フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

カテゴリー「「和漢三才圖會」植物部」の60件の記事

2024/06/16

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 目録・喬木類 杜仲

 

Totyu

 

とちう  思仲  思仙

     木綿  檰

      【和名波比末由美】

杜仲

     【昔有杜仲者服此

      得道因名之思仲

トウ チヨン   思仙皆由此義】

 

本綱杜仲生深山中樹髙數丈葉似辛夷及柘葉其皮折

之銀𮈔相連如綿故名木綿初生嫩葉可食其花實苦澀

其子名逐折【與厚朴子同名】

皮【甘微辛温】 肝經氣分藥潤肝燥補肝虛葢肝主筋腎主骨

 腎𭀚則骨強肝𭀚則筋健屈伸利用皆屬于筋杜仲能

[やぶちゃん字注:「𭀚」は「充」の異体字。]

 入肝而補腎治腰膝痛み以酒行之則爲効容易矣【惡玄參】

△按杜仲本朝古有之今亦有稱杜仲者皮相似而無𮈔

 入藥來於中𬜻者佳

 

   *

 

とちう  思仲  思仙

     木綿《もくめん》  檰《めん》

      【和名、「波比末由美《はひまゆみ》」。】

杜仲

     【昔し、杜仲と云ふ者、有り、此れを服

      して、道≪を≫得。因りて、之れを名

      づく。「思仲」「思仙」、皆、此の義の由

トウ チヨン   《よし》。】

 

「本綱」に曰はく、『杜仲、深山の中に生ず。樹の髙さ、數丈。葉、辛夷(こぶし)、及び、柘《しや》の葉に似る。其の皮、之れを折るに、銀𮈔《ぎんし》、相《あひ》連りて、綿《わた》のごとし。故に「木綿《もくめん》」と名づく。初生の嫩葉《わかば》、食ふべし。其の花實《くわじつ》、苦く澀《しぶ》し。其の子《たね》を「逐折《ちくせつ》」と名づく【「厚朴《かうぼく》」の子と名を同じくす。】。』≪と≫。

『皮【甘、微辛、温。】 肝經《かんけい》の氣分の藥にて、肝の燥(かは)くを潤《うるほ》し、肝の虛を補ふ。葢し、肝は、筋を主《つかさど》り、腎は、骨を主る。腎、𭀚(み)つれば、則ち、骨、強く、肝、𭀚《みつ》れば、則ち、筋、健(すくや)かなり。屈伸の利用、皆、筋に屬す。杜仲、能く、肝に入りて、腎を補ひ、腰・膝の痛みを治す。酒を以つて、之れを行(めぐら)す。則ち、効(しるし)を爲《なす》こと、容-易(たやす)し【「玄參《げんじん》」を惡《い》む。】。』≪と≫。

△按ずるに、杜仲、本朝、古《いに》しへ、之れ、有り。今に亦、杜仲と稱する者、有り、皮、相ひ似て、𮈔≪は≫、無し。藥に入るに≪は≫、中𬜻より來たる者、佳《よ》し。

 

[やぶちゃん注:真の漢方の「杜仲」の基原植物は、一科一属一種である、

双子葉植物綱トチュウ目トチュウ科トチュウ属トチュウ Eucommia ulmoides

である(新しいAPG分類体系ではガリア目Garryalesに分類されているが、このガリア目もガリア属 Garrya とアオキ属 Aucuba との三属二十種足らずの小世帯である)。中国大陸原産で、本邦には自生しない。当該ウィキによれば、『日本にトチュウが導入されたのは』大正七( 一九一八)年、或いは、『一説には』明治三二(一八九九)年と『されている』とあるので、良安の言っている、本邦にも、古くに杜仲が自生していた、というような文々は誤りである。而して、同前ウィキに『日本では平安時代に貴族階級で「和杜仲」という強壮剤が使われていたが、これはトチュウ科のトチュウではなく』、『ニシキギ科』Celastraceae『のマサキとされている』とあったので、考証する手間が省けた。その「マサキ」(柾・正木)とは、

ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus

で、中国・朝鮮半島・日本に自生する。現在のマサキの中文名は「冬青衛矛」である。

 良安の「本草綱目」のパッチワーク引用は、「卷三十五上」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「杜仲(ガイド・ナンバー[085-11b]以下)。

「波比末由美《はひまゆみ》」小学館「日本国語大辞典」に、『植物「とちゅう(杜仲)」または、「まさき(柾)」の古名』とし、「杜仲」の本邦の使用例の初出を「出雲風土記」とし、他に「新撰字鏡」(平安前期末に書かれた漢和字書。昌住(しょうじゅう)著で昌泰年間(八九八~九〇一年)成立)が挙げられてある。

「杜仲と云ふ者、有り、此れを服して、道≪を≫得」言わずもがな、元は太古の仙人の名とする。かの秦の始皇帝が、晩年に、不老不死の妙薬の探索を徐福に命じ、仙人の名を持つ「杜仲」を服用していたという逸話もあるという。

「辛夷(こぶし)」良安は、もう、確信犯で「コブシ」と振っているだが、これは、厳密には「シンイ」と読んでおくべきで(東洋文庫訳も『しんい』とルビする)、所謂、諸人の知る所の、私の好きな花である、モクレン目モクレン科モクレン属ハクモクレン節コブシ Magnolia kobus ではないからである。同種の中文ウィキを見られると、標題が「日本辛夷」となっている通り、日本、及び、韓国の済州島の温帯から暖帯上部にのみ分布するからである(一九二〇年に青島(チンタオ)に導入されたとある)。されば、ここはモクレン属Magnolia に留めねばならないのである

「柘《しや》」これも日中で異なるので、音で読んでおいた。中国では、

バラ目クワ科ハリグワ連ハリグワ属ハリグワ(中文名「柘」) Maclura tricuspidata

である。平凡社「世界大百科事典」他によれば、中国・朝鮮に原産し、時に栽培される棘のあるクワ科Moraceaeの落葉小高木で、若枝は、よく伸び、また、腋芽は短くまっすぐ伸びて棘となる。葉は互生し、ほぼ楕円形。全縁で、表面はつやのある緑色、裏面は淡緑色。雌雄異株で、六月頃に開花する。雄花序は葉腋に出て、短い柄に頂生し、ほぼ球形、多数の花が密生する。花は四枚の花被と、それに対生する雄蕊四本からなる。雌花序も球形で,花には花被四枚と雌蕊一本があり、長い花柱が、花被の隙間から超出する。花被片は肉質となり、赤く熟し、食べられる。樹皮や根は薬用に、材は黄色の染料に、果実は食用に、樹皮は製紙材料になる。また、葉はクワより堅いが、カイコの餌とする。なお、同属種カカツガユ Maclura cochinchinensis は、やや蔓性の常緑木本で、暖帯南部から亜熱帯に広く分布し、本邦でも、山口県・四国南部・九州・琉球に自生する、とあった。一方、本邦の「柘」は、古名で二種に当たり、

ツゲ(柘植)目ツゲ科ツゲ属ツゲ変種ツゲ Buxus microphylla var. japonica

バラ目クワ科クワ属ヤマグワ Morus bombycis

である。前者は当該ウィキを、後者はウィキの「クワ」にある「ヤマグワ」を見られたい。後者は中国のハリグワの近縁種ではある。

「初生の嫩葉《わかば》、食ふべし」いろいろ読んでみたが、確実に同種の「葉」を食用にすることがちゃんと記されてあるのは、サイト「Botanic薬草LAB.」の「杜仲について」であった。そこには、漢方薬剤のガチガチの説明としてではなく、『ここでは特に、食品として楽しむことができる「杜仲葉」について主にまとめました』とあって、『漢方の分類五味五性では「甘」「温」になります。(一部で、皮を「辛」と分類している文献もありますが、甘が一般的)』とし、「杜仲葉」の項に、『葉をお茶にした杜仲茶には、血流を良くし、交感神経に働きかけ、血圧を下げる効果が最も知られています。杜仲葉配糖体(ゲニポシド酸)』(Geniposidic Acid)『が血圧に効果が有るといわれていて、医学的に実験し査読を通って発表されている論文があります。その成果を元に、特定保健用食品に認定された商品も市販されています』。『そのほか「肝腎から来る冷え」「頻尿」、さらに「ダイエット」にも効果があると言われ、体脂肪率や体重が減ったという報告も』あり、『ノンカフェインで妊婦さんや幼児でも安心して飲むことができます』とあった。

『其の子《たね》を「逐折《ちくせつ》」と名づく【「厚朴《かうぼく》」の子と名を同じくす。】。』前項「厚朴」を参照されたい。

「玄參《げんじん》」中国の真正の基原植物はシソ目ゴマノハグサ科ゴマノハグサ属玄參Scrophularia ningpoensis で、浙江省と四川省に分布する。

「藥に入るに≪は≫、中𬜻より來たる者、佳《よ》し」「日本薬学会」公式サイト内の「ゴマノハグサ」に、『江戸時代に小野蘭山が、玄参の原植物としてゴマノハグサを当てたことから、日本ではゴマノハグサ』(ゴマノハグサ属ゴマノハグサ Scrophularia buergeriana 当該ウィキによれば、『日本では、本州の関東地方南部・中部地方・中国地方、九州に分布し、やや湿り気にある草地、草原などに生育』し、『国外では、朝鮮半島、中国大陸北部・東北部に分布する』とあった)『の根が用いられてき』たとあり、また、『現在、市場で流通している玄参の多くは、中国産のものとなってい』るとあった。]

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 目録・喬木類 厚朴

 

Hounoki

 

かうぼく   烈朴 赤朴

 ほゝのき  厚皮 重皮

厚朴

        樹名榛

        子名逐折

      【和名保々加之波乃木

       今云保々乃木】

 

本綱厚朴生山谷中梓州龍州者爲上其木髙三四丈徑

一二尺膚白肉紫春生葉如槲葉四季不凋皮鱗皺而厚

紫色多潤者良五六月開細紅花結細實如冬青子生青

熟赤有核

皮【苦辛温】 其用有三平胃【一也】去腹脹【二也】孕婦忌之【三

 也】雖除腹脹若虛弱人宜斟酌用之誤服脫人元氣乃

 結者散之之神藥能瀉胃中之實平胃散用之佐以蒼

 术瀉胃中之濕平胃土之太過以致於中和而已非謂

[やぶちゃん注:」は「木」の異体字であるが、これは、諸漢方記事を見るに、「朮」の誤字である。訓読では、後の部分も「朮」に訂した。

 温補脾胃也蓋與枳實大黃同用則能泄實滿與陳皮

 蒼术同用則能除濕滿與解利藥同用則治傷寒頭痛

 與瀉痢藥同用則厚腸胃

 【不以薑製則棘人喉舌乾薑爲

  之使惡澤瀉忌豆食之動氣】

[やぶちゃん注:以上の割注は、以上のように、改行している。珍しい書式であるが、これは、続けて書くと、次の行に二字のみとなるのを嫌って、かく、したものと推定される。]

 新六 何そこの西の軒はのほゝかしは山のはまたて月そかくるゝ 知家

 六帖 みちのくの栗狛の山のほゝの木の枕はあれと君か手枕 人丸

△按厚朴葉大者近尺似槲葉而無刻齒淺綠色冬凋春

 生嫩葉夏開花狀似牡丹花而淺紫色大一尺許隨結

 實似冬靑子而熟則殻自裂裏赤中子黒老木皮有鱗

 皺剥入藥用膚白理宻微帶黃作刀劔鞘或釐等奩蓋

 其葉四季不凋者花紅細者並不當

 

   *

 

かうぼく   烈朴 赤朴

 ほゝのき  厚皮《かうひ》 重皮

厚朴

        樹を「榛《しん》」と名づく。

        子《み》を「逐折」と名づく。

      【和名、「保々加之波乃木《ほほかしはのき》」。

       今、云ふ、「保々乃木《ほほのき》」。】

 

「本綱」に曰はく、『厚朴、山谷《さんこく》の中に生ず。梓州《ししう》・龍州の者、上と爲《なす》。其の木、髙さ、三、四丈。徑《めぐ》り、一、二尺。膚《はだへ》、白く、肉、紫。春、葉を生ず、槲(かしは)の葉のごとく、四季、凋まず。皮に鱗《うろこ》の皺(しわ[やぶちゃん注:ママ。])ありて、厚し。紫色。多く、潤《うるほ》ふ者、良し。五、六月、細《こまやか》なる紅≪の≫花を開き、細《こまやか》なる實《み》を結ぶ。「冬青(まさき)」の子(み)のごとし。生《わかき》は、青く、熟《じゆくせ》ば、赤く、核《たね》、有り。』≪と≫。

『皮【苦辛、温。】 其の用、三《みつ》、有り。胃を平《たひ》らぐ【一《いつ》なり。】。腹の脹《は》りを去る【二なり。】。孕婦には、之れを忌む【三なり。】。腹の脹りを除くと雖も、虛弱の人のごときは、宜しく斟酌《しんしやく》して之れを用ふべし。誤り、服すれば、人の元氣を、脫す。乃《すなはち》、結する者、之れを散ずるに、之《これ》、神藥にて、能く、胃中の實《じつ》を瀉《しや》す。「平胃散」に、之れを用ひて、佐《さ》するに、「蒼朮《さうじゆつ》」を以つて、胃中の濕《しつ》を瀉し、胃土の太過《たいくわ》を平らげ、以つて、中和を致すのみ。脾胃を温補《おんほ》すると謂ふに非ざるなり。蓋し、「枳實《きじつ》」・「大黃《だいわう》」と、同じく用ゆれば、則ち、能く、實滿《じつまん》を泄《せつ》す。「陳皮《ちんぴ》」・「蒼朮」と同じく用ふれば、則ち、能く濕滿《しつまん》を除く。解利の藥と同じく用ふれば、則ち、傷寒・頭痛を治し、瀉痢の藥と、同≪じく≫用ふれば、則ち、腸胃を厚くす。』≪と≫。

『【「薑《きやう》」≪にて≫製《せい》≪を≫以つてせざれば、則ち、人の喉《のど》・舌を、棘(いらつ)かす。「乾薑《けんきやう》」を、之れが「使」に爲《な》す。澤瀉《たくしや/おもだか》を惡《い》み[やぶちゃん注:「忌み」に同じ。]、豆を忌む。之れを食へば、氣を動かす。】』≪と≫。

 「新六」

   何《なに》ぞこの

       西の軒ばの

    ほゝかしは

      山のはまたで

       月ぞかくるゝ 知家

 「六帖」

   みちのくの

       栗狛(くりこま)の山の

    ほゝの木の

      枕はあれと

       君が手枕(たまくら) 人丸

△按ずるに、厚朴、葉の大なる者は、尺に近く、槲(かしは)の葉に似て、刻齒《きざみば》、無く淺綠色。冬、凋≪み≫、春、嫩葉(わか《ば》)を生ず。夏、花を開く。狀《かたち》、牡丹の花に似て、淺紫色。大いさ、一尺許《ばかり》。隨ひて、實を結ぶ。「冬靑(まさき)」の子《み》に似て、熟すれば、則ちお、殻、自《おのづか》ら、裂(さ)け、裏、赤《あかし》。中の子《たね》、黒し。老木の皮、鱗皺《うろこじは》、有り。剥(は)ぎて、藥用に入《いるる》。膚《はだへ》、白く、理(きめ)、宻(こまか)にして、微《ちと》、黃を帶ぶ。刀劔の鞘(さや)、或いは、釐-等(でぐ)の奩(いえ[やぶちゃん注:ママ。「家(いへ)」で「箱」のこと。「釐-等の奩」の私の注を見られたい。])に作る。蓋し、「其の葉、四季、凋まざる。」と云≪ひ≫[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]、花、紅にして、細きなり。」と云ふは[やぶちゃん注:同前。]、並びに、當たらず。

 

[やぶちゃん注:これは、良安の種の類推に、非常に、問題がある。それについて、東洋文庫では後注で、「冬青(まさき)の子に似て」という部分を指摘にして、『良安は冬青をマサキと認識して話をすすめているが、中國の冬青は現在ではナナメノキとされている』とあるからである。この以下に続く痙攣的誤謬の堆積物を、まず、「腑分け」しなければならない。

「冬青」は本邦に於いては、現行、双子葉植物綱バラ亜綱ニシキギ目モチノキ科モチノキ属ソヨゴ Ilex pedunculosa の漢字表記

である。当該ウィキによれば、ソヨゴは『常緑樹で』、『冬でも葉が青々と茂っていることから「冬青」の表記も見られる』しかし、『「冬青」は常緑樹全般にあてはまることから、これを区別するために「具柄冬青」とも表記され』、『中国』の『植物名でも』「具柄冬青(刻脈冬青)」『と表記される』とあり、当該中文ウィキでも、そうなっている(他に別名として「長梗冬青」も挙げられてある)。ところが、良安は、この「冬青」に『マサキ』とルビしてしまっている。しかし、「マサキ」は、

ニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus

であって、上位の科タクソンで異なる、全くの異種なのである。翻って、本標題の「厚朴」は、現行では、「ナナメノキ」の異名を持つ、

〇モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis

を指すのである。中文名も正しく「冬青」である。Wikispecies」の「Ilex chinensisの終わりにある「一般名」に「中文:冬青」とあるので、間違いない。従って、

「本草綱目」で時珍が記述している「厚朴」はのナナミノキと断定してよい

ということになるのである。こうした多重錯誤が行われているため、話しが全く噛み合わなくなってしまっており、結果、ドン尻で、良安は、『蓋し、「其の葉、四季、凋まざる。」と云、花、紅にして、細きなり。」と云ふは、並びに、當たらず。』と不満をブチ挙げるに至っているのである。

 良安の「本草綱目」のパッチワーク引用は、「卷三十五上」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「厚朴」(ガイド・ナンバー[085-8a]以下)はかなり長いので、各自で見られたい。

 以上で比定同定した「厚朴」=「ナナミニノキ」について、小学館「日本大百科全書」から引用しておく(当該ウィキは、失礼乍ら、記載が頗る貧困で、樹形等の写真ぐらいしか役に立たない)。『ななみのき』は『七実木』であり、『モチノキ科』Aquifoliaceae『の常緑高木。高さは』十『メートルに達する。幹は灰褐色、若枝は緑色で稜がある。葉は厚く、長卵状楕円形、長さ』七~十三『センチメートル、低い鋸歯がある。花は』六『月、葉腋から出た集散花序につき、淡紫色。雌雄異株。核果は球形、径約』六『ミリメートルで、赤く熟す。静岡県以西の本州、四国、九州』、及び、『中国に分布し、山地に生える。美しい実が多くなるので』、『この名がある。材は器具材とし、樹皮から』「トリモチ」や『染料をとる』とあった。中文ウィキは存在しない。英文の当該種のウィキを見るに、『冬青は伝統的な中医学で使われる五十種の基本的な生薬の一つで、「冬青」(中国語名「冬青」)という名前で呼ばれている。中医学では、血行を促進し、鬱血を取り除いて、熱と毒素を排除するとされている。狭心症・高血圧・ぶどう膜炎(眼の中の「虹彩」・「毛様体」・「脈絡膜」から成る非常に血管の多い組織を総称して「ぶどう膜」と呼び、そこに炎症が起こる病気を指すが、実際には、「ぶどう膜」だけではなく、脈絡膜に隣接する「網膜」や、眼の外側の壁となっている「強膜」に生じる炎症も含んで総称する)、・咳・胸部圧迫感・喘息等の症状を改善すると信じられている。また、本種の根は、皮膚感染症・火傷・外傷に局所的に塗って効果がある。中国やヨーロッパの多くの都市で街路樹として使用されている』といった内容が記されてあった。これらの対応疾患は、時珍の記述によく一致することが判る。

「榛《しん》」「本草綱目」の「厚朴」の「釋名」に出てしまっているのだが、これもコマッタちゃんで、現行では、

ブナ目カバノキ科ハシバミ属ハシバミ変種 Corylus heterophylla var. thunbergii

を指す。

「逐折」中文の「中醫世家」のここに見つけた。『杀鼠,益气明目。一名百合。浓实,生禾间,茎黄,七月实黑,如大豆。』とあるので、この「益气明目」は「当たり」である。

『和名、「保々加之波乃木《ほほかしはのき》」。今、云ふ、「保々乃木《ほほのき》」。』これもまた、ダブル・コマッタちゃんだ! これは、「ホオ」「ホオガシワ」の異名を持つ、ジェンジェン違う、

モクレン目モクレン科モクレン属ホオノキ節ホオノキ Magnolia obovata

だがね!!

「梓州《ししう》」南北朝時代から宋代にかけて、現在の四川省綿陽市(グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)南部に設置された州名。

「龍州」南北朝時代から明代にかけて、現在の四川省の綿陽市北部と、同省の広元市西部に跨る地域に設置された州名。

「槲(かしは)」繰り返さないが、先行する「柏」の項では、良安は、そこでは、この「槲」を「くぬぎ」と読んじゃってるのだ。やり過ぎのドタバタ・コメディを見てるような呆れたありさまである。

「冬青(まさき)」このルビを以って、「マサキ」が「厚朴」とイコールと断じて「本草綱目」の記載を読んでしまった良安の認識こそが地獄の坩堝落ちの大脱線の始まりであったのである。

「平《たひ》らぐ」平静な状態に戻す。

「胃中の實《じつ》を瀉《しや》す」胃の内部にある、異常な食物の固まったものを排泄・除去する。

「平胃散」サイト「おくすり110番」の「平胃散」を見られたい。「Ⅰ作用」の「働き」に『平胃散(ヘイイサン)という方剤』は、『胃の働きをよくして、水分の停滞を改善し』、『その作用から、消化不良による胃もたれ、胃のチャポチャポ、お腹のゴロゴロ、下痢などに適応し』、『体力が中くらいの人を中心に広く用いることができ』るとあって、「組成」の項に、『平胃散の構成生薬は、胃腸によい下記の』六『種類で』あるとして、「厚朴」を『健胃作用』があるとし、蒼朮・厚朴・陳皮・生姜(ショウキョウ:薑(ショウガ))・大棗(タイソウ)・甘草をリストする。

「佐《さ》するに」「主薬の補助剤とし」の意。

「蒼朮《さうじゆつ》」はキク目キク科オケラ属ホソバオケラ Atractylodes lancea の根茎の生薬名。中枢抑制・胆汁分泌促進・抗消化性潰瘍作用などがあり、「啓脾湯」・「葛根加朮附湯」などの漢方調剤に用いられる。参照したウィキの「ホソバオケラ」によれば、『中国華中東部に自生する多年生草本。花期は』九~十『月頃で、白〜淡紅紫色の花を咲かせる。中国中部の東部地域に自然分布する多年生草本。通常は雌雄異株。但し、まれに雌花、雄花を着生する株がある。日本への伝来は江戸時代、享保の頃といわれる。特に佐渡ヶ島で多く栽培されており、サドオケラ(佐渡蒼朮)とも呼ばれる』とある。

「胃土」東洋文庫訳では、割注があって、『(胃は五行の土にあたる)』とある。

「太過《たいくわ》」「大過」とも書く。ここは、易(えき)の六十四卦の一つ。「沢風大過」とも称し、「四陽」が「中(ちゅう)」に集まり、「二陰」が外にあるために、陽が盛大に過ぎる状態を指す語であろう。

「枳實《きじつ》」ミカン・ダイダイ・ナツミカン等の未熟果実を乾燥させたもの。漢方で健胃・胸痛・腹痛・鎮咳・去痰などに薬用とする。

「大黃《だいわう》」ダイオウ。タデ目タデ科ダイオウ属 Rheum の一部の種の根茎の外皮を取り去って乾燥したもので、健胃剤・潟下剤とする。「唐大黄」と「朝鮮大黄」との種別がある。

「實滿《じつまん》を泄《せつ》す」消化器系で閉塞を起こしているものを、排泄させる。

「陳皮《ちんぴ》」中国では熟したムクロジ目ミカン科ミカン属マンダリンオレンジ Citrus reticulata の果皮を観想させたものであるが、本邦では熟したミカン属ウンシュウミカン Citrus unshiu のそれで代用する。

「濕滿《しつまん》を除く」「漢方で言う体内の病的な湿気(しっき)の膨満状態を取り除く」の意。

「解利の藥」東洋文庫の割注に、『(利き目のするどいのを緩める薬)』とある。

「傷寒」漢方で「体外の環境変化により経絡が冒された状態」を指し、具体には、「高熱を発する腸チフスの類の症状」を指すとされる。

「薑《きやう》」「乾薑」漢方生薬としては「良姜」で、ショウガ目ショウガ科ハナミョウガ属 Alpinia の根茎を乾したものを指す。

「澤瀉《たくしや/おもだか》」ここは正しくは「たくしや」(たくしゃ)で読むのが正しいが、良安が「おもだか」と読んでいた可能性を完全には排除出来ないので、かく、した。本邦で「澤瀉」は、

単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ Sagittaria trifolia

を指すのであるが、中国では、

オモダカ科サジオモダカ属ウォーター・プランテーン変種サジオモダカ Alisma plantago-aquatica var. orientale

属レベルで異なる別種の塊茎を乾燥させたものを「澤瀉」と言うからである。詳しくは、私の「大和本草卷之八 草之四 水草類 澤瀉(をもだか) (オモダカ)」を参照されたい。

「新六」「何《なに》ぞこの西の軒ばのほゝかしは山のはまたで月ぞかくるゝ」「知家」「新六」は「新撰和歌六帖(しんせんわかろくぢやう)」で「新撰六帖題和歌」とも呼ぶ。寛元二(一二四三)年成立。藤原家良(衣笠家良)・藤原為家・藤原知家(寿永元(一一八二)年~正嘉二(一二五八)年:後に為家一派とは離反した)・藤原信実・藤原光俊の五人が、寛元元年から同二年頃に詠んだ和歌二千六百三十五首を収録した類題和歌集。奇矯・特異な詠風を特徴とする。日文研の「和歌データベース」の「新撰和歌六帖」で確認した。「第六 木」のガイド・ナンバー「02483」である。

「六帖」「みちのくの栗狛(くりこま)の山のゝの木の枕はあれと君が手枕(たまくら)」「人丸」「六帖」は「古今和歌六帖」のこと。全六巻。編者は紀貫之、或いは、「和名類聚鈔」で知られる源順(したごう)とも言われる。草・虫・木・鳥等の二十五項、五百十六題について和歌を掲げた類題和歌集。十世紀の終わり近く、円融・花山・一条天皇の頃の成立か。成立年代は未詳であるが、貞元元(九七六)年から永延元(九八七)年まで、又は源順の没年である永観元(九八三)年までの間が一応の目安とされる。日文研の「和歌データベース」の「古今和歌六帖」で確認した。「第五 服飾」のガイド・ナンバー「03237」である。「栗狛の山」とは山体が宮城・秋田・岩手の三県に跨る栗駒山(くりこまやま:標高千六百二十六メートル)のこと。なお、「夫木和歌抄」にも載るが、そちらでは「読人不知」である。

「釐-等(でぐ)の奩(いえ《✕→いへ》)」割注したが、まず、後半を順序立てて言うと、「奩」は音「レン」で、古くは、漢代の化粧用具の入れ物を指した。青銅製と漆器とがり、身と蓋とから成り、方形や円形のものがある。この中に、鏡や小さな容器に詰めた白粉(おしろい)・紅・刷毛・櫛などを入れる。また,身が二段重ねになっており、上段に鏡を,下段に白粉などを入れるタイプもある。長沙の馬王堆一号漢墓や楽浪の王光墓などから出土している。という訳でここは、まずは、ざっくりと「箱」のことと捉えて欲しい。さて、問題は前の部分で、始めは意味が判らなかった。まず、「釐等」を調べると、小学館「日本国語大辞典」に、「れいてんぐ」で「釐等具・厘等具」と漢字表記し、『「れい」「てん」はそれぞれ「釐」「等」の唐宋音』とし、『釐(りん)・毫(ごう)のような少量までを量るのに用いる秤(はかり)。明治初年頃まで、金銀などの貴重品の重さを量るのに用いた』とある。さすれば、金銀の重量を計る器具を入れる「奩」=「箱」? なんか、今一、ピンと来ない。ところが、後に読みが続き、「れいてん。れてぐ。れいてぐ。れていぐ。れてん。」とあった。而して、良安は「釐等」に対して「テグ」とルビしている。――決定打は東洋文庫の訳で――『釐等奩(にんぎょうばこ)』――とあったので、瞬時に氷解した。「テグ」は「デグ」で、その発音を用いただけであり、「でぐ」の意味は「木偶」(でく・でぐ)のことで、大道芸人が操る木彫りの「人形」や、仕掛けを施した「操り人形」を指し、「その芸人が木偶人形を入れて旅をし、人形操りの台にもした奩」=「人形箱」の意なのだった。]

2024/06/15

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 目録・喬木類 波牟乃木

 

Hannoki

 

はんのき  正字未詳

波牟乃木

 

 

△按波牟乃木生山中髙者二三丈葉似栗而輭花亦似

[やぶちゃん注:「輭」は「軟」の異体字。]

 栗花而褐色實似杉實其木肌心白色見日則變赤今

 染家用梅木煎汁中投此木屑經宿以染赤色

 

   *

 

はんのき  正字、未だ詳かならず。

波牟乃木

 

 

△按ずるに、波牟乃木、山中に生ず。髙き者、二、三丈。葉、栗に似て、輭《やはらか》。花も栗の花に似て、褐色。實、杉の實に似≪て≫、木肌・心、白色。日《ひ》を見れば、則ち、赤に變ず。今、染家(そめものや)、梅≪の≫木の煎汁《せんじじる》を用ひて、中≪に≫此の木屑(《き》くず[やぶちゃん注:ママ。])を投じて、宿を經て、以て、赤色を染む。

 

[やぶちゃん注:「はんのき」「波牟乃木」は、

双子葉植物綱ブナ目カバノキ科ハンノキ属ハンノキ Alnus japonica

である。良安は、「正字、未だ詳かならず」と言っているが、当該ウィキによれば、『古名を榛(はり)といい、ハンノキという名称はハリノキ(榛の木)が変化したものである』。現在の『中国名は「日本榿木」。別名はヤチハンノキで』、『湿地のハンノキの意味でよばれている』。『岩手県の地方名にヤチバがある』。但し、『漢字表記に用いる「榛」は』、本来、『ハシバミ』(ブナ目カバノキ科ハシバミ属ハシバミ Corylus heterophylla var. thunbergii )『の漢名で』、『ハンノキに用いるのは日本独自の用法であ』り、『また、漢名に赤楊』(これは『を当てたが、これ』も『本来』(これは文字列から「赤い、枝が垂れずに立ち上がるヤナギ科 Salicaceaeの柳の一種」の意になってしまう)、『誤用である』とする(以下、注記記号はカットした)。『日本の北海道から九州、沖縄まで、朝鮮半島、台湾、中国東北部、ウスリー、南千島に分布する。低地の湿地や低山の川沿いに生え、日本では全国の山野の低地や湿地、沼に自生する。湿原のような過湿地において森林を形成する数少ない樹木。田の畔に植えられ、近年では水田耕作放棄地に繁殖する例が多く見られる。普通の樹木であれば、土壌中の水分が多いと酸欠状態になり生きられないが、ハンノキは耐水性を獲得したことで湿地でも生き残ることができる』。『落葉高木で、樹高は』四~二十『メートル』、『直径』六十『センチメートル』『ほど。湿地周辺部の肥沃な土地では、きわめてよく生長を示すものがあって、高さ』三十『メートル、幹回りの直径』一『メートルを超す個体もあるが、湿地中央部に生える個体は成長は減退して大きくならない。樹皮は紫褐色から暗灰褐色で、縦に浅く裂けて剥がれる。葉は有柄で互生し、長さ』五~十三センチメートルの『長楕円形から長楕円状卵形』で、『葉縁には浅い細鋸歯があり、側脈は』七~九『対。葉の寿命は短く、緑のまま次々と落葉する。春先に伸びた』一『葉や』二『葉(春葉)の寿命は、以降に延びた葉(夏葉)よりも短いため』六『月から』七『月になると』、『春葉が集中的に落葉する事が報告されている』。『花期は冬』から初春の十一~四『月頃で、葉に先だって単性花をつける。雌雄同株で、雄花穂は枝先に』一~五『個』、『付き、黒褐色の円柱形で尾状に垂れ下がる。雌花穂は楕円形で紅紫色を帯び、雄花穂の下部の葉腋に』同じように一~五『個』を『つける』。『花はあまり目立たない。また、ハンノキが密集する地域では、花粉による喘息発生の報告がある』。『果実は松かさ状で』同数『個ずつ』、『つき』、十『月頃』、『熟すと長さ』十五~二十『ミリメートルの珠果状になる。松かさに似た小さな実が翌年の春まで残る』。『冬芽は互生して、枝先につく雄花序と、その基部につく雌花序はともに裸芽で柄があり、赤みを帯びる。仮頂芽と測芽はどちらも葉芽で、有柄で』三『枚の芽鱗があり、樹脂で固まる。葉痕は半円形で維管束痕は』三『個ある』。『水田の畔に稲のはざ掛け用に植栽されている。しばしば』、『公園樹として、公園の池のそばに植えられる』。『伝統的な水ワサビの栽培においては』、『木々に囲まれた山の沢を再現するためにわさび田の中に植えられた。現在ではハンノキの代わりに日除けを設置することが多くなった』。『良質の木炭の材料となるために、以前にはさかんに伐採された。材に油分が含まれ生木でもよく燃えるため、北陸地方では火葬の薪に使用された。葉の中には、根粒菌からもらった窒素を多く含んでいて、そのまま葉が散るため、葉の肥料木としても重要である』。『材は軟質で、家具や器具に使われる』。『樹皮や果実は、褐色の染料として有効に使われている。また、抗菌作用があり、消臭効果が期待されている。ハンノキには造血作用のある成分が含まれるため』、『漢方薬としても用いられる』とある。

「宿を經て」「一晩、おいて」。]

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 目録・喬木類 黃櫨

 

Hajinoki

 

はじのき  和名波𨒛之

       俗云波時乃木

黃櫨

 

ハアン ロウ

[やぶちゃん字注:「𨒛」は「邇」の異体字。]

 

本綱黃櫨生山谷葉圓木黃可染黃色

木【苦寒】 治黃疸目黃水煮服之洗赤眼及湯火𣾰瘡

[やぶちゃん字注:「𣾰」は「漆」の異体字。]

△按黃櫨以染黃色天子御袍稱黃櫨染是也染帛上用

 砥水畧染則爲黑茶色其葉小淺青色莖微赤三四月

 開小白花結細子至秋紅葉

  新古今鶉なくかた埜にたてるはじ紅葉ちらぬばかりに秋風そふく親隆

[やぶちゃん注:最後の和歌の「ちらぬばかりに」は「ちりぬばかりに」の誤りであるので、訓読では訂した。]

 

  *

 

はじのき  和名、「波𨒛之《はにし》」。

       俗、云ふ、「波時乃木」。

黃櫨

 

ハアン ロウ

[やぶちゃん字注:「𨒛」は「邇」の異体字。]

 

「本綱」に曰はく、『黃櫨《くわうろ》、山谷に生《しやうず》。葉、圓《まろ》く、木、黃にして、黃色に染むべし。』≪と≫。

『木【苦、寒。】 黃疸≪がため≫、目、黃なるを治す。水≪にて≫煮て、之れを服す。赤眼《あかめ》、及び、湯火(やけど)・𣾰瘡(うるしまけ)を洗ふ。』≪と≫。

△按ずるに、黃櫨は、以つて、黃色を染む。天子の御袍(《ご》はう)、「黃櫨染(くわうろせん)」と稱す、是れなり。帛《きぬ》を染めて、上《うへ》に砥水《とみづ》を用ふ。畧《やや》染まれば、則ち、黑茶色を爲《なす》。其の葉、小さく、淺青色。莖、微《ちと》、赤≪し≫。三、四月、小≪さき≫白≪き≫花を開く。細≪かなる≫子《み》を結ぶ。秋に至《いたり》、紅葉す。

  「新古今」            親隆

    鶉なくかた埜にたてるはじ紅葉

       ちりぬばかりに秋風ぞふく

 

[やぶちゃん注:「黃櫨」(くわうろ(こうろ))「はじのき」は、日中ともに、

双子葉植物綱ムクロジ目ウルシ科ウルシ属ハゼノキ Toxicodendron succedaneum

を指す。但し、現代の中文名は「野漆」で、同中文ウィキでは、異名を「野漆樹「大木漆」「山漆樹」「癢漆樹」「漆木」「檫仔漆」「山賊子」と挙げるのみで、「黃櫨」は記されていない。同種は中国・インドシナ原産で、琉球から最初に渡来したので、「リュウキュウハゼ」の名もある。本邦の当該ウィキによれば(注記記号は省略した)、『ハゼノキ(櫨の木・櫨・黄櫨の木・黄櫨)『はウルシ科ウルシ属の落葉小高木。単にハゼとも言う。東南アジアから東アジアの温暖な地域に自生する。秋に美しく紅葉することで知られ、ウルシほどではないがかぶれることもある。日本には、果実から木蝋(Japan wax)を採取する資源作物として、江戸時代頃に琉球王国から持ち込まれ、それまで木蝋の主原料であったウルシの果実を駆逐した』。『「ハゼ」は古くはヤマウルシ』(ウルシ属ヤマウルシ Toxicodendron trichocarpum )『のことを指し、紅葉が埴輪の色に似ていることから、和名を埴輪をつくる工人の土師(はにし)とし、それが転訛したといわれている』。『別名にリュウキュウハゼ(紅包樹)、ロウノキ、トウハゼなど。果実は』「薩摩の実」(薩摩藩が不当に琉球を実行していたことによる)『とも呼ばれる。中国名は、野漆 (別名:木蠟樹)』。『日本では本州の関東地方南部以西、四国、九州・沖縄、小笠原諸島のほか、朝鮮半島南西沖の済州島、台湾、中国、東南アジアに分布する。低地で、暖地の海に近い地方に多く分布し、山野に生え、植栽もされている。日本の山野に自生しているものは、かつて果実から蝋を採るために栽培していたものが、それが野生化したものが多いともいわれる。明るい場所を好む性質があり、街中の道端に生えてくることもある』。『ときに、庭の植栽としても見られる』。『雌雄異株の落葉広葉樹の小高木から高木で、樹高は』五~十『メートル』『ほどになる。樹皮は灰褐色から暗赤色で、縦に裂けてやや網目状の模様になる。一年枝は無毛で太く、縦に裂ける皮目がある』。『葉は奇数羽状複葉で』、九~十五『枚の小葉からなる。小葉は少し厚くて細長く、長さ』五~十二『センチメートル』『の披針形で先端が尖る。小葉のふちは鋸歯はついていない。表面は濃い緑色で光沢があるが、裏面は白っぽい。葉軸は少し赤味をおびることがある。秋には常緑樹に混じって、ウルシ科特有の美しい真っ赤な色に紅葉するのが見られる。秋にならないうちに、小葉の』一~二『枚だけが真っ赤に紅葉することもある』。花期は』五~六『月』で、『花は葉の付け根から伸びた円錐花序で、枝先に黄緑色の小さな花を咲かせる。雄花、雌花ともに花弁は』五『枚。雄花には』五『本の雄しべがある。雌しべは』三『つに分かれている』。『秋に直径』五~十五『ミリメートル』『ほどの扁平な球形の果実が熟す。果実の表面は光沢があり無毛。未熟果実は緑色であり、熟すと黄白色から淡褐色になる。中果皮は粗い繊維質で、その間に高融点の脂肪を含んだ顆粒が充満している。冬になると、カラスやキツツキなどの鳥類が高カロリーの餌として好んで摂取し、種子散布に寄与する。核は飴色で強い光沢があり、俗に「きつねの小判」、若しくは「ねずみの小判」と呼ばれる』。『冬芽は互生し、頂芽は円錐状で肉厚な』三~五『枚の芽鱗に包まれており、側芽のほうは』、『小さな球形である。落葉後の葉痕は心形や半円形で、維管束痕が多数見える』。『個人差はあるものの、樹皮や葉に触れても普通はかぶれを起こさないが、葉や枝を傷つけると出てくる白い樹液が肌に触れると、ひどくかぶれをおこす。また、枝や葉を燃やしたときに出る煙でも、かぶれることがある』。『よく似ている樹種に』同属の『ヤマハゼ( Toxicodendron sylvestre )があり、ヤマハゼは葉の両面に細かい毛が生えていて、紅葉が赤色から橙色で、鮮やかさはハゼノキよりも劣る印象がある。ハゼノキは葉の表裏ともに毛がない点で、日本に古来自生するヤマハゼと区別できる』。『果実を蒸して圧搾して採取される高融点の脂肪、つまり木蝋は、和蝋燭(Japanese candle)、坐薬や軟膏の基剤、ポマード、石鹸、クレヨン、化粧品などの原料として利用される。日本では、江戸時代に西日本の諸藩で木蝋をとる目的で盛んに栽培された。また、江戸時代中期以前は時としてアク抜き後焼いて食すほか、すり潰してこね、ハゼ餅(東北地方のゆべしに近いものと考えられる)として加工されるなど、救荒食物としての利用もあった。現在も、食品の表面に光沢をつけるために利用される例がある』。二十『世紀に入り安価で大量生産可能な合成ワックスにより、生産が低下したが、近年』、『合成ワックスにはない粘りや自然品の見直し気運などから需要が増えてきている』。『木材は、ウルシと同様心材が鮮やかな黄色で、工芸品、細工物、和弓、櫨染(はじぞめ)などに使われる。櫨染は、ハゼノキの黄色い芯材の煎じた汁と灰汁で染めた深い温かみのある黄色である。なお、日本の天皇が儀式に着用する櫨染の黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)』(☜同ウィキがあり、画像もあるので見られたい)『の色素原料は同じウルシ属のヤマハゼになる』。『美しい黄緑色の木蝋が採取でき、融点が高いため、和蝋燭の上掛け蝋(手がけ和蝋燭の一番外側にかける蝋)として利用される』。『通常、櫨に含まれる蝋分は』二十『%程度であるが、この櫨の実に占める蝋分は』三十~三十五『%と圧倒的に高いため、採取効率が最も良いとされる。以下、「主な種類」として、長崎県島原市原産の「マツヤマハゼ(松山櫨)」、松山櫨から品種改良された福岡県小郡市が原育成地で主産地を熊本県水俣市とする「イキチハゼ(伊吉櫨)」、愛媛県の優良品種「オウハゼ(王櫨)」が挙げられているが、品種と言いながら、学名は他で調べても見当たらない。『日本への渡来は安土桃山時代末の』天正一九(一五九一)年に『筑前の貿易商人 神屋宗湛や島井宗室らによって中国南部から種子が輸入され、当時需要が高まりつつあった蝋燭の蝋を採取する目的で栽培されたのが始まりとされる。他方、大隅国の』武将『禰寝重長』(天文五(一五三六)年~天正八(一五八〇)年)『が輸入して初めて栽培させたという説もある』。『江戸時代は藩政の財政を支える木蝋の資源植物として、西日本の各藩で盛んに栽培された』。『その後、江戸時代中期に入って中国から琉球王国を経由して、薩摩藩でも栽培が本格的に広まった。薩摩藩は幕末開国後の』慶応三(一八六七)年には、『パリ万国博覧会に』、『このハゼノキから採った木蝋(もくろう)を出品している』。『広島藩では』、一七〇〇『年代後半から藩有林を請山として貸出し、商人らがハゼノキをウルシノキとともに大規模に植林、製蝋を行っていた記録が残る』。『今日の本州の山地に見られるハゼノキは、この蝋の採取の目的で栽培されたものの一部が野生化したものとみられている』とあった。私の家の無駄にある斜面にも、かなりの大きさのそ奴が生えている。私は、四十代後半にウルシにかぶれになった(大好きだったマンゴーも、はたまた、キウィも食べられなくなった)ので、なるべく、その木の傍には行かないことにしている。

 「本草綱目」の引用は、「卷三十五上」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「黄櫨で、ガイド・ナンバー[085-7b]以下である。短いので、全原文を手を加えて転写しておく。

   *

黃櫨【宋、嘉祐。】

集解【藏器曰、「黃櫨、生商洛山谷四川界。甚有之葉、圓。木、黃可染黃色。】

木 氣味、苦寒無毒。主治除煩熱解酒疸目黄水煮服之【藏器。】。洗赤眼及湯火漆瘡【時珍。】

附方【「新一」。】大風癩疾【黃櫨木、五兩、剉用新汲水一斗浸、二七日、焙硏、蘇枋木五兩、烏麻子一斗、九蒸九暴、天麻二兩、丁香乳香一兩、爲末、以赤黍米一升、淘淨用浸黃櫨木煮、米粥搗、和丸梧子、大每服、二、三十丸、食後漿水下日二夜、一聖【「濟總錄」。】】。

   *

「赤眼」疲れや病気などのために目が赤く充血した状態を指す。

「砥水《とみづ》」刃物を砥石で研ぐ時に使う水。ここは、その研いだ後の混濁した水。なお、別に、濁っている色がそれに似ているところから「味噌汁」を指す大工仲間の隠語があるが、ここは本来の用法であろう。ウィキの「天然砥石」によれば、『原料は主に堆積岩や凝灰岩などであり、荒砥は砂岩、仕上げ砥は粒子の細かい泥岩(粘板岩)から作られ、中でも放散虫の石英質骨格が堆積した堆積岩が良質であるとされる』とあり、その成分が恐らく絹に染み込んだハゼノキの色素成分を固定させる性質があるのであろう。

「新古今」「親隆」「鶉なくかた埜にたてるはじ紅葉ちりぬばかりに秋風ぞふく」は、「新古今和歌集」の「卷第五 秋歌下」の平安後期の公卿藤原親隆(康和元(一〇九九)年~永万元(一一六五)年)の一首(六三九番)、

   *

  法性寺入道前關白太政大臣家歌合に 前參議親隆

 うづらなく

     交野(かたの)に立てる

    櫨(はじ)もみぢ

         散りぬばかりに

               秋風ぞふく

   *

「うづら」キジ目キジ科ウズラ属ウズラ Coturnix japonica 。博物誌は「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鶉 (ウズラ)」を見られたい。私の歌語としては、「憂づ」を匂わせるものである。「交野」交野ヶ原(かたのがはら)。河内国の歌枕。皇室の狩場があり、花の名所であった。現在の大阪府枚方市から交野市にかけて広がる丘陵地の慣習的な古地名。この南北の広域で、当該ウィキによれば、『広大な原野で大きな川が流れていたこともあり、多くの野鳥が集っており、貴族の遊猟地として栄えたとされている』とある。ここ(グーグル・マップ・データ航空写真)の中央の南北の広域に相当する。]

2024/06/14

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 目録・喬木類 小蘗

 

Megi

 

いぬきはだ  子蘗

 しこのへい 山石榴

小蘗

       【金櫻子杜鷗

        花並名山石

        榴同名異物

        也】

スヤウ゜ポツ

 

本綱小蘗生山石間小樹也枝葉與石榴無別伹花異子

赤如枸杞子兩頭尖其皮外白裏黃如蘗皮而薄小也

氣味【苦大寒】 治口瘡殺諸蟲去心腹熱氣

△按小蘗葉似柹而狹長其子大如豆生青熟淡紫色中

 有三子黑色似山椒子【苦辛甘】名志古乃倍伊用洗眼良

 樹皮可以染黃僞𭀚黃栢不可不辨其材爲板旋箱

[やぶちゃん字注:「𭀚」は「充」の異体字。]

 

   *

 

いぬきはだ  子蘗《しはく》

 しこのへい 山石榴《さんせきりう》

小蘗

       【「金櫻子(ざくろ)」・「杜鷗

        花(さつき)」、並びに、「山

        石榴《やまざくろ》」、同名

        異物なり。】

スヤウ゜ポツ

 

「本綱」に曰はく、『小蘗《しやうはく》、山石の間に生ず。小樹なり。枝葉、「石榴《ざくろ》」と、別、無し。伹《ただし》、花、異なり、子《み》、赤く、「枸杞《くこ》」の子、ごとし。兩頭、尖る。其の皮、外、白く、裏、黃にして、「蘗《きはだ》」の皮のごとくにして、薄く、小さし。』≪と≫。

『氣味【苦、大寒、】 口瘡《こうさう》を治し、諸蟲を殺し、心腹の熱氣を去る。』≪と≫。

△按ずるに、小蘗、葉、柹に似て、而≪れども≫、狹《せば》く、長し。其の子《み》、大いさ、豆のごとく、生《わかき》は、青く、熟≪せ≫ば、淡(うす)紫色。中に、三《みつ》、子《み》、有り、黑色。「山椒」の子に似る【苦、辛甘。】。「志古乃倍伊《しこのへい》」と名づく。用ひて、眼を洗ひて、良し。樹の皮、以つて、黃を染む。僞りて、「黃栢《わうばく》」に𭀚《あ》つ。辨ぜざらんは、あるべからず。其の材、板と爲《なし》、箱に旋(さ)す。

 

[やぶちゃん注:「いぬきはだ」「しこのへい」「小蘗」(歴史的仮名遣「しやうはく」)は、日中ともに、

双子葉植物綱キンポウゲ目メギ(目木)科メギ属メギ Berberis thunbergii

を指す。当該ウィキによれば、『別名では、コトリトマラズ』・『ヨロイドオシ』『ともよばれる』。『和名メギの由来は、茎や根を煎じて洗眼薬に利用されていたので』、『「目木」の名がある』。『枝に鋭い棘を多く生やし、鳥がとまれそうにないことから、コトリトマラズの別名でも呼ばれる』。『落葉広葉樹の低木で』、『樹高』二『メートル』『ほどまで成長し、よく枝分かれする』。『樹形は株立ち』。『樹皮は灰褐色から褐色で、縦にやや不規則な割れ目がある』。『枝は赤褐色から褐色で、顕著な縦の溝と稜が目立つ』。『枝の節や葉の付け根には長さ』五~十二『ミリメートル』『の棘があり』、『徒長枝』(樹木の幹や太い枝から上方に向かって真っ直ぐに長く太く伸びる枝を指す園芸用語)『の葉の付け根には』三『本に分かれた棘がある』。『樹皮は黄色の染料になる』。『葉は単葉で』、『新しく伸びた長枝には互生し』、二『年枝の途中から出た短枝には束生する』。『葉身は長さ』一~五『センチメートル』、『幅』〇・五~一・五センチメートルの『卵倒形から狭卵倒形、または』箆『形で』、『先端は鈍頭または円頭、基部は次第に細くなって短い葉柄になり』、『最大幅は先寄り』。『葉縁は全縁で、表面は薄い紙質で無毛、裏面は色々を帯び無毛』。四~五『月に若葉を出す』。『開花時期は』四~五月で、『新葉が出るころに単枝から小形の総状花序または散形花序を出し、直径約』六ミリメートルの『淡黄色から緑黄色の花を『二~四個、『下向きに付ける』。『花弁の長さは約』二ミリメートルで六個。『萼片は』六『個あり、長楕円形で花弁より大きく、淡緑色にわずかに紅色を帯びる』。『雄蕊は』六『個で』、『花柱は太く』、『触ると』、『葯が急に内側に曲がる』。『雌蕊は』一『個』。『果実は液果で、長さ』七~一〇ミリメートルの『楕円形』を成し、十~十一月に『鮮やかな赤色に熟す』。『アルカロイドの』(alkaloid:古くから向精神物質知られる一種の麻薬)一『種のベルベリン』(berberine:名はまさにメギ属の属名 Berberis に由来する。当該ウィキによれば、『抗菌・抗炎症・中枢抑制・血圧降下などの作用があり、止瀉薬として下痢の症状に処方されるほか、目薬にも配合される。タンニン酸ベルベリンを除いて強い苦味がある。腸管出血性大腸菌O157などの出血性大腸炎、細菌性下痢症では、症状の悪化や治療期間の延長をきたすおそれがあるため』、『原則として禁忌である』とある)『を含む』。『秋は熟した赤い果実と紅葉が美しく』、『冬になっても果実が残る』。『冬芽は枝に互生し、棘の基部につく』。『冬芽の大きさは小さく、長さは』二ミリメートル『ほどで、赤褐色をした数枚の芽鱗に包まれている』。『ブラジルでは』、『この植物は』「日本のメギ」(ポルトガル語:Berbére-japonês)として『広く知られており、生垣や花壇で広く栽培されてい』るという。『日本では、本州の東北地方南部』『から、四国と九州にかけての温帯』『地域に分布する』。『山地から丘陵にかけての林縁』『や原野に生育し、蛇紋岩の地でもよく生育する』。『自然分布の他、人の手によって植栽されて生垣としての庭木や公園樹として利用されている』。『秋田県では分布域が限定され、個体数が希少であることからレッドリストの絶滅危惧種IB類(EN)の指定を受けていて、森林伐採や道路工事による個体数の減少が危惧されている』。『新潟県』『と鹿児島県甲子夜話卷之では、絶滅危惧II類(VU)の指定を受けている。大阪府では準絶滅危惧の指定を受けている』が、『国レベルではレッドリストの指定を受けていない』。「品種」の項。『葉が赤紫色の栽培品種(アカバメギ)』( Berberis thunbergii f. atropurpurea )『があり、黄金葉や歩斑入りの栽培品種もある』。「近縁種」には、オオバメギ Berberis tschonoskyana(「大葉目木」。『メギよりも葉が大きく、棘が少なく、枝に稜がない』)や、ヘビノボラズ Berberis sieboldii(「蛇登らず」。葉に鋸葉があり、湿地周辺のやせ地に生育する』)があるとある。因みに、同種の維基百科を見ると、中文名を「日本小檗」とし、『日本及び中国本土の殆んどの省や地域に分布し、現在では、園芸植物として広く利用されている』とあった。

「金櫻子(ざくろ)」バラ科バラ属ナニワイバラ Rosa laevigata 。中国原産の蔓性常緑低木。本邦には宝永年間(一七〇四年~一七一一年)に渡来し、観賞用に植栽されるが、四国・九州では野生化もしている。枝は、よくのびて、棘が多い。葉は三出複葉で、三個の小葉は厚く、上面に光沢がある。五月に、径六〜八センチメートルの白色の五弁花を開く。萼筒には長い棘が密生する。果実は洋梨形で長さ三・五〜四センチメートル、暗橙赤色に熟す。花が淡紅色のものを「ハトヤバラ」と称する(以上は平凡社「百科事典マイペディア」に拠った)。本書「和漢三才圖會」は正徳二(一七一二)年成立であることからも判る通り、この冒頭標題の割注は、「本草綱目」からの引用である(後注参照)。従って、良安が「ザクロ」というルビを当てたのは、誤りである。

「杜鷗花(さつき)」現行の中文では、ツツジ目ツツジ科ツツジ属 Rhododendron を指す漢語である。維基百科のこちらを見られたい。言うまでもないが、「サツキ」というルビは良安が勝手に附したものである。これもまた、言うまでもないことだが、本邦ではツツジ属の中に含まれる「ツツジ」・「サツキ」・「シャクナゲ」を別種(群)のように弁別して呼ぶ慣習があるが、これは学術的上の分類とは全く無縁である。

「山石榴《さんせきりう》」本邦では、「サツキツツジ」(皐月躑躅)とも呼ばれる、ツツジ目ツツジ科ツツジ属サツキ Rhododendron indicum の異名であるが、本種は日本固有種であるからして、時珍の言う「山石榴」というのは同種ではなく、現在のツツジ属 Rhododendron 全般、或いは、同属の中国産のどれかの種を指している。

 「本草綱目」の引用は、「卷三十五上」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の「小蘗で、ガイド・ナンバー[085-7a]以下である。以上の問題から、全原文を手を加えて転写しておく。

   *

小蘗【唐「本草」。】

釋名【子蘗、𢎞景、『山石榴』。時珍曰、『此與、金櫻子・杜鵑花、並、名山石榴、非一物也』。】

集解【𢎞景曰、『子蘗樹小、狀如石榴、其皮黄而苦。又一種、多刺皮、亦黄。並主口瘡。』。恭曰、『小蘗生山石間。所在皆有襄陽峴。山東者為良。一名山石榴。其樹枝葉、與石榴無别。但花異子、細黒圓如牛李子及女貞子爾。其樹皮、白陶云、皮黄、恐謬矣。今太常所貯乃小樹、多刺而葉細者、名刺蘗、非小蘗也。』。藏器曰、『凡是蘗木皆皮黄。今既不黄非蘗也。小蘗如石榴、皮黄、子赤、如枸杞子、兩頭尖。人剉枝以染黄若云。子黑而圓恐是别物非小蘗也。』。時珍曰、『小蘗、山間時有之。小樹也。其皮外白裏黄、狀如蘗皮而薄小』。】

氣味 苦大寒無毒。主治口瘡疳䘌殺諸蟲去心腹中熱氣【唐「本」。】。治血崩【時珍、茄婦人良方。治血崩。阿陀丸方中用之。】

   *

「枸杞《くこ》」ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense 。

「蘗《きはだ》」前出の「黃蘗」に同じ。但し、日中で種がことなるので、そちらを見られたい。

「口瘡」既出既注であるが、再掲すると、口腔内の炎症や感染症。知られたものでは、新生児・乳児に見られる「鵞口瘡」(がこうそう)で、口の粘膜に発生する黴であるカンジダ(菌界子嚢菌門半子嚢菌綱サッカロミケス目 Saccharomycetalesサッカロミケス科カンジダ 属 Candida )感染症がある。口腔の内側の粘膜・舌・口唇に、白色のミルクの滓(かす)のように隆起する粘膜斑で、擦っても剝がすことが難しく、無理に剝そうとすると出血する。

「山椒」ムクロジ目ミカン科サンショウ属サンショウ Zanthoxylum piperitum 

「志古乃倍伊《しこのへい》」標題にも出た和名「しこのへい」だが、不詳。但し、先に示した通り、枝に鋭棘が多く生えていることからの異名「コトリトマラズ」「ヨロイドオシ」から類推するに、「醜(しこ)の兵(へい)」の文字列を私は想起した。

「黃栢《わうばく》」先行する「黃蘗」の私の冒頭注を参照されたい。但し、ここは良安の言葉であるから、キハダ属キハダ変種キハダ Phellodendron amurense var. amurense と限定してよい。

「旋(さ)す」東洋文庫訳では、『つくる』と訳すが、「旋」には「作る」の意はない。「めぐる・めぐらす・まわる」の意を、「変化させる」の意で用いたか、或いは、単に使役の助動詞代わりに、この字を当てたのかも知れない。]

2024/06/13

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十三 喬木類 目録・黃蘗

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は、初回を参照されたい。「目録」の読みはママである。本文同様、濁点落ちが多い。]

 

和漢三才圖會卷第八十三目録

   喬木類

黃蘗(わうへき)【きはだ】

小蘗(こきはだ)【しこのへい】

黃櫨(はじのき)

波牟木(はんのき)

厚朴(かうぼく)【ほゝのき】

杜仲(とちう)

椿(ひやんちゆん)【椿根皮(チユンコンヒ) 鳳眼草】

𣾰(うるし)

(あづさ)

(ひさぎ)

刺楸(はりひさき)

(こひさき)

(あはき)

(きり)

岡桐(おかきり)

梧桐(ことうきり)

油桐(あふらきり)

海桐(しまきり)

赬桐(たうきり)

菜盛葉(さいもちは)

(あふち)【せんたん】

黃棟樹(わうれんしゆ)

(ゑんじゆ)

(まゆみ)

莢蒾(けうめい)

秦皮(とねりこのき)

合歡木(ねふのき)

皂莢(さいかし)【皂⻆子 皂⻆刺】

[やぶちゃん字注:「⻆」は「角」の異体字。]

肥皂莢(ひさうけう)

無患子(つぶ)

木欒子附リ菩提樹】

沒石子(もしくし)

訶黎勒(かりろく)

(けやき)【石欅(いしけやき) 槻(つき)】

[やぶちゃん字注:「いしけやき」の「け」は「ケ」の第三画しか見えないが、原本当該部と東洋文庫の当該項のルビから「ケ」と決した。]

波太豆(はたつ)

(ゑのき)

(やなき)

檉柳(いとやなき)【したれ柳】

水楊(かはやなき)

白楊(まるはのやなき)

扶栘(ふいのやなき)

杞柳(きりう)

贅柳(こぶやなき)

美容柳(ひようやなき)

(むきのき)

(にれ)

蕪荑仁(ふいにん)

蘓方木(すはうのき)

[やぶちゃん字注:「蘓」は「蘇」の異体字。]

鳥木(こくたん)

[やぶちゃん字注:「鳥」はママ。当該項では「烏」になっているので、誤刻である。]

黒柹(くろかき)

(かば)

華櫚(くはりん)

椶櫚(しゆろ)

烏臼木(うきうほく)

巴豆(はづ)

海紅豆(かいかうづ)

相思子(たうあづき)

豬腰子(ちやうし)

石瓜(せきくわ)

鐵樹(たがやさん)

美豆木(みつき)

扇骨(かなめ)

奈岐乃木(なぎのき)

古賀乃木(こがのき)

娑羅雙樹(しやらさうしゆ)

梖多羅(ばいたら)

多羅葉(たらえう)

(よう)

 

 

和漢三才圖會卷八十二

         攝陽 城醫法橋寺島良安尙順

   香木類

 

Kihada

 

[やぶちゃん注:右の樹の上に『本草必讀之圖』(「本草必讀」の圖)、左の樹の上に『三才圖會之圖』(「三才圖會」の圖)のキャプションが記されてある。「本草必讀」は「楓」その他で、 既出既注。「三才圖會」の原図は、国立国会図書館デジタルコレクションの萬暦三七(一六〇九)年序刊のものの、ここの「蘗木」で視認出来る。

 

わうへき  黃栢【俗稱】

 きはだ  蘗木

      【和名岐波太】

黃蘗

      今專曰黃栢

唐音

 ハアン ポツ

 

本綱黃蘗樹髙數丈葉似呉茱萸亦如紫椿經冬不凋其

皮外白裏深黃色緊厚二三分鮮黃者爲上根結塊如松

下茯苓名之檀桓【百歳者根長三四尺別在一旁以小根綴之又名檀桓芝】

氣味【苦寒】 入足少陰腎經爲足太陽膀胱引經藥

 【生用則降實火熟用則不傷胃酒制則治上鹽制則治下蜜制則治中也】惡乾𣾰伏硫黃其

[やぶちゃん字注:「蜜」は「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

 用有六瀉膀胱龍火【一也】利小便結【二也】除下焦濕腫【三也】治痢疾先見血【四也】治臍中痛【五也】補腎不足壯骨髓【六也】乃癱疾必用之藥治口瘡如神

[やぶちゃん字注:「臍」は原本では十七画((つくり)の下方の横画の二本目)が十六画の中心から縦に下に下がる。異体字にも見えないので、正字で示した。]

黃蘗無知毋猶水母之無蝦也葢黃栢能制膀胱命門陰

[やぶちゃん字注:「毋」は「母」の異体字であるが、同一行の中で「母」が使用されいるから、明らかに差別化(恐らくは植物と動物の違いを意識して)している意図が明白なので、敢えて用いた。]

中之火知毋能清肺金滋腎水之化源故皆以爲滋陰降

火要藥然必少壯氣盛能食者宜用之若中氣不足而邪

火熾甚者久服則有寒中變

檀桓【苦寒】 治心腹百病安魂魄不饑渴久服通神

△按黃栢藥用外可以染黃色日向加賀之產最良和州

吉野奧州會津之産次之

 

  *

 

わうへき  黃栢《わうばく》【俗稱。】

 きはだ  蘗木《はくぼく》

      【和名「岐波太《きはだ》」。】

黃蘗

      今、專ら、「黃栢」と曰ふ。

唐音

 ハアン ポツ

 

「本綱」に曰はく、『黃蘗樹の髙さ、數丈。葉、「呉茱萸《ごしゆゆ》」に似たり。亦、「紫椿《しちん》」のごとし。冬を經て、凋まず。其の皮、外、白く、裏、深黃色なり。緊《しまりて》、厚さ、二、三分。鮮(あざや)かに黃なる者を、上と爲《な》す。根、結塊≪して≫松の下の茯苓《ぶくりやう》のごとく、之れを「檀桓《だんくわん》」と名づく【百歳の者、根の長さ、三、四尺。別に、一旁《いつばう》、在りて、小≪さき≫根を以つて、之れを綴り、又、「檀桓芝《だんくわんし》」と名づく。】』≪と≫。

『氣味【苦、寒。】 足≪の≫「少陰腎經」に入りて、足≪の≫「太陽膀胱引經」の藥と爲《な》る。』≪と≫。

 『【生にて用ふれば、則ち、實火(じつくわ)を降《くだ》す。≪煮≫熟《にじゆく》して、用ふれば、則ち、胃を傷めず。酒≪もて≫制すれば、則ち、≪體內の≫上《うへ》を治す。鹽≪もて≫制すれば、則ち、≪體內の≫下を治す。蜜≪もて≫制すれば、≪體內の≫中《ちゆう》を治ずるなり。】。乾𣾰《かんしつ》を惡《い》み[やぶちゃん注:「忌み」に同じ。]、硫黃《いわう》を伏《ぶく》す。其の用[やぶちゃん注:ここは「効用」の意。]、六つ、有り。膀胱の龍火を瀉《くだ》す【一《いち》なり。】。小便≪の≫結≪せる≫を利す【二なり。】。下焦《かしやう》の濕腫《しつしゆ》を除く【三なり。】。痢疾≪にて≫、先づ、血を見るものを治す【四なり。】。臍《へそ》の中《うち》≪の≫痛みを治す【五なり。】。腎の不足を補ひ、骨髓を壯《さかん》にす【六なり。】。乃《すなは》ち、癱疾《たんなん》≪の≫必用の藥≪にして≫、口瘡《こうさう》を治すること≪も、また≫、神《しん》のごとし。』≪と≫。

『黃蘗、「知毋《ちも》」、無ければ、猶ほ、水母(くらげ)の、蝦(ゑび[やぶちゃん注:ママ。])、無きがごとくなり。葢し、黃栢、能く、膀胱命門の陰中の火《くわ》を制す。「知毋」は、能く、肺金《はいきん》を清《きよらかにす》、腎水の化源を滋《やしなふ》。故《ゆゑ》、皆、以つて、「滋陰降火《じいんかうくわ》」の要藥たり。然れども、必ず、少壯≪にして≫、氣、盛んにして、能く、食する者、宜(よろ)しく之れを用ふべし。若《も》し、中氣、不足して、邪火《じやくわ》、熾(も)ゆること、甚しき者≪は≫、≪これを≫久しく服すれば、則り、寒中の變、有り。』≪と≫。

『檀桓【苦、寒。】 心腹≪の≫百病を治し、魂魄を安んじ、饑渴せず、久≪しく≫服すれな、神に通ず。』≪と≫。

△按ずるに、黃栢は、藥用の外、以つて、黃色を染むべし。日向・加賀の產、最≪も≫良し。和州・吉野・奧州會津の産、之れに次ぐ。

 

[やぶちゃん注:「黃蘗」は、

被子植物門双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科キハダ属Phellodendron

で、基本、日中でも基原種は同じで、

キハダ属キハダ変種キハダ Phellodendron amurense var. amurense

である。但し、中国では、同属の、

川黃檗 Phellodendron chinense

(現行の中文名では「蘗」は「檗」である)も広く分布しており、

同種の基原変種川黃檗  Phellodendron chinense var. chinense

及び、

禿葉黃檗 Phellodendron chinense var. glabriusculum

が自生するので、「本草綱目」の引用では、それらを総て比定種とする必要がある。小学館「日本大百科全書」によれば、『黄色の色素をもつ植物染料の一つ』で、『キハダは山地に生じる高木で、内皮は黄色。「きわだ」の名称は、きはだ(黄膚)から出たものという。漢方の薬用植物で、苦味のある内皮を黄蘗皮(おうばくひ)と称して、胃の薬とする。染色には、この黄色の部分を煎じて用いる。媒体を必要としない直接染料で、色は白みを帯びた品のいい色であるが、堅牢性に乏しく、とくに直射日光には弱い』とある。当該ウィキもリンクさせておく。

 「本草綱目」の引用は、「卷三十五上」の「木之二」「喬木類」(「漢籍リポジトリ」)の冒頭の「蘗木」

「唐音」勘違いしている生徒が多かったので、言っておくと、一般に知られる「漢音」は、平安時代初氣頃までに、遣唐使・留学僧などによって伝えられた、唐の首都長安の北方標準音に基づくものを指す。次いで、「呉音」というのは、元来は「和音」と呼ばれていたが、平安中期以後に「呉音」とも呼ばれるようになった。北方系の漢音に対して、南方系であるとされ、特に仏教関係の語などに多く用いられている。而して、「唐音」は、狭義には、江戸時代になって、長崎を通じて伝えられた、明から清の初期の中国語の発音によるものを指す。禅僧・長崎通事・貿易商などによって伝えられた。また、広義には、江戸時代以前から広まった宋音をも含めた「唐宋音」を包含する。孰れも、中国の歴史的王朝・国名とは、関係がないので、注意が必要である。昔、生徒が「唐音」を唐王朝当時の発音と採っていたので、敢えて、ここで言っておく。

「呉茱萸《ごしゆゆ》」「ごしゅゆ」はムクロジ目ミカン科ゴシュユ属ゴシュユ Tetradium ruticarpum 当該ウィキによれば、『中国』の『中』部から『南部に自生する落葉小高木。日本では帰化植物。雌雄異株であるが』、『日本には雄株がなく』、『果実はなっても種ができない。地下茎で繁殖する』八『月頃に黄白色の花を咲かせる』。『本種またはホンゴシュユ(学名 Tetradium ruticarpum var. officinale、シノニム Euodia officinalis )の果実は、呉茱萸(ゴシュユ)という生薬である。独特の匂いと強い苦みを有し、強心作用、子宮収縮作用などがある。呉茱萸湯、温経湯などの漢方方剤に使われる』とあった。漢方薬剤としては平安時代に伝来しているが、本邦への本格的渡来は享保年間(一七一六年から一七三六年まで)とされる。

「紫椿《しちん》」驚いたことに、東洋文庫では、そのまま訳文に使用して、何の注も附していないが、これは「ツバキ」とは縁も所縁もないもので(因みに言っておくと、現代中国語でツバキは「山茶花」「日本椿花」と漢字表記される)、ムクロジ目センダン科チャンチン属 Toona ciliata である。アフガニスタンからインド・パプアニューギニア・オーストラリアにかけての南アジア全域に植生する。当該英文ウィキをリンクさせておく。

「松の下の茯苓《ぶくりやう》」菌界担子菌門真正担子菌綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド Wolfiporia extensaウィキの「マツホド」によれば、アカマツ(球果植物門マツ綱マツ目マツ科マツ属アカマツ Pinus densiflora)・クロマツ(マツ属クロマツ Pinus thunbergii)等のマツ属 Pinus の植物の根に寄生する。『菌核は伐採後』二~三『年経った切り株の地下』十五~三十センチメートルの『根っこに形成される。子実体は寄生した木の周辺に背着生し、細かい管孔が見られるが』(oso(おそ)氏のキノコ図鑑サイト「遅スギル」のこちらで画像で見られる)、『めったには現れず』、『球状の菌核のみが見つかることが多い』。『菌核の外層をほとんど取り除いたものを茯苓(ブクリョウ)と呼び、食用・薬用に利用される。天然ものしかなかった時代は、松の切り株の腐り具合から』、『見当をつけて』、『先の尖った鉄棒を突き刺し』、『地中に埋まっている茯苓を見つける「茯苓突き」と言う特殊な技能が必要だった。中国では昔から栽培されていたようだが』、一九八〇『年代頃より』、『おがくず培地に発生させた菌糸を種菌として榾木に植え付ける(シイタケなどの木材腐朽菌と同様の)栽培技術が確立され、市場に大量に流通するようになって価格も下がった。現在ではハウス栽培で大量生産されて』おり、『北京では茯苓を餅にしてアンコをくるんだ物が「茯苓餅」または「茯苓夾餅」の名で名物となっている。かつては宮廷でも食された高級菓子で、西太后も好物だったという。現在は北京市内のスーパーでも購入することができる』。『薬用の物では、雲南省に産する「雲苓」と呼ばれる天然品が有名であるが、天然物は希少であるため』、殆んど『見ることはできない』。『日本は』、『ほぼ全量を輸入に頼っていたが』、二〇一七年に『石狩市の農業法人が漢方薬メーカーの』「ツムラ」(「夕張ツムラ」)との『協力で、日本初となるハウス量産に成功した』とある。『菌核の外層をほとんど取り除いたものは茯苓(ブクリョウ)という生薬(日本薬局方に記載)で、利尿、鎮静作用等があ』り、『多くの漢方方剤に使われ』ているとあった。

「檀桓芝」「霊芝」でご存知の通り、実は、この「芝」と言う漢字は、まさに担子菌門真正担子菌綱タマチョレイタケ目マンネンタケ科マンネンタケ属レイシ Ganoderma lucidum を指す漢字として作られたものなのである。「シバ」ではなく、「神聖なキノコ」を示す漢語なのである。レイシに就いては、私の「日本山海名産図会 第二巻 芝(さいはいたけ)(=霊芝=レイシ)・胡孫眼(さるのこしかけ)」を参照されたい。

『足≪の≫「少陰腎經」』東洋文庫の後注に、『身体をめぐる十二経脈の一つ。巻八十二肉桂の注一参照のこと』とある。このプロジェクトで先行している「肉桂」の私の注を見られたい。

『足≪の≫「太陽膀胱引經」』同前で、『身体をめぐる十二経脈の一つ。卷八十二肉桂の注三參照のこと』とある。リンク同前。

「實火(じつくわ)」東洋文庫の割注に、『(激しい陽性の熱)』とある。

「龍火」東洋文庫の割注に、『(陰火。うちにこもった熱?)』と、疑問符附きである。

「小便≪の≫結≪せる≫」「結」は「結滯」の意。排尿困難。

「下焦」中医学が仮想した器官「三焦」の一つで、「五臓六腑」の名数にも入っている。生命の根幹たる気と水液を司り、五臓六腑にそれらを送りだす最重要の働きがあるとされた。上焦・中焦・下焦の三つに分けられる。上焦は「心」・「肺」で飲食物を送り込むことを、中焦は「脾胃」の消化運動を、下焦は「肝」・「腎」にあって排泄を司るとされた。しばしば、比喩として用いられる「病膏肓に入る」の「膏肓」の「膏」は心臓の下部、「肓」は隔膜の上とされ、身体の一番奥で生命維持機能を統括する場所を指す語であり、この三焦がその臓器であるという話を嘗て聴いたことがあった。

「濕腫」体内に溜まった過剰な水分や湿気によって生ずる水腫や腫物。

「癱疾《たんなん》」東洋文庫の割注に、『(激しい陽性の熱)』とある。

「口瘡《こうさう》」口腔内の炎症や感染症。知られたものでは、新生児・乳児に見られる「鵞口瘡」(がこうそう)で、口の粘膜に発生する黴であるカンジダ(菌界子嚢菌門半子嚢菌綱サッカロミケス目 Saccharomycetalesサッカロミケス科カンジダ 属 Candida )感染症がある。口腔の内側の粘膜・舌・口唇に、白色のミルクの滓(かす)のように隆起する粘膜斑で、擦っても剝がすことが難しく、無理に剝そうとすると出血する。

「知毋《ちも》」単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科リュウゼツラン亜科ハナスゲ属ハナスゲ Anemarrhena asphodeloides の根茎の生薬名「知母」。当該ウィキによれば、『中国東北部・河北などに自生する多年生草本』『で』、五~六『月頃に』、『白黄色から淡青紫色の花を咲かせる』。『根茎は知母(チモ)という生薬で日本薬局方に収録されている』。『消炎・解熱作用、鎮静作用、利尿作用などがある』。「消風散」・「桂芍知母湯」(ケいしゃくちもとう)・「酸棗仁湯」(さんそうにんとう)『などの漢方方剤に配合される』とある。

「水母(くらげ)の、蝦(ゑび)、無きがごとくなり」東洋文庫の割注に、『水母と蝦は共生し、蝦は水母の涎(よだれ)を飲んで生き、その代り水母の眼の役割をして水母の移動に力を貸しているという。また黄栢は腎経血分の藥、知母は腎経気分の藥で、相俟って効力を発揮する』とあった。前半部、クラゲ・フリークである私から見ても、頑張って注してあると思う。私は、フリークの海産生物以外でも、寄生している種と、寄生されている種との、完全な「共生」(相互共生)というのは、なかなか無批判に納得出来るケースは、そう多くないと感じている人種である。旧来、安易に「共生」という言い方をする学者や一般人には、必ず、眉に唾つけて「片利共生なんじゃないの?」と突っ込むトンデモ男なのである。確かに、私が海産無脊椎動物に目覚めた小学校二年生に知った、名にし負う、

エビクラゲ刺胞動物門鉢虫綱根口クラゲ目イボクラゲ科ビクラゲ属エビクラゲ Netrostoma setouchianum の口腕に、多くの

節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚目抱卵亜目コエビ下目タラバエビ上科タラバエビ科クラゲエビ属クラゲエビ Chlorotocella gracilis が共生している

という子供向けの読物には、ひねこびていなかった私は、大いに素直に感動したものだったのは事実ではあった(しかし、そこに描かれたイラストでは、あろうことか――どっしり海底に鎮座したエビクラゲの下に、これまた、茹でた如き紅色の、大きな、如何にもな「エビ」が触手の間にデンと隠れている――というトンデモ画であったことも、いっかな、忘れないのだが)。けれども、高校時代頃には、『これらは、他の生物社会に対して、安っぽいヒューマニティを安易且つ独善的に及ぼしたものも多いのではないか?』と、頗る懐疑的になって今に至っていたのであった。しかし、今回、仕切り直して調べてみた結果、林健一・坂上治郎・豊田幸詞共作になる学術論文「日本海および東北地方の太平洋岸に出現したエチゼンクラゲに共生するクラゲモエビ」(雑誌『Cancer』二〇〇四年五月発行所収・PDF)に於いて、

『クラゲモエビとエチゼンクラゲとの共生については正確に報告されたことはなかった』『今回』、『潜水観察を行い』、『さらに水槽での短期飼育を行った』結果、『クラゲモエピの形態と共生関係を観察することができた』

とあるのを見た以上、相互共生を、この二種間には、確かに認められると確信した。この「エチゼンクラゲ」とは、大型になるクラゲの筆頭である、

口クラゲ目ビゼンクラゲ科エチゼンクラゲ属エチゼンクラゲ Nemopilema nomurai

で、本邦では主に東シナ海から日本海にかけて分布し、実に最大個体では傘の直が二メートル、湿重量は百五十キログラにも達する。古くは瀬戸内海に有意に入り込んでいたものか備前国(岡山県)を産地としたことに和名は由来する(但し、私は実はそれは、エチゼンクラゲの近縁種である、ビゼンクラゲ科ビゼンクラゲ属ビゼンクラゲ Rhopilema esculenta を指していたのではないかと秘かに思っている)。なお、これ以外にも、香川県水産課のスタッフが執筆しているブログ「うどん県おさかな課」の「アナタはダレ?ワタクシはエビクラゲです、か?」に、試験場での現認になる、エビクラゲに『共生』していた小エビとして、クラゲエビ以外に、「タコクラゲエビ」という種も挙げてあった。但し、この和名、そこに記された『広島大学総合博物館研究報告』(第三号・二〇一一年十二月発行)の、大塚攻・近藤裕介・岩崎貞治・林健一論文『瀬戸内海産エビクラゲNetrostoma setouchiana に共生するコエビ類』によって(ここでPDFでダウンロード出来る)、この種は、正しくは、

コエビ下目テッポウエビ上科モエビ科ホソモエビ属タコクラゲモエビ Latreutes mucronatus

であることが、判明した。

「肺金《はいきん》」東洋文庫の割注に、『(肺は五行の金に属する)』とあった。

「中氣、不足して、邪火《じやくわ》、熾(も)ゆること、甚しき者≪は≫、≪これを≫久しく服すれば、則り、寒中の變、有り」この部分、あんまり、言っている意味が解らないことを正直に告白しておく。]

2024/06/12

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 瑞香 / 卷第八十二 木部 香木類~了

[やぶちゃん注:本篇を以って、「卷第八十二 木部 香木類」は終っている。『「和漢三才圖會」植物部』の始動は、本年、二〇二四年四月二十七日であるから、巻第八十二の全項目を十五日で終わったことになる。亡父の後片付けの最中の中で、この一巻五十三項を終えることが出来たのは、気の遠くなる「植物部」全千百十九項に光明が見えてきた気が、強くしている。維持は難しいものの、このペースだと、単純にドンブリすると、数年、七十歳になる遙か以前に、完遂出来る気がしてきたのである。

 

Jintyouge

 

ちんちやうけ 𪾶香【五雜組】

       【俗云沈丁花

         誤曰里牟

         知也宇介】

瑞香

 

ツイ ヒヤン 【本草芳草類有

        之今改移于此】

 

本綱瑞香南方山中有之枝幹婆娑柔條厚葉四時不凋

冬春之交開花成簇長三四分如丁香狀有黃白紫三色

其高者三四尺有數種有枇杷葉者楊梅葉者柯葉者毬

子者攣枝者惟攣枝者花紫香烈其節攣曲如斷折之狀

也枇杷葉者乃結子其始出於廬山宋時人家栽之始著

名其根綿軟而香【味甘鹹】

五雜組云相傳廬山一比丘晝寢山石下開異香覺而尋

之得此花故名𪾶香後好事者以爲祥瑞改爲瑞香

古今醫統云用浣衣灰汁澆瑞香根去蚯蚓以𣾰査壅根

[やぶちゃん字注:「𣾰」は「漆」の異体字。]

撏雞鵞水澆之皆盛長此花悪濕畏日不可露根

△按瑞香人家多栽之疑此山礬之類此云沈丁花也春

 揷之能活一二尺亦開花髙者四五尺枝幹婆娑葉似

 無齒梔子葉及楊梅葉春著花形如丁香而紫既開則

 四出外淡紫內白十余朶攅簇其香烈如沉香丁香相

 兼故俗曰沈丁花然濕濃不如蘭花之艶【未見黃色花者未審】

 

   *

 

ぢんちやうげ 𪾶香《すいかう》【「五雜組」。】

       【俗、云ふ、「沈丁花」。

        誤りて、

        「里牟知也宇介(ぢんちやうげ)」

        と曰ふ。】

瑞香

 

ツイ ヒヤン 【「本草」、「芳草類」に、之れ、有り。

        今、改≪めて≫此《ここ》に移す。】

 

「本綱」に曰はく、『瑞香、南方山中、之れ、有り。枝・幹、婆娑《ばさ》たり。柔《しなやかなる》條《えだ》、厚≪き≫葉、四時、凋まず。冬・春の交(あはひ)、花を開き、簇《むれ》を成す。長さ、三、四分、丁香《ちやうかう》の狀《かたち》のごとく、黃・白・紫の三色、有り。其の高き者、三、四尺。枇杷≪の≫葉の者、楊梅《やまもも》≪の≫葉の者、柯《しひ》の葉の者、毬-子《まり》の者、攣《かがまれる》枝の者、數種、有り。惟《ただ》、攣《かがまれる》枝の者は、花、紫にして、香、烈なり。其の節《ふし》、攣曲《れんきよく》にして、斷-折(うちを)りたる狀《かたち》のごとし。枇杷の葉の者には、乃《すなはち》、子《み》を結ぶ。其の始め、廬山より出づ。宋の時より、人家に之れを栽ゑて、始めて、名を著《あら》はす。其の根、綿≪の如く≫軟《やはらか》にして、香《かんば》し【味、甘、鹹。】。』≪と≫。

[やぶちゃん注:「本草綱目」からの引用は、ここまでである。]

「五雜組」に云はく、『相ひ傳ふ、「廬山の一比丘、山石の下に晝寢(ひるね)して、異香を開く。覺(さ)めて、之れを尋ねて、此の花を得たる故、「𪾶香」と名づく。後《のち》、好事(こんず[やぶちゃん注:ママ。])の者、以つて、祥瑞《しやうずい》と爲《な》し、改めて、「瑞香」と爲す」≪と≫。』≪と≫。

「古今醫統」に云はく、『衣《ころも》を浣《あら》ふ、灰-汁(あく)を用ひて、瑞香の根に澆(そゝ)ぎ、蚯蚓(みゝづ)を去り、𣾰《うるし》の査(かす)を以つて、根に壅(を)き[やぶちゃん注:ママ。「置き」。但し、「壅」に「置く」の意はなく、ここは「塞ぐ」の意である。]、撏(と)りて、雞《にはとり》・鵞《がてう》の水[やぶちゃん注:小水。小便。]を之れに澆げば、皆、盛《さかんに》長《ちやう》ず。此の花、濕《しつ》を悪《にく》む。日を畏《おそ》る。根を露(あらは)すべからず《→露(あらは)にすべからず》。』≪と≫。

△按ずるに、瑞香は、人家、多く、之れを栽う。疑ふらくは、此れ、「山礬」の類にして、此《ここ》に云ふ、沈丁花なり。春、之れを揷して、能く、活《かつ》≪すること、≫一、二尺。亦、花を開く。髙き者、四、五尺。枝・幹、婆娑として、葉、齒の無き梔子《くちなし》の葉、及び、楊梅《やまもも》の葉に似る。春、花を著《つ》く。形、丁香《ちやうかう》ごとくにして、紫。既に開けば、則ち、四《よつ》、出づ。外(そと)、淡紫、內、白。十余朶、攅-簇(こゞな)り、其の香、烈≪なり≫。沉香《ぢんかう》・丁香、相ひ兼ぬるごとし。故、俗に「沈丁花」と曰ふ。然《しか》≪れども≫、濕(しつ)、濃(こ)く、蘭花の艶(やさし)きにしくならず【未だ黃色の花の者、見ず。未だ審らかならず。】。

 

[やぶちゃん注:「瑞香」は、「沈丁花」であるが、「本草綱目」以下二書の引用は、中国のものであるから、

双子葉植物綱フトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属 Daphne

まで、である。何故かと言えば、ジンチョウゲ科Thymelaeaceaeは、五十属五百種を数えるからである。小学館「日本大百科全書」の「ジンチョウゲ科」に拠れば、『離弁花類。低木または小高木。樹皮の靭皮繊維は強く』丈夫で、『ちぎれにくい。葉は互生または対生し、鋸歯がない。花は束生するか』、『頭状花序をつくり、萼筒は細長くて子房を包み、先は』四~五『裂する。子房は上位。一般に花弁を欠く。果実は核果または堅果で』一『個の種子がある。熱帯から温帯に分布し、日本にはガンピ属』十『種、ジンチョウゲ属』三『種が自生し、ジンチョウゲ』(本邦の最も知られたフトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属ジンチョウゲ Daphne odora 。良安の言っている種もこれ、若しくは、その品種と考えてよいだろう)や、同属の『フジモドキ』( Daphne genkwa )『が観賞用に、高級紙の原料としてミツマタ』(ジンチョウゲ科ミツマタ属ミツマタ Edgeworthia chrysantha )『が栽培される。また』、『ガンピからは雁皮紙をつくる』。『APG分類』(既出既注)『でもジンチョウゲ科とされる。日本にはジンチョウゲ属、シャクナンガンピ属』( Daphnimorpha )、『ガンピ属』( Diplomorpha )、『アオガンピ属』( Wikstroemia )『が自生し、ミツマタ属が野生化する』とある。一応、ジンチョウゲ Daphne odora 当該ウィキを引いておく。『別名でチンチョウゲともいわれる』。『中国名は瑞香』。『別名』に『輪丁花。原産地は中国南部で、中国から日本に渡来して、室町時代にはすでに栽培されていたとされる』。『クチナシ』(リンドウ目アカネ科サンタンカ(山丹花)亜科クチナシ連クチナシ属クチナシGardenia jasminoides )、『キンモクセイ』(シソ目モクセイ科オリーブ連モクセイ属モクセイ変種キモクセイ品種キンモクセイ Osmanthus fragrans var. aurantiacus f. aurantiacus )『とともに、日本の三大芳香木の一つに数えられる』。『「沈丁花」という漢字名は、香木の沈香(ジンコウ)のような良い匂いがあり』、チョウジノキ『丁子(クローブ)』(Clove:フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum )『の香りを合わせたような香木という意味で名付けられた』。『また、沈丁は沈香から転訛したものという説もある』。『学名の』『属名 Daphne(ダフネ)はギリシア神話の女神ダフネ』(当該ウィキを見られたい)『にちな』み、『種小名の odora(オドラ)は「芳香がある」を意味する』。『常緑広葉樹の低木』で、『樹皮は褐色で滑らか』にして、『葉は互生し』、『濃緑色をしたツヤのある革質で、長さ』六『センチメートル』、『幅』二センチメートルの『倒披針形で』、『ゲッケイジュ』(クスノキ目クスノキ科ゲッケイジュ属ゲッケイジュ Laurus nobilis )『の葉に似ているが、ゲッケイジュよりも軟弱』である。『雌雄異株であるが、日本にある木は雄株が多く、雌株は』殆んど『見られない』。『花期は』二~四月で、『枝先から濃紅色の花蕾が、集まって出てくる』。『花は花弁がない花を』二十~三十『個、枝の先に手毬状に固まってつく』。『花弁のように見えるものは』四『枚の萼片で』、『外側が淡紅色、内側が白色で、中にはすべて白色のものもある』。『雄蕊は黄色、花から強い芳香を放つ。花を囲むように葉が放射状につく』。『果期は』六『月』で、『赤く丸い果実をつけるが、実を噛むと辛く』、『有毒である。日本には雌株が少ないため、あまり結実しないが、ごく稀に実を結ぶこともある』。『冬芽は前年枝の先につき、そのほとんどが花芽で、多数の総苞に包まれている』。『側芽は枝に互生し、かなり小さく、葉が落ちると見えるようになる』。『葉痕は半円形で、維管束痕が』一『個ある』。『関東地方以南では、庭木や公園樹として親しまれており、墓に植えられることも多い』。但し、『移植は好まず』、『耐寒性には乏しい性質がある』。『日本にあるものは』殆んどが『雄株のため、挿し木で増やす』。『花の煎じ汁は、歯痛・口内炎などの民間薬として使われる』。『全体にメゼレインなどの有毒成分を含み、特に果実や樹皮の毒が強い。誤食した場合には口唇や舌の腫れ・のどの渇き・嚥下困難・悪心・嘔吐・血の混じった下痢を伴う内出血・衰弱・昏睡などの症状が出て、死に至る可能性もある。また、汁液に触れた場合には皮膚に炎症などが生じる恐れがある』とある。以下、「品種」として主な三種が挙げられてある。

「五雜組」既出既注

『「本草」、「芳草類」に、之れ、有り。今、改≪めて≫此《ここ》に移す』この良安のオリジナルな変更の意図は、前の「山礬」の私の傍注を参照されたい。「本草綱目」の「卷十四」の「草之三芳草類」(「漢籍リポジトリ」)の独立項「山礬」。ガイド・ナンバー[041-70b]以下である。短いので、手を加えて転写しておく。

   *

瑞香【「綱目」。】

集解【時珍曰、南土處處山中有之。枝幹婆娑柔條、厚葉四時不凋。冬春之交開花成簇。長三四分、如丁香狀。有黄白紫三色。「格古論」云、瑞香髙者三四尺。有數種、有枇杷葉者、楊梅葉者、柯葉者、毬子者、攣枝者。惟攣枝者、花紫香烈。枇杷葉者、結子。其始出于廬山、宋時人家栽之始著名。攣枝者、其節、攣曲、如斷折之狀也。其根綿軟而香。】

 根。氣味、甘鹹、無毒。主治急喉風、用白花者、研水灌之。時珍曰、出「醫學集成」。

   *

「婆娑《ばさ》たり」原義は「舞う人の衣服の袖が、しどけなく、美しく翻るさま。」で、他に「影などが乱れ動くさま」「樹竹の葉などに雨や風があたってガサガサと音がするさま」を言う。ハイブリッドにとってよかろう。

「丁香《ちやうかう》」バラ亜綱フトモモ目フトモモ科フトモモ属チョウジノキ Syzygium aromaticum 。先行する「丁子」を参照。

「楊梅《やまもも》」ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra 。複数回、既出既注。

「柯《しひ》」中国では、ブナ目ブナ科シイ属 Castanopsis の樹木、本邦ならば、ツブラジイ( C. cuspidata )・スダジイ( C. sieboldii )、及び、近縁のブナ科マテバシイ属マテバシイ Lithocarpus edulis 等も、「しい」と呼ぶ。私の好物。

『「五雜組」に云はく、『相ひ傳ふ、「廬山の一比丘、山石の下に晝寢(ひるね)して、異香を開く。覺(さ)めて、之れを尋ねて、此の花を得たる故、「𪾶香」と名づく。後《のち》、好事(こんず[やぶちゃん注:ママ。])の者、以つて、祥瑞《しやうずい》と爲《な》し、改めて、「瑞香」と爲す」≪と≫。』』「中國哲學書電子化計劃」ここから、電子化されたものをそのままで転写する(最近、このサイトの影印本画像が見られなくなってしまった)。

   *

瑞香原名睡香相傅廬山一比丘信畫寢山石下夢寐之中但聞異香酷烈覺而尋之因得此花故名睡香後好事者苛其事以篇祥瑞迺改為瑞余謂山谷之中苛卉異花城市所不及知者何限而山中人亦不知賞之二吳最重玉蘭金陵天界寺及虎丘有之每開時以篇青睹而支提太妹道中彌口滯谷一望林際酷烈之氣衡入頭眩又延平山中古桂夾道上參雲漢花墮狼藉地上入土數尺固知荊山之人以玉抵鵲良木誣也

   *

「古今醫統」既出既注だが、再掲すると、明の医家徐春甫(一五二〇年~一五九六)によって編纂された一種の以下百科事典。全百巻。「東邦大学」の「額田記念東邦大学資料室」公式サイト内のこちらによれば、『歴代の医聖の事跡の紹介からはじまり、漢方、鍼灸、易学、気学、薬物療法などを解説。巻末に疾病の予防や日常の養生法を述べている。分類された病名のもとに、病理、治療法、薬物処方という構成になっている』。『対象は、内科、外科、小児科、産婦人科、精神医学、眼科、耳鼻咽喉科、口腔・歯科など広範囲にわたる』とある。

「山礬」前項の「山礬」を参照されたい。

「攅-簇(こゞな)り」孰れの漢字も「群がり集まる」の意。

「沉香《ぢんかう》」先行する「沈香を参照されたい。

「濕(しつ)、濃(こ)く」「香りが濃厚に過ぎて、しつこく」の意。]

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 山礬

 

Sanban

      芸香 七里香

      柘花  掟花

      春桂  瑒花

山礬

     【本草灌木類有之

サンハン  今改移于此】

 

本綱山礬山野叢生甚多而花繁香馥故名芸【音云盛多也】大

者株髙丈許其葉似巵子葉生不對節光澤堅強畧有齒

凌冬不凋三月開花白如雪六出黃蕋甚芬香結子大如

椒青黒色熟則黃色可食其葉取以染黃及收豆腐或雜

入茗中又采葉燒灰以染紫爲黝不借礬而成故名山礬

[やぶちゃん字注:「茗」は「茶」の異体字。]

葉【酸濇微甘】 治久痢止渴殺蚤蠧

 畫譜云其花細小而繁香馥甚遠故名七里香

△按山礬【未詳】蓋沈丁花之類也而曰似梔子葉凡梔子

 葉有齒與無齒有二種山礬葉有齒沈丁花葉似無齒

 梔子葉有花四出與六出色白與淡紫子有與無之違

 

   *

 

      芸香《うんかう》 七里香《ひちりかう》

      柘花《しやくわ》  掟花《ていくわ》

      春桂《しゆんけい》 瑒花《やうくわ》

山礬

     【「本草」、「灌木類」に、之れ、有り。

サンハン  今、改めて、此《ここ》に移す。】

 

「本綱」に曰はく、『山礬は、山野に叢生し、甚だ多くして、花、繁く、香、馥《かぐは》しき故、「芸《うん》」と名づく【音、云《ふこころは》、「盛≪んにして≫多き」なり。】。大なる者、株の髙さ、丈許《ばか》り。其の葉、「巵子(くちなし)」の葉に似て、生《は》≪ゆるに≫、節《ふし》を對《たい》せず。光澤、堅強《かたくつよく》、畧(ちと)、齒、有り。冬を凌ぎて、凋まず。三月、花を開き、白くして、雪のごとく、六《むつつ》、出づ。黃≪の≫蕋《しべ》、甚だ、芬香《ふんかう》≪す≫。子《たね》を結ぶ。大いさ、椒《しやう》のごとく、青黒色。熟する時は[やぶちゃん注:「時」はルビにある。]、則ち、黃色。食ふべし。其の葉、取りて、以つて、黃を染め、及び、豆腐を收め、或いは、茗(ちや)の中に雜-入《まぜいれ》、又、葉を采り、灰に燒きて、以つて、紫を染むれば、黝(あをぐろ)に爲《な》る。礬(みやうばん)を借《か》らずして、成る故《ゆゑ》、「山礬」と名づく。』≪と≫

『葉【酸濇《さんしよく》、微甘。】 久痢を治し、渴《かはき》を止め、蚤《のみ》・蠧《きくひむし》を殺す。』≪と≫。

『「畫譜」に云はく、『其の花、細く、小にして、繁く、香、馥《かぐはし》。甚だ、遠≪くへ薫る≫。故、「七里香」と名づく。』≪と≫。』≪と≫。

△按ずるに、山礬【未だ詳かならず。】、蓋し、沈丁花の類なり。而して、梔子の葉に似ると曰ふ。凡そ、梔子の葉、齒、有ると、齒、無きと、二種、有り。山礬の葉には、齒、有り、沈丁花の葉は、齒、無き、梔子の葉に似たり。花、四《よつ》、出《いづる》と、六《むつ》、出づると、色、白きと、淡紫と、子、有ると、無きとの違ひ、有り。

 

[やぶちゃん注:ここで恐らく、良安は、「本草綱目」の「香木類」が、どうも、日中では樹種名が違うということに、何となく気づいてきたのであろう、と私は踏んだ。さればこそ、時珍の分類を仕切り直して、この「山礬」を、敢えて、ここへ繰り入れて、自身の分類法をよしとしたのであろう、と推理した。実は、次の「瑞香」も「芳草類」から、配置換えをしているからである。而して、それは、すこぶる正しいのである。さて、「山礬」とは、常緑、又は、落葉の低木、または、高木の、

双子葉植物綱カキノキ目ハイノキ科ハイノキ属 Symplocos

である。同属は約四百種が熱帯・亜熱帯を中心に、アジア・オーストラリア・南北アメリカの広い範囲に分布するが、アフリカには植生しない。日本にも二十数種が植生する。ウィキの「ハイノキ科」によれば、『ハイノキ科にはアルミニウムを含む種が多くあり、各地で染色に用いられてきた。日本語科名の「灰の木」も、日本に分布するハイノキの灰汁を媒染剤に使ったことによる』。因みに、『ラテン語の科名は「一緒になる」の意味で、多数あるおしべが、それぞれまとまって』五『組の束になっていることによる』とあった。されば、「本草綱目」の記すものは、同属ではあるが、種は違う。ただ、維基文庫の「山礬」があったのだが、この山礬 Symplocos sumuntia というのは、ハイノキ属クロバイ Symplocos prunifolia のシノニムであり、中国には自生せず、本州関東以西の四国・九州・沖縄、及び、済洲島に分布するので、違う。現行の中国語の「山礬」は、近代以降に当てられたものということになる。ただ、中国に分布するハイノキ属はリストがないので、種同定は残念ながら、出来ない。而して、本邦産の代表種は、

ハイノキ Symplocos myrtacea

となる。当該ウィキによれば、『和名「ハイノキ」の由来は、この樹木の木灰が、近縁のクロバイ同様、染色の媒染剤として利用されたことから「灰の木」の名がある』。『九州ではイノコシバ(猪の子柴)と呼ばれた。狩りで獲た猪を縛るのに、この木の丈夫な枝を用いたためという』。『日本の本州(近畿地方以西)、四国、九州に分布』し、『南限は屋久島。暖地の山地に生える』。『常緑広葉樹の低木から高木で、高さは』十二『メートル』『ほどになる』。『樹皮は暗視褐色』、『葉は互生し、長さ』四~七『センチメートル』『の狭卵形から長楕円形』、『葉身には光沢があり、短い葉柄がついて、葉縁には浅い鋸歯がある』。『花期は』四~五『月』で、『前年』の『枝の葉腋から総状花序を出して、小さな白い花をたくさん咲かせる』。一『つの花序には花が』三~六『個つく』。『花冠は』五つに『深裂し、直径は』十二『ミリメートル』『ほどある』。『雄蕊は多数で花冠の外に突き出して』おり、『雌蕊は』一『個』。『果期は』十~十一『月』で、『果実は長さ』六~八ミリメートルの『狭卵形で、秋に黒紫色に熟す』とあった。

「芸香《うんかう》」この「芸」は「藝」の字の新字「芸」とは、相同字形にして、全く異なる古くからある漢字であるので、注意されたい。正確には「芸」ではなく、(くさかんむり)が、中央で切れる字体である。私は大学で図書館司書の目録法の授業で絞られた前島重方先生(特に英文目録法での半角空けをテツテ的にチェックされたのは強烈だった。それでも全部、「優」を下さった)に、奈良末期の石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)が作った日本最初の図書館の名、「芸亭」(ウンテイ)を教わったのを、今も、よく覚えている。この字は、

一 ①香草の名。ヘンルーダ(バラ亜綱ムクロジ目ミカン科ヘンルーダ属ヘンルーダ Ruta graveolens )。そこから「書物」の意ともなった。これはヘンルーダを書物の除虫草として使ったことに拠る。

  ②芳香を持った野菜の名。

  ③「盛んな」或いは「多い」様子の形容。(時珍は、「釋名」で、これで説明している)

  ④くさぎる。草を刈る。

二 「黄ばむさま」。木の葉が枯れかけて黄変するさま。

の意である。

「七里香」以下の異名から、中国産の樹種を比定同定出来るかと思ったのだが、ネットでは、それらしいものは見当たらなかった。残念至極!

『「本草」、「灌木類」に、之れ、有り』「本草綱目」の「卷三十六」の「木之三灌木類」(「漢籍リポジトリ」)の独立項「山礬」。ガイド・ナンバー[088-44a]以下である。

「巵子(くちなし)」リンドウ目アカネ科サンタンカ(山丹花)亜科クチナシ連クチナシ属クチナシGardenia jasminoides

「生《は》≪ゆるに≫、節《ふし》を對《たい》せず」東洋文庫訳では、『節のところで対生しない』とある。これは、グーグル画像検索で、「クチナシの葉」と、「ハイノキ属の葉」を比べて見ると、一瞬で意味が明確になる。則ち、葉の中肋(中央脈)の左右に出現する側脈がクチナシでは、明瞭に左右対称にはっきり見えるのに対し、ハイノキ属では、明瞭に見えない、殆んど視認出来ないことを言っているのである。

「椒《しやう》」ムクロジ目ミカン科サンショウ属 Zanthoxylum 、及び、そのうちで、香辛料として使われるものを指すか、又は、ナス目ナス科トウガラシ属 Capsicum(タイプ種はトウガラシ Capsicum annuum )、或いは、コショウ目コショウ科コショウ属 Piper(タイプ種はコショウ Piper nigrum )を指す。

「豆腐を收め」前述の通り、ハイノキ属にはアルミニウムを多く含む種があり、豆腐の「にがり」には、塩化アルミニウムが、豆腐の固形化に効果があると、論文にあった。

「礬(みやうばん)」硫酸カリウムアルミニウム十二水和物。

「酸濇《さんしよく》」今まで、「和漢三才圖會」の私のプロジェクトでは、この「五味」に関わる熟語は見かけたことは、記憶では、ないが、「濇」は本邦の略字「渋」、中国語の略字「涩」の異体字で、意味は同じであるから、「酸っぱさと渋みの合わさった味」を指すものと思われる。

「畫譜」既出既注だが、再掲すると、東洋文庫の巻末の「書名注」によれば、『七巻。撰者不詳。内容は『唐六如画譜』『五言唐詩画譜』『六言唐詩画譜』『七言唐詩画譜』『木本花譜』『草木花譜』『扇譜』それぞれ各一巻より成っている』とあった。

「沈丁花」フトモモ(蒲桃)目ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属ジンチョウゲ Daphne odora 。]

2024/06/11

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 扉木

 

Tobera

 

とべら    正字未詳

とひらのき  【倭名抄用石

        楠草三字】

扉木

       俗云止比良乃木

       今云止閉良

 

△按此樹山中多今人家庭園植之樹葉狀似楊梅而有

 臭香相傳云除夜揷之門扉能辟疫鬼故名扉木矣四

 月開小白花結實四五顆櫕生青色稍熟自裂中有子

 赤色似水木犀子而大

治牛病 用葉擂揉鹽少許和與之良

 

   *

 

とべら    正字、未だ詳かならず。

とびらのき  【「倭名抄」、「石楠草」の

        三字を用ふ。】

扉木

       俗、云ふ、「止比良乃木《と

       びらのき》」と。今、云ふ、

       「止閉良《とびら》」。

 

△按ずるに、此の樹、山中に多し。今、人家≪の≫庭園、之れを植ふ。樹葉の狀《かたち》、楊梅(やまもも)に似て、臭(くさ)き香(か)、有り。相≪ひ≫傳へて云ふ、「除夜、之れを門扉に揷せば、能く、疫鬼を辟《さ》く。故《ゆゑ》≪に≫、「扉木」と名づく。」≪と≫。四月、小≪さき≫白≪き≫花を開き、實を結ぶこと、四、五顆、櫕(こゞな)り生(な)る。青色、稍《やや》熟して、自《おのづか》ら裂(さ)け、中に、子《たね》、有り。赤色。「水木犀(もつこく)」の子に似て、大なり。

牛の病《やまひ》を治す。 葉を用ひて擂揉《するもみ》て、鹽《しほ》、少し許り、和して、之れを與《あた》へて、良し。

 

[やぶちゃん注:これは、良安のオリジナル項目であり、「扉木」は、

セリ目トベラ科トベラ属トベラ Pittosporum tobira

である。小学館「日本大百科全書」によれば、『常緑の大形低木。高さ約』三『メートルに達する。葉は枝先近くに密に互生し、楕円状倒卵形で長さ十センチメートル、幅約三センチメートル、革質で光沢があり、先は丸い。六月頃、枝先に集散花序を作り、白色花を開く。花は単性花で芳香があり、雌雄異株。萼片は五枚、卵形で縁(へり)に毛がある。花弁は箆(へら)形で平開し、先端は、しばしば反り返る。雄しべは、雄花では、長く稔性であるが、雌花では、小さく、不稔性。雌花には、三枚の心皮からなる雌しべが一本ある。果実は球形で、径一・二~一・六センチメートル、熟すと、三裂開し、赤色の種子を裸出する。和名は、節分の日に、この果実を扉に挟み、魔除けとすることに由来し、別名を「トビラノキ」とも称する。海岸に生え、関東地方以西の本州から沖縄、及び、朝鮮半島南部・中国大陸南部・台湾に分布するが、中国のものは自生ではない可能性がある。近縁のコヤスノキ(子安木)Pittosporum illicioides は常緑低木で、葉質はトベラほど厚くなく、先は鋭く尖る。花柄は毛がなく、細長い。兵庫県・岡山県の山地の林内に生え、台湾と中国大陸中部にも分布する。神社の林に多く見られ、安産祈願をすることから、「コヤスノキ」の名がある。トベラ属は約百五十種あり、一部はアジアにあるが、分布の中心はポリネシア及びオーストラリアである。小笠原にはトベラの近縁種が四種あり、狭い地域で著しく種分化が起こっていることで知られる。トベラ科PittosporaceaeはAPG分類(一九九八年に公表された被子植物の新しい分類体系。「被子植物系統グループ」(Angiosperm Phylogeny Group)とは、この分類を実行する植物学者の団体名で、この分類は、現在は特に命名されておらず、「APG体系」・「APG分類体系」などと呼称されている)でもトベラ科とされる。この分類によると、アジア・アフリカ・オーストラリアの暖帯から熱帯に九属約二百五十種あり、日本には一属六種が分布する、とある。画像のある当該ウィキもリンクさせておく。

『「倭名抄」、「石楠草」の三字を用ふ。』「和名類聚鈔」では、「卷二十」の「草木部第三十二」の「木類第二百四十八」に、

   *

石楠草(トヒラノキ/クサナムサ) 「本草」に云はく、『石楠草【「楠」、音「南」。和名「止比良乃木」。俗に云ふ、「佐久奈無佐」。】。』。

   *

「楊梅(やまもも)」ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra 。同じく「日本大百科全書」から引くと、『ヤマモモ科』Myricaceae『の高木。高さ』十五~二十『メートル。枝はもろく、多くの細枝がある。葉は長さ』五~十『センチメートルで広倒披針形または倒披針形、革質で先が』尖る。『成木は全縁または浅い鋸歯があり、実生の幼苗期は葉縁の切れ込みが深い。雌雄異株』三月頃、『葉腋に発育した花穂は、雌花序は長さ』一~二『センチメートルの棒状になり、柱頭は紅色で』二『裂した雌しべを』四~五『個つけ、雄花序は長さ』三『センチメートルの長い筆の穂先状になり、多量の花粉を飛ばす。果実は径』一・五~二『センチメートルの球形で』、六~七『月に成熟する。果色は濃紅赤色、赤色、帯淡紅白色などがある。甘・酸味が強く多汁で、生食のほか、砂糖漬け、焼酎漬けにする。ジュースは淡紅色になる。樹皮は乾燥し』て、『楊梅皮とし、下痢や打撲症に効く。また諸媒染剤により、茶、黄、黄金、褐、緑黒色などの染料にする。関東地方以西から九州』及び『台湾を含む中国暖地に分布し、山地に生える』とある。画像のある当該ウィキもリンクさせておく。

「臭(くさ)き香(か)、有り」当該ウィキによれば、『枝葉は切ると悪臭を発するため、節分にイワシの頭などとともに鬼を払う魔よけとして戸口に掲げられた風習があった』とし、『根の皮や枝には悪臭がある』とある。

「櫕(こゞな)り生(な)る」群がって実を結ぶ。

「水木犀(もつこく)」江戸五木の一つで、「庭木の王」と称されるツツジ目モッコク科モッコク属モッコク Ternstroemia gymnanthera 。詳しくは、当該ウィキを見られたい。]

「和漢三才圖會」植物部 卷第八十二 木部 香木類 返魂香

 

Hangonkaou

 

はんごんかう 附

        兠木香

返魂香

 

ハン フヲン ヒヤン

[やぶちゃん字注:「兠」は「兜」の異体字。]

 

本綱漢書及博物志所謂靈香是也返魂樹西域有之狀

如楓栢花葉香聞百里采其根水煑取汁錬之如𣾰乃香

[やぶちゃん字注:「𣾰」は「漆」の異体字。]

成也凡有疫死者燒豆許熏之再活

漢武帝時月氏國貢此香三枚大如燕卵黑如桑椹値長

 安大疫西使請燒一枚辟之宮中病者聞之卽起香聞

 百里數日不歇疫死未三日者𤋱之皆活乃返生神藥

 也此說雖渉詭怪然理外之事容或有之


兠木香

 漢武故事云西王母降燒兠木香未《✕→末》【兠渠國所進者也】如大豆

 塗宮門香聞百里關中大疫死者相枕聞此香疫皆止

 死者皆起此乃靈香非常物也

 

   *

 

はんごんかう 附《つけた》り

        兠木香《ともつかう》

返魂香

 

ハン フヲン ヒヤン

[やぶちゃん字注:「兠」は「兜」の異体字。]

 

「本綱」に曰はく、『「漢書」及び「博物志」≪の≫、所謂る、「靈香」、是れなり。返魂樹《はんごんじゆ》、西域に、之れ、有り。狀《かたち》、楓《ふう》・栢《はく》のごとく、花・葉、香《かぐはし》く、百里に聞《にほ》ふ。其の根を采り、水もて、煑て、汁を取り、之れを錬《ね》る。𣾰《うるし》のごとく、乃《すなはち》、香《かう》、成るなり。凡そ、疫死《せる》者、有≪らば≫、豆(まめつぶ)許《ばかり》を燒きて、之れを熏《くん》じて、再たび、活《いけ》り。』≪と≫。

『漢の武帝の時、月氏國より、此の香、三枚を貢《みつぎ》す。大いさ、燕≪の≫卵のごとく、黑くして、桑椹(くわのみ[やぶちゃん注:ママ。])のごとし。≪時に≫長安の大疫に値《あたる》。西使、請《こひ》て、一枚を燒きて、之れを辟《さ》く。宮中の病者、之れを聞きて、卽ち、起(た)つ。香、百里に聞《にほひ》、數日《すじつ》、歇(や)まず。疫死≪して≫、未だ三日ならざる者、之れを𤋱《かげば》、皆、活《かつ》す、乃《すなはち》、生《しやうを》返す。神藥なり。此の說、詭怪《きくわい》に渉(わた)ると雖も、然《しか》も、理外の事、容(まさ)に、或いは、之れ、有るべし。』≪と≫。[やぶちゃん注:この場合の「容」は再読文字である。]


『兠木香(とりつかう)

 「漢武故事」に云はく、『西王母《せいわうぼ》、降《くだ》りて、兠木香の末《まつ》を燒きて【兠渠《ときよ》國より進ぜらる者なり。】、大豆のごとく≪して≫、宮門に塗りて、香、百里に聞《にほ》ふ。關中、大いに疫死する者、相《あひ》枕《まくら》す。此の香を聞《きく》て、疫、皆、止む。死する者、皆、起つ。此れ、乃《すなはち》、靈香にして常物《つねのもの》に非ざるなり。』≪と≫。』≪と≫。

 

[やぶちゃん注:「返魂香」は良安が附言しないように、実在の香ではない。本記事としっかり対応しているので、ウィキの「反魂香」を全文引く。『反魂香、返魂香(はんこんこう、はんごんこう)は、焚くとその煙の中に死んだ者の姿が現れるという伝説上の香』。『もとは中国の故事にあるもので、中唐の詩人・白居易の』「李夫人詩」『によれば、前漢の武帝が李夫人を亡くした後に道士に霊薬を整えさせ、玉の釜で煎じて練り、金の炉で焚き上げたところ、煙の中に夫人の姿が見えたという』。『日本では江戸時代の』「好色敗毒散」・「雨月物語」『などの読本や、妖怪画集の』「今昔百鬼拾遺」、『人形浄瑠璃・歌舞伎の』「傾城反魂香」『などの題材となっている』「好色敗毒散」には、『ある男が愛する遊女に死なれ、幇間の男に勧められて反魂香で遊女の姿を見るという逸話があり、この香は平安時代の陰陽師・安倍晴明から伝わるものという設定になっている』。『また、落語の「反魂香」「たちぎれ線香」などに転じた』(私は「たちぎれ線香」が好き)。『なお』、『明朝の万暦年間』(一五七三年~一六二〇年)『に書かれた体系的本草書の決定版』「本草綱目」の「木之一」の「返魂香」では、『次のとおり記載されている』。『按の『内傳』では』(このウィキの記者、漢文が苦手らしく、いきなり、冒頭から、おかしい。「返魂香」の項の「集解」の冒頭部だが、これ「珣曰按漢書云」とあるので、「珣(しゆん)が曰はく、『按ずるに「漢書」に云はく、『武帝の時……』と読まねばならんがね! 「珣」は盛唐の文学者にして本草学者であった李珣で、「安禄山の乱」(七五五年)の際、蜀に亡命し、その後は梓州(四川省三台)に移住した。唐末期から著名な人物として知られた。しょっぱなからガックりきたので、以下にある原本文は「漢籍リポジトリ」のここのガイド・ナンバー[083-70b]から、項ごと、全文を引くことにする。一部の表記に手を加えた)

   *

返魂香【「海藥」】

集解【珣曰按漢書云武帝時西國進返魂香内傳云西域國屬州有返魂樹狀如楓柏花葉香聞百里采其實於釡中水煑取汁鍊之如漆乃香成也其名有六曰返魂驚精回生振靈馬精却死凡有疫死 者燒豆許薫之再活故曰返魂時珍曰張華博物志云武帝時西域月氏國度弱水貢此香三枚大如燕卵黑如桑椹值長安大疫西使請燒一枚辟之官中病者聞之卽起香聞百里數日不歇疫死未三日者薫之皆活乃返生神藥也此說雖渉詭怪然理外之事容或有之未可便指爲謬也】

附録 兠木香【藏器曰漢武故事云西王母降燒兠木香末乃兠渠國所進如大豆塗宫門香聞百里關中大疫死者相枕聞此香疫皆止死者皆起此乃靈香非常物也】

   *

『西海聚窟州にある返魂樹という木の香で楓または柏に似た花と葉を持ち、香を百里先に聞き、その根を煮てその汁を練って作ったものを返魂といい、それを豆粒ほどを焚いただけで、病に果てた死者生返らすことができると記述している』。『張華の』「博物志」『では』、『武帝の時』、『長安で疫病が大流行していたおり、西域月氏国から献上された香には病人に嗅がせるだけで』、『たちどころにその生気を甦えらせるという効能で知られていたが、上質なものになると死に果てた者でも』三『日の内であれば』、『必ず』、『この香で蘇らせることができた』『と記述されている』。但し、『これについて』「本草綱目」の著者である』『李時珍は』「此の說、詭怪(きくわい)に渉(わた)ると雖も、然(しか)も、理外の事、容(まさ)に、或るいは、之れ、有るべし。」(ここは本書の終りの訓読に代えた)『と批判している』とある。最後も時珍の『批判』という表現は、おかしいぞ? ここは、訳すなら、「この説は偽り・騙しを含んでいる語りのようにしか、一見、見えないものだが、しかし、尋常の理屈の範疇の外で、或いは、実際に起こったものであったのかも知れない。」という、疑義を含みながらも、微妙に留保している謂いである。

「返魂樹《はんごんじゆ》」ダメ押しで、小学館「日本国語大辞典」を引いておく。『反魂香の原料になるといわれる想像上の香木』。

「楓」本邦の「楓」とはちゃいまっせ! 「かえで」ではなく、「フウ」と読んでおくれやっしゃ! 先行する「楓」を見ておくれやす!

「栢」同前で「かしわ」なんて読んだら。もう、あきまへん! 何度か言うてますが、まんず、始動冒頭の「柏」を、どんぞ!

「百里」明代の一里は短いかい、おます。五百五十九・八メートルどす。五十五・九八キロメートルで、ごんす。

「漢の武帝の時」在位は紀元前一四一年から紀元前八七年。

「月氏國」月氏は紀元前三世紀から一世紀頃にかけて、東アジア・中央アジアに存在した遊牧民族と、その国家名。紀元前二世紀に、匈奴に敗れてからは、中央アジアに移動し、大月氏と呼ばれるようになった。大月氏時代は東西交易で栄えた。「漢書」の「西域伝」によれば、羌(きょう)に近い文化や言語を持つとあるが、民族系統については諸説ある。以下は、参照にした当該ウィキを見られたい。

「西使」「西」の「月氏國」から来た使節の公式の使者。

「聞きて」本邦でも「香」は「きく」と申しますやろ?

「漢武故事」底本の巻末の「書名注」に、『一巻。後漢の班固撰と伝えるが、後人の偽作といわれる。もと二巻。『史記』『漢書』の武帝記の記述と合致するところもあるが、妖妄(ようもう)』(奇怪で出鱈目なこと)『の話が多い』とある。

「西王母」中国古代の仙女。崑崙 (こんろん) 山に住み、不老不死の薬を持つ神仙とされ、仙女世界の女王的存在として長く民間で信仰された。

「兠渠《ときよ》國」不詳。

「關中」現在の陝西省の西安を中心とした一帯。思い出すね、漢文の「鴻門之会」。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Art Caspar David Friedrich Miscellaneous Иван Сергеевич Тургенев 「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「プルートゥ」 「一言芳談」【完】 「今昔物語集」を読む 「北條九代記」【完】 「博物誌」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「和漢三才圖會」植物部 「宗祇諸國物語」 附やぶちゃん注【完】 「新編鎌倉志」【完】 「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳【完】 「明恵上人夢記」 「栂尾明恵上人伝記」【完】 「無門關」【完】 「生物學講話」丘淺次郎【完】 「甲子夜話」 「第一版新迷怪国語辞典」 「耳嚢」【完】 「諸國百物語」 附やぶちゃん注【完】 「進化論講話」丘淺次郎【完】 「鎌倉攬勝考」【完】 「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記)【完】 「鬼城句集」【完】 アルバム ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」【完】  ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ【完】 中原中也詩集「在りし日の歌」(正規表現復元版)【完】 中島敦 中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈 人見必大「本朝食鑑」より水族の部 伊東静雄 伊良子清白 佐々木喜善 佐藤春夫 兎園小説【完】 八木重吉「秋の瞳」【完】 北原白秋 十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編【完】 南方熊楠 博物学 原民喜 只野真葛 和漢三才圖會 禽類(全)【完】 和漢三才圖會卷第三十七 畜類【完】 和漢三才圖會卷第三十九 鼠類【完】 和漢三才圖會卷第三十八 獸類【完】 和漢三才圖會抄 和漢卷三才圖會 蟲類(全)【完】 国木田独歩 土岐仲男 堀辰雄 増田晃 夏目漱石「こゝろ」 夢野久作 大手拓次 大手拓次詩集「藍色の蟇」【完】 宇野浩二「芥川龍之介」【完】 室生犀星 宮澤賢治 富永太郎 小泉八雲 小酒井不木 尾形亀之助 山之口貘 山本幡男 山村暮鳥全詩【完】 忘れ得ぬ人々 怪奇談集 怪奇談集Ⅱ 日本山海名産図会【完】 早川孝太郎「猪・鹿・狸」【完】+「三州橫山話」【完】 映画 杉田久女 村上昭夫 村山槐多 松尾芭蕉 柳田國男 柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」 柴田宵曲 柴田宵曲Ⅱ 栗本丹洲 梅崎春生 梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生日記【完】 橋本多佳子 武蔵石寿「目八譜」 毛利梅園「梅園介譜」 毛利梅園「梅園魚譜」 江戸川乱歩 孤島の鬼【完】 沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」【完】 泉鏡花 津村淙庵「譚海」【完】 浅井了意「伽婢子」【完】 浅井了意「狗張子」【完】 海岸動物 火野葦平「河童曼陀羅」【完】 片山廣子 生田春月 由比北洲股旅帖 畑耕一句集「蜘蛛うごく」【完】 畔田翠山「水族志」 石川啄木 神田玄泉「日東魚譜」 立原道造 篠原鳳作 肉体と心そして死 芥川多加志 芥川龍之介 芥川龍之介 手帳【完】 芥川龍之介 書簡抄 芥川龍之介「上海游記」【完】 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)【完】 芥川龍之介「北京日記抄」【完】 芥川龍之介「江南游記」【完】 芥川龍之介「河童」決定稿原稿【完】 芥川龍之介「長江游記」【完】 芥川龍之介盟友 小穴隆一 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」という夢魔 芸術・文学 萩原朔太郎 萩原朔太郎Ⅱ 蒲原有明 藪野種雄 西東三鬼 詩歌俳諧俳句 貝原益軒「大和本草」より水族の部【完】 野人庵史元斎夜咄 鈴木しづ子 鎌倉紀行・地誌 音楽 飯田蛇笏