本日は教え子の女性の結婚披露宴に招かれているので、これにておしまい――
前回の一月十四日以降、連日、一千から九百といったアクセスが続き、僅か十一日で、一万アクセスを超えた。botの仕儀とも思われぬことで、ブログ・カテゴリ「耳囊」・「怪奇談集」といった古い投稿や、「芥川龍之介書簡抄」へのアクセスが恐ろしく多い。記念テクストは用意しているが、明日にする。では、お休み――
本朝、これより、父が五十六年前に今の住んでいる所からほど近い、横浜市内で発掘した石器を、横浜市歴史博物館に贈与するため、大船駅で落ち合って引き渡しに行く。朝の散歩がてら――
本日午前中、11月2日に両股関節人工関節術(術式は七時間十五分)を受けた連れ合いが、無事、退院致しました。介護用ベッドのレンタルなどで、自発的に声掛けして呉れた教え子を始めとして、さまざまな応援を頂戴し、まことにありがとう御座いました。
本日、これより妻の介護用ベッド・レンタル搬入。五ヶ月くらいはベッドでないと寝られないため。明日、妻は退院予定。
知人のFacebookのメッセンジャーに私の打っていない英文が二度掲載されたので、まずは、パス・ワードを変更した。向後、同じ現象が出た場合は、Facebook自体から脱退する。こんな精神的にきつい時に、こんなことをやらかしたお前を、正直、殺してやりたい。
先の入院と手術の二日間は、私は、睡眠薬を飲んでも、いっかな眠られず、二日とも、一、二時間とろとろしただけであったが、昨日は、病院へゆく必要もなく、父と自分の夕飯を買いに行き、妻が録画しておいてくれた再放送の「大地の子」を見始めたら、大泣きして(朱旭(チュウ・シュイ)は、ホ・ン・マに! 二人といない、ええ、大名優やなあ!)、三話分まで見て、気がついたら、午前零時を遙かに回ってしまい、今日の予定(妻の手術は莫大な金額(三百万は軽く超えるらしい)がかかるため、「国民健康保険」の「限度額適用・標準負担額減額認定証」を市役所に申請して貰う必要がある)を考えて寝たところ、起きてみると、やけに明るい。昨夜に限って、目覚ましをかけなかった。時計を見ると、「うひゃあ!?!」、午後一時前で、恐らく、十時間ほど爆睡してしまったらしい(実は信じられなくて、他の部屋の時計を確認に行ったほどだった。しょぼん⤵)。ここ数年、私は午前四時とか五時に目覚めているので、こんなに眠ってしまったのは、十数年振りだろう。されば、今日の電子テクストはナシと相成った。悪しからず。因みに、「認定証」は無事にゲット出来た。
数年、両杖による歩行をしてきた連れ合いが、先月、変形股関節症の末期と診断され、急遽、両股関節を人工関節に置換する術式を、一度に、本日、行いました。
(連れ合いは先天性股間節脱臼(原因は不明ですが、女児に多いことから、女性ホルモンの関係性が疑われています)でしたが、今でも重錘(じゅうすい)を用いて両足を大股開きに寝かせる修正術が最前法とされているようですが、そもそもがその術式は、本当に正しいのかどうかは私は疑問のように思われます。今は錘をぶら下げっぱなしせず、よく観察して重量軽減が図られているようでうす。しかし、同疾患の乳児の九十%が、また、私が聴いた話では、その重錘療法を受けた乳児の七割が、後年、この疾患を罹患する可能性が高くなると聴いています。但し、「それは後付けの病因」とする嘗ての人工関節術よりも温存法を支持する大家の医師の話を直接に聴きましたが、私はその療法にこそ、やはり病因の主因はあるのではないかと疑っています。重錘療法で股関節が乳児の骨盤から有意に無理に離されることは事実であり、それが、いい加減に過度に続けられた場合、後年、その間隙への軟骨形勢が追いつかなくなるであろうということは、素人目にも明らかに思われるからです。そうでなくては、七割という有意な発症率の説明はつかないと私は考えます)
主治医からは「術式は最低で四時間」と聴かされましたが、実際には、一度、左股関節を「回転骨切術(かいてんほねきりじゅつ)」(おどろおどろしいものですが、正式名称です。入院時に聴き取りに当たった若い女性医療者は、その術式名さえ知りませんでした)を結婚してから数年で行っているため、そちらの足の方には最新の術式(筋肉を切らずに、その隙間から人口関節を挿入するもの)が適応出来ず、結局、延べ「七時間十五分」の長きに亙りました。医師からは「術式開始の移動の九時前の五分間に手術室に行く移動途中で廊下で特別にすれ違うことが可能」とされましたが、術式がどれくらいかかるか判らないこと、その間の時間を私には潰しようがないことから、私は予定の術式終了予定の三十分前の午後零時半に、病院直近の公園のベンチに赴き、そこで待ちましたが、結局、夕方までそこで待たされ、以上の時間がかかりました。
現在のコロナ下で彼女への見舞いは出来ません。私も本人に逢うことは、結局、今日の総てが終わって、執刀医からの話を聴いた後、手術室から運び出される十数秒のみでありました。向後、リハビリに入っても、私も面会は出来ませんので、連れ合いの知人の方々も同じですので、病院は明記しません。なお、現在(11月4日)も彼女は携帯に出ることも出来ませんのでご承知おき下さい。
唯一、メールのみが使用できますが、いろいろな所用を私と交わすだけでも、彼女には結構な負担ですので、暫くは、ご遠慮願います(携帯メールの音がするので厳禁です。個室を望んだのですが、だめで、コロナ下で、大部屋のためです)。基本は入院二週間ですが、筋肉の減衰を主治医が心配され、三週間ほどまで伸びるかも知れないというのが、実状です。
まずは、手術が上手くいったことを言祝ぎたいと思います。
Art Caspar David Friedrich Memorandum 又は 「私と云ふ或阿呆の一生」 Miscellaneous Иван Сергеевич Тургенев 「プルートゥ」 「一言芳談」【完】 「今昔物語集」を読む 「北條九代記」【完】 「宗祇諸國物語」 附やぶちゃん注【完】 「新編鎌倉志」【完】 「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳【完】 「明恵上人夢記」 「栂尾明恵上人伝記」【完】 「無門關」【完】 「生物學講話」丘淺次郎【完】 「甲子夜話」 「第一版新迷怪国語辞典」 「耳嚢」【完】 「諸國百物語」 附やぶちゃん注【完】 「進化論講話」丘淺次郎【完】 「鎌倉攬勝考」【完】 「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記)【完】 「鬼城句集」【完】 アルバム ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」【完】 ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ【完】 中原中也詩集「在りし日の歌」(正規表現復元版)【完】 中島敦 中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈 人見必大「本朝食鑑」より水族の部 伊東静雄 伊良子清白 佐藤春夫 兎園小説 八木重吉「秋の瞳」【完】 北原白秋 十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編【完】 南方熊楠 博物学 原民喜 只野真葛 和漢三才図会巻第三十九 鼠類【完】 和漢三才図会巻第三十八 獣類【完】 和漢三才図会抄 和漢三才圖會 禽類【完】 和漢三才圖會 蟲類【完】 和漢三才圖會卷第三十七 畜類【完】 国木田独歩 土岐仲男 堀辰雄 増田晃 夏目漱石「こゝろ」 夢 夢野久作 大手拓次詩集「藍色の蟇」【完】 宇野浩二「芥川龍之介」【完】 室生犀星 宮澤賢治 富永太郎 小泉八雲 小酒井不木 尾形亀之助 山之口貘 山本幡男 山村暮鳥全詩【完】 忘れ得ぬ人々 怪奇談集 日本山海名産図会【完】 早川孝太郎「猪・鹿・狸」【完】 映画 杉田久女 村上昭夫 村山槐多 松尾芭蕉 柳田國男 柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」 柴田宵曲 栗本丹洲 梅崎春生 梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】 梅崎春生日記【完】 橋本多佳子 武蔵石寿「目八譜」 毛利梅園「梅園介譜」 毛利梅園「梅園魚譜」 江戸川乱歩 孤島の鬼【完】 沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」【完】 泉鏡花 津村淙庵「譚海」 浅井了意「伽婢子」【完】 浅井了意「狗張子」【完】 海岸動物 火野葦平「河童曼陀羅」【完】 片山廣子 生田春月 由比北洲股旅帖 畑耕一句集「蜘蛛うごく」【完】 畔田翠山「水族志」 石川啄木 神田玄泉「日東魚譜」 立原道造 篠原鳳作 続・怪奇談集 肉体と心そして死 芥川多加志 芥川龍之介 芥川龍之介 手帳【完】 芥川龍之介 書簡抄 芥川龍之介「上海游記」【完】 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)【完】 芥川龍之介「北京日記抄」【完】 芥川龍之介「江南游記」【完】 芥川龍之介「河童」決定稿原稿【完】 芥川龍之介「長江游記」【完】 芥川龍之介盟友 小穴隆一 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」という夢魔 芸術・文学 萩原朔太郎 萩原朔太郎Ⅱ 蒲原有明 藪野種雄 西東三鬼 詩歌俳諧俳句 貝原益軒「大和本草」より水族の部【完】 野人庵史元斎夜咄 鈴木しづ子 鎌倉紀行・地誌 音楽 飯田蛇笏