フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 20250201_082049
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

カテゴリー「「和漢三才圖會」植物部」の364件の記事

2026/08/12

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・萎蕤

 

Izui

 

[やぶちゃん注:上部の図に「倭」(日本産)、右下の図に引用書名「救荒本草」、左下の図に引用書名「三才圖會」とある。]

 

いずい  葳甤 萎䔟

     女萎 萎香

萎蕤  委萎  熒【音行】

     玉竹 地節

    【和名惠美久佐

     一云阿末奈】

 

本綱萎甤山中有之莖幹強直似竹箭簳有節其葉如竹

兩兩相値表白裏青三月開青花結圓實其根橫行似黃

精差小黃白色性柔多鬚最難燥嫩葉及根可煮淘食

氣味【甘平】 能升能降陽中陰也補中益氣止消渴潤心

 肺補五勞七傷虛損腰脚疼痛目痛眥爛淚出

 黃精萎甤二物功用大抵相近而萎甤之功更勝則二

 物雖通用亦可

△按萎甤河州金剛山之産良其莖帶紫色葉似竹而厚

 窄不對生而向上花如風鈴狀白色本末帶青結子

 

   *

 

いずい  葳甤《いずい》 萎䔟《いい》

     女萎《ぢよい》 萎香《いかう》

萎蕤  委萎《いい》  熒《けい》【音「行《カウ》」。】

     玉竹《ぎよくちく》 地節《ぢせつ》

    【和名、「惠美久佐《ゑみぐさ》」

     一《いつ》に云《い》ふ、「阿末奈《あまな》」。】

 

「本綱」に曰はく、『萎甤、山中に、之《これ》、有り。莖幹《けいかん/くき》、強直《がうちやく》にして、竹--簳《たけやがら》に似て、節《ふし》、有り。其≪の≫葉≪も≫、竹のごとし。兩兩《りやうりやう》[やぶちゃん注:二つずつ]、相《あひ》値《あた》ふ[やぶちゃん注:「二つずつ、向かい合っている。」の意。]。表《おもて》、白く、裏《うら》、青《あを》し。三月、青≪き≫花を開き、圓《まろ》き實《み》を結ぶ。其≪の≫根《ね》、橫行《わうかう》し、黃精《わうせい》に似て、差《や》や、小《ちいさ》く、黃白色《わうはくしよく》。性《せい》、柔《やはら》≪かにして≫鬚《ひげ》、多し。最《もつとも》、燥《かは》き難《がた》し。嫩葉《わかば》、及《および》、根《ね》、煮《に》≪て≫淘《すす》≪ぎ≫、食《く》≪ふ≫べし。』≪と≫。

『氣味【甘平】』『能《よく》、升《あが》り、能《よく》、降《くだ》≪る≫。陽中《やうちゆう》の陰《いん》なり。中《ちゆう》[やぶちゃん注:漢方で言う「脾胃」。]を補≪ひ≫、氣を益《えき》し、消渴《しやうけつ》[やぶちゃん注:口が渇き、小便が近い症状。糖尿病のこと。]を止《と》め、心肺を潤《うるほ》し、五勞七傷《ごらうしちしやう》、虛損、腰《こし》≪や≫脚《あし》≪の≫疼痛《とうつう》、目≪の≫痛《いた》≪み≫、眥《まなじり》≪の≫爛《ただれ》て淚《なみだ》≪の≫出《いづる》を補《ほ》す。』≪と≫。

『黃精《わうせい》・萎甤《いずい》≪の≫二物《にぶつ》の功用《こうよう》、大抵《たいてい》、相近《あひちかく》して、「萎甤の功、更《さら》に勝《まさ》≪れ≫り。」と云《いふ》時は[やぶちゃん注:「云」「時」は訓点にある。]、則《すなはち》、二物、通用《つうよう》すと雖《いへども》、亦《また》、可《か》なり。』≪と≫。

△按ずるに、萎甤、河州《かしう》[やぶちゃん注:河内の国。]、金剛山《こんがうさん/こんがうざん》の産、良し。其《その》莖《くき》、紫色《むらさきいろ》を帶≪び≫、葉、竹に似て、厚く窄(くぼ)く、對生《たいせい》せずして、上に向《むき》、花、風鈴《ふうりん》の狀《かたち》≪の≫ごとく、白色《はくしよく》にして、本《もと》≪と≫末《すゑ/さき》に、青(あを)みを帶《おび》、子《み》を結《むす》≪ぶ≫。

 

[やぶちゃん注:これは、日中ともに、

単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科アマドコロ(甘野老)連アマドコロ属アマドコロ変種アマドコロPolygonatum odoratum var. pluriflorum

であり、変種に、

ヤマアマドコロ Polygonatum odoratum var. thunbergi

オオアマドコロ Polygonatum odoratum var. maximowiczii

がある。「維基百科」の同種では、「玉竹」とあり、別名として『萎蕤、尾参、地管子、铃铛菜』を挙げてある。そこでは、

玉竹 Polygonatum odoratum

とあるが、冒頭のアマドコロの広義のシノニムである。以下の二つの変種も、広義では、アマドコロに含まれる。当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした。太字は私が附した。)、『日当たりのよい山野に生え、草丈50センチメートル前後で、長楕円形の葉を左右に互生する。春に、葉の付け根から』、壺『形の白い花を垂れ下げて咲かせる。食用や薬用にもなる』。『和名アマドコロは、根茎の見た目が』、『ヤマノイモ科』Dioscoreaceae『の』一群の『トコロ』類(ヤマノイモ属 Dioscorea )『に似ており、甘みがあることが由来になっている。「トコロ」の語源については』、『よくわかっていないが、ヤマノイモの仲間のオニドコロ』(鬼野老:Dioscorea tokoro:「トコロ」と言った場合に、しばしば、この種を指す場合がある。)『やハシリドコロ』(走野老:Scopolia japonica:有毒)『のように、多肉の地下茎をもつ植物を指す名に使われている』。『別名で、ジョウシュウアマドコロともよばれる。地方により、キツネノチョウチン、アマナ(甘菜)、イズイ、エミグサ、カラスユリ、キツネノマクラ、チョウチンバナ、ナルコ、ヘビスズラン、ヘビユリなどともよばれている。中国植物名は玉竹(ぎょくちく)』。『花言葉は、「元気を出して」「心の痛みがわかる人」である』。『ヨーロッパ・東アジアに分布する。日本では、北海道、本州、四国、九州にかけて分布する。原野、丘陵、山麓、尾根筋などに群生して見られ、日当たりのよい山野などの草原や、林縁、落葉樹の木陰などに自生する』。『栽培されることも多く、庭先や鉢植えなどで葉に斑入りの園芸種を見かける。栽培では、夏季は冷涼なところを好むことから、腐葉土で水はけをよくして半日陰の場所で育て、秋に根分けさせる』。『多年草。地下には横走する多肉質の地下茎があり、浅く横に長く這い、伸びた先に花茎を立てる。地下茎(根茎)は円柱形でところどころには節があり、節間は長く細いひげ根が生える』。『草丈は30 - 80センチメートルで、変種のオオアマドコロでは草丈1メートル、茎径1センチメートルにもなる。茎は地下茎の先端から毎年1本、毛筆を逆さにしたような芽を出して、少し斜めに立ち、4 - 6本の稜角(縦筋)があり、触ると』、『少し』、『角張った感じがする。少し』、『紫褐色を帯びるものもある。茎から枝を出すことはない。葉は互生し、葉身は』笹(単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科に属する植物の中で、その茎に当たる「稈(かん)」を包んでいる葉鞘が枯れる時まで残るものの総称)『に似た楕円形から幅広い長楕円形で』、『両端が』、『やや尖り、普通の緑のものと』、『斑入』(ふい)『りの園芸種がある』。『花期は春から初夏(4 - 5月)ころ。各葉の付け根から1 - 2個の細い花柄を伸ばして、細長いつぼ型(鐘形)をした白色から』、『緑白色の花を垂れ下げてつける。花は長さは2センチメートル (cm) 6花被片が合体した筒状形で、合弁と花被の先に緑色の点がある』。『果実は液果で、径1センチメートルほどの球形をしていて、花と同様に茎に下向きに垂れ下がる。果実の色は、夏から秋に暗緑色から青黒く熟す。種子は、楕円形や卵球形で』、『大きめの』臍(へそ)『が目立ち、色は茶褐色をしている。種子は低温にあたることで休眠状態が打破されるため、一冬越すと翌春に芽生える。さらに、もう一冬を越さなければ、地上で葉を開いて生長することができない』。『初夏に花を下垂させて美しいことから、庭に植えて観賞用に栽培される。班入り葉の園芸種も作出されている。地方によってオオアマドコロやヤマアマドコロなど』、『さまざまな種類があり、若い茎葉や花は食用に、根茎は食用と薬用に利用される。なめらかな舌触りと、特有の甘味がある美味しい山菜として知られている』。『若芽、花、地下茎が食用になる。春の若芽や地下茎には甘みがあり、山菜として食用にされる。若芽は、筆の先のように膨らんでいるものを利用する。根茎は栄養価が高く、昔は凶作時の救荒食物として利用された』。『若芽の採取時期は、暖地で』三~五『月ごろ、寒冷地で』四~五『月が適期とされる。主に10センチメートルほどに伸びた若芽を地中部の白い部分から採取するか、10 - 20センチメートルほど伸びた芽を地上部で摘み取り、そのまま天ぷらにしたり、茹でてマヨネーズをつけて食べたり、和え物、おひたし、煮物、炒め物、汁の実などにする。花は初夏に摘み取って、軽く茹でて酢の物に利用したり、寒天寄せや花酒にもできる。若芽や花は灰汁が少なく、下ごしらえに軽く茹でて』、『冷水に冷やして使い、塩漬け、ぬか漬けにして保存できる』。『根茎は』、『一年中』、『利用できるが、特に晩秋(10月ごろ)が旬とされ、太った根を掘り取って』、『ひげ根を取り除き、砂糖と醤油で甘く煮て食べたり、天ぷらやフライにすると美味とされる。また、根を刻んで』、『天日で干してアマドコロ酒をつくる』。以下、「薬用」の項。『薬用部位となる根茎には配糖体のコンバラリン、粘液質のマンノースなどを含んでいる。マンノースには、胃や腸の粘膜を保護する作用や消炎作用があるほか、分解して体に吸収されると滋養になるといわれ』、「本草綱目」『でも滋養強壮、消炎薬として紹介されている』。『漢方では滋養強壮剤であるが、伝統的な漢方方剤では』、『あまり使われず、日本薬局方にも収録されていないが、かつては民間薬として利用された。地上部の茎葉が黄変して枯れはじめる10 - 11月ごろに地下茎を掘り上げて、ヒゲ根や茎を取り除いて水洗いし、きざんで』、『天日乾燥させたものを萎蕤(いずい)、漢方では玉竹(ぎょくちく)ともいう生薬である。かつて滋養強壮に用いられていたが、現在では』、『あまり使われていない。咳や疲労倦怠にも効果があるとされ、1日量5 - 10グラムを600 ㏄で30分ほど半量になるまで煎じ、3回に分けて服用される。また、根茎を漬けた薬用酒も作られる』。『打ち身、捻挫の薬として用いられることもあり、生の根茎をすり下ろしたものや、粉末または絞り汁は』、『食酢と小麦粉を加えて練り合わせて』、『ペースト状にしたものをガーゼや布に伸ばして、湿布として利用』する。『若い芽生えの時期に似ている植物に、ナルコユリ(キジカクシ科)、オオナルコユリ(同)、ユキザサ(同)、ホウチャクソウ(宝鐸草:単子葉植物綱ユリ目イヌサフラン科チゴユリ属ホウチャクソウ変品種ホウチャクソウ Disporum sessile f. var. sessile 『などがある』。『同属のナルコユリ』(鳴子百合: Polygonatum falcatum )『とよく似ているが、ナルコユリは』、『花のつけ根に緑色の突起があるのに対し、アマドコロでは花と花柄のつなぎ目が突起状にならないことで区別がつく。また、ナルコユリの茎は円柱形であるが、アマドコロの茎では角張っている。花の数は多く、ナルコユリの』方『は3個以上ずつ付くが、アマドコロは1 - 2個ずつ付けて垂れ下がる』。『ナルコユリやユキザサはアマドコロと同じように食べることができ、茎に陵がなく、草丈が60 - 100センチメートルになる点で区別できる』。『ホウチャクソウは若芽に有毒成分を含んでいる有毒植物である』当該ウィキに拠れば『全草有毒といわれているが、成分などは明らかにはなって』おらず、『若芽にアルカロイド成分を含む』とあった)。『若芽の見た目はアマドコロに似ているが、ホウチャクソウの根は毛根で、アマドコロには太い地下茎があるので区別できる。食用にはならず、地下茎がないこと、芽生えの葉の先に蕾が包まれていること、茎は枝を打つことなどの外見上の違いを見ることができる。また、ホウチャクソウは摘んだときに悪臭があるので、摘んだ時に臭いを確かめるのも大事だと言われている』とある。

☆ここで、冒頭の図のキャプションに就いて、注しておく。「救荒本草」は、明の太祖の第五子周定王朱橚(しゅしゅく 一三六一年~一四二五年)の撰になる本草書。飢饉の際の救荒食物として利用出来る植物を解説している。全二巻、一四〇六年刊で、収載品目は四百余種に及び、その形態を文章と図で示し、簡単な料理法を記しているが、画期的なのは、その総てを実際に園圃に植えて育て、実地に観察して描いている点である。植物図は他の本草書に比べても遙かに正確であり、明代に利用されていた薬草の実態を知る上で重要な文献とされる。「漢籍リポジトリ」の同書の「卷三」の「草部」の「葉可食【新增四十二種】 根可食【本草原有九種新増十五種】」の「萎蕤」(ガイド・ナンバー[003-43b])を転写しておく。

    *

萎蕤  本草一名女萎一名熒一名地節一名玉竹一名馬薰生太山山谷及舒州滁州均州今南陽府馬鞍山亦有苗高一二尺莖斑葉似竹葉濶短而肥厚葉尖處有黄㸃又似百合葉却頗窄小葉下結青子如椒粒大其根似黄精而小異節上有鬚味甘性平無毒

 救飢採根換水煮極熟食之

 治病文具本草草部條下

    *

さらに、一六三九年に出版された徐光啓の「農政全書」の「荒政」の部分は、実は「救荒本草」に徐光啓の附語を加筆したものである。この書は、私は、ブログ・カテゴリ『「大和本草」の水族の部』で親しんだ優れた書物で、享保元(一七一六)年版の訓点附きが、国立国会図書館デジタルコレクションで全巻視認出来る。なんと言っても、絵が素晴らしいのである。そこで、そこの部分(ここと、ここ)も、大盤振る舞いで、トリミングして以下に示す。修正はサイズ縮小以外は行っていない。十分、判読出来る。良安が選んだのは、右側の伸び上がった方の図を基にしている。

   *

 

Syuuhon1

 

Syuuhon2

 

   

「三才圖會」書誌説明は、いらんだろう。東京大学の「三才圖會データベース」(清刊本・槐蔭草堂藏板のもの。メイン・ページ「明代の図像資料」に同データベースにリンクがある)の「萎蕤」図説をダウンロードしたものをトリミングして(二図・図と解説。やや汚損があるので、図だけは軽く清拭した)、以下に示す。良安が選んだのは、左下の右の図である。

    *

 

Zui1

 

Izui2

 

    *

「竹--簳《たけやがら》」竹で出来た簳(やがら)。矢の幹(みき)を指し、鏃(やじり)と矢羽根を除いた部分。普通は雌竹(めだけ:単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科メダケ属メダケ Pleioblastus Simonii )で作る。「篦(の)」・「矢篦(やの)」とも言う。同種は多年生常緑笹(ささ)であるが、葉(枝)が上部にしか出来ないこと、「芽溝(がこう)」と呼ばれる棹の窪みが、浅くて、太さが一定であることに拠る。

「黃精《わうせい》」前の「黃精」を見よ。

「五勞七傷」前の「黃精」で既注だが、再掲すると、東洋文庫後注に、『心労・肝労・脾勞・肺労・腎勞など、五臟のつかれによって、陰寒・陽萎・裏急・精漏・精少・精清・小便頻数などの症狀のでること。』とある。

「金剛山」同前だが、再掲する。奈良県御所市(ごせし)と大阪府南河内郡千早赤阪村(ちはやあかさかむら)との境目にある山。ここ(グーグル・マップ)。]

2026/07/29

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・黃精

 

Ousei

 

わうせい   黃芝 戊已芝

       菟竹 救窮草

黃精

       埀珠 野生薑

       米餔 重樓

ハアン ツイン   龍銜 仙人餘糧

 

本綱黃精【又名雞格又名鹿竹】山野皆有之子亦可種其葉似竹而

不尖或兩葉三葉四五葉俱對節而生莖梗柔脆本黃末

赤四月開青白花狀如小豆花結子白如黍粒亦有無子

者根如嫩生薑而黃色又其根橫行狀如萎甤俗采其苗

煠熟泡去苦味食之【名筆管菜】二八月采根九蒸九暴作

[やぶちゃん注:「煠」過去、「蓮」等にも出たが、「煠」は原文では、「つくり」の上に「云」があるのだが、このような漢字はない。但し、引用元の「本草綱目」を、「漢籍リポジトリ」の卷十二」の「草之一【山草類上一十三種】」の「黄精」で確認したところ(ガイド・ナンバー[036-34b]の四行目以降)、同[036-36a]の一行目に、この字体の字が画像で組まれてあった。しかし、この字には良安が『ユテヽ』(茹でて)と振っているので、特異的に、「煠」(その意を持つ場合の音:サフ(ソウ)/ゼフ(ジョウ))で訂した。

果黃黒色而甚甘美【忌梅實】

氣味【甘平】 補中益氣除風濕安五臟久服輕身延年不

 飢補五勞七傷

博物志云昔黃帝問天老曰天地所生有食之令人不死

者乎天老曰太陽之草名黃精食之可以長生太陰之草

名鉤吻不可食之入口立死人信鉤吻殺人不信黃精之

益壽不亦惑乎

△按黃精【和名於保惠美一名夜末惠美】形狀𬜻和相似而倭者味帶苦

 出於河州金剛山者良江州高島郡者次之武州前澤

 又次之

 今所渡者多萎甤也藥肆取肥者爲黃精瘦者爲萎甤

 又云黃色節高者黃精黃白色節低者萎甤也

 

   *

 

わうせい   黃芝《わうし》 戊巳芝《ぼしし》

       菟竹《とちく》

       救窮草《きうきゆうさう》

黃精

       埀珠《すいしゆ》

       野生薑《やしやうきやう》

       米餔《べいほ》 重樓《ぢゆうらう》

龍銜《りゆうがん》

ハアン ツイン   仙人餘糧《せんにんよりやう》

 

「本綱」に曰はく、『黃精【又の名、「雞格《けいかく》」。又の名、「鹿竹《ろくちく》」。】、山野、皆、之《これ》、有《あり》。子《み》も亦、種《うう》べし。其《その》葉、竹に似て、尖《とが》らず。或《あるいは》、兩葉《りやうえふ》・三葉《さんえふ》・四《し》、五葉《ごえふ》、俱《とも》に、節に對して、生ず。莖-梗《けいかう/くき》、柔脆《じうぜい/やはらかにしてもろく》して、本(《も》と)は黃《き》、末《すゑ》は赤し。四月に、青白花《せいはくくわ》を開く。狀《かたち》、小豆《あづき》の花のごとく、子《み》を結ぶ。白くして、黍《きび》の粒《つぶ》ごとく、亦、子《み》、無《なき》者≪も≫有り。根、嫩《わか》き生薑《しやうきやう/しやうが》のごとくにして、黃色。又、其《その》根《ね》、橫行《わうかう》の狀《かたち》≪を成し≫、「萎甤(いずゐ)」のごとし。俗、其《その》苗《なへ》を煠(ゆ)で熟し、苦味《にがみ》を泡去《あは≪とともに≫さり》、之≪を≫食ふ【「筆管菜《ひつくわんさい》」と名《なづ》く。】。二、八月、根を采《と》り、九《く》たび、蒸《む》し、九たび、暴《さら》≪して≫、果《く》はんと作《な》す。黃黒色にして、甚だ、甘美≪なり≫。【梅《うめ》の實《み》を忌《い》む。】。』≪と≫。

『氣味【甘、平。】』『中《ちゆう》を補し、氣を益《えき》し、風濕《ふうしつ》[やぶちゃん注:リュウマチ。]を除き、五臟を安《やすん》ず。久《ひさし》く服すれば、身《み》、輕≪く≫、身《み》、年《とし》を延《のば》≪し≫、飢《うゑ》ず、五勞七傷《ごらうひちしやう》を補《おぎな》ふ。』≪と≫。

『「博物志」に云《いはく》、『昔し、黃帝《かうてい》、天老《てんらう》に問《とひ》て曰く、「天地の生《しやう》する所、之を食《くひ》て人をして死なざる者、有るか。」≪と≫。天老が曰《いはく》、「太陽の草《くさ》、『黃精』と名《なづ》く。之を食《くひ》て、以《もつ》て、長生《ちやうせい》す。太陰《たいいん》の草、『鉤吻(いぬくさ)』と名づく。之を食ふべからず。口に入るれば、立処《たちどころ》に[やぶちゃん注:「処」は訓点にある。]死す。人、『鉤吻』、人を殺すことを信じて、『黃精』の壽《じゆ》を益《えき》すことを信せず。亦、惑《まどひ》とはせざるや✕→亦、惑《まどひ》ならずや。」。』≪と≫。』≪と≫。

△按ずるに、黃精【和名、「於保惠美《おほゑみ》」。一名、「夜末惠美《やまゑみ》」。】、形狀、𬜻和(くわわ)[やぶちゃん注:中華と大和。]、相似《あひに》て、倭の者は[やぶちゃん注:この「ハ」は、「倭」の訓点で「ノハ」とあるのを誤刻と断じて分離し、「者」に附した。]、味、苦(にが)みを帶ぶ。河州《かはち》≪の≫金剛山《こんがうさん》より出《いづ》る者、良し。江州《あふみ》高島郡《たかしまのこほり》の者、之≪れに≫次《つぐ》。武州《むさし》の前澤《まへさは》、又、之《これ》≪に≫、次《つぐ》。

 今、渡る所の者、多《おほく》は「萎甤《いずゐ》」なり。藥肆《やくし》、肥《こえ》たる者を取《とり》て、「黃精」と爲し、瘦(やせ)たる者を「萎甤」と爲《なす》。又、云《いはく》、『黃色≪の≫節《ふし》高き者は「黃精」、黃白色≪の≫節低き者は「萎甤」なり。』≪と≫。

 

[やぶちゃん注:この「黄精」は、

単子葉植物綱キジカクシ(雉隠し)目キジカクシ(=クサスギカズラ(草杉蔓))科スズラン亜科アマドコロ(甘野老)連アマドコロ属Sibirica 節カギクルマバナルコユリ(鈎車葉鳴子百合) Polygonatum sibiricum

である。日本には自生しない。しかし、本邦には、近縁種の、

ナルコユリ(鳴子百合) Polygonatum falcatum

が、本州・四国・九州、及び、朝鮮半島に分布し、本邦では平安中期には、このナルコユリが「黃精」として使用されていた(後で引用で示し、更に良安の附言部分への注で明らかにする)。

「熊本大学薬学部薬用植物園 植物データベース」の「カギクルマバナルコユリPolygonatum sibiricum Delar. ex Redouté」に拠ると、『中国,モンゴル,ダフリアに分布し,山地の低木林などに生える.』とあり(「ダフリア」はウィキの「ダウリヤ」によれば、『ダウリヤ(ロシア語:Дау́рияダウーリヤ;ダウリア、ダフリア、ダフリヤ、ダウーリアとも)とはザバイカルと沿アムール西部の17世紀以前の古称。17世紀中ごろまでダウール族の領域であったことに由来する』。当該地方は、『バイカル・ダウリヤ(Байкальская Даурия - ヤブロノイ山脈までのザバイカル地域南部』、及び、『セレンガ・ダウリヤ(Селенгинская Даурия - セレンガ川の東の領域』、『ネルチンスク・ダウリヤ(Нерчинская Даурия - ヤブロノイ山脈から東の領域』とある。)、『多年草.草丈5090 cm.根茎は横に伸び,茎は直立するが上部は他に巻き付く.葉は無柄で線状披針形,46枚が輪生する.花は腋性で,24個の散形花序となり,白か淡黄色をしている.液果は球形,熟すと黒紫色.』で、「花期」は『5月』、「生薬名」は『黄精(オウセイ)【局】』、「薬用部位」は『根茎』とある。「成分」は、『フラボノイド(nicotiflorin, rutin, sophorabioside)』である。「薬効と用途」に『滋養強壮,補気作用があり,胃腸虚弱や慢性の肺疾患,食欲不振,咳,糖尿病などに用いる.リウマチや痛風などで体が弱っている人にもよい.焼酎漬けは強壮作用があり,体力が付く.』とある。他に、「福田龍株式会社」の「オウセイ(黄精)」PDF)も、本邦のナルコユリをも示していて、江戸時代の内容も非常に参考になるので、引用する。「語源」の項。『 Polygonatum : ギリシャ語の「多い」(poly)+「膝、節」(gonu)根茎に多くの節があることにちなんでいる。falcatum : falcatus=鎌状の」という意味で、葉が鎌状であることから。和名のナルコユリは、花が並んで下垂する状態を、水田で害鳥を追い払う鳴子にたとえたもの。黄精とは、根茎が黄色の強精薬であることから名付けられたという。また、精を出しすぎて物が黄色に見えるとき、それを回復させる秘薬という説明もある』。「基原」に(学名配置の関係上、かくした)、

   《引用開始》

ナルコユリ Polygonatum falcatum

カギクルマバナルコユリ Polygonatum sibiricum

 Polygonatum kingianum

 Polygonatum cyrtonema

ユリ科 多年性草本

黄精は、本来中国産のカギクルマバナルコユリの根茎を指すが、日本では近縁種のナルコユリが代用として用いられてきた。

ナルコユリは同属植物のアマドコロ[やぶちゃん注:アマドコロ属アマドコロ基本変種アマドコロ Polygonatum odoratum var. pluriflorum ]とよく似ているが、アマドコロの根茎は生薬の玉竹(ギョクチク、別名イズイ[やぶちゃん注:本文の「萎甤《いずゐ》」である。])である。しかしこのアマドコロ属は非常に種類が多く、区別しがたいものも少なくない。このため薬材では太いものを黄精、細いものを玉竹として扱っていることもある。日本の民間では江戸時代に滋養・強精薬としてブームとなり、砂糖漬けにした黄精が売られていた。現在でも東北地方には黄精のエキスを入れた黄精飴が売られている。黄精に砂糖を加え、焼酎につけたものを黄精酒といい、精力減退や病後回復の滋養・強壮薬として知られている。小林一茶も黄精酒を愛飲したと書き記している。今日でも滋養・強壮の目的で家庭薬やドリンク剤に黄精が配合されている。

   《引用終了》

以下、「薬用部分」は『根茎(蒸したものを用いることが多い)』、「産地」は『日本(ナルコユリ)、中国(カギクルマバナルコユリ)』、「主な成分配」に『糖体:エピメジンフラボノイド:イカリインアルカロイド:マグノフリン』、「主な薬効」に『滋養強壮薬、虚弱者や病後の体力増強、精力減退、糖尿病、肺結核に用いる。』とし、「代表的処方」として、『【黄精湯】』『オウセイトウ』『病後の衰弱、慢性病による消耗性の栄養不良に用いる。(処方内容)』『黄精/枸杞子/生地黄/黄耆/党参』とある。最後に「文献報告」として【脂肪生成抑制】』と『【骨粗しょう症抑制】』の二件の英文論文データが紹介されてある。

「莖-梗」小学館「日中辞典」に、『“茎”は一般的な「茎」.“秆”は中空で節のあるもの(ムギ・アサなど)や根元から広がっている「茎」をさす.“梗”は,花・草・野菜の「茎」をいうが,果実のついた枝もさす.』とある。

「五勞七傷」東洋文庫後注に、『心労・肝労・脾勞・肺労・腎勞など、五臟のつかれによって、陰寒・陽萎・裏急・精漏・精少・精清・小便頻数などの症狀のでること。』とある。

「博物志」三国時代の魏から西晋にかけての政治家で文人の張華(二三二年~三〇〇年)が書いた幻想的博物誌にして奇聞伝説集。全十巻。「維基文庫」の電子化物で探したが、見当たらない。但し、同書の原本はもっと内容が多かった(一説に四百巻あったものを武帝が削除を命じたとも言う)ともされる。

「黃帝」中国古代の伝説上の帝王で、五帝の第一。炎帝(神農氏)の末に蚩尤(しゆう)の乱を平らげて天子となり、衣服・舟車・家屋・弓矢などの生活用具を初めて作るとともに、文字・音律・暦などを制定し、また、薬草を試用して人民に医術を教えるなど、人類に文化的生活を享受させた最初の帝王とされる。この黄帝伝説は「書經」「詩經」などの古文献には見えず、戦国末の五行説の流行に伴って、先行の各種の神話伝説を基に、徐々に形成された比較的新しいものである。また、道家末流によって老子に先立って開祖とされ、その所説に附会した書が作られて、漢初には「黄・老の学」が流行した。後漢以降は神仙術や道教と結んで神格化された(以上は主文を小学館「日本大百科全書」に拠った)。

「天老」黄帝に仕えた高官で、知恵・兵法・天文を授けた師とされる伝説上の人物。

 さて、ここまで、「博物志」の引用を含めて「本草綱目」の引用であり、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-34b]の「黄精」の項のパッチワークである。

『黃精【和名、「於保惠美《おほゑみ》」。一名、「夜末惠美《やまゑみ》」。】』ここが重大なポイントである。平安中期の貴族・医師であった丹波康頼(たんばのやすより 延喜一二(九一二)年~長徳元(九九五)年)が永観二(九八四)年に「醫心方」全三十巻を編集、朝廷に献上しているのだが、これは、唐代の医書を参考にして、当時の本邦の医学全般の知識を網羅したもので、現存する日本最古の医学書である。而して、そこに、この和名が記載されているのである。中華民國のサイト「中醫笈成」で完全に電子化された「醫心方」があり、その「諸藥和名第十」の「第七卷 草上之上四十一種」に、良安が示した通りの、

   *

黃精 (和名於保惠美,又阿末奈。一名也萬惠美。)

   *

とあり、そして、「斷谷方第七」に、

   *

服黃精法:

《大清經》云:取黃精根,刮去鬚毛,淨洗,細切,使得一斛,以水二斛五斗,煎之,微火,從旦至夕。藥熟出,手挼悉令破,以囊漉之,得汁還著釜中煎令可丸,取其滓,搗作末,納著釜中,和合相得,藥成,宿不食,旦服如雞子,日三,絕谷不飢。取黃精三月七日為上時矣。(中嶽仙人方。)

以春取根,洗,切,熟蒸曝乾,末服方寸匕。

採黃精,常以八月二日為上時,山中掘而生食,渴飲水,黃精生者搗取汁三升。於湯上煎令可丸,如雞子。食一枚。日再,二十日不知飢。(老子服方。)

   *

に、中華の引き写しではあるものの、具体な採取法・処理法・薬剤製法が記されている。対象疾患は病的な「飢え」を消すこと、ひいては、寿命を延ばすことに繋がる。

 この場合、まず、気になるのは、三つの和名、また、良安が選んだ二つの和名では、ある。恐らくは、これ、

本邦産のナルコユリ Polygonatum falcatum か、或いは、アマドコロ属アマドコロ基本変種アマドコロ Polygonatum odoratum var. pluriflorum か、はたまた、アマドコロ属Polygonatum の別名一種であろうか?

 いやいや、しかしだ、そもそも、平安時代にあって、外見上、似ている同属種を、別々に分別命名して認識していたと考えるより、これは、三種の異名ではなく、

一番、考えられるのは、ナルコユリの三つの異名なのではなかろうか?

「於保惠美《おほゑみ》」は「大笑み(大きく微笑むこと)」であり、「夜末惠美《やまゑみ》」は「山笑み」なのではないか?

最も深刻な「飢え」を消し、健康を保ち、「大」いに「笑み」を続ける力を与えて呉れる「山」野草に相応しい

と、私は思うのである。識者の御意見を乞うものである。

 なお、良安は、はっきりと、中国から渡来した「黄精」とは、「萎甤」とは違う種であると認識しており、和名とする「於保惠美」と「夜末惠美」も、ちょっと違うかも知れないな、と、内心、考えているように私には、見える。では、

☆「それらが、種として異なることが江戸時代の人間にしっかりと判ったのは、いつ頃なのか?

ということは、たまたま「黃精」を検索してゆくうちに、遂に、見つけた!!

「国立国会図書館 次世代システム開発研究室」の「本草図譜  1 (山草類1 48種)」(岩崎常正著・大正一〇(一九二一)年)のここに、無論、図入りで、

   *

黃精(わうせい)

 享保年中漢種渡る莖細くして

 根大なり脚葉は互生し梢葉は

 對生す花は和產と同じ淺綠色

 實ハ大豆の大さにて熟すれバ黑色也

 これ陳藏器の説に精なり

   *

この最後のそれは、「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」の「黄精」のガイド・ナンバー[036-35b]の二行目以降の、

   *

藏器曰黄精葉偏生不對者名偏精功用不如正精正精葉對生鉤吻乃野葛之别名二物殊不相似不知陶公憑何說此保昇曰鉤吻一名野葛陶說葉似黄精者當是蘇説葉似柿者當别是一物

   *

を指す。而して、このキャプションから、本邦に本物の「黃精」の種子が「享保年中」に持ち込まれ、成育させた、その図なのである。一七一六年から一七三六年までの間である。寺島良安の「和漢三才圖會」の刊行は正徳二(一七一二)年であった。今、少しで、モノホンの生きた「黃精」に逢えたんだよッツ! 良安先生!!!

「河州《かはち》≪の≫金剛山《こんがうさん》」現行では「こんごうざん」とも呼ぶ。奈良県御所市(ごせし)と大阪府南河内郡千早赤阪村(ちはやあかさかむら)との境目にある山。ここ(グーグル・マップ。以下、無指示は同じ)。

「江州《あふみ》高島郡《たかしまのこほり》」現在の滋賀県高島市の大部分。

「武州《むさし》の前澤《まへさは》」現在の東京都東久留米市前沢(まえさわ)。今では、都会の衛星地帯の一角ではあるが、「ひなたGIS」の戦前の地図を見られたい。そこから、まんず、江戸時代は、一帯、全部が、殆んど平地と田圃の「武蔵野」であったと推定出来る。そこら中に「新田」を村名につけているのが判るからね。]

2026/07/14

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・長松

 

Matubagusa

 

まつばぐさ  仙茆

 

長松

       【其功如松脂

        及仙茆故有

        二名】

 

チヤン ソン

 

本綱生山谷古松下其葉如松葉上有脂根色如齋苨長

三五寸氣味類人參清香可愛山人服其葉云長年

氣味【甘微苦温】 能治大風悪疾眉髪堕落百骸腐潰毎以一

 兩甘草少許水煎服旬日卽癒

 

   *

 

まつばぐさ  仙茆《せんばう》

長松

       【其の功、松脂《しやうし》、

        及び、仙茆のごとし。故《ゆゑ》、

        二名、有り。】

 

チヤン ソン

 

「本綱」に曰はく、『山谷の古≪き≫松《まつ》の下≪に≫生≪ず≫。其《その》葉、松の葉のごとく、上《うへ》に、脂《あぶら》、有≪り≫。根≪の≫色、齋苨《せいねい》のごとく、長≪さ≫、三、五寸。氣味、人參に類《るゐ》≪し≫、清香≪にして≫、愛≪す≫べし。山人《さんじん》、其《その》葉、服≪せば≫、云《いはく》、「年《とし》、長《ちやう》ず。」と。』≪と≫。

『氣味【甘、微苦、温。】 能《よく》、大風《たいふう》・悪疾《あくしつ》≪にして≫、眉《まゆ》・髪《かみ》、堕落し、百骸、腐潰《ふくわい》するを、治《ぢす》。毎《つねに》、一兩《いちりやう》[やぶちゃん注:三・七五グラム。]を以《もつて》、甘草《かんざう》、少≪し≫許《ばかり》、水煎《すいせん》≪して≫、服《ふくす》。旬日《じゆんじつ》、卽《すなはち》、癒《いゆ》。』≪と≫。

 

[やぶちゃん注:これは、東洋文庫訳及び注では、探し得なかったのであろう、当該相当種を全く示していない。「百度百科」に「仙茆」があるのだが、学名が出ない。そこで、「百度百科」の日本語版「BaiduWiki」を見たところ、記載内容が全く異なっており、

モクレン綱キジカクシ目『仙芽科』『仙茅属』で学名は Curculigo orchioides

とあった。本邦のサイトでは、この学名検索で、「国立科学博物館」の「琉球の植物データベース」のここに、

キンバイザサ科キンバイザサCurculigo orchioides

とあり、「広域分布」として、『本州(紀伊半島)~九州,屋久島,種子島,トカラ列島; 台湾,中国,マレーシア,インド,オーストラリア』とあり、「文献に基づく分布」には、『奄美大島・徳之島・沖永良部島,沖縄群島,先島諸島』とする。

 ウィキでは「キンバイザサ科」があり、漢字表記を「仙茅科」とする。そこには、『キンバイザサ科』『は単子葉植物の科の1つ。ヒガンバナ科やユリ科に含められることもある。日本にはキンバイザサなど数種が自生するが、アッツザクラ』(アッツザクラ属アッツザクラ Rhodohypoxis baurii :アッツ桜。これは同種のウィキがあり、『原産地は南アフリカ共和国のドラケンスバーグ山脈周辺の高原で、アッツ島ではない。』とし、「和名の由来」の項があるので見られたい。なお、注意が必要で、前の「キンバイザサ科」に掲げられているピンクの花の写真は、このアッツザクラである。本キンバイザサは、学名でグーグル画像検索をしたものをリンクするが、花は黄色である)『など園芸植物として導入されたものもある。現在の呼称が使われるようになったのは、21世紀になってからで、植物図鑑などには旧称のコキンバイザサ科で出ていることが多い』。『線形の根出葉に長毛がある、花被片の外側が緑みを帯びることで近縁の科と区別される。子房は下位。周北極や旧熱帯、新熱帯、ケープ植物区、オーストラリアなどに分布する』――以上の分布の最後は誤記レベルである。これでは、本邦には分布していないことになる。この科の記載には、どこにも日本に分布する種があることを述べていないからである。――以下、「分類」の項。『タイプ属のHypoxisがコキンバイザサ属であるためコキンバイザサ科とする意見もあるが、キンバイザサ科が一般に使われる。日本では主に観賞用でアッツザクラやエンポディウムが栽培されている。また、流通はほぼ無いもののスピロキシネも栽培される』。『およそ10160種が属する』として、十の属が、三つのクレード(clade=単系統分岐群)に分けて示されてある。最後の「過去の分類体系」の項。『クロンキスト体系では独立の科と認められていない。新エングラー体系では独立科としてユリ目に含められる』とする。さて、言っておくと、その「分類」の最後の「Hypoxis clade」の『・Hypoxis L. コキンバイザサ属 - 90種 コキンバイザサ』とあるコキンバイザサ(小金梅笹)Hypoxis  aurea こそが、実は、本邦では、宮城県以南の本州から琉球列島にまで広範に分布するキンバイザサ科に属する種(この属では、これ一種のみ)なのである。詳しくは当該ウィキを見られたい。この種も花は黄色である。

 話を本来のキンバイザサCurculigo orchioides に戻す。

 「維基百科」を調べたところ、種で「仙茅」と立項していた。臺灣正體で見ると、別名を『地棕根、地棕、獨茅根、獨茅、獨腳仙茅、山黨參、仙茅參、海南參、婆羅門參、芽瓜子』とし(以下は機械翻訳を参考にした)、『多年生草本で、インドネシア・日本・東南アジア・台湾・中国本土(広西省・広東省・貴州省・福建省・雲南省・浙江省・四川省・湖南省・江西省)に分布する。標高五百~千六百メートルの草原・森林、又は、不毛な斜面に生育する。中国原産(これは「海外からの導入ではない」の意。同種の英文には、『ネパール・中国・日本・インド亜大陸・パプア・ミクロネシアが原産地である。』とある)。『多年生草本。高さ十~十四センチメートル。地下には分枝しない単一の根茎があり、色は濃い茶色で、断面は肉厚で白色。葉は根生し、三~六枚、葉柄があり、披針形で革質、長さ約十~三十センチメートル、幅約〇。六~二センチメートルで、まばらに長い毛が生えている。花茎は非常に短く、葉鞘の中に隠れており、花は黄色である。草の生い茂る斜面や丘陵地、低木の近くで育つことを好む。長江以南の地域に広く分布しており、主に四川省で生産されている。薬用として根茎を早春と晩夏に収穫する。繊維質の根と根頭を取り除き、洗浄し、切断した後、天日乾燥させて保存する』。「薬用」の項。『伝統的な中国医学では、苦・甘・温で、わずかに毒性があるとされている。腎臓を補い、陽気を強化し、寒さを払い、痺れを除く。西洋医学では、本種に含まれる成分がβアミロイド・タンパク質の重合を阻害するために使用可能なことが判明している』。『適応症は腎機能不全・腰痛・神経衰弱・勃起不全・婦女の更年期高血圧・慢性腎炎・原因不明の腫れ物』とある。

 最後に、学名をフルに整理すると、

単子葉植物綱キジカクシ(雉隠)目キンバイザサ(仙茅)科キンバイザサ属キンバイザサ(仙茅・金梅笹)Curculigo orchioides

ということになる。

 先に言っておくと、以上の「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-33b]の「長松」の項のパッチワークである。

「まつばぐさ」恐らく、良安の時代には、既にキンバイザザを基原とする漢方生剤が中国句から伝来していたものと思われる。而して、「長松」と「本草綱目」に立項するものが、それであると認識はしていたものと考えてよい。而して、この「長松」の以上の記事と、実際に手に入れた漢方製剤の見た目から、この和名を充てたものであろう。

「仙茆」この「茆」には「かや・ちがや」の意味があり、「仙茅」と同義ととれる。しかし、「其の功、松脂《しやうし》、及び、仙茆のごとし。故《ゆゑ》、二名、有り。」は「長松」の「釋名」時珍の言葉であるが、素人が読んでも、どうもおかしい。そこを引用する。

   *

釋名仙茆【時珍曰其葉如松服之長年功如松脂及仙茆故有二名】

   *

これを、推定訓読してみると、

   *

釋名「仙茆」【時珍曰はく、『其の葉、松のごとく、之れを服せば、長年(ちやうねん)す。功、「松脂(しやうし)」、及び、「仙茆(せんばう)」のごとし。故(ゆゑ)に、二名、有り。』。】

   *

となる。問題は、明らかに時珍が言っている引用部の「仙茆」は「キンバイザサの根」ではない。而して、素直に読むなら、この謂いは、

   *

その葉は、松のようで、これを服用すれば、長生きする。その、ここで言う「仙茆」は、「松の脂(やに)」、及び、同じ漢字表記する全く違う「仙茆」と同等の功能を持つ。故に、全く違った生薬であるが、「仙茆」という同じ名を持っているのである。

   *

と読まなくては通じないのである。さて核心部部は、本来の「仙茆」が何かである。「松やに」と並列し得るものは、「仙」人が霧以外に食べるとされる「松」の「やに」以外の部分とは、

「松」の「茆」=「茅」(かや)、即ち、「松の葉(花・実を含む)を含む穂」の部分の他にない

のである。その証拠に、「百度百科」の「仙茆」に附されてある画像を見られよ! モロ、それだもの!

「齋苨《せいねい》」先行する「齋苨」を見よ。

「大風」中国で歴史的に梅毒の異名として用いた語である。中文の「ハンセン病」の「維基百科」の「麻风病」の「中国歷史的情况」を見られたい。

「百骸、腐潰《ふくわい》する」身体の骨格が、がたがたに腐ったように潰瘍化する症状。

「甘草《かんざう》」先行する「甘草」を見よ。

「旬日」十日ほど。

 なお、良安は、附言を一切、附していない。されば、良安は、本種は本邦に存在しないと考えていたことは、明白である。但し、それ以前(江戸中期前期以前。「和漢三才圖會」は正徳二(一七一二)年成立)に中国から薬剤としての「長松」=「仙茅」は渡来していた可能性はあるが、しかし、添えられた図の茎以上の葉が、キンバイザサとは全く異なるので、彼は実際には見ていない。しかし、実は本邦にも分布していたのであった。だが、本邦では、当時は、薬草としては使用していなかったものと思われる。では、どの辺りで、本邦にキンバイザサがあると認識されたのか? 調べたところ、岡山大学図書館公式サイト内の『所蔵資料ピックアップ(植物研分館所蔵)』の「広参存擬(こうじんぞんぎ)」に、

   《引用開始》

広参存擬

大槻玄沢著, 写本, 文化71810)年頃成立

コレクション: 大原農書文庫(貴重資料)

広東人参に関する考察をまとめた書。後書きのうしろに、キンバイザサの彩色図とそれに関する手紙の内容が付随している。彩色図は栗本丹州によるもの。手紙は、丹州が玄沢に宛てたものの追伸部分と思われる。「キンバイザサの発見者は田村藍水(丹州の父)であり、和名の名付け親だ」と主張している。

   《引用終了》

として、原本の画像三枚が載る。一番、左には、キンバイザサの掘り出した全草体図が描かれている。大槻玄澤は知られた改訳「重訂解體新書」の訳者である。田村藍水(たむららんすい 享保三(一七一八)年~ 安永五(一七七六)年)は江戸中期の医師で本草学者である。

2026/06/18

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・桔梗

 

Kikyou

 

[やぶちゃん注:図は三つあり、下方に、土の根元からの生体図があり、右の上方に、掘り出て茎以下の地下の主根を綺麗にしたものが掲げられてあり、左上方に根も付いた生体の全体像が描かれてある。]

 

き きやう  白藥  梗草

       齋苨

桔梗

ありの  【和名阿里乃比布木】

 ひふき

キツ ケン 【今呼字音

       不曰和名】

 

本綱桔梗春生苗莖高尺餘葉似杏葉而長隋三四葉對

[やぶちゃん注:「隋」はそのままだが、調べてみると、「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-30a]の五行目の「桔梗」では、確かに「隋」で、附属する原本画像でも『葉似杏葉而長隋四葉相對而生嫩時亦可煑食』で「隋」であった。だが、ここは「長隋」に良安が「ナカホソク」と読みを振っている。しかし「隋」には、そのような意味は全くないのである。そこで、「維基文庫」の当該部を見たところが、「隋」ではなく、『葉似杏葉而長橢,四葉相對而生,嫩時亦可煮食。』となっていた。この「橢」(音「ダ・タ」)には、「丸くて細長い」の意があるので、ここは特異的に、訓読文では「橢」に変えて訓読した。なお、良安の最後の附言では、割注を挿入して、この字を誤りとして、正しく「橢」の字を使用している。

生又有差互者嫩時亦可煑食夏開小花紫碧色頗似牽

牛花秋後結子其根如指大黃白色

本草本經桔梗與齋苨爲一物至別録始出齋苨條分爲

二物然其性味功用皆不同根有心者桔梗無心者齋苨

又苗苦者桔梗甜者齋苨

氣味【苦辛平味厚氣輕】 陽中之陰升也入手太陰肺經氣分及

 足少陰腎經【凡使須去頭上尖硬二三分已來】清肺氣利咽喉與甘草

 同行爲舟楫之劑如大黃苦泄峻下之藥欲引至胷中

 至高之分成功須用辛甘之劑升之譬如鐵石入江非

 舟楫不載所以諸藥有此一味不能下沉也

  古今 あきちかう埜はなりにけり白露のをける草葉も  友則

                      色替り行

[やぶちゃん注:「古今和歌集」では、確かにこの和歌の下の句のそれは、「をける」となっているが、歴史的仮名遣では「おける」が正しい。面倒なので、訓読では、訂しておいた。]

△按桔梗山野及人家多種之苗叢生無枝椏其葉似杏

[やぶちゃん注:「叢」は、原本では「叢」異体字の「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

 葉而橢【橢狹長也又圜而長也本草綱目作隋字誤】背淡白有微毛自本至

 末差互生葉間開碧花凡以紫碧者爲桔梗之正色又

 有白花者有紫白相間者有單葉有八重皆變於子種

 初無枝椏剪折莖則生枝椏其葉對生者亦有

 

   *

 

き きやう  白藥《ハクヤク/ビヤクヤク》

       梗草《かうさう》

       齋苨《せいねい》

桔梗

ありの  【和名、「阿里乃比布木《ありのひふき》。】

 ひふき

キツ ケン 【今は、字の音《おん》を呼んで、

       和名を曰《いは》ず。】

 

「本草綱目」に曰はく、『桔梗、春、苗《なへ》・莖《くき》を生《しやう》≪ず≫。高さ、尺餘《よ》。葉は、杏《あんず》の葉に似て、長橢(ながほそ)く、三、四葉、對生す。又、差互《さご》なる者[やぶちゃん注:葉が複雑に入り交じる個体。]、有り。嫩《わか》き時、亦、煑て食ふべし。夏、小≪き≫花を開く。紫碧色《しへきしよく》。頗《すこぶる》、牽-牛(あさがほ)の花に似て、秋の後《のち》、子《み》を結ぶ。其根《そのね》、指の大《おほい》さのごとく、黃白色。』≪と≫。

『本草の「本經」[やぶちゃん注:「神農本草經」を指す。]に、『桔梗と齋苨と、一物と爲《なす》。』。「別録」に至《いたり》て、始《はじめ》て、「齋苨」の條《でう》を出《いだ》して、分《わけ》て、二物《にぶつ》と爲《なす》。然れども、其性《せい》、味、功用、皆、同からず。根に心《しん》[やぶちゃん注:芯。]ある者は桔梗、心無き者は、齋苨≪なり≫。又、苗、苦《にが》き者は、桔梗、甜《あま》き者は、齋苨なり。』≪と≫。

『氣味【苦、辛、平。味、厚《あつ》く、氣、輕《かろ》し。】 陽中の陰、升《のぼ》る≪や≫、手の太陰肺經氣分、及《および》、足の少陰腎經に入る【凡そ、使《つか》ふに、須《すべか》らく、頭《かしら》の上の尖りて硬きを、二、三分《ぶ》、已來《いらい》≪の所≫を去る。】。肺氣を清《きよ》≪く≫し、咽喉を利《り》し、甘草《かんざう》と同《おなじ》く、行《おこ》な≪は≫ば、舟楫《ふなかぢ》の劑《ざい》と爲《な》る。大黃《だいわう》の苦泄峻下《くせつしゆんげ》の藥ごとき≪を≫、胷中《きやうちゆう》の至高の分に引至《ひきいたらせ》て、功を成《なさ》んと欲《ほつ》せば、須《すべからく》、辛・甘の劑を用《もちひ》て、之を升《のぼ》すべし。譬《たと》へば、鐵石、江《こう》に入《いれ》て《✕→入れんとせば》、舟楫に非《あら》ざれば、載《のせ》ざるがごとし。諸藥、此《この》一味、有《あり》て、下沉《げちん》≪する≫こと、能《あた》はざる所以《ゆゑん》なり。

 「古今」 あきちかう          友則

         埜《の》はなりにけり

        白露《しらつゆ》の

       おける草葉《くさば》も

            色替り行《ゆく》

△按ずるに、桔梗、山野、及《および》、人家に多≪く≫、之を種《うう》。苗、叢生《さうせい》して、枝椏《えだわかれ》、無く、其≪の≫葉、杏葉(あんず《のは》)に似て、橢(ほそなが)し【「橢《ダ》」は「狹長《さなが》」なり。又、「圜《まろ》くして長し」なり。「本草綱目」、「隋」の字に作るは、誤《あやまり》なり。】。背、淡白、微毛、有り。本《もと》より末《すゑ》に至るまで、差-互(たがひたがひ)に生ず。葉の間《あひだ》に、碧《みどり》の花を開く。凡《およそ》、紫碧《しへき》の者を以《もつて》、桔梗の正色と爲《なす》。又、白花の者有り、紫・白≪の≫相間(《あひ》まじ)る者、有り。單葉《ひとへ》有《あり》、八重《やへ》、有り。皆、子種(みばへ[やぶちゃん注:ママ。「みばえ」でよい。])より變ず。初《はじめ》、枝椏《えだまた》、無く、莖を剪-折《きりを》れば、則《すなはち》、枝椏を生ず。其《その》葉、對生の者、亦、有り。

 

[やぶちゃん注:これは、

キク目キキョウ科キキョウ亜科キキョウ属キキョウ Platycodon grandiflorus

でよい。当該ウィキに拠れば(注記記号はカットした。また、「文化」の項は、冒頭のみに限った)、『キキョウ科』Campanulaceae『の多年生草本植物。山野の日当たりの良い所に育つ。日本のほぼ全国、朝鮮半島、中国、東シベリアに分布する。秋の七草の一つで、七草の朝顔をキキョウとする説のほかに、ムクゲやアサガオを当てる説もある』。『根は太く、黄白色。草丈は50-100cm程度。葉は一般には互生で先は尖っており縁に鋸歯がある。下面はやや白みがかっている』。『秋の季語であるが、実際の開花時期は六月中旬の梅雨頃から始まり、夏を通じて初秋の九月頃までである。つぼみが徐々に緑から青紫にかわり裂けて星型の花を咲かせる。雌雄同花だ』、『が雄性先熟であり、まず』、『雄しべが成熟して花粉が出て(雄花期)、その後に雌しべが開き』、『柱頭が受粉可能になる(雌花期)。これは他家受粉の可能性を高めるための仕組みで、キキョウは雄性先熟の特徴を観察しやすい植物である。花冠は広鐘形で五裂、径4-5cm、雄しべ・雌しべ・花びら(花弁)はそれぞれ5つである』。『なお、園芸品種には』、『白色や桃色の花をつけるものや、鉢植え向きの草丈が低いもの、二重咲きになる品種や』蕾『の状態のまま』、『ほとんど開かないものなどがある』。『属名のPlatycodon は「広い釣鐘」を意味する。種小名のgrandiflorus は「大きな花の」という意味である』。『なお、つぼみが風船のような形状であるため "balloon flower" という英名を持つ』。『園芸種としては、アポイギキョウ』(アポイ桔梗:小型選抜種。北海道の日高山脈にあるアポイ岳(ここ:グーグル・マップ)に因んだ和名。「アポイ岳」はサイト「日本ジオパークネットワーク」のここに拠れば、アイヌ語の「アペ(火)・オイ(多い所)・ヌプリ(山)」が略されたもので、「大火を焚いた山」の意。アイヌの人々が、この山で火を焚き、鹿の豊猟をカムイ(神)に祈ったという伝説に由来している。)、『ウズキキョウ』(矮性園芸種)、『早生の「五月雨」』「小町」『などが流通している』。『風通しのよい日なたで育てる。日陰では栽培できない。種蒔きは、2月から3月頃に行う。順調に育てば、蒔いた年に開花する。また、植え替えを行う時期も2月から3月頃で、芽出し直前に植え替えを行う。よく増えてすぐに根詰まりを起こすので、鉢植えの場合は』、『毎年』、『植え替えが必要になる。庭植えの場合は特に植え替えの必要はないが、3年に1回は掘り上げて株分けして植え直す。桔梗は宿根草なので、冬は地上部分が無くなる。秋以降は自然に枯れていくので、冬前に地際で切り詰める』。『増やし方としては、種蒔き、株分け、さし芽』(「キッズネット」の当該解説に(読みはカットした)『植物の茎や枝など芽のついた部分をさして繁殖させる方法。芽ざしともいう。さし木とほぼ同じ意味であるが,茎や枝の先端の芽をつけてさす場合をいう。また,樹木よりも草本の場合にさし芽ということが多い。キクはさし芽で繁殖させることが多い。またサツマイモの苗を植えるのもさし芽めである。◇さし木や取り木と同様に,遺伝的に親と同じ形質の苗を短期間に得えられる利点がある。』とあった。)『を利用する。株分けの時期は2月から3月頃で、芽出し直前に株を分ける。さし芽の時期は5月から6月頃で、新芽の先端をさす』。『植物体再生の研究が進む。また漢方薬の素材として栽培される』。以下、「生薬」の項。『キキョウの一種Platycodi Radix』(異なる学名であるが、「大杉製薬株式会社」の『キキョウ[桔梗根 PLATYCODI RADIX]』に拠れば、「基原」を『キキョウPlatycodon grandiflorus A. De CandolleCampanulaceae)の根である.』(斜体になっていないのはママ)とし、「主な産地」を『安徽、河北、湖南、湖北、四川、浙江、日本、韓国』とあり、ネット上の諸記載を見るに、別種ではない)『は根にサポニン(オレアナン型トリテルペンサポニン)を多く含み、生薬として利用される。日本薬局方では桔梗根、キキョウと表記する。生薬は根が太く内部が充実し、えぐ味の強いものが良品とされる。主な産地は韓国、北朝鮮、中国である』。『鎮咳、去痰、排膿作用があるとされる。代表的な漢方処方に桔梗湯(キキョウ+カンゾウ)がある。炎症が強い場合には』、『石膏と桔梗の組み合わせがよいとされ、処方例として「小柴胡湯加桔梗石膏」(しょうさいこかききょうせっこう)がある(桔梗石膏も参照)』。『処方薬に鎮咳去痰の清肺湯、竹筎温胆湯、参蘇飲などの漢方方剤がある。1980年代末に抗腫瘍作用の考察があった。また1990年代末には耐糖能』(=耐糖因子。グルコース・トレランス・ファクター(glucose tolerance factor, GTF)。 このGTFを構成する主な物質クロモデュリン(オリゴペプチドとクロムが結合したもの)がインスリン受容体に結合し、インスリンの刺激伝達に関与すると言われている。以上は当該ウィキに拠った)『の研究がある』。『日本では、万葉の時代から人々から観賞されてきていた。貝原益軒の『花譜』(1694年)には、「紫白二色あり。(中略)八重もあり」と紹介されている。また、1年後に刊行された『花壇地錦抄』(1695年)には、絞り咲きや各種の八重咲き、「扇子桔梗(おうぎききょう)」と名づけられた帯化茎(たいかけい)のものなどがあげられている』とある。

「齋苨」前項「齋苨」を見よ。

「太陰肺經」「足の少陰腎經」先行する「第八十九 味果類 呉茱萸」の私の注の「『足の「太陰經」の血分、及び、「少陰經厥陰經」』を見よ。

「舟楫の劑と爲る」東洋文庫訳では、『舟楫(ふね)の役割を演じる』とある。

「大黃」タデ目タデ科ダイオウ属 Rheum の根茎の外皮をり去って乾燥したもので、健胃剤・潟下剤とする。「唐大黄」と「朝鮮大黄」との種別がある。

「苦泄峻下」東洋文庫訳では、『(苦にしてはげしく下に行く)』と割注をする。

「譬へば、鐵石、江に入て《✕→入れんとせば》、舟楫に非ざれば、載ざるがごとし。」東洋文庫訳では、『例』(たと)『えば、鉄石が江に入』(い)『るには舟楫(ふね)でなければ浮び載せられないようなものである。』とあるが、あまり親切な訳ではない。『喩えれば、鉄の塊りを江河に運ぼうとするならば、相応の船舶でなければ、載せることは出来ないのと同じである。』という意味である。所謂、「使薬」の効果的な用法を比喩しているのである。

「下沉」漢方で「嘔吐や気の逆上を鎮(しず)め、水分代謝を促し、興奮を鎮める作用(「安神(あんしん)」と言う)を指す。

 なお、ここまでの「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-30a]の「桔梗」の項のパッチワークである。

「古今」「あきちかう埜はなりにけり白露のおける草葉も色替り行」「友則」は「古今和歌集」の「卷第十 物名」の紀友則の歌(四四〇番。「新日本古典文学大系」版(小島憲之・新井栄蔵校注・一九八九年刊)を使用したが、歴史的仮名遣を誤っている「をける」は恣意的に訂した)。

   *

   桔梗(きちかう)の花(はな)

 秋(あき)近(ちか)う

  野(の)はなりにけり

       しらつゆの

     おける草葉(くさば)も

         色(いろ)かはり行(ゆく)

   *

である。底本の訳を示すと、『野はもう秋が近くなったなあ。白露』(しらつゆ)『が置いている草葉も秋めいて色が変わって行く。』とある。注では、そのままでは、私のような短歌嫌いには判り難いので、勝手に解説すると、詞書の「桔梗(きちかう)の花(はな)」は、上句の内の「秋近(あきちか)う(の)はなり」の部分に「きちかうのはな」を読み込んでいることを、作者の技巧として指摘してある。この遊びは、「物名(もののな/ぶつめい)」(隠し題)と言う。

「杏」双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ亜科サクラ属杏子節 Armeniaca アンズ変種アンズ Prunus armeniaca var. ansu 。]

2026/06/14

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・齋苨

 

Sobana

 

せいねい  茋苨 杏参

      杏葉沙參

齋苨    白麪根

      甜桔梗

ツイ ニイ  苗名隱忍

 

本綱其苗似桔梗根似沙參故往往以沙參齋苨通亂人

參伹齋苨春生苗苗高一二尺莖色青白葉似杏葉而小

微尖而背白邊有又牙杪間開五瓣白盌子花根形如野

[やぶちゃん注:「邊」は原文では「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。「瓣」は原文では中央が「爪」であるが、このような異体字はないので、かく、した。]

胡蘿葡頗肥皮色灰黝中間白毛又有開碧花者

凡齋苨桔梗一類而甜苦二種也齋苨嫩苗味甘𤉬熟可

[やぶちゃん注:「𤉬」は原文では(つくり)の頭に(くさかんむり)が附くが、このような異体字はないので、「煠」の近い「𤉬」を当てた。「煠」は「茹でる」の意である。]

食桔梗苗苦不可食此其異也

氣味【甘寒】能解百藥毒乃良品也而世不知用惜哉與諸

 毒藥共𠙚毒皆自然解也虎中藥箭食清泥而解野猪

 中藥箭豗蒼芭而食物猶知解毒何况人乎

△按齋苨【和名佐木久佐奈一名美乃波】出於河州金剛山者良紀州若山次之藝州廣島又次之岵峐及淺山中有之

 

   *

 

せいねい  茋苨《ていでい》 杏参《きやうじん》

      杏葉沙參《きやうえふ》

齋苨    白麪根《はくめんこん》

      甜桔梗《てんききやう》

ツイ ニイ  苗を「隱忍《いんにん》」と名《なづ》く。

 

「本綱」に曰はく、『其《その》苗《なへ》、桔梗に似て、根、沙參《さじん》に似たる故《ゆゑ》に、往往《わうわう》、沙參・齋苨を以《もつ》て、通《つう》して、人參を亂《みだす》[やぶちゃん注:「人参と偽(いつわ)る」の意。]。伹《ただし》、齋苨≪も≫、春、苗を生ず。苗の高さ、一、二尺。莖≪の≫色、青白。葉、杏《あんず》の葉に似て、而≪れども≫、小《ちさ》く、微《やや》、尖《とがり》て、背、白≪し≫。邊《まはり》に、又牙《またぎざ》[やぶちゃん注:股状になった鋸歯。]、有り。杪《こづえ》の間《あひだ》に、五瓣の白≪き≫盌子《わんす》[やぶちゃん注:「椀」と同義。]≪の≫花を開く。根の形、野胡蘿葡《ヤコラフク/ながじらみ/やぶにんじん》のごとく、頗《すこぶ》る、肥《こえ》て、皮の色、灰黝(《はひぐろ》うる)み、中間≪に≫、白毛あり。又、碧《みどり》≪の≫花を開く者、有り。凡《すべ》て、齋苨と桔梗≪は≫、一類にして、甜《あまき》・苦《にがき》の二種なり。齋苨の嫩苗《わかなへ》は、味、甘≪く≫、𤉬-熟《ゆでじゆく》して、食ふべし。桔梗≪の≫苗は、苦《にがく》して、食すべからず。此れ、其の異《ことなり》なり[やぶちゃん注:両者の違いである。]。』≪と≫。

『氣味【甘、寒。】能《よ》く、百藥の毒を解《かい》す。乃《すなはち》、良品なり。而≪れども≫、世、用《もちひることを》知らず。惜《をしき》かな。諸毒藥と共《とも》に、𠙚(を[やぶちゃん注:ママ。])けば[やぶちゃん注:「一緒にして置いておくと」。]、毒、皆、自然に解すなり。虎《とら》、藥箭《セン/どくや[やぶちゃん注:「毒矢」。]》に中《あた》れば、清(すめ)る泥(どろ)を食《くらひ》て、解《かい》す。野猪《ゐのしゝ》、藥箭に中れば、蒼芭を豗(ほ)りて食ふ。物(けだもの)、猶を[やぶちゃん注:ママ。]毒を解《かいする》ことを知る。何《なん》ぞ、况《いはん》や。人をや。』≪と≫。

△按ずるに、齋苨【和名、「佐木久佐奈《ささくさな》」。一名。「美乃波《みのは》」。】≪は≫、河州《かしふ》金剛山《こんがうざん》より出《いだす》者、良し。紀州若山[やぶちゃん注:現在の和歌山県。]、之≪に≫次《つ》ぐ。藝州《げいしう》廣島、又、之≪に≫次《つぐ》。岵峐(はげやま)[やぶちゃん注:一般名詞の禿山(はげやま)。]、及《および》淺山《あさやま》[やぶちゃん注:「村里近くの山」の意。]の中に、之、有り。

 

[やぶちゃん注:この「齋苨(せいねい)」は、「和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・羊⻆菜」の注で示した、

キク亜綱キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ Adenophora remotiflora 

である。そこで当該ウィキを引いてある(注記号はカットした)が、検証して、必要と考えた附言を加えて、再度、示しておく(太字部は私が追加したそれである)。漢字表記は『岨菜』・『蕎麦菜』・『杣菜』で、他に「薺苨」で「さきくさな」「みのは」の異名を持つ。『多年生草本』である。『和名は「杣菜(そまな)」と漢字で書かれ、』「杣」は会意的発想から本邦で作られた国字である。「萬葉集」に既に使用が見られ、「和漢類聚鈔」「聖德太子繪傳」に、第一義的には「材木を採る山」(杣山)及び「伐り出した材木」の意であり、そこから伐り出す「樵(きこり)」の意に転じた。「杣菜」は『山道に生える菜の意味がある』。他に漢語である「薺苨」(「維基百科」の同種のページでは、現行では「薄叶」と漢字表記するが、中文辞書でも「薺苨」を「ソバナ」に同定している)『日本では本州、四国、九州に、アジアでは朝鮮半島、中国に分布する。平地沿いの低山から山地の草原や林内、林縁、沢沿いなどの、やや湿った傾斜地などに、大小の集団を作って自生する』。『茎は』、『やや傾斜して直立し、高さは40 - 100センチメートル』『ほどになり、中空で折ると』、『白い乳液が出る。乳液はキキョウ』(キキョウ亜科キキョウ属キキョウ Platycodon grandifloras :絶滅危惧II類(VU)。あまり理解されていないと思われるので、添えておくと、キキョウの自生株は、近年、減少傾向にあり、絶滅が危惧されている)『ほど強くはない。葉は茎に互生し、茎の下部につく葉には』、『葉柄がある。葉柄のつく葉の形は広卵形で、花がつく茎の上部は広披針形になり、いずれも葉の先は尖り基部は』、『ほぼ円形、縁ははっきりした鋭い鋸歯状がある。ほとんど無毛で、若葉のときは強い光沢がある』。『花期は夏(8 - 9月ごろ)。枝の先が分かれて青紫色の円錐状に近い鐘形の花を』、『ややまばらに咲かせる。大きい株になると』、『枝を数段に互生させ、多数の花をつける。花の』萼『片は披針状で全縁。雌しべは突出する。花冠の先は5裂し、先端は少し反り返る』。『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないため』、『さまざまな料理に使える。歯切れがよく』、『美味であり、飢饉の時には』、『蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測され』てい『る。花』も、『軽く茹でて酢の物にできる』。『近縁種』として以下の二種が挙げられてある。

ツリガネニンジン(釣鐘人参)Adenophora triphylla var. japonica

フクシマシャジン (福島沙参)Adenophora divaricata

思うに、以上の二種の近縁種が本邦にあるのであるから、中国でももっとあるのではないか? と思われたのだが、「維基百科」には記載がなく、英語のウィキも存在しないため、その辺りは、判らなかった。頼みの綱である「跡見群芳譜」の「そばな(岨菜)」にも載っていなかった。但し、そこでは、『北海道・本州・四国・九州・朝鮮・遼寧・吉林・黑龍江・ロシア沿海地方に分布』するとあり、さらに、しっかりと『中国では、根を薬用にする。』とあった。また、「株式会社 ウチダ和漢薬」の「薬草写真展示室」の「ソバナ」には、『若芽を摘んで食用にし、胃病に効果があるという。また、根茎の煎汁は中毒に効果があるという。』とあった。

★なお、良安は「齋苨」に「せいねい」の読みを附しているのだが、これには大いに疑問がある。異名の「茋苨《ていでい》」で示した通り、この「苨」には「ねい」の音はないのである。「廣漢和辭典」でも音は『デイ』と『ナイ』の二音のみである。検索を掛けても、「ネイ」音は、なかった。この疑問を説明出来る方は、お教え下さい。

「沙參」キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属サイヨウシャジン(細葉沙参)変種ツリガネニンジン Adenophora triphylla var. japonica 。先行する「沙參」を見よ。

「人參」ずっと私の本プロジェクトを読まれている方には、釈迦に説法だが、無論、これはニンジンではなく、

セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng

である。先行する「人參」を見よ。

「杏」双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ亜科サクラ属杏子節 Armeniaca アンズ変種アンズ Prunus armeniaca var. ansu 「和漢三才圖會卷第八十六 果部 五果類 杏」を見よ。

「野胡蘿葡《ヤコラフク/ながじらみ/やぶにんじん》」セリ目セリ科セリ亜科ヤブニンジン属ヤブニンジン Osmorhiza aristata当該ウィキを見られたい。

 以上は「漢籍リポジトリ」の「本草綱目卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-27b]の二行目以下の「薺苨」のパッチワークである。

「河州金剛山」現在の奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村(ちはやあかさかむら)との境目にある金剛山(こんごうさん/こんごうざん)、別名葛城嶺(かづらきのみね)のこと。ここ(グーグル・マップ)。]

2026/05/16

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・躍草

 

Odorikosou

 

をどりぐさ 俗稱

 

躍草

 

△按本草時珍所謂沙參之形狀與此能合焉此草高尺

 許莖微赤色葉似小葵而兩兩對生三四月葉本開小

 花白色帶微赤狀似人著笠躍故俗爲躍草其根絹長

 

   *

 

をどりぐさ 俗稱

 

躍草

 

△按ずるに、「本草≪綱目≫」に、時珍、謂所《いふところ》の『沙參《ササン》』の形狀、此《これ》≪と≫能《よく》合《がつ》す。此《この》草、高さ、尺許《ばかり》、莖、微赤色、葉、小葵《こあふひ》に似て、兩兩《ふたつながら》、對生し、三、四月、葉の本《もと》に小≪さき≫花を開く。白色≪に≫微赤を帶ぶ。狀《かたち》、人、笠を著《つけ》て躍るに似たり。故《ゆゑ》、俗、「躍草」と爲《なす》。其根、細長《ほそなが》し。

  

[やぶちゃん注:これは、

シソ目シソ科オドリコソウ亜科オドリコソウ属 Lamium album 変種オドリコソウ Lamium album var. barbatum

である。この種には、幾つかの疑問(特に種同定)があるが、まずは、当該ウィキを引く(注記号はカットした)。『オドリコソウ(踊子草、続断』『)は』『多年草』で、『基本種は、タイリクオドリコソウ( Lamium album var. album )』。『北海道、本州、四国、九州(および朝鮮半島、中国)に分布し、野山や野原、半日陰になるような道路法面に群生する』。『高さは30-50cmくらいになる。葉は対生し、その形は卵状3角形から広卵形で』、『上部の葉は卵形で』、『先がとがり、縁は粗い鋸歯状になり、基部は浅心形で葉柄がある』。『花期は46月、唇形で上唇は兜型、下唇は突き出して先端は2つに分かれた、白色またはピンク色の花で、数個輪生状態になって茎の上部の葉腋に数段につける。花のつき方が、笠をかぶった踊り子達が並んだ姿に似る』。『花の基部に蜜があり、観察実験の材料ともなる』。『近縁種』として、

ヒメオドリコソウ(姫踊子草)Lamium purpureum

ホトケノザ(仏の座)Lamium amplexicaule (葉の裏の気孔が大きく、顕微鏡観察の格好の素材として高校時代に本種を知った。連れ合いでさえ知らなかったので注意喚起しておくと、「春の七草」の「ほとけのざ」は本種ではない。現行では、この真正の現在のホトケノザを七草粥としても代用使用しているが、古来の「ほとけのざ」は、現在のキク目キク科ヤブタビラコ属コオニタビラコ Lapsanastrum apogonoides で、古くより、アクが強いため、茹で、三十分程度、水に晒して食用に供する

が挙げられてある。以下、『和名オドリコソウは、「踊子草」の意で、花が輪生した』様子『が、笠をかぶって踊る踊子に似ていることによる』。『種小名 album は、「白色の」の、変種名 barbatum は、「芒のある」「ひげの生えた」の意味』とあった。

 さて、私が同定に疑問があると考えたのは、何時もお世話になっている鈴木雅大氏の「生きもの好きの語る自然誌」の「オドリコソウ Lamium album var. barbatumのページを読んでのことである。そこでは、鈴木氏の経験が語られており、『日本各地に分布する種類ですが,近縁種のヒメオドリコソウ( Lamium purpureum )やホトケノザ( L. amplexicaule )と比べると少ないような気がします。和名の「踊子草」は,花の形が傘を被った踊り子のように見えることから付けられました。都市部が生活圏であるせいか,著者は2017年までオドリコソウを見たことが無く,漠然と「ヒメオドリコソウの花が大きいもの」と思っていました。しかし,初めて見たオドリコソウは,ヒメオドリコソウとはかなり様子が異なるもので,自分が見たものがオドリコソウだと知ったときは大変驚きました。』とあったからである。海藻の分類学者として知られる鈴木氏が、かく、謂われるからには、

本邦では、本当にオドリコソウを筆頭代表種として挙げてよいのだろか?

という素朴な疑問が起こってきたからである。

『「本草≪綱目≫」に、時珍、謂所《いふところ》の『沙參《ササン》』』「漢籍リポジトリ」の「本草綱目」の「漢籍リポジトリ」の「卷十二下」の「草之一【山草類上一十八種】」の、ガイド・ナンバー[036-25b]以下の「沙參」を見られたい。しかし、

★良安が、「この草の形状とよく合致する。」と言っているのは――誤り

である。「維基百科」で「沙參」で調べると、ここにあり、そこでは、

「沙參」はキキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン属キキョウ科のシャジンAdenophora stricta である

からである。先行する「和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・沙參」も参照されたい。

「小葵《こあふひ》」これは、

アオイ目アオイ科アオイ亜科ゼニアオイ(銭葵)属ゼニアオイ Malva mauritiana

の古名である。]

2026/04/26

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・羊⻆菜

 

Turuninjin

 

つるにんじん  羊奶科

        合鉢兒

羊⻆菜   細𮈔藤

        過路黃

       【今云弦人參

        又云倭沙參】

[やぶちゃん注:「羊奶科」の「奶」は、原文では、「グリフウィキ」のこの異体字に最も近い(最終画がない「小」)が、表示出来ないので、最も意味が判る「奶」(「乳」の意。本文参照)とした。]

 

本草沙參下陳藏噐曰羊乳根如齋苨而圓大小如拳上

有⻆節折之有白汁人取當齋苨苗作蔓折之有白汁

農政全書云羊⻆菜生田野下濕地𢬘藤蔓而生莖色青

[やぶちゃん注:𢬘」は調べたところ、ある回の検索リスト内のAIが、『𢬘U+22B18)は、CJK統合漢字拡張Bに分類される漢字です。手へん(扌)に色を組み合わせた文字で、構成は「扌色」、総画数は9画です。『岱史』などの古書に用例がある一方、壮語(チワン語)における「洗う」という意味』が示されつつ、別に『漢字字典の多くでは、主に「塞ぐ」や「汚れを落とす」といった、手で扱う動作に関連する文字としてリストされています。』とあった。注目したのは、『禅籍における「拖(ひく)」の俗写(誤記)として言及される場合があります。』という下りであった。そこで、「維基文庫」の「農政全書」(詳しくは後注を見られたい)を調べたところ(縦書のここの「羊⻆菜」)、そこでは、まさに「拖」であった。良安のルビも「ヒキテ」であったから、従って、これは、良安が見た、恐らくは書写本の誤用と断じ、訓読では「拖」とした。

白葉似馬兠鈴葉而長大又似山藥葉亦長大靣青背頗

白皆兩葉對生莖葉折之俱有白汁出葉間出蒴開五瓣

小白花結⻆似羊⻆狀中有白穰其葉味甘微苦

△按羊乳卽沙參之別名也然陳氏所謂羊乳乃羊⻆菜

 而倭沙參也【以有蔓爲蔓人參又名弦人參】和州河州信州𠙚𠙚山中

 有之蔓生其蔓葉共似初生蘿摩及萆薢葉八九月葉

 間開小白花亦有淡紫者形如鈴鐸根莖有白汁伹宿

 根未經歳者則無花九十月採根斜殺之晒乾既乾則

 皮黃皺有橫文理如人參文

 尋常用之換人參最爲沙參入用藥而有功嘗以爲沙

 參之一類故代唐沙參者無異正代人參者不可也

凡用人參也特可擇之如不能得朝鮮美者可使唐參也

 尾人參勝於朝鮮唐參等浮虛者其次可用倭人參

 

   *

 

つるにんじん  羊奶科《やうだいか》

        合鉢兒《がうはつじ》

羊⻆菜   細𮈔藤《さいしとう》

        過路黃《くわろわう》

       【今、云ふ、「弦人參《つるにんじん》」。

        又、云ふ、「倭沙參《わのしやじん》】

 

「本草綱目」の「沙參《しやじん》」の下《した》に、陳藏噐《ちんざうき》が曰《いはく》、『羊乳《やうにゆう》は、根、齋苨《せいねい/ソバナ》のごとくして、圓《まろ》く、大小≪あり≫、拳(こぶし)のごとく、上≪に≫、⻆節《かくしつ》、有り。之《これ》を折《をる》と、白≪き≫汁、有《あり》。人、取《とり》て、齋苨に當《あ》つ[やぶちゃん注:齋苨の代用とする。]。苗《なへ》≪は≫蔓《つる》を作《な》す。之≪を≫折れば、白≪き≫汁、有り。』≪と≫。

「農政全書」に云《いはく》、『羊⻆菜は、田野の下《もと》≪の≫濕地《しつち》に生《しやう》≪ず≫。藤蔓《ふじづる》を𢬘(ひ)きて生《しやう》ず。莖の色、青白し。葉、馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》の葉に似て、長大≪なり≫。又、山藥《さんやく》の葉に似て、亦、長大≪なり≫。靣《おもて》、青、背、頗《すこぶ》る白し。皆、兩葉《りやうやう》、對生し、莖・葉、之を折れば、俱《とも》に白き汁を出《いづ》ること、有り。葉の間《あひだ》に、蒴《さく》を出《いだ》し、五瓣《ごべん》≪の≫小≪さき≫白≪き≫花を開き、⻆《つの》[やぶちゃん注:東洋文庫版では『さや』と意訳している。以下の叙述から、納得出来る。]を結ぶ。羊《ひつじ》≪の≫⻆《つの》の狀《かたち》に似たり。中《なか》に、白《き》穰《さね》、有り。其《その》葉、味、甘、微苦。』≪と≫。

△按ずるに、羊乳は、卽ち、沙參に別名なり。然《しか》るに、陳氏が謂《いふ》所の「羊乳」は、乃《すなは》ち、「羊⻆菜」にして、倭《わ》の「沙參《しやじん》」なり【蔓、有るを以つて、「蔓人參《つるにんじん》」と爲し、又、「弦人參《つるにんじん》」と名づく。】。和州・河州[やぶちゃん注:河内(かわち)を指す。]・信州、𠙚𠙚《ところどころ》の山中、之《これ》、有《あり》。蔓生《つるせい》す。其《その》蔓・葉、共《とも》に初生の蘿摩(がゞいも)、及《および》、萆-薢(ところ)の葉に似たり。八、九月、葉の間《あひだ》に、小≪さき≫白≪き≫花を開く。亦、淡≪き≫紫の者、有り。形《かたち》、鈴鐸《れいたく/すず》のごとく、根・莖、白≪き≫汁、有り。伹《ただし》、宿根(ふるね[やぶちゃん注:原文では読みは「フルセ」であるが、誤刻と断じて訂した。])、未だ歳《とし》を經《へ》ざる者、則《すなはち》、花《はな》、無し、九・十月、根を採り、斜(なゝめ)に、之を殺(そ)ぎて、晒-乾《さらしほ》す。既に、乾《ほする》時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]、則《すなはち》、皮、黃≪の≫皺(しは)≪にして≫、橫≪に≫、文-理(すぢ)、有《あり》て、人參の文《もん》のごとし。

 尋-常(よのつね)、之を用《もち》ふ。人參に換《か》へ、最も、「沙參《しやじん》」と爲《なし》て、藥《くすり》に入-用《いれもち》ふ。而《しかして》、功、有り。嘗(もとよ)り、沙參の一類≪と≫爲《す》るを以《もつて》、故《ゆゑ》、「唐沙參《たうしやじん》」に代《かは》る者は、異《ことな》ること、無し。正《まさ》しく、人參に代る者≪とするは≫、不可なり。

凡《およそ》、人參を用《もちふ》ることや、特に、之≪れを≫[やぶちゃん注:返り点はないが、脱落と断じて、返した。]擇《えら》ぶべし。如《も》し、朝鮮の美《び》なる者、得ること能はざれば、唐參《たうじん》を使ふべし。

 尾人參《ひげにんじん》は、朝鮮・唐參等《とう》の浮虛《ふきよ》なる者に勝さる。其《その》次は、倭人參を用ふべし。

 

[やぶちゃん注:これは、

キク亜綱キク目キキョウ科ツルニンジン(蔓人参)属ツルニンジン Codonopsis lanceolata

である。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。蔓『性多年草』本。『地下に太い塊根があり、食用や薬用にされる』。『和名「ツルニンジン」は、根は同科のキキョウやツリガネニンジンと同様に太く、ウコギ科のオタネニンジン(高麗人参)に似るということから、名がつけられた。別名、キキョウカラクサ』(桔梗唐草)。『ジイソブ』(「爺(じい)の雀斑(そばかす)」の意」)『とも』称し、『これは類似種であるバアソブ』 Codonopsis ussuriensis 。こちらは正式種名で、「婆(ばばあ)の雀斑」の意であり、花冠にある斑点に拠る。北海道・本州・四国・九州に分布し、国外では、朝鮮・吉林・黑龍江・ウスリー・アムールに分布する。但し、絶滅危惧Ⅱ類。)、『に似て』、『より大きいことによる。ツルニンジンの中国名は羊乳(ようにゅう)といい、羊奶參』(ようだいじん)『の別名もある』。『東アジア一帯の森林に生育する。日本では北海道、本州、四国、九州の平地から高山に分布する。丘陵地や山地の林内や、林縁のやや湿り気のある場所にまばらに群生する』。『塊根は太く、オタネニンジン(人参)状である』。『春に茎を出し、他物に巻きつきながら伸びる。茎や根を切ると』、『白い粘性のある乳液が出て、異臭を放つ。葉は長楕円形から狭卵形で、側枝に4枚集まってつく』。『花期は晩夏から秋にかけて。側枝の先に淡緑色の花を1個つけ、下向きに開く。萼片は大きく、花冠は釣鐘状で、外側は淡緑色、内側は紫褐の斑紋がある。子房下位で、果実は萼片のついた蒴果となる』。『ツルニンジン属は55種ほどあり、中国を中心に東アジア一帯に分布する』。『地下茎を食用とし、4 - 11月ごろに掘り上げた塊根を適当な大きさに裂き、天ぷらや醤油だれでつけ焼きなどにする。塊根を茹でたものは、白和え、酢の物、酢味噌和えにする。資源保護のため、採取の際は』蔓『のつけ根の部分を残して、土の中に浅く埋めておくとよい。韓国ではトドック』『といい、代表的な山菜である。根をキムチや揚げ物、和え物にし、若芽も食べる。野生品は少ないので栽培もする。沙参とも呼ぶが、これは本来』、『ツリガネニンジン属(シャジン)』(キキョウ科ツリガネニンジン属 Adenophora )『の呼び名である』。『また、塊根は薬用にされ、山海螺(さんかいら)、四葉参(しようじん)と称する生薬になる。8 - 9月ごろに塊根を掘り採って、きざんで天日乾燥して調製される。高麗人参と同じような効能があるといわれ、薬用にもされる。漢方では、ツルニンジン属の他種を含めて党参(トウジン)と呼ぶ』。『民間療法では、痰切りや倦怠疲労時に、1日量で塊根の乾燥品5グラムを400 ccの水で煎じて、3回に分けて服用する用法が知られる。また、容器の半量に分量でホワイトリカーに1か月漬け込んで薬用酒とし、体質を問わず1日量で』、『お猪口1杯ほど飲まれる』。最後の「注意」の項。『ツルニンジンはスズメバチが良く集ることで知られている。観察したり、採取する場合は』、『十分』、『注意したほうが良い』とあった。

『「本草綱目」の「沙參《しやじん》」の下《した》に、陳藏噐《ちんざうき》が曰《いはく》⋯⋯』これは、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-26a]の「沙參」の「集解」の五行目からの引用である。「沙參」は、私の前項の「草類 山草類 上卷・沙參」を見られたい。「陳藏噐」(生没年未詳)は唐の玄宗期の本草家で医師。彼の著した「本草拾遺」(序一巻・拾遺六巻・解紛(本文で縺れた記載を注記したパート)三巻・七三九年成立)は「本草綱目」にも、よく引かれている。

「齋苨《せいねい/ソバナ》」キキョウ科ツリガネニンジン属ソバナ Adenophora remotiflora当該ウィキを引く(注記号はカットした)。漢字表記は『岨菜』・『蕎麦菜』・『杣菜』で、『多年生草本』。『和名は「杣菜(そまな)」と漢字で書かれ、杣は』、『木こりのことを指した言葉で、山道に生える菜の意味がある』。『日本では本州、四国、九州に、アジアでは朝鮮半島、中国に分布する。平地沿いの低山から山地の草原や林内、林縁、沢沿いなどの、やや湿った傾斜地などに、大小の集団を作って自生する』。『茎は』、『やや傾斜して直立し、高さは40 - 100センチメートル』『ほどになり、中空で折ると』、『白い乳液が出る。乳液はキキョウほど強くはない。葉は茎に互生し、茎の下部につく葉には葉柄がある。葉柄のつく葉の形は広卵形で、花がつく茎の上部は広披針形になり、いずれも葉の先は尖り基部はほぼ円形、縁ははっきりした鋭い鋸歯状がある。ほとんど無毛で、若葉のときは強い光沢がある』。『花期は夏(8 - 9月ごろ)。枝の先が分かれて青紫色の円錐状に近い鐘形の花をややまばらに咲かせる。大きい株になると枝を数段に互生させ、多数の花をつける。花のがく片は披針状で全縁。雌しべは突出する。花冠の先は5裂し、先端は少し反り返る』。『春の出たばかりの黄色味を帯びている若い芽は、山菜として食用にされる。採取時期は関西以西が4月、関東地方が4 - 5月、東北・中部の寒冷地は5月ごろとされ、根元から摘んで採取する。さっと茹でて水にさらし、おひたし、酢の物、ごま・酢味噌などの和え物などにし、生のまま天ぷら、汁の実にする。クセがほぼないためさまざまな料理に使える。歯切れがよく美味であり、飢饉の時には蕎麦の代用品として主食同様に用いられたと推測される。花』も、『軽く茹でて酢の物にできる』。『近縁種』として以下の二種が挙げられてある。

ツリガネニンジン(釣鐘人参)Adenophora triphylla var. japonica

フクシマシャジン (福島沙参)Adenophora divaricata

「農政全書」明代の暦数学者でダ・ヴィンチばりの碩学徐光啓が編纂した農業書。当該ウィキによれば、『農業のみでなく、製糸・棉業・水利などについても扱っている。当時の明は、イエズス会の宣教師が来訪するなど、西洋世界との交流が盛んになっていたほか、スペイン商人の仲介でアメリカ大陸の物産も流入していた。こうしたことを反映して、農政全書ではアメリカ大陸から伝来したサツマイモについて詳細な記述があるほか、西洋(インド洋の西、オスマン帝国)の技術を踏まえた水利についての言及もなされている。徐光啓の死後の崇禎』十二『年』(一六三九年)『に刊行された』とある。光啓は一六〇三年にポルトガルの宣教師によって洗礼を受け、キリスト教徒(洗礼名パウルス(Paulus))となっている。さても。以下の注で、この引用記載の内容には、私には問題があることが、発覚したので、以下に転写しておく。

   *

  羊角菜 又名羊妳科亦名合鉢兒俗名婆婆針扎兒又名細絲藤一名過路黄生田野下濕地中拖藤蔓而生莖色青白葉似馬兠鈴葉而長大又似山藥葉亦長大面青背頗白皆兩葉相對生莖葉折之俱有白汁出葉間出蒴開五瓣小白花結角似羊角狀中有白穰其葉味甘微苦

  救飢 採嫩葉煠熟換水浸去苦味邪氣淘淨油鹽

  調食

   *

「馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》」コショウ(胡椒)目ウマノスズクサ(馬の鈴草)科ウマノスズクサ亜科ウマノスズクサ属ウマノスズクサ亜属ウマノスズクサ Aristolochia debilis 。葉が似ているだけなので、当該ウィキをリンクするに留める。しかし⋯⋯その画像を見るに、ソバナの葉の画像とは、全然、似てないぞ? 不審! 識者の御教授を乞う!

「山藥《さんやく》」「デジタル大辞泉」に『ヤマノイモ』(ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscorea の蔓性多年草の一群を指す。詳しくは、当該ウィキを見られたい。)『・ナガイモの根を、外皮をはぎ乾燥させたもの。漢方で、滋養強壮・止瀉(ししゃ)・止渇・袪痰(きょたん)薬などに用いる。薯蕷(しょよ)。』とある。しかし、これは、本邦での解説である。「山藥」は、本来は中国の古い漢方薬の呼称である。しかも、「本草綱目」であるから、単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya しか指さない。日本原産のヤマノイモ属ヤマノイモ Dioscorea japonica は厳密には含まない。但し、中国にも現在は非常な広域で分布はしており、その伝播の時期は判らない。)『しかし、これは、本来は漢方薬での呼称であり、しかも、「本草綱目」からの引用であるから、単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya しか指さない。日本原産のヤマノイモ属ヤマノイモ Dioscorea japonica は厳密には含まない。但し、中国にも現在は非常な広域で分布はしており、その伝播の時期は判らない。謂わずもがなだが、これと「馬兠鈴《ばとれい/ウマノスズクサ》」葉は似てるさ、なあ! 失礼ながら、徐光啓先生、何か間違っているんじゃなかろうか?!?

2026/04/10

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・沙參

 

Syajin

 

[やぶちゃん注:図の右上方に円柱形の根が描かれてある。中央の草体の根といい、その形状から「人參」類に並んでいることに納得がゆく。]

 

しやじん   白參  知毋

       羊乳 羊婆奶

沙參

       𮓙鬚  苦心

       鈴兒草

サアヽ スヱン

[やぶちゃん注:「𮓙」は「虎」の異体字で、「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、「虎」とした。]

 

本綱沙參𠙚𠙚山原有之二月生苗其葉如初生小葵葉

而團扁不光八九月抽莖高一二尺莖上之葉則尖長如

枸𣏌葉而小有細齒秋月葉閒開小紫花長二三分狀如

鈴鐸五出白蕋亦有白花者並結實大如冬青實中有細

子霜後苗枯其根生沙地者長尺餘太一虎口黃土地者

則短而小根莖皆有白汁八九月采者白而實春月采者

微黃而虛小人亦徃徃縶蒸壓實以亂人參伹體虛輕鬆

[やぶちゃん注:「蒸」は原文では異体字で「グリフウィキ」のこれだが、表示出来ないので、かく、した。]

味淡而短耳

氣味【甘微苦微寒】 厥陰本經藥又爲肺經氣分藥【悪防已反藜蘆】味

 微苦補陰甘則補陽故肺寒者用人參肺熱者用沙參

 代人參

 人參體重實專補肺胃元氣因而益肺與腎故內傷元

  氣者宜 人參性温補五臟陽

 沙參體輕虛專補肺氣因而益脾與腎故金能受火尅

  者宜  沙參性寒補五臟之陰雖云補五臟亦須

 借各臓之藥佐使相引而至也

△按沙參屈曲如卷細繩或有剥濵防風皮卷成僞之或

 中裹僞者之類故繙亂而賣買故近年以來皆不卷屈

 

   *

 

しやじん   白參《はくじん》  知毋《ちも》

       羊乳《ようにゆう》 羊婆奶《ようば》

沙參

       𮓙鬚《こしゆ》   苦心《くしん》

       鈴兒草《れいじさう》

サアヽ スヱン

 

本綱に曰はく、『沙參は、𠙚𠙚《しよしよ》の山原《やまはら》に、之《これ》、有り。二月、苗を生≪ず≫。其《その》葉、初生《しよせい》の小≪さき≫葵《あふひ》の葉のごとくして、團《まろ》く、扁《ひらた》く、光らず。八、九月、莖を抽《ぬ》く《✕→抽《ぬ》きんず》。高さ、一、二尺。莖の上の葉は、則《すなはち》、尖≪り≫長《なが》≪とく≫して、枸𣏌《くこ》の葉のごとくして、小《ちさ》く、細《こまか》なる齒、有り。秋月《しうげつ》、葉の閒《あひだ》に、小《ちさ》き紫≪の≫花、開く。長さ、二、三分、狀(《かた》ち)、鈴鐸《れいたく》のごとく、五出《ごしゆつ》にて、白≪き≫蕋《しべ》あり、亦、白花《はつくわ》の者も有り。並《ならび》に、實を結ぶこと、大《おほい》さ、冬青(まさき)の實のごとく、中に、細≪き≫子《さね》、有り。霜の後《のち》、苗≪は≫枯《か》る。其≪の≫根、沙地《すなぢ》に生《しやう》≪ず≫る者、長さ、尺餘。太さ、一虎口《いつこぐち》[やぶちゃん注:弓を持つ左手の親指と人指し指の股(また)の部分を指す語。]あり。黃--地(まつち)[やぶちゃん注:文字通り、中国北部のそれでよく知られる「黄土(わうど((おうど))」で、風で運ばれて堆積した淡黄色又は灰黄色の細粒の土のことであろう。黄土の表層は肥沃な土壌とされ、集約農業の適地とされ、ミネラルに富み、保水特性に優れる。良安の添えた「まつち」は日本語で、「眞土」で「耕作に適している良質の土」を指す語である。しかし、以下を見ると、例外的に本「沙土」には適さないようである。]の者は、則≪ち≫、短《みじかく》して、小《ちいさ》し。根・莖、皆、白き汁《しる》、有り、八、九月に采《と》者、白≪く≫して、實《じつ》す[やぶちゃん注:「實」の右には棒状の読みのようなものがあるが、判読出来ない。取り敢えず、かく読みを振った。]。春月《しゆんげつ》に采る者、微黃《びわう》にして、虛《うつろ》にして小《しやう》なり。人《ひと》、亦、徃徃《わうわう》≪にして≫、縶蒸《つらねむ》≪して≫、壓《お》し、≪實(み)の中を≫實《じつ》≪に≫して[やぶちゃん注:以上の一文の部分は主要部分にロクな読みや送り仮名がなく、判読出来ないため、特異的に東洋文庫訳を援用して訓読した。]、以≪て≫、人參に亂(に)せる。伹《ただ》し、體《たい》、虛《うつろ》にして輕-鬆(《けい》すう)にして、味、淡《あはく》≪して≫短きのみ。』≪と≫。

『氣味【甘、微苦。微寒。】』『厥陰本經の藥、又、肺經氣分の藥と爲《なす》【防已《ばうい》を悪《い》み、藜蘆《りろ》に反す。】。味、微苦。陰を補《おぎな》ふ。甘きは、則≪ち≫、陽を補ふ。故《ゆゑ》、肺寒の者には、人參を用≪ひ≫、肺熱の者には、沙參を用《もちひ》≪て≫、人參に代《か》ふ。』≪と≫。

『人參の體《からだ》は、重實にして、專《もは》ら、肺胃の元氣を補ふ。因《より》て、肺と腎とを益《えき》す。故《ゆゑ》に、內《うち》≪は≫、元氣を傷《そこな》ふ者、宜《よろ》し。』『人參は、性、温。五臟の陽を補ふ。』≪と≫。

『沙參は、體、輕虛にして、專《もつぱ》ら、肺氣を補ふ。因《より》て、脾と腎とを益す。故《ゆゑ》≪に≫、「金《ごん》、能《よ》く、火《くわ》の尅《こく》を受《うく》る者」に、宜《よろ》し。』≪と≫。『沙參は、性、寒。五臟の陰を補《おぎな》ふ。≪然れども≫、五臟を補ふ云ふと雖《いへども》、亦、須《すべから》く、各《おのおの》の臓の藥を借《かり》て、佐使《さし》≪し≫、相引《あいひき》て、至《いたれ》しむべきなり。』≪と≫[やぶちゃん注:この最後の部分は、訓点が不十分で判り難いが、東洋文庫訳を示すと、『五臓を補うというものの、また各臓の薬を借りて互いに佐(たす)け引き合わせ、治療するようにさせるとよい。』とある。]。

△按ずるに、沙參≪は≫、屈-曲(かゞめわけ)て、細き繩を、卷くがごとし。或《あるいは》、有濵防風の皮を剥《はぎ》て、卷成《まきな》して、之≪を≫僞り、或《あるいは》、中《なか》に僞者《にせもの》を裹《つつ》むの類《たぐひ》、有《あり》。故《ゆゑ》、繙(ほど)き亂(みだ)して、賣買す故、近年以來、皆、卷屈《まきかがめ》ざる。

 

[やぶちゃん注:これは、

キク亜綱キキョウ目キキョウ科ツリガネニンジン(釣鐘人参)属サイヨウシャジン(細葉沙参)変種ツリガネニンジン Adenophora triphylla var. japonica

または、その種の近縁植物の根を基原とする(なお、原種サイヨウシャジンは以上のように漢字表記するが、調べてみると、サイト「むなかた電子博物館」の「むなかた」の「サイヨウシャジン」(写真有り)を見ると、『細い葉ばかりでなく、卵形の葉も多い』とあった。また、近縁植物は、以下の複数の引用を見られたい)。当該ウィキを引く(注記号はカットした。太字は私が附した)。私は、中高時代に住んだ高岡市伏木の二上山跋渉で親しい。『芽生えた若苗は山菜として利用され、俗にトトキとよばれる』(信頼出来る複数のサイトで朝鮮語とする。以下の漢字表記も、そうしたものを確認した)。『和名ツリガネニンジンの由来は、花が釣鐘形で、根の形がチョウセンニンジンに似るので』、『この名がある。地方によって別名は、トトキ』の他、『アマナ』(甘菜)、『ツリガネソウ』(釣鐘草)、『チョウチンバナ』(提灯花)、『ヌノバ』(布葉)、『ミネバ』(いっかな漢字表記が見当らない。感触的には「峰葉」か)、『ヤマシャジン』(山沙参)『などの方言名でも呼ばれている。アイヌ語名ではムケカシ』(サイト「アイヌと自然 デジタル図鑑」の同種のページの冒頭部に「祖父・翁」とし、「根」と限定がある)。『中国植物名は、南沙参(なんしゃじん)』。『日本の北海道・本州・四国・九州の全国に分布するほか、日本国外では樺太、千島列島に分布する。山野、山麓、山地の草原、林縁、草刈などの管理された河川堤防、山道の脇、林縁などに自生する。排水が良く、日当たりの良い所を好む性質で、集団をつくって群生する』。『多年草。地下には白く肥厚した、太くてまっすぐな根を持つ。茎はまっすぐに伸びて、高さは40 100 センチメートル』『になり、全体に毛がある。根生葉は円心形で花期には枯れてしまう。茎につく葉は、ふつう3 - 5枚ずつ茎を囲んで輪生し、上部は互生する。多くは輪生するが、なかには対生、互生するものもある。葉身は長楕円形、卵形、楕円形、披針形と変化が多く、やや厚みがあってつやがない。長さは4 - 8 cmで葉縁には鋸歯がある。植物体を切ると白い乳液が出て、手につくと黒くなる』。『花期は夏から初秋(8 - 10月ごろ)で、分枝した茎の頂部に円錐状の花序を形成し、淡紫色の鐘形の花を下向きに咲』く。『花は茎に段になって多数』、『付き、少数ずつ輪生する。花冠は長さ』1.5~二センチメートル『で』、『先端は』、『やや広がり、裂片は反り返る。萼片は糸状で鋸歯があり、花柱が花冠から突出する』。『果実は蒴果で、広楕円形で下向きにつき、先を閉じて先端に残る細い萼片が目立つ。果実は未熟果は緑色だが、熟すと褐色になり、つけねの一部が反り返って3個の穴が開き、中から多数の種子を出す。種子は小さく、長さ2 mmほどの長楕円形で、果皮は淡褐色でなめらか』。本種は『非常に変異の大きい種である。特に花期以外の時期には葉の形、葉序などが大きく異なるものがあり、混乱させられることがたびたびある』。『種としても変異が大きく、以下のような変種がある』。『基本変種は』

サイヨウシャジン Adenophora triphylla var. triphylla

『で、花冠がやや細い壺型であること、花柱が長く突き出すことで区別される。本州では中国地方、九州、琉球列島に、また国外では中国、台湾に分布する』。他に、『本州中部地方以北の高山や北海道には高山植物的になったものがあり』、

ハクサンシャジン(白山沙参/別名タカネツリガネニンジン(高嶺釣鐘人参)Adenophora triphylla var. hakusanensis

『という。花茎の高さ30-60cm、花冠は広鐘状で花序の小枝が短く、密集した総状花序になる』。また、『四国の一部の蛇紋岩地帯には』、『背丈が低く、葉が線形で花冠の長さが1cmたらずと小柄なものがあり』、これは、

オトメシャジン(乙女沙参)Adenophora triphylla var. puellaris Hara

『と呼ばれる』。

 以下、「利用」の項。『春』に『おいしい山菜で、トトキとよばれ親しまれている。秋の掘り採った根は薬用にもできる。花姿が美しく、観賞用に栽培されることも多い』。『若苗、若葉、花を食用にできる。春の若い芽は、山菜のトトキとして食用にされ、あくやクセがない淡泊な味わいで素朴な風味で人気がある。トトキとは、ツリガネニンジンのことを指し、「山でうまいはオケラにトトキ 里でうまいはウリ』 『ナスビ 嫁に食わすは惜しうござる(嫁にやれない味の良さ)」と長野県の俚謡で歌われるほど、庶民のあいだで美味しいものの一つに例えられている』『採取時期は暖地が4月』頃『、寒冷地では5月』頃『とされ、春に芽生えた若苗と、少し伸びたものは先端のやわらかい若芽を摘む。環境保全のための採取時のマナーとして、1株に半分以上の芽を残すようにし、根は掘り採らないようにすることが注意喚起されている。さっと茹でて水にさらし、おひたしにするのが一般的で、和え物、炒め物、煮びたし、菜飯にして食べられる。また生のまま天ぷらや汁の実にもする。花は酢の物、サラダの彩り、さっと茹でてすまし汁の椀種にできる。塩漬けや乾燥による保存もできる』。『姿が朝鮮人参に似た根は強壮作用があるといわれ、年間を通じて採取でき、細いひげを取ってから千切りにしてきんぴらなどにする』。

 以下、「生薬」の項、二『年以上経った長い紡錘形から円柱形の根は沙参(しゃじん)または南沙参(なんしゃじん)と称し、生薬として利用される。秋(11月』頃『)の地上部が枯れたときに根を掘り出し、細根を取り除いたものを天日乾燥させたものが使われ、1日量5 - 10グラムを400 - 600 ccの水で半量になるまで煎じて、13回に分けて服用したりうがいする用法が知られる。健胃、痰きり、鎮咳に効能があるとされ、強壮効果もあるといわれる』。『日本では沙参というと』、『ツリガネニンジンを指すが、中国では』、

『ハマボウフウ』セリ目セリ科ハマボウフウ属ハマボウフウ Glehnia littoralis

『のことをいう』。『これを区別するため、ツリガネニンジンを南沙参、ハマボウフウを北沙参(ほくしゃじん)と呼ぶ。昔は朝鮮人参の偽物に用いたといわれるが、朝鮮人参とは薬効は異なり』、『代用にはならない』。『近縁種』は、

ソバナ(岨菜)Adenophora remotiflora

フクシマシャジン(福島沙参)Adenophora divaricata

なお、『ツルニンジン』と称して、『朝鮮でトドックと呼ばれる代表的な山菜。呼び名がトトキと似ているが』、『関係の有無は不明。日本薬学会は「『トトキ』とはツリガネニンジンの古い呼び名で朝鮮語に由来しています」としている』とあった。

 例によって、「株式会社 ウチダ和漢薬」公式サイトの神農子さんの「生薬の玉手箱 | タイシャセキ(代赭石)」を引用させて戴く。基原は、以上に述べた通り、『ツリガネニンジンAdenophora triphylla A.DC. var. japonica Hara(キキョウ科Campanulaceae)またはその他近縁植物の根。』とある。

   《引用開始》

 沙参は『神農本草経』の上品に収載された生薬です。「味は苦で,性質は微寒。血積,驚気を主治し,寒熱を除き,中を補い肺気を益する」と記され,『名医別録』では「胃痺,心腹痛,結熱,邪気,頭痛皮間の邪熱を治療し,五臓を安んじ,中を補う」と追加されています。わが国では比較的使用する機会の少ない生薬ですが,中医学的には滋陰薬に分類され,肺経,胃経に入り,陰を養い肺を清する作用があるため,肺熱による咳嗽などにしばしば利用され,市場では良く見かける生薬の一つです。

 原植物については,わが国では一般にツリガネニンジンが充てられていますが,『中華人民共和国葯典』には,北沙参と南沙参の2種が収載され,前者はセリ科の珊瑚菜Glehnia littoralis Fr.Schmidt.ハマボウフウ,後者はキキョウ科の輪葉沙参Adenophora tetraphylla Fischer= A. triphylla. 種レベルではツリガネニンジンと同じ),あるいは沙参Adenophora stricta Miq.であるとされます。中医学では,滋陰薬としては北沙参の方が優れているとされ,一方の南沙参はもっぱら去痰に用いるなど区別されているようですが,南沙参の使用頻度はあまり高くはないようです。

 周知のように,北沙参の原植物であるハマボウフウ(浜防風)は日局収載品で,以前は防風の代用品として使用されていました。ただ,わが国では根をそのまま乾燥していますが,中国の北沙参は蒸したもので,さらに外皮が去られていて,日局「浜防風」とは外見はかなり違っています。

 わが国には「シャジン」と名のつく植物がいくつかあります。キキョウ科のイワシャジン,ヒメシャジンなどです。このようにこの仲間にはよく似た植物が多く,中国においても古くから原植物が混乱していたようです。『図経本草』に3種類の沙参の付図が描かれており,その中の1種は花序の形態から明らかにセリ科植物であることがわかります。このものがハマボウフウであるとすれば,すでに宋代から混乱していたことになります。しかし記事を見ると,「長さ一,二尺,岸壁に生え,葉は枸杞に似て鋸歯があり,七月に紫色の花を開き,根は葵根のようで・・・」とあり,明らかにセリ科植物とは異なり,やはりキキョウ科の植物のようです。

 わが国江戸時代の『本草辨疑』では,「枸杞葉のようで細かい鋸歯があり,秋に葉の間に紫色の花を開き,鈴鐸のようで白いおしべが五本出ていて・・・」とあり,また『和語本草綱目』では「今の懸鐘人参というものは沙参である」,『大和本草』では「中華から来る沙参は二種あるが・・・日本でトトキ人参というものが沙参である」と記載されています。以上の記載内容からも沙参がツリガネニンジンであったことは明らかでしょう。

 中国で北沙参と南沙参が区別されはじめた時期を考証してみますと,明代の『本草蒙筌』や『本草綱目』ではまだ「沙参」の名で収載され,付図,記載ともにセリ科植物ではありません。清代になると『本草従新』に「北沙参」と「南沙参」の両名がみられるようになり,「南沙参は功力がやや弱く,やや黄色で瘠せていて小さい」と記されていますが,その付図からはやはりセリ科植物ではなく,ともにツリガネニンジンの仲間と思われることから,ハマボウフウが利用され始めたのは案外最近のことなのかも知れません。いずれにせよ,沙参としてハマボウフウを利用することの是非は 今後検討すべき問題でしょう。

 「山でうまいはオケラにトトキ」とは美味な山菜の原植物を言ったもので,トトキはツリガネニンジンです。またハマボウフウの若い葉は香りが良く,刺身のつまやお吸い物の彩りなどによく使われます。浅学の筆者にはこれ以上のことは調べ切れませんが,両植物の混乱はともに食用野菜として利用されてきたことにも関係しているのかも知れません。

   《引用終了》

 なお、今までの記載には毒性については見られないが、調べてみると、サイト「北の山菜Web3号店」の「ツリガネニンジン(釣鐘人参)」を見たところ、『生の根には弱い毒性がありますので、生食や生のままの利用はお止め下さい。』という注意書きがあったことを添えておく。

 さて、「本草綱目」の引用は、「漢籍リポジトリ」の「卷十二上」の「草之一【山草類上一十三種】」のガイド・ナンバー[036-25b]の「沙參」のパッチ・ワークである。しかし、既に述べた通り、★中国の「沙參」は、ツリガネニンジンではないのであるから、この引用は、ハマボウフウの記載であることに注意しなくてはならない。東洋文庫訳は、それを全く解説していない点で、完全なアウトである。

「小葵」ゼニアオイ(銭葵)Malva mauritiana であろう。ハマボウフウの葉(同ウィキの画像)に、まあ、似ている。Katou氏のサイト「三河の植物観察」の「ゼニアオイ 銭葵」のページの写真と比較されたい。

「枸𣏌(くこ)」ナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense 。先行する「卷第八十四 灌木類 枸𣏌」を見よ。

「鈴鐸《れいたく》」「廣漢和辭典」には、『すず。鈴は小さなすず。鐸は大きなすず。宮殿・楼閣などの軒のかどにかける。』とある。

「冬青(まさき)」中国で言う「冬青」「凍青」は、双子葉植物綱モチノキ目モチノキ科モチノキ属モチノキ亜属ナナミノキ Ilex chinensis であるが、良安はニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属マサキ Euonymus japonicus と勘違いしている。この錯誤に就いては、先行する「卷第八十四 灌木類 冬青」の私の注を見よ。

「厥陰」東洋文庫後注に、『厥陰には手の厥陰心包経と足の厥陰肝経とがある。巻八十九茜の注一参照。』とある。先行する「第八十九 味果類 茗」の注の「手足≪の≫厥陰經」を見よ。

「脾経」足の太陰脾経。巻八十九蜀椒の注一参照。』とある。「第八十九 味果類 蜀椒」の注の「手足の太隂」を見よ。

「防已《ばうい》」本篇の冒頭の「卷第九十二之本 目録 草類 藥品(1)」の私の注を見られたい。

「藜蘆《りろ》」「藥七情」で既出既注。そちらの私の注を見られたい。]

2026/04/07

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 山草類 上卷・和人參

 

Waninjin

 

[やぶちゃん注:図の右下方に二行で「莖帯微紫」「葉大切叉」とある。推定連続訓読すると「莖、微(かすか)に紫。茎、大にして、切れたる叉(また)あり。」であろう。]

 

わにんじん 人參

和人參  

      【和名加乃仁介久佐】

      【一名久末乃伊】

△按人參往昔本朝有之而中古不用之出於薩摩者名

 小人參【一名節人參】近年得唐人參種多植圃攝州平野庄

 多出之二月下種初生一莖三葉及長數椏皆三葉其

 葉厚潤有㴱刻而無筋畧似銀杏葉毎八月中心抽一

 莖高三四尺開細白花如葢似蒴藋及胡蘿蔔花秋後

 結子細小亦似胡藋蔔霜後枯宿根亦能生也九月採

 根如胡藋蔔而淡白色以甘草汁蒸乾則能類人參伹

 頭無横文蘆頭不括縮耳功能亦人參不及故用者鮮

[やぶちゃん注:「蘆」原文では「グリフウィキ」のこれであるが、表示出来ないので、正字で示した。]

 和州吉野山中有自然生者又有得真朝鮮參種植者

 並其葉根與朝鮮不異然甚希而未足賣買

 

   *

 

わにんじん 人參

和人參

      【和名「加乃仁介久佐《かのにけぐさ》」。】

      【一名「久末乃伊《くまのい》」。】

 

△按ずるに、人參、往昔(そのかみ)、本朝に、之れ、有りて、中古、之《これ》、用≪ひ≫ず。薩摩より出《いづ》る者、「小人參《こにんじん》」と名《なづく》【一名「節人參(ふし《にんじん》)」。】。近年、唐人參《たうにんじん》の種《たね》を得て、多《おほく》、圃(はたけ)に植《うえ》、攝州平野《ひらの》の庄《しやう》に多《おほく》之≪を≫出《いだ》す。二月、種《たね》を下《おろ》す。初生、一莖三葉《いつけいさんやう》、長ずるに及《および》て、數椏《すうまた》≪と、なれり≫。皆、三葉、其葉、厚≪く≫潤《うるほひ》、㴱≪き≫刻《きざみ》、有り、而≪して≫、筋《すぢ》、無く、畧(ちと)、銀杏(いてう)の葉に似たり。毎八月、中心に一莖を抽《ぬ》き≪ん出て≫、高さ、三、四尺。細≪かなる≫白≪き≫花を開き、葢(かさ)のごとく、「蒴藋(そくづ)」、及≪び≫、「胡蘿蔔(にんじん)」の花に似≪たり≫。秋≪の≫後《のち》に、子《み》を結≪ぶ≫。細≪く≫小《しやう》にして、亦、胡藋蔔に似たり。霜の後《のち》、枯《かれ》て、宿-根(ふるね)、亦、能《よく》、生ずなり。九月、根を採≪る≫。≪やはり≫胡藋蔔のごとし。而≪も≫淡白色≪たり≫。甘草《かんざう》の汁《しる》を以≪つて≫、蒸≪し≫乾≪かせば≫、則≪ち≫、能≪く≫、人參に類《るゐ》す。伹≪し≫、頭《かしら》に、横文《わうもん》、無く、蘆頭(ろづ)[やぶちゃん注:薬用の植物の根や茎で、薬用にならない部分を言う語。]、括-縮(くゝりしま)らざるのみ。功能も亦、≪人參に≫及ばず。故に、用《もちひ》る者、鮮《すく》なし。

 和州吉野山中に、自然生《じねんしやう》の者、有り。又、真《まこと》の朝鮮≪人≫參の種《たね》を得て、植《う》≪う≫る者、有り。並《ならび》に、其≪の≫葉・根、朝鮮≪人參≫と異《こと》ならず。然《しかれ》ども、甚だ、希《まれ》にして、未だ、賣買≪とする≫に足(た)らず。

 

[やぶちゃん注:これは、いろいろと資料を捜したものの、決定打が見つからず(イッパツで明らかになっているはずの「國譯本草綱目」の当該巻が国立国会図書館デジタルコレクションでは見ることが出来ないのが恨めしかった)、うぢうぢと無能の脳を働かしてみたが、結果的には、既に「人參」で比定同定した、所謂、チョウセンニンジン(朝鮮人蔘)、則ち、

セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng

である。その証左は、

◎以上の寺島良安の解説のうち、実際に良安が事実として把握している記載である「近年、唐人參《たうにんじん》の種《たね》を得て、多《おほく》、圃(はたけ)に植」えた事実があるとするところから、殆んどの記載が、朝鮮・中国から渡来した種を蒔いて育てたことが確かにあったことは事実であったと断定出来ることである。但し、それらは、植えたものの、一回性の生育には一部で成功したかのように見えたことがあったけれども、そこから本格的に繁殖・生産することは全く出来なかったというのが、事実であったと断定されることに拠る。しかし、最終段落で、「和州吉野山中に、自然生の者、有り。」と言っているのは、誤り(というか、流言飛語の類い)であると言わざるを得ない。そもそも、本「和漢三才圖會」の完成は、正徳二(一七一二)年(徳川家宣・家継の治世)であるが、ウィキの「オタネニンジン」に、『江戸幕府の』『八代将軍徳川吉宗が』、『対馬藩に命じて』、『朝鮮半島で種子と苗を入手させ、試植、栽培して結実後に各地の大名に種子を分け与えて栽培を奨励し、これを敬って「御種人参」と称した』とあり、調べたところ、本格的な継続した栽培に成功したのは、享保一四(一七二九)年であった。従って、良安は、それより十七年以上前にこの記事を書いているのであるから、謂わば、医師としての希望的予測として、栽培を熱望したそれが、筆を滑らせたと思えば、将来的には、誤りではなかったとは言えるか。

◎次に、東洋文庫訳で、解説訳文の冒頭の「人参」の下に割注して『(ウコギ科)』とあることである。但し、本パートの訳者竹島淳夫氏の専門は東洋史であって、今までも、多くの植物分類学上の誤りを、幾つも発見して示してある。されば、これは、私には、元々、決定打にはなり得ず、自己検証ぜざるを得なかったのである。

『和名「加乃仁介久佐《かのにけぐさ》」』所持する小学館「日本国語大辞典」の「かのにけぐさ」を見ると、漢字を『人参』とし、『「かのにげぐさ」とも』あって、『「にんじん(人参)」の古名。』とする。引用例は「享和本本新撰字鏡」・「本草和名」・「類聚名義抄」。「語源説」の項に、『⑴カノニケガムクサ(鹿𪘁草)、カノニケクサ(鹿齸草)の義。ニケは反芻(はんすう)すること〔塵袋・壒囊鈔・東雅・大言海〕。⑵カノニコゲグサ(鹿毳草)の義。細根が鹿の毛に似ているから。またはカノニゲクサ(蚊逃草)の義〔古今要覧稿〕。⑶クマノニガクサ「熊胆草」の転。〔言元梯〕。』とあった。また、日外アソシエーツの「動植物名よみかた辞典 普及版」の「人参(カノニケグサ・カノニゲグサ)」には、『植物。薬用人参の古名』とあった。

『一名「久末乃伊《くまのい》」』同じく、小学館「日本国語大辞典」の「くまのい」を引くと、二義目に、『ちょうせんにんじん(朝鮮人参)の古名。』として、使用例を「新撰字鏡」「本草和名」「十巻本和名抄」から引いている。「語源説」には、『⑴コマノシ(高麗参)の意か。また、コマノイ(高麗医)の義か〔玄同方言〕。⑵人参を、一名神草というところから、クマ(神)の意か。〔東雅〕。⑶熊の胆囊のように苦いところから〔東雅・玄同方言・古今要覧稿〕。』とあった。

「唐人參《たうにんじん》」小学館「日本国語大辞典」に、『唐人参』に、『中国産の人参で朝鮮人参の類。』とし、初出例に雑俳の「うたゝね」(元禄七(一六九四)年)から、『客は聟唐人参の引肴』を引いてある。別種と考える必要は、全くない。

「攝州平野の庄」現在の大阪府大阪市平野区。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「蒴藋(そくづ)」マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属ソクズ Sambucus chinensis の漢語名である。多年草で、別名をクサニワトコ(草接骨木)と言う。日中に分布する。当該ウィキを見られたい。

「胡蘿蔔(にんじん)」現代のニンジンの本来種(品種改良を重ねる以前の種。現在の我々の食しているものは、大きな品種改良が繰り返し行われている)、セリ目セリ科ニンジン属ニンジン(ノラニンジン)Daucus carota 亜種ニンジンDaucus carota subsp. sativus

「甘草《かんざう》」先行する「甘草」を見よ。]

2026/03/04

和漢三才圖會卷第九十二之本 草類 目録・山草類 上卷・尾人參

 

Higeninjin

 

ひげにんじん 髭人參【俗稱】

       小人參【俗稱】

尾人參

       自此一種也俗

       以爲大人參之

       髭細根者非也

 

△按尾人參朝鮮中華共有之蔓生而與人參一類異種

 者也高一二寸葉似人參而小蔓出於莖布地至𠙚生

 根如草石蠺樣取其蔓根爲藥纖者似萆薢髭故名髭

[やぶちゃん注:「蠶」は、原本では「グリフウィキ」のこれ(上部の「天天」が「夫夫」)だが、表示出来ないので、正字で示した。]

 人參毎唐船皆將來之稱小人參性堅實其功勝於大

 人參之浮虛者

 

   *

 

ひげにんじん 髭人參【俗稱。】

       小人參《しやうにんじん》【俗稱。】

尾人參

       自《おのづか》ら、此れ、一種なり。俗、

       以《もつて》、「大人參の髭細根」と爲るは、

       非なり。

 

△按ずるに、尾人參は、朝鮮・中華、共に、之れ、有り。蔓生《つるせい》して、人參と一類異種なる者なり。高さ、一、二寸。葉、人參に似て、小《ちさ》く、蔓(つる)。莖より出《いで》て、地に布《し》き、至る𠙚に、根≪を≫生ず。「草石蠺(ちやうろぎ)」の樣《さま》のごとし。其蔓根《つるね》を取《とり》て、藥と爲《なす》。纖(ほそ)き者は、「萆薢(ところ)」の髭(ひげ)に似《にる》。故《ゆゑ》、「髭人參」と名《なづ》く。毎《まい》、唐船《たうせん》、皆、之《これ》、將《も》ち[やぶちゃん注:「將」の字には「持ち送る」の意がある。]來《きた》る。「小人參」と稱す。性、堅實にして、其功、「大人參」の浮虛《ふきよ》なる者に勝(《ま》さ)る。

 

[やぶちゃん注:本稿は、「本草綱目」に引用がない。そして、前回の「卷第九十二之本 山草類 上卷・人參」で予告した通り、良安が言っているような一類異種では、ない。

 「金澤 中屋彦十郞藥局」の「●髭人参(ひげにんじん、ヒゲニンジン)、毛人参(けにんじん、ケニンジン)」に拠れば(一部を太字にした)、『健康食品、髭人参は神農本草経の上品に収載され、古くからもっとも珍重された補剤です。その根が人の形ににているからつけられたといわれています』とあり、基原を前項と同じ『ウコギ科のオタネニンジン』=セリ目ウコギ科トチバニンジン(栃葉人参)属オタネニンジン(御種人蔘)Panax ginseng 『の細根を除いた根(白参、生干人参)。または』、『これを軽く湯通しして(御種人参、雲州仕立て)乾燥したもの。人参はその調整法により「白参」と「紅参」に大別できる。もっとも雲州仕立てのような中間型もある。白参は直参、半曲参、曲参にわけられる。日本産、開城人参などは直参、豊基人参は半曲参、錦山人参は曲参で、そのほか生産地により数種の形の人参がある。紅参は細根をつけたまま蒸しあげ乾燥したもの(日本産紅参)と、細根を除去し』、『圧力をかけて乾燥したもの(北鮮、韓国産紅参)とがある』。「産地」の項には、『日本(長野、福島、島根;栽培)、韓国、北朝鮮、中国、ロシア(栽培、野生品はきわめてすくない。)』とする。「成分」の項に、『精油0.05%(β-エレメン、パナキシノール、パナキシドール、ヘプタデカー1-エンー46ジインー39ジオール、サポニン配糖体約4%(ギンセノシドなど)、糖類約5%を含む)』とある。「処方例」として、『白虎加人参湯、生姜瀉心湯、小柴胡湯、人参養栄湯、理中丸など。』が挙げられてあり、「用法・用量」に『煎剤、丸剤、散剤。10.53.0グラム。』とする。そして、「同類生薬」として、『広東人参:アメリカニンジンの根を乾燥したもので、カナダ、北アメリカに産する。別名を「西洋参」「花旗参」などともいう、成分としてサポニン配糖体 5%、を含み、用途は人参と同様に用いる。』とし、さらに、『三七人参:サンシチニンジンの根を乾燥したもので、「田七人参」「田三七」などともいう。中国雲南省、広西壮族自治区およびベトナム北部に産する。成分としてサポニン配糖体38%を含み、その主成分はギンセノシドである。』とある。

 さて、この最後の二種については、前者が、

トチバニンジン属アメリカニンジン Panax quinquefolius

であるが、これは、当該ウィキに拠れば、『北アメリカ原産であ』るとあり、この種は「広東人参」の異名があるものの、これは、近代に『広州や香港を経由して』アメリカから『輸出されていたことに因む』ものである。同種の「維基百科」の「花旗参」の記載を見ても、近代以前に中国に持ち込まれたとする記載はないから、これは、良安がここで言っている「尾人參」では、あり得ない。

  しかし、後者は、

トチバニンジン属サンシチニンジン(三七人参)Panax notoginseng

という同属(=同属種)の別種である。「維基百科」の同種のページは単に「三七」である。本邦の当該ウィキに拠れば、『中国南部原産』とし、「別名」として、『田七人参(でんしちにんじん)』は『広西省の田陽』(ここ。グーグル・マップ・データ。次も同じ)や『田東』(ここ)『で産することから、「田」の字が冠される』とし、また、『金不換(きんふかん)』という別異名に就いては、『金に替えられないほど価値が高いという意味』とある。しかし、「歴史」の項に、『おそらく、原産地では古くからその薬効が知られていたものと思われるが、中国の医学に組み入れられた歴史は浅く、16世紀に李時珍が著した薬学書』「本草綱目」『が初出』とし、『別名「金不換」の通り、中国では長らく国外輸出が禁止されていたが、近年、日本をはじめ、世界各国に輸出されている』とあった。

 さても、「本草綱目」初出というのは、実に「草之一 卷十二上【山草類上三十一種】」の末尾に置かれていた。「維基文庫」のここである。以下に示すが、「維基文庫」版は正字では電子化されていない(誤字も多くある)ので、以下に、それを加工データにして、国立国会図書館デジタルコレクションの万曆一八(一五九〇)年序板の当該部で校訂して示すこととする。一部の表示出来ない異体字は、同字であることを確認の上、「維基文庫」の字を採用した。句読点は意味を採るのに有効なので、やはり採用した。なお、後者のデジコレの方には、追加部分がある。

   *

三七【綱目】

(釋名)山𣾰【綱目】金不換【時珍曰、彼人言其葉左三右四、故名三七、盖恐不然。或云本名山𣾰、謂其能合金瘡、如𣾰黏粘物也、此說近之。金不換、貴重之稱也。】

(集觧)時珍曰、生廣西、南丹諸州畨峒深山中、采根暴乾、黄黒色。團結者、狀畧似白及、長者、如老乾地黄、有節。味微甘而苦、頗似人參之味。或云、試法、以末糝豬血中、血化爲水者乃真。近傳一種草、春生苗、夏高三、四尺。葉佀[やぶちゃん注:「似」の異体字。]菊艾而勁厚、有龜岐尖。莖有赤稜。夏秋開黄花、蕊如金絲、盤紐可愛、而氣不香。花乾則吐絮如苦絮。根葉味甘。治金瘡折傷出血、及上下血病、甚效。云是三七、而根大如牛蒡根、與南中來者不類、恐是劉𭔃[やぶちゃん注:「寄」の異体字。]奴之属、甚易繁衍。

根(氣味)甘、微苦、温、無毒。(主治)止血散血定痛、金刃箭傷、跌撲杖瘡、血出不止者、嚼爛塗、或爲末摻之、其血卽止。亦主吐血衄血、下血血痢、崩中經水不止、産後惡血不下、血運血痛、赤目癰腫、虎咬蛇傷諸病(時珍)。

(發明)時珍曰、此藥近時始出、南人軍中用為金瘡要藥、云有竒[やぶちゃん注:「奇」の異体字。]功。又云、凡杖撲傷損、瘀血淋漓者、隨即嚼爛、罨之即止、靑腫者、即消散。若受杖時、先服一、二錢、則血不衝心、杖後、尤宜服之。産後服、亦良。大抵此薬氣温、味甘微苦、乃陽明、厥陰血分之薬、故能治一切血病、與麒麟竭、紫𨥑[やぶちゃん注:「礦」の異体字。]相同。

(附方)【新八】吐血衄血【山𣾰一錢、自嚼、米湯送下。或以五分、加入八核湯。 瀕湖集簡方】赤痢血痢【三七三銭、硏末、米泔水調服。卽愈。 同上。】大腸下血【三七硏末、同淡白酒調一、二銭服、三服可愈。加五分入四物湯、亦可。 同上。】婦人血崩【方同上。】產後血多【山𣾰硏末、米湯服一銭。 同上。】男婦赤眼【十分重者、以山𣾰根磨汁、塗四圍。甚妙。 同上。】無名癰腫【疼痛不止、山𣾰磨米醋調、塗即散。已破者、硏末乾塗。】虎咬蛇傷【山𣾰硏末、米飮服三銭、仍嚼塗之。 並同上。】。

葉(主治)折傷跌撲出血、傅之卽止、靑腫、經夜卽散、餘功同根【時珍。】。

   *

★則ち、良安は自身の持つ「本草綱目」で、これを見たはずなのだが、「和漢三才圖會」には、全文で「三七」を国立国会図書館デジタルコレクションの中近堂版を★全文検索しても

――影も形も――ない――

のである。この事実は、取りも直さず、

★✕以上の引用の如く――江戸中期に――このサンシチニンジンが本邦に輸出された可能性は――ない――✕★

と考えてよい、ということになる、と私は断定するものである。

 而して、ということは、

良安が言っている朝鮮・中華から齎されたそれは、オタネニンジン(チョウセンニンジン)の成長不全個体の製品である

と断定するものである。

「草石蠺(ちやうろぎ)」シソ目シソ科オドリコソウ亜科イヌゴマ属チョロギ Stachys sieboldii 。詳しくは、当該ウィキを見られたい。私は、秋田県の温泉で、同種の塊茎を塩漬けにしたものを食べて以来、好物となった。

「萆薢(ところ)」本邦では「野老」で「ところ」と読ませる。これは、ユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属 Dioscorea の蔓性多年草の一群を指す。詳しくは、当該ウィキを見られたい。]

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Art Caspar David Friedrich Miscellaneous Иван Сергеевич Тургенев 「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「プルートゥ」 「一言芳談」【完】 「今昔物語集」を読む 「北條九代記」【完】 「博物誌」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)【完】 「和漢三才圖會」植物部 「宗祇諸國物語」 附やぶちゃん注【完】 「新編鎌倉志」【完】 「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳【完】 「明恵上人夢記」 「栂尾明恵上人伝記」【完】 「淸國輸出日本水產圖說」 「無門關」【完】 「生物學講話」丘淺次郎【完】 「甲子夜話」 「第一版新迷怪国語辞典」 「耳嚢」【完】 「諸國百物語」 附やぶちゃん注【完】 「進化論講話」丘淺次郎【完】 「鎌倉攬勝考」【完】 「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記)【完】 「鬼城句集」【完】 アルバム ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」【完】  ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ【完】 中原中也詩集「在りし日の歌」(正規表現復元版)【完】 中島敦 中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈 人見必大「本朝食鑑」より水族の部 伊東静雄 伊良子清白 佐々木喜善 佐藤春夫 兎園小説【完】 八木重吉「秋の瞳」【完】 北原白秋 十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編【完】 南方熊楠 博物学 原民喜 只野真葛 和漢三才圖會 禽類(全)【完】 和漢三才圖會 蟲類(全)【完】 和漢三才圖會卷第三十七 畜類【完】 和漢三才圖會卷第三十九 鼠類【完】 和漢三才圖會卷第三十八 獸類【完】 和漢三才圖會抄 国木田独歩 土岐仲男 堀辰雄 増田晃 夏目漱石「こゝろ」 夢野久作 大手拓次 大手拓次詩集「藍色の蟇」【完】 宇野浩二「芥川龍之介」【完】 室生犀星 宮澤賢治 富永太郎 小泉八雲 小酒井不木 尾形亀之助 山之口貘 山本幡男 山村暮鳥全詩【完】 忘れ得ぬ人々 怪奇談集 怪奇談集Ⅱ 日本山海名産図会【完】 早川孝太郎「猪・鹿・狸」【完】+「三州橫山話」【完】 映画 杉田久女 村上昭夫 村山槐多 松尾芭蕉 柳田國男 柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」 柴田宵曲 柴田宵曲Ⅱ 栗本丹洲 梅崎春生 梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生日記【完】 橋本多佳子 武蔵石寿「目八譜」 毛利梅園「梅園介譜」 毛利梅園「梅園魚譜」 江戸川乱歩 孤島の鬼【完】 沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」【完】 泉鏡花 津村淙庵「譚海」【完】 浅井了意「伽婢子」【完】 浅井了意「狗張子」【完】 海岸動物 火野葦平「河童曼陀羅」【完】 片山廣子 生田春月 由比北洲股旅帖 畑耕一句集「蜘蛛うごく」【完】 畔田翠山「水族志」 石川啄木 神田玄泉「日東魚譜」 立原道造 篠原鳳作 肉体と心そして死 芥川多加志 芥川龍之介 芥川龍之介 手帳【完】 芥川龍之介 書簡抄 芥川龍之介「上海游記」【完】 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)【完】 芥川龍之介「北京日記抄」【完】 芥川龍之介「江南游記」【完】 芥川龍之介「河童」決定稿原稿【完】 芥川龍之介「長江游記」【完】 芥川龍之介盟友 小穴隆一 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」という夢魔 芸術・文学 茅野蕭々「リルケ詩抄」 萩原朔太郎 萩原朔太郎Ⅱ 葡萄畑の葡萄作り ジユウル・ルナアル 岸田國士譯( LE VIGNERON DANS SA VIGNE 1894 Jule Renard) 戦前初版【完】 蒲原有明 藪野種雄 西尾正 西東三鬼 詩歌俳諧俳句 貝原益軒「大和本草」より水族の部【完】 野人庵史元斎夜咄 鈴木しづ子 鎌倉紀行・地誌 音楽 飯田蛇笏