フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 20250201_082049
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

カテゴリー「「和漢三才圖會」植物部」の358件の記事

2026/04/26

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・羊⻆菜

 

Turuninjin

 

つるにんじん  羊奶科

        合鉢兒

羊⻆菜   細𮈔藤

        過路黃

       【今云弦人參

        又云倭沙參】

[やぶちゃん注:「羊奶科」の「奶」は、原文では、「グリフウィキ」のこの異体字に最も近い(最終画がない「小」)が、表示出来ないので、最も意味が判る「奶」(「乳」の意。本文参照)とした。]

 

本草沙參下陳藏噐曰羊乳根如齋苨而圓大小如拳上

有⻆節折之有白汁人取當齋苨苗作蔓折之有白汁

農政全書云羊⻆菜生田野下濕地𢬘藤蔓而生莖色青

[やぶちゃん注:𢬘」は調べたところ、ある回の検索リスト内のAIが、『𢬘U+22B18)は、CJK統合漢字拡張Bに分類される漢字です。手へん(扌)に色を組み合わせた文字で、構成は「扌色」、総画数は9画です。『岱史』などの古書に用例がある一方、壮語(チワン語)における「洗う」という意味』が示されつつ、別に『漢字字典の多くでは、主に「塞ぐ」や「汚れを落とす」といった、手で扱う動作に関連する文字としてリストされています。』とあった。注目したのは、『禅籍における「拖(ひく)」の俗写(誤記)として言及される場合があります。』という下りであった。そこで、「維基文庫」の「農政全書」(詳しくは後注を見られたい)を調べたところ(縦書のここの「羊⻆菜」)、そこでは、まさに「拖」であった。良安のルビも「ヒキテ」であったから、従って、これは、良安が見た、恐らくは書写本の誤用と断じ、訓読では「拖」とした。

白葉似馬兠鈴葉而長大又似山藥葉亦長大靣青背頗

白皆兩葉對生莖葉折之俱有白汁出葉間出蒴開五瓣

小白花結⻆似羊⻆狀中有白穰其葉味甘微苦

△按羊乳卽沙參之別名也然陳氏所謂羊乳乃羊⻆菜

 而倭沙參也【以有蔓爲蔓人參又名弦人參】和州河州信州𠙚𠙚山中

 有之蔓生其蔓葉共似初生蘿摩及萆薢葉八九月葉

 間開小白花亦有淡紫者形如鈴鐸根莖有白汁伹宿

 根未經歳者則無花九十月採根斜殺之晒乾既乾則

 皮黃皺有橫文理如人參文

 尋常用之換人參最爲沙參入用藥而有功嘗以爲沙

 參之一類故代唐沙參者無異正代人參者不可也

凡用人參也特可擇之如不能得朝鮮美者可使唐參也

 尾人參勝於朝鮮唐參等浮虛者其次可用倭人參

 

   *

 

つるにんじん  羊奶科《やうだいか》

        合鉢兒《がうはつじ》

羊⻆菜   細𮈔藤《さいしとう》

        過路黃《くわろわう》

       【今、云ふ、「弦人參《つるにんじん》」。

        又、云ふ、「倭沙參《わのしやじん》】

 

「本草綱目」の「沙參《しやじん》」の下《した》に、陳藏噐《ちんざうき》が曰《いはく》、『羊乳《やうにゆう》は、根、齋苨《せいねい/ソバナ》のごとくして、圓《まろ》く、大小≪あり≫、拳(こぶし)のごとく、上≪に≫、⻆節《かくしつ》、有り。之《これ》を折《をる》と、白≪き≫汁、有《あり》。人、取《とり》て、齋苨に當《あ》つ[やぶちゃん注:齋苨の代用とする。]。苗《なへ》≪は≫蔓《つる》を作《な》す。之≪を≫折れば、白≪き≫汁、有り。』≪と≫。

「農政全書」に云《いはく》、『羊⻆菜は、田野の下《もと》≪の≫濕地《しつち》に生《しやう》≪ず≫。藤蔓《ふじづる》を𢬘(ひ)きて生《しやう》ず。莖の色、青白し。葉、馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》の葉に似て、長大≪なり≫。又、山藥《さんやく》の葉に似て、亦、長大≪なり≫。靣《おもて》、青、背、頗《すこぶ》る白し。皆、兩葉《りやうやう》、對生し、莖・葉、之を折れば、俱《とも》に白き汁を出《いづ》ること、有り。葉の間《あひだ》に、蒴《さく》を出《いだ》し、五瓣《ごべん》≪の≫小≪さき≫白≪き≫花を開き、⻆《つの》[やぶちゃん注:東洋文庫版では『さや』と意訳している。以下の叙述から、納得出来る。]を結ぶ。羊《ひつじ》≪の≫⻆《つの》の狀《かたち》に似たり。中《なか》に、白《き》穰《さね》、有り。其《その》葉、味、甘、微苦。』≪と≫。

△按ずるに、羊乳は、卽ち、沙參に別名なり。然《しか》るに、陳氏が謂《いふ》所の「羊乳」は、乃《すなは》ち、「羊⻆菜」にして、倭《わ》の「沙參《しやじん》」なり【蔓、有るを以つて、「蔓人參《つるにんじん》」と爲し、又、「弦人參《つるにんじん》」と名づく。】。和州・河州[やぶちゃん注:河内(かわち)を指す。]・信州、𠙚𠙚《ところどころ》の山中、之《これ》、有《あり》。蔓生《つるせい》す。其《その》蔓・葉、共《とも》に初生の蘿摩(がゞいも)、及《および》、萆-薢(ところ)の葉に似たり。八、九月、葉の間《あひだ》に、小≪さき≫白≪き≫花を開く。亦、淡≪き≫紫の者、有り。形《かたち》、鈴鐸《れいたく/すず》のごとく、根・莖、白≪き≫汁、有り。伹《ただし》、宿根(ふるね[やぶちゃん注:原文では読みは「フルセ」であるが、誤刻と断じて訂した。])、未だ歳《とし》を經《へ》ざる者、則《すなはち》、花《はな》、無し、九・十月、根を採り、斜(なゝめ)に、之を殺(そ)ぎて、晒-乾《さらしほ》す。既に、乾《ほする》時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則《すなはち》、皮、黃≪の≫皺(しは)≪にして≫、橫≪に≫、文-理(すぢ)、有《あり》て、人參の文《もん》のごとし。

 尋-常(よのつね)、之を用《もち》ふ。人參に換《か》へ、最も、「沙參《しやじん》」と爲《なし》て、藥《くすり》に入-用《いれもち》ふ。而《しかして》、功、有り。嘗(もとよ)り、沙參の一類≪と≫爲《す》るを以《もつて》、故《ゆゑ》、「唐沙參《たうしやじん》」に代《かは》る者は、異《ことな》ること、無し。正《まさ》しく、人參に代る者≪とするは≫、不可なり。

凡《およそ》、人參を用《もちふ》ることや、特に、之≪れを≫[やぶちゃん注:返り点はないが、脱落と断じて、返した。]擇《えら》ぶべし。如《も》し、朝鮮の美《び》なる者、得ること能はざれば、唐參《たうじん》を使ふべし。

 尾人參《ひげにんじん》は、朝鮮・唐參等《とう》の浮虛《ふきよ》なる者に勝さる。其《その》次は、倭人參を用ふべし。

 

[やぶちゃん注:これは、

キク亜綱キク目キキョウ科ツルニンジン(蔓人参)属ツルニンジン Codonopsis lanceolata

である。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。蔓『性多年草』本。『地下に太い塊根があり、食用や薬用にされる』。『和名「ツルニンジン」は、根は同科のキキョウやツリガネニンジンと同様に太く、ウコギ科のオタネニンジン(高麗人参)に似るということから、名がつけられた。別名、キキョウカラクサ』(桔梗唐草)。『ジイソブ』(「爺(じい)の雀斑(そばかす)」の意」)『とも』称し、『これは類似種であるバアソブ』 Codonopsis ussuriensis 。こちらは正式種名で、「婆(ばばあ)の雀斑」の意であり、花冠にある斑点に拠る。北海道・本州・四国・九州に分布し、国外では、朝鮮・吉林・黑龍江・ウスリー・アムールに分布する。但し、絶滅危惧Ⅱ類。)、『に似て』、『より大きいことによる。ツルニンジンの中国名は羊乳(ようにゅう)といい、羊奶參』(ようだいじん)『の別名もある』。『東アジア一帯の森林に生育する。日本では北海道、本州、四国、九州の平地から高山に分布する。丘陵地や山地の林内や、林縁のやや湿り気のある場所にまばらに群生する』。『塊根は太く、オタネニンジン(人参)状である』。『春に茎を出し、他物に巻きつきながら伸びる。茎や根を切ると』、『白い粘性のある乳液が出て、異臭を放つ。葉は長楕円形から狭卵形で、側枝に4枚集まってつく』。『花期は晩夏から秋にかけて。側枝の先に淡緑色の花を1個つけ、下向きに開く。萼片は大きく、花冠は釣鐘状で、外側は淡緑色、内側は紫褐の斑紋がある。子房下位で、果実は萼片のついた蒴果となる』。『ツルニンジン属は55種ほどあり、中国を中心に東アジア一帯に分布する』。『地下茎を食用とし、4 - 11月ごろに掘り上げた塊根を適当な大きさに裂き、天ぷらや醤油だれでつけ焼きなどにする。塊根を茹でたものは、白和え、酢の物、酢味噌和えにする。資源保護のため、採取の際は』蔓『のつけ根の部分を残して、土の中に浅く埋めておくとよい。韓国ではトドック』『といい、代表的な山菜である。根をキムチや揚げ物、和え物にし、若芽も食べる。野生品は少ないので栽培もする。沙参とも呼ぶが、これは本来』、『ツリガネニンジン属(シャジン)』(キキョウ科ツリガネニンジン属 Adenophora )『の呼び名である』。『また、塊根は薬用にされ、山海螺(さんかいら)、四葉参(しようじん)と称する生薬になる。8 - 9月ごろに塊根を掘り採って、きざんで天日乾燥して調製される。高麗人参と同じような効能があるといわれ、薬用にもされる。漢方では、ツルニンジン属の他種を含めて党参(トウジン)と呼ぶ』。『民間療法では、痰切りや倦怠疲労時に、1日量で塊根の乾燥品5グラムを400 ccの水で煎じて、3回に分けて服用する用法が知られる。また、容器の半量に分量でホワイトリカーに1か月漬け込んで薬用酒とし、体質を問わず1日量で』、『お猪口1杯ほど飲まれる』。最後の「注意」の項。『ツルニンジンはスズメバチが良く集ることで知られている。観察したり、採取する場合は』、『十分』、『注意したほうが良い』とあった。

『「本草綱目」の「沙參《しやじん》」の下《した》に、陳藏噐《ちんざうき》が曰《いはく》⋯⋯』これは、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-26a]の「沙參」の「集解」の五行目からの引用である。「沙參」は、私の前項の「草類 山草類 上卷・沙參」を見られたい。「陳藏噐」(生没年未詳)は唐の玄宗期の本草家で医師。彼の著した「本草拾遺」(序一巻・拾遺六巻・解紛(本文で縺れた記載を注記したパート)三巻・七三九年成立)は「本草綱目」にも、よく引かれている。

「齋苨《せいねい/ソバナ》」キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ Adenophora remotiflora当該ウィキを引く(注記号はカットした)。漢字表記は『岨菜』・『蕎麦菜』・『杣菜』で、『多年生草本』。『和名は「杣菜(そまな)」と漢字で書かれ、杣は』、『木こりのことを指した言葉で、山道に生える菜の意味がある』。『日本では本州、四国、九州に、アジアでは朝鮮半島、中国に分布する。平地沿いの低山から山地の草原や林内、林縁、沢沿いなどの、やや湿った傾斜地などに、大小の集団を作って自生する』。『茎は』、『やや傾斜して直立し、高さは40 - 100センチメートル』『ほどになり、中空で折ると』、『白い乳液が出る。乳液はキキョウほど強くはない。葉は茎に互生し、茎の下部につく葉には葉柄がある。葉柄のつく葉の形は広卵形で、花がつく茎の上部は広披針形になり、いずれも葉の先は尖り基部はほぼ円形、縁ははっきりした鋭い鋸歯状がある。ほとんど無毛で、若葉のときは強い光沢がある』。『花期は夏(8 - 9月ごろ)。枝の先が分かれて青紫色の円錐状に近い鐘形の花をややまばらに咲かせる。大きい株になると枝を数段に互生させ、多数の花をつける。花のがく片は披針状で全縁。雌しべは突出する。花冠の先は5裂し、先端は少し反り返る』。『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないためさまざまな料理に使える。歯切れがよく美味であり、飢饉の時には蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測される。花』も、『軽く茹でて酢の物にできる』。『近縁種』として以下の二種が挙げられてある。

ツリガネニンジン(釣鐘人参)Adenophora triphylla var. japonica

フクシマシャジン (福島沙参)Adenophora divaricata

「農政全書」明代の暦数学者でダ・ヴィンチばりの碩学徐光啓が編纂した農業書。当該ウィキによれば、『農業のみでなく、製糸・棉業・水利などについても扱っている。当時の明は、イエズス会の宣教師が来訪するなど、西洋世界との交流が盛んになっていたほか、スペイン商人の仲介でアメリカ大陸の物産も流入していた。こうしたことを反映して、農政全書ではアメリカ大陸から伝来したサツマイモについて詳細な記述があるほか、西洋(インド洋の西、オスマン帝国)の技術を踏まえた水利についての言及もなされている。徐光啓の死後の崇禎』十二『年』(一六三九年)『に刊行された』とある。光啓は一六〇三年にポルトガルの宣教師によって洗礼を受け、キリスト教徒(洗礼名パウルス(Paulus))となっている。さても。以下の注で、この引用記載の内容には、私には問題があることが、発覚したので、以下に転写しておく。

   *

  羊角菜 又名羊妳科亦名合鉢兒俗名婆婆針扎兒又名細絲藤一名過路黄生田野下濕地中拖藤蔓而生莖色青白葉似馬兠鈴葉而長大又似山藥葉亦長大面青背頗白皆兩葉相對生莖葉折之俱有白汁出葉間出蒴開五瓣小白花結角似羊角狀中有白穰其葉味甘微苦

  救飢 採嫩葉煠熟換水浸去苦味邪氣淘淨油鹽

  調食

   *

「馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》」コショウ(胡椒)目ウマノスズクサ(馬の鈴草)科ウマノスズクサ亜科ウマノスズクサ属ウマノスズクサ亜属ウマノスズクサ Aristolochia debilis 。葉が似ているだけなので、当該ウィキをリンクするに留める。しかし⋯⋯その画像を見るに、ソバナの葉の画像とは、全然、似てないぞ? 不審! 識者の御教授を乞う!

「山藥《さんやく》」「デジタル大辞泉」に『ヤマノイモ』(ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscorea の蔓性多年草の一群を指す。詳しくは、当該ウィキを見られたい。)『・ナガイモの根を、外皮をはぎ乾燥させたもの。漢方で、滋養強壮・止瀉(ししゃ)・止渇・袪痰(きょたん)薬などに用いる。薯蕷(しょよ)。』とある。しかし、これは、本邦での解説である。「山藥」は、本来は中国の古い漢方薬の呼称である。しかも、「本草綱目」であるから、単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya しか指さない。日本原産のヤマノイモ属ヤマノイモ Dioscorea japonica は厳密には含まない。但し、中国にも現在は非常な広域で分布はしており、その伝播の時期は判らない。)『しかし、これは、本来は漢方薬での呼称であり、しかも、「本草綱目」からの引用であるから、単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya しか指さない。日本原産のヤマノイモ属ヤマノイモ Dioscorea japonica は厳密には含まない。但し、中国にも現在は非常な広域で分布はしており、その伝播の時期は判らない。謂わずもがなだが、これと「馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》」葉は似てるさ、なあ! 失礼ながら、徐光啓先生、何か間違っているんじゃなかろうか?!?

2026/04/10

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・沙參

 

Syajin

 

[やぶちゃん注:図の右上方に円柱形の根が描かれてある。中央の草体の根といい、その形状から「人參」類に並んでいることに納得がゆく。]

 

しやじん   白參  知毋

       羊乳 羊婆奶

沙參

       𮓙鬚  苦心

       鈴兒草

サアヽ スヱン

[やぶちゃん注:「𮓙」は「虎」の異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、「虎」とした。]

 

本綱沙參𠙚𠙚山原有之二月生苗其葉如初生小葵葉

而團扁不光八九月抽莖高一二尺莖上之葉則尖長如

枸𣏌葉而小有細齒秋月葉閒開小紫花長二三分狀如

鈴鐸五出白蕋亦有白花者並結實大如冬青實中有細

子霜後苗枯其根生沙地者長尺餘太一虎口黃土地者

則短而小根莖皆有白汁八九月采者白而實春月采者

微黃而虛小人亦徃徃縶蒸壓實以亂人參伹體虛輕鬆

[やぶちゃん注:「蒸」は原文では異体字で「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

味淡而短耳

氣味【甘微苦微寒】 厥陰本經藥又爲肺經氣分藥【悪防已反藜蘆】味

 微苦補陰甘則補陽故肺寒者用人參肺熱者用沙參

 代人參

 人參體重實專補肺胃元氣因而益肺與腎故內傷元

  氣者宜 人參性温補五臟陽

 沙參體輕虛專補肺氣因而益脾與腎故金能受火尅

  者宜  沙參性寒補五臟之陰雖云補五臟亦須

 借各臓之藥佐使相引而至也

△按沙參屈曲如卷細繩或有剥濵防風皮卷成僞之或

 中裹僞者之類故繙亂而賣買故近年以來皆不卷屈

 

   *

 

しやじん   白參《はくじん》  知毋《ちも》

       羊乳《ようにゆう》 羊婆奶《ようば》

沙參

       𮓙鬚《こしゆ》   苦心《くしん》

       鈴兒草《れいじさう》

サアヽ スヱン

 

本綱に曰はく、『沙參は、𠙚𠙚《しよしよ》の山原《やまはら》に、之《これ》、有り。二月、苗を生≪ず≫。其《その》葉、初生《しよせい》の小≪さき≫葵《あふひ》の葉のごとくして、團《まろ》く、扁《ひらた》く、光らず。八、九月、莖を抽《ぬ》く《✕→抽《ぬ》きんず》。高さ、一、二尺。莖の上の葉は、則《すなはち》、尖≪り≫長《なが》≪とく≫して、枸𣏌《くこ》の葉のごとくして、小《ちさ》く、細《こまか》なる齒、有り。秋月《しうげつ》、葉の閒《あひだ》に、小《ちさ》き紫≪の≫花、開く。長さ、二、三分、狀(《かた》ち)、鈴鐸《れいたく》のごとく、五出《ごしゆつ》にて、白≪き≫蕋《しべ》あり、亦、白花《はつくわ》の者も有り。並《ならび》に、實を結ぶこと、大《おほい》さ、冬青(まさき)の實のごとく、中に、細≪き≫子《さね》、有り。霜の後《のち》、苗≪は≫枯《か》る。其≪の≫根、沙地《すなぢ》に生《しやう》≪ず≫る者、長さ、尺餘。太さ、一虎口《いつこぐち》[やぶちゃん注:弓を持つ左手の親指と人指し指の股(また)の部分を指す語。]あり。黃--地(まつち)[やぶちゃん注:文字通り、中国北部のそれでよく知られる「黄土(わうど((おうど))」で、風で運ばれて堆積した淡黄色又は灰黄色の細粒の土のことであろう。黄土の表層は肥沃な土壌とされ、集約農業の適地とされ、ミネラルに富み、保水特性に優れる。良安の添えた「まつち」は日本語で、「眞土」で「耕作に適している良質の土」を指す語である。しかし、以下を見ると、例外的に本「沙土」には適さないようである。]の者は、則≪ち≫、短《みじかく》して、小《ちいさ》し。根・莖、皆、白き汁《しる》、有り、八、九月に采《と》者、白≪く≫して、實《じつ》す[やぶちゃん注:「實」の右には棒状の読みのようなものがあるが、判読出来ない。取り敢えず、かく読みを振った。]。春月《しゆんげつ》に采る者、微黃《びわう》にして、虛《うつろ》にして小《しやう》なり。人《ひと》、亦、徃徃《わうわう》≪にして≫、縶蒸《つらねむ》≪して≫、壓《お》し、≪實(み)の中を≫實《じつ》≪に≫して[やぶちゃん注:以上の一文の部分は主要部分にロクな読みや送り仮名がなく、判読出来ないため、特異的に東洋文庫訳を援用して訓読した。]、以≪て≫、人參に亂(に)せる。伹《ただ》し、體《たい》、虛《うつろ》にして輕-鬆(《けい》すう)にして、味、淡《あはく》≪して≫短きのみ。』≪と≫。

『氣味【甘、微苦。微寒。】』『厥陰本經の藥、又、肺經氣分の藥と爲《なす》【防已《ばうい》を悪《い》み、藜蘆《りろ》に反す。】。味、微苦。陰を補《おぎな》ふ。甘きは、則≪ち≫、陽を補ふ。故《ゆゑ》、肺寒の者には、人參を用≪ひ≫、肺熱の者には、沙參を用《もちひ》≪て≫、人參に代《か》ふ。』≪と≫。

『人參の體《からだ》は、重實にして、專《もは》ら、肺胃の元氣を補ふ。因《より》て、肺と腎とを益《えき》す。故《ゆゑ》に、內《うち》≪は≫、元氣を傷《そこな》ふ者、宜《よろ》し。』『人參は、性、温。五臟の陽を補ふ。』≪と≫。

『沙參は、體、輕虛にして、專《もつぱ》ら、肺氣を補ふ。因《より》て、脾と腎とを益す。故《ゆゑ》≪に≫、「金《ごん》、能《よ》く、火《くわ》の尅《こく》を受《うく》る者」に、宜《よろ》し。』≪と≫。『沙參は、性、寒。五臟の陰を補《おぎな》ふ。≪然れども≫、五臟を補ふ云ふと雖《いへども》、亦、須《すべから》く、各《おのおの》の臓の藥を借《かり》て、佐使《さし》≪し≫、相引《あいひき》て、至《いたれ》しむべきなり。』≪と≫[やぶちゃん注:この最後の部分は、訓点が不十分で判り難いが、東洋文庫訳を示すと、『五臓を補うというものの、また各臓の薬を借りて互いに佐(たす)け引き合わせ、治療するようにさせるとよい。』とある。]。

△按ずるに、沙參≪は≫、屈-曲(かゞめわけ)て、細き繩を、卷くがごとし。或《あるいは》、有濵防風の皮を剥《はぎ》て、卷成《まきな》して、之≪を≫僞り、或《あるいは》、中《なか》に僞者《にせもの》を裹《つつ》むの類《たぐひ》、有《あり》。故《ゆゑ》、繙(ほど)き亂(みだ)して、賣買す故、近年以來、皆、卷屈《まきかがめ》ざる。

 

[やぶちゃん注:これは、

キク亜綱キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属サイヨウシャジン(細葉沙参)変種ツリガネニンジン Adenophora triphylla var. japonica

または、その種の近縁植物の根を基原とする(なお、原種サイヨウシャジンは以上のように漢字表記するが、調べてみると、サイト「むなかた電子博物館」の「むなかた」の「サイヨウシャジン」(写真有り)を見ると、『細い葉ばかりでなく、卵形の葉も多い』とあった。また、近縁植物は、以下の複数の引用を見られたい)。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。私は、中高時代に住んだ高岡市伏木の二上山跋渉で親しい。『芽生えた若苗は山菜として利用され、俗にトトキとよばれる』(信頼出来る複数のサイトで朝鮮語とする。以下の漢字表記も、そうしたものを確認した)。『和名ツリガネニンジンの由来は、花が釣鐘形で、根の形がチョウセンニンジンに似るので』、『この名がある。地方によって別名は、トトキ』の他、『アマナ』(甘菜)、『ツリガネソウ』(釣鐘草)、『チョウチンバナ』(提灯花)、『ヌノバ』(布葉)、『ミネバ』(いっかな漢字表記が見当らない。感触的には「峰葉」か)、『ヤマシャジン』(山沙参)『などの方言名でも呼ばれている。アイヌ語名ではムケカシ』(サイト「アイヌと自然 デジタル図鑑」の同種のページの冒頭部に「祖父・翁」とし、「根」と限定がある)。『中国植物名は、南沙参(なんしゃじん)』。『日本の北海道・本州・四国・九州の全国に分布するほか、日本国外では樺太、千島列島に分布する。山野、山麓、山地の草原、林縁、草刈などの管理された河川堤防、山道の脇、林縁などに自生する。排水が良く、日当たりの良い所を好む性質で、集団をつくって群生する』。『多年草。地下には白く肥厚した、太くてまっすぐな根を持つ。茎はまっすぐに伸びて、高さは40 100 センチメートル』『になり、全体に毛がある。根生葉は円心形で花期には枯れてしまう。茎につく葉は、ふつう3 - 5枚ずつ茎を囲んで輪生し、上部は互生する。多くは輪生するが、なかには対生、互生するものもある。葉身は長楕円形、卵形、楕円形、披針形と変化が多く、やや厚みがあってつやがない。長さは4 - 8 cmで葉縁には鋸歯がある。植物体を切ると白い乳液が出て、手につくと黒くなる』。『花期は夏から初秋(8 - 10月ごろ)で、分枝した茎の頂部に円錐状の花序を形成し、淡紫色の鐘形の花を下向きに咲』く。『花は茎に段になって多数』、『付き、少数ずつ輪生する。花冠は長さ』1.5~二センチメートル『で』、『先端は』、『やや広がり、裂片は反り返る。萼片は糸状で鋸歯があり、花柱が花冠から突出する』。『果実は蒴果で、広楕円形で下向きにつき、先を閉じて先端に残る細い萼片が目立つ。果実は未熟果は緑色だが、熟すと褐色になり、つけねの一部が反り返って3個の穴が開き、中から多数の種子を出す。種子は小さく、長さ2 mmほどの長楕円形で、果皮は淡褐色でなめらか』。本種は『非常に変異の大きい種である。特に花期以外の時期には葉の形、葉序などが大きく異なるものがあり、混乱させられることがたびたびある』。『種としても変異が大きく、以下のような変種がある』。『基本変種は』

サイヨウシャジン Adenophora triphylla var. triphylla

『で、花冠がやや細い壺型であること、花柱が長く突き出すことで区別される。本州では中国地方、九州、琉球列島に、また国外では中国、台湾に分布する』。他に、『本州中部地方以北の高山や北海道には高山植物的になったものがあり』、

ハクサンシャジン(白山沙参/別名タカネツリガネニンジン(高嶺釣鐘人参)Adenophora triphylla var. hakusanensis

『という。花茎の高さ30-60cm、花冠は広鐘状で花序の小枝が短く、密集した総状花序になる』。また、『四国の一部の蛇紋岩地帯には』、『背丈が低く、葉が線形で花冠の長さが1cmたらずと小柄なものがあり』、これは、

オトメシャジン(乙女沙参)Adenophora triphylla var. puellaris Hara

『と呼ばれる』。

 以下、「利用」の項。『春』に『おいしい山菜で、トトキとよばれ親しまれている。秋の掘り採った根は薬用にもできる。花姿が美しく、観賞用に栽培されることも多い』。『若苗、若葉、花を食用にできる。春の若い芽は、山菜のトトキとして食用にされ、あくやクセがない淡泊な味わいで素朴な風味で人気がある。トトキとは、ツリガネニンジンのことを指し、「山でうまいはオケラにトトキ 里でうまいはウリ』 『ナスビ 嫁に食わすは惜しうござる(嫁にやれない味の良さ)」と長野県の俚謡で歌われるほど、庶民のあいだで美味しいものの一つに例えられている』『採取時期は暖地が4月』頃『、寒冷地では5月』頃『とされ、春に芽生えた若苗と、少し伸びたものは先端のやわらかい若芽を摘む。環境保全のための採取時のマナーとして、1株に半分以上の芽を残すようにし、根は掘り採らないようにすることが注意喚起されている。さっと茹でて水にさらし、おひたしにするのが一般的で、和え物、炒め物、煮びたし、菜飯にして食べられる。また生のまま天ぷらや汁の実にもする。花は酢の物、サラダの彩り、さっと茹でてすまし汁の椀種にできる。塩漬けや乾燥による保存もできる』。『姿が朝鮮人参に似た根は強壮作用があるといわれ、年間を通じて採取でき、細いひげを取ってから千切りにしてきんぴらなどにする』。

 以下、「生薬」の項、二『年以上経った長い紡錘形から円柱形の根は沙参(しゃじん)または南沙参(なんしゃじん)と称し、生薬として利用される。秋(11月』頃『)の地上部が枯れたときに根を掘り出し、細根を取り除いたものを天日乾燥させたものが使われ、1日量5 - 10グラムを400 - 600 ccの水で半量になるまで煎じて、13回に分けて服用したりうがいする用法が知られる。健胃、痰きり、鎮咳に効能があるとされ、強壮効果もあるといわれる』。『日本では沙参というと』、『ツリガネニンジンを指すが、中国では』、

『ハマボウフウ』セリ目セリ科ハマボウフウ属ハマボウフウ Glehnia littoralis

『のことをいう』。『これを区別するため、ツリガネニンジンを南沙参、ハマボウフウを北沙参(ほくしゃじん)と呼ぶ。昔は朝鮮人参の偽物に用いたといわれるが、朝鮮人参とは薬効は異なり』、『代用にはならない』。『近縁種』は、

ソバナ(岨菜)Adenophora remotiflora

フクシマシャジン(福島沙参)Adenophora divaricata

なお、『ツルニンジン』と称して、『朝鮮でトドックと呼ばれる代表的な山菜。呼び名がトトキと似ているが』、『関係の有無は不明。日本薬学会は「『トトキ』とはツリガネニンジンの古い呼び名で朝鮮語に由来しています」としている』とあった。

 例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの神農子さんの「生薬の玉手箱 | タイシャセキ(代赭石)」を引用させて戴く。基原は、以上に述べた通り、『ツリガネニンジンAdenophora triphylla A.DC. var. japonica Hara(キキョウ科Campanulaceae)またはその他近縁植物の根。』とある。

   《引用開始》

 沙参は『神農本草経』の上品に収載された生薬です。「味は苦で,性質は微寒。血積,驚気を主治し,寒熱を除き,中を補い肺気を益する」と記され,『名医別録』では「胃痺,心腹痛,結熱,邪気,頭痛皮間の邪熱を治療し,五臓を安んじ,中を補う」と追加されています。わが国では比較的使用する機会の少ない生薬ですが,中医学的には滋陰薬に分類され,肺経,胃経に入り,陰を養い肺を清する作用があるため,肺熱による咳嗽などにしばしば利用され,市場では良く見かける生薬の一つです。

 原植物については,わが国では一般にツリガネニンジンが充てられていますが,『中華人民共和国葯典』には,北沙参と南沙参の2種が収載され,前者はセリ科の珊瑚菜Glehnia littoralis Fr.Schmidt.ハマボウフウ,後者はキキョウ科の輪葉沙参Adenophora tetraphylla Fischer= A. triphylla. 種レベルではツリガネニンジンと同じ),あるいは沙参Adenophora stricta Miq.であるとされます。中医学では,滋陰薬としては北沙参の方が優れているとされ,一方の南沙参はもっぱら去痰に用いるなど区別されているようですが,南沙参の使用頻度はあまり高くはないようです。

 周知のように,北沙参の原植物であるハマボウフウ(浜防風)は日局収載品で,以前は防風の代用品として使用されていました。ただ,わが国では根をそのまま乾燥していますが,中国の北沙参は蒸したもので,さらに外皮が去られていて,日局「浜防風」とは外見はかなり違っています。

 わが国には「シャジン」と名のつく植物がいくつかあります。キキョウ科のイワシャジン,ヒメシャジンなどです。このようにこの仲間にはよく似た植物が多く,中国においても古くから原植物が混乱していたようです。『図経本草』に3種類の沙参の付図が描かれており,その中の1種は花序の形態から明らかにセリ科植物であることがわかります。このものがハマボウフウであるとすれば,すでに宋代から混乱していたことになります。しかし記事を見ると,「長さ一,二尺,岸壁に生え,葉は枸杞に似て鋸歯があり,七月に紫色の花を開き,根は葵根のようで・・・」とあり,明らかにセリ科植物とは異なり,やはりキキョウ科の植物のようです。

 わが国江戸時代の『本草辨疑』では,「枸杞葉のようで細かい鋸歯があり,秋に葉の間に紫色の花を開き,鈴鐸のようで白いおしべが五本出ていて・・・」とあり,また『和語本草綱目』では「今の懸鐘人参というものは沙参である」,『大和本草』では「中華から来る沙参は二種あるが・・・日本でトトキ人参というものが沙参である」と記載されています。以上の記載内容からも沙参がツリガネニンジンであったことは明らかでしょう。

 中国で北沙参と南沙参が区別されはじめた時期を考証してみますと,明代の『本草蒙筌』や『本草綱目』ではまだ「沙参」の名で収載され,付図,記載ともにセリ科植物ではありません。清代になると『本草従新』に「北沙参」と「南沙参」の両名がみられるようになり,「南沙参は功力がやや弱く,やや黄色で瘠せていて小さい」と記されていますが,その付図からはやはりセリ科植物ではなく,ともにツリガネニンジンの仲間と思われることから,ハマボウフウが利用され始めたのは案外最近のことなのかも知れません。いずれにせよ,沙参としてハマボウフウを利用することの是非は 今後検討すべき問題でしょう。

 「山でうまいはオケラにトトキ」とは美味な山菜の原植物を言ったもので,トトキはツリガネニンジンです。またハマボウフウの若い葉は香りが良く,刺身のつまやお吸い物の彩りなどによく使われます。浅学の筆者にはこれ以上のことは調べ切れませんが,両植物の混乱はともに食用野菜として利用されてきたことにも関係しているのかも知れません。

   《引用終了》

 なお、今までの記載には毒性については見られないが、調べてみると、サイト「北の山菜Web3号店」の「ツリガネニンジン(釣鐘人参)」を見たところ、『生の根には弱い毒性がありますので、生食や生のままの利用はお止め下さい。』という注意書きがあったことを添えておく。

 さて、「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-25b]の「沙參」のパッチ・ワークである。しかし、既に述べた通り、★中国の「沙參」は、ツリガネニンジンではないのであるから、この引用は、ハマボウフウの記載であることに注意しなくてはならない。東洋文庫訳は、それを全く解説していない点で、完全なアウトである。

「小葵」ゼニアオイ(銭葵)Malva mauritiana であろう。ハマボウフウの葉(同ウィキの画像)に、まあ、似ている。Katou氏のサイト「三河の植物観察」の「ゼニアオイ 銭葵」のページの写真と比較されたい。

「枸𣏌(くこ)」ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense 。先行する「卷第八十四 灌木類 枸𣏌」を見よ。

「鈴鐸《れいたく》」「廣漢和辭典」には、『すず。鈴は小さなすず。鐸は大きなすず。宮殿・楼閣などの軒のかどにかける。』とある。

「冬青(まさき)」中国で言う「冬青」「凍青」は、双子葉植物綱モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis であるが、良安はニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus と勘違いしている。この錯誤に就いては、先行する「卷第八十四 灌木類 冬青」の私の注を見よ。

「厥陰」東洋文庫後注に、『厥陰には手の厥陰心包経と足の厥陰肝経とがある。巻八十九茜の注一参照。』とある。先行する「第八十九 味果類 茗」の注の「手足≪の≫厥陰經」を見よ。

「脾経」足の太陰脾経。巻八十九蜀椒の注一参照。』とある。「第八十九 味果類 蜀椒」の注の「手足の太隂」を見よ。

「防已《ばうい》」本篇の冒頭の「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。

「藜蘆《りろ》」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。]

2026/04/07

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・和人參

 

Waninjin

 

[やぶちゃん注:図の右下方に二行で「莖帯微紫」「葉大切叉」とある。推定連続訓読すると「莖、微(かすか)に紫。茎、大にして、切れたる叉(また)あり。」であろう。]

 

わにんじん 人參

和人參  

      【和名加乃仁介久佐】

      【一名久末乃伊】

△按人參往昔本朝有之而中古不用之出於薩摩者名

 小人參【一名節人參】近年得唐人參種多植圃攝州平野庄

 多出之二月下種初生一莖三葉及長數椏皆三葉其

 葉厚潤有㴱刻而無筋畧似銀杏葉毎八月中心抽一

 莖高三四尺開細白花如葢似蒴藋及胡蘿蔔花秋後

 結子細小亦似胡藋蔔霜後枯宿根亦能生也九月採

 根如胡藋蔔而淡白色以甘草汁蒸乾則能類人參伹

 頭無横文蘆頭不括縮耳功能亦人參不及故用者鮮

[やぶちゃん注:「蘆」原文では「グリフウィキ」のこれであるが、表示出来ないので、正字で示した。]

 和州吉野山中有自然生者又有得真朝鮮參種植者

 並其葉根與朝鮮不異然甚希而未足賣買

 

   *

 

わにんじん 人參

和人參

      【和名「加乃仁介久佐《かのにけぐさ》」。】

      【一名「久末乃伊《くまのい》」。】

 

△按ずるに、人參、往昔(そのかみ)、本朝に、之れ、有りて、中古、之《これ》、用≪ひ≫ず。薩摩より出《いづ》る者、「小人參《こにんじん》」と名《なづく》【一名「節人參(ふし《にんじん》)」。】。近年、唐人參《たうにんじん》の種《たね》を得て、多《おほく》、圃(はたけ)に植《うえ》、攝州平野《ひらの》の庄《しやう》に多《おほく》之≪を≫出《いだ》す。二月、種《たね》を下《おろ》す。初生、一莖三葉《いつけいさんやう》、長ずるに及《および》て、數椏《すうまた》≪と、なれり≫。皆、三葉、其葉、厚≪く≫潤《うるほひ》、㴱≪き≫刻《きざみ》、有り、而≪して≫、筋《すぢ》、無く、畧(ちと)、銀杏(いてう)の葉に似たり。毎八月、中心に一莖を抽《ぬ》き≪ん出て≫、高さ、三、四尺。細≪かなる≫白≪き≫花を開き、葢(かさ)のごとく、「蒴藋(そくづ)」、及≪び≫、「胡蘿蔔(にんじん)」の花に似≪たり≫。秋≪の≫後《のち》に、子《み》を結≪ぶ≫。細≪く≫小《しやう》にして、亦、胡藋蔔に似たり。霜の後《のち》、枯《かれ》て、宿-根(ふるね)、亦、能《よく》、生ずなり。九月、根を採≪る≫。≪やはり≫胡藋蔔のごとし。而≪も≫淡白色≪たり≫。甘草《かんざう》の汁《しる》を以≪つて≫、蒸≪し≫乾≪かせば≫、則≪ち≫、能≪く≫、人參に類《るゐ》す。伹≪し≫、頭《かしら》に、横文《わうもん》、無く、蘆頭(ろづ)[やぶちゃん注:薬用の植物の根や茎で、薬用にならない部分を言う語。]、括-縮(くゝりしま)らざるのみ。功能も亦、≪人參に≫及ばず。故に、用《もちひ》る者、鮮《すく》なし。

 和州吉野山中に、自然生《じねんしやう》の者、有り。又、真《まこと》の朝鮮≪人≫參の種《たね》を得て、植《う》≪う≫る者、有り。並《ならび》に、其≪の≫葉・根、朝鮮≪人參≫と異《こと》ならず。然《しかれ》ども、甚だ、希《まれ》にして、未だ、賣買≪とする≫に足(た)らず。

 

[やぶちゃん注:これは、いろいろと資料を捜したものの、決定打が見つからず(イッパツで明らかになっているはずの「國譯本草綱目」の当該巻が国立国会図書館デジタルコレクションでは見ることが出来ないのが恨めしかった)、うぢうぢと無能の脳を働かしてみたが、結果的には、既に「人參」で比定同定した、所謂、チョウセンニンジン(朝鮮人蔘)、則ち、

セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng

である。その証左は、

◎以上の寺島良安の解説のうち、実際に良安が事実として把握している記載である「近年、唐人參《たうにんじん》の種《たね》を得て、多《おほく》、圃(はたけ)に植」えた事実があるとするところから、殆んどの記載が、朝鮮・中国から渡来した種を蒔いて育てたことが確かにあったことは事実であったと断定出来ることである。但し、それらは、植えたものの、一回性の生育には一部で成功したかのように見えたことがあったけれども、そこから本格的に繁殖・生産することは全く出来なかったというのが、事実であったと断定されることに拠る。しかし、最終段落で、「和州吉野山中に、自然生の者、有り。」と言っているのは、誤り(というか、流言飛語の類い)であると言わざるを得ない。そもそも、本「和漢三才圖會」の完成は、正徳二(一七一二)年(徳川家宣・家継の治世)であるが、ウィキの「オタネニンジン」に、『江戸幕府の』『八代将軍徳川吉宗が』、『対馬藩に命じて』、『朝鮮半島で種子と苗を入手させ、試植、栽培して結実後に各地の大名に種子を分け与えて栽培を奨励し、これを敬って「御種人参」と称した』とあり、調べたところ、本格的な継続した栽培に成功したのは、享保一四(一七二九)年であった。従って、良安は、それより十七年以上前にこの記事を書いているのであるから、謂わば、医師としての希望的予測として、栽培を熱望したそれが、筆を滑らせたと思えば、将来的には、誤りではなかったとは言えるか。

◎次に、東洋文庫訳で、解説訳文の冒頭の「人参」の下に割注して『(ウコギ科)』とあることである。但し、本パートの訳者竹島淳夫氏の専門は東洋史であって、今までも、多くの植物分類学上の誤りを、幾つも発見して示してある。されば、これは、私には、元々、決定打にはなり得ず、自己検証ぜざるを得なかったのである。

『和名「加乃仁介久佐《かのにけぐさ》」』所持する小学館「日本国語大辞典」の「かのにけぐさ」を見ると、漢字を『人参』とし、『「かのにげぐさ」とも』あって、『「にんじん(人参)」の古名。』とする。引用例は「享和本本新撰字鏡」・「本草和名」・「類聚名義抄」。「語源説」の項に、『⑴カノニケガムクサ(鹿𪘁草)、カノニケクサ(鹿齸草)の義。ニケは反芻(はんすう)すること〔塵袋・壒囊鈔・東雅・大言海〕。⑵カノニコゲグサ(鹿毳草)の義。細根が鹿の毛に似ているから。またはカノニゲクサ(蚊逃草)の義〔古今要覧稿〕。⑶クマノニガクサ「熊胆草」の転。〔言元梯〕。』とあった。また、日外アソシエーツの「動植物名よみかた辞典 普及版」の「人参(カノニケグサ・カノニゲグサ)」には、『植物。薬用人参の古名』とあった。

『一名「久末乃伊《くまのい》」』同じく、小学館「日本国語大辞典」の「くまのい」を引くと、二義目に、『ちょうせんにんじん(朝鮮人参)の古名。』として、使用例を「新撰字鏡」「本草和名」「十巻本和名抄」から引いている。「語源説」には、『⑴コマノシ(高麗参)の意か。また、コマノイ(高麗医)の義か〔玄同方言〕。⑵人参を、一名神草というところから、クマ(神)の意か。〔東雅〕。⑶熊の胆囊のように苦いところから〔東雅・玄同方言・古今要覧稿〕。』とあった。

「唐人參《たうにんじん》」小学館「日本国語大辞典」に、『唐人参』に、『中国産の人参で朝鮮人参の類。』とし、初出例に雑俳の「うたゝね」(元禄七(一六九四)年)から、『客は聟唐人参の引肴』を引いてある。別種と考える必要は、全くない。

「攝州平野の庄」現在の大阪府大阪市平野区。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「蒴藋(そくづ)」マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属ソクズ Sambucus chinensis の漢語名である。多年草で、別名をクサニワトコ(草接骨木)と言う。日中に分布する。当該ウィキを見られたい。

「胡蘿蔔(にんじん)」現代のニンジンの本来種(品種改良を重ねる以前の種。現在の我々の食しているものは、大きな品種改良が繰り返し行われている)、セリ目セリ科ニンジン属ニンジン(ノラニンジン)Daucus carota 亜種ニンジンDaucus carota subsp. sativus

「甘草《かんざう》」先行する「甘草」を見よ。]

2026/03/04

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 目録・山草類 上卷・尾人參

 

Higeninjin

 

ひげにんじん 髭人參【俗稱】

       小人參【俗稱】

尾人參

       自此一種也俗

       以爲大人參之

       髭細根者非也

 

△按尾人參朝鮮中華共有之蔓生而與人參一類異種

 者也高一二寸葉似人參而小蔓出於莖布地至𠙚生

 根如草石蠺樣取其蔓根爲藥纖者似萆薢髭故名髭

[やぶちゃん注:「蠶」は、原本では「グリフウィキ」のこれ(上部の「天天」が「夫夫」)だが、表示出来ないので、正字で示した。]

 人參毎唐船皆將來之稱小人參性堅實其功勝於大

 人參之浮虛者

 

   *

 

ひげにんじん 髭人參【俗稱。】

       小人參《しやうにんじん》【俗稱。】

尾人參

       自《おのづか》ら、此れ、一種なり。俗、

       以《もつて》、「大人參の髭細根」と爲るは、

       非なり。

 

△按ずるに、尾人參は、朝鮮・中華、共に、之れ、有り。蔓生《つるせい》して、人參と一類異種なる者なり。高さ、一、二寸。葉、人參に似て、小《ちさ》く、蔓(つる)。莖より出《いで》て、地に布《し》き、至る𠙚に、根≪を≫生ず。「草石蠺(ちやうろぎ)」の樣《さま》のごとし。其蔓根《つるね》を取《とり》て、藥と爲《なす》。纖(ほそ)き者は、「萆薢(ところ)」の髭(ひげ)に似《にる》。故《ゆゑ》、「髭人參」と名《なづ》く。毎《まい》、唐船《たうせん》、皆、之《これ》、將《も》ち[やぶちゃん注:「將」の字には「持ち送る」の意がある。]來《きた》る。「小人參」と稱す。性、堅實にして、其功、「大人參」の浮虛《ふきよ》なる者に勝(《ま》さ)る。

 

[やぶちゃん注:本稿は、「本草綱目」に引用がない。そして、前回の「卷第九十二之本 山草類 上卷・人參」で予告した通り、良安が言っているような一類異種では、ない。

 「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●髭人参(ひげにんじん、ヒゲニンジン)、毛人参(けにんじん、ケニンジン)」に拠れば(一部を太字にした)、『健康食品、髭人参は神農本草経の上品に収載され、古くからもっとも珍重された補剤です。その根が人の形ににているからつけられたといわれています』とあり、基原を前項と同じ『ウコギ科のオタネニンジン』=セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng 『の細根を除いた根(白参、生干人参)。または』、『これを軽く湯通しして(御種人参、雲州仕立て)乾燥したもの。人参はその調整法により「白参」と「紅参」に大別できる。もっとも雲州仕立てのような中間型もある。白参は直参、半曲参、曲参にわけられる。日本産、開城人参などは直参、豊基人参は半曲参、錦山人参は曲参で、そのほか生産地により数種の形の人参がある。紅参は細根をつけたまま蒸しあげ乾燥したもの(日本産紅参)と、細根を除去し』、『圧力をかけて乾燥したもの(北鮮、韓国産紅参)とがある』。「産地」の項には、『日本(長野、福島、島根;栽培)、韓国、北朝鮮、中国、ロシア(栽培、野生品はきわめてすくない。)』とする。「成分」の項に、『精油0.05%(β-エレメン、パナキシノール、パナキシドール、ヘプタデカー1-エンー46ジインー39ジオール、サポニン配糖体約4%(ギンセノシドなど)、糖類約5%を含む)』とある。「処方例」として、『白虎加人参湯、生姜瀉心湯、小柴胡湯、人参養栄湯、理中丸など。』が挙げられてあり、「用法・用量」に『煎剤、丸剤、散剤。10.53.0グラム。』とする。そして、「同類生薬」として、『広東人参:アメリカニンジンの根を乾燥したもので、カナダ、北アメリカに産する。別名を「西洋参」「花旗参」などともいう、成分としてサポニン配糖体 5%、を含み、用途は人参と同様に用いる。』とし、さらに、『三七人参:サンシチニンジンの根を乾燥したもので、「田七人参」「田三七」などともいう。中国雲南省、広西壮族自治区およびベトナム北部に産する。成分としてサポニン配糖体38%を含み、その主成分はギンセノシドである。』とある。

 さて、この最後の二種については、前者が、

トチバニンジン属アメリカニンジン Panax quinquefolius

であるが、これは、当該ウィキに拠れば、『北アメリカ原産であ』るとあり、この種は「広東人参」の異名があるものの、これは、近代に『広州や香港を経由して』アメリカから『輸出されていたことに因む』ものである。同種の「維基百科」の「花旗参」の記載を見ても、近代以前に中国に持ち込まれたとする記載はないから、これは、良安がここで言っている「尾人參」では、あり得ない。

  しかし、後者は、

トチバニンジン属サンシチニンジン(三七人参)Panax notoginseng

という同属(=同属種)の別種である。「維基百科」の同種のページは単に「三七」である。本邦の当該ウィキに拠れば、『中国南部原産』とし、「別名」として、『田七人参(でんしちにんじん)』は『広西省の田陽』(ここ。グーグル・マップ・データ。次も同じ)や『田東』(ここ)『で産することから、「田」の字が冠される』とし、また、『金不換(きんふかん)』という別異名に就いては、『金に替えられないほど価値が高いという意味』とある。しかし、「歴史」の項に、『おそらく、原産地では古くからその薬効が知られていたものと思われるが、中国の医学に組み入れられた歴史は浅く、16世紀に李時珍が著した薬学書』「本草綱目」『が初出』とし、『別名「金不換」の通り、中国では長らく国外輸出が禁止されていたが、近年、日本をはじめ、世界各国に輸出されている』とあった。

 さても、「本草綱目」初出というのは、実に「草之一 卷十二上【山草類上三十一種】」の末尾に置かれていた。「維基文庫」のここである。以下に示すが、「維基文庫」版は正字では電子化されていない(誤字も多くある)ので、以下に、それを加工データにして、国立国会図書館デジタルコレクションの万曆一八(一五九〇)年序板の当該部で校訂して示すこととする。一部の表示出来ない異体字は、同字であることを確認の上、「維基文庫」の字を採用した。句読点は意味を採るのに有効なので、やはり採用した。なお、後者のデジコレの方には、追加部分がある。

   *

三七【綱目】

(釋名)山𣾰【綱目】金不換【時珍曰、彼人言其葉左三右四、故名三七、盖恐不然。或云本名山𣾰、謂其能合金瘡、如𣾰黏粘物也、此說近之。金不換、貴重之稱也。】

(集觧)時珍曰、生廣西、南丹諸州畨峒深山中、采根暴乾、黄黒色。團結者、狀畧似白及、長者、如老乾地黄、有節。味微甘而苦、頗似人參之味。或云、試法、以末糝豬血中、血化爲水者乃真。近傳一種草、春生苗、夏高三、四尺。葉佀[やぶちゃん注:「似」の異体字。]菊艾而勁厚、有龜岐尖。莖有赤稜。夏秋開黄花、蕊如金絲、盤紐可愛、而氣不香。花乾則吐絮如苦絮。根葉味甘。治金瘡折傷出血、及上下血病、甚效。云是三七、而根大如牛蒡根、與南中來者不類、恐是劉𭔃[やぶちゃん注:「寄」の異体字。]奴之属、甚易繁衍。

根(氣味)甘、微苦、温、無毒。(主治)止血散血定痛、金刃箭傷、跌撲杖瘡、血出不止者、嚼爛塗、或爲末摻之、其血卽止。亦主吐血衄血、下血血痢、崩中經水不止、産後惡血不下、血運血痛、赤目癰腫、虎咬蛇傷諸病(時珍)。

(發明)時珍曰、此藥近時始出、南人軍中用為金瘡要藥、云有竒[やぶちゃん注:「奇」の異体字。]功。又云、凡杖撲傷損、瘀血淋漓者、隨即嚼爛、罨之即止、靑腫者、即消散。若受杖時、先服一、二錢、則血不衝心、杖後、尤宜服之。産後服、亦良。大抵此薬氣温、味甘微苦、乃陽明、厥陰血分之薬、故能治一切血病、與麒麟竭、紫𨥑[やぶちゃん注:「礦」の異体字。]相同。

(附方)【新八】吐血衄血【山𣾰一錢、自嚼、米湯送下。或以五分、加入八核湯。 瀕湖集簡方】赤痢血痢【三七三銭、硏末、米泔水調服。卽愈。 同上。】大腸下血【三七硏末、同淡白酒調一、二銭服、三服可愈。加五分入四物湯、亦可。 同上。】婦人血崩【方同上。】產後血多【山𣾰硏末、米湯服一銭。 同上。】男婦赤眼【十分重者、以山𣾰根磨汁、塗四圍。甚妙。 同上。】無名癰腫【疼痛不止、山𣾰磨米醋調、塗即散。已破者、硏末乾塗。】虎咬蛇傷【山𣾰硏末、米飮服三銭、仍嚼塗之。 並同上。】。

葉(主治)折傷跌撲出血、傅之卽止、靑腫、經夜卽散、餘功同根【時珍。】。

   *

★則ち、良安は自身の持つ「本草綱目」で、これを見たはずなのだが、「和漢三才圖會」には、全文で「三七」を国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版を★全文検索しても

――影も形も――ない――

のである。この事実は、取りも直さず、

★✕以上の引用の如く――江戸中期に――このサンシチニンジンが本邦に輸出された可能性は――ない――✕★

と考えてよい、ということになる、と私は断定するものである。

 而して、ということは、

良安が言っている朝鮮・中華から齎されたそれは、オタネニンジン(チョウセンニンジン)の成長不全個体の製品である

と断定するものである。

「草石蠺(ちやうろぎ)」シソ目シソ科オドリコソウ亜科イヌゴマ属チョロギ Stachys sieboldii 。詳しくは、当該ウィキを見られたい。私は、秋田県の温泉で、同種の塊茎を塩漬けにしたものを食べて以来、好物となった。

「萆薢(ところ)」本邦では「野老」で「ところ」と読ませる。これは、ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscorea の蔓性多年草の一群を指す。詳しくは、当該ウィキを見られたい。]

2026/02/26

和漢三才圖會卷第九十二之本 山草類 上卷・人參

[やぶちゃん注:草体の根に繋がる上部地下茎から上の草体図の上に、明らかに異なる種の二つの根茎部の二図。形状から、右が、後で示すメインのオタネニンジン(=チョウセンインジン)でよいとして、左は本邦でお馴染みのニンジン、或いは、野生種のノラニンジンの属性を残し持っている品種であろうか、と推定しておく。但し、良安の評言の部分を見ても、現在の通常種である普通のニンジンへの言及は、殆んどゼロである。

 

Tyousenninjin

 

にんじん  人薓 人䘖

      海腴 神草

人參   黃參 地精

      鬼葢 土精

ジン スヱン 皺面還丹

[やぶちゃん字注:「𮑵」原本では、「氵」+(「𮑵」―「氵」)であるが、この字形を用いた。「面」は中央の「はしご」状の部分の上部が欠落した「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、通常の「面」とした。]

 

本綱人參爲藥切要與甘草同功有人參𠙚上有紫氣揺

[やぶちゃん字注:「揺」は「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、通常の「揺」に代えた。]

光星散而爲人參實神草也根有手足靣目如人者爲神

生上黨【今潞州也】山谷及遼東【髙麗乃朝鮮也】者爲最上春生苗多於

深山背陰近椵樹【似桐甚大】下濕潤𠙚初生小者三四寸許一

椏五葉四五年後生兩椏五葉未有花莖至十年後生三

椏年深者生四椏各五葉中心生一莖俗名之百尺杵三

四月有花細小如粟蕊如絲紫白色秋後結子或七八枚

如大豆生青熟紅自落

朝鮮人參猶來中國互市亦可收子於十月下種如種菜

法秋冬采者堅實春夏采者虛軟非地產虛實也僞者皆

以沙參薺苨桔梗采根造作亂之【沙參體虛無心而味淡荷芭體虛無心而味甘桔梗體堅有心而味苦人參體實有心而甘微苦】近有以人參先浸取汁自啜乃

晒乾復售謂之湯參不任用

人參生時背陽故頻見風日則昜蛀納新噐中入細辛與

參相間收之宻封可經年不壞一法用淋過竃灰晒乾鑵

收亦可

凡用時宜隔紙焙之【熟用則氣温生用則氣凉】並忌鐵噐伏苓爲之使

反藜蘆畏五靈脂惡皂莢黒豆【人參可去蘆不去則令人吐蘆者頭耑莖之根】

 得升麻則補上焦之元氣瀉肺中之火

 得茯苓則補下焦之元氣瀉腎中之火

 得黃茋甘草則除大熟瀉陰火補元氣

 得麥門冬則生脉 得乾薑則補氣

凡血脫者用人參益氣則血自生藥品之聖也

△按人參可用不可用之病症本草諸家之辨論區區也

 共不可徧執今時亦然焉一槪有泥其功不詳虛實而

[やぶちゃん字注:「槪」は原本では、「槪」の(つくり)の下に、さらに「木」のある字体であるが、こんな異体字は見当たらないので、かく、した。]

 動則人參多入用者稱之人參醫師

 凡人靣白或黃或青黧悴者皆脾肺腎不足可用也靣

 赤或黒者氣壯神強不可用也

 凡脉之浮而芤濡虛大遲緩無力沉而

 無力者皆虛而不足可用也若數有力者

[やぶちゃん注:「」は今でいう「・」相当の記号である。訓読では、それに代える。]

 皆火鬱內實不可用也蓋此說可以爲的𢴃也

朝鮮人參 朝鮮北韃靼南境有大山名白頭山自然生

 人參爲最上其葉花與和人參相似而實異初青熟赤

 圓如南天實其根似胡蘿萄而白色使甘草汁蒸乾黃

 色亦益其味頭𨕙有橫文體重實而中亦潤黃者爲上

 經年者大愈佳似人形者亦百斤中有一二本此雖有

 神而不甚佳出於咸鏡道者潤白透通爲極上最鮮

判事人參 是亦白頭山之產出於韃靼而未知修治良

 方故功稍劣

蝦手人參 右同蓋韃靼土地水不清毒多故其富儫者

[やぶちゃん字注:「儫」「豪」の異体字。]

 常浸人參於井中用其水更採出人參販之故帶飴色

 而尾耑曲似蝦形所謂湯人參之類乎

唐人參 卽中𬜻之產山西之潞安【古之上黨】北京之永平雲

 南之姚安共爲上而下種植成故功不如朝鮮自然生

 者其大者俗呼曰唐大

小人參 非大人參中擇出者而本自一種小者其根長

 一二寸許猶罌粟與美人草近年不來俗以尾人參稱

 小人參者非也

凡大人參老者則大而功勝嫩者小而力劣焉體輕虛色

 枯白者俗謂浮虛人參無効

 

   *

 

にんじん  人薓(《にん》じん) 人䘖《にんがん》

      海腴《かいゆ》 神草《しんさう》

人參   黃參《わうじん》 地精《ちせい》

      鬼葢《きがい》 土精《どせい》

ジン スヱン 皺面還丹《しゆうめんかんたん》

 

「本綱」に曰はく、『人參は、藥《やく》の切要《せつえう》[やぶちゃん注:極めて重要な対象であること。]と爲す。甘草《かんざう》と功を同《おなじう》す。人參、有る𠙚《ところ》、上に、紫《むらさき》の氣、有り、揺光星《やうくわうせい》の≪光≫、散じて、人參と爲《な》る。實《まこと》に神草《しんさう》なり。根に、手・足・靣《おもて》・目《め》、有《あり》て、人のごとくなる者を『神《しん》』と爲《なし》、上黨《じやうたう》【今の潞州《ろしう》[やぶちゃん注:現在の山西省長治市潞州区。ここ(グーグル・マップ・データ)。]なり。】の山谷、及《および》、遼東《りやうとう》【髙麗。乃《すなはち》、朝鮮なり。】の者、最上と爲《なす》。春、苗《なへ》を生ず。深山の背陰《はいいん》[やぶちゃん注:北向きの日陰。]椵樹《かじゆ》【桐に似て、甚だしく、大なり。】に近き下(ほとり)≪の≫、濕潤の𠙚《ところ》に多し。初生、小《ちさ》き者、三、四寸許《ばかり》。一椏《ひとまた》≪に≫五葉。四、五年にして、後《のち》、兩椏《ふたまた》五葉を生ず。未だ、花・莖、有らず。十年後《のち》に至《いたり》て、三椏《みつまた》を生ず。年《とし》深き者は、四椏《よつまた》を生ず。各(《おの》おの[やぶちゃん注:原本ではルビがない代わりに、送り仮名に踊り字「〱」がある。])、五葉≪を≫中心に、一莖《いつけい》を生ず。俗に、之を、「百尺杵《ひやくしやくしよ》」と名《なづ》く。三、四月、花、有り、細小にして、粟《あは》のごとく、蕊《しべ》、絲《いと》のごとし。紫白色。秋の後《のち》、子《み》を結ぶ。或《あるひ》は、七、八枚《たり》。大豆のごとく、生《わかき》は青く、熟《じゆくせ》ば、紅《くれなゐ》にして自《おのづから》落《おつ。》』≪と≫。

『朝鮮人參《は》、猶《なほ》、中國に來《きたり》て、互市《ごし》す[やぶちゃん注:「互市」は中国諸王朝と北辺・西辺諸国との陸上貿易を指す語。後注参照。]、亦、可なり。子《み》を十月に收め、種《たね》を下《おろ》し、菜《な》を種《うう》る法《はう》のごとくにして、秋・冬、采《と》る者≪は≫、堅《けん》にして實《じつ》し。≪對して、≫春・夏、采る者≪は≫、虛にして軟《やは》らかなり。地產の虛・實には、非《あら》≪ざる≫なり。僞《いつは》る者、皆、沙參《しやじん》・薺苨《せいねい》・桔梗《ききやう》を以《もつ》て、根を采り、造り作(な)し、之≪を≫亂《みだ》す≪ものなり≫【沙參は、體《たい》、虛《きよ》、無心《むしん》にして、味、淡《あはし》。荷芭は、體、虛、無心にして、味、甘《あまし》。桔梗は、體、堅《けん》、心、有りて、味、苦《にがし》。人參は、體、實《じつ》にして、心、有りて、甘《あまく》、微《やや》苦《にがし》。】。近《ちか》ごろ、人參を以て、先《ま》づ、浸《ひた》して、汁を取り、自《みづから》啜《すゝ》り、乃《の》ち、晒乾《さらしほ》して、復た、售(う)る。之を「湯參《たうじん》」と謂ふ≪も≫、用に任《た》へず。』≪と≫。

『人參、生《しやう》ずる時、陽《やう》を背《そむ》く[やぶちゃん注:太陽の光りを嫌って背を向ける。]。故《ゆゑ》、頻《しき》りに、風・日を見る時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。ここは「強い風・過剰な太陽光を受けた際には」の意。]、則《すなはち》、蛀(むしいり)、昜《やす》し。新≪しき≫噐《うつは》の中《うち》に納め、細辛《さいしん》と參《じん》[やぶちゃん注:「人參」。]とを、相間(あひはさみ)に[やぶちゃん注:細辛の間に人参を挟み込んで。]、之を收《をさ》め、宻封して、年を經て、壞《くわ》≪れ≫ざる一法≪として≫、淋過《りんくわ》≪し≫たる竃《かまど》の灰[やぶちゃん注:東洋文庫訳では、『水をそそぎ』、濾『過』(ろか)『した竃(かまど)の灰』とある。後注を見よ。]を用《もちひ》て、晒乾《さらしほし》、鑵《くわん》に收《をさむ》るも亦、可なり。』≪と≫。

『凡《およそ》、用《もちふ》る時、宜《よろしく》、紙を隔《へだて》て、之≪を≫焙るべし【熟して用れば、則ち、氣、温《おん》なり。生《なま》にて用れば、則ち、氣、凉《れう》なり。】。並《ならび》に[やぶちゃん注:孰れの場合でも。]、鐵噐を忌む。伏苓《ぶくりやう》、之《これ》が、使《し》[やぶちゃん注:既に何度も出た「引薬」の意。反応を効果的に進めるための補助薬。]たり。藜蘆《れいろ》に反《はん》し、五靈脂《ごれいし》を畏《おそ》れ、皂莢《さうきやう》・黒豆《くろまめ》を惡《い》む。【人參、「蘆(ろ)」を去るべし。則ち、人をして吐かしむ。「蘆」とは、頭《かしら》の耑莖《たんけい》の根[やぶちゃん注:頭の端の茎の根。]≪なり≫。】』≪と≫。

『升麻《しやうま》を得れば、則《すなはち》、上焦の元氣を補ひ、肺中の火《くわ》を瀉《しや》す。』≪と≫。

『茯苓を得れば、則、下焦の元氣を補ひ、腎中の火を瀉す。』≪と≫。

『黃茋・甘草を得れば、則、大熟を除き、陰火を瀉し、元氣を補ふ。』≪と≫。

『麥門冬を得れば、則、脉《みやく》を生ず。』≪と≫。『乾薑《かんきやう》を得れば、則、氣を補す。』≪と≫。

『凡《およそ》、血脫(《ち》たり)[やぶちゃん注:出血が続いている患者のこと。]の者には、人參を用て、氣を益する時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則、血、自《おのづか》ら、生《しやう》ず。「藥品の聖《せい》」なり。』≪と≫。

△按ずるに、人參、用ふべきと、用ふべからざるの病症、本草諸家の辨論、區區(まちまち)なり。共《とも》に、徧執《へんしふ》すべからず。今時《こんじ》も亦、然《しか》り。一槪に、其《その》功に泥(なづ)んで、虛實を詳《つまびらか》にせずして、動(やゝも)すれば、則《すなはち》、人參、多く入用《いれもちひ》る者、有《あり》。之を「人參醫師《にんじんいし》」と稱す。

凡そ、人の靣《おもて》、白く、或《あるい》は、黃《き》、或は、青黧(《あを》ぐろ)く悴(かじ)けたる者[やぶちゃん注:生気がなくなって如何にも衰える者。]、皆、脾・肺・腎、不足なり。用《もちふ》べきなり。靣、赤、或は、黒き者は、氣、壯(さか)んに、神《しん》[やぶちゃん注:神経。]、強く、用ふべからざるなり。

 凡そ、脉《みやく》の浮《ふ》にして、芤《こう》[やぶちゃん注:東洋文庫版訳の割注に『脈は浮』(ふ)『か』、『沈』(ちん)『で中ほどは空虚』とある。]・濡《じゆ》[やぶちゃん注:同前で『(細くて弱い)』とある。]・虛大・遲緩、力《ちから》無く、沉《ぢん》にして、遲《おそし》・濇《しぶる》・弱《よはし》・細《ほそし》・結《むすぼほる/むすぼる[やぶちゃん注:結滞すること。]》・代《とどこほる》≪容態《ようだい》にて≫、力《ちから》、無き者は皆、虛にして、不足なり。用《もちふ》べしなり。若《も》し、弦《つよきはる》・長《ながし》・緊《きつし》・實《つよし》・滑《なめらか》・數(さく)[やぶちゃん注:]≪にして≫、力《ちから》、有る者は、皆、火鬱內實《くわうつないじつ》なり[やぶちゃん注:AIのものしか出てこないのだが、取り敢えず、掲げておく。漢方に於いて、ストレスなどで生じた熱(「火」)が体「内」に籠もり(「鬱」)、それが消化器や体幹に実熱(「実」証の熱)として溜まっている状態を指す。イライラ・怒りっぽい・逆上(のぼ)せ・顔面紅潮・便秘・口腔内の苦みなどの熱症状が強く出るもの。後注で再検証する。]。用≪ふ≫べからざるなり。蓋し、此說、以て、的𢴃《てききよ》[やぶちゃん注:「極めて的(まと)を得たもの。]と爲《なす》べし。

朝鮮人參 朝鮮の北、韃靼(だつたん)の南境《みなみさかひ》に、大山《おほやま》、有り、「白頭山(はくとう《さん》)」と名《なづ》く。自然と、人參を生ず。最上なり。其の葉と花は、和人參《わにんじん》と相《あひ》似て、實(み)は、異《こと》なり。初《はじめ》は青く、熟≪せば≫、赤《あか》≪く≫圓《まろ》≪く≫、南天の實《み》のごとし。其《その》根、胡蘿萄(にんじん)に似て、白色。甘草の汁をして、蒸乾《むしほ》≪せば≫、黃色ならしめ、亦、益《えき》す。其味、頭《かしら》の𨕙(めぐ)り、橫文《わうもん》、有り。體《たい》、重く、實《じつ》≪に≫して、中《なか》も亦、潤《うるほひ》黃《き》なる者を、上《じやう》と爲《なす。》年を經る者は、大にして、愈(《いよ》いよ[やぶちゃん注:送り仮名に踊り字「〱」がある。])、佳《よ》し。人の形に似たる者も亦、百斤[やぶちゃん注:六十キログラム。]中、一、二本、有り。此《これ》、「神《しん》」[やぶちゃん注:極めて珍しいもの。]、有《ある》と雖も、而≪れども≫、甚だ≪には≫佳《か》ならず。咸鏡道(かがんどう[やぶちゃん注:ママ。])より出《いづ》者は、潤《うるほひ》≪て≫白《しろく》、透通(すきとほ)り、極上と爲《なす》。最《もつとも》、鮮(すくな)し。

判事(ハンス)人參 是《これ》も亦、白頭山の產にして、韃靼より出《いづ》る。而≪れども≫、未だ、修治の良方を知らず。故《ゆゑ》に、功、稍《やや》、劣れり。

蝦手(えびで)人參 右に同じ。蓋し、韃靼の土地は、水、清《きよ》からず、毒、多し。故《ゆゑ》、其《その》富儫《ふがう》の者は、常に、人參を井中《ゐちゆう》に浸《ひた》し、其水を用ふ。更に、人參を採出《とりいだ》≪し≫、之を、販(う)る。故《ゆゑ》、飴色(あめ《いろ》)を帶《おび》て、尾の耑(はし)、曲(まが)り、蝦の形に似たり。所謂《いはゆ》る、「湯人參」の類《たぐひ》か。

唐人參《たうにんじん》 卽ち、中𬜻の產。山西(サンスイ)の潞安《ろあん》【古への上黨《じやうたう》。】北京(ポツキン)の永平(ヨンピン)、雲南(イユンナン)の姚安(テウアン)、共(とも)に、上と爲《なし》て、種を下《くだ》し、植成《しよくせい》す。故に、功、朝鮮の自然生《じねんしやう》の者に、如《し》かず。其《その》大なる者、俗、呼《よん》で、「唐大《たうだい》」と曰ふ。

小人參《しやうにんじん》 大人參の中より擇出《えらびいだ》し者に≪は≫非ずして、本《もと》、自《おのづか》ら一種の小《ちさ》き者≪なり≫。其《その》根、長さ、一、二寸許《ばかり》。猶《なほ》、罌粟(けし)と美人草《びじんさう》と≪の≫ごとし。近年、來らず。俗、「尾人參(ひげ《にんじん》)」を以て、「小人參《しやうにんじん》」と稱《しやう》≪するは≫、非なり。

凡そ、「大人參」≪の≫老する者は、則《すなはち》、大にして、功、勝《まさ》れり。嫩(わか)き者は、小にして、力《ちから》、劣る。體《からだ》、輕虛《けいきよ》にして、色、枯白《こはく》[やぶちゃん注:ひねこびて白くなったもの。]なる者を、俗、「浮虛人參(ぶく《にんじん》)」と謂《いふ》≪も≫、効、無し。

 

[やぶちゃん注:一向に、「漢籍リポジトリ」の一月からの不通が回復しないので、仕方がないから、「維基文庫」の「本草綱目」の「草之一 卷十二上 山草類上【三十一種】」に当たることにした。しかし、これが不本意なのは、原本画像が並置されていないことと、活字起こしが必ずしも信用出来ないからである。

 まず、本篇は、明らかに、薬用を主眼とした「人參」であるから、所謂、チョウセンニンジン(朝鮮人蔘)であって、その主解説の種は、本邦でお馴染みのセリ目セリ科ニンジン属ニンジン(ノラニンジン:野良人参/野生種)Daucus carota亜種ニンジンDaucus carota subsp. sativus ではなく、

セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng

である。平凡社「世界大百科事典」(初版)の「チョウセンニンジン(朝鮮人参)」」から引く(コンマは読点に代えた)。『根を薬用とすることで著名なウコギ科の多年草。ヤクヨウニンジン(薬用人参)とも呼ばれ、江戸幕府の薬園に栽培したのでオタネニンジン(御種人参)ともいう。また単にニンジンともいうが、野菜のニンジン(人参)とはまったく別種である。年数を経たものは草丈約60cmとなり、茎の頂部に長い葉柄をもち、5小葉からなる掌状葉を46枚輪生する。夏季、茎頂から1本の細長い花茎をのばし、先端の散形花序に淡黄緑色の小さい花をつける。秋季に、小さい球形の果実が赤色に熟する。根は年々ゆっくりと肥大し、発芽後数年を経過した株では、長さ1020cm、太さ23cmに肥大する。先は指ほどの太さで数本に分岐し、この形が人間の体に似るので人参という。中国東北地方や朝鮮に分布するが、薬用植物として栽培もされる。野生のものは生長が遅く、成分が強いとされ、高価なものである。古くは、根の形が人体に似たものほど薬効が高いとされ珍重された』。『また』、『日本での栽培は、享保年間(171636)に始まり、長野、島根、福島などで良品を産出する。栽培は冷涼で湿潤、かつ弱光条件を好むので、東西に畝を作り、覆いをして北側だけをあけて、陽光を調節する。11月に種子をまくか、別途に苗を養成して移植する。播種(はしゅ)後4年ないし7年で収穫する。洗って細根をとりさり、そのまま、あるいは漂白し、乾燥したものが白参(はくじん)で、白っぽい色をしている。掘ってからよく洗い、細根をとりさって蒸して、天日あるいは弱い火力乾燥をしたものが茶色の紅参である。このほか糖液につけてから乾燥した糖参などいろいろな調製法がある』。以下、「薬用」の項。『人参は毒性がほとんどなく、万病に効果があるとされる。根にはサポニン、配糖体であるギンセノサイド類、ステロイド、ビタミン B 群、コリンなどが含まれる。他の生薬と配合して滋養、強壮、強心、強精、健胃、鎮静薬として賞用され、新陳代謝機能の低下に賦活薬として用いる。含有エタノールエキスは副腎皮質機能を強化し、大脳皮質を刺激してコリン作動性を増強し、血圧降下、呼吸促進、インシュリン作用増強、赤血球数やヘモグロビン増加の効果がある。またギンセノサイド類には DNA 合成促進作用、中枢抑制作用、中枢興奮作用、溶血防御作用、溶血作用など、ときによって相反する薬効を示す諸物質が含まれる。アメリカ東部産のアメリカニンジン P.quinquefolia L.(英名 American ginseng)も薬用に利用され、チョウセンニンジンに劣らない薬効があるとされ、広東人参(洋参)と呼ばれる。また三七人参』(サンシチニンジン)『は P. notoginseng (Burk.) F. H. Chen の地下部で、主として止血、鎮痛、消炎、近年は強心、肝疾患などに、竹節人参はトチバニンジン P.japonicum C. A. Mey. の根茎で、去痰、解熱、健胃に用いられる』。以下、「歴史」の項。『朝鮮では高麗人参ともいう。日本の正倉院の宝物にも見えるように、古来、不老長寿、万病の薬として漢方では最高の位置を占めた。朝鮮の特産物として人参は王室への進上物や中国への貢納には』、『必ず』、『含められ、また日朝貿易でも主力商品となり』、時『には対外交易において銀貨の代用物とされた。朝鮮では採取量がふえるにつれて、山中に自生する人参の枯渇が心配され、人工栽培が14世紀末には開城で本格化したことが、李時珍』の「本草綱目」『などに記載されている。以来、開城人参が有名になった。一度栽培した土地では地味が消耗するため、数十年』、『人参栽培はできない。今日では開城のほか、江華島や忠清南道錦山などで大量に栽培され、海外への輸出も多い。栽培種の達参(ポサム)より』、『自生の山参(サンサム)のほうが』、『はるかに貴重とされているが、山参を見つけるのは難しく、親の病を治すための山参採りの孝行話は古くから数多い。山参採取を業とする人々はシムマニとよばれ、身を浄めて入山し、隠語を使い合って山参を探す。両江道、平安道、江原道などでは今日でも山参採取が続けられている』。『日本でも江戸時代には朝鮮人参の需要が高まり、人工栽培も行われ、また』、『人参の専売権をもつ人参座』(にんじんざ)『が成立した。人参は高価であったため、近世には〈人参飲んで首くくる〉という成句が、身分不相応な出費のために身を滅ぼすことのたとえにされたほどである』。『日本で朝鮮人参の栽培が初めて成功したのは1728年(享保13)、日光今市の御薬園においてであったという』(「国指定名勝会津松平氏庭園 御薬園」公式サイトの「御薬園の始まりと歴史」に拠れば、この年に、『対馬藩が献上した60粒余を日光山に栽培したのが成功し、種子が実りました。そのため日光山麓今市市に栽培場をつくらせるようになりました』とあった)『その後の発展には本草学者田村藍水の努力が特筆される。37年(元文2)、幕府より種子を拝領して試植して以来、彼は《人参譜》《人参耕作記》《参製秘録》などを著してその普及に寄与した。国産物の薬効に対する疑問には、藍水の弟子平賀源内の編になる《物類品賦(ひんしつ)》に反論が見える。広東人参も47年(延享4)以降、清国商人の手で到来していた。これは実は、1710年代にイエズス会士ラフィトー J. F. Lafitau16811740)がカナダで発見したアメリカニンジンが、フランス東インド会社によって中国広東に輸出されたものであった。フランス本国でも』、『このころには朝鮮人参(その大半はおそらくアメリカニンジン)が知られていたようで、《百科全書》に L. C. de ジョクールが1項をさいて論じているほか、ginseng の語は62年』、『アカデミー・フランセーズによって公認されている』。『なお』、『薬効高く形が人間に似る朝鮮人参には、中国では古来さまざまな伝説が語られているが、特に《大唐三蔵取経詩話》や明刊本《西遊記》に見える人参、人参果を、西洋での類似の妖草マンドラゴラ伝説のアラブを介した東漸と関連づける説(中野美代子《孫悟空の誕生》1980ほか)は傾聴に値しよう』とある。また、当該ウィキ(標題は「オタネニンジン」)で補完すると(注記号はカットした)、「名称」の項に、『本種は元来「人蔘」と称され、中国、朝鮮半島、および日本で旧くから広く知られる薬草であった。枝分かれした根茎の形からヒトの姿が類推されて名称の由来とされる』。『10世紀前半の「和名類聚鈔」の『巻20「草類」に、人参に関して和名が「加乃仁介 久佐」(カノニケ草)と記される』とある。

 ここで、同書の「卷二十」の「草木部第三十二」の「草類第二百四十二」のそれを、国立国会図書館デジタルコレクションの寛文七 (一六六七)年板の当該部で視認して、推定訓読すると(標題下のものはルビの右/左)、

   *

人參(カノニケクサ/クマノイ)  「本草」に云はく、『「人參《にんじん》」、一名は「神草《しんさう》」【和名、「加乃仁介久佐《かのにけくさ》」。一名、「久末乃伊《くまのい》」。】』≪と≫。

   *

ここに出る「くまのい」という和訓は、お馴染みの「熊の膽(胆)」で、クマの胆汁を乾燥したものを指す語で、古くより、中国で用いられ、本邦でも、飛鳥時代から利用されてきた経緯から、「神効を持つ霊薬」として並称され、名も転用したものと思われる。ウィキに戻す。

   *

『朝鮮語では漢字語の「인삼」を多用し、特に貴重な野生物を「山蔘」(산삼)と称する。別の固有語名称で「シム」(심)もあるが、現代朝鮮語では職業「山蔘採取者」の意味で「シンマニ(朝鮮語版)」(심마니)、感嘆詞で「良いものを見つけた」の意味で「シンバッタ」(심봤다!)、などが僅かに残る。中国東北部では「木槌」「洗濯棒」の意味で「棒槌」(bàngchuí)と称する』。「御種の由来」の項。『「御種人蔘」が冠する「御種」(おたね)は由来が諸説伝わる』。

・『江戸時代の3代将軍徳川家光の時代に、関東地方の日光で栽培に成功し、江戸幕府が各藩に「種子」を与えて「御種人参」と称した』。

・『江戸幕府の8代将軍徳川吉宗が対馬藩に命じて朝鮮半島で種子と苗を入手させ、試植、栽培して』、『結実後に各地の大名に種子を分け与えて栽培を奨励し、これを敬って「御種人参」と称した』。

さても、『日本国内で栽培成功以前の「人蔘」は、朝鮮半島から輸入した』。以下、「人蔘とニンジン」の項。『元来「人蔘」は本種』オタメニンジン『を指したが、江戸時代以降に舶来野菜として広まったセリ科の根菜“胡蘿蔔”(こらふ、現代のニンジン』(セリ目セリ科ニンジン属ニンジン(ノラニンジン)Daucus carota 亜種ニンジン Daucus carota subsp. sativus )『は、本種と同じく肥大化した根茎を使用するため、類似視して「せりにんじん」など称した』。『「せりにんじん」は時代が進むと基本野菜として広く普及し、「にんじん」と称する事例が多くなった。時代とともに医学が西洋化すると』、『本種の使用例は減少し、日本語で「人蔘」は「せりにんじん」を指すことが一般となった』。『のちに区別を明らかにするため、本種は明示的に拡張した「朝鮮人蔘」と称することが一般となった(レトロニム)。』(retronym[:ある語の意味が、時代とともに拡張・変化した場合に、古い意味の範囲を特定的に表わすために、後から考案された語のことを指す語)。『戦後に日本の人蔘取扱業者は、輸入元の大韓民国で忌避される「朝鮮」を避けて「薬用人蔘」と称したが、後年に「薬用」は薬機法に抵触すると行政指導を受けて「高麗人蔘」へ切り替えた』とある。

 最後に、例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイト内の「生薬の玉手箱 | 人参(ニンジン)」(起原は、オタネニンジン Panax ginseng C.A.Meyer (ウコギ科 Araliaceae)の根とする)をシメとして引用して総論を終わる。

   《引用開始》

 人参は中国医学の中で最も有名な生薬といっても過言ではないでしょう。世界中にジンセンの名前で知れわたっています。

 人参は『神農本草経』の上品に収載され、古来補薬として珍重されてきました。もとは朝鮮民族の薬物であって、陶弘景も高麗のものが最も品質が良いと記載しています。このようないきさつから、中国では古来品不足であったことが考えられ、根の形が似ている多くの偽物が出回っていたようです。宋代の『図経本草』にも4種類の異なった図が描かれ、それぞれ科も異なるまったく違った植物と思われます。その中で品質が良いとされている上黨(今の山西省路安)産の人参(路州人参)の図が正品であるオタネニンジンを描いたものと判断されますが、現在ではその地には産しません。

 偽物が多かったためか、人参には興味ある真偽鑑別法が記載されています。『図経本草』に「言い伝えによると、上黨の人参を試すには二人の人間を同時に走らせ、一人には人参を口に含ませ、そうして3〜5里も走ると人参を口に含まなかったものは必ず大きく喘ぐが、含んでいた者の気息はごく自然である。これが真物の人参である」というものです。

 人参は日本でも古くから有名であったようで、江戸時代には病身の親のために身売りしてまで入手したという話はよく耳にします。人参はそれほど優れた効果があったものと考えられますが、近年ではそうした劇的な効果があったということを聞きません。人参の化学成分や薬理学的な研究は世界中でなされていて、おそらくあらゆる生薬の中で飛び抜けて報告数が多いのではないかと思われますが、未だにそれらしい有効成分が見つかってはいないようです。現代人は昔に比べると栄養状態が良くなり、以前のような人参適応者がいなくなってしまったことが理由であるとする考え方もありますが、ただ、以前すばらしい薬効があるとされていた人参はまぎれもなく野生人参で、今われわれが使用している人参はまぎれもない栽培人参である事実を忘れてはならないでしょう。

 現在わが国では福島県、長野県、島根県などでオタネニンジンの栽培をしていますが、近年は安価な中国産に押されぎみで、産地は価格の低迷にあえいでいるようです。一方、産地では品質に関しては分岐せずにすっと伸びた胴長のものが好まれていますが、これは紅参として輸出する際の規格に左右されているのであって、薬効の多少とは関係がありません。実際、形が悪くてもより大きなものほど単位重量あたりのエキス含量は多い傾向にあるようです。以前はヒトの形をしたものに神効があると信じられてきましたが、今ではそのようなものは加工面で嫌われています。これも時代の流れでしょうか。現在市場では栽培年数の長くて大型のものが良質品として取り扱われています。

 また加工面では、そのまま乾燥した「生晒参」(生干し人参)、軽く湯通しして外皮を剥ぎ取って乾燥した「白参」、内部の色が変色するまで湯通しした「御種人参」、長時間蒸してから乾燥した「紅参」などがあり、日本薬局方では前3者を「人参」とし、「紅参」と区別しています。その他、中国では氷砂糖汁に漬けた後に乾燥した「糖参」があります。

 今や野生人参を入手することはきわめて困難になっていますので、研究はおろか少量を服用することすら困難ですが、人参は昔からすばらしい薬物とされてきただけに、さらなる薬効と品質に関する研究が進むことを私たちも期待しています。

 人参は中国医学の中で最も有名な生薬といっても過言ではないでしょう。世界中にジンセンの名前で知れわたっています。

 人参は『神農本草経』の上品に収載され、古来補薬として珍重されてきました。もとは朝鮮民族の薬物であって、陶弘景も高麗のものが最も品質が良いと記載しています。このようないきさつから、中国では古来品不足であったことが考えられ、根の形が似ている多くの偽物が出回っていたようです。宋代の『図経本草』にも4種類の異なった図が描かれ、それぞれ科も異なるまったく違った植物と思われます。その中で品質が良いとされている上黨(今の山西省路安)産の人参(路州人参)の図が正品であるオタネニンジンを描いたものと判断されますが、現在ではその地には産しません。

 偽物が多かったためか、人参には興味ある真偽鑑別法が記載されています。『図経本草』に「言い伝えによると、上黨の人参を試すには二人の人間を同時に走らせ、一人には人参を口に含ませ、そうして3〜5里も走ると人参を口に含まなかったものは必ず大きく喘ぐが、含んでいた者の気息はごく自然である。これが真物の人参である」というものです。

 人参は日本でも古くから有名であったようで、江戸時代には病身の親のために身売りしてまで入手したという話はよく耳にします。人参はそれほど優れた効果があったものと考えられますが、近年ではそうした劇的な効果があったということを聞きません。人参の化学成分や薬理学的な研究は世界中でなされていて、おそらくあらゆる生薬の中で飛び抜けて報告数が多いのではないかと思われますが、未だにそれらしい有効成分が見つかってはいないようです。現代人は昔に比べると栄養状態が良くなり、以前のような人参適応者がいなくなってしまったことが理由であるとする考え方もありますが、ただ、以前すばらしい薬効があるとされていた人参はまぎれもなく野生人参で、今われわれが使用している人参はまぎれもない栽培人参である事実を忘れてはならないでしょう。

 現在わが国では福島県、長野県、島根県などでオタネニンジンの栽培をしていますが、近年は安価な中国産に押されぎみで、産地は価格の低迷にあえいでいるようです。一方、産地では品質に関しては分岐せずにすっと伸びた胴長のものが好まれていますが、これは紅参として輸出する際の規格に左右されているのであって、薬効の多少とは関係がありません。実際、形が悪くてもより大きなものほど単位重量あたりのエキス含量は多い傾向にあるようです。以前はヒトの形をしたものに神効があると信じられてきましたが、今ではそのようなものは加工面で嫌われています。これも時代の流れでしょうか。現在市場では栽培年数の長くて大型のものが良質品として取り扱われています。

 また加工面では、そのまま乾燥した「生晒参」(生干し人参)、軽く湯通しして外皮を剥ぎ取って乾燥した「白参」、内部の色が変色するまで湯通しした「御種人参」、長時間蒸してから乾燥した「紅参」などがあり、日本薬局方では前3者を「人参」とし、「紅参」と区別しています。その他、中国では氷砂糖汁に漬けた後に乾燥した「糖参」があります。

 今や野生人参を入手することはきわめて困難になっていますので、研究はおろか少量を服用することすら困難ですが、人参は昔からすばらしい薬物とされてきただけに、さらなる薬効と品質に関する研究が進むことを私たちも期待しています。

   《引用終了》

 なお、「本草綱目」からの引用は、「草之一」の「人參」(リンク先は「維基文庫」の当該項)のパッチワークである。

「人薓(《にん》じん)」「廣漢和辭典」の「薓」の「解字」に拠れば、この「𣺎」という漢字は、『次第に増し加わるの意。年とともに根が成長する野菜』、旧の広義での『にんじん』のこととする。

「人䘖《にんがん》」東洋文庫訳では、『人銜(にんがん)』となっており、「維基文庫」でも『人銜』である。これは「神農本草經」の上品に収載されてあり、『人參、一名人銜、一名、鬼蓋』とあった。しかし、やはり、原本で確認しないで、良安や彫師の誤りとするわけには行かない。そこで、本邦の板本であるが、

「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」の寛文一二(一六七二)年刊の当該部

で検証した。やってよかった!

そこでは――慥かに――「人」――となっていたのである!

而して、この「」は「銜」の異体字であり、この漢字は、第一義が、馬の口に含ませて手綱を附ける金具である「くつばみ」「はみ」である。これは、「世田谷区」公式サイト内の「喜多見中通遺跡出土馬具(ばぐ)」に模式図があるが、左右に丸い輪が附いたものであり、

この半分を(朝鮮)人参の根の形に擬えたものではないか?

と私は判断する。

「海腴《かいゆ》」中文の「漢典」の「海腴」に『人参的别称』とし、使用例として、宋の蘇軾の詩「人參」から『玄泉倾海腴 白露洒天醴』が引用されていた。

「鬼葢《きがい》」前の前で注した通り、「神農本草經」で「人參」の別名である。ひねこびた奇体(≒「鬼」)な「葢」(ふた)のようなもので、想像を絶する神効(≒「鬼」)があるものという意味か。

「皺面還丹《しゆうめんかんたん》」意味を明らかにする記事を見出せなかったが、「『皺』だらけの人のような『面』(つら)をした根であるが、法術の仙『丹』に匹敵する神効を有するという意味に採ることが出来よう。

「甘草《かんざう》」先行する「甘草」を見よ。

「人參、有る𠙚《ところ》、上に、紫《むらさき》の氣、有り、揺光星《やうくわうせい》の≪光≫、散じて、人參と爲《な》る」「東洋文庫訳」では、『人参のある処では上に紫の気があり、揺光(ようこう)星(北斗七星の中の第七星)の光が散じて人参となる、という。』とある。

「椵樹《かじゆ》【桐に似て、甚だしく、大なり。】」「卷第八十七 山果類 櫠椵」を見られたい。そこで、さんざん、考証しても、種に辿りつかなかった。

「互市《ごし》」当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした)、『互市(ごし)とは、中国の歴代王朝が国境地点にもうけた公認の対外交易場である。またここから転じて、明朝後期から清朝期にかけての、中国の対外貿易システムを指すこともある』。『漢代には、互市で南越や匈奴、鮮卑』(せんぴ:紀元前三世紀から中国北部と東北部に存在した騎馬民族。五胡十六国時代・南北朝時代には、大移動で南下し、華北の国々を征服、中国に前燕・北魏などの王朝を建てた)『と交易を行っていたことが確認されている。唐代では、対外貿易を行う海港を市舶とし、港における互市を管理させた』。『明朝は当初、海禁政策を取り、朝貢によらない私貿易を厳禁した。日明貿易で行われた勘合貿易は、中国側にとっては朝貢貿易の一環であった。しかし16世紀後半になると』、『後期倭寇により海禁政策は行き詰まり、朝貢によらない私貿易を容認した。これは次の清朝にも引き継がれ、朝貢体制の外側に、外交を伴わない形での互市体制が作られることになる。江戸時代の日本も互市体制のもとで清朝側と貿易を行った』。但し、『清朝は海禁を完全に解いて自由貿易を認めたわけではなく、様々な規制を設けて管理しようとした。その一つが』、『欧米との貿易を広州のみに絞った広東貿易体制である。だが』、『こうした規制の試みはアヘン戦争の敗戦とその結果の南京条約により、放棄されていった』とある。以下、「清代に互市が行われた主な地点」として、キャフタ(ロシア連邦を構成するブリヤート共和国の都市。ここ(グーグル・マップ・データ))・上海(江海関)・寧波(浙海関)・厦門(閩海関)・広州(粤海関)がリストされてある。

「薺苨《せいねい》」多年草本のキキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ(岨菜・蕎麦菜・杣菜) Adenophora remotiflora当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『和名は「杣菜(そまな)」と漢字で書かれ、杣は木こりのことを指した言葉で、山道に生える菜の意味がある』。『日本では本州、四国、九州に、アジアでは朝鮮半島、中国に分布する。平地沿いの低山から山地の草原や林内、林縁、沢沿いなどの、やや湿った傾斜地などに、大小の集団を作って自生する』。『茎は』、『やや傾斜して直立し、高さは40 - 100センチメートル』『ほどになり、中空で折ると白い乳液が出る。乳液はキキョウほど強くはない。葉は茎に互生し、茎の下部につく葉には葉柄がある。葉柄のつく葉の形は広卵形で、花がつく茎の上部は広披針形になり、いずれも葉の先は尖り』、『基部はほぼ円形、縁は』、『はっきりした鋭い鋸歯状がある。ほとんど無毛で、若葉のときは強い光沢がある』。『花期は夏(8 - 9月ごろ)。枝の先が分かれて青紫色の円錐状に近い鐘形の花を』、『やや』、『まばらに咲かせる。大きい株になると』、『枝を数段に互生させ、多数の花をつける。花の』萼『片は披針状で全縁。雌しべは突出する。花冠の先は5裂し、先端は少し反り返る』。『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて』、『水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないため』、『さまざまな料理に使える。歯切れがよく』、『美味であり、飢饉の時には』、『蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測される。花』も『軽く茹でて』、『酢の物にできる』とあった。

「細辛《さいしん》」双子葉植物綱コショウ目ウマノスズクサ(馬の鈴草)科カンアオイ(寒葵)属ウスバサイシン(薄葉細辛)Asarum sieboldii 、又は、オクエゾサイシン(奥蝦夷細辛)変種ケイリンサイシン(鶏林細辛)Asarum heterotropoides var. mandshuricum (後者は中国には分布しない)の根及び根茎を基原とするもので、漢方薬品メーカー「つむら」の公式サイト「Kampo View」の「細辛」に拠れば、『主として、胸部、横隔膜のあたりに病邪のとどまっているもの、水毒(水分の偏在)を治す』とある。

「淋過《りんくわ》≪し≫たる竃《かまど》の灰」この科学的な機序に就いては、石川英輔氏のエッセイ「土に還る(3)灰の行方」PDF)に詳しいので、見られたい。

「藜蘆《れいろ》」先行する「草類 藥品(5) 藥七情」の当該注を見られたい。

「五靈脂《ごれいし》」既注だが、再掲しておく。中国に棲息する哺乳綱齧歯目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista の糞を基原とした生薬。「金澤 中屋彦十郎藥局」公式サイト内のこちらによれば、『成分としてはビタミンA類、その他で』、『炒りながら』、『酢や酒を加え、乾燥したものがよく用いられる』。『かつては解毒薬として蛇、ムカデ、サソリ等に咬まれたときに外用した』とある。

「皂莢《さうきやう》」「卷第八十三 喬木類 皂莢」の私の注を見よ。

「升麻《しやうま》」キンポウゲ目キンポウゲ科サラシナショウマ属サラシナショウマ Cimicifuga simplex の根茎を天日乾燥させたもの。ウィキの「サラシナショウマ」によれば、これは、『発汗、解熱、解毒、胃液・腸液の分泌を促して胃炎、腸炎、消化不良に効果があるとされ』、各種『漢方処方に配剤されている』とあり、さらに、『民間では』、一『日量』二『グラムの升麻を煎じて、うがいに用いられる』とする。さらに、『なお、本種に似たものや、混同されて生薬として用いられたものなど、幅広い植物にショウマの名が用いられている』とある。最後の部分は、ウィキの「ショウマ(植物の名)」も参照されたい。

「上焦」漢方で六腑の一つとして措定される架空の臓器部分を言う「三焦」の一つ。「上焦」・「中焦」・「下焦」の三つからなり、「上焦」は「心臓の下、胃の上にあって飲食物を胃の中へ入れる器官」とされ、「中焦」は「胃の中脘(ちゅうかん:本来は当該部のツボ名)にあって消化器官」とされ、「下焦」は「膀胱の上にあって排泄をつかさどる器官」とされる。因みに、所謂、「病い、膏肓に入る。」の諺の「膏肓」とは、この「三焦」を指し、これらが人体の内、最も奥に存在し、漢方の処方も、そこを原因とする病いの場合、うまく届けることが困難であることから、医師も「匙を投げる」部位なのである。

「茯苓」先行する「茯苓」を見よ

「黃茋」これは、「黃芪(わうぎ)」とも書く。マメ目マメ科ゲンゲ属キバナオウギ Astragalus membranaceus の根を基原とする生薬。当該ウィキによれば、『止汗、強壮、利尿作用、血圧降下等の作用がある』とある。

「麥門冬」単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科 Ophiopogonae 連ジャノヒゲ属ジャノヒゲ Ophiopogon japonicus の根の生薬名。現行では、これで「バクモンドウ」と濁る。鎮咳・強壮などに用いる。

「乾薑《かんきやう》」「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。

「韃靼(だつたん)」タタール。蒙古系部族の一つ。八世紀に東蒙古にあらわれ、モンゴル帝国に併合された。宋では、蒙古を「黒韃靼」、オングート(同じくモンゴル帝国以前から元代にかけて存在した遊牧民族)を「白韃靼」と称し、明では、元滅亡後、北に逃れた蒙古民族を「韃靼」と呼んでいた。

「白頭山(はくとう《さん》)」白頭山(ペクトゥサン)は、朝鮮民主主義人民共和国の両江道と、中華人民共和国の吉林省の国境地帯にある標高二千七百四十四メートルの火山。別名を「長白山(ちょうはくさん)」とも言う。天池の両側に、朝鮮半島と中国東北部の最高峰がある。ここ(グーグル・マップ・データ)。抗日ゲリラの拠点であったことから、革命の聖地とされる。

「判事(ハンス)人參」良安の言い方からみて、全く同一種であるようには読めないが、ネットで検索しても、出てこないから、正体は判らない。「国書データベース」の「和漢人參考」という本の、ここで、見つけた。謙齋の著で、滕(とう)玄順の補になる、文化九(一八一二)年板(浪華加賀屋善蔵)のもので、印記があり、旧蔵者の一人は、かの、森鴎外であった。その内容を見ると、これがあった。漢文(訓点附属)のまま、以下に示して、お茶を濁すこととした(「𧢲」「⻆」は「角」の異体字)。

   *

判事

西章云是人參也和俗稱半事舶上謂二羊𧢲參【非白條參羊⻆參也】形色最モ美ナリ黃潤明亮雖ㇾ可ㇾ充上黨參ニモ氣味俱薄不ㇾ如朝鮮朝鮮新山商人人僞稱

   *

「蝦手(えびで)人參」小学館「日本国語大辞典」に拠れば、読みは、『えびで‐の‐にんじん』で、漢字表記は『海老手人参』とあり、『朝鮮半島の白頭山に産するチョウセンニンジン。あめ色を帯び、曲がった形がエビに似ているのでいう。朝鮮人参。』とあり、初出例として、浄瑠璃の「博多小女郞波枕」(享保三(一七一八)年)の「上」から、『仕合すれび気の薬、海老(ヱビ)での人参(ニンジン)五箱で卅斤』を引いている。しかし、本「和漢三才図会」の全巻成立は正徳二(一七一二)年であるから、初出例としては、本書の方が百科事典でもあるから、正当に優に先行するものである。

「湯人參」「日本薬学会」公式サイトの「薬学用語解説」の「人参湯類 にんじんとうるい Ninjinto group」に、『漢方処方の分類で、「人参(にんじん)」を主薬とする処方群である。人参は健胃、強壮作用、免疫賦活作用などを有し、虚証の治療に重要な生薬であり、人参湯類の使用目標は「胃腸の気を補い、消化機能低下や冷えを改善するもの」と、共通している。代表的な処方である人参湯は、胃腸虚弱、冷え性、食欲不振、嘔吐、胃痛などに用いる。また、口中に薄い唾液がたまって気持ちが悪い場合にも用いられる。大建中湯(だいけんちゅうとう)は、血流を増し、消化管を刺激し、体を温め、消化管の緊張を調節するなどの作用があり、冷えによる腹痛、腹部膨満感がある場合に用いる。また、開腹手術後の腸閉塞(イレウス)の予防を目的として頻用されている。四君子湯(しくんしとう)は、胃腸虚弱で胃内停水があり、食欲不振で虚証で気力・体力が衰えた場合に用いる。六君子湯(りっくんしとう)は、四君子湯に陳皮(ちんぴ)と半夏(はんげ)を加えたものであり、応用範囲は四君子湯よりも広く、胃のもたれやうつ症状のある人に用いる。茯苓飲(ぶくりょういん)は、吐き気や胸やけ、げっぷ、食欲不振などの症状があり、胃腸内にたまったガスを容易に排出できない場合に用いる。』とあったが、この類いであろうか。

「唐人參《たうにんじん》」小学館「日本国語大辞典」に、『唐人参』に、『中国産の人参で朝鮮人参の類。』とし、初出例に雑俳の「うたゝね」(元禄七(一六九四)年)から、『客は聟唐人参の引肴』を引いてある。

「山西(サンスイ)」(拼音:以下同じ)Shānxī で、音写で「シァン シィー」である。

「潞安《ろあん》【古への上黨《じやうたう》。】」現在の山西省長治市(グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)の内。

「北京(ポツキン)」Běijīngで、音写は「ペイジン」。当該ウィキの「北京の読み方」に拠れば(注記記号はカットした)、『日本では一般的に「ペキン」と読む。この読みは中国南部の方言の唐音に由来する歴史的な読み方である。1906年制定の郵政式アルファベット表記でもPekingと表記されている。 中国の共通語である普通話では、Zh-Beijing.ogg Běijīngと発音し、カタカナに転記すると「ペイチン」。英語では Beijing と表記し、 [beɪˈdʒɪŋ] 「ベイジン」と発音している。国連や北京市の公式サイトにおいても、Beijing を英語の名称として採用している。ただ』、『以前は英語圏でもPeking「ピーキン」という表記を多用していたこともあり、北京大学を英語で Peking University と表記するなど、その名残を残している』とあり、別に、『江戸時代の書物(江原某『長崎虫眼鏡』など)では、「北京」のふりがなは「ほつきん(発音はホッキン)」となっている。幸田露伴の小説「運命」では読みを漢音で「ほくけい」としている。諸橋轍次「大漢和辞典」では「ほくけい」「ぺきん」の二つの読みを併記している。「ほっけい」とも言う。』とあった。

「永平(ヨンピン)」Yǒngpíngで、音写は「イォンピィン」。現在の北京市永平小区の内か。

「雲南(イユンナン)」Yúnnánで、音写は「ユインナァン」。

「姚安(テウアン)」Yáoānで、音写は「ィアォ」。現在の雲南省楚雄イ族自治州にある姚安県(ようあんけん)。ここ

「小人參《しやうにんじん》 大人參の中より擇出《えらびいだ》し者に≪は≫非ずして、本《もと》、自《おのづか》ら一種の小《ちさ》き者≪なり≫。其《その》根、長さ、一、二寸許《ばかり》。」実は、次の項目が「髭人參」で、そこに『小人參』を俗称としてある。そちらで、細かに考証するが、今、即席に調べてみた限りでは、良安が「自ら一種の小き者」と言っているような、独立種ではないようである。則ち、チョウセンニンジンの細い根を除去した製品であり、単に処理工程がことなるだけの、同種の加工品を指しているものを指すものと断言してよい。

「猶《なほ》、罌粟(けし)と美人草《びじんさう》と≪の≫ごとし。」東洋文庫訳では、この箇所に訳者の割注があり、『(巻百三穀類、罌子粟および麗春花の項を見よ)』とある。しかし、その指示した巻は、実に本植物部プロジェクトの終わりから一つ前の巻なのである。しかも、二種(並んではいる)について、ここで、注釈をすることになると、またまた、膨大な時間と労力が必要になる。そこまでやることは、私には、たまらんチンの100乗で、無理である。そこで、取り敢えず、当該の二種の部分を、国立国会図書館デジタルコレクションで指示するに、留める。雑駁に言ってしまうと――同属ながら――似て非なるもの――なんである。「罌子粟」(こ奴は、キンポウゲ目ケシ科ケシ属ケシ Papaver somniferum言わずもがなの阿片(アヘン)の元であり、本文内で「阿片」が小項目として記されてある)はここで、「美人草」(こちらは、可憐な「虞美人草」=であるケシ属ヒナゲシ Papaver rhoeas )はここである。

2025/12/19

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 目録・山草類 上卷・黃耆

 

Ougi

 

わうぎ   黃茋 戴糝

      戴椹 芰草

黃耆   王孫 百本

    【耆長也色黃爲

     諸藥之長故名】

     【倭名夜波良】

ハアン スウ 久佐

 

綱目黃茋葉似槐葉而微尖小又似蒺藜葉而微濶大青

白色開黃紫花大如槐花結小尖𧢲長寸許根長二三尺

[やぶちゃん注:「𧢲」は「角」の元字。]

以緊實如箭簳者爲良嫩苗亦可𤉬淘茹食其子收之十

月下種如種菜法亦可有數種

 白水黃茋 赤水黃茋 綿黃茋 土黃茋

蓋白水赤水者共陝西之鄕名綿者出於山西沁州綿上

故名或云用其皮折之柔靱如綿者爲良乃謂之綿黃茋

木黃茋者短而理橫今人多以苜蓿根假之俗呼爲土黃

耆伹堅而脆味苦令人瘦黃耆柔而味甘令人肥大異用

者宜審木黃耆亦勿用

氣味【甘徵温氣薄味厚】 可升可降陰中陽也人參補中黃耆實

 表藥中補益呼爲羊肉其用有五補諸虛不足益元

 氣壯脾胃去肌熱排膿止痛活血內托陰疽爲

 瘡家聖藥元氣弱肥白而多汗者止之虛熱無汗

 則發之防風能制黃耆黃耆得防風其功愈大乃相畏

 相使也【伏苓爲之使悪𬹝甲白鮮皮】

[やぶちゃん字注:「𬹝」は「龜」の異体字。]

△按今藥肆不論出𠙚好悪皆號綿黃茋售之伹擇取切

 口黃色柔靱者可用是亦經年者爲堅實而不佳故新

 渡者良又出於倭者名富士黃耆經久則堅脆味亦不

 甘疑此苜蓿根矣不堪用故令售者禁止也

 

   *

 

わうぎ   黃茋《わうぎ》 戴糝《たいさん》

      戴椹《たいじん》 芰草《きさう》

黃耆   王孫《わうそん》 百本《ひやくほん》

    【「耆」は「長《ちやう》」なり。色、黃に

     して、諸藥の「長」爲す。故、名づく。】

     【倭名、「夜波良久佐《やはらぐさ》」。】

ハアン スウ

 

「綱目」に曰はく、『黃茋、葉、槐《えんじゆ》の葉に似て、微《やや》、尖《とが》り、小《ちさ》し。又、蒺藜《しつり》の葉に似て、微《やや》、濶(ひろ)く、大《おほき》く、青白色《せいはくしよく》。黃紫《きむらさき》の花を開く。大《おほい》さ、槐の花のごとく、小《ちさ》く、尖《とが》りたる𧢲《さや》を結ぶ。長さ、寸許《ばかり》。根の長さ、二、三尺。緊實《きんじつ》にして箭-簳(やがら)のごときなる者を以《もつて》、良と爲《なす》。嫩《わかき》苗≪も≫亦、𤉬(ゆ)で[やぶちゃん注:「茹で」に同じ。]、淘《よな》≪ぎて≫[やぶちゃん注:水で綺麗に洗い流して。]、茹-食(くら)ふべし。其《その》子《み》、之《これ》を收《をさ》めて、十月に、種《たね》を下《くだ》す。菜を種《うう》る法《はう》のごとくにして、亦、可なり。數種、有り。』≪と≫。

[やぶちゃん注:以下は、五つの名は、ブラウザの不具合を考えて、一行で分けた。]

『白水《はくすい》の黃茋《わうぎ》』

『赤水《せきすい》≪の≫黃茋』

『綿《めん》≪の≫黃茋』

『土《ど》≪の≫黃茋』

『蓋《けだ》し、「白水」・「赤水」とは、共に陝西の鄕《がう》の名なり。「綿」とは、山西《さんせい》の沁州《しんしう》綿上《めんじやう》より、出《いづ》る。故《ゆゑ》に名《なづく》るなり。或《ある》人の云《いは》く[やぶちゃん注:「人」は送り仮名にある。]、「其《その》皮を用《もちひ》て、之を折るに、柔-靱(しな)へて、綿のごとくなる者を、良《よし》と爲《なし》、乃《すなはち》、之を、『綿黃茋』と謂ふ。」と。「木黃茋」は、短《みじかく》して、理-橫(すぢざま)なり。今の人、多《おほく》、「苜蓿根《もくしゆくこん/むらさきむまごやしのね》」を以て、之に假(に)せる。俗、呼《よん》で、爲「土黃耆《どわうぎ》」と爲《なす》。伹《ただし》、堅《かたく》して脆《もろ》く、味、苦《にが》く、人をして瘦(や)させしむ。黃耆の《✕→は》、柔《やはらか》にして、味、甘く、人をして肥《こえ》れ《✕→せしむ》と、大《おほき》に異《こと》なり《✕→なれり》。用《もちふ》る者、宜《よろしく》、審(つまびら)かにすべし。「木黃耆」も亦、用ること、勿《なか》れ。』≪と≫。

『氣味【甘、徵温。氣、薄《うすく》、味、厚《あつ》し。】』『升《のぼ》すべく、降《くだ》すべく、陰中《いんちゆう》の陽《やう》なり。人參は、中《ちゆう》を補《おぎな》ひ、黃耆は、表《へう》[やぶちゃん注:皮膚。]を實《じつ》[やぶちゃん注:本来の正常な生き生きとした皮膚の状態を指す。]≪に≫す。藥中《やくちゆう》の補益、呼んで、「羊肉《やうにく》」と爲《なし》、其《その》用、五つ、有り。諸《もろもろ》≪の≫虛《きよ》≪の≫不足を補ふ【一つ。】。元氣を益す【二つ。】。脾胃《ひい》を壯《さう/さかん》にす【三つ。】。肌熱《ひねつ》を去る【四つ。】。膿《うみ》を排《のぞ》き、痛《いたみ》を止《と》め、血を活《かつ》し、陰疽《いんそ》[やぶちゃん注:東洋文庫訳の割注に『(表面に出ない瘍)』とある。]を內托《ないたく》す[やぶちゃん注:『膿を外へ追い出す力もないような』患者『の体力をつけて、体の内側の回復力(免疫力)を高めて、膿を排出させ、肉芽の形成を促進させる』こと。引用元等、必ず、後注を見られたい。]。瘡家《さうか》[やぶちゃん注:皮膚科医。]の聖藥と爲《なす》なり[やぶちゃん注:この「也」は割注の下にあるが、引き上げた。]【五つ。】。元氣、弱(《よ》は)く、肥白《ひはく》[やぶちゃん注:肉付きが強く、肌の色が白いこと。]にして、汗、多き者は、之を止《と》め、虛熱《きよねつ》にして、汗、無きは、則《すなはち》、之を發《はつ》す[やぶちゃん注:発汗させる。]。防風《ばうふう》、能く、黃耆を制し[やぶちゃん注:ここは、「最も効果的に制御し」の意。]、黃耆は、防風を得て、其功、愈(《いよ》いよ[やぶちゃん注:原本では「愈」の右下に踊り字「〱」がある。])、大なり。乃《すなはち》、相畏《あひおそ》れて、相《あひ》使《し》なり[やぶちゃん注:互いに相畏(そうい:互いに相手の作用を弱めることで、毒性や刺激性、副作用を軽減する配合のこと)であることを言う。「藥品(6) 相畏」を参照のこと。]【伏苓《ぶくりやう》、之れが使《し》と爲す。𬹝甲《きつかう》・白鮮皮《はくせんひ》を悪《い》む。】。』≪と≫。

△按ずるに、今、藥肆《やくし》に、出𠙚《しゆつしよ》・好悪《よしあし》を論ぜずして、皆、「綿黃茋《めんわうぎ》」と號《がう》して[やぶちゃん注:称して。]、之を售(う)る。伹《ただし》、切口《きりくち》≪の≫黃色にして、柔-靱(しな)へたる者を擇-取(えらびと)り、用《もち》ふべし。≪然れども、≫是《これ》亦、年《とし》經《へ》たる者は、爲(《た》め)に、堅實《けんじつ》にして、佳《か》ならず。故《ゆゑ》、新渡《しんわたり》の者、良し。又、倭《わ》より出《いづ》る者、「富士黃耆《ふじわうぎ》」と名《なづ》く。久《ひさしき》を經《へ》れば、則《すなはち》、堅《かたく》脆《もろ》く、味、亦、甘《あま》からず。疑《うたが》ふらくは、此《これ》、「苜蓿根」か。用《もちふ》るに、堪へず。故《ゆゑ》、售《う》り者をして、禁止しせし《むる》なり。

 

[やぶちゃん注:この「黃耆」=「黃茋」は二度ほど、注をしてあるが、独立項なので、詳細に解説する。まず、基原は、

双子葉植物綱マメ目マメ科ゲンゲ(紫雲英・翹揺)属キバナオウギ(黄花黄耆) Astragalus membranaceus の根

及び

ゲンゲ属ナイモウオウギ(黄花黄耆:別名モウコオウギ(蒙古黄耆))Astragalus mongholicus の根

で、「東京生薬協会」公式サイトの「新常用和漢薬集」の「オウギ (黄耆)」に拠れば、「産地」は『日本(北海道,岩手県),中国(内蒙古自治区,山西,黒竜江,河北省など),韓国,ロシアなどで栽培』するとあり、「性状」は『ほぼ円柱形を呈し,長さ 30 100 cm,径 0.7 2 cmで』、『ところどころに小さい側根の基部を付け,根頭部の近くはねじれている.外面は淡灰黄色 ~ 淡褐黄色で,不規則な粗い縦じわと』、『横長の皮目様の模様がある.折りにくく,折面は繊維性である.横切面をルーペ視するとき,最外層は周皮で,皮部は淡黄白色,木部は淡黄色,形成層付近は』、『やや褐色を帯びる.皮部の厚さは木部の径の約1/3 1/2で,細いものでは木部から皮部にわたって白色の放射組織が認められるが,太いものではしばしば放射状の裂け目となっている.通例,髄は認めない.』とし、『弱いにおいがあり,味は甘い.』とある。本文の選別に関わる点で、大事な部分は「選品」の項で、そこには『柔軟で質が緻密で甘味があり,香気の高いものが良い.質が粗雑で苦味があり,黒色をおびるものは良くない.』とする。「適応」の項には、『止汗,利尿,強壮の効を期待し,身体虚弱・皮下組織の水毒停滞を改善し,皮膚の増殖,排膿を目的とする薬方に配合する.』とあった(根・生体の写真有り)。因みに、「備考」に『基原植物の変種のタイツリオウギ A. membranaceus var. obtusus が日本に分布している.イワオウギ Hedysarum iwawogiは和黄耆として用いられたが』、『現在は共に正品ではない.』とある。

 さても。やはり、久しぶりに各個植物に戻ったので、最も信頼している神農子さんのものを引用させて戴く。「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 黄耆(オウギ)」である。

   《引用開始》

 黄耆は『神農本草経』の上品に収載された補益薬(補気薬)で、「味甘微温。主癰疽久敗瘡排膿止痛大風癩疾五痔鼠瘻補虚小児百病」と記載されました。現在でも「補中益気湯」「十全大補湯」「防己黄耆湯」など虚証を対象とした多くの重要処方中に高い割合で配合されています。華岡青洲方に収載されている「帰耆建中湯」での黄耆の役割も、気血を補い、肌を生かし、托裏排毒であるとされ、まさに『神農本草経』の記載のとおりです。李時珍は、「耆」には長の意味があり、黄耆は黄色で補薬の長であるから名前がついたと書いています。黄耆は中国人が人参以上に愛する補益薬です。

 黄耆にはいくつかの種類があります。それぞれ「綿黄耆」「紅耆(晋耆)」「土黄耆(木耆)」「和黄耆」などと称され、原植物が違っています。「綿黄耆」は現在黄耆の正品とされているもので、マメ科のキバナオウギ Astragalus membranaceus Bunge 又は ナイモウオウギ Amongholicus Bunge の根とされます。また、「紅耆」はマメ科の Hedysarum polybotrys Hand.-Mazz.の根、「土黄耆」は中国安徽省や山西省に産し、やはりマメ科のムラサキウマゴヤシ Medicago sativa L.、シナガワハギ Melilotus suaveolens Ledeb.、コゴメハギ Melilotus albus Desr.などの根で、これらはすべて黄耆の代用品とされています。また、「和黄耆」はわが国に野生するイワオウギ Hedysarum vicioides Turcz.の根で、かつてわが国で黄耆が品薄のときに代用されていました。

 以上のごとく原植物は4属にわたっていますが、『図経本草』に「黄耆の茎は一本立ちし、叢生する。根皮を折ると綿のように繊維質であるので綿黄耆と言うのだ」とあるところから、Astragalus 属植物を正品としてよいように思われますが、花の色が「黄紫」と記されている点は合致せず、宋代にはすでに原植物が混乱していた現れのように思われます。上述の植物の中ではムラサキウマゴヤシのみが紫系の花を咲かせます。なお、Astragalus Hedysarum は互いによく似ていますが、植物分類学的な相違は、豆果が Astragalus 属では全体的に膨れるのに対し Hedysarum 属では種子毎にくびれて節状になることです。『図経本草』の図には花も豆果もなく属を判断することはできませんが、清代に書かれた中国初の植物図鑑『植物名実図考』の図は 、豆果が全体的に膨れていることから Astragalus 属だと判断されます。

 Astragalus 属以外の黄耆のうち「紅耆」は、『中葯志』に黄耆とは別項に収載され、性味・功効は全く同じで、黄耆と同様に使用できるとされています。本品は古くから「晋耆」の名前で良質品として利用されてきたものです。この紅耆は中国の薬局方である『中華人民共和国薬典』では1977年度版には記載が見られますが、1985年度版以降は収載されていません。また和黄耆の原植物 Hedysarum vicioides も同様に利用できるとする書物もありますが、わが国では第8改正日本薬局方から純度試験の項で「内部形態的に繊維束の外辺にシュウ酸カルシウムの単晶を含む結晶細胞列のある」和黄耆は不適となりました。同時に、それまで良質品とされていた同属植物由来の紅耆も局方不適となりました。なお、品質的には、味がわずかに甘く、噛むと豆の香りがし、質は堅いが折れにくく、断面は繊維質で粉性に富み、内部は黄白色、外部の黄色いものが良質品であるとされます。[やぶちゃん注:この箇所、本本文の謂いと一致を見る。]

 黄耆の原植物の混乱は、マメ科植物の地上部や地下部の形態がよく似ていることに起因したものと考えられますが、一方で中国ではこれら原植物の異なる黄耆を同効品として扱ってきました。黄耆は、原植物が同属でなくとも同じ薬効を有する数少ない例なのかも知れません。日華子は「木耆の効能は黄耆とほとんど同じであるが、力が及ばないので倍量を用いればよい」としています。限りある資源の有効利用を考えるとき、こうした利用方法も選択枝として考えるべきかも知れません。

   《引用終了》

『倭名、「夜波良久佐《やはらぐさ》」』これは、ゲンゲ属モメンヅル Astragalus reflexistipulus であるが、以上の記載に出現しない。しかし、「林野庁 近畿中国森林管理局」のパンフレットで、二〇一三年七月一日発行の第五十四号の『箕面森林ふれあい推進センター・こだま通信』PDF)の、「箕面国有林の植物紹介モメンヅル(学名:Astragalus reflexistipulus)」(斜体でないのはママ)に、『牧野薬草大図鑑によれば、漢方のオウギの代用に使用されたこともあるそうです。』とあった。但し、この書名は、恐らく「原色牧野和漢藥草大圖鑑」が正式な書名と思われる。国立国会図書館デジタルコレクションでは、閲覧出来なかったので、確認はしていない。その内、図書館で確認しようとは思っているが、所持される方は、載っているかどうかだけでも、お教え下さると助かります。

「槐」「卷第八十三 喬木類 槐」を見られたい。

「蒺藜」漢方としてならば、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 蒺藜子(シツリシ)」に、基原を、ハマビシ目ハマビシ科ハマビシ属『ハマビシ Tribulus terrestris L. の未成熟果実』とする。当該ウィキに拠れば、『南アジアから東欧にかけてみられるハマビシ科の多年草である。砂浜に生える海浜植物であるが、乾燥地帯では内陸にも生育する』とある。私の好きな花である。

「茹-食(くら)ふ」「奈良文化研究所」公式サイトの「なぶんけんブログ」の『「茹でる」のナゾ』の一部を示す。

   《引用開始》

 さて、調理法の基本のキの一つは"ゆでる"です。魚やドングリをとっていた縄文時代でも、多彩なインスタント袋麺が並ぶ現代でも欠かせない調理法です。漢字では「茹でる」と書き、正倉院文書に残る写経所への食材配給の記録に「薪一荷 大豆茹料」や「薪十束 二束麦茹料」、市での買物記録に「羹茹料」などの表記が見られます。薪は燃料ですし羹は汁物料理なので「茹」も現代と同じ意味に見えますが、実はこれがなかなか曲者なのです。漢字発祥の国である中国ではこの字を"ゆでる"という意味では使わないからです。

 「茹」の動詞での本来の意味は"たべる"だとされます。漢代成立の漢字字典であり日本でも律令制の大学寮で用いられた『爾雅』にも「茹」は「啜」の同義語として載っているので、大学寮で教育を受けた役人のタマゴたちも"たべる"という意味を知っていたと思われます。なお、くさかんむりの字ですが用例は草食限定ではなく、仏典に「茹菜」という文言もあるものの、儒家経典の『礼記』では「飲其血、茹其毛=まだ火を使えない頃の人類が肉を生で食べる様子」というかなり血なまぐさいイメージで使われています。

 一方で「茹」は名詞としては"たべられる草"という意味になり、前漢の歴史を記す『漢書』に「菜茹は畦に有り」という語句があります。これは現代の日本で食用にする草しか「菜」と呼ばないのと同じような使い分けかもしれません。この点を考えると「羹茹」は"羹に入れる野菜"という意味でも通じます。中国でも時代が下る宋代の『爾雅翼』という辞書では"加熱調理した菜"という意味にとれる用例があるのですが、ヨモギ類の説明文中で「蒸して茹と為す」というので"ゆで野菜"ではありません。

 ここで改めて日本における"ゆでる"という調理法の意味を確認すると、かなり限定的な調理法を指していることに気付きます。なぜなら野菜でも魚でも、ダシや調味料を加えた湯で加熱調理することは「煮る」というからです。つまり"ゆでる"とは特に白湯か塩湯で加熱調理する場合のみを指しており、日本の調理文化はこの違いを明確に区別しているのです。

   《引用終了》

とあった。良安が、この二字に対して、かく振ったのは、まさに「食べる」の意としているのであり、「草本の一種を食べる」という正確な中国語の意味を正確に振っているのだと判明するのである。

「白水の黃茋」「白水」は以下にある通り、中国の地名である。「富山県薬業連合会」の富山県薬事研究所 付設薬用植物指導センター所長村上守一氏の「配置薬に使用される生薬の特徴②」PDF)に、『黄耆はマメ科ゲンゲ属のキバナオウギ(A. membranaceus)とナイモウオウギ(A. mongholicus)の 2 種を原植物としています。中国では主に内蒙古、山西、黒龍江、河北省等で生産され、上述の山西省泌州綿上』(現在の山西省沁源県北部。グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)『産の綿黄耆や陜西省同州白水』(現在の陝西省渭南市白水県。ここに「綿上学校」が確認出来る)『産の白水黄耆が良品のものとされ、質が柔靭で皮の色が微黄褐色、中が白色のものです。他に赤水黄耆、木黄耆、土黄耆等がありますが、いずれも品質がおちます。 日本では江戸時代に国産の黄耆が探されたようで、ゲンゲ属のモメンズルやムラサキモメンズル』( Astragalus adsurgens )『等が試験されたようです。特に「加州白山、越州立山、和州金剛山より出す者根、柔にして味甘し」と記されている種はキバナオウギの変種、タイツリオウギ』(鯛釣黄耆)『(A. membranaceus var. obtusus)と推測されます。名前の由来は鞘果にあります。1㎝程の柄があり、長さ23㎝、幅11.5㎝で大きく膨らんで下垂する鞘果の様子が数匹の鯛を吊り下げたように見えるためです。キバナオウギやナイモウオウギの鞘果も同様です。』とあった。

「赤水黃茋」これは、貴州省四川省を経て、四川省瀘州市合江県(ごうこうけん)で長江に流入する赤水河(せいきすいが)の流域、或いは、貴州省遵義市に位置する赤水市辺りの産のものを指すものと思われる。

「苜蓿根《もくしゆくこん/むらさきむまごやしのね》」この場合の、「苜蓿」は、本邦で「アルファルファ」(スペイン語:alfalfa)で知られる、中央アジア原産の帰化植物(江戸時代頃、国外の荷物に挟み込む緩衝材として本邦に渡来した)であるマメ目マメ科マメ亜科シャジクソウ連ウマゴヤシ(馬肥・苜蓿)属ウマゴヤシ Medicago polymorpha の、

西南アジア原産の古い品種であるムラサキウマゴヤシ(紫苜蓿・紫馬肥) Medicago sativa の根

を指す。ハーブのショップ/スクールサイトである「クラウターハウス」の「牧草の女王は栄養価の高い機能性野菜~アルファルファ」が、学術的で、非常によく書けている。転写出来ないようになっているので、各自で、お読みあれ。

「羊肉」サイト「ピヨの漢方」の「羊肉の薬効と活用法:東洋医学の視点から」に拠ると、漢方では、『羊肉は東洋医学において、非常に「熱性」の強い食材とされています』とした上で、『羊肉には主に3つの重要な薬効があります。特に冷えに悩む方や体力回復が必要な方に適した食材です。』とし、『1. 温陽暖下(おんようだんげ)』で、『体を内側から温め、下半身の冷えを改善する効果があります』。『脾胃虚寒(ひいきょかん)による食欲不振の改善』、『小腹冷痛(へその下)の冷え痛みの緩和』、『重症の冷え性の改善』とある。次に、『2. 益気補虚(えっきほきょ)』では、『気を補い、虚弱体質を改善する効果があります』。『過労による体力低下の回復』、『腎虚(じんきょ)による腰膝の痛みの緩和』、『脾腎両虚(ひじんりょうきょ)による慢性下痢の改善』、『気虚による不安定な精神を落ち着かせる』、『気虚による動悸の軽減』、『高齢者や虚弱体質の方の肩腰の痛みや冷えの解消』を列挙する。而して、『3. 通乳治帯(つうにゅうちたい)』で、『産後の健康回復を助ける効果があります。』として、『出産後の母乳分泌不足の改善』、『帯下(たいげ:おりもの)の調整』とあった。まさに、薬剤としての広範な有効性を持った模範的食材であり、そうした「羊肉」に匹敵する薬効を讃えて、この別名を与えたのであろうことが推察出来る。

「脾胃」何度も注しているが、漢方で「消化器系全般の働き」を指す。

「虛熱」陽気は正常値であるが、陰気が不足しているために発生する熱性症状を指す。

「防風」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata の根、及び、根茎を乾燥させた生薬名。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。発汗・鎮痛作用があり、風邪の頭痛・眩暈(めまい)・関節痛などに効果を持つ。漢字名は「風邪から守る」の意である。なお、本邦産で和名の最後に「ボウフウ」を持つ種が多くあるが、本首都は全くの別属であり、植物学的にも、漢方薬剤としても、ボウフウとは全く無関係であるので注意されたい。

「伏苓」先行する「茯苓」を見よ。

「𬹝甲」「藥品(5) 藥七情」の「龜甲」の私の注の引用の中で、明らかにされている。

「白鮮皮」既出既注だが、再掲すると、ムクロジ目ミカン科ハクセン属ハクセン Dictamnus albus の根皮を基原とする生薬で、当該ウィキによれば、『唐以降の書物に見られ』、『解毒や痒み止めなどに用いられていたが、現在は』殆んど『用いられない。ヨーロッパでは、皮膚病の薬や堕胎薬として用いられていた』とある。]

2025/12/11

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 目録・山草類 上卷・甘草

[やぶちゃん注:まず、「目録」。早稲田大学図書館「古典総合データベース」の私と同じ画像で示すと、ここと、ここである。原本は三段で記載されてあるが、一段で示した。ルビは丸括弧で下に附した。歴史的仮名遣としておかしい箇所があるが、そのまま示した。ママ注記は附していない。また、下にある附記(別名・ポイント落ち)は【 】で普通のポイントで示した。なお、現在、一般に見知られていない植物名が多く出るが、ここでは、種同定はしない。既に、概ね、「藥品」パートの私の注で同定比定しているものではある。]

 

   山草類

 

甘草(かんざう)

黃茋(わうぎ)

人參(にんじん)

尾人參(ひげにんじん)

和人參(わにんじん)

沙參(しやじん)

羊⻆菜(つるにんじん)【和沙參】

躍草(をどりぐさ)

薺苨(さいねい)

桔梗(ききやう)

長松(まつばぐさ)

黃精(わうせい)

萎甤(いずい)

[やぶちゃん注:「甤」原本は異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

知母(ちも)

肉蓯蓉(にくじうよう)

草蓯蓉(さうじうやう)

鎻陽(さやう)

惠布里古(ゑぶりこ)

天麻(てんま)

蒼术(さうじゆつ)

[やぶちゃん注:「术」は「朮」の異体字。次も同じ。]

白术(びやくじゆつ)

狗脊(ぜんまい)

貫衆(やまぐさ)

巴戟天(はげぎてん)

觀音草(くわんおんさう)

遠志(をんじ)

淫羊藿(おんようくはく)

[やぶちゃん注:「羊」原本は異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

仙茅(せんばう)

玄參(げんしん)

地榆(ちゆ)

丹參(たんざん)

[やぶちゃん注:「丹」原本は異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

紫參(しじん)

王孫(ぬはりぐさ)

紫草(むらさき)

白頭翁(かくづをう)【をきな草】

山芹菜(くさぼたん)

伊波奈之(いばなし)

 

   *   *   *

 

和漢三才圖會卷第九十二之本

      攝陽 城醫法橋寺島良安尚順

  山草類上卷

 

 

Kanzou

 

かんざう  𮔉甘 𮔉草

      美草 蕗草

甘草   靈通  國老

      【其大美者

唐音     名粉草】

     【和名阿末木】

 

本綱春生靑苗枝葉悉如槐髙五六尺伹葉端微尖而糙

濇似有白毛七月開紫花似柰冬結實作𧢲如相思⻆作

一本生至熟時𧢲折子扁如小豆極堅齒囓不破根長者

三四尺粗細不定皮赤色上有横梁梁下皆細根也以大

徑寸而結緊斷文者爲佳謂之粉草其輕虛細小者不及

之安南國甘草大者如柱土人以架屋不識果然否也

氣味【甘平氣薄味厚】 可升可降陰中陽也此草治七十二種

 乳石毒解一千二百般草木毒調和衆藥有功故爲國

 老經方少有不用者猶如香中有沉香也凡使須去頭

 尾尖𠙚其頭尾吐人【苦參乾𣾰爲之使惡遠志反大戟芫花甘遂海藻】

生用則【氣平】補脾胃不足而大潟心火

炙用則【氣温】補三焦元氣而散表寒除邪熱去咽痛

 凡甘草性能緩急而又協和諸藥使之不争故熱藥得

 之緩其熱寒藥得之緩其寒寒熱相雜者用之得其平

 凡中滿嘔吐酒客之病不可用甘草甘者令人中滿

△按甘草出於南京陝西河東山西者爲上皆稱之南京

 甘草出於福州者細脆帶微苦味又細而如䅌者俗謂

 之藁手又大者名粉草俗謂之鞭手

 徃昔日本有甘草延喜式云陸奧出羽常陸毎年貢之

 如今絶不出雖希有而細硬不佳

 

   *

 

かんざう  𮔉甘《みつかん》 𮔉草《みつさう》

      美草《びさう》  蕗草《ろさう》

甘草   靈通《れいつう》  國老《こくらう》

      【其《その》大《おほき》く美なる者、

唐音     「粉草《ふんさう》」と名づく。】

     【和名「阿末木《あまき》」。】

 

「本綱」に曰はく、『春、靑苗《せいびやう》を生ず。枝葉、悉《ことごと》く、槐(ゑえんじゆ)のごとく、髙《たかさ》、五、六尺。伹《ただし》、葉の端《はし》、微《やや》、尖《とが》りて、糙-濇(あらあら)しく、白毛《はくもう》、有るに似たり。

七月に紫≪の≫花を開く。柰《だい》[やぶちゃん注:広義のリンゴ=リンゴ属 Malus 「卷第八十七 山果類 柰」の私の注の冒頭にある比定考証部を見よ。東洋文庫訳では割注で『セイヨウリンゴ』とするが、私は従えない。]に似て、冬、實を結び、𧢲《さや》[やぶちゃん注:この漢字は「角」の本字。篆文(てんぶん)にごく近い字体である。ここは「莢(さや)」の意である。]を作る。「相思《さうし/たうごま》」の⻆《さや》に《✕→の》ごとく、一本を作《な》して、生ず。熟する時に至《いたり》て、𧢲《さや》、折(くじ)け、子《み》、扁《ひら》たく、小豆《あずき》のごとし。極《きはめ》て堅《かたく》して、齒にて囓(か)むに、破れず。根、長き者、三、四尺。粗(ふと)・細(ほそ)、定まらず。皮、赤色。上に、横≪に≫梁(ふしくれ)、有り。梁《ふしくれ》の下。皆、細≪き≫根なり。以大《おほい》さ、徑《さしわた》し、寸[やぶちゃん注:三センチメートル。]にして、結緊《けつきん》・斷文《だんもん》の者[やぶちゃん注:「節くれが、堅く引き締まっているもの・切れ切れに紋様が続いて生じているもの」の意。]、佳《よし》と爲《なす》。之《これ》を「粉草《ふんさう》」と謂《いふ》。其《それ》、輕虛《けいきよ》・細小なる者、之《これ》に及ばず。安南國《アンナンこく》の甘草は、大なる者、柱《はしら》のごとし。土人、以て、屋に架(つく)りす。《→と雖も、》識らず。果《はた》して、然《しか》るや否や。』≪と≫。

『氣味【甘、平。氣、薄く、味、厚《あつ》し。】 升(のぼ)すべく、降《くだ》すべく、陰中《いんちゆう》の陽《やう》なり。此の草、七十二種の乳石《にゆうせき》[やぶちゃん注:これは、本間久英・中田正隆・新井利枝共同論文「薬石に関する資料」(『東京学芸大学紀要』第4部門(数学・自然科学)・巻四十八・一九九六年八月発行・「東京学芸大学リポジトリ」のここからダウンロード可能)を管見した限りでは、恐らくは、鍾乳石由来の薬、及び、諸石・鉱物由来の薬全般を指している語と推定された。]の毒を治し、一千二百般[やぶちゃん注:「種」に同じ。]の草木の毒を解して、衆藥《しゆやく》を調和するの功、有る故《ゆゑ》に、「國老」と爲《なす》。經《けい》[やぶちゃん注:中医学で「気血の通路」を指す。]≪の≫方《はう》で、用《もちひ》ざる者、有ること、少《すくな》し。猶を[やぶちゃん注:ママ。]、香中《かうちゆう》に沉香《ぢんかう》有るがごとし。凡そ、使ふに、須《よろしく》、頭尾≪の≫尖《とがれる》𠙚《ところ》を去るべし。其《その》頭尾、人を吐《はか》す《✕→人をして吐かせしむ》。【「苦參《くじん》」・「乾𣾰《かんしつ》」、之れの使《し》と爲す。「遠志《をんじ》」を惡《にく》み、「大戟《たいげき》」・「芫花《げんくわ》」・「甘遂《かんすい》」・「海藻」に反《はん》す。】。』≪と≫。

『生《なま》にて用《もちふ》れば、則《すなはち》【氣、平。】、脾胃の不足を補《おぎなひ》て、大《おほき》に心火《しんくわ》[やぶちゃん注:五行思想で「心」は「火」に属す。]を潟《しや》す。』≪と≫。

『炙《あぶ》り用れば、則《すなはち》【氣、温。】、三焦の元氣を補ひて、表寒《へうかん》を散じ、邪熱を除《のぞ》き、咽《のど》の痛《いたみ》を去る。』≪と≫。『凡《およそ》、甘草の性《しやう》、能く、急《きふ》を緩(ゆる)め、而《しかして》又、諸藥を協和す。之をして、争(《あら》そ)はざらしむ。故《ゆゑ》、熱藥≪は≫、之を得《う》れば、其熱を緩《ゆる》くし[やぶちゃん注:原本では、この下に「ハ」とあるが、衍字か誤刻であろうと判断し、カットした。]、寒藥、之を得れば、其寒を緩くし、寒・熱、相《あひ》雜《まぢ》る者は、之を用《もちひ》て、其《その》平《へい》を得《う》。』≪と≫。

『凡《およそ》、中滿《ちゆうまん》[やぶちゃん注:「肥満」の意。]・嘔吐・酒客《しゆかく》[やぶちゃん注:酒飲み。酒精中毒者。]の病《やまひ》には、甘草を用ふべからず。甘《かん/あまき》は、人をして中滿ならしむ。』≪と≫。

△按ずるに、甘草、南京・陝西・河東・山西(《シヤン》スイ)[やぶちゃん注:「山西」は現在、拼音で“Shānxī” (shān xī)では、音写は「シャン・シー」となる。「スイ」というのは音写の一つとしておかしくはないと思われる。]より出《いづ》る者、上《じやう》と爲《なす》。皆、之『南京甘草』と稱す。福州(ホクチウ)[やぶちゃん注:閩東語で「福州」(Hók-ciŭ:音写「フッチュ」)であるから、その音写の一つとして違和感はない。]より出る者は、細《ほそ》≪く≫脆《もろ》く、微《やや》、苦味を帶《おび》て、又、細くして、䅌(むぎわら)のごとくなる者を、俗、之を、『藁手(わらで)』と謂《いふ》。又、大《だい》なる者を、俗、『粉草《ふんさう》』と名《なづ》く。俗、之を『鞭手(ぶちで)』[やぶちゃん注:「鞭」には「ぶち」の訓読みが存在する。大学生になった際に購入した「角川新版 古語辞典」(五十五版・昭和五〇(一九七五)年刊)に『「むち」の転。「―ばかり腰に差いておぢやる』〔狂・鞍馬婿〕」とある。通常は「鞍馬聟」であるが、制作年は未詳なものの、この用法を良安が用いてもおかしくないと私は判断する。]と謂ふ。

 徃昔(いにしへ)は、日本に、甘草、有り。「延喜式」に云《いは》く、『陸奧・出羽・常陸、毎年、之を貢す』と。如今《ぢよこん》、絶《たえ》て、出《い》≪で≫ず。希(《ま》れ)に有ると雖も、細く、硬《かたく》佳《か》ならず。

 

[やぶちゃん注:私は、長い間、愚かにも、カンゾウは本邦にも自生すると思っていた。しかし、数年前、小学館「日本国語大辞典」の記載を見て、『中国に野生し、日本では、まれに栽培される』と知って、我の愚かさを知ったのであった。そこで、「甘草」に就いては、まず、ボリュームのある平凡社「世界大百科事典」を引くこととしよう。『カンゾウ(甘草)』『カンゾウ Glycyrrhiza uralensis Fisch.』は、『根や茎の基部が漢方薬で甘草と呼ばれ重用されるマメ科の多年草。カンゾウ属 Glycyrrhiza 23種が同じ用途に利用される。これらを英名でlicorice という。高さ数十cm,ときには1mになり,根茎は円柱状で,それにつづく主根は深く土中にのびる。直立する地上茎には白色の短毛や腺毛がある。葉は互生,奇数羽状複葉で48対の小葉がある。花は67月,腋生(えきせい)した花梗の先端に密集してつき淡紫色,1.52cmほど。豆果は長楕円形で鎌状に曲がり,長さ68cm,褐色のとげ状腺毛を密生する。種子は黒色で光沢がある。同属で,果実に腺毛のない G. glabra L.(中国名は洋甘草,欧甘草)や,G. kansuensis Chang et Peng(中国名は黄甘草)なども前種と同様に用いられる。カンゾウはシベリアから中国北部に,G. glabra はヨーロッパ南部からアフガニスタンに分布している。甘みはサポニン,グリチルリチン glycyrrhizin(ショ糖の150倍の甘みがある)やブドウ糖を含有していることによる。そのほかにフラボノイド flavonoid も含み,鎮咳(ちんがい),鎮痛や利尿作用がある。そのため風邪や咽喉の病気,さらに胃腸薬として用いられている。また漢方薬の甘味づけや錠剤の形成薬にも利用されている。日本ではしょうゆの甘味料として大量に消費され,また人工甘味料としての用途が広い』。『なお』、全く縁のない『カヤツリグサ科のカンエンガヤツリ[やぶちゃん注:単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ(蚊帳吊)科カンエンガヤツリ(灌園蚊帳吊)Cyperus exaltatus var. iwasakii ]やユリ科のキスゲ類[やぶちゃん注:単子葉植物綱ユリ目ユリ科キジカクシ目ワスレグサ科ワスレグサ亜科ワスレグサ属 Hemerocallis の異名。]もそれぞれカンゾウ(莞草,萱草)と呼ばれる』とある。特に、後者のワスレグサ属を中国ではモロに「萱草屬(或いは「黃花菜屬」)とする(「維基百科」の当該属を見よ)ので、注意が必要である。)。

 次いで、基原を示すと、「日本漢方生薬製剤協会」の「カンゾウ (甘草)」のページに拠ると、二種が掲げられている。

双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属の

ウラルカンゾウ Glycyrrhiza uralensis (当該ウィキに拠れば、別名を「東北甘草」と呼び、)

スペインカンゾウ Glycyrrhiza glabra

の根、及び、ストロンを乾燥したもの、時には周皮を除いたもの

である。前者の、ウラルカンゾウは『草丈3080cm,時には1mにも達する.葉は互生し,長さ824cm,奇数羽状複葉で小葉は517枚,倒卵形から楕円形.67月に葉腋の総状花序に淡紫色の花を多数密生する.莢果は常に湾曲し,鎌刀状或いは環状を呈し,密に腺毛で被われている.』とあり、後者、スペインカンゾウは『草丈6090cm,葉は互生し,奇数羽状複葉で小葉は,917枚,楕円形~長楕円形,鈍頭,裏面は,小腺点を有し粘る.総状花序に淡青色の花を多数密生する.莢果はまっすぐ或いは微かに曲がり,無毛或いはまばらに柔毛がある.』とある(二種とも生体写真が有る)。

 「産地」は『中国 (内蒙古自治区,甘粛省,陝西省,寧夏回族自治区,黒龍江省,吉林省,新彊ウイグル自治区等),アフガニスタン,オーストラリア,ロシア等』で、「生薬の性状」の項に、『本品はほぼ円柱形を呈し,径0.53cm,長さ1m以上に及ぶ.外面は暗褐色 ~ 赤褐色で縦じわがあり,しばしば皮目,小芽及び鱗片葉を付ける.周皮を除いたものは外面が淡黄色で繊維性である.横切面では,皮部と木部の境界がほぼ明らかで,放射状の構造を現し,しばしば放射状に裂け目がある.ストロンに基づくものでは髄を認めるが,根に基づくものではこれを認めない』。『本品は弱いにおいがあり,味は甘い』とし、『本品の横切片を鏡検するとき,黄褐色の多細胞層のコルク層と』、『その内側に13細胞層のコルク皮層がある.二次皮層には放射組織が師部と交互に放射状に配列し,師部』(植物の維管束の内、体内物質の移動の通路となり、また、機械組織・貯蔵組織ともなる部分を言う語)『には』、『厚壁で木化不十分な師部繊維群があり,その周囲に結晶細胞が認められる.周皮を除いたものでは』、『二次皮層の一部を欠くものがある.木部には黄色で巨大な道管の列と310細胞列の放射組織が交互に放射状に配列する.道管は結晶細胞で囲まれた木部繊維及び木部柔細胞を伴う.ストロンに基づくものでは』、『柔細胞性の髄がある.柔細胞は』、『でんぷん粒を含み,また,しばしばシュウ酸カルシウムの単晶を含む.縦切片の鏡検では,師部繊維又は木部繊維の周囲の結晶細胞は列をなす.』とある。この解説の下には、『東北甘草(2号)内蒙古自治区産』・『西北甘草(西正甘草・乙)内蒙古自治区産』のキャプションを持つ生薬製品の写真がある。以下、「成分」と本邦での「規格値」があるが、各自で見られたい。次に、「適用」として、『かぜ薬,解熱鎮痛消炎薬,鎮痛鎮痙薬,鎮咳去痰薬,健胃消化薬,止瀉整腸薬とみなされる処方に配合されている.』とあった。(最後に「配合される主な漢方処方」が列挙されるが、これも各自で見られたい)。

 なお、ウィキの「ウラルカンゾウ」に拠れば、別名を「東北甘草」と呼び、『日本では主に中国から輸入しているが、中国政府は2000年ごろより土地の砂漠化を理由に甘草の輸出を制限するようになり、甘草の取り扱いを許可制とした。日本の漢方薬企業大手のツムラは、甘草の日本国内での大規模栽培を行い、中国産からの切り替えを始めている』。『また、日本の製薬企業によるオーストラリアでの本格的な栽培も行われている』。『日本国内でも栽培可能だが』、『ウラルカンゾウ・スペインカンゾウ』、『いずれも種子の発芽率はあまり良くない。発芽しても初期の成長がかなり遅い上に土壌の過湿に弱い。ストロン(走出茎)は数センチ毎に節があり芽が付いているのでストロンを切り離して植えつけたほうが成長が早い。ストロンは地中で株元から伸び始めた当初は表面が白いが時間の経過と共に茶色くなって木の枝のような色になる。ハーブや生薬として利用する時は乾燥させるが生の状態でかじっても甘味を感じる。56月に紫色の花が開花する事もあるが、日本の気候では開花結実しにくいとされている』とある。ウィキの「スペインカンゾウ」もあるが、こちらは特に新知見はない。而して、やはり、最も読みたくなり、信頼している神農子さんの記載を引用して、皮切りのシメとしたい。特に第一段落の本邦への渡来の箇所が、良安に評言の事実を確認するキモとなる。しかも、良安が本書を成立させた八年後に甲府で甘草が発見され、幕府が栽培奨励を行ったという、新知見が見出せた! これに就いては、「甲州市」公式サイトの「旧高野家住宅 (甘草屋敷)」で解説されている。また、中国のカンゾウ栽培による砂漠化問題も、大切な部分だ。神農子様さまである!

   《引用開始》

 甘草は『神農本草経』の上品に収載され,解毒や諸薬の調和など多数の効を有し,「国老(皇帝の師の意味)」とも称される重要な生薬です。日本にもたらされた時期は不明確ですが,正倉院薬物として現存していることから,8世紀にはすでに日本にあったことがわかります。正倉院薬物の調査結果によると,甘草は当初は960斤納められていたのですが,100年後には452両にまで減っており,この間に多量に消費されていたそうです。このことから,甘草は当時から需要の高い薬物であったことが伺えます。現在の日本においても,漢方処方中に配合される生薬の中で,甘草は最も配合機会が多い生薬です。また,主要成分であるグリチルリチンの製剤や甘草エキスなど多数の製品が製造販売されています。さらに,甘草は甘味料や醤油の味付けにも使われています。このように,甘草は古くから現在に至るまで繁用され続けている生薬です。

 甘草の原植物である Glycyrrhiza 属植物(以後カンゾウ)は日本に自生せず,国内の需要は,これまで輸入に頼ってきました。しかし,近年,主な輸入相手国であった中国が,野生甘草の採取や輸出に関する規制を強化しつつあります。規制強化の背景には,甘草の中国内外での需要の高まりにともない野生のカンゾウが乱獲され,環境破壊や資源の枯渇が深刻な問題になってきたことがあります。カンゾウは地表面に水分がほとんど存在しない乾燥した地域に生育しており,地下水脈など地中深くの水分を利用して生きています。そのため,カンゾウの根茎は水平に四方に伸び広がるとともに,根は下方に深く伸びています。そこで,薬用部位である根茎や根を採集するためには,大きく深い穴を掘る必要があり,カンゾウを採集することにより周囲の環境が大きく破壊されてしまうのです。そのため,生育地は砂漠化し,風により上空に舞い上がった砂は現地では砂嵐となり,また黄砂の一因にもなっています。

 以上のような事情から,今後日本において甘草の入手がより難しくなる恐れがあります。現在中国ではカンゾウの自生地などで栽培が行われていますが,日本薬局方カンゾウにおけるグリチルリチン酸含量の規定値(2.5% 以上)を超える薬材を産出するのには数年かかることが知られています。そこで,近年,日本においてもカンゾウの栽培研究が行われつつあり,最近では,大学,研究所,企業の共同研究成果として,水耕栽培により,短期間でグリチルリチン酸含量の規定値を超える根が生産できることが発表されました。今後,研究がさらに進み,国内で需要がまかなえるようになることが期待されています。

 カンゾウの栽培は,かつては日本においても行われていました。江戸時代の享保五年(1720)に,甲州上於曽村(現在の山梨県塩山市)の伊兵衛の屋敷でカンゾウらしきものが栽培されているのが見つかり,幕府が専門家にその植物を調査させところ,本物のカンゾウであることが確認されました。折しも幕府は財政を立て直すために国産品生薬を奨励していましたので,上於曽村のカンゾウに対して費用などを拠出し,保護,栽培の拡大を行ったといいます。伊兵衛の屋敷は,その後一般に「甘草屋敷」と称されるようになりました。一方,甘草が甲州で栽培されていたという記録は大永五年(1525)の薬種寄附状の記載にまで遡るともいわれており,甲州ではかなり古くからカンゾウが栽培されていたようです。江戸時代に甘草の生産は幕府の保護のもとに行われており,その製品は幕府に納められていたといいます。しかし,江戸時代から現在に至る間にカンゾウの栽培は廃れ,現在の日本では商業的な規模での栽培は行われていません。

 甘草は重要な生薬であることから資源枯渇の問題は一層深刻ですが,甘草以外にも資源的に対処すべき生薬は数多くあります。今後はそのような生薬にもスポットをあて,栽培化に向けた研究など,早急な資源確保対策の推進が望まれます。

   《引用終了》

「相思《さうし/たうごま》」双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科トウアズキ属トウアズキ Abrus precatorius である。「卷第八十三 喬木類 相思子」を見よ。

「梁(ふしくれ)」「梁」には「節くれ」の意はないが、ウィキの「ウラルカンゾウ」のストロンの乾燥して裁断した写真を見ると、見た目、家屋の梁(はり)の横木のようなものが固まっているように見えるので、納得出来る。

「安南國《アンナンこく》の甘草は、大なる者、柱《はしら》のごとし。土人、以て、屋に架(つく)りす。《→と雖も、》識らず。果《はた》して、然《しか》るた否や。』「安南國」はヴェトナム北部から中部を指す歴史的地域名称で、唐代に置かれた安南都護府に由来する呼称である。しかし、草本で、堅い根とはいえ、実際の家屋の屋柱となるというのは、流石に、私も信じられない。事実、そういうものが存在するということを御存知の方は是非、お教え下さい!

「苦參《くじん》」既注だが、再掲すると、マメ目マメ科マメ亜科クララ連クララ属クララ Sophora flavescens の根、又は、外の皮を除いて乾燥したものを基原とする生薬。当該ウィキによれば、『利尿、消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があ』る、とする。なお、『和名の由来は、根を噛むとクラクラするほど苦いことから、眩草(くららぐさ)と呼ばれ、これが転じてクララと呼ばれるようになったといわれる』とあった。

「乾𣾰《かんしつ》」「卷第八十三 喬木類 𣾰」を見られたい。

「遠志《をんじ》」「藥品(11) 製法毋輕忽」の私の注を見られたい。

「大戟《たいげき》」「藥品(1)」で子細に注したので、見られたい。

「芫花《げんくわ》」「藥品(2) 六陳」で既注済み。

「甘遂《かんすい》」同じく、「藥品(2) 六陳」の私の「芫花」の引用内で語られてあるので、見られたい。

「三焦」既出既注だが、再掲すると、伝統中医学に於ける仮想の「六腑」の一つ「三焦」(さんしょう)。「上焦」・「中焦」・「下焦」の三つからなり、「上焦」は「心臓の下、胃の上にあって飲食物を胃の中へ入れる器官で、心・肺を含み、その生理機能は呼吸や血脈を掌り、飲食物の栄養分(飲食水穀の精気)を全身に巡らし、全身の臓腑・組織を滋養する器官とされる」とされ、「中焦」は「胃の中脘(ちゅうかん:本来は当該部のツボ名)にあって消化器官」とされ、「下焦」は「膀胱の上にあって排泄をつかさどる器官」とされる。因みに、所謂、「病い、膏肓に入る。」の諺の「膏肓」とは、この「三焦」を指し、これらが人体の内、最も奥に存在し、漢方の処方も、そこを原因とする病いの場合、うまく届けることが困難であることから、医師も「匙を投げる」部位なのである。

「表寒《へうかん》」中医学の「風寒表証」に同じい。「こだま堂漢方」のこちらに、『「証」が短期間に変化しやすい代表的な病気としては「風邪」があげられます。初めはゾクゾク寒気がしていたのに、2~3日後には寒気が無くなり発熱と熱感へ、また数日経つと今度は鼻水や咳が出てきて…というように数時間~1日単位で症状が変わりますが、これが「証」の変化です。初めにゾクゾク寒気がするのは、風寒邪が肌表を侵襲し、正気と邪気が戦っている状態です。このときの証は「風寒表証」といい、風寒の邪気を外に追い出す働きがある辛温解表剤(桂枝湯・葛根湯など)を用います。ここで風邪を追い出せたら、その先には症状が進まずに治りますが、体内に入ってしまい、邪気が鬱して化熱してしまうこともあります。そうなると「証」が変わり、もう辛温解表薬を使う時期ではありません。例えば「寒鬱化熱証」に使う柴葛解肌湯などに変えなければなりません。』とあった。

 なお、以上の「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」の冒頭の長い「甘草」のパッチワークである。

「南京甘草」現行では使用される様子はないが、江戸中期には、この語が本草書の中にあることが、関西医療大学の基礎医学ユニットの戸田静男氏の『総説』『甘草と炙甘草の修治について 本草書からの考察』PDF)で確認出来た。]

2025/12/06

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 藥品(15) 百草 / 草類 藥品~了

[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、本文の最後の「羅山文集」から引いた草類漢方名は、二部六段落で構成されているが、ブラウザの不具合を考えて、完全に一段とした。

 「百草」は、「ひやくさう・ももくさ」と読み(ここでは漢方系の用法であるから、前者で読みたい)、通常の「千草」、辞書的な意味では、「いろいろな草」の意に過ぎないが、既に述べた通り、ここでは、漢方生剤の植物、及び、その漢方生剤としての基原を示すものである。

 なお、長かった「草類 藥品」パートは、これを以って、終わっている。私は複数の電子化注を扱っている関係上、実に、このパートだけで、二ヶ月、かかった。やっと、これから、「草類」の各個植物体記事に入ることが出来る。

 

  百草

「本草≪綱目≫」五月五日采百種草隂乾燒灰和石灰爲團煆硏傅

金瘡止血亦傅犬咬又治腋臭及瘰癧已破【各有方】

又取百草花煮汁釀酒服之治百病或采百草花水潰泥

封埋百日煎爲丸卒死者納口中卽活也

△按牝鹿衘草以飴其牡蜘蛛齧芋以磨其腹虎中毒箭

 食清泥而解之豬中毒箭豗齊苨而食【見朝野僉載及五雜組】

 蓋三獸之事未見之蜘蛛之所爲予靣見之犬中馬錢

 毒則吞水解之又蛇見蛞蝓之涎則避地不到又犬䑕

 共好油而見桐油不敢近【誤舐桐油犬毛悉脫】物猶知藥與毒

 况於人乎


○寬永十四年十二月板倉卜齋請紀伊亞相望請藥草

 根幷核實於朝鮮國【見羅山文集】

[やぶちゃん注:「板倉卜齋」は調べても見出せない。東洋文庫訳では、「倉」にママ注記があり、「倉」の下に『(坂)』の割注があるので、「板坂卜齋」であることが判った。後注に、『板坂如春』(いたざかじょしゅん:国立国会図書館デジタルコレクションで現代のものを、複数、調べたが、雅号の読みを添えているものはなかった。しかし、さればこそ、一般的な習慣的読みから、この読みでよかろう)。『医家。常に家康に近侍し、のち命に從って紀伊頼宜に仕えた。致仕してのちは江戸浅草に住した。『板坂卜斎覚書』三巻がある。』とあった。講談社「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」に拠れば、彼は初代板坂卜斎』(いたざかぼくさい:生没年未詳:『板坂惟順の孫。代々京都で朝廷の医官をつとめる。出家して南禅寺東禅院にはいるが,武田信玄のすすめで還俗』『して医師となる。永禄』一一(一五六八)年に『信玄を診察し,その余命を予言。天正』『年間に徳川家康につかえた。名は宗商。』と同リンク先に並置されてある)]『の子』で、天正六(一五七八)年生まれで、『吉田宗桂(そうけい)・宗恂(そうじゅん),施薬院宗伯にまなぶ。徳川家康,徳川秀忠,紀伊』『和歌山藩主徳川頼宣(よりのぶ)につかえた。晩年は江戸浅草にすみ,「浅草文庫」と称して蔵書を公開した。明暦元』(一六五五)年『死去』。七十八『歳。通称は別に如春,東赤』とあった。訓読文では、特異的に名を訂した。

沙參

丹參

蕓薹子

蜀葵花

葶藶子

何首烏

防已

白薇

五味子

石楠葉

菴䕡子

蜜䝉花[やぶちゃん字注:「䝉」は「蒙」の異体字。]

升麻

常山

佛耳草

白頭翁

黃蜀葵花

前胡

射干

馬藺

劉寄奴草【以上二十一種要其核實】

萆薢

百部根

延胡索

胡黃連

山豆根

鬱金

啇陸[やぶちゃん注:「啇」は「商」の異体字。]

天仙藤

銀茈胡

藜蘆

續斷

烏頭

薑黃

漏蘆【以上十五種要其根】

 

   *

 

  百草

「本草≪綱目≫」≪に≫、『五月五日、百種の草を采《とり》て、隂乾《かげぼし》し、燒灰《やきばひ》にし、石灰《いしばひ》に和《わ》して、團《だんご》と爲《なし》、煆.硏《かけん》[やぶちゃん注:焼き削って。]し、金瘡《かなさう》に傅《つけ》て、血を止む。亦、犬の咬《かみ》たるに傅《つ》け、又、腋-臭《わきが》、及《および》、瘰癧《るいれき》≪の≫已《すで》に破《やぶれ》るを治す【各《おのおの》、方《はう》、有り。】。』≪と≫。

又、百草《ひやくさう》の花《はな》を取《とり》て、汁《しる》≪に≫煮《に》、酒に釀《かもし》、之《これを》服すれば、百病を治《ぢす》。或《あるい》は、百草の花を采《と》り、水に漬《つけ》て、泥封《でいふう》≪して≫、埋《うづ》むこと、百日にして、煎《せん》じて、丸《ぐわん》と爲《なし》、卒死《そつし》する者[やぶちゃん注:この場合は、急死したように見える直後の様態を指す。]≪の≫、口中《こうちゆう》に納《をさむ》れば、卽《すなはち》、活(い)くなり。

△按《あんずるに》、牝鹿《めじか》、草《くさ》を衘(ふく)みて[やぶちゃん注:「衘」は音「カン・ガン」で、「啣」の異体字。]、以《もつて》、其《その》牡《をす》に飴(くら)はしむ。蜘蛛(く《も[やぶちゃん注:原本では欠字。]》)、芋《いも》を齧(か)みて、以《もつて》、其《その》腹を磨(す)る。虎、毒の箭《や》に中《あた》れば、清≪き≫泥を食《くひ》て、之《これを》解す。野-豬(ゐのしゝ)、毒の箭に中れば、齊苨(せいねい)を豗(ほ)りて、食ふ【「朝野僉載《てうやせんさい》」及び「五雜組」に見ゆ。】。蓋《けだ》し、三獸の事、未だ、之れを見ず。蜘蛛の爲(す)る所は、予、靣(まのあたり)、之を見る。犬、馬錢(まちん)の毒に中《あた》れば、則《すなはち》、水を吞んで、之を解す。又、蛇(へび)、蛞蝓(なめくぢり)の涎(よだれ)を見れば、則、地を避(さ)けて、到(いた)らず。又、犬・䑕《ねずみ》、共に、油《あぶら》を好(す)く。而るに、桐油《きりあぶら》を見ては、敢《あへ》て近づかず【誤《あやまり》て、桐油を舐(ねぶ)る犬は、毛、悉《ことご》く、脫《だつす》。】。物《ぶつ》[やぶちゃん注:この場合は、「人」に対するところの「動物」を指す。]、猶を[やぶちゃん注:ママ。]、藥《くすり》と、毒と、知るごとし。况《いはん》や、人をや。


○寬永十四年十二月[やぶちゃん注:東洋文庫訳は割注で元号部の後に割注して『(一八三七)』としているが、旧暦を、ちゃんと確認していない。この年は閏三月があり、グレゴリオ暦では同年十二月は、既に一六三八年一月十五日から二月十三日である。]、板坂卜齋《いたざかぼくさい》、紀伊の亞相《あしやう》[やぶちゃん注:既注した注に出る紀伊和歌山藩主徳川頼宣を指す。彼は寛永三(一六二六)年八月十九日、従二位権大納言(ごんだいなごん)に敘任されている。この「亞相」は「大納言」の唐名。「権」は正規の員数を越えて任命する官職を指し、事実上、同一位となる。]に請《こひ》て、藥草≪の≫根《ね》、幷《ならび》に、核-實《さね》を、朝鮮國に望《のぞ》≪めり≫【「羅山文集」に見ゆ。】。[やぶちゃん注:以下は、その朝鮮国(当時は李氏朝鮮。既に両国は慶長一四(一六〇九)年(既に江戸時代)に和約し、朝鮮通信使を通して相互に外交関係の修復にも力を入れていた)から求めることが出来た漢方薬(この場合は皆、基原が核(さね)・実(み)・根のもの)三十六種を並べたものである。但し、漢名の漢方であり、中には中国原産のものが含まれている。推定音読みの部分は、現在の漢方名表記法に従い、カタカナにした。

沙參《シヤジン》

丹參《タンジン》

蕓薹子《ウンダイシ》

蜀葵花《シヨクキクワ/たちあふひ》

葶藶子《テイレキシ》

何首烏《カシユウ》

防已《バウイ》

白薇《ビヤクビ》

五味子《ゴミシ》

石楠葉《セキナンエフ》

菴䕡子《アンリヨウシ/いぬよもぎ》

𮔉䝉花《ミツマウクワ》

升麻《シヤウマ》

常山《ジヤウザン》

佛耳草《ブツジサウ》

白頭翁《ハクトウワウ》

黃蜀葵花《ワウシヨクキクワ/とろろ》

前胡《ゼンコ》

射干《シヤカン》

馬藺《バイヰ/バレン》

劉寄奴草《リウキドサウ》【以上、二十一種、其の核《さね》・實《み》を要《もと》めり。】

薤《カイ/おほにら》

萆薢《ヒカイ》

百部根《ビヤクブコン》

延胡索《エンコサク》

胡黃連《コワウレン》

山豆根《サンヅコン》

鬱金《ウコン》

啇陸《シヤウリク/やまごばう》

天仙藤《テンセンタウ》

銀茈胡《ギンサイコ》

藜蘆《レイロ/しゆろさう》

續斷《ゾクダン》

烏頭《ウズ》

薑黃《キヤウワウ》

漏蘆《ラウロ/ひごたい》【以上、十五種、其の根を要めたり。】

 

[やぶちゃん注:『「本草≪綱目≫」≪に≫、『五月五日、百種の草を采《とり》て、隂乾《かげぼし》し、燒灰《やきばひ》にし、石灰《いしばひ》に和《わ》して、團《だんご》と爲《なし》、煆.硏《かけん》[やぶちゃん注:焼き削って。]し、金瘡《かなさう》に傅《つけ》て、血を止む。亦、犬の咬《かみ》たるに傅《つ》け、又、腋-臭《わきが》、及《および》、瘰癧《るいれき》≪の≫已《すで》に破《やぶれ》るを治す【各《おのおの》、方《はう》、有り。】。』≪と≫。』『又、百草《ひやくさう》の花《はな》を取《とり》て、汁《しる》≪に≫煮《に》、酒に釀《かもし》、之《これを》服すれば、百病を治《ぢす》。或《あるい》は、百草の花を采《と》り、水に漬《つけ》て、泥封《でいふう》≪して≫、埋《うづ》むこと、百日にして、煎《せん》じて、丸《ぐわん》と爲《なし》、卒死《そつし》する者[やぶちゃん注:この場合は、急死したように見える直後の様態を指す。]≪の≫、口中《こうちゆう》に納《をさむ》れば、卽《すなはち》、活(い)くなり。』「漢籍リポジトリ」の「本草綱目卷二十一」の「草之十一【雜草及有名未用共一百五十三種】」(ガイド・ナンバー[057-13a])の以下からの抜粋である。但し、割注部は良安の附加したものである。表記に手を加えた。

   *

雜草【九種】

 百草【拾遺藏器曰五月五日采一百種草陰乾燒灰和石灰爲團煆研傅金瘡止血亦傅犬咬又燒灰和井華水作團煆白以釅醋和作餅腋下夹之乾卽易當抽一身盡痛悶瘡出卽止以小便洗之不過三度愈時珍曰按千金方治洞注下痢以五月五日百草灰吹入下部又治瘰癧已破五月五日采一切雜草煑汁洗之】

 百草【花拾遺藏器曰主治百病長生神仙亦煑汁釀酒服按異類云鳳剛者漁陽人常采百花水漬泥封埋百日煎爲丸卒死者納口中卽活也剛服藥百餘歲入地肺山】

   *

「牝鹿《めじか》、草《くさ》を衘(ふく)みて、以《もつて》、其《その》牡《をす》に飴(くら)はしむ」「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 鹿(しか) (シカ・ニホンジカ他)」には、この記載はない。但し、『能く良草を別〔(わか)〕つ。食ふときは、則ち、相ひ呼び、行くときは、則ち、同じ旅を〔し〕、居るときは、則ち、角を環〔(まは)すに〕外に向けて、以つて害を防ぎ、臥すときは、則ち、口〔を〕尾閭〔(びりよ)〕[やぶちゃん注:肛門。]に朝〔(む)けて〕[やぶちゃん注:向けて。]以つて督脉〔(とくみやく)〕に通〔(つう)〕す。』という箇所には、通性が認められる。しかし、雌が雄に、という方向性は見出せない。一応、「本草綱目」の「鹿」(「漢籍リポジトリ」の「卷五十一上」の「獸之二」の「鹿」。ガイド・ナンバー[119-32a])も通覧したが、このような記載はないから、この言い伝えは、割注にある「朝野僉載」・「五雜組」である。前者は、唐代の則天武后の頃、張族鳥が朝廷と民間とで見聞した事柄を書き留めた随筆集。しかし、「維基文庫」と「中國哲學書電子化計劃」で電子化物を検索したが、見当たらなかった。後者は、「中國哲學書電子化計劃」の「卷十一・物部三」で、以下のように確認出来た。□は表示出来ない字である。下線と太字は私が附した。下線が、ここの話である。

   *

迎春也,半夏也,忍冬也,以時名者也;劉寄奴也,徐長卿也,使君子也,王孫也,杜仲也,丁公藤也,蒲公英也,以人名者也;鹿跑草也,淫羊藿也,麋銜草也,以物名者也;高良、常山、天竺、迦南,以地名者也;虎掌、狗脊、馬鞭、烏喙、鵝尾、鴨□、鶴虱、鼠耳,以形名者也;預知子、不留行、骨碎補、益母、狼毒,以性名者也;無名異、沒石子、威靈仙、沒藥景、天三七,則無名而強名之者也。牝鹿銜草,以飴其牡,蜘蛛嚙芋,以磨其腹;物之微者,猶知藥餌,而人反不知也,可乎?

   *

「蜘蛛(く《も》)、芋《いも》を齧(か)みて、以《もつて》、其《その》腹を磨(す)る」前の引用の太字が、当該部。しかも、後で、良安は、『蓋《けだ》し、蜘蛛の爲(す)る所は、予、靣(まのあたり)、之を見る。』と目撃を断言している。しかし、こうしたクモの行動(昆虫嫌いの私は、特異的にクモ類は気持ちが悪い気がしない)を見たことが無い。クモ愛好家の御教授を乞うものである。

「齊苨(せいねい)」前二書では、確認出来ない。東洋文庫訳は、割注して、『(山草類ソバナ)』とある。これは、以下の「第九十二之本」に立項する。一応、キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ(岨菜・蕎麦菜・杣菜)Adenophora remotiflora に比定しておき、本項で再検証する。当該ウィキに拠れば(注記号はカットした)、『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて』、『水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないため』、『さまざまな料理に使える。歯切れがよく美味であり、飢饉の時には蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測される。花は軽く茹でて』、『酢の物にできる』とあるばかりであった。但し、画像からも察せられたが、これ、ツリガネニンジン(釣鐘人参)Adenophora triphylla var. japonicaの近縁種である。一方、個人サイトらしき「薬草と花紀行のホームページ」の「ソバナ (岨菜、蕎麦菜)」には、『根をセイネイ』(薺苨)と称し』、『漢方では解毒(虫毒、腫毒)や去痰薬にする』としつつも、『成分は未詳。』とある。

「豗(ほ)りて」所持する「廣漢和辭典」に、第一義として『うつ。互いにうちあう。たたきあう」とし、★第二義で『いのこが地を掘る。』とあった。

「馬錢(まちん)」「和漢三才圖會卷第三十七 畜類 狗(ゑぬ いぬ) (イヌ)」の私の注の「番-木-鼈〔(マチン)〕」(=「馬錢」)を見られたい。

「蛇(へび)、蛞蝓(なめくぢり)の涎(よだれ)を見れば、則、地を避(さ)けて、到(いた)らず」所謂る、「三竦(すく)み」で、「虫拳(むしけん)」の遊びにもなっている。ウィキの「三すくみ」によれば、『ヘビはカエルを一飲みにする。ヘビには負けるカエルだが、相手がナメクジならば』、『やすやすと舌でとって食べる。しかし』、『カエルに負けるナメクジには』、『ヘビ毒が効かず、身体の粘液で(カエルより強いはずの)ヘビを溶かしてしまう』。『このときにカエルがナメクジを食べると、その後』、『ヘビに食べられてしまうので、ナメクジを食べられない。ヘビ、ナメクジも同様の状態で、三者とも身動きがとれず三すくみとなる』。『日本最古の三すくみで、当時は日本では「ナメクジはヘビを溶かす」と信じられていたが、実際にはそのようなことはおこらず、ナミヘビ科にはナメクジを捕食する種もいる』とある。私は、嘗て、親友の早稲田大学歴史学教室有給助手と、この問題の事実性を問題にしたことがあったが、彼は、「孰れも科学的根拠がある。」とし、完全否定の私と一晩、論議したが、ケリがつかず、彼の友人の生物学講師に、午前零時に電話をして聴いたところ、けんもほろろに否定された。序でに、彼が、私が「ホヤは尾索動物亜門ホヤ綱で、彼らは、脊椎動物のすぐ下に位置する高等動物である。」と言ったのを、笑い飛ばしたので、「あれも、序でに、聴いてみなよ。」と言ったところ、相手の言葉で、黙って電話を切った。私の完全勝利だったのだ。……その彼も、昨年、腎臓の遺伝病である多発性嚢胞腎で亡った。過ぎし日の青春の一コマだったな、三晴よ……

「犬・䑕《ねずみ》、共に、油《あぶら》を好(す)く。而るに、桐油《きりあぶら》を見ては、敢《あへ》て近づかず【誤《あやまり》て、桐油を舐(ねぶ)る犬は、毛、悉《ことご》く、脫《だつす》。】」さる論文を見たところ、イヌは特定の脂肪・脂肪酸に対する拒絶反応はないとし、それはイヌが、本来、腐肉食者であることと関係があるかも知れない、とあった。因みに、猫は、ココナツ油のような中鎖脂肪酸の多い植物油はだめだそうである。ネズミは油を好む。一方、「桐油」は、当該ウィキに拠れば、『アブラギリ類』(キントラノオ目トウダイグサ科アブラギリ属 Vernicia )『の種子(種核)を搾油して得られる油脂。毒性があるため食用に用いられず、主に工業用途に古くから使用されてきた。流通する桐油の大半はシナアブラギリ』Vernicia fordii 『由来のシナ桐油(tung oil)である』とし、『江戸時代には燈火油、油紙、雨合羽などに利用され』、『農村では防虫剤として重要な役割を果たした』とあり、その毒性物質はエレオステアリン酸(Eleostearic acid, ELA)或いは、α-エレオステアリン酸(α-eleostearic acid)で、キリ油では約八十%も含まれおり、「J-STAGE」の『日本化學雜誌』(第八十一巻三号・一九六〇年発行)の「油脂の生化学的研究(第12報)β-エレオステアリン酸の環状化と環化生成物の毒性について」の著者松尾登氏の抄録には、『基礎飼料に 10% 混合, 白ネズミに投与して動物実験を行ったところ, いずれの場合も 7 日以内にす斃死した』とあったから、イヌも恐らく脱毛症状は必須であろう。

「沙參《シヤジン》」キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属トウシャジン(唐沙参) Adenophora stricta の根茎を乾したもの。去痰・鎮咳に効果があるとされる。

「丹參《タンジン》」「藥品(5) 相反」の私の「五參」の注を見よ。

「蕓薹子《ウンダイシ》」菜種油。「蕓薹」は、恐らくは「あぶらな」或いは「なたね」と訓じており、既出既注。言うまでもなくアブラナ Brassica rapa var. nippo-oleifera 、「菜の花」のことである。しかし、当該ウィキに拠れば、『原種は、西アジアから北ヨーロッパの大麦畑に生えていた雑草で、農耕文化と共に移動したと考えられている。漢代の中国に渡ると栽培作物となり多様な野菜を生むなど、東アジアで古くから栽培されている。日本では弥生時代以降から利用されたとみられる』とあるので、ここで、わざわざ、李朝朝鮮から齎すこともなかろうが、向こうが、本邦にあるかないかを確認する術(すべ)がないわけで、これを、敢えて入れたものと思われる。

「蜀葵花《シヨクキクワ/たちあふひ》」アオイ亜科タチアオイ属タチアオイ Althaea rosea の中文名(「維基百科」を見よ)にして、本邦での同種の古名であるので、問題ない。但し、当該ウィキに拠れば、『当初は中国原産と考えられていたが、現在はビロードアオイ属(Althaea)のトルコ原産種と東ヨーロッパ原産種との雑種( Althaea setosa × Althaea pallida )とする説が有力である』とするものの、『日本には、古くから薬用として渡来したといわれている』とあるので、これも既に当時の本邦にあったものと推定される。

「葶藶子《テイレキシ》」「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●蒂歴子・亭歴子(テイレキシ、ていれきし)」に拠れば、『蔕歴子(亭歴子・葶藶子)は神農本草経の下品に収載されている』とし、基原は、『1)中国産:アブラナ科のマメグンバイナズナ』(豆軍配薺:アブラナ目アブラナ科マメグンバイナズナ属マメグンバイナズナ Lepidium virginicum )『、ヒメグンバイナズナ』( Lepidium apetalum )『、クジラグサ』(鯨草:アブラナ科クジラグサ属クジラグサ Descurainia sophia )『および東北蔕歴子』(シソ目 シソ科ムラサキシキブ属変品種コバムラサキシキブ Callicarpa japonica var. japonica f. taquetii )『の種子を乾燥したもの』、『2)朝鮮産:タネツケバナ』(種漬花・種付花:アブラナ科タネツケバナ属タネツケバナ Cardamine occulta )『の種子を乾燥したもの』、『3)日本産;イヌナズナ』(アブラナ科イヌナズナ属イヌナズナ Draba nemorosa )『の種子を乾燥したもの』とあり、『現在は市場品の殆どは中国産である』とある。「産地」は『中国、朝鮮半島、日本』で、「成分」は1)ヒメグンバイナズナは配糖体ヘルペチョコシド、芥子油配糖体シナルビン、脂肪油、蛋白質、糖類』で、『2)東北蔕歴子は配糖体ヘルペチョコシド、揮発油などを含有する』とする。「用法・用量」は『煎剤、丸剤、散剤』で、『1日1.5~3.0g』とある。

「何首烏《カシユウ》」既出だが、再掲する。基原は、タデ目タデ科ツルドクダミ(蕺・蕺草・蕺菜)属ツルドクダミ Reynoutria multiflora の根である。詳しくは、先行する「藥品(4) 有南北土地之異」の「夜合草《よるあひぐさ》」の私の注を見られたい。

「防已《バウイ》」本篇の冒頭の「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。

「白薇《ビヤクビ》」リンドウ目キョウチクトウ科カモメヅル属フナバラソウ(舟腹草) Vincetoxicum atratum 当該ウィキには薬効が記されていないだけでなく、本邦種のように記してある。しかし、「百度百科」の「白薇」には、『中国の黒龍江省・吉林省・遼寧省などの省で生産されている。また、韓国と日本にも分布する。主に標高百~千八百メートルの河川沿い・乾燥した荒れ地・草原・山間の峡谷・森林草原に生育する。温暖で湿潤な気候を好み、耐寒性はあるが、水浸しには弱い。野生の白牡丹は、主に遼東省の山岳地帯に分布している。野生の白牡丹の価格が高騰し続けているため、人々は利益のために際限なく採取しており、野生資源の絶滅に近づいている』とあり、「維基百科」の「白薇(植物)」には、『伝統中国医学では』、『清熱・清血、排尿促進・排便困難の緩和、解毒・傷の治癒などの効能があるとされている。温邪が滋養気を損ねることによる発熱・陰虚による発熱・骨蒸れや疲労による発熱・産後血虚による発熱・尿路感染症・血尿・癰疽(かゆみ)・腫れ物・刃物による傷などに用いる。現代医学では、この生薬には、利尿作用・解毒作用・心臓の健康促進などの効能があるとされている。但し、妊婦へは慎重に使用する必要がある』とあった。

「五味子《ゴミシ》」「藥品(8) 忌鐵」の私の注を見よ。

「石楠葉《セキナンエフ》」『有毒なシャクナゲでは、絶対に、ない!』という推定で調べたところ、「熊本大学薬学部薬用植物園 薬草データベース」の「オオカナメモチ」にまず、行き逢った。基原は、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 石南葉(セキナンヨウ)」に拠れば、

バラ亜綱バラ目バラ科ナシ亜科カナメモチ(要黐)属 オオカナメモチ Photinia serratifolia

の葉

である。前者から引用すると、「産地と分布」は『岡山県,愛媛県宇和島,奄美諸島,西表島,および台湾,中国南部,インドネシアに分布する』とあり、『常緑高木.樹高46 m.葉は革質で長楕円形,または長倒卵形か卵状楕円形,縁には基部を除いて鋭い細鋸歯があり,幼時中肋上に軟毛があるがのち両面無毛になる.枝先に多数の白色花を散房花序に付ける.果実はほぼ球形で紅紫色に熟する』とある。而して、『日本で「石楠」,「石楠花」と書けばツツジ科のシャクナゲのことを言うが,本来はオオカナメモチのことを指す』と明快である。「薬効と用途」には『鎮痛作用があり,神経性疼痛,足腰の無力感,リウマチ痛などに用いる』とあった。後者は引用しないが、そちらも、例によって、読むに、価値ある。

「菴䕡子《アンリヨウシ/いぬよもぎ》」これは、キク亜綱キク目キク科キク亜科ヨモギ属イヌヨモギ Artemisia keiskeana で、「跡見群芳譜」の「野草譜」の「いぬよもぎ(犬よもぎ」の項に拠れば、『中国では、全草・果実を薬用にする。』とあるので、この場合の基原は、同種の種子(果実)である。同ページに『北海道・本州・四国・九州・朝鮮・ロシア沿海地方・遼寧・吉林・黑龍江・河北・山東に分布』するとある「百度百科」に「菴があり、それによれば、『辛味・苦味・温感を持ち、月経促進・止血・除湿・血行促進等の作用がある。主に、瘀血』(おけつ:血液の巡りが悪くなって、体の中で滞った状態を指す)『による無月経・外傷・関節リウマチの痛みなどの治療に用いる。煎じ薬や粉末にして内服するのが一般的である。果実も単独で薬として用いられる。但し、妊婦は本薬を服用してはいけない。瘀血や湿熱のない人は特に注意して服用するようにせねばならない。』とあった。

「𮔉䝉花《ミツマウクワ》」漢方サイトでは、「蜜蒙花」は「密蒙花」と表記するものが、かなり多くあり、「維基百科」でも「密蒙花」である。さらに、基原についても、

ゴマノハグサ目フジウツギ科フジウツギ属ワタフジウツギ Buddleja officinalis の花序や花蕾を乾燥したもの

としつつも、例えば、「家庭の中医学」の「ミツモウカ・・密蒙花」では、我々にはお馴染みの、

フトモモ目ジンチョウゲ科ミツマタ属ミツマタ Edgeworthia chrysantha

『とするものもある』とある(記載がないので、同じく基原は「花序や花蕾を乾燥したもの」であろう)。前者のワタフジウツギは中国原産で、本邦には自生しないものの、本邦でも栽培はされている。また、「伝統医薬データベース」の「密蒙花」の「備考」には、『中国市場では密蒙花の他,老密蒙花,老蒙花と称される.わが国に輸入される密蒙花は上記正條品であるが,ときに多量の芫花〔ジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)のフジモドキ Daphne genkwa Sieb. et Zucc. の花蕾〕の混入(約17%)が認められる.中国湖北省黄崗,四川省雲陽等に産する密蒙花は,ジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)のミツマタ Edgeworthia chrysantha Lindl. の花蕾であって,通常「新蒙花」または「蒙花珠」と称している.中国市場にはこのものも多く出まわっている.』とある(学名は私が斜体化した)。「ナガエ薬局」の「蜜蒙花(ミツモウカ)」(☜ここでは「蜜」である)には、「臨床応用」に『生薬分類は、清熱明目薬。中薬の効能は清肝、明目、退翳。蜜蒙花は、清肝熱で明目退翳の効能があるので、肝熱による眼赤、腫痛、益明、流涙、目やに、視力障害などに用いる。』とある。その他のネット記載を見ても、目の機能障害への効果で共通している。

「升麻《シヤウマ》」キンポウゲ目キンポウゲ科サラシナショウマ属サラシナショウマ Cimicifuga simplex の根茎を天日乾燥させたもの。ウィキの「サラシナショウマ」によれば、これは、『発汗、解熱、解毒、胃液・腸液の分泌を促して胃炎、腸炎、消化不良に効果があるとされ』、各種『漢方処方に配剤されている』とあり、さらに、『民間では』、一『日量』二『グラムの升麻を煎じて、うがいに用いられる』とする。さらに、『なお、本種に似たものや、混同されて生薬として用いられたものなど、幅広い植物にショウマの名が用いられている』とある。最後の部分は、ウィキの「ショウマ(植物の名)」も参照されたい。

「常山《ジヤウザン》」「藥品(3) 名義」で既出既注。

「佛耳草《ブツジサウ》」これは、皆、知っている、

キク目キク科キク亜科ハハコグサ(母子草)連ハハコグサ属ハハコグサ Pseudognaphalium affine

である。「日本薬学会」の「生薬の花」の解説が、ほっこりとした「心」があって、とてもよいので、以下、全文を引用させて戴く。高松智氏・小池佑果氏・磯田進氏による共同記事である。

   《引用開始》

 ハハコグサ(母子草)は全国の日当たりのよい畑地、原野、道端などにごく普通に見られるキク科の越年草です。高さは2030 cmほどで全体に白軟毛があり、葉は先が丸みを帯びたへら状で、互生します。46月に茎の先端に頭状花序の黄色い小花を多数つけます。春の季語として古くから俳句や短歌などにたびたび登場します。冬期はロゼット葉で過ごし、春になると茎を伸ばして花を付けます。花後にはタンポポと同じように、長さ約2 mmの綿毛のある種子をつけます。

 和名のハハコグサにはオギョウ、ゴギョウ(御形)、ホオコグサ(這子草)、ブツジグサ(仏耳草)、ソジ(鼠耳)、モチバナ(餅花)などの別名が知られています。名の由来は諸説ありますが、はっきりとはしていません。英語名はCottonweedJersey Cudweedです。ハハコグサ属はかつてのnaphaliumからPseudognaphaliumへ変更されました。従来の属名は、ギリシャ語の「gnaphallon(尨毛(むくげ=獣の毛))」が語源であり、現在のものはこれにPseudo(偽の)が付けられました。種小名affineは、「近似の、酷似の」を意味します。

 開花期に全草を採取し、水洗いして天日でよく乾燥させたものを、生薬ソキクソウ(鼠麹草)といいます。漢名でもある鼠麹草は、葉に毛があって鼠の耳のような形をしていることと、花が粒状で黄色の麹(こうじ)に似ていることから名付けられたようです。

 ソキクソウの煎液は鎮咳、去痰、扁桃炎、のどの腫れに有効で、他に利尿作用があるため急性腎炎に伴うむくみの軽減に効果があると言われています。また、江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典の種)の「和漢三才図絵」にはソキクソウ、フキの花、熟地黄をそれぞれ焙り、混ぜたものを三奇散(さんきさん)といい、炉にくべて煙を吸うと痰咳によいと記されています。皮膚病には全草の黒焼き粉を作り、ゴマ油で練ったものを患部に塗布するとよいとされていました。

 ハハコグサの若い茎葉は食用とされ、春の七草の一つです。かつては葉を草餅や団子のなかに入れましたが、緑色の鮮明なヨモギがこれに取って代わり、今では草餅に用いることはほとんどありません。

 このようにハハコグサは色の映えにはやや劣ものの、粥や天ぷらの食材として、母から子へ受け継がれるべき植物であることは確かなようです。

   《引用終了》

なお、「維基百科」の同種のページは「鼠麴草」で、別名として、『清明菜・田艾・佛耳草』(☜)『・母子草・黃花麴草・米麴・鼠耳・水膩子・棉子菜・黃蒿・黃花艾・毛耳朵・無心草・水蟻草・金錢草・追骨風』と並んでいる。

「白頭翁《ハクトウワウ》」基原は、

キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科オキナグサ(翁草)属ヒロハオキナグサ Pulsatilla chinensis の根を乾燥したもの

である。例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 白頭翁(ハクトウオウ)」を引用させて戴く。

   《引用開始》

 「白頭翁」は消炎,収斂,止血,止瀉薬として熱性下痢,腹痛,鼻血,痔出血などに応用され,白頭翁湯や白頭翁加甘草阿膠湯などの処方に配合される清熱涼血薬です.その基源には諸説があり,古来非常に異物同名品が多い生薬であったようです.

 「白頭翁」は『神農本草経』の下品に収載され,陶弘景は「根に近い部分に白茸があってその状が白頭の老翁のようだから名づけられたのだ」といい,蘇敬は「葉は芍薬に似て大きく,一本の茎が抽きでて,その茎の先端に木僅花に似た紫色の一個の花を開く.実は大きいもので鶏卵ほどもあり,一寸あまりの白毛があってそれが一揃いに下った様子は纛(はたばこ)のようで,まさに白頭の老翁に似ているから,かく名付けられたのだ」といっています.その後の蘇頌は陶弘景の説をとり寇宋奭は蘇敬の説を支持していますが,その形状からみてどちらの説ももっともな部分があります.これらの説から察するに,その基源は Pulsatilla 属植物のものと考えられますが,他にも根頭に白茸のあるものや果実に白毛のある植物が多いことから,多くの異物同名品が生じたようで,現在でも中国では正條品以外にキンポウゲ科,キク科,バラ科,ナデシコ科などの根または全草に由来する10 数種類の異物同名品が市場に出回っているようです.わが国へは主に正條品が輸入されますが,かつてはリンドウ科の Gentiana dahurica やキク科の Gnaphalis indica が白頭翁として輸入されたことがありました.また日本に自生する同属のオキナグサ P. cernua の乾燥根が「白頭翁」や「和泰艽」などと称されて市販されていましたが,現在では全く市場性はありません.

 オキナグサは,かつて日本の平地の春を彩る代表的な植物でした.花の咲く頃の茎は 10 cm 前後ですが,開花後に伸長して 40 cm にもなります.落ち着いた赤紫色の花は,直径 34 cm の鐘形で,45 月に下向きに開き,花が終わると,茎は直立します.痩果は多数が球状に集まり,直径 34 cm で,白い毛が密生し,和名はこの様子を老人の頭に見立てオキナグサと呼んだものとされています.本州から九州,朝鮮半島,中国東北部,ロシア極東地方に分布しますが,日本では園芸目的の採集等によって個体数が激減しており絶滅危惧種Ⅱ類に分類されています.オキナグサにはネコグサ,ネコバナ,オバガシラ,オジノヒゲなど様々な地方名がある事からも,かつては身近な植物だったようです.『万葉集』に登場する「ねつこぐさ」も,おそらく地方名のネコグサあたりから転じたものと言われています.

 ヒロハオキナグサは多年生草本で,高さ1040cm,全株が白色の長い柔毛で密に覆われています.主根は比較的太く,葉は根出し,束生し,全体に日本のオキナグサに似ています.花は葉の展開に先立って咲き,開花期は 35 月,結実期は 56 月.黒竜江,吉林,遼寧,河北,山東,河南,安徽,山西,陝西,江蘇省などに分布し,山野や山の斜面,田畑などに生えています.

 これらのオキナグサ属やAnemone属,Clematis属などのキンポウゲ科植物は葉や茎を傷つけたり,折ったりすると刺激性の汁が出て,それが皮膚につくと皮膚炎(水泡)を起こすことがあります.その原因物質はプロトアネモニン[やぶちゃん注:ProtoanemoninC5H4O2。]です.これらの植物は配糖体であるラヌンクリン[やぶちゃん注:RanunculinC11H16O8。]を含有しており,傷つけたり,折ったりする事によってラヌンクリンの糖がはずれ,プロトアネモニンが生じます.しかし,プロトアネモニンは乾燥や熱によって刺激性のないアネモニンへと変わりますので,乾燥した植物では炎症は起きません.

   《引用終了》

「黃蜀葵花《ワウシヨクキクワ/とろろ》」「黃蜀葵」は、アオイ目アオイ科Malvoideae亜科フヨウ連アオイ亜科トロロアオイ属トロロアオイ Abelmoschus manihot当該ウィキの「医療品」に拠れば、『外皮を剥いだ根を乾燥したものが黄蜀葵根(おうしょくきこん)である』。『現代では薬用として用いられることは稀であるが、アルテア根の代用として、煎剤を丸薬を練るときのつなぎにする』。『主成分はペントサン (pentosan) などからなる粘液で、約16%含まれる』。『根は』男色の肛門性交『で使用される通和散の原料として千年以上前から使用されてきた。これはヒドロキシエチルセルロース』(Hydroxyethyl cellulose:セルロースにエチレンオキシド(ethylene oxide)を附加させることによって水溶性を持たせた高分子化合物)『が薬効成分で現代で直腸の触診や下部内視鏡検査などで肛門から異物挿入する時に使用される医療用潤滑剤の主成分でもある。同じアオイ科トロロアオイ属のオクラ』( Abelmoschus esculentus )『などにはヒドロキシエチルセルロースが含まれておらず』、『トロロアオイだけの特徴である』とある。

「前胡《ゼンコ》」双子葉植物綱バラ亜綱セリ目セリ科シシウド属ノダケ Angelica decursiva。根を薄く切って日干しにしたものを「前胡」と称し、生薬とする。

「射干《シヤカン》」やはり、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 白頭翁(ハクトウオウ)」を引用させて戴く。基原は、

単子葉植物綱キジカクシ(雉隠し)目アヤメ科アヤメ属ヒオウギ  Iris domestica Goldblatt & Mabb. (2005)  の根茎を乾燥したもの

である。なお、引用先の冒頭の基原では、ヒオウギの学名が、ヒオウギ属ヒオウギ Belamcanda chinensis (L.) DC. となっているが、同種は、二〇〇五年の分子生物学によるDNA解析の結果から、アヤメ属に編入されている。

   《引用開始》

 ヒオウギは、カキツバタやシャガといった同じアヤメ科で近縁のアヤメ属植物の花に遅れること3ヶ月程して、7月から8月にかけて花を咲かせます。日本の本州から南西諸島、朝鮮半島、中国に至るまで分布し、各地の山野や草原などに野生する植物ですが、観賞用に栽培もされています。花は直径5センチ程で鮮やかなオレンジ色に赤い斑点があり、花後にできる蒴果は裂開して黒い光沢のある種子を覗かせます。この目立つ種子は古くは烏羽玉(ウバタマ)と呼ばれ、万葉和歌に黒や夜の枕詞として登場します。ヒオウギの根茎を乾燥させた物が生薬「射干(ヤカン)」です。

 射干は『神農本草経』の下品に収載された薬物で、『図経本草』には「茎、梗がまばらで長く、さながら射る矢の長竿のようだ。名称はここから起こったのである」とあります。また『新修本草』に「鳶尾は、葉はすべて射干に似ているが、花が紫碧色で、高い茎は抽き出ない」、『本草拾遺』に「射干、鳶尾の二物はよく似ているので、一般には区別せぬ(略)」、『本草綱目』には「震亨曰く、(略)紫花のものが正しい。紅花のものは違う」などという記載があり、鳶尾(エンビ:アヤメ科のイチハツ)」との混乱もあったようです。さらに、射干の別名の1つである「扁竹」が、萹蓄(タデ科ミチヤナギ Polygonum aviculare L.)の別名にもあり、注意する必要があります。

 和名のヒオウギは古く宮中で使用されていた「檜扇」に由来し、扇形に広がる葉から連想されたものと言われています。李時珍も「その葉は叢生して横に一面に舗き、烏の翅や扇などの形のようだ。故に烏扇、鬼扇などの名がある」と、同じく「扇」を連想しています。実際、長さ 3040 センチ、幅約3センチの剣状の葉が扇状に付いています。ここから生じる花茎は1メートル程に達し、総状花序が頂生します。花被は6枚でアヤメ属に近縁ですが、アヤメ属に見られる平らな花柱枝や横向きの柱頭がないという特徴があります。薬用部位の根茎は鮮黄色で多数のひげ根を付けています。春または秋に収穫し、土砂や茎、ひげ根を落としたものを乾燥させ生薬にします。修治に関して『本草綱目』では他書を引用して「およそこの根を採ったならば、まず米泔水に一夜浸して漉出し、しかる後に箽竹葉を用いて正午から午後十二時まで煮て、日光で乾かして用いる」、「寒なり。多く服すれば人をして瀉せしめる」とまとめています。当時は有害作用を除去するための修治法が採られていたようですが、現在はこうした工程は省略されています。

 生薬は不規則な結節状を呈し、表面は褐色〜黒褐色です。表面は縮んで、密集した環紋があります。断面は黄色で顆粒性が認められます。質は堅く、香りは薄く、味は苦くやや辛いとされています。古来、太くて丈夫で、質が堅く、断面が黄色を呈する物が良いとされてきました。現在は主に中国の河南省、湖北省、江蘇省などで生産されています。

 中医学的な薬効は、火を降ろす、解毒する、血を散らす、痰を消すなどで、清熱解毒、消炎、利咽を目的に咽喉痛、咳嗽、喀痰、リンパ腫、腫れ物等に用いられます。また、喉痺咽痛の要薬とされ、扁桃炎による咽喉の腫痛には単独、あるいは他の生薬と配合して煎じ薬としての利用法もあります。『本草綱目』には「咽喉の腫痛:射干花の根、山豆根を陰乾し、末にして吹く、神の如き効がある(袖珍方)」などが収載されています。『金匱要略』の射干麻黄湯は気管支喘息で咳嗽や喀痰がみられるときに用いられるようです。

 日本では馴染みのない生薬ですが、中国の生薬市場では必ず店頭で目にする生薬です。現在まで消えずに残っているという事実が、この生薬の有効性を示しているようです。

   《引用終了》

「馬藺《バイヰ/バレン》」読み二種は、「コトバンク」の日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」に拠った。さて、嘗て、「大和本草卷之八 草之四 水草類 藺・燈心草 (イ=イグサ)」の注で私は、『これは単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属ネジアヤメ Iris biglumis の漢名であり、朝鮮・中国・チベット・ロシアに分布するので、外来種であるが、江戸時代以前に移入されたか。ともかくも本来の漢語の「藺」にはイグサの意はない。』とした。「伝統医薬データベース」の「馬藺子(ばりんし)」には、「薬理作用」に、『馬藺子のアルコールエキスを,雌のマウスに内服さすと,卵の抗生育,抗着床作用がある.この作用は種皮にあって,種仁にない.馬藺子の避妊作用は動物実験ではある程度有効であるが,臨床的には確実性がなく,月経の時期,量に不定の影響を及ぼし,帯下がやや多くなるなどの副作用があるので,避妊薬としては不完全なものである.』とあり、「臨床応用」には、『止血,利尿,解毒薬として,吐血,衂血,婦人の月経過多,帯下,疝痛,咽喉腫痛,癰腫などに応用する.』として、「頻用疾患」として『小便不利, 吐血, 鼻血, 月経過多, 帯下, 咽喉痛』が挙げてあった。

「劉寄奴草《リウキドサウ》」先行する「藥品(3) 名義」の私の注の「劉寄奴」を見られたい。

「薤《カイ/おほにら》」「オオニラ」はネギ属ラッキョウ Allium chinense の別称である。「細野漢方診療所」公式サイト内の「漢方戯言」の「ラッキョウ(薤)」に以下のようにある。

   《引用開始》

中国には「薤」というものが古い昔からあった。「薤」とはつまり、ラッキョのことである。

ラッキョはニンニクに似ているが、ニンニクほど強烈な苦味や臭みはない。私は、あのニンニクは嫌いだが、ラッキョは好きだ。考えてみると、中国でも、ことに北部の人々は、南部の人々がラッキョを好むのに比して、ニンニクを用いるのを見ると、それは人々の好みの相違のためであるには違いないが、総じて、気候の寒暖の相違から起こったようにも思える。つまり寒冷を凌ぐのに適する脂っこい食物の味の調整のためには、ラッキョウは駄目で、ニンニクだけがあいものなのらしい。

ラッキョは酢漬けがあっさりして最もよく、酒のぬか漬けものもあるが、少しもっさりとしてラッキョ本来のあっさりした味が求められない。ラッキョは、ニンニクや葱類と同様、わずかに抗菌作用があると言われている。そのために、日本食のようなビタミン群の少ない食事をしていても葱やラッキョなどを少し多量に食していると、脚気様症候群が現れてこないのであろう。それなくば、いかにビタミンの多い食物を摂取しても、腸内の大腸菌などの破壊作用によって常にビタミン不足の状態になり、脚気様症候群をひきおこすことになるのであろう。

私はそれよりも、もっと大切な役割をラッキョは人間の生体に与えているように思う。「本草備要」という中国の薬物書を見ると、「薤」は身体の中を調え、体の陽気をつけ、血が固まろうとするのを防ぎ、善良な肌肉を生ぜしめ、下腹のある諸臓器―特に大腸の機能の渋滞を解き、下痢や排便がしぶるのを治し、更に、狭心症や心筋梗塞のときのような、胸のつまり、刺すような痛みを治す作用があると書いてある。また、喘息のように、喉のつまり、ぜりつく[やぶちゃん注:意味不明。「ひりつく」か?]ようなものにもよい。ことに、漢方では、この「胸痺刺痛」を治す作用を重要視して、二千年以上昔からラッキョを薬用に用いている。すなわち、枳実薤白桂枝湯とか、括呂薤白白酒湯、瓜呂薤白半夏湯などという処方を用い、心臓の病気でも、肋間神経痛のような胸の痛みのある病にも広く応用して、誠に立派な効果を収めている。

私は日常、強いてラッキョの酢漬けを愛用するが、それはまた科学的にははっきりしていないまでも、心筋梗塞や狭心症の予防には欠くことができないのではないかと思って、できるだけ毎日、少しずつでも食べることにしている。それにしても、ラッキョを食うと、ラッキョ独特の悪臭が口臭として出るので、まあ他人に迷惑をかけることになりかねないところから、ラッキョを食べる日と時刻、それに分量とに、予め注意することにしている。

   《引用終了》

「萆薢《ヒカイ》」中医学情報サイト「草根木皮みな藥」の「萆薢(ひかい)」に拠れば、これには「粉萆薢」(「ふんひかい」と音読みしておく。次も同じ)と「綿萆薢」(めんひかい)の二種があり、「粉萆薢」は単子葉植物綱ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属オニドコロ Dioscorea tokoro や同属の Dioscorea hypoglauca などの根茎(担根体)を、「綿萆薢」は同属のキクバドコロ Dioscorea septemloba Dioscorea futschauensis などの根茎が原材料である、とあった(但し、私から一言言っておくと、これら狭義のトコロ類は強烈な苦みがあって灰汁抜きしない限りは食用にはならないので注意されたい)。効能は「膏淋」(こうりん:混濁尿・尿量減少・排尿困難・残尿感などの諸症状)の常用薬、とあった。

「百部根《ビヤクブコン》」基原は、

単子葉植物綱タコノキ目ビャクブ科ビャクブ属ビャクブ Stemona japonica ・タチビャクブ S. sessilifolia ・タマビャクブ S. tuberosa の肥大根を乾燥したもの

である。たびたびで悪いが、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 百部(ビャクブ)」を引用させて戴く。

   《引用開始》

 百部は『名医別録』の中品に収載され,現代中薬学で止咳平喘薬に分類される薬物ですが,古来駆虫薬としても使用されてきました。生薬名に関して李時珍は「その根が多く,百数十の根の様子が5人組がいくつも合わさって一群となった部隊のようにみえるのでこのように名付けられたのだ」と説明しています.原植物の形態に関しては、蘇頌が「春苗が生えて藤蔓となり,葉は大きく尖って長く,頗る竹葉に似たもので,表面は青く光る」と言っており,これらは現在の市場品の一種であるビャクブ科のビャクブであろうと考えられます.

 ビャクブ科は単子葉植物に属する4属30種からなる小さな群で,東南アジアからオーストラリア北部,東アジア,北アメリカ東南部に隔離分布しています.多年生草本で,単子葉植物としては変わった4数性の花をつけ,地下には肥大した根を発達させます.

 ビャクブ Stemona japonica はジャポニカという種小名をもちますが,中国原産で江戸時代に薬草として日本に渡来した植物です.茎は上部がつる状になり縦に筋があり高さ6090 cm,全体がなめらかで無毛.肥大根は多肉質で紡錘形,数本から数十本が束生します.葉は通常 4 枚が輪生し,卵形もしくは卵状披針形,先端は鋭先形か漸鋭先形,基部は円形か切形に近く,全縁もしくはわずかに波状を呈し,59 本の平行脈があります.葉柄は線形で長さ 1.52.5 cm5月に各柄に花被片4枚からなる淡緑色の小さな花が単生します.分布は山東,安徽,江蘇,浙江,福建,江西,湖南,湖北,四川,陝西省などです.

 タチビャクブは高さ 3060 cm,茎は直立して分枝せず縦に筋があり,葉はふつう 34 枚が輪生し,ほぼ無柄であることでビャクブとは区別できます。開花期は34月.分布は山東,河南,安徽,江蘇,浙江,福建,江西省などです.

 タマビャクブはより大型になり,茎上部は他物によじのぼって高さ5mに達します.葉は広卵形で通常対生する点で先の2種とは区別され,また長さ46 cmの葉柄があります.塊根は多肉質で紡錘形か円柱形,長さ1530 cm.開花期は5〜6月で花被片に紫色の脈紋があります.分布は台湾,福建,広東,広西,湖南,湖北,四川,貴州,雲南省などです.

 これらの植物に由来する百部は,ステモニン,ステモニジンなどのアルカロイドを含有します.これらのアルカロイドは呼吸中枢の興奮を抑制して鎮咳作用を示すと考えられますが,多量だと呼吸障害をおこします.また,煎液には抗菌作用,真菌抑制作用があり,エタノールエキスにはシラミなどに対する殺虫作用があります.古来駆虫・殺虫薬として使用されてきた所以です.漢方では潤肺,止咳などの効能を期待して,急性・慢性咳嗽,百日咳などに使用され,特に「肺癆咳嗽の要薬」として知られています.風邪などで咳が長く続く時には紫苑・白前・桔梗などと配合する止嗽散.肺結核などの肺陰虚で咳が続き,血痰のみられるときには生地黄・熟地黄・阿膠などと配合する月華丸などがあります.また,駆虫,殺虫などの作用を期待して,回虫症や蟯虫症に対して内服,あるいは蟯虫症には煎液を注腸したり,シラミや疥癬,トリコモナスなどでは煎液を患部に塗布したりします.かつて日本でも茎を「しらみひも」といって,シラミやノミを忌避するために下着に縫い込んでいたそうです.

 一方,雲南省や四川省の一地区ではユリ科の Asparagus pseudofilicinus の塊茎を『百部』として用いています.これは天門冬の仲間で,やはり地下部が紡錘形に肥大して百部によく似ています.李時珍は「百部には茴香のような細葉のものもある.その茎は色青くて肥え,若いうちには煮て食べる」と記しており,『政和本草』の『峡州百部』の図や『本草綱目』の『小葉百部』の図は正に Asparagus 属植物であり,『図経本草』の天門冬の項にも「南獄では百部という」とあり,古くから混乱していたようです.ただし,含有成分から判断する限り,駆虫薬としての作用は期待できないと考えられます.

   《引用終了》

「延胡索《エンコサク》」「藥品(1)」の「玄胡索」の注を、太字を入れて、引く。キンポウゲ目ケシ科ケマンソウ(華鬘草)亜科キケマン(黄華鬘)属エンゴサク(延胡索) Corydalis yanhusuo 、及び、東北延胡索 Corydalis ambigua の塊茎を基原とする漢方生薬。日本語のウィキもあるが、対象種の学名(しかも品種である)が不審なので、中文の「維基百科」の「延胡索」に基づいた。そこに異名として「玄胡索」もあるのである。そこに『中国本土の安徽省・山東省・浙江省・江蘇省・湖北省・河北省・河南省桔河市及び信陽市に分布し、主に丘陵地帯の草原で見られ、模式種の原産地は浙江省杭州』とあり、『辛味、苦味、温感を持つ様々なアルカロイドが含まれており、主に血液循環の促進・気の促進・鎮痛・鎮静・催眠効果がある』といったことが書かれてある。

「胡黃連《コワウレン》」「藥品(13) 服藥食忌」の同注を見られたい。

「山豆根《サンヅコン》」これは、マメ目マメ科クララ(エンジュ)連クララ属クララ Sophora flavescens であろう。本邦にも植生する。漢名「苦参」。和名は「眩草(くららぐさ)」で、根を噛むと、クラクラするほど苦いことに由来するという。ウィキの「クララ」によれば、『全草有毒であり、根の部分が特に毒性が強い』。『アルカロイド』(alkaloid:窒素原子を含み、ほとんどの場合で塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称)『のマトリン』(Matrine)『が後述の薬効の元であるが、薬理作用が激しく、量を間違えると大脳の麻痺を引き起こし、場合によっては呼吸困難で死に至る。素人が安易に手を出すのは非常に危険である』。『根は、苦参(くじん)という生薬であり、日本薬局方に収録されている。消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があり、苦参湯(くじんとう)、当帰貝母苦参丸料(とうきばいもくじんがんりょう)などの漢方方剤に配合される。また、全草の煎汁は、農作物の害虫駆除薬や牛馬など家畜の皮膚寄生虫駆除薬に用いられる』。『なお、延喜式には苦参を紙の原料としたことが記されているが、苦参紙と呼ばれる和紙が発見された例が存在せず、実態は不明である』が、二〇一〇年の『宮内庁正倉院事務所の調査で「続々修正倉院古文書第五帙第四巻」の』一『枚目は和紙、手触りや色合いが』、『延喜式での工程や繊維の特徴を持ち』、二『枚目は苦参の可能性が高いと判断した』とある。但し、平凡社「世界大百科事典」によれば、本邦では全くの別種であるマメ目マメ科ミヤマトベラ(深山扉木)Euchresta japonica を「山豆根」と称し、特に前者の毒性が強いことから、注意が必要である。こちらは本州(茨城県以西)・四国・九州、及び、中国大陸に分布する(最近までは日本固有種とされていた)。本邦の漢方では、根を乾燥して「山豆根(さんずこん)」の名称で、口腔・咽喉の病気に用いていた、とある。ここは、「和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼫鼠(りす) (リス類)」で注したものを援用した。

「鬱金《ウコン》」ここは、一度、悩まされた結果、その後遺症で、素直に注出来ないでいる。先行する「藥品(1)」の『「薑黃《きやうわう》」を以《もつて》、「鬱金《うこん》」と言《いふ》。』への迂遠な私の注を、どうぞ!!!

「啇陸《シヤウリク/やまごばう》」これは、古い八年前に公開した「和漢三才圖會第四十三 林禽類 杜鵑(ほととぎす)」で、私が詳細に考証してあるので、そちらを見られたい。

「天仙藤《テンセンタウ》」「跡見群芳譜」の「樹木譜」の「つづらふじ(葛藤)」によって、この名の正当な種は、『兩廣・雲南・インドシナ産』の、

キンポウゲ目ツヅラフジ科アオツヅラフジ(中文名:天仙藤)属天仙藤(中文名。「黃藤」とも呼ぶ)Fibraurea recisa

であることが判った。而して、馬鹿正直に、

この学名で「百度百科」を見ると……

……おや? 「黄藤素」に出てくるぞ?……

……さて? この「黄藤素」というのは、なんじゃい?……

英名に“Palmatine”とある。

当該ウィキによれば、『パルマチン』『は、プロトベルベリン系のアルカロイドである。キハダ( Phellodendron amurense )、Rhizoma coptidis Coptis Chinensis Corydalis yanhusuo 等の様々な植物に含まれる』。『また、Enantia chloranthaから抽出されるプロトベルベリンの主要成分である』。『黄疸、赤痢、高血圧、炎症、肝臓関連病の治療薬として期待されている』。『またIn vitro』(イン・ヴィトロ:生物学の実験などに於いて、試験管内などの人工的に構成された条件下、すなわち、各種の実験条件が人為的にコントロールされた環境であることを意味する語。語源は「ガラスの中で(試験管内で)」を意味するラテン語。以上は当該ウィキに拠った)『では』、『弱い抗フラビウイルス活性も示す』とあった。

いや! ちょっと待たんカイ!

……じゃんじゃんFibraurea recisa から離れとらんかい?

……しかし、「黄藤素」の下の方を見ると、『主要活性成分』『本品防己科植物黄藤Fibraurea recisa Pierre.干燥藤茎中提取得到的生物碱。』とあるなあ。後半は、同種の『乾燥した茎から抽出されたアルカロイドである。』の意だ。さらに下の、「適応症」を見ると、『上気道感染症・扁桃炎・腸炎・赤痢・尿路感染症、外科領域、及び、婦人科領域の細菌感染症の治療に用いられる。局所適用』として『点眼薬は結膜炎の治療に、膣点眼薬はカンジダ・アルビカンス感染症の治療に用いられる』とある。

……でも……やっぱ……何となく……これで、ええんやろうか? と疑問がモリモリしてきたのであった。

 そこで、再度、調べてみた。すると、流石、神農子さんだ!

「生薬の玉手箱 | 馬兜鈴(バトウレイ)」に違う「天仙藤」が登場しているノダ!!!

そこでは、基原を、

『ウマノスズクサ科(Aristolochiaceae)のマルバウマノスズクサ Aristolochia contorta Bunge およびウマノスズクサ A. debilis Siebold et Zucc. の成熟果実を乾燥したもの。』

とする。

   《引用開始》

 チョウの仲間は孵化後に幼虫が食す植物に卵を産み付けます。日本固有種で個体数が減少しているギフチョウの幼虫はウマノスズクサ科のカンアオイ属植物を食草とし、また雄成虫が麝香のような芳香を放つことで知られるジャコウアゲハの幼虫は今回の話題生薬「馬兜鈴」の原植物であるマルバノウマノスズクサやウマノスズクサなど、ウマノスズクサ属を食草とします。ウマノスズクサ属(Aristolochia)は熱帯や亜熱帯地域に広く分布し、500種以上が知られています。多くはつる性の草本または木本で、低木状になるものもあります。属名のアリストロキアはギリシャ語の「アリストス(aristos=最良の)」と「ロキア(lochia=出産)」からなり、古くから出産の痛みを和らげるためにこの属の植物が使われたことによるとされています。

 馬兜鈴は『開宝本草』に収載された薬物で、『本草衍義』の著者の寇宗奭は「つる性のもので、木に付いて上に伸び、葉が落ちてからもその実がなお垂れ、その形状が馬の首に付ける鈴のようなものだからこの名称が起こったのだ」と記しています。また、根は獨行根や土青木香、地上部は天仙藤などと呼ばれ、それぞれ薬用とされています。現在、中国市場には馬兜鈴、青木香、天仙藤のなどの生薬が流通しています。

 マルバウマノスズクサは多年生のつる性草本で、長さは1m 以上になります。葉は互生し、葉身は三角状の広卵形で長さ2.57 cm、幅 2.57 cm、全縁で先端は鈍形か鈍くとがり、基部は心臓形。独特の形をした花は310個が葉腋間に束生し、花被は暗紫色で長さ1.53.5cm、ほぼ斜めに湾曲し、上部は斜めのラッパ状で、先端は漸線形、中央部は管状を呈し、下部は花柱を包み、ふくれて球形をなしています。薬用部の蒴果も特徴的で、長さ34 cmの倒広卵形か楕円状倒広卵形を呈し、未熟な頃は緑色で成熟すると黄緑色になり、室間にそって6弁に開裂し、果柄上で裂けて56本の糸状となってぶら下がります。このぶら下がった果実の形が馬の首にかける鈴に似ていることから中国で馬兜鈴の名称が生まれ、日本ではウマノスズクサと呼んでいます。結実期は9月です。

 果実にはアリストロキア酸やアリストロキン、マグノフロリンなどが含まれ、去痰、気管支拡張、抗菌作用などが知られています。漢方では止咳・化痰の効能があり、咽頭炎や気管支炎などの咳嗽や喀痰、血痰、嗄声などの症状に用いられます。小児の喘息や咽痛、咳嗽、血痰のみられるときには阿膠・杏仁・牛蒡子などと配合する阿膠散などがあります。このほか痔の出血や肛門周囲の腫痛にも用いられます。痔の治療には一般に内服しますが、馬兜鈴を瓶の中に入れて焼いて患部を薫じるという方法もあります。しかし、ウマノスズクサ科植物特有の成分であるアリストロキア酸は、重篤な腎障害を引き起こします。かつて、バルカン半島の農村部で起こったバルカン腎炎の原因物質でもあり、漢方薬原料としてもAristolochia属植物由来の「関木通」の長期服用による重篤な腎障害が問題となりました。そのため、馬兜鈴に限らず、近縁植物に由来する生薬の内服には十分な注意が必要です。

 毒と薬は紙一重とよく言われます。馬兜鈴や附子などのように先人たちは毒草をよく理解し、少量を短期間に限って使用することによって治療薬として利用してきました。一方、自然界においても、ジャコウアゲハの幼虫は食した葉に含まれるアリストロキア酸をそのまま体内に溜め込み、さらにそのまま成虫にも移行保存されることによって外敵から身を守っていることが知られています。自然界における毒の有効利用ということでしょうか。さらに、別にジャコウアゲハに擬態することで我が身を守っている昆虫がいるそうですから、自然界の妙には驚かずにおれません。

   《引用終了》

脱線だけど、この最後の一段落が、神農子さんの本骨頂で、チョーいいね!

 さて。

この時、板坂卜齋が入手した朝鮮から齎された「天仙藤」が、果して、どっちだったのか、それは、判らぬ。

しかし、だ!

実は、このずっと後の「卷第九十六」の「蔓草類」に、「天仙藤」は、載る。而して、東洋文庫訳で、竹島淳夫氏は、これを割注で、『(ウマノスズクサ科)』としておられる。私も、単に、この疲れたドライヴの果てに、マルバウマノスズクサ・ウマノスズクサに落ち着いて眠りたい気がしているのである。識者の御意見を乞うものである。

「銀茈胡《ギンサイコ》」サイト「ミシマサイコという薬草を知っていますか! 相模原柴胡の会」の『古いにしえより伝わりし「柴胡が原さいこがはら」とミシマサイコ!』の、『漢方生薬「柴胡」に関する古典史料』の『「神農本草経」(西暦112年頃)』のコーナーに、『古代中国の神農が著したとされる最も古い中医薬学(本草学)の書物で、植物薬252種、動物薬67種、鉱物薬46種の合計365種に関する効能と使用方法が記載されている。薬性により上薬、中薬、下薬に分類されている』とし、『柴胡は上薬の部に『茈胡』』(☜)『の名で収載され、薬能は「心腹を主り、腸、胃中の結気、飲食積聚、寒熱邪気を除き、推陳致新(新陳代謝)を主る」と記されて』い『る』とあったので、これは「銀柴胡」と同義と採る。ただの「柴胡」なら、複数回既出既注で、セリ目セリ科ミシマサイコ(三島柴胡)属(或いはホタルサイコ属)ミシマサイコ Bupleurum stenophyllum の根である。解熱・鎮痛作用があり、多くの著名な漢方方剤に配合されている。ウィキの「ミシマサイコ」によれば、『和名は、静岡県の三島市付近の柴胡が生薬の産地として優れていたことに由来する(現在の産地は、宮崎県、鹿児島県、中国、韓国など)。』とある。しかし、「銀柴胡」は、それとは全く異なるものである。「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●銀柴胡(ぎんさいこ、ギンサイコ)」によれば、『健康食品』とし、『銀柴胡の名は本草綱目に収載されて』おり、『色白く柔らかい』とし、基原は、『ナデシコ科の多年草、フタマタハコベ』『、またはその近縁植物の根であって』、『柴胡とは全く違う』と断じてある。『銀柴胡とはもともとは銀州に産する柴胡という意味であつたが』、『柴胡はセリ科の植物で全く異なる』と述べ、『フタマタハコベは乾燥した草原や岩の間に生え、ハコベに似た花が咲く』とする。「産地」は『中国』で、「成分」は『サポニン』とし、「応用」の項には、『かつては栄養の補給に使われた』とする。而して、このフタマタハコベは、「跡見群芳譜」の「野草譜」の「はこべ」に、以下の二つの学名が載る。

・ハコベ属フタマタハコベ Stellaria dichotoma (中文名『叉岐繁縷』。産地は『河北・西北・遼寧・吉林・黑龍江・モンゴリア・シベリア・極東ロシア産』

・フタマタハコベ Stellaria dichotoma f. lanceolata(中文名『狹葉叉岐繁縷』の他、『銀柴胡・牛肚根・沙參兒・白根子・土參』を挙げる)

しかし、この後者は、「維基百科」の、まさに「銀柴胡」の学名であった。そして、その「外部連結」の一つのリンク、「中藥標本數據庫 (香港浸會大學中醫藥學院)」のみが生きていた。ここである。そこには、基原は、『根と根茎』とあり、『原産地』は『主に甘粛省・寧夏回族自治区・陝西省・内モンゴル自治区などで生産されている。』とあり、「特徴」の項には、『亜円筒形で、時に枝分かれし、長さ1540cm、直径0.52.5cm。表面は淡黄褐色から淡褐色で、ねじれた縦皺と細根痕があり、しばしば、穴状または円盤状の窪みがある。砂穴の点で折ると、褐色の亀裂から細かい砂が出ているのが見える。根の頭はわずかに膨らみ、芽、茎、または、根茎の残骸が密集した疣状の突起がある。硬くて脆く、折れやすく、破断面は不均一で比較的緩く、亀裂があり、樹皮は非常に薄く、黄色と白の放射状の縞模様が交互に現れる木質である。微かな匂いがあり、味は甘い。栽培品種は枝分かれし、下部はねじれていることが多く、直径0.31.2cmである。表面は淡黄褐色、又は、淡黄褐色で、細く明瞭な縦皺があり、細根痕は点状の窪みとして現れることが多い。根頭には多数の疣状突起があり、穴は殆んどない。割面は比較的緻密で、裂け目は殆んどなく、僅かに粉状で、材の放射状の条線は、あまり、目立たない。味は、やや甘みがある』とし、「効果」の項に、『清熱作用と清血作用があり、肺結核の発熱、慢性マラリアに伴う陰虚、発熱を伴う衰弱した小児に効果がある』と記す。しかし、そこにある学名は、変種

Stellaria dichotoma L. var. lanceolata 

であった。私がデイグ出来たのは、ここまでである。

「藜蘆《レイロ/しゆろさう》」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。

「續斷《ゾクダン》」「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 続断(ゾクダン)」では、「基原」として『中国産は』 Dipsacus asperoidesC.Y Cheng et T.M.Ai(マツムシソウ科 Dipsacaceae)の根を乾燥したもの』としており、最後に『続断の原植物は未だに混乱し,明らかにはされていません。一般に,本生薬のように,薬効が生薬名となったものには異物同名品が多いようです』と記されてある。

「烏頭《ウズ》」「烏頭」は猛毒で知られるモクレン亜綱キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科トリカブト(鳥兜・草鳥頭)属 Aconitum を指す。種にもよるが、致命的な毒性を持ち、狩猟や薬用に利用されてきた歴史がある。

「薑黃《キヤウワウ》」前の「鬱金《ウコン》」の注と同じで、先行する「藥品(1)」の『「薑黃《きやうわう》」を以《もつて》、「鬱金《うこん》」と言《いふ》。』への迂遠な私の注を見よ。

「漏蘆《ラウロ/ひごたい》」植物体は、一つに、

キク目キク科ヒゴタイ属ヒゴタイ Echinops setifer

とする。当該ウィキに拠れば、『多年生植物』で、『和名の漢字表示については「平江帯」(貝原益軒の大和本草)または「肥後躰」(肥後細川家写生帖)などがある』。『日当たりの良い山野に生える。葉はアザミに似て切れ込みがあり、棘を有する』。『花期は8月から9月。花茎が11.5m程度直立し、その先に直径5cm程の青い球形の花が咲く。これは瑠璃色の小さな花が球状にかたまって咲いたもので、写真のように一株に』、『複数』、『咲く』。『朝鮮半島の南部から、西日本の所々に咲く。日本では愛知県、岐阜県、広島県と九州の特定箇所で見られる。九州中部の九重山から阿蘇山周辺の草原では、元々自生していたが、今では野生以外に種を蒔いて増やした株も見られる』とあるが、「維基百科」の同種「糙毛蓝刺头」によれば、『日本、韓国、中国本土の河南省と山東省の一部に分布し、主に丘陵の斜面に生育する』とある。但し、本種の正確な薬効は、遂に見出せなかった。

別に、

キク目キク科ヒゴタイ属オクルリヒゴタイ Echinops latifolius

とする。「伝統医薬データベース」の「漏蘆」で、その学名を示し、「臨床応用」に『解熱,解毒,抗炎症,排膿,催乳薬として,癰疽,疔瘡腫毒,瘰癧,乳癰,乳汁不通などに応用する.近年本品の黒焼きを痔疾に外用している.』とあり、「頻用疾患」には、『皮膚化膿症, 乳房が張って痛む, 乳汁分泌不全, 発熱, 痔』とあった。]

2025/12/02

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 藥品(14) 飮食禁忌

[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、本文は、良安の評言の前の最後「河豚」の一行を除いて、第一部が、二つの項目で一行で空欄を設けて記載されてあるのだが、無駄に空けると、ブラウザの不具合が生じるので、原文の部は引き上げて、独立の一文とした。

 本篇は、特定の飲食に際して、同時に合わせて食べてはいけない禁忌となる食物を記したものである。本邦で言うところの、所謂、「食い合わせ」に相当するものである。今までと同様に漢方学的なものは注を附すが、漢字で判る動植物(言うまでもないが、メイン部分は、今までと同じ、基本は「本草綱目」を中心とした中国の本草書からのものである)は、中国と日本で異なるもの場合のみとする。

 

  飮食禁忌【如牛馬羊犬者本朝人不食故省故不記之】

雞肉 忌蒜葱芥末糯米鯉野雞

沙餹 忌鯽魚笋

[やぶちゃん注:「鯽」は、原本では、「魚」が「𩵋」、(つくり)の中央部の最初の一点が存在せず、下部は「ヒ」ではなく、縦画の中央右に二つの「―」が突き出している。しかし、そのような異体字は存在しないので、「鯽」の字で示した。]

雉肉 忌蕎麥木耳胡桃鯽鮎魚

蕎麥 忌雉𮌇猪𮌇

螃蠏 忌荊芥柿橘軟棗

木耳 忌雉𮌇野鴨

鰕子 忌鷄𮌇猪𮌇

芥子 忌鯽雞鼈兎

綠豆 忌榧子殺人又忌鯉魚鮓

乾笋 忌沙餹鱘魚

胡桃 忌野鴨雉及酒

批杷 忌熱麪

胡蒜 忌魚鱠魚鮓鯽魚雞

桃子 忌鼈𮌇

鼈𮌇 忌莧菜薄荷芥菜桃雞子

銀杏 忌鰻鱺

鯽魚 忌芥末蒜餹雞雉

楊梅 忌生葱

魚鮓 忌豆藿麥醬蒜緑豆

慈姑 忌茱萸

河豚 忌煤炲荊芥防風菊花桔梗甘草烏頭附子

 

△按今人食鷄𮌇多入葱蒜爲臛呼名南蠻

 又有食鯽鱠胡葱蒜和芥醋者

 又有食野鴨臛木耳椎茸之類者呼名𤎅鳥

 本草所謂鯽與芥菜同食成腫疾雞與生葱同食成蟲

 痔然則雖急不有害好食之者甚不可

相傳蕎麥與西瓜同食煩悶多至死又鰻鱺浸醋乃鰻鱺

 膨張於腹中故使人煩悶也蓋西瓜似水而速降故先

 西瓜後蕎麥則無害乎今人毎炙鰻鱺合蓼醋食之亦

 無害多食則必損人至死者有之

 

   *

 

  飮食≪の≫禁忌【牛・馬《むま》・羊・犬のごときは、本朝の人、食≪せ≫ず。故《ゆゑ》、省《はぶき》て、之≪を≫記《しる》さず。】

雞《にはとり》≪の≫肉 蒜《にんにく》・葱《ねぎ》・芥《からし》の末《まつ》[やぶちゃん注:粉末。]・糯米《もちごめ》・鯉《こひ》・野-雞(きじ)を忌《いむ》[やぶちゃん注:以下、全部同じであるが、面倒なので「忌む」で示す。]。

沙餹《さたう》 鯽魚《ふな》・笋《たかんな/たけのこ》を忌む。

雉肉《きじにく》 蕎麥《そば》・木耳《きくらげ》・胡桃《くるみ》・鯽《ふな》・鮎魚《なまづ[やぶちゃん注:要注意! 「あゆ」ではない! 後注参照!]》を忌む。

蕎麥 雉肉・猪肉《ゐのこにく》を忌む。

螃蠏(かに)[やぶちゃん注:広義のカニ。] 荊芥《けいがい》・柿《かき》・橘《いつ》・軟-棗《なつめ》を忌む。

木耳(きくらげ) 雉《きじ》𮌇・野-鴨(かも)を忌む。

鰕子(えび[やぶちゃん注:この場合は「子」は「小」で、中国語で、比較的小さなエビ、或いは、製品としての干しエビを指す。]) 鷄𮌇《けいにく》・猪𮌇《ゐのこにく》を忌む。

芥子(からしのこ) 鯽・雞・鼈《すつぽん》・兎《うさぎ》を忌む。

緑豆(ぶんどう) 榧《かや》の子《み》≪を≫忌む。人≪を≫殺《ころす》。又、鯉--鮓《こひのすし》を忌む。

乾笋《めんま》 沙餹・鱘魚《てふざめ》を忌む。

胡桃(くるみ) 野-鴨《かも》・雉、及《および》、酒を忌む。

批杷《びは》 熱-麪《ねつめん》[やぶちゃん注:汁の熱い麺類物。]を忌む。

胡(にんにく) 魚-鱠(なます)・魚《うを》の鮓《すし》・鯽魚・雞を忌む。

桃の子《み》 鼈《すつぽん》の𮌇を忌む。

-𮌇《すつぽん≪のにく≫》 莧-菜(ひゆ≪な≫)・薄荷《はつか》・芥-菜(からし)・桃・雞子《けいらん》を忌む。

銀杏《ぎんあん[やぶちゃん注:ママ。]》 鰻-鱺(うなぎ)を忌む。

-魚《ふな》 芥《からし》の末《まつ》・蒜《にんにく》・餹《さたう》・雞《にはとり》・雉を忌む。

楊梅(やまもゝのみ) 生《なま》≪の≫葱《ねぎ》を忌む。

魚鮓(《うを》のすし) 豆-藿(まめのは)・麥-醬(しやうゆ)・蒜《にんにく》・緑豆《りよくたう》を忌む。

慈姑(くわい) 茱萸(ぐみ)を忌む。

河豚(ふくとう[やぶちゃん注:江戸時代のフグの呼称の一つ。]) 煤-炲(すす)・荊芥《けいがい》・防風《ばうふう》・菊花《きくくわ》・桔梗《ききやう》・甘草《かんざう》・烏頭《うず》・附子《ぶす》を忌む。

 

△按ずるに、今≪の≫人、鷄𮌇《けいにく》を食し、多《おほく》、葱《ねぎ》・蒜《にんにく》を入《いれ》て、臛(にもの)と爲《なし》、呼んで、「南蠻煑《なんばんに》」と名《なづ》く。

 又、鯽-鱠《ふなのなます》を食≪ふと≫、胡-葱(あさつき)・蒜《にんにく》を芥-醋《からしず》を和《まぜる》者、有《あり》。

 又、野-鴨(かも)の臛《あつもの》を食≪ふに≫、木耳《きくらげ》・椎茸の類《たぐゐ》を入《いれる》者、有り、呼《よん》で、「𤎅鳥(いりとり)」と名《なづ》く。

 「本草≪綱目≫」に、所謂《いはゆ》る、『鯽《ふな》と芥菜《からしな》を同《おなじく》食へば、腫疾《しゆしつ》を成《しやう》ず』、『雞《にはとり》と生葱《なまのねぎ》を同《おなじく》食へば、蟲痔《ちゆうじ》と成《な》る』と云《いふ》[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]。然《しか》れば、則《すなはち》、急に≪は≫、害、有らずと雖も、好んで、之れを食ふは、甚《はなはだ》、不可なり。

相傳《あひつた》ふ、「蕎麥《そば》と西瓜《すいか》と、同食すれば、煩悶して、多《おほく》、死に至る。」≪と≫。又、「鰻鱺《うなぎ》を醋《す》に浸《ひた》せば、乃《すなはち》、鰻鱺、腹≪の≫中に膨張す。」≪と≫。故《ゆゑ》、人をして煩悶せしむなり。蓋し、西瓜は、「水《すい》」[やぶちゃん注:五行の「水」であるので、音で読んだ。]に似て、速《すみや》かに、降《くだ》る。故《ゆゑ》、西瓜を先にし、蕎麥を後にする時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則《すなはち》、害、無きか。今の人毎《ごと》に、鰻鱺に《✕→を》炙《あぶ》り[やぶちゃん注:一・二点はないが、脱落と断じて、返して訓読した。]、蓼醋(たです)を合《あはし》て、之≪れを≫食へども、亦、害、無し。≪但し、≫多《おほく》食へば、則《すなはち》、必《かならず》、人を損ず。死に至《いたる》者、之《これ》、有《あり》。

 

[やぶちゃん注:「牛・馬《むま》・羊・犬のごときは、本朝の人、食≪せ≫ず。」本邦では、永く、農耕に使うもの、家畜、及び、縄文以降、猟犬としていた犬(縄文人は亡くなった犬を丁重に埋葬している。これを最初に発見したのは、父が石器・土器研究を直接に指導して下さった考古学者酒詰仲男先生である。先生については、私のサイト「鬼火」のホームページに、『落葉籠――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に藪野豊昭(画像附word文書 18MB)』があり、先生は、詩人でもあられ、同じ場所に『土岐仲男詩集「人」 附やぶちゃん注』もあるので、是非、読まれたい。)等は、基本、一般人の食の対象ではなかった(古代から野生の鹿・猪は普通に食された。また、武士が台頭してくると、彼らの間で「珍味」として好んで食われた事実はある)。特に仏教伝来以後、殺生戒によって忌避されるようになった。但し、江戸時代まで、「藥食ひ」と称して、一般庶民が獣肉を食うことがあったことは御存知であろう。ウィキの「日本の獣肉食の歴史」は、問題なく、細部も、よく書けている方なので、見られたい。なお、「馬《むま》」の訓は、「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 野馬(やまむま) (モウコノウマ或いはウマ)」の読みを採った。

「鯉」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の冒頭の「鯉」を見られたいが、これは、初版が二〇〇七年で、実は、二〇〇八年に馬渕浩司氏が、論文「mtDNA 解析により暴かれたコイ外来系統の隠れた大規模侵略」によって、日本在来コイと、大陸由来のコイがいることが明らかになった。詳しくは、「国立環境研究所」公式サイト内の馬渕先生の「DNAが語る日本のコイの物語 特集 日本の自然共生とグローバルな視点 【研究ノート】」を見られたい。

「野-雞(きじ)」中国と本邦では、種が異なる。「和漢三才圖會第四十二 原禽類 野鷄(きじ きぎす)」の私の冒頭注を参照されたい。

「沙餹」砂糖に同じ。

「鯽魚」「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「鯉」の次の「鮒 ふな」を見られたい。但し、フナ属の分類は非常に難しいことが知られており、そこでは、総てをリストしていないので、取り敢えず、ウィキの「フナ」をリンクさせておく。日中で同一種ではないかとされる種、日本固有種、及び、中国・日本には自然棲息はしない条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属ヨーロッパブナ Carassius carassius(但し、中国のフナ養殖では大半が本種である)がいる。

「鮎魚《なまづ》」「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の冒頭の「鮎 なまづ」、及び、以下に続く各種で、散々ぱら、問題にしたが、知られた「瓢鮎圖」で知られる通り、

中国では――「鮎」及び「鮧」は――ナマズ目ナマズ科 Siluridae のナマズを指す

のである。

「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。「アリタソウ」という別名がある。ただし、本種はシソ科であり、アカザ科のアリタソウとは全く別の物である』とある。

「橘《いつ》」何度も注してきたが、「卷第八十七 山果類 橘」の注で言った通りで、「橘」は中古・近世までの中国では、双子葉植物綱ムクロジ(無患子)目ミカン科ミカン亜科ミカン連ミカン亜連ミカン属 Citrus 、或いは、その上位のタクソンに含まれる、広義のミカン類を総称するものであって、特定種に限定することは出来ないのである。なお、これを和名の「たちばな」とやらかしたら、一発退場なのだ。ミカン属タチバナ(橘) Citrus tachibana日本固有種だからである。

「軟-棗」「卷第八十六 果部 五果類 棗」を見られたい。音の歴史的仮名遣では「カンサウ」ではあるが、如何にも佶屈聱牙なので、特異的に訓じた。

「木耳(きくらげ)」菌界担子菌門真正担子菌綱キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属キクラゲ Auricularia auricula-judae当該ウィキによれば、学名の『属名はラテン語の「耳介」に由来する。種小名は「ユダの耳」を意味し、ユダが首を吊ったニワトコ』(マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属セイヨウニワトコ Sambucus nigra であろう)『の木からこのキノコが生えたという伝承に基づく。英語でも同様に「ユダヤ人の耳」を意味するJew's earという。この伝承もあってヨーロッパではあまり食用にしていない』とある)。既に述べたが、種小名は差別学名の臭いが濃厚で、私は変更すべきものと考えている。

「芥子(からしのこ)」フウチョウソウ(風蝶草)目アブラナ目アブラナ科アブラナ属セイヨウカラシナ変種カラシナ Brassica juncea var. cernua であるが、この良安の「のこ」のは、思うに草体を乾して粉砕した「粉(こ)」の意であろうと思われる。

「緑豆(ぶんどう)」双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科ササゲ属ヤエナリ Vigna radiata の種子の名である。「維基百科」の同種は「绿豆」である。要は、我々が食べている「もやし」の種だ! 注することが貧しいので、当該ウィキを引いてお茶を濁しておく(注記号はカットした)。『食品および食品原料として利用される。別名は青小豆(あおあずき)、八重生(やえなり)、文豆(ぶんどう)。英名から「ムング豆」とも呼ばれる。アズキ ( V. angularis ) とは同属。 グリーンピースは別属別種のエンドウ』(マメ亜科エンドウ属エンドウ Pisum sativum )『の種子』。『インド原産で、現在はおもに東アジアから南アジア、アフリカ、南アメリカ、オーストラリアで栽培されている。日本では』十七『世紀頃に栽培の記録がある』。これには、注釈があって、『一時』、『日本では縄文時代にすでに渡来していたといわれていたが、現在では』、『この時代の遺跡からの出土種子はアズキ』(マメ亜科ササゲ属アズキ変種アズキ Vigna angularis var. angularis )『の栽培化初期のものとみなされており、リョクトウの縄文時代栽培は否定されている』とあった)。『ヤエナリは一年生草本、葉は複葉で』三『枚の小葉からなる。花は淡黄色。自殖で結実し、さやは』五~十センチメートル、『黄褐色から黒色で、中に』十~十五個『の種子を持つ。種子は長さが』四~五ミリメートル、『幅が』三~四ミリメートル『の長球形で、一般には緑色であるが』、『黄色、褐色、黒いまだらなどの種類もある』。『日本においては、もやしの原料(種子)として利用されることがほとんどで』、『ほぼ全量を中国(内モンゴル)から輸入している』。『中国では、春雨の原料にする』『ほか、月餅などの甘い餡や、粥、天津煎餅のような料理の材料としても食べられる。北京独特の飲料としてリョクトウからデンプンを採る際の上澄みを原料に、これを発酵させた豆汁がある』。中国の『凉粉』(りょうふん:北京の夏のおやつで、緑豆で作った「ところてん」状のものを切って、その上に酢・ニンニク・ゴマのペースト・醬油などをまぶして食べるもの)『の原料にも使われる』。『朝鮮半島では』十六『世紀前半の』韓国最古の調理書「需雲雜方」に、『リョクトウのデンプンを水溶きして加熱し、これを孔をあけたヒョウタンの殻に入れて、孔から熱湯にたらし麺状にして水にさらす食品が記載されている』。一六七〇『年頃の』朝鮮時代の張桂香撰になる料理書「飮食知味方」『では、同様な製法で麻糸のようにした食品を匙麺(サミョン)として記している。また、伝統的にリョクトウデンプンはネンミョンのつなぎとして利用されていた。 咸鏡道ではリョクトウのデンプンのみを使った』「押しだし麺」『がある。中国と同様に餡にするほか、水に漬けた上ですり潰したものを生地としてチヂミの一種ピンデトッにしたり、デンプンを漉しとってムㇰという寄せものにする。リョクトウから作ったムㇰをノクトゥムㇰ(ノクトゥ=緑豆)と呼び、特にクチナシの実で着色したものをファンポムㇰ、着色しないものをチョンポムㇰと呼ぶ。なお、朝鮮語ではこのリョクトウにちなんで、デンプンのことを一般的に「ノンマル」(녹말=綠末、「緑豆粉末」の略)と呼ぶ』。『香港やシンガポール、ベトナムでは、甘く煮て汁粉の様なデザート(広東料理の糖水、ベトナムのチェーなど)にすることが多く、それを冷やし固めたようなアイスキャンディーもある。リョクトウの糖水を緑豆湯または緑豆沙、リョクトウのチェーをチェー・ダウ・サイン(Chè đậu xanh)と呼ぶ』。『緑豆糕(りょくとうこう)と呼ばれる、木型に入れて成形した菓子は、ベトナムのハイズオン』(ここ。グーグル・マップ・データ)『や中国の北京、桂林などの名物となっている』。『インドやネパール、アフガニスタン、パキスタンでは、去皮して二つに割ったリョクトウをダール(豆を煮たペースト)にする。リョクトウと米を炊きあわせた米料理(キチュリなど)は、南アジアから中央アジアにかけて広く食べられている。南インドでは、ドーサに似たクレープ状の軽食ペサラットゥ』『が作られる』。『また、漢方薬のひとつとして、解熱、解毒、消炎作用があるとされる』。『リョクトウには、血糖値の上昇を抑制する効果のあるα-グルコシダーゼ阻害作用がある』とある。糖尿病歴十年になんなんとする私だから、せいぜい、「もやし」、食うかな。

「榧《かや》の子《みを》忌む。人≪を≫殺《ころす》」これは、「卷第八十八 夷果類 榧」にも記されてあるのだが、その時も調べたが、人を殺すまでの有毒性を持っているとする記載は何処にも見当たらなかった。しかし、例えば、貝原益軒の「養生訓」の「巻第一 總論 上」に、『○綠豆(ぶんどう)に榧子(かや)を食し合(あは)すれば人を殺す。』とあり、直ぐ後にも、『○和俗の云(いふ)、蕨粉(わらびこ)を餠とし、綠豆を「あん」にして食へば、人、殺す。』とあるので、よっぽど、「緑豆」には「食い合わせ」の最悪の限定反応性毒性があるものと考えられていたらしいなぁ……わけワカメだけど……。

「鯉--鮓《こひのすし》」これは、強い酢でシメたものである。以下、「鮓」は同じ。老婆心乍ら、ゆめゆめ、日本の寿司を想起されぬように。

「乾笋《めんま》」日中辞典で「干笋」を見て読み振った。所謂、「メンマ」は、ミャンマー(ビルマ)北部から中華人民共和国南部や台湾にかけて分布する単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科タケ連属マチク(麻竹)属マチクDendrocalamus latiflorus の筍(たけのこ)から作る。

「鱘魚《てふざめ》」東洋文庫訳では『かじき』とルビしてあるが、私は、完全な誤りであると断ずる。確かに、「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱘 かぢとをし)」では、目録のヘッドでは、『[ハシナガチョウザメ/カジキ]』とは、した。しかし、私は、

『「本草綱目」の著者李時珍は、殆んど海辺に出向いて、海洋性魚類の観察なんぞは、全くしていなんだぞ? しかも、カジキだぞ!?! 俺は海洋生物フリークだけど、カジキの魚体の生体さえ、見たこと、ないんだぞ? おかしかねえか!?! そもそも、中国の圧倒的立地性は内陸なんだ! こいつは、海性魚類じゃねえんじゃないか? そもそも、この巻は「無鱗魚」だぞ? ヘンだべ!!!――鱗あるけど、ないようにも見える淡水魚!――いるぞ! いるぞッツ!――チョウザメだよ!

と気づいたのだ!

以下、私が、そちらの注で述べた決定打を引く。

   *

これについては、本ページを読まれた「釜石キャビア株式会社」というところで、チョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、二〇〇八年六月六日、この「かじとうし」の絵は、長江に生息するハシナガチョウザメであると考えらるというメールを頂戴した(リンク先は私のブログ記事)。以下に、メール本文の一部を引用する。 

   ◇〔引用開始〕

「かじとうし」の絵、長江に生息します、ハシナガチョウザメと考えられます。チョウザメの仲間の中では特異な姿をしており、口に歯がはえております(チョウザメ類には歯が無い)。現在、長江でも絶滅したと考えられ、わずかな尾数を中国政府が保護飼育しております。添付図は中国のハシナガチョウザメの切手でございます。

China23

   ◇〔引用終了〕

私は本ページで「鱣」・「鱘」・「鮪」にチョウザメの影を感じてきてはいたのであったが、メールを頂いた当初は、これは良安がオリジナルに描いたのだから、幾ら何でも当然、海産のスズキ目メカジキ科 Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)の絵であるだろうと思っていたのだが、そのように言われて、よく見ると、これは時珍の「本草綱目」の「鱘魚」の叙述に従って、頬に星の模様まで入れて描いた想像図、カジキの実見描画ではなかったのである。これは、もう、間違いなく、Y氏の指摘された、英名“ Chinese swordfish ”、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目ヘラチョウザメ科ハシナガチョウザメ属の異形種であるハシナガチョウザメ(古くはシナヘラチョウザメと呼称した) Psephurus gladius の叙述と考えてよい。Y氏から提供して戴いた中国切手の画像も以下に示す。まさにチョウ! 極似じゃないか!

私は、何時か、このY氏を釜石に訪ねし、親しくお逢いしたく思っていた。しかし、二〇一一年の大震災で被災され、ネットで調べても、「釜石キャビア株式会社」はサイトがなくなっていた。痛恨の極みであった。どこかで、再起され、チョウザメを飼育されておられることを心から祈っている……。

   *

この経験は、当時の私にとって、最大の自信となったのだ。実際、私の以上の記載は、後に、さる学術論文に引用されたのである。私がデジタル・クリエーターとしての本当の一歩は、芥川龍之介ではなく、この引用だったのだと、今、思い至ったのであった。

「莧-菜(ひゆ≪な≫)」既注だが再掲すると、「莧」の音は「カン」。これは、

双子葉植物綱ナデシコ目ヒユ科 Amaranthaceae 、及び、その近縁種の総称

である。食用になる。中でもよく知られるものに、私の家の庭にもある、

ナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属スベリヒユ Portulaca oleracea

がある。夏に全草を採って根を除き、水洗いして日干し乾燥したものは生薬になり、馬歯莧(ばしけん)と称されている。民間薬として、解熱・解毒・利尿や、虫刺されに効用があるとされる。

「楊梅(やまもゝのみ)」「卷第八十七 山果類 楊梅」を見よ。

「豆-藿(まめのは)」この熟語は広く、「豆の葉」の意の他に、「藿」が「藿香」(カッコウ)というシソ科の多年草を基原とする漢方の意味がある。後者は既に「藥品(1)」で詳注してあるが、「豆」と頭につけているので、後者とはうまく合わないから、前者の「食用とするマメ科の葉」の一般通称と採ってよい。

「慈姑(くわい)」これは、一言では言えない。良安が具体な植物体を致命的に同定誤認しているからである。「卷第九十一 水果類 慈姑」の迂遠な私の注を見られたい。

「茱萸(ぐみ)」これも、ちと、厄介。バラ目グミ科グミ属 Elaeagnus のグミ類ではないからである。「第八十九 味果類 蜀椒」の「茱萸《しゆゆ》」の私の注を、必ず、見られたい。

「河豚(ふくとう)」現代中国語ではイルカをも指すが、ここは、フグでよい。

「煤-炲(すす)」中国語で、「煤」(すす)、「煙の中に含まれる黒い微粒子」の意。

「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。

「防風」セリ目セリ科ボウフウ属ボウフウ Saposhnikovia divaricata の根及び根茎を乾燥させた生薬名。但し、本種は中国原産で本邦には自生はしない。

「烏頭」「烏頭」は猛毒で知られるモクレン亜綱キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科トリカブト(鳥兜・草鳥頭)属 Aconitum を指す。種にもよるが、致命的な毒性を持ち、狩猟や薬用に利用されてきた歴史がある。

「附子」何度も注しているが、再掲する。「鳥頭」(うず)と同義。トリカブト(モクレン亜綱キンポウゲ目キンポウゲ科トリカブト属 Aconitum )のトリカブト類の若い根。猛毒であるが、殺虫・鎮痛・麻酔などの薬用に用いられる。「そううず」「いぶす」とも言う。

『「本草≪綱目≫」に、所謂《いはゆ》る、『鯽《ふな》と芥菜《からしな》を同《おなじく》食へば、腫疾《しゆしつ》を成《しやう》ず』、『雞《にはとり》と生葱《なまのねぎ》を同《おなじく》食へば、蟲痔《ちゆうじ》と成《な》る』と云《いふ》』前者は、「維基文庫」の「菜之一」の「芥」の項の「莖葉」の「【氣味】」の最後に、『思邈曰:同兔肉食,成惡邪病。同鯽魚食,發水腫。』とあり、後者は、「維基文庫」の「禽部」の「禽之二」の冒頭の「雞」の「諸雞肉氣味食忌」の最後に、『弘景曰︰小兒五歲以下食雞生蛔蟲。雞肉不可合葫蒜、芥、李食,不可合犬肝、犬腎食,並令人泄痢。同兔食成痢,同魚汁食成心瘕,同鯉魚食成癰癤,同獺肉食成遁尸,同生蔥食成蟲痔,同糯米食生蛔蟲。』とあるのが、それである。]

2025/12/01

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 藥品(13) 服藥食忌

[やぶちゃん注:以下、早稲田大学図書館「古典総合データベース」で見て貰うと判る通り、原本標題の割注は一字空白で、本文は、最後の一行を除いて、第一部が二段、第二段が四段体裁で、その間が有意に空いて下方の一部は横に並べてあるのであるが、無駄に空けると、ブラウザの不具合が生じるので、実際には、内容は続いていることからも一字空けとし、訓読では引き上げて、独立の一文とした。

 本篇は、特定の服薬をするに際し、患者が食べてはいけない禁忌となる食物を記したものである。]

 

  服藥食忌【如羊犬狸𮌇者本朝人嘗不食故忌之藥省不記之】

[やぶちゃん注:「羊」は「グリフウィキ」のこの異体字の、上部が「ハ」の字形のものだが、表示出来ないので、通用字を用いた。「𮌇」は「肉」の異体字。]

有白朮蒼朮 勿食桃李雀𮌇胡荽大蒜青魚鮓等物

[やぶちゃん注:実は、原本では「白蒼木」となっているのだが、これは、以上の通り、「白朮蒼朮」の誤りである。恐らく良安の誤りではなく、版元の誤刻である。特異的に訂した。

有荊芥   勿食河豚及一切無鱗魚蟹

有天門冬紫蘓丹砂龍骨 忌鯉魚

[やぶちゃん注:「蘓」の字は「グリフウィキ」のこの異体字であるが、表示出来ないので、通用字を用いた。同じく、「鯉」の(へん)の「魚」が「𩵋」であるが、表示出来ないので通用字を用いた。]

有黃連桔梗鳥梅胡黃連 忌猪𮌇

有土荻苓威靈仙 忌麪及茶

有茯苓茯神丹參 忌醋及一切酸

有地黃何首烏 忌蘿蔔葱


有常山 勿食生葱生菜

有甘草 勿食菘菜海藻

有巴豆 勿食野猪𮌇

有半夏菖蒲 勿食飴糖

有牡丹 勿食蒜胡荽

有厚朴蓖麻 勿食炒豆

有當歸 勿食濕麪

有薄荷 勿食鼈𮌇

有鼈甲 勿食莧菜

有檳榔 勿食橙橘

 凡服藥不可多食生蒜胡菜生葱諸果油膩物

 

   *

 

  服藥《ふくやく》≪の≫食忌《しよくき》【羊・犬・狸≪の≫𮌇ごときは、本朝《ほんてう》の人、嘗(もとよ)り、食はず。故《ゆゑ》、之を忌《い》む藥は、省(はぶ)きて。之を記《しる》さず。】

白朮《びやくじゆつ》・蒼朮《さうじゆつ》、有らば、桃李《たうり》・雀≪の≫𮌇・胡荽《こずい》・大蒜《おほひる》・青魚《さば》≪の≫鮓《すし》等の物を食ふ勿《なか》れ。

荊芥《けいがい》、有らば、河豚《ふぐ》、及《および》、一切≪の≫無鱗魚・蟹《かに》を食ふ勿れ。

天門冬《てんもんどう》・紫蘓《しそ》・丹砂《たんしや》・龍骨《りゆうこつ》、有らば、 鯉魚《こい》を忌《い》む。

黃連《わうれん》・桔梗《ききやう》・烏梅《うばい》・胡黃連《こわうれん》、有らば、 猪《ゐのしし》の𮌇を忌む。

土茯苓《どぶくりやう》・威靈仙《いれいせん》、有らば、麪《めん》、及≪び≫、茶を忌む。

茯苓・茯神《ぶくじん》・丹參《たんじん》、有らば、醋《す》、及《および》、一切の酸《さん》を忌む。

地黃《ぢわう》・何首烏《かしゆう》、有らば、蘿蔔《すずしろ/だいこん》・葱《ひともじ/ねぎ》を忌む。


常山《じやうざん》、有らば、生葱《なまねぎ》・生菜《なまな》を食ふ勿れ。

甘草《かんざう》、有らば、菘菜・海藻を食ふ勿れ。

巴豆《はづ》、有らば、野-猪(ゐのしゝ)の𮌇を食ふ勿れ。

半夏《はんげ》・菖蒲《しやうぶ》、有らば、飴-糖(あめ)を食ふ勿れ。

牡丹、有らば、蒜《にんいく》・胡荽《こずい》を食ふ勿れ。

厚朴《こうぼく》・蓖麻(たうごま)、有れば、炒豆《いりまめ》を食ふ勿れ。

當歸《たうき》、有れば、濕《しめ》≪れる≫麪《めん》を食ふ勿れ。

薄荷《はつか》、有れば、鼈-𮌇(すつぽんの《にく》)を食ふ勿れ。

鼈甲《べつかう》、有れば、莧-菜(ひゆ)を食ふ勿れ。

檳榔《びんらう》、有れば、橙(だいだい)・橘(みかん)を食ふ勿れ。

 凡《およそ》、服藥≪せる時は≫、生蒜《なまにんいく》・胡菜《こさい》・生葱《なまねぎ》・諸果・油膩物(あぶらけ《もの》)を多食《おほくくら》ふべからず。

 

[やぶちゃん注:「白朮」キク目キク科オケラ属オケラ Atractylodes japonica 、或いは、オオバオケラ Atractylodes ovataの根茎を基原植物とし、一般には、健胃・利尿効果があるとされるが、実際には、これらの根茎を、作用させる異なる器官(無論、漢方の)の疾患に、臨機応変に用いているようである。

「蒼朮」「日本漢方生薬製剤協会」の「ソウジュツ (蒼朮)」に、基原は、中国産のホソバオケラ Atractylodes lancea 、又は、それらの雑種 (キク科 Compositae) の根茎で、健胃消化薬・止瀉整腸薬・利尿薬・鎮暈薬・滋養強壮保健薬・鎮痛薬と見做される処方、及び、その他の処方に、比較的、高頻度で配合されている、とあった。

「桃李」良安は「和漢三才圖會卷第八十六 果部 五果類 李」で文末に出る「桃李」に「ツハイモモ」とルビを振っている。双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ亜科モモ属モモ変種(突然変異)ズバイモモ Amygdalus persica var. nectarina で、ネクタリンの標準和名であり、日中共通である。

「胡荽」「卷第八十四 灌木類 牡荊」の「胡妥子《こすいし》」を見られたい。これは「本草綱目」でもこの漢字になっているが、これは、原書自体の誤りで「胡荽子(コスイシ)」が正しい。今や、食材・香辛料として英語の「コリアンダー」(corianderですっかりメジャーになった、セリ目セリ科コエンドロ属コエンドロ Coriandrum sativum の成熟果実である。「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 胡荽子(コズイシ)」に拠れば、『『嘉祐本草』には全草の薬効として「穀物を消化し、五臓を治し、不足を補い、大小腸を利し、小腹の気を通じ、四肢の熱を抜き、頭痛を止め、痧疹(発疹の類)を療ず。豌豆瘡の出ぬものは酒にして飲めばたちどころに出る。心竅に通ずるものだ。久しく食すれば人をして多くを忘れさす」と記載されています。『本草綱目』では果実、すなわち胡荽子の薬効として「痘疹を発し、魚腥を殺す」と記載されています。実際、胡荽子は健胃、発表薬として消化不良、麻疹が発透せず不快なときなどに用いるようです。また歯痛には煎じ液で含嗽したり、痔瘡脱肛には焼いて患部を燻すとされています。』と薬効を記す。

「大蒜」ニンニク。

「青魚」本邦では単に「さば」と呼ぶ場合は、スズキ目サバ科サバサバ亜科属マサバ Scomber japonicus、或いは、サバ属ゴマサバ Scomber australasicus を指す。私の「大和本草卷之十三 魚之下 鯖(さば)」を見られたい。

「荊芥」「薑芥(きやうがい)」とも。中国の本草書「神農本草経」(「鼠實」)や東洋文庫訳の割注(「めづみ草」)によれば、シソ目シソ科イヌハッカ属ケイガイ Schizonepeta tenuifolia のこととなる。ウィキの「ケイガイ」によれば、『薬用植物』とし、『中国原産の草本で花期は初夏から夏』。『花穂は発汗、解熱、鎮痛、止血作用などがあり、日本薬局方に生薬「荊芥(ケイガイ)」として収録されている。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)などの漢方方剤に配合される。「アリタソウ」という別名がある。ただし、本種はシソ科であり、アカザ科のアリタソウとは全く別の物である』とある。

「天門冬」「藥品(11) 製法毋輕忽」の「「天≪門冬《てんもんどう》≫」の私の注を見られたい。

「紫蘓《しそ》」シソ目シソ科シソ属エゴマ(荏胡麻)変種シソ Perilla frutescens var. crispa サイト「脂育研究所」の「しそが漢方に用いられる理由。どんな漢方に配合されているかを解説」に拠れば、『漢方での生薬名は、「蘇葉(そよう)」、もしくは「紫蘇葉(しそよう)」です。また、しその種を用いた生薬を「紫蘇子(しそし)」といいます』とし、『蘇葉、または紫蘇葉、紫蘇子には、発汗作用や解熱作用、胃液の分泌を良くして胃腸の働きを整える作用、魚介類による食中毒時の解毒・予防などが期待されています』。『そのため、風邪の症状や胃腸の不調などの症状に良いとされる漢方薬に広く用いられています』とあった。

「丹砂」「辰砂」「朱砂」に同じ。水銀と硫黄とからなる鉱物。深紅色又は褐赤色で、塊状・粒状で産出する。水銀製造の原料、また、赤色顔料の主要材料とされる。漢方では、消炎・鎮静薬などに用いる。

「龍骨」「藥品(1)」の、私の「死龍骨」の注を見られたい。

「鯉魚」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の冒頭の「鯉」を見られたい。

「黃連」キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica の髭根を殆んど除いた根茎を乾燥させたもの。

「桔梗」「きちかう(きちこう)」とも読む。ここは生薬名で「桔梗根」とも称する。キク目キキョウ科キキョウ属キキョウ Platycodon grandiflorus の根でサポニン(saponin)を多く含み、去痰・鎮咳・鎮痛・鎮静・解熱作用があるとされる。

「烏梅」これは、梅の木ではなく、梅の実を加工した漢方生薬名である。「卷第八十六 果部 五果類 梅」の私の注を見られたい。

「胡黃連」高山性多年草の、シソ目ゴマノハグサ科コオウレン属コオウレン Picrorhiza kurrooa(ヒマラヤ西部からカシミールに分布)及びPicrorhiza scrophulariiflora(ネパール・チベット・雲南省・四川省に分布)の根茎を乾かしたもの。古代インドからの生薬で、健胃・解熱薬として用い、正倉院の薬物中にも見いだされる。根茎に苦味があり、配糖体ピクロリジン(picrorhizin)を含むものの、薬理効果は不明である。なお、「黃連」があるが、これは小型の多年生草本である、キンポウゲ目キンポウゲ科オウレン属オウレン Coptis japonica 及び同属のトウオウレン Coptis chinensisCoptis deltoidea の根茎を乾燥させたもので、全く異なるものである

「猪」私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 野豬(ゐのしし) (イノシシ)」を見られたい。

「土茯苓」中国南部・台湾に自生する多年生草本である単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属ドブクリョウ(土茯苓) Smilax glabra 。但し、その塊茎を乾したものを基原とする漢方生薬は「山帰来」(さんきらい)と言う。私の「譚 海 卷之十五 諸病妙藥聞書(21)」の「山歸來」の注を見よ。

「威靈仙」「藥品(3) 名義」の私の「威靈仙《イレイセン》」の注を見られたい。

「茯苓」「卷第八十五 目録(寓木類・苞木(竹之類)・樹竹之用)・茯苓」を見よ。

「茯神」同前を見よ。

「丹參」「藥品(5) 相反」の私の「五參」の注を見よ。

「地黃」先の「藥品(10) 忌銅鐵」で既出既注。

「何首烏」既出だが、再掲する。基原は、タデ目タデ科ツルドクダミ(蕺・蕺草・蕺菜)属ツルドクダミ Reynoutria multiflora の根である。詳しくは、先行する「藥品(4) 有南北土地之異」の「夜合草《よるあひぐさ》」の私の注を見られたい。

「常山」「藥品(3) 名義」で既出既注。

「甘草」既注だが、再掲する。マメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属 Glycyrrhiza当該ウィキによれば、『漢方薬に広範囲にわたって用いられる生薬であり、日本国内で発売されている漢方薬の約』七『割に用いられている』とある。

「菘菜」東洋文庫では、『とうな』とルビする。実は、「卷第八十四 灌木類 南天燭」(2024年9月8日公開)の注では、未詳としていたのだが、そこで候補として掲げた種が、誤っていたので、全面削除し、先ほど、新たに調べ、書き変えた。「漢字ペディア」の「菘」に、『すずな。カブ(蕪)の古名。春の七草の一つ。 とうな(唐菜)。野菜の名。つけな。』とあった。さても、この場合は、植物体ではなく、禁忌食品と採れるので、の義を採用する。

「巴豆」「卷第八十三 喬木類 巴豆」の私の注を見られたい。

「半夏」単子葉植物綱ヤシ亜綱サトイモ目サトイモ科ハンゲ属カラスビシャク(烏柄杓)Pinellia ternata のコルク層を除いた塊茎。嘔気や嘔吐によく使われる生薬である。私の「耳囊 卷之七 咳の藥の事」も参照されたい。

「菖蒲」「藥品(8) 忌鐵」を見られたい。

「飴-糖(あめ)」飴。

「牡丹」中国の花の王、ユキノシタ目ボタン科ボタン属ボタン Paeonia suffruticosa 。基原は同種の根皮で、漢方では「牡丹皮」(ボタンピ)と称する。後の「第九十三」で注することになるので、ここでは、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの「生薬の玉手箱 | 牡丹皮(ボタンピ)」をリンクするに留める。

「厚朴」」「卷第八十三 喬木類 厚朴」を見よ。

「蓖麻(たうごま)」トウダイグサ目トウダイグサ科トウゴマ(唐胡麻)Ricinus communis 。詳しくは、「卷第八十三 喬木類 相思子」の私の注を参照されたい。

「當歸」知られた生薬名。基原は、被子植物門双子葉植物綱セリ目セリ科シシウド属トウキ Angelica acutiloba の根、或いは、ホッカイトウキ Angelica acutiloba var. sugiyamae の根を、通例では、湯通しし、乾燥したものである。

「薄荷」シソ目シソ科ハッカ属 Mentha の類。種は多い。当該ウィキ「ミント」を見られたい。

「鼈」私のサイト版「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」の「鼈(すつほん) かはかめ [シナスッポン/ニホンスッポン]」を見られたい。

「鼈甲」「藥品(5) 藥七情」の「龜甲」の私の注の引用の中で、明らかにされている。

「莧-菜(ひゆ)」「莧」の音は「カン」。これは、

双子葉植物綱ナデシコ目ヒユ科 Amaranthaceae 、及び、その近縁種の総称

である。食用になる。中でもよく知られるものに、私の家の庭にもある、

ナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属スベリヒユ Portulaca oleracea

がある。夏に全草を採って根を除き、水洗いして日干し乾燥したものは生薬になり、馬歯莧(ばしけん)と称されている。民間薬として、解熱・解毒・利尿や、虫刺されに効用があるとされる。

「檳榔」「卷第八十八 夷果類 檳榔子」を参照されたい。]

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Art Caspar David Friedrich Miscellaneous Иван Сергеевич Тургенев 「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「プルートゥ」 「一言芳談」【完】 「今昔物語集」を読む 「北條九代記」【完】 「博物誌」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「和漢三才圖會」植物部 「宗祇諸國物語」 附やぶちゃん注【完】 「新編鎌倉志」【完】 「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳【完】 「明恵上人夢記」 「栂尾明恵上人伝記」【完】 「淸國輸出日本水產圖說」 「無門關」【完】 「生物學講話」丘淺次郎【完】 「甲子夜話」 「第一版新迷怪国語辞典」 「耳嚢」【完】 「諸國百物語」 附やぶちゃん注【完】 「進化論講話」丘淺次郎【完】 「鎌倉攬勝考」【完】 「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記)【完】 「鬼城句集」【完】 アルバム ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」【完】  ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ【完】 中原中也詩集「在りし日の歌」(正規表現復元版)【完】 中島敦 中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈 人見必大「本朝食鑑」より水族の部 伊東静雄 伊良子清白 佐々木喜善 佐藤春夫 兎園小説【完】 八木重吉「秋の瞳」【完】 北原白秋 十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編【完】 南方熊楠 博物学 原民喜 只野真葛 和漢三才圖會 禽類(全)【完】 和漢三才圖會卷第三十七 畜類【完】 和漢三才圖會卷第三十九 鼠類【完】 和漢三才圖會卷第三十八 獸類【完】 和漢三才圖會抄 和漢卷三才圖會 蟲類(全)【完】 国木田独歩 土岐仲男 堀辰雄 増田晃 夏目漱石「こゝろ」 夢野久作 大手拓次 大手拓次詩集「藍色の蟇」【完】 宇野浩二「芥川龍之介」【完】 室生犀星 宮澤賢治 富永太郎 小泉八雲 小酒井不木 尾形亀之助 山之口貘 山本幡男 山村暮鳥全詩【完】 忘れ得ぬ人々 怪奇談集 怪奇談集Ⅱ 日本山海名産図会【完】 早川孝太郎「猪・鹿・狸」【完】+「三州橫山話」【完】 映画 杉田久女 村上昭夫 村山槐多 松尾芭蕉 柳田國男 柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」 柴田宵曲 柴田宵曲Ⅱ 栗本丹洲 梅崎春生 梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生日記【完】 橋本多佳子 武蔵石寿「目八譜」 毛利梅園「梅園介譜」 毛利梅園「梅園魚譜」 江戸川乱歩 孤島の鬼【完】 沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」【完】 泉鏡花 津村淙庵「譚海」【完】 浅井了意「伽婢子」【完】 浅井了意「狗張子」【完】 海岸動物 火野葦平「河童曼陀羅」【完】 片山廣子 生田春月 由比北洲股旅帖 畑耕一句集「蜘蛛うごく」【完】 畔田翠山「水族志」 石川啄木 神田玄泉「日東魚譜」 立原道造 篠原鳳作 肉体と心そして死 芥川多加志 芥川龍之介 芥川龍之介 手帳【完】 芥川龍之介 書簡抄 芥川龍之介「上海游記」【完】 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)【完】 芥川龍之介「北京日記抄」【完】 芥川龍之介「江南游記」【完】 芥川龍之介「河童」決定稿原稿【完】 芥川龍之介「長江游記」【完】 芥川龍之介盟友 小穴隆一 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」という夢魔 芸術・文学 茅野蕭々「リルケ詩抄」 萩原朔太郎 萩原朔太郎Ⅱ 葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版【完】 蒲原有明 藪野種雄 西尾正 西東三鬼 詩歌俳諧俳句 貝原益軒「大和本草」より水族の部【完】 野人庵史元斎夜咄 鈴木しづ子 鎌倉紀行・地誌 音楽 飯田蛇笏