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カテゴリー「夢」の121件の記事

2022/11/06

隠遁夢

今朝見た夢である。隠遁を考える経緯が面白いので、記すことにした。因みに、この半年ほどは、夢を見ない日はなく、必ず、午前三時過ぎ頃に目覚めると、暫くそれらの夢を脳内で再現し、細部を記憶するのを常としている。

――鎌倉駅の改札構内に私は元同僚の教員たちと待ち合わせている。どこかの史跡を訪ねて、久々に旧交を暖めようという趣向であるが、一部の仲間が遅れていて、五、六人で待っているのである。痺れを切らした一人が、予定地に「先に行こう。」と提案する。私は、遅れている者の中に特に親しかった者がいるので、「僕はここで待っているよ。」と言うと、私を除いて総てが、改札を出て行った。

 暫く待っていると、突然、「先生!」と声を掛けられた。

 振り仰ぐと、昔の教え子の男性の笑顔があった。もう、とっくに三十代で、顔つきも少し変わっていたが、すぐに✕✕(注:実在する教え子の名を私は呼んだ。以下の伏字も実際には正しい姓を呼んでいた。)君だと判った。彼は何故か、学生服を着ていた(注:この後に登場する教え子の男女も、皆、何故か、総て、学生服を着ていた。)。

「やあ! ✕✕君!」

「ちょっと前ですが、沢登りでお顔を拝見したんですよ!」

それを「はっ」と思い出した(注:実は、この二日前に、丹沢の沢登りをしている夢を見、かなり上の方から、私を不思議そうに見ている男性と女性が、やおら、私に向ってしきりに手を振っている夢を実際に見ていた。その時は、距離が有意にあって、二人が誰かは判らなかったのを覚えていたのである。流れる沢の音だけが聴こえる夢であった)。

 彼の横には女性がおり、やはり、

「あなたは生徒会長だった✕✕さん! お久し振り!」

と応じ、少し、二人と話をしていると、後から、別な高校の教え子らが、孰れも、小集団で、続々とやって来て、「やぶちゃんだ!」と声を挙げて、集まってくるのであった。

 何故かは判らないが、そのそれぞれのグループは段ボールを小脇に抱えている。といって、それらの集団ごとは、全く偶然に、ここを通っていいるらしく、相互の者が語り合うこともなく、来た目的も全く異なったもののようであった。(注:学生と段ボールといえば、文化祭からの連想で、夢の中の私には違和感がなかった。)

 彼らは、急いでいるらしい。しかし、私と逢って、何か嬉しそうで、銘々が、それぞれが持っている段ボールに、

「先生の「こころ」の授業は忘れられません!」(注:実は最近、私が長く務めた高校の卒業生で医師となった教え子が、その母校で先輩として講演をし、そうしたことを語ったと、人伝てに聴いていた事実がある。)

「「猫の話」の朗読、最高!」[やぶちゃん注:梅崎春生の小説。私が朗読し、ある女生徒が感極まって泣いていたのが忘れられない。嘗つては教科書によく所収されていたが、作品の展開上、惨酷な描写があり、恐らくは、もう、教科書に載ることはないであろう。]

「李徴、今も、ここにあり!」[やぶちゃん注:中島敦の「山月記」の主人公。私は朗読七割授業三割を標榜し、中でも「山月記」の朗読は、誰にも譲れない定番であった。なお、以上の作品は、総て、私の注附きでサイトのこちらにある。]

などと、太字の油性の黒インクで書いて、私に渡すと、黙礼し、足早に改札を出て行くのであった。

 ふと、気がつくと、構内は森閑として、清掃する老人だけが、いた。

 私は、教え子たちが呉れた十数枚の段ボールを胸に抱いて、呆(ほお)けていた。

 すると、その老人が、

「今日は段ボールはゴミに出せんよ。」

と囁いて、ホームへ向かう階段に姿を消した。(注:覚醒した瞬間に思ったのは、私の好きなマルセル・カミュ監督の一九五九年の「黒いオルフェ」のワン・シーンだった。ユリディスの亡骸を探すオルフェのシークエンスの中の一つである。)

 私はそこで考えている――(注:ここは、夢の中の映像が、段ボールをしっかと抱えた私を正面から写して、それがフレーム・アップするという見事に映画的な夢の映像だったことに驚愕した。)

 そこに突っ立ったまま、微塵も動かず、心の内で、

『私は、これから、鎌倉の山中へと入(い)り、人跡なき尾根を抜け、あの誰も知らない崩れかけた懐かしい「やぐら」の中に座り、彼らの言葉が記されたこれを、姥捨ての老婆の蓑笠のように周囲に立て掛けて――隠棲しよう……』

と決心するのであった。

   *

 因みに、鎌倉(と言うより、より広域な旧幕府御府内)の周囲の山の中には、今でも、人の知らない「やぐら」が存在する。場所は言えないが、大学生の時、そうした一つを、一時間ほどヤブ漕ぎして、探し出したことがある。

 

2022/05/18

ヨハネ默示録筆写夢

この一ヶ月、ほぼ毎日、夢を見る。本未明のそれは印象的であった――

   *

 私は水茎の小筆を持って文語訳譯大正改譯の「新約聖書」の「ヨハネの默示錄」を暗い洞窟の中で机上に書写している。

 ところが、

『第三の御使ラッパを吹きしに、燈火のごとく燃ゆる大なる星、天より隕ちきたり、川の三分の一と水の源泉との上におちたり。

 この星の名は苦艾(にがよもぎ)といふ。水の三分の一は苦艾となり、水の苦くなりしに因りて多くの人死にたり。』

に至って、洞穴の内は水が満たされ、その水中で私は息が出来ないのも厭わず、水中の中空に墨色ではない白い筆跡の立体図のようになった続きの書写をし進めて行くのである。

 さうして、かの、

『此の獸(けもの)の數目(かずめ)の義を知るものは智慧あり才智ある者は此の獸の數を算へよ獸の數は人の數なり其の數は六百六十六なり』

を水中に記した瞬間、その文字が白い細い帯となって、メタモルフォーゼし、後ろ足で立ち、上半身を起こし、前足をこちらへ垂らした、僅かな黒い縞をもった白虎となって、私を凝視していた。その瞬間、私は、

『――李徴――であるな……』

と思い、優しく笑った。

 その白虎の眼の輝きの向こうに、私は私の古い教え子のある男子の優しい視線を感じ、寧ろ、心が落ち着くのを感じたのだった……

   *

 覚醒は午前一時五十分であった。続きを見たかったが、それから五時半の起床まで、半覚醒が続き、それは叶わなかった。

2022/03/22

岸田森と一晩語り合う夢

昨夜、私は、今は亡き名怪優にして私の愛する岸田森と、山の中のホテルで、見知らぬ湖畔を見渡しながら、ずっと、一晩中、語り合う夢を見た。未明に目覚めた時、目覚めたくなかった。覚醒した頭でその夢の内容を確認し、ブログに書こうと思っていた。素敵な笑顔で彼は静かに語って呉れたのだ。しかし、結局、起きて、飴のように延びた青褪めた日常を始めた途端に、『それを書くのは惜しい』と私は思った。それと同時に――その懐かしい思い出は、そのまま脳の底に隠された――のであった。

【以下はFacebook投稿版】

昨夜、私は、今は亡き名怪優にして私の愛する岸田森と、山の中のホテルで、見知らぬ湖畔を見渡しながら、ずっと、一晩中、語り合う夢を見た。それはいろいろな映画の話から始まった…………未明に目覚めた時、目覚めたくなかった。覚醒した頭でその夢の内容を確認し、ブログに書こうと思っていた。素敵な笑顔で彼は静かに語って呉れたのだ。しかし、結局、起きて、飴のように延びた青褪めた日常を始めた途端、

『それを書くのは惜しい!』

と私は思ったのだ。それと同時に――その懐かしい思い出は――そのまま私の脳の底に――永遠に隠された――のであった。そもそもが、感動した夢は、実は――人に語りたくはないことを本質とするもの――なのであろう。

 私は一九七〇年代の終りに、さる評論家が新聞の文芸欄で、

――現代文学は最早、書くべき対象を失ってしまって、感覚的生理的な皮相をスキャンダラスに描写するばかりで、真の面白さを完全に失ってしまっている。そうした痙攣状態に風穴を空けるとすれば、それは最早、我々が眠りの中で見る夢を記述する以外にはないのではないか?――

ということを書いていたのを思い出す。

私が夢記述を始めたのは、それ以来である。

しかし、最近は面白い夢は――殊更に――未明に反芻した上で――敢えて書かないようにしている。

まあ、それで、よいのだろう。…………

2021/12/17

ブースカの夢

ブースカが好きだった亡くなった女友だちの夢を見た――最後にブースカと彼女が一緒に野原に佇んでいた――涙が――出た…………

2021/05/02

東京大学新幹線内パフォーマンス入試同乗夢

東京大学が東海道本線の通常列車内を会場とし、均一時間で区間分けした駅間で、一般乗客を乗せたままで、パフォーマンス入試(所謂、「一芸」入試)を行うという。私は全くの好奇心から同乗してみることにした。事前にネットで調べると、企画・立案は「藤原寛平」という現代芸術家としてプロフィルされていた。

合否判定法は不明で、試験官は一般人を装って中に乗っているのか、或いは、車内に隠されたヴィデオ・カメラで撮影されているらしい。

ある女性受験者は元ハンセン病患者のメーキャップでその差別された生涯を語っていた。私は彼女と会話し、大変、よく調べ上げて、一人の元患者の語りを再現していることが判り、大変、感銘した。ところが、それを聴いていた一般乗客である和装の貴婦人が、

「元癩病の方を演じることそのものが差別です! 狂っています!」

と彼女を批判したので、すかさず、私は、

「あなたは今、『癩病』とおっしゃたが、その病名はハンセン病差別史の中で象徴的な差別性を帯びた呼称であり、『ハンセン病』と呼称すべきです。それに、彼女を『狂っている』と批評表現することそれ自体が、差別ではありませんか。」

と、穏やかに反論すると、停車した駅で貴婦人は逃げるように降車し、ホームから、

「あなたも狂人の一人に過ぎません! 異常者です! 気違いです! 『かったいぼ』です!」

と差別言辞を連発して、乗降扉が締まっても、そう、口が「ぱくぱく」と叫び続けていたる。

――第二区間では、中年を如何にもメークと知れて装っている男性受験者が、スチール製本棚三基を前に、小さな机を置いて、そちらを向いて椅子に座り、アンニュイで意味深長な面持ちでいた。

本棚の本は三分の二が漫画で、大友克洋の「童夢」・「気分はもう戦争」・「AKIRA」 の初版[やぶちゃん注:これらは私自身も所持して言いる。]、「新世紀エヴァンゲリオン」のコミカライズ版などが並んでいる。左手の文芸書はエッセイばかりで、しかも現存している作家らしく、その作者の一人も私は知らなかった。漫画本の中に奥に押し込んで挟まるように、私の偏愛する、赤地に白抜きの背文字に「つげ義春」の名が見えた(単行本名は不明。恐らく架空本)ので、それを引き抜いてその男の前に黙って置くと、男はみるみる顔色が悪くなって、白髪や顔の皺のメークが汗で溶け始めるので、あった、「うんうん」と意味不明の呻き声を挙げるばかりで、何も語らない。

そうして彼は、次の駅で待っていた警察官が手錠を掛けて連行されてしまった。――ということは、その逮捕が、そのパフォーマンスのコーダであったらしい。

次は、車内を完全に改造した、ある外国の複数の多様な民族の民族史を回遊式に体験させる大掛かりな三車両ぶち抜きのものであった。それぞれ、実際のその実際の民族の人々が演じて受験しているのである(というか、ここからはパフォーマンス入試の要素が欠落して別な夢にジョイントしていたようである)。

弟を抱き上げる、頭に大きな水瓶を載せたロヒンギャの姉、銃撃されて亡くなった赤ん坊を前に呆然と立ち尽くす若いパレスチナの母、総ての家族を戦争で失って他国へ逃げて来たたった独りきりになったアフリカの少女――そうしたものに強く心打たれながら、狭い通路を行く。

すると、突然、総てが翡翠で出来たメドゥーサの首を紋章にあしらった扉があり、その脇に突如、穴が開き、そこから入ると、メドゥーサの目の部分から秘かに先の場所が覗かれるのであった。暫くして、そこに黒衣の白人の綺麗な女性が現われ、「メドゥーサの紋章」に向かって何かを頻りに告解し始めるのであった(不詳の外国語で意味は判らない)。そうして、私の眼とその懺悔が終わった彼女の眼が合った瞬間、彼女はこちらに背を向け、黒衣を脱いだ。

その抜けるように白い背中には――二つの豊かな白い天使の羽が生えていた…………

   *

全体が総て奇妙な設定であり、また妙に細部を記憶したままに目覚めたので、記録しておく。

 

2021/04/26

久しぶりに書きたい夢を見た

私は教員になった二十二で、ひどく田舎の地に赴任することになった。私は友人家族の世話で、一面の畑の奥の山渓の古アパートに入った。そこは鉄道が敷かれているものの、一時間に一本しか(それも蒸気機関車)来ない。アパートの大家は川漁の達人だった。

引越の日には近くに住む友人の母と娘(少女)が手伝いに来てくれ、一晩、泊まっていった。ところが、翌朝、目覚めて見ると、少女一人しかいなかった。私が尋ねると、

「私は、初めから、一人でした。」

と平気な顔をしている。

 汽車の汽笛が聴こえた。少女が、

「あれに乗らないと遅れてしまうわ!」

と言った。[やぶちゃん注:ここまでは総てにつけて「つげ義春」風。]

 私は大急ぎで背広に着替えて、それを翼のように翻しながら、畑の中を突っ切って、線路を跨ぎ、何んとか間に合って、汽車に飛び乗った。昇降口から身を乗り出して背後を見ると、少女が手を振っている。私は、

「今夜は料理を作るから、待っていて!」

と叫ぶ自分を、俯瞰で撮っていた。[やぶちゃん注:このシーンは唐突に「誓いの休暇」風。]

 その晩、私は豪華なパエリアを作って少女と食事をした。

 翌朝は日曜日で、少女を家まで歩いて送り届けた。そこは昔の大船の山間であった。私は少女にいろいろな場所を案内しつつ、この少女と別れるのがひどく淋しい気がしていた。

 その時、気がついたのだ。

『この少女は友人の母親の少女時代の姿だ。』

 しかし、それを口に出そうとした時、少女は右手の人差し指を立てて、私の唇に押し当てた。[やぶちゃん注:ここでまた、突然、「つげ義春」風。]

 少女の家に着いた。しかし、母はいない。老いた父親が迎えて呉れた。私はそこの厨房を借りて再び渾身のパエリアを作り、三人で黙って食べた。

 少女は涙を流しながら。…………

   *

 何か哀しい気持ちになって目が覚めた。因みに、この少女は「北の国から」の中嶋朋子の螢にそっくりだった。

2021/02/08

殺人鬼譚読書夢

今朝の夢。

――私は漢籍のシリアル・キラーの事件を集めた奇書を読んでいる[やぶちゃん注:私の知る限りでは、幾つかの部分的なそれに類するものや、裁判凡例集「棠陰比事」は愛読書であるが、ここまで完全に特化した漢籍は知らないから、架空のものであろう。]。――ただ、それはごく近代の出版で、横書きである。但し、「?」「!」などは用いられていないから、今のものではない。――

読んでいると――しかし――その犯行のシーンの部分にかかるや、その部分は細長いカラーの動画となって本の中で映し出されるのである。しかもその登場人物は中国人ではない欧米人なのである――[やぶちゃん注:その幾つかの映像はついさっきまで記憶していたのだが、この一年前、二時・三時に覚醒してしまうことが続いたため、主治医から睡眠薬を処方して貰って服用している。どうも睡眠剤は私の場合、夢との相性が悪いらしく、嘗てのように夢を見ることが(或いは覚醒後に記憶しておくことが)ごく少なくなった。]――ということは、その書物は、海外のシリアル・キラー物を漢訳した近代のものなのだろうか――

一つだけ――最後の記憶がある――そのシリアル・キラーは――水頭症のような頭の異様に大きな少年(小児)であった――彼は自分の家族を一人一人――巧みな方法で殺害してゆくののであった――因みに映画のフレーミングから色彩は偏愛するアンドレイ・タルコフスキイのそれにそっくりであったことだけは覚えている――

2020/06/03

三日前の夢

起きた途端に『記さねば!』と思ったが、躊躇した。あまりに私的な過去の事実が出来(しゅったい)したからである。その辺りを誤魔化して、以下に記す。

   *

私は COVID-19(Novel Coronavirus disease 2019)に罹患している。体育館のような臨時施設の病床に横たわっている。症状は、ない。恐らくははもう既に恢復期にあるようだ(場所と自分の見当識から)。

私が入院していると聴いたらしい教え子たちが、沢山、見舞いに来ているのだが、彼らは外に並んで入れないようだ。特別な許可を得たその中の幾たりかが、私に誰も「赤い薔薇」を持って見舞いに来た。

直後に、私は医師から、「退院出来るが、以下の質問の正解すれば、という条件附きだ」と告げられる。

私はその質問を受けることにする。

それは「あなたは○○の時、実は○○の○○を愛していた」(実際にはここの前には具体的な名称が一部に入っている)に正確な語を入れること、或いは「李徴の出生地は?」といった個別疑問文であった。

どれも必ず正直に答えることが可能なものばかりだった(李徴の出生地は「虢略」と答えてはだめなのだ。「隴西」ならいい。彼の「故山虢略」と言っているのは長く住んだ場所の意であって、生地ではないのである)。

数百の尋問を総て正解した。そこで私は誰にも打ち明けたことのない秘密も総て明かしたのであった。

解放された。

しかし、出たそこは

――永遠の闇夜であった

――どこにも何も――誰も――いない――ただの闇――なのであった…………

   *

2019/09/22

馬の夢

暫くいい夢を見なかった――一昨日金曜の夜、本当に久しぶりに書きたい夢を見た…………

   *

僕は裏山の道を歩いている――

見知らぬロシア人のような貴婦人が、一頭の鮮やかな栗毛の馬を連れて向うからやってくる。馬は雌だ――

馬は僕の前で止まって、僕の右手の掌を頻りに舐める――

連れていた貴婦人は消えてしまった――

僕は馬の手綱を執ると、馬を連れてどこまでも海に向かって歩いてゆく…………

[やぶちゃん注:「裏山の道」は嘗て亡き次女と三女のアリスを散歩させた道である。「ロシア風の貴婦人」はアンドレイ・タルコフスキイの「アンドレイ・ルブリョフ」の鐘のシーンに出る聖母マリア風の女性とそっくりであった。馬はアリスだ。貴婦人は亡き母だと目覚めた瞬間に悟った。馬への変換は鬣を切られた名馬のニュースをテレビで見たからだろう。……しかし、この夢は何かの予兆のような気がしてならない。…………]

2019/02/13

アリス蘇生夢

今朝方の夢――

私は妻と、蟻地獄の底のような場所の古びた一つの民家に住んでいる。
 
[やぶちゃん注:阿部公房の「砂の女」(一九六二年発表)の勅使河原宏監督の映画版(一九六四年公開)によく似ていた。しかし全体は黒澤明の「どん底」(一九五七年)のそれに近い。]

底の地中には温泉があって、気がつくと、私の家の脇には大きな古びた湯治宿も建っていたりする。温かく、その引火性のガスが宿部屋に配された筒状の人工の噴気孔から噴き出していたりするのである。私はその大部屋に入って行くのだが、その焰を強くし過ぎて、その脇にあった布団の白いカバーの一部を黒焦げにしてしまった。私はそれを仲居の、和服日本髪の少女に謝りながら告げると、少女は、
「そういうことはよくあるのであります。」
と言って微笑して、手際よく、そのカバーを外して、取り替えて呉れるのであった。
 
[やぶちゃん注:それはもう、言わずもがな、つげ義春の漫画にそっくりな少女とシチュエーションの映像なのであった。]

私は私の家を改築をしようと、建具などを出し入れしている。合間に、外に出した古いレコード・プレイヤーのカートリッジを替えて(途中、ウェイトが重過ぎて、針が上がり気味なのが気になるのだが、レコードはかけられた)何かのレコードをかけて聴いたりもしている。
 
[やぶちゃん注:残念なことに、そのレコードが誰の何だったのかをどうしても思い出せない。因みに、私のレコード・プレーヤーは、十年以上前、ターン・テーブルの回転ムラが起こるようになって以来、一度も使っていない。七百枚以上はあるレコードはそのまま死蔵している。これは昨日の夕刻、レコードを売らないかというその手の業者から電話があったのが直接には起因であろう。無論、断った。]

私は崩れた外周の一部の斜面を掘っている。上部にはアスファルトの断面がある。してみれば、ここは地震によって生じた陥没地帯であるらしい。

――そのアスファルトと砂の間から、一昨年、埋葬した三女のアリスの姿が見えた。
 
[やぶちゃん注:実際には動物葬祭業者に火葬にして貰っている。但し、二女のアリスは私の家の梅の木の脇の枇杷の下に、母と私と二人で埋葬した。]

しかし、彼女の姿は遺体ではなく、生きているのであった。

私が手を添えると、眼を開き、首を回して、私の手を舐めるのであった。

傍で穴掘りを手伝って呉れていた獣医の先生が応急処置をして、彼女はすっかり元のアリスに戻ったのであった。
[やぶちゃん注:この実在する家の近くの先生が、私が望んだ三女アリスの安楽死の処置をして下さった。]

この蟻地獄のような場所は実は「砂の女」のような出られぬ地獄ではなかった。

最後のシーンで私は、そこを出て、アリスを散歩させていたから。

アリスは、まだ、勘が戻らないのか、時々、無暗に突進して人家の壁にぶつかって、コロンと転げては、尻尾を振って、私の元へと走って来たりするのであった……

 

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