée avait été détruite, ne s'aimaient pas moins que des jeunes. Je les voyais toujours ensemble. Elles étaient habiles à m'éviter et je ne m'acharnais pas à leur poursuite. C'est par hasard que j'en ai tué une. Et puis j'ai cherché l'autre, pour la tuer, elle aussi, par pitié !

 

Celle-ci a une patte cassée qui pend, comme si je la retenais par un fil.

Celle-là suit d'abord les autres jusqu'à ce que ses ailes la trahissent ; elle s'abat, et elle piète ; elle court tant qu'elle peut, devant le chien, légère et à demi hors des sillons.

Celle-ci a reçu un grain de plomb dans la tête. Elle se détache des autres. Elle pointe en l'air, étourdie, elle monte plus haut que les arbres, plus haut qu'un coq de clocher, vers le soleil. Et le chasseur, plein d'angoisse, la perd de vue, quand elle cède enfin au poids de sa tête lourde. Elle ferme ses ailes, et va piquer du bec le sol, là-bas, comme une flèche.

Celle-là tombe, sans faire ouf ! comme un chiffon qu'on jette au nez du chien pour le dresser.

Celle-là, au coup de feu, oscille comme une petite barque et chavire.

On ne sait pas pourquoi celle-ci est morte, tant la blessure est secrète sous les plumes.

Je fourre vite celle-là dans ma poche, comme si j'avais peur d'être vu, de me voir.

Mais il faut que j'étrangle celle qui ne veut pas mourir. Entre mes doigts, elle griffe l'air, elle ouvre le bec, sa fine langue palpite, et sur les yeux, dit Homère, descend l'ombre de la mort.

 

Là-bas, le paysan lève la tête à mon coup de feu et me regarde.

C'est un juge, cet homme de travail ; il va me parler ; il va me faire honte d'une voix grave.

Mais non : tantôt c'est un paysan jaloux qui bisque de ne pas chasser comme moi, tantôt c'est un brave paysan que j'amuse et qui m'indique où sont allées mes perdrix.

Jamais ce n'est l'interprète indigné de la nature.

 

Je rentre ce matin, après cinq heures de marche, la carnassière vide, la tête basse et le fusil lourd. Il fait une chaleur d'orage et mon chien, éreinté, va devant moi, à petits pas, suit les haies, et fréquemment, s'assied à l'ombre d'un arbre où il m'attend.

Soudain, comme je traverse une luzerne fraîche, il tombe ou plutôt il s'aplatit en arrêt : c'est un arrêt ferme, une immobilité de végétal. Seuls les poils du bout de sa queue tremblent. Il y a, je le jurerais, des perdrix sous son nez. Elles sont là, collées les unes aux autres, à l'abri du vent et du soleil. Elles voient le chien, elles me voient, elles me reconnaissent peut-être, et, terrifiées, elles ne partent pas.

Réveillé de ma torpeur, je suis prêt et j'attends.

Mon chien et moi, nous ne bougerons pas les premiers.

Brusquement et simultanément, les perdrix partent :

toujours collées, elles ne font qu'une, et je flanque dans le tas mon coup de fusil comme un coup de poing. L'une d'elles, assommée, pirouette. Le chien saute dessus et me rapporte une loque sanglante, une moitié de perdrix.

Le coup de poing a emporté le reste.

Allons ! nous ne sommes pas bredouille ! Le chien gambade et je me dandine d'orgueil.

 

Ah ! je mériterais un bon coup de fusil dans les fesses !

 

2023/11/20

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「鴉」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

   

 

 

「なんだ(コア)? なんだ(コア)? なんだ(コア)?」

「なんでもない」

 

Karasu

 

[やぶちやん注:スズメ目カラス科カラス属 Corvus sp.

「なんだ(コア)?」「コア」は「なんだ」へのルビ。“QUOI”という語は発音が「クゥワァ」で、カラスの鳴き声のオノマトペイアを狙いつつ、実際の疑問代名詞の単語“quoi”、「何が?」「何だぁ?」「えっ?」という意味を掛けたもの。俗語では単なる聴き返しにも用いるが、卑語・不服な相手に挑戦的に反問したり、軽蔑的ニュアンスで口を尖らして言う際に用いるから、カラスの太々しい風貌と厭な鳴き声に、これまた、まっこと相応しいのである。]

 

 

 

 

LE CORBEAU

 

- QUOI ? QUOI ? QUOI ?

- Rien.

 

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「隼(はやぶさ)」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

Hayabusahahaitaka

 

 

    (はやぶさ)

 

 

 彼は先づ村の上で何度も圓を描く。

 さつきまでは、ほんの蠅一匹、煤一粒の大きさだつた。

 その姿が次第に大きくなるにつれて、描く園が狹(せば)まつて來る。

 時々、彼はぢつと動かなくなる。庭の鳥どもは不安さうな樣子を見せ始める。鳩は小屋へはいる。一羽の雌鷄はけたたましく鳴きながら、雛鷄(ひよこ)たちを呼び集める。用心堅固な鵞鳥どもが、裏庭から裏庭へがあがあ鳴き立ててゐる聲が聞える。

 隼は躊(ためら)ふように、ぢつと同じ高さのところを飛んでゐる。恐らく、彼は鐘樓の雄鷄を狙つてゐるだけなのかも知れない。

 恰度、一本の絲で空に吊り下げられてゐるやうだ。

 突然、その絲が切れ、隼はさつと落ちて來る。獲物がきまつたのである。下界は、まさに慘劇の一瞬だ。

 が、一同が驚いたことには、彼はまるで重さでも足りなかつたやうに、まだ地面へ着かないうちにぱつたりとまり、そこでひと羽搏きして、また空へ昇つて行く。

 彼は、私が家の戶口でそつと彼の樣子をうかがひながら、からだの後ろに、なんだかぴかぴか光る長いものを隱してゐるのを見たのである。

 

[やぶちやん注:「隼」は鳥綱ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属ハヤブサFalco peregrinusであるが、問題がある。ハヤブサはフランスにも棲息するが、通常、フランス語では“Faucon pèlerin”と呼び、原文の“ÉPERVIER”というのは、ハヤブサではなく、タカ目タカ科ハイタカ属 ハイタカ Accipiter nisus を指すからである。実際、所持する辻昶訳や臨川書店全集の佃裕文訳も、孰れも『はいたか』(前者)・『ハイタカ』(後者)と訳している。目レベルで異なる全くの異種であるから、これは致命的な誤訳であり、戦後版でも訂正されていない。

「蠅」双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目 Muscomorpha

「鳩」ハト目ハト科 Columbidae のハト類。

「雌鷄」(めんどり)キジ目キジ科キジ亜科ヤケイ(野鶏)属セキショクヤケイ亜種ニワトリ(庭鶏)ニワトリ Gallus gallus domesticus の♀。

「鵞鳥」鳥綱カモ目カモ科ガン亜科マガン属ハイイロガン Anser anser  とサカツラガン Anser cygnoides の系統に属する品種を基本とするものが、本来のガチョウである。当該ウィキによれば、『現在』、『飼養されているガチョウは』、『ハイイロガンを原種とするヨーロッパ系種』(☜本篇のものはこちら)『と、サカツラガンを原種とする中国系のシナガチョウ』『に大別される。シナガチョウは』、『上』の嘴の『付け根に瘤のような隆起が見られ、この特徴によりヨーロッパ系種と区別することができる』とある。]

 

 

 

 

 

L'ÉPERVIER

 

Il décrit d'abord des ronds sur le village.

Il n'était qu'une mouche, un grain de suie.

Il grossit à mesure que son vol se resserre.

Parfois il demeure immobile. Les volailles donnent des signes d'inquiétude. Les pigeons rentrent au toit.

Une poule, d'un cri bref, rappelle ses petits, et on entend cacarder les oies vigilantes d'une basse-cour à l'autre.

L'épervier hésite et plane à la même hauteur. Peut-être n'en veut-il qu'au coq du clocher.

On le croirait pendu au ciel, par un fil.

Brusquement le fil casse, l'épervier tombe, sa victime choisie. C'est l'heure d'un drame ici-bas.

Mais, à la surprise générale, il s'arrête avant de toucher terre, comme s'il manquait de poids, et il remonte d'un coup d'aile.

Il a vu que je le guette de ma porte, et que je cache, derrière moi, quelque chose de long qui brille.

 

2023/11/19

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「かはせみ」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

   かはせみ

 

Kawasemi

 

 今日の夕方は、魚が一向かからなかつた。が、その代り、私は近來稀(まれ)な興奮を獲物にして歸つて來た。

 私がぢつと釣竿を出してゐると、一羽の翡翠(かはせみ)が來てその上にとまつた。

 これくらゐ派手な鳥はない。

 それは、大きな靑い花が長い莖の先に咲いてゐるやうだつた。竿は重みでしなつた。私は、翡翠に樹と間違へられた、それが大いに得意で、息を殺した。

 怖がつて飛んで行つたのでないことは請け合ひである。一本の枝から別の枝に跳び移るつもりでゐたに違ひない。

 

[やぶちゃん注:鳥綱ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミAlcedo atthis 。]

 

 

 

 

LE MARTIN-PECHEUR

 

Ça n'a pas mordu, ce soir, mais je rapporte une rare émotion.

Comme je tenais ma perche de ligne tendue, un martin-pêcheur est venu s'y poser.

Nous n'avons pas d'oiseau plus éclatant.

Il semblait une grosse fleur bleue au bout d'une longue tige. La perche pliait sous le poids. Je ne respirais plus, tout fier d'être pris pour un arbre par un martin-pêcheur.

Et je suis sûr qu'il ne s'est pas envolé de peur, mais qu'il a cru qu'il ne faisait que passer d'une branche à une autre.

 

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「こま鶯(うぐひす)」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    こま鶯(うぐひす)

 

 

 私は彼に云ふ――

 「さあ、返せ、その櫻んぼを、いま直ぐに」

 「返すよ」と、こま鶯は答える。

 彼は櫻んぼを返す。が、その櫻んぼと一緖に、彼が一年間に嚥(の)み込む害蟲の三萬の幼蟲も返して寄越す。

 

[やぶちゃん注:本篇にはボナールの絵はない。分布域から考えて、これはスズメ目コウライウグイス科ニシコウライウグイス Oriolus oriolus ととつてよい。辻氏は標題を『こうらいうぐいす』とし、佃氏も『高麗鶯(こうらいうぐいす)』とされておられる。

「櫻んぼ」双子葉植物綱バラ亜綱バラ目バラ科サクラ亜科サクラ属  Prunus sp.。]

 

 

 

 

LE LORIOT

 

Je lui dis :

- Rends-moi cette cerise, tout de suite.

- Bien, répond le loriot.

Il rend la cerise et, avec la cerise, les trois cent mille larves d'insectes nuisibles, qu'il avale dans une année.

 

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「雲雀(ひばり)」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”の電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 

 

    (ひばり)

 

 

 私は嘗て雲雀といふものを見たことがない。夜明けと同時に起きてみても無駄である。雲雀は地上の鳥ではないのだ。

 今朝から、私は土くれや枯草を頻りに踏み廻つてゐる。

 灰色の雀や、ペンキ色のなまなましい鶸(ひわ)が群れをなして、茨の生垣の上で波打つてゐる。

 樫鳥(かけす)は公式の服裝で木から木へ閱兵して廻る。

 一羽の鶉(うづら)が、苜蓿畑をすれすれに掠めながら、墨繩を張つたやうな直線を描いて飛んで行く。[やぶちゃん注:「苜蓿畑」「うまごやしばたけ」。]

 女よりも上手に編物をやつてゐる羊飼のうしろには、羊どもがぞろぞろ從ひ、どれもこれも似通つてゐる。

 そして、なに一ついい前觸れをもつてこない鴉さへほほゑましいほど、すべてが新鮮な光のなかに浸る。

 まあ、私とおんなじやうにして、ぢつと耳を澄ましてみるがいい。

 そら、聞えはせぬか――何處はるかに高く、金の杯のなかで水晶のかけらを搗き碎いてゐるのが……。

 雲雀がどこで囀つてゐるのか、それを誰が知らう?

 空を見つめてゐると、太陽が眼を焦がす。

 雲雀の姿を見ることはあきらめなければならない。

 雲雀は天上に棲んでゐる。そして、天上の鳥のうち、この鳥だけが、我々のところまで屆く聲で歌ふのである。

 

Hibari

 

[やぶちゃん注:鳥綱スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ Alauda arvensis

「雀」スズメ上科スズメ科スズメ属スズメ基亜種 Passer montanus  montanus (ヨーロッパからアフリカ北部・モンゴル北部・満州・オホーツク海に分布する)。

「鶸(ひわ)」何度も出た通り、これはスズメ上科ヒワ亜科ヒワ族ヒワ属ゴシキヒワ Carduelis carduelis

「茨」フランスで垣根等する野茨は、バラ目バラ科バラ属イヌバラ(犬薔薇)Rosa canina である。

「樫鳥(かけす)」スズメ目カラス科カケス属カケス Garrulus glandarius 。但し、約三十もの亜種がいるのでカケスGarrulus sp. とすべきか。

「鶉(うづら)」フランスのウズラはウズラの基準種であるキジ目キジ科ウズラ属ウズラCoturnix coturnix である。「ヨーロッパウズラ」等とも呼ぶが、こちらが正統なフランスの「ウズラ」である。ジビエ料理には、それを改良した本邦でお馴染みのウズラ Coturnix japonica が使用されているようではある。

「苜蓿」被子植物門双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科ウマゴヤシ属ウマゴヤシ Medicago polymorpha 若しくは、ウマゴヤシ属Medicagoの種。ヨーロッパ(地中海周辺)原産の牧草。江戸時代頃、国外の荷物に挟み込む緩衝材として本邦に渡来した帰化植物である。葉の形はシロツメクサ(クローバー:マメ科シャジクソウ属 Trifolium亜属Trifoliastrum節シロツメクサ Trifolium repens )に似ている。『ジュウル・ルナアル「にんじん」フェリックス・ヴァロトン挿絵 附やぶちゃん補注』や、『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』でもお馴染みのアイテムである。

「羊」哺乳綱鯨偶蹄目ウシ亜目ウシ科ヤギ亜科ヒツジ属ヒツジ Ovis aries

「鴉」スズメ目カラス科カラス属 Corvus sp.

 因みに……私は雲雀(ひばり)というと、原民喜の遺書を思い出すのを常としている。古いものでは、二〇〇六年三月十三日附の「花幻忌」、最も新しいものでは、今年の祥月命日に公開した『――七十二年目の花幻忌に――原民喜「心願の國」(昭和二八(一九五三)年角川書店刊「原民喜作品集」第二巻による《特殊》な正規表現版)』を見られたい……。

 

 

 

 

L'ALOUETTE

 

Je n'ai jamais vu d'alouette et je me lève inutilement avec l'aurore. L'alouette n'est pas un oiseau de la terre.

Depuis ce matin, je foule les mottes et les herbes sèches.

Des bandes de moineaux gris ou de chardonnerets peints à vif flottent sur les haies d'épines.

Le geai passe la revue des arbres dans un costume officiel.

Une caille rase des luzernes et trace au cordeau la ligne droite de son vol.

Derrière le berger qui tricote mieux qu'une femme, les moutons se suivent et se ressemblent.

Et tout s'imprègne d'une lumière si neuve que le corbeau, qui ne présage rien de bon, fait sourire.

Mais écoutez comme j'écoute.

Entendez-vous quelque part, là-haut, piler dans une coupe d'or des morceaux de cristal ?

Qui peut me dire où l'alouette chante ?

Si je regarde en l'air, le soleil brûle mes yeux.

Il me faut renoncer à la voir.

L'alouette vit au ciel, et c'est le seul oiseau du ciel qui chante jusqu'à nous.

 

2023/11/18

「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「くろ鶇(つぐみ)!」

[やぶちゃん注:本電子化はサイトの「心朽窩新館」で偏愛する『ジュール・ルナール「博物誌」岸田国士訳(附 Jules Renard “ Histoires Naturelles ”原文+やぶちゃん補注版)』を公開している(新字新仮名戦後版)が、今回は国立国会図書館デジタルコレクションの正字正仮名のもの、戦前の岸田國士譯ジュウル・ルナアル 「博物誌」(昭一四(一九三九)年白水社刊)の画像(リンク先は当該書の標題附き扉二)を視認出来るようになったことから、それをブログ版として、新規まき直しで、零から始めることとしたものである。詳しくは初回の冒頭注を参照されたい。

 また、ボナールの画像に就いては、十六年前のそれではなく、再度、新潮文庫版のそれを、新たにOCRで読み込み、補正・清拭して用いる。注も一からやり直すこととし、原文は前回のものを調べたところ、アクサンテギュの落ちが有意に認められたので(サイト版は敢えてそのままにしておいた)、新たにフランスのサイト“TEXTES LIBRES”電子化された同書原文のものをコピー・ペーストさせて戴くこととすることとした。

 標題の“!”は、この「博物誌」中、ここのみに附してある特異点である。これは後注の冒頭を参照されたい。また、ボナールの挿絵であるが、今回は「Internet archive」の原本に従い、標題の前に配した。]

 

 

Kurotugumi

 

 

    くろ鶫(つぐみ)

 

 

 私の庭に、殆ど枯れかけた古い胡桃(くるみ)の樹があるが、小鳥どもは氣味惡がつて寄りつかない。たつた一羽、黑い鳥がその最後の葉の中に住んでゐる。

 然し、庭のそのほかの部分は、花の咲いた若い樹がいつぱいに植わつてゐて、陽氣な、いきいきした、色とりどりの小鳥どもが巢を掛けてゐる。

 そして、これらの若い樹はその老いぼれの胡桃の樹を馬鹿にしてゐるらしい。ひつきりなしに、彼に向つて、まるで惡態をつくやうに、おしやべりの小鳥の群れを投げつける。

 雀、岩燕、山雀、かわら鶸(ひわ)などが、入り交り、立ち交り、彼を惱ます。彼らはその翼で彼の枝の先をこづく。あたりの空氣は、彼らのきれぎれの鳴き聲で沸き返る。やがて、彼らは退散する。すると、また別の小うるさい一團が若樹のなかから飛び立つて來る。[やぶちゃん注:「山雀」は「やまがら」と読む。]

 彼らは、精の續く限り、挑みかけ、鳴き立て、金切聲をあげ、喉を嗄らす。

 そんな風にして、明けがたから日暮れ時まで、まるで惡態をつくやうに、かはら鶸、山雀、岩燕、雀などが、その老いぼれの胡桃の樹を目がけて、若樹のなかから飛び出して行く。

 然し、時々は胡桃の樹も堪忍袋の緖をきらし、その最後の葉をゆすぶり、わが家の黑い鳥を放し、そしてかう云ひ返す――

 「くそつぐみ!」[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。但し、原本では特に斜体・下線などの附帯はない以下、五行空けは底本のママ。]

 

 

 

 

 

 樫鳥――「のべつ黑裝束で、見苦しいやつだ、くろ鶫(つぐみ)つて!」[やぶちゃん注:「樫鳥」「かしどり」。戦後版では『かけす』とルビする。]

 くろ鶫――「群長閣下、わたしはこれしか着るものがないのです」

 

[やぶちゃん注:五行空けはママ。臨川書店版全集注(ちなみにこちらは私の後述するのと同じく、この鳥をクロウタドリに同定してゐる)によれば、“merle”(音写「メェハラ」。「クロウタドリ」(黒歌鳥))と“merde”(同前「メェハドゥ」。「糞ったれ」の意)は音通であるとする(岩波文庫の辻昶氏の注では、後者を『少しお上品にしてメルルということがある』と解説されておられる。ちなみに、私の愛するピアニスト、靑柳いづみこさんのズバり、『メルド!日記』の冒頭によれば、『「MERDE/メルド」は、フランス語で「糞ったれ」という意味で』、『このアクの强い下品な言葉を、フランス人は紳士淑女でさえ使』い、『また、ここ一番という時に幸運をもたらしてくれる、緣起かつぎの言葉』でもあると記されてある。そうして、靑柳さんは『身の引きしまるような難關に立ち向かう時、「糞つたれ!」の强烈な一言が、絕大な勇氣を與えてくれるのでしょう。』と述べておられる。ここで表題の特異点「!」が「糞ったれ!」として鮮やかに生きてくるのである。

 さて、「くろ鶇」だが、“Merle”は私の辞書では、確かに『鶇』とあるのだが、スズメ目ツグミ科ツグミ属クロツグミ Turdus cardisは名の割には、腹部が白く(丸い黒斑点はある)、「のべつ黑裝束で」というのに違和感がある。これは「クロツグミ」ではなく、が全身真黒で、黄色い嘴と、目の周りが黄色い同じツグミ属のクロウタドリTurdus merulaではないかと思われる。

 以下、脇役その他大勢も比定しておく。

「胡桃(くるみ)」はヨーロッパに広く分布するブナ目クルミ科ジュグランス属カシグルミ(ジュグランス・ニグラ) Juglans regia であろう。

「雀」スズメ目スズメ科スズメ属スズメ基亜種 Passer montanus  montanus (ヨーロッパからアフリカ北部・モンゴル北部・満州・オホーツク海に分布する)。

「岩燕」はスズメ目スズメ亜目ツバメ科ツバメ亜科 Delichon 属イワツバメDelichon dasypus ではなく(ヨーロッパには分布しない)、恐らくは、スズメ目ムクドリ科ムクドリ属ホシムクドリ Sturnus vulgaris であろう。全集の佃氏の訳でも、『椋鳥』と訳されてある。

「山雀」もおかしい。スズメ目スズメ亜目シジュウカラ科ヤマガラ属ヤマガラ Sittiparus varius はヨーロッパには棲息しない。これはスズメ目シジュウカラ科シジュウカラ属(標準和名は未記載であるが、通俗和名は「ヨーロッパシジュウカラ」) Parus major であろう。全集でも、『四十雀』と訳されてある。

「かわら鶸(ひわ)」もダメ。スズメ目アトリ科ヒワ属カワラヒワ Carduelis sinica もヨーロッパに棲息しない。全集では『アトリ』と訳されてある。これはスズメ目アトリ科アトリ属アトリ Fringilla montifringilla である(漢字では「花鶏」でこれを「あとり」と読む)。

「樫鳥」スズメ目カラス科カケス属カケス Garrulus glandarius 。但し、約三十もの亜種がいるのでカケスGarrulus sp. とすべきか。

「見苦しいやつだ、くろ鶫(つぐみ)つて!」岩波の辻氏の訳では、『いやなやつだ!』と訳され、『いやなやつだ』に『ヴイ』(ィ)『ラン・メルル』とルビされておられ、後注で、『フランスのつぐみの羽はつやのある黒色である。とても不愉快な人間のことをフランス語で「いやなつぐみ」(ヴイ』(ィ)『ラン・メルル)という』とあった。

 なお、最後の二行のアフォリズムは二年先行する『ジュウル・ルナアル「ぶどう畑のぶどう作り」附 やぶちゃん補注』の「囁(ささや)き」の中に既に出ている。また、全集の佃氏の後注によれば、この「くろ鶫」の冒頭の「群長閣下」は、『アルフォンス・ドーデ』かの名作で私も大好きな『『風車小屋だより』「散文の幻想詩Ⅱ野原の郡長殿」への賛辞である』とある。]

 

 

 

 

MERLE !

 

Dans mon jardin il y a un vieux noyer presque mort qui fait peur aux petits oiseaux. Seul un oiseau noir habite ses dernières feuilles.

Mais le reste du jardin est plein de jeunes arbres fleuris où nichent des oiseaux gais, vifs et de toutes les couleurs.

Et il semble que ces jeunes arbres se moquent du vieux noyer. A chaque instant, ils lui lancent, comme des paroles taquines, une volée d'oiseaux babillards.

Tour à tour, pierrots, martins, mésanges et pinsons le harcèlent. Ils choquent de l'aile la pointe de ses branches. L'air crépite de leurs cris menus ; puis ils se sauvent, et c'est une autre bande importune qui part des jeunes arbres.

Tant qu'elle peut, elle nargue, piaille, siffle et s'égosille.

Ainsi de l'aube au crépuscule, comme des mots railleurs, pinsons, mésanges, martins et pierrots s'échappent des jeunes arbres vers le vieux noyer.

Mais parfois il s'impatiente, il remue ses dernières feuilles, lâche son oiseau noir et répond : “ Merle ! ”

 

 

 

LE GEAI. - Toujours en noir, vilain merle !

LE MERLE. - Monsieur le sous-préfet, je n'ai que ça à me mettre.

 

[やぶちやん後注:“TEXTES LIBRES”の“MERLE !”は“La Pie”の項に付隨する形であり、項目として獨立していない。戦後版で依拠した“In Libro Veritas”版でも、やはり同じであり、これで、“TEXTES LIBRES”は“In Libro Veritas”版をコピー・ペーストして一部を修正したに過ぎないサイトであることがほぼ断定出来るように思う。なお、後の二行は原本を参考に三行空けた。]

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