絶望
私は、後、唯一人だけ、村上昭夫の詩を全電子化するのだけを、楽しみにして生きてきた……しかし、遂に来たるTPPの発効によって、その切なる夢は無惨に潰えることとなった……これは実に私の今年の最後の最大最悪の事件となるのだ…………
私は、後、唯一人だけ、村上昭夫の詩を全電子化するのだけを、楽しみにして生きてきた……しかし、遂に来たるTPPの発効によって、その切なる夢は無惨に潰えることとなった……これは実に私の今年の最後の最大最悪の事件となるのだ…………
犬 村上昭夫
犬よ
それがお前の遠吠えではないのか
また荒野の呼び声と伝えられる
月に向って吠えるのだと言われる
それがお前の不安な遠吠えではないのか
木蓮の花
村上昭夫
五月に散る一番の花は木蓮の花だ
散って見ればそれが分るのだ
花の散る道をしじみ賣りが通ってゆく
こまもの賣りが通ってゆく
それはみんな貧しい人々
花が散って見ればそれが分るのだ
はるかな星雲を思う人は木蓮の花だ
宇宙が暗くて淋しいと思う人は
木蓮の花だ
花が散って見ればそれが分かるのだ
(1999年思潮社刊「村上昭夫詩集」より)
*
――そんな――木蓮の花になりなさい――
――僕がそうであろうとするように――
――君たちは眠らない限り夢を見る――
「卒業、おめでとう!」
今日、君たちの離任式で読んだ詩を掲げておきます。これは既に昔、僕のブログに「書かれている」ものですが、これを僕が人の前で朗読したのは今日が始めてです。誰にもどこでも「朗読したこと」はありません。そして恐らく、これが僕のこの詩の朗読の最後であろうと思います。たった一度の――僕の心からの君らへの「安全なる航海を祈る」というメッセージだったのですよ。
*
航海を祈る 村上昭夫
それだけ言えば分ってくる
船について知っているひとつの言葉
安全なる航海を祈る
その言葉で分ってくる
その船が何処から来たのか分らなくても
何処へ行くのか分ってくる
寄辺のない不安な大洋の中に
誰もが去り果てた暗いくらがりの中に
船と船とが交しあうひとつの言葉
安全なる航海を祈る
それを呪文のように唱えていると
するとあなたが分ってくる
あなたが何処から来たのか分らなくても
何処へ行くのか分ってくる
あなたを醜く憎んでいた人は分らなくても
あなたを朝焼けのくれないの極みのように愛している
ひとりの人が分ってくる
あるいは荒れた茨の茂みの中の
一羽のつぐみが分ってくる
削られたこげ茶色の山肌の
巨熊のかなしみが分ってくる
白い一抹の航跡を残して
船と船とが消えてゆく時
遠くひとすじに知らせ合う
たったひとつの言葉
安全なる航海を祈る
(1999年思潮社刊「村上昭夫詩集」より)
注:第4連目は改ページの頭になっており、組版では一行空きではありませんが、僕の判断で、一連ととりました。また、朗読の際の聴き取りの不具合を考えて、故村上昭夫氏には悪いけれども、今日の朗読では「巨熊」を「大きな熊」と読み替えています。僕は村上氏もあの柔和な笑顔で、許して呉れるものと思っています。
*
今日の詩に何かを感じた人――是非、「村上昭夫詩集」を読んで欲しいのです。確信犯的に著作権侵害をしている僕に出来ることは、彼の詩集を多くの人が読んで呉れること以外には、ないからでもあります。彼の出身は岩手県一関市、結核で亡くなったのは仙台厚生病院、41歳でした。そうして――詩集を見ると分かりますが、この「航海を祈る」は詩集の最後にあります。これは一種の村上昭夫の辞世なのでした。いや、彼の生きたのは、
五億年の雨よ降れ
五億年の雪よ降れ
という「五億年」という詩句からすれば5億歳だったとも言えるのかもしれません。「安全な航海を祈る」と言って優しく敬礼する彼の視線は、
しんしんと肺碧きまで海のたび
という篠原鳳作のかの絶唱にダブって、篠原の肺から彼の肺を経て、僕らの肺へと響き返し、それは永劫、木霊となって、今日、あの体育館で僕の朗読を聴いたあなた方の――そのDNAへとうち返し続けるでありましょう。
*
ゆりちゃん――カピバラのぬいぐるみ、これから僕の寝床の伴侶とするよ!
さきちゃん――いいね! 「X-RAY」! 高かったろうに、僕のお宝だ!
まえしろさん――こういうプラント・アニマル、すっごい欲しかったのよ! 母の祭壇の脇で、陽の光りがあたると、とってもピュア・アート!
ハンドのみんな――僕の海洋生物好みをビビンと来させたね! 実はこういうありがちな湯飲みなんだけど、僕は実は全く持ってなかったから超嬉しいんだ! スタンドには僕のお気に入りの母とのこの一枚を飾ります!
ひなちゃん――ハンカチーフありがと! 貴女がいなければ僕には山岳部は続かなかったよ!
*
その他、たくさんの御手紙を戴きました。冗談でラブレターですと渡されたドッキリもありました――来られないからとメールを呉れた沢山の卒業生、昔々の別な学校の教え子で、花を持って行きますと言ってくれ乍ら、どうなるか分からなかったからお断わりしてしまったK.愛さん……その総ての人々に心から元気を戴きました。本当にありがとう!――母聖子テレジアの慈愛と放蕩息子乍ら一時の慈悲を受けて今日は特別に一時の改心をした直史ルカは――あなたとあなたの御家族をお守りします。
今日は本当にありがとう!
その恋を捨てるのか
その三百年を捨てるのか
待つことのできる恋ならば
めのうのように結ばれるだろうに
その恋を語れるのか
その三千年を語れるのか
遠い恋について考える時
共に考え続けられるのか
考え続けられる恋ならば
海溝のように深まるだろうに
その三万年を
その三億年を越える月日を
語り続けられるのか
考え続けられるのか
*
ソロモンとシバのたった一度の恋は龍之介と廣子の邂逅から遡ること、実に三千年前のことだった――そうして三億年前――ソロモンとシバと後になる龍之介と廣子は――確かにゴキブリの祖先として地中深くの岩盤の間で互いの体を寄せ合い、暖めあっていた――そんな重なり合った化石を僕は確かに見たような気がする――村上昭夫よ、君の最後の畳みかけた疑問文は――少なくともこの二人には――「語り続けられる」のであり「考え続けられる」のであったと僕は信ずる――では、君は? そして、僕は?――それはきっとちっぽけな貴方や下劣な僕の問題では『ない』のかも知れないとは思わないか?――恋は一人では出来ぬことは自明であると知っていながら近代人の僕らは、必ず確信犯のように『恋』を単独者として語ってはいなかったか?――「語り続けられる」「考え続けられる」恋をするための、確かな相対する恋人の存在なくしては――それはそもそも命題として成立しないのである――でも――大丈夫さ――村上君、僕は確かに――君に確かに恋しているから……
死んだ小鳥は
葬らなければならない
ほんとうの空ならね
何時だって真青な色なんだ
そう思いながら
みきちゃんもかこちゃんもけんちゃん達も
みんな鉄砲なんかうたない
幸せな大人になるんだもの
そう思いながら
死んだ小鳥は
葬らなければならない
エリス・ヤポニクス
シャガの学名とある
だがあの言葉は
まるで別の花のような気がしてならない
シャガならたしかに仙台の日陰の地に咲いていた
ぼくはそれをカラースライドにしてまでとったのだ
カラースライドの下枠に
シャガの花と書いたのだ
だがエリス・ヤポニクスと
そう言って見ると
まるで天上からふわふわ降ってくる
五月のくれる綿菓子みたいな気がしてならない
エリス・ヤポニクス
きっとそうなのだ
あれは苦しいぼくの五月の病いのような時に
何時でも咲いてくれる永遠の心臓花
枯れない五月の名前なのだ
*
被子植物門単子葉植物綱ユリ目アヤメ科アヤメ属シャガIris japonica
学名の種小名はjaponica(「日本の」という意味)であるが、中国原産でかなり古くに日本に入ってきたものと考えられている。したがって、人為的影響の少ない自然林内にはあまり出現しない。スギ植林の林下に見られる場所などは、かつては人間が住んでいた場所である可能性が高い。そういう場所には、チャノキなども見られることが多い。根茎は短く横に這い、群落を形成する。草丈は高さは50~60cmくらいまでになり、葉はつやのある緑色、左右から扁平になっている。いわゆる単面葉であるが、この種の場合、株の根本から左右どちらかに傾いて伸びて、葉の片面だけを上に向け、その面が表面のような様子になり、二次的に裏表が生じている。人家近くの森林周辺の木陰などの、やや湿ったところに群生する。開花期は4-5月くらいで、白っぽい紫のアヤメに似た花をつける。花弁に濃い紫と黄色の模様がある。シャガは三倍体のため種子が発生しない。このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる。中国には二倍体があり花色、花径などに多様な変異があるという。また、シャガを漢字で「射干」と書くことがある。しかし、ヒオウギ(檜扇)のことを漢名で「射干」(やかん)というのが本来である。別名で「胡蝶花」とも呼ばれる。(以上記載及び写真はウィキの「シャガ」より引用)
村上昭夫は昭和43(1968)年10月11日、肺結核と肺性心のため亡くなった。41歳であった。
肺性心(はいせいしん、英: cor pulmonale, CP)は、肺の疾患の存在による肺循環の障害によって肺動脈圧の亢進をきたし、右心室の肥大拡張が生じる状態。肺高血圧あるいは右心系のうっ血性循環障害が認められる。進行するとチアノーゼ、頚静脈の怒張、静脈拍動、浮腫をきたす。(以上はウィキの「肺性心」より引用)
*
「舞姫」なる哀れ狂女となりぬエリスの耳元に……僕は、この詩を優しく囁いてやりたくなった……
海がなつかしいのは
海の向こうに見知らぬ国があるからだ
山がなつかしいのは
山の向こうに見知らぬ町があるからだ
空がいとおしくて仕様がないのは
空の向こうに
見知らぬ次元があるからだろうか
見知らぬ国があるかぎり
見知らぬ町があるかぎり
見知らぬ空がある限り
ぼくは何処までも何処までも歩いてゆくのだ
蛇が蛇だという理由で
嫌われなくなる時が来たらいいと思う
誰もが木の実や草を食べて
獅子や熊までが
人間と一緒になってうたえたらいいと思う
人間も美しい心のままに裸心になり
生殖と死を恥ずかしくなくおこなえる時が来たならいいと思う
*
この詩を
私の友と
その友の
昨年山で
亡くなった
母御前(ははごぜ)に捧げる――
男は女の部屋からでてきたのだ
どの男もどの男も
部屋には女が永遠に死んでいるのだ
どの女もどの女も
部屋から出てきた男は
ひとりで歩いてゆかねばならない
部屋に女を残したまま
部屋に女を死なせたまま
それからは
男を入れる部屋はない
どの世界にもどの世界にも
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